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故西向嘉昭博士を偲んで - ラテン・アメリカ政経学会

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故西向嘉昭博士を偲んで - ラテン・アメリカ政経学会
<追悼>
故西向嘉昭博士を偲んで
神戸大学西島章次
◆ご経歴
ラテンアメリカ政経学会の常務理事を務められた西向嘉昭先生は、かねてから
病気療養中のところ、去る平成4年12月2日、心不全のためご逝去された。ここ
に、先生のご生前を偲び、先生のご経歴とご業績を紹介させていただく。
先生は、昭和28年3月、神戸経済大学(現神戸大学)を卒業し、その後昭和34
年3月神戸大学大学院経済学研究科博士課程を修了し、同年5月に神戸大学経済
経営研究所に助手として奉職され、昭和39年3月に同助教授に、昭和50年4月に
は同教授に任ぜられ、以後33年の長きにわたり、経済経営研究所教官として同研
究所はもとより神戸大学の研究体制の充実に尽力された。この間、経済学の研究
のみならず、研究者・学生の教育・育成に尽力するとともに、移民行政への従事、
さらには専門の学識を活用した社会的奉仕にも多面的活動を続けてこられた。
先生は、神戸大学経済経営研究所国際比較経済部門(昭和56年に中南米講座よ
り改組)に属し、ラテンアメリカ経済を中心的な研究対象とされ、神戸大学の戦
前からのラテンアメリカ研究の伝統を引き継ぐとともに、その発展に寄与されて
きた。同時に、同研究所においては、開発経済学、国際経済学、貿易政策論、国
際経済協力論、移民政策などの分野での研究にも従事され、同研究所の発展に多
大の貢献を果たされてきた。
また、ラテンアメリカ政経学会の設立当初より同学会に多大の貢献をされ、昭
和39年より同学会理事、昭和54年より同常務理事を務め、学会の発展のために尽
力されてこられた。先生は、常にわが国のラテンアメリカ経済研究における第一
人者として活躍され、指導的役割を担ってきたといえる。特に、その主著『ラテ
ン・アメリカ経済統合論』で昭和57年に神戸大学より経済学博士の学位を授与さ
れているが、これはわが国のラテンアメリカ経済研究の分野で初めて授与された
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学位であることが特筆される。
この研究は、ラテンアメリカの経済統合をそれまでの地域経済論の観点のみな
らず、国際経済学の観点からも理論的・実証的に分析した体系的研究としても高
い評価を得、昭和57年にはアジア経済研究所より『発展途上国研究奨励賞』を受
賞されている。この学位論文を初めとし、現在確認されているだけでも、生涯に
4つの著書、2つの共著、5つの編著、101編の論文、22編の資料・書評など多
数の研究を残されている。なお、昭和36年7月から昭和37年2月までブラジルに
留学し、ブラジルの経済発展とインフレーションの研究も行われたが、これはわ
が国における本格的なブラジル経済研究の噴矢となるものであった。その後、4
回にわたりラテンアメリカ諸国に滞在され、ラテンアメリカ諸国の経済発展の現
実をつぶさに観察され、現実と理論の橋渡しに務められている。
さらに、先生は、神戸商業大学時代からのわが国の移民政策・移民史研究の伝
統を引き継ぎ幾多の研究・調査に携わるとともに、著名な神戸大学南米研究会の
指導者として、多年にわたり中南米に関する知識の普及を図ることに多大の貢献
をされている。
教育においては、主として神戸大学経済学研究科において、ラテンアメリカ経
済論の講義と研究指導に当たり、内外の有為の人材を薫育されている。また、特
に近年においては、神戸大学国際協力研究科の設立に当たり、地域経済論担当教
官として、その準備から設立に至るまで、多大の貢献をされている。
また、研究活動を大学内に限定することなく、その豊かな専門的研究の成果を
広く社会に還元するために多面的な活動を続けられた。ことに、昭和52年11月よ
り59年3月まで総理府海外移住審議委員の職にあり、また、昭和41年7月から42
年3月まで日本ユネスコ国内委員会調査委員、昭和60年9月より昭和62年3月ま
で兵庫アジアポート推進協議会委員などの職にあられた。
◆ご研究
先生の数多いご業績のなかでも、ここでは紙幅の関係で『ラテン・アメリカ経
済統合論』についてのみ、簡単にご紹介させていただきたい。本書の主要な貢献
は以下のようにまとめられる。
第1に、伝統的な経済統合理論から出発し、発展途上国の経済統合理論を体系
的に構築し、これに基づきラテンアメリカにおける経済統合への政策的インプリ
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ケーションを明確にしたことである。特に、発展途上国の経済統合が資源の効率
的配分よりは、むしろ経済発展にとって不可欠である工業化の推進を目的とする
という明確な位置づけを与えていることは重要である。
第2に、ラテンアメリカ地域での経済統合が有する固有の課題を析出し、これ
を中心にこれまでの経済統合理論や現実の経済統合の試みを批判的に検討してい
ることである。ラテンアメリカ地域の経済銃合のように、加盟国の発展段階が大
きく相違する場合、経済統合を成功させる条件が、単に統合体の能率性にあるだ
けではなく、統合利益の加盟国間での衡平配分にも強く依存することを明らかに
している。
第3は、このような統合体の能率性と衡平配分の観点から、ラテンアメリカ地
域の経済統合理論を整理し、現実の経済統合の試みがこの問題にいかに対処して
きたかを詳細に検討していることである。かかる観点からの統合原理もしくは域
内分業原理の問題の分析と整理は、他の発展途上国地域における経済統合の試み
に対し、有益な示唆を与えるものである。
第4は、以上の能率性と衡平性に基づく統合原理に立脚し、独自の「商品別域
内分業原理」を提唱しているが、これは経済統合の能率原則と衡平原則を同時に
充足する方策として、高く評価されるべき構想である。かかる観点から、この構
想を一層展開し現実化したものとして、「アンデス部門別工業開発計画」を積極
的に評価し、それの一層の改善方法として加盟国間での生産割当品目の事後的な
交換ないしは譲渡を示唆しているが、この点も本論文のひとつの新しい貢献であ
るといってよい。
最後に、我々ラテンアメリカ経済研究を志す者が先生のご研究から学ぶべきこ
とは、単にラテンアメリカ地域の経済統合などの研究業績にとどまらず、先生の
地域研究に対する方法論にある。原資料の文献の幅広い渉猟と長期間にわたる現
地体験に基づき十分に現実を踏まえる一方で、国際経済学や開発経済学のみなら
ずラテンアメリカ独自の経済理論の深い造詣をもって、ひとつの地域研究を完成
させている点である。ともすれば、地域経済研究は現実認識か理論的分析かのど
ちらかに偏り、中途半端な研究に終始しがちであるが、西向先生が残された両者
を総合した長年にわたる地道な地域経済研究へのアプローチは、地域経済研究の
唯一の王道として、我々は特に銘記すべきである。
いま先生に追悼文を捧げるにあたり、先生の輝かしい研究業績を讃えるととも
に、先生のわが国のラテンアメリカ経済研究ならびにラテンアメリカ政経学会へ
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のご貢献に心からお礼申し上げ、会員一同、ここに謹んで先生のご冥福をお祈り
する。
【著書】
*『黒島一出稼ぎと移住の島一』(斉藤広志・藤田正寛・生島芳郎と共著)
神戸大学経済経営研究所南米研究叢書Ⅳ、昭和36年3月。
*『ブラジルの経済発展の一般的特質』神戸大学経済経営研究所中南米研究叢書
V、昭和38年3月。
*『ラテンアメリカの経済(1)』(編)アジア経済研究所文献解題シリーズ、
昭和38年。
*『ラテンアメリカの経済(Ⅱ)』(編)アジア経済研究所文献解題シリーズ、
昭和39年。
*『ブラジルの工業化とインフレーション』アジア経済研究所調査研究叢書第1o
9集、昭和39年9月。
*『ブラジルの産業開発』(編著)アジア経済研究所研究参考資料第107巣、昭
和41年10月
*『ラテン・アメリカ経済統合の理論と現実』神戸大学経済経営研究所叢書15、
昭和44年3月。
*『ラテン・アメリカ』(井沢実・大原美範と共著)地域研究講座「現代の世界」
第8巻、ダイヤモンド社、昭和43年3月。
*『ラテン・アメリカと国際関係』(編著)シリーズ国際関係7,晃洋書房、昭
和55年6月。
*『ラテン・アメリカ経済統合論』神戸経済学双書12,有斐閣、昭和56年6月。
*『経済発展と環太平洋経済』(石垣健一・西島章次・片山誠一と共編)神戸大
学経済経営研究所叢書40、平成3年11月。
【論文】
*“A1gunsProblemasdeTeorfadeDesenvolvimentoEcon6Inico.',Sociologfa
VoL23,No.4,desembrodel961.
*「「構造派」インフレーション分析」国民経済雑誌第109巻第1号、昭和39年1
月。
*「ラテン・アメリカ(特集・日本におけるアジア・アフリカ・ラテンアメリカ
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研究)」アジア経済第10巻第6-7号、昭和44年7月。
*「戦前の移民輸送とわが国の海運業一とくに南米西岸線に関して-」経済
経営研究年報第20号(I.Ⅱ)、昭和45年1月。
*「初期のメキシコ移民の考察」南米研究第15号、昭和45年3月。
*「輸入代替的工業化政策の一評価」国民経済雑誌第126巻第2号、昭和47年8月。
*「ブラジル経済の高度成長」経済経営研究年報第23号(Ⅱ)、昭和48年8月。
*「アジエンデの経済政策の基本線とチリ経済」アジア経済第14巻第11号、昭和
48年11月。
*「アルゼンチン経済の特徴」「ブラジル経済の特徴」「ペルー経済の特徴」高
垣寅次郎監修『世界各国の金融制度』9,大蔵財務協会、昭和49年3月。
*「発展途上国の経済統合理論の新展開」経済経営研究年報第24号(1)、昭和
49年7月。
*「ブラジルの経済成長と工業製品輸出」国民経済雑誌第131巻第2号、昭和50年
2月。
*“AnEquitableDistributionoftheCostsandBenefitsofEconomicln-
tegration”KobeEconomic&BusinessReview21、昭和51年2月。
*「ラテン.アメリカの経済開発戦略と経済統合」経済経営研究年報第27号、昭
和52年3月。
*「オセアニアと中南米の貿易構造比較」経済経営研究年報第28号(Ⅱ)、昭和
54年2月。
*「ブラジルの経済成長と景気循環」国民経済雑誌第146巻第1号、昭和57年7月。
*「_九七○年代のブラジルの工業製品輸出」経済経営研究年報第33号、昭和58
年3月。
*「ブラジルにおける多国籍企業の技術選択」国民経済雑誌第152巻第1号、昭和
60年7月。
他多数
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