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プレスリリース (PDF) - Jfly
記者会見 開催のお知らせ 「昆 虫 脳 の 脳 構 造 を 定 義 す る 枠 組 み を 完 成 」 1 . 会 見 日 時 :2014年2月14日(金) 14:00~ 15:00 (註:本研究は国際共同研究のため、アメリカ、ドイツ等でも記者発表が行われます) 2 . 会 見 場 所 : 東京大学分子細胞生物学研究所 生命科学総合研究棟B 3 階 301 会議室 (弥生キャンパス内:文京区弥生1‐1‐1、別紙地図参照) 3 . 出 席 者 : 伊藤 啓(東京大学分子細胞生物学研究所 脳神経回路研究分野 准教授) 4.発表のポイント: ◆今後の脳研究の共通基盤となる「昆虫脳のすべての脳構造を定義する体系の枠組み」を作成 し、公表しました。 ◆本成果は、脳の全域について「曖昧さのない住所の枠組み」でこれまで脳の構造の名前や境 界の定義にあったばらつきや混乱、定義が未整備な場所の問題を解決しました。 ◆新たな枠組みはすでに各国の大規模脳データベース*1 で用いられ、今後世界中の研究者が 昆虫脳の解析結果を記述する際や研究成果を発表する際の基準として活用すると期待されます。 5.発表概要: 「21 世紀は脳の時代」と言われるように、私たち人間を含む脳の全容を解明する研究が世 界各地で盛んに行われ、米国オバマ大統領も昨年宣言した、脳の全ての神経回路を解明する 「コネクトーム*2」と呼ばれる研究が進められています。一方で、脳の大まかな場所の名前は 確立しているものの、細かい構造の名前や境界の定義は、研究者や動物種によってばらついて います。また、研究が盛んな脳の部位では細かい領域分けが整備されているのに対し、あまり 盛んでない部位では領域分けや境界の定義が不十分なことがあります。これはどの生物の脳研 究にも共通する問題で、脳のどの部分をどう呼ぶかを隅々まで統一した共通基盤が今後の脳研 究を加速させるために求められていました。 今回、東京大学分子細胞生物学研究所の伊藤啓准教授は 5 年以上もの歳月をかけて、4 ケ国 の 15 研究室からなる国際チームをまとめ、今後の脳研究の共通基盤となる「昆虫脳のすべて の脳構造を定義する体系の枠組み」をショウジョウバエの脳を基準として作成し、公表しまし た。この枠組みでは最新の脳研究成果を総合して脳全体を 43 の領域に区分し、境界と名前を 定義しました(図 1)。また、混乱やばらつきがある用語 37 種類について解決策を定めまし た。新たな枠組みは、すでに各国の大規模脳データベースで脳の場所を記述する基準として採 用されています。 なお、本成果は一般の研究のように「何かを発見した」のではなく、これからの脳研究を 推進していく上で、必須の国際的な共通基盤の枠組みを定めたというものであり、昆虫脳で実 現した今回の成果は、他の分野の研究者が同様の問題を解決するためのモデルケースになると 期待されます。本研究の成果は、「Neuron (2月19日号)」に掲載されます。 6.発表内容: 【1.脳の研究には、構造や領域の詳細な定義が不可欠】 日本を観光旅行するには、京都や日光といった代表的な場所の名前さえあれば十分です。し かし、ある人が住んでいる場所を特定したり、地理や社会を深く研究したりするには、国土の 全ての場所が細かく定義されている必要があります。緯度経度のような座標による定義は、コ ンピューターには扱いやすくても人間には不便であり、都道府県/市町村/町名のように空間 を階層的に境界分けする方法が、場所を記述するコミュニケーションツールとしても、場所ご との特徴を解析する区分けとしても、極めて有効です。 脳においても、これまでの研究でさまざまな構造に名前がつけられています。しかし、類似 する構造に研究者や動物種によって異なる名前がつけられていたり、境界線の定義が曖昧だっ たり、研究が盛んでない場所の領域分けが不十分だったりします。昆虫の脳は哺乳類の脳より もシンプルで詳細な解析がしやすいため、盛んに研究に用いられていますが(図 2)、キノコ 体や中心複合体と呼ばれる構造は詳しく調べられてきたのに対し、それに隣接する場所は細か な領域分けが厳密に定義されていませんでした。脳の一部の場所に集中して研究が行われてい た間はこれでも構わなかったのですが、全ての神経について「その神経は脳のどこから、どこ に伸びているか?」を解析するコネクトーム研究では、脳の全域について「曖昧さのない住所 の枠組み」が不可欠です。 【2.国際ワーキンググループ】 大規模な脳研究をリードする米国では、2007 年にハワード・ヒューズ財団ジャネリア・ファ ーム研究所の主催で各国の昆虫脳研究者を集めた国際会議、翌 2008 年に NIH「神経科学の設 計図」プロジェクトの主催によるワークショップが開かれ、その中でこの課題が大きくクロー ズアップされました。研究が最も盛んなショウジョウバエを中心としつつ、他の昆虫の研究に も発展できる枠組みを作るため、米国 7、ドイツ 6、イギリス 1、日本 1 の 4 ヶ国 15 研究室の ワーキンググループが発足しました。脳の全ての場所をまんべんなく研究している研究者は多 くない中、東京大学分子細胞生物学研究所の伊藤啓准教授はショウジョウバエ脳のさまざまな 中枢の神経回路構造を解析しており、この分野の第一人者です。そこで、論点整理・領域定義 の原案作成・議論の進行・報告文書や図版の作成といった中核作業は伊藤准教授と伊藤研究室 の学生が行い、数回の会合と 1,200 通以上のメールのやりとりで議論を進めました。 工業の分野では、日本は個々の製品開発は得意である一方、枠組みを作る規格策定では欧米 に主導権を握られるケースが多々見られます。これは、科学研究の分野でも似た傾向がありま す。その中で今回の昆虫脳研究の枠組み整備は、もともと米国主導で始まったにもかかわらず 日本の研究者が中心となってまとめあげた、珍しい取り組みです。 【3.脳の構造名と境界の定義】 ①グリア細胞が作る仕切り構造、②神経線維の束の配置、③個々の神経幹細胞に由来する子 孫細胞のファミリーが突起を伸ばす範囲、④これまで同定されているさまざまな神経細胞の構 造、などの情報を総合して(図 3)、脳全体を 12 の大領域、43 の領域、さらに細かな小領域 の 3 段階に区分しました(図 1, 4)。43 領域のうち、従来から名前と境界が確定していたのが 20 領域、境界が曖昧だったのをきちんと定義したのが 10 領域、新たに区分して名前をつけた のが 13 領域です。 脳の構造は、伝統的に「海馬体、扁桃体」のように形状に着目した特徴的な名前がつけられ てきましたが、20 世紀後半以降「前部下側方前大脳」のように、位置を示す単語を並べた長 い名前がつけられるようになりました。しかしこうした名前は覚えにくいだけでなく、長すぎ るので英文では常に略号が必要になり、一般的な単語が並ぶので語句検索が困難だという欠点 があります。そこで今回新たに定義した領域では、伝統に立ち返って「枝角体、鞍状体」のよ うに形状にちなんだ名前をつけました。 【4.用語の混乱の解決】 脳の構造を示すさまざまな用語についても議論を行い、①相同な構造に動物種によって違う 名前がつけられているときは、最も適当な名前に統一する、②1つの名前が異なる構造に用い られているときは、それぞれに新しい名前をつける、③ある構造の中を番号で細分する際の、 番号づけの向きを統一する、④英語・米語・ラテン語由来の異なるつづりが混用されているのを 統一する、⑤誤解を招く名前は変更する、というように 37 の問題への解決策を提示しました。 【5.とりまとめと発表】 議論の中間過程は各国のさまざまな学会で発表され、他の多くの研究者のコメントを参考に 修正が加えられました。最終的な枠組みの説明文書は 84 ページに上り、一般の学術誌での発 表は困難ですが、Neuron 誌編集部の柔軟な対応によって掲載が可能となりました。従来使わ れていたさまざまな用語や境界区分との対応表や、三次元の画像データから脳構造の境界を自 動的に割り出すのに使う電子データも公開されます。 【6.研究の枠組み整備のモデルケース】 国際学会によって用語定義の手続きがきちんと定められている学名や天体名と異なり、脳の 構造に関しては、関与するさまざまな分野の研究者を包含した単一の国際学会が存在しないた めに強制力のある枠組みを作れないという問題がありました。今回の取り組みは、各国のさま ざまな学会に属する研究者が横断的なワーキンググループを作ることで実質的な議論を可能に し、世界中の大規模脳データベースが新しい体系を共通して使うことで実質的な業界標準とし て普及しています。他の分野の研究者が同種の問題を解決するためのモデルケースになると期 待されます。 【7.アジア 4 ヶ国の共通漢字訳】 日本・中国・台湾・韓国はともに漢字を使用していますが、外来語の漢字訳は国ごとにまち まちです。今回定めた英語での昆虫脳用語の漢字訳を作るに当たっては、日中台韓の研究者で 新たなワーキンググループを作り、共通の訳語を定める作業を進めています。連携を増してい るアジア 4 カ国の学術交流を用語の面から円滑化する点で、画期的な取り組みといえます。 ※ なお、本成果は主に科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研 (CREST)「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」研究領域、および文部 科学省脳科学研究戦略推進プログラム課題 G「脳科学研究を支える集約的・体系的な情報基盤 の構築」の支援を受けて行われました。 7.発表雑誌: 雑誌名:Neuron 2月19日号(電子版・印刷版共通:日本時間2月20日公開) 論文タイトル: “A Systematic Nomenclature for the Insect Brain” 著者:Insect Brain Name Working Group: Kei Ito, Kazunori Shinomiya, Masayoshi Ito, J. Douglas Armstrong, George Boyan, Volker Hartenstein, Steffen Harzsch,Martin Heisenberg, Uwe Homberg, Arnim Jenett, Haig Keshishian, Linda L.Restifo, Wolfgang Rössler, Julie H. Simpson, Nicholas J. Strausfeld, RolandStrauss, Leslie B. Vosshall. 8.注意事項: 日本時間2月20日(木)午前2時(米国東部標準時間2月19日(水)正午) 以前の公表は禁じられています。 9 . 問 い 合 わ せ 先 : 東京大学分子細胞生物学研究所 脳神経回路研究分野 准教授 伊藤 啓(いとう けい) TEL:03-5841-2435 携帯:090-3452-6362 FAX:03-5841-7837 E-mail:[email protected] (2月16日~20日朝は海外出張のため、問い合わせはそれ以前に携帯電話で行うか、メー ルでお願いいたします。) 10.用語解説: *1 大規模脳データベース:ショウジョウバエの脳の特定の細胞群を標識する数千種類の遺伝 子組換え系統について、どの系統がどの神経細胞を標識するかを説明したり、これまで同 定されたさまざまな神経の細胞体の位置や樹状突起や軸索末端の位置を説明したりするデ ータベースが、米国、英国、日本で公開されている。 *2 コネクトーム:「脳にある全ての神経の間の結合」や「脳にある全ての領域の間の結合」 を解析すること。ある生物の個々の遺伝子(ジーン, gene)だけでなく、その全貌(ゲノ ム, genome)を解明するのと同じように、脳の中の一部の神経の結合(コネクト, conect)だけでなく、その全貌(コネクトーム, connectome)を解明することで、ショウ ジョウバエ、マウス、サル、ヒトなどの脳で大規模な研究が進んでいる。 1 1 . 添 付 資 料 : 次ページ以降。 オリジナルの図や動画資料は、以下の URL からダウンロードできます。 http://jfly.iam.u-tokyo.ac.jp/temp/press201402/ 図1 新たに定められた脳の構造 左上:脳の神経全体を可視化した画像、左下:領域(neuropil)ごとに塗り分けた模式図、 右:大領域(supercategory)ごとに切り離した場合の概念図 図2 ショウジョウバエ頭部の構造と脳の位置の模式図 図3 領域分け定義の基盤に使った、さまざまな方法で脳を標識した画像。 A:神経線維、入力シナプス、出力シナプスの三つの情報に基づいて標識した場合、B:シナ プスの情報に基づいて標識した場合、C:細胞骨格の情報に基づいて標識した場合、D:神経 線維を銀メッキで染色し標識した場合、E:グリア細胞の情報に基づいて標識した場合、F: 細胞膜構造の情報に基づいて標識した場合 図4 今回の枠組みによって、定めた脳構造名のリスト。 上:脳の領域の名前、下:神経線 維の束の名前 会場地図 http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_07_15_j.html 東京メトロ南北線東大前駅下車5分