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生と死に対する態度研究の概観と展望

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生と死に対する態度研究の概観と展望
Kobe University Repository : Kernel
Title
生と死に対する態度研究の概観と展望(The Review and
Prospect of the Studies Attitude towards Life and
Death)
Author(s)
田中, 美帆 / 齊藤, 誠一
Citation
神戸大学大学院人間発達環境学研究科研究
紀要,7(1):181-186
Issue date
2013-09
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
DOI
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81005372
Create Date: 2017-03-30
(181)
神戸大学大学院人間発達環境学研究科 研究紀要 第7巻 第1号 2013
Bulletin of Graduate School of Human Development and Environment, Kobe University, Vol.7 No.1 2013
研究報告
生と死に対する態度研究の概観と展望
The Review and Prospect of the Studies Attitude towards Life and Death
田 中 美 帆 * 齊 藤 誠 一 **
Miho TANAKA* Seiichi SAITO**
要約:本稿の目的は,①死に対する態度とは何か,②発達段階における死に対する態度,③誰の死を扱うのか,という3つの観
点から「死」を多元的に扱った先行研究について概観し,今後の課題と展望について議論することであった。①死に対する態
度とは何かという点について,先行研究における死に対する態度の概念の定義および死に対する態度の測定について概観した。
その結果,死に対する態度という概念の定義が曖昧であるため,概念と先行研究が必ずしも一致していない可能性を指摘し,
死に対する態度の定義を明確にすることや生に対する態度についても死に対する態度研究に包含して検討していく必要性を示
唆した。②発達段階における死に対する態度については,幼児期から青年期および中年期,老年期を対象にした研究を概観し,
死に馴染が薄いとされてきた成人期について,妊娠・出産・子育てという命にまつわる経験に着目し検討していく必要性を指
摘した。③誰の死を扱うのかということに関して,死が持つ人称の違いから,扱われる死が誰の死であるかを明確にしないこ
とは,研究する側が想定している「死」と研究される側が想定する「死」に齟齬が生じる可能性を指摘した。また,発達段階
において重要となる死の人称が異なる可能性について示唆し,誰の死であるかということを明確にすることが必要であると指
摘した。
の受容 (Ray & Najman, 1974) に焦点をあてたものであった。日
1.はじめに
平成24年の文部科学省「超高齢社会における生涯学習の在り方
本においては1970年代から thanatology,Death Studies という
に関する検討会」において,生涯学習における死生観の育成とい
言葉の邦訳として「死生学」という言葉が使われ始めた。死生学
う画期的な提言がなされた。これまでも,臓器移植や自殺者の問
とは,死に関わりのある多様なテーマへの学際的アプローチ ( デー
題から人々の生命についての観念は議論されてきたが,2011年3月
ケン , 1986) であり,医学を中心とした様々な分野で研究が行われ
11日に起こった東日本大震災以降,改めて「生」や「死」につい
ている。心理学において「死」を量的に扱った研究が始まったの
て考えることの必要性が指摘されている ( 藤原 , 2011)。
は1980年代に入ってからである。当初の研究は海外の概念をその
人々の生命についての観念は,これまで「死」の側面が中心に
まま用いたものが中心であった ( 岡村 , 1984; 河合・下仲・中里 ,
扱われてきた。「死」というテーマは古くから西洋哲学者の主要な
1996) が,これらはキリスト教的な考え方を反映していたため,日
テーマの一つであった。Descartes (1649, 谷川訳 , 2008) は生きて
本人の死生観の構造を欧米と同様のものとして扱うのは難しいと
いる身体と死んだ身体との間には動いている時計と止っている時
いう指摘 ( 海老根 , 2008) や死を多元的にとらえていく必要性が主
計との差しか認めていないと主張している。つまり,死後の世界
張されはじめた ( デーケン , 1986; 金児 , 1994)。このような経緯か
のような霊的なものについて認めていない。これは唯物論者に共
ら日本人の文化観や宗教観に則した多元的な死に対する態度が検
通の認識であった ( 河野 , 2002)。また,ハイデガーも著書である
討されることとなった。
「存在と時間」のなかで死の問題を主要なテーマとして取り上げて
そこで本稿では,まず,①死に対する態度とは何か,②発達段
いる ( 森 , 2008)。一方,心理学において積極的に研究が行われ始
階における死に対する態度,③誰の死を扱うのか,という3点に着
めたのはここ50年ほどである。「死」に関する研究の先駆けは欧米
目し,「死」を多元的に扱った先行研究について概観し,今後の課
における死の不安や恐怖 (Temper, 1970; Hoelter, 1979) または死
題と展望について議論することとする。
*
**
神戸大学大学院人間発達環境学研究科博士課程前期課程
神戸大学大学院人間発達環境学研究科准教授
(2013年4月1日 受付
2013年4月23日 受理)
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2.死に対する態度とは何か
構成し,生への輝き,悲しみからの逃避,死を見つめる,人との
(1)「生」と「死」を扱った概念
関わり,死への逃避の5つの次元から死に対する態度を捉えよう
「生」と「死」を扱った概念としては,日本語であれば死生観,
としている。このうち生への輝きには,「命は何にもかえがたい大
死に対する態度,死観,英語であれば attitude towards death,
切なものである」や「生きていることは素晴らしい」といった内
death concern, thanatology などが存在するが,これらの間に厳
容が含まれ,これまでの尺度で測定される死に対する態度よりも
密な定義というのは大抵の場合なされず,同じような意味として
より生の側面を意識したものとなっている。さらに,海老根 (2009)
使用されている ( 丹下 , 1995)。死生観について,長崎・松岡・山
は大学生に対して,想定される死を区別した青年期における死に
下 (2006) は死に対する考え方,および態度と定義している。一方,
関する多面的認知尺度を開発し,人生を輝かせるものとしての死,
死に対する態度について,木田 (2008) は,生命や死に対する自己
人生の目的地点としての死,死後の関係の永続性,必然としての
評価や位置づけ,心構えとも考えられるものであると定義してお
死,存在の消滅としての死,人生の未完をもたらすものとしての
り,丹下 (1995) の定義では,生と死にまつわる評価や目的などに
死,の6次元から青年期の死に対する態度を測定しようとしてい
関する考え方で,感情や信念を含む,とされている。最近では,
る。
自分自身がどのように死を迎えたいか ( 植田 , 2010) といった死へ
以上のように尺度によって測定される死に対する態度の構造を
の準備についても死に対する態度の定義に含まれており,死に対
見てみると一側面に着目したものから多元的なものへ,死のみを
する態度や死生観については「死」だけを含んだ概念として扱う
扱ったものから生も含めたものへと移行しつつあると言える。し
のか,「生」,「命」にまつわる感情や評価などについても包括的に
かしながら,ここにおいても死に対する態度の定義が明確でない
扱う概念とされているのかについて未だ明確にされていない。本
ものもあり ( 河合 , 1996; 平井他 , 2000),他の研究との整合性を確
研究では,死生観や死観など「死」を多元的に捉えるものを「死
保するためにも,死に対する態度の定義や死の対象などを明確に
に対する態度」,「生」や「命」に対する評価や考え方を「生に対
する必要があると考えられる。
する態度」,この2つの概念両方を含み多元的に捉えるものを「生
(3)生に対する態度・生と死に対する態度
と死に対する態度」とする。
死に対する態度に,生の側面をどのように位置づけるかについ
(2)死に対する態度
て必ずしも十分な議論はなされていないが,「生」,「命」について
死に対する態度の構造を明らかにするため,死に対する態度を
学ぶことにより死に対する態度を育成しようという取り組みとし
量的に検討した研究としては以下のものがあげられる。
て,デス・エデュケーションを挙げることができる。例えば,南
死に対する態度尺度 ( 河合他 , 1996) は欧米で頻繁に使われてい
雲 (2006) は小学生を対象にモルモットの飼育を通して命の教育を
る Death Attitude Profile:DAP (Gesser, Wong, & Recker,
行った。その結果,モルモットの出産などの触れ合いを通して,
1987) に修正を加えた邦訳版であり,死の恐怖,積極的受容,中
死についての考え方を深めたとしている。吉井 (2009) は,命の大
立的受容,回避的受容の4つの次元から死を捉えようとしている。
切さを伝える教授方法として,母子手帳を用いた授業を展開して
この尺度は老年期を対象に作成されており,高齢者の負担を軽減
いる。しかし,これらデス・エデュケーションや命の教育等は小
するための短縮版も作成されている ( 針金・河合・増井・岩佐・
学生から大学生に対して広く行われているが,これらの授業の結
稲垣・権藤・小川・鈴木 , 2009)。しかし,この尺度については前
果として生と死に対する態度がどのように変化したかを量的に明
述のように欧米の価値観や文化観を反映した項目が多く,日本人
らかにしたものは少ない ( 海老根 , 2008)。
の死に対する態度を測定する尺度として適しているかについては
また,生に対する態度と死に対する態度の両方を扱った研究と
さらに議論が必要であると考えられる。
しては,齋藤・小林・丸山・花屋・柴田 (2001),田口・三浦 (2012)
丹下 (1999) は自己の死もしくは一般的な死に焦点をあて,青年
がある。齋藤他 (2001) では看護学生を対象に,人生の意味や目的
前期・中期を対象に青年期における死に対する態度尺度を作成し
意識について縦断的に検討している。その結果,恐怖の対象でし
た。この尺度では死に対する恐怖,生を全うさせる意志,人生に
かなかった「死」を,自分の生きる意味や生死の観点から主体的
対して死が持つ意味,死の軽視,死後の生活の存在への信念,身
に考えられるようになり,死生観としてまとまりを見せるとして
体と精神の死の6次元から死に対する態度を捉えようとしている。
いる。一方,田口・三浦 (2012) は高齢者を対象に生への価値観と
臨老式死生観尺度 ( 平井・坂口・安部・森川・柏木 , 2000) は,死
死に対する態度との関連を検討しているが,人生における意味や
後の世界観,死への恐怖・不安,解放としての死,死からの回避,
目的の明確さと死に対する態度には関連は見られなかったことを
人生における目的意識,死への関心,寿命観の7側面から構成さ
明らかにした。
れている。これら2つの尺度は日本人の死に対する態度を多元的
わが国では生と死の両方に対する態度を扱った研究は少ないが,
に測定しようとした先駆けであり,欧米の価値観に基づいて作成
「生きることは死ぬことである」であり,生と死は相反するもので
された尺度で盛んに扱われてきた死の恐怖や不安だけでなく,死
も,切り離されたものでもないというエンゲルスの主張を取り上
後の世界についてや死が持つ肯定的な側面についても取り上げて
げた河野(2002)の議論にも見られるように,死に対する態度と
いる。これ以後国内における様々な死に対する態度研究にこれら
生に対する態度は同時に扱われるべきものであり,生と死は表裏
の尺度が用いられており,日本における死に対する態度研究に大
一体という観点からも生を含めて死の態度を多元的に捉えていく
きな貢献をしたと言える。
必要があると考えられる。
一方,道廣・土井・中桐 (2005) は高校生を対象に死生観尺度を
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3.各発達段階における死に対する態度研究
(4)成人期の死に対する態度
(1)幼児期から児童期の死に対する態度
このように,死に対する態度研究は,幼児期から青年期と中年
仲村 (1994) は,3歳から13歳までの子どもに対するインタビュー
期および老年期を対象におこなわれており,特によりリアリティ
調査を通して,幼児期では生と死が未分化であるが,児童期にな
のある死として,青年期では自殺との関連から死に対する態度が
ると死の普遍性,非可逆性,体の機能の停止を理解できるように
検討され ( 佐藤・田中 , 1989; 山下・橋本・高木 , 2006),老年期で
なることを明らかにしている。また,年齢が上がるごとに生まれ
は最も死が身近な世代である (Baltes, 1987) ためターミナルケア
変わり思想を信じるようになることを示唆している。山岸・森川
や終末期の側面から検討されてきた。
(1995) は,幼稚園年長児,小学校1年生,3年生,5年生,大学
一方,狭義の成人期 ( 大学卒業後~40歳ごろまで ) は,児童期
生を対象に死の概念発達について検討しているが,死の概念発達
までのように死にリアリティがないわけではないものの,中年期
は認知的発達に必ずしもそぐわない部分があるとしている。した
以降のように近親者との死別など具体的な死をそれほど多く経験
がって,幼児期から児童期にかけ一般的な「死」がどのようなも
する時期でもない。
のであるかについて理解するようになると考えられる。
しかしながら,平成21年における年齢階級別の主な死因の構成
(2)児童期から青年前期・中期の死に対する態度
割合では,青年期とされる15-19歳と同様に20-24歳,25-29歳,
伊藤・斎藤 (2008) は児童期から青年期までの死に対する態度に
30-34歳,35-39歳においても自殺が死因1位であり,特に20-24歳,
ついて横断的に検討している。その結果,死後の世界を信じる傾
25-29歳においては全死因に占める自殺の割合が約50% となってい
向と死の不安は年齢が上がるとともに低下する一方,死の関心や
る(内閣府,2011)。また,成人期に特有のライフイベントである
死を苦難からの解放とみなす考え方は年齢とともに低下した。死
妊娠や出産,子育ては,生だけでなく死とも隣接しており ( 常盤 ,
後の世界を信じる傾向については青年前期・中期を対象とした丹
2001),成人期女性は妊娠・出産の経験や子どもの存在によって生
下 (1999) や青年期全期を対象とした Noppe & Noppe (1997) にお
を強く意識することにより,死に対する態度が変化することが明
いても同様の結果が得られている。
らかにされている ( 田中 , 2013)。こうしたことから,成人期につ
中学生と高校生を対象に5年間にわたる縦断的研究を行った丹下
いてもこの時期特有のライフイベントに着目し検討していく必要
(2004) は,中学の期間では死に対する恐怖や困難な状況でも人生
があると考えられる。
を全うしようとする意志,また身体のみの生への執着は低下する
一方,死を軽視する傾向は学年が上がるにつれ上昇することを明
4.誰の死を扱うのか
らかにしている。
(1)死に関する特定の経験に着目した死に対する態度
つまり,児童期から青年期にかけては,年齢の上昇とともに死
デス・エデュケーションや死生学の講義を受けた経験が死に対
に対する恐怖や不安は低下する一方,死後の世界を信じる傾向に
する態度に与える影響について検討した研究として,川守田・風
ついては年齢が上がるにつれてより強くなるといえる。
岡 (2003) は,看護短期大学の1年生と2年生に対して死に対する態
(3)青年後期と中年期および老年期の死に対する態度
度を横断的に検討しているが,2つの学年の間に差は見られなかっ
隈部 (2006) は,DAP の改訂版である Death Attitude Profile-
たとしている。また,園田・上原 (2012) は,生と死に関する講義
Revised:DAP-R (Wong, Recker, & Gesser, 1994) の日本語版を
開始時から講義終了後までを縦断的に検討し,講義終了後には開
作成し,青年後期および中年,高齢者の死に対する態度を比較し
始前と比較して死の不安が低減し,より肯定的に人生を捉えるよ
ている。自分の死についてのリアリティが少ない青年期は死に対
うになったとしているとしている。さらに,1年生から4年生の
する恐怖および死の受容について他の2つの時期と比較して低い
死に対する態度を横断的に検討した狩谷・渡會 (2011) は,学年が
反応を示していた。一方,中年期では自らの身体の衰えによって
上がるにつれて死の恐怖が軽減することを明らかにしている。こ
自分の死にも無関心ではいられなくなると指摘している。
のように看護学生を対象とした研究では,看護教育および死生観
富松・稲谷 (2012) も隈部 (2006) と同様に青年後期,中年期,老
を育成する教育により死に対する態度が変化することが示唆され
年期の死に対する態度について検討しており,青年期は老年期に
ている。
比べて死に対する恐怖が強く,加齢に伴い死に対する恐怖が減少
一方,死別経験が死に対する態度に与える影響を検討した研究
することが明らかにされている。これは壮年期と比較した研究で
としては,富松・稲田 (2012) は青年期,中年期,老年期を対象に
も同様の結果が得られている ( 田中・後藤・岩本・李・杉・金山・
重要な他者との死別経験と死に対する態度の関連について検討し,
奥田・國次・芳原 , 2001)。一方,鹿村・高橋・柴田 (2007) は,中
死別経験がある人は死別経験がない人に比べ人生において死が肯
年期と老年期の死に対する態度を比較した結果,中年期では老年
定的な意味を持つと考える傾向および死後の世界の存在を信じて
期と比べて死に対する恐怖が強いものの死は必然のものであると
いることが明らかにしている。また,朝田・日潟・齊藤 (2010) は,
受け止めていることを明らかにしている。
中年期における死別経験が持つ意味を検討した結果,死別経験を
したがって,青年後期では中年期や老年期に比べて死に対する
することにより,死をより現実的に捉えることができるようにな
恐怖が強いことが示され,中年期以降では自らの身体の衰えなど
り,生き方に新たな視点が与えられることを明らかにしている。
から死を意識するようになると言える。また,加齢に伴い死に対
さらに老年期では,死別を経験することにより,死を受容する傾
する恐怖は減少していくと言える。
向が高いことが示唆されている ( 河合他 , 1996)。
看護学生を対象とした研究で扱われる「死」も,死別経験に着
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目した研究で扱われる「死」も同じ他者の死であるが,2つの
「死」には異なった様相があると推察される。すなわち,前者は自
分にはほとんどかかわりのない死であり,後者は自分の身近な近
く,中年期では親族を看取る機会が多いため,1人称の死と2人称
の死が意識される時期であると考えられる。
老年期においての死は「現前化している問題」である ( 竹中 ,
親者の死であるといえ,その違いも死に対する態度に関係してい
2002)。中年期で経験が増えると考えられる近親者の喪失経験や自
るものと考えられる。
らの心身の老化を実感することにより,自らの死のリアリティも
(2)死が持つ人称
必然的に増加すると指摘されている ( 隈部 , 2006)。深澤・高岡・
死に対する態度を考えるうえで重要な視点として Jankélévitch
根本・千葉 (2010) では高齢者が終末期に向けて生と死についてど
(1966 中沢訳 , 1978) は,死を人称の違いにより1人称の死,2人称
のように考えているかについてインタビューを行い,自らの死に
の死,3人称の死の3つに分類している。1人称の死とは「わたし」
ついて「苦痛緩和」,「死の準備」,「延命は望まない」などのカテ
の死である。この「わたし」の死については,Jankélévitch に限
ゴリーを抽出している。このことから,老年期は1人称の死を強く
らず,死を扱ってきた様々な哲学者が議論のテーマとしており,
意識する時期と考えられる。
欧米における死の恐怖および不安研究においても鍵概念として使
したがって,幼児期から児童期にかけては3人称の死,青年期に
用されている ( 丹下 , 1995)。この死について Jankélévitch は未知
おいては1人称と3人称の死,中年期では1人称と2人称の死,老年
のため語り得ない死であるとしているが,この1人称の死は脳死移
期では1人称の死がそれぞれ重要になる死の人称であると考えられ
植や死の準備など自らの意思に直接関わるものと考えられ,死に
る。今後はこのような視点にも着目した死に対する態度研究が行
対する態度研究で扱われるべき死と言える。一方,2人称の死は
われる必要があると考えられる。
「近親者」の死であり,Jankélévitch (1994 原訳 , 2003) はこの死
は私の死ではないにもかかわらず,「わたし」の死にもっともよく
5.まとめ
似ているとしている。最後に,3人称の死であるが,これは死一般
本論文では,死に対する態度に関する様々な先行研究のうち,
を指し,前者2つよりも抽象的な死を指す。テレビなどのメディ
死に対する態度とは何か,発達段階における死に対する態度,誰
アや本や小説などで出会う死も3人称の死に含まれるとされてい
の死を扱うのかという3点に着目しながら概観し,今後の研究課題
る。これら3つの死について平山 (1991) はそれぞれの性質が全く
として,①死に対する態度の定義を明確にし,生の側面を考慮す
異なることを把握しておかなければ,様々な混乱が生じるとして
ること,②成人期の死に対する態度を独自のライフイベントから
いる。
解明すること,③誰の死を扱うのかを明確にすることの必要性を
死に対する態度研究において扱われる死が誰の死であるかを明
指摘した。以上の3点は相互に関連し合っており,死に対する態度
確にしないことは,研究する側が想定している「死」と研究され
を生の側面も含むものとして検討する場合,「生」や「死」にまつ
る側が想定する「死」に齟齬が生じる可能性が考えられる。海老
わる経験である妊娠・出産との関連から成人期を取り上げること
根 (2009) は,誰の死を想定するかによって死の捉え方が異なるこ
になり,さらに新しい命を生み育てる中でわずかな場合であるも
とが明らかしているが,死に対する態度研究においてこのことに
のの,わが子の死という2人称の死を検討する必要もあることか
ついて明確にしている研究は多くないといえる。
ら,成人期がより重要な意味を持ってくるといえよう。
(2)人称に関連づけた死に対する態度の発達
多元的な死に対する態度研究という日本独特の研究がはじまり
ここで,前述の発達段階に着目した死に対する態度研究が誰の
15年ほど経過しているが,これら3つの新たな視点を含めて検討
死を扱ってきたかについて概観してみる。幼児や児童を対象とし
していくことが今後の生と死に対する態度研究の発展につながる
た研究 ( 仲村 , 1994; 山岸・森川 , 1995) では,質問紙を用いた調
といえよう。
査が難しいため,インタビュー調査が行われている。これらの研
究では,死のイメージや非可逆性について質問する際「死んだ人」
引用文献
という言葉を用いている。また,核家族化が進んだ現代において,
朝田有紀子・日潟淳子・齊藤誠一 (2010). 中年期における死別経験
子どもたちはゲームやテレビなどによって強烈な死の印象を与え
られている ( 仲村 , 1994)。つまり,幼児期および児童期で意識さ
れる死は主に3人称の死であると考えられる。
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具体的行動がみられる ( 森末 , 2003; 長崎他 , 2006)。それだけでな
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