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耐候性鋼橋梁に生成した層状剥離さび層局所の 放射光
日本金属学会誌 第 71 巻 第 3 号(2007)346 353 耐候性鋼橋梁に生成した層状剥離さび層局所の 放射光 XRD 解析 原 修 一1 山 下 正 人2 上 村 隆 之3 佐 藤 眞 直4 1住友金属テクノロジー株式会社 2兵庫県立大学大学院工学研究科 3住友金属工業株式会社総合技術研究所 4財団法人高輝度光科学研究センター J. Japan Inst. Metals, Vol. 71, No. 3 (2007), pp. 346 353 2007 The Japan Institute of Metals Synchrotron XRD Analysis of Local Positions in Laminated Heavy Rust Layer Formed on Weathering Steel Bridge Shuichi Hara1, Masato Yamashita2, Takayuki Kamimura3 and Masugu Sato4 1Investigation 2Division & Research Div., Sumitomo Metal Technology Inc., Amagasaki 6600891 of Mechanical Engineering, Graduate School of Engineering, University of Hyogo, Himeji 6712201 3Corporate Research and Development Laboratories, Sumitomo Metal Industries, Ltd., Amagasaki 6600891 4Industrial Application Div., Japan Synchrotron Radiation Research Institute, Sayo 6795198 The detail structure of heavy rust layers with large swelling and laminated layers formed on weathering steel bridges have Ray diffraction (XRD) and synchrotron XRD in SPring 8. been investigated by optical microscope and laboratory powder X layer) and many linearly arrayed voids (LAV) were found along layers. The mass ratio of spinel type Some large gaps (inter 40 mass. In contrast the mass ratio of iron oxide [mainly Magnetite (Fe3O4)] in average composition of the whole layer was 30 FeOOH spinel in its local parts, i.e. outer layer, interlayer and inner layer position was not higher in common but mass ratio of b was higher. Thus we propose a multilayer model structure for these unique rust layers which are made of Spinel Poor, Rich and Poor unit cell structure (SPRaPcell) compartmentalized by LAV. (Received October 5, 2006; Accepted December 18, 2006) Keywords: synchrotron radiation, xray diffraction, rust layer, weathering steel, atmospheric corrosion, deicing salt, goethite, akaganeá ite, lepidocrocite, magnetite FeOOH ,以下 b )および Fe3O4 [ Magnetite ( Fe3O4 ), X 線回 1. 緒 言 折 ( XRD ) で は Maghemite ( g Fe2O3 ) の 区 別 は 困 難 で あ り12,13),正確にはスピネル型酸化鉄,以下 Spinel と表す]は Cr, Cu, Ni を微量添加した耐候性鋼は,自然に生成するさ ほとんど検出されないほど少ないことが知られている.しか び層を保護性皮膜として利用するため無塗装で用いることが し,逆に,保護性をもたないさび層の生成機構を詳細に調べ でき,我が国鋼製橋梁の約 20 を占めるなど鋼構造物に広 た報告は少ない. く普及している構造材料である.高度成長期に大量に建設さ 塩化物の影響を受けた海浜環境でのさび層について,全国 れたインフラストラクチャーの老朽化は今後,急速に進むと 41 橋暴露試験14,15)の 17 年後回収試験片の調査1618)では以下 予測され,維持管理問題への認識が高まっている.その中 のことが報告されている.すなわち,XRD で得られるさび で,耐候性鋼橋梁はメンテナンスフリーではなく,最小限の 層の平均的な構成物質は,環境の塩化物濃度に依存して b 維持管理が重要であることが強調されている.耐候性鋼の維 量が増加し,a 量が減少する16).また,さび層を鋼につけた 持管理上,環境条件により保護性さび層が生成し得ない原因 ままの状態での入射角一定・表面波長分散型 XRD により, の究明および適切な補修方法が重要である. 海浜部の対空面側さび層 1.2 × 10-6 m 程度の厚み範囲の表 耐候性機能の根幹であるさび層の保護性については,これ 層主成分は a であるが,その他に b が濃化していることが まで塩化物の少ない大気環境で生成した良好な保護性さび層 報告されている17,18).しかし,これらは比較的良好な保護性 を用いて,その詳細なキャラクタリゼーションから保護性発 を示し,密着性のあるさび層についての報告である. 現機構を解明しようとした多くの報告がある111).良好な保 保護性をもたないさび層の顕著な例として,外観観察にお 護性を示すさび層は Goethite (a FeOOH ,以下 a )が多く, いて,著しく厚く多層をなし,さび層が連続性をもって剥離 Lepidocrocite(gFeOOH ,以下 g)が少なく,Akagan áeite(b する「層状剥離さび」19,20)(外観 5 段階評価21)法による外観評 第 3 号 耐候性鋼橋梁に生成した層状剥離さび層局所の放射光 XRD 解析 347 点 1 )と呼ばれるさび層や,連続性はないが厚いさび層で部 す.さび層には 1 2 mm の比較的大きな層状隙間,層と平 分的に剥離しやすい「うろこさび」22)(外観評点 2 )と呼ばれ 行にほぼ直線上に連なる大小のボイド(列状ボイド,Linear- るさび層の二つが実構造物においてよく知られている.特に ly Arrayed Void, LAV)および層直角方向のクラックがみえ 層状剥離さび層(外観評点 1)の場合,耐候性鋼の腐食速度は る.局所さび層としての試料粉末採取位置は Fig. 1(b )に模 経過時間にかかわらずほぼ 0.03~0.4 mm/年23)と大きく,維 式図とともに表面写真で示すように,さび外層(以下外層, 持管理上明らかに有害であり,原因究明およびその除去方法 Outer layer という),外層を剥がして表面を露出させたさび などの補修対策がきわめて重要となる.うろこさび層につい 層状隙間内(以下層間,Interlayer)および鋼面側さび層内層 ては層状剥離さび層ほど腐食速度が大きくない23) が,層状 (以下内層,Inner layer)の三箇所である.鋼面に近接した界 剥離さび層と本質的に同じものか不明であり,維持管理上注 面さび層は容易に採取できないため,内層は鋼側に近い 意すべきさびとして分類されているだけで,その処置方法は LAV とみなせる.これらの位置において 20 mm × 20 mm よくわかっていない. 程度の小面積をカッターナイフで掻き取り,粉末さび試料数 さらに,これらさび層の生成メカニズムは解明されておら mg を採取した. ず,塩化物を主成分とする凍結防止剤の散布を受ける橋梁の Fig. 2 に示す層状剥離さび層片 B は, B 橋の桁端部伸縮 場合,漏水部にのみ層状剥離さび層が発見されていることか 継手直下にあるフランジ下面に生成していた,生成時期の新 ら,塩化物を含む長時間のぬれが関与していることが経験的 しい(1 年以内と思われる)さび層で,色調別のサンプリング に推測されている19,20)に過ぎない.これまで層状剥離さび層 に使用した.図に示す面は外層(対地面)となる.局所さび層 およびうろこさび層のさび層全体の平均組成は実験室 X 線 の試料採取位置は,図中の採取範囲枠で示すように,黒色部 回折(LaboXRD)により解析されてきた.しかし層状剥離さ (Black part)とその外層の一部が剥離して露出した鮮やかな び層の解明には,その特徴的な多層構造を理解するための詳 橙色部( Orange part )とした.外観検査において橙色部は層 細なキャラクタリゼーションが先ず必要であり,これらの局 状剥離さび層を見分ける場合の目安となりうる特徴的な局所 所的な XRD 解析が有効と考えられる.そこで,冬期に凍結 さび層である.さび層片 A の外層から別途採取した褐色粉 防止剤が散布される耐候性鋼橋梁に生成した層状剥離さび層 末を褐色部(Brown part)とし,上記と対照した. 局所の放射光 X 線回折(SRXRD)を行った. 2.1.3 放射光は平行度が高く, Labo XRD に比して高分解能, うろこさび層 さび層片 C の外観を Fig. 3(a )に示す.うろこさび層の局 高 S /N 比の XRD データの取得が可能である.さらに SR 所さび層としての粉末試料は,対空面側だけからカッターナ XRD は光源の輝度が高いため,これまでの一般的 Labo イフで掻き取った粉末を外層( Outer layer ),地鉄面側だけ XRD では経験上,定量精度を維持するため 300 mg の試料 から掻き取った粉末を内層(Inner layer)と称する.それぞれ を標準とするとされている24)のに対し, 1 mg 未満ほどの微 の粉末さび試料は層状剥離さび層の場合と同様に数 mg を採 量試料でも測定が可能であるので,局部の分析に適切と考え 取した.同一地域に位置する橋梁に設置した 3 年半暴露後 られる.この SRXRD を用いて,層状剥離さび層およびう の試験片22) に生成したさび層断面ミクロ写真[ Fig. 3 ( b )]か ろこさび層の局所的なさび結晶質量比と結晶子サイズの分布 ら,推定されるうろこさび層の断面を模式図として示す. を調べることにより,層状剥離さび層特有の構造の解明を試 さび層片 A, B, C の層全体の平均組成を求めるために,さ び層全体を磨りつぶして得た粉末を,それぞれ層状剥離さび みた. 層 A, B ,うろこさび層 C の全体平均試料(Whole A, B, C ) 実 2. 2.1 2.1.1 験 方 法 さび層片と試料 採取橋梁 建設後 7 年を経た兵庫県山間部の二橋( A 橋, B 橋)の冬 とした.局所さび層の採取位置はすべて,容易に剥離によっ て現れる界面層であり,界面層以外のマトリックス試料だけ を抜き出して分析していないので,局所さび層の平均値は層 全体を磨りつぶして得た Whole A, B, C とは一致しない. 層状剥離さび層の色調別サンプリングで得た試料はそれぞれ 期( 12 月~ 3 月の期間)凍結防止剤が散布される耐候性鋼 黒色・褐色部はさび層断面位置の外層に,橙色部は層間に対 ( JIS G 3114 準拠)橋から,それぞれ層状剥離さび層片 A 応する. (Fig. 1 に示す)および B (Fig. 2 )を採取した.さび層の形成 各層状剥離さび層およびうろこさび層試料粉末は,めのう された大気環境条件はほぼ同一で,漏水がかかる部位であ 乳鉢にて丁寧に均一に擦り潰した後,SR XRD 分析用につ る.また,建設後 15 年を経た高知県の C 橋からはうろこさ いては Hilgenberg GmbH 製リンデマンガラスキャピラリー び層のさび層片 C(Fig. 3)を多数採取した. (外径 0.3 mm )先端部約 20 mm 長さ(挿入さび量約 0.7 mg ) 2.1.2 に封入した. 層状剥離さび層 さび層片 A は,A 橋中央部の床版(路面を構成する鉄筋コ ンクリート製の部材)直下にある鈑桁( I 型断面鋼製桁)の下 フランジ上面(水平部材対空面)に生成していた,長さ約 1 m 幅 0.3 m ,厚み約 5 10 mm の巨大層状剥離さび層の一部か らおよそ 100 mm×200 mm を剥離して採取した. 用いたさび層片 A 全体の断面マクロ写真を Fig. 1(a)に示 2.2 2.2.1 X 線回折方法 LaboXRD による定量 さび層 A 全体平均試料( Whole A )については, Labo XRD を用いた内部標準法によるさび質量比の定量を行っ た.試料は SR XRD と同様に層全体を磨りつぶして採取し 348 日 本 金 属 学 会 誌(2007) 第 71 Fig. 1 Cross sectional view (a) and schematic illustration, (b) indicating sampling positions (Outer, Inter, Inner layers and Brown parts) of sample A. たさび粉末約 2000 mg から約 200 mg を分析に使用した. 測定はリガク製 X 線回折装置 RU 2000 を用い,30 kV100 100 ° 範囲を mA の条件下で Co ターゲットを用い 2u = 10 ° ピッチ(走査速度 1° /min )で行った.参照試料として a, 0.02° 株 製,Fe3O4 は高純度化学 株 製の粉末試 g はレアメタリック 薬を使用した. b は 100 ° C 0.1M FeCl3 の脱水反応により合 成した2527)ものを使用した.それぞれ a(110)面,b(110)面, g(200)面,Spinel(220 )面の回折強度(積分強度)と内部標準 株 製,粒子サイズ~ 5 mm )の 物質の粉末 ZnO (和光純薬工業 (100)面の強度を比較し,結晶質 a, b, g, Spinel のさび質量 比(百分率)を定量した27). ZnO はさび試料に対して一定の 比率( 20 )で混ぜ合わせる.予め検量線として求めておい Fig. 2 Earthward surface appearance and sampling positions (Black part and Orange parts) of sample B. 巻 第 3 号 耐候性鋼橋梁に生成した層状剥離さび層局所の放射光 XRD 解析 349 Fig. 3 Surface appearance and sampling positions (Outer and Inner) of sample C. The schematic cross section was derived from a cross section of test coupon22). た a, b, g, Spinel の ZnO 基準による係数はそれぞれ,0.719, の質の劣化を抑制するため,試料スピナーで X 線照射中に 0.503, 0.935, 0.361 である. 3 回転/秒の速度で回転させた. X 線の照射時間は 5 min 間 2.2.2 SRXRD 大型放射光施設 SPring8, BL19B2 のデバイシェラーカメ 照射,回折像はイメージングプレートで記録した.これから 範囲, 一次元データを切出し,回折パターン( 2u = 0 ~ 77 ° ラを用いて粉末 SRXRD を行った.使用した X 線の波長は 間隔)を得た. 0.01° l = 0.075 nm ( 16.46 KeV ),ビームサイズは 0.3 mm 厚×約 2.2.3 3 mm 幅である.測定試料は結晶粒の選択配向によるデータ さび質量比・結晶子サイズの見積 SR XRD において得られた回折ピークのプロファイルは 350 第 日 本 金 属 学 会 誌(2007) 71 巻 a, b, g, Spinel の 4 相で同定された.これらのピークプロフ ァイルのうち各相のさび質量比を求めるために使用した回折 近傍の(110),b は 2u=5.7° 近傍の ピークは,a は 2u=10.3° 近傍の(200 ),Spinel は 2u=14.5° 近傍 (110),g は 2u=6.8° の(220)である.これら回折ピークを Lorentz 関数でフィッ トして,積分強度 I,半値全幅 w,回折角 xc を求めた.回折 ピーク同定のために参照した ICDD(International Center for Diffraction Data)の PDF(Powder Diffraction File)番号はそ れぞれ a が# 29 713 , b が# 34 1266 , g が# 44 1415 , Spinel が# 19629 である.ここで,Spinel(220 )ピークは g の( 101 )ピークと重なるので,上記で求めた g ( 200 )強度 ( Ig(200))から PDF # 44 1415 に示される強度比 Ig(101)/ Ig(200) =8/61 を用いて補正した. SR XRD におけるさび結晶質量比の定量に内部標準法は 用いなかった.これは試料が微量であるため内部標準物質を 混入することが困難なためである.そこで,以下の方法でさ び結晶質量比を求めた.すなわち, Labo XRD により定量 したさび層片試料 A の層全体平均のそれぞれ a, b, g, Spinel の質量比 MaA, MbA, MgA, MsA によって同一試料 A の SR XRD におけるそれぞれの回折ピーク強度 IaA, IbA, IgA, ISpinel A を規格化し,他のすべてのさび層片試料の SRXRD 強度を 質量比に比例換算した.例えば試料 X 中の a について M ′ aX =( IaX / IaA ) MaA を求め,他の 3 相についても同様にそれぞ 合計が れ M′ b X, M ′ gX, M ′ sX を求め,最後にこれら 4 相の M ′ 100 mass になるように換算し直し,それぞれ MaX, MbX, Fig. 4 Laboratory XRD pattern of whole rust layer of sample A containing ZnO as an internal standard. MgX, MsX を得る.結局,求める質量比は次式によって算定 した.ここに符合 i, j はそれぞれ a, b, g, s を表す. MiX=MiA( IiX/IiA) /(∑M ( I /I )) jA jX jA j Table 1 Mass ratio of rust constituents of sample A analyzed by Laboratory XRD. Mass ratio (mass) Protective ability index (PAI) a FeOOH b FeOOH g FeOOH Spinel a/g (b+s)/g この場合の定量精度は Labo XRD の定量精度に依存する ため,相対誤差は 15範囲内にあると考えられる. また,結晶子サイズ t(nm)は上記プロファイル解析で求め Constituent た w, xc の値を用い,Scherrer 式(t=0.9l/(w×cos xc))によ Sample A って求めた. g=g+b+spinel 3. 38 16 6 40 0.6 0.9 結果および考察 3.1 層状剥離さび層全体の平均組成 さび層 A 全体平均の Labo XRD パターンを Fig. 4 に示 す.図中,角度は放射光で利用した X 線の波長に換算して おり, ZnO は内部標準物質である.このパターンは,例え ば工業地帯の良好な保護性を示すさび層と異なり,a, g 以外 の b および Spinel ピークが高い特徴がある. 0.6 よって PAIa/g< 1 ),かつ活性( Active )なさび層[( b + s )/ g= 0.9 よって PAI( b+s)/g> 0.5 ]領域に分類されること になる. 3.2 層状剥離さび層の局部構造 さび層 A の層全体平均および局所さび層の SR XRD パ ターンを Fig. 5 に示す.SRXRD のパターンは少量さび試 さ び 質 量 比 定 量 結 果 を Table 1 に 示 す . Spinel が 40 料かつ短時間照射にもかかわらずプロフィルが明瞭である. mass でも っとも 高く,次 いで a が 38 mass , b が 16 層ごとに, a, b, g 相および Spinel 相それぞれの相対ピーク mass , g が 6 mass であった.これまでの知見18,23,2729) 高さだけでなく,半値幅も差が明瞭である.これらのパター により,さび層の保護性はさび組成比(各さび結晶相の質量 ンより抜き出した各 a, b, g, Spinel 相のピークプロファイル 比を組み合わせた構成比)a/g27)(質量比 a= Ma ,組成比 g は Lorentz 関数で良くフィットした. = Mg= Mg + Mb + Ms )および( b + s )/ g23)[組成比 ( b + s さび層 A の層全体平均,局所さび層に対する各さび結晶 ( Spinel ))= Mb + Ms ]の範囲で評価できると報告されてい 相質量比( Ma, Mb, Mg, Ms),結晶子サイズ(t)算定結果を る.これらの保護性指標(Protective Ability Index, PAI)を用 Fig. 6 に示す.局所さび層は層全体平均と比べて明らかに異 いた場合には,このさび層 A は保護性がないさび層(a/g= なるさび組成を示す.すなわち,層全体平均の Ms は,局所 第 3 号 耐候性鋼橋梁に生成した層状剥離さび層局所の放射光 XRD 解析 351 さび層すべてに比べて著しく高く,マトリックス中の Ms が 向が全体的に認められる.このことは次に述べるさび色調別 著しく高いことを意味する.局所さび層の Ms は全体に低い の結果およびうろこさび層の結果も同様の傾向を示すので, が,その中では外層から内層の方向に高い傾向がある.また, 塩化物の影響により b 相の結晶成長が大きいことを示唆す Mb は局所さび層全体に高いが,特に外層で高いことが特徴 るものと考えられる. 的である.各層ともに Mg は一様に低く,局所的な変化はほ とんどみられなかった. 3.3 局部色調と構造 Fig. 6 下 図 に 示 す 局 所 位 置 の 結 晶 子 サ イ ズ の う ち a, 同様に整理したさび層 B のさび色調別の XRD 解析結果を Spinel は層全体平均と差がなく,他の b, g は外層で小さい さび層 A 褐色部の結果と合わせ Fig. 7 に示す.層全体平均 傾向を示す他は特徴的な傾向はみられなかった.b 結晶子サ に比して,褐色部(外層部)は著しく高い Mb と低い Ms を示 イズは,さび層外層を除いて他のさび結晶に比べて大きい傾 し,結晶子サイズが小さい.褐色部の結果は Fig. 6 の外層 とよく一致している. さび層 B についても層全体平均は Ms が高い点でさび層 A と同様の結果を示している.橙色部(層間部)は平均に比して, Mb, Mg が高く, Mb が特に高い.黒色部(外層下面)は高い Mb を示す. Ms は層全体平均に比して橙色部,黒色部は低 い.これらさび層 B の結果はさび層 A の結果とよく一致し ている. 以上から,層状剥離さび層 A, B は共通して層全体平均で は Spinel 質量比が高く,局所さび層である外層・層間では Spinel 質量比が低く,b 質量比が高い傾向を示すことが明ら かとなった. 3.4 うろこさび層の局部構造 層状剥離さび層 A, B と同様に整理したうろこさび層 C の 結果を Fig. 8 に示す.うろこさび層全体平均は,層状剥離 さび層全体平均と比べて Ms が少ない傾向を示した.さらに うろこさび層内部の詳細は不明であるが,少なくとも内外層 の各さび質量比は層全体平均とほとんど変わらない傾向を示 した. 以上のことから,さび層断面方向にさび組成が変化した局 部構造をもつ層状剥離さび層とは対照的に,うろこさび層は さび層内外層にさび組成の大きな変化はみられず,局部構造 Fig. 5 Synchrotron radiation XRD ( l=0.075 nm) patterns of local positions with rust layer sampleA. Fig. 6 Mass ratio ( Ma, Mb, Mg, Ms) and crystallite size (t) of rust constituents of sample A. が異なることが明らかとなった. Fig. 7 Mass ratio ( Ma, Mb, Mg, Ms) and crystallite size (t) of rust constituents of sample A and B. 352 日 本 金 属 学 会 誌(2007) 第 71 巻 Fig. 9 A schematic view of heavy rust layer with large swelling and laminated layers formed on weathering steel bridge. Fig. 8 Mass ratio ( Ma, Mb, Mg, Ms) and crystallite size (t) of rust constituents of sample C. 3.5 層状剥離さび層の局部構造概念図 SR XRD により,層状剥離さび層の層断面方向に Ms お よび Mb の分布をもつ積層状局部構造の存在が強く示唆され た.これらの結果を踏まえ Fig. 1 を考慮して層状剥離さび 層のマクロな模式図を Fig. 9 に示す.積層する層の境界位 置には LAV が並ぶ. 合わせて Ms 分布の概念図を Fig. 9 右に模式図に合わせて 示す.このように 1 つの層を周期とする Spinel 相のサイク ル的濃度分布はさび層生成条件の相違を示唆し,層状剥離さ びの生成メカニズムを考察する上で重要な手がかりを与える と考えられる.そこで,この特徴的な Spinel 質量比の山形 の濃淡分布をもつ板状の層が積層し, LAV によって仕切ら れた構造をモデル化して Fig. 10 に示す.すなわち,積層す る各層では層境界近傍で Spinel が poor であり,それ以外の 大部分(マトリックス)では Spinel が rich になっている.こ Fig. 10 Spinel poor, rich and poor cell(SPRaP cell) structure model of heavy rust layer with large swelling and laminated layers. の板状積層構造を構成する特徴的な Spinel Poor, Rich and Poor の単位構造をその頭文字から SPRaPcell と名付けた. この積層構造においては各 SPRaP cell 間に LAV が存在 実30)はこれを支持する. するとしているが,LAV では b が濃化しており,腐食反応 層状剥離さび層において Spinel がマトリックスに多く, の活性あるいは元活性であった痕跡を示す領域と考えられる. LAV に少ないことが明らかとなった.これまで国内では, LAV は層状剥離さび層において層境界であると同時に密着 海岸地帯を除き,凍結防止剤散布地域では層状剥離さび層が 性の劣る剥離面でもある.さらに Spinel の大量生成に伴う 発見される箇所には必ず漏水が伴うことが報告されてい 体積収縮(g Fe3O4( Spinel )16 vol , b Fe3O4( Spinel )27 る17,18).漏水に加え,層状剥離さび層ではさび厚が非常に厚 vol13))がボイド形成を助長している可能性も考えられる. くかつ,多数の LAV に入った水分は乾燥しにくいと考えら この LAV がさび層において剥離脱落の起点となり,さび層 れるから,ぬれ過程が長時間となりやすい.ぬれ時間が長い の脱落により,さび層の環境遮断性が著しく低下することで と,塩化物がなくても層状剥離さび層が生成し,その組成は 腐食を加速することは容易に考えられる. ほとんど a と Spinel ( Maghemite と同定されている)が占め LAV はさび層断面においてほぼ等間隔に位置し,形状が ていたとの実例報告がある31) . Evans モデル32) によれば長 似ている.よって LAV は多量のさびが周期的(おそらく毎 時間ぬれによって腐食が長時間進行し,gFeOOH の還元に 年冬期)に生成し,積層してできる板状さび層間の隙間で, より Spinel 相生成が多くなることは考えられる33). 塩化物濃度が高かったために b が高濃度で生成したと考え 対照的に,うろこさびでは表面を覆う厚いさび層が連続し られる.別の凍結防止剤散布環境で採取した層状剥離さび層 ていない(Fig. 3 )ので,層状剥離さび層より乾燥しやすく, の断面 EPMA カラーマッピングで層状の Cl 分布を示す事 ぬれ時間が短いため Spinel 相比が少なかったと考えられ 第 号 3 耐候性鋼橋梁に生成した層状剥離さび層局所の放射光 XRD 解析 る.このように Spinel が少ないために,うろこさび層は層 状剥離さび層と異なり, SPRaP cell 構造ができないと考え られる. 今回判明した LAV や SPRaP cell の板状積層構造と腐食 速度との相関性については,このようなさび層構造が存在す ることの結果から推測される LAV によるぬれ時間の長期化 やさび層の脱落により腐食が加速すること以外に,層状剥離 さ び 層 生 成 プ ロ セ ス に お け る Spinel 相 の 優 先 的 生 成 や Spinel rich 層共存による腐食速度の加速34,35)などからも検討 する必要があると考えられる. 結 4. 論 SR XRD を利用することにより,実橋梁で生成した層状 剥離さび層の局所さび層を調べた結果,以下の知見を得た. 層状剥離さび層の層全体平均さび組成は,保護性指標 PAI から評価した場合,保護性がないさび層( a /g= 0.6 よ って PAIa/g< 1 )であり,かつ活性( Active )なさび層[( b + s)/g=0.9 よって PAI( b+s)/g>0.5]と評価される. 層状剥離さび層は層全体平均では Spinel 質量比が高 いのに対して,局所さび層の外層・層間では Spinel 質量比 が低く,b 質量比が高い傾向を示す. 層状剥離さび層構造は, Spinel 質量比が断面方向に Poor Rich Poor の山形濃淡分布の単位構造をもち( Spinel Poor, Rich and Poor cell, SPRaPcell),点列状ボイド (LAV)で区切られた多層板積層構造と考えられる. うろこさび層は層状剥離さび層に比して Spinel 質量 比が低く,層断面方向のさび組成比分布をほとんど示さない. SR XRD は微量試料で解析が可能なため,特にさび 層中の組成構造を詳細に検討する場合にきわめて有効と考え られる. 本結果は文部科学省の平成 18 年度 SPring 8 戦略活用プ ログラム課題( 2006A0222 )として行った実験の成果の一部 である. 文 献 1) T. Misawa, M. Yamashita, Y. Matsuda, H. Miyuki and H. to Hagane 79(1993) 69 75. Nagano: Tetsu 2) M. Yamashita, H. Miyuki, T. Matsuda, H. Nagano and T. 299. Misawa: Corros. Sci. 36(1994) 283 3) M. Yamashita, H. Miyuki, H. Nagano and T. Misawa: Zairyo to Kankyo 43(1994) 2632. to Hagane 4) H. Okada, Y. Hosoi, K. Yukawa and H. Naito: Tetsu 353 55(1969) 355365. 388. 5) H. Kihira, S. Ito and T. Murata: Corros. Sci. 31(1990) 383 6) J. T. Keiser, C. W. Brown: Corros. Sci. 23(1983) 251259. 7) D. C. Cook, R. Balasubramanian, S. J. Oh and M.Yamashita: 70. Hyperfine Interact. 122(1999) 59 8) M. Yamashita, T. Misawa, H. E. Townsend and D. C. Cook: J. 78. Japan Inst. Metals 64(2000) 77 9) T. Kamimura and S. Nasu: Mater. Trans., JIM 41(2000) 1208 1215. 10) T. Okada, Y. Ishii, T. Mizoguchi, I. Tamura, Y. Kobayashi, Y. Takagi, S. Suzuki, H. Kihira, M. Itou, A. Usami, K. Tanabe and 3391. K. Masuda: Jpn. J. Appl. Phys. 39(2000) 3382 11) T. Kamimura, T. Doi, T. Tazaki, T. Kuzushita, S. Morimoto and S. Nasu: Proc. 2nd Int. Conf. on Environment Sensitive Cracking and Corrosion Damage (2001) pp. 190196. 12) T. Kamimura, S. Nasu, T. Tazaki, K. Kuzushita and S. Morimoto: Mater. Trans., JIM 43(2000) 694703. 13) R. M. Cornel and U. Schwertmann: The Iron Oxides, (VCH, Weinheim, 1996). 14) Public Works Research Institute (PWRI), Japan Iron and Steel Federation ( JISF) and Japan Association of Steel Bridge Construction ( JASBC): Cooperative Research Report on The Application of Weathering Steels to Bridges (X VIII) (1993). 15) Public Works Research Institute (PWRI), Japan Iron and Steel Federation ( JISF) and Japan Association of Steel Bridge Construction ( JASBC): Cooperative Research Report on The Application of Weathering Steels to Bridges (X VII) (1993). 16) M. Yamashita, K. Asami, T. Ishikawa, T. Ohtsuka, H. Tamura to Kankyo 50(2001) 521 530. and T. Misawa: Zairyo 656. 17) K. Asami and M. Kikuchi: JIM 66(2002) 649 2688. 18) K. Asami and M. Kikuchi: Corros. Sci. 45(2003) 2671 19) M. Miura and S. Hara: Proceedings of JSCE No. 145 Symposi42. um (2004) pp. 35 20) M. Miura: Proceedings of JSCE No. 36 Seminar (2005) pp. 21 27. 21) H. Kihira, K. Shiotani, H. Miyuki, T. Nakayama, M. Takemura and Y. Watanabe: Journals of structural mechanics and earthquake engineering, Japan Society of Civil Engineers 745 /I 65(2003) 7787. 22) S. Hara, M. Miura, Y. Uchiumi, T. Fujiwara and M. Yamamoto: 2430. Corros. Sci. 47(2005) 2419 23) S. Hara, T. Kamimura, H. Miyuki and M. Yamashita: Corros. Sci. 49(2007) 11311142. 24) T. Nakayama, H. Kihira, K. Shiotani, H. Miyuki, M. Takemura, M. Yamashita and T. Nishimura: Proceedings of JSCE No. 132 72. Symposium (2001) pp. 65 25) T. Ishikawa, Y. Kodo, A. Yasukawa and K. Kandori: Corros. Sci. 40(1998) 12391251. 26) T. Kamimura, S. Nasu, T. Segi, T. Tazaki, H. Miyuki, S. Morimoto and T. Kudo: Corros. Sci. 47(2005) 25312542. 27) T. Kamimura, S. Hara, H. Miyuki, M. Yamashita and H. 2812. Uchida: Corros. Sci. 48(2006) 2799 28) Ph. Dillmann, F. Mazaudier and S. Hœrle: Corros. Sci. 46(2004) 14011429. 29) T. Ishikawa, A. Maeda, K. Kandori and A. Tahara: Corrosion 62(2006) 559567. 30) S. Hara: Unpublished technical report (2001). 31) D. C. Cook: Proc. Int. CORROSION2000, NACE International, Houston, TX449 (2000) 1. 246. 32) U. R. Evans and C. A. J. Taylor: Corros. Sci. 12(1972) 227 2577. 33) T. Otsuka and T. Komatsu: Corros. Sci. 47(2005) 2571 34) Y. Kojima and S. Tsujikawa: 44th Jpn. Conf. Materials and En424. vironments, JSCE (1997) pp. 421 35) T. Shibata, M. Seo, K. Sugimoto, T. Tsuru, S. Fujimoto and H. to Kankyo 54(2005) 2 8. Inoue: Zairyo