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心のふるさと アッシジ 理学療法学科 教授 小久保 正 いつまでも心に残る
心のふるさと アッシジ 理学療法学科 教授 小久保 正 いつまでも心に残る映画に「ブラザー・サン、シスター・ムーン」がある。12世紀後 半、イタリア中部の農村で、豪商の家に生まれた一人の青年が、手柄を立てようとして戦 場に赴くが、その途上夢でイエスに出会い、進路を変える。両親の期待に背き、全財産を 捨てて、野に出て、ハンセン病の人や、貧しい人と共に生きる。やがて、野の動物や、小 鳥達もその環に加わる。周囲の草木や花々も彼らの共同生活を祝福しているようである。 わが兄弟なる太陽、わが姉妹なる月という呼びかけが、ごく自然にうなづかれる。彼の名 はフランシス、その町はアッシジと呼ばれる。その印象深い風景に惹かれて、一度訪れた いと思っていた。 アッシジは、ローマからもフィレンツェからも汽車で 2 時間ほどもかかる田舎である。 実際に訪れてみると、広々と広がる平野に圧倒される。風も、陽光も優しい。ジョットが 小鳥に説教するフランシスの画を残しているが、それが自然に感じられる。山の上の彼を 記念する清楚な聖堂が、美しい鐘の音を響かせる。わたしを平和の道具として下さい、憎 しみのあるところに愛をもたらせて下さい、との彼の祈りが聞こえてきそうである。身心 の不自由な人にもやさしい町である。彼が亡くなってすでに 1000 年近くにもなるが、彼の 精神を慕ってここを訪れる人が、今も世界各地から絶えない。 しばしばキリスト教は、人間を自然の支配者として理解する故に、環境破壊に加担して きたと言われる。しかし、フランシスの歩みは、イエスの生涯は、人を支配者とする生き 方への根源的批判であったことを告げている。いつの世にも、どこの地においても、知恵 を誇る者は、自分を王とし、他者を支配し、自然を支配しようとして止まない。アッシジ は、そのような人の歩みへの問いである。 私が従事している人工骨や人工関節の研究では、人にやさしい材料を見つけるために沢 山の動物実験がなされる。しかし私達はかって、人工材料が骨と結合するかどうかは、動 物実験をしなくても擬似体液を用いればある程度わかると提案した。最近この擬似体液が 国際標準規格に加えられ、その論文が頻繁に引用されるようになった。これによりきっと 沢山の小さな動物達が犠牲になるのを免れているに違いない。フランシスにもいくらか喜 んでもらえるであろうか。