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中長期国際石油価格レベルの形成 試論 知識論の視角をヒントにして

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中長期国際石油価格レベルの形成 試論 知識論の視角をヒントにして
IEEJ:2006 年 12 月掲載
中長期国際石油価格レベルの形成 試論
知識論の視角をヒントにして
戦略 ・産 業 ユニ ット
目
担任 特別 補 佐
角和
昌浩
次
1. はじ め に
2. 国際 石 油価 格レ ベ ルが 形成 さ れて ゆく メ カニ ズム
2.1
問題 の設 定
2.2
本稿 で立 てた 説 明仮 説: 4 つの 異な る 情報 群
3. プラ イ マリ 情報 の 例
3.1
原油 生産 コス ト レベ ルに 関 する 情報
3.2
上流 ビジ ネス の 投資 経済 性 を支 持す る 価格 レベ ル
3.3
産油 国側 の国 家 財政 収入 を 賄う 原油 価 格レ ベル
3.4
最終 需要 家側 の 石油 消費 減 退シ グナ ル
4. 現物 需 給情 報と 先 物需 給情 報 の例
4.1
短期 現物 需給 情 報
4.2
中長 期現 物需 給 の見 通し に 関す る情 報
4.3
現物 需給 情報 の 能動 的発 見
4.4
先物 市場 にお け る買 い圧 力 と売 り圧 力
4.5
現物 市場 と先 物 市場
5. ナビ 情 報の 例
5.1
短中 期相 場観 の 観測
5.2
長期 持続 的な “ ある べき ” 価格 レベ ル
6. 中長 期 国際 石油 価 格レ ベル の 形成
6.1 国際 原油 価 格レ ベル の 見通 しに 関 する 諸情 報 の鳥 瞰
6.2
価格 形成 メカ ニ ズム にお け る4 つの 情 報群 の関 係 (仮 説)
7. まと め
1
IEEJ:2006 年 12 月掲載
1.はじめに
本稿 は、2006 年 5 月 22 日
石油 学会 新エ ネ ルギ ー部 会 での 講演 「 高原 油価 格 レベ ルの
形成 構造 」 を考 え進 め たも ので あ る。 筆者 は 長年 石油 ビ ジネ スと 係 わっ てき た 。国 際的な
石油 トレ イ ディ ング の 実務 に携 わ って いた 時 期も あっ た ゆえ 、近 年 発生 した 高 石油 価格レ
ベル 現象 に 深く 興味 を 引か れた 。
まず、石油 取引 の現 場 に身 を置 い てみ ると こ ろか らは じ めよ う。石 油ト レイ ダ ーた ちは、
石油 経済 の 専門 誌に 掲 載さ れる マ ーケ ット 動 向の 解説 記 事に 対し て 、ア ンビ バ レン トな態
度を とっ て いる よう で ある 。専 門 誌に 市場 動 向を 寄稿 し てい るア ナ リス トた ち に、 ビジネ
ス情 報を 提 供し てい る のは 、ほ か なら ぬト レ イダ ーた ち なの だ。 彼 らは この 実 業世 界のプ
ロと して、業界 内で の 競争 を生 き 残り、それ ぞれ の属 す る企 業の 利 益拡 大の た めに、日々 、
電話 で、 メ ール で、 あ るい は公 設 取引 市場 の 電子 画面 で 、仲 間の ト レイ ダー と おし ゃべり
を続 けて い る。
「 本当 のと ころ は 、俺 達だ け が知 って い る。アナ リ スト は縁 故 を頼 りに聞き
まわ って 、マー ケッ ト で何 が起 こ って いる の か推 測し て るだ けだ。」石油 トレ イ ダー たちの
間に は強 い 身内 意識 が ある のだ 。
一方 でト レ イダ ー達 は 、相 場の ト レン ドが 、 いつ か、 突 然反 転し て 、営 々と 積 み上げて
きた 取引 益 が、 一瞬 で 飛ん でし ま う日 が来 る こと を怖 れ てい るの も 確か なの だ 。実 際、そ
うい う「 日 」は 過去 何 回も 訪れ 、 運悪 く大 損 した 仲間 が 消え てい っ た。
将来 の「あ るべ き国 際 石油 価格」レベ ルは、どの あた り なの か?
その レベ ル につ いて 、
石油 の生 産 者と 最終 消 費者 の間 で 、共通 の見 通し が形 成 され てい れ ば、ト レイ ダー たち は、
いず れそ の 価格 レベ ル に収 束す る 未来 の時 を 見据 えな が ら、 日々 の 価格 変動 幅 のな かで鞘
取り をし て 快適 な日 常 を過 ごす こ とが でき る のだ 。だ か ら、 手が す いた とき に 石油 ・エネ
ルギ ー経 済 の専 門誌 を 覗い てお き たく なる ・ ・・
そう いう わ けで 筆者 は 、ビ ジネ ス の現 場を 想 像し なが ら 、現 在の 高 価格 が形 成 された経
緯、 今後 と も高 レベ ル が続 くの か 、と いっ た 問題 を扱 っ た論 評を 何 ヶ月 も読 ん でき たのだ
が、 どう も 物足 りな い のだ 。
物足 りな く 感ぜ られ る 典型 的な 解 説は、こう であ る。い わく、今回 の高 石油 価 格は、2005
年以 降、 中 国や アメ リ カの 国内 石 油需 要が 旺 盛な とこ ろ に、 石油 の 生産 者側 ( 原油 も石油
製品 も) の 生産 ・出 荷 シス テム の 事故 や、 政 治的 な要 因 がか らん だ 供給 不安 が 絶え ず発生
して 、結 果 とし て需 給 バラ ンス が きつ くな っ たた めに 発 生し たの だ 。加 えて 、 投機 マネー
が石 油先 物 マー ケッ ト に入 って き て、 価格 変 動幅 を増 幅 した のだ 、 と。
筆者 は、 タ イト な需 給 バラ ンス が 価格 レベ ル を上 げた 、 とい う説 明 のし かた は 、国際原
油価 格レ ベ ルが 例え ば 、15 ドル か ら 18 ドル にな って ゆ く際 にも 、25 ドル が 35 ドル になっ
てゆ く際 に も同 じく 適 用可 能で あ って 、何 故 、現 在の 60 ド ル相 場 が成 り立 っ てい るのか、
を説 明で き てい ない の では ない か 、と 考え た 。こ の説 明 ぶり では 、 将来 の石 油 価格 レベル
2
IEEJ:2006 年 12 月掲載
が“ 絶対 値 とし て” ど のあ たり に なる か、 と いう 問い に 対し て、 答 える 術が な い、 と考え
たの だ。
それ では 、 相場 の絶 対 値レ ベル は 、フ ァン ド 筋の 投機 マ ネー が他 の コモ ディ テ ィの価格
レベ ルと の スプ レッ ド を取 り引 き しな がら つ くっ てい る のだ 、と の 説明 で、 わ れわ れは充
分納 得で き るの か?
将来 の石 油 価格 レベ ル の絶 対値 は 、ファ ンド 筋が 社内 で 使っ てい る 高等 数学 の 回帰 式(か
どう か、 判 らな いが ・ ・・ )に よ って 、下 げ 止ま り、 あ るい は上 げ 渋り のレ ベ ルが 決まっ
てい る、 と いう のだ ろ うか ?
や はり 、長 期 的将 来の 価 格レ ベル 見 通し の形 成 過程 には、
もっ と多 様 なア クタ ー がか かわ っ てい る、 と いう 捉え 方 のほ うが 常 識的 だろ う 。
国際 石油 価 格レ ベル の 将来 見通 し は、 どの よ うに かた ち づく られ て ゆく のか ?
しかた
がな いの で 自分 で考 え てみ るこ と にし た。 結 果、 新し い “も のの 見 方” を世 に 問う ことと
なっ た。 だ から 、試 論 であ る。
筆者 が検 討 しよ うと し てい る課 題 を、 以下 の よう に定 義 して おき た い。
①
本稿 は 、中 長期 的 な石 油価 格 がい くら に なる か、 を 予測 しよ う とし たも の では ない。
本稿 は様 々 な関 連情 報 が、 市場 の 取引 参加 者 に受 信さ れ 、解 釈さ れ るこ とに よ り、 国際石
油価 格レ ベ ルが 形成 さ れて ゆく 様 態を 分析 す る。 いい か えれ ば、 石 油マ ーケ ッ トの 当事者
やア ナリ ス トが 、こ の 種の 見通 し を立 てる 際 に、 どの よ うな 性質 の 情報 を、 ど のよ うに取
り扱 って 、 自分 の相 場 観を 方向 づ けて ゆく の か、 とい う 問題 関心 を 、知 識論 的 な切 り口を
ヒン トに し て解 こう と した もの で ある 。
②
少な く とも 1年 先 から 10 年 先の 価格 動 向を 述べ た 中長 期の 石 油価 格見 通 しに 関する
情報 を取 り 扱う 。明 日 の、 ある い は数 ヶ月 先 の市 況見 通 しに つい て の話 しで は ない 。
③
国際 石 油価 格を 、 米国 国産 原 油で ある WTI 原 油、 お よび 北海 原 油の 価格 を 中心 に考え
る。 いず れ も軽 質原 油 であ る。 我 が国 が調 達 して いる 主 力原 油は 中 東産 中質 原 油で 、この
原油 の価 格 は現 在、WTI 原油 /北 海原 油と ほ ぼ5 ドル 安 で、 連動 し てい る。
典拠 や引 用 の紹 介に あ たっ ては 、 主要 文献 の み文 末脚 注 で示 すこ と とし た。 だ だ、筆者
は今 回、 綿 密に 文献 を 当た って 論 を立 てて い るの では な い。 以下 に 説明 する と ころ は、世
界の どこ か で誰 かが 、 既に 同内 容 が論 ぜら れ てい るや も しれ ぬ。 読 者か らの ご 指摘 、ご叱
正を いた だ けれ ば幸 い であ る。 ま た、 この 誌 上に て、 わ たく しが 見 落と して し まっ たかも
しれ ぬ先 行 研究 者の 労 作に 対し て 、日 本語 で 「ゴ メン ク ダサ イ」 の ご挨 拶を 、 させ ていた
だき ます 。
3
IEEJ:2006 年 12 月掲載
2.国際石油価格レベルが形成されてゆくメカニズム
2.1
問題 の設 定
国際 石油 価 格レ ベル は どの よう に 形成 され て ゆく のか 。
本稿 では 、 価格 レベ ル は売 り手 と 買い 手と の 間の 取引 を 通じ て決 ま る、 と単 純 化して捉
え、 先に 進 みた い。 但 し、 売り 手 は必 ずし も 生産 者で な くと もよ く 、買 い手 は 最終 需要者
でな くと も よい 。市 場 では 、売 り 手と 買い 手 、生 産者 や 最終 需要 家 が、 国際 石 油価 格に係
わる 幾多 の 情報 に晒 さ れな がら 、 実取 引を 行 い、 価格 レ ベル を形 成 して ゆく 。 そこ で、石
油価 格の 形 成に 、短 期 的に ある い は中 長期 的 に影 響を 及 ぼし てい る 様々 な情 報 につ いて、
情報 の内 容 や質 の違 い に注 目し て 、構 造的 な 整理 をし て みた い。
筆者 は、 価 格レ ベル の 形成 に影 響 を与 える 情 報は 、4 つ の、 異な っ た質 を持 つ 群に分け
るこ とが で きる 、と 考 える 。第 一 群は 、生 産 者側 およ び 最終 需要 者 側の 経済 合 理性 に根を
張っ た情 報 で、 ここ で は「 プラ イ マリ 情報 群 」と 呼ぶ 。 次に 、国 際 石油 市場 に おけ る短期
的あ るい は 中長 期的 な 需給 の見 通 しに つい て の情 報が あ る。 この 種 の需 給情 報 には 、石油
供給 能力 の 過不 足見 通 しに かか わ る需 給情 報 と、 先物 市 場に おい て 買い 手が 優 勢か 、それ
とも 売り 手 が優 勢か 、を教 える 需 給情 報の 、2種 類が あ る。前者 を 第二 群、
「 現物 需給情報
群」と名 づ け、後者 を 第三 群、
「 先物 需給 情 報群 」と 名 づけ てお く 。さ らに 、第四 群は 、影
響力 のあ る 有力 ソー ス から 発信 さ れる 将来 見 通し で、 多 数の 関係 者 の経 済活 動 に方 向感を
与え るこ と をめ ざす も の で 、 こ の よ う な 性 質 の 情 報 を 本 稿 で は 「 ナ ビ 情 報 群 」 と 呼 ぼ う 1 。
この 仕分 け 法は 、直 感 的に 思い つ かれ たも の だ。 ただ 、 この よう な 整理 がた い へん使い
勝手 がよ い こと を、 以 下で 説明 し てゆ きた い 。
2.2
本稿で立てた説明仮説:4つの異なる情報群
2.2.1
①
4 つの 情報 群 の異 なる 性 質
プラ イ マリ 情報 群
生産 者側 お よび 最終 需 要者 側の 経 済合 理性 に 根を 張っ た 情報 を指 す 。
プラ イマ リ 情報 には 、 原油 の生 産 者側 のコ ス トレ ベル 情 報や 事業 採 算性 に関 す る情報、
石油 企業 の 投資 判断 に 用い られ る 価格 見通 し 、産 油国 側 の国 家予 算 に組 み込 ま れた 価格前
提、 さら に は、 需要 側 にお ける 競 争代 替財 の 価格 レベ ル など が考 え られ る。
原油 が継 続 的に 安価 状 態で ある と 、コ スト の 高い 生産 者 は事 業採 算 が合 わず 生 産休止し
てゆ き、 供 給力 が低 下 する 。ま た 、石 油の 高 値が 続く と 最終 需要 者 側の 需要 減 退を 引き起
こす こと だ ろう 。節 約 ・省 エネ に よる 需要 減 退と 、石 油 代替 財へ の 転換 によ る 需要 喪失が
ある 。需 要 減退 のシ グ ナル もプ ラ イマ リ情 報 に属 する 。
1
「 プ ラ イ マ リ 情 報 群 」と「 ナ ビ 情 報 群 」は 、本 稿 で 提 案 す る 構 造 的 整 理 の 方 法 に 合 わ せ て 工
夫した造語である。読者からの批判をいただきたい。
4
IEEJ:2006 年 12 月掲載
②
現物 需 給情 報群 お よび 先物 需 給情 報群
市場 取引 の なか で言 わ れる 需給 に は、 実需 、 すな わち 石 油の 最終 消 費者 の需 要 動向と石
油供 給側 の 生産 動向 の 間の バラ ン スを 見る 場 合と 、先 物 市場 にお け る買 い圧 力 と売 り圧力
の間 のバ ラ ンス を見 る 場合、との 2種 類が あ る。だ から 、
「現 物需 給情 報群」と「先 物需 給
情報 群」 の 2つ に分 け た。
現在 の価 格 の絶 対値 レ ベル から 実 需の 需給 バ ラン スが き つく なり そ うだ 、と 市 場関係者
の過 半が 信 じれ ば、 ス ポッ ト取 引 価格 は現 時 点よ りも 上 がり 、需 給 が緩 みそ う だと 信ずれ
ば、 下が る 。一 方、 先 物市 場で は 、売 りた い プレ イヤ ー より も買 い たい プレ イ ヤー の圧力
が優 勢と な れば 、値 段 は昨 日よ り も上 がる 。
とこ ろで 、 現在 の価 格 レベ ルそ れ 自身 はど の よう にし て 形成 され た のか ?
何 故中東原
油は 、3 年 前に 20 ド ルの 価格 レ ベル にあ っ たの が、現 在、60 ド ル レベ ルで 取 引さ れて いる
のか ?
プ ライ マリ 情 報群 が市 場 に示 唆し て くる 価格 レ ベル が影 響 して いる 、 と考 えるの
が妥 当で は ない か。
③
ナビ 情 報群
ナビ 情報 と は、 石油 関 係者 に影 響 力を 与え る こと の出 来 る発 話者 か ら発 信さ れ た価格レ
ベル 見通 し のこ と、と 、定 義す る 。例 えば 、IEA や OPEC が価 格レ ベ ルの 見通 し を公 表する
と、 石油 関 係者 たち は それ を参 照 しな がら 、 将来 の石 油 経済 を組 み 立て てい っ たり する。
重要 な点 は 、ナ ビ情 報 が、 将来 の 価格 レベ ル につ いて の 一種 の「 共 主観 性」 を 作り出そ
うと する 試 みで ある こ と。 すな わ ち、 市場 の 当事 者た ち の多 数が 、 特定 のナ ビ 情報 を「将
来の ある べ き価 格レ ベ ル」 を指 示 する 情報 と して 受け 取 り、 それ が 、や がて 大 多数 の取引
当事 者た ち の先 行き 相 場観 を規 捉 した 事例 が 、過 去に 何 度も 現れ て いる。(「 共 主観 性」と
いう 現象 に つい ては 、 後段 で詳 述 する。)
更に 、4 つ の情 報群 そ れぞ れの 中 には 、短 期 の相 場形 成 に影 響を 与 える 情報 と 、中長期
的な 価格 レ ベル の形 成 に影 響を 与 える 情報 と が含 まれ て いる 、と 整 理し てみ る 。
2.2.2
4 つの 情報 群 相互 の関 係
(仮 説)
ナビ 情報 の 内容 は、 プ ライ マリ 情 報と 現物 需 給情 報、 お よび 先物 需 給情 報か ら 示唆して
くる 価格 レ ベル を踏 ま えて 形成 さ れて いる 、 とい うの が 筆者 の仮 説 だ。 図1 に 、こ の仮説
から 導か れ た石 油価 格 関連 情報 の 構造 的整 理 を示 す。
これ から 、 2005 年夏 から 2006 年春 にか け て集 めた 材 料を もと に 、プ ライ マ リ情 報、現
物需 給情 報 、先 物需 給 情報 、そ し てナ ビ情 報 を例 示し て ゆく 。
5
IEEJ:2006 年 12 月掲載
図1
国 際 原油 価格 レ ベル の形 成 :関 連情 報 の構 造的 整 理
現状分析
70
1∼5年先
5∼20年先
先物需給情報群
60
現物需給
情報群
50
ナビ情報群 国際原油価格
(WTI/北海原油ベース)
30
20
プライマリ情報群
10
3.プライマリ情報の例
ここ では 、 原油 の探 鉱 /開 発・ 生 産コ スト に 関わ る情 報 、石 油企 業 が石 油開 発 投資を内
部検 討す る 際の 油価 見 通し 、産 油 国の 国家 予 算、 最終 需 要家 側の 消 費減 退シ グ ナル 、の4
つの プラ イ マリ 情報 例 を取 り上 げ る。
3.1
3.1.1
原油 生産 コス ト レベ ルに 関 する 情報
IEA によ る原 油 生産 コス ト 推計
2005 年
IEA『 2005 年世 界エ ネ ルギ ー見 通 し』 には 、 中東 アフ リ カの 主要 産 油国 を中 心 に、現状
の原 油生 産 コス トが 推 計さ れて い る。 それ に よれ ば現 在 、世 界平 均 では 探鉱 ・ 開発 コスト
に 4.8 ド ル かか り、生 産・操 業コ スト は 7.7 ドル 、す な わち 原油 の 井戸 元生 産 コス トはおお
よそ 12.5 ドル であ る 。
6
IEEJ:2006 年 12 月掲載
図2
原油 生産 コス ト
探鉱開発コスト 生産・操業コスト
合計
(おおよそ)
(おおよそ)
(おおよそ)
サウジアラビア
1.5
1.5
3.0
クウェイト
1.8
1.8
3.6
イラク
2.2
1.5
3.7
イラン
1.8
2.3
4.1
アルジェリア
2.1
2.4
4.5
UAE
3.2
1.8
5.0
US offshore
3.0
10.6
13.6
OECD Europe
5.2
10.1
15.3
世界平均
4.8
7.7
12.5
(出所)
IEA
『 2005 年 世 界 エ ネ ル ギ ー 見 通 し 』
World Energy Outlook 2005 よ り 加 工
一方 、現 在 地下 資源 状 態に ある 原 油や 天然 ガ スを 開発 生 産し よう と する 場合 の コス トは、
どれ ほど な のか ?
在来 型原 油 を新 規に 開 発生 産す る 際の 投資 規 模と 、原 油 代替 の液 体 燃料 の生 産 に必要な
投資 規模 を 較べ たデ ー タが ある 。 この デー タ は日 量1 バ レル の生 産 油を 得る た めの 必要投
資額 で表 さ れる 。
IEA『 2005 年世 界エ ネ ルギ ー見 通 し』 には 、 在来 型原 油 の必 要投 資 規模 はイ ラ クで 4 千
ドル 、カ タ ール では 16 千ド ル、 とあ る。
また 、オ ク スフ ォー ド エネ ルギ ー 研究 所の ス キナ ーは 2005 年 9 月 、エタ ノー ル 生産に必
要な 投資 規 模は 35 か ら 56 千ド ル、 バイ オ ディ ーゼ ル は 13 から 15 千ド ル、 また GTL の 生
産者 は現 在 25 千 ドル 以 上か かる が コス トタ ー ゲッ トを 20 千ド ルに 置 いて いる、と述 べた。
超重 質油 や オイ ルサ ン ドは アッ プ グレ ーデ ィ ング 設備 を 含め ると 27 か ら 40 千 ドル 、とし
てい る i 。す なわ ち投 資 に対 して 、同じ 資金 コ スト およ び 同じ 税効 果 等を 前提 と する と、GTL
はイ ラク 原 油の 5 倍 の 開発 生産 コ スト が目 標 であ り、 超 重質 油や オ イル サン ド は 7 倍から
10 倍 であ る 、と 、ス キ ナー は説 明 して いる 。
3.1.2
カ ナダ のオ イ ルサ ンド の 操業 事例
カナ ダ産 オ イル サン ド の好 調な 生 産動 向が、最近 注目 を 集め てい る 。2005 年 に およ そ 100
万 BD の 生 産を 達成 し 、2010 年 に は 200 万 BD に 倍増 す る勢 いで あ る。こ のプ ロジ ェク ト は、
民間 会社 が 手が けて い るこ とも あ って 、株 主 に対 して 操 業に 関す る 数値 情報 を 公開 するの
で、 われ わ れも カナ ダ オイ ルサ ン ドの 生産 コ スト を知 る こと がで き る ii2 。
カナ ダの オ イル サン ド 資源 は、 石 油の 需要 地 から 離れ た 場所 に賦 存 する ため 、 主たる需
2
以 下 、『 非 在 来 型 石 油 の 開 発 状 況 に つ い て 』 森 田 祐 二
7
IEEJ
2006 年 7 月
を参照した。
IEEJ:2006 年 12 月掲載
要地 であ る 米国 に向 か って パイ プ ライ ンで 輸 送さ れて い る。 採掘 さ れた オイ ル サン ドは流
動性 に乏 し く、 パイ プ ライ ンで 運 ぶた めに は 工夫 が必 要 であ る。 た とえ ば、 オ イル サンド
資源 の近 場 で生 産さ れ るガ ス田 由 来の コン デ ンセ ート を 30% 混合 し て、希釈 し て出 荷する
こと がで き る。 この 希 釈さ れた オ イル サン ド は、 重質 で 硫黄 分含 有 量も 多い た め、 米国で
は WTI 原 油 から ディ ス カウ ント さ れた 価格 で 値付 けさ れ る。 また 、 オイ ルサ ン ドの 採掘現
地で 精製 装 置に かけ て 軽質 化し 、 同時 に硫 黄 分が 除去 さ れた 合成 原 油を 製造 し て、 パイプ
ラン で出 荷 する 方法 も 取ら れる 。 この 合成 原 油は 米国 で は、WTI 原 油と ほぼ 同 等の 価格で
購入 され て いる 。
さて、カナ ダの 民間 会 社 Syncrude 社は 、後 者 の生 産出 荷 方法 を採 用 して いる 民 間企 業で、
この 会社 の 年次 報告 を 分析 する と オイ ルサ ン ドの 生産 ・ 改質 コス ト が判 る。
図3
Syncrude 社の 合 成原 油生 産 コス ト
( 単 位 : 米 ド ル /合 成 原 油 BBL )
ビチュメン生産コスト
被覆土除去コスト
生産コスト
購入エネルギー
小計
アップグレイディングコスト
生産コスト
触媒・維持費
購入エネルギー
小計
一般管理費・研究開発費
合計
(出 所 )
2002
2003
2004
2005
1.61
4.27
0.76
6.64
1.98
5.25
1.42
8.66
1.62
5.56
1.72
8.9
1.81
7.36
3.17
12.34
2.06
0.76
0.76
3.58
0.64
10.86
2.73
1.33
1.75
5.8
0.58
15.04
2.51
0.55
1.54
4.59
0.81
14.91
3.24
2.09
2.68
8.01
1.59
21.74
『非在来型石油の開発状況について』森田祐二
IEEJ
2006 年 7 月
Syncrude 社 の合 成原 油 生産 は、2002 年 から 05 にか け て 20 万 BD 規 模で 推移 し てい る。
同社 は、 採 掘さ れた ま まの オイ ル サン ドを ビ チュ メン と 呼ん でい る 。ビ チュ メ ンの生産
コス トは 現 在 12.34 ド ル。2004/05 年の 間 に 40% コス ト アッ プし た 。国 際石 油 価格 が高止
まり 、購 入 エネ ルギ ー コス トが 80%上 昇し た こと が効 い た。同時 に 同社 が生 産 コス トの高
い資 源の 開 発・ 生産 に 乗り 出し て いる 様も 推 測さ れる 。 ビチ ュメ ン の改 質・ 脱 硫工 程を経
て生 産さ れ る合 成原 油 の生 産コ ス トに も、 購 入エ ネル ギ ーコ スト の 上昇 や新 規 設備 投資な
どの 影響 が 見て 取れ る 。結 果、2004/05 対 比 で合 成原 油 の生 産コ ス トが 、14.91 ド ルから
21.74 ドル に 46%ア ッ プし た。そ れで も、同 社は 05 年 、合 成原 油 の平 均出 荷 価格 が 57.84
ドル だっ た とい うか ら 、36.10 ド ル/BBL の 営 業粗 利益 を 得て いる こ とに なる 。
3.2
3.2.1
上流 ビジ ネス の 投資 経済 性 を支 持す る 価格 レベ ル
地 下資 源を 埋 蔵量 に変 え る
Resources to Reserves
8
IEEJ:2006 年 12 月掲載
IEA が 2005 年に 発表 し たレ ポー ト 『 Resources to Reserves』 は、 画期 的な も のだ 。こ
のレ ポー ト は原 油の 井 戸元 生産 コ スト の分 析 に加 えて 、 石油 企業 / 産油 国側 双 方の 期待す
る適 正収 益 レベ ルを 考 慮し 、石 油 開発 投資 の 事業 採算 性 の見 地か ら「事 業と し て成 り立つ」
長期 的な 原 油価 格レ ベ ルを 試算 し てい るの だ 。
2005 年 10 月に 発表 さ れた この 考 察 iii は、図 5 を結 論と し てい る。
図4
地下 資源 を埋 蔵 量に 変え る
出所
IEA
“Resources to Reserves”
それ によ れ ば、 世界 の 原油 消費 量 は 2030 年 まで に累 計 1兆 7 千億 バレ ルに 達 する もの
の、将来 の 技術 進歩 を おり 込む と 、国 際原 油 価格(2004 年の ブレ ン ト原 油を 価 格指 標とし
て用 いて い る)が 25 ドル であ れ ば、在来 型 石油 資源( 図中 の、OPEC ME と Other conv. Oil
との 合計 ) 3 兆 バレ ル 弱を 狙っ た 探鉱 開発 は 、事 業採 算 性に 乗る 。 また 、非 在 来型 資源で
ある オイ ル サン ドの 開 発生 産が 事 業化 に乗 る 国際 原油 価 格レ ベル は 20-40 ド ル 、と してい
る。 但し オ イル サン ド の開 発生 産 コス トに は CO2 回収 や 環境 修復 の コス トを 加 えて おり、
ハー ドル が 上が って い る。
すな わち 、IEA は 、石 油 企業 側が 、国際 原油 価 格が 長期 持 続的 に 30-35 ドル で安 定す る、
9
IEEJ:2006 年 12 月掲載
とい う確 か な見 通し を 持つ こと が でき れば 、 資源 開発 投 資が 促進 さ れ、 埋蔵 量 が伸 長して
ゆく だろ う 、と 示唆 し てい るの だ 。だ た、 も ちろ ん、 石 油企 業が 実 際に 資源 開 発投 資に踏
み切 る際 に は、 国際 原 油価 格レ ベ ルの 見通 し だけ でな く 、需 要、 産 油国 の税 制 その 他の法
規制 、産 油 国の カン ト リー リス ク など のフ ァ クタ ーを 考 慮す るこ と は言 うま で もな い。
3.2.2
Chevron によ る Unocal の企 業買 収
ビジ ネス の 現場 から は 、原 油・ 天 然ガ ス資 源 の生 産コ ス トや 、上 流 ビジ ネス の 事業採算
性を 支え る に足 る国 際 原油 価格 レ ベル を示 唆 する プラ イ マリ 情報 が 、発 信さ れ てい るだろ
うか ?
2005 年春 、国際 石油 メ ジャ ーChevron と 中 国 国営 石油 会 社 CNOOC に よる 、ア メ リカの独
立系 石油 会 社 Unocal の買 収合 戦 が行 われ た 。競 り勝 っ た Chevron の Unocal 買収 額は 170
億ド ル、と 言わ れて い る。Unocal 買収 の決 断 に当 たっ て Chevron は 、こ のコ ス ト相 当額に
ホス ト産 油 国の 取り 分 や自 社の 適 正利 潤を 加 算し ても 見 合う レベ ル で、 中長 期 的な 国際原
油価 格を 見 通し てい た はず であ る 。そ こで 、 以下 試算 し てみ よう 。
2004 年 末 の Unocal 社の 埋蔵 量 石油 換算 バ レルを 1,754 million boe と して (石 油換算
バレ ル算 出 の際 の換 算 係数 は 1boe=6,000cf と する)、買 収額 で単 純 に除 すと 、 埋蔵 量評価
額は 石油 換 算バ レル あ たり $9.69 とな る iv 。ただ しこ の 埋蔵 量資 産 には 、今 後 、開 発段 階
と生 産段 階 で追 加投 資 が必 要と な る。 そこ で 、図 2に 示 した 世界 平 均原 油生 産 コス トを参
考に 、仮 に 開発 コス ト を 3 ドル、 生産 コス ト を 7.7 ドル と置 けば 、 Chevron は 17 億 54 百
万バ レル の 原油 を、20 ドル 近辺 の コス トで 生 産す る、 と いう 計算 に なる 。
3.2.3
欧 米石 油企 業 の投 資判 断
IEA は 、316 社の 石油 会 社に 対し て アン ケー ト 調査( 作業 時点 は明 示 して いな い )を行 い、
その 結果を 2006 年 2 月の 外部 プ レゼ ンテ イ ショ ンで 公 表し た v 。そ れに よれ ば 、探 鉱開 発
に係る 2005 年当 初予 算に つい て は、2005 年 6 月時 点 で、12.6% の企 業が 期 中の 増額 を決
めて いる 。更に、
「も し 、原油 価 格 が 35 ドル に下 がっ た 場合 、あ る いは 天然 ガ ス価 格が 5.5
ドル に下 が った 場合 、探鉱 開発 投 資に 影響 が ある か? 」との 問い に 対し て 76%の社 が“No”
と答 えて い る。
2006 年春 、石油 専門 家 の間 では 、国際 石油 メ ジャ ーは 2004/05 年時 点で は上 流 投資 プロ
ジェ クト の 採算 性検 討 のた めに 社 内で 用い る 原油 価格 前 提(screening value 又は hurdle
rate と 呼ば れる)を、 20-25 ド ルに 設定 して い たが 、2006 年に 入り 25-30 ド ルレ ベル に上
げて いる 、 と観 測さ れ てい た。
3.3
産油 国側 の国 家 財政 収入 を 賄う 原油 価 格レ ベル
カタ ール 財 務省 は 2006 年 4 月 4 日、2006.4.1-2007.3.31 年 度国 家 予算 を発 表 した が、
10
IEEJ:2006 年 12 月掲載
予算 策定 に 用い られ た カタ ール 産 原油 の FOB 価格 を 36 ドル 、と 公 表し てい る 。
サウ ジア ラ ビア の国 家 予算 策定 に 用い られ る 想定 原油 価 格は 、推 算 によ って 求 めること
がで きる 。 同国 閣僚 会 議は 2005 年 12 月 12 日、2006 年 度予 算を 承 認し た。 歳 入 3,900 億
SR(1,040 億 ドル)、歳 出 3,350 億 ドル(893 億 ドル)、財 政収 支は 550 億ド ル(147 億ド ル)の
黒字 、と し てい る。ま た、サウ ジ 通貨 庁(SAMA)のデ ー タに よれ ば 、2005 年 度 の貿 易収支
は 4,603 億 SR の 黒字 、うち 非石 油 輸出 690 億 SR( 輸出 に 占め る比 率 10.5%)で あっ た。こ
こで 、2006 年 の非 石 油輸 出規 模 が 2005 年 並み と置 け ば、 石油 輸 出で 当て 込 んで いる歳入
額を サウ ジ の想 定年 間 輸出 量で 除 して 、予 算 策定 に用 い られ た原 油 単価 を推 定 する ことが
でき る。
サウ ジ経 済 に詳 しい エ コノ ミス ト 達は 、2006 年度 予算 に 用い られ た サウ ジ原 油 の輸出価
格は 35 ド ルと 見て い る。これ は 、北 海ブ レ ント 原油 や アメ リカ WTI 原油 の価 格に 換算 する
と 40 ドル のレ ベル と なる 。
3.4
最終 需要 家側 の 石油 消費 減 退シ グナ ル
国際 石油 価 格の 持続 的 な高 値が 、 目下 、世 界 規模 で石 油 需要 の減 衰 を引 き起 こ している
のか ?
筆 者は 、現 在 、そ の兆 候 を認 めて お らな いが 、 もし 需要 減 退を 示唆 す る信 頼にた
る情 報が 現 れれ ば、 そ れは 最終 需 要者 側の 経 済活 動に 根 を張 った 情 報で あり 、 プラ イマリ
情報 とし て 扱う こと が でき よう 。
4.現物需給情報と先物需給情報の例
需 給情 報 は市 場の 取 引関 係者 に 対し て、 将 来、 需給 が きつ くな り そう 、あ る いは 需給が
緩み そう 、 とい うシ グ ナル を与 え る。 市場 関 係者 の過 半 が需 給の 緩 和を 信じ れ ば、 市場価
格は 、現 時 点の 価格 レ ベル より も 下が る。
需給 情報 に は「 現物 需 給情 報」 と 「先 物需 給 情報 」が あ る。 まず 、 最終 消費 者 側の需要
動向 と生 産 者側 の供 給 動向 の間 の バラ ンス 、 いわ ゆる 実 需に 関す る 「現 物需 給 情報 」につ
いて の例 を 紹介 する 。 以下 、短 期 的な 需給 を 観察 して い る情 報と 中 長期 的な そ れ、 とに分
けて 説明 す る。
4.1
短期 現物 需給 情 報
代表 的な 需 給情 報と し て、 アメ リ カ国 内の 原 油在 庫や 石 油製 品在 庫 の、 週次 デ ータの発
表が ある 。 日本 の在 庫 情報 は、 石 油連 盟が 週 次で 『原 油 ・石 油製 品 供給 統計 週 報』 を発表
して いる 。 取引 関係 者 は、 在庫 数 字が 関係 者 間で 共有 さ れて いた 予 想レ ベル よ り低 く発表
され ると 、 需要 の増 加 、あ るい は 供給 量減 少 のシ グナ ル とし て捉 え 、原 油や 石 油製 品価格
11
IEEJ:2006 年 12 月掲載
の短 期相 場 感を 強気 に 転ず る。
4.2
中長 期現 物需 給 の見 通し に 関す る情 報
もっ と中 長 期的 な観 点 を持 って 需 要側 、供 給 側そ れぞ れ の実 需動 向 を分 析し て 価格見通
しを 立て る こと もで き る。
図 5 は、 高 原油 価格 レ ベル の出 現 を説 明す る ため に 2005 年秋 か ら 2006 年春 に かけ て、
マー ケッ ト 関係 者( 取 引当 事者 や アナ リス ト )や 、分 析 者の 間で 共 有さ れて い た見 解を、
筆者 がシ ス テム ダイ ア グラ ムに 書 いて みた も ので ある 。
この ダイ ア グラ ムで は 、ガ ソリ ン ・ナ フサ ・ ジェ ット 燃 料油 ・軽 油 を中 心と し た世界的
な石 油製 品 需要 の増 大 に対 して 、原油 生産 能 力の 増強 と 製油 所設 備 の新 増設 が 追い つかず、
結果 、高 原 油価 格が 出 現し てい る 、と 考え て みた 。
原油 生産 能 力が 増え な い理 由は 、 国際 石油 メ ジャ ーが 、 原油 相場 の 長期 高値 安 定に懐疑
的で 、か つ 、探 鉱開 発 事業 に係 わ る産 油国 と の間 の契 約 条件 も悪 化 しつ つあ る 環境 下、上
流開 発投 資 に対 して 慎 重で ある た め。 一方 、 産油 国側 も 、自 力で 探 鉱開 発を 行 うた めには
技術 や資 金 が不 足し て いる 。
図5
中長 期需 給見 通 しの 現状 分 析
需給バランスのタイト化による高原油価格の出現
分解設備装置
の新増設が必要
白油中心の
需要増大
軽重格差拡大
軽質油中心に
原油需要増加
精製マージンは
早晩崩れる・・・
原油処理量
増加
製油所稼働率
上昇
製油所設備
新増設の遅れ
精製業の低収益
基調
環境規制強化
原油相場は
早晩崩れる・・・
メジャーの
上流投資慎重
高原油価格
産油国の資金・
技術不足
原油生産能力
増強の遅れ
投機マネー
精製余力の
縮小
原油生産余力
の縮小
製品需給の
タイト化
原油需給の
タイト化
製品価格の
上昇
利益の株主還元
自社株消却
原油ネット
バック価格上昇
12
産油国の資源
ナショナリズム
地政学的要因
IEEJ:2006 年 12 月掲載
製油 所設 備 の能 力不 足 につ いて は 、当 業者 が 、精 製業 の 低収 益構 造 が続 く、 と いう見方
を変 えな い ため に装 置 建設 投資 が 低調 で、 結 果、 タイ ト な石 油製 品 需給 が続 き 、高 値の製
品市 況が 原 油の 原料 価 値( ネッ ト バッ ク価 格 )を 引き 上 げる 、と し た。
「産 油国 の 資金 ・技 術 不足 」の と ころ でシ ス テム を開 放 して みた 。 現今 の持 続 的な高原
油価 格は 、 産油 国に 潤 沢な 収入 を もた らし つ つあ る。 産 油国 の国 営 石油 会社 が 、自 国内あ
るい は他 国 で、 石油 の 上流 事業 や 下流 事業 に 自ら 投資 す る事 例が 現 れて いる 。
とこ ろで 、図 5 のダ イ アグ ラム で は、
「 投機 マ ネー は原 油 相場 の変 動 幅を 増幅 す る働きを
する 」と 、 簡潔 に位 置 づけ てい る 。産 油国 / 地域 での 政 治動 乱や 供 給ル ート 上 での 事故、
ハリ ケー ン の襲 来な ど 、供 給面 で のリ スク の 発生 が懸 念 され るよ う な具 体的 な 情報 が市場
に現 れる と 、投 機マ ネ ーは 、短 期 的な 値上 が り益 を狙 っ た相 場レ ベ ルの 押上 げ を行 なうこ
とが ある 、 とい うロ ジ ック だ。
筆者 が試 作 した この ダ イア グラ ム の特 徴を 、 2つ 指摘 す る。
①
この モ デル は、 基 本的 に、 現 状分 析に 基 づい て高 原 油価 格の 到 来を 説明 し よう として
いる 。世 界 の石 油需 要 と供 給に 顕 著な 影響 を 与え るか も しれ ない 新 たな ファ ク ター が出現
した ら、 今 ある ダイ ア グラ ムを 書 き換 えな け れば なら な いだ ろう 。 例え ば、 今 や潤 沢なキ
ャッ シュ を 蓄え てい る 産油 国が 、 今後 、石 油 ビジ ネス の ヴァ リュ ー チェ イン の “ど こを”
大規 模な 投 資先 とし て 選ぶ のか 、 によ って 、 石油 現物 需 給の 今後 の 変化 の構 造 を、 さまざ
まに 違え て 書き わけ る こと がで き るだ ろう 。
②
この 説 明モ デル は 、今 現在 の 原油 価格 レ ベル が 30 ドル でも 、 ある いは 60 ドル であ っ
ても 有意 で ある 。す な わち 現物 需 給情 報と は 、現 時点 の 相場 レベ ル をス ター ト 台と して、
将来 の価 格 が上 がる か 下が るか に つい ての 判 断に 使わ れ る情 報だ 、 とい う、 現 物需 給情報
群の 特徴 的 な性 格が 了 解で きる 3 。
4.3
現物 需給 情報 の 能動 的発 見
現状 分析 デ ータ たる 現 物需 給情 報 群は 、情 報 量に 事欠 か ない 。む し ろ情 報を 受 け取る側
のマ ーケ ッ ト当 事者 た ちが 、ど の 情報 に注 目 して いる の か、 が価 格 形成 のメ カ ニズ ムを考
える 上で は 大切 とな る 。と ころ で 、当 事者 た ちは 需給 情 報を 、統 計 数字 だけ で なく 、ニュ
ース スト ー リー や、 自 分の 実感 な どか らも 能 動的 に取 り 込ん でゆ き 、先 行き の 相場 の方向
性に つい て 自分 の“ も のの 見か た ”を つく る 。例 えば 中 国の 石油 製 品需 要が 、 今後 ますま
3
2006 年 4 月 24 日 、カ タ ー ル で 開 か れ た 国 際 エ ネ ル ギ ー フ ォ ー ラ ム で ク ウ ェ イ ト の ア ハ マ ド・
エ ネ ル ギ ー 相 は 、 70 ド ル 台 前 半 に 乗 っ た WTI 原 油 相 場 に つ い て 、「 需 給 か ら み た 適 正 相 場 は
55-60 ド ル 。 こ れ に 地 政 学 的 な 要 因 が 10-15 ド ル 、 市 場 の 心 理 的 要 因 が さ ら に 5 ド ル 上 乗 せ さ
れ て い る 。」 と 発 言 し て い る 。( 日 本 経 済 新 聞 2006 年 4 月 26 日 )
13
IEEJ:2006 年 12 月掲載
す旺 盛で あ ろう こと は 、統 計デ ー タの みな ら ず、 中国 を 仕向 け地 と した タン カ ーの 傭船・
運行 動向 や 、先 日出 張 で訪 れた 上 海の 活気 あ る街 並み 風 景の 印象 も 、自 分の 中 に情 報とし
て取 り込 ん で、中 国が 石油 を輸 入 買い に入 る とき は、さ ぞマ ーケ ッ トに 影響 が ある だろ う、
とい う“ も のの 見か た ”を 形成 し てゆ く。
むし ろ、 マ ーケ ット 関 係者 たち に よっ て、 身 の周 りの 夥 しい 情報 の なか から 、 相場観形
成の 参考 と する ため に 能動 的に 取 り込 まれ た 情報 を「 現 物需 給情 報 」と 呼ぶ 方 が、 実態に
即し てい る よう であ る 。
市場 の中 で 、い った ん 成立 した 支 配的 な“ も のの 見か た ”は 、つ ま ると ころ 、 取引当事
者ひ とり ひ とり の主 観 的な“も の の見 かた ”を、
「 共主 観性 」と し て束 ねた に 過ぎ ないだろ
う。 だが 、 この 「共 主 観性 」は 当 事者 たち の 日々 の取 引 活動 のう え で大 切な 土 台に なる。
将来 、何 が 起こ るか に つい ては 、 どう しよ う もな い不 確 実性 がつ い てま わる 。 でも 、とり
わけ 石油 ト レイ ダー た ちは 、こ の 不確 実性 に 挑戦 する こ とこ そが 彼 らの 仕事 そ のも のだ。
そこ で、こ のひ とた ち は仲 間内 で 共有 され た 相場 の見 か たを 大変 大 切に する。仲間 内の“ も
のの 見か た ”の なか に 自分 も身 を 置き 、過 度 な冒 険を 避 ける のだ 。
4.4
先物 市場 にお け る買 い圧 力 と売 り圧 力
次 に、 先 物需 給情 報 につ いて 検 討す る。
石油 先物 市 場の しく み につ いて は 専門 的な 理 解が 必要 だ が、 本稿 で は詳 しく 触 れること
がで きな い 。以 下の 事 例と 解説 は 、佐 野慶 一 氏の 論考 vi4 に 拠っ てい る 。筆 者は 、 石 油 価 格
形成 プロ セ スに おけ る 商品 先物 市 場の 働き に つい て、 よ り深 い理 解 を求 める 佐 野氏 の立場
に賛 同し て いる 。
さて 、先 物 市場 にお い ても 価格 は 、売 りと 買 いの 需給 バ ラン スに よ って 決ま っ てゆく。
石油 先物 の 実務 に携 わ って いる 佐 野氏 の経 験 によ れば 、 今回 の国 際 的な 高石 油 価格 をもた
らし たニ ュ ーヨ ーク WTI 原 油先 物 市場 の相 場 急進 の経 過 の中 には 、 以下 のよ う な事 件が含
まれ てい た 。
2000-02 年 頃、日本 の 航空 会社 や 分散 型電 源 ビジ ネス を 手が ける 企 業は 、NYMEX 原油 の超
先物 に大 量 のヘ ッジ 買 いを 入れ て 、将 来の 石 油取 得コ ス トを 確定 し よう とし て いた 。エア
ライ ンビ ジ ネス も、 石 油系 燃料 を 使っ て発 電 する 分散 電 源ビ ジネ ス も、 石油 燃 料購 入コス
トが 大き く 損益 に影 響 する 特徴 を 持っ てい る 。当 時、 7 年先 物の 原 油相 場は ま だ 20-25 ド
ル程 度だ っ た。
4
『 金 融 商 品 化 す る 原 油 市 場 − 投 資 マ ネ ー の イ ン パ ク ト と 今 後 の 見 通 し − 』 石 油・天 然 ガ
ス レ ビ ュ ー 2006.9 JOGMEC。 佐 野 慶 一 氏 は 、 住 友 商 事 金 融 事 業 本 部 コ モ デ ィ テ ィ ビ ジ ネ
ス部 調査・投資チーム長
14
IEEJ:2006 年 12 月掲載
国際 石油 先 物市 場に は 期近 物の 取 引量 が厚 く 、逆 に、 期 先に 行け ば 行く ほど 取 引が少な
く、従 って 市場 流動 性 が小 さい、とい う特 徴 があ る。日 本か らの 大 量の 買い 圧 力に 対し て 、
トレ イダ ー や原 油生 産 者は 売り 向 かっ た。 と ころ が買 い は止 まら ず 、ま た決 し て売 り戻さ
ない ので 、 超先 物原 油 市場 の流 動 性が 減少 し 、つ いに 売 り手 不足 に 陥っ て価 格 の急 上昇を
見た 。
さて 、2004 年に 入り 期 近価 格が 40 ドル を越 えた とき 5-6 年先 の超 長期 先物 は 、期 近対
比 10 ドル 以上 のバ ッ クワ ーデ イ ショ ン( 先 安)がつ い てい た。そ のバ ック ワ ーデ イション
メリ ット を 取る べく 5 、今度 は、年 金資 金を 中 心と した 長 期投 資フ ァ ンド 筋が 超 長期 先物 市
場に 買い を 入れ てき て 、さ らに 相 場を 上げ た 。
一方 、売 り 手の ほう は どう だっ た か?
超 長 期先 物市 場 で売 りヘ ッ ジを かけ て いた生産
者は、価格 の急 上昇 に よっ て、大 きな 損失 を 出し てい た 。そこ で、売り ヘッ ジ を買 い戻 し 、
ある いは 新 規の ヘッ ジ 売り を止 め た。 実際 、 生産 者側 と して は、 価 格下 落リ ス クが 小さく
なっ てい た ので 売り ヘ ッジ の必 要 性が 薄れ て いた のだ 。 ここ で事 態 が深 刻化 し た。 売り手
が原 油先 物 市場 から い なく なっ た のだ 。
この よう に 、2003 年 から 2004 年に かけ て 、買 い圧 力 と売 り圧 力 の需 給バ ラ ンス が完全
に崩 れ、 タ イト なバ ラ ンス のな か で先 物が 急 騰し た。
一般 的に 、 先物 市場 に 過大 な買 い が入 ると 、 先物 価格 は 、実 需動 向 を反 映す る 現物相場
から 離れ て 値上 がり を 始め る。 先 物価 格の 上 昇は 生産 者 の生 産意 欲 を刺 激し 、 結果 、実需
の需 給が 緩 み、 在庫 が 増え る。 よ って 、最 終 的に 現物 ス ポッ ト相 場 に収 斂し て ゆく はずの
期近の先物価格は、期先物、特に超長期先物と較べて安くなる。これが、コンタンゴ
contango (先 高相 場 )の 出現 で ある 。
いま やコ ン タン ゴ状 態 が常 態化 し た国 際石 油 マー ケッ ト は、 実は 、 先物 原油 の 大口買い
手で ある 年 金フ ァン ド にと って 大 きな 懸念 に なっ てい る 。年 金フ ァ ンド はこ こ 2、 3年、
商品 投資 の リス ク/ リ ター ンの 優 秀さ に気 づ き、 著名 な 商品 相場 投 資家 ジム ・ ロジ ャース
の超 強気 見 通し にも 鼓 舞さ れて 、 コモ ディ テ ィイ ンデ ッ クス 取引 の 世界 に入 っ てき た。こ
のイ ンデ ッ クス の中 に は NYMEX 先 物原 油が 相 当の 割合 で 組み 込ま れ てい る。 年 金フ ァンド
の石 油先 物 投資 は、 日 本の 航空 会 社と 同じ く 買い 一方 で 、長 期的 な 値上 がり に 期待 して買
いポ ジシ ョ ンを 持ち 続 ける 戦略 だ 。2 ,3 年 前か ら年 金 ファ ンド に 依頼 され て 石油 先物を
扱っ てき た トレ イダ ー たち は、 期 近限 月の 石 油先 物を 購 入し て、 当 該限 月が 納 会に なる前
に次 限月 に 乗り 換え る ロー ルオ ー バー を続 け てい るが、コン タン ゴ(先高 )状 態の 下で は、
ロー ルオ ー バー する 度 に、 期近 限 月の 売り 、 次限 月の 買 い、 によ っ て差 損を 出 して いる状
5
バ ッ ク ワ ー デ イ シ ョ ン メ リ ッ ト と は 、投 資 家 が 先 物 市 場 で 長 期 的 な 買 い ポ ジ シ ョ ン を 堅 持 す
る 場 合 、ト レ イ デ ィ ン グ の 手 法 と し て 、期 近 限 月 を 購 入 し 、当 該 限 月 が 納 会 に な る 前 に 次 限 月
に 乗 り 換 え る( Roll-Over と い う )。つ ま り 期 近 を 売 り 閉 じ て 、同 時 に 次 限 月 を 購 入 す る 。当 該
限 月 よ り 次 限 月 が 安 い マ ー ケ ッ ト の 状 態 を 、バ ッ ク ワ ー デ イ シ ョ ン backwardation と 呼 ぶ 。こ
の場合、乗り換えの取引によって収益が上がることになる。詳しくは、佐野氏論文を参照。
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IEEJ:2006 年 12 月掲載
態だ 、と い う。 そこ で 年金 ファ ン ドは 、超 長 期先 物の 買 いポ ジシ ョ ンに ポー ト フォ リオを
移動 し始 め てい る・ ・ ・
つ まり こ の人 たち は 、石 油の 需 要が 目下 予 想外 に旺 盛 かも しれ な い、 とか 、 ある 産油国
の原 油出 荷 能力 が短 期 的に 不具 合 、と かを 伝 えて くる 現 物需 給情 報 とは 全く 関 係の ない、
先物 市場 で の売 り買 い 需給 バラ ン スを 見な が ら相 場を や って いる の だ。
佐野氏によれば、現在の国際石油価格レベルは、ファンダメンタルズを反映した価値
(fair value) を超 え て押 し上 げ られ てい る 、そ れは 、 年金 ファ ン ドな どの 長 期投 資マネ
ーが 原油 先 物市 場に 大 量に 流入 し て、期先 の 先物 市場 の 中で 買い 一 方戦 略(Long only)を取
って いる か らだ 、と 。 長期 投資 マ ネー は、 商 品を ポー ト フォ リオ の 一部 とし て 新た に取り
込ん でゆ く 戦略 であ り 、現 在、 コ モデ ィテ ィ イン デッ ク ス取 引か ら 逃げ 出す 気 配は なさそ
うだ 。
4.5
現物 市場 と先 物 市場
ここ で、 先 物取 引の ト レイ ダー た ちが 将来 の 現物 需給 の 動向 を示 唆 して いる 情 報をどの
よう に取 り 扱っ てい る のか 、と い う切 り口 を 手が かり と して 、現 物 市場 と先 物 市場 の関係
につ いて 考 察し てお き たい 。
4.5.1
フ ァン ダメ ン タル ズと 地 政学 リス ク
先物 取引 の 当事 者た ち は、 たと え ば、 中国 や アメ リカ で の石 油需 要 の伸 長を 示 す統計速
報、 ハリ ケ ーン によ る メキ シコ 湾 製油 所の 操 業停 止、 あ るい はイ ラ ン核 施設 問 題や ナイジ
ェリ アデ ル タ地 帯の 騒 乱に 起因 す る原 油供 給 途絶 の恐 れ (い わゆ る 地政 学リ ス ク) など、
将来 の需 給 動向 に関 係 する さま ざ まな 性格 の 違う 情報 を 、ひ とく く りに 「フ ァ ンダ メンタ
ルズ
fundamentals」と呼 んで い る。つま り 、フ ァン ダ メン タル ズ とい うラ ベ ルの 下に、本
稿で 言う 現 物需 給情 報 やプ ライ マ リ情 報を も 含め てし ま うよ うだ 。
この 現象 を 手が かり と して 、筆 者 の感 想を 以 下に 述べ る 。
①
本稿 は 、国 際石 油 価格 レベ ル の形 成に 影 響を 与え る 、様 々に 内 容と 性質 の 異な った情
報を 仕分 け 整理 すべ き こと 、を 提 案し てい る 。こ の観 点 から 言え ば 、フ ァン ダ メン タルズ
とい うラ ベ ルは 、あ ま りに 大雑 把 だ。 この 大 雑把 さは ち ょう ど、 現 物需 給情 報 だけ を拾い
上げ て高 原 油価 格出 現 のプ ロセ ス を説 明せ ん とす る際 に 、投 機マ ネ ーの 役割 を 、
「原 油相場
の変 動幅 を 増幅 する 働 きを する も の」 と、 簡 単に 位置 づ けよ うと す る態 度と 似 てい る。
②
現在 の 高石 油価 格 相場 は、 地 政学 リス ク によ って も たら され て いる 、と い う通 説があ
る。 本稿 の 分析 に従 え ば、 地政 学 リス クと は 先物 需給 情 報の 一種 で ある 。
16
IEEJ:2006 年 12 月掲載
相場 を成 立 させ てい る 主要 な需 給 ファ クタ ー を現 状分 析 して 、マ ー ケッ ト関 係 者たちの
共主 観性 の 中に 能動 的 に取 り込 ま れた 情報 が 、現 物需 給 情報 だ、 と 説明 した 。 対し て、地
政学 リス ク は、 将来 の 原油 生産 側 の供 給支 障 の可 能性 、 およ び発 生 した 際の 価 格上 昇の可
能性 を指 摘 する も、 影 響の 度合 い につ いて は 計測 困難 、 とい う性 格 があ る。 現 物ス ポット
取引 の世 界 では 、商 売 の成 り行 き によ って は 、実 際に 巨 額の 資金 を 用意 して 石 油を タンカ
ーに 積ん で 引き 取る こ とに なる 。 従っ て、 こ のよ うな 実 コス トの 見 通し が立 て にく い“ネ
タ” を使 っ て、 現物 取 引で 相場 を 張る こと は あま りに 危 険だ 。だ か ら、 地政 学 リス クは、
現物 スポ ッ ト取 引の 世 界で は、 そ れが 実際 に 起こ る可 能 性が 高ま っ てか ら対 処 すべ き相場
情報 とし て 扱わ れて い るよ うだ 。
従っ て、 こ こ数 年、 相 場の 重要 フ ァク ター と して 取り 上 げら れて い る地 政学 リ スクは、
石油 価格 の 絶対 値レ ベ ルの 持続 的 な上 昇を 望 んだ 先物 取 引の 世界 で の価 格形 成 に影 響を与
えて いる 情 報で ある 、 と考 える 。
4.5.2
相 場の 絶対 値 レベ ルを 決 める のは 先 物市 場
話し 振り が いさ さか 複 雑に なっ て しま った が 、筆 者は 「 相場 の絶 対 値レ ベル を 決めるの
は先 物市 場 であ る」 と いう 現状 を 、知 識論 的 な視 角を 持 ち込 んで 、 より 深く 理 解し てみよ
うと して い るの だ。
現在 起こ っ てい るこ と は、 多分 、 こう であ る 。
ヘッ ジフ ァ ンド やコ モ ディ ティ イ ンデ ック ス 取引 に入 っ てき た長 期 投資 ファ ン ドは、期
先市 場の 売 り圧 力と 、 買い 圧力 の 今後 のバ ラ ンス を見 通 すた めに 、 ほか の先 物 プレ イヤー
の売 り買 い 動向 や石 油 以外 の商 品 の価 格情 報 など を集 め て、 石油 先 物市 場の 成 り立 ちにつ
いて 、彼 ら の説 明モ デ ルを 創っ て いる 。
一方 、現 物 スポ ット 取 引で は、 将 来の 国際 石 油価 格レ ベ ルが どん な ファ クタ ー で上がり
下が りす る のか 、長 期 投資 ファ ン ドと は異 な った 説明 モ デル を持 っ てい る。 こ の説 明モデ
ルは 、現 状 およ び短 中 期将 来の 現 物需 給情 報 を中 心に つ くら れて い る。
現物 スポ ッ ト取 引で は 、原 油や 石 油製 品の 価 格を 、地 域 差、 品質 格 差、 原油 の 引き取り
や製 品化 の 時間 差な ど に起 因す る 、世 界中 の 多数 の最 終 需要 家そ れ ぞれ の価 値 評価 の違い
に注 目し な がら 、せ い ぜい 数ヶ 月 先ま での 需 給動 向を 読 んで 取引 し てい る。 世 界の 現物ス
ポッ ト取 引 当事 者た ち が価 格指 標 とし て信 認 して いる 石 油市 況誌 Platts’は 、毎日 発表す
る数 百種 類 の石 油価 格 の絶 対値 レ ベル を、 ま ず、WTI 原 油の 現物 ス ポッ ト取 引 価格 を最初
の絶 対値 と して 押さ え 、そ こか ら 地域 格差 や 品質 格差 を 細か くつ け なが ら他 の 石油 油種の
価格 をつ く って ゆく 。 この よう な 世界 に現 物 トレ イダ ー は生 きて い る。
つま り、 石 油現 物取 引 のト レイ ダ ーと 、石 油 先物 取引 の プレ イヤ ー とで は、 そ れぞれの
17
IEEJ:2006 年 12 月掲載
世界 の仲 間 うち で相 場 の上 げ下 げ を説 明す る 説明 モデ ル が違 って い るの だ。 現 物市 場の関
係者 と先 物 市場 の関 係 者の 間に は 、共 主観 性 が成 立し て いな い。 だ から 現物 取 引の トレイ
ダー たち か ら、2003 年 から 急騰 し 始め た原 油 相場 を目 の 前に して 、いっ たい 何 が起 こって
いる のか し ばら くの 間 は理 解不 能 だっ た、 と の感 想が 聞 かれ るの だ 。
この よう に 現在 の国 際 石油 市場 で は、 現物 の 石油 商品 と 先物 の石 油 商品 は、 あ たかも別
の商 品の よ うに 扱わ れ てい る。 2 つの 市場 を 統合 的に 理 解す るこ と は極 めて 困 難な ようで
ある 。現 状 の価 格形 成 構造 では 、 先物 市場 が 、日 々の 石 油相 場の 絶 対値 レベ ル を現 物市場
に与 えて い る。
とこ ろで 、 先物 市場 の 専門 家で あ る佐 野氏 は 、現 在の 国 際石 油価 格 レベ ルは fair value
を超 えて 押 し上 げら れ てい る、 と 見て いる 。 そし て、 年 金系 の投 資 マネ ーの 流 入が 止まる
段階 で、fair value に 価格 が回 帰 する 動き 、 つま り、 相 当な 相場 下 落の 可能 性 を指 摘して
いる のだ 。
問題 は、 現 物ス ポッ ト 価格 が、 先 物市 場で 形 成さ れた 価 格レ ベル に ひっ ぱら れ て、ここ
3年 の間 に 2倍 も、 3 倍も 底上 げ され てし ま い、fair value の レベ ルが よく 判 らな くなっ
てし まっ た こと だ。 現 物需 給情 報 群は 、現 物 石油 市場 に 対し て、 明 日の 相場 の 上げ 下げを
示唆 する 情 報を 与え は する が、 中 長期 的な 「 ある べき 石 油価 格」 の 絶対 値レ ベ ルが いくら
なの か、 全 く、 沈黙 し てい る。
「あ るべ き 石油 価格 」 を石 油取 引 関係 者に 提 案す るの は 、ナ ビ情 報 の役 目で あ る。
5.ナビ情報の例
ナビ 情報 と は、 石油 関 係者 に影 響 力を 与え る こと の出 来 る発 話者 か ら発 信さ れ た価格見
通し のこ と 、と 定義 し た。 発話 者 は市 場関 係 者か ら、 経 済的 にあ る いは 政治 的 に合 理的な
判断 に基 づ いて 情報 発 信し てい る 、と の信 認 を得 て、 は じめ て影 響 力を 行使 で きる 6 。
ナビ 情報 は マー ケッ ト 関係 者の 間 で、 将来 の 価格 レベ ル につ いて の 共主 観的 な “ものの
見か た” を 作り 出す こ とが ある 。 すな わち 、 多数 の市 場 当事 者た ち はナ ビ情 報 を「 将来の
ある べき 価 格レ ベル 」 とし て受 け 取り 、そ れ が先 行き の 相場 観を 規 捉す るの で ある 。
ナビ 情報 が 今ほ ど求 め られ てい る 時は ない 。 現在 の世 界 石油 市場 は 、大 昔の 「 国際石油
カル テル」や、1970 年 以降 の「OPEC カ ルテ ル 」のよ うな 、国際 石油 市場 管理 レ ジー ムが 存
在し ない な かで 、動 い てい る 7vii 。例 えば 、OPEC は 2000 年 から 03 年 にか けて 、 OPEC バ ス
6
マ ネ ー マ ー ケ ッ ト の 例 で は 、 ア メ リ カ の 前 連 邦 準 備 制 度 理 事 会 (FRB)議 長 だ っ た ア ラ ン ・ グ
リーンスパンが、長年市場の信認を受けてナビ情報を発信していた好例。
7
「国際石油カルテル」レジームは、原理と規範、ルールと手続きを詳細に規定したハー
18
IEEJ:2006 年 12 月掲載
ケッ ト価 格 を 20 ドル から 28 ド ルの レベ ル とし 、OPEC メン バー 各 国の 共同 生 産調 整に よっ
てこ の相 場 圏を 実現 さ せて いた 。 市場 関係 者 の大 多数 は この 相場 圏 の存 在を 信 じ、 短期的
な価 格動 向 には サイ ク リカ ルな 上 げ下 げが あ って も、 長 期的 には 20-28 ドル の 相場 圏に回
帰す る、 と いう 共主 観 性を 持っ て 取引 活動 を 行っ てい た 。
OPEC 相場 圏 のレ ガシ ー が失 われ た のは 2004 年夏 以降 だ ろう 。WTI 原油 レベ ル は 40 ドル
を越 え、40 ドル に戻 る こと がな い 。
以降 、本 稿 で提 案す る ナビ 情報 を 、短 中期 的 な市 場動 向 を観 察し て 提案 され る ナビ情報
と中 長期 的 なそ れ、 と に分 けて 説 明す る。
5.1
短中 期相 場観 の 観測
短中 期将 来 の相 場観 を 指し 示そ う とす るナ ビ 情報 は、 主 とし て、 現 物需 給情 報 群と先物
需給 情報 群 に依 拠し て 形成 され る と考 えら れ る。
石油 商品 に 限ら ずコ モ ディ ティ を 扱う トレ イ ダー は、 商 品の 価格 変 動を 現物 需 給情報に
加え て、 チ ャー ト分 析 など いわ ゆ るテ クニ カ ル分 析を 行 って 変動 幅 を予 期し 、 この 幅の範
囲内 で短 期 間、 場合 に よっ ては 一 日の 間で 値 差の 鞘取 り 取引 (プ ラ イス ・ト レ イデ ィング
とい う) を 行う 。
国際 石油 価 格が 、マ ー ケッ ト関 係 者が 共主 観 的に 予期 し てい た変 動 幅を 越え て 大きく動
くと 、た い てい 大損 を 被る トレ イ ダー がで る 。そ うす る と石 油取 引 に精 通し た 専門 家がメ
ディ アに 登 場し て、 価 格が 変動 し た理 由を 説 明し 、あ わ せて 短期 的 な価 格見 通 しを 述べた
りす る。 こ の説 明ぶ り が市 場関 係 者の 多数 の 賛同 を集 め れば 、そ れ はナ ビ情 報 とし て生き
残っ たの で あり 、し ば らく の間 、 市場 関係 者 が共 主観 的 に依 拠す る 相場 の見 通 しと なる。
別の 短中 期 ナビ 情報 の 例。アメ リ カの エネ ル ギー 情報 局 EIA は 毎月 、
『短 期エ ネ ルギー見
通し 』を 、 予め 公表 日 を公 示し て 発表 する 。 この 中に 、 直近 の需 給 情報 を体 系 的に 整理し
て、 向こ う 1年 先の 石 油価 格を 予 想し てい る 部分 があ る 。図 6 に 例 を示 す。
なお 、こ こ でい う原 油 価格 とは 、 アメ リカ 精 製業 者の 輸 入す る原 油 の期 間平 均 価格のこ
とで ある 。
ドな レジ ー ム、
「 OPEC カル テル」は国 家が メ ンバ ーの カ ルテ ルで あ り、違 反し た場 合の 罰
則規 定を 欠 くソ フト な レジ ーム で ある 。詳 し くは
一
2006 年
19
『 国 際エ ネル ギ ー・ レジ ー ム』 松井賢
IEEJ:2006 年 12 月掲載
図6
2005年10月発表
EIA「 短期 エネ ル ギー 見通 し 」輸 入原 油 価格
2005
2006
2007
3Q
4Q
1Q
2Q
3Q
4Q
1Q
2Q
56.49 56.80 57.41 56.75 57.74 58.09
2006年4月発表
52.01
54.60
59.67
2006年10月発表
3Q
4Q
58.01
55.68
53.84
53.33
53.00
52.17
63.60
55.50
58.50
59.50
58.30
57.20
(出所)
DOE/EIA
2005 年 10 月発 表の 見 通し では 05 年 第 4 四 半期 を 56.80 ドル 、06 年第 二四 半 期を 底値 の
56.75 ドル とし 、06 年 後半 は再 び 上昇 する 、と見 通し た 。06 年 4 月 発表 では 、直近 の先物
価格 高騰 を 踏ま えて い るも のの 、 今後 、短 中 期的 に需 給 は改 善し て 相場 は弱 含 む、 という
見通 しを 市 場に 問う た 。と ころ が 、06 年 10 月の 予測 に なる と、06 年第 3四 半 期が 高値だ
った こと を 受け て、冬 場の 価格 軟 化は 一時 的 であ り、2007 年 に入 る と再 び強 含 む、という
メッ セー ジ を出 して い る。 すな わ ち、2006 年 春と 秋と で は、EIA の 見解 に大 き な変 化が見
られ る。 こ れが 何を 意 味す るの か につ いて は 、す ぐあ と で解 説す る 。
5.2
長期 持続 的な “ ある べき ” 価格 レベ ル
本稿 で取 り 扱お うと し てい る価 格 見通 しは 、 少な くと も 1 年 以上 先 から 10 年 先の中長
期見 通し の こと であ る 。
業種 によ っ ては 、戦 略 計画 策定 の 前提 とし て 中長 期将 来 の石 油価 格 想定 が重 要 な場合も
あろ う。 も ちろ ん、 石 油会 社の 戦 略投 資や 産 油国 政府 の 国家 予算 策 定に 際し て 、直 接的な
影響 があ る 。こ れら の 組織 の中 で 働く 企画 マ ンた ちは 、 主に 、本 稿 で提 案す る ナビ 情報を
参照 して 将 来の 石油 価 格レ ベル を 見通 して い る、 と考 え る。
ナビ 情報 の 発信 のス タ イル はさ ま ざま だ。 大 部の 分析 を 載せ たレ ポ ート 形式 で 公表して
も、 講演 や イン タビ ュ ーの 場で の 発話 でも よ い。
5.2.1
分 析レ ポー ト の例
米国 エネ ル ギー 情報 局
月、『 2006 年版
DOE/EIA
Energy Information Administration
国 際 エネ ルギ ー 見通 し』
は 、2006 年6
International Energy Outlook
2006
を発
表し た。今 後の 原油 価 格に つき 、次の よう な 立論 によ り 現在 から 2030 年 に至 る 価格 見通し
を提 案し て いる 。
①
将来 の 原油 価格 に つい ては 、米国 に輸 入 され る軽 質 低硫 黄原 油 の 2004 年 実質 価格ベー
スで 見通 す 。
20
IEEJ:2006 年 12 月掲載
図7
DOE/EIA『 2006 年版
国 際 エネ ルギ ー 見通 し』 の 長期 石油 価 格見 通し
(出所)
②
DOE/EIA
International Energy Outlook
2006
3 つの 価格 見通 し ケー スを 提 示し てい る 。
第一 は、リ ファ レン ス ケー ス。2030 年、原油 価格 は 57 ドル。2003/30 の 期間 で、世 界 の
石油 需要 は 日量 3 千 8 百万 バレ ル 増加 して い る。
第二 は、 高 価格 ケー ス 。2030 年 、原 油価 格 は 96 ド ル とな る。 リ ファ レン ス ケー スより
も、 世界 の 石油 資源 埋 蔵量 が1 5 %少 なく 、 従っ て開 発 生産 コス ト も高 い、 と 推定 した。
2003/30 の 期間 、世 界 の石 油需 要 は高 石油 価 格の 影響 で 需要 が抑 制 され 、日量 2 千 2 百万
バレ ルの 増 加に とど ま る。
第三 は、 低 価格 ケー ス 。2030 年 、原 油価 格 は 34 ド ル にな る。 リ ファ レン ス ケー スより
も、 世界 の 石油 資源 埋 蔵量 が1 5 %多 く、 従 って 開発 生 産コ スト も 安価 でな る 、と 推定し
た。 この ケ ース では 2003/30 の期 間、 世界 の 石油 需要 は 日量 4 千 8 百万 バレ ル 増加 する。
③
リフ ァ レン スケ ー スは 、2004-06 年に 見 られ た価 格 の高 騰を 定 常状 態と 見 なさ ない。
原油 価格 は 、2014 年 に 向か って 47 ドル まで 下降 し、 そ れ以 降、 年 率 1.2%の 上 昇を 見せ 、
2030 年に 57 ドル に到 達す る。
④
原油 価 格に は上 限 があ る、 と の考 え方 に 立つ 。発 展 途上 国で は 発電 用需 要 を巡 って、
21
IEEJ:2006 年 12 月掲載
石炭 や天 然 ガス との 燃 料間 競合 が 起こ る。 高 原油 価格 が 持続 すれ ば 、在 来型 石 油資 源のう
ちで 、開 発 生産 コス ト が高 い資 源 も商 業化 さ れて 、非 在 来型 石油 資 源の 開発 も 採算 に乗っ
てく る。 石 油探 鉱開 発 分野 では 、 技術 進歩 に よる 生産 コ スト 低下 も 期待 でき る 。
さて 、わ れ われ は、『 2006 年版
国際 エネ ル ギー 見通 し 』に 盛り 込 まれ たメ ッ セージを
どの よう に 受け 止め れ ばよ いの か ?
リフ ァレ ン スケ ース を 、あ りう べ き将 来価 格 レベ ルと 受 け止 める 向 きに は、 こ のケース
につ いて の 説明 ぶり は 、ア メリ カ 政府 筋の 意 見を 示唆 し たも の、 即 ち、 ナビ 情 報と して受
信さ れる だ ろう 。即 ち 、ア メリ カ 筋は 現在 の 高価 格レ ベ ルを 定常 状 態と 見な し てい ない、
2014 年 に向 かっ て、47 ドル まで 下 降す るだ ろ う、 これ か ら先の 5 年 ―10 年 、あ りう べき
軽質 低硫 黄 原油 の価 格 レベ ルは 50 ドル 程度 であ る。こ れを、中東 の中 質原 油 の出 荷価 格(ド
バイ 原油 や アラ ビア ン ライ ト原 油 )の 価格 帯 に当 ては め ると 、45 ド ルに なる ・ ・・
筆 者は 、 DOE/EIA の 『国 際エ ネ ルギ ー見 通 し』 レポ ー トが 、実 際 にナ ビ情 報 とし て、国
際石 油価 格 レベ ルの 形 成に 重要 な 役割 を果 た して いる 、 と考 える 。 以下 、そ の 理由 を述べ
る。これ は 、2006 年 版 のレ ポー ト を作 成し た チー ムの シ ニア リサ ー チャ ーと の 私的 会話か
ら得 られ た 知見 であ る 。
DOE/EIA は 、毎 年6 月 に『 国際 エ ネル ギー 見 通し 』を 発 表し たあ と 、米 国内 外 の、さま
ざま な政 府 関係 機関 や エネ ルギ ー 企業 や、 研 究所 等と の ディ スカ ッ ショ ンを 続 けて ゆく。
この ディ ス カッ ショ ン に充 分な 時 間を かけ 、 体系 的に 内 外の 情報 を 収集 しな が ら、 次年度
の見 通し 作 成作 業に つ なげ てゆ く 。
2005 年に 発 表し た『 国 際エ ネル ギ ー見 通し 』をめ ぐる デ ィス カッ シ ョン では 、とりわけ
サウ ジア ラ ビア 筋か ら 、DOE/EIA の提 案し た 長期 石油 価 格見 通し の レベ ルで は 、サ ウジア
ラビ ア国 内 の新 規油 田 の探 鉱開 発 に乗 り出 す ため には 不 十分 であ る 、と いう 趣 旨の 意見が
出さ れた 、 とい うこ と であ る。 そ こで 、同 国 が新 規投 資 に取 り組 む ため に満 足 でき る石油
価格 レベ ル 、に つい て の話 し合 い が、 リサ ー チャ ーの 手 をは なれ た とこ ろで 起 こっ た。
この 、あ る 意味 では 米 ・サ ウジ ア ラビ ア間 の 高次 のネ ゴ シエ イシ ョ ンの 内容 は 、時折、
外部 に漏 れ 伝わ った 。 先物 市場 は この ニュ ー スに 反応 し 、相 場が 昂 進し た。
図 8 によ れ ば、DOE/EIA は、2006 年の 長期 価 格見 通し を 2005 年対 比 35%、13 ドル 上方修
正し たが 、 これ は先 物 相場 の実 勢 に従 った の では なく 、 米国 とサ ウ ジア ラビ ア との 間で理
解さ れた 、 同国 が新 規 油田 プロ ジ ェク トに コ ミッ トす る に満 足で き る価 格レ ベ ルを 踏まえ
た結 果で あ る。
尚、 この あ たり の事 情 は『2006 年版
国 際 エネ ルギ ー 見通 し』 の なか では、・・ ・OPEC
は、生 産の 増加 に積 極 姿勢 を示 し てい ない。最近 2 年 間 高価 格が 続 いて いる に も係 わら ず、
22
IEEJ:2006 年 12 月掲載
井戸 元投 資 の環 境が 好 転し てい な い。探 鉱開 発コ スト も 値上 がり し てい る、云 々・・・と、
一般 的な か たち で説 明 され るに 留 まっ た。 既 に触 れた 、 2006 年 10 月発 表の 『 短期 エネル
ギー 見通 し 』の 内容 は 、こ のよ う な DOE/EIA 内部 での 、 サウ ジア ラ ビア 事情 に つい ての認
識の 深化 を 反映 して い る、 と推 測 して よい だ ろう 。
図8
DOE/EIA 長期 原 油価 格見 通 し
2005 年 版/2006 年 版の 対比
米国 DOE/EIA 長期原油価格見通しの立て方
100
2005年版/2006年版
Reference 価格を
13ドル上方修正
80
2006年版
60
40
20
2005年版
0
1970
1980
1995
2015
2025 2030
Reference05
Low Price05
High Price05
Reference06
Low Price06
High Price06
(出所)
DOE/EIA
International Energy Outlook
2006 を も と に 筆 者 作 成
この よう に 、DOE/EIA の『 国際 エ ネル ギー 見 通し 』レ ポ ート 作成 プ ロセ スに は 、中長期
的な 価格 レ ベル の形 成 に重 要な 役 割を 持っ た 主体 たち と のデ ィス カ ッシ ョン / ネゴ シエイ
ショ ンが 組 み込 まれ て いる 。し か も、 この 『 国際 エネ ル ギー 見通 し 』作 成作 業 は毎 年スケ
ジュ ール 化 され てい て 、外 部に 公 表タ イミ ン グを 公示 し てい る。 つ まり 、事 情 を知 ってい
る市 場関 係 者は DOE/EIA の分 析レ ポー トの メ ッセ ージ を ナビ 情報 と して 受け 取 り、DOE/EIA
の側 も、 毎 月の 短期 見 通し や、 年 次の 長期 見 通し を発 表 する こと に よっ て、 国 際石 油価格
レベ ルの 形 成に 影響 力 を行 使し よ うと する 、 そう いう 構 造が 出来 上 がっ てい る 。
ここ で、
『 国際 エネ ル ギー 見通 し 』を ナビ 情 報と 見做 す こと につ て 、関 連し た 議論 を付け
加え てお く 。
国際 石油 価 格の 将来 見 通し を述 べ たレ ポー ト は、 世界 の さま ざま な 機関 から 発 信されて
23
IEEJ:2006 年 12 月掲載
いる 。IEA や OPEC の よう な大 所 はも とよ り 、国 際通 貨 基金 IMF や アジ ア開 発 銀行 ADB の手
にな るも の もあ る。 多 国籍 エネ ル ギー 企業 も 長期 エネ ル ギー 見通 し を発 表す る 際に は、お
おか たが 価 格見 通し を 述べ る。 日 本国 内で も 、エ ネ研 は 毎年 末に 研 究会 形式 を とっ て公表
して いる し 、金 融・ 証 券系 の調 査 機関 から の 発信 もあ る 。
これ らの う ちで 、DOE/EIA のよ う に、 影響 力 のあ る様 々 な当 事者 と のデ ィス カ ッション
/ネ ゴシ エ イシ ョン か ら得 られ た 知見 が、 直 接取 り入 れ られ て出 来 上が って く るレ ポート
は本 当に 少 ない 。従 っ て、 各種 機 関の 発表 し てい る将 来 見通 しの レ ポー トの 間 では 、自然
と階 層が 出 来あ がっ て いる 。
この 階層 構 造は 、知 識 の伝 播シ ス テム とし て 働い てい る 。石 油取 引 の当 事者 た ちの間で
注目 され る 、つ まり ナ ビ情 報と し て信 認さ れ てい る分 析 レポ ート は 少数 。次 の 階層 に属し
てい るレ ポ ート 群は 、 分析 レポ ー トや 、次 項 で説 明す る 重要 人物 の 発話 など の 少数 のナビ
情報 を加 工・敷衍 して 、石油・エ ネル ギー の 専門 世界 の 周縁 に伝 え る役 割を 受 け持 つの だ 。
5.2.2
発話
IEA や OPEC、さ らに DOE/EIA が価 格レ ベル の 見通 しを 公 表し 、市 場 関係 者は そ れら をナ
ビ情 報と し て参 照し な がら 、将 来 の石 油経 済 を組 み立 て てゆ くこ と がわ かっ た 。
ここ で、 ナ ビ情 報の 発 表ス タイ ル につ いて の 分析 に、 話 しを 移し た い。
ナビ 情報 の 発信 は、 研 究機 関の 手 にな るレ ポ ート の形 式 をと らな く ても よい 。 発話者が
市場 関係 者 から 、経 済 的に ある い は政 治的 に 合理 的な 判 断に 基づ い て情 報発 信 して いる、
との 信認 を 得て いれ ば 、そ れが 片 言隻 語た ろ うと も、 市 場は 、そ の 言説 に反 応 する のだ。
具体 例を 挙 げて 説明 す る。DOE/IEA が 2005 年 6月『 国際 エネ ルギ ー 見通 し』を 発表 して 、
夏の バカ ン スシ ーズ ン が明 け、 次 年度 の見 通 し作 成に 向 けて 、様 々 な機 関と の ディ スカッ
ショ ンを は じめ てい た 、2005 年 の 秋か ら冬 に かけ ての 話 しで ある ―
2005 年秋 か ら 06 年春 にか けて 、OPEC は、ア ドナ ン・シ ハー ブ・エ ルデ ィン OPEC 事 務局
長代 行の 発 言に よっ て ナビ 情報 を 発信 して い た。2005 年 10 月 、 韓国 のソ ウ ルで 開かれた
APEC のエ ネ ルギ ー相 の 年次 会議 に 出席 した 事 務局 長代 行 は 1 バレ ル 40 ド ル∼60 ドル の原
油価 格は 世 界の 経済 成 長に 影響 を 与え ず、「 この 範囲 ( 40 ド ル∼ 60 ド ル) は 全員 が幸福な
範囲 と思 え る」 と語 っ た。 続い て 事務 局長 代 行は 、11 月モ スク ワ で「 自分 は 2006 年 の原
油価 格が 1 バレ ル 45 ドル ∼55 ド ルの 範囲 と なる と見 て いる 。OPEC には 、原 油 価格 がこの
範囲 で安 定 しう るに 足 る余 剰生 産 能力 があ る 」と 語っ て いる 。
一方 、IEA は 2005 年 秋、WTI 原 油ベ ース で 見た 2010 年の 原油 価 格見 通し を 、そ れま で の
1 バレ ル 33 ドル から 45 ド ルへ と 上方 修正 し た。IEA の 説明 では 、 45 ド ルと い う価 格レ ベ
ルは 、産 油 国、 特に 中 東・ 北ア フ リカ の産 油 国が 、世 界 的な 需要 増 加に 合わ せ て産 油能力
24
IEEJ:2006 年 12 月掲載
拡大 のた め の投 資を 十 分行 うこ と が前 提と な って 、は じ めて 実現 す る、 とし て いる 。
国際 石油 メ ジャ ーも ナ ビ情 報を 発 信す る。 B Pの CEO
ブラ ウン 卿 は 2005 年 11 月シン
ガポ ール で 、原 油生 産 量の 増加 が 、結 局、 原 油価 格を 引 き下 げる 。 長期 的に は 廉価 なエネ
ルギ ー源 の 入手 可能 性 が高 まる に つれ て、 原 油価 格は さ らに 低下 す るだ ろう 、 と語 った。
さら にブ ラ ウン は、結 局 OPEC 加 盟国 がど こ まで 原油 価 格が 低下 す るか 決め る だろ うが、多
くの 主要 な 産油 国は 、原油 価格 は 約 40 ドル で安 定す べ き、と考 え てい る。私 は、原油価格
は維 持で き ない ほど 高 水準 にあ る ので 下が る と考 える 、 と発 言し て いる 。
この よう に 、
“あ るべ き”価格 レ ベル に係 る ナビ 情報 の 発信 者た ち は、現物 や 先物 の需給
情報 に加 え て、 生産 者 側や 最終 消 費者 側の 経 済活 動を 反 映し たプ ラ イマ リ情 報 を重 視して
いた。筆者 は、2005 年 秋か ら冬 に かけ て、生 産側 と最 終 需要 者側 双 方が、長期 持続 的な“ あ
るべ き”価 格レ ベル は 、
「WTI 原 油 ベー スで 45 ドル 、中 東中 質原 油 ベー スで 40 ドル のレ ベ
ルが 底値 価 格」、とい う 相場 観を 、市場 関係 者 間の 共主 観 性と して 形 成す るこ と を目 指して
いた 、と 考 えて いる 。
6.中長期国際石油価格レベルの形成
6.1
国際 原油 価格 レ ベル の見 通 しに 関す る 情報 の鳥 瞰
以上 、国 際 原油 価格 レ ベル の形 成 に影 響を 与 える 4つ の 異な った 質 を持 つ情 報 群、すな
わち 、生 産 者側 およ び 最終 需要 者 側の 経済 合 理性 に根 を 張っ た情 報 とし ての プ ライ マリ情
報群 、現 状 分析 に基 づ いて 将来 の 供給 能力 の 過不 足を 窺 う現 物需 給 情報 群、 先 物市 場にお
ける 買い 圧 力と 売り 圧 力の 間の バ ラン スを 示 唆す る先 物 需給 情報 群 、お よび 市 場か ら信認
され てい る ソー スの 発 信す るナ ビ 情報 群、 に つい て、 さ まざ まな 具 体例 を紹 介 した 。
下図 9 に 、 2005 年 秋か ら 06 年 春 にか けて 筆 者の 目に 止 まっ た情 報 を、 4つ の 群に 分け
て整 理し た 。
縦軸 の国 際 原油 価格 は WTI/北海 原 油の 価格 で 表記 した 。産油 国側 国 家財 政計 画 の前提原
油価 格と OPEC の原 油 価格 帯ナ ビ 情報 につ い ては 、現 在 の WTI/北 海原 油と 中 東中 質原油の
格差 であ る 5 ドル を上 乗せ して あ る。
これ 以上 の 説明 は不 要 であ ろう 。
25
IEEJ:2006 年 12 月掲載
図9
国際 原油 価格 レ ベル に関 す る情 報の 鳥 瞰
現状分析
1∼5年先
5∼20年先
先物需給情報群
現物需給情報群
70
ファンド筋の
相場見通し
EIA短期見通し
ナビ情報群
60
OPECの
新しい相場圏?
50
国際原油価格
40
(WTI/北海原油ベース)
IEA 2010年予測 @4Q 2005
産油国2006年
国家予算 前提
30
欧 米石油 企業
Screening Value
20
10
現状分析
6.2
長期的な上流投資採算性
現 在の
生 産コスト
レベル
Chevron
Unocal埋蔵量買収価格
@1Q 2005
1∼5年先
(技術 進歩をおり込 み)
プライマリ情報群
5∼20年先
価格 形成 にお け る4 つの 情 報群 の関 係 (仮 説)
最後 に、プ ライ マリ 情 報、現 物需 給情 報、先 物需 給情 報 、そし てナ ビ情 報が 価 格形 成に 、
どの よう に 相互 に関 係 しあ って い るの か。 筆 者の 仮説 を 、以 下に ま とめ てお く 。
①
現物 お よび 先物 需 給情 報は 、 プラ イマ リ 情報 群が 市 場に 示唆 し てく る価 格 レベ ルを意
識し つつ も 、日 々、 絶 対値 のス タ ート 台を 変 えて はじ ま る石 油相 場 に対 して 、 随時 、働き
かけ るも の であ る。
②
プラ イ マリ 情報 は 、様 々な 経 済主 体の 経 営情 報や 操 業情 報そ の もの で、 お いそ れと外
に出 てく る もの では な い。 だが 、 現状 の高 値 石油 価格 が 世界 の需 要 を減 衰さ せ てい るシグ
ナル は、2006 年 秋の 時 点で 筆者 に は見 えず 、従っ て、現 在得 られ る プラ イマ リ 情報 は、こ
れ以 上石 油 価格 が値 崩 れし たら 産 油国 側= 供 給側 の事 業 採算 性に 深 刻な 影響 が 出る だろう、
とい う底 値 抵抗 線を 示 唆し てい る よう にも 見 える 。
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IEEJ:2006 年 12 月掲載
③
更に ナ ビ情 報は 、 プラ イマ リ 情報 、現 物 需給 情報 、 先物 需給 情 報の 上位 情 報で ある。
ナビ 情報 は 発信 者が 内 容と 発信 の タイ ミン グ を工 夫し て 、石 油関 係 者の 経済 活 動に 影響を
与え るこ と 目指 す政 治 的な 情報 で はな いか 。ナビ 情報 に 盛ら れた 将 来価 格レ ベ ル見 通しは、
それ が自 己 実現 する こ とを めざ し てい るも の だ。
筆者 は、 こ のよ うな 説 明仮 説を 読 者に 問う て いる 。図 9 は、 筆者 の 試論 を強 調 して作図
して ある 。
この 仮説 を 実証 的に 説 明す べき で あろ う。 特 定の タイ ミ ング で、 特 定の 情報 が 、市場与
えた 価格 変 化の イン パ クト 、を 過 去事 例か ら 学ぶ べき だ ろう 。が 、 本稿 では 、 国際 原油価
格に 係わ る 幾多 の情 報 には 4つ の 性格 の違 う 情報 群が あ るの で、 分 析者 とし て は分 別して
取り 扱う こ とが 重要 で ある 、と い う論 点を 強 調す るに 止 める 。
7.まとめ
本 稿は 、 様々 な関 連 情報 が、 市 場の 取引 参 加者 に受 信 され 、解 釈 され て、 国 際石 油価格
レベ ルが 形 成さ れて ゆ く様 態を 分 析す るた め に、 価格 レ ベル の形 成 に影 響を 与 える たくさ
んの 情報 を 、4つ の、異な った 質 を持 つ群 に 仕分 けて み る、と いう 試論 を提 供 した もの だ 。
我々 は、プ ライ マリ 情 報群、現物 需給 情報 群 、先物 需給 情報 群、ナ ビ情 報群、とい う「 新
語」 を手 に 入れ たわ け であ る。 こ のよ うな 整 理分 類か ら 、何 がわ か った のだ ろ うか ?
①
ナビ 情 報群 は、 他 の3 つの 情 報群 を参 照 しな がら 、 市場 関係 者 に影 響力 を 与え ること
をめ ざし て いる。われ われ は、国 際石 油市 場 を注 意深 く 理解 する こ とに よっ て 、いく つか 、
ナビ 情報 の 発信 源を 特 定す るこ と が出 来る 。
②
短中 期 的な 相場 観 は、石油 取 引の 現場 で 活動 する ト レイ ダー た ちに よっ て 形成 される。
とこ ろが 、 現物 スポ ッ ト取 引に 従 事す るト レ イダ ーた ち の仲 間内 で の相 場の 方 向観、す
なわ ち共 主 観性 を得 て 成立 して い る説 明モ デ ルと 、先 物 取引 のト レ イダ ーた ち の共 主観性
を形 成し て いる 説明 モ デル は、 内 容が 異な っ てい るこ と がわ かっ た 。
③
現物 需 給情 報は 、 現時 点の 石 油価 格レ ベ ルを 踏ま え て、 この 絶 対値 が短 期 的に 上がる
か、 下が る かの 判断 に 際し ては 、 確か に有 用 であ ろう 。 だが 、現 物 スポ ット 取 引に 従事し
てい るト レ イダ ーが 日 々目 にと め てい る現 物 需給 情報 群 は、 中長 期 の価 格絶 対 値レ ベルの
見通 しを 教 えて はく れ ない 。現 物 取引 のト レ イダ ーが 、 中長 期石 油 価格 の絶 対 値レ ベルに
つい て何 か コメ ント す ると きは 、 先物 取引 の 世界 の知 見 や見 解を 引 用し てい る のだ 。
従っ て筆 者 は、 現物 需 給情 報の み を組 み合 わ せて 、中 長 期的 (1 年 先か ら1 0 年先くら
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IEEJ:2006 年 12 月掲載
いま で)将 来の 石油 価 格レ ベル の 絶対 値の 見 通し を考 察 する こと は 、どだ い間 違い だろ う、
と考 える 8 。
④
中長 期 的( 1年 先 から 10 年 先く らい ま で) 将来 の 石油 価格 レ ベル の絶 対 値に ついて
は、 先物 市 場か ら、 原 油生 産者 お よび 石油 製 品の 最終 需 要家 に対 し て、 声高 に 提案 されて
8
このようなアプローチの典型例を英国王立国際問題研究所
に 発 表 し た ジ ョ ン .V.ミ ッ チ ェ ル 氏 の ペ ー パ ー
チ ャ タ ム ハ ウ ス が 2006 年 8 月
“A New Era for Oil Prices”
John V. Mitchell に
見 る こ と が で き る 。こ の 論 文 で は 、現 物 需 給 情 報 の 蒐 集 と 分 析 に 大 き な 努 力 を 注 ぎ な が ら 、石
油価格の絶対値レベルの将来見通しについて、ついに明快な根拠をあげることが出来ない。
ミッチェル氏の、石油価格将来見通しの立論は以下の通り。
価格高騰の原因と結果
2004/05 年 の 石 油 価 格 急 騰 は 、 ほ か の さ ま ざ ま な 事 故 の 原 因 と お な じ よ う に 、 沢 山 の 原 因 が 重
な っ た も の だ 。2004 年 に は 世 界 石 油 需 要 は 、中 国 と ア メ リ カ の 需 要 急 増 を 受 け て 従 来 の ト レ ン
ド 予 測 か ら は ず れ て 日 量 2 百 万 バ レ ル 増 加 し た 。 非 OPEC の 供 給 は 、 予 測 よ り 日 量 50 万 バ レ
ル 低 か っ た 。OPEC は 、2003/04 に か け て 、消 費 国 側 の 在 庫 レ ベ ル の 上 昇 を 避 け る 、と い う 政 策
を と っ て い た が 、04 年 の 年 央 価 格 急 騰 が 始 ま っ た と き は じ め て 、イ ラ ク と ベ ネ ズ エ ラ が 想 定 量
以 下 し か 原 油 生 産 を し て い な い こ と に 気 づ い た 。最 後 に 、05 年 北 海 原 油 の 生 産 が 伸 び 悩 む 中 で 、
ハリケーン・カトリーナがメキシコ湾の原油生産施設を傷つけた。
世界の余剰原油生産能力は、生産レベルの5%から、2%まで低下した。
石 油 専 門 家 の 中 に は 、 2004/05 年 の 複 合 要 因 は 次 第 に 納 ま り 、 5 年 後 に は 価 格 レ ベ ル が 元 に 戻
る 、こ れ が 通 常 の 姿 、と 考 え る も の も い る 。だ が 、い っ た ん 余 剰 生 産 能 力 を 失 っ た 国 際 原 油 マ
ーケットは、2度と“通常の姿”に戻らないだろう。
2010 年 頃 ま で の 世 界 原 油 需 給 見 通 し
EIA 米 国 エ ネ ル ギ ー 情 報 局 、 OPEC 事 務 局 、 IEA 国 際 エ ネ ル ギ ー 機 関 は 、 共 通 し て 2010
頃までに、原油生産能力はネットで、日量6から7百万バレル増えると見通している。
2007 年 も 50 ド ル 以 上 の 原 油 価 格 が 続 く と す れ ば 投 資 資 金 は 潤 沢 で 、 生 産 能 力 増 強 は 適 う だ ろ
う。
一 方 、 世 界 経 済 は 、 IMF 、 OECD と も に 、 高 石 油 価 格 は 経 済 成 長 を 鈍 ら せ て い な い 、 と 観 察
し て い る 。し か し な が ら 、高 原 油 価 格 の 影 響 は 今 後 、ゆ っ く り と 現 出 す る 。不 況 到 来 の 可 能 性
も考えるべきである。
ここ5年ほど、高原油価格時代が続く。
理由:
生産能力増強のための上流投資は、成果が上がるまでには時間がかかる。
産油国は、現状、国内の社会・経済発展に必要とする以上の貿易収入を得ている。産油国は、
原 油 生 産 量 を 伸 ば し て 外 貨 を 得 、そ れ を 海 外 資 産 に 投 資 す る よ り も 、む し ろ 生 産 を 抑 え て 原 油
を地下に蓄えておくのではないか?
消 費 国 側 の 民 間 石 油 会 社 も 、経 営 判 断 は 、高 原 油 価 格 が 続 く こ と を 前 提 と し た 上 流 案 件 に 投 資
するよりも、株主に利益還元するほうに傾く。
今 回 の 価 格 急 騰 は 2 回 の“ オ イ ル シ ョ ッ ク ”と は 、違 い 、供 給 途 絶 が 突 然 起 こ っ た の で は な い 。
消費国側にはパニックがなく、政策対応も、ソフトで時間をかけたものとなろう。
2010/15 年 。 世 界 の 原 油 生 産 レ ベ ル は 横 ば い に な る だ ろ う 。
将来価格の見通しは今後一層不確実なものとなってゆくだろう。
タ ー ゲ ッ ト 価 格 Price target が 、 以 前 の よ う に 根 づ く か ど う か 疑 問 。
価 格 下 落 の 可 能 性 も あ る 。 6 0 ド ル 、 70 ド ル レ ベ ル の 価 格 が 持 続 的 に 続 く 根 拠 は 乏 し い 。
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IEEJ:2006 年 12 月掲載
いる 。先 物 市場 では 、 取引 当事 者 達が 、先 物 市場 で形 成 され てき た 現在 の高 石 油価 格レベ
ルを 、長 期 的に 、維 持 しよ うと す るシ ステ ム を構 築し つ つあ るよ う だ。 具体 的 には 、数年
先の 先物 の 買い にま で 、年金 ファ ンド など の 投資 家を 呼 び込 んで、一方 買い 戦 略を とら せ、
高価 格レ ベ ルを 固定 化 せん とす る のだ 9 。
⑤
2006 年 秋か ら 06 年春 の時 点 では、市場 から 信認 さ れて いる ナ ビ情 報の 発 話者 たち は、
プラ イマ リ 情報 を踏 ま えて 、先 物 市場 で形 成 され てい る 長期 原油 価 格レ ベル の 妥当 性・持
続可 能性 に つい て懐 疑 的で あっ た 。この 時期 、ナビ 情報 の発 信者 た ちの 間で は 、将来 の“ あ
るべ き”石 油価 格レ ベ ルに つい て 、
「WTI 原 油 で 45 ドル 、中 東中 質 原油 で 40 ドル 」と いう
共主 観的 な 理解 をつ く らん と連 携 をと って い た。
とこ ろで 、 この ナビ 情 報の 発信 者 たち の連 携 行動 は、 先 物市 場が 持 つ将 来価 格 レベルの
提案 力に 対 抗す る意 図 があ った の か?
筆 者 は、 これ が 産消 対話 を 通じ た国 際 石油 価格管
理レ ジー ム の再 構築 を めざ して い るも の、 と は考 えて い ない 。
あ る人 は 言う 。年 金 ファ ンド な どの 長期 資 金が 、ポ ー トフ ォリ オ の構 築の た めに 石油先
物商 品の 積 み増 し買 い をつ いに 終 了す ると き がく る。 そ のと き先 物 市場 では 、 買い 圧力が
減退 して 、価格 がお お きく 下が る 。あ るい は 、世 界の 原 油供 給は 、長期 的に OPEC 依 存度が
高ま る。か くし て、OPEC カル テル によ る国 際 石油 価格 管 理レ ジー ム が復 活す る だろ う・・・
その よう な シナ リオ が ある かも し れな いが 、 それ は、 ま だだ いぶ 先 のこ とだ ろ う。 産油国
側も 消費 国 側も 、当 面 、世 界の 石 油需 給が 、 プラ イス ・ メカ ニズ ム を介 在し て 調整 される
べき こと 、 につ いて 、 異論 はな さ そう だ。
⑥
筆者 は、 中 長期 将来 の 、長 期的 ・ 持続 的な 国 際石 油価 格 のレ ベル を 見通 すた め には 、
市場 で信 認 され てい る ナビ 情報 の 発信 源を 特 定し 、そ れ を注 意深 く 聞き 取っ て ゆく と
とも に、 と りわ け、 生 産者 側お よ び最 終需 要 者側 の経 済 合理 性に 根 を張 った 情 報で あ
るプ ライ マ リ情 報群 に つい て、 た ゆま ず注 目 して ゆく こ とが 大切 で ある 、と 考 える 。
(以 上)
お問 い合 わ せ:[email protected]
9
佐野慶一論文
p .90-91
29
IEEJ:2006 年 12 月掲載
i
“Difficult Oil”
Robert Skinner, Oxford Institute for Energy Studies
Oxford Energy Seminar
発 表 資 料 2005.9.
ii
iii
『非在来型石油の開発状況について』森田祐二
IEEJ
2006 年 7 月
“Resources to Reserves - Oil & Gas Technologies for the Energy Markets of the Future”
IEA
2005.10.
iv
『5大メジャーの上流戦略動向』 小林良和
(財 )日 本 エ ネ ル ギ ー 経 済 研 究 所
IEEJ
2005
年8月
v
2006 年 2 月 22 日 、 ブ リ ュ ッ セ ル で 開 催 さ れ た IEA Advisory Group on Oil and Gas Technology
の場で発表された
プ リ ュ ー ガ ー ( Dr. Antonio Pfoeger, IEA) 報 告 。
vi
『金融商品化する原油市場 −投資マネーのインパクトと今後の見通し−』
油 ・ 天 然 ガ ス レ ビ ュ ー 2006 年 9 月
vii
『国際エネルギー・レジーム』
松井賢一
エネルギーフォーラム
30
JOGMEC
2006 年 2 月
石
Fly UP