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第7章 不登校の子どもをもつ親の親役割行動の 特徴

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第7章 不登校の子どもをもつ親の親役割行動の 特徴
第7章
7−1
7-1-1
不登校の子どもをもつ親の親役割行動の
特徴
問題
不登校に関連する用語について
第5・第6章では,普通に学校に通っている高校生の学校適応感と親役割行
動の関係を検討した。本章では,不登校(登校拒否,学校恐怖症)という不適
応症状を実際に示している子どもの親の親役割行動の特徴を検討する。
不 登 校 の 研 究 は , Johnson, Falstein, Szurek & Svendsen( 1941) の 「 学
校 恐 怖 症 (school phobia) 」 の 研 究 に 始 ま る と さ れ る 。 つ ま り , 従 来 の 怠 学
(truancy)と は 違 っ た 神 経 症 的 症 状 を も つ 長 期 欠 席 児 の 存 在 が 確 認 さ れ だ し た
の で あ る 。Johnson et al.は ,学 校 恐 怖 症 を 親 と の 分 離 不 安 と の 関 係 で 論 じ て
おり,親子関係は不登校研究の初期から重要な要素の一つとして考えられてい
た 。 1950 年 代 後 半 以 降 で は ,「 登 校 拒 否 (school refusal)」 と い う 名 称 も よ く 使
われだした。不登校を特殊なものと考えるのではなく,精神病理性よりも一般
的な不適応症状として捉えていこうとする考え方が有力になってきたからだ。
その後さらに,
「 学 校 に 行 か な い (行 け な い )」と い う 事 実 を 1 つ の 疾 患 単 位 と し
て 見 な し , 症 候 群 と し て 考 え る 立 場 か ら 「 不 登 校 (non-attendance at school)」
と い う 用 語 が 使 わ れ だ し た 。わ が 国 で は「 学 校 不 適 応 対 策 調 査 研 究 協 力 者 会 議 」
( 1992)が「 登 校 拒 否 は ど の 子 に も 起 こ り う る 」と い う 考 え を 打 ち 出 し て 以 来 ,
こ の「 不 登 校 」と い う 用 語 が 多 く 使 わ れ て き て い る 。不 登 校 が 多 様 化 し た 結 果 ,
必ずしも神経症的な登校拒否が典型とはいえなくなってきたことも不登校とい
う用語が定着した理由の一つである。
しかし,このような事情はわが国に特有の事情であり,欧米では依然として
学校恐怖症や登校拒否,あるいは怠学も多く使用されており,用語の使用には
研究者の考え方やその国に特有の事情が反映されていると考えられることから,
文 献 の 引 用 に あ た っ て は ,原 文 で 使 用 さ れ て い る 用 語 を 尊 重 す る こ と に し た い 。
また,取り上げた知見を総合して検討する際には「不登校」という用語をこれ
らすべての概念を代表して使用することにする。
75
7-1-2
不登校児の親および親子関係の特徴
不 登 校 児 の 親 お よ び 親 子 関 係 に つ い て ,ま ず ,1960 年 代 前 後 の 古 典 的 研 究 を
見ていくことにしたい。
Clyne(1966)は , 片 親 も し く は 両 親 と の 分 離 ま た は 家 庭 崩 壊 は , 登 校 拒 否 を
導くだけでなく,両親と神経症的にかき乱された関係は,親が子どもに対して
情緒的に過剰な依存心を持つ場合に,特に登校拒否となると述べている。
Tyerman(1968)は , イ ギ リ ス や ア メ リ カ の 研 究 で , 多 く の 不 登 校 児 ( 怠 学 児 )
は,家庭生活において不幸であると報告している。すなわち,しばしば,親が
子どもに対する愛情や関心を欠き,家庭内の他の子どもに対する嫉妬や両親に
対する憤りを持つと言われる。
Chazan(1962)は ,学 校 恐 怖 症 の 親 の 特 徴 と し て ,母 親 は ,知 的 で 協 調 的 で ,
洞察力を持ち,しかし,弱弱しく,不安で過保護,思い悩む傾向をもってい
る。父親については,家族の中では,受動的役割を果たしているのは明らか
だとしているが,大多数は,よき父,忍耐強く,分別のある父親だとして記
述している。
Hersov(1960)は ,学 校 恐 怖 症 の 両 親 の タ イ プ を そ れ ぞ れ 3 つ に 類 型 化 し て
いる。母親については,過度に子どもを甘やかし,子どもに支配されるタイ
プ,要求的で厳しく統制的なタイプ,合理的な態度をもちうまくやりくりす
るタイプである。また,父親については,不適切で受動的なタイプ,固くて
統制的で関わりを持つタイプ,死別しているか家に不在なタイプである。
さ ら に Hersov は , こ の 両 親 の タ イ プ の 組 合 せ と 登 校 拒 否 児 の タ イ プ に よ
って,登校拒否児の親子関係を次の3つの基本的タイプに分類している。
(1)過 度 に 甘 や か す 母 親 と 不 適 切 で 受 動 的 な 父 親 が ,わ が ま ま で 頑 固 で 要 求 的 な
子どもによって家では支配されている。このような子どもは,家から離れた社
会状況では,たいてい臆病で抑制的である。
(2)受 動 的 な 父 親 か ら は 多 く の 援 助 を 受 け る こ と が で き ず ,子 ど も を 自 分 の 思 う
通りにしようとする厳しくて統制的で要求的な母親。子どもは家から離れた場
合に,臆病で,恐怖心をしばしば持ち,家の中では受動的で従順である。しか
し,思春期になると頑固になり,反抗的になる。
(3)家 の 運 営 を ほ と ん ど や り く り す る し っ か り 者 で ,統 制 的 な 父 親 と わ が ま ま で
頑固で要求的な子どもに束縛され支配された過度に甘い母親の組合せ。このよ
うな親の子どもは家の外では,人に気を使い友好的で社交的である。
76
一方,最近の研究では,親の特徴や親子関係という二者関係に限定せず,家
族を一つのシステムとして総合的に捉える見方が増えている。
Skinner, Steinhauer & Santa-Barbara(1983)は , FAM( 家 族 診 断 尺 度 ;
Family Assessment Scale) を 用 い て , 心 理 的 情 緒 的 問 題 や 学 校 に 関 連 す る 問
題 等 で ク リ ニ ッ ク を 訪 れ た 問 題 家 族 と 問 題 の な い 家 族 を 比 較 し て い る 。FAM は ,
課 題 達 成 ( TA;Task Accomplishment), 役 割 遂 行 (RP;Role Performance), コ
ミ ュ ニ ケ イ シ ョ ン ,愛 情 表 現( Affective Expression),愛 情 あ る 関 与( Affective
involvement), 統 制 ( Contorol), 価 値 と 規 範 ( VN;Values and Norms) か ら
なる。分析の結果,問題家族(中でも母親)は,役割遂行と愛情ある関わりに
おいて,相対的に機能不全の状態になっていることが示された。
Bernstein, Svingen & Garfinkel(1990)は , FAM を 用 い て 学 校 恐 怖 症 の 76
家 族 に つ い て 検 討 し た と こ ろ ,「 役 割 遂 行 」 お よ び 「 価 値 と 規 範 」 の 2 側 面 に
ついて,学校恐怖症家族の機能不全が示された。また,不安障害の単独症と診
断された子どもの家族は,他の症状を示す学校恐怖症の家族に比べて,家族機
能不全が低いことが報告されている。
Bernstein & Borchardt(1996)は , 母 親 の み の 家 族 と 両 親 揃 っ た 家 族 を 比 較
して,母親のみの家族は,コミュニケーションと役割遂行において大きな機能
不 全 を 示 す こ と を 明 ら か に し た 。ま た ,登 校 拒 否 児 の 父 親 は ,身 体 化 ,抑 う つ ,
恐怖症的不安などについて母親よりも高い徴候を有していることが示された。
Kearney & Silverman(1995)は ,歴 史 的 な 文 献 と 最 近 の 研 究 成 果 を 要 約 し て ,
登校拒否青年の家族に広く見られる,家族力動を次の6つのパターンとして論
証 し て い る 。そ れ は ,て ん 綿 家 族( Enmeshed Family),葛 藤 的 家 族( Conflict
Family), 分 離 家 族 ( Detached Family), 孤 立 家 族 ( Isolated Family), 健 康
家 族 (Healthy Family)お よ び そ れ ら の 混 合 型 で あ る 。
一 方 ,心 理 療 法 の 観 点 で は ,不 登 校 等 の 不 適 応 症 状 を 示 す 子 ど も に 対 し て ,
親の心理的安定を図るために親面接を実施し,効果をあげている事例も多い。
Berg( 1976)は ,広 場 恐 怖 症 の 女 性 の 子 ど も は 学 校 恐 怖 症 に な る 割 合 が 多 く ,
学校恐怖症の子どもを持つ母親はしばしば彼女自身学校恐怖症であったこ
と を 示 し て い る 。 Levovici(1990)は , こ の 事 実 は , こ の タ イ プ の 登 校 拒 否 の
症例の研究や治療には,母親に対する心理治療が薦められるということを示
していると述べている。また,日本の研究では,親の期待のあり方の変容に
着 目 し た 内 田 (1992)や ,親 の 変 化 過 程 を 8 つ の 段 階 で 示 し た 小 野 (1993)な ど ,
77
親の変容を扱った研究もいくつか見られるようになってきている。そのよう
な 中 で , 本 研 究 の 親 役 割 診 断 尺 度 ( PRAS) は , 親 の 変 容 過 程 を 実 証 的 に 検
討できる数少ない質問紙尺度として期待される。
精神分析的観点からの親子関係研究は幼少時の親子関係を問題にすることが
多く,そのことは必然的に,とり返すことができない過去の原因を追求するこ
と に 視 点 が 偏 り が ち で あ っ た 。 そ れ に 対 し , PRAS で は 質 問 紙 尺 度 開 発 に あ た
り , 親 子 関 係 は 発 達 的 に 変 容 し て い く も の で あ る と 捉 え ,子 ど も の 第 2 の 分 離
−個体化期を経て,質的にも大きな変容を遂げるもの
とし,青年期における
親子関係の変容過程に着目している。分離−個体化とは,元々,乳幼児期の母
親 か ら の 分 離 と 自 立 に 関 す る 概 念 で , Mahler, Pine & Bergman(1975)に よ っ
て , 詳 細 な 研 究 が な さ れ て い る 。Blos(1967)は , 親 か ら 精 神 的 に 離 れ , 自 立 し ,
個 を 確 立 し て い く 過 程 と い う 意 味 で ,青 年 期 を 第 2 の (分 離 )個 体 化 の 時 期 で あ
る と 主 張 し , ま た , Masterson( 1972) は , 青 年 期 境 界 例 の 研 究 に お い て , 母
親の情緒的なかかわり方が,子どもの自我の健全な発達に重要な意味を持つこ
とを論じている。つまり,個体化過程における親のかかわり方で重要なのは,
子どもの心理的安定を保証しながら,徐々に子どもの自立を促していくことで
ある。
7-1-3
親役割診断尺度の臨床的利用について
親役割診断尺度は,干渉,受容,分離不安,自立促進,適応援助,自信の6
つの下位尺度からなる。
「干渉」は,子どもの学習や生活態度に対し,細かく何度も注意を与える傾
向 を 示 し ,「 受 容 」 は , 親 子 の コ ミ ュ ニ ケ − シ ョ ン の 大 小 や 親 が 子 ど も の 行 動 ,
考えなどを理解する傾向であり,この2つの下位尺度については,これまでの
日 本 の 親 子 関 係 研 究 で , 質 問 紙 尺 度 を 用 い た 先 行 研 究 ( 例 え ば , 古 川 , 1972;
小 嶋 ,1967;辻 岡 ,1976)に 類 似 の 下 位 尺 度 が 共 通 し て 見 ら れ る 。本 研 究 の も
のは,中・高校生対象であること及び親側の変数であることに特徴がある。
「分離不安」は親が子どもをそばから離したくない傾向を示す。元々,分離
不安とは,乳幼児がその依存対象である母親から引き離される時に示す不安で
あるが,この不安自体は病的なものでなく,むしろ良い母子関係が存在してい
ることを示す健康な反応である。しかし,登校拒否の症状形成の基礎としてし
ばしば指摘されるように強すぎる分離不安は不適応症状を生じさせる場合があ
78
る。親子関係は相互的なものであるから,子どもの分離不安は,親の不安の投
影であると考えることができ,あるいは,その逆もありうる。その意味で,本
研 究 で は , あ え て 親 側 の 分 離 不 安 を 問 題 に す る 。 亀 口 ( 1989) は , 子 ど も の
思 春 期 は ,母 親 に と っ て ,
「 第 2 の 出 産 」に も 匹 敵 す る 体 験 で あ る が ,子 ど も は ,
第2次性徴の発現や内分泌系の変化などの身体的変化を鋭敏に感じ取るが,母
親は実際の身体的変化は伴わないため,この出産は漠然としたとらえどころの
ないものである ,という。さらに, この両者のギャップ自体は正常に発達し
ている母子システムでもみられるものであり,むしろそれが母子分離の促進要
因として働くと考えられる。ところが,密着傾向の強い母子システムでは,両
者が互いを内部に取り込んだ形で自己像や自己身体像を形成しているために,
比較的違和感が発生しにくく,心理的な境界を設定するとが難しい ,という。
Minuchin, Rosman & Baker( 1978)は ,こ の よ う な 家 族 の 問 題 を ,
「世代境
界の未確立」と呼び,心身症のクライエントを持つ家族の多くに見られること
を指摘している。
「自立促進」は,子どもの自立・成長を認知・理解し,それを促進する姿勢
を と る 傾 向 を 示 す 。坂 野( 1993)に よ る と ,小 学 高 学 年 ,中 学 校 後 期 ,お よ び
高等学校初期においては,不登校・登校拒否の主たる原因として認知反応の関
与しているケ−スが少なくないとし,内的で安定的な原因帰属の型,低い自己
効力感,否定的な自己イメ−ジ等が認められることが多いという。この場合,
親(家族)の援助としては,子どもの肯定的自己イメ−ジを育てるために,子
どもの自立・成長行動を積極的に認め,それを強化していく姿勢が必要と考え
られる。
「適応援助」は,子どもが新しい経験や状況に出会った時援助する傾向を示
す 。 谷 井 ・ 上 地 ( 1994) は , 適 応 援 助 は , Mahler( 1963) の い う , 親 の 「 打
て ば ひ び く よ う よ う な コ ミ ュ ニ ケ − シ ョ ン (communicative matching)」に つ い
ての能力を表す1つの指標として考えることができ,生涯にわたって繰り返さ
れる分離−個体化過程における親の支持的かかわり方を示すと述べている。
「自信」は,自らの子育てを否定的に考える傾向の少なさを示す。子育てに
対する自信が客観性を伴わない場合は,親の反省欠如傾向を示すとも考えられ
る 。谷 井 ら( 1993)は ,尺 度 構 成 に あ た っ て ,臨 床 的 に 適 用 す る 際 に は , 「 適
応援助」及び「分離不安」をさらに下位尺度に分けて,尺度の再構成を行う方
が , よ り 正 確 な 診 断 を 可 能 に す る か も 知 れ な い , と 述 べ て い る 。 谷 井 (1993)
79
に よ る と , 「 適 応 援 助 」は ,も と も と ,
「 過 保 護 」を 含 め た「 保 護 的 態 度 」を 明
らかにするのを目的として 選定された項目群であるが, 質問紙調査の限界と
し て ,「 社 会 的 望 ま し さ 」 の 影 響 を 受 け , 明 ら か に ,「 悪 い 適 応 援 助 」 的 項 目 は
因子を構成する項目として残りにくく,結果として,比較的「いい適応援助」
が残ることとなった
と述べ,保護と過保護を一次元の尺度として考えるのは
少 し 困 難 を 伴 う と し て い る 。 そ し て , む し ろ ,「 適 応 援 助 」 の 質 が 明 ら か に な
る方向での改訂をめざすのが現実的であり,診断に益することが多いと考えら
れ る ,と し て い る 。ま た ,同 時 に「 分 離 不 安 」に つ い て も ,
「日常的分離不安」
及び「将来的分離不安」の,2つの下位尺度に分かれる傾向について言及して
いる。
ここで本章までに得た,ごく普通に学校生活を営んでいる比較的健康な高校
生の学校適応感と親役割行動の関係に関する知見をあらためて整理する。
①「受容」及び「適応援助」は,適応感との間に正の相関をもち,特に,高校
高学年期には,女子よりも男子にその傾向が強い。
②母親の「自立促進」は,男子の適応感に直接的に正の影響を与えているが,
父 親 の「 自 立 促 進 」は ,情 緒 的 に 支 持 さ れ た 関 係 の 中 で は ,正 の 影 響 を 持 つ が ,
このような関係を欠く場合には負の影響を持ち,この両者が相殺されて単純相
関は有意なものにならない。
③「分離不安」については,自立促進と同様,親子間の情緒的関係の有無によ
って,適応感に及ぼす影響が異なる。
本章では,このような比較的健康なレベルの親子間の相関研究で明らかにさ
れた,いくつかの知見が,臨床的にも適用可能であるかどうかを検討する。
7−2
7-2-1
方法
調査対象
健 常 群 は ,大 阪 府 立 A 高 校 ,大 阪 府 豊 中 市 立 B 中 学 校 ,大 阪 府 立 C 工 業 高 校 ,
福 井 県 立 D 高 校 の 生 徒 の 両 親 で ,1992 年 11 月 ∼ 12 月 に 実 施 さ れ た 。有 効 回 答
数 は , 父 親 767 名 , 母 親 911 名 で , 健 常 群 の 生 徒 の 平 均 年 令 は 15.7 才 で あ っ
た 。 臨 床 群 と し て は , 登 校 拒 否 の 悩 み を 抱 え る 親 の 会 ( E 会 ) の 1993 年 2 月
の 定 例 会 に 参 加 さ れ た 父 親 5 名 , 母 親 18 名 , 及 び 1992 年 9 月 ∼ 1994 年 2 月
に国立F大学心理教育相談室に主として子どもの登校拒否を主訴として来談し
80
た , 父 親 10 名 , 母 親 11 名 で あ り , 臨 床 群 の 生 徒 の 平 均 年 令 は 14.8 才 で あ っ
た。なお,父親については,来談している母親を通じて家庭での記入を求めた
場合もある。
7-2-2
親役割診断尺度臨床版
前述したように,
「 分 離 不 安 」及 び「 適 応 援 助 」に つ い て は ,さ ら に 2 つ の 下
位尺度に分けて考えることが可能である。そこで本章では,第3章で示した6
つの下位尺度からなる尺度でなく,8つの下位尺度(因子分析の際,8因子を
指 定 し た 場 合 の 解 )で 再 構 成 さ れ た 尺 度 に て 分 析 検 討 す る こ と に し た い( Table
10)。 事 例 に 適 用 す る 際 に は , こ の 2 つ の 尺 度 の 微 妙 な 差 が 重 要 な 知 見 を も た
らす可能性を考えてのことである。以下では,この尺度を6つの下位尺度から
な る 原 尺 度 と 区 別 す る た め に 本 章 で の 尺 度 を 親 役 割 診 断 尺 度 臨 床 版 ( PRAS−
C)と 呼 ぶ こ と に す る 。PRAS と PRAS− C は ,今 後 ,統 合 さ れ る 可 能 性 も あ り
得 る が ,場 合 に よ っ て は ,大 量 の デ − タ を 扱 う 調 査 研 究 に は PRAS を 用 い ,臨
床 的 研 究 に は PRAS− C を 用 い る と い う 利 用 形 態 が 定 着 す る こ と に な る か も 知
れない。これらの結論は今後の研究に負う。
原 尺 度 と 異 な る 下 位 尺 度 に つ い て の み , 簡 単 に 説 明 を 加 え る 。「 適 応 援 助 Ⅰ 」
は ,対 人 面・学 習 面 に 関 す る 適 応 援 助 で あ り ,
「 適 応 援 助 Ⅱ 」は 物 質 及 び 環 境 充
足面の適応援助である。適応援助Ⅰは適応援助Ⅱに比べ,相対的に手間ひまか
か る 援 助 傾 向 を 表 し て い る と 考 え ら れ る 。ま た ,
「 分 離 不 安 Ⅰ 」は 日 常 的 分 離 不
安 で あ り ,「 分 離 不 安 Ⅱ 」 は 将 来 的 分 離 不 安 で あ る 。「 分 離 不 安 」 は , そ の 名 称
に よ り 否 定 的 な 印 象 を 受 け る が ,谷 井 ら (1994)は ,こ の 下 位 尺 度 は , 親 子 の 情
緒的関係を欠いた状況で伝達された場合には,負の影響をもたらす可能性
が
あ る が , 親 の あ る 程 度 の「 分 離 不 安 」は ,子 ど も と の 情 緒 的 関 係 を 青 年 期 に な
っ て も 維 持 す る 上 で , 前 提 と な る 親 の 基 本 的 構 え な の だ ろ う , と し ,「 分 離 不
安」が肯定的・否定的側面を合わせもった複雑な下位尺度である可能性を論じ
ている。
「 受 容 」に つ い て は ,項 目「 子 ど も と 話 を す る の が 好 き で あ る 」が ,
「分
離 不 安 Ⅰ 」に 対 す る 因 子 負 荷 も 高 か っ た( .35)の で ,項 目「 最 近 子 ど も と の 接
触が少ない」と入れ替えることにした。
81
Table10 親役割診断尺度臨床版(8因子解)の因子負荷量(バリマックス回転後)
*
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*
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*
*
*
F1
5
12
47
28
25
64
15
27
70
75
19
96
F2
32
10
26
21
13
30
76
2
4
F3
3
9
1
60
16
35
48
F4
11
80
6
43
18
F5
62
61
36
37
41
49
F6
38
67
52
39
F7
69
44
84
F8
73
65
86
項目
干渉(α=.81)
気がついたら子どもにこごとを言っていることがよくある
「勉強しなさい」と言っては,うるさがられることが多い
子どもをほめるより叱ることの方が多い
家での生活について,注意すれば逆効果だと思いながらつい言ってしまう
子どもの生活態度を注意することが多い
子どもがいうことをきかないといらいらする
子どもの欠点がどうしても目についてしまう
子どもの態度を反抗的に感じることが多い
「勉強はもう終わった?」が口ぐせになっている
子どものしたことで不きげんになり腹をたてることがある
親がある程度やかましく言わなければ子どもは何もしないと思う
子どもの態度が気にくわないとつい手がでることがある
受容(α=.73)
最近子どもとの接触が少ない
最近親子の会話が少なくなって淋しい
最近子どもの言ってることが分からなくなった
子どもと話をするのが好きである
子どもと意見が異なるときはお互いが納得いくまで話し合う
子どもの外出先についてはいつも把握している
子どもの成長に伴い接触時間は少なくなったが,子どものことを
子どもが日頃何を考えているかはだいたいわかっている
今でも子どもは学校のことをよく話してくれる
自立促進(α=.72)
人生で出会う困難を子どもは自分の力で十分克服していけると思う
子どもはやりたい道を自分で切り開く力を持っていると思う
子どもは親に頼らず生きていけるくらい精神的に成長していると思う
子どもは自分にとって大事なことを自分で決定できる
子どもは仮に悩みが生じても,自分自身で解決していくだろうと思う
進路のことについては,すべて子どもに任せている
子どもの進路に対する認識は甘くて頼りない
分離不安Ⅰ(α=.65)
子どもが家にいない時は何かものたりない気がする
子どもといっしょにいる時が一番しあわせである
子どものいない生活など考えられない
子どもに早く大人になって欲しい反面,私から離れていくのが淋しい
悩みがあれば,友達よりまず自分に打ち明けて欲しい
適応援助Ⅰ(α=.59)
小さい頃から子どもの勉強はずっと見てきたし,今でも分かる範囲で見てやり
子どもに必要な情報は,常に私が集めてきた
子どもが初めて経験することは私も一緒にやるよう努力してきた
良い友達とつきあうよういつも配慮してきた
子どもが宿題などで困っていると手伝ってやりたいと思う
いい本はできるだけ私が選んで与えるようにしてきた
自信(α=.74)
私は子どもの育て方を間違ったかもしれないと思う
子育てのやり方で子どもにすまないと思う面がある
子育てについて後悔することが多い
子どもに問題があるのは私のせいであると思う
分離不安Ⅱ(α=.60)
結婚しても同居か,または近くに住んで欲しい
大学や就職先は家から通える所にしてほしい
転勤のある大企業より地元の企業または役所に就職して欲しい
適応援助Ⅱ(α=.54)
子どもに必要なものはたいてい買い与えてきた
子どもに頼まれたことで可能なことは何でもやってきた
子どもの成長に必要なものは早めに与えてきた
因子寄与
寄与率(%)
82
F1
F2
F3
F8
h2
.64 -.06 -.12 .10 -.02 .05 -.03 -.06
.64 .00 -.12 .07 .09 -.02 -.02 -.02
.62 .13 -.10 -.11 -.06 .09 .01 .00
.62 .05 -.05 .13 .04 .13 .01 -.01
.56 .05 -.14 .05 .10 .06 -.05 .00
.51 .11 -.06 .00 .07 .09 .08 .07
.51 .06 -.13 .04 .02 .13 -.05 .06
.49 .32 -.09 .06 .07 .10 .00 -.01
.47 -.07 -.09 .06 .16 .05 .03 .01
.47 .08 -.04 -.12 .04 .11 .08 .02
.46 .11 -.22 .07 .13 .01 .05 .07
.42 .12 -.07 -.06 .05 .05 .08 .01
.45
.44
.44
.42
.35
.30
.30
.37
.26
.26
.30
.21
-.03
-.02
-.05
.06
.11
-.03
.10
.11
.07
F4
F5
F6
F7
.06
.10
.24
-.09
-.14
.05
-.18
-.04
-.04
.63
.57
.43
-.37
-.37
-.38
-.38
-.48
-.55
.04 -.01 .06 -.08 .04
.23 .02 .06 -.04 .03
.04 .07 .11 .02 -.07
.35 -.01 .00 -.02 -.02
.18 .12 -.01 -.08 .00
.12 .17 -.01 .08 .01
.13 .11 -.15 -.11 .09
.10 .11 -.05 -.13 -.02
.10 .09 .02 .06 .01
.41
.40
.27
.27
.25
.22
.19
.28
.34
-.14
-.11
-.20
-.15
-.10
-.14
.26
-.10 .65 .00 .07 -.05 .00 .00
-.15 .64 -.02 .06 -.03 -.03 -.02
-.04 .55 .05 .06 -.02 .05 -.05
-.08 .52 .02 -.07 -.04 -.03 .02
-.03 .49 -.06 -.08 -.09 -.06 .04
.08 .32 .02 -.15 .05 .02 .09
.14 -.28 .00 .03 .09 .05 -.01
.46
.46
.36
.30
.28
.16
.17
.02 -.02 .01
-.06 -.12 .06
.07 -.15 -.04
.10 .01 .01
.10 .06 -.13
.13
.07
.00
.08
.06
.06
.30
.14
.38
.10
-.03
-.07
-.08
-.04
-.02
-.09
.56 -.01 -.02
.50 .12 .06
.48 -.01 -.06
.45 .08 .07
.32 .17 .01
-.07 -.04
-.01 .01
.03 .27
-.04 .24
-.10 .00
.05 -.03
.03
.13
.04
.07
.12
.33
.33
.29
.28
.20
.55 -.05 .05 .08
.45 .03 .01 .04
.45 .08 -.01 .03
.39 .05 .04 .03
.38 .01 .04 .16
.36 .05 -.03 -.01
.33
.22
.29
.22
.18
.15
.21 -.16 -.09 -.01
.07 -.02 .03 .03
.13 -.21 -.05 .01
.01 .00 .08 .09
.02 .00 .02
.03 -.02 -.05
.03 .01 -.03
.10
.18
.16
.24
.15
.65 -.03 .05
.57 .06 -.06
.55 .02 .00
.53 -.04 .01
.32 -.02 .04
.19 .12 -.08
.21 -.04 .04
.58
.47
.46
.01
.04
.01
.59
.36
.50
.31
.45
.28
.26
.05 .01 -.03 .09 .08 .03 .02 .71 .51
.01 -.04 .06 .13 .18 -.03 .07 .47 .28
.01 .02 .08 .11 .31 -.03 -.04 .33 .23
4.13 2.37 2.16 1.81 1.54 1.53 1.03 .97 15.6
8.43 4.84 4.42 3.69 3.15 3.11 2.10 1.97 31.76
(注)*印の項目を各因子の項目として用いた。
7-2-3 手 続 き
E会のデ−タについては,上記の定例会にて一斉に実施された。主催者の話
によると,この日の参加者は,子どもが登校拒否を呈するようになって,比較
的日の浅い人たちが多かった。F大学心理教育相談室のデ−タは,面接担当者
がインテ−ク面接から,数回目の面接までの適当な時期に来談者に手渡し,主
として家庭での記入を求めた。その際,可能なかぎり配偶者の回答もあわせて
依頼した。
7−3
結果と考察
健 常 群 及 び 臨 床 群 の PRAS− C 下 位 尺 度 別 の 平 均 値 と 標 準 偏 差 を 親 の 性 別 に
算 出 し , そ れ ぞ れ に つ い て t 検 定 を 行 な っ た ( Table 11)。
Table11 健常群と臨床群のPRAS下位尺度得点平均値と標準偏差(8因子解)
父親
母親
健常群
臨床群
健常群
臨床群
t検定
(N)
<満点> (N=767)
(N=15)
(N=911)
(N=29)
<16> 7.39 (4.88) 7.80 (3.30) n.s.
8.43 (4.77) 9.48 (4.54)
干渉
**
<16> 10.24 (3.73) 7.20 (2.73) 3.13
12.21 (3.39) 7.90 (3.91)
受容
分離不安Ⅰ <8> 5.20 (2.32) 3.73 (2.19) 2.42 *
4.90 (2.41) 4.93 (2.31)
3.17 (1.89) 2.79 (1.93)
分離不安Ⅱ <8> 3.16 (1.97) 2.87 (1.81) n.s.
3.18 (2.61) 3.45 (2.41)
適応援助Ⅰ <12> 3.24 (2.47) 2.27 (1.39) 2.64 *
2.73 (1.81) 3.07 (1.85)
適応援助Ⅱ <6> 3.20 (1.90) 3.73 (1.75) n.s.
7.37 (3.13) 5.41 (3.50)
自立促進 <12> 7.16 (3.32) 5.60 (2.80) 1.81 +
<8> 5.35 (2.43) 3.47 (2.59) 2.97 **
自信
4.74 (2.56) 2.69 (2.59)
t検定
n.s.
6.52
n.s.
n.s.
n.s.
n.s.
3.30
4.23
**
**
**
**p<.01,*p<.05,+p<.10
「干渉」については,両親ともに両群に有意差が見られなかった。第6章で
明らかにしたように,干渉は高校生の劣等感や非協調性(協調性欠如)を高め
ることにより,間接的にスク−ル・モラ−ルに負の影響を持っている。この場
合も直接的には有意な相関が見られないことから,干渉は,他の変数との関連
において,子どもの学校適応に正負いずれの影響を与える場合もあると考えら
れる。このことは,従来から登校拒否の原因の一つとして指摘されている親の
「過干渉」の意味をより詳しく明らかにする手がかりになるかもれない。
曽 我 ・島 田( 1985)は ,過 干 渉 傾 向 の 強 い 親 に 対 し ,本 人 に 対 す る ,う ず く
まりや劣等感を強化する負の刺激を可能なかぎり排除することを求め,中学3
年の男子の登校を援助していった過程について報告している。この場合も,親
の干渉が本人の劣等感を増加させる働きをしていたために,干渉をコントロ−
83
ルすることが登校拒否の治療に有効であったと考えられる。
「 受 容 」に つ い て は ,父 親( t=3.13,df=780,p<.01),母 親( t=6.70,df=938,
p<.01) と も に , 健 常 群 が 臨 床 群 よ り も 有 意 に 高 か っ た 。「 受 容 」は 親 子 の コ ミ
ュ ニ ケ − シ ョ ン や 親 の 子 ど も 理 解 に 関 す る 下 位 尺 度 で あ り ,こ の 得 点 が 高 い 程 ,
親子間のコミュニケ−ションが密であり,親が子どもを理解しようとする傾向
が大きいことを示す。このような親の態度は,親子間の相互理解を深めること
になり,その結果,親子間の情緒的関係は安定するであろう。そして,親子関
係の安定は,不適応をおこしにくい家庭的支えとして機能するであろう。この
ように臨床群の親の得点が低いことについては,不安定な親子関係が,子ども
の不適応の直接的・間接的な原因となったという方向の因果関係が考えられる
が,子どもの不適応行動の発現によって,親子関係が不安定になったという方
向の因果関係も考えられ,実際は,この双方向の因果関係が相乗的に働いてい
るのだと考えるのが最も妥当であろう。
Cerio(1997)は ,子 ど も の 不 安 は 少 な く と も 一 方 の 親 の 高 い 不 安 と 関 連 し て い
ると述べている。恐怖症の子どもをもつ家族においては,一方の親,典型的に
は不安な方の親が,子どもの問題に対応するために,過剰に関与しすぎること
はよくあることである。その結果,子どもは纏綿状況におかれ,その一方で,
もう片方の親は,子どもに対し不十分な関与となるかまたは関係を断ち切るこ
とになりがちである。このような家族は子どもの支えとならないのは明らかで
あ る 。曽 我 ら( 1985)は ,中 学 1 年 の 女 子 の 事 例 で ,親 を 仲 介 者 と し て ,シ ェ
イピング法及びガイディング法による間接的治療を試み,希薄な母子関係を改
善し,親子のコミュニケ−ションを回復し,再登校に成功した事例を報告して
い る 。曽 我 ら は ,子 ど も は 治 療 的 介 入 が 行 な わ れ て い る こ と を 知 ら な い た め に ,
親の態度変容を自然な親子関係の中での変化として受け取るため,親への信頼
を回復しやすかったと分析している。
「 自 立 促 進 」 に つ い て は , 母 親 ( t=3.30 , df=938, p<.01) に つ い て は , 健
常群が臨床群より有意に高く,父親については,有意な差が見られなかった。
Kahn & Nursten(1964)は , 登 校 拒 否 の 家 族 に は , 家 族 相 互 作 用 の 問 題 が あ
り,葛藤が親のパーソナリティの中に存在する,と述べている。この種の親は
子どもに対して赤ちゃんであるかのような扱いを続ける。子どもを独立したも
のと見なしたいと思っているのだが,一方で,母親の中の何かを満足させるた
めに,自分のそばからは離すことができないのだ。子どもは,学校に行くよう
84
に,独立して生きるように表面上は言われている。しかし,彼らは母親の言葉
の代わりに,隠された母親の願望に反応しているのだ,と述べている。このよ
うに登校拒否の親には本当の意味での自立促進的姿勢に欠けている場合も多い
と考えられる。
田 上 ( 1993) は , 中 学 1 年 の 女 子 の 事 例 で ,「 頑 張 れ ば で き る し , だ れ で も
頑張れる」という母親の認知を修正し,実際の子どもの行動への社会的強化を
増加させるという介入を行い,登校に至る過程を報告している。母親や治療者
の子どもの自発的行動に対する社会的強化が本人の自信の回復と心理的安定に
つながったと考えられる。また,回復過程の中で,学級内のいじめなどの問題
に つ い て ,母 親 が 本 人 の 訴 え を 理 解 し は じ め る な ど ,
「 受 容 」の 増 加 が 見 ら れ た
ことも,この事例から推察できる。
「 自 信 」に つ い て も ,父 親( t=2.97,df=780,p<.01),母 親( t=4.23,df=938,
p<.01)と も に ,健 常 群 が 臨 床 群 よ り も 有 意 に 高 か っ た 。
「 自 信 」は ,親 の こ れ ま
での子育てに対する自信や反省の指標である。子どもが不適応行動を示した場
合,親の自信が低くなるのは非常に理解しやすい方向の因果関係である。臨床
例に適用する場合には,むしろ,子どもが不適応症状を呈しているのに,自信
が高い親について,その意味を吟味することが治療上役に立つと考えられる。
「分離不安Ⅰ」については,父親についてのみ,健常群が臨床群よりも有意
に 高 か っ た ( t=2.42, df=780, p<.05)。「 分 離 不 安 Ⅰ 」 は , 日 常 的 分 離 不 安 で
あ り , 子 ど も と な る べ く 一 緒 に い た い と い う 親 の 感 情 を 表 す 。 谷 井 (1993)は ,
分離不安はある意味では愛情の裏返しであり,子どもの認知では,自分に対す
る 愛 と し て 受 け 取 ら れ る 場 合 が あ る だ ろ う ,と 述 べ ,し か し ,良 好 な 親 子 関 係
のない状況で伝達される場合には,矛盾した親の態度として適応感に負の影響
を与えるのだろうと述べている。本研究で,親の性により異なる結果がでたの
は,母親の分離不安がこのように複雑な影響を子どもに与えているのに対し,
父親の分離不安は愛情そのものとして子どもに受け取られることが多いという
ことを表すのではないかと思われる。すなわち,父親の場合は,良好な親子関
係がない状況で,子どもに対して分離不安を高めるという状況になることが少
ないのであろう。
「適応援助Ⅰ」については,父親についてのみ,健常群が臨床群より有意に
高 か っ た ( t=2.64, df=15, p<.05)。 た だ し , 臨 床 群 と 健 常 群 の 分 散 が 等 質 で
は な か っ た た め , Welch の 方 法 を 用 い た 。「 適 応 援 助 Ⅰ 」 は , 学 習 面 ・ 対 人 面
85
の援助であり,比較的手間ひまかかる援助である。すなわち,臨床群の父親は
健常群の父親に比べ,このような援助的かかわりが少ないことを示している。
佐 藤 (1968)は 登 校 拒 否 児 の 父 親 の 典 型 的 な タ イ プ と し て , ① 内 向 的 ,非 社 会
的で母性代行的な父,②内向的,無気力で,父子関係の脆弱な父,③社会的に
活動しているが,家庭を離脱し,反面圧力的な父
の3タイプをあげ,牧田・
小 此 木 ・ 鈴 木 (1967)は , 登 校 拒 否 児 の 父 親 の タ イ プ と し て , ① 几 帳 面 で 非 社 会
的,無口,おとなしいタイプ,②仕事熱心の家庭不在型で,子どもとの接触に
無関心で,子どもとの人間的交流の乏しいタイプ,③いわゆる暴君で情緒的に
不安定で,家族を自分の思うとおりにしないと気がすまないタイプ,の3タイ
プをあげている。これら初期の登校拒否研究においても,子どもとのかかわり
の 少 な い タ イ プ の 父 親 と 登 校 拒 否 児 と の 関 連 が 最 も 多 く 指 摘 さ れ て い る 。ま た ,
村 瀬 ( 1988) は , 父 親 存 在 が 家 庭 生 活 に 希 薄 な 例 は , 30 例 中 , 実 に 19 例 で ,
しかもこの傾向が一見して物理的にも心理的にも顕著な例に限ってである,と
述べており,時代は変わっても,このようなタイプの父親が最も多いと考えら
れる。
母親の「適応援助Ⅰ」については,有意な差が見られず,父親とは違う結果
を得た。母親は父親に比べ子どもとの接触時間がながく,そのため,援助的か
かわりの巧拙あるいは適時性が父親以上に関係している可能性がある。適応援
助の子どもに与える影響は,子どもが親の援助行動を必要としている時期であ
るかどうかという要因も考慮する必要があると考えられる。また,治療過程の
中 で ,父 親 と 母 親 の 役 割 交 替 が お こ る こ と も し ば し ば 指 摘 さ れ る 。多 く の 場 合 ,
父親の援助行動が多くなり,その分,母親が援助行動を控えることになる。こ
のことも母親の適応援助に関して有意な差がでなかった理由とも考えられる。
また,父母の役割交替を治療的介入として積極的に取り上げた例に,辻・鈴木
( 1988) や 小 野 ( 1995) の 事 例 が あ る 。
小 野( 1993)は ,不 登 校 児 の 親 の グ ル − プ へ の パ − ソ ン セ ン タ − ド・ア プ ロ
−チの中で,親の変化過程について8つの段階を提案している。その中で,第
Ⅲ段階にあたる「模索期」から,次の段階への移行が,他のどの段階間の移行
よりも困難であると述べており,さらに,子どもの大きな変化は,親が「Ⅳ.
解 決 方 向 探 索 期 」 に 入 る 頃 か ら 始 ま り ,「 Ⅴ . 方 法 探 索 期 」 を へ て , 親 が 「 Ⅵ .
変化期」に入る頃には,子どもは再登校なり独自の道を歩みはじめるという。
そこで,
「 Ⅲ .模 索 期 」か ら「 Ⅵ .変 化 期 」に か け て の 親 の 変 化 を ,小 野 の 記 述
86
に 従 っ て , PRAS の 下 位 尺 度 に 当 て は め て み る こ と に す る 。
第Ⅲ期で,
「 学 校 ,日 常 生 活 ,親 子 関 係 ,性 格 な ど の 広 範 囲 に わ た る 本 人 の 否
定的面しか見えなかった」状態から,第Ⅳ期には「子どもの積極的面が見え始
め,否定的な面も含めた本人の現状への許容的な理解を示し,養育と愛情不足
の反省,対話・傾聴不足を感じる」ようになる。さらに,第Ⅴ期,第Ⅵ期にか
けて,
「 本 人 の 自 主 性 尊 重 ,親 子 関 係・家 族 関 係 の 改 善 ,親 の 精 神 的 安 定 」が 見
ら れ る 。こ れ ら の 変 化 は ,PRAS で は ,
「 受 容 」や「 自 立 促 進 」の 増 加 と し て 表
れると思われる。
第 Ⅴ 期 で の ,「 親 の 役 割 変 更 , 両 親 の 協 力 」, 第 Ⅵ 期 に お け る 「 家 族 関 係 の 好
転 , 父 親 の 変 化 」 は , PRAS で は 両 親 の 「 適 応 援 助 」 の 平 準 化 ( 多 く は , 父 親
の「適応援助」の増加)として表れるだろう。
第Ⅲ期での,
「 子 ど も の 扱 い は 操 作・強 制・強 迫 が 中 心 で ,と き に は 無 根 拠 の
登校期待をし,学校での教科学習への執着も強い」状態から,第Ⅳ期では「本
人の変化に気づき,本人の行動と,親の学校執着,感情,非言語も含む行動と
の 連 鎖 が み え ,不 登 校 へ の 認 識 不 足 と 誤 っ た 対 応 の 反 省 」が 行 な わ れ ,第 Ⅴ 期 ,
第Ⅵ期にかけて「本人の自主性尊重,主体性尊重」が見られるようになる。こ
れ ら は , PRAS で は ,「 干 渉 」 の 減 少 と し て 表 れ る と 考 え ら れ る 。
「 受 容 」,「 自 立 促 進 」,「 適 応 援 助 」 の 3 つ の 下 位 尺 度 の 変 化 に つ い て は , 本
研 究 の 結 果 と ほ ぼ 一 致 す る と 考 え ら れ る 。ま た ,
「 分 離 不 安 」と「 自 信 」に つ い
ては,小野の記述の範囲では,変容の方向がはっきりしないと言える。残るは
「干渉」であるが,小野が示す親の変化過程では,干渉が減少していくように
考 え ら れ る が ,本 研 究 の 結 果 で は ,健 常 群 と 臨 床 群 は 有 意 な 差 を 示 し て い な い 。
このことは,高い干渉傾向はそれだけでは,必ずしも,子どもの不適応に結び
つかず,他の要因との複合作用として,子どもの不適応が生じる場合がある。
そして,一旦,子どもが登校拒否という症状を示した場合,発症時の親の干渉
が高い場合には,治療経過に伴い,次第に干渉を低くしていくと考えられるの
ではないだろうか。
7−4
まとめと課題
ま と め と し て , 臨 床 事 例 か ら 得 た 本 章 の 結 果 と 谷 井 ら (1994)の 結 果 を 比 較 し
考察してみる。
87
「 受 容 」に つ い て は 両 者 ほ ぼ 同 様 の 結 果 が 得 ら れ ,臨 床 群 の 得 点 が 低 か っ た 。
このことは親の受容の欠如が,子どもの登校拒否の一指標として利用可能であ
ることを示している。また,受容の上昇が面接過程の効果を評価するための一
指標として利用可能であることも示唆している。
「適応援助ⅠⅡ」については,父親の適応援助Ⅰの得点が臨床群において低
いという,谷井らと部分的に同様の結果は得られたが,総合的に見た場合,必
ず し も ,子 ど も の 不 適 応 と の 相 関 が 高 い と は い え な い よ う で あ る 。こ れ は ,
「適
応援助」の子どもに及ぼす影響は,援助的かかわりの巧拙や適時性という要因
の 影 響 を 受 け る か ら だ と 考 え ら れ る 。 谷 井 (1996b) は , 親 の 適 応 援 助 が 高 校 低
学 年 で は ,無 相 関 で あ る こ と を 示 し て お り ,ま た ,谷 井 (1994) で は ,父 親 の 適
応援助は,高校低学年における子どもの認知では,親の「統制」として受け取
られる傾向があることを指摘している。これらは,高校低学年から高校高学年
にかけての時期に,子どもにとって親の援助的関わりの必要性が全く逆転する
可能性を示唆している。また,適応援助Ⅱについては,両群の差が有意にはな
らなかったが,数値的には臨床群の方が高く,これは適応援助Ⅰの結果とは逆
である。このことは,今回8因子解を使用して,適応援助の微妙な差異によっ
て不登校児の親子関係を明らかにしたが,この試みが今後有効であるとの知見
が得られる可能性を示唆している。
「 分 離 不 安 Ⅰ Ⅱ 」に つ い て ,谷 井 ら ( 1994)に よ る と ,父 親 の 分 離 不 安 は 子
どもにとって「愛情」そのものとして受け取られやすく,その結果,適応感に
正の影響を与える場合が多い。また,母親の分離不安については,親子間に情
緒的関係が存在するか否かで適応感に正負全く正反対の影響を持つため,それ
らが相殺されて,単純相関は有意にならない,という。本研究の結果も谷井ら
とほぼ一致する結果だといえる。
「 自 立 促 進 」 に つ い て , 谷 井 ら ( 1994)に よ る と , 母 親 の 自 立 促 進 は , 特 に 男
子の適応感に対し,直接的に正の影響を持つが,父親の自立促進については,
母親の分離不安と同様に情緒的関係の有無という第3の変数の影響を受け,そ
の結果,単純相関は有意にならない。本研究の結果も,谷井らと一致した結果
と考えてよいであろう。
このように,自立促進及び分離不安の高低を臨床的あるいは診断的に適用す
る際には他の変数との関連をも含めて,慎重に,判断すべき必要があることが
示唆された。
88
「自信」については,親のこれまでの子育ての反省の一指標であると考えら
れ,臨床群の得点が低いのは非常に妥当な結果である。谷井らでは適応感との
間に有意な相関が表れていないが,谷井らの母集団には行動レベルでの不適応
児が含まれていないため,結果に違いが出たと考えられる。
今回は臨床群と健常群の統計的な比較をした。個別の事例では,登校拒否の
子どもを持つ親といってもいくつかのタイプに分かれることが考えられる。タ
イ プ に よ っ て は , PRAS− C の 下 位 尺 度 で , 全 く 反 対 の 傾 向 を 持 つ 場 合 も あ ろ
う。その意味で,本研究で明らかにされたのは,いくつかの親のタイプの共通
項と考えられる。また,両親の親役割行動の相互作用についても検討する必要
があろう。そのためには,今後の課題として,複数の面接事例について,事例
研 究 と 並 行 し て , PRAS− C の 変 容 過 程 を で き る だ け 詳 細 に 分 析 し , 検 討 し て
いく必要があると考えられる。
さて,本章で調査した健常群と臨床群の比較研究においても,親役割診断尺
度 の 下 位 尺 度 の い く つ か( と く に「 受 容 」)で 有 意 差 が 見 ら れ た 。こ れ ら の 結 果
により,この尺度の妥当性が一部検証されたと考える。
7−5
要約
本章では,不登校(登校拒否)という不適応症状を実際に示している子ど
も の 親 の 親 役 割 行 動 の 特 徴 を 検 討 し た 。そ の 際 に ,第 6 章 ま で と 異 な り 8 つ
の 下 位 尺 度 か ら な る 親 役 割 診 断 尺 度 臨 床 版( PRAS− C)を 用 い た ,こ れ は 分
離不安と適応援助がさらに2つの下位尺度に分かれたものである。健常群と
臨床群を比較した結果,受容と自立促進については,両親ともに健常群が臨
床群よりも高かった。分離不安Ⅰと適応援助Ⅰについては父親だけが,健常
群の得点が高かった。また,父親の適応援助Ⅱは有意な差とはならなかった
が数値的には,臨床群が高かった。これらの結果は,この尺度の妥当性を示
すものと考える。
(注 ) 第 7 章 は ,1996 年 カ ウ ン セ リ ン グ 研 究 第 29 巻 1 号 に 掲 載 さ れ た ,
「登校拒否の子ど
もをもつ親の親役割行動の特徴」に加筆・修正を加えたものである。
89
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