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Title 数学教育のガイダンス授業における操作的なとらえに関する実践的
Title 数学教育のガイダンス授業における操作的なとらえに関する実践的研究 −ARCS動機づけモデルからの考察を通して− Author(s) 澁谷, 久; 杉山, 佳彦 Citation 釧路論集 : 北海道教育大学釧路校研究紀要, 第47号: 79-88 Issue Date 2015-12 URL http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/7921 Rights Hokkaido University of Education 釧路論集 -北海道教育大学釧路校研究紀要-第47号(平成27年度) Kushiro Ronshu, - Journal of Hokkaido University of Education at Kushiro - No.47(2015):79-88 数学教育のガイダンス授業における操作的なとらえに関する実践的研究 -ARCS動機づけモデルからの考察を通して- 澁 谷 久1・杉 山 佳 彦2 1 北海道釧路町立昆布森中学校 2 北海道教育大学釧路校学校カリキュラム開発専攻 A Practical Study on Learning from Experience in a Guidance Class of Mathematics Education :Through Consideration from the ARCS Motivation Model SHIBUYA Hisashi1 and SUGIYAMA Yoshihiko2 Konbumori Junior High School Kushiro Campus, Hokkaido University of Education 1 2 要旨 中学校数学科教師に対する学年初めのガイダンス授業に関する調査によると,その実施率は100%であるが,その有効 性についての評価は行われていない.さらに,ガイダンスに関する研究もあまりないように見受けられる.本研究の目的 は,数学教育においてガイダンスを行うことの有効性を実証的に示し,ガイダンスが日本の数学教育で効果的に取り入れ られるための示唆を与えることである.そのために,ガイダンスの内容,方法について概観し,今求められるガイダンス を考察する.それを踏まえ,ガイダンスの効用を高めるための在り方に着目し,具体的操作により数学的内容をとらえる ための学習具を単元の数集めた「ガイダンスシート」を開発,それを使用するガイダンスを策定し,実験授業によりその 有効性をARCS動機づけモデルからの考察を通して検証する.その結果, 「ガイダンスシート」を使用するガイダンスが, 1年間の学習内容の印象を明確にし, 以後続く学習活動を意欲的に成立させる可能性を感得させることが明らかとなった. 今後の課題として, ガイダンスがARCS動機づけモデルの「満足感」を感得させるまでに至るものではないための改良, さらに,ガイダンスの効用の度合を遅延事後テスト等で究明することがあげられる. キーワード:学年初めのガイダンス授業,数学教育,個人による現物実験,学習具 1.はじめに する研究もあまりないように見受けられる. (1) 本研究の意図:学年初めのガイダンス授業の有効性 (2) 研究の目的と方法 についての追究 本研究の目的は,上述の問題の所在を受けて,数学教育 高木(2013)は, 「数学の授業開きの1時間にやるべきこと においてガイダンスを行うことの有効性を実証的に示すこ として,生徒に「これからやっていけそうだ」という意欲 とである.そのために,ガイダンスの内容,方法について と希望をもたせる,生徒と授業での約束事を確認する,こ 概観し,今求められるガイダンスを考察する.それを踏ま れからの1年間の数学の授業を通して目指す目標を示す」 え,ガイダンスの効用を高めるための在り方に着目し,数 をあげ, 「そこには,その後の授業を左右しかねない大き 学的内容をとらえるための学習具を単元の数集めた「ガイ な影響力があることは言うまでもない. 」(p.4)としている. ダンスシート」を開発する.さらに,それを使用するガイ 中学校数学科教師に対する学年初めのガイダンス授業(以 ダンスを策定し,実験授業により,ガイダンスが1年間の 1) (澁谷,2014,北海道の公 学習内容の印象を明確にし,以後続く学習活動を意欲的に 立中学校の数学科担当教師20名対象)によると,その実施 成立させる可能性を感得させることを実証し,先の目的の 率は100%であり,その実行理由として「数学の学習に対 達成とともに,ガイダンスが日本の数学教育で効果的に取 しての意欲をもたせるため」が最も高いが,その有効性に り入れられるための示唆を与えることを目指す. 下「ガイダンス」 )に関する調査 ついての評価は行われていない.さらに,ガイダンスに関 - 79 - 澁 谷 久 ・ 杉 山 佳 彦 表1 学年初めのガイダンス授業に関する調査 2.数学教育における学年初めのガイダンス授業に関する (2014,澁谷,北海道の公立中学校の数学科担当教師20名対 考察 象,複数回答可) (1) 対象となるガイダンス 一般的に「ガイダンス」は, 「 (指導の意)①新入生など 事情の分からない人に対して行う入門的説明.②児童・生 徒に対して,生活に適応し,その個性・可能性を最大限に 発揮できるように導く教育活動.進路指導に始まり,その 後各分野の指導を含むようになった. 」(新村,2008,p.466)と 示されている.領域は,学習・職業・健康・社会性など限 定されていないが,実行時期はその始まりの傾向が強いと 思われる.文部科学省(2008)は,ガイダンスの機能の充実 として, 「新たな学習や各種の学習活動の開始時期などに おいて, 」(p.61)と述べており,学習について,その開始時 期に行うものを中心としている.数学教育におけるガイダ ンスの実行時期は,学年の初めと大単元の初めが主となる ものである.後者は,教科書にも位置付けられており,既 習事項の活用,新たな発見や問題解決,自分の考えを説明 質問項目と回答項目 〇学年初めのガイダンス授業の内容はどのような ものですか. ・授業でのルールを確認する ・数学の特徴(第 1 学年)や学年の数学の特徴を 示す ・数学の学習の仕方を示す ・前学年までの内容の確認テストを行う ・数学の学習の目標を立てさせる 〇学年初めのガイダンス授業はどのような方法で 行っていますか. ・教師の作成したプリントを使用した説明や活動 ・教科書を使用した説明 ・黒板やスクリーンを使用した説明や活動 ・講話による説明 割合 (%) 100 85 85 25 25 75 10 10 5 し伝えること,すなわち,数学的活動を行う構成となって 3.ガイダンスの効用を高める内容と方法の考察 いる. (1) 求められるガイダンスの内容と方法 本研究においては, 「1(1) 本研究の意図」で述べた問題 学年初めのガイダンスでは,内容の対象はその学年全体 の所在を踏まえ,学年初め,すなわち,授業開きのガイダ であり,「数と式」,「図形」,「関数」,「資料の活用」全領 ンスを対象にする. 域を見通す必要がある.しかし,以後の学習は,大単元の (2) ガイダンスの意義 まとまりを単位に行われ,その系統性を踏まえた構成をと 文部科学省(2008)は,ガイダンスの意義について, 「生徒 らえることで,生徒は以後続く学習活動を意欲的に成立さ がこれから始まる学習に対して積極的な意欲をもち,主体 せる可能性を確かに感じ取れると考える.本研究におい 的に活動に取り組むことができるよう各教科等において十 て,ガイダンスは各学年の数学的内容の全体を対象にし, 分に配慮すること. 」(p.61)と述べている.高木の示すもの それを大単元単位でとらえさせる構成にする. に鑑み,この意欲は,学習に対する自信としての自己効力 また,ガイダンスの意義を表出させるには,自己効力感 感,すなわち, 「ある課題に対する遂行可能性の認知」(大 を高揚させる制御体験2)をつくる必要があると考える.澁 内,2008,p.16)が基にある必要がある.そこで,本研究に 谷(2013)は,その手立ての1つとして,生徒一人一人に数 おいては, 「以後続く学習活動を意欲的に成立させる可能 学的学習具3)を所有させる個人による現物実験4)をあげて 性を感得させる」ことをその意義と考える. いる.本研究において,学習内容や学び方の理解の伴った (3) ガイダンスの内容と方法 学びの楽しさを感得させ,生徒一人一人が意欲的,主体的 ガイダンスの内容と方法に関する調査(2014)結果を表1 に取り組め,制御体験をつくる活動として個人による現物 に示す.ガイダンスの内容として, 「授業でのルールを確 実験を採用する. 認する」が100%で, 「数学の特徴(第1学年)や学年の数 (2) 「ガイダンスシート」の開発 学の特徴を示す」 , 「数学の学習の仕方を示す」が85%でそ 求められるガイダンスの内容や方法を踏まえ,「ガイダ れに次ぐ.また,方法としては, 「教師の作成したプリン ンスシート」 (図1,以下「シート」)を開発する.生徒は, トを使用した説明や活動」が75%で,全項目の中で最も高 シートの各単元の学習具を切り取り,実験に取り組む. いものとなっている.安東他(2008)が, 「 「ガイダンス」の シートの開発の手順を以下に示す. 入口において,生徒にこれから自分が学ぶことについて効 (ⅰ)各大単元の内容や目標を踏まえ,教科書の記述表現を 果的に提示することが,その後の生徒の興味・関心を引き 取り入れ「章の学習内容」 (表2)を1つの文で表現す 出すきっかけになると推察される. 」(pp.25-26)と述べてい る. るように,ガイダンスの意義を表出するための内容や方法 (ⅱ)「大単元の学習内容」をとらえさせるために,どのよ を設定することが必要である. うな現物実験を設定し,その道具となるどのような学 習具が必要かを検討する. (ⅲ)教科書の図的表現を採用し,その学習具化を図る.そ の際,ガイダンスの性質のもと,学習具の作成時間, 及び,実験時間を短く設定できるものにする.また, - 80 - 数学教育のガイダンス授業における操作的なとらえに関する実践的研究 学習具に内蔵されている数学的構造が操作により抽出 (3) 「ガイダンスシート」の効用 されやすくし,イメージを鮮明にするために,学習具 シートを使用するガイダンスが学びへの意欲やそれに伴 の構造を単純化する. う自発性を表出させることを,アメリカのケラーが提唱 (ⅳ)学習具のトライアウト5)を行い,改良する. する「ARCS動機づけモデル」6)(鈴木,2007,pp.176- (ⅴ)実験の方法を文章化し,学習具の型紙とともに,1枚 179)から考察する.それは,「なぜやる気がでないのか」 のシートとして構成する. を,「注意(Attention)」,「関連性(Relevance)」 , 「自信 (Confidence)」, 「満足感(Satisfaction)」の4つの側面か らチェックして作戦を立てるというものである. 操作の対象となる実験の道具である学習具に対し,人間 の内面にある触れて動かして確認したいという気持ちは 「注意」の〈知覚的喚起〉,学習具による具体性からくる 思考の高まりは「関連性」の〈親しみやすさ〉,現物実験 の帰納的検証による確かさの実感は「自信」の〈成功の機 会〉にかなうことの表れである.また,実験のプロセスに よる到達点の意識化は「自信」の〈学習要求〉,仮説検証 のプロセスによる仮説の承認や棄却の判断は「自信」の〈コ ントロールの個人化〉,筆者が重視している個人実験によ る自発的な取り組みは「関連性」の〈目的指向性〉 ,自分 のペースでの活動は〈動機との一致〉,獲得したものが自 分のものであるという自覚の醸成のもと貯蔵記録されるこ とは「満足感」の〈自然な結果〉にかなうことの表れであ る.これらは,操作的に1年間の学習内容の印象をつくる ことでもある. さらに,シートの構成に関して,学習内容が視覚的に把 握できることは「注意」の〈探究心の喚起〉,学習内容の 全体の様子をとらえられること,1つの実験を簡単にでき ることは〈変化性〉にかなうことの表れである. 「ARCS動機づけモデル」は,学習意欲を高めるため の教材改善のしくみの構築が目的であるが,4要因の「注 意」から「関連性」の流れが,「自信」,「満足感」へとつ 図1 ガイダンスシート(第3学年用) ながる点から,自分自身で何かを達成したり,成功したり する経験,すなわち,制御体験をつくるしくみになると考 表2 大単元の学習内容(第3学年用) 大単元名 える.その体験を最も重要な要因としている自己効力感 「あ 学習内容 る課題に対する遂行可能性の認知」(大内,2008,p.16) 個人による現物実験を形成する「ガイダンスシート」を 1 多項式 目的に応じて式を変形,計算す ることを学習します. を生み出すしくみであるとも考える. 2 平方根 2乗してある数になる数につい て学習します. 使用するガイダンスは,生徒の学習に対する意欲を生み出 3 2次方程式 式が2次式になる方程式につい て学習します. それにより,ガイダンスの意義,以後続く学習活動を意欲 4 関数 y=ax 2 5 相似な図形 形を変えずに拡大,縮小した図 形について調べます. 6 三平方の定理 直角三角形に関係する有名な定 理について学習します. 7 円 円の角にかかわるいろいろな性 質について調べます. 計2時間のガイダンス授業を実施した.対象は,北海道内 標本調査 ある集団の傾向を調べる調査に ついて学習します. 4月12日に第1学年のガイダンス授業を,2013年4月11日 8 変化の割合が一定でない関数に ついて調べます. し,自己効力感を高める要素を多く含んでいるといえる. 的に成立させる可能性を感得させることになると考える. 4.「ガイダンスシート」を使用する実験授業の実際と考 察 (1) 実験授業の対象とデータ採取方法 本研究の目標を達成するために,2014年4月10,11日に, の公立中学校第3学年7名である.対象の生徒は,2012年 に第2学年のガイダンス授業を経験しており,それぞれの - 81 - 澁 谷 久 ・ 杉 山 佳 彦 内容は,授業でのルールを確認することのみ,教科書を使 用し学習項目やその内容の概略を説明する,である. データの採取であるが,シートを使用した授業(1.5単 位時間)における生徒の様子を観察し,さらにVTRによ る記録とそのプロトコルを作成した.また,実験授業での 生徒の活動に着目してガイダンス授業の役割を考察するた めに,1人の抽出生徒Sの活動に焦点を当てた.さらに, 抽出した生徒の活動をより理解するために,臨床的インタ ビュー調査(4月14日)を実施した.Sは,データの採取 には必要な自分の内面を的確に表現する性質をもってい る.また,実験授業によるガイダンスの有効性の状況をみ るために,授業後にアンケート調査を行った.アンケート は,第1学年,第2学年時のガイダンス授業での際と同じ ものを使用し,比較分析を行った. 活動の視点は,自己効力感を高める最も重要な要因であ る制御体験をつくる要素,すなわち, 「ARCS動機づけ モデル」の4つの側面の表出である.そのため,次の4点 に着目して考察する. ア.おもしろそうだなあ「注意」 イ.やりがいがありそうだなあ「関連性」 ウ.やればできそうだなあ「自信」 図2 授業でのルールの確認用プリント(抜粋) エ.やってよかったなあ「満足感」 註) 「3.授業後」,「4.テスト勉強の仕方とテストの活 用」,「5.評価」については省略する. (鈴木,2007,pp.176-179) (2) 実験授業と使用する「ガイダンスシート」 「中学校第3学年の内容を理解し,これからの学習に対 によって確かめること(仮説検証)などの「数学教育にお しての自信と意欲をもつことができる. 」をねらいとする ける現物実験のプロセス」7)を経験させるようにする.1 授業を実施した.筆者の開発した「ガイダンスシート」 (図 実験に掛ける時間を5分から10分程度にすることも指示す 1)を使用するガイダンス授業における生徒の活動の流れ る. は次の通りである. 以下,各実験の活動とその分析を示す(S,F,K,U (ⅰ)数学の学習の仕方を考える. は生徒S,生徒F,生徒K,生徒U,それぞれの発言や行 (ⅱ)授業でのルールを確認する(以上0.5時間) . 動,Tは授業者の発問を表す.プロトコル番号は,生徒S (ⅲ)シートを使用した取り組みを行う(1.5時間) . に限定したものである.下線部は筆者による.). 実験授業は,(ⅲ)に当たるものであるが,(ⅰ),(ⅱ)につ (ⅰ) 1章「多項式」の実験の場面 いても概略を示す. 1 S:正方形に変形すると思う.絶対そうだ. (ⅰ)においては,中学校第3学年の目標「(1)数の平方根 Sは,面積を簡単に求める について理解し, 数の概念についての理解を深める.また, ためには,「正方形に変形す 目的に応じて計算したり式を変形したりする能力を伸ばす ると思う.(1)」と考え,学習 とともに, 二次方程式について理解し用いる能力を培う.」 具を切り離し,組み合わせ, (文部科学省,2008,pp.24-25)などを考察し,第3学年の数 正方形を作ろうとしている. 学科の目標から読み取れるその特徴「能力を伸ばす」こと 仮説設定において,「ARC を踏まえ,学習したことを活用することを意識した数学の S動機づけモデル」における 学習方法をとらえさせる. 「自信」の〈学習要求〉にか (ⅱ)においては,図2に示すプリントを配布し,授業で な う こ と の 表 れ で あ る. S のルールについて確認する. は,試行錯誤的に長方形を作 (3) 記録と考察 り,(75+25)×(75-25)と計算す ① 対象となった生徒を中心とした活動とその分析 る(図3). 「ガイダンスシート」を生徒一人一人に配布し,実験の K:この形はすべて長方形になるので,この形の式 は同じ形に変形できる.でも特別な形だけど. 方法を表した文を読み,8つの実験を行うことを指示す る.その際,結果を見通すこと(仮説設定) ,それを操作 図3 多項式 Kは,「この形はすべて長方形になるので,この形の式 - 82 - 数学教育のガイダンス授業における操作的なとらえに関する実践的研究 は同じ形に変形できる.でも特別な形だけど. 」 と発言し, 「大単元の学習内容」を表出させている. (ⅱ) 2章「平方根」の実験の場面 21 S:難しいけど,できたら不思議. U:私は3になったけど. 80 S:( 方程式を見ながら,) 本当だ.(学習具でも確 認する.) Uの他の解の存在することの発言から,Sは,「(方程式 Sは,解決の見通しをもてないでいるが, 「難しいけど, を見ながら,)本当だ.(80)」と新しい方程式の特徴を感得 できたら不思議.(21)」と発言し,不思議さと学習具が操 している.臨床的インタビュー調査において,Sは, 「2 作へ導いている.それは「注意」の〈知覚的喚起〉に,ま 元1次方程式でないので,解が1つだと思った.」と発言 た,面積が2の正方形を作るというゴールに向かって努力 している.既習事項との矛盾のとらえは「注意」の〈探究 しようとすることは「自信」の〈学習要求〉にかなうこと 心の喚起〉,学習具で確認することは「関連性」の〈目的 の表れである. 指向性〉,「自信」の〈成功の機会〉にかなうことの表れで あると考える. 32 S:できた.できた. 33 S:長さは 1.4(図4) . (ⅳ) 4章「関数y=ax2」の実験の場面 T:その長さはどのよう 85 S: (発言をしないで,対応表を完成させる.)特徴? な数なの. 比例? 34 S:新しくできた正方形 F:xの値が2倍,3倍になると,yの値は2倍, の辺の長さ. 3倍にならないから比例でない. T:この正方形の面積は 臨床的インタビュー調査において,Sは,「x=0のと いくら . 35 S:かけたら2になると きy=0なので比例かと思った.でも,対応表をみるとそ 図4 平方根 うではないと思った.Fの発言で確かにそうだと思った. 」 いうこと.1.4,2回 と発言している.しかし,変化の割合が一定でないところ かけたら2になる? に言及する生徒はいない.この実験では,「ARCS動機 (もう1度,辺の長 づけモデル」のカテゴリーにかなうことは表れていない. さを測定する. ) (ⅴ) 5章「相似な図形」の実験の場面 Sは, 「かけたら2になるということ.1.4,2回かけた 102 S:ゴムだから拡大する絵をかくんだ. ら2になる?(もう1度,辺の長さを測定する. ) (35)」 113 S:けっこう正確にかける.おもしろい. と最後まで疑問をもっているが,臨床的インタビュー調査 「ゴムだから拡大する絵をかくんだ.(102)」と「大単元 において,Sは, 「実際に2乗して2になる数はあるはず の学習内容」を表出させている.これは,ゴムの伸縮性か だから,すぐ思い浮かばないけどとても気になった.」と らの数学的内容のとらえであり,「関連性」の〈親しみや 発言している.学習具が示す具体的な事実からさらに思考 すさ〉に,到達点の意識化は「自信」の〈学習要求〉にか をしようとすることは「関連性」の〈親しみやすさ〉に, なうことの表れである. また,新しい学びを示唆するものであることは「関連性」 臨床的インタビュー調査において,Sは,「どうなるか の〈目的指向性〉にかなうことの表れである. は予想できたけど,やってみたいと思った.」と発言して (ⅲ) 3章「2次方程式」の実験の場面 いる.「注意」の〈知覚的喚起〉,「自信」の〈学習要求〉 55 S: (図をかいて,式をつくる. )方程式だから解 にかなうことの表れである. また, 「けっこう正確にかける.おもしろい.(113)」は, ける. 58 S: (式を見つめて, )1次方程式でないから,解 自分の予想の確かさを実感しており,「自信」の〈成功の 機会〉にかなうことの表れである. けない. 69 S: (試行錯誤的に学習具を折って,答えを求める.) (ⅵ) 6章「三平方の定理」の実験の場面 71 S:何か解き方あるんだろうな.でも,xと 18 - 139 S:何が起きるのか . 予想できない.でも正三角 2x が,6と6や4と9とかになるから,そん 形でも二等辺三角形でもない.あと直角三角 な難しくないか. 形か. Sは, 「 (式を見つめて, )1次方程式でないから,解け 149 S:( 操作して,) やっぱり直角三角形(図5) . ない.(58)」と既習の方程式ではないと判断している.さ 「何が起きるのか.(139)」と今ま らに, 「何か解き方あるんだろうな.でも,xと18-2x での活動から教材への関心をもっ が,6と6や4と9とかになるから, そんな難しくないか. ている.「注意」の〈知覚的喚起〉 (71)」と解き方を,学習具の操作から式に視点を移して予 にかなうことの表れである.「予想 想している. 「関連性」の〈親しみやすさ〉にかなうこと できない.でも正三角形でも二等辺 の表れである. 三角形でもない.あと直角三角形 か.(139)」と,最初は予想できない - 83 - 図5 三平方の定理 澁 谷 久 ・ 杉 山 佳 彦 としているが,仮説を設定している.その仮説を,「(操作 「自信」の〈成功の機会〉にかなうことの表れである. して,)やっぱり直角三角形.(149)」と,操作によって検 ② アンケート調査の分析 証している. 「自信」の〈成功の機会〉 , 「自信」の〈コン 実験授業後(上段),及び,シートを使用しないガイダン トロールの個人化〉にかなうことの表れである. ス後(下段)のアンケートには次のような記述がある. U:辺の長さを表す数が続いている他の正方形でも, ・数学が目に見えて,面白そうだと思った.・数学が 直角三角形になる? できそうな感触がある.・数学って便利なものかも Uは,3,4,5という数の並びに着目して, 「辺の長さ しれない.・1,2年生と似た勉強をする.・三平方 を表す数が続いている他の正方形でも,直角三角形にな る?」と興味をもっている.学習課題を発展させることは の定理が面白そう. ・予習復習をしっかりしていきたい (2012,2013). ・3 「注意」の〈探究心の喚起〉 , 「自信」の〈学習要求〉にか 年生の勉強は難しそうだ (2013). ・新しい法則がいっ なうことの表れである. ぱい出てきそうだ (2013). (ⅶ) 7章「円」の実験の場面 「数学が目に見えて,面白そうだと思った.」,「三平方の 定理が面白そう.」は「注意」の〈知覚的喚起〉に, 「数学 166 S:これも予想できない.とにかくやってみた ができそうな感触がある.」は「自信」の〈学習要求〉 「数 , い. 学って便利なものかもしれない.」は「関連性」の〈目的 180 S:( 操作して,) うーん.何だ.題が円だから 指向性〉に, 「1,2年生と似た勉強をする.」は「関連性」 円かな(図6) . 「これも予想できない.とにかくやってみたい.(166)」 の〈親しみやすさ〉にかなうことの表れである. と操作に対する関心をもっている. 「注意」の〈知覚的喚 シートを使用した場合では,数学的内容のとらえの上に 起〉にかなうことの表れであ 立った以後続く学習活動を意欲的に成立させる可能性の感 る.しかし, 「(操作して, )うー 得を示唆するものがみられた. ん.何だ.題が円だから円か また,2章「平方根」の単元の導入の際に,次のような な.(180)」 と 操 作 の 結 果 が 手続き記憶による内容の保持の促進が考えられる発言がみ 不鮮明であり,シートの標記 られた. から推測している. 「ARC 正方形の面積から1辺の長さを求めることをする S動機づけモデル」のカテゴ んですよね. リーにかなうことは表れてい 5.まとめと今後の課題 図6 円 ない. (ⅷ) 8章「標本調査」の実験の場面 実験授業において,具体的操作により数学的内容をとら T:この実験は何のためにすると思う? えるための学習具を単元の数集めた「ガイダンスシート」 182 S:5つのますの中の点の数の平均値から 36 ま を使用するガイダンスは,1年間の学習内容の印象を明確 す分を予想する. にし,以後続く学習活動を意欲的に成立させる可能性を感 183 S:ぴったり 100 になるとは思えないけど. 得させることができることを実証した.生徒は,視覚的や 197 S: (94 になって, )けっこうすごい.( 近くの 聴覚的にのみではなく,触覚的に内容をとらえること,す 生徒に向かって,) ねえ,いくつになった. なわち,個人による現物実験の経験により,ARCS動機 203 S:点があまりばらついていなくても 100 近く づけモデルの「注意」,「関連性」,「自信」を満たすことが になるのかな.もう一度やってみてもいい できたことがその要因と考える.しかし,「満足感」を感 ですか. 得させるまでに至るものではないことも鮮明になった.今 Sは, 「5つのますの中の点の数の平均値から36ます分 後の課題として,ガイダンスの効用の度合を遅延事後テス を予想する.(182)」 と実験の目的を把握している.これは, ト等で究明することをあげる. 「自信」の〈学習要求〉にかなうことの表れである.また, 「ぴったり100になるとは思えないけど.(183)」と予想は 註 していたが, 「 (94になって, )けっこうすごい.(近くの生 1) 中学校数学科教師に対する学年初めのガイダンス授業 徒に向かって,)ねえ,いくつになった.(197)」と不思議 に関する調査を,2014年5月に北海道の公立中学校の数 さを感じていることから,他の生徒の結果が気になってい 学科担当教師20名を対象に実施した.その質問項目は, る.「注意」 の 〈探究心の喚起〉 にかなうことの表れである. 「ア.学年初めのガイダンス授業(授業開き)を行って いますか.」,「イ.学年初めのガイダンス授業を行う目的 K:楽したいときに使えるね. Kは, 「楽したいときに使えるね. 」とこの標本調査の方 は何ですか.」,「ウ.学年初めのガイダンス授業の内容は 法が有効であると感じている.これは「関連性」の〈目的 どのようなものですか.(例示あり)」,「エ.学年初めの 指向性〉に,現物実験の帰納的検証による確かさの実感は ガイダンス授業はどのような方法で行っていますか. (例 - 84 - 数学教育のガイダンス授業における操作的なとらえに関する実践的研究 示あり) 」 , 「オ.学年初めのガイダンス授業に対する評価 を行っていますか. 」の5項目である. 2) パンデューラは,自己効力感を生み出す基として制御 体験を第1にあげている(パンデューラ,1997,p3) . 3) 生徒自身の経験から行動や認知を変容させるための道 具ととらえ, 「数学的学習具」 とする.本研究においては, 生徒一人一人が型紙から学習具を組み立て,操作するこ 図7 数学教育における現物実験のプロセス とにより,主体的に数学をつくり上げるものである. 4) 数学教育における実験は, 「計画的なプロセスに沿っ (澁谷,2013,p.482) て,条件の変更に伴う現象の変化を読み取り,数学をつ 註)図における“A”は「操作する」または「分析・考察 くり上げる活動」(澁谷,2012,p.7)であり,その中に位置付 する」段階で,新たな操作の必要を感じ,「操作の計 けられる「条件の変更に伴う現象の変化を読み取る」行 画を立てる」段階にフィードバックするものである. いが操作で,それが具体的であるものが現物実験で,念 また,“B”は「仮説検証のための実験」において, 頭のみであるものが思考実験であるととらえている. 仮説と操作や分析・考察の結果が一致しない場合に, 仮説を修正するものである. 5)「トライアウト」は予備実験で,教具・学習具の有効性 を高めるものである. 「開発者が行う予備トライアウトが 中心になるが,個人や小集団に対して行われるものや授 引用・参考文献 業の中での教具・学習具の働きをみるクラス単位でのも アルバート・バンデューラ編/本明寛他監訳.1997.激動社会 の中の自己効力.金子書房. の,他の教師や生徒に異なる視点でみてもらうフィール 安東他. 2008.「技術科教育におけるガイダンス授業の有用 ドトライアウトなどがある. 」(澁谷,2011,p.5). 6)「 A R C S 動 機 づ け モ デ ル 」 の「 注 意 」 は〈 知 覚 的 性と生徒の実態」.京都教育大学紀要. 113.pp.11-26. 喚 起(Perceptuar Arousal)〉 , 〈 探 求 心 の 喚 起(Inquiry 藤井斉亮,俣野博他.2012.新しい数学1,新しい数学2,新しい 数学3(中学校数学科教科書).東京書籍. Arousal)〉 , 〈 変 化 性(Variability)〉 に, 「関連性」は 〈 親 し み や す さ(Familiarity)〉 , 〈 目 的 指 向 性(Goal 角田大輔.2011.「算数の授業開き」.日本数学教育学会誌.93・ 2.pp.46-47. Orientation)〉 , 〈 動 機 と の 一 致(Motive Matching)〉 に, 「 自 信 」 は〈 学 習 要 求(Learning Requirement)〉,〈 成 文部科学省.2008.中学校学習指導要領解説-総則編.ぎょう せい. 功 の 機 会(Success Opportunities)〉 , 〈コントロールの 個 人 化(Personal Control)〉 に, 「 満 足 感 」 は〈 自 然 な 文部科学省.2008.中学校学習指導要領解説-数学編.教育出 版. 結 果(Natural Consequences)〉 , 〈 肯 定 的 な 結 果(Positive Consequences)〉 〈公平さ(Equity)〉のそれぞれ3つのカテ 大内善広.2008.「文脈依存性から見た学業自己効力感の因 子構造の検討―学業自己効力感尺度作成の試み―」.早 ゴリーからなる (鈴木, 2007,pp.176-179) . 稲田大学教育学部学術研究(教育心理学編).56.pp.11- 7) 澁谷(2013)は, 「数学教育における現物実験のプロセス」 24. として,図7のものをあげている. 澁谷久.2011.「数学教育における学習具開発に関する研 究」.日本数学教育学会誌.93・1. pp.2-10. 澁谷久.2012.わかるから楽しい!中学校数学おもしろ教材 コレクション.明治図書. 澁谷久.2013.「数学教育における自己効力感高揚のための 個人による現物実験に関する実証的研究」.第46回日 本数学教育学会秋期研究大会発表集録.pp.481-484. 新村出編.2008.広辞苑第六版.岩波書店. 鈴木克明. 2007.教材設計マニュアル.北大路書房. 高木徹.2013.「新年度,数学の授業開きをどうすべきか」.教 育科学/数学教育.666.明治図書.pp.4-7. - 85 - 澁 谷 久 ・ 杉 山 佳 彦 - 86 - 数学教育のガイダンス授業における操作的なとらえに関する実践的研究 - 87 - 澁 谷 久 ・ 杉 山 佳 彦 - 88 -