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橡 インフラ4 - 一般財団法人 日本エネルギー経済研究所

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橡 インフラ4 - 一般財団法人 日本エネルギー経済研究所
IEEJ:2001 年 8 月掲載
研究ノート
インフラストラクチャーにおける規制と競争
― 通信・電力ネットワーク ―
第一研究部 電力グループ
研究員
足立 育美
1.はじめに
通信分野においては、技術進歩がインフラストラクチャー(インフラ)の構造や機能に変化を
及ぼし、延いては産業自体の性格も変化させている。これによって、他の産業や消費者の社会生
活へ多大な影響を与えている。そこには、インフラの性質の変化によって、市場構造、産業構造
の変化が見られる。そして、これらの変化は、事業制度の変革や市場構造規制など様々な産業政
策を講じることを迫った。他方、電力事業においても、やはり料金の高止まりの問題やサービス
の向上・多様性を求めて、事業改革が議論されている。通信事業同様に、事業制度の変革、市場
構造についてどのように競争原理を導入するかという点に注目が集まっている。特に、外国にお
いては、発送配電分離などの市場構造改革が行われており、我が国においてもその導入の可能性
や是非が活発に議論されているところである。
本稿では、インフラの変容とサービスの提供との関係、これによる産業構造と事業形態、並び
に規制との関係を電力、通信のインフラについて考察する。そこでは、インフラの性質や特徴に
ついて、変革が目覚しい通信と比較を行い、電力についてその違いを検討しながら、インフラと
しての在り方を中心に規制と競争について考察する。
2.公益事業における競争の導入
2−1 競争可能性
電力や通信事業は、自然独占性のある事業として規制されてきた1。一般に、自然独占性のある
事業は、巨額な設備投資を必要とし、費用の埋没性(当該設備を他の用途に転用することが困難
で、投資した費用が回収できずに埋没費用となる)があり、規模の経済性があるとされる 2ので、
規模の経済が働く事業では、垂直統合方式による運営形態を採ることが総費用を低く抑えられ(劣
加法性)、合理的なサービス提供が可能であるとされるのである。すなわち、規模の経済では、
当該事業におけるサービスの同質性による、企業規模を拡大することによる価格引き下げ競争に
よって、破滅的競争になることが危惧されるのである。しかしながら、①新規参入者に対し、既
存企業は事前に料金を引き下げることにより参入を阻止する行動がとれない、②退出する際の埋
没費用が発生しない、③潜在的競争者は必要な生産技術や経営情報を十分に入手できるという条
件を満たした場合に「コンテスタブル・マーケット」3 として市場の競争可能性について議論され
1
2
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但し、電気通信事業における自然独占性の実証分析では、明らかになっていないようである。
規模の経済性の存在が直ちに自然独占性の存在を意味するわけではない。規模の経済性では、総費用に占める固
定費の割合が大きい場合に生産の増加に伴って平均費用が下落するが、平均費用が上昇する場合にも、自然独占
とみなす場合が存在している。この場合、自然独占性は、需要量に依存する。水野敬三「公益事業規制のモデル
分析」平成13年、税務経理協会、p14∼18、参照。
Baumol, Panzar, &Willing(1982)が基本文献と言われている。また、コンテスタブル・マーケット理論につ
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IEEJ:2001 年 8 月掲載
た。特に①については、規制によって実現することが可能な場合がある。但し、独占的市場にあ
る場合、一般に既存事業者は、新規参入事業者に比べ資本力がある場合が多いことから、利潤水
準に関わらず、価格を低く設定する4ことによって新規参入を阻止できる可能性が高い。この場合、
たとえ料金規制が行われている場合であっても、実際は、潜在的参入者の事業計画を立てている
という情報を得た時点で、価格操作は可能と考えられる。また、価格操作などの参入阻止行動を
採らなくとも、投資を回収するために相当な期間を必要とする場合、その間、既存事業者の経営
合理化や、技術革新の予測がつきにくい事業などの場合には、参入に踏み切れなくなることが考
えられる。現に、電力事業において、発電設備建設のリードタイムが長いことから、事業の採算
性についての予測が困難なためにそれが参入障壁となっているという指摘がある5。
ところで、自然独占理論では、単一生産物を前提としているが、複数生産物による“範囲の経
済性”というものが考えられるのである。この場合、複数市場に財を供給する場合、或いは、複
数の事業を営む場合に、共通費用の存在による範囲の経済性の問題が指摘された。特に、規制領
域と非規制領域の両方を営む場合に費用の補完性が問題となる。ここでの問題としていくつか想
定できるケースの中で、規制領域において、公益事業として総括原価方式・公正報酬率規制によ
って料金設定がなされている場合、ここでの利益を非規制領域に用いて略奪的価格設定をして非
規制領域における事業を拡大していくことが特に問題となる。そもそも、単一性産物を前提とし
ていても、総括原価方式・公正報酬率規制は、経営合理化へのインセンティブに乏しく、料金が
高止まりし易い。
このように、競争が期待できないと考えられてきた領域でも、技術革新によって、競争が有効
に機能する可能性が出てきており、技術進歩とともに拡大してきている。そして、市場構造との
関係から新たな競争上の問題が発生してきている。とりわけ公益事業の中でも、技術の影響力は、
通信事業で顕著に見られる。技術発展が著しい通信事業では、費用構造や、市場構造が劇的に変
化して、制度改革が行われてきている。
2−2 事業形態と競争政策
公益事業における事業形態は、前述したように、垂直統合型が多く採られてきた。通信事業や
電力事業などにみられる垂直分離や統合化について、経済学的な分析が活発に行われている6。
通信事業の場合、後で述べるように技術進歩の結果、情報通信事業として従来の通信事業に比
べ、その事業領域の拡大という現象が見られる。そして、その事業領域の拡大とともに、事業体
の分離や統合が繰り返され、通信事業者の事業形態は頻繁に変化している。電力事業においても、
海外では、発送配電分離などの垂直事業分離が見られる。そこでは、例えば日本電信電話株式会
社(以降、NTT)のように、事実上事業者の自発的な事業形態の選択でなく、競争上の観点から、
事業の分離が行われている。これに対して、競争導入後に参入した NCC(新規参入事業者)は、
4
5
6
いて、我が国の公益事業研究でも多く取り上げられている。例えば、山谷修作 「現代の規制政策」
(税務経理協
会、1991 年)p27∼32、参照。
勿論、この場合、不当廉売が立証できれば、独占禁止法に抵触する。
西村陽「電力改革の構図と戦略」(電力新報社、2000 年)P71∼、参照。
例えば、浅井澄子「統合化と競争政策―その両立可能性―」郵政研究所月報(1999 年1月)、水野敬三「公益事
業規制のモデル分析」(税務経理協会、2001年)、など。
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長距離通信から、国際通信会社との合併、携帯電話会社との合併によって、加入者系から、中継
系(後のネットワーク構成・図5参照)、国内・国際通信をシームレスに提供するようになって
きている。
そこで、インフラの運用形態を考える上で、ここではまず、一般的に事業を統合した場合のメ
リットについて考えてみる。統合化の事業形態は、大きく分けて、垂直統合、水平合併、コング
ロマリットの3つに分類できる。垂直統合型とは、ある産業の川上から川下までを1事業体によ
って提供される形態であり、取引関係にあたる事業者の合併である。水平合併は、当該産業の川
上から川下までの部分的な段階において、取引対象商品または役務、取引の地域(地理的範囲)、
取引段階、特定の取引の相手方などの観点から画定される一定の取引分野において、競争関係に
ある事業者同士の合併である。コングロマリットは、これらに該当しない混合型で、関連する生
産物を生産する事業者、地理的に異なる所で同一製品を生産する事業者、これらどちらにも該当
しない事業者との合併の3つに分けられる。
一般に、これらの形態でのメリットは、垂直統合では、企業が合併行動を採る場合には、合併
する企業同士が競争関係にないことから、競争事業者が減ることがなく、経済厚生が高まるケー
スがあるとされる7。取引費用の節減や、提供するサービスの多様化、川上から川下を有するため
それぞれの情報を把握し、経営に生かすことができることなどが考えられ、消費者へのサービス
が向上する場合があるが、事業のある部分で競合する事業者が存在する場合には競争上の問題を
生じ易い8。従って、垂直統合では、その費用構造の問題から、範囲の経済と規模の経済を得るこ
とが期待できる場合がある(後で通信事業について具体的な検討をする)。また、水平合併では、
競争事業者同士が合併することから、競争事業者数が減少し、シェアを高めることができるため、
規模の経済性が期待できる。すなわち事業者は、規模の拡大や設備を共有することによる経済性
の利益を得ることができる。但し、消費者へは競争の抑制から価格が引き上げられるおそれがあ
ると考えられる。コングロマリットでは、多角化という範囲の経済の利益が期待できる。特に、
関連市場への拡大によって、既存の経営資源を活用することができる。但し、技術的な影響を受
けやすい特定産業分野への集中は、共倒れというリスクがある。逆に、関連のない事業への拡大
は、コスト増を生じる可能性もある。
このように、統合化の選択は、規模の経済及び範囲の経済の利益の追求が考えられる。そして、
これらは、技術的な問題及び費用構造、ネットワークの性質、事業構造、規制などによる。特に、
通信や電力事業の場合に、社会的インフラとしてのネットワークの在り方と事業における競争が
有効に機能するかは、ネットワークの特性など、各事業の特有な要因があることが考えられるた
め、一般的な統合や分離のメリット、デメリットで考えることはできない面があるように思われ
る。通信の場合は、長距離や地域網の分離や統合だけでなく、通信網が高度に進化した結果、ビ
ットウェイ(伝送事業)、アプリケーション(付加価値通信サービス)、或いはネットワーク事
業、コンテンツ(情報内容)事業などインターネットを利用したサービス提供が活発化している
7
8
実証結果について分析したものとして、例えば、浅井澄子「統合化と競争政策 ―その両立可能性―」郵政研究
所月報(1991 年1月)、参照。
足立育美「情報通信事業における技術と競争の研究―Ⅱ―」
『紀要』中央学院大学社会システム研究所 第1巻第
1号(2001年3月)、参照。
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ことから、アプリケーション層や、エージェント層、ミドルウェア層など重層的競争があり、こ
れらに跨る多様なサービス形態が出現し、産業構造が複雑化してきている。また、競争原理の導
入の究極的目的は、国民全体の利益であるが、社会的なインフラとしての在り方と事業制度、競
争政策との整合性の問題がある9。
3.ネットワーク構成
3−1.通信網
3−1−1.通信ネットワーク技術
最近では、データ通信量が増大し、光ファイバーを使ったネットワーク構成が進展し、回線の
大容量化が進んでいる。そして、中継系の大容量の基幹網をバックボーン、これに繋がる加入者
系網(図5参照)をアクセス回線と呼ぶ。また、通信ネットワークには、有線通信の他に、携帯
電話や衛星通信などの無線通信があり、有線では、CATV 網による通信サービスも登場している。
通信網は、アナログ網からデジタル網へ進化してその構造自体もシンプルな構成となり、とり
わけ、通信網のインテリジェント化によって、付加価値サービスの多様化を実現できるようにな
った。インテリジェント化は、通信網を階層構造化し、伝達レイヤと高機能レイヤとに分け、情
報の伝送処理を伝達ノードで行う。そして、共通線信号網によって、制御情報のやりとりを行い、
高機能レイヤでサービス制御を行うようにさせた。これによって、高機能レイヤは、コンピュー
タネットワークと融合した高度な情報処理が可能となり、通信サービスの高度化・多様化を実現
している。従来の交換機のソフト処理から、サービス制御ノードでの高度な顧客管理システムや
サービス提供のためのシステムを実現することができるようになった。通信網の階層化には、メ
モリ規模の拡大やCPUの性能の向上などによる設計思想の進化がある。特にインテリジェント
化(図 1)は、共通信号網を使用して、サービス制御ノードを確立したことによって、高付加価
値化したサービスを実現することを可能とし、これによって、単なる電話やファクシミリ、デー
タ伝送という電気通信事業から、情報通信事業へ事業領域を拡大した。
図1
通信網のインテリジェント化
高機能レイヤ
サービス制御ノード
共通線信号網
情報伝達ノード
伝達レイヤ
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足立育美「ボトルネックとプラットフォームの法理論」情報通信学会誌第 52 号〔第 14 巻 2 号〕
(1996 年9月)、
参照。
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また、通信網の変化は、銅線から、CATV などに使用されている同軸ケーブル、光ファイバー
などが登場し、大容量通信を可能にしている10。高速且つ大容量の伝送に対応できる通信網には、
ATM(Asynchronous Transfer Mode:非同期転送モード)を利用した通信が適していると考え
られている。 ATMは、情報を53Byte のセルにして、先頭の5Byte のヘッダで経路選択して
非同期で高速転送し、音声や映像など異なる伝送速度を柔軟に扱えるというメリットがある。そ
こで、 ATMは複数且つ多様なマルチメディアサービスに適していると考えられている11。
なお、無線通信においても、固定の高速大容量の通信が可能となっており、現在でも僻地など
有線回線の敷設が困難な所では利用されているが、加入者系の有線通信と競合するサービスとし
て期待されている12。また、移動体無線通信では、IMT−2000 など国外でも使用できる大容量通
信サービスが提供されることから、固定の大容量通信網との競争が期待できる。
図2
アクセス系将来イメージ
ゾーンまで光化・
ワイヤレス化
ワイヤレス固定通信
僻地
FWA
図 エラー!
ホームまで光化
ゾーンまで光化し、
指定した
ゾーン内ワイヤレス化
Fixed Wireless Access
図
オフィス地域
FTTH
Fiber To The Home
Hone
FTTO
Fiber To The Office
住宅地域
われイル
オフラ
ィスまで光化
ゾーン内ワイヤレス化
ーていは使
(出所)「マルチメディア・ネットワーク」p.129
表1
図 6-5 を参考に作成
STM(/回線交換)方式・パケット交換方式・ATM 方式
交換方式
交換動作
回線交換方式
ハードウェア
※
パケット交換方式
ATM 交換方式
ソフトウェア
ハードウェア
コネクションの有無
適する通信形態
通信毎に回線設定・回線占有
リアルタイム系高速通信・回線
非経済的
データ通信・高速には限界
高速データ通信
複数の通信で回線共有
複数の通信で回線共有
※ 一度読み出し設定
銅線を使った大容量化では、DSL(ADSL;Asymmetric Digital Subscriber Line は、一対で上り 64kbps 下
り 1.5∼6Mbps、HDSL;Highbitrate Digital Subscriber Line は、二対上下 1.5Mbps)技術を使った高速化サ
ービスが提供されている。同軸を利用した通信は、双方向を実現するために、ユーザから信号を伝送する上りと
下りで、周波数帯を分けるが、この場合、双方向用の増幅器での雑音の累積を少なくするため、幹 線部分には光
ファイバーを利用する FHC(Hybrid Fiber Coaxial;光・同軸ハイブリッド方式)によるものが多い。そして、
高速大容量通信網として、ATM 技術を使った光ファイバー網によるサービスが提供されている。
11 経路選択には、チャネルのパスの経路選択に VPI(Virtual Path Identification)、チャネル毎の経路選択に VCI
(Virtual Channel Identifier) が使われている。ATMについて、脚注 13 を参照。
12 東西 NTT 地域電話会社が本格的サービスを提供するため、周波数の取得申請をしている。東西 NTT は、加入
者系回線において、独占的事業者として異論が出ているが、高速通信の普及という政策目的のために総務省は参
入を認める方向にある。(日本経済新聞平成 13 年 7 月 17 日付より)
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図 3 は将来の考えられるバックボーン回線形態である。【Ⅰ】は、当初NTTが想定していた
既存の電話やISDN(狭帯域)と専用線とを統合したSTMネットワーク 13を存続する形態で、
【Ⅱ】は、ATMで統合される形態である。
最近では、インターネット技術の進展(次世代インターネット技術 IPv6が導入される見込み
である)が目覚しく、インターネットベースのサービス提供が活発化している。特に、インター
ネット技術を利用した IP 電話(VoIP: Voice over IP)の普及が世界的な流れ14となりつつあるこ
とから、我が国でもいわゆる IP 電話の普及を推進する方向である。また、移動体通信においても
IP(インターネットプロトコル)ベースのサービスが普及してくると考えられている。IP ベース
となった場合には、通信網がシンプル化し、同一の通信網において通信の種類に関係なくデータ
を扱えることから、コスト性に優れる。そして、移動体においても音声とデータとの統合した、
例えばウェブのサービスを利用しながら音声通信をするなど、新しいサービスも考えられる。
図3
将来のバックボーンネットワーク
【Ⅰ】
STM
【Ⅱ】
電話/ ISDN
ATM
IP
ノード
IP
ノード
ATM
電話
1.5M
以上
光ネットワーク
電話
IP
ノード
IP
ノード
アクセス系
アクセス系
64k,
128k
以下
64k,
128k
以下
1.5M
以上
光ネットワーク
(出所)石川宏「マルチメディア・ネットワーク」(1997,NTT 出版)p157 より一部(形態 A 及び C)加筆作成
ATMに対して同期式の現在の電話やISDN(狭帯域)に用いられているSTM(Synchronous Transfer
Mode:同期転送モード)がある。 STMは、周期的にタイムスロットがあり、この位置でチャネルを識別し
ていくが、 ATMは、セルが非同期的に到達してヘッダ内のラベルでチャネルを識別していく。ATMは、低
速から高速まで通信速度に対して柔軟に対応できるが、STMは、速度が固定される。このことから、STMは
安定したリアルタイム通信が不可欠な電話など音声通信に適しており、電話は伝送のバースト性がないので、発
信から着信まで回線経路を設定する(コネクションを張る)コネクション(コネクション・オリエンティド)型
通信でもよい。これに対し、電話等の音声以外のデータ伝送では、回線速度に柔軟性を持つパケットで非同期に
転送する方式で、データのバースト性に対応でき、回線を経済的に運用できるコネクションレス型通信が適して
いる。すなわち、ATMが適している。ATMは、既存のパケット交換方式より、短い固定長ブロック(セル)
を用いて、ハードウェアで高速転送するシンプルな交換方式をとっており、音声系の非同期転送による遅延も符
号化圧縮技術や伝送の目的地まで到達するまでに吸収でき、全体として品質劣化を防ぐことが可能となる。従っ
て、ATMはメディアの種類に拘らず速度や容量に柔軟性を持ち、一元的に扱うことができる。例えば、‘B−
ISDNの標準的な伝送速度である 156Mbps の場合では、ATMの1つのセル( 53 バイト)の時間長は 3μsec
以下である。したがって、仮に数セル分の時間間隔の変動があっても、音声品質に影響が発生しないよう処理す
ることができるわけである。
’
「SEの基礎知識⑨ ATMネットワーク- その技術と課題-」郵政省電気通信局電
気通信技術システム課監修・財団法人日本データ通信協会編 (リックテレコム、1995 年)p29、参照。
14 平成13年3月の ITU 政策フォーラムでは、IP 電話の世界的な導入・普及に向けた宣言(オピニオン D)がさ
れた。
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さて、ネットワークが IP ベースに全面的に移行するためには、既存の電話網をもつ東西NTT
地域電話会社はかなりの投資が必要となると考えられる。また、IP ベースのサービスでは、現在
の距離と時間による料金設定から、距離に関係ない料金設定が主流になってくる可能性がある。
このように、通信網の進化は、大雑把に言うと伝送レベルではよりシンプルに、処理レベルで
は高度化してきている。そして、通信網上を様々なデータが流れるようになることから、高度な
セキュリティシステムが重要となってくる。異なる通信事業者間で接続された通信網では、事業
者間の連携が不可欠となり、協調したセキュリティシステムが必要になってくる。特に、障害発
生時では、有線、無線などの連携した社会インフラとして通信手段を確保するための対策を講じ
る必要がある。また、通信では、輻輳が起こることがあり、その対策のために通信網全体のトラ
ヒック(伝送状況)を監視し、規制するトラヒック制御システムが必要となる。
3−1−2.情報通信事業の階層構造化
通信事業の飛躍の1つに、インターネットの進展がある。発信から着信までのデータ伝送サー
ビスに加え、インターネット接続サービスが登場し、ISP(インターネット・サービス・プロバ
イダー)などの事業体が参入し、データ通信が急増した。ウエッブ上などでの様々なビジネスも
展開されるようになったことは周知の通りである。そして、通信設備を所有する通信事業者によ
るインターネットサービスも提供されるようになった。
図4
情報通信事業構造概念図
← コンテンツ
← アプリケーション(ウエッブ)
← IPサービス
← 伝送サービス
← 通信回線設備
そこで、通信事業では、電話やデータ通信など伝送サービスからインターネット接続サービス、
インターネットをベースとした ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)事業や電子
取引事業の他、様々なコンテンツ・ビジネスに加え、光ファイバーなどの回線貸し事業など重層
的な事業構造となっている。そこで、通信網を所有して伝送サービスを提供する事業者によるイ
ンターネットサービスが問題となった。
通信網は、図のように、加入者系と中継系に分けることができる。加入者系は、各加入者宅ま
での回線であることから、競争上のボトルネックとなっている。特に、市内網は、不可欠施設(エ
ッセンシャル・ファシリティ)として、接続制度として規制が課せられている。中継系のサービ
スを提供する事業者の多くは、インターネットサービスを提供しているが、有線の加入者系を事
実上ほぼ独占している東西 NTT(東日本電信電話株式会社及び西日本電信電話株式会社)のイン
ターネットサービス(L モードサービス)の提供については、サービ提供区域の規制に抵触する
として問題となった。また、シェア第 1 位にある携帯電話会社の NTT ドコモについても、イン
ターネットサービス(I モードサービス)の提供で問題となった。ここでは、NTT ドコモが認め
たインターネット上の公式サイトとそうでないサイトを差別的に扱っている(公式サイトは、携
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IEEJ:2001 年 8 月掲載
帯電話からアクセスが容易であるが、そうでないサイトはアクセスしにくい)ことが問題となり、
サイト運営事業者の扱いを平等にするなどの措置が採られている。
これらは、関連する市場でのサービス提供によって、顧客を獲得して囲い込むことができる(ロ
ック・イン、すなわちサービスを提供する側が、ある技術でサービスを受ける側を拘束する)と
いう問題 15である。また、サービス区域などは、インターネットサービスにはなじまない規制で
あり、今後通信サービスが IP ベースに移行してくれば、このような規制は実態から不可能となる
と考えられる(なお、東西 NTT 地域会社のサービス区域の規制は撤廃される)。
図5
加入者系
有線系通信網
中継系
3−2.電力系統
3−2−1.系統構成
電力事業の場合、発電所で電気エネルギーを生産し、送電線を通って、変電所で電圧変換を行
い、消費する需要家までの一連の流れを電力系統という。電気エネルギーという財の性質から、
貯蔵が難しく、同時生産・流通・消費を実現しなければならない。電力系統には、財の需給バラ
ンスの調整が要請される。そこで、電力の品質は、継続供給することや、電圧や周波数の維持に
よって決まる16。
電力には、有効電力(active Power)と無効電力(reactive Power)があり、有効電力は、電
灯を灯したり、モーターを回したり、或いは熱を発生させたりするのに対し、無効電力は、有効
電力の流れをスムーズにするために必要な電力である。無効電力は、電力系統に必ず一定量存在
していなければならない。従って、電力系統では、常時系統内の電力の流れが制御されている。
これらは、発電所、変電所、電力会社などに張り巡らされたマイクロ波無線や光ファイバーなど
の通信ネットワークによってその情報がやりとりされている。
電力系統の基本構成は、図6のようになっている。すなわち、電源から電送系統、連系系統を
通って、地域供給系統へと行き、配電系統によって各家庭に到達する。大別して、送変電系統と
配電系統とに分けられる。実際には、基本的構成例にあるよりも複雑に組み合わされて形成され
ている。また、需要に応じて、電圧を調整して提供される。電圧は、50 万 V、27 万 5,000V から
ロック・インの問題について、足立育美「サービスオペレーション(S-OpS)の提供と競争 ―MSI(Multimedea
Service Integration)について―」情報通信学会年報『設立15周年記念懸賞論文集』
(1999、3月)、参照の
こと。
16 周波数の変動は、
“電気(有効電力)の供給(発電) > 需要家での消費 ⇒ 周波数の上昇”し、“電気(有効
電力)の供給(発電) < 需要家での消費 ⇒ 周波数の低下”する。また、電圧の変動は、
“無効電力の消費(コ
イル成分) > 無効電力の供給(コンデンサ成分) ⇒ 電圧の低下”し、
“無効電力の消費(コイル成分) < 無
効電力の供給(コンデンサ成分) ⇒ 電圧の上昇”する。
15
8
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15万 4,000V、6万 6,000∼7万 7,000V へ、次に 3,300∼6,600V へ、更に、柱状変圧器によっ
て、100V 或いは 200V に下げられる。
図6
∼
電力系統の基本構成
∼
∼
電源
基幹系統
電送系統
連系系統
(外輪系統)
●
●
●
●
●
地域供給系統
配電系統
(出所)“福田・相原[1991]”・「ネットワーク産業の展望」[1994]p201、より作成
図7 我が国の電力系統
(出所)電気事業連合会ホームページ(http://www.fepc.or.jp/hatsuden/index5.html)
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我が国の電力系統(図7参照)は、交流電力を扱っているため、系統を持つ電力会社などの間
で需要と供給のバランスから自己完結する電力系統が連系された構造となっている。従って、そ
れぞれの連系点では、通過する電力を平常時には抑制し、供給力不足が発生したときは、連系さ
れた系統内から供給を受け、電力会社の電力予備力の削減を図っている。また、時々刻々と変動
する需要に対して、それぞれの系統を単独で運用させるのに比べ、連系した場合には、需要の最
大と最小の電力が均されることになる。しかし、一方では、事故発生時に電力供給に支障を来した
場合、周波数と電圧のバランスが崩れ、それが連系された系統全体に波及するおそれがあり、最
悪の事態には、電力系統の崩壊が起こる危険がある。所有者毎の各系統運用は、独立的にも運用
することが可能であるが、広域運用のために連系されている。障害時には、障害個所の切断や、
連系を切り離して波及を防止する。なお、我が国の電力系統は、50Hz 帯と60Hz 帯に分かれ
ている。交流電力同士がループ状となっている場合、系統制御が難しいので、事業者間のループ
では、直流変換(非同期)されている。
3−2−2. 系統の広域運営
電力系統の計画・運用においては、これらの特性を踏まえ、電圧や周波数の制御、そして、需
要に対応した電源の運転制御を行うことが要請される。その際、設備建設のリードタイムが長い
ことから、比較的長期の需要予測に基づいて計画を立てる必要がある。また、系統を所有・運用
する事業者は、自己の系統に加えて系統において他の系統を所有・運用する事業者間との協調が
要請される。
電力系統の連系については、我が国における広域運営体制として、9電力事業者 17と電源開発
株式会社によって中央電力協議会が設立されており、設備の有効利用から、電力融通が行われて
いる18。電力融通は、全国融通と二社間融通がある。全国融通には、①突発的に供給力不足が起
きた場合の需給相互応援融通、②供給力の余力を有効に活用する広域相互協力融通、③総合的な
運転費の節減を図る経済融通があり、二社間融通には、①特定発電設備の広域活用のための特定
融通、②隣接地における有効活用のための系統運用電力など、二社間の契約に基づいて行われる
ものや、③系統の常時連系されていることによる受給の意思とは無関係に行われる系統融通電力
がある。
電力会社が持つ系統の運用は、各電力会社が、発電所・送電線・変電所などの設備を電気の使
用状況や電力系統全般の状況を見ながら、発電所・変電所に運転指令(給電指令)を行う「給電
所」などが設置されており、例えば東京電力の場合には、更に、これらの給電所を3つの地域に
分けて、上位に東部系統給電指令所、東京系統給電指令所、西部系統給電指令所を置き、最上位
9電力会社は、沖縄電力を除き、北海道電力、東北電力、東京電力、中部電力、北陸電力、関西電力、中国電
力、四国電力、九州電力である。
18 広域運営体制は、昭和33年4月に発足した。運営組織は、中央電力協議会による中央給電連絡指令所(9電
力会社、電源開発)、東地域電力協議会(東地域給電連絡指令所)、中地域電力協議会(中地域給電連絡指令所)、
西地域電力協議会(西地域給電連絡指令所)がある。電力会社広域運営の目的は、電気事業法で、「電気事業者
は、電源開発の実施、電気の供給、電気工作物の運用等その事業の遂行にあたり、広域的運営による電気事業の
総合的かつ合理的な発達に資するように、卸供給事業者の能力を適切に活用しつつ相互に強調しなければならな
い」(第28条)と定められている。
17
10
IEEJ:2001 年 8 月掲載
に中央給電指令所が設置されている。中央給電指令所は、時々刻々と変化する需要と電力系統の
状況に応じた発電力調整と電力系統全体の総括管理・全給電所の統括管理をしている19 。
表2
融通電力量の実績(平成9から11年度 9社計)
(単位:百万 kWH,%)
融通銘柄
全国融通
平成9年度
受給応援融通電力
広域協力融通電力
経済融通電力
二社間融通
合計
【参考】総需要電力量(9社計)
平成10年度
44 (0.00)
157 (0.02)
447 (0.06)
52,116 (6.63)
52,814 (6.73)
785,323(100.)
8 (0.00)
163 (0.02)
174 (0.02)
58,812 (7.42)
59,158 (7.46)
792,355(100.)
平成11年度
17(0.00)
309(0.04)
757(0.09)
65,130(7.90)
65,130(8.03)
810,362(100.)
(出所)「電力受給の概要」平成 10 年∼平成 12 年度経済産業省資源エネルギー庁電力・ガス事業部編より作成
図8
電力系統の
電源・流通を
一貫した運用
・年度
・月間
・週間
・特別期間
翌日
中央給電指令所の職制
電力系統運用に関する検討データ
景気動向 社会の動き 気象状況 季節 曜日 地域別需要予測
燃料運用 環境 効率運用 発電計画 他社受電予定 IPP運転計画
電力設備補修計画 系統安定度 電圧安定性
事故対応措置 送電損失の低減 他電力の状況 操作安全・設備安全
・毎日の時々刻々の需要と系統状況に応じた的確な
発電力の調整による安定かつ効率的な電力供給
・当日の系統状況に応じた操作指令
・事故発生時の復旧操作指令
(出所)東京電力「中央給電指令所」パンフレットp7∼8、から作成
また、中央電力協議会の中央給電連絡指令所(中給連)では、電力会社の中央給電指令所と広
域給電運用システムや電話によって、各社間の融通の斡旋を中心として全国的な給電運用業務を
行っている。具体的には、基幹系統作業状況の把握や通信回線管理や、広域運用におけるルール
づくりなどを行う系統グループと、受給の調査・分析・集計、システム管理などを行う需給グル
ープ、そして、日々の融通運用を行う当直によって融通業務を行っている。経済融通では、参加
者は、中給連に設置された経済融通システムとインターネットを活用して中給連に受電または送
電希望を申し出て、経済性を追求する融通市場に参加する。中給連の経済融通斡旋システムによ
って自動で組合せ処理され、単価差の大きいものから順次選定し、経済融通の受給が行われてい
る。中給連では、経済融通は競争市場として認識し、透明性・公平性を確保して斡旋していると
している20 。
ところで、電源としての発電所を運転費の高低から分けて、最も安く発電コストを抑えること
ができる組合せとして、運転費が安いベース電源の稼働率を高くし、運転費が高いピーク電源を
ピークロードに稼動させる(なお、ベースとピークの中間の電源をミドル電源という)。中給連
では、その主な情報通信処理業務として、①融通業務処理(単価差計算、融通組合せ)、②需給
19
20
東京電力「中央給電指令所」案内パンフレット参照。
「広域給電運用のしくみ」中央給電連絡指令所より
11
IEEJ:2001 年 8 月掲載
予想、需給実績データ収集、各種広域給電運用情報の配信、④データベース化した各種実績等の
調査統計処理を行っている。
図 9 需要曲線
(出所)東京電力資料
図 10 電力供給の組合せ
(出所)電気事業連合会ホームページ(http://www.fepc.or.jp/jijyou/index9.html)
さて、電力系統では、我が国の場合、電力設備の建設や運用について、基本的に電気事業者の
自主運営とされているが、一般に各社が系統を連系して、供給予備力の節減や電源設備のスケー
ル・メリット、総合運用による運転費・供給設備の節減、広域運営による設備の効率化を図るこ
12
IEEJ:2001 年 8 月掲載
とができるとされる 21。しかしながら、例えば、スケール・メリットについては、単位容量の大
きな発電設備を建設するよりも、容量が少ない発電所を複数建設した方が、発電容量の調整や発
電所のダウン(電力供給不能事態)へのリスク軽減から良いと考えることもできる。分散型電源
の開発・導入の促進、需要対策の推進といった観点から、電力需要と供給能力の地域間アンバラ
ンスへの対応などについての議論もある。また、分散型電源の普及や特定規模電気事業の参入に
よって、系統への接続の問題が生じる。1つは系統運用の問題である。先に述べたように、系統
は、電気という財の性質からその運用はたいへんデリケートであるということが言える。従って、
系統の安定性を確保するための措置が必要である。そして、もう1つは、安定供給の問題である。
電力会社は、長短期の需要予測を行って、日々の安定供給に対応している。また、それに基づい
て、将来の電源開発計画を立てている。そこで、これらによる電力供給が急速に増減した場合の
需給バランスの問題と提供義務などの最終保障の問題が生じる(これらについては後で触れる)。
3−3.ネットワークの特徴と事業構造
3−3−1.通信網と電力系統の性質
通信網と電力系統の構成等について述べたが、まず、これらの違いについて認識する必要があ
る。そこで、通信と電力のインフラの比較において、公共財性という点から比較して論じること
もできるが、ここでは、この後に市場構造や事業形態、そして、競争の在り方などに言及したい
ので、産業特性に着目した点から比較し、考察する。
a.通信網
まず、第1に、受信・発信がランダムに発生する。従って、インフラ全体として見た場合、ど
の部分がいつ誰によって使われるかが定まっていない。換言すると、受信者と発信者が存在し、
各々の受信地、発信地によって、通信回線の使用される区間が決定される。特に、通信回線の増
加によって伝送ルートが多様化している。これに伴って、経路選択も複雑化している。
第2に、双方向であること、そして、第 3 に通信事業は、通信回線を通して双方の情報の伝達
を行うのであって、情報そのものの提供・発信を通信事業者が行うものではない。従って、基本
的には、その情報の内容は通信事業者が関知するところではなく、通信の秘密の保護として、見
てはならないものであり、業務上それを知った場合にも他に漏らしてはならない。ちなみに、放
送事業は、基本的には情報の発信を自ら行っている事業である。
更に、第 4 として、伝送サービスでは、すべて、データ、信号として送られるが、そのサービ
ス内容については、様々な付加価値化したサービスとして、サービス形態上は異なる提供が行わ
れている。例えば、音声サービスや、インターネット接続サービス、専用線サービス、また、伝
送方法などについても様々なサービス形態が存在している。
そして、第 5 として、通信事業者はキャリアであって、情報を伝送するサービスを提供するが、
そのための伝送設備を自ら設置・所有して行う事業者とこれらを持たずに他から借り受けてサー
ビスを提供する事業者が存在している。いわゆる「ハードとソフトの分離」が進んでいる。ちな
みに、放送事業制度では、基本的に「ハードとソフトの一致原則」が基本であるが、放送事業に
21
電気事業講座7「電力系統」平成 9 年、電力新報社、p24∼、参照。
13
IEEJ:2001 年 8 月掲載
おいても、その技術進歩から、「ハードとソフトの分離」が行われてきている22。
b.電力系統
第 1 に、発電場所から需要家までの使用される区間は、ほぼ画定されている。電力融通が行わ
れる場合であっても、隣接された系統を通り、系統を通って配電系統に至る(図 6 参照)が、実
際は、電気の提供という同質的なサービスのため、その電気がどこで発電されたものかを特定す
ることができないし、意味がない。従って、系統全体でバランスをとるため、系統の利用ルート
は実態とは異なる。
第2に、不可逆的すなわち、一方通行の流れである。セキュリティのためにループを形成して
おり、系統内全体として、負荷率や電圧が一定の範囲内に保たれるよう制御している。
第 3 に、障害発生時に、系統全体に及ぶ場合があり、広範囲に渡る停電という重大な事態が起
きる可能性がある。
第 4 に通信では、発信者・受信者の双方が直接ネットワークの便益を受けるが、電力ネットワ
ークでは、サービスを受ける需要家は、系統利用が目的ではない。通信では、情報の送受信の手
段として通信網を直接利用するが、電力では、電気を届けるために事業者が手段として利用して
いるということになる。
第 5 として、提供されるサービスは、需要に応じて電圧が調整されるが、基本的に電気という
同質サービスである。電気サービスは同時生産・消費という性質を持ち、蓄積ができないとされ、
実質的には、系統全体で需給バランスをとりながら、運用されることになる。
また、第 6 として、通信のような設備を所有せずに系統を借り受けて電気の提供を行う事業体
はない。系統を持たずに電力供給サービスを提供する場合には、託送という形がとられる。系統
は、広域運営から、連系して運用される。通信の場合のように、専用線を借りて付加価値化した
サービスを提供する形態は想定されていない。アグリゲーター(電力集荷サービス業者)が託送
を利用して電力供給サービスとそれに付随したサービスを提供することによって、サービスの差
別化を図ることは可能だろう。但し、ネットワーク上の電気という財そのものを付加価値化する
ことは難しいと考えられる。なお、現在の系統は流通する電力量から設計されており、容量に余
裕をもって多数の事業者が設置していく通信回線とは異なる。
さて、通信網と電力系統を比較したが、この違いは、ネットワーク上を流れる情報と電気とい
う財の性質が決定的に異なることから、インフラとしての性格が基本的に違うということが言え
るだろう。例えば、電力系統では、まったく独立した系統が複数存在し、競合するということが
考えられていない。これは、二重投資となり、社会的に非合理的と考えられている。すなわち、
社会的に共用性が高いということになる。しかしながら、通信網については、今まで見てきたよ
うに技術進歩が著しく、高速大容量を追求してきた結果、網構造はシンプル化し、伝送について
も、経路選択・転送という速度が落ちる処理をハード的に行えるようにし、通信網自体も銅線か
ら、光ファイバーへとシフトしつつある。光ファイバーの利用は、通信事業者以外の所有者のも
のを通信に利用できるようにする制度の創設が議論されているなど、ハードとソフトの分離を更
に進行させた。そして、ブロードバンド化した通信網では、様々なデータが大量に流れる。放送
22
足立育美 「情報通信事業における技術と競争の研究―Ⅰ―」
『法と行政』中央学院大学地方自治研究センター 第
10 巻 2 号(2000 年、1 月)、参照。
14
IEEJ:2001 年 8 月掲載
事業や、いわゆる情報家電と融合した様々なビジネスが展開されようとしている。そこで、通信
網の公共性も従来の電話網の時とは性質が変わってきているといえるだろう。通信網が部分的に
機能不全に陥った場合、電力系統のようにネットワーク全体に及ぶことは考えにくいが、社会経
済に及ぼす影響も大きくなってきており、通信事業者間で連携したセキュリティシステムの構築
が必要とされている。その意味では、電力と通信のネットワークは社会的インフラとして、極め
て重要であり、通信網の共用という点からも提供する財の性質は基本的に異なるものの公共性に
ついては近づきつつあるように思われる。
4.競争導入と制度
4−1.通信事業制度
4−1−1.事業者の分類と市場
電気通信事業では、通信網に競争が導入され、通信料金の低廉化や、VAN サービスの提供など、
電話サービスに加えて様々な付加価値サービスが提供されるようになった。制度においても、と
りわけ付加価値通信サービスを通信設備を持たずに提供できるようにしたことによって、多くの
事業者が参入し、サービスの多様化が進展することとなった。
法制度としては、電気通信事業法において、電気通信事業とは、‘電気通信役務を他人の需要に
応ずるために提供する事業’(第2条1項4号)であり、ここに言う“電気通信役務”とは、‘電
気通信設備を用いて他人の通信を媒介23 し、その他電気通信設備を他人の通信の用に供すること’
(第2条1項3号)としている。電気通信事業法では、電気通信回線設備を設置して通信事業を
行う事業者を第一種電気通信事業者(第6条1項2号)、これ以外の事業者(当該設備を所有す
る事業者の設備を利用して電気通信事業を行う事業者)を第二種電気通信事業者としている(第
6条1項3号)。
このように、電気通信事業法では、“電気通信回線設備”を設置し、これによる通信役務を提
供する第一種電気通信事業者と、第一種電気通信事業者から“電気通信回線設備”の提供を受け
て通信役務を提供する第二種電気通信事業者とからなる制度とした。そして、第一種事業者は、
自ら回線設備を所有して、通信サービスの提供を行う事業者であり、第二種事業者は、“第一種
事業以外の電気通信事業”と定義されているが、具体的には、第一種事業者から通信回線を借り
て通信事業を行う再販事業と付加価値サービス事業を行う事業者である。今日では、インターネ
ット接続業者(ISP:インターネット・サービス・プロバイダー)などが参入している。なお、事
業種別については、国内電気通信事業者と国際電気通信事業者の切り分けが行われており、第二
種事業者においては、一般第二種事業者と特別第二種事業者との事業種別があり、一般第二種事
業者は届出制で特別第二種事業者以外の事業者であり、特別第二種事業者は登録制で、国際サー
ビスを提供する事業者である。
このような事業種別による規制の違いは、公共性を担保するための規制と密接に関わっており、
これらは、それぞれの事業特性に基づいているとされる。この事業特性は、技術進歩によって可
23
自己と他人との間の通信は、他人と他人との通信を媒介することにはならないので‘他人の通信を媒介する’
ことにはならない。電気通信法制研究会編著「逐条解説電気通信事業法」
(第一法規出版、1987 年)p14、参照。
15
IEEJ:2001 年 8 月掲載
能となったいわゆるハードとソフトの分離によって実現できた。そして、いわゆるコンピュータ
と通信との融合24 によって、通信サービスの付加価値化が可能となり、多様な通信サービスの提供
において、競争原理の機能の有効性が指摘し得るのである。
第一種事業者は第二種事業者に比して強い規制が行われている25 。その根拠として、次のような理
由が考えられる。
第1に、第一種事業は、電気通信回線設備を持って、国民の多くが利用する情報通信サービス
を提供しており、この通信設備は、第二種事業も利用し、情報通信の基盤としての性格を有する
ものである。そして第2に、第一種事業は、通信設備の設置場所によってサービス提供区域が限
定されることから、ユーザは、サービスを受ける場合は当該設備の拘束を受けることになる。そ
して、ネットワークの加入者は、設備拘束性から当該ネットワークに拘束され易い。また、特に
加入者系網では、設備投資も多額の費用を用し、二重投資、埋没費用といった問題が伴う。第3
に、加入者が増加する毎に効用を高めるという性質、いわゆるネットワークの外部性がある。ま
た、電話サービスは、国民生活において必要不可欠なものとなっている。但し、電話サービス以
外のデータ通信サービスについても、今日においては社会生活にとって欠くことのできないサー
ビスとなっていると言ってよいだろう。
このような特性から、一般に、第一種事業は、先にネットワークを敷設して、顧客を獲得する
と競争上有利になる。更に、市場への参入にあたっては、巨額な設備投資に加えて、土地・道路
の占用等が必要となる26 。そして、これらの特性に鑑み、当初は、需給調整を含む参入許可制や外
資規制等が採られていた。
通信事業では、電気通信事業法などの事業法の他に、組織法である日本電信電話株式会社等に
関する法律(以下、NTT法)があり、いわゆる二本建規制方式が採られている。二本建規制方
式は、他の公益事業においても見られるものである27 。
平成11年に事業分離が行われ、NTT法の改正によって、持ち株会社である日本電信電話株
式会社(NTT)と、東日本電信電話株式会社(NTT東日本)及び西日本電信電話株式会社(N
TT西日本)を規制することとなった。従って、これらのNTT及び東西NTTは、電気通信事
業法上の第一種電気通信事業者であるから、他の第一種電気通信事業者と同様に電気通信事業法
上の規制を受けると同時に、特殊会社としての組織法としてのNTT法上の規制をも受ける。
改革の具体的契機として、‘第一に、コンピュータ技術と通信との結合による新たな利用形態(「データ通信」)
の自由化の問題であり、第二に、第二次臨時行政調査会による行財政改革の一環としての特殊法人の整理合理化
の推進であった’としている。舟田正之『電気通信事業における独占と競争 −NTT分割問題を中心として−』
「現代経済法講座 9 通信・放送・情報と法」(三省堂、1990 年) p83、参照。
25 ‘VAN事業の自由化をめぐる議論は、VANがコンピュータによる情報処理機能を伴うことから、原則的に
自由な活動が望ましいとする論と、それが「他人の通信の媒介」という通信機能をも有することから、一定の規
制が必要であるとの論との間の対立として展開された。後者は、VAN事業が電電公社の通信事業に悪影響(い
わゆるクリーム・スキミング)を与えないようにするための規制、あるいは、通信主権の実質的確保のための一
定の“外国性の排除”が必要であるとするものである’舟田正之 『電気通信事業における独占と競争』
「現代経
済法講座 9 通信・放送・情報と法」(三省堂、1990 年) p84・88 注(4)、参照。
26 通信回線設備敷設のための公益事業特権と第一種事業者における参入障壁については、例えば、品川萬里 『第
一種事業者の展開と課題−社会資本の産業化』
「ネットワーク社会と法」ジュリスト増刊 (有斐閣、1988 年)、
参照。
27 例えば、鉄道事業法と旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律との関係と同様である。公益
事業については、例えば、 松原聡 「民営化と規制緩和」 (日本評論社、1994 年)p67-69、参照。
24
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4−1−2.管理された競争から
通信ネットワークは、各家庭まで繋がる加入者系とこれらを結ぶ中継系とに分けることができ
る(図2)。更に、中継系として、海底ケーブルなど、国境を越えて回線が繋がっており、国内
に閉じたネットワークではなない。電気通信事業法では、加入者系と中継系というようなネット
ワークを分断する形での規定はしていない。しかしながら、組織法で、それぞれ市場を地域的に
画定して事業の棲み分けを行った。第一種事業では、当初、NTTは、国内(旧日本電信電話株
式会社法)、KDDは国際(旧国際電信電話株式会社法)として、営業地域を画定して個別法で
規制していた。但し、基本的には、NTTとKDDについてのみ、法的に域外サービスが規制さ
れていただけである。例えば、NTTは、国際通信業務は当初許されていなかった。また、移動
体通信事業についても、携帯電話・PHS とそれぞれ別会社化しての参入であった。
① 競争のための通信網の規制
中継系への事業者の参入によって、新規参入事業者の中継系通信網と加入者系通信網との接続
が競争上の重要な問題となった。接続料の算定など、中継系と加入者系と両方のサービスを提供
することによる範囲の経済性が問題となるのである。特に、NTT事業再編前、NTTが所有す
る各家庭までの加入者系通信網は競争上のボトルネックとして問題となり、その利用について、
エッセンシャル・フ ァシリティとして競争が導入されてから議論となっている。前述したように、
ユーザ情報等のデータ伝送網と、サービスを高度化する信号網というように、通信網が構造変化
した28。そして、 このことは、NCCの参入当時は、POI(Point of Interface:相互接続点)
は、1県1つであったが、市内交換機接続や、長距離通信事業者、CATV事業者や地域系通信
事業者との加入者回線接続、また、信号網接続などの通信網のオープン化など、競争のための整
備が要請され、競争環境も変化してきた。
例えば、接続制度として、スムーズな接続と料金の透明性や、網機能計画の公表、網機能のア
ンバンドル化(個別の提供)、コロケーション(局舎収容)、通信網の接続ポイント個所の増設
(例えば現在では、GC 接続の進展によって、IC/IGS 交換機接続29、NTT 東西の中継伝送路を利
用した GC 接続や自前伝送路又は他事業者の中継伝送路を利用した GC 接続;図13 参照)など
が整備された。しかしながら、両方を所有し、サービスを提供する旧NTTは、会計分離では不
十分ということもあり、事業分離されている。このことは、企業内及び企業取引における費用等
を企業外の者によってチェックすることは困難であるということを意味していると考えるべきで
あろう。また、通信網の接続においては、ある事業者が、当該通信網所有者に接続を希望する場
合に、サービス提供前にそのサービス内容等の情報が漏れてしまうことになる。当該通信網所有
事業者が統合型の事業者の場合、他の部署への情報を遮断するということは現実的には極めて難
しい。
通信網の構造変化について、足立育美「ボトルネックとプラットフォームの法理論」情報通信学会誌第 52 号〔第
14 巻 2 号〕(1996 年9月)、参照。
29 現在、県間二重帰属から県内二重帰属へ移行しつつある。
28
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図 11
デジタルネットワーク網階層構造
NSP (Network Services Control Point)
共通信号網
SZC (Special Zone Center)
ZC (Zone Center)
GC (Group unit Center)
図 12
POI の多在化のイメージ
信号網接続
市外交換機接続
市外交換機
共通線
信号網
市内交換機
市内交換機
加入者回線接続
NTTのネットワーク
加入者先端接続
POI ; Point Of Interface 相互接続点
(出所)「マルチメディア・ネットワーク」(1997 年),p45 を参照して作成
② NTT事業分離
第一種事業者の参入によって、通信料金が低廉化したことや多くの第二種事業者の参入によっ
て多様なサービスが提供されるようになるなど、一定の競争による成果が見られる30 。しかしなが
ら、NTTが加入者系及び中継系の全国的ネットワークを有し、既に公社時代から電話サービス
を営んでおり、顧客を抱えていることは競争上優位であり、とりわけボトルネック性のある設備
を所有することは、他の事業者はこれを使用せざるを得ないことから、様々な競争上・取引上の
問題を発生させている。例えば、ボトルネックとなるNTTの市内通信網を他の長距離通信事業
者や携帯電話事業者が利用しなければならなく、また、NTTでの市外収入の黒字を市内へ補填
する内部相互補助や、接続料金の問題など、NTTが市外と市内通信を一体的に提供するという
市場構造の優位性から市場構造にメスを入れることとなった。その結果、東西の地域通信会社と
長距離会社に分離し、これらと、NTTドコモ(移動体)とNTTデータ等を傘下にする持株会
30
その中の1つとして、桜井俊『電気通信事業の法的枠組みと現状』
「通信新時代の法と経済」
(有斐閣、1991 年)
を挙げておく。
18
IEEJ:2001 年 8 月掲載
社という体制にすることとなったのである(図 13)。
図 13
現在の接続形態イメージ
◎:S-POI(信号用相互接続点)
STP 交換機:共通線信号中継交換機
SZC 交換機:特定中継交換機
IC 交換機:区域内中継交換機
GC 交換機:加入者交換機
GS:関門交換機
IGS:相互接続用関門交換機
注) なお、STP交換機の更改時期をとらえ、
NTT長距離会社用とNTT地域会社用
の共通線信号網に分離して構築すること
とします。
(出所)NTT東日本ホームページ(http://www.ntt-eas t.co.jp/info-st/netplan/reorginf/info/info07/kyotsu.html )
図 14
NTT再編
NTT事 業 分 離
NTT東日本(県内)
持株会社
3兆200億円
NTT法適用
NTT西日本(県内)
2兆8800億円
NTTコミュニケーションズ(県外・国際)
9兆4500億円
9700億円
NTTドコモ(移動体)
2兆9400億円
NTTデータ通信 (情報システム)
6700億円
※金額;98年3月期決算ベースでの概算売上推定相互取引の消去や他グ
ループ会社の売上高参入をしていないため持株会社売上高と一致しない
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IEEJ:2001 年 8 月掲載
③ 事業種別と産業構造の変化
第一種事業と第二種事業との分離について、通信回線として光ファイバーが導入されるように
なって、更にハードとソフトの分離が進んでいる。すなわち、通信事業者以外の光ファイバー所
有者をキャリアズキャリアとして光ファイバーを通信事業に活用できるような制度が検討されて
いる。これは、光ファイバーを所有する事業者が自らは通信事業を提供しないが、設備を通信事
業者に提供できるようにした(〇種事業者)制度である。また、現在の第一種と第二種の種別の
撤廃が議論されている。特に、STM 方式の電話サービスから、IP ベースのサービスへ移行され
てくれば、第一種事業と第二種事業では、設備を所有しているかどうかの違いがあるだけで、キ
ャリアズキャリアの創設(芯貸事業)によって、設備についての規制とサービスについての規制
とで構成することが合理的とも考えられる。現在、設備を所有して通信サービスを提供する第一
種事業者のインターネット事業の提供について、インターネット事業の収益を通信料金に補助す
ることを防ぐ目的から別会社化にすべきとの意見がある。しかし、通信サービスが、IP ベースに
全面的に移行すれば、音声とデータ通信サービスの区別 31も合理的でなくなる。但し、設備を所
有してサービスを提供する場合に、設備事業を梃子にしてサービス事業を有利に進めるなどの競
争上の問題が生じる可能性があることに留意する必要がある。
4−1−3.通信事業における垂直統合型の合理性及び優位性
NCC が地域網から長距離、国内・国際へ垂直統合化を図ってきたこと、更にはインターネット
事業など、関連市場へ進出し、事業領域を拡大してきていることは、経営戦略上どのようなメリ
ットがあるだろうか。
また、通信インフラとしての合理的且つ効率的通信網とはどのようなものか、そして、それらが
公正且つ有効な競争の実現とどのように関係してくるのかは重要なことである。
通信事業では、シームレス(つぎめない)通信サービスを提供することによって、料金設定の
柔軟性が増す。垂直的事業者は、事業の垂直統合化、すなわち通信網の統合化をすることによっ
て、分離した事業者が接続する場合の接続・取引費用を削減することができる。また、統合化に
よって、様々な料金体系を実現できることになる。利用者にとって最も合理的となる料金選択を
提供することができる。そして、利用者に、ワン・ストップ・ショッピングの利便性を提供する
ことができる。
通信の場合、通信網の構造から、設備ベースの競争が可能である。実際、アクセス回線におい
ても複数の事業者が存在し、特に移動体など無線通信は通信市場において有効な競争事業者であ
ると考えられている。従って、従来の公益事業に見られた垂直統合事業者イコール独占的事業者
とはならないということである。このことは、垂直統合事業者が競争し合う市場が可能だという
ことである。
更に、光ファイバー網によるブロードバンド化によって、コンテンツサービス事業者が多数存
在してくることが考えられ、通信自体のコストは相対的に低下する。通信網の構造で述べたよう
31
電気通信役務の種類は電気通信事業法施行規則では、電報のほか、音声伝送は、‘概ね4kHz 帯域の音声その他
の音響を伝送交換する機能をゆする電気通信設備を他人の通信のように供する電気通信役務であってデータ伝
送役務以外のもの’で、データ伝送は、‘専ら符号又は映像を伝送交換するための電気通信設備を他人の通信の
ように供する電気通信役務’、専用を‘特定のものに電気通信設備を専用させる電気通信役務’としている。
20
IEEJ:2001 年 8 月掲載
に、通信網自体が大容量・高速化すると同時に、回線そのものはシンプルになってきている。換
言すれば、通信網の構造変化の結果、物理的な通信回線部分が通信サービスと分離可能となった
と考えることができるだろう。
ところで、大容量通信網のインフラとしての社会的位置付けは更に重要になると考えられる。
従って、公共性の確保のための規制が不可欠となる。実際、NTTは、自発的に所有する光ファ
イバー網の開放を打ち出している。
4−2.電力事業制度
4−2−1.電気事業
電気事業法では、電力サービスを提供する電気事業を一般電気事業、卸電気事業、特定電気事
業、特定規模電気事業に分類している(第 2 条 1 項9号)。一般電気事業とは、「一般の需要に
応じ電気を提供する事業」とされている(第 2 条 1 項1号)。そして、卸電気事業とは、「一般
電気事業者にその一般電気の用に供するための電気を供給する事業」(第 2 条 1 項3号)とし、
特定電気事業とは、「特定の供給地点における需要に応じ電気を供給する事業」としている(第
2 条 1 項5号)。また、平成11年の改正で設けられた特定規模電気事業とは、「電気の使用者
の一定規模の需要であって経済産業省令で定めるもの(特定規模需要)に応ずる電気の供給を行
う事業」であって、「①『一般電気事業者がその供給区域以外の地域における特定規模需要に応
じ、他の一般電気事業者が維持し、及び運用する電線路を介して行うもの』又は②『一般電気事
業者以外の者が一般電気事業者が維持し、及び運用する電線路を介して行うもの』であって、『第
17条第 1 項 1 号に規定する供給に該当するもの及び同項の許可を受けて行うもの』以外のもの」
としている(第 2 条 1 項7号)。卸電気事業は、200 万kW を超える発電設備によって、一般電
気事業者に対して電気事業者に電気を供給する事業32であり、卸供給とは、「一般電気事業者に
対するその一般電気事業の用に供するための電気の供給(振替供給を除く)」(第 2 条 1 項 11
号)で、千kW を超える一般電気事業用の電気を10年以上の期間に渡って一般電気事業者へ供
給すること、又は10万kW を超える一般電気事業用の電気を5年以上の期間に渡って一般電気
事業者へ供給することをいい、電気事業者以外で卸供給を行う事業者を卸供給事業者( IPP;
Independent Power Producer:独立系発電事業者)という。
このように、一般の需要家に対してでなく、一般電気事業者に対して電力の卸事業者として、
卸電気事業者を定義し、また、互いに密接な関係をもつ事業者間での電力の供給を行う場合に特
定電気事業として、1建物又は 1 構内など、供給地点が特定されている場合には、一般電気事業
に比し、規制を緩めている。そして、特定規模電気事業として、一般電気通信事業者のネットワ
ークを利用して使用最大電力が原則 2 千キロワット以上の需要者へ提供する場合(自営線を利用
する場合は、特定供給(第17条)の許可を受けるか、特定電気事業によらなければならない)、
32
卸電気事業は、平成7年の改正によって定義が変更され、発電設備の出力規模の用件が追加されている。しか
し、改正以前から出力規模に満たなくとも一般電気事業者との供給契約をしている事業者に対しては、卸電気事
業者とみなすとする経過措置がとられており、平成12年3月末現在で、34 の公営の事業者、20 の共同火力発
電事業者などそれ以外の事業者がある。また、200 万kW を超える発電設備を有している事業者は、電源開発(株)
と日本原子力発電(株)の2事業者がある。
21
IEEJ:2001 年 8 月掲載
「接続供給」(第24条の4)が受けられる。
「接続供給」とは、特定規模電気事業において、供給の相手方の需要に応じて、電力の品質(省
令で定められた範囲内の変動)を保証する(しわとりバックアップ 33や事故時バックアップ)も
のである。なお、「補完供給契約」(第 24 条の2)とは、一般電気事業者と特定電気事業者との
間で供給力に不足が生じた場合に、一般電気事業者がバックアップを行うという契約(認可制)
である。また、一般電気事業者が自営線によって、自己の供給区域外への特定規模需要への電気
の供給を行う場合は、電力ネットワークの規模の経済性に鑑み、一般電気事業者が行うことで、
二重投資の防止等の目的から、区域外供給(第25条)として許可を必要としている34。例えば、
電気通信事業法では、自営的な電気通信サービスでは、事業法の規制を課していない(適用除外・
第90条)のに対し、電気事業法では、補完供給契約などのように電気の供給の継続性の重要性
に鑑みて、制度化しているものと考えられる。
「振替供給」(第2条 1 項13号・第 24 条の3)とは、電力の供給受け渡し(託送)サービス
で、他の者から受電した電気の量に相当する量の電気を供給することである(約款認可制)。こ
れは、広域的な卸発電市場の形成や特定規模電気事業における小売託送を実現させるためのもの
である(いわゆる自己託送 35については、制度化されていない)。従って、実質的には、系統で
の電気の中継サービスであり、その利用に関し、差別的扱いがないように託送制度を設けている。
このように、電気事業法では、電気は、国民生活及び国民経済上不可欠のエネルギーであるこ
とから、‘非特定規模需要について、いわゆる地域独占性を認める一方で、その独占による弊害
を取り除くための規制等を行うととともに、供給者に対して交渉力を有する者(特定規模需要)
に対しては、供給者の選択を認め、供給者間の対等かつ有効な競争を確保するための接続供給に
かかる規制等により、電気の利用者の利益の保護及び電気事業の健全な発達を図る’としている 36。
「しわとり」とは、電力会社が、新規参入者による需要家への供給における需要量に対する発電量の不足分(3%
以内の同時同量の未達分)を補うことで、不可避的に発生するものである。
34 「電力構造改革 ―改正電気事業法とガイドラインの解説―」資源エネルギー庁公益事業部編(平成12年、財
団法人通商産業調査会)、p26∼27、参照。
35 「自己託送」とは、電気事業者以外のものが自己による電気の消費を目的として依頼する振替供給である。こ
れは、特定の需要家のために行われるものであるため、自己託送の広範な実施が一般電気事業者の供給責任の達
成が阻害されるおそれがあるとされている。
「電力構造改革 ―改正電気事業法とガイドラインの解説―」資源エ
ネルギー庁公益事業部編(平成12年、財団法人通商産業調査会)、p163、参照。
36 「電力構造改革 ―改正電気事業法とガイドラインの解説―」資源エネルギー庁公益事業部編(平成12年、財
団法人通商産業調査会)、p15、参照。
33
22
IEEJ:2001 年 8 月掲載
図 15 小売の部分自由化
部分自由化
新規参入者
特定規模
電気事業
(新規参入者)
電力会社
特別高圧受電
で使用規模が
2,000kW以上
(高圧以下)
電力会社
一般家庭、ビル
中小工場など
発電分野
送電分野
出所「あなたの知りたいこと」1999、p23 より作成
4−2−2.電力設備の所有と供給形態
電気事業における規制緩和では、効率化と公益課題、すなわち、エネルギーセキュリティ、ユ
ニバーサルサービス、供給信頼度、環境保全等を実現する議論が行われているところである。
平成 11 年に小売の部分自由化、そして、託送制度、料金制度の見直しなどが行われた。この制度
改正について、卸供給は、買い手が当該供給区域の一般電気事業者であることを意味し、系統電
力事業者が存在し、SBS(シングルバイヤー)に近く、これに対して、特定規模電気需要では、
発電事業者とユーザを直接つなげる仕組みであって TPA(第三者アクセス)に近いという指摘が
ある37。また、卸供給では、購入した系統電力事業者が他の電気と一緒にして、系統電力事業者
の事業における電力供給となる。特定規模電気需要では、系統電力事業者は、送配電のための系
統を提供するだけとなる。そこで、供給責任等、本来需要家への責任は、特定規模電気事業者が
負うべきであるが、最終保障約款、しわ取りバックアップなど、系統電力事業者に負わせている。
ところで、前述したように、電気通信事業法では、電気通信設備を所有する事業者と所有しな
い事業者とを定義している。しかしながら、電気事業法では、特定規模電気事業者と卸供給事業
者は、設備所有についての規定は特にない。特定規模電気事業では、①専用発電所の利用、②自
家発余剰を利用して自家消費しながら、③卸 IPP の余剰を利用して卸売りしながら、④発電所を
持たず他者から調達して、行うことが可能である。但し、卸発電事業者については、発電設備を
必ずしも所有する旨の規定がないことから、他者から調達して行うことが可能と考えられる。こ
の点について、卸供給事業者がある種のブローカー的な存在として小規模電源を調達して一般電
気事業者へ引き渡す役割を果たすことが可能であるとの指摘がある38。
4−2−3.電力自由化とインフラ
既に述べたように、部分自由化が行われているが、事業の効率化、それによる電力料金の低減
や多様なサービスの実現のために更なる競争の促進が必要である。しかしながら、電力事業にお
いては、必需のサービスであることから、自由化にあたっては様々な問題がある。特に以下のよ
うな問題が指摘できる。
37
38
多賀谷一照『電力自由化と法制度』
「電力自由化の諸課題 -平成 10・11 年度公益事業法制班報告書-」p11、参照。
多賀谷一照『電力自由化と法制度』
「電力自由化の諸課題 -平成 10・11 年度公益事業法制班報告書-」p13、参照。
23
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① 供給信頼度
競争を導入して、事業の効率化が進むと、当然のことながら、供給力が需要力と均衡してくる。
そのことは、すなわち、供給予備力がゼロに限りなく近づいてくると言うことを意味している。
従って、活発な競争による料金低廉化に伴う安定供給という問題が生じることとなる。そこで、
予備力を確保させるということになれば、そのコスト負担が問題となる。この問題はユニバーサ
ルサービスの問題でもある。
② ストランデッド・コスト(回収不能費用)
新規参入の発電事業者が、需要に対する供給のシェアを奪っていき、一般電気事業者の設備に
余剰が生じることになると、余剰設備に対する投資回収が困難になり、その負担をどうするかと
いう問題が生じることとなる。コスト負担の問題は、一般電気事業者が長期的需要予測に基づい
て供給計画を立てて投資を行っているものであり、このような政策変更による損失についてその
全額を当該一般電気事業者に負担させるべきではないというものである。しかしながら、コスト
負担を需要者に、電気料金に上乗せして徴収した場合に、競争の導入によって下げられた電力料
金がコスト上乗せの結果上昇してしまうという問題がある。
③ ユニバーサルサービス
例えば、総括原価方式・公正報酬率規制が撤廃され(通信では、撤廃され料金も届出制となっ
ている。また、一部にプライスキャップ制が導入されている)、競争が活発化してくると、電気
という必需のサービスから、サービスを受けられなくなることがないようにするという問題であ
る。また、このことは、供給義務や最終保障の問題でもある。
④ エネルギー安全保障と環境問題
資源の乏しい我が国では、資源の確保と環境問題に配慮しなければならない。そのためのコス
ト負担の問題である。この中で、原子力が競争市場の中で機能していくのかと言う問題がある。
セキュリティや環境のために、強制的な特定電源対策を講じる必要があるだろう。また、これと
関連して、環境税や炭素税の導入についても問題となることが考えられる。
⑤ 系統の利用と運用
託送制度は整備されているが、系統を所有する事業者と所有しない事業者との間で、公平な競
争が行われるかという問題(この問題については後で触れる)がある。また、発電事業者が増え
ると系統の運用が難しくなることが考えられる。
現在、系統の運用形態や電力取引市場など、制度全体をどのように設計すべきかということが
議論されているところである。
5.
事業構造とネットワークの公共性
5−1.インフラと産業構造
既に述べたように、いわゆるネットワーク産業であっても、それぞれの事業特性があり、従っ
てネットワークの性質も異なる。しかし、通信と電力では、垂直統合型として形成された経緯か
ら、似たような進展も想定できる。と言うのは、もし仮に、電力事業が、通信事業のように、ヒ
エラルキー型から、分権的な指向性を持つと考えれば、系統の形も変わってくるかもしれない。
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IEEJ:2001 年 8 月掲載
通信には、電力の発電に相当する情報発信事業は別の産業として区別される。そして、情報発
信は、事業としてだけでなく、一般ユーザも含まれる。一般に、情報通信事業と言った場合に情
報発信事業を含める。通信事業は、情報伝達事業である。この点から言えば、情報発信事業は、
分散されている。情報は、放送事業などの議論でも基本的人権や民主主義の理念とも絡むもので、
ある意味で特別な財である。多様性や、情報発信の権利など社会の根幹に関わる議論である。そ
こで、電気という同質の財を提供する電力事業とは異なるが、電力においても技術的に、分散化
傾向が見られる。すなわち発電の分散化である。技術革新によってヒエラルキー型の中央集権で
なく、分権的なシステムをベースとして形成していくシステムとなることも将来は考えられるか
もしれない。
ネットワークインフラ部分について言えば、財の流通ネットワークとしての特徴として捉えら
れるならば、通信と類似性を持つ。しかしながら、通信のようなネットワークがいくつも並行的
に作られ、競争するということは、そこを流れる財の性質から、すなわち、電力系統全体のバラ
ンス制御を行わなくてはならないと言うことからすると現在では考えにくい。但し、通信ネット
ワークについても、ネットワークインフラ全体としてのセキュリティシステムを整備する必要が
ある。通信の場合、電力と異なり、ある回線が混雑しても、その部分で、別の経路に切換が行わ
れると同時に、部分的に接続できない状態になる場合があるだけである。相互接続されている通
信ネットワーク全体に及ぶ危険はほとんどない。しかしながら、大容量化し、ブロードバンド化
して情報家電などネットワークに接続する機器(アプライアンス)が進展し、いつでもどこでも
(Ubiquitous)通信が可能な、いわゆるユビキタス・ネットワークの時代に入った場合には、通
信網の部分的な障害発生で瞬時でも切断された場合には社会的な影響は大きくなる可能性がある
だろう。
5−2.統合化と分離と独占化行動
電力事業の制度設計においては、系統の運用・利用をどうするかによって、制度設計が大きく
変わってくる。電力事業における垂直統合のメリットは、需給予測と供給計画による系統設備の
整備・計画による安定供給の提供並びに、ワン・ストップ・ショッピングが考えられるが、実際、
現在も電力会社の垂直統合を維持するべきとしてこのような主張がされているとすれば、それは、
競争が活発に行われていないためであると考えられる。すなわち、安定供給の問題は、地域独占
でない限り電力会社の垂直統合とは直接関係がないのである。既に部分自由化が行われているこ
とを考えれば、発電事業者の参入(特に、最新技術で比較的建設リードタイムの短い発電設備な
どの場合)や、託送が増えることになれば、とりわけ系統運用に影響を及ぼすだろう。自由化は、
前述したように、安定供給を確保するために部分的に行ったのであり、有効な競争が行われるた
めには、先ずは発電や小売での参入障壁を取り除くことをすべきである。現在の自由化されてい
る特別高圧は、全体の需要の約32%程度 39である。従って、部分自由化は、安定供給の問題を
先送りにしたもの、若しくは、急激な自由化による影響を考えてのことであると考えられる。但
し、通信事業の自由化における経験に基づけば、事業者の参入が増えれば、次の段階として、系
39
平成 12 度電気事業便覧によると、全体で 568,686,310(単位 1,000kWh)の内、特別高圧が 187,531,444(単
位 1,000kWh)である。
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IEEJ:2001 年 8 月掲載
統の運用が必ず問題となってくる。系統の公平な利用を確保する制度として、既に述べたように、
会計分離や企業内部の別部門化程度では限界があるということである。そして、通信では、公正
競争の点から接続制度が整備されたが、NTTに対して物理的相互接続を実現するためのネット
ワークへの対応をとらせた。従って、制度変更を予定していない現在の系統では、競争に対して
は未整備と言っていいだろう。
ところで、情報通信においては、ハードとソフトの分離から、通信網を所有する事業者と所有
しない事業者との通信設備に関わる取引上の問題がある。また、通信網を所有する事業者間の接
続など他の事業者の通信網を利用する必要性がある場合などについても問題となった。すなわち、
これら事業では、事業を営む上で設備を利用しなければならないという制約を生じるのであって、
ハードとソフトが分離されても取引上設備の拘束を受けている。また、設備における技術の問題
に加えて、通信とコンピュータ(情報システム)との融合によって、コンピュータ分野における
技術の独占に関連した問題も今後生じる可能性がある。これは、前述したように、重層的なサー
ビス構造となっていて、例えば、その中であるサービス分野で支配的な事業者となった場合に、
関連市場へ事業領域を拡大し、支配的な事業分野をいわば梃子として関連市場でのシェアを拡大
していくことが問題となる。その結果として、事業領域の拡大は、関連市場を取り込むことによ
って、当該関連市場自体を消滅させてしまうことがある。すなわち、この場合には、ある製品市
場での競争が行われなくなり、吸収消滅してしまうことを意味する(水平的な拡大)。しかしな
がら、別の観点からは、技術の進歩として、サービスの統合化は、消費者利益に適うと捉えるこ
ともできることから、難しい問題だといえるだろう。なお、この戦略は、マイクロソフトなどに
見られるものと類似している 40。そして、特に、公益事業として規制を受ける事業を梃子として
行われる場合、或いは公共性のある設備を用いて行われる場合が問題となる。NTT では、垂直分
離を行ったが、最近では、インターネットサービスなどの分野への拡大がむしろ問題となってい
る。しかし、通信網の高速大容量化は、通信コストを下げることから、収益性の高い分野でのサ
ービス提供が不可欠となってきている。更に、通信サービスの傾向として、料金が距離に依存し
ないことから、特に、分離した地域会社はサービス提供区域が規制されていたので、収益性から
厳しい状況になることが容易に考えられた。通信では、垂直統合的なメリットを享受しながら、
有効な競争を実現する政策を採るべきである。そして、垂直的な拘束を利用するロック・インや、
関連市場への事業領域の拡大などについて、競争政策上留意する必要があるだろう。
40
マイクロソフトの OS とブラウザの抱合せ販売や、ブラウザの機能を追加して機能拡大と供に、各機能分野での
競争を有利に進め、独占化していく行動が問題となっている。いずれも OS 分野におけるシェアを梃子として関
連市場におけるシェアの拡大を図る戦略と捉えることができるだろう。なお、現在、マイクロソフトの反トラス
ト法による企業分割が司法省とで争われている。
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IEEJ:2001 年 8 月掲載
図 16
競争上の問題
垂直分離
①事業領域の拡張
②シェアの拡大
電力事業において、そのような問題が発生するかについては、電力産業がどのような市場構造
となるかによる。これについては、今後の電力ビジネスが、「バリューチェーン(価値連鎖)型
垂直統合」という構造変化を起こすという指摘がある 41。これによると、自由化に伴って、既存
の電力会社などが、固定的な垂直統合組織から、一つ一つのビジネスの有機的繋がりに基づくバ
リューチェーン型の経営体となる。すなわち、発電、小売の二つの市場ができた場合、発電、送
電・系統運用などのビジネスの集合体に分かれ、繋がりあったそれぞれの付加価値の最大化を組
み合わせた利益構造ができるということである。この産業構造で、最も需要家に近いソリューシ
ョンビジネスから、上流部へのビジネスへ影響を与えてくることが考えられる。そこで、通信の
ように伝送と密着した階層的な事業構造はないが、チェーンとしてのブランド力を行使する問題
が生じる可能性がある。そして、考えられる問題の一つに、垂直統合のメリットを生かして顧客
を囲い込む戦略がある。需要家のへの拘束性が強い場合に、他の事業者に乗り換えるまでにある
程度の期間を要するとすれば、この時差を利用して価格を低く設定して他事業者を牽制すること
が考えられる。
図 17
バリューチェーン型垂直統合イメージ
発電
送電/系統運用
配電
エンジニ オペレー
アリング ション
大口顧客
パワー
マーケティング への小売
小口顧客
への小売
ソリュー
ション
規制下のビジネス
競争下のビジネス
(出所)「電力改革の構図と戦略」P128 図 10 からの一部を加筆修正して作成
また、電力事業者の通信事業やガス事業へ進出、そしてガス事業者の電力事業への進出など相
互参入ということが考えられる42 が、マルチエネルギー企業として、範囲の経済性を追求するとき
に競争上の問題を生じることが考えられる。例えば、数社のブランド力のあるエネルギー総合ビ
41
西村陽「電力改革の構図と戦略」
(電力新報社、2000 年)P126∼、参照。
42
英国では電力・ガス、更に水道と結びつく動きがある。
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IEEJ:2001 年 8 月掲載
ジネスを営む企業が、そのブランドの信頼性から顧客を獲得している場合に、ブランド力のない
企業が多少価格を下げても顧客を奪えない場合が考えられ、ブランド力のある企業が範囲の経済
から実際は、価格を下げることが可能であるにも拘わらずこれら企業がほとんど同じ価格で、シ
ェアを分け合っているとする。この場合、ブランド力のある企業のうち1社が価格を下げた途端、
一気に顧客がその企業に流れ込み、シェアを拡大する可能性がある。そして、これによって他の
ブランド力のある企業も追随して価格を下げざるを得なくなり、価格競争に突入する。そこで、
これらブランド力のある企業は価格競争を回避したいがため、他社が価格を下げるまで、価格を
下げない可能性がある。すなわち、価格競争によって、顧客の奪取及び利益率の低下などを避け、
現在の安定したシェアを維持するために、価格を下げないという協調行為が起こることが考えら
れる。このような、協調行為は、明確な互いの合意、或いは意思の疎通がなくとも行なわれる。
特に公益事業における寡占協調行為については、留意する必要がある。協調行為を助長するよう
な客観的事実が認められれば規制すべき場合があるだろう43 。
そして、それぞれの事業者が各市場で競合する場合に、複数市場で接触する時に協調行為が起
こる可能性がある。この複数市場における接触問題(multimarket contact)では、ある市場で競
争的行動を採ると他の接触する市場において、他社から一斉に反撃に出られることを恐れるため
に競争的行動を控える結果、強調的行動を採るというものである。この場合、各単一市場を見る
限りでは参入者の増加によって競争が激化しているようでも競争抑制のために価格の下落が見ら
れないということが起こりうる44 。
ところで、競争上の問題は、具体的には、当然ながら、その時の制度、規制などによって、問
題の生じ方も違ってくる。例えば、垂直統合のメリットの行使が、競争上公正かどうかは、当該
市場構造によって異なってくるだろう。但し、通信にしても、電力にしても、ある市場における
力を利用して、関連する市場で競争上有利にするという戦略は常に起こりやすい。
5−3.電力自由化と垂直分離
先に述べたように、通信網と電力系統では、その性質は異なる。しかし、今まで論じてきたよ
うに、ネットワークの性質から、産業構造及び競争市場構造の変化を技術がもたらしている。技
不公正な取引方法(第2条9項)では行為類型を限定列挙しており、寡占協調行為はこれらに抵触しないので
規制することができないとの指摘がある。また、米国では、意識的並行行為が純粋な形で成立することは希であ
ってこれらの行為を誘因する何らかの作為(並行行為へのプラス要素)が行われている場合には違法行為として
認定している。例えば、価格情報の交換や値上げの事前公表など、とりわけ、事前公表は顧客への事前通告の必
要性から直ちに違法と認定できない。しかし、1990 年控訴裁石油製品判決(Petroleum Products Antitrust
Litigation, 906 F.2d 432 9th Cir. 1990)では、寡占市場においても並行的値上げの事実だけからでは合意を
認定できないが、卸価格引き上げの事前公表が競争相手の追随値上げを誘うために行われたとみられる場合には、
「明示あるいは黙示にかかわらず、価格引き上げあるいは安定のための」合意とみなすことができるとした。そ
して、小売業者に対しては個別に値上げを通知していたので「“卸価格”についての情報の一般公開は、相互依
存的か共謀的な価格調整以外の公共目的がほとんど考えられない」としている。また、値上げ公表が小売価格値
上げの広告によって行われた場合には判決結果が異なっていただろうと判決自身が述べており、注目すべき事件
であると指摘している。前掲・滝川、p80∼82・88∼90。また、独占禁止法では、価格引き上げの理由につい
ての報告の聴取に関する制度が設けられている(第18条の2)。
44 ゲームの理論として、Berheim,B.D. and Whinston,M.D. ”Multimarket Contact and Collusive
Behavior,”Rand Journal of Econmomics, Vol.21(1990)。公益事業におけるマルチマーケット・コンタクトの問
題の可能性についての指摘では、村上礼子 公益事業学会第 51 回大会(2001 年 6 月 9 日)研究発表。
43
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IEEJ:2001 年 8 月掲載
術は刻々と進化し、制度の前提となっていた産業の特質というべきものに変化をもたらし続けて
いる。通信では、コンピュータ分野の技術進歩や設計思想の進化、更には、デジタル化や圧縮技
術の進展、また、通信技術そのものの進歩などによって、通信ネットワーク自体の性質が変化し
た。そして、電力では、制度の基本として据えられている生産・流通・消費が同時に行われなく
てはならないというものも、将来、電力の蓄積・貯蔵技術の進展によって根本的に改革しなくて
はならない日がくるかもしれない。
電力でいう発電は、通信でいう情報発信者にあたる。通信では、個人や、放送事業を含めコン
テンツを提供する、様々なビジネスによって提供されている。多数への配信は、放送事業の典型
であるが、通信事業は、情報発信の多様性を前提としたインフラである。
電力事業の場合、電力系統の公共性に鑑みれば、純粋に公正な競争を実現するために、電力系
統を他の事業から分離することが望ましいだろう。それゆえ、諸外国では、電力系統の独立運営
が試みられているのである。(なお、電力会社の垂直分離を強制し、系統を独立の系統運用事業
者へ帰属させる場合には、私有財産権の問題を生じる。この問題については、独占禁止法上の事
業分離(構造規制)の問題 45などとともに別に研究テーマとしている。)しかしながら、それに
よって、公共性をどう確保し、有効な競争を実現するかという新たな問題を惹起する。また、前
述したように、電力容量の問題など、現在の我が国の電力系統では問題があるといわざるを得な
い。しかし、通信で見たように、POI をNTTに対し設定させたように、或いはコロケーション
など、競争のためにインフラの在り方に様々な規制を設けている。電力でも、自由化を拡大して、
とりわけ、分散電源の普及や、先ずは小売事業の自由化によって、電力系統の競争市場への対応
を段階的に行う必要がある。
通信では、とりわけ、大容量化した通信網は、放送事業などからの様々なコンテンツがデータ
として流れることとなり、社会的に極めて重要なインフラとなっている。但し、通信設備ベース
の競合の可能性がある。今後、更にあらゆる産業と情報通信とが結びついてくれば、障害発生時
には、電力同様に、一時的な不通とはいえ社会に重大な事態をもたらすことにもなりかねない。
従って、電力系統と同じように、通信も道路のように、誰もがアクセスし、利用することができ
るようでなければならない。そういうことからすると、今後の技術進歩如何では、更なる高速大
容量の通信網が実現したときは、電力とインフラの性質が近付くかもしれない。外国の電力事業
で行われているように、将来、通信網についても所有や運用を切り離して提供される可能性があ
る。インフラの競合性の問題は、その時の技術によって変化していく。
45
我が国の独占禁止法では、構造規制(第 8 条の4)が設けられている。条文から、行為規制に抵触する違反行
為がなくとも適用できる純粋構造規制と考えられる。構造規制では、例えば公正且つ有効な競争を行っていても、
その結果として、ある企業が一人勝ちして圧倒的なシェアを奪ってしまうことがある。これによって競争が機能
しなくなることがある(いわゆる市場の失敗である)。この場合に、独禁法では、構造規制を発動することがで
きる。しかし、日本ではこれが適用されたことはない。なお、NTT は民営化され、その後事業分離が行われて
いる。NTT の分離・分割問題は、民営化された際に NTT 法付則2条に、‘政府は、会社設立の日から5年以内
に会社のあり方について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずる’としていることから、その後の
事業分離についても民営化に併せた議論と考えることができる。米国では、現在マイクロソフトの事業分離が問
題となっている。但し、米国でも、過去に適用されたのは、AT&T 分割のみである。
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6.おわりに
通信に比べれば現在の電力事業では活発な競争が行われているとは言い難い。勿論、先にも述
べたとおり、通信とは事業上異なる点が多々あり、とりわけ、系統運用にあたっては、慎重な検
討が必要なことは既に述べた。自由化のために国民全体の生活を脅かすような事態に晒すなどと
いうことは到底あってはならない。しかし、既に、外国では、発送配電分離による自由化が行わ
れているのであり、ここで着々とノウハウや技術を蓄積しているだろう。従って、これらをもっ
て、我が国に自由化を迫ってくることは容易に考えられることである。もとより、我が国におけ
る料金の高止まりは、国際的な産業競争力にマイナスとなっている。
ところで、自由化された通信市場へ電力系通信事業者が積極的に参入している。そして、参入
した電力系事業者は、通信事業での競争阻害についても積極的に発言して、自由化に貢献してき
たと言える。逆にいえば、競争の効用を体験的に知っているわけで、その意味では、電力事業者
は、電力市場においても積極的に競争を導入する姿勢を持たなければならないだろう。いや、そ
れは、おそらく通信や電力という公益事業に基本的に求められるものだろう。公益事業が、規制
に縛られてきたが逆に、規制に守られてきたのでもあり、特権的に当該事業を営んできたのであ
る。自由化による参入の機会を開くということは、社会に職業選択の自由の機会を提供するとい
うことでもあり、公益事業者は、新しい技術を導入して、効率的な運営及びよりよいサービスの
提供をする絶え間ない努力をすべきである。そして、そのために競争原理の導入が有効な手段で
ある限り、競争可能な領域を拡大して、新規事業者を当該市場に受け入れ、公正且つ有効な競争
によって公益事業の社会的責務を果たすべきである。
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