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生まれたての言葉に触れて 三宅 一平 ある出来事がある。その出来事は

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生まれたての言葉に触れて 三宅 一平 ある出来事がある。その出来事は
 生まれたての言葉に触れて
三宅 一平 ある出来事がある。その出来事は長崎という地方都市のなかで、ある時点に
起こった「事」である。劇作家たちは、その出来事の経験を拠り所にして、言
葉をあらわす。
(時間と空間の)ある点を中心に創作された言葉、それらの元に
なった出来事には、真の現実が含まれているはずである。
台詞とト書きの言葉は、現実の出来事を掬いあげたフィクショナルな言葉で
ある。一方で、その現実から遠ざかった新座での上演点がある。ただし、演技
者たちは、長崎の言葉に真の意味でふれることができない。もうすでに、その
現実の言葉は、現実から切断され、失われている。それでも、台本というテク
ストをよりしろにしながら、長崎という現実に近づこうとする。
では、演技者が再現不能な現実にふれたテクストを上演するという行為は、
一体どのような事態をはらんでいるのであろう。
ここで翻訳という行為と演技の近似性に着目してみる。
翻訳は、ある言語を別の言語に写し替える作業である。翻訳者は原文に忠実
に向き合っているにもかかわらず、翻訳者という身体・主体を媒介するため、
翻訳者の数だけの「正しい」訳が生まれる。しかも、ことは複雑である。翻訳
者の主観によって言葉が反響するだけでなく、翻訳前の原文の言語に確かにあ
る「ことば」が翻訳後の別の言語には対応する「ことば」がどこにもない場合
がしばしば見られるからだ。そこで、翻訳者は、その主体から、その言語には
それまで存在しなかった、新たな「ことば」を生み出さねばならない。
新しい言葉と原文の言語の間には、どうしても重なりあわない隔たりがある。
しかし、にもかかわらず、翻訳という作業によって、偶発的に重なり合った言
葉がうまれる。それは 2 つの言語に共通の言語以前の「意味されるもの」であ
る。そもそも翻訳は不可能性を孕んでいる。同じ「形/記号」の言葉にするこ
となどできはしない。しかし、
「かたち」は違えども、その言語内に揺さぶりを
かけるような、
「意味されるもの」の純度の等しい、あらたな言葉が立ち現れる
ときがある。
もう一度、演技者の身体に立ち返ってみる。その身体から発せられることば
は、現実から切りとられた劇作家の声である。その声に耳をすまして、演技者
たちは、現実を翻訳しようとする。再現できないものを、テクスト(言葉)を
通して、もうひとつの(上演時の)現実へと写し替えようと試みる。その手掛
かりは、あくまでテクスト内部に閉じ込められている。
作家たちは、現実をそのまま描出するのではない。しかし、長崎にカメラを
持ち込んだように記録し、一言一句、出来事を再現しえたとして、果たして、
その出来事と同じ手触りを感得できるのだろうか。
現実の出来事の確かな手触りは、語り(ドラマ)のなかで成立する。作者と
いう主体を通した現実への眼差しは、ゆらぎをもって立ち現れる。そして、作
者の複数性が、現実とテクストとの間で結ばれた境界をよりあいまいにさせる。
それでは、ゆらぎのあるテクストのなかの、確かに「ある/あった」感触に、
演技者はどのように向き合えばよいのだろう。
伝聞という形式を内包している演劇形式の中で、役者はそこにいなかったの
にもかかわらず、そこににあった言葉を、
「再び」舞台上で演じなければならな
い。現在時(上演時)の身体は、長崎と「今ここ」の二つの隔たった現実の結
点であり、何も「持たない」その身体(からだ)は、二重の「現実」を帯びて
いる。
行為とは、言語という再現可能な記号とは異なり、他者へ伝える、了解可能
なものではない*。より主体的な選択をせまられる。出来事のなかの「食べる」
という現実を演じるには、演技者の身体・主体を媒介する。
ここで翻訳の主体性を思い出してみる。
演技者たちは、自らの言葉をつかって、外からの言葉(上演テクスト)を翻
訳するのだ。演技者たちは、そもそも翻訳(再現)不可能な行為を、みずから
の記憶を頼りに、彼/彼女たちの言語で、あらたな現実を生み出す。ここで始
めて、長崎の現実、作者の現実、演技者の現実がひとつなぎになる。
演技者が翻訳した言葉は、
「同じ」出来事にも関わらず、その主体を媒介する
ことで全く別のもうひとつの現実を生じさせるのだ。その二重性をもつ身体の
重なり合いは、行為以前の未分化な、幽かさを必然的にまとうのかもしれない。
*言語は、記号の側面以外にも、発信者と受容者などの問題があり、常に了解を
生むとは限らない。そこかしこで、言語によるディスコミュニケーションは、
生じている。
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