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SENDプログラム― WSP 協定校の 視点から

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SENDプログラム― WSP 協定校の 視点から
SEND プログラム―WSP 協定校の視点から
SEND プログラム― WSP 協定校の
視点から
―アーティキュレーションを考える―
パッチャラポーン ケーオキッサダン
1
キーワード
SEND プログラム 日本語学習者の動向 アーティキュレーション グローバル化
1.海外交流大学の視点から SEND プログラムを振り返る
タマサート大学は 2013 年より SEND プログラムに参加している。SEND 派遣プログラ
ムでは、2013 年と 2014 年は条件が合わず、大学院生を派遣することができなかった。一
方、SEND 受入プログラムでは、2013 年に大学院生 2 名を受け入れ、2014 年は受け入れ
がなかった。
2013 年の受入プログラムでは、早稲田大学側からの派遣生に対して授業見学、教壇実
習、授業参加などが行われた。教壇実習は中級読解の特別課外授業として設けられたもの
であり、派遣生 2 名により語彙学習と読解ストラテジーの授業が行われた。授業参加につ
いては、学部ではビデオ制作活動のゲスト審査員として、大学院では合同ゼミにそれぞれ
参加した。
タマサート大学が受け入れた 2 名の大学院生の実習に対しては学部生から高評価を得
た。また、ビデオプロジェクト発表会でもビデオ制作プロジェクトの担当者から派遣生
の熱心さに対して高評価が得ら
れた。
大学院生の合同ゼミでは双方的
に意見交換して、交流を進めて
いった。
この 2013 年の SEND 受入プロ
グラムを通して、学部・大学院レ
ベル双方で学生間の交流が深めら
れたと言える。しかしながら、タ
マサート大学側からの派遣プログ
ラムは 2013 年も 2014 年も実施す
写真1 中級読解課外特別授業(タマサート大学)
23
早稲田日本語教育学 第 18 号
ることができなかった。
6 か月の大学院生交換プログラム に参加できなかった理由として、主に経済的な問題、
研究テーマの不一致が挙げられる。また、タマサート大学の修士課程に在籍している大学
院生が少ないことも派遣できない理由の一つである。
2. タイにおける日本語学習者の動向―中等教育と高等教育の連携の重要性
21 世紀に入って、タイにおける日本語学習者数に著しい変化が見られる。図 1 でも分
かるように、高等教育における日本語学習者数が横ばいである一方、中等教育における日
本語学習者数が飛躍的に増加し続けている。
この中等教育における日本語学習者の増加に伴い、1998 年に初めて大学入試の試験科
目に日本語が採用された。このことが中等教育での日本語学習者の増加を後押し してい
る要因の一つだと考えられる。表 1 は 1998 年から 2009 年までの大学入試の日本語の受験
者数を示している。
このように中等教育における日本語学習者が十倍以上増加しているのにも関わらず、中
等教育における日本語教師数は現在約 400 人 で、高等教育における日本語教師数とあま
り変わらない。
45000
40000
35000
30000
25000
中等教育
20000
高等教育
15000
10000
5000
0
1998年
2003年
2006年
2009年
図 1 タイ における日本語学習者数 2
表 1 大学入試科目「日本語」受験者数 3
24
年月
1998/10
受験者数
424
1999/ 3
409
1999/10
745
2000/3
2000/10
2001/3
2001/10
656
1452
1338
1984
年月
2002/3
2002/10
2003/3
2003/10
2004/3
2004/10
2005/34
受験者数
1491
2240
2054
2982
2516
3802
3390
2009/7
2009/10
6662
3460
年月
2006/3
2007/3
2008/3
2009/3
受験者数
2918
3418
3697
4827
5
SEND プログラム―WSP 協定校の視点から
タイ教育省はグローバル化に伴い、外国語の重要性を認識し、基礎教育カリキュラムに
外国語を加えた。その目的の一つはグローバル化時代に生きる人間を育成することであ
る。表 1 で証明されるように、量的には教育省の外国語教育推進政策が成功したと言えよ
う。しかし、その教育者である日本語教師に関しては教師数だけをみても成功していると
は言い難い。中等教育における日本語教師は、大学で日本語が主専攻であった教師が少な
く、日本語能力試験(Japanese-Language Proficiency Test)の一級または N1 の所有者も少
ない(Patcharaporn and Supaporn 2010)。この中等教育における日本語教師不足や教師の
質の問題に対して、『あきこと友だち』のような中等教育向けの日本語教科書開発や大学
生の教壇実習、特別プロジェクトのために大学から高等学校へ学生を派遣することなど、
近年タイの政府機関、高等教育機関、及び国際交流基金も認識し、中等教育における日本
語教育に注目する動きが見られる。
タイの日本語教育は高等教育に始まり、現在は中等教育が主役になっているかのよう
な状況にあるが、そこでは中等教育と高等教育の連携が忘れられているようである。高
等学校で三年間日本語を学習した学生が大学に入って、また初級レベルの第一段階であ
る「日本語 1」のクラスに置かれるようなアーティキュレーション(連携・継続性)の欠
如がよく見られる。このような状況はタイのみならず、世界的に見られるが、近年 J-GAP
(Japanese Global Articulation Project)など、アーティキュレーション研究が数多く行わ
れている。タイの日本語教育の現状を踏まえると、SEND プログラム参加大学間におい
て、例えば、早稲田大学・タマサート大学・タマサート大学付属中等教育機関がこのよう
なアーティキュレーションも考慮したプログラムの具体的な内容を作成できたらいいので
はないかと考える。それにより、タイの全体的な日本語教育の効果を上げるとともに、現
在約 25%の大学進学率をそれ以上に上げることができるのではないかというメリットも
考えられるからである。
3.大学生の交換留学の変化
学部レベル
ここではタマサート大学教養学部日本語学科における学生の交換留学について述べる。
タイの多くの大学では海外の大学との交流を活発に展開させる方針が定まっている。タ
マサート大学の場合は、2014 年 3 月現在、53 校の日本の大学と交流が進められている。
教養学部日本語学科の学生も毎年日本の大学に交換留学をしている。約一年間の長期留学
の場合、表 2 で示されているように日本語学科は毎年交換留学生を約 20 人送っており、
その数は増加傾向にある。
従来、一年間留学してもあまり 単位交換ができなかったのだが、近年大学間の単位交
換・単位認定制度化に伴い、より多く単位交換ができるようになった。一年間留学しても
同級生と同じ時期に卒業できる可能性があることも学生の留学の増加の原因の一つだと考
えられる。
交換留学に関しては量的のみならず、質的にも向上している。従来、交換留学希望の学
生は三年生であったが、ここ五年は留学希望に二年生が多く見受けられる。殆どの留学先
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早稲田日本語教育学 第 18 号
表 2 日本に留学した学生数
年
2010
2011
2012
2013
2014
人数
23
22
23
24
29
表 3 タマサート大学大学院修了者数
年
2009
2010
2011
2012
2013
人数
6
5
8
5
5
の大学では日本語能力試験 を交換留学の条件の一つとしている。大学にもよるが、N3 ま
たは N2 が主である。高等学校で日本語を学習し、大学で二年間日本語の科目を履修して、
日本語能力試験 の N3 または N2 に合格する二年生が増えたことが二年生の留学希望増加
の原因の一つである。
交換留学生の量的・質的な動向を考慮すると、大学間の単位認定科目を増やすこと、IT
を駆使した遠隔コースや活動、あるいはダブルディグリー・プログラム開発も魅力的なも
のである。
大学院レベル
1997 年の開設以来、大学院生の人数はあまり増えず、横ばいになっており、特にここ
五年は減少している現象が見られる。
大学院は日本語・日本学の研究者を育成する機関であるが、タイないし ASEAN 諸国に
とどまらず、国際的に研究するような研究者が期待されている。国際的に研究することは
世界基準の研究力だけでなく、他国の研究者と交流または共同研究をすることによって蓄
積された広い視野も重要である。しかし、Kanokwan et al.(2011)によると、日本語・日
本語教育の分野において、タイ人研究者と日本人研究者の共同研究はタイで出版された日
本語・日本語教育の研究の約 2%で、タイ人研究者による日本人以外の外国人研究者との
共同研究は皆無である。
この SEND プログラム参加により、日本側の大学と ASEAN 諸国等の大学、あるいは
ASEAN 諸国内のプログラム参加大学同士の共同研究が促進されるならば、グローバル化
に相応しい人材育成の効果が期待できる。また、日本語学・日本語教育学だけでなく、幅
広く日本の社会経済学や歴史学など他の研究分野とつながりを持つならば、分野を越えた
学際的な関係も生まれることになる。
4.結び
Lange(1982)では Ver tical, Horizontal, Interdisciplinar y という三つのアーティキュ
レーションが挙げられている。上述した中等教育と高等教育の連携は Ver tical つまり縦
のアーティキュレーションで、高等教育機関の大学同士(日本とタイの大学)の連携
は Horizontal つまり横のアーティキュレーション、大学院または研究者同士の連携は
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SEND プログラム―WSP 協定校の視点から
Horizontal でもあり、Interdisciplinar y つまり学際的なつながりでもある。このように日
本語教育を全体的に考慮する必要があると考えられる。
SEND プログラム参加により、少なからず日本語教育に貢献できたと評価できると同時
に、課題がまだ多く残されていると考えざるを得ない。
注
1
2
3
4
5
ぱっちゃらぽーん・けーおきっさだん(タマサート大学教養学部日本語学科)
国際交流基金の調査結果(2009)を基に作成したもの。
管轄機関 National Institute of Education Testing Service(NEIT)のデータを基に作成したもの。
2005 年より大学入試科目「日本語」は年 2 回から年 1 回に変更された。
2009 年より大学入試科目「日本語」は年 1 回から年 3 回に変更された。
参考文献
Kanokwan et al.(2011)「タイにおける日本語研究の動向― 1986 年∼ 2009 年に公開された研究を対
象に―」『日本語とタイ語の対照研究― 2009 年度までの動向―』大阪大学日本語日本文化教育セ
ンター、pp. 1–20
Lange, D. (1982). “The problem of articulation”. In Higgs, T. V. (Ed.). Curriculum, competence, and the
foreign language teacher. ACTFL Foreign Language Education Series, 13. pp. 1–18 Lincolnwood,
IL: National Textbook Co. (ERIC Document Reproduction Service No. ED 210908) cited in Etsuko
Takahashi, Shinko Hattori. High school-college articulation in JFL education: Voices of teachers and
students.
http://web.mit.edu/21f.500/JLTANE/conferences/2009/Takahashi_Hattori_formatted_.pdf(2014 年 9
月 16 日閲覧)
Patcharaporn and Supaporn. (2010) “A Study of the Problems of Japanese Language Education in High
Schools and Higher Educational Institutes in Thailand”. Japanese Studies Journal, 29 (Special Issue),
pp. 111–117.
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