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『100年の漂流』シナリオ草稿

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『100年の漂流』シナリオ草稿
『100年の漂流』シナリオ草稿
<シノプシス>
自分のルーツのしがらみから逃れるように、札幌で孤独に生活していた女性K。
彼女は母の死をきっかけに故郷の網走を訪ね、遺言に基づいて流氷の海に立つ。
彼女は日本人でもアイヌ民族でもない、歴史に埋もれたツングース系北方系少数民族の末裔だった。
Kは流氷の上を彷徨ううちに嵐に見舞われ、夢現の中で自分のルーツに触れる不可思議な体験をする。
北方圏の人間は、人種や民族を問わず共鳴しうる感性を秘めている。
北方の寒さに適応し、自然の厳しさと恩寵を感じながら生きてきた人々に共通する感受性は、
有史以前から引き継がれているDNAに刻まれた、北方民族の血脈なのかもしれない。 <シナリオ草稿>
1、流氷(プロローグ)
網走の砕氷船から見渡す、一面に広がる美しい流氷の映像。
その背景で、役人風の男と若い女性K(主人公)の電話のやりとりの声が聞こえる。
電話の相手は、Kの母親が亡くなって既に荼毘に付されたことを告げている。
母がKに遺したものがあるので、引き取りに来るようにとのことだった。
彼女は今年33歳で、高校卒業後に札幌に出て以来、母とは疎遠になっていた。
2、ルーツ
電車を乗り継いで網走駅に降り立ったK。
彼女は役所から受け取った骨壷を抱え、10年ぶりに網走の外れにある実家を訪れた。
古びた平屋の家財は既にほとんど片付けられていた。母の死後、札幌のKとの連絡がなかなか取れなかったためだ。
彼女に残された封書を開けると、中には短い手紙が入っている。
母の手紙には、祖父の住んでいた山間に自分の遺品を置いてきてほしいと書いてあった。
遺品は、彼女の父から受け継がれた民族の祭祀のための小さな人形(ひとがた)の彫像だった。
母の実父、つまりKの祖父はサハリンの少数民族で、戦後に北海道に移住した人物とのことだった。
母は一族のルーツを大切にする人だったが、Kにとってはそれは煩わしいことで、
あまり深く知ろうとは思わなかったし、山奥でひっそりと暮らす祖父の家にはあまり寄り付かなかった。
周りの誰も自分の先祖の民族のことを知らないが、自分が他の人と何か違うというだけで、居心地が悪い気がしたのだ。
だから、二十歳の時に街を出て、もう網走には戻らなかった。
母とは年に一度くらい電話で連絡をする程度の関係になっていたし、そういう自分を母も理解してくれていた。
Kは一人で生きることに一生懸命で、母のことも、網走のこともあまり考えないようにしてきた。 そんなことをしばらく考えていたが、母の家にはあまり長居せず、荷物をまとめて出かけた。
出かける時、古い錠前の鍵をポストに戻した。家と、家の周りの風景の全てが寒々しく感じられた。
3、中古車屋
Kは網走市内の中古車屋に向かった。店先には雪をかぶって放置された車が並んでいる。
修理工場なのか中古車屋なのかもはっきりしないような、開店休業としか思えない店。
店の奥に向かって声をかけると、ガラクタの山の奥から、作業着を着ただらしない風貌の30代の店主が現れる。
Kは男に中古車を探していて、山奥を走ることができる安い四駆はないかと伝える。
店主は少し考えるような様子を見せて、「あるにはあるけどさ…」と答えて奥を指差す。
そこには、ホイールが錆びた古いジムニーがあり、廃車同然なので10万でいいと店主は言った。
Kは悩むそぶりもなく、「それでいいです、それを現金で。」と物静かに答えた。
店主の男は彼女の物憂げな仕草が気になり始める。もしかしてこの人は、自殺志願者か何かではないか…。
男は気にしないそぶりを見せつつ、彼女の宿泊先が書かれたメモを見て記憶する。
それは街にひとつしかないビジネスホテルだった。
4、山奥
網走市内から30分ほど車を走らせて、母に指定された山村の小川のほとりにある祖父の生家跡に向かった。
そこは針葉樹が生い茂る静謐な森だった。
しかし、彼女が雪をかき分けて母に指定された場所に行くと、そこには不気味なほど巨大な砂防ダムができていた。
彼女はしばらく無表情に立ち尽くしていたが、母の遺品をその場に置くことはせずに、静かにその場を立ち去った。
5、ホテルの夜
Kはもう実家には戻らず、ホテルに直行した。
その夜、彼女は電話の声しか覚えていない母や祖父のことを考えながら眠りにつき、奇妙な夢を観た。
夢の中では、猛吹雪の雪原を、数名の男たちが馴鹿(トナカイ)を連れて歩いている。
男たちの姿はシルエットになってはっきりと見えない。
彼女は日の出前に目を覚まし、夢を振り返った。
きっと、祖父に聞いていた彼の故郷のイメージを観たのだろう。
昼間に訪れた場所は、そういう風景からは程遠い、ただの殺風景な場所だった。
6、朝
Kは昨日購入したジムニーでホテルを出て、街道を海へと向かった。
網走の能取岬の先端に立ってみると、遥か遠くまで真っ白な氷原が続いている。
彼女は一人で呟いた。
「何千年前だか知らないけれど、北の大陸とも繋がっていたのね…」
それから彼女は、流氷の上に立てそうな場所を探して車を走らせた。 その道すがら、昨日の中古車屋の男が運転する車とすれ違った。男は彼女に気が付き、
後を尾けることにする。どうせ店に行ったところで客など来ないのだし、彼女のことが気がかりだった。
7、流氷
彼女は小さな湾に車を止める。
目の前は一面の流氷。朝日で氷は真っ白に輝いていた。
後ろに何かの気配を感じて振り返ると、一頭の茶色い洋犬が彼女に寄り添っていた。
犬は朝日に照らされて、まるで黄金色の毛をまとっているように見える。
彼女は軽く犬を撫でてから、沖へと向かって歩き始めた。
犬はしばらく付いてくるが、氷が薄くなるあたりで足を止め、彼女にこれ以上進むなと促す。
周囲では、流氷の氷塊が波で蠢く不気味な音が鳴り響いていた。
しかしKは、心配そうに彼女を見送る犬を置いて、さらに沖へと歩き出した。
遠くの空に天気が崩れそうな気配があった。
彼女は「大丈夫よ」と、半ば自分に言い聞かせるように犬に向かって呟いた。
8、氷の上の故郷
美しい氷があたり一面に広がっていた。徐々に陸地は遠くなり、かすかに岬が見える程度だった。
そこでKは、母の遺品の彫像を取り出して安置し、静かに手を合わせた。
「こっちの方が良かったでしょ、お母さん」
彼女はゆっくりと踵を返しながら呟いた。
9、吹雪
陸地への帰り道には天候が崩れ始め、霞と雪であっという間に視界が閉ざされてしまった。
Kは不安になって早足で進むが、もうどの方角を目指しているのかも見失ってしまう。
徐々に吹雪は激しくなり、彼女は完全に前後不覚に陥る。
どれほど歩いたのか、どこに立っているのかまったく分からなくなり、疲れ果てた彼女はその場にしゃがみこんだ。 そして、身を捩らせながら氷の段差を探してそこに身を潜め、じっと目を閉じた。
眠ってはいけないと思うのだが、なぜだかとても眠くなり、やがて眠り込んでしまった。
ふと目がさめると、吹雪はおさまって、穏やかな雪が降っていた。
流氷の上にいたはずなのだが、何故か周りには針葉樹の森が広がっている。
そして、Kの目の前には一頭の大きな馴鹿が佇んで、彼女のことを見下ろしていた。
彼女は、おそらく自分は死んでしまったのだろうと思った。
もう一度目を閉じ、再び開けてみると、相変わらずそこは森で、目の前には馴鹿が佇んでいる。
馴鹿は時間が止まったかのように身じろぎもせず、じっと彼女を見据えている。
雪の向こうから、4、5人の男たちのシルエットが近づいてきた。馴鹿の主は彼らのようだった。
男たちは、獣の毛皮でできたコートを着て、銛のようなものを手にしていた。
彼女はいよいよ恐ろしくなったが、逃げだそうにも体が冷え切って動かせず、諦めてただ固く目を閉じた。
男たちは彼女に近づいて、何かを囁きあっていた。それは彼女の知らない言語だが、どこかで耳にした記憶があった。
そこには微かに、祖父の面影と声色を感じたのだ。
その男が彼女を抱き上げて歩き出した。彼女は男に背負われながら、いつの間にか再び眠りに落ちた。
10、生還
Kが目覚めると、前方に能取岬が見えていた。
やがて遠くから犬が駆けてきて、彼女に寄り添った。
Kは徐々に意識がはっきりしてきて、ふと先ほどの男たちを探したが、周囲には誰もいなかった。
犬に導かれるようにして、彼女はふらふらと陸地へと戻った。
中古車屋の男が彼女を心配して海岸で待っていて、「あんた、大丈夫か…?」と彼女に声をかけた。
彼女は無言で会釈をし、静かに車を出そうとした。
「これから森に行くのかい?」と男が訪ねると、彼女は少し表情を緩め、「大丈夫、もう済んだの」と答えた。
Kの車が走り去るのを見届けた後、男はタバコに火をつけて海を見た。
そこには流氷はなく、ただただ、青空の下に青いオホーツク海が広がっている。
犬は、海岸で尾を振ってはしゃいでいた。
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