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第2章 TPD カーブ

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第2章 TPD カーブ
第2章
TPD カーブ
第2章
TPD カーブ
TPD カーブから得られる情報は,まず脱離ガスの種類と脱離温度である。条件の変更やカーブ
の解析により,脱離物質の定量,活性化エネルギーなど脱離物質に関する様々なデータを得るこ
とができる。ここでは,TPD カーブから分かることを述べ,ついで TPD カーブに関する基礎的事項
について主に理論的取り扱いを述べる。
2.1
TPD カーブから分かること
2.1.1
TPD カーブ
TPD は,真空下で試料を一定
の昇温速度で加熱し,脱離する
ガスを QMS で調べるものであ
強度
る。TPD カーブは,図 2.1 に示
すように,脱離ガス中のある一
つの m/z に対して温度または時
間(横軸)に対する QMS のイオ
ン強度(単位はアンペア
A)変
化(縦軸)を示したものである。
温度または時間
他の m/z に対しても同様に
TPD カーブを測定できる。一
般的には温度変化を横軸にと
度は脱離の反応速度および脱
離ガスの脱離量に対応してい
強度
ると解析がしやすい。イオン強
る。脱離量の定量値は,標準物
質の脱離量で検量することに
より得ることができる。
温度または時間
さ ま ざ ま な m/z に 対 し て
TPDカーブを測定する。対象と
するm/zは,調べたい試料につい
図 2.1 TPD カーブの例
て考察して脱離するm/zを予測し
て決定する。または最初にすべて
38
第2章
TPD カーブ
のm/zについて調べておき決定してもよい*1。得られたTPDカーブの強度を調べる。測定す
る試料にもよるが,最も大きな強度を示すTPDカーブの最大値が 10−9A程度であれば解析
に用いることができる。それより小さくても可能であるが,カーブの精度が劣ることもあ
る。それより大きいと温度を横軸にとってカーブを示すと変形することがあり解析が難し
くなり好ましくない。ピークの最大値が 10−9A程度であれば,10−11A程度までのTPDカー
ブは解析可能である。カーブが 10−9A程度の強度を示す場合は,脱離量は 10−7∼10−8モル
程度であり,TPDとしては良好に解析できる量である。解析可能なTPDカーブの強度の下
限は 10−11∼10−12A程度である。このときの脱離量は,10−10∼10−11モル程度である。TPD
測定の下限は約 10−10モル程度であるから,条件によっては下限を下回ることがあるから注
意する。
2.1.2
TPD カーブから分かること
TPD カーブから得られる情報は以下のとおりである。
1)脱離ガスの同定と定量
さまざまな m/z について TPD カーブを測定すれば,m/z の種類とカーブの強度より,脱
離ガスを同定することができる。このカーブ面積を測定することにより脱離ガスの脱離量
を定量できる。定量は標準物質の脱離量に対して検量線を書くことによる。だから,定量
できるものは検量線が得られているものになる。
2)脱離物質の同定
いくつかの m/z に対する TPD カーブを解析することにより,脱離した物質を解析できる。
3)脱離物質に関する情報(物質の試料内の状態―構造,結合状態,環境など)
TPD カーブは試料内の物質の状態,すなわち結合,構造やその物質のまわりの環境等に
関する情報を与える。図 2.1 は,TPD カーブの例としてある m/z に対する TPD カーブを
示す。いま,ある物質 X が試料に含まれているとする。この物質は表面に吸着していても
よいし,試料内の細孔に吸着していてもよく,試料内部に含まれていてもよいし,試料内
のある物質と化学結合していてもよく,試料を構成する成分でもよい。これが加熱による
分解または脱離により,脱離ガス Y(ある m/z を含む)となって試料から放出され,QMS
で観測されたとする。ここで X は Y と同一であってもよいしその分解物であってもよい。
図 2.1 はその m/z に対する TPD カーブである。
図 2.1a は 1 つの温度領域でYの TPD カーブが観測され,b では 2 つの温度領域で観測さ
れた。1 種類の TPD カーブは 1 種類の脱離に対応していると考えてよい(1 種類の TPD カ
ーブはどのようなものかは後述する)。だから,a では X の脱離は 1 種類であり,ある温度
1
SCAN測定である。
39
第2章
TPD カーブ
領域で脱離することがわかる。それに対して b では,X の脱離は 2 種類で 2 つの温度領域
で脱離している。このことは,X は,a では 1 種類の状態で試料内または表面に存在してい
ることを示しており,b では 2 種類の状態であることを示している。ここでいう状態とは,
X の構造,結合様式やまわりの環境による相互作用の結果である。これは他の解析手段と組
み合わせることにより解析できる。
4)脱離の反応速度論
カーブを解析することにより,脱離の反応速度論的解析が行える。すなわち,脱離の反
応次数,活性化エネルギーを解析できる。脱離反応が一種類の物質の脱離であれば,その
反応次数はカーブの形状から判断される。そのさい,脱離が表面のみか内部から表面へ拡
散して起こったのかを区別する必要もあるが,これもカーブの形状などから判断できる。
だから,TPD カーブの解析により分かることをまとめると,以下のとおりである。
① 脱離ガスを同定し,定量できる,
② 脱離物質を解析できる,
③ 物質の状態,すなわち結合,構造やその物質のまわりの環境等に関する情報が得られる,
④ 脱離ガスの反応速度論的解析ができる。すなわち,脱離の活性化エネルギー,反応次数
に関する情報が得られる,
これらの情報は,TPD カーブを解析することによるが,そのためには上の事項とカーブ
の形状や条件によるカーブの変化などに関する関係を知る必要がある。以下では,それら
に関する理論的取り扱いを中心にして記す。
40
第2章
2.2
TPD カーブ
圧力変化と脱離物質
TPD 装置内に試料をセットし,加熱するとガスが発生する。いま TPD 装置内(系内)の
排気速度が発生するガスによる圧力変化より充分に大きいとき,系内の圧力の時間変化は
無視できる。このとき,物質が放出されると系の分圧 P は脱離する物質の脱離量(正確に
言えば単位時間・面積あたりの脱離量)に比例し,(1)式で示される。なお,簡単のため以
下では,放出される物質は一種類として考察することにする。
P=
A
× v (t )
K ⋅S
(1)*2
ここで,Aは試料面積(m2),Kは分子換算定数*3,Sは排気速度(m3/s)およびv(t)は単位
時間・単位面積あたりの脱離量つまり脱離速度(脱離率)*4(molec./s・m2)*5である。
すなわち,分圧 P は脱離速度 v(t)に比例することを示している。
脱離する物質の全脱離量(N)は,v(t)を加熱の全時間(脱離の全時間)
(0 から t とする)
で積分したものであるから,(2)式で示される。
t
N = ∫ v (t )dt =
0
K ⋅S
A
(2)
t
∫ P(t )dt
0
すなわち,脱離のスタート(0)より時間tまで圧力を積分することにより,脱離物質の全脱
離量が得られる*6。だから圧力の変化を調べればよいことになる。
しかし,TPD では一般的に QMS が使用され,脱離ガス量は QMS のイオン電流として
計測されるから,圧力変化よりむしろ QMS のイオン電流量を測定することになり,このデ
ータに基づいてさまざまな考察をすることになる。
2
(1)式の導入は,appendixに示す。
理想気体の状態方程式より,2.43×1020molec./Pa・m3(25℃)とする。
4 「脱離率」も「脱離速度」も同じ意味である。論文により両者が用いられているので,併記した。
5 molec.=分子
6 TPDで用いられるターボ分子ポンプ(TMP)の排気速度は,H やHeのような軽い元素では遅くなる。
2
そのため,系の全圧から全脱離量を計算できない。
3
41
第2章
2.3
TPD カーブ
脱離の反応速度論
2.3.1
Polanyi-Wigner 式
表面に 1 種類の物質が吸着または物質が均一に吸着している系を考える。吸着している
物質の表面濃度(被覆率)*7をθ(molec./m2)とすると,物質の脱離速度(脱離率)v(t)
は表面被覆率の単位時間あたりの脱離量と考えてよい,つまり表面被覆率を時間に対して
微分したものと考えてよい。これは,Polanyi-Wigner式として示される((3)式)。1)
− a
dθ
n
= ν nθ e RT
v(t ) = −
dt
(3)*8
E
ここで,υnは頻度因子であり温度と表面濃度の寄与が含まれる。Eaは脱離の活性化エネル
ギーであり表面濃度の寄与が含まれる。nは反応次数であり表面濃度の寄与が含まれる。θ
は表面濃度,Rは気体定数(8.31451J/Kmol),Tは絶対温度である。
2.3.2
一定昇温条件下における脱離の反応速度
さて,TPD では一定の昇温速度で試料を加熱する。だから,時間 t における温度 T は昇
温速度β((4)式)を用いて(5)式で示される。
β =
dT
dt
(4)
T = T0 + β t
(5)
ここで,T0は反応開始時の温度である。
だから,(6)式が成立する。
dT = β dt
(6)
(3)式は,(6)式を用いると(7)式になる。
− z
1
dθ
n
= − ν nθ e RT
dT
β
E
7
8
(7)
表面の単位面積あたりに吸着している物質量なので「被覆率」ともいう。
ちょっとくどいが,(3)式は単一物質または均一濃度の場合に成立する。
42
第2章
TPD カーブ
反応開始時から温度上昇とともに脱離反応が起こりその速度は温度とともに速くなり,
ある温度(Tp)で最大値となり,その後反応速度は減少し,速度ゼロとなって脱離反応は
終了する。TPDカーブは反応温度の上昇とともに強度が大きくなり,Tpで最大値となり,
その後強度は減少して反応終了で強度ゼロとなる。
Tpでは(8)式が成立する。
⎛ dv ⎞
⎜
⎟ =0
⎝ dT ⎠ t p
(8)
dθ
dθ
= −β
dT
dt
v=−
であるから,(3),(7)および(8)式から(9)が得られる。
⎛ d 2θ
d ⎛ dθ ⎞
⎛ dv ⎞
0 = ⎜
= −
= ⎜⎜
⎟
⎜
⎟
2
dT ⎝ dt ⎠ T p
⎝ dT ⎠ T p
⎝ dT
nθ
dθ
+θ
dT
n −1
E
a
RT
p
n
⎞
⎟⎟
=
⎠Tp
(9)
2
(9)式は(10)式のことだから,(3)式と(10)式から,(11)式が得られる(T=Tpとする)。
E
a
2
RT
E
RT
= −n
p
a
2
p
=
1
β
1 dθ
θ dT
ν nθ
n −1
(10)
−
e
Ea
RT p
(11)
(11)式の自然対数をとる。
ln
E
RT
a
2
p
= ln
1
β
ν nθ
n −1
−
Ea
RT p
整理すると(12)式となる。
43
第2章
ln
TPD カーブ
Tp
β
2
=
Ea
Ea
+ ln
RT p
ν n nR θ
(12)
n −1
(3),(11)および(12)式は TPD カーブを解析する基本式である。
44
第2章
TPD カーブ
0 次反応,1 次反応,2 次反応
2.4
(3)および(11)式に基づき,TPD カーブから反応を考察する。
0 次反応
2.4.1
0 次反応(n=0)では,(3)および(11)式は以下のとおりとなる。
− z
dθ
= ν 0 e RT
dt
E
v(t ) = −
E
RT
a
2
p
=
1
β
ν
1
0
θ
(13)
−
e
Ea
RT p
(14)
0 次反応では,反応速度は表面濃度(θ)には依存しない。また,(14)式からはちょっと
分かりにくいが,ピーク温度(Tp)は表面濃度の上昇に伴い,高温側へシフトする。活性
化エネルギーが大きいほど脱離に必要な温度は高くなる。別の言葉で言えば,結合力の大
きい物質ほど脱離には高い温度を必要とする。
0 次反応における TPD カーブ(シミュレ−ション)を図 2.2 に示す。表面濃度(θ)の
変化に対応する TPD カーブとして示す。TPD カーブは表面濃度の上昇に伴い強度が大きく
なるが,ピーク温度は高温側へシフトする。温度が最大値(ピーク)以上になると強度が
急速に減少するのが特徴である。
強度
θ上昇
300
400
500
600
温度 /K
図 2.2 0 次反応の TPD カーブ(表面濃度変化に対する TPD カーブの変化)
(シミュレーション条件
Ea=200KJ/mol,υ0=1×1013,β=0.5K/min,
θ=5×10−10∼4×10−9mol)
45
第2章
TPD カーブ
1 次反応
2.4.2
1次反応(n=1)では,(3)および(11)式は以下のとおりとなる。
− z
dθ
v(t ) = −
= ν 1θe RT
dt
E
E
RT
a
2
=
p
1
β
ν 1e
−
(15)
Ea
RT p
(16)
1 次反応は,(15)式より表面濃度に比例して反応速度が大きくなることが分かる。また,(16)
式よりピークトップ温度は表面濃度とは関係なく,一定であることも分かる。0 次反応と同
様に,活性化エネルギーが大きいほど脱離に必要な温度は高くなる。別の言葉で言えば,
結合力の大きい物質ほど脱離には高い温度を必要とする。
1 次反応の TPD カーブ(シミュレーション)を図 2.3 に示す。表面濃度の変化に対応す
る TPD カーブとして示す。TPD カーブは表面濃度の上昇に伴い強度が増加するが,ピーク
トップ温度は変化せず一定である。TPD カーブは左右非対称であり,1 次反応の大きな特
徴の一つである。
強度
θ上昇
450
550
650
750
850
950
温度 / K
図 2.3 1 次反応の TPD カーブ(表面濃度変化に対する TPD カーブの変化)
(シミュレーション条件
Ea=200KJ/mol,υ0=1×1013,β=0.5K/min,
θ=5×10−10∼4×10−9mol)
46
第2章
TPD カーブ
2.4.3
2 次反応
2 次反応(n=2)では,(3)および(11)式は以下のとおりとなる。
− z
dθ
= ν 2θ 2 e RT
dt
E
v(t ) = −
E
RT
a
2
=
p
1
β
ν 2θ e
−
(17)
Ea
RT p
(18)
2 次反応では,(17)および(18)式より反応速度は表面濃度の 2 乗に比例し,ピーク温度は
表面濃度の上昇に伴い低温側へ移動する。0 次や 1 次反応と同様に活性化エネルギーが大き
いほど脱離に必要な温度は高くなる。
2 次反応の TPD カーブ(シミュレーション)を図 2.4 に示す。表面濃度の変化に対応す
る TPD カーブとして示す。TPD カーブは表面濃度の上昇に伴い強度が増加するが,ピーク
トップ温度は低温側へシフトする。TPD カーブは左右対称であり,これは 2 次反応の大き
な特徴の一つである。
j強度
θ上昇
350
450
550
650
750
850
950
1050
1150
温度 / K
図 2.4 2 次反応の TPD カーブ(表面濃度変化に対する TPD カーブの変化)
(シミュレーション条件
Ea=100KJ/mol,υ0=1×1013,β=0.5K/min,
θ=5×10−9∼4×10−8mol)
47
第2章
TPD カーブ
反応次数によるTPDカーブの違いは,すでにRedheadによって指摘されている。1)図 2.5
に 1 次反応と 2 次反応のTPDカーブをあわせて示す。1 次反応のそれは左右非対称で,2 次
反応では対称形になることが分かる。
図 2.5 1 次および 2 次の脱離による TPD
カーブ(シミュレーションカーブ)1)
実線:1 次の脱離反応
破線:2 次の脱離反応
以上より,脱離が 1 種類であれば,TPD カーブより以下のことが明らかになる。
① TPD カーブのあらわれる温度領域により物質の結合の大きさがわかる。
② TPD カーブは反応次数により特徴的なカーブを示す。
③ カーブ形状や表面濃度を変えて測定した TPD カーブから脱離反応の反応次数
(0 次,1 次,2 次)が解析できる。
48
第2章
2.5
TPD カーブ
脱離の活性化エネルギー
前節でTPDカーブから分かることを述べた。さらに,TPDカーブを反応速度論的解析,
すなわち脱離の活性化エネルギー(Ea)や頻度因子(υn)を求めることができる。
2.5.1 活性化エネルギーの解析方法および表面濃度依存性
1)活性化エネルギーの解析方法
表面吸着物質の脱離反応において,化学反応の場合と同様にアレニウスプロットを適用
することができる。アレニウスプロットは 1/Tに対して反応速度をプロットして,
(Ea)や
頻度因子(υn)を求める。昇温脱離法においては,表面濃度や昇温速度を変えていくつか
のTPDカーブを得て,これらを用いて解析する方法が精度の高い値が得られる(King法,
TW法,リーディング・エッジ法(HK法))。また,1 つのTPDカーブのピーク温度や形状
などを用いて解析する方法(ピーク法,CAW法,Redheadの方法)などがあるが,これら
は精度が劣ると言われている。以下ではこれらの方法について述べる。
2)活性化エネルギーの表面濃度依存性
Eaは上記の解析式で求めることができるが,表面吸着物質の脱離反応においては,Eaは
表面濃度により変化すると考えられるので,Eaを求めるときはこの点に充分注意を払わね
ばならない。
表面に充分な濃度で物質が吸着している場合,吸着物質は多層構造になっていると考え
られる。吸着物質間に相互作用があれば,それは表面に吸着している物質量(つまり初期
表面濃度)により変化する。このような場合Eaは初期表面濃度により変化する。ついで,
脱離反応が進行すると,吸着物質は減少する。そうすると吸着物質間の相互作用は脱離反
応の進行により変化し,それがEaを変える。
従って,吸着物質間に相互作用があれば,Eaは初期表面濃度および脱離反応中の表面濃
度により変化することになる。吸着物質のEaを議論するときは,このような相互作用を理
解して行うべきである。
一方,吸着物質間に相互作用がない,相互作用がきわめて小さい,または吸着物質量が
少ない場合は,脱離反応は化学反応速度論をそのまま適用して解析してよい。
それらのことを認識していればEaを求めることにより脱離反応をより理解できる。
2.5.2
アレニウスプロット
脱離物質の脱離速度はPolanyi-Wigner式1)として(3)式で示されていた。もう一度ここに
記す。
− z
dθ
n
v(t ) = −
= ν nθ e RT
dt
E
(3)
49
第2章
TPD カーブ
両辺の自然対数をとると(19)式になる。
− Ea 1
⎛ dθ ⎞
ln v(t ) = ln⎜ −
×
⎟ = (lnν n + n ln θ ) +
R
T
⎝ dt ⎠
(19)
(lnυn+nlnθ)が定数なら,1/Tに対するln(dθ/dt)をプロットする(アレニウスプロット)。
これは直線になり,その傾きは(−Ea/R)であるから,Eaを求めることができる。
ただし,υnは表面濃度(θ)に依存するので,一般的には(lnυn+nlnθ)が定数にな
ることはない。この場合はある濃度(θ)においてEaを求める。これについては次項で述
べる。
アレニウスプロットが応用できるのは,(lnυn+nlnθ)がゼロまたは充分に小さいとき
である。また,吸着物質間に相互作用がない場合は濃度に対する依存性がないと考えられ
るので,アレニウスプロットは適用できる。これは 0 次脱離反応に相当する。
2.5.3
King法(complete analysis)2)
(lnυn+nlnθ)がある値をもつときには,いくつかの異なる表面濃度を持つ試料のTPD
カーブを測定してそれらのカーブをある濃度に対して解析することにより,活性化エネル
ギー(Ea)と頻度因子(υn)を求めることができる。Kingが提唱した方法で,”complete
analysis”と呼んでいる2)。
その方法は以下のとおりである。(19)式をもう一度示す。
− Ea 1
⎛ dθ ⎞
ln v(t ) = ln⎜ −
×
⎟ = (lnν n + n ln θ ) +
R
T
⎝ dt ⎠
(19)
これを 1 次反応(20)式および 2 次反応(21)式として書き直す。
− Ea 1
⎛ dθ ⎞
×
ln v(t ) = ln⎜ −
⎟ = (lnν 1 + ln θ ) +
R
T
⎝ dt ⎠
− Ea 1
⎛ dθ ⎞
×
ln v(t ) = ln⎜ −
⎟ = (lnν 2 + 2 ln θ ) +
R
T
⎝ dt ⎠
(20)
(21)
表面濃度を変えるといくつかのTPDカーブが得られる。それぞれのカーブのあるθに対し
ていくつかのv(t)とTのセットを得ることができる。この場合は,(19)∼(21)式の右辺第 1 項
は定数となる。従って,これを 1/T(x軸)に対してlnv(t)(y軸)をプロット(アレニウス
50
第2章
TPD カーブ
プロット)することがで
き,その直線部分の傾き
c
は−Ea/RであるからEaを
また,y軸との切片は(ln
υ1+lnθ)または
強度
もとめることができる。
b
(lnυ2+2lnθ)であるか
a
ら,υ1またはυ2が得られ
る。
図 2.6aに表面濃度(θ)
温度 / K
を変えて(a=θ1,b=θ2,
c=θ3)測定したあるm/zに対
図 2.6a 表面濃度を変えた TPD カーブ
するTPDカーブを示す。ここ
で ,測定した TPDカ ーブは
m/zのイオン強度であるが脱
離速度に対応している。
図 2.6bにそのときの表面
濃度変化を示す。
(表面濃
度はTPDカーブから次の
ようにして求める。TPD
カ ー ブ は QMS の イ オ ン
強度であるが反応速度に
対応しているので,これ
を初期温度から反応終了
表
面
濃
度
/
θ
1
c
b
a
θ1
温度まで積分すると,反
応率が得られる。反応率
は表面に存在している物
質の中で反応したものに
温度
対応しているので,表面
濃度=1−反応率
で表
Ta1
Tb1
Tc1
図2.6b ある表面濃度を与える温度
面濃度が得られる。)ある
表面濃度(θ1)は,a,b,cにおいてそれぞれ温度Ta1,Tb1およびTc1で得られる。図 2.6a
のTPDカーブそれぞれでその温度におけるイオン強度(これは反応速度に対応)Ia1,Ib1お
よびIc1が得られる(図 2.6c)。それを用いて図 2.6dに示すように,1/Tに対してIをプロット
するとその傾きよりEaを得る。また,y軸との切片よりυnを得る。
51
第2章
TPD カーブ
この方法で得ら
れるEa とυ n は,表
面濃度が異なった
試料を用いてある
c
Ic1
強度
昇温速度において,
反応中のある表面
濃度に対する値で
Ib1
b
ある。このときの表
面濃度は初期濃度
Ia1
a
と反応中濃度を含
むものである。この
温度 / K
Ta1 Tb1 Tc1
方法は,後述(2.
5.7)するが精度
の高いEa およびυ n
を得ることができ
るが,表面濃度の異
図 2.6c θ1
なる試料をいくつか作製する必要がある。
における反応速度(イオン強度)
傾き=−Ea/R
lnI
Ic1
Ib1
Ia1
1/T
Ta1
Tb1
Tc1
図2.6d アレニウスプロット
52
第2章
TPD カーブ
2.5.4
TW法3)
前節では,表面濃度を変化して得られたいくつかのTPDカーブを用いて活性化エネルギ
ーを求めた。TPDの実験では昇温速度を変えることができる。そうすると,ある初期表面
濃度に対していくつかのTPDカーブを得ることができる。このTPDカーブを用いて前節と
類似の方法によりEaとυnを求めることができる。TaylorとWeinbergにより提案された方法
である3)。
その方法は以下のとおりであ
る。前節と似た内容であるが煩
雑さをいとわないで,以下に記
す。(19)式∼(21)式を用いるのは
c
前節と同様である(式は省略す
強
度
/
A
る)。
昇温速度を変えていくつかの
TPDカーブが得られれば,ある
b
a
θに対していくつかのv(t)とTの
セットが得られる。これを 1/T
(x軸)に対してlnv(t)(y軸)を
プロット(アレニウスプロット)
温度
して,その傾きからEa,y軸との
切片から,υ1またはυ2を求める。
図2.7a 昇温速度を変えたTPDカーブ
図 2.7aに昇温速度(β)
を変えて(a=β1,b=β2,
c=β3)測定したあるm/z
に対するTPDカーブを示
す。ここで,測定したTPD
カーブは脱離したm/zの
イオン強度であるが,反
応速度に対応しているの
は上と同様である。図
表
面
濃
度
/
θ
1
c
b
a
θ1
2.7bにそのときの表面濃
度を示す(表面濃度の求
め方は前節と同様であ
る)。ある表面濃度(θ2)
温度
Ta1
Tb1
Tc1
図2.7b 昇温速度に対する表面濃度
53
第2章
TPD カーブ
は,a,b,cにおいてそれぞれ温度Ta2,Tb2およびTc2で得られる(図 2.7b)。図 2.7aのTPD
カーブそれぞれでその温度におけるイオン強度(これは反応速度に対応)Ia2,Ib2およびIc2が
得られる(図 2.7c)。図 2.7dに示すように,1/Tに対してIをプロットしその傾きよりEaを得
る。また,y軸との切片よりυnを得る。
Taylor らは,昇温
速 度 を 3 ∼ 300K/sec
まで変化させてシミ
ュレーションを行い,
良好な結果を得てい
る。また,Ir 結晶の
(110)面上に吸着した
CO の脱離反応につい
て,昇温速度を 13∼
強
度
/
A
212K/sec まで変化さ
c
Ic2
b
Ib2
a
Ia2
せて,表面濃度に対す
る CO 脱輪の活性化
エネルギーを求めて
温度
いる。Taylor らによれ
Ta2
Tb2
Tc2
ば昇温速度は 2 桁変
化するとよいという。
図2.7c θ1における反応速度(イオン強度)
この方法 で得られ
るEaとυnは,ある表面濃度
の試料を用いて異なる昇温
速度において,反応中のある
表面濃度に対する値である。
この方法は上のKing法と同
様に,精度の高いEaとυnを
傾き=−Ea/R
lnI
Ic2
得ることができるが,昇温速
Ib2
度を変化させてTPDカーブ
Ia2
を測定しなければならない。
状況によっては昇温速度の
変化が大きいので,適切なデ
ータが得られるか否かが問
題点である。
1/T
Ta2
Tb2
Tc2
図2.7d アレニウスプロット
54
第2章
TPD カーブ
リーディング・エッジ(leading edge)法(HK法)4)
2.5.5
上の 2 つの方法は初期濃度や反応中のある表面濃度に対してEaとυnを求めることができ
る。それに対して,リーディング・エッジ法は初期表面濃度に対してEaとυnを求める方法
である。この方法はTPDカーブの低温側の反応初期部分を解析に用いる。 Habenschaden
とKüppersによって提案された方法である4)。
表面濃度が異なるいくつかのTPDカーブの低温側の反応初期部分について以下の解析を
行う。すなわち,反応開始から 10∼20℃程度までの温度領域においてKingの方法と同様に
ある濃度に対する温度Tを求める。そのときの反応速度(イオン強度)の自然対数(lnI)
と 1/Tをプロット(アレニウスプロット)し,傾きからEa,切片からυnを求める(king法
と同様)。
この方法は初期表面濃度に対してEaとυnを求めることができる。後述(2.5.7)す
るがこの方法も精度の高いEaとυnが得られる。しかし,反応初期の強度の低いTPDカーブ
を用いるので,ベースライン補正など精度の高いカーブが要求される。
ところで,リーディング・エッジ法の提案者は,表面濃度の異なる TPD カーブを用いて
解析しているが,昇温速度の異なる TPD カーブを使用しても同様の結果が得られると考え
られる。
ピーク法5)
2.5.6
表面濃度が一定で昇温速度の異なるTPDカーブを用いて,そのピーク温度からEaとυnを
求める方法である。
TPDでは昇温速度(β)を変化してTPDカーブを得る。1 次および 2 次反応では,βと
ピーク温度(Tp)を含む(12)式を用いて活性化エネルギーを求めることができる。(12)式を
もう一度記す。
ln
Tp
2
=
β
Ea
Ea
+ ln
RT p
ν n nR θ
n −1
(12)
1 次反応では(12)式は,(20)式となる。
ln
Tp
β
2
=
(20)
Ea
Ea
1
×
+ ln
R
Tp
ν 1R
右辺の第 2 項が定数であれば,いくつかのβに対してピーク温度(Tp)を測定し1/Tに対
55
第2章
TPD カーブ
してプロットする(横軸を1/Tp,縦軸をlnTp2/βとする)。その傾きはEa/RであるからEaが
得られる。切片からはν1が求められる。
2 次反応では(12)式は,(23)式となる。
ln
Tp
β
2
=
Ea
1
Ea
×
+ ln
R
Tp
ν 22Rθ
(23)
あるθに対しては右辺の第 2 項は定数となる。
そこで,表面濃度が一定である試料を用いて,βを変化していくつかのTPDカーブを得
る。そのカーブのピーク温度(Tp)を測定し1/Tに対してlnTp2/βをプロットする(横軸
。その傾きはEa/RであるからEaが得られる。切片からは
を1/Tp,縦軸をlnTp2/βとする)
ν2が求められる。
この方法は,βを変化していくつかのβに対してTpを求めるのだが,大きいβを採用す
ると得られるEa値が変わる。6)だから,昇温速度の小さい条件を採用すべきである。以下の
Chanらの結果から考察すると,1∼10K/minが適切なβであろう。
Chanら6)は,この方法によ
り 求められたEa 値について
調べている。1 次の脱離反応
において,Eaを 25.0kcal/mol
としβを 1∼100K/minまで
変化してTPDカーブをシミ
ュレーションした。そのピー
ク 温度( Chanら は TM と表
記)とln(β/Tp2)と 1/Tをプロ
ットしてEaを求めた。1/Tに
対するln(β/Tp2)のプロット
を図 2.8 に示す(Chanらの
縦軸は(22)式とは異なるが
同じ内容である)。(a)はシミ
ュレ−ションによる線であ
り,1∼10K/minの点と一致
する。(b)は 1∼60K/min, (c)
は 20∼100K/minまでのβを用いた
図 2.8 Ea=25kcal/molにおける
1/TM vs. ln(β/TM2)プロット
ものである。(b)および(c)から求めた
56
第2章
TPD カーブ
Eaはそれぞれ 23.1kcal/mol,21.0kcal/molであり,シミュレーションのそれ(25kcal/mol)
より,(b)ではやや低く(c)ではさらに低い値となった。この結果から判断すると,ピーク法
においては 1∼10K/minのβを用いるとより精度の高いEa値を得ることができると考えら
れる。
2.5.7
ピーク温度と半価幅を用いる方法(CAW法)7)
Chanらは,TPDカーブのピーク温度とTPDカーブの半価幅を用いてEaを求める方法を提
案している。この方法のメリットは,①βに依存しない(上の問題点が解消される),②測
定するTPDカーブは任意のβにおける 1 つのカーブでよい(βを変化していくつかのカー
ブを測定しなくてよい)
,である。
Chanらは(3)式からTPDカー
ブの半価幅とピーク温度を含む
式を誘導して,活性化エネルギ
ーを求めた。図 2.9 に示すTPD
カーブにおいて,反応速度は
TPDカーブのピークで最大とな
る。この温度(ピーク温度)を
Tpとする。このときのカーブの
強
度
/
A
T2
半価幅を△Wとする。半価幅は
T1
1/2L
L
(24)式で示される。
△W
∆W = T1 − T2
1/2L
温度
(24)
Tp
図2.9 ピーク温度と半価幅
ここで,T1,T2は,それぞれピ
ーク高さ(L)の1/2(1/2L)で
カーブを横切る線がカーブと交わる温度である(高温側をT1,低温側をT2とする)。△Wは
温度のディメンジョン(次元)を持っているが,以下の式では無次元で取り扱う。
このときTpと△Wを用いて,Chanらによれば 1 次反応の場合Eaは(25)式で示される。
2
⎛
∆W 2 + 5.382Tp*
⎜
Ea = R⎜ − 1 +
∆W
⎜
⎝
⎞
⎟
⎟T p
⎟
⎠
(25)
57
第2章
TPD カーブ
ここで,Rは気体定数,△Wは半価幅の数値(無次元),Tpはピーク温度,Tp*2はピーク温
度の数値(無次元)である。
頻度因子(υ1)は,(26)式となる。
ν1 =
βEM1
Tp
e EM 1
(26)
ここで,
E M 1 = −1 +
∆W 2 + 5.382T p*2
∆W
である。
2 次反応では,Eaとυ2は,それぞれ(27)および(28)式となる。
2
⎛
∆W 2 + 3.117T p*
⎜
E a = 2 R⎜ − 1 +
∆W
⎜
⎝
β E M2 2 e E
ν2 =
eE
(E M 2 + 2)θ 0T p
⎞
⎟
⎟T p
⎟
⎠
(27)
M2
(28)
M2
ここで
EM 2
⎛
= 2⎜⎜ − 1 +
⎜
⎝
∆W 2 + 3.117T p*2 ⎞⎟
⎟⎟
∆W
⎠
である。
Chan らはピークの 3/4 幅を用いても同様の解析式を誘導している。CAW 法は 1 つの TPD
カーブを用いているので簡便である。しかし。後述(2.5.7)するように,精度に劣
るので使用には注意すべきである。
58
第2章
TPD カーブ
Redheadの方法1)
2.5.6
古い方法であるが,TPDにおいて活性化エネルギーを求める先駆的方法であり現在でも
用いられる場合があるので,Redheadの方法1)について述べる*9。
TPD においては,反応速度が最大値(カーブのピーク)で(11)式が成立する。(11)式をも
う一度記す。
E
RT
a
2
p
=
1
β
ν nθ
n −1
−
e
Ea
RT p
(11)
1 次反応では(29)式となる。
Ea
Ea
⎛ν 1 ⎞ − RTp
⎜ ⎟e
=
RTp2 ⎜⎝ β ⎟⎠
(29)
Redheadによれば,ν1が 108∼1013K−1の間ではEとTpは直線関係が成り立ち,1.5%の誤差
で(30)式が成り立つ1)。
(30)
ν 1T p
Ea
= ln
− 3.64
RT p
β
さらにlogβとlogTpの間には(31)式が成立する。1)
Ea
d (log β )
+2=
RT p
d (log T p )
(31)
ここで,υ1は一次の脱離反応定数であり,Tpはピーク温度,βは昇温速度である。
υ1が分かればTp を測定することにより,(29)式より活性化エネルギー(Ea)を求めるこ
とができる。υ1が不明の場合は(31)式を用いる。すなわちlogTpに対するlogβの変化をプロ
ットするとその傾き=2+Ea/RTpであるから,傾きを測定することにより活性化エネルギ
ーEaを求めることができる。 Redhead1)によればβを少なくとも 2 桁変化することにより,
信頼性の高いEaを求めることができるという。
9
RedheadはTPDの理論的取扱いに関する先駆者である。
59
第2章
TPD カーブ
一方,2 次の脱離反応1)においては(32)式が成り立つ。
2θ pν 2 − RTap
Ea
=
e
β
RT p2
E
(32)
ここで,θ0は初期の表面濃度,θpはピーク温度Tpにおける表面濃度である。いま,θp=
1/2θ0と仮定する1)(すなわち,脱離のピーク温度までに初期吸着物質の半分が脱離した)
と(33)式が成立する。また,(34)式と(35)式は等価である。
Ea
Ea
θ 0ν 2 − RTp
=
e
β
RT p2
(
)
ln θ 0 × T p2 =
⎛E β
Ea 1
×
+ ln ⎜⎜ a
R Tp
⎝ Rν 2
(33)
⎞
⎟⎟
⎠
(34)
⎛ T p2 ⎞ E a 1
⎛ Ea ⎞
⎟⎟
×
+ ln⎜⎜
ln⎜ ⎟ =
⎜ β ⎟ R Tp
R
ν
θ
2
0
⎝
⎠
⎝ ⎠
(35)
θ0は全脱離量と考えてよいから,(34)
式より,ln(θ0・Tp2)を 1/Tpに対してプロ
ットするとその傾きからEa を求めるこ
とができる。または,(35)式より昇温速
度を変化させて,ln(Tp2/β)を 1/ Tpに対
してプロットしてその傾きからEa を求
めることもできる。
2.5.7
解析式の評価
反応速度の解析式は上で述べたよう
にさまざまな方法が提案されている。そ
れらの方法に対して,シミュレーション
により作成したTPDカーブを上の各種
図 2.10 シミュレーションしたTPDカーブ8)
方法で解析し,Eaとυnを求め,設定値
60
第2章
TPD カーブ
と比較して解析式が評価されている8,9)。
deJongとNiemantsverdrietはいくつかのTPDカーブをシミュレーションで作成して解
析式を評価した8)。たとえば,1 次脱離反応でEaを表面濃度(θ)=0 のとき 100KJ/mol,
θ=1 のとき 90KJ/molとし,υ1をθ=0 のとき 1014/s,θ=1 のとき 1012/sとし,昇温速度(β)
=1K/minとしてTPDカーブを作成した。これを用いてさまざまな解析式でEa とυ1を求め
た。解析式はKing法(complete analysis),リーディング・エッジ法(leading edge法),
ピーク法(FM-lnr,FM-lnβ/Tmax2)およびRedheadの方法である(TW法は評価していな
い)。シミュレーションTPDカーブを図 2.10 に,Ea についての結果を図 2.11 に示す。図
2.11 の実線はシミュレーション値である。それに対して得られたEa は,King法(complete
analysis)とリーディング・エッジ法(leading edge法)はシミュレーションとほぼ同様の
変化であり,精度が高いことが示されている。しかし,CAW法はシミュレーション値とは
大きく異なっている。また,ピーク法(FM法)も異なる値を示す。Redheadの方法は,1
点以外はシミュレーションとは異なる挙動を示す。他の設定でも同様であり,υnについて
も同様の結果であった。
この結果によれば,解析式は King 法とリーディング・エッジ法は精度の高い値を示すが,
他の方法は信頼性に欠ける。
ピーク法の結果が前述(2.5.
6)の Chan らの評価と異なって
いる。その理由はよく分からない
が,用いたシミュレーションカー
ブの差異によるのかもしれない。
Millerらも同様にシミュレー
ションTPDカーブを用いて解析
式の評価を行っている9)。1 次反
応として,υ 1 =1015/s,Ea/R=
16000(1−2θ 2 +4θ 4 )(0<θ
<0.6 ), 昇 温 速 度 ( β ) = 2 ∼
100K/secとしてTPDカーブをシ
ミュレーションした。これを用い
てリーディング・エッジ法(HK
法),TW法およびCAW法を評価
した。その結果を図 2.12 に示す。
TW法はシミュレーション値とほ
ぼ同様の値を示す。リーディング・エ
ッジ法(HK法)はTPDカーブの 0.2%
図 2.11 解析式より求めたEa値と
シミュレーション値8)
までの値を用いると精度が高いが 5%
61
第2章
TPD カーブ
までの値ではシミュレーションからやや離れた。CAW法は表面濃度の低い場合にのみ正し
い値を示した。
シミュレーションの方法によって解析式の評価はやや異なっている。しかし,これらの
結果より,Eaやυnの解析は,いくつかの精度の高いTPDカーブを用いて,King法,TW法
やリーディング・エッジ法を用いて解析すると,精度の高いEaやυnを得ることができると
考えられる。
図 2.12 解析式から求めたEa,υ1および
シミュレーション値9)
62
第2章
2.6
TPD カーブ
頻度因子(υn)の示す意味
反応速度式の解析から得られる頻度因子は,化学反応速度論によれば反応の活性化状態
に関係しており,反応分子の衝突のしやすさや活性化分子の状態に関係している。TPDカ
ーブの解析から得られる頻度因子(υn)も活性化状態に関係している。
表面吸着分子は活性化状態になったとき,表面との結合力が弱くなり回転や並進運動を
起こしやすくなる。υnはその状態に関係している。安定な基底状態に近い活性化状態であ
れば,υnは約 1013/sと考えてよい。また,活性化状態がより活性で活動的(弱い結合力,
回転や並進がおこりやすい)であれば,υnは 1014∼16/sであると考えてよい10)。
広畑11)によれば,υnはガスの表面吸着の場合,ガスの表面における平均滞在時間の逆数
にほぼ等しいと仮定してよく,1×1013/sとしてよい。
63
第2章
2.7
TPD カーブ
内部からの拡散を伴う脱離
TPD カーブとして観測されるものは,表面に吸着している物質や表面の物質の脱離であ
り,さらに表面近傍の固体内部に存在する物質の脱離も含まれる。薄膜や表面近傍を研究
対象とすると,薄膜内部や表面近傍からの脱離も考慮に入れねばならない。これには薄膜
や表面近傍に存在する物質と共にそこに吸収されているガスも脱離することが考えられる。
また,内部に吸収されたガスのトラップがあると,それも脱離に影響を与える。これらは
内部からの拡散を伴う脱離といえる。
そこで,ここでは内部からの拡散を伴う脱離について述べる。
ところで,表面や薄膜はマイクロポアを有することが多い。だから,それらの効果も考
慮しなければならないので,本項の最後にマイクロポアからの脱離についても取り扱う。
2.7.1
脱離物質の位置と TPD カーブ
表面からの脱離と内部からの脱離は以下のようにして区別できる。すなわち,脱離が表
面のみの場合は,分析する固体量や薄膜の膜厚に依存しない。また,内部からのみでは固
体量や膜厚に依存して,それらの増加に伴い脱離量は増加し,さらに脱離ピーク温度が高
温側へ移動する。これは,脱離ガスが内部から拡散により表面へ移動し脱離するから,移
動時間の割合だけ脱離温度が上昇するためである。従って,固体ではその分析量,薄膜で
はその膜厚を変化させた試料を用いて脱離量すなわち TPD カーブを測定して,固体量や膜
厚に対してカーブが依存しなければ,表面のみからの脱離であり,依存性があれば内部か
らの脱離である。ただし,この場合表面からの脱離がまったくないとは言い切れないので,
正確には表面プラス内部からの脱離,と考えられる。
また,後述するシミュレーション(2.7.4 および2.7.5項)によると,昇温速度を変
化させて内部からの拡散について判定することもできる。すなわち,昇温速度を速くして
TPD カーブが高温側へシフトしピーク強度が小さくなれば,内部からの拡散を伴うもので
あるという。
これらについて以下に述べる。まず拡散に関する基本法則であるフィック(Fick)の法
則について述べ,ついで内部拡散を含む TPD カーブについて述べる。
2.7.2
拡散に関するフィック(Fick)の法則
物質の拡散に関する基本法則は,フィック(Fick)の法則である。
いま,図 2.13bに示すように,x方向へのある物質の拡散を考える。x方向に濃度が減少
している(濃度勾配がある)物質がある。この場合,物質は濃度の濃いところから薄いと
ころ(図中矢印の方向)へ拡散していく。このときの単位時間に単位面積を拡散する物質
の量を拡散束といいJであらわす。xの位置で濃度c拡散していく物質の拡散束をJxとする。
物質が△x移動するところでは濃度が△c減少しそのときの拡散束をJx+△xとする。このとき
64
第2章
TPD カーブ
の拡散束Jは△c/△xに比例する。濃度が減少する方向に拡散するのだから,
△c/△x は負になる。そこで,△c/△x を正の値であるとして,比例定数を入れて,一般
的な数式であらわすと,(35)式となる。
J = −D
∂c
∂x
(35)
これをフィックの第 1 法
拡散方向
則といい,拡散束は濃度の変
化(濃度勾配)に比例するこ
濃
度
とを示す。ここで,Dは拡散
係数(m2/s)という。
Jx
c
●
C
Jx+△x
△c
ところで,一般に物質が拡
散するとその濃度は時間が
c−△c
△x
●
たてば変化する,すなわち時
間に関して変化する。つまり
非定常状態である。このとき,
x
濃度の時間に対する変化は,
x+△x
物質の拡散方向 x
(36)式であらわされる。
図 2.13 物質の拡散
∂ 2c
∂c
=D 2
∂x
∂t
(36)
(36)式をフィックの第 2 法則または拡散方程式という。
(36)式は(35)式より以下のようにして導かれる。図 2.13 において,△x の部分の濃度は時
間により変化し,その変化は(37)式で示される。
∆c J x − J x + ∆x
∆J
=
=−
∆t
∆x
∆x
(37)
濃度が減少する方向に J は変化するので,右式には − をつけてある。(37)式は(38)式と
することができる。
∂c
∂J
=−
∂t
∂x
(38)
65
第2章
TPD カーブ
(38)式に(35)式を代入すると(39)式が得られ,これは(36)式そのものである(ただし,D は
濃度によらないとした)
。
∂c
∂ ⎛
∂c ⎞
∂ 2c
= − ⎜− D ⎟ = D 2
∂t
∂x ⎝
∂x ⎠
∂x
(39)
拡散による TPD カーブ
2.7.3
薄膜や固体内部に存在する物質が表面に拡散して,表面と相互作用せずに脱離する。こ
のときの拡散はフィックの法則に従うが,物質は薄膜や固体を形成するものと相互作用し
ながら拡散するので,拡散にはあるポテンシャル障壁を越え必要があると考えられる。そ
うすると,拡散定数はアレニウスの式であらわされ温度の関数になる((40)式)。
D = D0 e
−
Ed
RT
(40)
ここで,D0は頻度因子(振動項),Edは拡散の活性化エネルギー,Rは気体定数,Tは絶対
温度を示す。これを考慮してある時間tにおける脱離速度qを求めると(41)式となり,温度T
の関数q(T)としてあらわされる12)。
q (T ) =
⎡ ⎛ (2m + 1)πT ⎞ 2 ⎛ RD0 ⎞
⎤
2c0 D0
⎛ E ⎞ ∞
⎛ E ⎞
⎟⎟ exp⎜ − d ⎟ψ (T )⎥
exp⎜ − d ⎟ × ∑ exp ⎢− ⎜
⎟ ⎜⎜
d
2d
⎝ RT ⎠ m = 0
⎝ RT ⎠
⎠ ⎝ β Ed ⎠
⎢⎣ ⎝
⎥⎦
∞
ψ (T ) = ∑
j =1
⎛ RT
j!⎜⎜ −
⎝ Ed
⎞
⎟⎟
⎠
(41)
j −1
ここで,C0は初期濃度,D0は頻度因子,Edは拡散の活性化エネルギー,dは拡散する長さ(膜
厚),Rは気体定数,Tは絶対温度,βは昇温速度,T0は脱離開始温度,tは脱離経過時間を
示す。
(41)式に基づく拡散による脱離の TPD カーブをシミュレーションして図 2.14a に示す。
図にはあわせて2次脱離のシミュレーションカーブも示す(図 2.14b)。拡散による脱離は
カーブの低温側が幅広くなっているが,両者は一見類似している。カーブを見ただけでは
両者をはっきりと区別することは困難である。また,表面脱離と拡散脱離のピーク温度が
類似していると両者のカーブは重なり,これも区別は困難である。ただし,1 次脱離であれ
66
第2章
TPD カーブ
脱離速度(mol)
脱離速度(mol)
ば区別することは可能だろう。これらの区別については後述する。
500
600
700
800
900
1000
1100
1200
1300
500
600
700
800
900
1000
1100
1200
1300
温度(K)
温度(K)
a 拡散による TPD カーブ
b
2 次脱離の TPD カーブ
図 2.14 拡散による TPD カーブ(a)および 2 次脱離の TPD カーブ(b)
(シミュレーション)
2.7.4
固体内部に吸収されたガスの脱離13)
拡散による脱離に関しては,前項のフィックの法則に基づく TPD カーブで理解できるが,
以下ではさらにいろいろな状況に基づく考察を述べる。
固体内部に吸収されたガスの固体表面からの脱離速度の理論式およびシミュレーション
が報告されている13)。シミュレーションは,固体内部にガスのトラップがある場合とない場
合について示されている。ガスの脱離速度(v)の理論式は(42)式で示される13)。
A⎛
v = 3 ⎜⎜ e
T ⎝
Q
RT
⎞
⎟
⎟
⎠
1
2
⎛ − B e RT
⎜e T2
⎜
⎝
Q
Q
⎞⎛
−
⎟⎜ e −C 'T 2e RT
⎟⎜
⎠⎝
ここで,
3
C 0 P ⎛ Qβ ⎞ 2
A=
⎟
1 ⎜
(2πR ) 2 ⎝ R ⎠
0
B=
P 2 Qβ
2k 0 R
67
⎞
⎟⎟
⎠
(42)
第2章
TPD カーブ
C' =
k0 R
2QβL2
T:温度
Q:拡散プロセスの活性化エネルギー
R:気体定数
C0:表面よりp格子だけ内部に入った場所における単位格子1平面あたりのガス濃度
P:内部におけるガス存在位置の表面からの単位格子数
β:線形昇温における昇温速度
k0:拡散原子の振動数波数
2a
L:トラッピング係数
内部のガストラップがない場合は L
→∞とできるから脱離速度は(43)式
となる。
A⎛
v = 3 ⎜⎜ e
T ⎝
Q
RT
⎞
⎟
⎟
⎠
1
2
⎛ − B e RT
⎜e T2
⎜⎜
⎝
Q
⎞
⎟
⎟⎟
⎠
(43)
2b
図 2.15a にトラップのない場合を,
図 2.15b にトラップのある場合をそ
れぞれ示す。ガスの固体内における
位置は格子定数で示してあり,数字
の大きいほど内部にガスが存在する。
いずれも内部にガスが存在すると,
表面まで拡散するのだから,脱離温
度はより高くなることが分かる。
また,トラップがあるとガスの脱
離率が減少(強度が減少する)す
る。
図 2.15 固体内部からの拡散を伴うTPDカーブ13)
2a:内部にトラップのない場合
2b:内部にトラップのある場合
丸数字はガスの位置を示し数字の大きいほど
内部になることを示す
68
第2章
TPD カーブ
2.7.5
マイクロポアに存在する物質の脱離14)
現実の表面や薄膜にはマイクロポアが存在していることが多い。このようなマイクロポ
アからの物質の脱離があるので,実際の TPD カーブにはその寄与が含まれることがある。
また,マイクロポアは,表面や薄膜の研究に関して重要な要素の一つである。従って,内
部からの拡散を伴う物質の脱離に関して,その一つとしてマイクロポアからの脱離につい
ても考察する必要がある。
1)反応速度論的取扱い
固体内部のマイクロポアに存在する物質の拡散を伴う脱離に関しては,Rakicらによる反
応速度論的な取扱いがある14)。
Rakicらは内部のマイクロポアに存在する物質について,内部からの拡散に関する反応速
度論と脱離の反応速度論を考察した。脱離の活性化エネルギー(E1)を 60KJ/mol,頻度因
子(A1)1012/sとして,拡散の頻度因子(Ad)を 10/s とし,拡散の活性化エネルギー(Ed)
を 23∼40KJ/mol(図 2.16 中a∼d)としてTPDカーブをシミュレーションした。図 2.16
にその結果を示す。拡散の活性化エネルギーが大きくなる(図中aからdへ変化)に伴い,
TPDカーブの強度は減少し高温側へシフトしピーク幅が広がる。
次に,昇温速度の変化をシミュレーションした。脱離の活性化エネルギー(E1 )を
60KJ/mol,頻度因子(A1)107/s とし,拡散の活性化エネルギー(Ed)を 23KJ/mol,拡
散の頻度因子(Ad)を 30/s とし,昇温速度を 1∼40℃/min(図 2.17 中a∼e)としてTPD
カーブをシミュレーションした。図 2.17 にそれを示す。昇温速度が速くなるに伴い(図中
aからeへ変化),カーブは高温側へシフトし,ピーク強度は減少した。表面からの脱離のみ
では,昇温速度が速くなるとカーブは高温側へシフトし,ピーク強度は増大する。
図 2.16 内部拡散を伴う脱離
の TPD カーブ
拡散の活性化エネル
ギー変化14)
図 2.17 内部拡散を伴う脱離
の TPD カーブ
昇温速度変化14)
69
第2章
TPD カーブ
従って,このシミュレーション結果から,マイクロポアからの拡散を伴う脱離であるか否
かは,昇温速度を変化させて TPD カーブの違いを調べることにより判断できる。
2)マイクロポアからの脱離(シミュレーション)
マイクロポアから脱離したガスのTPDカーブをシミュレーションした報告がある15)。マ
イクロポアの径や深さをパラメータとして含むシミュレーションによりポアからの脱離ガ
スのTPDカーブに対する影響を調べた。ここでは,律速反応は脱離反応であるとして計算
してある。シミュレーションの前提条件は,ポア径が 2∼50nmに対応する値とし,ポアの
深さは 250∼1000 格子(吸着サイトに対応)とした。脱離の活性化エネルギーを 100KJ/mol
とし,頻度因子を 1012/sとした。吸着分子間の相互作用(反発力)は 1∼5KJ/molとしたこ
の条件は,吸着分子がN2,O2,NOやNH3に対応している。
図 2.18 に,ポアの深さを変化したときのシミュレーション TPD カーブを示す。ポア深
さが大きくなるに伴い,脱離温度が高温側にシフトした。強度が大きくなるのは深いポア
には多くの物質が吸着しているからである。
図 2.18 マイクロポアから脱離したガスの
TPDカーブ(シミュレーション)15)
70
第2章
2.8
TPD カーブ
脱離物質の定量
QMS を設置した TPD 装置における TPD カーブは,時間または温度に対する QMS のイ
オン電流量で示される。これは脱離物質の量に依存したものである。従って,そのカーブ
から脱離量を定量することができる。
固体からある物質が脱離する場合の脱離量について考察する16)。系を簡単にするため,脱
離物質は一種類として考察する。脱離物質の全脱離量Nは脱離の開始(t=0)から脱離終了
(時間=t)までの脱離率の時間変化を積分したものだから,(2)式が成立すると前述した。
いまそれをもう一度ここに記す。
以下の式でも示されているが,積分は時間に対して行われている。TPD カーブでは横軸
が温度で表記される場合が多いのだが,積分を行うときは時間に対して行うことを留意し
なければならない。
t
N = ∫ v (t )dt =
0
K ⋅S
A
t
∫ P(t )dt
(2)
0
ところで,QMSにおいて脱離ガスはm/zのイオン強度として観測される。質量数mのイオン
に対して,イオン電流Imは(44)式で示される。
I m = P (t )(FFm × XF × TFm )K s
(44)
ここで,FFmは脱離ガスの質量数mに対するパターン係数,XFは脱離ガスのイオン化難易
度,TFmは質量数mの透過率,Ksはイオンマルチプライヤーの印加電圧に依存する定数であ
る。Imを全脱離時間に対して積分するとTPDカーブのピーク面積(PA)に対応し,それら
は全脱離量(N)に対応し,(45)式である。
⎛ A ⎞
PA = ∫ I m (t ) dt = N (FF m× XF × TFm )K s ⎜
⎟
⎝ KS ⎠
0
t
(45)
(45)式の誘導は,以下のとおりである。
Imを全脱離時間に対して積分するとTPDカーブのピーク面積(PA)はImの全脱離時間に対
する積分であるから,
t
t
0
0
PA = ∫ I m (t ) dt = ∫ P ( FFm × XF × TFm ) K s dt
71
(46)
第2章
TPD カーブ
NもN(FFm×XF×TFm)として考察すると,(2)式は(47)式となる。
⎛ KS ⎞
N ( FFm × XF × TFm ) = ∫ v (t ) dt = ⎜
⎟ ∫ P ( FFm × XF × TFm ) K s dt
⎝ A ⎠0
0
t
t
(47)
(46)式と(47)式を結合すると,(45)式が導かれる。
(45)式を,一般化して物質 x の脱離に対して記述するために,x に関する事項に下付の x
をつけると(48)式となる。
t
⎛ A
PAx = ∫ I m x (t ) dt = N x (FFx m × XFx × TFm )K s ⎜⎜
⎝ KS x
0
⎞
⎟⎟
⎠
(48)
これらの係数をすべて求めればカーブのピーク面積から全脱離量を求めることはできる。
しかし,一般にはそれは困難である。そこで,既知量のH2をSiに注入しそのTPDカーブを
測定し,そのH2のピーク面積と全脱離量とを関係づける。その値を基準として任意のガス
のピーク面積よりその脱離ガスの定量を行うことができる16)。一定量のH2を注入したSiか
らのTPDカーブより,(48)式から(49)式が成り立つ。
t
⎛ A ⎞
⎟⎟
PAH 2 = ∫ I m H 2 (t ) dt = N H 2 (FFH 2 m = 2 × XFH 2 × TFm = 2 )K s ⎜⎜
⎝ KS H 2 ⎠
0
(49)
任意の質量数 M の物質 x についても同様であるから,(48)式と(49)式より(50)式が導かれる。
⎛ N ⎞⎛ S ⎞
N x = PAx ⎜⎜ H 2 ⎟⎟⎜⎜ x ⎟⎟(FFH 2 M = 2 × XFH 2 × TFM = 2 )(FFxM × XFx × TFM )
⎝ PAH 2 ⎠⎝ S H 2 ⎠
(50)
ターボ分子ポンプを用いた場合Sx/SH2は,分子量 100 以下の物質に対しては求めることが
できる。FFとXFはQMSにより異なるからそれを補正する。TFは高周波電源の同調により
変化するが,QMSの電流値を補正するには分圧との補正が必要である。これらは用いる
QMSに特有の値であるから,それらを補正する。この一連の計算によりH2の脱離を標準と
することにより,任意のガスの定量を行うことができる16)。
72
第2章
TPD カーブ
文献
1. P. A. Redhead, Vacuum, 12 (1962) 203-211.
2. D. A. King, Surf. Sci., 47 (1975) 384-402.
3. J. L. Taylor and W. H. Weinberg, Surf, Sci., 78 (1978) 259-273.
4. E. Habenschaden and J. Küppers, Surf. Sci., 138 (1984) L147-L150.
5. J. L. Falconer and J. A. Schwarz, Catal. Rev. Sci. Eng., 25 (1983) 141-227.
6. C. -M. Chan and W. H. Weinberg, Appl. Surf. Sci., 1 (1978) 377-387.
7. C. -M. Chan, R. Aris and W. H. Weinberg, Appl. Surf. Sci., 1 (1978) 360-376.
8. A. M. deJong and J. W. Niemantsverdriet, Surf. Sci., 233 (1990) 355-365.
9. J. B. Miller, H. R. Siddiqui, S. M. Gates, J. N. Russell, Jr, J. T. Yates, Jr, J. C. Tully
and M. J. Cardillo, J. Chem. Phys., 87 (1987) 6725-9732.
10. J. W. Niemantsverdriet, “Spectroscopy in Catalysis, an Introduction”, 2nd ed.,
Wiley-VCH, Weinheim, 2000,pp. 30-33.
11. 広畑優子,真空,33 (1990) 488-495.
12. 電子科学ホームページ
URL
http://www.escoltd.co.jp/technical/TPDmodel/TPD5.pdf
13. S. E. Donnelly and D. G. Armour, Vacuum, 27 (1976) 21-25.
14. V. Rakic, V. Dondur and Dj. M. Misljenovic, Thermochimica Acta, 194 (1992)
275-287.
15. B. J.-Cwiklik, L. Cwiklik and M. Frankowicz, Appl. Surf. Sci., 219 (2003) 276-281.
16. 平下紀夫,内山泰三,分析化学,43 (1994) 757-763.
73
第2章
TPD カーブ
Appendix
△t 時間に試料室で増減する分子数は,1 種類の分子に注目して,(1)式になる。
(Vm3の試料室に圧力変化を起こす増減分子の数)=
(脱離分子の数)−(排気される分子の数)
(1)
理想気体の状態方程式(2)式から,(1)式の各項は(3),
(2)
PV = nRT
左辺 = ∆n =
(P1 − P0 )V
=
RT
右辺第1項 = A × v (t )× ∆t
右辺第 2項 =
∆PV
RT
PS∆t
RT
(3)
ここで,P0 はある時刻のチャンバ分圧,P1 は△t 後のチャンバ分圧,A は試料面積,v(t)
は脱離速度,S は排気速度である。
(3)式を(1)式に代入すると,(4)式が得られる。
∆P × V
PS ∆t
= Av (t )∆t −
RT
RT
(4)
(4)式の両辺を△t で割ると(5)式となる。
V ⎛ ∆P ⎞
PS
×⎜
⎟ = Av (t ) −
RT ⎝ ∆t ⎠
RT
(5)
(5)式の両辺に(RT/PV)を掛けて,右辺第 2 項を移項すると(6)式が得られる。
(6)
1 ⎛ ∆P ⎞ S ART
v (t )
⎜
⎟+ =
P ⎝ ∆t ⎠ V
PV
74
第2章
TPD カーブ
排気速度が圧力変化に比べて充分に大きいときは(7)式が成立する。
(7)
S
1 ⎛ ∆P ⎞
⎜
⎟ pp
P ⎝ ∆t ⎠
V
だから,(6)式の左辺第 1 項は無視でき(8)式となる。
S ART
=
v (t )
V
PV
(8)
(8)式の両辺に PV を掛けて S で割ると(9)式が得られる。
P=
ART
v (t )
S
(9)
K=1/RT とすると,(10)式が誘導される。
P=
(10)
A
v (t )
SK
75
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