Comments
Description
Transcript
レジュメ(PDF:1.15MB)
司法試験 法 セブンサミット【無料体験冊子】 入門講座( 千葉クラス )民 入門講座(千葉クラス) 民 法 セブンサミット【無料体験冊子】 著作権者 株式会社東京リーガルマインド (C) 2014 TOKYO LEGAL MIND K.K., Printed in Japan 0 001221 145341 無断複製・無断転載等を禁じます。 LU14534 LU14534 LU14534 第1編 第1編 序論/1 序論 民法は、市民生活の基本となる法律であり、これを理解しておくことは、民法以外の法律の理解 の前提になるばかりでなく、司法試験合格にとって非常に大切である。しかし、民法は千条以上も の条文を持つ大きな法律なので、条文の順序に学んでいたのでは理解に長期間を要する。そこで、 体系的かつ実践的に改革した法的思考方法により、まず全体構造を把握してから、次第に細部に入 るようにした。このように、民法の全体のかたちをつかみ、今勉強している部分が全体の中のどの あたりなのかを常に意識しながら勉強を進めることが重要である。 特に、司法試験や学期末試験などを受ける場合、出題者の意図を把握するためには、全体構造が 把握されていること、その全体構造の中のどの部分が出題されているかを把握することが重要とな る。そこでの出題意図は、その前提となる原理・その原理に基づく理論をふまえて展開されている ので、論理一貫した論文を作成するためには、どうしても体系的把握、したがって全体構造を体得 していることが必要なのである。もちろん、この全体構造自体が出題されることはないが、この全 体構造からの視点が不可欠なのである。この全体構造こそ、政治哲学や法哲学の影響を強く受けて いる。そして、21 世紀の激動の時代こそ、世界観の変革、そして法律世界の変革が目まぐるしく 展開するのである。現在の基本法典の大改正はその表れである。 本編では、全体構造の民法編で説明したことを受けて、民法の三大原則とその修正、および民法 1条の解釈を中心に解説する。全体構造で述べたが、民法は私法の一部をなしており、時代の変遷 はまず私法に影響を及ぼし、その一部である民法に影響を及ぼしている。ここでは、民法とその指 導原理について、これまでの通説を維持し、一部修正を付加して解説する。 2/第1編 序論 第1章 第1章 民法の指導原理 民法の指導原理 一 民法の三大原則(指導原理) 1 民法の三大原則 ① 権利能力平等の原則 ② 所有権絶対の原則 ③ 私的自治の原則 * 私的自治の原則からは、①個人の意思が積極的に活動する場合における「法律行為自由の原 則」「契約自由の原則」「社団設立自由の原則」「遺言自由の原則」と、②個人の意思が消極 的ないし違法的に活動する場合に関する「過失責任の原則(自己責任の原則)」とが導かれる。 2 沿革 以上の原則は、西欧において、近代市民革命を通して成立してきたものである。すなわち、近代 市民革命以前の封建社会においては、個人的生活関係も封建的な身分的階層秩序や封建的土地所 有によって支配されていた。近代市民革命はこのような身分的階層秩序や封建的土地所有を内容 とする封建制を廃止することを目的としていた。そこで、 ① 特権的階層を否定して、すべての個人は自由平等に活動することができるとし、 ② これらの個人に何らの封建的拘束も受けない自由な所有権を承認し、 ③ 個人的生活関係の形成は、封建的秩序によるのではなく、個人の意思にゆだねられるべきで ある、 としたのである。 これによって成立したのが前述の民法の三大原則である。この三大原則は、資本制経済の中核で ある商品交換の規範関係を規定する私法の指導原理として、高度な権利体系を形成してきた。 3 内容 ⑴ 権利能力平等の原則 すべての自然人は、国籍・階級・職業・年齢・性別等によって差別されることなく、平等に 権利・義務の主体となることができるという原則。 個人について他人の支配に属さない自主独立の地位を保障するものであり、封建的身分制か らの個人の解放を意味する。 第1編 ⑵ 序論 第1章 民法の指導原理/3 所有権絶対の原則 近代的所有権は何らの人為的拘束を受けない、完全円満な支配権で、神聖不可侵であるとい う原則。 自由平等という近代法の大原則は、人を身分・土地・権力から解放したが、土地をも身分・ 権力から解放した。すなわち外界の物を全面的に使用・収益・処分し得る所有権を考え出した のである。これによって市民は自らの創意、工夫によって生産関係と流通過程において飛躍的 な発展を図ることができるようになった。 ⑶ 私的自治の原則 すべての個人は、自由な意思に基づいて自律的に法律関係を形成することができ、反面、自 由な意思によらなくては、権利を取得し、義務を負わされることはないという原則。 * 私的自治の原則は、自由・平等という近代法の建前のうちの自由の理念を、私的関係に適 するかたちで、端的に表したものということができる。この私的自治の原則からは、前述し たように、①「法律行為自由の原則」(契約自由の原則)や、②「過失責任の原則」が導か れる。 ① 法律行為自由の原則:契約等の法律行為については、個人の自由な意思により、原則と して、自由に、いかようにも決定できるということ。 ② 過失責任の原則:人は故意または過失に基づいて他人の権利・利益を侵害し、損失を与 えた場合にのみ損害賠償責任を負うとすること。 →過失責任の原則は、自らの行為について十分注意すれば責任を負わされることはない、と いう意味で人々の自由な行動を裏面から保障している 二 指導原理の修正 以上の三つの指導原理は、近代市民革命以降の近代社会の原則であるが、今日では、資本主義の 高度化により二つの側面から変容を受けている。第一は、資本主義の普遍化・一般化により、企 業法たる商法の理念が一般市民法たる民法の体系の中に浸透してきたことであり、これを「民法 の商化」という。第二は、資本主義の高度化により、経済的弱者保護のために、民法自体の中に も憲法の福祉主義の影響がみられることであり、これを「民法の社会化」という。さらに、冷戦 終結後 20 年が経過した今日、わが国は「第三の大立法期」を迎えており、2005 年施行の民法典の 現代語化の後、民法以外の法律では、2006 年の非営利法人法・公益法人法の全面改正。2006 年の 信託法の全面改正。2006 年施行の会社法の全面改正が行われている。そして現在進行中の債権法 改正が、現行の民法典の全面改訂のきっかけとなっている。この「第三の大立法期」を支える 「指導原理の修正」も明らかにしなければならないが、以下では、これまでの通説を前提とし、 一部付加的に説明を加えることとする。 4/第1編 1 序論 第1章 民法の指導原理 民法の商化 民法の商化とは、資本主義の進展とともに、企業に関する商法が、市民法体系において主導権を 握るようになり、民法もその影響を受けるようになったということを意味する。世界的には、ス イス債務法をはじめ、民商法を一つの法典に定めているものがある。この度の債権法改正試案に おいても、商法典の条文のいくつかが民法典の中に組み込まれている。 ⑴ 表示主義の尊重 私的自治は当事者の真意に基づく法律効果を原則とするが、取引の円滑化のために、表示行 為の社会通念上の意味が重視されるようになった。 ⑵ 財産に関する動的安全の保護 取引においては静的安全の保護が原則であるが、取引の安全を保護し、流通を促進するため、 人が従来享有している利益よりも取引上の活動を保護する場面も生じた(動的安全の保護)。 その最も顕著なものが公信の原則である。 2 民法の社会化 民法の社会化とは、憲法の福祉主義の影響を受けて、弱者保護を図るという観点である。すなわ ち、近代市民社会においては、一で述べたような原則が採用された結果、人々の自由な経済取引 が保障されることとなり、資本主義が発展したが、今日二つの面で修正がなされている。一つは 労働者と使用者との労働契約関係および消費者と事業者との間の情報の質ならびに交渉力の格差 による弊害に対処するための修正であり、二つ目は経済的・社会的弱者・不適合者を保護するた めの修正である。 この結果、従来の自由・平等の内容も実質的なものとしてとらえ直さなくてはならなくなり、憲 法においては、国家が福祉政策を行うことによって積極的に経済的弱者を保護しなくてはならな いという福祉主義が採用され、民法自体の内部においても指導原理の社会化が進行した。この度 の債権法改正試案においても、消費者契約法の条文および理念が組み込まれている(なお、労働 契約法は採用されていない)。 ⑴ 人間像の修正 かつて資本主義は、様々な身分階級に属する人間(具体的人間像)を打破し、法の下にすべ ての人間が自由かつ平等であるという理念(抽象的人間像)を前提としたが、現代資本主義は、 この抽象的人間像に修正を迫り、具体的人間として再構成しようとするものである。もちろん、 かような修正は、抽象的・観念的な法人格としての「権利能力」を廃棄しようとするものでは ない。 ⑵ 所有権絶対の原則の修正 憲法 29 条が規定するように、財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律で定めるべき ものとされている。これを受けて、相隣関係による制限(民 209 条以下)を定め、法令による 所有権の内容の制限(206 条)を定めている。さらに、各種の特別法(借地借家法等)による所 有権の内容の制限、土地収用(土地収用法)や用途制限(都市計画法)などがある。このよう に所有権の内容・行使について、国家の見地からの制約や自治体の公共の利益からの制約が認 められている。しかし、自然権的な所有権絶対の原則は認められない。 第1編 ⑶ 序論 第1章 民法の指導原理/5 私的自治の原則の修正 ⒜ 契約自由の原則の修正 経済的強者が定める約款に国家的監督を加えたり、一定の場合に契約締結を強制するなど して、社会的弱者の保護を図っている。 ⒝ 過失責任の原則の修正 現代の高度の危険性を有する企業活動により一般市民が犠牲になることを防止するため、 無過失責任や代位責任、挙証責任の転換等を定め、過失責任の原則を修正している。本来、 対等の立場にある人の間での責任分配の方法である「過失責任」の原則が、現代社会の複雑 高度化によって修正を迫られるのは当然の成り行きである。 6/第1編 序論 第1章 民法の指導原理 ― MEMO ― 第1編 第2章 序論 第2章 私権/7 私権 一 はじめに 1 私権の意義 私権とは、私法上の権利、すなわち個人的生活関係において個人が私的利益を享受する地位をい い、公法上の権利である公権と対比される概念である。私権と公権との中間に「社会権」がある。 私権とは、さしあたり民法上の権利であると理解しておけば足りる。 2 私権の種類 ⑴ 私権の内容(権利者の享受する利益)による分類 ⒜ 人格権:人の人格的利益(ex.身体、自由、名誉)を目的とする私権。 ⒝ 身分権:身分上の地位(ex.親、夫婦)に基づいて認められる権利。 ⒞ 財産権:権利の内容が財産的価値を有するもの。 ⒟ 社員権:社団を構成する社員が社員としての資格に基づき社団に対して有する包括的権利。 ⑵ ⒜ 私権の作用(権利者のなしうる行為)による分類 支配権:権利者の意思だけで権利の内容を実現することができる権利。 ex.物権、無体財産権、人格権 ⒝ 請求権:他人に対してあることを請求することができる権利。 ex.債権、物上請求権 ⒞ 形成権:権利者の一方的意思表示により法律関係の変動を生じさせることができる権利。 ex.取消権、解除権、婚姻の取消し ⒟ 抗弁権:他人の権利の行使を妨げる効力を持つ権利。 ex.同時履行の抗弁権、保証人の催告・検索の抗弁権 ⒠ ⑶ 管理権:財産的事務の処理をする権利。 ex.相続財産管理人の管理権 私権の効力による分類 ⒜ 絶対権:権利の効力が一般人に対して及ぶもの。 ex.物権、無体財産権 ⒝ 相対権:特定の相手方に対してのみ及ぶにすぎないもの。 ex.債権 8/第1編 二 序論 第2章 私権 私権の公共性 債権や物権などの私権は、これらの権利者が全く自由に行使できるというものではない。民法の 明文上の制約として、1条1項から3項までの三つがある。 1 公共の福祉 1条1項において「私権は、公共の福祉に適合しなければならない。」と定めている。「公共 の福祉」とは、社会共同生活の全体としての向上・発展を意味する。すなわち、私権は個人の利 益を実現するものであるが、社会の中で実現されるものである以上、私権の内容および行使は、 社会共同の利益と調和するものでなければならない。1条1項はこうした私権の社会性を宣言し たものである。人はすべて平等であるから、一人の私権の行使は、同等の他人の私権の行使と常 に衝突している。その衝突した私権を調整する基準が必要となる。それが「公共の福祉」なので ある。個人主義の暴走を抑止する機能を果たしている。 ex.自己の所有地を公道の拡張のために提供しなければならないこともあり得る(もちろん、 補償を受けることができる、憲 29Ⅲ)。 2 信義誠実の原則(信義則) ⑴ 意義 1条2項においては、「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければなら ない。」と定めている。信義誠実の原則(信義則)とは、当該具体的事情のもとにおいて、相 互に相手方から一般に期待される信頼を裏切ることのないよう誠意を持って行動すべきという 原則である。 ⑵ 妥当範囲 信義則は、私的取引関係における相互の信頼関係を要求するものであり、当初は緊密な関係 に立つ債権者・債務者間を規律する債権法を支配する原則であった。その後、それ以外の領域 (物権法・家族法・訴訟法など)においても、社会的接触関係に立つ者同士(契約関係に入ろ うとする者同士、夫婦関係、相隣関係など)の関係を規律するものとして適用されるようにな った。 ⑶ 機能 ⒜ 法律行為、特に契約の解釈基準としての機能 当事者間にどのような内容の契約が生じるかを決定(解釈)するに当たり、信義則がその解 釈基準となることがある。この度の債権法改正においては、多くの契約・債権の解釈において 「信義誠実の原則」が適用される予定である。 ⒝ 社会的接触関係に立つ者の間の規範関係を具体化する機能 ex.① 契約締結上の過失 ② 賃貸借契約の解除の制限(信頼関係破壊の理論) ③ 雇用契約における安全配慮義務 第1編 ⒞ 序論 第2章 私権/9 法に明文のない場合や、形式的な法適用によって不都合が生じる場合の準則となる機能 イ 禁反言の原則 自己の行動に矛盾した態度をとることは許されないとする原則。 ロ クリーン・ハンズの原則 自ら法を尊重する者だけが、法の尊重を要求することができるとする原則。 ハ 事情変更の原則 契約締結後の事情の変化等により、従来の契約を維持することが著しく信義公平に反す るようになった場合に、契約内容の改訂または解除を請求することができる、とする原則。 ニ 権利失効の原則 長期間にわたり権利を行使しない場合には、その権利を失効させ、もはや権利としての 効果を生じさせないとする原則。 社 会 的 接 触 関 係 に 立 つ 者 の 間の 規 範関係を具体化する機能 <信義則の機能に関する判例のまとめ> 契約準備段階に入った者は、信義則の支配する緊密な 契約準備段階の 関係に立つから、相互に相手方の人格、財産を害しな 最判昭 59.9.18 過失 い信義則上の義務を負うとし、損害賠償責任を認めた 不動産の賃貸借において賃借人が賃貸人に無断で賃借 信頼関係破壊の 物を転貸した場合に、賃貸人に対して背信的でない特 最判昭 28.9.25 段の事情があるときは、賃貸人は賃貸借契約を解除 理論 (612Ⅱ)できない 安全配慮義務 国が公務員に対し負っている安全配慮義務は、ある法 律関係に基づいて特別な社会的接触関係に入った当事 最判昭 50.2.25 者間において、当該法律関係の付随義務として信義則 上認められる 明 文 のな い場 合、 形 式 的な 法 適 用 では 不都 合が 生じる場合の準則となる機能 抵当に入れた建物の所有者が敷地の賃借権を放棄して 大判大 11.11.24 も、抵当権者には対抗できない 禁反言の原則 賃貸人の承諾によって適法に成立した転借権を、賃貸 人が賃借人と合意解除することによって消滅させるこ 大判昭 9.3.7 とはできない 消滅時効完成後に時効完成を知らないで債務の承認を 最大判昭 41.4.20 した者の時効援用は認められない 事情変更の原則 事情の変更により当事者に解除権を認めるには、事情 変更が客観的に観察して信義則上当事者を契約に拘束 最判昭 30.12.20 することが著しく不合理と認められることを要する 権利失効の原則 解除権を有する者が久しくこれを行使せず、相手方に おいてその権利はもはや行使されないものと信ずべき 正当の事由を有するに至ったため、その後にこれを行 最判昭 30.11.22 使することが信義則に反すると認められるような特段 の事由がある場合、解除は許されない 10/第1編 3 序論 第2章 私権 権利濫用の禁止 ⑴ 意義・趣旨 1条3項において「権利の濫用は、これを許さない」と定めている。権利濫用の禁止とは、 外形上は正当な権利の行使のようにみえるが、具体的・実質的にみると権利の社会性に反し、 権利の行使として是認することが妥当でない行為を禁止することをいう。 すなわち、権利の濫用を禁止した1条3項は、私権の行使に際して生じる他の法益との衝突 を具体的見地から調整しようとするものである。 ⑵ 要件(判定の基準) 権利濫用の有無の判定基準については、権利を行使する者の主観的態様(害意など)を重視 するか、それとも行使される権利がその社会的機能からみて保護に値するか否かという客観的 基準(要するに、権利行使によって得られる権利者の利益と、相手方または社会全体に及ぼす 損害との比較衡量によるということ)を重視するか、あるいはその両者を考慮するかという点 で見解が分かれる。 判例には、主観的態様と客観的基準の両面から権利濫用としているものがある。 ◆ 宇奈月温泉事件(大判昭 10.10.5/百選Ⅰ〔1〕) 事案: Xは、宇奈月温泉を経営するY会社が、他人の土地2坪程をかすめて引湯管を設けて いるのに目を付け、その土地を買い受けてYに不当に高額な価格での買取りを要求した が拒否された。そこで、XがYに対し引湯管の撤去を請求した事案。 判旨: 所有権の侵害による損失はいうに足らず、侵害の除去が著しく困難であり、それがで きるとしても莫大な費用を要すべき場合において、当該除去請求は単に所有権の行使た る外形を有するにとどまり、真に権利救済を目的とするものではないのであって、社会 観念上所有権の目的に違背してその機能として許されるべき範囲を逸脱するものであり 権利の濫用にほかならない、と判示し、Xの請求を棄却した。 ⑶ 効果 ⒜ 権利本来の効力は認められない。 イ 他人の形式的な侵害行為を排除することはできない。 ロ 形成権(解除権など)の場合、その行使によって生じるはずの法律関係は発生しない。 ⒝ ex.宇奈月温泉事件 正当な範囲を逸脱して他人に損害を与えたときには、不法行為として妨害除去あるいは損害 賠償を命ぜられる場合がある。 ◆ 信玄公旗掛松事件(大判大 8.3.3) 権利の行使といえども、法律において認められた適当な範囲を超過し、失当な方法を行った ため他人の権利を侵害した場合には、不法行為が成立するとした。 ⒞ 権利の濫用が著しいときは、権利を剥奪される場合がある。もっとも、この効果は、特別の 規定がある場合に限定すべきである。 * ex.親権の喪失(834) なお、権利濫用の禁止は、一般条項であり、その要件も不明確なので、民法の他の条文 などによる救済が不可能な場合に、補充的に最後の手段として使うべきものである。 第1編 4 序論 第2章 私権/11 私権の実現 私権を有する者は、義務者に対して、義務の履行を要求し、権利を侵害する者に対しては、その 侵害を排除し、または損害賠償を請求することができる。しかし、このように私権を実現するため に他人の協力を必要とする場合に、その他人が協力しない限り、裁判所に対して協力を求めなけれ ばならない。自分の力で権利の内容を実現するいわゆる自力救済(例えば、自分の更地の上に知ら ない間に他人が建物を建ててしまったとき、それを壊して取り払ってしまうこと)は原則として許 されない。これを認めると社会の秩序は保たれないからである。 もっとも、国家による保護を待っていたのでは権利救済が不可能あるいは著しく困難となる場合 には、例外として、必要な限度で自力救済を認めてよい。 12/短答式過去問 短答式過去問を解いてみよう 1 1× 安全配慮義務 (最判昭 50.2.25) 2 2× 権利失効の原則 (最判昭 30.11.22) 3 3○ 大判昭 10.10.5 4 4○ 大判大 8.3.3 国は、公務員に対して、その生命及び健康等を危険から保護するよう に配慮すべき義務を負う、との文章は信義誠実の原則ではなく、権利濫 用禁止の原則について述べたものである。(司H20-1改) 解除権を有する者が長期にわたりこれを行使せず、相手方においてそ の権利はもはや行使されないものと信頼すべき正当の事由を有するに至 ったという特段の事情がある場合には、解除権の行使は許されない、と の文章は信義誠実の原則ではなく、権利濫用禁止の原則について述べた ものである。(司H20-1改) 妨害により所有権が侵害されても、生じた損失が軽微であり、妨害を 除去することが著しく困難で、多大の費用を要する場合には、不当な利 益を獲得する目的で妨害の除去を求めることは許されない、との文章は 信義誠実の原則ではなく、権利濫用禁止の原則について述べたものであ る。(司H20-1改) 権利の行使であっても、社会観念上被害者が認容しなければならない 程度を超える場合には、不法行為が成立する、との文章は信義誠実の原 則ではなく、権利濫用禁止の原則について述べたものである。(司H201改) 第1編 第3章 序論 第3章 権利変動原因/13 権利変動原因 権利とは何か。権利は目に見えない。大脳皮質によって理解する以外にない。文字通り、概念 の産物である。 しかしながら、このような概念たる権利を所有し、または、保持している場合には、その人は ある生活空間における利益・安全・心理状況を享受できる。 例えば、マンションの一区画を賃借しているあなたは、その賃借マンションを通常の利用形態 に従った利用をしても、オーナーや他人から文句を言われない状況にある。つまり、マンション を自由に使える利益、安心して住んでいられること、またその心理状態などを権利の内容という。 また、このような利益内容が侵害される場合は、その侵害する人に対して「侵害するな」と主張 することができる。これを権利とか請求権という。 ところで、このような権利をあなたが有するのはなぜだろうか。その根拠を探求することが法 律のレベルの問題である。これを、法律の根拠・正当事由・正当性・法の正義ということができ る。 そこで、このような権利の正当性が生まれる根拠は何か、どのような要件のもとで変動するか が、ここでの問題である。 現在の我々は、個人の自由な意思・発想を根幹にして社会の秩序・安全・制度を作っている。 これを「意思主義」、「個人責任」、「私的自治」、「過失責任」などという。そこで、権利の 変動は、意思表示に基づく場合を原則とし、この意思表示がない場合について、国家が法律を根 拠として「権利の変動」を生じさせている。 意思表示に基づく法律関係 法律行為 法律行為 私権の主体 私権の客体 私権の主体 法定要件 法定要件 意思表示に基づかない法律関係(法定権利) 14/第1編 序論 第3章 権利変動原因 第1節 意思表示に基づく権利変動原因 意思表示に基づく権利変動について、図表の該当箇所を参照すること。これから売買契約を第一 に取り上げ、以下に図示したプロセスに従って詳しく解説をしていく。この体系は、皆さんが大学 で学ぶ順序や市販のテキストの解説順序とは違う。 しかし、近い将来に予定されている債権法改正において、改正後の条文は、この「LEC体系」 の解説順序と同様のものとなっている。LEC体系は、訴訟・実務という行動科学に準拠したマニ ュアルであるので、実務に準拠して考えられている債権法改正と似てくるのも、けだし当然である。 第2節 意思表示に基づかない権利変動原因 意思表示に基づかない権利変動について、図表の該当箇所を参照すること。意思表示に基づかな い権利変動は、国会で議決する法律・内閣で作る政令・自治体で作る条例等を根拠とする。社会が 複雑化・高度化すればするほど、当事者の意思(大半は契約である)に基づく権利変動を離れた、 「意思表示に基づかない権利変動」が増大するのである。その主たるものは行政法規の性質を有す る。 私権の変動は、その根拠要件・効果との分析である。人の義務付けを「人の意思」に置く近代法 は、まず、①法律行為(主として契約)を、行動科学に従い、成立・有効・帰属・効力発生のプロ セスに分類し、契約の利益交換を、弁済・債務不履行・解除などの法律構成により、実現する。次 に、②意思以外の財貨の移転を正当化する根拠として、一般的な法律の定め、生活類型に基づく法 律の定め、さらに人の新たな活動を正当化するための法律の定めを必要とする。法律は、立憲主義 の下では、「人の意思」を間接的に代表する「議会の意思」である。 <意思表示に基づく法律関係と意思表示に基づかない法律関係> [意思表示に基づく法律関係] [意思表示に基づかない法律関係] 法律行為・契約自由の原則 正義・公平の原則 ○ 占有訴権 ○単独行為・契約・合同行為・決議 ○ 法定物権(留置権・先取特権・物権的請求 1 成立要件 権) 2 有効要件 ○ 添附 ⑴ 客観的要件(内容) ○ 時効 確定性 ○ 法定相続 実現可能性 ○ 法定親権 適法性 ○ 法定債権(423・424) 社会的妥当性 ○ 賃借権に基づく妨害排除等 ⑵ 主観的要件(意思) ○ 事務管理 意思能力・行為能力 ○ 不法行為 意思の瑕疵・欠缺 ○ 不当利得 3 効果帰属要件 4 効力発生要件 5 効力発生後における債権の一生 第2節 意思表示に基づかない権利変動原因/15 権利変動原因との関係では、人の意思は、意思表示として法的に分析される。そして、①意思表 示の中身は、単独行為(放棄・解除)、契約、合同行為(社団の設立行為)、決議(会社の決議)、 協約、に分かれる。②契約は、経済取引の中心であり、権利移転型・貸借型・役務提供型等に分類 できる。③売買契約は、法的主体相互が、財貨の交換をなす重要な契約であり、私法の主要な論点 は、この売買契約の要件・効果の一連の法律構成で尽くされる。 財貨・利益の移転は、意思表示以外による場合、法律の根拠を必要とする。それは、準法律行為 (催告等)・事実行為(事務管理等)・心理状態(善意・悪意)・事件(時の経過・人の死等)で ある。私法の世界においては、人と人との利益の配分は、正義・公平の原則が貫徹していなければ ならない。抽象的な人の正義が自由な個人の意思に基づくという哲学は、21 世紀に入り、国家・ 社会・共同体の正義・善によって修正・補完されなければならない。それは、契約の解釈を通じて、 また法律(広義)の制定及び解釈を通じてなされる。 16/第1編 序論 第3章 権利変動原因 <意思表示に基づく法律関係と意思表示に基づかない法律関係の具体例> 単独行為 意思表示に基づく 法律関係 (法律行為) 意思表示に基づか ない法律関係(法 律行為以外) 法定債権 法定権利 準法律行為 事実行為 不法行為 心的状態 事件 契 約 合同行為 決議 占有訴権 法定物権 添附 時効 法定相続 法定親権 事務管理 不法行為 不当利得 相手方のない単独行為・相手方のある単独行為 ①売買契約の成立要件 ②売買契約の有効要件 ③売買契約の効果帰属要件 ④売買契約の効力発生要件 ⑤売買契約による物権変動 (1)売買型 弁済 債権の消滅 債務不履行 ⑥効力発生 原始的・後発的不 後の債権 損害賠償 能 解除 ⑦債権譲渡 (2)賃貸借型 ①賃貸借、②使用貸借、③消費貸借 ①委任 ②請負 (3)役務提供型 ③寄託 ④雇用 債権の保全 人的担保 (4)債権の確保 物的担保 債権の担保 非典型担保 相殺 組合契約・会社設立 株主総会の決議・取締役会決議 占有保全・保持・回収の請求権 妨害予防・妨害排除・返還請求権 発見・附合・混和・加工 取得時効・消滅時効 権利の移転 親族の範囲・夫婦・実親子・養親子 第2編 第2編 物権と債権/17 物権と債権 物権と債権は、講義やテキストにおいては、まったく異なる権利として説明される。両者は峻別 された権利内容である。しかしながら、権利の内容を条文に従って厳格に分析していくと、両者の 違いは相対的である。もっとも、まずここでは概念的な両者の区別についての説明からはじめる。 民法は主に私権に関する法律である。そして、私権のうちで、一般の取引においてもっとも重要 なものは財産権であり、民法上の財産権としては、物権と債権がある(財産権には、他に特別法に 規定される無体財産権(ex.特許権)などがある)。 物権とは、物を直接支配する権利である。これに対し、債権とは、特定人(債権者)が他の特定 人(債務者)に対して一定の行為を請求する権利である。 では、具体的に物権と債権との間にいかなる差異があるのだろうか。例えば、物権である地上権 (265)と債権である賃借権(601)を比べてみると、いずれも他人の土地を使用させてもらう権利 という点において相違はない。 <土地に対する債権契約と物権契約の相違> ① 土地賃貸借契約の場合 ② 地上権設定契約の場合 A B A所有の土地 しかし、①債権である賃借権にあっては、賃貸借契約に基づき賃貸人が賃借人に目的物を使用さ せる債務を負担し、その債務の履行として賃借人に使用させることになる。つまり、賃借人の土 地使用はあくまで賃貸人を介してされるのである。これに対し、②物権である地上権の場合には、 ひとたび地上権設定契約により地上権が設定されたならば、地上権者は地上権そのものに基づい てその土地を使用し得るのであって、地主を介して使用するのではない。 これを言いかえれば、物権は人と物との関係であり、物権を有する者は目的物を直接支配できる のに対し、債権は人と人との関係であり、債権者が物を支配するとしても、それはあくまで債務 者の行為を介した間接的なものにすぎない。(しかし、物権を有する者といえども、物権の円満 な所有のためには、妨害者という人に対する請求を介さなければならない。いかに人対物との関 係といえども、妨害している人がいる限り、その人に対する請求を通して物に迫る以外にない。 権利は、物権・債権にかかわらず、人対人の関係を通して実現するものであるからである。訴訟 においても、強制執行においても、被告に対する請求という形にならざるを得ない。) これが債権と物権の大きな違いである。以下では、物権と債権の差異に着目しつつ、両者を静態 的に分析する。 18/第2編 物権と債権 第1章 第1章 物権 物権 第1節 物権総説 一 物権とは 1 意義 物権とは、物を直接的・排他的に支配する権利をいう。 * 物を支配するとは、使用権能・収益権能・処分権能を総括的に指称するものである。 例えば、ある物の所有者が、その所有権(206)に基づいて、自由にその物を使ったり(使 用)、人に貸して賃料を得たり(収益)、売ったり(処分)することができることを、「物 を支配する」という。 2 性質 ⑴ 直接性:他人の行為を介在せずに、自己の意思のみに基づいて物を支配できること。 ⑵ 排他性:一つの物権が存在する物の上には、同じ内容の物権は成立し得ないということ。 * 同一物について同一内容の直接的支配権をいくつも認めると、自己の意思のみに基づいて 支配することは困難となる。つまり、直接性と排他性は密接不可分の関係にある。 なお、物権の排他性から取引の安全を確保するために、物権の内容や帰属を外部から認識 できるような工夫(公示方法、177・178)がされている。 二 物権法定主義 1 はじめに ⑴ 意義 物権は、民法を始めとする法律で定められたもの以外は、当事者が合意で創設することがで きない(175)。これを物権法定主義という。 この原則は、以下の二つの意味を持つ。 民法その他の法律に定めている以外の新しい種類の物権を作ることはできない。 ② 法律の定める種類の物権につき、それらの規定と違った内容を与えてはならない。 ⑵ ① 趣旨 ① 封建制度の複雑な物権を整理して、資本主義取引に適するように自由な所有権を中心とす る物権関係を確立する(歴史的な理由)。 ② 物権の種類を限定することにより公示が確実に行われるようにして、取引の安全を図る (実際上の理由)。 第1節 2 物権総説/19 種類 民法は以下の種類の物権を認めている。 <民法上の物権の体系> 観念的 物 全面的物権 所有権 権 地上権 用益物権 永小作権 地役権 入会権 民法上の物権 制限物権 留置権 担保物権 先取特権 質 権 約定担保 物権 抵当権 事実的 物 占有権 法定担保 物権 注 権(占有) 注)我々がある外界の物体を所持している場合、これを法律では「占有している」という。占有と は、物に対する現実的支配である。このような現実的支配は、正当化される場合と不正な場合と がある。 正当化される場合とは、意思表示に基づくか、又は法律に基づいて現実的支配が是認される場合 である。この場合は、現実的支配をなしうる観念的な権利が占有の背後に存在する。つまり、実際 に物を事実上支配しているかどうかを問わず、正当化根拠が「権利」として認められるのである。 所有権・地上権・永小作権・賃借権など、物の使用価値の支配を目的とする権利を「本権」という。 したがって、非占有担保たる抵当権などは本権の定義から除かれる。 これに対して、占有が不正である場合、すなわち、権利によって裏付けられない占有は不法な状 態であって、保護されないはずであるが、例外がある。それが「占有権」である。これは、単に占 有している事実、現実にその物を支配している事実に一定の法的効果を認める、という権利である。 泥棒が他人の物を窃取して所持している段階であっても、その占有自体に法律効果が認められる。 盗人が他人の物を持っている状態も法律上保護されているのである。これは、長い歴史の沿革から 認められている権利である。 なお、占有は、現に物を支配している事実状態そのものから生じるのであるから、その支配を失 えば占有を失う。したがって、占有権は消滅する。なぜなら、占有権は、観念的に認められるもの ではないからである。そこで、占有権は物権ではないと考えることも可能である。しかし、通説は、 占有権も物権であると説明しており、上の図でも「事実的物権」として紹介している。 <舟橋諄一「物権法・法律学全集(18)」(有斐閣)・277 頁以下参照> 20/第2編 3 物権と債権 第1章 物権 慣習法上の物権 慣習法上の物権には、①民法典ができる以前から存在していたものと、②民法典ができた後取引 の必要から商慣習として発達したものがある。前者の例が、水利権(大判大 14.12.11)や温泉専 用権(鷹ノ湯温泉事件/大判昭 15.9.18/百選Ⅰ〔45〕)であり、後者の例が、譲渡担保権である。 →このような慣習法上の物権も、175 条に反しない ∵ 175 条の「その他の法律」には、法の適用に関する通則法3条により法律と同一の効力を有 するものとされる慣習法が含まれる。 *慣習法と法律の関係 ⇒発展 第2節 物権の効力/21 第2節 物権の効力 一 はじめに 各種の物権は、それぞれ特有な効力を有している。それらについては、後に個々の物権を取り上 げる際に述べていくとして、ここでは、すべての物権に共通の一般的効力について説明する。 物権の一般的効力としてあげられるのは、通常、①優先的効力と②物権的請求権である。これら は、いずれも物権の直接的排他的支配性という特質から導かれる効力である。 二 1 優先的効力 物権相互間の優先的効力 ⑴ 意義:互いに相容れない物権相互間では、時間的に先に成立した物権が優先するという原則。 ⑵ 趣旨:物権の排他性。 * 取引安全のため公示の原則が採用されている結果、優先的効力は、実際には公示、すなわ ち、不動産では登記(177)、動産では引渡し(178)を先に備えた方が優先することになっ ている。ただし、先取特権等の例外もある(329 以下)。 2 債権との関係における優先的効力 ⑴ 意義:同一物について物権と債権が競合する場合には、その成立の前後にかかわらず、物権 が債権に優先する。 ex.ある物を所有者から借り受けた者と買い受けた者とがいる場合、原則として買い受 けた者が優先する(売買は賃貸借を破る)。 ⑵ 趣旨:物権が物を直接支配し得るものであるのに対し、債権は債務者の行為を介して間接的 に物を支配し得るものにすぎないから。 ⑶ 例外:不動産賃借権(605) 22/第2編 三 物権と債権 第1章 物権 物権的請求権 事例 Aの家の庭には、隣家Bの家で飼われている猫(甲)が自由に出入りしており、Aも甲を可 愛がってきた。甲は、Aの庭にある石灯篭の根元がお気に入りの場所であり、夜にBの家に帰 る以外はその場所にいることが多かった。 ある日、Aは、遠く離れて住んでいた息子夫婦が戻ってくることとなり、孫であるCととも に同居することとなった。可愛そうなことに、Cは、重度の猫アレルギーであり、猫に触るだ けでなく猫の毛等によってジンマシンが出てしまう体質だった。 そこで、Aは、Bに上記を説明し、甲をAの家の敷地に入れないように依頼し、Bもそれを 了承した。しかし、甲はBの言うことを聞かず、相変わらずAの庭の石灯篭の下に居座る生活 が続いている。 ①Aは、Bに対してどのような請求ができるか。その場合の費用はどうなるか。 ②甲が2か月前にBによってDから盗まれてきたものであった場合、Aは誰に対してどのよう な請求ができるか。また、その場合の費用はどうなるか。 A A宅 1 B宅 意義 物権の円満な支配状態が妨害された事実、またはそのおそれのある事実のある場合に、その事実 を支配している人に対して、あるべき状態の回復、または妨害の予防を求める請求権。 2 根拠 ① 202 条 1 項の「本権の訴え」という文言が物権的請求権を予定している。 ② 占有権にすら占有訴権(197 以下)が認められているのだから、ましてや本権である物権に は、当然に認められるはずである。 ③ 3 自力救済が禁止されている民法の下で物の直接的支配を全うするため 。 法的性質 ⇒発展 第2節 4 物権の効力/23 種類 ① 物権的返還請求権 ② 物権的妨害排除請求権 ③ 物権的妨害予防請求権 <物権的請求権の種類・内容> 所有権 占有権 請求内容 ① 物権的返還請求権 占有回収の訴え(200) 目的物の返還 ② 物権的妨害排除請求権 占有保持の訴え(198) 妨害の除去 ③ 物権的妨害予防請求権 占有保全の訴え(199) 侵害を生ずる原因を除去すること <返還請求権・妨害排除請求権・妨害予防請求権の相違> <請求権者>……占有を失った物権者 返 還 請 求 ① 占有回収の訴えと異なり、詐取・遺失の場合も除外されない ② 所有者以外の第三者に占有権限がある場合(ex.賃借人)でも、所有者は直 接自分に対して明渡しを請求できる(最判昭 41.10.21)。学説は反対 <相手方> 権 ……所有者に対する関係で、占有権原を有しないのに占有しているすべての者 ① 占有回収の訴えと異なり、善意の転得者に対しても行使できる ② 相手方は現に目的物を占有している者でなければならない ③ 占有補助者・占有機関に対しては行使できない 妨 <請求権者>……当該物権の完全な実現を妨げられている者 害 <相手方> 排 <差止請求>……物権的請求権は、しばしば差止請求の法的根拠とされてきた ……請求権者の保有する物権につき、現に妨害状態を生じさせている者 除 現在の判例は、公害問題については、「人格権」を根拠として妨害排除および 請 妨害予防請求を認めている。日照被害の差止については、「土地・建物の利用 求 に結びついた、物権的請求権と人格権の複合的なもの」としている 権 環境権については、判例は認めていない 妨 害 予 防 請 求 権 <請求権者>……妨害されるおそれのある物権の保有者(一度妨害が生じたことは要しない) <相手方> ……将来、請求権者の保有する物権を妨害するおそれのある者 <請求内容>……① 単に物権の妨害になるような行為をしないこと ex. 木材の伐採・搬出をしないことなどの不作為 ② 妨害のおそれが生ずる原因を除去して妨害を未然に防ぐ措置をとること ex. がけの損壊を防ぐ工事をすることなどの作為 24/第2編 5 物権と債権 第1章 物権 請求権の内容(費用負担の問題)(内田・Ⅰ・370 頁、佐久間・2・305 頁) <問題の所在> B所有地に生育していた樹木が、台風により隣接するA所有地に倒れ込んだ。この場合、Aとし ては、Bに対して土地所有権に基づき樹木による妨害の排除を請求することが考えられ、Bとして は、Aに対して樹木の所有権に基づき樹木の返還を求めることが考えられる。このようなA、Bの 請求は認められるか。また、認められるとした場合、その費用はいずれが負担すべきか。 物権的請求権の内容として、権利者は自己の費用による妨害除去行為を受忍すべき旨を相手方に 請求し得るにすぎない(受忍請求権)のか、相手方の費用により妨害を除去すべき旨を請求し得る (行為請求権)のかが問題となる。 <物権的請求権の事例> B所有地 A所有地 <考え方のすじ道> 物権は物に対する直接の支配権であるが、自力救済が禁止されている制度上、物に対する妨害事情 を支配する地位にある者に対して妨害の除去を請求し得なければ、物権は有名無実となってしまう ↓よって 物権的請求権は、原則として、相手方の費用で物の返還、妨害の除去、妨害の予防を請求し得る権 利(行為請求権)であると解する ↓もっとも 常にこのように考えると、同一事実について返還請求権と妨害排除請求権が競合するような場合に、 いずれが先に権利行使するかによって費用の負担者が異なる結果となる等の不都合が生じる ↓そこで 物権者と相手方との利益の合理的調和の観点から、返還請求については、相手方がその意思により 占有を取得したのでない場合には、相手方に取戻行為の受忍を請求し得る(受忍請求権)にとどま るものと解する ↓よって AはBの費用で樹木を排除すべきことをBに請求できるが、Bは自己の費用による樹木の取戻しを 受忍すべきことをAに請求できるにすぎない 第2節 物権の効力/25 <アドヴァンス> ⑴ 行為請求権説(判例、従来の通説) 物権的請求権は、相手方に対して妨害を除去するための積極的行為を請求し得る権利であり、 その費用も相手方負担となる。 (理由) 権利者には一般的に自助行為が認められていないから、妨害事情を支配する地位にある者に 対して、その妨害の除去を請求できなければ、物権は有名無実となる。 (批判) ① 不可抗力による妨害の場合にまで費用を相手方の負担とするのは、相手方に酷である。 ② 同一事実についてある者の返還請求権と他の者の妨害排除請求権が衝突するような場合 には、いずれが原告となるかによって費用負担者が決定されるという不都合がある。 ⑵ 行為請求権修正説(我妻、柚木) 原則として⑴説と同様の立場を採りつつ、返還請求権については、相手方がその意思により占 有を取得したのでないときには、例外として相手方に取戻行為の受忍を請求し得るにとどまる。 (理由) ⑴説の(理由)、および⑴説に対する(批判)②。 (批判) 妨害排除、妨害予防については、⑴説に対する(批判)①と同様の批判が妥当する。 ② 返還請求について例外を認める理論的根拠が明らかでない。 ⑶ ① 受忍請求権説・忍容請求権説(鈴木、近藤) 物権的請求権は、一般に物権侵害という客観的状態を物権者自らが除去することを相手方に 忍容させる権利であり、その費用は原則として請求者の負担となる。 * この見解では、相手方が同時に不法行為者である場合に限り、不法行為による損害賠償請 求として、物権的請求権実現の費用を相手方に請求できることになる。 (理由) 物権的請求権は、物権の円満な状態を回復するための物に対する追及権であって、人に対する 権利ではないから、相手方に回復行為を受忍すべきことを請求し得るにすぎない。 (批判) 侵害が相手方の所有物から生じている場合には、この説の結果は必ずしも妥当ではない。 ⑷ 責任説(川島、舟橋) ⑶説と同様、物権的請求権を侵害除去の忍容請求権であると解しつつ、ただ、侵害行為が相 手方の帰責事由による場合には、相手方の費用による妨害の除去請求を肯定する。 * この見解は、相手方に帰責事由がある場合には、費用負担のみならず積極的な除去行為を も相手方に請求し得る点で、⑶説と異なることになる。 (理由) 過失責任の原則から、法がある人に一定の積極的行為を行う義務を負わせるためには少なくと も過失が必要である。よって、相手方に対して積極的に妨害排除の行為をなすべき義務を課すた めには故意過失等の要件が必要である。 26/第2編 * 物権と債権 第1章 物権 物権的請求権の相手方に関し、例えば、Aの土地所有権がBの所有物によって侵害されて いても、その物がBからCに譲渡されれば、Aの物権的請求権の相手方はCであるというの が、従来の判例であった。これに対し、近時の判例は、「他人の土地上の建物の所有権を取 得した者が自らの意思に基づいて所有権取得の登記を経由した場合には、たとい建物を他に 譲渡したとしても、引き続き右登記名義を保有する限り、土地所有者に対し、右譲渡による 建物所有権の喪失を主張して建物収去・土地明渡しの義務を免れることはできない」とした (最判平 6.2.8/百選Ⅰ〔47〕)。 ◆ 大判昭 12.11.19/百選Ⅰ〔46〕 「侵害又ハ危険カ自己ノ行為ニ基キタルト否トヲ問ハス又自己ニ故意過失ノ有無ヲ問ハス此 ノ侵害ヲ除去シ又ハ侵害ノ危険ヲ防止スヘキ義務ヲ負担スルモノト解スルヲ相当トス」として、 ⑴説を採用している。 * ただし、判例は、侵害が不可抗力によって生じた場合については判断を留保している。 6 契約上の請求権や不法行為に基づく損害賠償請求権との関係(請求権競合) (内田・Ⅰ・373 頁) ⑴ 不法行為責任との関係 不法行為責任については金銭賠償の原則が採用されており(722Ⅰ・417)、原状回復請求は 認められないから、物権的請求権とは請求の内容が異なる。 →物権的請求権と不法行為責任の競合は生ぜず、要件を満たす限り、いずれの請求も認めら れる ex.Aの土地にBが廃棄物を不法投棄した場合、Aは土地所有権に基づく妨害排除請求権 と不法行為に基づく損害賠償請求権の双方を行使し得る。 ⑵ 契約責任との関係 <問題の所在> Bは、A所有の家屋を賃借していたが、賃貸借契約終了後も家屋を返還しない。この場合、 Aとしては賃貸借契約に基づき家屋の返還を請求することと、家屋所有権に基づき家屋の返 還を請求することが考えられるが、いずれを行使し得るか。契約に基づく請求と、物権的請 求権の双方が成立するようにみえる場合に、いずれの請求をなし得るのかが問題となる。 <考え方のすじ道> 契約に基づく請求と、物権的請求権は、その要件・効果が異なっており、両者は別個独立 の権利といえる ↓よって それぞれの要件が満たされている以上、両者の競合を否定すべき理由はないから、権利者 はいずれの権利も自由に選択して行使することができると解する 第2節 物権の効力/27 <アドヴァンス> ⒜ 請求権(実在)競合説(判例、従来の通説) 契約に基づく請求と物権的請求権の双方の要件を満たす限り、権利者はいずれを行使して もよい。 (理由) 契約責任と物権的請求権は、要件・効果を異にする別個独立の権利であるから、双方の要 件を満たしている限り、その競合を否定する理由はない。 ⒝ 法条競合説(川島、広中、近江) 契約に基づく請求が成立する場合には、契約に基づく請求権が物権的請求権を排除して優 先的に適用される。 * この見解でも、契約上の請求権が時効消滅したような場合には、物権的請求権を行使 し得るとするのが一般である。 (理由) 所有権等の物権が問題となるのは、特別な関係のない他人間の関係に限られ、契約という 特別な関係のある者相互間では、契約が物権法の規定を排除して適用される。 7 権利行使期間 物権的請求権は、物権と独立して消滅時効にかかることはない(判例)。そして、所有権そのも のは消滅時効にかからないので、所有権に基づく物権的請求権は永久に存続すると見るのが判例・ 通説であるが、権利失効の原則が適用される余地がある。 28/第2編 物権と債権 第1章 ― 物権 MEMO ― 第3節 第3節 物権の消滅 ⇒発展 物権の消滅/29 30/第2編 物権と債権 第1章 ― 物権 MEMO ― 第4節 所有権/31 第4節 所有権 ⇒発展 ・ はじめに 1 意義 所有権とは、その物の使用・収益・処分という支配権能のすべてを有している支配権であり、 このことから全面的支配権といわれている。 2 所有権絶対の原則とその修正 民法の三原則は権利能力平等、所有権絶対、私的自治である。封建制度の要件は、下部構造と しての①百姓の土地緊縛(経済外的強制を媒介とした封建時代の収奪)と、法制面としての②幕 府・大名・武士間の主従制(恩貸制と主従制の結合した知行制度)にある。この二要件を打破し たのが、すべての人を権利義務の主体と認める原則(これを権利能力平等という)と人間以外の ものを権利の客体とする原則(これを所有権絶対の原則という)である。 この所有権絶対の原則は、他の二つの原則とともに、すぐれて歴史的な概念である。特に、所 有権絶対の原則は 19 世紀は広く認められていたが、20 世紀における福祉国家の理念に従い、種々 の制限が加えられてきたものである。これについては既に述べた。 現に我国の所有権は、憲法 29 条2項・民法1条1項によって公共の福祉による限界を画されて おり、相隣関係による制限(209 条以下)を定め、法令による所有権の内容の制限を定めている (206)。さらに、各種の特別法(借地借家法等)による所有権の内容の制限、土地収用(土地収 用法)や用途制限(都市計画法)などがある。 ~考えてみよう!~ 所有権の拡張:知的財産 知的財産権とは、著作権と各種工業所有権(特許権・商標権など)の総称です。これらの権利については、 知的生産物に対する権利ですが、この知的生産物は有体物ではないので、民法の規定が及びません。そこで、 個別に法律が定められています(著作権法、特許法等)。 この知的財産に対する権利の保護としては、この権利に基づく侵害者への差止請求という形で現れ、物権と 同様の保護を受けているといえます。このように知的財産権は物権に類似する権利であるという側面もありま すが、一方で物権とは異なる性質もあります。ひとつは権利の発生に登録を要する場合があることです(特許 権など)。もうひとつは人格権に基づく差止請求権が認められていることです。以上の点に注意しつつ、知的 財産権が物権類似の権利であることをおさえておきましょう。 32/第2編 物権と債権 第1款 相隣関係 第1章 物権 ⇒発展 第2款 ⇒ 所有権の効力(物権的請求権) 第2節 物権の効力 「三 物権的請求権」(p.22) 第1節 第2章 債権総説/33 債権 第1節 債権総説 一 債権の意義・性質 1 意義 債権とは、特定人から特定人に対して一定の財産上の行為を請求する権利をいう。 * 2 この一定の財産上の行為を「給付」または「給付行為」という。 性質 近代法の下では、人の行為は意思の自由を前提とするのであって、人が行為しようとする意思を 支配することはできない。そのため、人たる債務者の行為が客体である債権には、以下のような 性質がある。 ⑴ 直接性がない 債権は債務者の行為を待って初めて実現するものであり、直接支配性がない。 →債権に基づく妨害排除請求は原則として認められない * ⑵ 不動産賃借権の場合は例外的に妨害排除請求権が認められる場合がある。 排他性がない 同一の特定人に対する同一内容の債権の併存が認められ、排他性はない。 →優先的効力もなく、公示も不要である ⑶ 不可侵性はある 不可侵性は、すべての権利に共通の性質であるから、債権にも認められる。 →したがって、債権侵害に対して損害賠償請求(709)ができる ~考えてみよう!~ 債権の相対性の二つの側面 債権の性質として、債権の相対性ということが挙げられます。この債権の相対性には二つの側面があります。 ひとつは債務者の意思への依存ということです。債権が履行されるかどうかは、債務者が履行するかどうかと いう債務者の意思にかかっており、債権者としては債務の履行を促す、もしくは強制手段をとるしかないので す。 もうひとつは、債権が人に対する権利であるというところから、物に対する強い支配力を持たないという点で す。たとえば賃借権は物の利用に関する権利ですが、これは者に対する支配力を行使するというのではなく、あ くまでも債務者に当該物を貸すということを求める権利であるにすぎません。また、債権は債務者の財産に対す る支配力が弱いために、債権者が増えてもそれに対応することができず、一方債務者が財産を流出させてもこれ を止めることはできないのです。 34/第2編 物権と債権 第2章 二 債権の目的(内容) 1 はじめに 債権 債権の目的(内容)とは、債務者の履行行為、すなわち給付を意味する。 請求できる「特定の行為」のことを「給付」、債務者がその特定の行為をすることを債務の「履 行」という。そして、債務が履行されると、債権はその存在目的を達成し消滅する。債権が消滅 する点に着目した債務者の行為を「弁済」という。 cf.債権の目的物:給付物、すなわち、給付行為を構成する目的物。 債権の目的(内容)は、物権と異なり、特に制限する規定はない。したがって、債権の目的は契 約自由の原則により、まずは当事者の意思によって決定される。そして、当事者の意思が明らか でない場合は、民法上の任意規定によって補充的に解釈される。 * 債権の目的(内容)の決定は、法律行為の確定の問題である。いかなる事項について、確定 されていなければならないかについては、債権の消滅の項を参照。 2 要件 ⑴ 債権の目的は、金銭に見積もることができないものでもよい(399)。 →金銭に見積もることができないとは、金銭的評価に適さない場合のほか、金銭的に価値の ない場合をも意味する * 大正時代の裁判例として、土地の受贈に際して寺僧が贈与者の祖先のために永代常念仏を 唱える約束を有効としたものがある(東京地判年月日不明(大正2年(ワ)992 号))。 ⑵ 当事者の意思に基づいて、すなわち法律行為によって発生する債権については、法律行為の 客観的有効要件(①確定可能性、②実現可能性、③適法性、④社会的妥当性)を満たしている 必要がある。 第1節 三 債権の強制執行方法の違いによる分類 ⇒発展 四 金銭債権について 1 意義 債権総説/35 金銭債権とは、一般には、一定額の金銭の引渡しを目的とする債権(金額債権)をいう。 2 特色 金銭は代替物の極限ともいうべきものであり、そこに金銭債権の特色(402・403)と例外の問 題が生ずる。 ⑴ 金銭債務の遅滞においては不可抗力をもって抗弁できない(419Ⅲ)。 ⑵ 債権者側の損害の有無を問題とせず、当然一定率による賠償義務を負わされる(419ⅠⅡ)。 結局、債権者は、債務不履行の事実さえ立証すればよいということになる。 五 利息債権について ⇒発展 六 選択債権について ⇒発展 七 第三者による債権侵害 1 はじめに 債権は債務者に対する権利であり、債務者の債務不履行の場合は、いわば債務者により債権が 侵害される場合であるといえる ↓これに対して 債務者以外の第三者によって債権が侵害されたとして、不法行為が成立する場合はないか →①第三者による債権侵害を理由に不法行為が成立し得るのか、これを肯定するとして、②い かなる場合にいかなる要件の下で不法行為が成立するのか、が問題となる ex.売買契約が締結されている土地について売主から二重に譲り受けた場合や、他社の従業 員を引き抜いて雇用契約を締結した場合に、不法行為が成立しないかが問題となる。 36/第2編 2 物権と債権 第2章 債権 第三者による債権侵害と不法行為の成否 <問題の所在> そもそも、第三者による債権侵害が不法行為を構成し得るのか。債権は相対的な権利である とされていることから問題となる。 <考え方のすじ道> 反対説:債権は債務者に対してのみ義務を課すものである(債権の相対性)から、第三者に よって債権が侵害されることはなく、不法行為も成立しない ↓しかし 債権が相対的な権利であることと、債権者の権利が法的な保護を受けるかどうかとは、別問 題であるはずである ↓そもそも 債権も権利である以上、権利の通有性としての不可侵性を有するから、この不可侵性を侵害 した第三者の行為は違法であるといえる ↓よって 709 条のその他の要件を満たしている限り、不法行為が成立すると解する <アドヴァンス> ⑴ 否定説 (理由) 債権は債務者に対してのみ義務を課すものであり、第三者に対して何ら義務を課すもの ではない(債権の相対性)から、第三者によって債権が侵害されることはなく、したがっ て不法行為も成立する余地はない。 (批判) ⑵ ① この見解によれば、債権の財産権としての重要性が減殺されてしまうことになる。 ② 債権の相対性と債権が法的な保護を受けるかどうかということとは別の問題である。 肯定説(判例、通説) (理由) 債権といえども権利である以上不可侵性を備えており、その不可侵性を侵した第三者の 行為は違法である。よって、709 条のその他の要件を満たす限り、不法行為が成立する。 ◆ 大判大 4.3.10/百選Ⅱ〔20〕 「対世的権利不可侵ノ効力ハ実ニ権利ノ通有性ニシテ独リ債権ニ於テノミ之カ除外例ヲ 為スモノニアラサルナリ」として、第三者の債権侵害による不法行為成立の可能性を肯定 した。 第1節 3 債権総説/37 債権侵害の諸類型と不法行為成立要件 ⑴ 債権の帰属自体を侵害した場合 ex.債権の準占有者あるいは受取証書持参人として債務者から弁済を受け、債権者の債権 を消滅させた場合(478、480 参照)等。 物権の帰属が侵害される場合と異なるところがないので、故意があるときに限らず、過失が あるにすぎないときでも不法行為が成立する。 ⑵ 債権の目的たる給付を侵害し、かつ債権を消滅せしめた場合 ex.① 売買の目的物を第三者が滅失せしめ、売主がその債務を免れた場合。 ② 債務者の行為を目的とする債権について第三者が債務者を拘禁する場合。 この場合にも、不法行為が成立し得ることについては争いがない。 もっとも、侵害者の主観的要件については、過失で足りるとする見解と、債権を侵害するこ とについての故意が必要であるとする見解がある。 ⑶ 債権の目的たる給付を侵害したが債権は消滅しない場合(損害賠償義務に転化して債務が存 続する場合) ex.二重譲渡や、労働者の引き抜きなどのように、債務者に働きかけて既存の契約と両立 できない内容の契約を締結し、履行せしめるような場合。 ⒜ 原則否定説(判例、通説) 自由競争のルールに反するような公序良俗違反・保護法規違反の形態で侵害がなされた場 合に限り、不法行為が成立する。 (理由) ① 対抗要件の場面では、第二譲受人は背信的悪意者でなければ保護されるのに、不法 行為の場面では悪意の第二譲受人が責任を負わされるとするのでは、対抗要件制度の 趣旨が貫徹できなくなる。 ② 経済的自由競争の建前からは、二重契約の締結・履行をなさしめたとしても、これ を大幅に適法視しなければならないから、単なる悪意の場合は違法性がないといえる。 ⒝ 原則肯定説(有力説) 第二譲受人に故意・過失があれば、不法行為が成立する。 (理由) ① 取引安全の要請による対抗要件制度と、損害の公平な分担を目的とする不法行為制 度は別次元のものであり、不法行為法が対抗要件制度の要請に従う必要はない。 ② 既に成立している契約を破棄せしめることが自由競争のルールに適っているかは疑 問である。 ◆ 最判昭 30.5.31 不動産の二重譲渡の事案において、第二譲受人が売主・第一譲受人間の契約について悪 意であっても、対抗要件さえ備えれば第二譲受人に完全な所有権が帰属するのであるから、 これによって第一譲受人が害されたとしても、第二譲受人に不法行為責任を課すことはで きない、とした。 38/第2編 ⑷ 物権と債権 第2章 債権 債務者の責任財産を減少させた場合 ex.① 債務者の財産を格安の値段で購入し、あるいは極めて有利な条件で代物弁済を受 けるなどの行為(法律行為による場合)。 ② 債務者の責任財産を損傷、隠匿、窃取するなどの行為(事実行為による場合)。 ①のような法律行為による場合については、詐害行為取消権による保護にゆだねるべきで ある。 また、②のような事実行為による場合については、不法行為が成立する余地があるが、債 権者に対する侵害としては間接的なものであるから、債権侵害の故意が必要であるとされる。 第2節 債権の効力/39 第2節 債権の効力 一 債権の効力 1 債務者との関係で認められる効力 ⑴ 給付保持力 給付内容を保持することを法律によって保障される、すなわち不当利得にならないこと。 →債権の最小限の効力であり、すべての債権が有する * ⑵ 給付保持力しかなく訴求可能性のない債権を自然債務という。 裁判外の請求力 債権者が、裁判外において債務者に対して履行を請求できること。 ⑶ 訴求力(裁判上の請求力) 債務者が履行をしない場合に債権者が裁判所に訴えることができること。 ⑷ 強制力(執行力、掴取力) 債務者が履行しない場合に、債権者が国家機関の権力によって強制的に債権の内容を実現し 得ること。 * ⑸ 2 執行力を欠く債務を責任なき債務という。 ⇒「二 債務と責任」(p.40) 損害賠償請求権(415) 債権の効力が第三者に及ぶ場合 ⑴ 債権者代位権(423) ⑵ 詐害行為取消権(424) * 第三者による債権侵害に対する損害賠償請求権(709)も、債権の効力が第三者に及ぶ場合 ということができる。 40/第2編 物権と債権 二 債務と責任 1 意義 第3章 物権と債権の差異 債務:債務者の給付義務・履行義務。 責任:債務者の一般財産が、債権の強制的実現の引き当てになっている状態(掴取力に服してる 状態)。 2 債務と責任の分化 通常の債権は、請求力と掴取力とを本質的に有しており、したがって債務と責任の分化はみられ ない。しかし、以下の場合については分化がみられる。 ⑴ 責任なき債務(債務はあるが、責任はない場合) ex.強制執行をしない旨の特約のある債務。 ⑵ 債務なき責任(債務はないが、責任だけ存在する場合) ⒜ 物上保証人 ⒝ 物的担保の対象である不動産の第三取得者 * なお、保証は、債権者に対する独立した債務(保証債務)があるので債務なき責任には当 たらない。 ⑶ 有限責任(債務はあるが、責任は一定の範囲に限定されている場合) ⒜ 相続の場合の限定承認(922) ⒝ 株式会社の株主(会 104) ⒞ 合資会社の有限責任社員、合同会社の社員(会 580Ⅱ) 第3章 ・ 物権と債権の差異 はじめに 物権と債権の差異をまとめると以下のようになる。 ① 直接支配性の有無(→⑤と関連) ② 排他性の有無(→③と関連) ③ 公示の要求 ④ 種類・内容(物権法定主義 ⑤ 物権的請求権の有無 * 例外として、不動産賃借権は債権でありながら、①排他性(605)、②妨害排除請求権が認 vs 契約自由の原則) められる場合がある。これを不動産賃借権の物権化の傾向という。 第1節 第3編 はじめに/41 私権の主体・客体 一般に法律問題は、①誰が(私権の主体の問題)、②何に対する関係で(私権の客体の問題)、 ③いかなる法律関係に立っているか(法律関係の問題)、という三つの観点から分析するのが合理 的である。そして、民法の指導原理は、権利能力平等の原則、所有権絶対の原則、私的自治の原則、 の三つに集約されるが、権利能力平等の原則が私権の主体の問題において、所有権絶対の原則が私 権の客体の問題において、私的自治の原則が法律関係の問題において、それぞれ指導的な役割を果 たす。 第3編ではこれらのうち、私権の主体の問題と、私権の客体の問題について説明する。 第1章 私権の主体 第1節 はじめに 一 権利義務の主体 ここでは、法律行為の主体となる自然人と法人に関する問題について検討を加える。 私権すなわち権利義務の主体となり得る地位・資格のことを権利能力という。すなわち、権利能 力とは、ある者に対して金銭の支払を請求する債権を取得したり、ある物の所有権を取得し得る地 位・資格のことである。このような権利能力を有する者を人といい、民法上、人には自然人と法人 がある。 二 自然人 このうち自然人とは、我々人間のことである。人間は生きている間はすべて権利能力者である。 民法は、第2条で「私権の享有は、出生に始まる」と定めている。したがって、たとえ赤ん坊であ っても、両親の財産を相続することなどにより土地の所有権や人に対する債権を有することが認め られる。 しかし、権利能力が認められる者であっても、その者のした行為の効果がすべてその者に帰属す ることが妥当でない場合がある。例えば、いまだ3歳に満たない子供が両親から相続した土地を仲 のいい友達にあげるといっても、それを贈与としてそのまま認めることは妥当ではない。そこで、 ある者のした行為の効果がその者に帰属するためには権利能力の他にさらに意思能力や行為能力が 必要とされている。 42/第3編 三 私権の主体・客体 第1章 私権の主体 法人 法人とは、自然人以外のもので、権利能力を認められたものをいう。会社や学校法人・宗教法人 等がその典型例である。民法は団体につき民法その他の法律の規定による場合に初めて法人となる ことを認めている(33)。以前は、法人については民法で一般規定を置くとともに、公益法人につ いての一般規定も民法において設けられていた。しかし、平成 18 年に法人三法が制定され、法人 規律の法体系は大幅に変わった。法人三法とは、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」 (以下、「一般法人法」と称する)、「公益社団法人及び公益財団法人の認定に関する法律」(以 下、「公益認定法」と称する)、及び「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律および公益社 団法人及び公益財団法人の認定に関する法律の施行に伴う関係法律の整備に関する法律」(以下、 「法人関連整備法」と称す)の三法である。 これらにより、法人に関する民法の規定は極めて簡略化され、法人の大綱のみを定めたものとな った。法人一般については一般法人法が規律することとなり、公益目的であるか、公益も営利も目 的としないものであるかを問わず、規定に従った手続をとって登記をすれば、法人が成立する(準 則主義)。その上で、公益認定法に基づく行政庁の公益認定を受けると、公益法人としての特殊な 取り扱いを受けることになる。営利目的の会社については、すでに会社法が施行されているので、 会社法が規律することになる。以下、法人三法の規定にもとづいて、法人の本質も踏まえつつ、法 人の能力・法人の機関に関する問題を説明する。 四 権利能力なき社団・財団 法人格を取得することが可能であるにもかかわらず、様々な理由で、規定に従った手続をとって 登記をしていない団体や、法人となるべく設立中の団体も、実在する。この場合には、法人と異な り、権利能力が認められていないため、権利能力なき社団・財団と呼ばれる。 第2節 自然人/43 第2節 自然人 事例 Aは、働き盛りのサラリーマンである。Aには、3年前に大恋愛の末結婚した妻B、2歳にな る女児Cに加え、Bのお腹の中に6か月になる胎児Dがいる。 ある日、Aが通勤途中に踏切を横断しようとしたところ、信号機が鳴っていないにもかかわら ずE電鉄の電車がやってきて、Aははねられて死亡してしまった。 この場合、胎児Dは、E電鉄を相手に何か請求することができないのか。 B A (D) C 一 権利能力 権利能力とは、私法上の権利・義務の帰属主体となる地位・資格をいう。 3条1項は、すべての自然人は平等に差別されることなく権利能力を有するという権利能力平等 の原則を定めたものである。 この原則は、個人が封建的身分制から解放されたことを意味する。すなわち、自然人であれば生 きている限りだれでも権利能力が認められ、現在では、かつての奴隷のような私権の主体となり得 ない者は存在しない。 * このように権利能力は人が生まれた時に発生し、死亡した時に終了する。 なお、この出生・死亡は事実上の問題であり、戸籍上の記載と実際の出生時期が異なる場合に は、実際の出生時期から権利能力が認められる。 二 権利能力の始期 1 原則 自然人は、出生時から権利能力を取得する(3Ⅰ)。 →ここにいう「出生」とは、生きて母体から完全に分離することをいう(全部露出説、通説) (理由) * ① 基準は明確であることが望ましい。 ② 私法上権利の主体たり得るためには、独立の存在であることが必要である。 この他に、胎児の母体からの一部露出時を基準とする一部露出説、独立して呼吸を開始した 時を基準とする独立呼吸説などがある。刑法では一部露出説が判例・通説である。 44/第3編 2 私権の主体・客体 第1章 私権の主体 例外:胎児の法律上の地位 ⑴ 権利能力の始期の例外 胎児はまだ人ではないので、権利能力を有しないのが原則である。しかし、やがて人となる ことが予想されながら、生まれるのがわずかに遅いという単なる偶然によって、一切の権利を 否定されるというのは均衡を失する。 そこで、民法は以下の三つの場合に、胎児も出生したものと「みなす」ことにして、例外的 に胎児の権利能力を肯定し、胎児の保護を図っている。 * ① 不法行為に基づく損害賠償請求(721) ② 相続(886) ③ 遺贈(965) 胎児については、認知の規定があるが(783Ⅰ)、これは父の側から認知することを認めた もので、胎児側からの認知請求を認めたものではないので、権利能力の例外ではない。 ⑵ 「既に生まれたものとみなす」(721、886、965)の意味 <問題の所在> ①胎児が出生すれば、胎児中の事件について主体として損害賠償請求でき、また、胎児中 に死亡した被相続人の財産を相続し、あるいは遺贈を受けることができ、②死産の場合には 損害賠償請求できず、また、相続することも遺贈を受けることもできない、という点につい ては争いはない。 では、胎児の間に、母が胎児を代理して損害賠償請求や示談・遺産分割などをすることが できるか。胎児の法律上の地位と関連して問題になる。 すなわち、「既に生まれたものとみなす」とは、①胎児中は権利能力はないが、ただ無事 に生まれてくると胎児の時にさかのぼって権利能力があったものとして扱うという意味なの か(停止条件説、判例)、②胎児中でも生まれたものとみなされる範囲内ではいわば制限的 な権利能力があり、死産の場合には胎児中までさかのぼって権利能力がなかったものとして 扱うという意味なのか(解除条件説)、が問題になる。 <考え方のすじ道> 現行法上、胎児の財産を管理する法定代理人制度は存在しない →胎児中に権利能力を認めても、胎児の利益保護を図ることはできない ↓そこで 胎児中は権利能力はないが、ただ無事に生まれてくると胎児の時にさかのぼって権利能力 があったものとして扱うべきである(停止条件説、判例) ↓よって 胎児中には法定代理人は存在し得ず、母は胎児を代理して損害賠償請求や示談・遺産分割 などをすることはできない 第2節 自然人/45 <アドヴァンス> ⒜ 解除条件説(多数説) 胎児の間でも生まれたものとみなされる範囲内ではいわば制限的な権利能力があり、死 産の場合にはさかのぼって権利能力がなかったことになる。 →出生までの間も権利能力があるので、胎児にも法定代理人を付けられる (理由) ① 死産の事例がかつてより格段に少なくなっている今日では、配偶者と胎児とに相 続させ、胎児が生きて生まれなかった場合に相続関係を改める方が適当である。 ② 配偶者と胎児が相続人である場合に、胎児中は権利能力がないものとしてまず配 偶者と直系尊属に相続させ、胎児が生まれた後に相続を回復させることは法律関係 を複雑にする。 ③ 胎児に法定代理人を付けることによって、遺産の分配に参加させることが可能に なる。 ⒝ 停止条件説(判例) 胎児の間は権利能力はないが、無事に生まれると相続の開始や不法行為の時にさかのぼ って権利能力を取得する。 →出生までは権利能力がないので、胎児に法定代理人は付けられない (理由) 胎児の出生まで遺産の分配を停止すると解する方が実際的だし、胎児に法定代理人 を置くことが、必ずしも胎児の利益につながるとは限らない。 * ただし、母と胎児の財産的な利害が一致しないこともあることから、立法論としては 胎児のために財産管理人を選任して胎児のために財産の管理に当たらせるべきだと解さ れている。また、解除条件説によって胎児に法定代理人が付けられるといっても、不法 行為による損害賠償請求・相続・遺贈の三つの場面のみであることに注意すること。 ◆ 阪神電鉄事件(大判昭 7.10.6/百選Ⅰ〔3〕) 電車事故で死亡したAに、父と妊娠中の内縁の妻がおり、この両者が電鉄会社との間で、 今後本件に関し一切の請求をしないという内容の和解契約を結び、親族縁者の総代としてA の実父が胎児の分も含めて弔慰金の交付を受けたが、その後、出生した子が損害賠償の請求 をした事案で、この和解契約は後日出生した子に対し何ら効力はないと判示した。 ⑶ 出生の証明と戸籍 戸籍法 49 条により出生後 14 日以内に届け出ることが義務付けられているが、戸籍上の記載 はただの手続上の関係にすぎない。権利能力の取得という実体的関係は、出生という事実によ って決せられるのであって、戸籍上の記載によって左右されるものではない。 46/第3編 三 1 私権の主体・客体 第1章 私権の主体 権利能力の終期 総説 ⑴ 自然人 自然人の場合は、死亡時が権利能力の終期である。 なお、失踪の宣告によって死亡が擬制される(31)が、これは一定期間生死不明な者の従来 の住所・居所を中心とする権利関係を確定するものであって、その者の権利能力がこれによっ て消滅するわけではない。 ⑵ 法人 法人の権利能力の終期は、清算結了時(一般法人法 207)である。 2 同時死亡の推定 数人の者が死亡し、どちらが先に死亡したか明らかでない場合、いかに取り扱うべきか。特に相 続に関して問題となる。 32 条の2は、「数人の者が死亡した場合において、そのうちの一人が他の者の死亡後になお生 存していたことが明らかでないとき」に関し数人の者の同時死亡を推定するから、数人の者が汽 船の沈没のような共同の危難によって死亡した場合のみならず、内地で明確な日時に死亡した者 と、外地で不明な日時に死亡した者との死亡の前後を決める場合にも適用される。もっとも、本 条が適用されるのは、死亡が確実な者の間での死亡時期についてであり、前提となる死亡自体が 不明な場合はまず失踪宣告等で死亡の事実を確定することを要する。 そして、利害関係人が一方の死亡の時と他方の死亡の時とが異なることを証拠をあげて証明しな い限り、双方は同時に死亡したものと取り扱われる。よって、本来なら被相続人・相続人の関係 に立つ者どうしのあいだでも相続は起こらず、遺言者と受遺者のあいだでも遺贈は効力を生じな い。 ただし、同時死亡の場合でも、代襲相続は認められる。 ex.汽船が氷山に衝突し、乗っていた甲一家4人のうち、甲とその息子が死亡し、妻と娘がボ ートで救出された場合 →息子は父の相続人とならず、娘・妻はそれぞれ2分の1を相続する。ただし、もし息子に子 があれば、子(孫)が代襲相続によって父の相続人となり、妻は2分の1、娘は4分の1、 孫は4分の1を相続する(887Ⅱ、901) 第3節 法人 第1款 法人総説/47 第3節 法人 第1款 法人総説 事例 Aらは、地域の老人を近所の温泉等に連れて行くボランティア活動を行うサークルVのメンバ ーである。Zは、Aらが行っているボランティアサービスを受けている地域の老人の一人であ る。 妻に先立たれ子供もいなかったZは、Lらの活動に甚く感謝し、自分が有している空き家をA らに譲渡しボランティア活動の拠点として使用してもらいたいと考えるに至り、Aに対してその 旨を伝えた。 AらはZの提案を受け、大いに喜んだが、その後の調査で、現状ではボランティア活動をして いるサークルV名義では不動産の登記ができないことがわかった。Aらが、団体名義で登記する にはどうすればよいか。 Z V(法人?) A B C D E F 一 はじめに 1 法人の意義 自然人でなくして、法人格を認められたもの(権利義務の主体となり得るもの)。 2 法人の種類 社団法人・財団法人。 公益法人・営利法人・中間法人。 <公益法人と営利法人> 公益法人 営利法人 公益目的 ○ × 営利目的 × ○ 一般法人法3 ○印:あり 会社法3 ×印:なし 48/第3編 私権の主体・客体 第1章 私権の主体 <法人の種類> 公法人と私法人 種類 公法人 私法人 意義 国家的公共の事務を遂行することを目的とし、公法 に準拠して成立した法人 私人の自由な意思決定による任務のために、私法に 準拠して設立された法人 社団法人と財団法人 その実体が社団にあるものとして構成された法人 社団法人 →社員を不可欠の要素とし、最高の意思決定機関と しての社員総会を中心として自律的活動を行う その実体が財団にあるものとして構成された法人 財団法人 →社員や社員総会を欠き、寄附行為によって示され た設立者の意思を活動の準則とする 具体例 国、公共団体 会社、私立学校 一般社団法人 会社 一般財団法人 相続財産法人 ①一般法人法により設立された社団法人又は財団法 公益法人と営利法人 人であって、 公益法人 宗教法人 ②公益認定法により公益性の認定を受けた法人 社会福祉法人 →その目的が「学術、技芸、慈善、祭祀、宗教その 学校法人 他の公益」を目的とする法人(民 33Ⅱ) 会社法上、株式会社の株主は、「剰余金の配当を受 ける権利」又は「残余財産の分配を受ける権利」の 営利法人 いずれかを有する(会 105Ⅱ) 会社法上の会社 →対外的活動で利益を得て、得た利益を構成員に分 配することを目的とする法人 内国法人と外国法人 外国法によって法人格を認められた法人で、日本に おいてその名で活動する場合 外国法人 →外国法人のあるものについて、国内においてもそ の 法 人格 を認 め( 民 35Ⅰ) 、 登記 によ る公示 (36)を要求しているが、ただ、特別権利能力に 一定の制限を加えている(35Ⅱ) 内国法人 3 法人の設立 日本法に基づいて設立する法人 ⇒発展 外国の行政区画 外国の商事会社 外国の相互保険会社 第3節 二 1 2 法人 第1款 法人総説/49 法人の本質 法人を構成する契機 ⑴ 実体的契機:取引の主体となるのに適した実体(社団・財団)の存在。 ⑵ 価値的契機:政策的見地から価値判断をして、取引の主体たるに値するものに法人格を付与。 ⑶ 技術的契機:自然人でない存在を権利義務の帰属点にたらしめる技術(法人格)。 法人の本質に関する学説の争い ⑴ 法人学説 法人の本質論に関しては、法人を構成する契機として上のいずれの契機を強調するかの差異 から、以下のような対立がある。 ⒜ 法人擬制説 権利義務の主体となり得る実体は本来自然人に限るべきであり、法人は法が特に権利義務 の帰属主体を擬制したものであるとする見解。 ⒝ 法人否認説 団体などをめぐる法律関係をその実質に則して把握しようとするときには、つきつめたと ころ、個人または財産のほかに法人の実体なるものはなく、法人は法律関係における権利義 務の帰属点としてのみ認められる観念上の主体であるとする見解。 ⒞ 法人実在説 法人は、実質的に法的主体たり得る実体を有するところの一つの社会的実在であると考え る見解。 この社会的実体を何とみるかにより、さらに、法人は団体意思を有する社会的有機体である とする有機体説、権利主体たるに適する法律上の組織体と考える組織体説、独立の社会的作用 を担当する集団が法人の実体だとすれば十分だとする社会的作用説などに分かれる。 ⑵ 法人の本質に関する学説の争いの実際的意義 法人学説の対立は、具体的には以下の①~④の論点の解釈に影響するとされてきた。 ① 法人の行為能力の範囲(法人の目的による制限) ② 法人の不法行為能力の性質とその適用範囲 ③ 法人の理事の地位(占有者たる地位) ④ 権利能力なき社団の法的地位 50/第3編 ⑶ 私権の主体・客体 第1章 私権の主体 法人学説の現在における意義 以上のような法人学説は、19 世紀のドイツ普通法以来の最大の論争点の一つであるとされて きた。しかし、近年では、法人学説間の争いは重要視されていない。すなわち、法人学説は、 「社会の構成単位を個人と見るかどうかをめぐる時代思潮の流れの中で、重要な意味を持った。 しかし、今日のように、法人が重要な経済主体として活動し、それに関する法技術的装置が完 成している法体系のもとでは、現実の問題を解決するための解釈論には直結しなくなっており、 その意味では、このような論争を行なうことの意味自体が失われている。これらの理論を歴史 的に研究する意味と、現在の解釈論における意味とを混同すべきではない」とされているので ある。 もっとも、典型的な法人学説は、法人制度のいくつかの機能の一面を強調してそれぞれに説 明しているので、それぞれの法人学説の理解をしておくことは、法人制度の多面的な機能を理 解する上で必要であるといえよう。そこで、以下では、従来の法人学説の典型的なモデルと、 各論点との関係をふまえて説明していく。 以下、今日における通説といわれている法人実在説について、必要に応じて触れていくにと どめる。 第3節 第2款 一 法人 第2款 法人の能力/51 法人の能力 はじめに 法人は成立した時から権利能力、意思能力、行為能力(従来の通説が使用する概念)を備える。 ところが、法人は一定の「目的」(34)のために作られたものであるから、その「目的」が法人の 活動を制約する。ここで、「目的」が法人のいかなる能力を制約するかについては争いがある。 二 権利能力 1 一般的権利能力(法人格) 法人は、法により権利義務の統一的帰属点たる資格を与えられたものであるから、法人格を当然 に有する。 2 権利能力の制限 ⑴ 性質による制限 法人は財産法上の取引単位とするために法人格を付与された自然人でない存在であるから、 性・年齢・親族関係に関する権利義務など自然人的特性を有する権利義務は享有し得ない。 ⑵ 法令による制限 そもそも法人格は法により与えられるものだから、法令による個別的制限が存在する。 ⑶ 目的による制限(34) 34 条の「目的の範囲」が、権利能力を制限するものなのか否かについては、学説上争いがあ るので、項を改めて説明する。 3 目的による制限 <問題の所在> 34 条の規定は、法人が権利を取得し義務を負担するという法律効果が生ずるのは「目的の範 囲内」の事項に限られることを定めている。そこで、「目的の範囲」を超えた理事の法律行為 がどのような効力を有するかを考える前提として、同条が法人の「目的の範囲」によって何の 範囲を定めたものなのか、換言すれば何を制限したものか、が問題になる。 52/第3編 私権の主体・客体 第1章 私権の主体 <考え方のすじ道> 法人は社会的に有用な一定の目的のために権利義務の主体たる地位を認められたもの ↓とすれば 法人の目的は法人の権利能力自体を制限すると解される ↓さらに 法人はその目的の範囲内で活動するもの ↓よって 法人の目的は同時に法人の行為能力を制限したものでもあると解される ↓そうであるとすれば 「目的の範囲」を超えた理事の法律行為は法人に効果帰属せず、無効である ↓もっとも このように解すると、相手方の取引の安全を害するおそれがある ↓そこで 34 条の「目的の範囲」は目的たる事業を遂行するのに必要な行為を広く含むと緩やかに解す べき * この<考え方のすじ道>は、行為能力という概念を認めており、法人実在説を前提にしてい るものである。 <アドヴァンス> ⑴ 権利能力制限説・権利能力行為能力制限説(判例) ⒜ 34 条の解釈 34 条の「目的の範囲内」というのは、法人の権利能力の範囲を定めたものであり、この範 囲外の事項については当該法人は法人格を有しない。そして、法人はその制限された権利能 力の範囲内で権利を有し、義務を負うのであるから、この権利能力の範囲は同時に当該法人 の行為能力の範囲でもある。 (理由) ① 法人は一定の社会的作用を営む目的を達成するため、権利義務の帰属主体たる地位を与 えられたものである。 ② 権利能力の範囲を超えて行為能力は存し得ないから、権利能力の範囲は同時に行為能力 の範囲をも画することになる。 ⒝ 「目的の範囲」を超えた理事の法律行為の効力 「目的の範囲」外の事項について法人には権利能力がないのであるから、法人との関係に おいては何らの法的効果も生じない。 第3節 ⑵ 法人 第2款 法人の能力/53 行為能力制限説 ⒜ 34 条の解釈 34 条の「目的の範囲」とは、法人の享有し得る権利の種類がその法人の目的によって制限 されるという意味ではなくて、その目的の範囲内の行為によって権利を有し義務を負うとい う意味である。すなわち、34 条は法人の行為能力の範囲を定めたものであり、法人の権利能 力は、性質・法令による制限を別にすれば無制約である。 (理由) ① 一般法人法 78 条は、法人が不法行為による賠償義務を負うとしており、この点に関 しても権利能力が及ぶことを前提としている。にもかかわらず、「目的の範囲」が権利 能力を制限したと考えると、不法行為をすることも「目的の範囲内」に含まれることに なりかねず、妥当でない。よって、法人の権利能力は無制約なものと解すべきである。 ② 法人が社会的に独自の活動をする存在である以上、権利義務の種類によっては権利能 力が直接的に否定され、その結果権利義務の帰属自体も否定されるとすることは、法人 の本質(実在説)に反する。 ⒝ 「目的の範囲」を超えた理事の法律行為の効力 「目的の範囲」外の事項は法人の権利能力の範囲内の行為であったとしても、行為能力の 範囲外の行為であるから、当該行為によって法人が権利義務を負うことはない。 * この立場からも、代理法理に準拠して、無権代理規定の類推により追認が可能であると 解されている。 ⑶ 代理権制限説 ⒜ 34 条の解釈 34 条によって制限されるのは、法人(すなわち理事)の活動およびその結果としての法人 への権利義務の帰属の範囲であって、法人の権利能力そのものの範囲ではない。法人の権利 能力は性質・法令の許す範囲内のあらゆる財産上の権利義務につき無制約的に認められる。 そして 34 条は、具体的な法人において理事の代理権(代表権)のみを制限するものである。 (理由) ① 法人を権利義務の主体として認める以上、権利能力に関して自然人と別異に考える必 要はない。 ② 34 条は、目的外の取引が法人の構成員ないし一般社会の利益を害するおそれがあるこ とを考慮して、法人の背後にある個人や社会の利益を守るために理事の権限を制限した ものにすぎない。 54/第3編 ⒝ 私権の主体・客体 第1章 私権の主体 「目的の範囲」を超えた理事の法律行為の効力 「目的の範囲」外の行為といえども、当該法人としては、なお権利能力を有する事項で あるから、範囲外の事項についての理事の行為は権限踰越の無権代理行為(無権代表行 為)である。その結果、法人の側で追認して法人につき効果を帰属せしめる余地もあるし、 表見代理(表見代表)となって法人につき効果が生ずる余地もある。ただし、具体的に追 認をだれがどのように行うのか(理事か、総会決議によるか)、法人の「目的」が登記事 項であること(一般法人法 22、301Ⅱ)と表見代理の関係など問題も残る。 ⑷ 内部的責任説 ⒜ 34 条の解釈 34 条の「目的の範囲」とは、単に法人の代表機関としてし得る行為に関して、機関が法 人に対して負うべき内部的義務を定めたにすぎない。 (理由) ① ⑶説の(理由)①。 ② 「目的の範囲」外の行為であっても常に法人について確定的に効力を生ずることにな り、相手方の保護(取引安全)が徹底される。 ⒝ 「目的の範囲」を超えた理事の法律行為の効力 有権代理行為として常に法人に効力が帰属する。ただし、代表権濫用の問題は残る。 <目的による制限の法的性質の整理> 目的以外の行為の効力 34 条と一般法人法 78 条(旧民法 44 条1項)の関係 権利能力制限説 無効 34 条は、法人が法律行為を通して権利義務を取得しう べき範囲を規定している。これに対し、78 条は、不法 行為に関する法人の権利能力を規定していると解され る 行為能力制限説 無効 → た だし 、無 権代 理規 定の準用により追認 が可能と解される 34 条は、法人の権利能力を制限した規定ではない。ま た、78 条は、法人自身の不法行為に対する法人の責任 を規定しており、権利能力が法人に及ぶことを前提と している 代理権制限説 無権代表 → 表 見代 表、 追認 が問 題となる 34 条は、理事の代表権を制限するにすぎない。また、 78 条は、職務権限外の行為でも、理事の不法行為につ いては、報償責任の観点から法人に特別に責任を負わ せた規定である 内部的責任説 有効 → 代 表者 の内 部的 責任 を生ずるにすぎない ☆旧民法 44 条1項(法人三法の施行前の規定) 法人は、理事その他の代理人がその職務を行うについて他人に加えた損害を賠償する責任を 負う。 ☆一般法人法 78 条(代表者の行為についての損害賠償責任) 一般社団法人は、代表理事その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を 賠償する責任を負う。 第3節 4 法人 第2款 法人の能力/55 「目的の範囲」の判断 これまでみたように、「目的の範囲」(34)内か否かは、理事の法律行為の効力に大きな影響を 与える。そこで、「目的の範囲」内か否かの判断が重要となる。この判断は、営利法人(会社) の場合と非営利法人の場合で若干異なる。 ⑴ 営利法人(会社)の場合 判例は、取引安全の見地から「目的の範囲」を緩やかに解し、34 条の「目的」は、定款等に 定められた目的自体と同一ではなく、その目的たる事業を遂行するのに必要な行為を広く含む ものとし、その範囲を画するに当たって、「行為の客観的な性質に即し、抽象的に判断」すべ きであると解している(八幡製鉄事件)。 ◆ 八幡製鉄事件(最大判昭 45.6.24/百選Ⅰ〔8〕) 政治献金は会社の目的の範囲内かが争われた事案で、政治献金も、客観的・抽象的に判断 して会社の社会的役割を果たすためにされたものと認められる限りにおいて、目的の範囲内 の行為といえるとした。 ⑵ 非営利法人の場合 これに対して、非営利法人に対しては、あくまで目的の範囲による制限を前提にしつつ、個 別の事情に応じて目的の範囲を判断していくという方法が採られている。 ◆ 最判昭 41.4.26 農業協同組合の理事長が組合員以外の者に対し、定款に違反していることを知りながら組 合の目的事業と全く関係のない土建業の人夫賃の支払のため金員を貸し付けた事案で、目的 の範囲内に属しない、と判示した。 ⑶ 判例の整理 ・ 営利法人(会社)の場合 <「目的の範囲」に含まれるとされた例~営利法人> 判例上、「目的の範囲内」と認められた事案 代理・周遊・仲立・信託等を目的とする会社の金銭の貸付 大判大 5.11.22 機械類を販売する会社の機械製作の引受 大判昭 5.9.11 鉄道会社石炭採掘権の取得 大判昭 6.12.17 銀行の抵当権実行による漁業権の取得 大判昭 13.6.8 銀行が取引先のために物上保証人になること 最判昭 33.3.28 56/第3編 ・ 私権の主体・客体 第1章 私権の主体 非営利法人の場合 <「目的の範囲」に含まれないとされた例~非営利法人> 判例上、「目的の範囲内」と認めらなかった事例 生糸の加工・販売を目的とする同業組合が、組合員のためまゆを買い入れその 代金債務を引き受けた行為 大判大元.9.25 信用組合の員外貸付 大判昭 8.7.19 信用組合の債務引受 大判昭 16.3.25 農業協同組合の員外貸付 最判昭 41.4.26 労働金庫の員外貸付 最判昭 44.7.4 「博愛慈善の趣旨に基づき病傷者を救治療養すること」を目的とする財団法人 が、国民健康に関する新事業を行うため、許可を得ない段階で敷地・建物・備 品を売却した行為 最判昭 51.4.23 三 行為能力 1 はじめに 行為能力という言葉を自然人に関して言われるのと同義にとらえる限り、法人には行為能力はな い、といわざるを得ない。しかし、法人の行為能力とはこれとは異なり、機関がその権限内で行 った行為の効果が法人に帰属する、という面をとらえていわれるのが一般である。 2 法人学説との関係 法人実在説では、法人の実体を認めるので、法人の行為能力という法律概念を観念することがで きる。 しかし、法人擬制説ではそもそも法人の実体を認めないから、法人の行為能力という法律概念も 当然に観念できない。法人の権利義務の帰属に関しては、法人擬制説では理事の代理権の問題が あるだけであるということになる。 3 行為能力の範囲 「目的の範囲」(34)の解釈による。取引安全の見地から、一般的には広く解する傾向にある。 第3節 四 不法行為能力 1 一般法人法 78 条の法的性格 法人 第2款 法人の能力/57 一般法人法 78 条は法人の不法行為能力について規定する。この規定の解釈は、34 条の法的性質 についての理解の違いから、以下のような影響が生じる。 ⑴ 権利能力・行為能力制限説 法人は活動する実体であり、理事を通じて法人自身が不法行為を行う。 ・ 一般法人法 78 条は法人の不法行為能力を規定したもの ・ 代表機関の不法行為は、法人の不法行為としての側面と理事個人の不法行為(709)とし ての側面を併せ持つ ⑵ 代表権制限説 法人は実体を持たないので不法行為をし得ない。 2 ・ あくまでも代表機関の不法行為について報償責任の観点から責任を負うにすぎない ・ 一般法人法 78 条は法人の不法行為能力とは関係ない ・ 理事(代表機関)の行った不法行為について法人にも責任を負わせたもの ・ この立場によると理事個人が責任(709)を負うのは当然である 成立要件 ① 法人の代表機関の行為であること ② 職務を行うについて他人に損害を与えたこと ③ 理事の行為が不法行為(709)の一般的成立要件を具備すること →具体的には、故意または過失に基づいて他人の権利を違法に侵害するものであること ⑴ 「代表理事その他の代表者」(一般法人法 78)の解釈(要件①について) ⒜ 「代表者」に含まれるもの 理事、仮理事、特別代理人、清算人。 ⒝ 「代表者」に含まれないもの 監事、社員総会(通説)、代表機関の選任した任意代理人(判例)、支配人(判例)。 →ただし、これらの者による不法行為の場合にも、法人が 715 条による使用者責任を負 うことはあり得る ⑵ 「職務を行うについて」の解釈(要件②について) <問題の所在> 一般法人法 78 条は、法人は、理事その他の代理人がその「職務を行うについて」他人に加 えた損害を賠償する責任を負うとしている。そこで、法人と被害者との間の損害の公平な分 担の観点から、法人にいかなる範囲で責任を負わせるべきか、「職務を行うについて」の解 釈と関連して問題になる。 58/第3編 私権の主体・客体 第1章 私権の主体 <考え方のすじ道> 理事の職務内容は、通常法人と理事との内部関係により決せられる ↓しかし かかる内部関係は法人の外部からは容易に知り得ないから、これを基準とすると相手方に不 測の損害を与えるおそれがある ↓そこで 法人と相手方の利益の調和の観点から、行為の外形上職務行為自体と認められるもの、およ び社会通念上これと関連するものも含むと考える(外形理論、判例) ↓ただし 損害の公平な分担の観点(不法行為責任の趣旨)からは、悪意・重過失ある相手方には保護 すべき利益が認められない ↓そこで 外形上職務行為に属する場合でも、相手方が職務行為外であることについて悪意または重過 失ある場合には一般法人法 78 条は適用されず、相手方は保護されないと考える <アドヴァンス> <法人の不法行為の法律構成> [法人の不法行為のまとめ] 範囲外 法人:責任なし 理事:709 条 外形上 職務の範囲内か 範囲内 法人:一般法人法 78 条 理事:709 条責任を負うか争いあり(*) * 一般法人法は、117 条1項で役員等の対第三者責任を規定し、 その規定は会社法 429 条1項に酷似するところ、会社法 429 条1 項の責任の法的性質及び不法行為責任との関係については争いが ある。 ◆ 大判大 9.10.5 等 判例は、715 条の場合と同様に、外形理論を採用している。すなわち、内部的には正当な職 務の範囲とはいえない場合であっても、行為の外形上代表機関の行為と認められる場合の他、 職務行為と社会通念上相当な牽連関係に立ち、法人の目的のためにされたと認められる行為 をも含むとする。ただし、理事の行為が外形上その職務行為に属する場合であっても、相手 方がその職務行為に属さないことを知っていたり、または知らないことについて重過失ある 場合は、法人は責任を負わないとしている。 第3節 3 法人 第2款 法人の能力/59 709 条による法人の不法行為責任 法人の不法行為責任は、一般不法行為責任に関する 709 条の適用によっても認められる。代表 者や被用者の不法行為を要件としないで、法人自身が不法行為をしたとすることができるのであ る(企業責任)。 4 ex.公害の責任、欠陥商品についての製造物責任。 理事の個人責任 一般法人法 78 条によって法人が不法行為責任を負う場合、直接行為をした理事も 709 条に従っ て責任を負う。両者の責任の関係は不真正連帯債務と解されている(通説)。 ∵ 法人の機関の職務を行うについてなされた不法行為は、法人自身の不法行為と解され る。しかし、機関の行為には①法人としての行為と、②機関としての行為との二面性が ある(法人実在説から)。 5 一般法人法 78 条と民法 715 条の関係 <一般法人法 78 条と民法 715 条の適用関係> 行為者 行 為 法人の責任 法人以外の者の責任 理事 職務を行うについて他人に損 害を与える行為 損害賠償責任 (一般法人法 78) 理事の 709 条の責任(両者の関係は 不真正連帯債務) 被用者 事業の執行について他人に損 害を加える行為 損害賠償責任 (715Ⅰ) 被用者の 709 条の責任(両者の関係 は不真正連帯債務) 60/第3編 私権の主体・客体 第3款 法人の機関 一 第1章 私権の主体 はじめに 法人の機関に関しては、特に法人の代表者たる理事の役割が重要である。本項目では特に法人の 理事の代表権の制限(一般法人法 77Ⅴ、84 等)と、これと関連して法人に関する取引の相手方の 保護が問題になるが、ここでは概略の指摘にとどめ、詳しくは発展編で扱う。 二 法人の代表理事の代表権の範囲 1 原則 法人の一切の事務について法人を代表する(一般法人法 77Ⅳ)。 2 例外 ① 定款による制限 →制限につき善意(過失は不問)の第三者は保護される(一般法人法 77Ⅴ) ② 利益相反行為(一般法人法 84) →違反すると無権代表となる→相手方は表見代表により保護される 三 法人に関する取引の相手方の保護 ⇒発展 第3節 四 1 法人 第3款 法人の機関/61 法人の各種機関 法人の機関 一般法人法によって、社団法人と財団法人の機関は、ほぼ同様の定めとなった。 ⑴ 社団法人の機関の組織は、三重である。まず、社員全員によって構成される社員総会が最高 の意思を決定する。その意思決定に基づいて、社員の受任者たる理事その他の機関が、業務を 執行する。そして、必須の機関ではないが、監事や会計監査人が、総社員のために執行機関の 業務執行を監督するのである。 ⑵ 財団法人においては評議員、評議員会、理事、理事会、監事が必須の機関である(一般法人 法 170)。代表理事が財団法人の業務を執行し、法人を代表する(一般法人法 197・77Ⅳ)。 2 社員総会 ⑴ 社団法人には、意思決定機関として社員総会が置かれる。 ⑵ 理事会が設置されていない社団法人においては、社員総会は、法人の組織、運営、管理その 他一切の事項について決議をすることができる(一般法人法 35Ⅰ)。これに対し、理事会が設 置されている場合、社員総会の決議は、法律に規定する事項及び定款で定めた事項に限られる (一般法人法 35Ⅱ)。 3 評議員会 ⑴ 財団法人には、評議員が3名以上置かれ、評議員会が意思決定機関となる。 ⑵ 評議員会は理事及び監事の解任権を有し(一般法人法 176Ⅰ)、理事・監事の職務執行を監督 する。評議員会の決議は、法律に規定する事項及び定款で定めた事項に限られる(一般法人法 178Ⅱ)。 4 監事 法人の監査機関として監事がある。法人には、定款、寄附行為または総会の決議をもって、1人 または数人の監事を置くことができる(一般法人法 60Ⅱ・61、170)。 社団法人においては、監事は原則として任意の機関である(理事会・会計監査人が設置される社 団法人においては必須)。これに対し、財団法人においては監事は必須機関である。 5 会計監査人 会計監査人は、大規模一般社団法人・大規模一般財団法人(いずれも負債額 200 億円以上)にお いては必須である。 会計監査人は株式会社における監査役に相当する機関であり、法人の計算書類及びその附属明細 書を監査する権限を有する。監査後、会計監査人は、会計監査報告を作成する。その他、会計監査 人は、①会計帳簿の閲覧・謄写をすること、②理事及び使用人に対し、会計に関する報告を求める ことができ(一般法人法 107、197)、③理事の職務の執行に関し不正の行為又は法令若しくは定 款に違反する重大な事実があることを発見したときは、遅滞なく、これを監事に報告しなければな らない(一般法人法 108、197)。 62/第3編 私権の主体・客体 第4款 権利能力なき社団 一 第1章 私権の主体 はじめに 社会に存在する団体がすべて法人格を有するわけではない。団体であって、その実体が社団であ るにもかかわらず法人格を持たないものを権利能力なき社団という。例えば、町内会、学友会、 学術団体、サークルなどである。このような権利能力なき社団は、法人格を得ていない理由に応 じて分類すれば以下の2種類が考えられる。 ① 法人格を取得しようとすれば可能なのに、面倒だとか官庁の監督を受けたくないといった理 由で、法人格を取得する手続を自らしていない団体。 ② 二 法人となるべく設立中の団体。 成立要件 ◆ 最判昭 39.10.15/百選Ⅰ〔9〕 ① 団体としての組織をそなえ、 ② 多数決の原則が行われ、 ③ 構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、 ④ その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理その他、団体としての主要な点が確 定していること。 三 権利能力なき社団の民法上の取扱い 1 はじめに 権利能力なき社団は、形式的には法人でない。しかし、実体面においては社団法人に類似してい る。そこで、その法律上の取扱いに当たっては、社団法人に関する民法等の規定をできるだけ類 推していくべきであるとされた。 ただ、近時は、それぞれの団体の特性に照らして、適切な効果を個別に認めていくべきとする見 解が有力である。 2 権利能力なき社団の内部関係 権利能力なき社団の内部関係、例えば社員の資格、社員総会の運営方法、代表方法等については、 当該社団の規則に定めがない場合には、原則として、法の社団法人に関する規定を類推適用すべ きである。 (理由) 内部的な事項に関する法の社団法人の規定は、法人格のいかんにかかわらず、社団としてあ るいは団体としての処理方法を規定したものと考えられる。 第3節 3 法人 第4款 権利能力なき社団/63 権利能力なき社団の権利・義務の帰属(対外関係) 社団自体は権利能力がない以上、権利義務の帰属主体たり得ない。したがって、形式的には法律 関係はすべて構成員に帰属するものと考えざるを得ない。 そこで、問題はそれがどのように帰属するかである。 * この点に関しては、①財産権の帰属、②不動産の公示方法、③債務と責任の帰属、④代表者 の個人責任、⑤強制執行、⑥権利能力なき社団の代表者が死亡または交代した場合の登記手続、 という6点について学説上争いがある。 ⑴ 財産権の帰属 <問題の所在> 権利能力なき社団の財産は、その社団の目的のために存在し利用されるものであり、実際 上は構成員の個人財産とは区別され、独立に管理運営されている。 しかし、権利能力なき社団は法人格を有しないことから、財産の帰属主体となることがで きないため、その財産が法形式上だれにどのように帰属するのか、その形式的帰属主体が問 題となる。 <考え方のすじ道> 権利能力なき社団は権利能力を有せず、社団そのものに財産が帰属すると考えることはで きないから、その財産は構成員全員に共同帰属すると解さざるを得ない ↓もっとも 経済的・実質的にみれば、その財産は社団自体に帰属しているのであるから、その実態を できる限り反映すべきである ↓そこで 権利能力なき社団の財産は、総構成員に総有的に帰属し、各構成員は潜在的持分すら有し ないものと解する <アドヴァンス> ⒜ 総有説(判例、多数説) 権利能力なき社団の財産は、社団を構成する総社員に総有的に帰属する。よって、構成員 は潜在的持分すら有しないことになるから、持分の処分や分割請求をすることはできない。 (理由) ① 権利能力なき社団は権利能力を有しない以上、社団財産が社団自体に帰属するとする ことはできない。 ② 権利能力なき社団は各構成員の目的や利益を超越した単一性の強い団体であることか らすれば、社団財産の社員への分属を認めることはできない。 64/第3編 ⒝ 私権の主体・客体 第1章 私権の主体 単独所有説(鍛治、森泉) 権利能力なき社団の財産は、社団の単独所有である。 (理由) 民事訴訟法 29 条は、民法に代わる実体規定として権利能力なき社団に対して権利能力を 付与するものであるから、同条を通じて社団そのものに権利義務が帰属するのであれば、社 団財産もまた社団自体に帰属する。 ⒞ 分析論(星野) 「総有」、「合有」などの法律構成にとらわれることなく、具体的場面において権利能 力なき社団をめぐる種々の利益を比較考量して、当該団体に最もふさわしい解決が図られ るべきである。 (理由) 権利能力なき社団には目的や性格等において様々なものがあることからすれば、権利能力 なき社団一般についての財産所有形態を考慮する必要はない。 ◆ 最判昭 32.11.14 権利能力のない労働組合に対し、脱退組合員が財産の分割を請求した事案について、⒜ 説を採用し、請求を棄却した。 ⑵ 登記能力(不動産の公示方法) <問題の所在> ⑴でみたように、権利能力なき社団の財産は総構成員に総有的に帰属するとすれば、社団 の不動産についても、総構成員の共有名義で登記するのが原則である。しかし、これでは構 成員の変動があった場合の手続が煩雑であるし、構成員数の多い社団では実際上登記が不可 能となる。そこで、社団名義での登記や、社団代表者であることを示す肩書付きでの代表者 個人名義の登記を認めることはできないか。権利能力なき社団の登記能力が問題となる。 <考え方のすじ道> 登記官が形式的審査権しか有しないことから、登記申請人が権利能力なき社団たる実質を 備えているかどうかを審査できない ↓そうだとすれば 権利能力なき社団名義の登記を認めると、登記官はすべて申請どおり受理せざるを得なく なり、虚無人名義の登記の多発を許すことになる ↓ このような事態は、無効な登記の発生を防止し、不動産取引の安全を図ろうとする不動産 登記法の趣旨に反する ↓また 強制執行や滞納処分の潜脱手段とされるおそれもある ↓よって 権利能力なき社団名義の登記は認められないと解する 第3節 法人 第4款 権利能力なき社団/65 ↓また 代表者の肩書付きでの代表者個人名義の登記も、実質上社団を権利者とする登記を認めるこ とになるから、認められないと解する ↓もっとも 常に総構成員の共有名義での登記を要求するのはあまりにも現実的ではない ↓そこで 代表者が総構成員からの受託者としての地位において、個人名義で登記することは認められ ると解する <アドヴァンス> ⒜ 代表者個人名義説(判例、登記実務) 総構成員の共有名義の登記か代表者個人名義の登記のみが認められ、社団名義の登記や、 代表者の肩書付きの自然人名義の登記は認められない。 (理由) ① 不動産登記令は、権利能力なき社団に登記申請人(登記名義人)たる資格を認めていな い(不登令 3①②)。 ② 登記官には形式的審査権限しかなく、申請人が権利能力なき社団たる実質を備えている かどうかを審査できないから、虚無人名義の登記の発生を許すおそれがある。 ⒝ 社団名義説(星野、森泉) 権利能力なき社団名義の登記も認められる。 (理由) ① 権利能力なき社団が、民事訴訟法 29 条で当事者能力を認められ、所得税法 4 条等でも 法人に準じた扱いをされていることからすれば、その権利主体性の内容は実質的に承認さ れているといえる。 ② 構成員個人に対する債権者からの団体財産への執行を断ち切るために、また、団体に対 する債権者が団体財産である不動産に執行し得るためにも、団体名義の登記が許されるべ きである。 ⒞ 代表者肩書説(加藤、幾代) 代表者であることを示す肩書付きでの代表者の個人名義の登記を認めるべきである。 (理由) このような登記を認めることによって、社団財産と個人財産とを区別し得るし、また真実 の権利関係と公示を一致させることができる。 ◆ 最判昭 47.6.2 権利能力なき社団の資産は総構成員に総有的に帰属しているのであり、「社団の資産たる 不動産についても、社団はその権利主体となり得るものではなく、したがって、登記請求権 を有するものではないと解すべきである」として、⒜説を採用した。 66/第3編 ⑶ 私権の主体・客体 第1章 私権の主体 債務と責任の帰属 <問題の所在> 代表者が権利能力なき社団名義で取引を行った場合のように、実質的にみて社団自身が債 務を負ったと考えられる場合、その債務は法形式的にはだれにどのように帰属するか。また、 かかる債務について、社団自身の財産が引当てとなるのは当然であるが、そのほかに構成員 も責任を負うのだろうか。 権利能力なき社団の債務および責任の帰属が、財産の帰属と関連して問題となる。 <考え方のすじ道> 財産の帰属→総有説の論証 ↓このように 権利能力なき社団の財産が総構成員に総有的に帰属すると解する以上、社団債務について も同様に総構成員に総有的に帰属すると解すべきである ↓よって 社団債務については社団財産だけがその引当てとなり、構成員は規則に特に規定のない限 り、責任を負わないものと解する ↓なお このように解すると債権者の保護に欠けるとも思えるが、この点については、代表者を保 証人にするなどの方法によって事前に対処すれば足りるので不都合はない <アドヴァンス> ⒜ 総有説(判例、多数説) 権利能力なき社団の債務は総構成員に総有的に帰属する。そして、社団財産のみがその 引当てとなり、構成員は、規則に特別の規定がない限り、出資を限度とする有限責任を負 うにとどまる。 (理由) 社団財産の帰属について、総構成員に総有的に帰属すると解する以上、債務についても 同様に解すべきである。 ⒝ 単独所有説(森泉) 社団債務は社団自体に帰属する。そして、原則として社団財産のみがその引当てとなり、 定款等に責任を負う旨の特約がない限り、社員は個人的責任を負わない。 (理由) 社団財産が社団自体に帰属し、社員の個人財産と分別管理される独立の財産である以上、 社団の債務も社団財産をもって引当てとすべきである。 第3節 ⒞ 法人 第4款 権利能力なき社団/67 分析説 イ 営利・非営利で区別する見解(福地、星野) 権利能力なき社団をその目的により営利社団、非営利社団に分け、非営利社団が負担 した債務については構成員は有限責任を負うにとどまるが、営利社団が負担した債務に ついては構成員も責任を負う。 (理由) 非営利社団については、構成員は利益配分を受けないから構成員に無限責任を課すの は酷であるが、営利社団については、構成員は利益の配分を受けるのであるから損失の 危険を負担してもやむを得ない。 ロ 潜在的持分の有無で区別する見解(鍛治) 構成員が潜在的持分を有するかにより区別し、潜在的持分を有しない構成員のみが有 限責任を負う。 (理由) 無限責任の根拠を潜在的持分の有無に求めることが、利益の帰する所に責任も帰する という原則にもっとも適合的である。 ◆ 最判昭 48.10.9/百選Ⅰ〔10〕 「権利能力なき社団の代表者が社団の名においてした取引上の債務は、その社団の構成 員全員に、一個の義務として総有的に帰属するとともに、社団の総有財産だけがその責任 財産となり、構成員各自は、取引の相手方に対し、直接には個人的債務ないし責任を負わ ないと解するのが、相当である」として、⒜説を採用した。 ⑷ 代表者の個人責任 <問題の所在> 権利能力なき社団の債務について、原則として構成員は有限責任を負うにとどまるとす ると、債権者の利益を害するおそれがあるとも考えられる。そこで、一般の構成員は有限 責任を負うにとどまるとしても、権利能力なき社団のために行為をなした代表者について は個人的責任を負わせることができないかが問題となる。 <考え方のすじ道> 反対説:債権者保護の観点から、代表者に担保責任としての人的責任を負わせる ↓しかし 立法論としては理解できるが、そのような明文の規定のない我が民法の解釈論として は正当化が困難である ↓そもそも 権利能力なき社団の債務についても総構成員に総有的に帰属すると解すべきであるか ら、社団財産のみがその引当てとなり、代表者も個人責任を負わないと解する ↓ このように解しても、取引の相手方は代表者の個人責任まで通常予期しておらず、ま た、個人責任を負わせたいのであれば保証等によれば足りるので、不都合はない 68/第3編 私権の主体・客体 第1章 私権の主体 <アドヴァンス> ⒜ 否定説(多数説) 権利能力なき社団の債務については、社団財産のみが引当てとなり、代表者は個人責任 を負わない。 (理由) ① 法人の場合、組合の場合、単なる代理の場合との均衡を考えると、権利能力なき社団 の代表者に個人責任を負わせるのは負担が重すぎる。 ② 取引の相手方も、社団の取引につき代表者の個人責任を予期することは少ないし、個 人責任を予期するのであれば、保証などによれば足りる。 ⒝ 肯定説(森泉) 権利能力なき社団の債務については、第一次的には社団財産が引当てとなるが、社団財 産で支払えない場合には、第二次的に代表者が担保責任を負う。 (理由) 権利能力なき社団については、その組織内容、財産状況などを公示する登記・登録が設 けられていないことにかんがみ、債権者保護を図るべきである。 ⒞ 一部肯定説 イ 営利社団について代表者の責任を認める見解(福地) 権利能力なき社団を公益社団と営利社団とに分け、営利社団については代表者が補充 的な担保責任を負う。 (理由) 営利社団については、代表者が補充的な担保責任を負う特約があると解するのが信義 則に合致する。 ロ 営利を目的としない社団についてのみ代表者の責任を認める見解(星野) 権利能力なき社団のうち、営利を目的としない社団に関してのみ、代表者の無限責任 を認めるべきである。 (理由) 営利を目的としない社団の場合には、社員の責任が有限責任にとどまる(⑶の論点に おける ⒞ イ説参照)から、債権者保護のために代表者の責任を認める必要がある。 ◆ 東京高判昭 34.10.31 下級審ではあるが、特約がなければ代表者は相手方に対して直接個人的責任を負わない として、⒜説を採用した。 第3節 ⑸ ⒜ 法人 第4款 権利能力なき社団/69 権利能力なき社団の財産に対する強制執行 社団債権者が強制執行する場合 不動産について債権者が強制競売の申立てをするには、債務者と不動産の所有名義人が一 致することが必要。 →社団債権者が社団の不動産に対して強制執行しようとする場合において、当該不動産が 代表者の個人名義で登記されているときには、債権者は当該不動産が社団所有であるこ とを立証して、総構成員の共有名義の登記に改めた上で、社団に対する債務名義に基づ いて執行することになる ⒝ 代表者の債権者が社団の不動産に強制執行してきた場合 <問題の所在> 代表者の債権者Aが、代表者B名義で登記されている不動産に対して強制執行してきた 場合、社団甲は、差押えの無効を主張できるか。 <考え方のすじ道> 不動産の所有権は社団の構成員に総有的に帰属 ↓ 代表者は無権利者であり、登記に公信力はない以上、Aの差押えは原則として無効 ↓しかし 常に無効とすると、登記を信頼したAにとって酷である ↓ Aを保護する法律構成が問題 ↓そもそも 94 条2項の類推適用 ↓ 社団に帰責性があるかが問題 ↓あてはめ 不動産登記法は権利能力なき社団に登記申請人たる資格を認めておらず、権利能力なき社 団の登記名義は代表者の個人名義によるしかないのが現実である →社団はB名義の登記をせざるを得ない以上、帰責性はない ↓したがって 94 条2項は類推適用されず、甲は差押えの無効を主張できる 70/第3編 私権の主体・客体 第1章 私権の主体 <アドヴァンス> 代表者の債権者が代表名義で登記されている不動産に対して強制執行してきた場合、社 団が第三者異議の訴え(民事執行法 38)によってこれを覆すことができるかについては争 いがある。 イ 否定説(柚木、加藤) (理由) 社団代表者は団体財産の受託者として信託的にその財産関係の主体になっているので あり、実体上の権利と公示が全く一致していないわけではないから、社団はその所有権 を第三者に主張できない。 ロ 肯定説(星野、森泉) (理由) 権利能力なき社団は、登記実務によって社団名義ないし代表者肩書付きの登記を拒否 され、真実の権利関係と一致しない個人名義登記を余儀なくされているのであるから、 個人名義登記から生じる不利益を社団に帰せしめるのは酷である。 ⑹ 権利能力なき社団の代表者が死亡または交代した場合の登記手続 代表者個人名義で不動産の登記をしている場合において、代表者が死亡し、または代表者が 交代した場合に、いかなる登記手続をとるべきかについては争いがある。 ⒜ 信託的構成(判例) 代表者交替の場合には信託法の信託における受託者更迭の場合(信託法 56)に準じ、新代 表者が旧代表者に対して自己の個人名義に所有権移転登記手続の協力を求め得る。 ⒝ 委任的構成 代表者は委任による代理人として社団財産を管理するものであり、登記面において個人名 義で不動産を管理するのも、委任による代理人としてである。よって、受任者たる代表者が 死亡した場合には死亡によって委任関係が終了し、代表者が交替した場合には旧代表者につ き登記上その者の名義とすることの委任が終了するから、新たな受任者たる新代表者に、旧 代表者(ないし相続人)は登記を移転する義務がある。 4 権利能力なき社団の取引方法 代表機関は社団(総構成員)の名において、社団の代表者として法律行為をすることができる。 そして、代表機関が社団のためにその目的の範囲内で行った法律行為の効果は、実質的には社団 (総構成員)に帰属する。 第3節 5 法人 第4款 権利能力なき社団/71 不法行為による責任 権利能力なき社団の代表者が、職務を行うにつき不法行為を行った場合には、一般法人法 78 条 を準用して社団の不法行為責任を肯定するのが通説である。ただし、一般法人法 78 条の解釈に対 応して、準用を認める根拠の解釈が分かれている。 すなわち、一般法人法 78 条は法人の実在性に基づいて法人の不法行為能力を認めたものである とする見解によれば、権利能力なき社団も社会的に存在する実体である以上、同条の準用を認め るべきことになる。 また、一般法人法 78 条は法人の不法行為能力を認めたものではなく、他人の行為に基づく代位 責任を定めた政策的規定であるとする見解からは、権利能力なき社団についてもこのような政策 的配慮が妥当することから、同条の準用を認めるべきとする。 72/短答式過去問 短答式過去問を解いてみよう 1 1○ 最判昭 39.10.15 2 2× 最判昭 47.6.2 権利能力なき社団の成立要件は、団体としての組織を備え、多数決の 原理が行われ、構成員の変更にかかわらず団体そのものが存続し、その 組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要 な点が確定していることである。(司H20-4) 権利能力なき社団が取得した不動産については、権利能力なき社団名 義で所有権の登記をすることはできず、権利能力なき社団の代表者たる 肩書を付した代表者名義で所有権の登記をすることができるにすぎな い。(司H20-4) 第4節 複数主体 第1款 共同所有/73 第4節 複数主体 第1款 一 共同所有 はじめに 民法は単独所有を原則としている。しかし実際には我々が共同生活を営んでいる上で、共同で 物を所有することは少なくない。そこで、民法はこのような所有形態を「共有」として 249 条以 下に規定を置いている。ただ通常これは狭義の共有と呼ばれ、広義の共有には他に「合有」「総 有」という形態がある。 そこで「共有」と「合有」、「総有」の違いについて説明する。 1 共有 数人がそれぞれ共同所有の割合としての持分を有して一つの物を所有することを共有という。 →各共有者は、その持分につき処分の自由を有する →各共有者は、共有物につき持分に応じた分割請求の自由(256Ⅰ本文)を有する * 「持分」という言葉は二つの意味で使われる。一つは共有者各自が有する「持分権」という 所有権の意味である(252、255)。もう一つは、共有者の権利の割合である「持分の割合」の 意味である(249、250、253 等)。 2 合有 各共有者は、持分を潜在的には有するが、持分処分の自由が否定され(676Ⅰ)、また目的物の 分割請求の自由も否定される(676Ⅱ)共同所有を合有という。 ex.民法上の組合財産に対する組合員の共有(668)。 * 3 なお、判例は、この概念を用いない。 総有 各共同所有者は目的物に対して使用・収益権を有するのみで、管理権は慣習や取決めによる代 表者がこれを行使する形態の共同所有を総有という。 →総有では、共同所有者の持分が潜在的にも存せず、したがって持分の処分や分割請求が問題に ならない ex.入会権、権利能力なき社団(判例・通説)。 74/第3編 私権の主体・客体 4 第1章 私権の主体 共有の二大特徴 ① 持分権譲渡の自由(明文なし) ② 分割請求の自由(256Ⅰ本文) <共同所有の形態> 内容 各人の結合関係 種類 共 有 (249) 合 有 (668) 総 有 * ある目的物を共有 する限りで、偶然 的に関係するにす ぎず団体を形成し ない。(249) 共同目的達成のた め、団体的結合を 作っている。 (667:共同事業) 各人は団体に包摂 されるが、各人も 全面的に独立性を 失ったわけではな い。 管理権と収益権と の関係 管理権も収益権も (他の持分権によ る制約を受けると はいえ)各人に帰 属する。(252) 収益権は(団体的 制約を受けるとは いえ)各人に属す るが、管理権は団 体に属する。 (674・670) 収益権は各人に属 するが、管理権は 団体に属する。 持分権の譲渡と分割の請求 具体例 個々の目的物 について いずれも各人 の自由である (256) 財産全体につ いて 極めて制限さ れている。 (676・677) 結合の存する 限り持分権の 処分は制約さ れており、分 割請求もでき ない。676) 組合財産 (通説) (判例は合有概 念を認めない) できない。 (そもそも持分権を認められ ない) 入会権(通説) 権利能力なき社 団の財産関係 (判例・通説) 共同相続財産 (判例) 共有が個人的色彩が最も強く、総有が団体的色彩が最も強い 二 共有者の権利一般 1 共有持分の割合 各共有者の持分の割合は、共有が当事者の意思に基づいて発生する場合には、合意により決定 される。そのほか共有が法律上発生するときには、法律上持分が規定される(241 但、244、900) こともある。 持分の割合が明らかでないときは、持分の割合は等しいものと推定される(250)。 2 共有物についての債権 ⑴ 共有者の一人が共有物について他の共有者に対して有する債権は、債務者たる共有者の特定 承継人に対しても行うことができる(254)。 ここにいう「共有物について…有する債権」は、共有物の使用・収益・管理について共有者 間に生じた債権をさし、共有物購入にあたり他から融資を受けた債務等については共有者間で 生じた債権に含まれず、原則通り承継しないとする(大判大 8.12.11)。 ⑵ 共有者の一人が他の共有者に対して共有に関する債権を有するときは、分割に際して債務者 たる共有者に帰すべき共有物の部分をもってその弁済をなさしめることができる(259Ⅰ)。債 権者はこの弁済を受けるため、債務者に帰すべき共有物の部分を売却する必要があるときは、 その売却を請求することができる(259Ⅱ)。 第4節 三 共有の内部関係 1 共有持分 複数主体 第1款 共同所有/75 共有者がそれぞれ目的物に対して持っている権利を持分権という。持分権は量的に制限された 所有権である。イメージとしては、所有権というゴムボール数個を一つの物の枠に押し込んだも のである(共有の弾力性)。共有者の一人が持分権を放棄したり、相続人なくして死亡したため 持分権が消滅した場合には、ゴムボールの一つが破裂したかのように残りの共有者の持分が拡大 する(255)。 また、持分権の譲渡は自由である(明文の規定はない)→共有の二大特徴の一つ 2 目的物の利用 ⑴ 使用 各共有者は、共有物の全部につき、その持分に応じた使用をすることができる(249)。具体 的にどのように使うか(例えば、だれが先に使うのか)について、共有者で協議するのが通常 である。この協議は、目的物の管理に当たる。 ⑵ 変更→全員の同意が必要(251) 物理的処分(山林の伐採等) 法律的処分(物全部の売却と解除等) ⑶ 管理→持分の価格の過半数で決する(252 本文) 利用行為(物全部の賃貸と解除等) 改良行為(共有地の地ならし等) ⑷ 保存行為→各共有者が単独でできる(252 ただし書) 共有物の現状維持を図る行為(家屋の修繕等) <共有の内部関係> 概念 意義 保存行為 (252 ただし書) 共 有 物の現 状 を 維持す る行為 管理行為 (252 本文) 目 的 物の利 用改良行為 変更行為 (251) 共 有 物の性 質 も しくは 形 状 または そ の 両者を 変 更 するこ と ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 具体例 目的物の修繕 腐敗しなすい物の売却 共有物の侵害に対する妨害排除請求 不法占有者に対する返還請求 物全部の賃貸借契約の締結、取消・解除 →解除につき、544 条1項は適用されな い(判例) 共有地の地ならし 山林の伐採 土地の形状の変更 (ex.田を畑にする行為) ・ 物全部の処分、その契約の取消・解除 要件 各共有者が単独 で為しうる 持分の価額の過 半数で決める 共有者全員の同 意が必要 76/第3編 私権の主体・客体 3 第1章 私権の主体 共有物の引渡請求 ⑴ 共有持分の価格が過半数を超えるものであっても、共有物を単独で占有する他の共有者に対 して当然にはその明渡を請求することはできない(最判昭 41.5.19/百選Ⅰ〔74〕)。 ⑵ 少数持分権者は、多数持分権者から占有使用を承認された第三者に対し、自己の持分権に基 づき、共有物の明渡を請求できない(最判昭 57.6.17)。 ⑶ 共有者の一部の者が共有物を第三者に使用貸しした場合に、それを承認しなかった他の共有 者は、かかる第三者に当然にはその明渡を請求できない(最判昭 63.5.20)。 4 管理費用 ⑴ 共有物に関する管理の費用その他の負担は、持分の割合に応じて負担する(253Ⅰ)。 ⑵ 共有者のうち、この義務を 1 年以内に履行しない者があるときは、他の共有者は相当の償金 を支払ってその持分を取得できる(253Ⅱ)。 5 その他の共有者相互の関係 ⑴ 共有者間で持分権の存否、範囲について争いがあるときは、一方の共有者は、単独で相手方 に対して、持分権の確認の請求をすることができる(大判大 11.2.20)。 ⑵ 共有者の一人から他の数名の共有者がその持分を買い受けたときは、各自自己の買い受けた 持分の移転登記を請求しうる(大判大 11.7.10)。 ⑶ 共有者の一人が約定の方法に反する目的物の使用収益をしたり(大判大 8.9.27)、他の共有 者の使用収益を妨害したとき(大判大 11.2.20)は、他の共有者は単独でその差止を請求するこ とができる。 四 共有の対外関係 <共有の対外関係> 共有者の 1 人から請求でき るもの 共有者全員から請求する 必要のあるもの 共有物返還請求権 ○ × 妨害排除請求権 ○ × 共有物の不法行為に対する損害賠償請求権 (*1) ○ × 共有関係の主張 × ○ 持分権確認請求 ○ × 不法登記の抹消請求 ○(最判平 15.7.11/百選 Ⅰ〔75〕)等多数の判例 × 共有物全体についての時効中断 (*2) × ○ *1 自己の持分についてのみ行使できる(最判昭 41.3.3)。 *2 持分権に基づく時効の中断は、全共有者に及ばない。 第4節 五 1 複数主体 第1款 共同所有/77 共有物の分割 分割請求権 ⑴ 原則 各共有者はいつでも共有物の分割を請求することができる(256Ⅰ本文)。 ⑵ 法的性質 分割請求権は、各共有者に何らかの方法で具体的に分割を実現すべき法律関係について一方的 な意思表示によって発生させる形成権であり、消滅時効にかからない。 2 分割の制限 ⑴ 共有者は5年を超えない期間内で不分割の契約を締結することができる(256Ⅰ但)。不分割契 約は更新することができるが、その期間は更新の時より5年を超えることができない(256Ⅱ)。 ⑵ 不分割特約は持分譲受人にも承継されるが、不動産についてはその登記がなければ承継人に 対抗できない。 3 分割の方法 ⑴ 協議による分割 ⒜ 分割の請求があるときには、共有者は分割について協議しなければならない(258Ⅰ)。 ⒝ 協議で分割する際の方法は自由とされている。 イ 現物分割: 共有物自体を分割 ロ 代金分割: 共有物を売却してその代金を分割 ハ 価格賠償による分割: 共有者の一人が単独所有権を取得し、他の者がその者から価格 の支払いを受ける場合 ⑵ 裁判による分割 原則として、現物分割だが、分割不可能又は著しく目的物の価格が減少するおそれがあるとき は、競売して代金を分ける(258Ⅱ)。 ⒜ 一部価額賠償 ◆ 最大判昭 62.4.22 現物分割すると、各共有者の取得物につき価額の点で多少の過不足を生じ、しかも共有 者全員が現物分割を希望し、客観的にも現物分割が好ましい事情がある場合には、右過不 足につき、他の共有者より価額の高い物を取得する者が超過価額につき金銭による支払い をするのと引換に、現物分割による所有権を取得できるとした。 78/第3編 私権の主体・客体 ⒝ 第1章 私権の主体 全面価額賠償 ◆ 最判平 8.10.31/百選Ⅰ〔76〕 事案: 裁判による共有物分割に於いて全面的価格賠償の方法によることができるかにつ き争われた事案。 判旨: 「共有物分割の申立てを受けた裁判所としては、現物分割をするに当たって、持 分の価格以上の現物を取得する共有者に当該超過分の対価を支払わせ、過不足の調 整をすることができる……のみならず、当該共有物の性質及び形状、共有関係の発 生原因、共有者の数及び持分の割合、共有物の利用状況及び分割された場合の経済 的価値、分割方法についての共有者の希望及びその合理性の有無等の事情を総合的 に考慮し、当該共有物を共有者のうちの特定の者に取得させるのが相当と認められ、 かつ、その価格が適正に評価され、当該共有物を取得する者に支払能力があって、 他の共有者にはその持分の価格を取得させることとしても共有者間の実質的公平を 害しないと認められる特段の事情が存するときは、共有物を共有者のうちの一人の 単独所有又は数人の共有とし、これらの者から他の共有者に対して持分の価格を賠 償させる方法、すなわち全面的価格賠償の方法による分割をすることも許されるも のというべきである。」 ◆ 最判平 11.4.22 共有にかかる土地及び借地権につき全面的価格賠償の方法により分割することが許され るとした。 * なお、本判決においては、全面的価格賠償の方法により共有物の分割を命ずる場合の 判決のあり方につき、以下の補足意見が述べられている。 「裁判所が判決により全面的価格賠償の方法による共有物分割を命ずる場合には、当 該共有物を取得する者にその対価たる価格の支払能力があることが不可欠の要件となる。 この判決は、一方当事者に判決確定と同時に共有物を単独で所有させる反面、他方当事 者には共有持分を失わせる対価として金銭債権を取得させるにとどまるから、その債権 の回収可能性について不安を残したのでは共有者間の実質的公平を損なうことになるか らである。……共有物分割訴訟の多くは共有不動産に係るものであり、全面的価格賠償 の方法による分割により現物の取得を希望する者が、取得する共有持分についての移転 登記手続又はその物の引渡し(以下「登記手続等」という。)を請求することが少なく ない。この場合、対価取得者から現物取得者への共有持分権の移転と現物取得者の対価 取得者への金銭支払義務の負担は、共有物分割によって発生し、相互に対価関係に立ち、 相牽連する関係にあるから、持分権移転に伴う登記手続等と金銭の支払とを関連的に履 行させることが公平に適うものということができ、この両者の間に双務契約におけるの と同様の同時履行関係を認めるのが相当である。 しかし、このように同時履行関係があるといっても、当事者が常に同時履行の抗弁を 主張するとは限らない。原告が全面的価格賠償の方法による分割を求めたのに対し、被 告が現物分割を求めて強く争っている場合に、被告から予備的にでも同時履行の抗弁が 提出されることを期待することには限界がある。このような場合においてもなお、現物 取得者の金銭債務の履行を確保する方策を講ずる必要があるからには、裁判所は、同時 履行の抗弁の有無にかかわらず、その裁量により、登記手続等につき金員支払との引換 給付を命じ得るとしなければならない。」 第4節 4 複数主体 第1款 共同所有/79 分割への参加 共有物につき権利を有する者及び各共有者の債権者は、自己の費用で分割に参加することがで きる(260Ⅰ)。ただ、これらの者に対し共有者は分割の通知をする必要はない。しかし、参加請 求があったのに、参加させないで分割したときは、分割の結果を請求者に対抗できない(260Ⅱ)。 5 分割の効果 ⑴ 分割により従前の共有関係が終了し、新たな所有関係が形成される。 ⑵ 各共有者は他の共有者が分割によって得た物につき売主と同じくその持分に応じて担保の責 任を負う(261)。 ⑶ 持分権上の担保物権 ⒜ 持分権者が共有物の一部又は全部を取得した場合 イ 全部取得の場合 担保物権の目的となっている範囲では持分権はそのまま存続し、担保物権はその持分の 上に存続する。 ロ 一部取得の場合 持分権者の取得した部分についても、他の者の受けた部分についても、それぞれ持分権 が消滅せずに存続し、それらの持分権の上に担保物権が存在する(大判昭 17.4.24)。 ∵ 抵当権がその部分に集中して存続すると考えると、現物分割の仕方いかんによって 抵当権者を害するおそれがあるから。 ⒝ 共有物が代金分割又は価格賠償により、第三者又は他の共有者に帰属し、持分権者が代金 又は価格を取得する場合 この点については、争いがあり、担保物権者はその持分権者が受ける代金または価格の上 に、物上代位の規定に従って権利を行使することができるが、それとともに、担保物権は他 人に帰属した持分権の上に存続すると解する説が有力である。 ⑷ 証書の保存 ⒜ 各分割者はその受けた物に関する証書を保存しなければならない(262Ⅰ)。 ⒝ 共有者一同又はその中の数人に分割した物に関する証書は、その物の最大部分を受けた者 がそれを保存しなければならない(262Ⅱ)。 ⒞ 最大部分を受けた者がないときは、分割者の協議によって証書の保存者を定め、もし協議 が調わないときは裁判所がその者を指定する(262Ⅲ)。 ⒟ 証書の保存者は、他の分割者の請求に応じてその証書を使用させなければならない(262 Ⅳ)。 80/第3編 私権の主体・客体 六 第1章 私権の主体 準共有 数人が共同して所有権以外の財産権を有する場合(264) →特定の権利(ex.地上権・永小作権・抵当権等の所有権以外の物権や賃借権等の債権、無体 財産権)について別段の定めがない限り共有の規定が準用される * 債権については、金銭債権等は多数当事者の債権に関する規定(427 以下)がまず適用される ので、準共有の規定が適用される余地は少ない。 第4節 第2款 複数主体 第2款 多数当事者の債権関係/81 多数当事者の債権関係 一 多数当事者の債権関係総説 1 はじめに 当事者が複数人存在する場合であって、権利の客体が物であれば共有であり、財産権であれば準 共有となる。それでは債権の場合はなんというか。これを多数当事者の債権関係という。実際上は 債権者・債務者が一人ではなく、一方または双方が複数存在する場合も当然に存在する。 そこで以下では、債権者・債務者が複数存在する場合の法律関係についての概略を示す。 2 債権者側が複数人の場合 連帯債権、不可分債権、分割債権がある。 ⑴ 連帯債権 連帯債権とは、複数の債権者が、それぞれ、債務者に対して全部または一部の履行を請求で き、1 人の債権者が弁済を受ければ、総債権者について債権が消滅する債権をいう。 実際の例はほとんどなく、民法にも規定はない。 連帯債権ではないか論じられるものとして、例えば、①債権が二重譲渡され、確定日付ある 通知が同時に到達した場合における各譲受人が有する債権、②賃貸人の転借人に対する賃料請 求権と転借人に対する賃料請求権との関係がある。 ⑵ 不可分債権 不可分債権とは、債権がその性質上、不可分であるときをいう。 不可分債権の場合、「各債権者はすべての債権者のために履行を請求し、債務者はすべての 債権者のために各債権者に対して履行をすることができる」(428)。 不可分債権となる場合として、性質上の不可分の場合と、当事者の意思表示による不可分の 場合とがある。 ⑶ 分割債権 ⇒「二 分割債権・債務」(p.83) 82/第3編 私権の主体・客体 3 第1章 私権の主体 債務者側が複数人の場合 連帯債務、不可分債務、分割債務、保証債務がある。 分割債務以外は担保としての機能が重要であるので、詳しくは後述し、ここでは概略のみ解説す る。 ⑴ ⇒ 民法Ⅱ 第 13 編 債権担保型契約 「第2章 人的担保型契約」(p.1021) 連帯債務 連帯債務とは、債務が性質上、可分である場合で、債務者が共同で債務を負ったとき、債権者 と債務者との間に連帯債務とする合意のあるとき、または法律の規定があるときをいう。また、 不可分の利益の償還または対価の支払いについては、その債務がその性質上可分であるときは連 帯債務とする。 ⑵ 不可分債務 不可分債務とは、債務がその性質上、不可分であるときをいう。例えば、①共同賃借人の賃借 物返還債務、②山林共有者の負う監守料の支払義務、③共同賃借人の賃料債務などをいう。 ⑶ 分割債務 ⑷ 保証債務 ⇒ 民法Ⅱ ⇒「二 分割債権・債務」(p.83) 第 13 編 債権担保型契約 「第2章 人的担保型契約」(p.1021) 第4節 二 1 複数主体 第2款 多数当事者の債権関係/83 分割債権・債務 はじめに ⑴ 意義 一つの債権・債務について相続等により複数の当事者が生じた場合、民法の原則は、分割可 能である限り債権も債務も頭割りで分割される、というものである(427)。これを分割債 権・債務という。これは、物の共同所有において民法が共有物分割による個人所有への解体を 促進する方向での制度設計をしていたのと同様、民法の基礎にある個人主義の現れということ ができる。 ⑵ 具体例 被相続人甲について共同相続が生じABCの三人が相続人となった場合、甲がDに対して負 っていた 100 万円の債務は、相続人ABCの間で相続分に従って分割される。 <分割債権債務-債務者死亡による共同相続人の債務> 甲 D 100 万 A 2 B C 分割債権・債務の成立(発生原因) 1個の可分給付につき複数の債権者または債務者がいる関係は、別段の意思表示、法律の定め (44Ⅱ、719Ⅰ等)、特段の慣習等がない限り分割債権・債務関係とされる(427:分割主義の原 則)。 ∵ * 民法の個人主義の見地から。 分割債務によるとすれば、各債務者の無資力に関するリスクは債権者が負担することになる ため、債権者にとって酷な結果になることが多い。それゆえ、近時の通説的見解は、427 条をな るべく制限的に解釈し、たとえ明示の意思表示がなくても、後述の不可分債務・連帯債務と認 定すべき場合があると主張している。 84/第3編 私権の主体・客体 3 第1章 私権の主体 分割債権・債務の効力 ⑴ 対外的効力 分割債権・債務が成立する場合には、分割されたそれぞれの債権・債務は相互に全く独立し たものとして取り扱われる。つまり、各債権者は自己の債権のみを単独で行使することができ るし、各債務者は自己の債務だけを弁済すればよいことになる。 →分割の割合は、別段の意思表示のないときは原則として平等である(427) ex.A・B・Cの三人がXに対して 300 万円の債権を有するときには(あるいは債務を負 うときには)、これが分割債務になると、A・B・Cのそれぞれが 100 万円ずつ請求で きる(あるいは債務を負う)。 <分割債権・分割債務の事例> A B C 100(万円) 100 100(万円) X X 100 ABCがそれぞれ 100 万円 の債権をXに対して有する ⑵ 100 100 A B C ABCがそれぞれ 100 万円の 債権をXに対して負担する 当事者の一人について生じた事由の他の者に対する効力 分割債権・債務関係では、債権者・債務者の一人について生じた事由はすべて相対効しか持 たない。 ex.上の例で、債権者XがAに対して 100 万円の債務の免除をしても、B・Cの 100 万円 の債務には何の影響も及ぼさない。 ⑶ 内部関係 427 条は、対外関係を規定したものであって、分割債権者または分割債務者相互の内部関係 を定めたものではない。ただ、別段の定めのない限り、内部関係においてもその割合は平等と 解される。他の債権者の分を受領したり他の債務者の分を支払うのは、委任(643)か事務管 理(697)、場合によっては不当利得(703・704)・不法行為(709)の問題になる(各分割額 について各人だけの債権または債務があるのと大差がない)。 第1節 第2章 私権の客体総説/85 私権の客体 第1節 私権の客体総説 一 はじめに 私権の客体とは、例えば、ある土地の所有権の場合にはその土地というように、私権の内容を 実現するために必要な対象をいう。 私権の客体は私権の種類によって異なる。物権については、権利の客体は原則として物すなわ ち有体物(85)である。特許権や著作権のような無体財産権については、権利の客体は精神的産 物、精神的創作である。人格権については、権利者自身が自己の人格権の客体である。解除権や 取消権のような形成権については、解除や取消しの対象となる法律関係が権利の客体となる。 分かりにくいのは債権の場合である。例えば、売買契約において売主が買主に対し目的物を引 き渡すよう請求する権利について考えてみると、この特定物引渡請求権という債権の客体はその 物(特定物)でないかともいえ、その限りでは物権と同じだといえそうだからである。しかし、 このような特定物引渡請求権の場合でも、その権利の客体は問題の特定物自体ではなくて、債務 者の引渡しという作為(給付)なのである。すなわち、債権の客体は債務者の給付であって、物 はせいぜいその給付の対象(給付物)でしかなく、その意味において物は債権の間接的な客体と いうことになる。 ところで民法は、私権の客体については一般的規定を置いていない。これは、上で列挙したと おり、権利の客体は多種多様であって、その通則を掲げることは技術的に困難だからである。た だ、民法は私権の客体の一部である「物」についてだけは特別の規定を設けている。前述のごと く「物」は直接的に物権の客体になるだけでなく、特定物の引渡を目的とする債権のように間接 的に他の権利にも関連を及ぼすほど重要な意味を持っているからである。 二 1 物の意義 意義 ⑴ 有体物:空間の一部を占めて有形的存在を有する物、すなわち、液体・気体・固体。 ex.土地、建物、宝石。 ⑵ 無体物:権利や自然物のように姿のないものを指す。 ex.物権・債権・著作権などの権利や、熱・光・電気などのエネルギー。 →熱・光・電気などのエネルギーが、法律概念上有体物か無体物かについては争いがある (⇒「3 物(有体物)概念の拡張」 p.86 参照) 86/第3編 私権の主体・客体 2 第2章 私権の客体 民法における物 広い意味での物には無体物も含まれるが、民法は、物を有体物に限定している(85)。 (趣旨) 物権・債権等の無体物をも物とするならば、物を客体とする物権は無体物の上にも成立する ことになり、その結果、債権の上の所有権とか、所有権の上の所有権をも承認せざるを得なく なって、奇妙な事態となるからである。 * かかる趣旨からすれば、85 条は所有権(物権)の客体適格を限定する意味しか持たない。 それゆえ、「物」に関する他の規定を必要に応じ無体物に関して類推適用することは、85 条 に反せず認められる。 ex.従たる権利 3 物(有体物)概念の拡張 有体物の定義について、上述の考え方(空間充填説という)では物概念が狭すぎ、今日の社会経 済的実情に適さないとして、有体物の定義を法律上排他的支配可能なものととらえ、電気・熱・ 光や倉庫内の在庫品全部というような集合物、あるいは企業そのものをも一個の物として、それ らの上に所有権の成立を認めるべきであるとする見解がある(排他的支配可能性説)。 しかし、上述のように、有体物以外のものについても、必要があれば、物に関する規定を類推適 用できるので、あえて物概念を拡張させる必要はないと思われる。 三 不動産と動産 <不動産と動産の区別> 土地 土中の岩石等 不動産 242 条ただし書の適用のない符合物 ex.石垣、敷石、沓脱石、庭石 ex.銅像、線路、一般の立木、種子 土地の定着物(86Ⅰ) 242 条ただし書の適用された定着物 立木法の立木 建物 動産 土地に付着した物 従物(87) 付加一体物 242 条ただし書の適用の余地のある付合物 付合 物 土地の構成部分 第1節 1 私権の客体総説/87 不動産 土地及びその定着物のことをいう(86)。 ⑴ 土地 地表を中心として、人の支配・利用の可能な範囲でその上下に及ぶ立体的存在をいう。 →地中の岩石・土砂は、土地の構成部分をなすものであって、土地と別個の物ではない * 一筆の土地(登記簿上一個の物とされている土地)の一部についての売却、取得時効は一物 一権主義に反せず、認められる。 ⑵ 土地の定着物 土地の定着物とは、土地に継続的に付着し物理的、社会的に容易に分離しにくい物をいう。 ⒜ 土地から独立しない定着物 土地から独立しない定着物は、取引通念上、土地の構成部分として取り扱われる。これらは、 土地を売り渡したとき、その所有権も移転する。 ex.樹木、取り外しの困難な庭石、石垣、沓脱石 ⒝ 土地から独立した定着物 建物は土地から独立した定着物であり、常に独立の不動産とされる。このことは、①建物登 記と土地登記を区別する不動産登記法の規定、②370 条本文、から導かれる。その結果、土地 を売り渡したときに地上の建物の所有権は移転しない。 イ 建築中の建物がどの段階から建物といえるか。この点判例は、屋根をふき荒壁をつけた 段階から建物といえるとしている(大判昭 10.10.1)。 ロ 建物が増築された場合に、増築部分が独立の建物になるか。この点判例は、物理的構造 からだけでなく、取引・利用上の観点からも判断すべきであり(最判昭 39.1.30)、増築部 分を除くと既設部分が経済上の独立性を失うときは、増築部分を独立の建物とすることは できないとする(最判昭 31.10.9)。 ⒞ 土地から独立させうる定着物 イ 立木は、建物のような独立の不動産ではないが、土地の定着物として不動産とされる。 これに対し、立木ニ関スル法律によって登記された立木(樹木の集団)は、土地とは別 個独立の不動産であり、土地と分離して立木を譲渡したり、抵当権を設定したりすること ができる。 ロ 未分離の果実は、原則として独立の物ではない(分離した時に独立の物となる)。 ただ、土地から独立させて取引することもできる。判例は、未分離の果実を独立の動産 に準じて取り扱っている。蜜柑・桑葉等は本来土地の定着物であるが、成熟すれば独立し て所有権の対象となり、明認方法によって所有権を第三者に対抗することができる。 2 動産 ⑴ 通常の動産 不動産以外の物(有体物)は、すべて動産とされる(86Ⅱ)。ただし、自動車など登録によ って法律上不動産と類似の扱いを受ける動産もある。 88/第3編 私権の主体・客体 ⑵ 第2章 私権の客体 特殊の動産 ⒜ 無記名債権(86Ⅲ) 権利者(債権者)を特定せず、証券の所持人をもって権利者とする債権をいう。 ex.商品券、入場券、乗車券。 →公示方法(178)、即時取得(192)の適用を受ける ⒝ 金銭 金銭は動産の一種であるが、通常物としての個性を有せず、交換価値そのものとして存在す るのであって、動産に適用される規定の多く(178、192 等)は金銭には適用されない。 もっとも、金銭が取引の手段として機能しない場合(ex.古銭の売買)や、不法行為(特 に刑法の領域)では、一つの動産としての取扱いを受ける。 ◆ 最判昭 39.1.24/百選Ⅰ〔77〕 「金銭の所有権者は、特段の事情のないかぎり、その占有者と一致すると解すべきであり、 また金銭を現実に支配して占有する者は、それをいかなる理由によって取得したか、またそ の占有を正当づける権利を有するか否かに拘わりなく、価値の帰属者即ち金銭の所有者とみ るべきものである。」 <金銭の特殊性~価値の返還請求権> ・通常の物として取り扱われる場合 動産一般としての取扱いを受ける ex. 封金として他人に寄託、すでに強制通用力を失った金銭 ・交換手段である価値の担い手として機能する場合 判例・通説:金銭の占有があるところに所有権がある →金銭所有者は、その占有を離脱した金銭を手中に有する他人に対し、個々の金 銭への物権的請求権の行使をなしえない。 金銭の価値量を給付目的とする不当利得返還請求をなしうるにとどまる →即時取得の規定も適用されない(善意・悪意が問題とならず、193・194 条の適用も ない) (理由) 金銭は交換価値以外の何者でもなく、高度の代替性ゆえにその個性は無視される。 よって、占有がある場合にのみ金銭を支配できる状態にあるといえる。 価値の割当を変更する旨の合意に基づかず、金銭の占有が移転した場合、原所有者の利益が害される ex. 盗んだ場合、遺失物を拾った場合、管理者の場合、消費貸借の場合、取消の場合 現物が盗取者の手元にある場合等、金銭が価値として流通されたのでない場合、所有権に基づく 返還請求を認める見解(好美) (理由) 現所有者の利益を保護しつつ、貨幣の流通性を害しない理論を構成する必要がある。 第1節 3 私権の客体総説/89 動産と不動産の区別の意味 <不動産と動産の相違> 動産 公示方法 登記(177) 引渡(178) 公信力 なし(通説) あり(192) 先取特権 特定不動産上に成立(325) 登記を要件とする(337、338、340) 特定動産上に成立(311) 占有を要件としない 質権 登記を対抗要件とする(177) 占有の継続を対抗要件とする(352) 抵当権 客体となる 原則:客体とならない 例外:自動車、航空機 用益物権 客体となる(265 等) 客体とならない 買戻 客体となる(579) 客体とならない 国庫に帰属(239Ⅱ) 占有者が所有権取得(239Ⅰ) その上に成立する権利 不動産 無主物 四 1 元物と果実 元物 元物とは、果実を産出する物をいう。 2 果実 果実とは、物より生ずる経済的収益たる物をいう。 3 天然果実 ⑴ 意義(88Ⅰ) 「物の用法に従い収取する産出物」すなわち、元物から直接産出される経済的利益を、天然 果実と呼ぶ。 ⒜ 有機的産出物 ex.植物の果実、動物の仔、牛の乳、羊毛、畑の野菜、地中から出てきた竹。 ⒝ 有機的産出物でなくても、元物が直ちに消耗せず、継続的に収取されて、経済上元物の収 益と認められる収穫物 ex.鉱区から採掘される鉱物、計画的に森林から輪伐される材木。 ⑵ 帰属(89Ⅰ) 「収取する権利を有する者」の範囲は、物権法・債権法の規定のほか、当事者の意思による。 90/第3編 私権の主体・客体 第2章 私権の客体 <天然果実の収益権者①> 収取権者 善意占有者(189Ⅰ) 所有権者(206) 地上権者(265) 永小作権者(270) 不動産質権者(356) 特定物の引渡前の売主(575) 使用借人(594) 賃借人(601) 受遺者(992)(※1) 収取権のない者 地役権者 抵当権者(371)(※2) 受任者 受寄者 事務管理者 ※1 遺言者が別段の意思を表示した場合は不可 ※2 被担保債権について不履行があったときは、その後に生じた抵当不動産の果実に抵当権の効 力が及ぶ <天然果実の収益権者②> 4 備考 条文 留置権者 目的物を使用・収益できるわけではない。ただ、債権の弁済に充 当するために、果実を収受することができる 297 動産質権者 同上 350 買戻の買主 別段の意思表示がない限り、不動産の果実と代金の利息は相殺し たものとみなされる 579 ただし書 親権者 親権者が負担した養育費・財産管理費用と、子の財産の収益とは 相殺したものとみなされる 828 ただし書 法定果実 ⑴ 意義(88Ⅱ) 「物の使用の対価として受けるべき金銭その他の物」を法定果実という。 ex.不動産を利用させた場合の地代・家賃、貸ふとんの賃料。 ⑵ 帰属(89Ⅱ) 「これを収取する権利の存続期間に応じて、日割計算によりこれを取得する」。法定果実の 収益権者が誰であるかは、契約や法律の規定によって決まる。 * 使用利益 元物そのものの利用による利益(ex.居住の利益)を使用利益という。果実の収益権・返 還義務に関する規定(89、189、190)はこれに類推すべきと解されている(大判大 14.1.20)。 五 その他の物の分類 ⇒発展 第2節 物権の客体/91 第2節 物権の客体 一 物権の客体の要件 所有権の客体となるには、以下の要件が必要とされる。 ① 「物」すなわち有体物であること(有体性、85) 85 条は、物権の客体を有体物に限定するための規定であるが、今日では、無体物の上にも所 有権を始めとする物権が成立することを認めざるを得ないため、85 条は物権の対象を限定する 意味を持っていない。既に民法の中でも権利の上に物権が成立する場合を規定している。 ex.転抵当権(376Ⅰ)、転質権(348)、権利質(362)、準占有権(205)等。 ② 排他的支配が可能であること(支配可能性) →月や星は、有体物であっても、物権の客体となり得る物ではない ◆ 最判昭 61.12.16/百選Ⅰ[第5版]〔11〕 海はそのままでは土地に当たらないとしつつも、国が一定範囲を区画し、排他的支配を可 能にした上で、公用を廃止し、私人の所有に帰属させた場合には、その区画部分は所有権の 客体たる土地に当たる、とした。 ③ 生きている人の身体でないこと(非人格性) →現代法では、人の身体に対して排他的支配は認められていない * ④ すでに分離された身体の一部(毛髪・歯など)は、「物」として物権の客体となり得る。 特定していること(特定性) ∵ 物が特定していなければ、何に対して直接的支配をし得るのかが分からない。 * 特定性具備の有無は、物理的状態のみならず、社会的・経済的な観点をも顧慮して決定さ れる。したがって、当初の客体が終始固定していなくても(1個の物の構成部分が変更して も)特定性は失われるわけではない。 ex.特定の株式会社の総財産を客体とする企業担保権(その総財産の構成要素は変動するに もかかわらず、総財産としては終始特定しており、それについて担保権が存続する) →同様のことは、集合物譲渡担保についてもいえる ⑤ 独立しており、物の一部ではないこと(独立性、単一性) 二 一物一権主義 1 意義 一つの物権の客体は1個の物でなければならない。 * 一物一権主義は、物権の排他性を示す「一つの物には一つの物権」という意味で用いられ ることもあるので、注意が必要である。 92/第3編 私権の主体・客体 2 3 第2章 私権の客体 内容 ① 1個の物の一部には独立の物権は存在し得ない(独立性)。 ② 数個の物に対して一つの物権は存在し得ない(単一性)。 趣旨 ① 物の一部や物の集団の上に1個の物権を認める社会的必要性がない。 ② 物の一部や物の集団の上に物権が成立していることを示す公示方法がないのに、これを認め ると権利関係が複雑となり取引の迅速・安全を害することになる。 4 例外 社会的必要性があり公示方法があれば、一物一権主義の趣旨に反しない ↓そこで 例外的に、⑴ ⑵ ⑴ 物の一部に物権を設定できる(独立性の例外) 集合物に1個の物権を設定できる(単一性の例外) 独立性の例外 ⒜ 1筆の土地の一部 <1筆の土地の一部に対する権利関係> 分筆前の土地 分筆後の土地 分筆する B A所有 A AがBに土地の一部を譲渡した場合、AB間で所有権が移転する(大判大 13.10.7/百選Ⅰ 〔11〕)。また、Aの土地の一部について、Bは時効取得し得る。 (理由) ① Bの所有権を認める社会的必要性がある。 ② AB間(当事者間)では取引安全を考慮して公示を備える必要がない。 * Bがこの所有権を第三者に主張(対抗)したいときは、分筆した上で登記すればよい。 第2節 ⒝ 物権の客体/93 土地に生立する樹木 イ 立木法に基づく登記により公示された立木は、独立の不動産とみなされる。 ロ 立木法によらない立木の場合 原則として、立木は土地の一部であり独立の物権の客体とはならないが、土地から独立し て取引の対象とし得る場合もある。 (理由) これを認める社会的必要性があり、明認方法という公示方法もある。 ⒞ 未分離の果実・桑葉・稲立毛 原則として土地の一部であるが、立木と同様、分離前に独立に取引の対象とし得る。 ⑵ 単一性の例外 ⒜ 各種の財団抵当法・企業担保法 企業を構成する数個の物を一体として1個の担保権の目的とするもの。 ⒝ 在庫商品などの集合物に設定された譲渡担保権 以下の要件を満たす場合には、集合物の上に単一の物権を認めることができる。 ◆ ① 集合物が個々の構成物とは異なる独自の利益を有すること。 ② 物権に関する特定性の要件を満たしていること。 ③ 物権に関する公示の原則に適合していること。 集合動産の譲渡担保(最判昭 62.11.10) 「構成部分の変動する集合動産であっても、その種類、所在場所及び量的範囲を指定するな どの方法によって目的物の範囲が特定される場合には、1個の集合物として譲渡担保の目的と することができるものと解すべきである。」 5 原則・例外の整理 <一物一権主義の例外> 独立性の例外 ① ② ③ ④ ① ② 単一性の例外 一筆の土地の一部につき、所有権の成立は可能。時効取得も可 地役権は承役地の一部に設定可(282Ⅱただし書) 立木法によらない立木 未分離の果実・桑葉・稲立毛 抵当権の効力は従物にも及ぶ 立木法上の「立木」(樹木の集団)は不動産とみなされ、一括して所有権お び抵当権の目的となりうる(立木法2Ⅱ) ③ 集合動産の譲渡担保 ④ 各種の財団抵当法・企業担保法 94/第3編 私権の主体・客体 第2章 私権の客体 <一物一権主義の原則と例外> 原則 例外 土地 土地登記簿上「一筆」の土地とし て登記されたものが1個の所有権 の客体とされる ① ② ③ 一筆の土地の一部を時効取得できる 一筆の土地の一部にも物権が成立する 282 条2項ただし書 建物 土地とは別個独立の不動産であ り、一棟の建物が1個の所有権の 客体となる 一定の要件の下で、一棟の建物の一部分を独立の所有 権(区分所有権)の客体とすることが認められている (建物区分1) 立木等 土地の一部であって独立の所有権 の客体とならない 取引上の必要がある場合、立木だけを別個独立不動産 として所有権譲渡・抵当権設定の目的とすることがで きる 集合物 集合物を構成する個々の物の上に 格別の所有権が成立し、集合物が 全体として1個の物権の客体にな ることはない ① 企業を構成する多数の財産の集合体や企業体それ 自体の上に1個の担保物権を成立させることを認め る(工場抵当法、企業担保法) ② 種類・所在場所・量的範囲を限定することで、目 的物の範囲が特定される場合には1個の集合物とし て譲渡担保の目的とすることができる 第3節 債権の客体 債権とは、特定の人が他の特定の人に対し、特定の行為を請求できる権利である。これが債権の定 義である。 債権は債務者に対する権利であるから、債権の内容を実現するかどうかは債務者の自由な意思に委 ねられる。つまり、債権の内容は、債務者の行為、債務者の作為・不作為をいう。この債務者の作 為・不作為を給付という。 近代法は、人を権利の主体と位置づけ、権利の客体となることを否定した。したがって、債権の客 体は法的主体たる人と分離した作為・不作為それ自体をいう。これを「与える債務」「なす債務・作 為債務」「なさない債務・不作為債務」という。現行民法では、雇用契約・請負契約・委任契約など である。 債権法改正試案では、役務提供契約という新たな典型契約を定めている。現代社会においては、実 務専門家が行う法務サービス業・コンサルタント業などや、医師・弁護士・公認会計士などが行う士 業活動など、「役務提供契約」がますます増加・拡大している。 第4編 権利移転型契約1:売買 第4編 第1章 第1章 売買契約の成立から効力発生まで、及び効力の概観/95 権利移転型契約1:売買 売買契約の成立から効力発生まで、及び効力の 概観 ・ はじめに 売買とは、当事者の一方(売主)が相手方(買主)に財産権を移転する義務を負い、買主が売主 にその代金を支払う義務を負う契約である。すなわち、売主の「財産権を移転する義務」と買主の 「代金を支払う義務」とが、対立する債務となり、双務契約・有償契約という。これは、売買の定 義である。具体的に売買契約を検討する場合は以下のようになる。 Aが、Bファースト・フード店でハンバーガーを買う場合、契約が有効に成立し、効力を発生す るためには、①成立要件、②有効要件、③効果帰属要件、④効力発生要件という4つの要件が必要 である。要件を分けて検討することにより、細部にわたる問題点を整理して説明することができる。 はじめに、本章でこれらを簡単に説明してから、次章以降で各要件について具体的に説明していく。 1 契約の成立要件 売主と買主との間で財産的価値のある何物かを売買することで意見が一致している、その外観・ 外形が存在すればよいという条件である。 →契約が成立すらしていないならば、有効要件以下の要件を考えることは無意味である 2 契約の有効要件 次に検討する要件である。成立した契約が有効か否か、という問題である。 →この有効要件は、さらに二つに分けることができる ①客観的有効要件:契約の内容に着目した要件である。「客観」というが、契約の中身をいう言 葉である。 ②主観的有効要件:契約当事者の主観的事情に着目した要件である。「主観」というが、契約を した主体に属している要素をいう。年齢とか意思表示の中身を問題とする。 3 契約の効果帰属要件 契約は本人ではなく他人にやってもらうことがある。物を買う場合、友人に頼むことや従業員に 買わせるなど、本人以外の人が行う場合が多い。その場合、他人が購入しても、その効果は本人に 帰属するのである。そうでなければ、他人に頼んだ意味がない。この場合、友人や従業員を代理人 とか代表者などという。 96/第4編 権利移転型契約1:売買 4 第1章 売買契約の成立から効力発生まで、及び効力の概観 契約の効力発生要件 物を買ったとしても、それは来月1日に郵送するとか、代金の支払は2週間後に支払うとかいう ことは多い。このように契約の効力が具体的に発生する期日を遅らせる特約を期限とか条件とかい う。この期限が到来してはじめて請求できるのである。その意味で、契約の効力発生要件を別に考 える意味がある。 <契約の成立から効力発生までのプロセス―代理の例―> 契約の成立要件 ①対立する意思表示の客観的合致 不充足 ②対立する意思表示の主観的合致 ③顕名(代理行為特有の成立要件) 充足 契約不成立。以後の 契約の有効要件 要件の検討必要なし 客観的有効要件 ①契約内容が確定可能であること ②契約内容が実現可能であること ③契約内容が適法であること ④契約内容が社会的妥当性を有すること 不充足 主観的有効要件 ①代理人(表意者)が意思無能力ではないこと 無効または取消し ②代理人の意思と表示に不一致がないこと ③代理人の意思決定過程に瑕疵がないこと * ②③につき、本人の意思が問題となる場合 に注意(101Ⅱ)。 * 代理人の行為能力は不要(102)。 充足 契約の効果帰属要件 ①本人の権利能力 ②代理権の存在 不充足 充足 効力発生要件(条件や期限が付いているときのみ検討) ①条件 イ 停止条件の成就 ロ 解除条件の不成就の確定 ②期限の到来 充足 契約の効力発生 効果不帰属 第1節 第2章 相対立する意思表示の合致/97 売買契約の成立要件 第1節 相対立する意思表示の合致 一 意思表示 1 意義 意思表示とは法律用語である。分かりやすくいえば、未来のことについて表意者が希望すること、 あるいは望むことを発言することをいう。法律的に表現すると、「一定の法律効果に向けられた意 思の外部への表明」をいう。つまり、本を買いたいと思ったときに、定員に向かって「この本を売 ってください」というその発言を意思表示という。 2 意思表示の過程 このような意思表示は、次のような過程を経てなされる。 ① 一定の法律行為を行おうとする動機が存在する ex.このパンはおいしそうだから食べたい ↓ ② 具体的に法律効果を意欲する意思(内心的効果意思)が形成される ex.このパンを買おうと思う ↓ ③ その意思を相手方に伝えようとする意思(表示意思)が形成される ex.このパンをくださいと言おうと思う ↓ ④ 効果意思が実際に表示される(表示行為) ex.このパンをくださいと言う →表示行為によって外部から推断される効果意思を表示上の効果意思という <意思表示の過程> (買主側) 動機 このパンを 食べたい (売主側) 内心的効果意思 「このパンを買おう」 と心の中で思う 表示行為 表示意思 「このパンを 買いたい」と 言おうと思う 表示上の効果意思 「このパンを買いたいと 思っているな」と店の主人は思う 「このパンを 買いたい」と相手に言う (推測する) 98/第4編 権利移転型契約1:売買 3 第2章 売買契約の成立要件 意思表示の成立 意思表示は、従来、①内心的効果意思、②表示意思、③表示行為を要素とするとされていたが、 ①②をも要素とするこのような考え方に反対する見解もある。 ⑴ 効果意思 意思主義→内心的効果意思は意思表示の本体であり、内心的効果意思を欠けば意思表示は成 立しない 表示主義→表示上の効果意思があれば意思表示は成立する ⑵ 表示意思 表示意思については、意思表示の要素とせずに(成立要件とせずに)、効力の問題とする見 解が一般である。 ⑶ 表示行為 いずれの説も意思表示の要素としている。 二 法律行為 1 はじめに 法律行為を定義する前に、法律要件との関係を説明する。 2 法律要件と法律効果 法律は、一方が他方にある請求をすることができる。相手はしなければならないという関係、こ れを権利義務の関係という。つまり、他人にあることをせよと請求できる権利義務の体系を法律 関係という。そこで、このような権利義務が発生するのはどのような原因・根拠があるときなの かを要件とか条件とかいう。法律の場合なので、法律要件という。つまり、 権利・義務→一定の事実を原因として変動(発生・変更・消滅)する。 私法法規は、一定の事実(法律要件)があれば、一定の私権の変動(法律効果)が生じる、とい うかたちで存在する ↓すなわち 法律要件とは一定の権利変動が発生するための条件をいい、法律効果とは法律要件が充足された ときに与えられる効果をいう <私法法規の構造> 私法法規 法律要件 → 法律効果 (私権の変動) ex.売買契約という法律要件によって、①代金債権の発生、②所有権の移転、③引渡請求権の 発生、という法律効果が発生する。 第1節 3 相対立する意思表示の合致/99 権利変動の態様 法律行為とは意思表示を要素とする私法上の法律要件であり、法律要件とは一定の権利変動が発 生するための条件である。この権利変動、すなわち権利の発生・変更・消滅には次のような態様 がある。 <権利変動の態様> 1 ⑴ ⑵ 権利の発生(取得) 2 権利の変更 3 権利の消滅(喪失) ⑴ 絶対的消滅(喪失) 主体の変更 絶対的発生(取得) ⑵ 相対的消滅(喪失) 客体の変更 →原始取得 →権利の移転 ⒜ 数量的変更 ex. 先占、拾得、時効取得 ex. 所有内容の増減 相対的発生(取得) ⒝ 性質的変更 →承継取得 ex. 物の引渡債権 包括承継 ↓ 特定承継(*1) 損害賠償請求権 移転的取得 ⑶ 作用の変更 設定的(創設的)取得(*2) ex. 登記による対抗 ex.抵当権・地上権 力の取得 *1 包括承継・特定承継は、前主の権利を包括的に承継するか否かで区別する。例えば、相 続は、前主の権利を包括的に承継するので包括承継である。 *2 移転的取得・設定的(創設的)取得は、前主の権利をそのまま承継するか、内容の一部 を別個の権利として承継するかで区別する。抵当権・地上権は設定的(創設的)取得の例 である。 ⑴ ⑵ 100/第4編 権利移転型契約1:売買 三 法律事実 1 意義 第2章 売買契約の成立要件 法律要件を組成する個々の要素。 2 分類 <法律事実の分類> 容態(人の精神作用に基づく事実) 外部的容態(行為) 意思表示 意思実現 社会類型的行為 準法律行為* 違法行為(ex.債務不履行、不法行為) 内部的容態 観念的容態(ex.32Ⅰ、54、94Ⅱなどの「善意」) 意思的容態(ex.474Ⅱの「債務者の意思」) 事件(人の精神作用に基づかない事実) ex.人の生死、時の経過、果実の分離、添付 * 適法行為 準法律行為:直接に法律効果の発生を意欲する旨以外の精神作用の表示。 →主要なものとして、意思の通知と観念の通知が挙げられる ⑴ 意思の通知:一定の意思(意欲)の通知 →意思内容がその行為から生ずる法律効果以外のものに向けられている点で意思表示と異な る ex.制限行為能力者の相手方の催告(20)、無権代理行為の相手方の催告(114)、時効中 断事由としての催告(153)、弁済受領の拒絶(493 ただし書)、弁済受領の催告(493 ただし書)、契約解除のための催告(541)。 ⑵ 観念の通知:ある事実を通知すること。 ex.社員総会招集の通知(62)、代理権を与えた旨の表示(109)、時効中断事由としての 承認(147③)、債権譲渡の通知・承諾(467)。 <観念の通知・意思の通知および意思表示の分類> 事実 観念の通知 ex.B を代理人として選任した旨の表示、債務譲渡の通知 伝える中身が…… 自己の意思 意思がその行為から生じ る法律効果に向けられて いるか Yes 意思表示 No 意思の通知 ex.受領拒絶の 意思の通知 第1節 四 1 相対立する意思表示の合致/101 法律行為の分類 要素たる意思表示の態様による分類 ⑴ 単独行為:一人の1個の意思表示で成立する法律行為。 ⒜ 相手方のあるもの ex.解除(541 等)、債務の免除(519)。その解除の意思表示は相 手方に向かってするものであるから。 ⒝ 相手方のないもの ex.遺言(960 以下)。遺言は、自分の所有物についての所有権を放 棄することである。一見すると相続人に向かって遺言をするので、 相手方のある意思表示のように見えるがそうではない。 ⑵ 契約:対立する2個以上の意思表示が合致して成立する法律行為。 →法律行為の中で最も重要 ex.売買契約(555)、賃貸借契約(601)、消費貸借契約(587)。 ⑶ 合同行為:方向を同じくする2個以上の意思表示が合致して成立する法律行為。 ex.社団法人の設立。効果が契約と違うので合同行為という。一人の意思表示の瑕疵の取 消しに制限がある点で、契約と異なる。 ⑷ 決議:団体や団体の複数人からなる機関が、団体内部を規律するためにする意思の表明。 ex.社員総会の決議(一般法人 49)。 ⑸ 協約:当事者の一方または双方が多数の者または団体であって、当事者の合意がその多数の 者またはその団体の構成員に対して規範としての効力を認められるもの。 ex.労働協約。 <意思表示の結合の仕方による分類> 単独行為 …… 契 約 …… 合同行為 …… 決 議 …… 協 約 …… 102/第4編 権利移転型契約1:売買 2 第2章 売買契約の成立要件 発生する効果の種類による分類 ⑴ 債権行為:債権を発生させる法律行為。 ex.賃貸借契約(601) ⑵ 物権行為:物権の発生・変更・消滅を生じさせる法律行為。 ex.抵当権設定契約 ⑶ 準物権行為:物権以外の権利の終局的な発生・変更・消滅を生じさせる法律行為。 ex.債権譲渡(466)、債務免除(519) *1 売買(555)・贈与(549)などの契約は、債権行為と物権行為双方の側面を有する。 *2 債権行為は発生した債権が履行されて初めて法律行為の目的が達成されるのに対し、物 権行為と準物権行為は、履行の問題を残さない点で相違する。つまり、物権行為・準物権 行為は履行が完了することが成立要件・有効要件とされるのであり、履行が完了していな い時点では、物権行為・準物権行為はいまだ成立していないのである。この意味において、 「履行の問題を残さない」といわれるのである。このように履行の問題を残さない物権行 為と準物権行為とを併せて処分行為という。 <債権行為と処分行為の分類> 債権行為 法律行為 物権行為 処分行為 準物権行為 3 意思表示の形式による分類(要式行為と不要式行為) ⑴ 意義 要式行為:意思表示が一定の形式(書面の作成等)を要するもの。 不要式行為:意思表示が一定の形式(書面の作成等)を要しないもの。 ⑵ 原則と例外 ⒜ 原則 通常の法律行為は、不要式行為である(法律行為自由の原則)。 ⒝ 例外 意思表示を特に慎重・明確にする必要がある場合、例外的に一定の形式が要求され、形式に 反した法律行為は不成立または無効とされる。 ex.遺言(967)、保証契約(446Ⅱ)、婚姻(739)、養子縁組(799) 第1節 4 相対立する意思表示の合致/103 その他の分類 ⑴ 生前行為と死後行為 生前行為:死後行為以外の行為。 死後行為:行為者の死亡によって効力の発生するもの(ex.遺言、死因贈与)。 ⑵ 独立行為と補助行為 独立行為:独立の実質的な意義を持つ法律行為。 補助行為:独立の実質的な意義を持たない法律行為(ex.同意、許可)。 ⑶ 主たる行為と従たる行為 主たる行為:従たる行為の前提となる行為。 従たる行為:効力発生のため他の法律行為または法律関係の存在を必要とする行為。 ex.夫婦財産契約(婚姻の成立を前提)、質権設定契約・保証契約(債権または貸借契約 の存在を前提) ⑷ 有因行為と無因行為 有因行為:給付行為が原因と不可分なもの。 無因行為:給付行為が原因と可分なもの(ex. 手形行為)。 ⑸ 有償行為と無償行為 有償行為:財産の出捐を目的とする行為のうち対価のあるもの。 ex.売買(559 参照)、交換、賃貸借、雇用、請負。 無償行為:財産の出捐を目的とする行為のうち対価のないもの。 ex.贈与、使用貸借 。 ⑹ 財産行為と身分行為 財産行為:法律行為によって変動せしめられる法律関係が財産関係である行為。 身分行為:法律行為によって変動せしめられる法律関係が身分関係である行為。 * 民法総則編の法律行為に関する規定は、財産行為を前提としており、身分行為には当然に は適用がないとされる。 104/第4編 権利移転型契約1:売買 五 第2章 売買契約の成立要件 契約の成立 契約は、原則として、申込みの意思表示と承諾の意思表示が合致することによって成立する。一 般的には次のように説明される。 1 いかなる点で合致すればよいか ⑴ 客観的合致 契約の客観的な内容における合致→給付内容に着目 ex.何をいくらで買うかということ。 ⑵ 主観的合致 相手方と契約を成立させようとしているとみられること→契約の主体に着目 ex.甲と乙が互いに相手方と契約を締結しようとしていること。 2 どの程度合致すればよいか 内心において合致していなくても外形において合致していれば足りる(表示主義、通説)。 債権法改正の基本方針~契約の成立 【3.1.1.07】(契約を成立させる合意) <1>契約は、当事者の意思およびその契約の性質に照らして定められるべき事項について合意がなされたこ とにより成立する。 <2>前項の規定にもかかわらず、当事者の意思により、契約を成立させる合意が別途必要とされる場合、契 約はその合意がされたときに成立する。 《コメント》 <1>は、各当事者がそれぞれの意思およびその契約の性質に照らして、定められるべき事項について 両当事者が合意をすれば、その合意は契約を成立させる終局的な合意であるという原則を示したものであ る。 <2>は、<1>のような合意とは別に、例えば後ほど正式な書面に契約書を作成するとか、取締役会 決議を必要とするなどの場合を想定した規定である。 3 不合致と錯誤 ①契約が成立しているか(成立要件の問題) →外形的一致があれば足りる(表示主義) ↓ ②その契約の客観的意味の確定(契約の解釈の問題、すなわち、契約内容の確定の問題) ↓ ③確定された内容と真意との間に不一致があれば錯誤として処理(主観的有効要件の問題) →契約が成立したかということと、成立した契約が有効かということは、別の問題であり、契 約が成立して初めて有効要件の問題となる * 今日は、できるだけ契約の成立要件を緩く解釈して契約の成立を広く認め、両当事者の不 一致は、客観的・主観的有効要件のレベルでの解釈で処理する方向にある。内心の不一致を 理由に契約の成立を否定した判例(大判昭 19.6.28/百選Ⅰ〔18〕)もあるが、疑問視する者 が多い。 第1節 六 1 相対立する意思表示の合致/105 申込みと承諾 意義 ⑴ 申込み:相手方の承諾があれば、契約を成立させることを目的とする確定的な意思表示 ⑵ 承諾:特定の申込みに対して、これに同意することにより契約を成立させる確定的な意思表 示 * 相手方がOKと答えても契約が成立したとするのは尚早であって、契約を成立させるには 適当でないような意思表示は、申込みに当たらず、申込みの誘引(誘因)という。 申込みか、申込みの誘引かは、相手方のOKという意思表示によって直ちに契約が成立し たと解するのが妥当か否かによって判断される。 債権法改正の基本方針~申込みと承諾 【3.1.1.12】(申込み) <1>申込みは、その承諾により契約を成立させる意思表示である。 <2>申込みは、それにより契約の内容を確定しえないときは、その効力を生じない。 【3.1.1.21】(承諾) 承諾は、申込みに同意して、契約を成立させる意思表示である。 2 意思表示の効力発生時期 契約が成立するためには、契約の申込みと承諾という 2 個の意思表示の効力が有効に発生してい る必要がある。かかる相手方のある意思表示について、民法は、相手方の了知と効力発生の関係 について規定を設けている。 <意思表示の到達プロセス> 表白 発信 到達 了知 相手方のある意思表示は、①表白(表意者が外部に表すこと。ex.書面の作成)、②発信、③ 到達(相手方が了知し得べき状態となること、ex.相手の家に書面が配達された)、④了知 (相手方がその意味を知ること)、というプロセスを経て相手方の下に届く。 ⑴ ・ 到達主義(原則): 到達によりはじめて意思表示の効力が生じる(97Ⅰ) 到達主義の適用要件 イ 「隔地者」: 意思表示が発信されてから相手方に了知されるまでに取引上問題とされ る程の時間の経過を要する場合 ↓では 対話者間の場合(ex. 電話による場合)はどうか →隔地者の場合に準じ、到達主義でよい(通説) 106/第4編 権利移転型契約1:売買 ロ 第2章 売買契約の成立要件 「到達」:一般取引上の通念により相手方の了知しうるようにその勢力範囲に入ること。 →相手方が了知することは不要(判例) ex.・郵便が郵便受けに投入された場合 ・本人の住所で同居の親族・内縁の妻が受領した場合 ・会社の事務室で会社の代表取締役のたまたま遊びに来ていた娘に交付した場合 ・たまたま一日二日留守であっても、帰ってくるのが通常であれば、配達された 郵便物を内縁の妻が本人の不在を理由に受領を拒んでも、到達となる ・本人の不在を理由に家人が受領を拒絶し翌日配達された場合、配達の日が到達と なる ・内容証明郵便が受取人不在のまま受取人が受領しないまま留置期間を経過して 差出人に還付されても、諸般の事情から、遅くとも留置期間満了時点で受け取 り任意到達したものと認められる ハ ⑵ ⒜ 受領能力 ⇒「3 発信主義(例外): 意思表示の受領能力」(p.107) 意思表示を発信した時に効力が生じる。 契約の承諾の意思表示(526) ∵ 迅速を尊ぶ取引において、承諾者が直ちに履行に着手しうるようにするため。 買主 A 発信 <契約の承諾の意思表示の効力発生時期> 申込み 売主 B 到達←申込みの意思表示の効力が生ずる(97Ⅰ) 承諾 到達 発信←承諾の意思表示の効力が生ずる ∥ 契約成立(526Ⅰ) * ただし、内田先生は、今日①意思表示が到達しないリスクは極めて小さいこと、②通信 技術の普及により発信と到達の時間的間隔が問題とならなくなっていることを理由に、申 込み者保護のため「到達主義に改めるべき」とされる(内田・Ⅰ・43 頁)。 * 電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律は、インターネット 等の電子的な方法を用いて承諾の通知を発する場合には、瞬時に意思表示が到達するため、 その契約成立時期を、承諾の通知が到達した時点へと変更している(到達主義への転換。 電子消費者契約法4)。 また、インターネット等を用いた電子取引において、消費者の操作ミスに基づくトラブル が急増しているが、操作ミスのため消費者に重過失が認められ、錯誤に基づく契約の無効 (民 95)を主張できないことが多かった。そこで、同法3条は、電子消費者契約に関して は、事業者が操作ミスを防止するための措置を講じていない場合には、たとえ消費者に重過 失があったとしても、操作ミスにより行った意図しない契約を無効とすることができるよう にした(民法 95 条の特例措置)。 第1節 相対立する意思表示の合致/107 債権法改正の基本方針~契約の成立時期 【3.1.1.22】(隔地者間の契約の成立時期) <1> 隔地者間の契約は、承諾が申込者に到達した時に成立する。 <2><3> 略 ⒝ 制限行為能力者の相手方がした催告への制限行為能力者側の確答(20) ∵ ⒞ 株主総会の通知 ∵ ⑶ 到達主義だと制限行為能力者側に不測の結果を生じさせるおそれがある。 多数の株主のうち1人でも到達しなければ全部が無効になるのでは総会が開けない。 到達主義の結果(発信主義との比較) <到達主義と発信主義の比較> 到達主義 不着・延着の場合 任意の撤回 ⑷ 3 発信主義(特に契約の承諾) 不着・延着は表意者に不利でない …承諾が不着でも契約成立する 不着・延着は表意者に不利 …不着なら意思表示は効力不発生 延着なら遅れて効力発生 到着前なら任意撤回できる 発信すれば任意に撤回できない (発信者に不利) 97 条1項は、意思の通知・観念の通知にも類推適用される。 意思表示の受領能力 ⑴ 意義 意思表示の内容を理解しうる能力。 到達があったといえるには、了知しうべき状態の成立が必要であり、したがって、意思表示 の受領者に了知しうるだけの能力(=受領能力)が必要である(98 の2)。 ⑵ 受領能力の有無 <受領能力の有無> 受領能力 *1 未成年者 × 成年被後見人 × 被保佐人 ○ 被補助人 ○ 受領無能力者(未成年、成年被後見人)側から到達を主張することはできる(98 の2本 文)。 *2 表意者は受領無能力者に対して、到達すなわち意思表示の効力発生を主張しえない。し かし、受領無能力者の法定代理人が到達を知ったときは、その時から制限行為能力者に対 して到達を主張できる(98 の2ただし書)。 108/第4編 権利移転型契約1:売買 *3 第2章 売買契約の成立要件 未成年者が行為能力を認められる場合、受領能力も肯定される(我妻)。受領能力は、 他人の意思表示を理解するための能力であり、行為能力よりも能力の程度が低くてよいか らである。 4 申込みから承諾まで 七 特殊の契約成立の態様 ⇒発展 ⇒発展 第1節 八 手付 1 意義 相対立する意思表示の合致/109 契約締結の際に、当事者の一方から相手方に交付される金銭その他の有価物。 →本体たる契約(ex.売買)とは別個の従たる契約であり、要物契約である 2 種類 ⑴ 証約手付:契約が成立したことを示す効力を持つもの。 →手付であれば、すべてこの性質を持つ ⑵ 違約手付:契約上の債務を履行しない場合に没収されるもの。 →更に2種類に区別される ⒜ 損害賠償額の予定としての手付 当事者の一方が契約上の債務を履行しない場合に、損害賠償として、手付を交付した者 (買主)はそれを没収され、手付を収受した者(売主)はその倍額を償還する旨を定めるも の。 ⒝ 違約罰としての手付 債務不履行の場合に当然没収され、債務不履行による損害賠償は、これとは無関係に請求 される。 * ⑶ 通常、違約手付といった場合は、420 条3項の趣旨から、⒜の意味と解される。 解約手付:両当事者が解除権を留保し、それを行使した場合の損害賠償額となるもの。 →手付の金額だけの損失を覚悟すれば(買主が手付を放棄するか、売主が手付金額の倍額を 買主に返すかすれば)、債務不履行がなくても解除できる →手付は、特約なき限り、解約手付と推定される(557Ⅰ) 3 手付契約の解釈 ⑴ 黙って手付を交付した場合 →証約手付+解約手付である(557Ⅰ) ⑵ 損害賠償額の予定として交付した場合 <問題の所在> 違約手付としての手付を交付した場合、その手付は証約手付かつ違約手付の性質に加えて、 解約手付の性質も有するか、すなわち、違約手付の約定がある場合、その約定は 557 条 1 項 を排除するか。契約の拘束力を強める違約手付と契約の拘束力を弱める解約手付とでは、矛 盾するようにも思えるため問題となる。 110/第4編 権利移転型契約1:売買 第2章 売買契約の成立要件 <考え方のすじ道> 反対説:違約手付の約定がある場合、その約定は 557 条1項を排除する ↓この見解は 違約手付は契約の拘束力を強固にするためのものであり、契約の拘束力を弱める解約手付 とは全く性質を異にすることを根拠とする ↓しかし 債務不履行をして解除された場合に損害賠償額として手付額を払って済むならば、履行の 着手前に自ら解除して手付額で済ませることも当然に認められるはずである ↓そもそも 我が国では一般に解約手付の慣行があり、違約手付の約定がされた場合に解約手付の性質 を有するとしても当事者の通常の意思に反しない ↓したがって 違約手付として手付を交付した場合にも 557 条1項の適用があり、かかる手付は特約がな い限り違約手付と解約手付の性質とを併有する <アドヴァンス> ⒜ 併存肯定説(判例、通説) 特に解約手付を排除する旨の意思表示がない限り、557 条1項が適用される。 (理由) ① 解約手付は軽率な取引者を手付損のみで救済する機能を有しているから、同条項の適 用範囲を制限すべきではない。 ② 損害賠償額の予定としたのは、債務不履行時にも手付損のみで清算する意思であるか ら、更に手付損による契約解除の意思を推定しても当事者の意思には反しない。 ⒝ 併存否定説(広中) 解約手付と違約手付の併存は認められず、557 条1項の適用は排除すべきである。 (理由) 違約手付は契約の拘束力を強固にするためのものであり、契約の拘束力を弱める解約手 付とは全く性質を異にするから、両者を併存させることは矛盾である。 ⒞ 区別説 イ 違約罰の場合 債務不履行の場合、相手方は手付を没収するとともに、現実に被った損害額について は別に請求するものであるから、手付が違約罰の趣旨で交付された場合には、当事者の 意思は契約の拘束力を事実上強める趣旨と考えられる。 したがって、かかる場合には解約手付たる性質は併有せず、557 条は適用されない。 第1節 ロ 相対立する意思表示の合致/111 損害賠償額の予定の場合 (イ) 債務不履行により通常認められる損害賠償額より手付額が多い場合には、当事者は 契約の拘束力を強める趣旨で手付を授受したと解され、解約手付たる性質を併有しない。 (ロ) 債務不履行により通常認められるであろう損害賠償額より手付額が少ない場合には、 解約手付たる性質を併有する。 ◆ 最判昭 24.10.4/百選Ⅱ〔47〕 違約手付と解約手付の併存を可能とした上で、契約書に違約金を支払うべき旨の約定が あるだけでは、557 条の適用を排除する意思表示があったといえないとし、⒜説を採った。 4 解約手付における解除の要件 「当事者の一方」が ② 「契約の履行に着手するまで」に ③ 手続的要件(解除の意思表示、手付の倍額の提供) ⑴ ① 「当事者の一方」の解釈(要件①について) <問題の所在> 解約手付による約定解約権に基づき売主が解除する場合、売主自身は契約の履行に着手し ていてもよいか、すなわち、「当事者の一方」とは、解除される側のみを指すか、解除する 側も含むのかが問題となる。 <考え方のすじ道> 557 条1項が履行に着手するまでしか解除権行使を認めないのは、その後の解除を認めれば、 履行に着手した者に損害を与えるおそれがあるからである ↓とすれば 履行に着手した者が、自ら手付額の損害を負担して解除することは、相手方が履行に着手 していない限り、何ら本条項の趣旨に反しない ↓よって 「当事者の一方」とは解除される側のみを指し、自ら履行に着手していても、相手方が履 行に着手するまでは解除権の行使が認められると解する <アドヴァンス> ⒜ 「当事者の一方」とは、解除される側のみを指すとする見解(判例、通説) →履行に着手した当事者からの解除は認められる (理由) ① 557 条1項は、相手方の解除によって、履行に着手した当事者が不測の損害を被るこ とを防止する趣旨である。 ② いまだ履行に着手していない当事者は、解除されても不測の損害を被るとはいえな いから、解約手付に基づく解除権の行使を甘受すべき立場にある。 112/第4編 権利移転型契約1:売買 ⒝ 第2章 売買契約の成立要件 「当事者の一方」には、解除する側も含むとする見解(末川) →履行に着手した当事者からの解除も認められない (理由) 当事者の一方が既に履行に着手したときは、解約手付による契約解除をされることは ないとの期待を相手方に抱かせることになるから、履行に着手した側が契約を解除でき るとすれば、相手方に不測の損害を被らせることになる。 ◆ 最大判昭 40.11.24/百選Ⅱ〔48〕 ⒜説に立ち、解約手付により解除をする当事者は、自ら履行に着手していても、相手方 が履行に着手していない以上、557 条1項による解除をし得ると解している。 ⑵ 「契約の履行に着手するまで」の解釈(要件②について) <問題の所在> 売主が履行の準備を始めた場合、買主は解除できなくなるか、「契約の履行に着手するま で」の意味が一義的に明らかでないので問題となる。 <考え方のすじ道> 「契約の履行に着手」すれば相手方が解除できなくなるのは、解除を認めれば履行に着手 した者に損害を与えるおそれがあるからである ↓とすれば 「契約の履行に着手」とは、解除をすることで履行に着手した者に損害を与えるおそれの ある場合をいい、単なる契約の履行の準備では足りないと解する ↓よって 「履行に着手」とは、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をし、また は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をすることをいうと解する <アドヴァンス> ◆ 最大判昭 40.11.24/百選Ⅱ〔48〕 「民法 557 条1項にいう履行の着手とは、債務の内容たる給付の実行に着手すること、 すなわち、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし又は履行の提供 をするために欠くことのできない前提行為をした場合を指す」とした。 第1節 ◆ 相対立する意思表示の合致/113 最判平 5.3.16/百選Ⅱ[第5版]〔48〕 事案: Y所有の土地・建物につきXとの間で売買契約が成立し、Xが手付を交付した。 その後、Yが手付の倍額を支払う旨の口頭の提供をした上で、契約を解除する旨の 意思表示をした。しかし、Xはそれ以前に土地の測量およびその費用負担、口頭の 提供による履行の催告をしており、これが「履行の着手」に当たるから解除はでき ないと主張して、本件土地の引渡しおよび移転登記を請求した事案(ただし、売買 代金の履行期は未到来であった)。 判旨: 「『履行ノ著手』に当たるか否かについては、当該行為の態様、債務の内容、履 行期が定められた趣旨・目的等諸般の事情を総合勘案して決すべきである。……約 定の履行期前において、他に特段の事情がないにもかかわらず、単に支払の用意あ りとして口頭の提供をし、相手方の反対債務の履行の催告をするのみで、金銭支払 債務の『履行ノ著手』ありとするのは、履行行為としての客観性に欠けるものとい うほかな」い、として履行の着手に該当しないとした。 * 着手の具体例 ⒜ 買主が履行期到来後売主に対ししばしば明渡を求め、この間明渡があればいつでも残 代金の支払いをなしうる準備があればよい(最判昭 30.12.26)。 ⒝ しばしば履行を求め、売主が移転登記に応ずればいつでも支払えるよう残代金の準備 をしていればよい(最判昭 33.6.5)。 ⒞ 借家人のいる家屋につき売主がしばしば借家人に明渡を求めたこと(最判昭 30.12.26)。 ⒟ 農地の売買において、売主・買主が連署の上許可申請書を知事宛に提供したときは、 履行に着手したものといえる(最判昭 43.6.21)。 ⒠ 売主は借家人らを立ち退かせた上で、土地建物を引き渡す約束の売買において、売主 は一、二度借家人に立ち退きを要求しただけで放置していた。買主は、その間、しばし ば仲介人に対して引渡を催告されたい旨を依頼したが、らちがあかないので、土地・建 物の引渡及び移転登記を求める本訴を提起するとともに、売主に残代金を提供して受領 を求めた事実があった場合は履行の着手があったものと認められる(最判昭 51.12.20)。 ⒡ まず売主が木材を伐採して貨車積場に搬出し、買主が貨車積ごとに代金を支払う契約 において、買主が代金を携帯してその場に赴き、人夫を雇い入れ、かつ貨車の手配をし て、その旨を売主に通知したとしても、履行の準備にすぎない(大判昭 8.7.5)。 * なお、この判例の結論については、履行の着手ありとすべきとの異論もある(我 妻・講義V2・263 頁参照)。 114/第4編 権利移転型契約1:売買 ⑶ 第2章 売買契約の成立要件 売主の解約手付による解除 手付の倍額の提供(要件③について) 手付を交付した者(買主)が解除するには解除の意思表示だけで足りるが、手付を受領した者 (売主)が解除するには手付金の倍額を提供することが必要である(大判大 3.12.8)。 ∵ 「その倍額を償還し」との文言に合致し、当事者の公平という点からも妥当であるから。 * 売主が手付の倍額を提供する場合、単に口頭により手付の倍額を償還する旨を告げその受 領を催告するのみでは足りず、現実の提供が必要となる(最判平 6.3.22)。 ∵ 5 ① 「倍額を償還して」との文言。 ② 買主が同条項により手付を放棄して契約の解除をする場合との均衡。 解約手付による解除の効果 ① 契約は遡及的に消滅する。 →ただし、履行に着手する前であるから、原状回復請求権(545Ⅰ)は生じない ② 損害賠償請求権は生じない(557Ⅱ)。 →ただし、債務不履行により解除された場合には、手付が損害賠償額の予定の意味でない限 り、手付の額と無関係に債務不履行に基づく損害賠償を請求できる(この場合、手付を交 付した者は不当利得として手付金の返還を請求できる) * なお、契約が解除されずに履行された場合には、手付を交付した者は手付の返還を請求で きるが、代金の一部に充当されることが普通である。 第2節 契約内容の確定/115 第2節 契約内容の確定 ・ 法律行為の解釈 1 意義 法律行為の解釈とは、法律行為の内容を確定・補充することを意味する。すなわち、法律行為の 客観的有効要件の第一の要件である内容の確定性に関するものである。 法律行為は、当事者の意思を一定の言語に表現したものであり、一義的に明らかでない場合もあ り、裁判所がその内容を明らかにするためには解釈が必要となる。 もっとも、法律行為といっても種々のものがあり、その性質により解釈の仕方も異なるといえる。 以下では、契約の解釈を念頭において説明する。 2 契約の解釈の手順 契約の解釈の手順は、通常、次のように行われているものと考えられている。 ⑴ 当事者が定めている事項の解釈 当事者が意図したことを探究して解釈する。 →意思主義:表意者の内心の意味を探究する 表示主義:表示された言葉の客観的意図を探究する ↓ 当事者が表示に与えた意味が食い違う場合、裁判所はいかに解すべきか →両当事者を含む社会における慣習・取引慣行(当事者の知・不知は問わない)や、条理・信 義則により解釈する ⑵ 当事者が定めていない事項の解釈 両当事者を含む社会における慣習・取引慣行→任意規定→条理・信義則により補充する。 債権法改正の基本方針~契約の解釈に関する準則の明文化 【3.1.1.40】(本来的解釈) 契約は、当事者の共通の意思に従って解釈されなければならない。 【3.1.1.41】(規範的解釈) 契約は、当事者の意思が異なるときは、当事者が当該事情のもとにおいて合理的に考えるならば理解したで あろう意味に従って解釈されなければならない。 【3.1.1.42】(補充的解釈) 【3.1.1.40】および【3.1.1.41】により、契約の内容を確定できない事項が残る場合において、当事者がそ のことを知っていれば合意したと考えられる内容が確定できるときには、それに従って解釈されなければなら ない。 【3.1.1.43】(条項使用者不利の原則) <1> 約款の解釈につき、【3.1.1.40】および【3.1.1.41】によってもなお、複数の解釈が可能なときは、 条項使用者に不利な解釈が採用される。 <2> 事業者が提示した消費者契約の条項につき、【3.1.1.40】および【3.1.1.41】によってもなお、複数 の解釈が可能なときは、事業者に不利な解釈が採用される。[ただし、個別の交渉を経て採用された条 項については、この限りではない。] 116/第4編 権利移転型契約1:売買 ◆ 第2章 売買契約の成立要件 大判大 10.6.2/百選Ⅰ〔19〕 意思解釈の資料となるべき事実上の慣習が存在する場合には、法律行為の当事者がその慣習 の存在を知りながら特に反対の意思を表示しないときは、これによる意思を有するものと推定 するのが相当である。したがって、その慣習による意思の存在を主張する者は、特にこれを立 証する必要はない。 ~考えてみよう!~ 約款規制 約款は便利なものです。しかし、約款を用いることで、一方当事者にすぎない企業側が契約の内容を一方的に 決めることになります。客は約款の内容をよく検討しないまま、包括的にこれを受容しているだけです。そこで、 約款の内容を規制し、消費者側にとって不当な条項の効力が及ばないようにしようということが考えられます。 判例は、不当な内容の契約条項の規制を一般的な枠組みを提示することなく、公序良俗・信義則などの一般条 項を適用するか、契約条項を「解釈する」形で行っています(隠れた内容規制)。また、消費者契約法が 2000 年 に制定され、不当条項については無効となるように整備されました(消費者契約法8、9)。 このように約款については、その効力を制約していこうという流れがありますので注意を要します。 第2節 3 契約内容の確定/117 主物と従物 ⑴ はじめに ⒜ 意義 イ 従物:独立の物でありながら、客観的・経済的には他の物(主物)に従属して、その効 用を助ける物。 ロ 主物:従物を附属させる対象となる物。 ex.母屋と物置、家屋と建具、刀と鞘。 ⒝ 制度趣旨 主物と従物の制度とは、経済的関係における物の主従的結合体を同一の法的運命に従わせ ようとする制度をいう。この制度の趣旨は、以下の2点にある。 すなわち、主物の経済的効用を助けている従物を主物の法律的運命に従わせることが、① 当事者の合理的意思に合致するし、②社会経済上も望ましいといえるのである。 ⑵ 従物の要件 ① 継続的に主物の効用を助けること。 ② 主物に付属すると認められる程度の場所的関係にあること。 ③ 主物と同一の所有者に属すること。 →他人の所有物でも従物といえるか(87 条の適用範囲)が問題になる ⇒「⑸ 他人の所 有物でも従物といえるか」(p.119) ④ 独立性を有すること。 ◆ 大判昭 5.12.18/百選Ⅰ[第5版]〔85〕 建物の内部と外部を遮断するのに役立っている建具などは建物の構成部分であり、それに至 らない障子・襖・畳等は従物であると判示した。 ⑶ 従物の取扱い ⒜ 原則:従物は主物の処分に従う(87Ⅱ)。 イ 処分は、譲渡(所有権の移転)や物権の設定のような物権的処分だけでなく、売買・賃 貸借のような債権的処分をも含む。 ロ 主物の対抗要件を具備すれば従物についても対抗力が生じる。 ∵ ハ ◆ 公示関係もまた、従物に及んでいると解されるから。 主物の上の抵当権の効力は従物にも及ぶ。 最判昭 44.3.28 主物たる不動産に対する抵当権の効力は従物たる動産に及び、その抵当権設定登記の対抗力 も従物についても生じると判示した。 ⒝ 例外:当事者の反対の意思表示により排斥することができる。 ∵ 87 条2項は任意規定であるから。 118/第4編 権利移転型契約1:売買 ⑷ 第2章 売買契約の成立要件 従たる権利 <問題の所在> Aが所有する土地の賃借人Bは、借地上に所有する建物をCに売却したが、この場合建物の 買主Cは土地賃借権をも取得するだろうか。 87 条は、有体物(85)たる従物に関する規定であるが、賃借権のような無体物にも類推適用 されるかが問題となる。 <借地人が所有する建物を売却した場合の借地権の移転> 地主 A 貸主 建物売却 B 所有 B 借主 C 借地権 <考え方のすじ道> 87 条2項の趣旨は、従物が主物と結合して経済的効果を高める関係にあることから、同一の 法律的運命に従わせて社会経済的利益を全うさせるということにある ↓そして 権利のような無体物であっても、その権利が他の物と結合して経済的効果を高める関係にあ る場合(従たる権利)には、同一の法律的運命に従わせることが社会経済的利益に合致する ↓よって 従たる権利については 87 条2項が類推適用され、主物の処分に従うものと解する ↓そして 建物所有には土地賃借権が不可欠であるから、土地賃借権は建物の従たる権利といえる →建物の買主Cは、87 条2項類推適用により土地賃借権をも取得する <アドヴァンス> ・ 肯定説(判例、通説) 87 条2項は、従たる権利についても準用される。 (理由) 87 条2項の趣旨は、従物を主物と同様の法律的運命に従わせることによって、社会経済 的利益を全うするという点にあるが、かかる趣旨は従たる権利の場合にも妥当する。 * この見解によれば、例えば借地上の建物を譲渡した場合には、特約がない限り譲受人 は借地権をも取得することになるが、このように取得した借地権を土地所有者に対抗で きるかどうかは別問題である。 第2節 ◆ 契約内容の確定/119 最判昭 40.5.4 借地上の建物に設定された抵当権が実行された事案について、抵当権の効力は敷地の賃借権 にも及び、賃借権は競落人に移転するとした。 * ◆ ただし、この判例は 87 条2項を類推適用すると明確に述べているわけではない。 大判大 10.11.15 元本債権について転付命令があった場合について、将来の利息債権も差押債権者に移転する ものとした。 ⑸ 他人の所有物でも従物といえるか(従物の要件③について)(内田・Ⅰ・356 頁、新版注釈⑵・ 635 頁) <問題の所在> 甲は自己所有の家屋を売却する契約を乙と締結したが、その家屋に備え付けられたクーラー は丙の所有物であった。この場合、乙はそのクーラーについても甲に対して引渡しを請求でき るか。 87 条1項は、従物の要件の一つとして、主物の所有者の所有に属することを要求しているが、 主物の所有者以外の者の所有物であっても、87 条2項を類推適用して主物の処分に従わせるこ とができないかが問題となる。 <考え方のすじ道> 87 条の趣旨は、従物が主物と結合して経済的効果を高める関係にある場合、同一の法律的運 命に従わせて社会経済的利益を全うする、という点にある ↓そして 他人の物であっても、主物の経済的効果を高めるという客観的関係は生じ得るのであるから、 第三者の権利を侵害しない範囲では、87 条の趣旨を拡張して従物関係を認めるべきである ↓よって 債権的効果の面では、他人の物であっても主物の処分に従うものと解する →乙は甲に対してクーラーの引渡しを請求できる ↓もっとも 従物については他人物売買となるから、その物についての物権変動は当然には生ぜず、物の所 有者が追認した場合や、即時取得の要件を満たした場合にのみ物権変動が生じることになる 120/第4編 権利移転型契約1:売買 第2章 売買契約の成立要件 <アドヴァンス> ⒜ 他人の物でも従物関係を認める見解(通説) 主物の所有者以外の者に属する物であっても、その所有者の権利を害さない範囲では 87 条 の趣旨を拡張し、従物関係を認める。 すなわち、主物について売買契約が締結された場合、その債権的効力は主物の所有者以外 に属する従物にも及び、買主は売主に対して引渡しを請求できる。しかし、従物についての 物権変動は当然には生ぜず、他人物売買となる。よって、従物の所有者が追認した場合や、 即時取得の要件を満たした場合に限って、従物についての物権変動が生じることになる。 (理由) 87 条の趣旨は、複数の物の間に経済的効用における結合がある場合に、両者を同一の 法律的運命に従わせて社会経済的利益を図る点にある。そして、物の経済的効用におけ る客観的結合は、所有者を異にする物の間にも成立するから、第三者の権利を害さない 範囲で従物関係を認めるべきである。 ⒝ 主物の所有者の所有に属することを要求する見解 所有者を異にする物の間に従物関係を認めることはできない。 (理由) 87 条は、社会経済上の立場からの規定ではなく、主物処分者の合理的意思解釈規定で あるから、主物と従物が同一所有者に属することは当然の要件である。 <従物の具体例> 主物 湯屋営業用建物 従物 判例 畳、建具、造作、湯屋営業道具、煙突 大連判大 8.3.15 納屋、便所、湯殿 大判大 7.7.10 料理店 庭に配置された石灯篭、五重塔 大判昭 15.4.16 宅地 石灯篭、取り外しのできる庭石 最判昭 44.3.28 母屋 第4編 権利移転型契約1:売買 第3章 ・ 第3章 売買契約の有効要件/121 売買契約の有効要件 はじめに 前章で契約の成立要件について説明したが、契約が成立したかということと、契約が有効かとい うことは別問題であり、契約が成立しても、必ずしも有効とは限らない。 では、成立した契約は、どのような要件を満たせば有効となるのだろうか。ここでは、契約の内 容に着目した客観的有効要件と、当事者の個別的な事情に着目した主観的有効要件に分けて分析 する。 ~考えてみよう!~ 契約の「成立要件」と「有効要件」 契約が 100%意味のあるものになるためには、実は、多くの要素(要件・条件)が必要とされます。このよ .... .... うな要素を整理するために使用される言葉が「成立要件」「有効要件」です。同じ意義を有する言葉として 「効果帰属要件」「効力発生要件」などもあります。 ところで、そもそもなぜこのような言葉を使う必要があるのでしょうか。 それはこれらの多くの要素を学習していくために、このような言葉を使用して段階的・体系的に学習してい くことが「思考経済」に資するからといえます。私達の歴史において「ニュートンの万有引力の法則」や「ア インシュタインの相対性理論」がいかに自然現象の効率的な把握=「思考経済」に貢献してきたかはご存知で しょう。社会科学においてもこの点は同様であり段階的・効率的な把握は「思考経済」に資するものといえる のです。 .... 一般的に契約の「成立要件」は「意思の合致」と定義されますが、その内容は具体的ではありません。ここ ではどのような「要素」が確定すれば「意思の合致」が存在するかを具体的に考えてみる必要があります。こ こでも上述した「思考経済」を生かした解釈をしてみましょう。 ここで「意思の合致」の中身を分析すると、契約当事者(主体)と契約内容(客体)のそれぞれが合致して いる必要があることは自明でしょう。主体である人(Aさん等)が一致しない場合には、ある人とある人との 約束(=契約)といえないことは明らかです。しかし、契約内容(客体)については「およそ何か」を売る、 貸す、作る等といった合意があれば意思の合致を認めることができるとされます。それだけでも約束として十 .... 分評価しうるわけです。以上がいわゆる契約の「成立要件」のレベルの話とされています。 .... そして、それ以上に契約内容を具体的に考える問題は全契約の「有効要件」の問題とされるのです。すなわ ち、契約内容が現在において確定しているのか(確定性)、実現するものなのか(実現可能性)、内容が適法 .... なものか(適法性)、社会的に妥当なものか(社会的妥当性)といった問題は「(契約の客観的)有効要件」 .... の問題として扱われる問題とされるのです。「契約の「成立要件」が問題となった判例はあまり存在しない」 といわれる事情はこのような事情に基づくからでしょう。 122/第4編 権利移転型契約1:売買 第3章 売買契約の有効要件 【契約の成立要件と有効要件】 契約の成立要件 申込 意思の合致 承諾 契約の有効要件 ① 確定性 ② 実現可能性 ③ 適法性 ④ 社会的妥当性 等 このような契約の「成立要件」「有効要件」を訴訟の観点から見ると、請求原因と抗弁という形に置き換 .... えられます。すなわち、契約の履行を望む者が「意思の合致」という契約の「成立要件」を主張立証してい . き(請求原因)、契約の成立を否定したい者が、意思の不完全性や契約内容が妥当でないこと等契約の「有 ... 効要件の不存在」を主張立証していくことになるわけです(抗弁)。 ここでは、XがYに甲土地を売った事例を素材に考えてみましょう。 まず、Xは請求原因として、YがXに対して甲土地を 1000 万円で売ってほしい旨の申込みの意思表示を し、Xがこれを承諾した事実を主張立証することになります。これに対して、Yは抗弁として、Yが申込み の意思表示をしたのは、甲土地のすぐ近くに新駅ができ、値段が上がると勘違いしたためで、契約は錯誤無 効だと主張立証することができます。 【訴訟上の観点からみた契約の成立要件と有効要件】 成 立 要 件 契約の効果発生を希望する者が、主張立証 (請求原因) 有 効 要 件 契約の効果不発生を争う者が、 その不存在を主張立証(抗弁) 第1節 客観的有効要件/123 第1節 客観的有効要件 一 はじめに 客観的有効要件は、契約の内容に着目した有効要件で、契約内容の①確定可能性、②実現可能性、 ③適法性、④社会的妥当性の四つを内容とする。このように、客観的有効要件をさらに細かく分 けて分析を進めていく手法を、科学では「要素還元主義」という。つまり、客観的有効要件を構 成している要素をさらに分析・細分化して解説を進めるからである。 →このうち、一つでも満たされないものがあると、契約は客観的有効要件を欠き無効となる 二 確定可能性 契約の内容が確定し得ること。 * 契約内容が不明瞭であるときには、契約の解釈という作業がされる。契約の解釈の際には、 前述のように当事者の意思、慣習、任意規定、条理の順に検討していく。しかし、いくら解 釈をしても契約の内容が確定できないときには、そのような契約には法的保護を与えること はできない。そこで、契約は無効となる。 ex.甲が乙に何かいいものを売るという契約。 三 実現可能性 1 有効要件性 契約内容の実現が契約成立時から不可能な場合(原始的不能)には、強制的に実現するすべが なく、法的保護が無意味なため、その契約は無効となるとするのが通説である(無効説)。 これに対して、契約成立後に不能となった場合(後発的不能)の扱いとの均衡から、原始的不 能の場合にも契約は有効とする見解が近時有力である。この見解によると、実現可能性は契約の 有効要件ではないことになる(有効説)。 ex.太陽まで連れて行く契約(物理的不能)。 給付が法律で禁止されている物を売る契約(法律上の不能)。 2 実現不可能な契約関係の処理 無効説によったとしても、契約が原始的に不能であっても、一定の場合には、信義則(1Ⅱ) の見地から、契約締結上の過失として契約責任を認めることができる。 これに対して、有効説によると、契約が原始的に不能であっても契約は有効であり、債務者に 責任があれば債務不履行となる。 124/第4編 権利移転型契約1:売買 四 適法性 1 強行法規に違反する契約 第3章 売買契約の有効要件 伝統的には、契約が内容の不当性を理由に無効となる場合として強行規定違反と公序良俗違反と があり、前者は 91 条(反対解釈)、後者は 90 条に根拠が求められた。この見解によると、法令 違反の契約が無効となるか否かは、当該法令が強行規定であるかどうかという点に集約される。 しかし、近時は、両者ともに 90 条を根拠に無効とする見解が有力である。この見解によると、 当該行為が公序良俗違反にあたるかどうかによって判断されることになる。 <伝統的見解> 強行規定違反=91 条違反として無効 内容が不当な契約 公序良俗違反=90 違反として無効 <近時の有力説> 公序良俗違反行為=90 条違反として無効 内容が不当な契約 それ以外の行為=有効 * 2 個別の法令に違反するか否かは、公序良俗違反を判断する際の一要素となるにすぎない 取締規定に違反する契約 行政上の考慮から一定の行為を禁止または制限し、その違反に対して刑罰や行政上の不利益を課 す規定を取締規定という。 この点、伝統的見解によると、取締規定には、強行規定(効力規定)であるものとそうでないも のとの2種類があり、当該法令が強行規定であるか否かによって無効か否かが決まることになる。 この見解によると、当該規定の趣旨によって、強行規定(効力規定)か否かを判断することになる。 これに対して、最近の有力説によると、取締規定に違反した行為が公序良俗に反するか否かによ って無効か否かが決まることになる。判断を公序良俗違反か否かに集約することによって、違反 が軽微であるか、当事者は違法であることを認識していたか、取引の安全は害されるか、取締規 定の目的は達せられるか、などの具体的事情を考慮した柔軟な判断が可能となる。 <伝統的見解> 単なる取締規定:違反しても無効とならない。 取締規定 強行規定(効力規定):違反すると私法上の契約の効力も無効となる(91)。 * 強行規定(効力規定)か否かは、規定の趣旨から判断する 第1節 客観的有効要件/125 <最近の有力説> 公序良俗違反行為:私法上も無効となる(90) 取締規定違反行為 その他の行為:私法上は無効とならない * 公序良俗違反か否かは、違反が軽微であるか、当事者は違法であることを認識していたか、 取引の安全は害されるか、取締規定の目的は達せられるか、などの具体的事情を考慮して柔軟 に判断される ◆ 最判昭 35.3.18/百選Ⅰ〔16〕 「同法(食品衛生法)は単なる取締法規にすぎないもの‥であるから、被告が食肉販売業の 許可を受けていないとしても、右法律により本件取引(売買契約)の効力が否定される理由は ない。」 ◆ 最判昭 39.1.23 食品衛生法で禁止されている有毒物質の混入したあられを販売した事案で、単に食品衛生法 に違反するだけでは無効とはならないが、本件では売買契約の両当事者が違法であることを知 りながらあえて一般大衆の購買ルートに乗せたという点をとらえて、その反社会性から公序良 俗違反で無効とした。 3 脱法行為 強行法規に直接には抵触せずに、他の手段を使うことによって、その禁じている内容を実質的に 達成しようとすること。 実質的な強行法規違反であり、原則として無効であるが、社会的・経済的必要性が高いという事 情があれば有効となる。 ex.譲渡担保 126/第4編 権利移転型契約1:売買 五 第3章 売買契約の有効要件 社会的妥当性 契約の内容が、社会的妥当性を欠く(公序良俗に反する)場合、たとえこれを直接禁止する規定 がなくても、このような契約は無効となる(90)。 1 公序良俗違反の行為の類型 ⑴ 人倫に反する行為(社会的公序違反行為) 基本的な倫理観念に反する行為は、人倫に反する行為として無効となる。 ⒜ 家族的秩序違反 ex.妾契約、母と子が同居しないとする父子間の契約 ◆ 最判昭 61.11.20/百選Ⅰ〔13〕 法律上の妻のいる男性が、法律婚が完全には破綻していないが妻と別居状態にある間に、 いわば半同棲中の不倫関係にある女性に対してなした遺産の3分の1の包括遺贈も、不倫 関係が遺言により濃密になったわけでもなく、相続人の生活を脅かすような遺贈でもない こと等の諸般の事情を考慮して、有効とした。 ⒝ 犯罪行為に関する行為 ex.犯罪の対価として金を与える契約 ⒞ 人格的利益を侵害する行為 ex.芸娼妓契約、共同絶交 ⑵ 経済・取引秩序に反する行為(経済的公序違反行為) 近時、不公正な取引や市場を不健全にする行為を念頭に、市場の秩序という意味での経済的 公序という概念を提唱する見解が有力である。この場合には、契約の一部無効や相対的無効な ど柔軟な救済が認められるべきとされる。 ⒜ 暴利行為 他人の窮状に乗じて、著しく高利の金銭消費貸借契約を結ぶ場合などがこれにあたる。 債権法改正の基本方針~公序良俗規定の具体化 【1.5.02】(公序良俗) <1> 略 <2> 当事者の困窮、従属もしくは抑圧状態、または思慮、経験もしくは知識の不足等を利用して、その 者の権利を害し、または不当な利益を取得することを内容とする法律行為は、無効とする。 ⒝ 著しく不公正な取引方法 霊感商法・原野商法など、契約内容のみならず、契約締結にいたる勧誘行為まで含めて、 全体として公序良俗に反すると評価がされる場合がある。 不公正な内容の契約条項を無効とする規定として、消費者契約法8条から 10 条がある。 ⑶ 憲法的価値・公共的政策に違反する行為 憲法や公法的規定によって定められた価値や政策をどのように私法の領域に実現するかとい う問題が、最近論じられている。 第1節 ⒜ 客観的有効要件/127 憲法的価値と抵触する行為 ex.男女で異なる定年退職年齢を定める就業規則は、不合理な差別として(憲 14 参照)、 公序良俗に反する(最判昭 56.3.24) ⒝ 取締規定違反 判例は、取締法規違反そのものを根拠として違反行為を無効とし(91 参照)、特段の事情 があって取締法規違反だけでは無効にできないような場合は、90 条を援用する。 これに対して、学説上は、私法上無効となるか否かは、取締規定違反か効力規定違反かで はなく、公序良俗違反(90)といえるか否かによって決すべきとする見解が有力である。 2 動機が不法な契約(動機の不法) <問題の所在> 契約内容自体には公序良俗違反はないが、その契約を締結するに至った動機に不法(公序良 俗違反)がある場合に、契約の効力に影響するか。 例えば、賭博資金に充てるために借金をした場合、契約自体は通常の金銭消費貸借契約であ るが、その動機が公序良俗に違反するものといえる。そこで、このような消費貸借契約が無効 となるかが問題となる。 <考え方のすじ道> 法律行為の動機に違法性があるにとどまる場合であっても、かかる行為により違法な結果が 生ずることを考えると、行為全体が反社会性を帯び、無効とすべきと思える ↓しかし 違法な動機は外部からは容易に知り得ないから、かかる法律行為を一般的に無効とすると、 取引の安全を害することになる ↓そこで 90 条の趣旨と取引安全の要請の調和から、不法な動機が明示または黙示に相手方に表示され た場合には、当該法律行為を無効とすべきである 128/第4編 権利移転型契約1:売買 第3章 売買契約の有効要件 <アドヴァンス> ⑴ 表示無効説(我妻) 動機が法律行為の内容として明示または黙示に表示された限りにおいて、当該法律行為を 無効とする。 ⑵ 相手方悪意・有過失無効説(川島) 動機は法律行為の効果意思そのものではないが、相手方が動機の不法を知りまたは知り得 べき場合には、当該法律行為は不法性を帯びる。 ⑶ 総合判断説(舟橋、幾代、四宮) 動機の違法性の程度、動機と法律行為の牽連性の程度、取引の安全等の総合判断により、 不法動機による法律行為が無効になるかを決すべきである。 ⑷ 相対的無効説(谷口) 不法な企図を実現するための法律行為は常に無効となるが、善意・無過失の相手方に対し ては無効を主張し得ない。 ◆ 大判昭 13.3.30/百選Ⅰ〔15〕 賭博後の弁済の資金のための貸金は、賭博のための資金としての貸金と同様に公序良俗違 反の法律行為であって、賭博の前であるか後であるかは、結論を左右しない。 ◆ 最判昭 29.8.31/百選Ⅱ[第5版]〔73〕 事案: 密輸資金の融資を甲から強く要請された乙がやむを得ず融資したという事情の下 で乙から甲に貸金返還請求がされた事案。 判旨: 本件請求は不法動機のために既に交付された金銭の返還請求であり、何ら不法目 的を実現せんとするものではないことを強調した上で、甲からの強い要請によって、 密輸による利益の分配も損失の分担もなく金銭を貸した乙の不法性は甲のそれと比 べて極めて微弱であるとして本件消費貸借契約に 90 条の適用はないとした。 * この判例は、両当事者が不法動機を認識している場合でも、種々の事情を総合して公序 良俗違反にならないとしたものである。 第1節 3 客観的有効要件/129 公序良俗違反の判断時期 ◆ 最判平 15.4.18/百選Ⅰ〔14〕 事案: X鉄鋼専門商社は、Y証券会社に対し、30 億円の資金を年8%の利回りで運用するこ との了承をえた。そして、A信託銀行との間で、昭和 60 年6月 14 日に、委託者兼受益者 をX、受託者をA信託銀行、株式等により資金運用することを内容とする特定金銭信託契 約(本件特金契約)が締結された。本件特金契約に関し、信託元本 30 億円に同日から 1990 年3月 25 日までの期間の本件特金契約の運用益を加えた額から投資顧問料および信 託報酬を控除した金額が 30 億円とこれに対する同期間内の年8%の割合による金員の合 計金額に満たない場合には、YがXに対し、その差額に相当する金員を支払う旨の損失保 証契約が締結された。さらに、期間延長に伴い、追加損失保証契約も締結された。 その後、バブルがはじける中で、Xは、Yに対し、主位的に損失保証契約および追加 損失保証契約の履行として 23 億円余の支払を求め、予備的にYによる利益保証約束によ る投資勧誘が不法行為にあたるとして 13 億円余の支払を求めて訴えを提起した。 判旨: 法律行為が公序に反することを目的とするものであるとして無効になるかどうかは、法 律行為がされた時点の公序に照らして判断すべきである。なぜなら、民事上の法律行為の 効力は、特別の規定がない限り、行為当時の法令に照らして判定すべきものであるが、こ の理は、公序が法律行為の後に変化した場合においても同様に考えるべきであり、法律行 為の後の経緯によって公序の内容が変化した場合であっても、行為時に有効であった法律 行為が無効になったり、無効であった法律行為が有効になったりすることは相当でないか らである。 そこで、本件損失保証契約についてこれを検討すると、本件損失保証契約が締結され たのは、昭和 60 年6月 14 日であるが、この当時において、既に、損失保証等が証券取 引秩序において許容されない反社会性の強い行為であるとの社会的認識が存在していた ものとみることは困難である。そうすると、本件損失保証契約が公序に反し無効である と解することはできない。 * もっとも、本件の主位的請求は、証券取引法 42 条の2第1項3号によって禁止されている 財産上の利益提供を求めているものであるとして、法律上、この主位的請求が許容される余 地はないとした。 130/第4編 権利移転型契約1:売買 第3章 売買契約の有効要件 第2節 主観的有効要件 第1款 主観的有効要件総説 一 はじめに 1 意義 主観的有効要件は、契約当事者の能力や意思という個人的要素に着目した有効要件である。これ は、次の二つに整理できる。 2 ① 契約当事者が一定の能力(権利能力・意思能力・行為能力)を備えていること。 ② 意思表示の過程に問題がないこと。 ①の場合 例えば、当事者が自然人である場合、意思能力と行為能力が必要である(権利能力は生きている 限り、当然に有する)。意思能力を欠くと、契約成立の要素である申込みや承諾の意思表示が無 効となり、契約は有効に成立しない。また、行為能力が制限されている場合には、意思表示は取 り消し得るものとなり、取消権が行使されると申込みや承諾がさかのぼって無効となる結果、契 約も効力を失うことになる。 3 ②の場合 意思表示の過程に問題があるケースとして、民法が規定しているのは、心裡留保(93)、通謀虚 偽表示(94)、錯誤(95)、詐欺・強迫による意思表示(96)の四つの条文である。 このうち、93 条~95 条は、当該意思表示を行った当事者に意思が欠けている場合であり(意思 の不存在という)、いずれも効果は意思無能力と同様に無効である。これに対し、詐欺・強迫に よる意思表示(96)は意思表示に瑕疵がある場合であり、その効果は行為能力の制限と同じく、 取り消し得る意思表示となる。 第2節 二 主観的有効要件 第1款 主観的有効要件総説/131 意思主義と表示主義 1 意義 ⑴ 意思主義:表意者の内心と表示とがくい違う場合に、表意者の内心の意思(内心的効果意思) を重視するもの(その結果、表意者を保護することになる)。 ⑵ 表示主義:表意者の内心の意思がどうあれ、実際に表示されたもの(表示行為ないしは表示上 の効果意思)を重視するもの(その結果、相手方や第三者の方をより保護すること になる=取引の安全に役立つ)。 2 意思主義と表示主義の調整 意思表示に問題がある場合、その意思表示をした表意者の利益を重視すれば、このような意思表 示は無効または取り消し得るものとした方がよい(意思主義の要請) ↓しかし 意思表示に問題があるといっても、その(問題のある)意思表示を、完全に有効な意思表示だと 信頼して取引に加わった人を無視してまで、常に意思表示の効力を否定してしまうのでは、これ らの人たちに予想できない損害を与える危険がある(表示主義の要請) ↓そこで 法は、原則として有効だが例外として無効、あるいは原則として無効だが例外として有効、とい う規定を置き、このような表意者保護の要請と相手方ないしは第三者保護の要請を調整している * この観点から、民法の規定を整理すると次のようになる。 <意思主義と表示主義との調整規定> 原則 例外 心裡留保(93) 表示主義(本文) 意思主義(ただし書) 虚偽表示(94) 意思主義(Ⅰ) 表示主義(Ⅱ) 錯 誤(95) 意思主義(本文) 表示主義(ただし書) 詐 欺(96) 意思主義(Ⅰ) 表示主義(Ⅲ) 強 迫(96) 意思主義(Ⅰ) な し 132/第4編 権利移転型契約1:売買 第2款 一 第3章 売買契約の有効要件 能力 権利能力 権利能力とは、私法上の権利・義務の帰属主体となる地位・資格をいう。 権利能力がなければ、そもそも権利を有し、義務を負うことができない。 権利能力についてはすでに詳述した。 二 意思能力 1 はじめに 意思能力とは、自己の行為の結果を弁識するに足るだけの精神能力をいう。 すなわち、自分の行為によって自分の権利義務にどのような変動が生ずるのかが理解できる程度 の能力である(法律行為によって異なるが、およそ6、7~10 歳の子供の精神能力)。 * 意思無能力とは、例えば幼年、高度の精神病、あるいは泥酔により自分の行為による権利 義務の変動の結果を理解できない場合をいう。 2 効果 明文の規定はないが、私的自治の原則(個人意思自治の原則)から、意思能力ない者の行為は無 効とされる(判例・大判明 38.5.11/百選Ⅰ〔5〕、通説)。 →意思能力のない者が契約等の行為をしても、その者にその効果が帰属することはない ∵ 意思無能力者保護のため * もっとも、意思無能力による無効は、表意者本人の保護を目的とする制度であることから 無効主張ができるのは意思無能力者たる表意者側のみであるという見解がある(相対的無 効)。 第2節 三 主観的有効要件 第2款 能力/133 行為能力 事例 高校2年生のA(17 歳)は、初めての彼氏ができたことがきっかけで、携帯電話を持ちたいと考 えた。しかし、妻を早く亡くし、男手一人でAを育ててきた父親Bは「高校生のうちは携帯電話を 持たせない」との教育方針を有しており、Aからの懇願に対して首を縦に振ることはなかった。 どうしても携帯電話が欲しいAは、Bに無断で、携帯電話会社Cの代理店Dで契約を締結し、念 願の携帯電話を取得した。 ①携帯電話の契約を後から知ったBは、AC間の携帯電話に関する契約を取り消すことができる か。 ②Aが、契約の際、自分は 20 歳であると言い、Dがそれを信じたため契約を締結したという事情 があった場合、①の結論は変わるか。 1 はじめに ⑴ 行為能力 行為能力とは、自らの行為により法律行為の効果を確定的に自己に帰属させる能力をいう。 ⑵ 行為能力制度 ⒜ 意義 一般的・恒常的に能力不十分とみられる者を一定の形式的基準で画一的に定め、行為当時 に具体的に意思能力があったか否かを問わず、一律に法律行為を取り消すことができるとす る制度。 ⒝ 趣旨 私的自治の原則から、意思能力を欠く者の行為は無効 ↓しかし ① 意思能力がなかったことの立証は困難であるから、意思無能力であったことの立証の 困難を救済し意思無能力者の保護を図る必要があるし、 ② 意思無能力の立証がされると、相手方の取引安全を害するから、意思能力のない者を 定型化することにより注意を喚起し、相手方の取引の安全を図る必要がある ③ 意思能力を有する者でも、取引の複雑な利害関係や仕組みに対処する能力を有せず、 独立の経済人として取引するに適しない者も存在するから、このような者も保護する必 要がある ↓そこで 画一的な基準で決まる行為能力制度を設けた ⒞ 制限行為能力者とその保護者 ① 未成年者→親権者・未成年後見人 ② 成年被後見人→成年後見人 ③ 被保佐人→保佐人 ④ 被補助人→補助人 134/第4編 権利移転型契約1:売買 ⒟ 第3章 売買契約の有効要件 効果 未成年者・成年被後見人の行為は原則として取り消すことができ(5Ⅱ、9)、被保佐人、 被補助人の行為も一定の場合には取り消すことができる(13Ⅳ、17Ⅳ)。そして、取消しの 効果は遡及的無効である(121 本文)。 →制限行為能力者は「現に利益を受けている限度」において返還すれば足りる(121 ただし 書) →ただし、追認(122)、法定追認(125)によって確定的に有効になる。また、取消権の消 滅時効(126)もある * 制限行為能力者が返還義務を負う「現に利益を受けている限度」(現存利益)の範囲に ついては争いがあるが、取り消し得べき行為によって得た利益が、そのまま形を変えて残 存している場合に限りこれを返還すべきであると解するのが通説である。例えば、遊興費 などで受領した金銭を消費してしまった場合には、現存利益はないが、生活費などで消費 した場合は、それだけ自己の財産の減少を免れたのであるから、現存利益はあると解され ている。 ⑶ 条文の構造 条文上、制限行為能力者として、未成年者(5Ⅰ本文)・成年被後見人(8)・被保佐人 (12)・被補助人(16)が規定されている。それぞれについて保護者の権限等についての図表を 掲載する。 <制限行為能力者の行為の種類と保護者の権限の種類> 行為の種類 未 成 年 者 成 年 被 後 見 人 被 保 佐 人 被 補 助 人 特定の行為だけ単独で有効に できる イ 単に権利を得または義務 を免れるべき行為(5Ⅰた だし書) ロ 処分を許された財産の処 分(5Ⅲ) ハ 許された営業に関する行 為(6Ⅰ) 日常生活に関する行為以外 は、単独で有効にできる行為 なし 保護者の種 類 代理権 保護者の権限の種類 同意権 追認権 取消権 親権者又は 未成年後見 人 ○ (824) ○ (5Ⅰ) ○ (122) ○ (120Ⅰ) 成年後見人 ○ (859) × ○ (122) ○ (120Ⅰ) 身分上の行為は別 ex.認知(780) 特定の行為(13Ⅰ列挙事由) だけ単独で有効にできない 保佐人 × ただし、 876 条の4 ○ (13Ⅰ) ○ (122) ○ (120Ⅰ) 特定の行為(17Ⅰ、家庭裁判 所の審査により決まる)だけ 単独で有効にできない 補助人 × ただし、 876 条の9 ○ (17Ⅰ) ○ (122) ○ (120Ⅰ) 第2節 2 主観的有効要件 第2款 能力/135 権利能力・意思能力・行為能力の関係 権利能力とは、取引をする「市民社会」に入る資格のことである。この権利能力という会員証が なければ、対等の個人が互いに交渉して取引を行う市民社会に入ることはできない。 そして、取引は通常契約によってなされるが、契約は相対する意思表示の合致によって成立する。 そこで、十分な意思表示ができる状態にない者は、自ら取引に参加させるべきではない。この十 分な意思表示ができる状態を意思能力がある状態という。たとえば、赤ちゃんにはその能力がな い。 ただ、意思能力があったとしても、自分の行為の意味や、相手の出方、それが自分にとって有利 か不利かといったことがある程度判断できないと、悪賢い人に食い物にされかねず、せっかくの 財産も失ってしまいかねない。そこで、未成年者等、能力的に劣った人には、本人を保護するた め、取引に一定の制限をする必要が生ずる。これが、行為能力の制度である。 <権利能力・意思能力・責任能力・行為能力の関係> 意義 適格 制限行為能力者の行為の効力 権利能力 私法上の権利・義務の帰属主体とな る地位・資格 自然人・法人 権利・義務が帰属しない 意思能力 行為の結果を弁職するに足るだけの 精神能力 具体的行為ごとに 判断する (7~10 歳程度の 能力) 無効 不法行為の面で自己の行為の責任を 弁職するに足る精神能力 具体的行為ごとに 判断する。判例上 は、意思能力より 少し高く設定され ている(11~12 歳 程度の能力) 不法行為責任を負わない (712、713)ただし、 714 条参照 自らの行為により法律行為の効果を 確定的に自己に帰属させる能力 未成年者・成年被 後見人・被保佐 人・被補助人につ き制限される (5、9、13、17) 取り消すことができる 責任能力 行為能力 136/第4編 権利移転型契約1:売買 3 第3章 売買契約の有効要件 条文の全体像 <制限行為能力者制度に関する条文の構造> 未成年者 成年期(4) 未成年者の行為能力(5) 権利を得、義務を免れる行為(5Ⅰただし書) 例外 自由財産の処分(5Ⅲ) 営業に関する行為(6) 後見開始の審判(7) 成年被後見人の意義 行為能力 成年被後見人 審判の取消し(10、19) 後見開始(8) 後見開始の審判の効果 成年被後見人の行為能力(9) 保佐開始の審判(11) 被保佐人の意義 被保佐人 保佐開始の審判の効果 審判の取消し(14、19) 保佐人(12) 被保佐人の行為能力(13) 補助開始の審判(15) 被補助人の意義 被補助人 補助開始の審判の効果 審判の取消し(18、19) 補助人(16) 被補助人の行為能力(17) 相手方の催告権(20) 制限行為能力者の相手方の保護 詐術を用いた場合の相手方の保護(21) 第2節 4 主観的有効要件 具体例 <未成年者の契約を取り消した後の法律関係> ① 未成年者BがA店から自動車を購入した後、未成年取消しをした場合 売主 買主 A B 店 未成年 売却 10 万 ¥ Bが契約を取り消すと 不当利得 A B 不当利得 (703、704) ② 未成年者BがC店に自動車を売却した後、未成年取消しをした場合。 売主 買主 B C 未成年 店 売却 ¥ 10 万 Bが契約を取り消すと 相互に不当利得の関係 703 原 則 ¥ 704 10 万 3万は 消費 未成年者は自分が未成年であることを知 っているので 704 のはず ただし、Bが制限行為能力者なので、Bは現存利益の返還で足りる ¥ 7万 現存利益 121 ただし書 現存利益←生活費に使った場合には全額返還 浪費した分については返還しなくてよい 第2款 能力/137 138/第4編 権利移転型契約1:売買 5 第3章 売買契約の有効要件 保佐人の追認権・取消権 平成 11 年改正により、120 条1項により保佐人も当然に取消権、追認権を有することが明文上 明らかになった。 なお、保佐人が取消権を行使しても、保佐人には原則として代理権がないので、取消権行使の効 果から生ずる返還請求権についても保佐人に何らかの権限を認めないと意味がない。そこで、保 佐人には受領権限はないものの、保佐人は相手方に対し被保佐人本人へ返還するよう請求するこ とができると解すべきである。 6 制限行為能力者のまとめ 平成 11 年改正によって新たに補助の制度が新設された現行法上においては、成年後見制度、保 佐の制度、補助の制度の三つの制度が、対象者の精神能力の度合いに応じて使い分けられている。 <制限行為能力者の精神能力の程度による分類> * 7 精神上の障害により事理 を弁識する能力を欠く常 況にある者 精神上の障害により事理 を弁識する能力が著しく 不十分なる者 精神上の障害により 事理を弁識する能力 が不十分なる者 成年被後見人 被保佐人 被補助人 日常生活に関する行為以 外、単独では有効な行為 ができない 13Ⅰ列挙事由以外は 単独で有効な行為が できる 家庭裁判所が定めた行為 以外は、単独で有効な行 為ができる 11 条ただし書、15 条1項ただし書、19 条は、これらの制度が重複しないことを確認している。 制限行為能力者の相手方の保護の制度 ① 取消権の短期消滅時効(126) ② 法定追認(125) ③ 相手方の催告権(20) ④ 制限行為能力者の詐術(21) ◆ ⇒発展 最判昭 44.2.13/百選Ⅰ〔6〕 「無能力者であることを黙秘していた場合でも、それが、無能力者の他の言動などと相俟 って、相手方を誤信させ、または誤信を強めたものと認められるときは、なお詐術に当たる というべきであるが、単に無能力者であることを黙秘していたことの一事をもって、右にい う詐術に当たるとするのは相当でない」とした。