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グローバリゼーションと外国人労働者のキャリア達成――フランスの日本
産業・労働・組織(3) グローバリゼーションと外国人労働者のキャリア達成 フランスの日本人レストラン経営者の事例から 大正大学 澤口恵一 1 目的 この報告の目的は,フランスで開業する日本人のレストラン経営者が, どのような動機と経緯で開 業にいたったのかを明らかにすることである.レストラン産業では早くから国際移動によるキャリア 形成が早くから普及し,他の産業とは異なる地位達成のルートが確立されてきた.近年多くの日本人 がフランスで開業し現地人向けのフランス料理店を営んでいる.海外で就労する日本人コックは多い が, その就業形態はきわめて多様である.この報告では経営者層に焦点をあてることで, 長期滞在し現 地に適応をした日本人が, なぜあえてフランスで開業をすることを選択し, そのさいにどのような障 壁があったのかを明らかにする.これまでに筆者が行ってきたイタリアでの開業者と比較しつつ, 海 外での開業を促進する要因と阻害する要因について考察をする. 2 方法 分析に使用するデータは, フランスでフランス料理を提供するレストランを経営している日本人シ ェフ8人, 現地に日本人を対象とした料理学校を 30 年にわたり開校してきた辻調グループ職員2人と のインタビューである.これらのインタビューは 2015 年 2 月にパリとリヨンで実施した.この他, 比 較の対象として 2010 年から 13 年にかけて実施したイタリアで長期就労している日本人シェフ・コッ ク層へのインタビューのデータを使用する.なお文献にもとづきレストランワーカーの国際移動の概 要を,受入国としての制度の変化とともに概括したのちに事例の呈示を進めていく. 3 結果 分析の結果,日本人シェフが長期にわたってフランス人シェフと培ってきた集合的記憶や信頼とい った非経済的な資源の重要性が認識されていることがあきらかとなった.同時に, 70 年代から 80 年代 に渡航した日本人シェフとは異なり, 30 代から 40 代前半の若いシェフは,日本の市場が過当競争にあ り,自分の強みを活かせない場であると認識する傾向がみられた.一方で開業にあたって, 日本人によ るサポート, とりわけ辻調グループや日本人シェフとのネットワークが有利に働いたわけではなく, フランス人のサポートによって得られた資源が有効であったことが確認された.日本人の提供するフ ランス料理は総じてフランス人に好意的に受容されている.その理由はフランス料理が外部の影響を 受けながら常に革新を続けてきた開放的な料理であるためであると認識されていた. 4 結論 以上から,フランスでの日本人による開業が促進された要因には, 同業者による海外での技術訓練 の歴史が産み出してきたネットワークや職業意識といった資源が重要な意義をもっていることが明ら かにされた.フランスでのレストラン開業は日本人シェフにとって高い障壁ではなくなっており,今後 も増えていくことが予想される.一方で比較対象のイタリアでは日本人によるイタリア料理店の開業 はきわめて少なく, 多くは失敗に終わっている.比較的社会制度が類似している両国にみられた相違 は、文化的生産物としての料理のたどった経路やキャリア形成システムが関わっている。 文献 澤口恵一,2011「日本におけるイタリア料理の産業史とコックのライフヒストリー研究:その序論的考 察」大正大学研究紀要 97 輯, 154-143. 181