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中国 WTO加盟で労働は変わるか WTO加盟が中国の労働に及ぼす影響
特 集 中国 WTO加盟で労働は変わるか 中国 WTO加盟で労働は変わるか 11月9日のWTO理事会で中国の加盟が正式に承認された。 「マラソン交渉」 とさえ称された加盟 問題がようやく決着を見たことになる。だがこれですべての問題が解決したわけではない。むし ろ新たな問題の始まりと見るべきだろう。労働の分野に限ってみても「WTO加盟により中国は 一定期間、失業率の上昇など雇用情勢の悪化に見舞われる」 との懸念は強く、問題解決のカ ギはずばり 「国有企業」 と 「戸籍管理制度」の改革にあると専門家は指摘する。前者は「下崗」 (シャーガン) と呼ばれる企業内失業者の顕在化不安であり、後者は農民労働力の都市部への 移動の結果として生じる、農村部の急激な過疎化と都市部の過度な人口増加という不安の ことだ。本特集ではWTO加盟が及ぼす労働市場、労働制度改革への影響に焦点をあてた。 WTO加盟が中国の労働に及ぼす影響 馬 成三(静岡文化芸術大学教授、富士総合研究所客員主席研究員) 中国がGATT(関税および貿易に関する一般協定)への 「復帰」を申請してから、15年余りもたった。去る9月17日、 WTO(世界貿易機関)の作業部会が中国の加盟条件を明 記した議定書などを採択し、これにより 「マラソン式」と 誤」段階と、92年初めの 小平氏の「南巡講話」 を契機に、 計画経済を正式に否定し、 「社会主義市場経済」 という目 標を明確にした第2段階が、それである。 この第2段階の改革開放は国際社会から 「市場経済化」 呼ばれる中国の加盟交渉はついに幕を閉じた。11月の と呼ばれているが、しかし、中国が目指す市場経済は、 「社 WTO閣僚会議での承認など手続きを経て、中国は年内 会主義」 という修飾語がついたもので、 「社会主義」 と 「市場 にもWTOの正式なメンバーになった。 経済」のどちらを強調するか、また「社会主義」 をどう解釈 WTO加盟は、中国の改革開放を促進し、経済・産業 するかによって、 その方向性も大きく異なるのが実状である。 の発展に弾みをつけていくと期待される一方、市場開放 市場経済と自由貿易をモットーとするWTOへの加盟は、 の推進や産業構造の調整を迫られるなか、失業の増大 中国の改革開放にグローバル・スタンダードとの「接軌」 (リ などへの対応も余儀なく強いられよう。 ンケージ) という方向性をつけるだけでなく、改革開放の 本稿では、WTO加盟が中国の改革開放や、労働市場、 スピードアップにもつながる。つまり、WTO加盟を受けて、 労働制度改革にもたらすインパクトについて検証してみ 中国にとっては、WTOのルールに基づき諸改革を推進す ることにする。 ることが国際義務となり、市場開放などの課題を、与えら れた期限内で完了せざるをえなくなるのである。 1. WTO加盟で深化する中国の改革開放 この意味で、WTO加盟は中国の改革開放を促進し、 それを新しい段階に導いていくものと予想される。とり 1970年代末からスタートした中国の改革開放は、これ わけ、WTO加盟は中国経済を世界経済の枠組みにより までに2つの段階をたどってきた。1992年までの「試行錯 深く取り込ませることで、諸外国・地域の対中ビジネスに 50 海外労働時報 2001年 11月号 No. 317 中国 WTO加盟で労働は変わるか 特 集 好影響を与えるであろう。 では、WTO加盟後、中国の改革開放は具体的にどの 2. 懸念される失業者の増大 ような展開を見せていくだろうか。中国のWTO加盟に関 する2国間交渉と多国間交渉の結果から見れば、その内 改革開放の実行が中国経済の高成長をもたらした最大 容は多岐なものに及んでいるが、主要加盟国が最も高い の要因となっているだけに、WTO加盟は改革開放への促 関心を寄せているのは、市場開放や外国投資に対する 進を通じて、中国の経済発展に弾みをつけていくと期待さ 規制緩和と言えよう。 れる。国務院発展研究センターによると、WTO加盟で中国 市場開放にはモノの市場開放とサービス市場の開放が のGDPや社会福祉収入も増大し、2010年までの中国の 含まれる。前者の課題として、主に関税引き下げや非関 GDP成長率は1ポイント近く押し上げられる見込みである。 税措置の削減・廃止、貿易経営の自由化などがある。中 WTO加盟に伴う市場開放の推進は、中長期的には中 国は工業品の平均関税率を、1997年の24.6%から2005年 国の産業構造の調整や資源配置の効率化を通じて、中 に9.4%へ、自動車の関税率を現行の80∼100%から2006 国の産業競争力の増強につながるが、短期的には一部 年7月までに25%へ、情報機器のそれを同13.3%から2005 の産業、特にこれまで長期にわたり高関税などの保護を 年に0%へと、それぞれ引き下げることを約束している。 受けてきた農業や資本集約的産業に相当な打撃をもたら これまで中国政府は金融・保険・流通・通信などサー しかねない。 ビス市場の開放に対して、ずっと慎重な態度を取ってい 国務院発展研究センターの試算では、WTO加盟で中国 たが、WTO加盟後、WTOのルールの1つであるサービ の労働集約的産業、特に紡績・衣料の輸出は大幅に増加 ス貿易に関する一般協定(GATS) を実行する義務が生 し、2010年には世界市場での占有率が10ポイントも上昇 じ、上記のサービス分野での市場開放も進めなけれな し、540 万人の雇用を創出することができる一方、農業分 らない。中国は2国間交渉などにおいて、すでにGATS 野は約960万人を、他の分野へ移転せざるをえない (表1) 。 の履行を約束している。つまりWTO加盟により、中国の 表 1 WTO加盟の中国の業種別雇用に対する影響 サービス市場開放は、試行的段階から本格化段階へと 移行していくものと期待される。 WTOのルールの1つに貿易関連投資措置(TRIM) もあ る。TRIM協定は内国民待遇などの原則に違反するもの として、ローカルコンテント (現地調達)要求、輸出入均衡 要求、外貨均衡要求を例示的に禁止しているが、中国は 米国との2国間交渉でWTO加盟時から同協定を遵守する ことに同意した。 これを受けて、中国は2000年10月から相次いで「中外 業種 就業人口数 (万人) 変化率 (%) 米 –246.1 –2.8 小麦 –540.3 –14.2 綿花 –498.2 –22.6 穀物と綿花を除く栽培農業 151.1 1.9 羊毛 –10.0 –37.5 羊毛を除く牧畜業 104.1 5.0 その他の農業 57.2 5.1 紡績業 282.5 23.6 縫製業 261.0 52.3 化工 58.9 4.2 合作経営企業法」 「外資企業法」 「中外合弁企業法」 とそ 機械 –29.8 –2.2 の実施条例を改正し、外資系企業に対する外貨均衡要 自動車 –49.8 –14.5 建築業 92.8 2.2 261.5 3.3 求、原材料などの国内での優先調達要求、製品輸出義務、 政府への生産計画報告義務などを正式に廃止した。 商業 出所:李善同他著『WTO:中国と世界』 (中国発展出版社、2000年3月) 海外労働時報 2001年 11月号 No. 317 51 特 集 中国 WTO加盟で労働は変わるか 自動車産業への影響については、長期的に見た場合、 よる輸入制限が、繊維製品の国際貿易に関する取り決め 自動車など輸送産業にも比較優位を見いだしうるとの見方 (MFA)が失効された後でも存続すること (米中合意では (日本経済研究センター) がある一方、2010年には自動車産 2008年末まで存続) などの理由で、短期間には輸出促進 業の生産額と雇用人数はそれぞれ15.1%と14.5%も減少 するとの試算(国務院発展研究センター) も示されている。 効果があまり期待できないとの懸念もある。 改革開放以来、郷鎮企業は農村部の過剰労働力を吸 上記の研究結果から見れば、WTO加盟により、中国は 収するうえで大きな役割を果たしてきた。しかし、中国市 一定の期間において失業率の上昇など雇用情勢の悪化 場での供給不足から供給過剰への転換や、これに伴う競 に見舞われかねない。政府は第10次5カ年計画期間 争の激化を背景に、近年、郷鎮企業の従業者数は減少 (2001∼2005年)の当期失業率を、第9次5カ年計画期間 傾向を示している。WTO加盟に伴う市場開放などの影 (1996∼2000年)の実績(平均3%) より2ポイントほど高い 響で、2005年に中国農村部の過剰労働力は1億8000万人 5%と見込んでいるが、その背景にはWTO加盟に伴う雇 へと拡大する見込みで、これは都市部の雇用情勢にも大 用情勢の悪化への認識があると見られる。 きなインパクトをもたらすであろう。 中国にとって、雇用問題は社会の安定にかかわる重大 問題である。政府の公式統計では、2000年末現在の失業 3. 変化する就業構造 者数は595万人、失業率で率3.1%となっている (表2) 。し かし、この統計は都市戸籍を持つ失業者のうち、男性で 雇用情勢の深刻化を前にして、中国政府は雇用の拡大 16∼50歳、女性で16∼45歳、求職登録をしたものだけを対 を第10次5カ年計画における最優先課題と位置づけてい 象とするもので、農村部の失業者(過剰労働者や失業中の る。その対応策として、比較優位性のある労働集約的産 出稼ぎ労働者) はもちろんのこと、国有企業の「下崗」労働 業、 なかでも雇用吸収能力の大きいサービス産業の振興、 者(一時帰休者) なども含まれていないのが現状である。 私営・個人経営など民営企業の育成、都市化の推進など 推計によると、2000年末現在、中国農村部の過剰労働 が挙げられている。 力は1億5000万人以上にも達し、国有企業の「下崗」労働 これらの施策の実行は、中国の就業構造にも大きな影 者は900万∼1000万人もいる。もし、これらの労働力人口 響をもたらしていくものと予想される。例えば、産業別で を計算に入れると、中国の実際の失業率は公式統計より は第1次産業就業者の比率低下と第3次産業の比率上昇 何倍も高い数字になると指摘されている。 の加速化、就職先の所有制別では国有セクターの比率低 中国国内産業のうち、繊維産業がWTO加盟で最も大 きな恩恵を受ける分野とされているが、中国の繊維製品 下と、私営・個人経営を中心とする非国有セクターの比 率上昇である。 輸出のうち、EUや米国などからの割当制限を受けてい 中国の就業構造における最大の特徴は、農業を中心 る部分が大きなシェアを占めていないこと、米国やEUに とする第1次産業就業者の比率が高く、第3次産業のそれ 表 2 中国の登録失業者と失業率の推移 1978年 1980年 1985年 1990年 1995年 2000年 失業者数(万人) 530 542 239 385 520 595 失業率(%) 5.3 4.9 1.8 2.5 2.9 3.1 出所:『中国統計年鑑』1994年版、 『中国統計摘要』2001年版 52 海外労働時報 2001年 11月号 No. 317 中国 WTO加盟で労働は変わるか 特 集 表 3 産業別就業者構成の推移 (%) 1980年 1985年 1990年 1995年 2000年 2005年 都市部 24.8 25.7 26.0 28.1 29.9 農村部 75.2 74.3 74.0 71.9 70.0 第1次産業 68.7 62.4 60.1 52.2 50.0 44.0 第2次産業 18.2 20.8 21.4 23.0 22.5 23.0 第3次産業 13.1 16.8 18.5 24.8 27.5 33.0 出所:1980∼2000年は『中国統計摘要』2001年版。2005年は第10次5カ年計画の目標。 表 4 都市部就業先別構成の推移 (%) 国有セクター 集団企業 私営企業 個人経営 外資系企業 その他 1978年 78.3 21.5 0.0 0.0 0.0 0.2 1980年 76.2 23.0 0.0 0.0 0.0 0.8 1985年 70.2 26.0 0.0 3.5 0.1 0.2 1990年 62.3 21.4 0.3 3.7 0.4 11.9 1995年 59.0 16.5 2.5 8.2 2.7 11.1 2000年 38.1 7.1 6.0 10.0 3.0 35.8 出所: 『中国統計摘要』2001年版 注:「国有セクター」は、公務員や他の政府系機構、国立学校・研究機関の教職員や研究者などを含む。その他は、株式会社や、異なる所有制企業による連合経営などを 指す。 が低いことである。1980年代以降、全就業者に占める第 用拡大の受け皿と浮上している (表4)。国家統計局によ 1次産業の比率低下と第3次産業の比率上昇を見せたも ると、1995∼2000年の間、国有セクターの就業者数は1億 のの、2000年末現在、第1次産業の比率は依然として5割 1261万人から8102万人へと3159万人も減少したのに対し に及んでいるのに対して、第3次産業のそれは3割にも届 て、私営・個人経営と外資系企業のそれは2558万人から いていないのが実状である (表3) 。 4046万人へと1488万人も増加した。 WTO加盟で農業から他の産業、特にサービス産業へ 第9期全国人民代表大会第2回会議(1999年3月)は、 の労働力移転が加速化し、全就業者に占める第1次産 憲法修正で私営・個人経営経済を「社会主義公有制の 業の比率低下と第3次産業の比率上昇はこれまで以上 補充」から「社会主義市場経済の重要な部分」に格上げ のスピードで進んでいくと予想される。第10次5カ年計 したが、その背景には経済発展、特に雇用拡大におい 画は、2005年までの5年間で4000万人の農業労働人口を て民営企業がより重要な役割を果たすことに対しての指 他の産業、特に第3次産業に移転し、全就業者に占める 導部の期待があると見られる。 第1次産業の比率を2000年の実績より6ポイント引き下げ WTO加盟により、国有企業が経営メカニズムの転換を ると同時に、第3次産業のそれを約6ポイン引き上げると 中心に、思い切った合理化を迫られるなか、雇用の受け いう目標を明らかにしている。 皿として非国有セクター、なかでも民営企業の役割はさら 改革開放以前、中国都市部の就業者の約8割は、国有 に増大していくと予想される。この傾向は、市場化志向 企業など国有セクターに集中していたが、改革開放以降、 の改革を促進する原動力の1つとなり、中国の社会・政治 私営・個人経営を中心とする非国有セクターは急速に雇 の変革にインパクトをもたらす可能性も否めない。 海外労働時報 2001年 11月号 No. 317 53 特 集 中国 WTO加盟で労働は変わるか 制度も大きく変わってきた。農村部では、農民の非農業 4. 求められる労働制度改革の深化 分野への移動に対する制限が緩和され、主に農村部に 拠点を置く 「郷鎮企業」が急速に台頭した。都市部の改 改革開放以前における中国の労働制度は、2つの主な 革の進展や食料などの配給制の廃止に伴い、 「出稼ぎ」 と 特徴があった。厳しい戸籍管理の下で、全労働力人口 いう形での農民労働力の都市部への移動も活発化した。 の7割に当たる農村の労働力人口を、農村部に固定させ、 都市部の「統包統配」制度は、もともと企業を政府の付 都市部への移動を禁止することと、都市部では「統包統 属物とした中央集権的計画経済体制と、効率無視の公平 配」 (統一採用・統一配置)や単一の「固定工制度」を実行 優先政策の実行を土台に成り立ったもので、計画経済体 することが、それである。 制の見直しや効率重視への転換に伴い、上記の制度も 1980年代以降、改革開放の推進に伴い、中国の労働 余儀なく見直された。 1992年以降、市場経済化の明 需要が高まる人材 海外委託調査員 韓 斌(中国企業連合会、中国企業家協会項目主任) WTO加盟後、1200万人の雇用の需要が見込まれ、いわゆるハイテク技術を持ち、外国 語、金融、法律、貿易、管理などができる人材への需要が高まる。 確化に伴い、労働市場の育成・ 発展を中心とする労働体制改革 の深化が求められるなか、政府 は「国はマクロ・コントロールを行 い、企業は自主的に採用し、個 1. 上級管理職 WTO加盟後、いっそう多数の外国企業が最後の大市場、中国に参入し、また、中国企 人は自主的に職業を選び、社会 業もグローバル市場での競争に直面することになるだろう。国内市場とグローバル市場の は関連サービスを提供する」 とい 境界はよりあいまいなものになる一方で競争はより強烈になる。北京大学の経営学修士 の今年の初任給の平均は23万元で、最も高額な者は83万元である。企業では豊富な実 う新しい労働制度の構築を、改 務経験を持った上級管理職への需要が高い。 革の目標として明確にした。 2. 国際貿易のための人材 現在、国際貿易業務ができる人材に対して少なくとも全体で15万人分の需要があり、ま た、外国企業の代表者(代理人) を務められる人材も非常に不足している。外国語が堪能 なだけでなく、法律や貿易の知識があり、交渉術にもたけており市場の動向をつかむ能力 のあるような貿易に関わるあらゆる業務ができる人材が望まれている。 3. 国際貿易を扱う経済弁護士 中国では現在弁護士が非常に不足している。WTO加盟により国際的な訴訟が多くなる ことが予想され、国内および国際法の理解が重要になる。WTO加盟後、国内法および規 則も変更され、企業はWTOのルールを理解することが必要となり、国際貿易を取り扱う経 済弁護士は最も需要が高まる。 4. 公務員 WTO加盟後、中国の労働制 度改革は多くの面において加速 化していくものと予想される。な かでも戸籍制度改革などを通じ て、都市部と農村部を網羅する 統一的労働市場の確立がます ます重要課題となろう。実際、 沿海部を中心に、このような改革 はすでに試験的に行われてい WTO加盟後、経済社会の発展に伴い、中央、地方ともあらゆるレベルの政府の変化が見 る。この変化は、中国の都市化 込まれ、こうした変化は効率的で調和のとれた標準的な公共政策運営システムの確立や、 を促進し、国民の平均所得水準 公務員、公的行政機関の能力の向上を促すであろう。一方で変化に伴い、非政府系機関 やサービス機関に機能が移行される公的行政機関も出るだろう。経済原理と市場状況を の向上と内需の拡大にもつなが 理解でき、マクロ状況の改善のために経済的法的手段を用い、企業の発展を促す環境を るものと期待される。 つくりコントロールできる人材の需要が高まる。 労働分野での市場化の進展 54 海外労働時報 2001年 11月号 No. 317 中国 WTO加盟で労働は変わるか 特 集 は、企業間、職種間の格差など 都市部の失業率は4%上昇 賃金水準の格差を拡大させる 要因となっている。近年、経済 成長の減速などを背景に、供給 過剰の単純労働者の賃金上昇 率は鈍化しているのに対して、 長期的に見れば、WTO加盟は中国の輸出成長と外資導入を促進すると見られている。 WTO加盟は中国の経済構造や産業構造の改革推進に寄与し、中国経済の持続的な安定 成長のためにプラスの役割を果たす。より広い視野で考えれば、WTO加盟は中国国内 の雇用機会の増加をもたらすに違いない。 しかし、中国企業は常に変化する国際市場への適応能力がまだ弱いため短期的には、 加盟後しばらくの間は、企業の統廃合や合併、さらに倒産などを引き起こす可能性が 供給不足の高級管理者や高度 ある。これはある程度の雇用機会の減少や構造的失業の増加をもたらすこととなるで の知識・技能を持つ専門職のそ あろう。このような問題にうまく対処できなければ、短期的には失業率の跳ね上がり をもたらす可能性もあろう。専門家の予測によれば、WTO加盟の初期段階では中国都 れは依然として高い上昇率を示 しているという 「二極分化」傾向 市部の失業率は現状より4%上がる可能性がある。 この記事は許可を得て中国労働保障報2001年4月21日号より引用・翻訳しました。 が進んでいる。WTO加盟はこ の傾向に拍車をかけていく可能 性が高い。 トラを伴う国有企業改革の推進などを背景に、中国政府 WTO加盟後、諸外国・地域の対中投資が増大するな は社会保障制度の整備を強調し続けてきた。昨年、中央 か、サービス分野など、人材不足の分野における人材争 財政による社会保障支出は前年度より80%も増加し、当 奪戦の激化も予想される。これまでの人材争奪戦は、主 初の財政予算を約4割も超過したと伝えられている。 に外資系企業と国有企業など国有セクターの間で行われ WTO加盟後、雇用情勢の悪化が予想されるなか、社 ていたが、今後、多国籍企業の対中進出の活発化や民 会保障制度のさらなる整備が求められよう。第10次5カ 営企業の台頭、国有企業改革の深化などに伴い、外資系 年計画は社会保障制度の整備を雇用の拡大と比肩する 企業&外資系企業、外資系企業&国有企業・民営企業 重要課題とし、その財源の確保を図るべく、保険料徴収 などへと、広がっていくであろう。 の強化や財政支出構成の調整、国有資産の売却、用途 市場化志向の労働制度改革の深化は、就業者の意識 特定の宝くじ発行の拡大、資金運用の規範化・資金管理 にも新たな変化をもたらすものと予想される。企業など の強化などを打ち出している。 使用者は従業員を選択し、従業員は職場を選択するとい 参考文献: 1. 国家発展計画委員会編『中華人民共和国国民経済と社会発展 第10次5カ年計画・学習補導講座』 2. 李善同他著『WTO:中国と世界』中国発展出版社、2000年3月 3. 国家発展計画委員会編『十・五計画戦略研究』中国人口出版 社、2000年10月 4. 海老名誠・伊藤信悟・馬成三『WTO加盟で中国経済が変わ る』 (東洋経済新報社、2000年11月) 5. 鮫島敬治・日本経済研究センター編『中国 WTO加盟の衝撃』 (日本経済新聞社、2001年3月) う 「双方向選択」傾向はますます強まり、競争の激化や賃 金格差の拡大を前にして、従業員はこれまで以上に「自 己投資」に力を入れていくであろう。後者は、中国の労 働者全体の質を向上するだけでなく、教育産業の発展に もつながろう。 中国の労働制度改革における重要内容の1つに、社会 保障制度の整備がある。実際、1990年代半ば以降、リス 海外労働時報 2001年 11月号 No. 317 55 特 集 中国 WTO加盟で労働は変わるか 国有企業改革の先には −日系企業と中国共産党の影響力− 中村 良二(日本労働研究機構副主任研究員) 1. 国有企業改革と日系進出企業 現在の中国が抱えるもっとも大きな政治課題の1つは、 2. 国有企業の凋落と改革の始まり 既に述べたとおり、国有企業改革は今後の中国経済を 言うまでもなく国有企業の改革である。1978年の改革・ 考えるうえで、避けては通れない重要な課題である。 開放政策開始以来、数々の目覚ましい成果と格差の拡 改革・開放が始まった70年代末から現在に至る経過をご 大の双方を携えて、改革は現在も進行している。今回の く簡単にまとめておくならば、次のようになろう。 WTO加盟の実現を契機に、今後の経済発展を持続させ るためには、さらなる改革が必要である。 全体経済の疲弊から、外資依存の改革を目指したの が、その出発点である。それはすぐさま、国有セクター自 中国経済全体が、今後中長期的にはどのように変化し 体の凋落とそれ以外の発展とをもたらした。国有企業は てゆくのかは、むろんわが国経済にとって、最大の関心 膨大な赤字を抱え、それを増大し続けた。同時に、パ 事の1つであることには違いない。ただ、より短期的な フォーマンスを急速に低下させつつも、余剰人員を内部 タームでの影響を考えるなら、わが国経済全体への影響 に抱え続けてきたのである。リストラなど徹底した効率 もさることながら、国有企業を中心とした改革・開放政策 化施策をすぐさま採用できない理由は、経済発展はむろ が、中国に進出した日系企業に果たして影響を及ぼすの ん重要であるが、中国が社会主義を標榜する限り、それ か否かという問題であろう。日系企業は、将来にわたる と同等もしくはそれ以上に重要なのは、社会的な安定を 国有企業改革の過程で、どういった問題に遭遇するので 図ること、混乱を極小化することにあるからである。 あろうか。本稿では、われわれが行った中国国有企業改 改革・開放以前の中国社会を考えれば、そこでは政府 革に関する調査結果を紹介しながら、その中で浮かび上 機関・国有企業(原語: 「単位」) を基底とするシステムが がってきた問題を考えてみることにしたい。結論を少々 作り上げられていた。 「単位」は、われわれの想定する企 先取りして言うのなら、それは、共産党そのものの変化と 業組織と同じではない。そうした「経済のユニット」 として 日系を含む外資系企業に対するその影響力の行使とい の側面に加えて、生活保障組織であり (社会・生活保障 う問題である。われわれの調査の詳細に関しては、 『中 のユニット)、共産党の支配・統合の媒介組織(支配のユ 国国有企業改革のゆくえ―労働・社会保障システムの変 ニット) という3つの側面を持つ。要するに、 「単位」内部 容と企業組織―』 (日本労働研究機構、調査研究報告書 にはほぼ何でも揃っており、逆に極端に言えば、 「単位」 No.140、2001年) を参照されたい。 外部にはほぼ何もない社会だったのである。そうした3 つの機能を果たす複合体である限り、 「単位」外に公的 な社会・生活保障システムを構築し、党支配に代わる社 会統合システムを準備しなければ、 「単位」の解体は、ス 56 海外労働時報 2001年 11月号 No. 317 中国 WTO加盟で労働は変わるか 特 集 トレートに社会的な混乱に結びつく可能性が高い。それ 員・部署の「単位」外化が進んでいる。しかしながら、こ は、社会主義中国が最も避けなければならないシナリオ うした機能を「単位」がすべて廃止しようとしているわけ である。 ではない。また上で「下崗」に言及したように、そうした 人員もまずは「単位」内部で抱えておき、それでも対処で 3. 国有企業=「単位」の問題性 きない場合に余剰労働力として排出しようとしている。 さらに、公的な制度の整備状況を見れば、養老保険制 「単位」の経済的な側面から見れば、最初に取り上げ 度において、保険料が基金にプールされないことに如実 るべきなのは、労働契約制である。以前には、国有企業 に表れているように、制度の根幹部分がきわめて脆弱で 従業員は国家の分配制度により配置が決定されてきた。 ある。ここでもまた、改革の進んだ沿海地区と遅々として それが可能となったのは、彼らが全体の中では2割程 進まない内陸部との差異はきわめて大きい。では3つめ 度を占めるにすぎない都市住民の中にあって、さらに の共産党による「支配」のユニットとしての「単位」はどの その中でも、一部の優遇された存在だったからである。 ように変わりつつあるのだろうか。 その一方で、農村部を含め国有セクター以外の大部分の 人々は、いわば自力救済で自らの職を得る以外に道はな 4. 党支配のユニットとしての「単位」 かった。その意味で極端に言えば、これまではわれわれ が想定する労働市場が成立する必要がなかったのであ 改革・開放以前の状況を考えれば、社会主義政権の る。このように雇用・労働のコア部分に関して、国家から 下で、伝統的な中国の国有企業は、国家行政の強い統 すべて指示を受ける方式から、市場への対応を基本と 制管理の下に置かれてきた。生産と経営資源の分配に するために、 「契約」に基づいた雇用方式が導入された。 かかわる権限はほぼ完全に国家行政に集中していた。 これは雇用政策における国家の後退を意味する。 「契約」 その意味で「単位」は、実質的に行政の末端における単 とは言いつつも西欧的な意味での契約とは言い難い。 なる生産・販売のユニットであり、企業の経営自主権そ 過剰な人員を即座に解雇せず、 「下崗=シャーガン」 (社 のものは保障されていなかった。いわゆる「政企混在」 内失業者) として、企業籍を残したままにしておくのは、こ の状態である。企業内部には、党委員会、従業員代表大 の典型例である。ここからも、 「単位」 と西欧的な「企業」 会と工会(ほぼ労働組合に相当する)があり、とりわけ との間には、相当な差異が存在する。それでもなお、契 1956年以降70年代の中ごろまでの政治優先の時代には 約制度整備状況に相当な地域格差があるとは言え、ひと 「党委一元指導体制」が敷かれ、党委員会の影響力が非 まずは「契約制」が導入されたことと、農村部から都市部 常に強かったと言える。その指導は政治指導にとどまら への労働力の流入が、不完全ながら労働市場を形成し ず、経営全般にわたるものであり、党委員会書記が総経 つつあることもまた事実である。 理(社長に相当)注1)よりも、上位に位置づけられてきた。 次に、生活保障の観点から、 「単位」改革を見ると、住 文字どおり、企業の最高責任者として経営の実権を握っ 宅の提供、転職や子供の就職の世話などが「単位」の果 てきたのである。その結果、党組織が企業経営と渾然一 たすべき責任ではなく、 「単位」外の公的制度を前提とし 体となり、いわゆる 「党企混在」の状態が続いてきた。 た上で自らの選択によるべきものと捉えられつつある。 しかし、1978年から始まる企業自主権拡大の改革に そうした本来の企業活動外のために雇用されている人 おいて「党委員会指導下の工場長責任制」が導入され、 海外労働時報 2001年 11月号 No. 317 57 特 集 中国 WTO加盟で労働は変わるか 重要事項については党委員会が決定するが、日常的な運 企業長の権限と経営権が強化されるとともに、党委員会 営について工場長にかなりの権限が委譲されるように は主要人事案件を除きその影響力を後退させ、相互に なった。さらに、 「政企分離」、 「党企分離」 という方針の下 住み分けているのが現状である。しかし、党書記とその で、1984年以降、企業の自主権をいっそう拡大するために、 指導を受ける工会の責任者である工会主席が2つの意思 工場長が単独で責任を負う形での工場長責任制が試行 決定機関に同時にメンバーとして参加しており、企業長も された。1986年9月に国有企業に関する3つの条例( 「全人 党員であることを考えると、政治システムの危機や動揺 民所有制工業企業工場長工作条例」、 「中国共産党全人 期にはいつでも党がリーダーシップをとることが出来るよ 民所有制工業企業基層組織工作条例」、 「全人民所有制 うなシステムになっていると言える。 工業企業従業員代表大会条例」)が公布され、1988年4月 に「全人民所有制工業企業法」によって法的に経営者の 6. 党影響力変化の兆し 責任と権限を明確にし、工場長の経営者としての役割が 認められるようになった。1990年代から株式化改革も導 では、こうした仕組みが果たして変化しつつあるのか 入され、企業内部の権力機構がさらに複雑になってきた。 否かを、総経理に対するアンケート調査結果から見るこ とにしよう。 5. 国有企業、2つの意思決定機関 まず最初に取り上げるのは、 経営の意思決定に関して、 現在もっとも影響力を持っているのは、 「単位」内外のど 整理するなら、一般的に、中国の国有企業における企 の人物、機関なのかということである。具体的な項目は、 業内の意思決定機関は2つに分かれている。1つは、企 住宅分配、昇給、昇進・昇格、各級責任者の任免、奨励 業長をトップとする経営の意思決定機関であり、1総経 金や福祉の分配、従業員の解雇と「下崗」 という6項目で 理、2党委書記、3工会主席、ほか生産、経理、技術担 ある。その結果は、6項目すべてについて総経理がトップ 当責任者各1名から構成される。他方、もう1つの意思決 となっていた。そして、第2位には6項目中5項目で、党書 定機関は、党委員会を中心とするものである。それは、 記が挙げられている (表1参照) 。 1党委書記、2企業長、3工会主席、4党事務室主任、 表 1 影響力の大きさ 5経理担当責任者から構成され、主に人事案件を中心 (%) に議論し、経営方針にも大きな影響力を及ぼす。企業内 (N=366) の意思決定において誰がトップとなるのか、上述のうち 住宅分配 どちらの機関が力を持つかについては、基本的には中 昇給 国における政治的状況により変化すると言える。 このように、基本的なパターンとして、政治的に安定し ている時には企業長が、そして、政治システムの危機や 昇進・昇格 各種責任者の任免 動揺期には党書記がナンバーワンになり、党委員会を中 心に主要な意思決定がなされたと言われている。昨今 のように、相対的にであれ、江沢民政権下で政治が安定 化すると、企業は経済的ユニットであることが強調される。 58 海外労働時報 2001年 11月号 No. 317 奨励金や福祉の分配 従業員の解雇と下崗 総経理 党書記 1番目 35.0 4.4 2番目 21.0 23.8 1番目 45.6 5.5 2番目 19.1 29.2 1番目 54.6 12.3 2番目 15.0 41.0 1番目 53.3 19.7 2番目 19.1 42.3 1番目 57.1 3.6 2番目 14.2 30.1 1番目 52.5 4.9 2番目 13.1 23.8 中国 WTO加盟で労働は変わるか 特 集 これに続けて、企業長である総経理を任命するにあ 7. たっては、同様にいかなる人物、機関が影響力を持って 日系企業が遭遇する問題とは いるのかを尋ねた。その結果は、もっとも大きな影響力 を持っているのは、その「単位」を所管する政府主管部門 ここまでで、国有企業に関しては、表面上は見えにくく である。そして、第2位には党書記が登場するのである なっているが依然として党が企業経営に深く関与してい (表2参照)。 「単位」という組織を所管する機関が、人事 る姿が明らかとなった。こうした状況を踏まえた上で、日 権に関してもっとも影響力を持っているというのは、これ 系企業の今後について考えてみることにしたい。日系な までの経過から見てごく当然の結果と言えよう。ここで どの外資系企業に対しても、国有企業同様に、党は関与 注目すべきなのは、機関ではなく個人である党書記がこ しようとしているのであろうか。やや煩雑になるが、その の人事権に関して、行政主管部門に次ぐ影響力を持って 点を確認することにしたい。 いるという点である。換言すれば、党は書記を通じて、 まず、大前提として、外資系企業であれ、他のどのよ 企業トップの人事権を握っていると考えられるのである。 うな組織であれ、党委員会が設立される可能性はある。 このように、現在の国有企業においては、企業内部の 中国共産党の規定によれば、中国であらゆる組織におい 意思決定に関して総経理がもっとも大きな影響力を持って て、その成員の中に共産党員が3人以上いれば、党の組 いるのは確かであり、企業長を中心とした経営体制が根 織を設立しなければならないという規定があるからであ づきつつあると考えられよう。以前のように、すべての面 る。しかしながら、少なくとも現時点では、外資系企業で で党委員会書記がリーダーシップをとるということはなく あるが故に、その内部に党委員会を設立しなければなら なっている。しかしながら、党は前面には出てこないもの ないという規定はない。では、設立の可能性はあるもの の、とりわけ重要な企業長の人事権を掌握し続けている の、実際に党委員会が存在しない限り、影響は及ばない のである。それにより、政府主管部門はもとより党組織が と考えていいのだろうか。そこで考えなければならない 相変わらず企業経営に深く関与していることが確認され のは、 「工会」 (労働組合)の存在である。これはやはりわ た。こうした体制から、新たな中国型企業統治の方式が れわれの想定する組合とは似て非なる存在である。その 生まれるのか否か、それが今後の重要な課題である。 理由は後でもふれるが、組合的色彩を帯びつつも、どち 表 2 各機関の持つ総経理・工場長任命への影響力 行政主管部門 薫事会 党書記 工会主席 従業員代表大会 大きな影響力 影響力を持つ あまり 持っていない まったく 持っていない わからない 不明 N=366 286 40 5 2 1 32 100.0% 78.1 10.9 1.4 0.5 0.3 8.7 N=366 66 49 16 4 11 220 100.0% 18.0 13.4 4.4 1.1 3.0 60.1 N=366 58 142 33 6 7 120 100.0% 15.8 38.8 9.0 1.6 1.9 32.8 N=366 10 72 96 27 16 145 100.0% 2.7 19.7 26.2 7.4 4.4 39.6 N=366 39 103 65 29 14 116 100.0% 10.7 28.1 17.8 7.9 3.8 31.7 海外労働時報 2001年 11月号 No. 317 59 特 集 中国 WTO加盟で労働は変わるか らかと言えば党(委)指導の下で、主として福利厚生施策 国においては、その平等主義イデオロギーから、労使の を担当する党の下部組織的存在と言えよう。この工会の 利害対立は存在しえない。そのため、建前上、 「労使関 設立に関しては、中華人民共和国労働組合法第3条に定 係」 (industrial relation)が存在する素地がなかったのであ めるとおり、中国国内の企業、事業組織、行政部門にお る。われわれが想定するように、労使の利害対立がある ける労働者は、労働組合に参加し組織する権利を有して からこそ、互いにルール作りをしなければならないという いる。よって、組織内に党員が全くいない場合であって 前提が成立しえない。そこで考案されたのが、 「労働関 も、工会はまず組織されると考えられる。 係」 (labor relation)注2)という言葉であるが、あくまでも平 全国的なレベルで、外資系企業における組合設立に 等を前提にする以上、その脈絡で雇用関係を制御するの 関する法律ないしそれに準ずる規定があるか否か、これ は相当な無理があろう。それに加えて、チープレーバー は現時点では明らかではない。ただ、地方レベルでは を求めて進出してくる一部の外資系企業などにおいて すでに、ほぼ組合設立を義務づけると捉えられる規定が は、本来の意味での「労資関係」 (labor-capital relation) と 存在する。試みに、 「遼寧省外国投資企業工会条例」を見 思われる事例も散見されている。こうした中から、世界 ると、その第7条には記されている。すなわち、 「労働組 に類を見ない中国型労使関係を構築してゆく必要に迫ら 合を設立していない外国投資企業に対して、1級上の労 れている。果たして、それはどのようなものであり、しか 働組合はその企業へ人員を派遣し、労働組合の設立を も可能なのであろうか。 指導し、援助することができる。一時的に労働組合の設 昨今の党員資格の拡大を見れば、共産党がそのイデ 立条件を具備していない外国投資企業は開業後半年以 オロギー色を急速に薄めつつあるのは確かであろう。 内に労働組合を設立しなければならない。開業から半 「単位」体制を改革しようとすること自体、一面では、こう 年経過した後も労働組合を設立していない企業に対し した党を基軸とする支配体制、ひいては社会統合機能を て、労働組合に支給すべき経費基準(賃金総額の2%) に 低下させることにつながるのである。しかしながら、そ 基づき、準備金を徴収し、労働組合設立後、当該企業の れらが直線的に、西欧的な脈絡における政治的な自由 労働組合に返却する」。この条文から考えれば、遼寧省 化、民主化につながってゆくということもまた考えにくい。 においては外資系企業であっても、労働組合の設立は義 こうした変化を見せつつも、中国においては複数政党制 務づけられているのである。この事例をすぐさま全国の は許可されず、その意味で共産党が唯一の政党である 外資系企業に押し広げて考える必要はないが、こうした 仕組みには変化がないためである。しかも、工会に関し 動きが徐々に広がる可能性は高いものと思われる。そし て検討したように、党の影響力を及ぼすチャンネルは着 て重要なのは、党委員会ほど強力な権限はないにしろ、 実に用意されつつある。 この工会を通じて党の影響力が行使されるチャンネルが 確保されるということなのである。 今後の検討課題は数多い。中でも、これまでの研究蓄 積で欠落していたのは、中国の企業システムにおいて、 共産党という政治システムの指導層と企業長を中心とす 8. 中国型労使関係の構築に向かって る経営管理者層からなるインフォーマルグループのネット ワークがどのように結合しているのか、そのメカニズムの 雇用・労働の分野で、中国はまさにほかでは経験した 解明である。この2つのグループの関係は、相互にその利 ことのない新しい試みを行おうとしている。社会主義中 害と影響力が交錯し合っており、政治と経済といった形 60 海外労働時報 2001年 11月号 No. 317 中国 WTO加盟で労働は変わるか で単純に対立的なものと捉えるべきではない。むしろ、 それらは、個人の能力と影響力、上部機関との人的結合 の関係そして企業がおかれている政治的、経済的諸関係 の中で、実に多様であり得る。様々な矛盾をはらみ、試 行錯誤を繰り返しながらも、中国は新たな労使関係、労 働の世界の構築に向かい始めている。 注1) 以下では、企業長と総経理という言葉を併用する。このすぐ 後でも説明を加えているように、中国の国有企業を考える際 には、企業のトップたる「企業長」が、わが国における社長 に相当する「総経理」と一致しない場合があるからである。 特 集 注2) 社会主義国では、建て前としては、労働者が主人公であるた め、労働者と資本家、使用者が対立するはずがないというこ とで、労使も労資もない。経営者も同じ働く仲間であるから、 「労使関係」という言葉がイデオロギー的に成立しなかった。 そのため、現実に労使間の対立があっても、それを対立と認 めてどう解決するのかという紛争処理面での法制度の発展が 未発達であった。 しかし、改革・開放以降、一部の外資系企業では、12時間労 働や搾取という問題が現実化して、マルクスの言う労使関係 (しばしば労資関係と記される)が現れ、一方で経営自主権 が高まれば、当然経営者と労働者の対立という問題での労使 関係というものも深刻になる。事態の深刻さを理解した中国 は、1990年代後半からようやく、労働関連法の整備や紛争処 理システムの構築を急速に進めてきた。 調査研究報告書 No.140 中国国有企業改革のゆくえ −労働・社会保障システムの変容と企業組織− 本体2,500円 (税別) 送料380円 発行 日本労働研究機構 目 次 〔第I部―国有企業改革の経緯と問題の所在―〕 第11章 社会主義と平等主義イデオロギーの行方 第1章 総論: 「単位」制度の変化と社会的統合 〔第III部―資料―〕 の危機 1. アンケート調査票、単純集計結果 第2章 アンケート調査結果の要旨 2. 討論会概要 第3章 ヒアリング調査概要 3. 翻訳資料(中華人民共和国労働法など) 〔第II部―アンケート調査結果の分析―〕 執筆者 第4章 統計から見る調査地区概況 笠原 清志 立教大学社会学部教授、主査 徐 向東 立教大学大学院 第5章 アンケート調査対象の概要 白石 典義 立教大学社会学部教授 第6章 労働契約制の導入と労働市場 田中 重好 弘前大学人文学部教授 唐 燕霞 島根県立大学総合政策学部専任講師 第7章 社会的サービス部門と住宅改革 中村 良二 日本労働研究機構副主任研究員 第8章 「単位」保障から社会保障へ (肩書は執筆時) 第9章 意思決定システム お求めは、お近くの書店、 または直接日本労働研究機構出版課へ。 第10章 人材育成のメカニズムと人材の流出 日本労働研究機構 出版課 〒163-0926 新宿区西新宿2-3-1 新宿モノリス25F TEL: 03-5321-3074 FAX: 03-3345-1233 E-mail: [email protected] 海外労働時報 2001年 11月号 No. 317 61 特 集 中国 WTO加盟で労働は変わるか 現地報告:国有企業改革の課題 田 小宝(中国労働保障科学研究院研究員、中国労働学会常務理事) 国有企業は、グローバル経済に間もなく組み込まれるこ た分配を基本とし、様々な分配方式を並存させること」 と とになる。新たな発展のチャンスを得るとともに、厳しい 「労働に応じた分配と生産要素に基づく分配を結びつけ 挑戦にも直面する。激化する国内外での競争に備えるた ること」である。企業は、労働市場の賃金レベルを参照し め、労働制度や賃金制度の改革を推し進めている。チャ て賃金水準を調節するとともに、企業内部では利益と従業 ンスを捉え、発展を促し、実力を高め、挑戦に立ち向か 員の貢献に基づき、職務給、技能給、歩合給、出来高給、 うために、今後5年間に引き続き国有企業とりわけ大・中 業績給、奨励金など、柔軟多様な賃金分配方式を採用し 規模の企業改革を本格化するため、労働、賃金、保険制 て、一律主義を排除し、収入に差をつけている。賃金分 度改革の課題として、以下の事項がある。 配の奨励・抑制の仕組みにより、従業員の意欲を引き出 す一方、賃金が過剰に利益を侵食しないようにしている。 1. 人的資源管理の強化 当面の重要な取り組みの1つは、従業員を有能な人材 で固め、余剰人員を他へ分散させることである。 吸収合併された企業の人員と破産した企業の従業員全 員を配置転換、再就職させると同時に、経営の順調な企 一部の企業は、賃金集団協定制度により、従業員の賃 金の分配に対する民主的管理と関与の度合いを高めてい る。また経営者の年俸制と従業員の持ち株制、技術に対 する出資、希望権限範囲の申告制などにより、専門分野の 人材を高給で優遇、招へいしている。 業も労働生産性を高めるために自ら人員削減を行う。企 業は、技術革新、製品構成の再編、市場の需給変化への 3. 社会保険への全面的加入 適応などを進めるために、余剰人員の削減を基本とする 企業改革が進展するにつれて、企業から社会的機能が 人的資源の再編に取り組む。また技能訓練と考査の強化 次第に分離され、また、労働力の流動性も増すなかで、 により、従業員の能力開発を図る。優秀な管理職、技術 国有企業は社会保険に全面的に加入するようになった。 職、営業職およびオペレーション技能者は引く手あまたで 主な社会保険は、養老(年金)、医療、失業、労災、出産 企業間の争奪の対象となっている。在籍している優秀な の5種類であり、条件が整った企業は追加養老保険と追 人材の数と質が企業の競争力を示す重要な目安の1つと 加医療保険にも加入している。社会保険に加入すること なっている。そのため、企業は「人材を尊重し、人材を吸 により、企業は繁雑な関連事務の負担から逃れ、生産性 収し、人材を奨励する」環境づくりを重視し、かつ意識的 向上に精力を注ぐことが可能になった。従業員も1度の就 に重要ポストに配置する人材の養成と確保を図り、条件 職で縛られることから解放され、職業の自主選択と社会 に適しない人員の整理を行うことにより、従業員構成の流 保障を受ける権利を得た。どこで働いても社会保険は継 動化を進めるなど最適な人材戦略を採用する。 続して計算され、将来についての心配も取り除かれた。 しかし、中国の社会保障体系はまだ充実しておらず、カ 2. 柔軟な賃金分配制度 バー範囲も十分ではない。また、統一的な管理水準が低 中国国有企業の賃金制度改革は長年にわたって続いて く、保障基金もまだ小さい。このため、社会保険に関する おり、現在は企業の現代化に適応した賃金制度を確立す 企業の負担はまだ重い。こうした問題は今後の改革の進 る方向に進んでいる。改革の基本的原則は、 「労働に応じ 展により解決されるのを待つことになる。 62 海外労働時報 2001年 11月号 No. 317 中国 WTO加盟で労働は変わるか 特 集 戸籍制度改革の衝撃 徐 向東(中央大学兼任講師) 2001年末のWTO加盟に備えて、中国は国内の環境整 時の国家戦略と大きく関連している。 備を急いでいる。加盟は、長期的に見れば、経済分野 しかし人口の移動を制限する戸籍管理制度は、1980年 ばかりでなく、中国社会そのものに大きな変化をもたらす 代の改革開放以降、徐々に中国経済の発展を制約するマ に違いない。その1つの事例として、現在、中国では、中 イナス要因になってきた。中国経済は、1980年代以降、生 央政府の推進の下で、各地でこれまでにないスピードで 産過剰という局面に直面しているが、その理由の1つは、 戸籍制度の改革を進めていることが挙げられる。2001年 富が都市部に高度に集中し、金を持つ都市人口の消費が に入ってから、上海、北京、広東省、浙江省、安徽省と 飽和に達している一方、農村人口の多くは依然として貧し 河北省などが相次いで現行の戸籍制度に対して大幅な い状態に置かれ、新たな消費者の主力にはなれないこと 改革を導入した。そのなか画期的な例は、広東省で、こ にある。均衡のとれた発展を図るためには、単に投資拡 れまでの農業戸籍と非農業戸籍の区分を完全に撤廃し、 大に依存するだけではなく、生産要素の自由な移動、す 居住地に基づき戸籍登録を行うことを実施、農村人口と なわち人材、労働力、知識や技術の自由な移動が不可欠 都市人口の身分差別を完全に廃止したことである。 であり、戸籍など人の移動を制限する諸政策の規制緩和 も1980年代以降、ますます差し迫った課題となってきた。 1. 戸籍制度と中国の都市・農村の二元化 構造 中国の現行の戸籍制度は50年間も継続してきた。計画 2. 経済発展の「足かせ」となった戸籍制度 改革開放の結果として、都市部の労働力需要に従い、 経済時代では、資源や労働力に対する中央政府のコント 農村から大量の出稼ぎ労働者が都市に移動してきた。戸 ロールや配置、また過度の人口増加を抑制するうえで、 籍規制による2元化社会が存在するが故に、都市部と農 戸籍制度は大きな役割を果たしたと同時に、中央政府が 村部の間に、所得や生活水準の格差が大きく、1994年、 社会を効果的にコントロールし、社会の安定を守るための 都市部と農村部の所得格差は2.86対1にまで拡大した。 重要な手段でもあった。1949年の新中国成立まで、人口 この格差はさらに拡大傾向にある。豊かな東の沿海地域 移動は相対的に自由であった。1958年に、全国人民代表 と相対的に貧しい西の内陸部でも、大きな格差が生まれ 大会常務委員会が「戸籍登記条例」を発布してから、都 ている。1994年の統計では、同じ農民でも、東部地域と 市戸籍と農村戸籍はそれぞれ固定化した身分となり、法 西部地域の収入格差は166対100であった。豊かさと就 定の隔離制度が施行され、都市−農村の2元的社会構造 労のチャンスを求めて、多くの出稼ぎ労働者は東部地域 が成立した。これは、1949年に成立した新政権が農業国 へ、都市へと流入してきた。このような流動人口は1993 から工業国への転換を図るため、都市部において重工 年には6450万人、96年では8200万人、さらに2000年にな 業優先の発展戦略を推進し、その生産拡大の原資を「鋏 ると1億5000万人になると見込まれている。 状価格差」注)を利用して農業余剰から獲得するという当 改革開放以前の中国では計画経済の下、都市部では 海外労働時報 2001年 11月号 No. 317 63 特 集 中国 WTO加盟で労働は変わるか 職場による日常の必需品とサービスの供給制度が実質的に 戸籍制度も規制緩和の兆しを見せ始めてきてはいる。 施行されており、第3次産業はおろそかになっていた。改 例えば、1998年7月に、中国国務院は、小都市の戸籍管 革開放後、第3次産業は非常に発展してきたが、そのなか 理制度の改革に関する公安部の実験案を批准した。こ で、いわゆる3K(危険、きつい、汚い) に属する底辺の労 れにより農村戸籍を持つ、いわゆる農村人口に属する人 働を担っているのは、農村からの出稼ぎ労働者である。彼 たちは、小都市で長らく就業し居住していれば、都市常 らはたいていの場合、都市部の私企業、個人経営者に雇 住戸籍を申請することができるようになった。また、1998 われ、都市部の人より比較的低い収入で働いている。出 年8月に、国務院は戸籍管理に関する公文書を公布し、 稼ぎ労働者の就労は、一人が先に定着してからまたその 戸籍制度に関する一連の規制緩和を打ち出した。なか 親戚や友人を呼んでくる、といった血縁、地縁によって結ば でも注目されるのは、都市部で投資したり、事業を起こ れるグループ就労が多い。彼らは都市の人々が就きたく したり、若しくは住宅を購入する人、およびその直系親 ない仕事に従事しているため、現状では雇用において都 族が、都市で安定した住所があり、安定した職業もしく 市人口と競合関係を形成しているとは言い難い。 は収入があり、一定の期間居住している場合、当該都市 人口の移動は農民だけに限らない。北京、上海、広州、 深 などの経済発展の先進都市には、全国から人材が の戸籍を取得することを認めると定められたことである。 戸籍制度の制限があるが故に、中国ではこれまで、 集まってきた。彼らは戸籍を取得しないかぎり、親族と別 北京、上海や広州などの大都市で働くチャンスがあって 居することを余儀なくされ、年に何回も里帰りしなければ も戸籍を取得することは至難の技であった。しかし、一 ならない。外資系企業は、中央政府が行う縦割り管理シ 方で北京、上海や広州には、外資企業が多く進出してお ステムである人事労働制度に入っていないため、これまで り、人材に対する需要が年々増えているため、戸籍制度 も大量の出稼ぎ労働者を雇い入れていた。このように、都 の緩和を求める声が高くなる一方である。それに対応し 市部で仕事を持ちながらも都市戸籍を持たない人口が実 て、1990年代から、戸籍制度に対して各都市はそれぞれ 質的に多数存在しているため、戸籍制度も次第に一枚岩 小幅な調整を行ってきた。例えば、北京市は多国籍企業 のままではいられなくなり、新たな対応が求められている。 を誘致するため、1990年代末から、北京市内に地域本部 などを持つ多国籍企業、あるいはその付属研究機関に、 3. 各地で試行されてきた戸籍管理の規制 5年以上の一定の期間勤務した者や、専門知識を持つ技 緩和 術や経営管理のための人材に対して、北京戸籍を取得 させる政策を導入した。広州市も、1998年から、市内で 現に、人口を都市と農村とに分けることは、身分差別 一定の建築面積を持つ住宅を購入した者に対して、永住 をもたらし、公民権の下ではすべての人が平等であると 資格のような「ブルーマーク」戸籍を取得させている。上 いう中国の憲法にも抵触している。そのため、中国は 海市でも、同じ1998年から、上海市内での投資や経営活 1985年からすでに戸籍制度の改革に踏み切り、 「戸籍法」 動を行う者、あるいは一定の金額以上の住宅を購入す の制定に着手した。しかし、その後、15年が経過したに る者や同市が必要とする専門職の人材に対して、上海戸 もかかわらず、 「戸籍法」は依然として未成立のままであ 籍を持たせる制度を導入した。 る。1990年代から、戸籍制度は社会発展より遅れており、 経済の発展の制約要因となったことは明らかである。 64 海外労働時報 2001年 11月号 No. 317 中国 WTO加盟で労働は変わるか 特 集 広東省以外の地域でも、本格的な戸籍制度の改革が 4. 戸籍制度の改革いよいよ本格化 動き出している。例えば、浙江省寧波市は、農村人口の 都市戸籍取得の制限を撤廃し、家族のなかに都市戸籍 戸籍制度はかつての計画経済時代の遺物であり、市 場経済の深化に適応できなくなったため、その改革を避 を持つ者がいれば、その配偶者や子女も制限を受けず に同じ都市に移ることができるとの戸籍政策を発表した。 けては通れない状態にある。しかし、戸籍制度は、社会 また、故・蒋介石の故郷である浙江省奉化市では、農 資源の配分、教育、治安など多くの問題と絡んでいるた 村人口の都市戸籍取得についてすべての制限を撤廃す め、社会全体のシステムが変わらない現状にあっては、 る政策を発表した。市の周りの農村地域に住んでいる1 戸籍制度の改革も少しずつ慎重に進めていくしかない。 万3000人の農民たちは、それを聞いて相次いで奉化市 中国の戸籍制度の規制緩和は、段階的に進展するものと に移住し始め、そのうちの8割が市内の不動産を購入す 見られている。国が大きい故に、各地の事情もかなり異 るかたちで移住を果たした。奉化市では不動産購入 なる。具体的な政策は各地域で実情に基づいて策定す ブームが起き、完成した新たなアパートやマンションだけ ることになっている。なかでも、就業への希望が強い都 でなく、設計図面が出ただけの不動産も完売した。また、 市においては、すぐには規制の大幅緩和はできないと見 奉化市内の不動産価格は2000年末の1平方メートル900 られている。しかし、全体的には戸籍制度がより人の移 元から2001年には1400元もしくは1600元まで急上昇し 動を促す方向に向かって変わっていくであろう。 た。それに伴い、土地価格もうなぎ登りに上がり、奉 広東省公安庁が策定した「広東省戸籍制度改革案」は 化市政府は土地競売で2億元を超える利益を得た。 まもなく省内で実施されるが、他の地域の改革案に比べ 河北省の省都・石家荘市の都市戸籍取得政策はさらに て、より進んでいると思われる。広東省の戸籍制度改革 簡単である。職業や学歴、市内の親類の有無を問わず、 案によれば、新たな戸籍登録内容には、従来の「農業戸 石家荘市内でビジネスもしくは仕事をしていれば、例え清 籍」 と 「非農業戸籍」の2大項目がなくなり、農業従事者は、 掃の仕事をしているとしても、2年以上居住していれば、 居住地のみを明記し、その他の身分を示す事柄は一切 市の戸籍を取得できる。これも全国初めての試みである 表記されないこととなる。広東省公安庁によれば、この が、公安部の治安担当部門は、ここまで無制限となると、 ようなやり方は全国初めてであり、中国の公安部から「重 社会の治安に問題をもたらすと憂慮している。 大な変化」 と評価された。すなわち、2001年に広東省で 安徽省は中国で唯一、全省を対象に戸籍制度の改革 行われた新たな戸籍改革は、中国社会の大きな変化を を行っている。そのほか、山東省、上海市および四川省 示すシンボリックな出来事であり、中国社会に予想もつ でも改革を推進しており、戸籍政策にメスを入れている。 かないほど大きな影響を与えると思われる。 北京市の戸籍制限は依然として厳しいが、50年間も続い 現に、農村人口の都市流入は、経済先端地域である広 た首都への移住規制にも少しずつ柔軟性が見えてきた。 東省では、すでに議論の対象にはなっていない。今回の WTO加盟を意識した今回の戸籍制度の改革におい 戸籍制度の改革によって、原則的には、広東省において、 て、中央政府は作戦を変更し、戸籍制度の改革はその性 「合法的な安定した住所」と「安定した職業もしくは生活 質上、慎重かつ穏やかに改革を進めるという前提を設け 費の出所」 という2つの条件さえ整えば、だれでも所在地の て、地方政府に各地域の状況を踏まえて具体的な改革案 公安部門に対して戸籍を申請することができるからである。 を策定するよう権限を委譲したのである。今回の戸籍制 海外労働時報 2001年 11月号 No. 317 65 特 集 中国 WTO加盟で労働は変わるか 度の改革では国民の自由な国内移動の実現という最終 目標は依然として達成できていないものの、WTO加盟が、 中国にとってより平等な社会に向かう重要なきっかけに なることは期待できよう。 参考:徐向東「制度改革と中国社会構造の変容」 日本労働研究機構 発行 『中国国有企業労働雇用・社会保障の基礎研究1』 1998年、 研究側調査員リポート、明報(香港)中国社会・2001年9月4日 など 注)独占化された産業部門と非独占部門との価格差が鋏(はさみ) を 開いたような形に漸次増大する現象。ことに工業製品価格と農産 物価格との間で強く現れる。 (広辞苑) 中国レポート 1 日系企業の経営と 雇用管理 海外調査シリーズNo.40 B6判 486頁 平成7年刊 1,748円 (税別) 執筆者 今野 浩一郎 〔第1部〕 張 紀潯 〔第2部 9、12∼14、16章〕 文 大永 〔第2部 1∼8章〕 下田 建人 〔第2部 10、11、15、17章〕 目次 第1部 総論―日系企業の雇用管理 1 はじめに/2 日系企業の経営と戦略/3 生産管理システムの特質と工夫/4 経営の現地化 と日本人出向者/5 雇用形態(社員区分) と雇用管理/6 採用と離職/7 賃金制度/8 評価制 度と昇進管理/9 その他の雇用管理と労使関係 第2部 事例編 第1章 市場戦略と生産体制の転換を図るアパレルA社/第2章 国内市場開拓を狙うソフト 開発B社/第3章 国際分業の中核拠点化する自動車部品C社/第4章 輸出拡大戦略をとる 楽器メーカーD社/第5章 安定成長路線を堅持する事務機部品E社/第6章 急成長する輸 出拠点型の事務機部品F社/第7章 日本に代わる生産拠点に成長した自動車部品G社/第8 章 本社向け部品供給基地として成長する電機機械H社/第9章 中国国内の生産拠点を目 指す電線メーカーI社/第10章 国際的生産基地化するカメラ・事務機メーカーJ社/第11章 大中華生産圏を形成する事務機メーカーK社/第12章 新展開をみせるブラウン管メーカー L社/第13章 絶え間ない挑戦に挑むオーディオ・メーカーM社/第14章 対中投資の拡大 期を迎える総合電機メーカーN社/第15章 日本向け生産拠点を目指す食品O社/第16章 「精誠団結、努力垪博」をモットーとするエレベーター製販P社/第17章 自社開拓型採用戦 略に成功した電子部品Q社 中国レポート 2 中国の労働政策と 労働市場 海外調査シリーズNo.41 B6判 396頁 平成9年刊 1,800円 (税別) 主査 今野 浩一郎 執筆者 張 紀潯 〔第1∼3、6∼10章〕 文 大永 〔第11∼15章〕 井上 愛子 〔第4∼5章〕 目次 序章 改革開放政策と中国経済の動向 第1部 労働政策と労働法制 第1章 労働政策と労働行政組織/第2章 労働法制/第3章 労働力管理の制度と政策/ 第4章 教育と職業訓練/第5章 賃金と労働時間の制度と政策/第6章 社会保障の制度 と変遷 第2部 労働市場 第7章 人口と労働力の構造/第8章 就業者と雇用者の動向/第9章 失業の動向/第10章 人口と労働力の移動 第3部 労使関係 第11章 中国の労使関係をみる目/第12章 企業形態の多様化と労使関係/第13章 国有 企業における経営・労働制度の改革と労使関係への影響/第14章 労働組合の地位と役 割/第15章 労働争議処理制度の特徴と労働争議処理の現況 おわりに―これからの雇用問題と雇用戦略 中国レポート 3 中国企業の経営と 雇用管理 海外調査シリーズNo.42 B6判 314頁 平成11年刊 2,000円 (税別) 主査 今野 浩一郎 執筆者 張 紀潯/文 大永/下田 建人/井上 愛子 日本労働研究機構 出版課 目次 第1部 中国企業の人事労務管理の特質 第2部 中国企業の事例分析 第1編 電気・機械産業 第1章 華夏集団/第2章 天津新宝天洋家電有限公司/第3章 変圧器有限公司/第4章 北京第一機床 第2編 自動車等輸送用機械産業 第5章 天津市微型自動車/第6章 上海大衆汽車有限 公司/第7章 金杯自動車/第8章 大連造船/第9章 厦門工程機械株式会社 第3編 金属産業 第10章 首鋼総公司/第11章 宝鋼集団/第12章 広鋼株式会社/第 13章 瀋陽冶 厰 第4編 化学医療産業 第14章 大連石油化工公司/第15章 北京燕山石化工公司/第16 章 広州造紙有限公司/第17章 白雲山企業集団 第5編 繊維等産業 第18章 九星制衣株式会社/第19章 南 靴厰 〒163-0926 新宿区西新宿2-3-1 新宿モノリス25F TEL: 03-5321-3074 FAX: 03-3345-1233 E-mail: [email protected] 66 海外労働時報 2001年 11月号 No. 317