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キャリアにおける黒歴史に関する一考察 〜経験・想起・意味付けの

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キャリアにおける黒歴史に関する一考察 〜経験・想起・意味付けの
キャリアにおける黒歴史に関する一考察
〜経験・想起・意味付けのプロセス
福島大学
上野山ゼミナール
鈴木信
大内一男
大竹陽介
酒井勝伸
熊田圭佑
小林怜実
ラザリフ・ギャルマン
1. はじめに
我々の研究のテーマの決定は“ワード出し”に始まった。その中で、我々のゼミが重視
しているのは、「面白い」ということである。「面白い」というのは、我々の興味がある事
であり、それは専攻分野である組織行動論(広義では経営学)の範疇を超えるワードも含
まれる。半年を経て、我々は“放題”と“黒歴史”2つにテーマを絞り込んだ。
“放題”と
いうのは、無限の報酬がもたらすモチベーションへの影響ということである。一方、“黒歴
史”は、本人がなかったことにしたくなるような経験が現在のキャリアにどう影響してい
るかということである。そこで我々は“黒歴史”を選択した。なぜなら、概念として曖昧
ではある“黒歴史”を論理的に説明したとき、面白いのではないかという好奇心が勝った
からである。
2. 黒歴史の定義
我々は研究を進めるにあたって黒歴史を定義づけることにした。我々の黒歴史の定義は
「本人がキャリアにおいて、その後なかったことにしたくなるような経験」である。
3. 先行研究
ここでは、
(1)われわれはなぜ、ある種の経験をなかったことにしたくなるのか、(2)
特定の経験をなかったことにする事にどんなメリットがあるのか、(3)この種のネガティ
ブな経験はその後のキャリアにどのような影響を与えるかという視点から先行研究を検討
することにする。
まず第1に、われわれは、ある種の経験をなかったことにしたくなるのは、それが本人
に何らかの感情をもたらすものであるからだと考えた。そのような感情として、われわれ
は羞恥心の心理学的研究に着目した。そもそも羞恥心とは何なのか。そこで我々は羞恥心
に注目することにした。菅原(2003)によると、羞恥心は自分の様子を監視していて、何
か問題を発見すれば、
「恥ずかしい」という感覚を発して危険を知らせると述べられている。
言い換えると、羞恥心とは一種の警報システムなのである。次に、羞恥心の発生原因と発
1
生状況について述べられている。樋口(2001)によると、原因は4つ、状況は6つに分類
された。始めに、原因として「社会的評価懸念」、
「自己イメージ不一致」、
「相互作用混乱」
、
「自尊心低減」が挙げられた。「社会的懸念評価」とは他人が自分をどう評価するかと不安
を感じることで、これに反すると羞恥と感じる、「自己イメージ不一致」とは、自分らしく
ないと感じる時に羞恥を感じる事、
「相互作用混乱」とは、他者に対しどのように行動した
ら良いか分からない時に羞恥を感じる事、「自尊心低減」は自分を駄目な人間と感じる時に
羞恥と感じるものであった。次に発生要因として、自分の劣位性が公衆の前で露呈する「公
恥状況」、自分の行動について反省する「私恥状況」、照れ・ポジティブな評価や相互作用
に戸惑う「照れ状況」、人前で自信がもてない「対人緊張状況」、対人場面で自分の役割が
混乱するという「対人困惑状況」、性の顕在化が戸惑いをもたらす「性的状況」があるとさ
れた。これらの原因と状況に遭遇したとき、人間は羞恥を感じると述べられていた。この
文献により、羞恥心とは何なのかという疑問と、羞恥の感じる原因と状況は何なのかとい
う疑問が解決されたのである。
また、岡田(2006)によれば、羞恥心の他に罪悪感も過ちを伴う感情経験であるとされ
ている。羞恥心の他に罪悪感もまた、それをもたらした経験を、われわれがなかったこと
にしたくなるような感情であると考えられる。なお、羞恥心と罪悪感のどちらのほうが、
感度が高いのかについては、結果として羞恥心のほうが高い感度を示していた。さらに、
嫌悪や恐怖という感情と同様、羞恥心と罪悪感は、それらの感情を生じさせたのと同じ(あ
るいは類似している)過ちの経験を繰り返さないようにする機能が含まれているとも述べ
られていた。
ここで、他に機能は存在しないものかという疑問が浮かび上がる。そこで第2に、機能
というものにアプローチする。マンフレッド・ケッツド・ブリース(1995)の文献の中に
「モンテクリスト伯コンプレックス」という概念がある。モンテクリスト伯コンプレック
スとは、親からの厳しい教育・幼少時代のいじめといった嫌な経験が軸となり、権力・美・
地位・優越性に執着し、これらにこだわることで、現在の状況に至ったという概念である。
事例として、フランスのデザイナー、ピエール・カルダンと日本の偉大な経営者である松
下幸之助を挙げる。まず、ピエール・カルダンは、幼い時に他人からのいじめ、父親の度
重なる転職でつらい時期を過ごした。その彼は結果として、ファッションを大衆化し、お
およそ想像できる物すべてに自分の名前をつけることで、自分を見下した者を見返したの
である。次に、コッター(1998)の文献による松下幸之助の事例では、幼少期に二面性を
持つ父親の下で育ったという経験がある。二面性とは、外での振る舞いは良いのだが、身
内には厳しくあたるというものであった。そして、その父親は商売で失敗し、家庭に大き
な打撃を与えた。そのような厳しい環境で育った松下幸之助だが、松下電器という現在に
も存在する会社を立ち上げている。しかし、父親譲りからか、二面性が見られる性格であ
ったという。松下幸之助自身と父親の大きく違う所は、商売で成功したか失敗したかとい
うところである。この2つの事例は復讐心なのか、もしくは他人に自分のようになって欲
2
しくないと考えたのかわからないが、幼少期の辛い時期がキャリアに影響したとは大いに
考えられる。この文献では、幼少期のつらい時期が黒歴史や機能となりうること、さらに
はその時期がキャリアに影響しうることがわかった。
最後に注目したのが、上記のような機能が起こるまでのプロセスである。ピエール・カ
ルダンは常に幼少期のつらい時期が頭にあったのか、という疑問からである。そこで、忘
れるという事に我々は何か意味があるのではないかと考えた。そして、人は常にネガティ
ブな記憶を持っていると、疲弊してしまうため、忘れる事で解消している「忘却」に重点
を置いた。平島・野崎(2012)によると、忘却は記憶を阻害するものとして悪いイメージ
があるものの、運動制御の指令を最適化する効果があると論理的に証明されている。この
ことから、ピエール・カルダンは常に幼少期のつらい時期を考えていたのではなく、一時
的に「忘却」することで、行動の最適化を行ったと考えられるのである。
以上、先行研究では黒歴史となりうる羞恥心とは一種の警報システムであり、ある原因
と状況の中で羞恥と感じるということ、また羞恥心のみならず、罪悪感や幼少期のつらい
時期も我々が定義する黒歴史に含まれるという事、そして、これらは常に念頭にあるので
はなく一時的に忘却しているということ、最後に羞恥心や罪悪感に関しては、それらを生
じさせた同じ(または類似)した過ちの経験を繰り返さないように働くということがわか
った。
しかし、これらはあくまで第 3 者による記述にもとづくものである。ピエール・カルダ
ンが本当に黒歴史と感じていたのかはわからない。さらには、黒歴史に含まれる感情、想
起のタイミング、もたらされる機能もこれだけなのかも不明である。そこで、我々は黒歴
史に関する一次データをインタビューによって収集することにした。
4. 研究方法
黒歴史はキャリアにどのような影響を与えるのか。この疑問を解決するため、先ほど定
めた研究対象者にインタビューを行い、「どのような経験が黒歴史となりうるのか」「その
黒歴史がどのようなプロセスでいかなる意味を持つのか」という二つのことに対応する調
査を行った。研究対象者は、初めに 20 代8名から、どのような経験が恥ずかしくなるのか
を考え、よりキャリアが安定している 30~40 代 3 名に、黒歴史の経験、黒歴史の想起のタ
イミング、黒歴史によってもたらされる機能などについて語っていただいた。我々はこの
インタビューデータを質的な社会調査の一つの手法であるグラウンデッド・セオリー・ア
プローチによって分析した。
インタビューの土台として、我々の大失敗を抽出した。それから 30~40 代の黒歴史に当
てはまるものはないか検証した。
得られたデータを 3 つの分析で調査した。黒歴史の経験、黒歴史の想起のタイミング、
黒歴史によってもたらされる機能の 3 つである。我々は黒歴史によってもたらされる機能
3
を重視し、事例が飽和したと判断するまで作業を続けた。その後カテゴリ分けを行うと共
に関係性を調査した。
5. 結果
“黒歴史”というものの性質上、打ち明けることに気が進まない人が多い為、3人とい
う少ないサンプル数になってしまった。しかしグラウンデッド・セオリー・アプローチと
いう定性的な調査・研究方法は、一人から抽出される内容が、調べたい内容を飽和状態へ
導くことが可能ならば、サンプル数はあまり結果と関連しないのである。そのため、分析
は試みる事にする。それを前提としてインタビューを行った結果、以下の情報を得ること
が出来た。
・黒歴史の概要
・黒歴史モデル
4
・想起モデル
・機能モデル
考察
我々はインタビューで得られたデータから大きく3つのことがわかった。第1に、日常
で起こったことよりも非日常の中で起こった出来事の方が黒歴史となりやすいこと。第二
に、ネガティブな思い出による黒歴史は、後の人生で抑制機能として働きやすいこと。第
三は黒歴史が機能を果たすというプロセスの中で忘却が関連しているということである。
第1の日常と非日常に関しては、受験時の失敗による黒歴史をもとに説明していく。こ
の黒歴史のポイントは、高校受験日という当時の人生における一大イベントで起こった出
来事であるということである。この出来事がもし何の日でもない日常の中で起こった出来
事なら 30~40 代になるまで記憶に残っていただろうか。受験という人生の大イベントだか
らこそ失敗を強く感じたのではないかということが推測された。我々はインタビューから、
日常で起こった失敗は作業を頻繁に繰り返すため、失敗の記憶を積み重ねる成功によって
上書きされやすいので、思い出すことは少ないという意見も得た。そのことからも日常で
起こったことよりも非日常で起こった出来事の方が黒歴史となりやすいことがいえる。
第2の抑制機能が働きやすくなることについては子に対する親の行為の黒歴史をもとに
説明していく。厳しいしつけといったネガティブな経験は、記憶の中に根をはりやすい。
ゆえにそのトラウマが他の人達に同じ経験をさせたくないという意識を強く働かせ、後の
5
機能は行動を抑制するといったものが多くなる。今回はそのように機能したデータが多い
ため、そう判断したが、厳しいしつけをされた子供が父になり、今度は本人がわが子に同
じ行為を繰り返してしまうというようなマイナスの作用も存在する可能性がある。被験者
からは、親による教育から教訓を得るには長い時間の経過と自分が子から父になるという
立場の変化があったという意見があった。ある黒歴史がその人にどのような機能をもたら
すかという点は、パーソナリティにより変わってくる。なぜならば、先行研究でわかった
ように、人の感情の程度はそれぞれ違いがあり、本人にしか測れないものだからである。
しかし、パーソナリティを考慮してしまうと、機能の探索という我々の核となる焦点がぶ
れてしまう可能性があるため、考慮はしない。(グラウンデッド・セオリー・アプローチの
内容にも方法論的限定が必要との記述があった為)
第3の特徴は黒歴史がもたらす機能が発見したことから導きだすことが出来た。黒歴史
にはその人にとってプラスとなる機能とマイナスとなる機能が両方存在する。我々が黒歴
史から見出した機能はプラスとマイナスがおおむね4:1という割合でプラスに作用する
方が大きいということが現段階ではデータから浮き上がってきている。経過ではあるが、
そういう結果が出たにもかかわらず、私たちは黒歴史を否定的なものと見なしがちである。
しかし、黒歴史が良い機能をもたらすことの方が多いと身をもってしった私たちですら、
黒歴史のイメージが変わるということは決してなかった。私たちが常に黒歴史を後悔せず、
うまく付き合っていくためには、忘れることが必要なプロセスだということに至った。そ
うは言いつつも、忘れることは1つの手段である。しかし長い目で見ると、我々の研究で
は黒歴史には良い機能が多く現れたため、過度に黒歴史に否定的な感情を持つ必要はない。
以上が黒歴史の概要のカテゴライズの図からわかったことを記述した。同様に、想起・
機能の図からもわかることが多くあったがそれは 11 月 30 日の発表の場で述べさせていた
だく。
5. 今後の課題
調査段階で得られたサンプル数の少なさが挙げられる。これは調査方法として、データ
の正確性を重視する GTA を用いたため問題としなかった。しかし、収集できたサンプルは
いずれも男性のものであり、女性のデータを得ることができなかった。理由としては、調
査依頼をしたのが、男性に偏っていたのが原因として考えられる。そのため、本研究は男
女両方の視点を取り入れる事ができず、結果としては、やや正確性を欠くものとなってし
まった。
また、黒歴史の持つネガティブなイメージゆえに回答者が答えづらいと感じてしまうこ
ともあった。これは質問項目を相手が話しやすい形式にするなどの工夫などで対応してい
きたい。
6
参考文献
岡田顕宏
(2006)『恥の心理研究
自己意識的感情尺度』
札幌国際大学心理相談研究所所報
平島雅也
第五号
野崎大地(2012) 『忘却がもたらす驚くべき効果』
東京大学大学院教育学研究科
http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_240629_j.html
マンフレッド・ケッツド・ブリース
金井壽宏、岩坂彰
『会社の中の困った人たち』
菅原健介(2003)『ひとの目に映る自己
訳(1998)
創元社
「印象管理」の心理学的入門』
金子書房
ジョン・P・コッター
『限りなき魂の成長
高橋啓
訳(1998)
人間・松下幸之助の研究』
株式会社
飛鳥新社
偉人の謎研究会(2011)
『偉人たちの黒歴史』彩図社
モーガン・マッコール
金井壽宏『ハイフライヤー
プレジデント社
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次世代リーダーの育成法』
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