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Oligella urethralis による尿路感染症に続発した菌血症の 1 例

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Oligella urethralis による尿路感染症に続発した菌血症の 1 例
274
症
例
Oligella urethralis による尿路感染症に続発した菌血症の 1 例
1)
国家公務員共済組合連合会虎の門病院呼吸器センター内科,2)公立昭和病院呼吸器内科,
3)
同 感染症科,4)同 臨床検査科,5)東京女子医科大学感染症科
村瀬
小田
享子1)
智三3)
野田
横沢
一成2)
隆行4)
大滝
菊池
美浩2)
賢5)
安田
順一2)
(平成 26 年 2 月 28 日受付)
(平成 26 年 10 月 17 日受理)
Key words : Oligella urethralis, uirnary tract infection, bacteremia
序
文
Oligella urethralis(O. urethralis)は泌尿生殖器系か
入院時身体所見:身長 156.0cm,体重 46.0kg,意識
JCS II-20,体温 39.6℃,血圧 144!
74mmHg,脈拍 129!
分
整,SpO2 100%(酸素 2L!
経鼻カニューレ)
,
ら分離される片利共生菌であり,病原性は低いとされ
分
ている1).今回報告する症例は,高熱と排尿障害を伴
呼吸回数 24 回!
分,結膜に貧血・黄染なし,心音は III
う腎障害を認め,膿尿と炎症反応高値から尿路感染症
音を聴取,呼吸音は清,腹部に異常所見なし,肋骨脊
として入院となったが,尿培養と血液培養から O. ure-
柱角の叩打痛ははっきりせず,直腸診で痛がる様子は
thralis を認め,同菌による尿路感染症・菌血症と診断
なし(介護度 4 であり,元々発語や反応はない状態で
した.入院前に繰り返し levofloxacin(LVFX)が投
ある)
,陰茎・陰嚢に発赤や腫脹なし,下腿と足背に
与されていたことから菌交代が生じ,片利共生菌であ
浮腫あり.
る O. urethralis が病原性を示した可能性が考えられ
入院時検査所見(Table 1)
:血液・生化学検査では,
た.ヒトにおける O. urethralis による感染症の症例報
WBC 11,820!
μL,CRP 13.6mg!
dL と炎症所見を認め
告は本邦では 1 例目であり,貴重な症例として報告す
た.BUN 28.0mg!
dL,Cr 1.83mg!
dL と腎機能障害を
る.
認め,尿は肉眼的に混濁しており,沈渣で白血球と細
症
例
症例:82 歳,男性.
主訴:発熱・呼吸困難.
菌の増多を認めた.尿路感染症,腎機能障害の診断に
て入院となった.
入院後経過:ceftriaxone(CTRX)2g!
日と輸液療
既往歴:47 歳;肺結核,75 歳;硬膜下血腫手術,80
法を開始した.第 2 病日に入院時に採取された血液培
歳;脱水症・脳出血,膀胱憩室・前立腺肥大症の指摘
養 2 セット 4 本中 2 本(好気培養ボトルのみ)
,及び
あり,その後,尿路感染症の再発あり,81 歳;脳梗
尿培養から Haemophilus 様のグラム陰性短桿菌が検出
塞.
された.第 3 病日には意識が清明となり,経口摂取も
現病歴:2012 年 9 月より介護老人保健施設入所中.
再開した.第 4 病日の血液検査で炎症反応は改善傾向
2012 年 11 月に発熱を認め,血尿が出現したことから,
であったが,Cr 2.90mg!
dL と上昇し,同日夕方に 39℃
某医の往診を受けて尿路感染症と診断され,LVFX
の発熱を認めた.排尿は 1 日 800mL∼1,000mL 程度
500mg!
日の内服を開始した.速やかに解熱したため
みられていたが,下腹部が膨隆しており腹部超音波検
合計 9 日間で LVFX は終了となった.12 月初旬に再
査を施行して膀胱の緊満を認めた.導尿の結果,1,800
度 38℃ の発熱を認め,尿路感染症の再発と診断され
mL の混濁した尿の排出を認めた.第 5 病日に当院泌
て LVFX の内服を再開した.翌日になっても解熱せ
尿器科を受診し,前立腺肥大症による尿閉・膿尿を伴
ず,息苦しそうにしていることから肺炎が疑われて当
う腎盂腎炎と診断されて同日転科となった.
院に救急搬送となった.
別刷請求先:
(〒105―8470)東京都港区虎ノ門 2 丁目 2 番 2
号
虎の門病院呼吸器センター内科
村瀬 享子
本症例では入院時の血液培養好気性ボトルのみ 2
セットで培養陽性となり,グラム染色では Haemophilus 様のグラム陰性短桿菌を認めた.血液寒天培地と
チョコレート寒天培地(共に日本 Becton
Dickinson
感染症学雑誌 第89巻 第 2 号
Oligella urethralis による菌血症の 1 例
275
Table 1 Laboratory findings on admission.
Hematology
WBC
Biochemistry
Urianalysis
10,820 /μL
TP
5.6 g/dL
Muddines
Neutro
94.0 %
Alb
2.5 g/dL
Specific gravity
Lymph
Mono
4.0 %
2.0 %
T-Bil
AST
0.4 mg/dL
15 IU/L
Protein
Occult blood
Eosino
0.0 %
Hb
Plt
9.8 g/dL
20.2×104 /μL
(+/−)
(3+)
ALT
7 IU/L
LDH
145 IU/L
ALP
γ-GTP
167 IU/L
11 IU/L
BUN
28.0 mg/dL
RBC
10-19 /HPF
Cre
Na
1.83 mg/dL
129 mEq/dL
WBC
Bacteria
50-99 /HPF
2+ /HPF
K
4.5 mEq/dL
Cl
96 mEq/dL
FBS
CRP
Glucose
(+)
1.010
WBC
(−)
(3+)
Urine sediment
81 mg/dL
13.6 mg/dL
Fig. 1 A 16S rRNA analysis. The results confirmed the isolation of the same strain of Oligella urethralis
from the patient s blood and urine specimens.
and Company;BD)にサブカルチャーしたところ両
MALDI-TOF MS(Mcroflex LT,MALDI-BioTyper
培地にカタラーゼおよびオキシダーゼ陽性を示す白
ver 3.0 Bruker Daltonik)を用いての菌種の同定を順
色・小型コロニーの発育を認めた.尿検体も血液寒天
天堂大学感染制御科学教室に依頼した.その結果,尿
培地と CLED 寒天培地(共に日本 BD)で培養した結
由来株,血液由来株ともに O. urethralis と同定された
果,同様の白色コロニーの発育を認めた.尿と血液培
(同定スコア 2.270!
2.247 species level)
.16S rRNA
養から検出したグラム陰性桿菌を用いて WalkAway
gene sequence では本菌と O. urethralis DSM 7351T 配
96Si にて MicroScan NC 6.11 パネル(シーメンスヘ
列はよく一致していた(Fig. 1)
.その後,当院でも
ルスケア・ダイアグノスティクス)で検査を行ったが
同定キットを追加して検査を行い,BD BBL CRYS-
同定には至らなかった.そのため,ID32
GN(SYS-
TAL N!
H(日本 BD)と API 20 NE(SYSMEX・
MEX・bioMerieux)および ID テスト・HN-20 ラピッ
bioMerieux)にて O. urethralis の結果を得た.本菌は
ド(日水製薬)を用いて検査を行ったところ前者では
Etest(SYSMEX・bioMerieux)にてミューラー・ヒ
Oligella spp.,後者では O. urethralis が最も考えられる
ントン寒天培地を用いて検出菌種の薬剤感受性検査を
同定結果であった.当院の細菌検査室で使用している
行い,キノロン系抗菌薬すべてに耐性を示していた.
同 定 キ ッ ト で は 確 定 に 至 ら な か っ た こ と よ り,
cefotaxime に感受性 を 認 め た た め(Fig. 2)
,CTRX
平成27年 3 月20日
276
村瀬 享子 他
Fig. 2 Results of drug susceptibility tests for the isolated bacteria. Left: The absence of a zone of inhibition to
levofloxacin (disk diffusion method). Right: The minimum inhibitory concentration for levofloxacin was
>4 μg/mL (broth microdilution method).
CTRX
Table 2 Previous reports of Oligella urethralis infection.
Year of
report
Author
Age/
Sex
Infection site
Source
Antibiotics
Reference
Septic arthritis
Urosepsis
Peritonitis
Peritonitis
Vagina
Blood Joint liquid
Blood urine
Peritoneal dialysate
Peritoneal dialysate
Vagina secretion
Amoxicillin
Sulbactam/ampicillin
Vancomycin+ciprofloxacin
Fluoloxacillin+ciprofloxacin
PolymyxineB+neomycine+nystatin
7
1
8
1992
1993
1996
Mesnard R et al
Pugliese A et al
Riley UBG et al
2001
Catala A et al
83/M
75/M
69/M
29/M
32/F
2001
2006
Escobar S Mora et al
Abdolrasouli A et al
70/M
73/F
Urinary tract
Urinary tract
Urine
Urine
Trimetoprim/sulfametxazole
Cefixime
2013
Murase K et al
82/M
Urinary tract
Blood urine
Ceftriaxone
5
4
6
this case
を継続して第 8 病日まで投与した.その後の症状や検
の同定を行っていた.本症例では MALDI-TOF
査結果の悪化を認めず,第 10 病日に退院となった.
ならびに 16S
考
察
MS
rRNA による遺伝子解析を実施したと
ころ,尿検体と血液検体ともに O. urethralis と同定さ
Oligella 属菌には O. urethralis と O. ureolytica の 2 菌
れ,検出した菌株が同じものであったことから O. ure-
種がある.以前は Moraxella 属菌として分類されてお
thralis による尿路感染症からの菌血症であることが判
り,好気性,オキシダーゼ陽性,インドール陰性,炭
明した.MALDI-TOF MS は近年,迅速かつ安価で,
水化物分解性の不活発なブドウ糖非発酵性の性質を持
遺伝子同定と同等の菌種同定精度が得られることから
2)
つグラム陰性球桿菌である .どちらも泌尿生殖器系
普及しつつある.本菌についても MALDI-TOF
の検体から検出されることのある菌で,病原性は低い
の同定結果と 16S
とされている.
おり,比較的分離頻度の低い菌 種 の 同 定 に 対 す る
当院で行った菌種同定検査では,前述のように確定
MS
rRNA 遺伝子解析結果は一致して
MALDI-TOF MS の有用性が確認できた3).
診断に至るまでにはかなりの時間と検査を要した.報
O. urethralis が病原性を示した報告例はこれまでに
告例で同定キットによって診断したものは APINE
,
6 報 7 例(そ の う ち 男 性 5 例1)4)∼8))あ り(Table 2)
(bioMerieux)を使用していたが,その他はバイオケ
4 例が泌尿生殖器系の感染であった1)4)∼6).膀胱・子宮
ミカルテストと rapid enzyme system を併用して菌
の術後や腎瘻など泌尿生殖器系の器質的異常が 2 例に
感染症学雑誌 第89巻 第 2 号
Oligella urethralis による菌血症の 1 例
認められ,異常のない 2 例も原因不明の感染を繰り返
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された.
している症例であった.また,O. urethralis は片利共
本症例のように免疫力が低下した状態で施設に入所
生菌であり,病原性を示す場合は日和見感染の可能性
している高齢者は増加傾向であり,入所中に発熱症状
が考えられるとの報告があるが4),実際,報告されて
を来す高齢者も増えているものと思われる.感染部
いる 7 例中 2 例は腹膜透析を行っており,1 例は先天
位・臓器の特定,原因微生物追及のための細菌検査実
性の脳障害で,2 例は癌に罹患して長期入院中であっ
施等,感染症診療の基本的な考え方を実践し,抗菌薬
たことから O. urethralis が病原性を呈するには何らか
適正使用を推進することが,抗菌薬耐性菌感染症発生
の宿主の免疫不全の関与が考えられた.
の抑制につながるものと考える.
O. urethralis は大半の β ラクタム系抗菌薬に感受性
を示す一方,キノロン系抗菌薬に耐性を示す頻度が高
4)
∼6)
8)
なお,本論文の要旨は第 87 回日本感染症学会総会
(2013 年 6 月
横浜)にて発表した.
.本症も合わせた 8 例中 7
謝辞:本論文の作成にあたりましてご協力いただき
例においてキノロン耐性の O. urethralis が検出された
ました愛知学院大学薬学部微生物学教室河村好章先生
が,その全ての症例で前治療としてキノロン系抗菌薬
に深謝いたします.
いことが知られている
の投与歴が確認された.ST 合剤の投与が行われてい
た症例もあったが,ST 合剤の耐性は認められなかっ
4)
た .
これまでの臨床知見や組織移行性等の理由から,尿
路感染症ではキノロン系抗菌薬による初期治療が行わ
れることが多い.特に LVFX は経口薬として投与で
きかつ生体利用率が高く,静注投与と同程度の効果が
得られるものとして使用頻度は高い.JAID!
JSC 感染
症治療ガイド 2011 でも膀胱炎,急性単純性腎盂腎炎,
複雑性腎盂腎炎の軽傷とカテーテル留置のない中等症
などにおいては第一選択薬としてフルオロキノロン系
が挙げられている9).本邦では尿路感染症の外来治療
では,キノロン系抗菌薬が投与される症例は多い.し
かし,尿路感染症の主な原因菌である大腸菌において
はセフェム系やペニシリン系薬剤に対して感受性があ
る場合も多く,キノロン系薬剤を投与しなくても治癒
する症例も多い.泌尿・生殖器系のように常在菌が多
い場所への感染に対して,このように広域抗菌薬投与
を繰り返すことで抗菌薬選択圧がかかり,病原性は低
いが,抗菌薬耐性傾向のある菌種による感染症を誘発
してしまう可能性があると考える.
今回調べた報告症例から,O. urethralis の感染症の
発病には宿主の免疫力の低下や泌尿生殖器系の器質的
異常に加え,不適切な抗菌薬使用による誘発の可能性
があると考える.
本症例も脳梗塞後遺症から寝たきりとなり,嚥下機
能低下により食事摂取量も少なく,全身状態は良くな
かった.さらに前立腺肥大症,膀胱憩室などの下部尿
路の器質的異常があることから施設入所以前より尿路
感染症を繰り返していたこと,発熱の度に LVFX が
投与されており,抗菌薬選択圧がかかり O. urethralis
による尿路感染症・菌血症を引き起こしたことが推定
平成27年 3 月20日
利益相反自己申告:申請すべきものなし
文
献
1)Pugliese A, Pacris B, Schoch PE, Cunha BA:
Oligella urethralis urosepsis. Clin Infect Dis
1993;17:1069―70.
2)小栗豊子:Moraxella nonliquefaciens.臨床と微
生物 2009;36:149―50.
3)Fernández-Olmos A, García-Castillo M, Morosini
MI, Lamas A, Máiz L, Cantón R:MALDI-TOF
MS improves routine identification of nonfermenting gram negative isolates from cystic
fibrosis patient. J Cyst Fibros 2012;11:59―62.
4)Escobar More S, Marne Trapero C, Gascon Val
M, Lopez Calleja AI:Infeccion urinaria por
Oligella urethralis. Aten Primaria 2001;30:
620―3.
5)Catala A, Simha V, Guillotel B, Rousseau MC:
Infection genital a Oligella urethralis. La Presse
Medicale 2001;30:1007―8.
6)Abdolrasouli A, Aligholi M, Hemmati Y:Quinolone resistance in Oligella urethralis-associated
urinary tract infection. Iranian J Phamacol Ther
2006;5:83―5.
7)Mesnard R, Sire JM, Donnio PY, Riou JY, Avril
JL:Septic arthritis due to Oligella urethralis.
Eur J Clin Microbiol Infect Dis 1992;11:195―
6.
8)Riley UBG, Bignardi G, Goldberg L, Johnson AP,
Holmes B:Quinolone resistance in Oligella
urethralis-associated chronic ambulatory peritoneal dialysis peritonitis. J Infect 1996;32:
155―6.
9)清田 浩,荒川創一,石川清仁,尾内一信,中
村匡宏,蓮井正史,他:尿路・性器感染症.JAID!
JSC 感染症治療ガイド委員会.JAID!
JSC 感染症
治療ガイド 2011.日本感染症学会・日本化学療
法学会,2011;p. 152―67.
278
村瀬 享子 他
A Case of Bacteremia Which Followed a Urinary Tract Infection by Oligella urethralis
Kyoko MURASE1), Kazushige NODA2), Yoshihiro OTAKI2), Jun-ichi YASUDA2),
Toshimi ODA3), Takayuki YOKOZAWA4) & Ken KIKUCHI5)
1)
Department of Respiratory Medicine, Respiratory Center, Toranomon Hospital,
Department of Pulmonary Medicine, 3)Department of Infectious Disease and 4)Department of Clinical Laboratory,
Showa General Hospital,
5)
Department of Infectious Disease Medicine, Tokyo Women s Medical University
2)
An 82-year-old bedridden man with sequelae from a cerebral infarction was admitted to a welfare institution for the elderly. He developed a high fever and hematuria and was prescribed levofloxacin for the
treatment of a suspected urinary tract infection. Although his condition improved, the symptoms subsequently recurred;therefore, levofloxacin was again administered.
He remained febrile and was admitted to a hospital due to recalcitrant urinary tract infection. Immediately after admission, he developed ischuria and pyuria. Urine and blood cultures at admission indicated the
presence of levofloxacin-resistant Oligella urethralis (O.urethralis). He recovered with ceftriaxone medication.
To our knowledge, this is the first report of bacteremia associated with a urinary tract infection caused by
O. urethralis in Japan.
〔J.J.A. Inf. D. 89:274∼278, 2015〕
感染症学雑誌 第89巻 第 2 号
Fly UP