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学生からのコメントとそれへの応答

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学生からのコメントとそれへの応答
「科学と人間」6 月 28 日分学生コメントと応答
確定診断や非確定診断などは人としての道徳や倫理観に反する、という意見もあるが、
当事者にとっては着床前診断による胚の選別、出生前診断での胎児の病気や異常の診断は
生まれてくる子供が健康に育っていほしいという思いからきているし、
(そうではない場合
もあるが)代理母は子供がほしい、という切実な思いから、救世主兄弟は子供に元気にな
ってほしいという親の思いからきている。第三者と当事者ではこれらの問題への考えは大
きく変わってくる。だからこそ、一概に出生前診断はダメ、良い等のことは言えないと思
う。
「切実な思い」だからといって「正しい」ということにはなりません。ある人を幸福にするために、他
の人を不幸にしても(あるいは殺害しても)よいのですか。
(や)
下線部、具体的には?(わ)
今回の講義は遺伝子操作と生殖補助技術についてでした。
私の母はいろいろな事情により私以外に二人子供がいるのですが、その二人は体外受精
でできた子供です。だから今回の講義は他人事ではありません。私の母は体外受精で一人
目ができ、二人目は残っていた卵を破棄するといわれそれはかわいそうだということでも
う一度体に戻しました。お金はとてもかかったといっていました。母は体が弱いので身体
的負担がとても大きく薬漬けのようだといっていました。先生は子供がほしいという理由
で体外受精をしてダウン症や病気が見つかると出てくる前に殺してしまうという少し矛盾
したことをしている人もいます。というのに対して私の母はしっかり責任があったのだな
と考えました。今まで体外受精というのは身近なものではなかったけれど一番近い母が体
外受精をしたということでほかの人よりは体外受精に少し考えさせられる機会がありまし
た。体外受精は不妊の人々にとってはその方法しか子供を授かる術はないのですが、元気
な人々が子供を授かり病気が発覚すれば殺してしまうというのはとても無責任で勝手な行
動だと考えさせられました。
下線部、同感です。ちょっと文章が読みにくいです。読点を入れましょう。(わ)
今回の授業を聞き、現代の科学の進歩とそれにスピードが伴わない人間のモラルの変化
が気になった。なぜなら、科学が進歩するにつれ、不妊の夫婦などが代理出産などを利用
して子供を得たとしても法律がその状況に対処できない状態であったり、最後のアンケー
トにおいても保守的考えや、変えるべきという考えなどが入り乱れており、科学を用いる
人間自体が科学の進歩に技術的でなく、モラル的に追いついていない印象をうけた。
全体として文章の意味が不明です。
「モラル的に追いついていない」から、どうだというのですか?(や)
遺伝子組み換えにより、より優れた能力をもつ子供ができてしまうといったことを今日
の授業で聞いて、私はこのことについて賛成です。なぜならば、日本のいじめの大半は何
かしらの劣等な能力に関係すると、私の経験上断言できるからです。たとえば、私の同級
生で多少の知能障害を持っていて言葉を発するときにやや滑舌が悪い子がいて、そのこと
が原因でいじめられていました。他にも顔の形が整っていない人(俗にいうブサイク)や
肥満度が高い人(俗にいうデブ)がいじめの対象にされている現場を何度も見てきました。
このようなこと考えると、人権的に多少問題があってもいじめなどの目の前で行われてい
る人権的問題を解決することにつながるのであれば、私は遺伝子組み換え人間について賛
成します。
なぜ「いじめはいけません」といじめっ子を指導しないで、いじめられる側を撲滅しようとするのです
か?また、遺伝子改造は、これから生まれてくる子供を改造するので、
「目の前の問題」には何ら関係しま
せん。
(や)
「いじめ」は「いじめる側」の問題では?また「いじめ」解消のために遺伝子組換えで優れた子供を作
る前に、もっとするべきことがあるでしょう。
(わ)
今回の授業を受けて出生前診断には命の質を比較し、優劣をつけるのではないかという
倫理的な問題が生じると理解した。日本においては新生児を産んだ人が母親になるので、
たとえ精子と卵子がは夫婦のものであってもその子供は代理母の子供となり、養子として
育てなくてはならない。どのような基準で親子と考えるかが困難なのは科学技術が進歩が
早過ぎて、法律的、倫理的対処が追いついてないからであると認識した。
それで、どのように対処すればよいのですか?(や)
このコメントは授業の部分的な要約です。
(わ)
今回、生殖補助技術についてかく書く。
この生殖補助技術には「人工授精(体内受精)」「体外受精」「顕微授精」「胚移植」があ
る。これにより、妊娠したくてもできない人も妊娠できる可能性ができてくる。
しかし、これにはたくさんの問題点がある。たとえば、経済的面についてである。この
ような生殖補助技術を行う場合、ただの妊娠とは違う過程をはたくさんふむことになる。
それにより、たくさんのお金がかかる。さらに健康保険も適応外であり、より、経済的負
担がかかってしまうのだ。また、それが成功するとも限らないため、何度も行うことにな
れば、時間もかかってしまう。さらに、女性に対しては、精神的、、あまたは身体的負担が
大きい。
必ずしも成功するわけではないことを十分に把握し、経済的、精神的要素を考慮に入れ
行わなければならないのだ。
なぜ「行わなければならない」のですか?(や)
このコメントは授業の要約です。
(わ)
今回の講義では生殖補助技術や出生前診断について深くしることができました。少しも
眠くならず有意義な時間を過ごせました。これらのことは今後自分にも関係があることな
ので真剣に考えることができました。生殖補助技術や出生前診断についてこれほどまでに
科学技術が進んでいて驚いた。しかし、そのことによって社会の理解や法律がついていけ
ていないのは本当にそうだ。そのことによって高田夫妻の子供が養子扱いになってしまっ
たのは非常に残念なことだ。授業で紹介された「わたしの中のあなた」は以前見ました。
今回の授業を受けて、今後本当にアナのようなになってしまう子がでてきてしまうかと思
いました。子供を救うためにほかの子を産んでその子を苦しませてしまうことはいけない
と思います。たとえ骨髄の型がドナーと一致する確率が2万分の1だとしても見つけてみ
せるという意気込みで探すべきだと思いました。
下線部。何を「考えた」のか具体的に書きましょう。なぜ「驚いた」のか、驚いただけで意見はないの
か。なぜ「残念」なのか。理由を書きましょう。
「思う」はやめて理由を書きましょう。
(や)
常体と敬体はどちらかに統一しましょう。
(わ)
今回の授業で出てきた出生前診断について考える。
まず、出生前診断の目的とは何だろうか。
「出生前診断の目的はいくつかある。第一に妊
娠の診断、すなわち、胎児が存在しているか、存在していないかの判断である。第二に胎
児の位置(胎位)や向き(胎向)
、あるいは胎児環境が危険なものでないかの評価である。
第三に、その時点における胎児の状態評価、すなわち元気でいるかの判断で、特に胎児に
大きなストレスのかかる分娩進行時の評価が重要となる。第四に、胎児に先天異常や遺伝
疾患を含めた何らかの『異常』がないかの評価である。この胎児異常の有無を評価するこ
とを『狭義』の出生前診断とすることもある。」 ja.wikipedia.org/wiki/出生前診断 より
私は今まで、出生前診断は上で挙げた第四の目的のためだけに行われるものだと考えて
いた。つまり、胎児異常の有無を診断することが、出生前診断だと認識していたのだ。お
そらくテレビや新聞でそういう風に扱われていたからだろう。しかしよく考えてみると、
他の3つの目的は通常の定期検診で行うものに含まれる気もする。
高校生の時に出生前診断というものを知り、その時に子供がダウン症であるかどうか診
断するものだと習った。欧米では出生前診断を行っても中絶する夫婦がほとんどなく、生
まれてくる子供のための純粋な準備として受ける人が多いとも習った。しかし今日先生の
話を聞いていると、羊水診断を受けたが、ほとんどの人が受けていないとおっしゃってい
た。どのような子供が生まれてきても大切に育てるから関係ない、というのが出生前診断
を受けない理由だそうだ。受けるにしても、受けないにしても、欧米人の「中絶しない」
という意識は共通している。日本人がもともと「障害はよくない」という考えを抱いてい
るからこそ、出生前診断が話題になったり、本当に中絶してしまったりするのではないだ
ろうか。
障害は個性である。どうして排除する必要があるのか。どうして流産するかもしれない
という危険を犯してまで出生前診断をするのか。
下線部。「気もする」理由は?「欧米では純粋な準備として受ける」「欧米人は中絶しない」は、事実と
して間違いです。
(や)
欧米で羊水検査等の出生前診断を受けて胎児がダウン症だとわかった場合は、70-90%で中絶を行ってい
るという報告があります。
(わ)
・PA Boyd et al: Survey of prenatal screening policies in Europe for structural
malformations and chromosome anomalies, and their impact on detection and
termination rates for neural tube defects and Down’s syndrome. An International
Journal of Obstetrics and Gynaecology. 115, p689–696, 2008.
・JL. Natoli et al: Prenatal diagnosis of Down syndrome: a systematic review of
termination rates (1995–2011). Prenatal Diagnosis. 32, p142–153, 2012.
今回の講義は遺伝子に関するものだった。そこで考えさせられたのは私たちが親になっ
たとき子どもの DNA を操作しても良いのだろうかということだ。私の意見は DNA は操作
してはならないだ。なぜなら、DNA は生まれてくる子どもたちのものであり、私たちのも
のでないからだ。親が決めた道を進んでいくだけの人間になるのと同じことである。確か
に、優れた DNA だけでできた子どもたちばかりになると犯罪もなくなり、思いやりに満ち
た世界になるかもしれない。しかし、私たちが意図的に操作した DNA で完璧な性格、運動
神経、能力、才能で生まれてきた子どもたちばかりで埋め尽くされる社会は有意義なもの
だろうか。単一的な人間でなく多様な人間がいるから私たちは学び、生活していけるので
ある。子どもの人生は生まれてから子どもがきめ決めればよい。今まで考えたことのない
議題を考えるきっかけとなった。
何を考えたのか、具体的に書いてください。
(や)
今回の講義はこれから子供を持つようになる私たちにとって非常に大切で考えさせられ
る講義であった。
代理母出産に僕は賛成である。それは身体的な理由によってもともと子供を産めなかっ
たり、子供を産めなくなった人の自分の子供がほしいという願いが叶えられないのは悲し
いからである。また、人類が発展させてきた科学技術の恩恵を受けない手はないと思うか
らである。そして国も代理母を認めれば少子化の対策にもつながると考える。そして、代
理母出産によって生まれた子供は遺伝子的には父母のものを受け継ぐのだから、その父母
の子であると認定すべきだと考える。自分の遺伝子を受け継いでいるのにその子を養子と
してしか育てられないのはおかしいのではないだろうか。確かに、講義でもあったように
「科学技術が進みすぎて、社会の理解や法律を追い越している」という考えもあるかもし
れない。しかし、だからといって科学技術の発展を無視するのではなく、社会の理解や法
律もそれに対応するように発展させていくべきだと考える。だから私は代理母出産に賛成
である。
下線部。どんな願いでも叶えてあげればよいというものではありません。なぜ「少子化対策」が必要な
のですか?なぜ「遺伝子的に父母のものを受け継ぐ」ことが、おなかの中で 10 カ月も育て、痛い思いをし
て出産した代理母の思いよりも優先されるのですか?(や)
「科学技術の恩恵」を受けることができない人たちのことも考えてみましょう。
(わ)
ここ最近で私が出生前診断という言葉を聞いたのは 2 週間ほど前に医学部医学科の先輩
と話していたときだ。受験の話をしていて、その先輩は面接のときに出生前診断について
聞かれ、あまりよくないと思うと答えたと言っておられた。そのとき私は、出生前診断が
どのようなものかいまいちよくわかっておらず、男か女か、またその子どもの遺伝子にな
にか異常はないかを調べるものなのに、なぜよくないのかと軽い気持ちで思っていた。そ
して、今日の授業や渡辺先生の実体験を聞いて、出生前診断について知り、自分の考えは
甘かったのだと思った。出生前診断と一言で言っても、確定診断と非確定診断の 2 種類に
わかれ、それぞれ 3 種類の診断や検査があることがわかった。エコー診断しか知らなかっ
たので、自分が思っていた以上に種類があり驚いたし、それだけ正確な結果を知りたい人
は知りたいのだろう。絨毛や羊水診断では流産の可能性もあると聞いたので、将来自分が
子どもを産む立場になったとしてもしたくない。また、話を聞いていくうちに、私が以前
先輩と話していたときに軽く考えていた理由がわかってきた。なぜなら、私は出生前診断
をして得た結果を何に使うのかということまで考えていなかったからだ。もし出生前診断
で染色体や遺伝子に異常が見つかれば、それでもこの子を育てると思う親と産むのをため
らう親の 2 通りに分かれるはずだ。産むのをためらう親の理由としては、障害を持つ子ど
もを育てていけるかという不安や障害者に対する偏見、普通の子どものほうがいいなどさ
まざまなものが考えられる。劣等な遺伝子の抑制・排除を目指す抑制的優生学の考えと似
ている気がした。病気の治療のために遺伝子治療や遺伝子操作を行うのは賛成だが、能力
強化のために受精卵を操作して遺伝子組み換えヒトをつくるのは違う気がする。ほかにも
代理母や救世主兄弟の話もあったが、兄弟を助けるためのドナーとして生まれた子はその
事実を知ったときどう思うのだろうか。どんなに両親から愛されていたとしても自分は道
具なのか、と想像するだけでつらくなった。日々科学技術は進化しているが、そのスピー
ドに法律学や倫理学などが追い付いていない。その矛盾をどうにかしないと問題は解決し
ない。
矛盾をどうすればよいのですか?(や)
今まであまり考えなかったことも、授業をきっかけとして勉強してください。
(わ)
「世界で最初の着床前診断は 1990 年に英国で『ネイチャー』誌に公表された。これは性
別判定によって伴性遺伝疾患を回避する目的で実施された。現在では、遺伝疾患回避の目
的で実施される着床前診断は性別判定ではなく遺伝子の変異そのものを調べる事が多い。
他方、着床前診断によって、染色体異常を原因とする流産の回避が可能であることも判明
し、世界的には流産予防を目的とする着床前診断も多数実施されている。
世界的には 10,000 人以上の児が着床前診断を受けて誕生したと推計されている。
遺伝疾患回避の方法としては、従前は羊水検査や絨毛検査などの出生前診断が実施されて
いたが、出生前診断では胎児の異常が判明したときに人工妊娠中絶につながる可能性が高
いことが大きな問題であった。1978 年ルイーズ・ブラウンの誕生をきっかけとして体外受
精の技術が発展した事、ポリメラーゼ連鎖反応等の分子生物学の技術の進歩等により、受
精卵が子宮に着床する前、即ち、妊娠が成立する前に受精卵の遺伝子や染色体の検査を実
施することが技術的に可能となってきた。推進派の医師は羊水検査などの出生前診断に比
し、受精卵診断によって人工妊娠中絶の可能性を回避できるなどの利点があると主張して
いる。
ただし、ことに人間の場合、優生学を継承した生命の選別・選民思想などの生命倫理的
な問題があるとする意見もあり、その是非については議論が分かれる。同様の問題は出生
前診断についても当てはまる。一方、流産予防に関してはいずれにせよ流産してしまう受
精卵を前もって除くだけなので倫理的な問題は少ないとされる。
」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9D%80%E5%BA%8A%E5%89%8D%E8%A8%BA%E6
%96%AD (Wikipedia「着床前診断」より)
今回の授業で、私は特に着床前診断についてその存在のあり方を考えさせられた。
着床前診断は現在主に遺伝子の変異を調べるために行われているとあるが、それを知っ
た後の対処を考えると意図せずとも優生学的な側面を感じずにはいられない。また、推進
派では出生前診断と違い異常が見られた場合にも妊娠中絶の可能性を回避できると考えら
れているが、母体への影響が軽くなるだけであって命を奪ってしまうことに変わりはない。
技術の発展はそれとともに人のモラルを低下させている気がしてならない。
出生前診断でもそうだが、ダウン症などの疑いがある子供を事前に知ることができる技
術は、同時にそれを排除してしまいたいという親の意識を高めてしまうのではないだろう
か。着床前診断や出生前診断は、金銭的にも誰もが受けられるわけではない。事前に異常
を発見できず障害を持った子供を産む母親も当然いる。もしこの技術がより広まり、異常
のある子は産みたくないという意識が高まってしまっていたとすると、そういった親子は
どうなるだろうか。社会的に立場が低くなってしまうのではないだろうか。私たちは発展
していく技術の中で、流されない道徳意識を身に着けなければならない。
「思う」「感じる」「気がする」はやめるように毎回言っているはずです。具体的にどんな道徳意識を身
に付けるのですか?どうすればそれが身につくのですか?(や)
今回妹の遺伝子を使うことで姉を助けるという話を聞いて、クローン技術のことについ
て調べてみた。
クローンとは分子、DNA、細胞、生体などが同じ生命体のことですでに実験動物などで
成功している。この技術を用いることでオリジナルのほうの体に異常が出た場合、必ず適
合するドナーとして使えることが可能だ。しかしこの考えは救済兄弟と同じく作り出した
モノを生命あるものととらえるか、オリジナルのスペアとしての道具としてみるかが難し
いところである。自分はクローンを使うことには賛成だ。もともと作り上げられたモノで
あるクローンはそこにすでにオリジナルの代用品として扱うことが決まっており、②また救
済兄弟のように産むのではなく作るから情もうつりにくいため罪悪感もひくいのではない
かと考えるためだ。
下線部、
「クローン」について理解していないようです。例えば、一卵性双生児は「クローン」です。
(や)
下線部②、救世主兄弟も普通に妊娠をして出産します。コメント全体を通して誤解が多いです。(わ)
今回の授業では、主に遺伝子について学びました。そして自分はその内容を通して、出
生前診断と男女の産み分けについて考えました。出生前診断は、生まれてくる子供の情報
を実際に生まれる前に得ることが出来るという面で、非常に優れています。しかしその反
面、大きな倫理問題も抱えていると言えます。その問題の 1 つが、男女の産み分けです。
男尊女卑の意識があったり、男の子が生まれてくるのが望ましいとされている社会では、
出生前診断が浸透してしまうと、皆が男の子ばかりを産み、女の子は産まないといったよ
うな事態が起こってしまうかもしれません。このことは、その社会の中での男女比のバラ
ンスの崩壊を引き起こすおそれがあります。さらに、後々に結婚率や出生率の値に対して
もまた、影響を与えるでしょう。このようなことから、科学と倫理については、より注意
をしていかなければならないということが分かりました。
具体的に何にどう注意すればよいのですか?(や)
男女の産み分け以前に、もっと大きな問題がありますよ。
(わ)
今日の講義で思ったことが一つあります。それは、出生前診断の非確定診断の一つであ
る超音波診断についてです。超音波診断いわゆるエコーが出生前診断の一つであるとは知
りませんでした。それはおそらく、超音波で胎児を映し出して、確認することが一般的に
なっているためであります。小説やドラマだけでなく、何よりエコーで映し出された写真
も見せてもらったことがあります。私は以上のことから、出生前診断は何も最近の話題で
はなく、昔から行われ続けているものであると実感しました。
超音波診断は 1970 年代から行われていました。
(わ)
今回の講義で、クリッカーを使った質問の「ヒト受精卵に対する遺伝子治療・遺伝子操
作について」1の絶対に行うべきではない、を選んだ。なぜなら、スライドにもあったよ
うに「生まれてくる子供の”質”を選ぶこと」までもが個人の、親の権利であるのか疑問
だったからだ。
しかし、今回の講義では2の「病気の治療のためなら行っても良い」が半数を占めてい
た。病気の治療のためなら行っても良いと、能力向上のために行っても良い、の二つの違
いが分からなかった。2を選ぶということは、病気や障害を持つ子供はいらないというこ
とと同じ意味である。これは、前々回の授業でやった断種法の考えと何一つとして変わら
ない。断種法はユダヤ人という人種、民族を絶滅させようと生まれた。つまり受精卵に対
する遺伝子治療・操作は病気や障害を持つ子を絶滅させようとしているという意味なので
はないだろうか。
障害や病気をもつ子供も自分の子供であるのだから、選んで産み分けるというのは何か
おかしい。しかし、優生保護法というものを調べると、実際に日本でも存在しており、名
前は変わっているが産み分けすることを容認している。結局、人間を産み分けることはや
っても良いことなのか分からなかったが、私はやりたくない。なぜなら、もし自分が親に
産み分けられたとすれば、あまりいい気持ちはしないからだ。
徳島大学 HP、
「科学と人間」
、検索日 6/29
http://web.ias.tokushima-u.ac.jp/shinkokusai/scienceandhumanity/20090626yamaguti.
pdf
総務省行政管理局、母体保護法、検索日 6/29
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S23/S23HO156.html
下線部、遺伝子治療は障害を持つ子の絶滅ではなく、治療を目的としています。
(わ)
今回の授業で遺伝子や受精といった生命の根幹に関わる科学技術について触れたが、そ
れと同時に多くの倫理的問題が浮上していることも確認した。例えば人工授精。10 組に一
人が不妊症のカップルであると言われる今の世界においては、自分達の子を授かるため、
この技術は有効な物の一つである。しかし、昔から子供を「授かる」と表現する日本では
人間の誕生については自然に任せるという思想が根付いていることも確かであり、人工授
精の方法によっては卵子の持ち主が危険にさらされる場合や苦しむ必要がない場合すらあ
り得る。
このように様々な、答えのない倫理的問題が生まれることに関して、「科学技術が進み過
ぎて、社会の理解や法律をはるかに追い越している」からだというのは一因として考えら
れる。技術が発展し、できることばかりが広がっていくのに対して、今までの常識を覆す
技術に対応した新しい考え方の形成が不完全なままに技術が利用されているのは否めない。
科学技術というのはあくまで手段でしかない。それを用いる人間が重要なのである。また
各個人の立場の違いも倫理的問題が解けない理由の一つである。人工授精を再び例に挙げ
ると、不妊症の人にとって、人工授精は認められるべき技術であるが、そうでない人にと
っては従来の死生観を揺るがす危険な技術である。また同じ不妊症の人でも従来の死生観
を重視する人や技術自体への不信感を持つ人といった、技術を使うことをよしとしない人
もいることも考えられる。人間の意識はそれぞれの立場により違いがある。このことを踏
まえたら、万人が納得して生命に関する技術を用いる日はすぐには訪れないだろう。そこ
を少しでも早めるために必要なのが、技術の正しい認識と他者の立場の理解である。技術
に対する正しい知識と認識は、偏見をなくし、純粋にそれぞれの立場から技術を評価する
ことを可能にさせる。ここから他者の立場が理解できるようになったとしたら、少なくと
も新技術の是非を考える基盤は整うのではなかろうか。
参考(閲覧日 2013/06/29)
タイトル:遺伝子操作と生殖補助技術
制作者:渡部稔
( http://web.ias.tokushima-u.ac.jp/shin-kokusai/scienceandhumanity/2013/0628watana
be.pdf)
タイトル:
「男女産み分け」その是非を決めるのは誰か?
制作者:大西赤人
(http://www.asahi-net.or.jp/~hh5y-szk/onishi/hyor8610.htm)
このコメントでは、「明瞭区分性」が守られていません。たぶん、「主従関係」も守られていないのでは
ないかと推定します。
(や)
今回の講義は、渡部先生が講義をして下さり、遺伝子操作について学びました。私は、
高校時代に生物を選択していたので大体は分かると思っていましたが、渡部先生の講義は
もっと深い所をついていたので、とても充実した時間となり良かった。生殖補助技術とい
う言葉は、聞いたことがなかったのですが、問題点があるので改善する必要がある。不妊
治療は一般に健康保険の適応外や女性の精神的・身体的負担が大きいという点だ。しかし、
生殖補助技術で子供が生まれるという利点がある。経済的な問題もあり、それで子供を選
ぶのは仕方ないことだ。
新型出生前診断でダウン症の胎児をダウン症と判断できる確率は99.1%で、正常な
胎児を正常と判断できる確率は99.9%である。一見、高い確率を残しており信頼でき
ると思われるが、ダウン症と正常な胎児を混ぜて判断すると、このような高い確率で判断
できるのか疑問である。渡部先生の講義はとても興味があり、充実した時間となりました。
ありがとうございました。
このコメントは、授業の要約になっています。また常体と敬体はどちらかに統一しましょう。(わ)
高校の時に生物を選択していたので、今回の授業での DNA(遺伝子)
・RNA・タンパク
質などの仕組みは割とよく分かりました。生物の授業は好きだったので、遺伝や発生のこ
ともだいたい覚えていました。たしかに、遺伝子はすべて同じ物質でできているからほか
の生物へ移すことができるというのも納得です。遺伝子操作の代表として大豆やトウモロ
コシの事は知っていました。しかし、インスリンや成長ホルモンなどの医薬品まで遺伝子
操作でできているとは知りませんでした。アミラーゼやリパーゼは人間の体内でも作られ
ているもので、そんな物まで遺伝子操作で作ることが可能なのかと感心してしまいました。
また、代理母の問題として、日本では生みの親が本当の親であるとされています。この
規制はもう少し緩めるべきです。この問題で、向井亜紀・高田延彦夫妻の問題が挙げられ
ていました。たしかに、代理母の子どもの受け渡しの拒否や依頼主の受け取りの拒否など
問題はたくさんあり、全面的に代理母を認めるのは慎重になるべきです。しかし、依頼主
の受精卵を使い、遺伝的に依頼主が両親であることが明らかであるのに、
「実子」であると
認められず、
「養子」として育てるしかないというのは、もう少し考えるべき問題です。
具体的に何を考えるのですか?なぜ「遺伝子的に父母のものを受け継ぐ」ことが、おなかの中で 10 カ月
も育て、痛い思いをして出産した代理母の思いよりも優先されるのですか?(や)
出生前診断を行う理由について詳しく知りたいと思い、調べてみました。
「出生前診断の目的は、第1に妊娠の判断、すなわち胎児が存在しているか、生存して
いるかの判断である。第2に胎児の位置や向き、あるいは胎児環境が危険なものではない
かの評価である。これらは安全な妊娠分娩を迎えるために重要な診断となる。
第3に、その時点における胎児の状態評価、すなわち元気でいるかの判断で、特に胎児に
大きなストレスがかかる分娩進行時の評価が重要となる。第4に、胎児に先天異常や遺伝
疾患を含めた何らかの異常がないかの評価である。
」とありました。
(Wikipedia 参照 6月29日)
私は上記の第4の目的が、出生前診断を行う主な理由だと認識していたため、等しい価
値を持つ命を選別する出生前診断は絶対に行うべきではないと考えていました。
しかし、今回自分で調べた結果、出生前診断は上記の第4の目的だけではなく、無事に
胎児が生まれてこられるように手助けをするという目的も大いに含まれているということ
を知り、出生前診断は命の選別をするための道具というわけではなく、出産過程で非常に
重要な役割を果たすものでもあるということを理解することが出来ました。
ウィキペディアの何の項目を調べたのか書くように。
(や)
まず、渡部先生の授業コメントです。授業では手を挙げそびれたのですが、私は以前に
映画『私の中のあなた』を見たことがあります。この映画の冒頭で、救世主兄弟であるア
ナが、「赤ちゃんは偶然生まれる。けれど、私は作られた」と独白する場面がありました。
このように、救世主兄弟は、子供が「自分は望まれて生まれたのではなく、兄弟を助ける
ためだけに生み出されたのではないか」という気持ちを持ち続けてしまうのではないでし
ょうか。また、アナは姉のドナーとして、小さいころから痛みを伴う移植のための手術や
検査を強制され、何度も入院しなければなりませんでした。アナは救世主兄弟は人の命を
救うためとはいえ、強制的にひとりの人間の普通の生活 を奪ってしまいます。たしかに、
子供を救いたいと思う親の気持ちは、親でない私には計り知れないくらい大きなものです。
ドナーを探している間に病気の子供は死んでしまうかもしれません。けれども、兄弟を助
けるために負担を背負うことを前提とした子供を作るのは、倫理的に問題ではないでしょ
うか。
次に、図書館での資料検索について質問です。私は、前回の授業コメントで「図書館で
探し物をする際は、館内を歩き回らなければならない」と書いた学生です。教えていただ
いたとおり、次回からは資料検索を活用します。ただ、資料検索で探したい内容を入力し
て検索しただけでは、蔵書がヒットしません。たとえば、「アルバート坊や」「優生政策」
で検索しても、パソコン上に「資料が見つからない」という言葉が表示されます。入力し
たキーワードが題名に入っていなければ、検索できないようなのです。この場合、どのよ
うに検索すれば、効率よく資料を探すことができるのですか。
図書館の資料は、
「著者」か「題名」で検索するのが普通です。そこで、参考文献の著者や題名を知る必
要があります。そのためにはまず、普通にネットで「アルバート坊や」
「優生政策」などと検索してみまし
ょう。それだと結果が多すぎるようなら、
「参考文献」という検索ワードを入れてください。参考文献を紹
介したウェブページが見つかるはずです。そこに紹介されている文献を図書館で探して読んでみましょう。
また、CiNii(サイニー)など論文検索エンジンを使えば、キーワードでも検索できます。図書館 HP の
「雑誌論文を探す」ボタンを押して、CiNii を選択してください。
(や)
『私の中のあなた』は、出生前診断や人間の尊厳を考えるいい題材になると思います。まだ見ていない
人に勧めてください。
(わ)
将来子どもを持ちたい身として、今回の授業は非常に考えさせられました。特に、出生
前診断はあって良いものなのかどうか、という点です。生まれてくる自分の子どもが健康
であることを願うのは、親として当然のことです。しかし、それを診断するところまで踏
み込んでしまって良いのでしょうか。確かに、利点として、異常が見つかった場合は、生
まれてくる子どもの姿や運命を覚悟することが出来ます。しかし、また逆に、親はその子
どもを流産させることが可能でもあります。異常があるからと言って、一人の人間の"命"
を殺してしまって良いとは考えられません。親という他人の自由で一つの命の運命を決め
ることは間違っています。また、羊水検査など、例え確率が低くても母体に影響が出るか
もしれない検査で、リスクを冒してまでも異常を知らなければならないとは考えられませ
ん。
ますます、これからも新しい発見がされ、不可能だった様々なことが可能になると考え
られます。しかし、人の命はみんな平等であり一つであり、それはいつの時代も変わりま
せん。生まれてくる命も含め、命のあり方や重さについて、一人一人が再認識するべきで
す。
具体的に何を再認識すればよいのですか?(や)
コメントの内容には賛成します。最後の段落をもう少し具体的に書けばさらに良かったでしょう。(わ)
今回の講義では出生前診断について取り上げられていた。出生前診断は国によって扱い
が異なっており、今回はその一部を調べてみた。
日本:直接的な法的規制は存在しない。
フランス:出生前診断を胚または胎児の特に重篤な疾患を発見するための医療行為であ
ると定義し、事前の遺伝カウンセリング 45 を要することとした(L 第 2131-1 条)。診断
は、認可を受けた機関で、定められた要件に従って行うこととされ、
「出生前診断複合研究
センター(Centre pluridisciplinaire de diagnostic prénatal)」が病院等の施設に置かれる
こととなった。
イギリス:着床前診断を特別に規定する記載はないが、同法により設置されたヒト受精・
胚研究認可庁(Human Fertilisation and Embryology Authority:HFEA)が着床前診断
に関する施設の許認可等を行い、実施要綱 29 も定めることとなった 30。
西ドイツ:に着床前診断を明示的に禁止する規定はなかったが、ヒトの胚をその維持以
外の目的のために利用することを認めていないため(第 2 条第 1 項)
、着床前診断も認めら
れないという解釈が多数派であった 54。
このように、調べた中では出産前診断について割と消極的な国が多いことが分かった。
この理由としては倫理的な問題が挙げられるだろう。先生がおっしゃっていたように、現
代の優生学は国家レベルではなく、個人の意識レベルのものであるので、出産前診断を制
限することで誰彼かまわず診断することがなく、国民一人一人が考える余地が出来るので
ある。
国立国会図書館:諸外国における出生前診断・着床前診断に対する法的規制について
http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8173847_po_0779.pdf?contentNo=1
下線部。本当にそうですか?(や)
着床前診断と出生前診断を混同しています。
(わ)
ヒトゲノムが解析されヒトの設計図が分かってきたいま、親は健康な子供、よりよい子
供の誕生を要求するようになり、遺伝子の再設計、デザインに駆り立てられている。この
ようにデザインされて生まれた子供をデザイナー・ベイビーという。遺伝子改良の対象と
なる特徴は 2 つに分けられる。1つは生物的特徴、2 つ目は心理的特徴である。生物的特徴
は、髪の色、身長、座高、体重、筋力、視力、聴力、老化などである。心理的特徴は陽気、
陰気、怒り、記憶力、計算力、知能、音楽的才能などである。これらの遺伝子を操作すれ
ば両親が望む思い道り通りの子供授かることができ、恩恵を受けることができる。例えば、
肌の色の遺伝子を変更すれば肌の色による人種差別は意味がなくなる。また体重の調節は
かなり辛く肥満のかなりの部分が遺伝子によって決定されている。また身長、座高はトレ
ーニングで変更することはできない。他にも子供を有名なスポーツ選手にしたければ筋力
に関わる遺伝子を操作しておけばよく、薬物による筋肉増強剤の禁止にも引っかかること
はない。
しかし、これには多くの反論が伴う。
『基礎から学ぶ生命倫理学』には、反論として「危
険性が高すぎる。
」、「遺伝子レベルでの社会差別が生じる。」、「社会が均一化し個性がなく
なり、社会が不活性となる。」、「親子関係が崩壊する。」等が挙げられている。遺伝子操作
には高い危険性が伴う。なぜなら、
「一つの遺伝子が一つの特徴に対応していることはまれ
であり、遺伝子が複数関係して一つの特徴を形成している。さらには、その特徴も複数の
特徴のなかで意味をなしている」*1 からである。また遺伝子操作を子供に受けさせられる
のは経済的に豊かな人たちで、経済的に貧しい人たちは遺伝子操作を受けさせることがで
いきないのである。さらに、
「改良によって誰もが同じような体型、同じような容姿、同じ
ような能力を持つようになる。社会が均一化し個性がなくなる。個性がなくなれば、個人
も社会も想像力や他者を愛する力が減退する。なぜなら、創造性や愛情は他社者との違い
から生じるからである」*2。また、
「子供をデザインすることは子供が親の製品や道具にな
るということである。子供は親の願望を投影した製品であり、願望を実現する道具となる。」
*3。ここには親子の愛情は存在しないのである。
このことから、私は子供の遺伝子を操作して自分の思い通りの子供にすることに反対だ。
なぜなら、親にデザインされて生まれてきた子供たちには自由などなく、親によって運命
を決められているからだ。また、筋力や知能などを遺伝子操作してしまえば、一生懸命ス
ポーツや勉強に取り込んでいる人たちの努力が無駄になり、遺伝子操作により新たに差別
が増えてくるからだ。
*1 は(
『基礎から学ぶ生命倫理学』 村上喜良 株式会社 勁草書房 2008 年 86 ページ)
からの引用を表す。
*2 は(
『基礎から学ぶ生命倫理学』 村上喜良 株式会社 勁草書房 2008 年 87,88 ペ
ージ)からの引用を表す。
*3 は(
『基礎から学ぶ生命倫理学』 村上喜良 株式会社 勁草書房 2008 年 88 ページ)
からの引用を表す。
参考文献
『基礎から学ぶ生命倫理学』 村上喜良 株式会社 勁草書房 2008 年
著者は?『図解
バイオビジネスのことが面白いほどわかる本』
バイオビジネス研究会
株式会社 中経出版 2001 年
『遺伝子革命と人権 ~クローン技術とどうつきあっていくか~』 編集 ジャスティン・
バーリー 訳者 石井陽一 株式会社 DHC 2001 年
引用文献
『基礎から学ぶ生命倫理学』 村上喜良 株式会社 勁草書房 2008 年
「参考文献」は、本文中のどこでどう参考にしたのですか?「単に読んだだけ」なら、文献表に書いて
はいけません。文献は、著者の姓の 50 音順、もしくはアルファベット順に並べましょう。(や)
出生前に胎児の状態を調べるために出生前診断がある。これを行うことによって生まれ
てくる子どもの病気や異常の有無を調べることが可能である。出生前診断には、確定診断
と非確定診断の 2 つに分けられる。確定診断には着床前診断、絨毛診断、羊水診断の 3 つ
がある。着床前診断をするには、遺伝病をもっている、習慣性の流産である、などの条件
が必要である。①日本では行われていない。また、絨毛診断や羊水診断は羊水などを採取す
る際に母体に針を刺して調べるため、流産のリスクが高くなってしまうというマイナス面
がある。非確定診断には超音波診断、母体血清診断、新型出生前診断の 3 つがある。これ
らを受けるのは、生まれてくる子どもに病気や異常がないか調べるためである。しかし、
このような診断を受ける必要があるのだろうか。この診断は病気や異常の有無を調べるが
異常であるという基準がよくわからない。どのような状態で生まれてきても、その子ども
を育てていくに越したことはない。出生前診断は、受ける・受けないは自由だが、軽い気
持ちで受けるべきではないのである。
出生前診断という言葉はテレビのニュースで耳にしたことがあったが、確定診断、非確
定診断の 2 つ大きく分けられ、それぞれ着床前診断、絨毛診断、超音波診断など種類がい
くつかあることを初めて知った。絨毛診断や羊水診断は、診断をすることによって流産の
リスクが発生するのに、なぜそのような診断がまだ行われているのだろうか。ほかの診断
でも調べることができるから、リスクのない診断だけで充分である。
どんな気持ちなら受けてもよいのですか?(や)
下線部①、日本でも行われています。
(わ)
今回は遺伝子に関する講義で、身近な遺伝子操作にによってできた産物も知ることがで
きた。高校時代は生物選択だったので、当時の知識で理解できることも多く、さらに発展
した内容もとても現実の生活に即していて興味深かったので、とても楽しかった。細胞の
種類は2種類あって、体細胞と生殖細胞であることからも、生殖がいかに人にとって大事
なことかがわかる。それなだけに多くの議論もあるのだろうし、どこからがヒトなのかと
いう倫理的な問題が絡んできたりもするものだろう。もちろん時代や文化の影響も受ける
し、科学技術の進歩も関係してくる。科学技術も進歩し続けることが求められ、社会のニ
ーズに応えることが要求されているから、一般的な感覚を持ったわたしたちは、こういっ
た発展に対して倫理的な問題を視野に入れながら生活するべきだ。代理母のリスクが減っ
ていったり、同性愛にたい対する見方が変わっていったりすると、ますますこういった問
題点は浮き上がってくるのだろう。人間の感情論と、倫理観に対して、中庸な見方を身に
付けたい。
下線部。具体的にどのように生活するのですか?なぜ「中庸な見方」を身に付けたいのですか?それは
具体的にはどんな見方ですか?(や)
生まれてくる子供の性質を生まれる前に両親が決めることが良いことかどうかは人によ
って考え方が違う。いま、わたし達にとってそのようなことは身近ではないし受け入れ難
く感じる人が多い。①しかし最先端の技術など、いつも最初は受け入れられにくかったので
はないだろうか。それがどんどんと広まって一般的なものへと変わっていったのではない
だろうか。だとしたら、生まれてくる前に遺伝子を操作して性質を決めることも、いつか
当たり前になるときがくるかもしれない。両親には様々な思いがある。子供が自分の理想
通りに育ってほしい、というのは多くの人が考えることだ。しかし子供にも感情があって
どう生きていくのかは子供自身が決めるということを忘れてしまっている両親が多くいる
ように感じる。子供は両親のあやつり人形ではない。遺伝子操作を願い実行するかどうか
は個人の自由であるが、そうするときは子供自身の意見も尊重すべきだ。
「当たり前になる」ことと、
「正しい」こととは別のことです。生まれてくる前の子供の意見をどうやっ
て尊重するのですか?(や)
下線部①、科学技術は、原発や DDT のように一般的になってもそれがずっと受け入れられるとは限りま
せん。
(わ)
日本では、代理出産が認められていない一方でインドではブームになっている。「米英な
どに比べ、代理出産の費用 3 分の 1 程度で済むことも手伝って、代理出産を扱うインドの
クリニックには外国から照会が多数寄せられている。貧しい生活を余儀なくされている女
性たちにとって、代理出産で得られる謝礼は貴重な資金になっており、今後も増え続くと
予想されている。
」しかし、
「インドには米国と違い、代理出産などを規制する法律はなく、
女性が搾取される恐れもある。
」私は、日本で代理出産を行うことに賛成である。子どもを
もてないカップルが少しでも救われるからだ。けれども、その代わりにやはり代理出産に
関する法律や規制は必要だ。インドのように自由に代理出産が行われたとしたら、現在で
も生じている親権や女性の権利の問題などが必ず日本でも生じてくるだろう。子どもを産
むということは、女性のなかでの大きな出来事であり、人生を変えてしまうこともある。
だから、女性に対するサポート、明確な代理出産の規定があったほうがより安心する。私
も将来は、結婚して子供をもつかもしれない。自分に身近な問題であると同時に妊娠や出
産に関する法律が、これから日本でどうなっていくのか注目していきたい。
参考
日刊ベリタ:記事:インドでの代理出産がブームに
不妊の外国人カップルらが依頼
(2006.4.25) http://www.nikkanbeita.com/read.cgi?id=200604251411122
具体的にどんな規定があったらよいのですか?(や)
今回の授業は遺伝子操作と生殖補助技術についてでした。この授業の中で10組に1組
は不妊のカップル、もしくは夫婦がいるのに不妊の治療は保険の適応外だとお聞きしいて
なぜなのかを調べたところ、
「日本の医療保険制度においては疾病等に対する有効性、安全
性等が確立した治療を保険適用の対象としている」ということがわかりました。この考え
かた方から、
「不妊治療のうち、ホルモンの異常、子宮・卵管の機能障害などの身体の異常
に対する治療については、治療と疾病との関係が明らかであり、治療の有効性、安全性等
が確立していることから、保険適用の対象として」いるということ、
「体外受精等のその他
の不妊治療については、不妊の原因となる疾病の治療を目的としたものといえるかどうか、
また、その成功率が必ずしも高くなく有効性が確立しているといえるかどうか等の点から、
厚生労働省においては、現時点では保険適用の対象とすることは困難である」とされてい
たということがわかりました。(引用:国政モニターの声に対する回答
厚生労働省
http://www8.cao.go.jp/monitor/answer/h18/ans1811-005.pdf 検索日 2013/6/30)
しかしこの記事を探しているときに「不妊治療の費用を保証する保険が来年以降、解禁さ
れ る こ と が 固 ま っ た 」( 引 用 : 朝 日 新 聞 デ ジ タ ル
http://www.asahi.com/business/update/0517/TKY201305170359.html
検
索
日
2013/6/30)という記事を発見しました。これは、体外受精等の不妊治療が疾病の治療とし
て有効であり、成功率の点から見ても有効性が確立されていると判断されたということを
表しているのでしょうか。授業で受精の成功率が 30%ほどしかないということを知り、治
療には莫大なお金がかかるということ、治療しても確実に子供ができるという保証はない
ということを知りました。そして女性の精神にも身体にも多大な負担がかかるということ
を知ったので、不妊治療の有効性が確立されたなら喜ばしいことです。
下線部、これは国の健康保険ではなく民間の医療保険ですので、不妊治療の有効性とは関係ないでしょ
う。また引用先によると「販売が想定されるのは、事前に保険に加入していた人が、不妊と診断された後
で治療費を受け取れるような保険」ですので、普及も難しいかもしれません。
(わ)
今回の講義は、非常に考えさせられたがすごくコメントが難しい。どこからが「ヒト」
なのかについては明確な答えが存在せず、生まれてくる子供の“質”も選ぶことができるのか
ということは個人の倫理観や感情論に大きく左右するものであり、この「科学と人間」で
最もやってはいけないことであるからである。実際、私は生殖補助技術や出生前診断や救
世主兄弟などの生命の誕生への人間の介入については反対だが、これも科学的な思考とい
うより私自身の倫理観である。事実、それで不妊に悩む夫婦が救われたり、障害を持った
子供を育てる気のない夫婦にとっては助かるのかもしれないが、それでもやはり私は人類
が手を出してはいけない技術だと考える。こういうリスクがあるからとだめだというより、
倫理観からくる考えというか感情論である。今回に渡部先生の授業では確率を用いて解説
していただき参考になったが、それも例えば、人類誰もが上記のような技術や考えに対し
て倫理的に正しいことだと思うのなら、確率論もほとんど意味をなさない。どうしてもこ
の問題は白黒つけたり、こうすべきと提唱することが私にはできない。
このまま終わってしまうと山口先生がするなとおっしゃっていた「結局○○思考」になっ
てしまうので、提案を出すと、この問題は今後中学生や高校生の教育現場に必ず導入すべ
きだと私は考える。正直、私はニュースの特集などでしかこの問題は耳にしてこなく、今
回の授業を通して初めて詳しく学んだ。大学生になって初めてこの問題に頭をひねってい
る自分が恥ずかしい。この問題は確かに難しいが、親の影響も少なくなって自分で判断す
る機会が多くなり、ある程度の性的知識を持った、中学生、高校生にも十分に考えられる
問題であり、こういった教育の現場でないと世の中の全員の人が知る機会はない。確かに、
それぞれが考えを持っても賛否両論になるが、少なくとも民主主義の日本では多数の考え
が法を動かすので、この問題の法律的な観点は世論によって左右される。したがって、そ
のためにも若いうちからこの問題を考えなければならないので、私はこの優生学にもつな
がるこれらの問題、考えの賛否を中学生、高校生で考えさせる機会を作るべきだと考える。
下線部、なぜ「やってはいけない」のですか?何をやってはいけないのかもよく分かりませんが。なお、
「倫理」と「感情」を同一視しているようですが、両者は全く別です。
中高生に「何を考えさせる」のですか?「障害のある子供は中絶すべきだ」という「考え」の子がいた
として、
「価値観は人それぞれです。それもまた尊重すべき一つの価値観であり、あなただけの立派な意見
です」とかいって認めてやるのですか?(や)
今回の授業の中にあった、生殖補助技術と出生前診断についてのお話はかなり興味深い
ものでした。
現在では、こんなにも多くの方法で出生前診断を受けられるという事実には驚きでした。
授業の中で、
「あなたは、ヒトの受精卵に対する遺伝子治療・遺伝子操作についてどう考
えるか。
」という質問がありました。私は、この質問に「絶対に行うべきではない」と答え
ました。なぜこのように答えたのかというと、自然に生まれ持った子供の運命に人工の技
術が介入すべきではないというのが私の意見だからです。運動神経が悪い子供が生まれて
くるのも、障害を持った子供が生まれてくるのも、神様がその親に必要であるとして与え
た課題の1つなのではないでしょうか。神の存在は信じていないという人にとっては胡散
臭い話だと言われるかもしれません。課題というのは、言い過ぎかもしれませんが、私が
言いたいのは、子供の特質というのは、何か理由があって持って生まれてきたものではな
いかということです。自分の子供の特質を変えようとしている親の気持ちが知りたいです。
生まれてくる自分の子供の全てを受け止めることこそが、本来の親の姿ではないでしょう
か。
下線部、子供が生まれることは自然現象です。自然現象に「理由」や「意味」は存在しません。(や)
あなたの意見はわかりましたが、なぜその意見なのかという理由の説明が弱いです。
(わ)
今回の授業の中で、
「徳島県こうのとり応援事業」という機関について興味を持ちました。
なぜなら、国の健康保険の中に、不妊治療が登録されていないからです。現在、日本では
少子化に対する対策が騒がれているのにも関わらず、このような治療に保険がきかないこ
とは問題ではないかと疑問になったこからです。だからどのような活動が行われているの
か実際に調べてみることにしました。
徳島県では、徳島市をはじめとする 13 もの市町村が活動していました。組織としては、
保健福祉部や東部保健福祉部などに分かれ、成り立っていました。対象者の規定や支給条
件、申請の書類などの手続きが大変ですが、専門的相談室や気軽に参加出来るという点で
は制度が整っているようでした。
このように調べてみましたが、実際に広く知られているわけではないようだったので、
やはり国として健康保険に登録すべきではないでしょうか。確かに女性にとっては身体的、
精神的に負担になることが大きいですが、それは各夫婦が決めることであって、国がしっ
かりいた制度として成立させておくべきなのです。
最後の段落、理由が一つも書かれていません。
(や)
少し前のコメントにもありましたが、日本ではあきらかな病気がある場合を除きや不妊自体は「病気」
とは考えられていないのが現実です。
「病気」の治療でないものに健康保険を適応することは難しいでしょ
う。
(わ)
現在、日本では10組に1組のカップルが、不妊に関する悩みを持っているとされてい
る。その様なカップルは、通常の生活内では、将来子どもを産み育てることが困難である。
この様な人たちの為に、生殖補助技術という医療技術がある。この生殖補助技術は、体
外で生殖医療を行う技術である。生殖補助技術には次の様なものが挙げられる。
1つ目は、人工授精(体内受精)である。これは、男性の精子を女性の子宮に直接注入
し、女性の体内で受精をする方法であり、精子の死滅率を減少させることが出来る。女性
に排卵能力があるにも関わらず、不妊状態にあるカップルに用いられる。また人工授精は、
当該男性の精子を用いる配偶者間人工授精と、第3者の精子を用いる非配偶者間人工授精
の2種類に分類することが出来る。
2種類目は、体外受精である。これは、女性の卵巣から体外に取り出した卵子を、男性
の精子と受精させ、数日後にその受精卵を女性の体内に戻し、着床させるという方法であ
る。体外受精は、人工授精よりも妊娠が困難な場合に用いられる方法である。
3種類目は、顕微授精である。これは、顕微鏡を使用して、精子を卵子に直接注入する
方法である。しかし、高度な技術を必要とする処置である上、処置の過程で薬剤を使用す
る為、リスクをきちんと知っておくことが重要である。
4種類目は、胚移植法である。これは、細いチューブに受精卵(胚)を入れて、超音波
で確かめながら採卵と逆の手順で子宮内に戻す、とう方法である。
これらの方法において、1度に子宮に戻すことが出来る受精卵は1個までで、それ以上
になると多胎になってしまう可能性がある。また、女性側に大きな精神的・身体的苦痛を
与え得るものであるので、可能なことならこれらの生殖補助技術は用いない方が良い。
参考文献:
・人工授精と体外受精の違い - 体外受精.com 費用・リスク・成功率
http://www.seemyla.jp/entry8.html
・生殖補助技術(ART)―― 現状と将来 ――
http://www.meijigakuin.ac.jp/~iism/pdf/nenpo%20008/p081_10Hashimoto-sensei.pdf
・体外受精-胚移植法(IVF-ET) - 銀座レディースクリニック
http://www.ginzaladies.com/remedy6.html
・胚移植・・・体外受精の ABC
http://www.ivf-abc.com/ivf_et.html
「明瞭区分性」を守るように。
(や)
同上。山口先生が授業で何度も言っていたはずです。
(わ)
今回のテーマは、
「遺伝子操作と生殖補助技術」であった。高校時代、生物を習っていた
こと、
「生命科学の基礎」の講義を受講していることも手伝って、今回の講義内容は、よく
理解することができた。講義で興味深かったのは、「出生前診断」のところである。私は、
これに関する知識は全くなかったため、驚きの連続であるとともに、知らなさすぎる自分
の情けなさを痛感した。少しはこういう知識を得られるよう、努力したい。
具体的な中身のないコメントです。
(や)
授業の「感想」ではなく、自分の意見をしっかり述べた「コメント」にして下さい。
(わ)
今回の授業は少々重い話であったが他人事として考えられない話であった。将来誰かと
家庭を気づいていく中で出生前診断を行うか考える時が来るかもしれない。その時に後悔
しないためにも今回の授業はとてもためになった。授業を聞いていて、出生前診断という
名前はニュースなどで知っていたが、その内容については自分は全く知らなかったことに
気付いた。もし出生前診断を知らないままでいたら楽観的に考えて受けていたかもしれな
い。また、優生学的な考え方は少なからず誰もが思っていることではないだろうか。授業
の中で出生前診断が抑制的優生学につながっている?という話があったが、確かに障害を
持った子供を育てるのは大変だから健康な子供を産みたいと考えることはあってもおかし
くないことだ。しかし、たとえ障害を持っていたとしても尊い一つの命である。そう簡単
に中絶しようとは考えられない。将来この問題にぶつかったとき、今回の授業を思い出し
てじっくり検討し、自分が後悔しない道を選びたい。
将来に先送りせず、いま考えておきましょう。
(や)
今回の授業では遺伝子操作と生殖補助技術について学びました。その中に出生前診断と
いうものがありました。出生前診断には確定診断と非確定診断があり、それぞれの検査で
診断できることが違います。なぜこのようなことをするのかというと、胎児に病気や異常
がないかを調べるためです。では、もし胎児に異常があれば親はどうするのでしょうか。
選択肢は2つあります。そのまま生むか、人工妊娠中絶するか。たとえ子供にどんな異常
があっても産んで育てるという親もいますが、逆に子供に異常があれば中絶を選ぶ親もい
ます。さて、ここで中絶を選ぶのは果たして悪いことなのでしょうか。親にとって自分の
子供は何事にも代え難い存在であり、大切にしなければならない存在です。しかし、生ま
れてくる前にその子に異常があると知ってしまったら。その子を産んでも、その異常のせ
いでその子の人生が苦しいものになると想像してしまったら。そして、そのような異常を
持った子を本当に育てることができるのか不安に陥ってしまったら。自分のお腹の中の子
が先天的な異常を持っていると知った親は、これらのような葛藤の末、中絶という道を選
んでしまうかもしれません。そのような人を「人殺し」と責めることができるでしょうか。
出生前診断は言ってしまえば命の選別を行うものです。だから、容易にしてはいけない
ものです。自分が生まれる前に出生前診断をされたと子供が知ればどのように思うでしょ
うか。診断の結果によっては今生きていないかもしれません。出生前診断は本当に覚悟を
持って行わないといけないのです。
下線部、刑法上、「中絶(堕胎)」は「殺人」とは別扱いです。ただし、胎児を殺すことを「人殺し」と
いうのであれば、「中絶」は「人殺し」に他なりません。あなたの意見は、「葛藤の末であれば殺してもよ
い」ということなのですか?下線部二つ目、どのように思うのですか?(や)
なぜ、障害のある子供(あるいは家族)の人生が苦しいものになると想像してしまうのでしょうか?私
たちはどのようにしなければならないと思いますか?ヒントは、今回のコメントに対する山口先生の回答
にあります。
(わ)
今回は遺伝子操作と生殖補助技術についての講義でした。なかでも私は出生前診断につ
いての話に興味をもちました。今回の講義で確定診断であればかなり高い確率で子供の病
気等がわかるということを学びました。医療技術の進歩はすごいものであると感じました
が、出生前診断を行うのには私は反対です。なぜなら、もし子供に異常が見つかったとし
ても産み育てるというのならかまわないと思いますが、人工妊娠中絶を行い、子供の命を
奪ってしまうのは立派な差別であるし、生命の選別につながるからです。同じ命であるの
に、障害や病気があるからいらないというのは間違っています。それに、たとえお腹の中
にいる子供であっても、生きる権利はあるはずです。安全な出産をするために、出生前診
断を用いて胎児の様子を知ることは必要ですが、異常があった場合の人工妊娠中絶を前提
とする出生前診断は賛成できません。
また、今回の講義では生殖補助技術についても知らなかったことをたくさん知ることが
できました。日本のカップルの10組に1人が不妊であることや、体外受精による子供が
50人に1人もいることは私の想像よりはるかに多かったです。それにもかかわらず、不
妊治療は保険適応外であることは改善すべき問題であるのではないでしょうか。日本は現
在少子化であるのだし、もっと積極的に子供を望む人たちの補助をおこなっていくべきで
す。
下線部、どのような出生前診断なら賛成できるのですか?(や)
少し前のコメントにもありましたが、日本ではあきらかな病気がある場合を除きや不妊自体は「病気」
とは考えられていないのが現実です。
「病気」の治療でないものに健康保険を適応することは難しいでしょ
う。
(わ)
着床前診断など最先端技術には常によい面と悪い面が存在している。また、それは私た
ちの選択によってよいものにも悪いものにも変わってしまう。そのことを今回の講義で改
めて思った。私は初め、遺伝子操作での病気の治療だけは行ってもよいと考えていた。し
かし講義を振り返ってみると、そんなに安易に考えていいものなのか疑問を感じた。もち
ろん、ガンなどの病気がなくなることは誰も苦しい思いをしなくなるからとても好ましい
ことだと思う。けれど講義の中ででた、子供の質を親が勝手に選んでいいのかという考え
も無視できない。その考えは、子供の容姿や能力について言ったことかもしれないが、私
は病気もその子どもの一部だと思うので遺伝子操作には反対である。これは私自身が五体
満足で、今まで遺伝的な大きな病気にかかっていないから言える甘い考えかもしれない。
だから他の人の意見も聴いてまた色々考えていきたい。
今回の他の学生さんのコメントと教員の回答を参考にして下さい。
(わ)
今回は出生前診断の種類とその特徴を学んだ。将来的に子供が出来た時、出生前診断を
受けるか受けないか決める時に役立つ情報だと思った。出生前診断が人間の選別につなが
る可能性がある、と授業で先生が仰っていましたがそれが正しいかどうかは誰も判断でき
ないところがこの問題を難しくしていると考えた。なぜならば、出生前診断でお腹の中の
子供が障害を持っていると解った時前もって障害を持つ子を育てる心構えが出来て良かっ
たと考える人もいれば障害を持つ子は、両親が生きている間は面倒をみることができるが、
死後は世話をしてあげられる人が居ないので産むことはできない、と考える人も居ると思
ったからで、また、どちらの考え方も否定することはできないからだ。
あなた自身の意見はどうですか?(わ)
今回の授業の中で光るカエルというものがあった。これは自ら発光するオワンクラゲの
発光タンパク質の遺伝子を取り出し、その遺伝子をカエルの卵の中に注入したら光るカエ
ルが誕生するというものであった。ここで、人間の受精卵の中にこのオワンクラゲの発光
タンパク質の遺伝子を注入したら光る人間が生まれるのだろうか。おそらくこの実験をし
ようとすると日本だけでなく世界から批判の声が上がることは明らかだろう。なぜなら、
人体を使って実験する人体実験は倫理的な問題が大きく影響するからである。それならば、
せめて私が科学者であれば人間に最も近い動物であるチンパンジーを使って実験してみた
い。
当然、光る人間やチンパンジーを作ることは技術的には可能です。しかし、何の目的で実験してみたい
のですか?(や)
オワンクラゲの GFP 遺伝子を組み込んだ光るサル(マーモセット)は 4 年ほど前に作られています。光
るヒトの作製は、授業でも言った通り法律で禁止されています。
(わ)
今回は遺伝子操作と生殖補助技術についての授業でした。遺伝子操作については、遺伝
子組み換え食品につては知っていたが、医薬品や添加物など幅広く遺伝子操作が行われて
いることがわかった。また、生殖補助技術についても学んだ。生殖補助技術の問題点の一
つが多胎のケースが多いということで、減数手術が行われる場合があるということだった。
経済的な理由などがあるとはいえ、この世に生まれ大切に育てられる命と生まれてこられ
ない命が、親の都合でわけられていしまうのはおかしい。多胎であるかもしれないという
可能性を十分に理解したうえで生殖補助技術を利用するべきである。
また出生前診断につても学んだ。羊水診断などの確定診断を利用すれば、胎児の障害の
有無などがわかるということだった。しかし、それは障害のある子どもの出生を防ぐこと
につなっがっていしまう。たとえば、健康で生まれた子どもが、何らかの事故や病気で障
害を持ったとき、多くの親は以前と同じように子どもを育てるだろう。それにもかかわら
ず、出生前に障害が見つかった場合、生まないという選択肢が考えられてしまうのは出生
前の命を軽視しているためではないだろうか。以上のように今回の授業を通して、遺伝子
操作や生殖補助技術などの発展を知るとともに、そこに生命倫理にかかわる問題が生じて
いることを認識することができた。
それだけでなく、もう一つ疑問に思ったことが、生殖補助技術の利用というのが健康保
険の適応外であるということだ。不妊のカップルが10組に1人で、体外受精でうまれた
子どもが50人に1人と、多くのカップルが生殖補助技術の利用の必要としているだろう。
少子化が進む日本では、そういった人々の支援も必要ではないだろうか。
日本ではあきらかな病気がある場合を除きや不妊自体は「病気」とは考えられていないのが現実です。
「病気」の治療でないものに健康保険を適応することは難しいでしょう。そこで授業でも述べたように、
自治体による支援が行われています。
(わ)
遺伝子操作の技術や、出生前診断など聞いたことはあっても詳しく内容を知っているも
のではなかったので、授業を受けてある程度内容を理解できた。
「遺伝子組み換え」という
言葉は特に食品関係で今までに何度も目にしていたが、ほかにも、花や医薬品にもその技
術が使われているとは知らなかった。また、出生前診断もいろんな技術を使ったものがあ
るのだとわかった。出生前診断には生命倫理的な問題も伴うため個人的にはあまり良いも
のであるとは言えない。
下線部、もっと具体的に。
(わ)
将来子どもを身ごもった時に、その子が障がい者だったらどうするかということは前か
ら考えていました。今回の授業を聞いて、優生思想に基づいて子どもを選別することの空
恐ろしさを感じましたが、それでも私は身ごもった子が障がいを持っていた場合は産まな
いと思います。もちろん迷うとは思いますし、身体的、精神的ダメージも受けると思いま
す。しかし、金銭問題、時間的、身体的、精神的労力を考えると、安易に産むとは言えま
せん。産んだ場合、責任をもって世話をし、養うのは私です。
つまり問題は、あなたに子育てのコストをすべて押し付けている社会の在り方だということではないで
すか。
(や)
社会のサポート体制が整えば、子供が障がいを持っていても産むという人が増えてくるとは思いません
か?(わ)
今回の講義は遺伝子組み換えについてでした。
講義の中であったヒト受精卵に対する遺伝子治療・遺伝子操作についてというアンケー
トですが、私は断固として反対です。理由としては、遺伝子操作、治療に関して伴うリス
クがはっきりとしていないため危険です。さらに重要なことに、ダウン症の患者や難病の
患者が減ることはいいことですが、①今生きている患者に対する偏見や差別が進行するでし
ょう。患者の数が減少するとともにそのような病気にかかわる人間の数も減少することに
なり、それは理解者の減少につながります。しかも、そのようなふるい分けはダウン症患
者やその家族に対する一種の否定とも取れます。講義でも言われていたように抑制的優生
学にもなりうるものです。障害などはないに越したことはありませんが、やはりそうした
他の人間に対する理解や配慮が必要です。
今日では技術が発展し、ただの科学の一言で終わらせられなくなっています。上記のよ
うに遺伝子操作は抑制的優生学に近い人権が絡むような問題があります。どのように使う
のか、何のために使うのか、
。その技術を使う人間のモラルが問われるでしょう。
あなたのモラルについて書いてください。
(や)
下線部①、全く同感です。このことを指摘したコメントが他になかったことが驚きです。(わ)
今回の、渡辺先生の授業は、非常に興味深いものであった。
現代では生殖補助技術が非常に発展している。私は今まで、不妊治療と言うと人工授精
と体外受精しか知らなかった。しかし、今回の授業で顕微授精や胚移植などの技術がある
ことを初めて知った。特に胚移植に関しては、余分な胚子を冷凍しておくということにと
ても驚いた。そして、人工授精には私の想像していた以上にお金がかかることも学び、容
易にできるものではないことも分かった。
このように、現代の医療技術は目覚ましい発展を遂げている。そしてこの遺伝子操作技
術は、私たちの身近にある遺伝子組み換え食品などにも使われている。
(実際、私はスーパ
ーで買い物をする際に、食品の表示に「遺伝子組み換えでない」と書かれているか、つい
つい見てしまう。
)今や遺伝子操作技術は、私たちの身近にあり、毎日の生活に大きく関わ
る問題なので、正しい知識を身に付け、遺伝子操作技術に関心を持ち、理解していきたい。
下線部、遺伝子組換え作物を使用しているときには例えば「大豆(遺伝子組換え)
」と表示する義務があ
ります。しかし使用していない場合には表示する義務はありません。それがわざわざ書かれているという
ことは、
「遺伝子組換え作物」に拒否反応を持つ人が多いからだと考えられます。(わ)
子供を持つのは個人の自由であるが、生まれてくる子供の質を選ぶことも個人の自由な
のか、ということについて自分なりに考えました。私は子供の質を選ぶのは自由なことで
はないという意見です。自分のもとに生まれてきた子供は、どのような子供でも無条件に
可愛がるというのが親の理想的な姿だと考えているので、すべて思い通りの子供を作るこ
とが考えられません。すべて思い通りの子供しか可愛がることが出来ない、というのも虚
しいです。子供がどのように育つかというのは、親の影響が大きいと思うので、遺伝子だ
けを操作しても意味がない気がします。育つ環境が人間を変えると思うからです。
また、救世主兄弟についての質問について、自分が A さん・B さんであった場合、私だ
ったら D ちゃんを産みません。必死でドナー探しをします。他人だったら骨髄移植しても
良い、というわけではありませんが、移植目的で子供を産むというのは心苦しいです。し
かし、子供がいない状態で考えるからこのような結論に至ったものの、実際に子供がいた
ら意見が変わるかもしれない、というのも事実です。
毎回言っていることですが、
「思う」
「考える」
「気がする」はやめましょう。(や)
今回の授業では実用的な遺伝子操作について学んだ。その中で講義の最後に紹介された
救世主兄弟はあまりつくるべきではない。何故なら、新しく生まれた子供は兄弟を助ける
ためにつくられるため、本人が嫌でも自分の一部を移植する手術をしなければならないか
らだ。それは個人の人権を無視していることになる。私は授業内で紹介された「私の中の
あなた」という映画を見たことがある。主人公の少女が自分の体を守るために両親相手に
訴訟を起こす話だ。その物語では病気の姉が望んだことだったが、現実には本当に自分の
意志で訴訟を起こす人が出てくるかもしれない。体に負担のかかる手術を喜んで行う人は
そういない。両親は子供をつくる前に、救世主兄弟として生まれる子供も自分の子供であ
り、一人の感情を持つ人間であるということを考慮しなければならない。
具体的に何を考慮するのですか? 考慮するだけでよいのですか?(や)
「あまりつくるべきではない」というのは、あいまいな表現です。
(わ)
日本では、10 組に 1 組のカップルが不妊で悩んでいるということを知って驚いた。授業
中の質問の時は、だいたい 50 組に 1 組くらいではないかと思い答えた。私の周りの人に不
妊で悩んでいる人がいないから低い割合であると、自然と考えたのであろう。しかし、結
婚して子供を産みたいと思ったときには私自身も不妊で悩んでいる可能性は十分にある。
だから、不妊治療などが自分には関係のないことであると考えてはいけない。
これは「感想」です。
(わ)
人の受精卵の遺伝子操作について調べた。
遺伝子工学の発達によって、人は、子が生まれる前に、子の身体に異常があるかどうか
を知ることが可能になった。
(とはいえ日本では検査を受けるのに制限はあるが)もし異常
が見つかった場合、その異常を除去することは一般的に治療と呼ばれる。だが、
「子の能力
を伸ばそうという目的で行われる遺伝子操作」はどうか?中国では、いわゆる天才が持つ
対立遺伝子が存在するのではないかと研究がなされているようである。一人っ子政策によ
って産める子供の人数に制限がかかった中で、
「自分の子を少しでも優秀に産んでやりたい」
という気持ちが他国より強く芽生えるのは予想できる。
(参考:中国発:遺伝子工学的に「賢い」子どもたちが作れるようになる可能性
http://jp.ibtimes.com/articles/42165/20130327/204987.htm)
だがそれは、かつてナチスが行った優生学と本質的に同じ事なのではないのか。
(障害や
病気を出産前に見つけ無くすということすら)そしてそれは、「親が自分の理想通りの子を
産もうと選別している」ということであって、この人権を無視してはいないか。ここで授
業で話していた「人はどこから人なのか」という問題も浮上してくる。一方で、親が持つ
「子を少しでも幸せに、不自由なく、そして賢く産んでやりたい」という思いを誰が否定
できるのか?
こういった論争には結論が出ていないようである。
(
参
考
:
生
命
と
現
代
社
会
、
著
者
:
森
岡
正
博
http://www.manabi.pref.aichi.jp/general/10002604/0/index.html)
下線部、私なら否定しますけど。
(や)
1 つ目の引用文献を読みましたが(オリジナルはみていません)、内容がさっぱりわかりませんでした。
(わ)
今回の授業は遺伝子操作と生殖補助技術についてだった。
生殖補助技術という言葉は今回初めて知った。日本の不妊のカップルや体外受精で生ま
れてくる子供の割合が意外と多くて驚いた。出生全診断やヒトへの遺伝子治療・遺伝子操
作が可能なことになってきているのだと考えると科学技術の進歩が恐ろしく感じた。代理
母のように技術的に可能だからと実行した結果、様々なトラブルが起こっていることを考
えると、私たちは科学技術に対してそれが倫理的に許されるのかしっかり判断する必要が
ある。
具体的にどのように判断するのですか?(や)
日本で不妊のカップルは10組に1組、体外受精で生まれてくる子供の割合は50人に
1人であるという。これまで、不妊についてや生殖補助技術について、積極的に知ろうと
してこなかった。まだ遠い話であるだろうという理由と、正直なところ自分とは関係のな
い話であるだろうという理由からである。だが、今回の授業で上記の割合を聞いたとき、
意外にも身近な問題であることを知った。
生殖補助技術の進化は、子供を持つことが困難なカップルにとって求められるものであ
った。生殖補助技術、その中でも体外受精に支えられて生まれた子供は、現に50人に1
人の割合である。たしかに経済的な問題や女性への負担は決して小さいものではない。し
かしながら、技術が進化して、より多くのカップルが子供を持てるようになったことは喜
んでも良いことであろう。
また、出世以前診断についても学んだ。中でも、先生がお話しされた羊水検査の実話を
聞けたのがありがたかった。もし、授業を受けていない状態で無料で赤ちゃんの病気の検
査ができると勧められたなら、私も軽い気持ちで受けてみようということになったのかも
しれない。だが、先生も仰られていたことだが、仮に赤ちゃんに病気が見つかったとした
らということを考えると、軽々しく決断できることではないと認識を改めることができた。
パートナーの方と良く話し合ってから決めてください。
(わ)
今回は遺伝子操作と生殖補助技術についての授業であった。出生前診断は現在注目され
ている話題であり、私たちがこれから向き合っていかなければならない身近な問題である。
私は、個人的には出生前診断は反対である。しかし、完全にすべての出生前診断につい
て反対であるとは言い難い。より優れた子供を望むのは動物であれば本能的な部分である
が、子供を授かってからその子供に異常があるか調べるという行為は、賛成することはで
きない。出生前診断を行うのは異常がある子供の出産を防ぐためであるのだろうか。もし、
異常が見つかった場合はその子供はどうなってしまうのだろうか。下堕してしまうのであ
ればそれは差別といえる。そして、これは今井先生の授業で扱われた抑制的優生学となっ
てしまうのではないだろうか。と疑問が湧いてくる。出生前診断を極端に許容してしまう
とするならば、容姿や性格、知能までもが親の望む通りの子供を作ることも大げさに言う
と可能になってしまう。これに関しても一概に言えることではないが、倫理的な意味から
もそのような自由が許される世の中にはなってほしくない。授かるべくして授かった子を
産んで育てるというのが本来のあるべき姿である。その一方、体外受精を行った際の着床
前診断については完全に反対することはできないのである。異常がない胚を選別するため
でなら私も着床前診断を行うことに賛成してしまう。しかし、それは「遺伝的に異常のな
い胚の選別」と言う意味に限定してである。なぜなら、この判別が容姿や能力の選別にま
で範囲が及ぶようであれば、それは差別になってしまう気がするからである。
今回の授業を受けて、①「病気の治療」としての遺伝子操作と、「能力強化」という意味
での遺伝子操作の線引きが非常に難しいことであることが分かった。遺伝子操作について
の私の意見は、子供を持つかどうかは個人の自由であるが、生まれてくる子供の「質」を
選ぶことは自由であってはならない。である。より優れた子供を望む親の気持ちは当然な
のかもしれないが、②私たち子供の立場からすると、親の好みの人間とされてしまうのは非
常に不快に感じた。
最後に、救世主兄弟についてであるが、自分が D ちゃんの立場であると考えると、私な
ら C ちゃんが助かるのであれば、自分の骨髄を移植することにためらいや不快感は抱かな
いし、むしろ、兄弟の命を救えたことに誇りを感じる。しかし、それは、親が C ちゃんの
ことだけでなく、D ちゃんのこともきちんと自分たちの子供として C ちゃん同様、責任を
持って育てる。という条件付きの場合である。そして、次に、A さん、B さんの立場で考え
ると、「子供を産まず、ドナーを探し回る。」という選択肢を選ぶだろう。しかし、どうし
ても C ちゃんが助からない状態になってしまったら D ちゃんを産むことも考えてしまうか
もしれない。と思考のスパイラルに陥ってしまった。この問題も一概にに反対や賛成を決
められるものではない。よって、③D ちゃんの立場から見ると、条件付きで賛成であるが、
A さん、B さんの立場から見ると、ドナーを探し回った末、どうしようもない状況であるな
らば賛成という非常にあやふやな意見になってしまった。コメントにおいて、このような
あやふやな意見は不適切なのかもしれないが、これが授業を踏まえて考えた結論です。
下線部、動物は子供を産むときに、何も望んではいないでしょう。
(や)
下線部①、この部分に気がついて欲しかったのです。②、③、さまざまな立場にたって考えることがで
きています。このように多面的な視野を持っていただきたいです。
(わ)
小テストの前に行われたアンケートにおいて、「あなた、あるいは奥さんが妊娠したとき
羊水検査を受けますか?」という問いがあった。この問いはおかしい。あるいは選択肢が
おかしい。なぜなら、羊水検査を実際に受けるのは、女性であるので、男性に決定権など
無いからである。もし、生まれてくる子供が健全児かどうか気になるかという点を問うて
いるのであれば、このアンケートは有効であるかもしれない。しかし、このアンケートを
そのままの意味で受け取れば、男性の回答が受けるや受けないである場合、男性の意思で
女性が検査を受けるかどうかが決定されるという意味を持つ。これは明らかにおかしい。
またこの時、このことに気付いた男性はわからないに票を入れるだろう。これでは、前述
の点を問うていたとしても、結果に不備が生じる。けれども、問いや選択肢を変えたとこ
ろで、女性と男性の立場は違うため、結局は票の入り方は性別によって変わってくる。そ
のため、このアンケートによって、より正確に羊水検査に対する学生の認識を確認したけ
れば、男女別にアンケートをとるべきである。
下線部、現実社会における「力関係」を認識していないようですね。
(や)
パートナー間での「話合い」ということは考えなかったのですか?(わ)
今回の授業では、遺伝子操作と生殖補助技術の進歩による現状と、その様々な問題につ
いて学んだ。
授業中にも言われた通り、現在は、科学技術が進み過ぎて、社会の理解や法律がそれに
追いつかず、問題がどんどん生まれている状態であった。遺伝子操作や生殖補助技術が突
き当たる大きな問題として、生命倫理がある。生命倫理を考えるとき、必ずと言っていい
ほど、
「人間の尊厳を守る」という原則が挙げられる。私自身もこの授業を受けているとき、
そうした生殖補助技術などは、
「人間の尊厳」を守ることにおいて問題があるから、認める
ことには疑問があるという考えを抱いていた。
しかし、考えてみると、
「人間の尊厳」はなぜ守られなければいけないのかということが、
自分でしっかりと説明できないことに気付き、理解できていないことが分かった。そこで、
「人間の尊厳」について調べてみると、歴史によって様々な根拠づけがされていることが
わかった。例えば、
「ドイツ基本法」では、「人間の尊厳」がこの法が保証する諸権利の最
高の構成原理に置かれているため、
「不可侵」であるとされる。また、キリスト教の伝統の
中では、人間を「神の似姿」として捉え、「人間の尊厳」を自然的生命体の中で特別な位置
に置くことが指示されている。遺伝子操作や生殖補助技術と向き合っていくためには、「人
間の尊厳」を守るためという理由のその中身までを、しっかり根拠づけていく必要がある。
【参考文献:長島 隆・盛永審一朗「生殖医学と生命倫理」太陽出版(2001)】
今回の授業を受けて出生前診断にもいろんな種類があるということが分かった。しかし、
私は将来受けないだろう。なぜならば、もし生まれる子がダウン症であると分かった時、
親や夫に反対されて産めなくなってしまうかもしれないからだ。私のところに来てくれた
命をこっちの都合で殺したくない。だから、私は出生前診断を受けて子供を産むのを諦め
るぐらいなら、最初から出生前診断を受けないでいたいと思う。
その上、今回の授業で出生前診断には少なからず流産の可能性があることが分かった。
流産の危険を冒してまで受けたいとはやはり思わない。
しかし、高校の時、授業で出生前診断について習った時に私以外は出生前診断を受ける
と言ったことを思い出した。自分の子に病気がないかと気になるのだろうが、私は安易に
出生前診断を受けるべきではないと思う。しっかり出生前診断のリスクをよく知り、結果
が出た後どうなるかもよく考えてから受けてほしい。
同感です。
(わ)
先週の科学と人間の講義についてですが、出生前診断について考えました。
この診断を行う理由として、これから親になろうとしている人は産れてくる子供が健康
であるようにと願い、健康であるか気になるはずです。また、子供に万一異変がみられた
場合、これから育てることができるか不安であるといえます。出生前診断は心の準備をす
る時間をあたえてくれます。そういったことの理由がある場合、この診断はあっても良い
と考えられます。
しかし、子供に異常がみられた時、その子供を産まない人が出てくると考えられます。
出生前診断を行うことで生まれて来て良い子供とそうでない子供に分けらえてしまうこと
になります。命の判別をすることは、誰にもできません。
そういったことを考えられると、出生前診断は無くていい科学の進歩であったのてではな
いのでしょうか。
この講義を通して、
「今まで私に子供ができるなんてまだまだ先のことだろうし、考えな
くていい」と思っていましたが、今から少しずつでも母親になるとはどういうことなのか
考えていきたいと思いました。
この授業をきっかけに、自分でいろいろ調べて考えてください。
(わ)
今回の授業では、
「遺伝子操作と生殖補助技術」について学んだ。そして私はまず「出生
前診断」について考えてみた。出生前診断を行うことは、胎児の容態を知るためには必要
なことだ。これから産まれる胎児のことについて、医者が知識を得ていれば、出産の際に
とるべき行動を予測することができるからだ。また母体にとっても、胎児の様子を知るこ
とができれば安心できる。しかし、その胎児が障害を持っている場合、果たして母親は快
く出産することができるだろうか。必ずしもそうではないはずだ。出産後の幼児や、これ
からの未来を考えると「産まないほうが良いのではないか・・・」という考えが浮かぶこ
ともあるだろう。すると母親は妊娠中絶を行うかもしれない。このようjに、①胎児の容態
を知ることは必ずしも利点であるとは限らない。
また「救世主兄弟」についての話を聞いた。私は高校生の時「私の中のあなた」という
映画を観たことがある。私がもし妹アナの立場なら、兄弟を救ってあげたいという気持ち
もあるだろうが、
「自分は姉のために産まれてきた」という感情が強く残り、自暴自虐にな
るだろう。また姉ケイトの立場なら、妹に対しての感謝の気持ちと同時に、申し訳なさが
複雑に絡み合うはずだ。しかし私が母親の立場であっても、きっと同じ行動を取っていた
だろう。
このように、遺伝子は私たちにとって命の源であり、深く結びついていることが分かっ
た。だからこそ、その関係を操作することは、利点がある一方で欠点もあるのだ。
下線部のような結論が、それ以前の文中のどこから帰結するのか不明です。
(や)
下線部①、誰にとっての「利点」ですか?(わ)
今回の授業の中で、救世主兄弟についての話がありました。私は、胚を選んで子どもを
産むことに対して抵抗があります。しかし、実際にそうすることで助けられる大切な命が
目の前にあるなら、その選択肢を選ぶ可能性は十分あると考えられます。そして、その場
合大切なことは、その産んだ子どもに対する接し方や育て方です。親はその子どもをドナ
ーとして育ててはいけません。手段として子どもを産み、育ててはならないということで
す。ドナーにするために胚を選ばれて生まれてきた子は、自分の存在について考える時が
くると考えられます。そこで大切になるのは親のその子に対する態度や考え方であるので
す。決してその子を手段として認識し、扱うことなく、その子の最高目的を尊重していか
なければならないのです。このように遺伝子治療や遺伝子操作の問題には倫理的な面が大
きく関わってくるため、科学技術を進歩させるだけでなくそれに対する人々の理解を整え
ることも重要になってくるのです。
コメントの内容には共感できます。ところで最高目的とは?(わ)
遺伝子はすべて同じ物質でできている。そのため、遺伝子は他の生物に移すことができ
るのである。遺伝子組み換えをすることで、医薬品や食物や添加物などを作ることができ
る。遺伝子組み換えの技術はすばらしいものであるが、組み換えをすることすべてがいい
ものとは限らないのである。
これは授業の部分的な要約です。
(わ)
今回の授業で取り上げられた中で、「生まれてくる子供の質を選ぶことも、個人の自由な
のだろうか?」という問いかけについて、私は生まれてくる子供の質は選ぶべきではない
と考える。命を授かった以上、自然の原理に逆らわずに産むことが 1 番だ。しかし、この
意見は母親になっておらず、子供がいないから言えることだろう。実際、もし自分がその
立場であっても、このように断言できるかどうかは分からない。
では、結局あなたの意見は?(わ)
今回の授業は遺伝子操作と生殖補助技術についてでした。この授業は遺伝子組み換え食
品や出生前診断など近年話題になっていることや、とても身近な問題なのでとても興味深
い内容でした。その中でも私はダウン症について興味があったので調べました。
ダウン症は 22 対ある常染色体の中で 21 番目の染色体以外は 2 本組(=ダイソミー)に
なっているが、突然変異で 21 番目の染色体は 3 本組(トリソミー)になっていることが原
因で起こります。どんな人にも起こり得ることで、世界中で 800 から 1000 分の1の確率で
生まれています。正式名はダウン症候群といい1866年に独立した疾患として報告した
イギリス人のジョン・ラングドン・ダウン医師の名前から付けられました。特性は筋肉の
緊張度が低くて、知的発達が遅れている子どもが多いです。発達のスピードがゆっくりな
だけで普通に学校に通うことも、仕事をしている人もいます。合併症を必ず発症するわけ
ではありません。また、ダウン症には 3 つのタイプがあります。約 95%が標準型、約4%
が転座型、残り約1%がモザイク型です。まず、標準型は両親ともに正常な染色体をもっ
ていたのに突然変異で21番目の染色体が3本になったタイプです。次に、転座型は遺伝
性のものです。家系に転座染色体保因者がみられる可能性があります。最後にモザイク型
は両親ともに染色体正常なのですが、受精卵の細胞分裂時に突然変異で21トリソミーを
持ったタイプです。ダウン症の子どもが生まれてくる可能性は母親が高齢になっていくほ
ど高くなっていきます。理由は卵は胎児期に作られる為、恒例高齢になればなるほど分裂
の途中で止まったままの卵が卵巣に保存されていることになり、その分染色体がダメージ
を受けるからです。
以上を調べて、私は出生前診断をして事前にダウン症かどうかを調べることに反対した
いです。もちろん、自分の産んだ子どもが健康で、何の不自由も持たずにいてほしいです
が、ダウン症だからといってそうではない子に比べて不幸な人生をおくるとは決まってい
ません。親や周りの育て方、見方で変わります。21トリソミーの胎児は7割から8割が
生まれてくることができません。そんな中頑張って生まれてきた、生命力がある子どもを
育てていくべきです。アメリカではダウン症のことを勉強して養子に迎えている家族もい
たり、街中でもダウン症について知っている人が多いようです。私たちも見習うべきです。
親族に軽いですが、ダウン症の子がいるので、もっとダウン症について知って積極的にコ
ミュニケーンをとれるようになりたいです。
参考:http://www.jdss.or.jp/family/index.html JDS公益財団法人日本ダウン症協会
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/angle-3/down-s.html トライアングル (日本人類遺
伝学会 教育推進委員会 委員 巽 純子)
「明瞭区分性」を守るように。
(や)
下線部、同感です。障害を持つ人は不幸と決め付けることは間違いです。
(わ)
今回の講義で考えたことは遺伝子操作や出生前診断は結局ナチスの優生学政策と何ら変
わりないのではないかということだ。診断によって遺伝病や障害があれば中絶するという
のは断種と何が違うのか。現在、日本では少子化が問題になっている。これらの技術と政
治が結びつく可能性は十分にある。そのような過ちのおきない社会づくりや法整備も大切
だが、もっとも大切なことは人間が良心を保つことだ。
「国家による強制」がなされていない点で、ナチスとは全然違います。
(や)
後半の文章のつながりがよくわかりません。
(わ)
私は今まで「遺伝子組み換え食品」をあまり食べないようにしてきた。なぜなら「その
食品の中に体にあまりよくないものが入っている」と思っていたからだ。
しかし、今回の渡部先生の講義を受けて、私の考えは間違っていることがわかった。遺
伝子組み換えとは、
「生物の細胞から有用な性質を持つ遺伝子を取り出し、植物などの細胞
の遺伝子に組み込み、新しい性質をもたせる技術」である。よって、人にたくさんの危害
を与えるわけではない。日本でよく見る遺伝子組み換えの産物は食品であり、現在日本に
流通している遺伝子組み換え食品は、大豆・ジャガイモ・なたね・とうもろこし・わた・
てんさい・アルファルファ・パパイヤの8種類である。これらは、ウィルス・害虫などに
強く、除草剤などでも枯れないなどの特性を持つ。
以上のことより遺伝子組み換え食品は安全であるとともに、育てるときにあまり手間の
かからない食品だと分かった。
参 考 文 献 :「 厚 生 労 働 省
遺 伝 子 組 換 え 食 品 の 安 全 性 に つ い て
(消費者向けパンフレット:平成 24 年 3 月改訂)
」
http://www.mhlw.go.jp/topics/idenshi/dl/h22-00.pdf
下線部、このコメントからは遺伝子組換え作物の安全性についての判断はできません。
(わ)
今回の講義を聞いて代理母について気になったため調べてみた。代理母とはある女性が
別の女性に子供を引き渡す目的で妊娠・出産することである。しかし、生殖補助医療の進
展を受けて日本産科婦人科学会が 1983 年 10 月に決定した会告により、自主規制が行われ
ているため、日本国内では原則として実施されていないのだ。そうなると、子供を産むこ
とができない夫婦はどうなるのか?子供を産めない夫婦にとっては子供が欲しいとの思い
が切実であることが少なくなく、アメリカより費用が安く代理出産ができるインドで、多
数の先進国の不妊夫婦が代理出産を行っている。
しかし私が思うに他人に産んでもらった子供の親権は誰になるのか?代理母が子供の受
け渡しを拒否したり、子供に障害があったため、依頼主が受取を拒否するといったトラブ
ルがあるが、腹を痛めて産んだ子供だから自分の子供だと受け渡しを拒否するのはわかる。
しかし、障害があるから受取を拒否するのは明らかにおかしい。人の命をそんな簡単に扱
ってはいけない。この倫理的な問題を世界共通で改善していかなければならないだろう。
前半部、
「出所表示・明瞭区分性」が守られていません。後半部、
「理由」がまったく書かれていません。
(や)
世界共通で改善するためには、具体的にどうすればよいでしょうか?(わ)
特に興味深かったのが、生殖補助技術についてです。私は、生殖補助技術は優生学的思
想につながる可能性があるのではないか、と考えました。なぜなら、ナチスの抑制的優生
政策と、生殖補助技術をする目的は似ているからです。具体的には、断種法は「遺伝病を
持つ子孫を予防するための法律」で、胚の選別は遺伝子に異常のない胚を母体に戻す行為
です。これらに共通するのは、
「異常のない子孫を残す」という目的です。したがって、生
殖補助技術が優生学的思想に基づいて使われてしまうことは十分にあると言えるでしょう。
しかし、健康な子供が欲しいと願うのは当たり前のことです。だから、生殖補助技術、特
に胎児の治療に関わる技術は、
「異常」を「正常」に戻す場合にのみ使われるべきです。
「正
常」な胎児にさらに手を加えることがあってはなりません。なぜなら、それこそ優生学に
つながってしまうからです。もし、自分の子供の遺伝子に手を加え、子供の容姿や能力を
意のままにする技術が広く使われるようになったら、新たな人権問題が生まれるかもしれ
ません。
どんな問題が生じるのですか?(や)
「生殖補助技術」と「出生前診断」を混同していませんか?(わ)
私は、DNA といえば、遺伝子そのものを指すのだと思っていた。なぜなら、DNA=遺伝
子というイメージが強く刷り込まれていたからだ。しかし、DNA の 70%ほどは非遺伝子で
あり、遺伝子なのは 30%ほどである。つまり、DNA=遺伝子という等号は、必ずしも正し
いとは限らない。
さらに、遺伝子組み換え技術は、食品や非食品にとどまらず、医薬品
や添加物にまで使われていることを知った。
これは授業の感想です。
(わ)
今回の授業で、生まれてくる子供の質を選ぶことも個人の自由と言えるのかという問題
についての話がとても印象に残った。科学技術の発達により、子供が生まれてくる前にそ
の子供の遺伝子に異常がないか調べることが可能になった現代では出生前診断としてそれ
を行う者もいる。しかし、出生前診断で異常が見つかった時、経済的、あるいはその他の
理由で障害を持った子供を育てることができず、中絶してしまったとき、生まれてくるは
ずだった命を一つ摘み取ってしまうことになる。はたしてこのような胎児の生まれてくる
権利を奪うような行為はよいといえるのだろうか。
この問題に関しては科学的というよりはむしろ倫理観にかかわる問題なため、個人によ
って意見は分かれるし、正しい答えなどない。しかし、親となるものは、出生前診断を行
うにしろ行わないにしろ、自分の子がどんなふうであろうと育てぬくことを決意していて
ほしいものである。
下線部のような決意を持つ人は、そもそも出生前診断を受けないのでは?(わ)
私は自分の奥さんが妊娠したとき、羊水検査を受けないし、受ける人を限定するべきだ
と考える。なぜなら、子供を流産してしまう可能性が増すからというのもあるが、子供の
状態を知ることであらゆる問題が起きるからである。確かに、子供の状態を知りたいとい
うのは親なら当然のことであろう。しかしお金をかけて羊水検査を受け、もしもなんらか
の障害を抱えていたとき、お金を集めたり障害について調べたりする人より、子供を生む
ことを諦めたり生まれてから殺したりする人が多いからだ。それならば、羊水検査で状態
を調べるよりも生まれるのを待つほうがよい。また、代理母のときに羊水検査を受け、障
害があった場合、実母が子供の受け取りを拒否するケースもある。こういったあらゆる問
題を解決する(防ぐ)ためにも羊水検査を受けない方がいいと考える。
下線部、子供が生まれてから殺すのは殺人ですが、出典は?(わ)
レポートで参考物件から引用したとき引用した文の直後に参考物件や web のアドレスを
かくのと、それとも最後にまとめて書くのではどちらが良いのですか。
最後に文献一覧を付けましょう。引用した個所には、
(山口裕之 2005, p.122)などのように出典を表示
する記号を付けておきましょう。
(や)
授業でヒト受精卵に対する遺伝子治療・遺伝子操作についてのアンケートがあり、行っ
ても良いという意見が多かったけど私は行わないほうが良いと思った。特により良い知能、
運動神経を得るためのものはあってはならない。身体能力も知能も個性の1つでそれを勝
手に変えるのは親のエゴではないか。また、遺伝子操作は生まれてくる子供を否定するこ
とではないか。生まれてくる子供は親の子である前に 1 人の人間である。親の自分勝手な
意見で子供の遺伝子を操作することはしてはいけないことだ。
なぜいけないのか理由を書いてください。
(や)
私は生物を高校で習ってないので、今回の講義で初めて聞いた言葉や内容ばかりでした。
その中でも特に驚いたものは、発光タンパク質を使っての遺伝子組み換えを行い、発光す
るカエルを作り出していることでした。発光するクラゲが存在することは知っていたが、
その遺伝子を使って別の生物までも発光させられるということに驚いた。
日本では、遺伝子組み換え生物を市場などに流通させるさい、農林水産省と環境省など
様々な機関に申請、そして承諾がひつよう必要らしいが、アメリカではゼブラフィッシュ
という熱帯魚を遺伝子組み換えし、発光するものを販売。また、猫アレルギーの人のため
にと、低アレルギー猫を遺伝子操作によって作り出し、販売されている。
このように、遺伝子操作や遺伝子組み換えによって、一部の人の為になるような生物は生
み出されているが、生体生態系や在来種への影響などを考えながら研究や開発をすべきだ。
資料:http://www.s.affrc.go.jp/docs/gikai/pdf/no6_siryou2.pdf(農林水産省)
http://www.ne.jp/asahi/box/kuro/report/geneticpet.htm(遺伝子組み換えペット:村田 浩)
「村田
裕」は誰ですか?個人のブログ等を文献として引用しないように授業では何度も言っているは
ずです。
(わ)
今回の授業は、遺伝子操作と生殖補助技術について学んだ。遺伝子は DNA という同じ物
質からできている。遺伝子の情報は、RNA、タンパク質を経て、生き物の形や性質を決め
る。遺伝子はすべて同じ物質でできているため、遺伝子は他の生物へ移すことができる。
これを遺伝子操作という。
また、生殖細胞についても学んだ。どこからが、ヒトなのかという問題に対しては、明
確な答えは存在せず、国や法律によっても解釈が異なる。生殖補助技術や出生前診断には、
わたしたちは考えなければならないことがある。抑制的優生学と重ならないようにしたい。
何を考えなければならないのですか?(や)
これは授業の部分的な要約です。
(わ)
私は今回の授業で、遺伝子を他の生物に移すことができ、
「発光するカエル」を作ること
さえも可能だということが不思議だった。別の種類のものを組み合わせてそれらよりも発
達したなにかを作りだすことなど可能なのか、すべて生物の遺伝子は同じ物質でできてい
ると先生はおっしゃったが、人間のような動物と植物の遺伝子が同じなんてことはあるの
だろうか、と疑問を持った。しかし、授業中のスライドで遺伝子の図は、核の中の染色体
の中にあり、二重螺旋構造をしていて、アデニン・グアニン・チミン・シトシンからなっ
ていた。これは、高校の時生物選択履修者の教科書を見せてもらった時載っていた人間の
遺伝子の図やつくりと同じものであった。それを見たことで動物の遺伝子も植物の遺伝子
も同じ物質からできているということを納得した。確かにそうでなければ遺伝子組み換え
などできないことだ。
現在は人口人工ヌクレアーゼによってゲノム DNA を編集することが可能になっている
と知った。しかし私はそこまで遺伝子を操作してもよいのだろうかと心配した。従来の遺
伝子組み換えだけでも批判があったのに、人工ヌクレアーゼはゲノム DNA を切断したり、
挿入したりと、本来いじるものではないものをいじりすぎているのではないか。科学が進
歩し、便利な世の中になった一方、
「踏み込んではいけない領域」へ踏み込みすぎているこ
とが危惧される。
参考資料:http://www.mls.sci.hiroshima-u.ac.jp/smg/genome/genome1.html
分子遺伝子学研究室 『人工ヌクレアーゼによるゲノム編集』 広島大学 閲覧日 7 月 1
日
「明瞭区分性」が守られていません。
(や)
このコメントからは、何がどう心配なのかが伝わってきません。もっと具体的に書いてください。(わ)
今回授業で扱った出生前診断は、倫理的に問題がある。生まれてくる人間を人間を選別
するなんて非人道的だ。どこからがヒトであるかを明確に判断できない以上その命の選別
をする権利は誰も有しないはずだからだ。確かに親ならば生まれてくる自分の子供のこと
を知りたいと思うののは普通かもしれない。しかし危険を冒してまで知ることではない。
この問題は、科学技術の発達が招いた人間の倫理観を問う問題なのかもしれない。
下線部の根拠は?(わ)
医療、科学技術の進歩により遺伝子組み換えの農業製品や実験動物、さらには生まれて
くるこどもの性別まで人が操作できるまでになっていった。科学や医療技術の発展で不治
の病が治せたり、今まで人の手で作り出せなかったかものを実現できるようになったりと、
より多くのことができるようになるのはいいことではあるが、人が実験のためだけに遺伝
子操作で生み出したものがその後の生態系に異常を起こさないか心配です。実験を行う前
にリスクも考えてやっているのでしょうが、絶対になにも起こらないとは限りません。実
験で生み出された生物あるいは物質はその後どのように扱われるのでしょうか。
下線部、ケースバイケースなので答えようがありません。コメントは常体か敬体で統一して書きましょ
う。
(わ)
今回の授業は、重かったがとても考えさせられるものであった。将来こどもをつくるこ
とも自分自身ないとは言い切れないし、出来たらいいなあとも思っています。そのとき出
生前診断をしたいかと尋ねられたら、NO というと思う。先生もおっしゃっていたように、
異常があったらどうするか、の問題ではない。そのような診断があると初めてきいたとき
からずっと何か違和感を感じていたのだが、今回のこの優生学につながるというのでその
理由がはっきりした。科学技術が大きく発達してきていてそれにどれほどのモラルがつい
てこれているのか、そこを明らかにしなければ安心して生活できない。
最後の文章は、意味が不明です。コメントは常体か敬体で統一して書きましょう。(わ)
今回の講義では DNA による性質決定や遺伝子操作について学んだ。
50人に1人が体外受精という事実に驚いた。今まであまり身近に感じていなかったが、
自分もそうなる可能性があるのだと、またその確率も高いのだと知って、少し怖くなった。
出生前診断を受けて子供の病気の有無や胚の選別をして、障害のある子を防いだりしてい
る。それが正しいのかどうか私にはわからないけれど、その生まれてくる子や障害を持っ
ている子を否定しているように感じた。
正しいかどうかわかるまでよく調べ、よく考えましょう。
(や)
「自分」の誕生はもう終わっていることなので、今更気にしても仕方がありません。またなぜ怖くなっ
たのですか?(わ)
今回の授業では出生前診断について学びました。出生前診断によって、お腹にいる子ど
もに遺伝性の疾患がないか調べることができます。しかし、この結果によりこの世に生ま
れることができるはずだった子どもが生まれずして殺されてしまうということが起きる可
能性が出てきます。それは、決して許されることではないです。なぜなら、そのように個
人の都合による判断で命を選別することはあってはならないからです。
確かに、遺伝性の疾患の子どもが生まれた両親の負担は大きいものです。例えばダウン
症の子どもは知的障がいや精神的な発達の遅れ、また先天性の疾患などを持っていること
が多いため、両親は子どもを生涯をかけて面倒をみていかなければならなく、経済的にも
精神的にも負担が大きいものとなってしまいます。実際に私の両親がそうでした。私の兄
は生まれながら障がいがあり、両親は確かにとても苦労していたといっていました。
しかし、だからといって中絶を選択することは許されるのでしょうか?生まれてくるは
ずだった子どもを個人の都合で殺してしまうのは、その子どもの権利を著しく侵害してい
ますし、それは非人道的な行為です。
今の世の中では子ども作るか作らないかは自由である、と授業でも言っておりましたが、
自由であるからこそ、子どもを作ることを選択したのならば、親となる人はどんな子でも
自分の子なら責任をもって育てるという覚悟をもって臨むことが必要なのです。
今回の授業はスライドに図がたくさんあり、生物をとってなかった私にも、とてもわか
りやすい授業でした。また授業速度もちょうどよかったです。
コメント全体に、自分の主張が説得力を持って述べられています。読んでいて納得させられる文章です。
(わ)
今回の授業は遺伝子や女性の出産などに関する授業でした。どんな子供が生まれてくる
にしろやはり自分の子供であることには変わりないのので事前に検査などをするのは分か
らない。もし、障害のある子が生まれてくると分かったといってそれでどうするのか。こ
ういう発展した技術をこういうところに使うのはおかしい。将来結婚して子供がほしいの
で今回はいい勉強になった。
どういうところがおかしいのですか?(わ)
技術の発達によって、母体内にいる段階から、胎児の遺伝的、先天的な疾患の有無を調
べることができるようになった。両親は胎児の疾患を知ることができ、出産をするかどう
か、中絶するかの選択ができるようになった。だがこれは母体内の胎児に対する差別だと
考える。疾患の有無や障害の有無によって生かすのか、殺すのかが、決められる。生まれ
てきても苦労が多いと考える親は、中絶を選択するだろう。胎児の状態を知ることによっ
て、胎児への差別が生じている。胎児の状態がどんなものであっても、命であることを考
え、選択をすることが、出生前診断の技術を使用するにあたり必要だ。
あなた自身の意見は?(わ)
多くの人が自分の子供が健康で障害がない状態で生まれてきてほしいと願っていると思
います。僕もそのうちの1人です。しかし、僕は確定検診はすべきではないと考えていま
す。確定検診により、両親が気に入らない子供は産まずに、自分の気に入った子供をだけ
を産むという行為が実際に行われています。これは、人の命をモノのように扱う行為であ
り、どんな理由があっても絶対に認めてはいけません。また、確定診断を認めることによ
り、命の重さが軽くみられるようになる可能性があります。確かに、障害があっても自分
の子供だから、産んで大切に育てるという人もいます。しかし、気に入らない子供を産ま
ずに中絶する行為が行われているという事実がある以上、確定診断は認めてはいけません。
「確定診断を認めない」とは、実施を一切禁止すべきということですか?(や)
非確定診断でも、かなりの精度で胎児の状態が把握できるようになっています。
(わ)
すべての生物の遺伝子は DNA という同じ物質からできているため、遺伝子はほかの生物
へ移すことができるということや、DNA(遺伝子)→RNA→タンパク質→生き物の姿や性
質(形質)という順序で、自然界の遺伝子情報は流れているということを、今回の講義で
聞いて初めて知った。
胎児の、おなかの中での成長の過程や、受精した後も30%しか、無事に生まれてこら
れないということも、初めて知った。
日本で不妊のカップルの割合は10組に1組であるということや、日本で体外受精で生
まれてくる子供の割合は、50人に1人ということも分かった。
また、生殖補助技術についても学んだ。人工授精(体内受精)、体外受精、顕微授精、胚
移植など、一口に生殖補助技術といってもさまざまな方法があり、それぞれにメリットや
デメリットがあるということを知った。また、体外受精では1983年に東北大学に続い
て、徳島大学が体外受精を行ったという話も聞いた。
出生前診断について、前回よりもより詳しく学んだ。確定診断と非確定診断があるとい
うことも今回の講義で聞いて初めて知った。
救世主兄弟
(Savior Sibling)の話を聞いて、もし自分が A さん B さんであったとしたら、
どうするだろうと考えた。
今回の講義を聞いて、救世主兄弟についてもとても興味がわいたので、今まで「私の中
のあなた」という映画の存在を知らなかったが、見てみたい。
これは授業の要約です。
(わ)
今回の授業では、遺伝子操作と生殖補助技術について学びました。
母体内で受精した卵が無事に出生してくるのがおよそ 25~30%だということを聞き、健
康な人でも子どもが生まれてくる確率が私が予想していた以上に低いということがわかり
ました。だから、不妊に悩んでいる人が出産するのは本当に大変なことだとわかりました。
今回の講義で、出生前診断についても勉強しました。私は、出生前診断は命の選別になる
のではないかとずっと思っていましたが、今回のお話で出生前診断にも確定診断と非確定
診断があることを知り、命の選別になると一言で片づけることは間違っていると気づきま
した。話を聞く限りでは、確定診断を行い、遺伝子に異常があることがわかったからとい
ってその子どもを産まないというのは、命の選別にからよくないと思いました。しかし、
もし将来、私が子どもを産む立場になってそういう状況に立たされたら、子どもを産むの
は夫婦のことなのでどうすればいいのかわからないし、どうすることが正しいとか言えな
いので本当に難しい問題だと感じました。
下線部、意味が不明です。
「自分が子どもを産む立場」ということは、自分が「子どもを産む夫婦」にな
っているということではないのですか?(や)
授業をきっかけに、いろいろ調べて自分で勉強してください。
(わ)
今回の講義では遺伝子操作について学んだ。
遺伝子はほかの生物へ移すことができる。これは遺伝子はすべて同じ物質でできている
ためである。身近なものでは青いバラや青いカーネーションである。人の遺伝操作も可能
なのである。確定診断・非確定診断による出生前診断による結果が陽性なら人は中絶の手
段をとるだけでなく、遺伝操作により、治療やより優れた子供を作るという問題が発生す
る。ということを学びました。
これは授業の部分的な要約です。
(わ)
今日の講義は遺伝子操作・生殖補助技術についてだったが、高校のころの生物の授業で
習ったことの発展的内容だったのでそれほど難しい講義ではなくむしろ面白かった。
講義で出生前診断について様々な方法を取り上げていた。先生のアメリカでの体験談の
中では「生まれてくる子はみんな自分の子供だから障害があろうと育てる」という話があ
り、講義中に行ったアンケートでも羊水検査を受けない人のほうが多かった。しかし私は
出生前診断はきっと受けるだろうし、それでもし子どもに障害が見つかれば産ませないか
もしれない可能性のほうが大きい。それは自分の子どもに障害を持ってほしくないという
思いからと、さらにいうと私自身が一生面倒をみきることが考えられないということから
だ。この考え方が自分勝手であることは分かっている。自分たちで勝手につくっておいた
挙句に、気に入らないからという理由で殺してしまうのだから。
しかし人間は同じことを、いやもっとひどいことを家畜に対しては平気でやっている。
人間と動物を同列に考えることは難しいかもしれないが、それでも家畜を自分の思うまま
に品種改良し・殺して・食べている人間が「出生前診断による間引きは倫理観に反してい
る。
」と平然と言うのが理解できない。
家畜と人間は違います。
(や)
人間と動物を同列に扱うことは、大きな間違いです。
(わ)
科学技術の進歩は目覚ましく、遺伝子操作や人工授精などで、新しいものを作り出した
り人工的に子どもが生まれるようにしたりできるようになった。しかし急速な進歩に倫理
的問題がおいていかれている気がする。50人に1人体外受精で生まれてくる、と言って
いたように生殖補助技術はメジャーな考え方になってきているが、この技術を使うことは
「自然には生まれなかった子どもを人工的に生み出す」ことだと言えるだろう。不妊に悩
まされる人にとっては希望だが、倫理面も考えると手放しに喜べるものでもないのではな
いか。①また海外では、精子のドナーを見つけるとき、目の色や学歴などの条件をつけるこ
とができるらしい。
「理想の子どもを作ること」が不可能ではなくなってきているというこ
とだ。
言ってしまえば、科学技術で人の命を作ることができるようになった。技術の進歩は喜
ばしいことだが、それが突っ走ることなく、倫理的問題も考えながら発展していくことが
望ましい。
具体的に何を考えるのですか?(や)
下線部①、出典は?(わ)
今回の授業では、遺伝子操作や生殖補助技術について学んだ。その中でも私が興味を待
ったのは、生殖補助技術だ。
私が知っていたのは、人工授精や体外受精だけだったが、顕微授精や胚移植という方法
もあるということを知った。
また、代理母出産という方法があるが、調べると、この生殖については国によっては禁
止されていると書いてあった。その全面的に「代理懐胎(契約)の禁止」を明記している
国として、アイスランド、ドイツ、スイス、イタリア、米・アリゾナ州、コロンビア特別
区、豪・クイーンズランド州、中国などがあげられている。
参考サイト
http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/pdf/024304.pdf
出所表示が不十分です。明瞭区分性と、おそらくは主従関係も守られていません。
(や)
コメントに結論がありません。
(わ)
今回の授業で初めて救世主兄弟のことを知った。救世主兄弟はとても難しい問題である。
もしも私が親の立場だったら、子供を救うために検査をしてからもう一人の子供を産むだ
ろう。しかし、もしも私が子供だったら、自分は兄弟のためだけに生まれたのか、親は自
分のことを道具のように思っているのではないか、と悩むだろう。これから私達は子供を
産み、育てていく立場になる。私が子供を産むような年齢になる時には、さらに技術が進
化しているかもしれない。ニュースなどの情報を見ながら、この問題を考え続けることが
大切である。
下線部、結論を出さなくてもよいのですか?(や)
今回の講義で人工ヌクレアーゼによるゲノム編集について気になったので調べてみた。
広島大学分子遺伝学研究室によると、「人工ヌクレアーゼは、DNA に特異的に結合するド
メインと、制限酵素 FokI の DNA 切断ドメインを連結させたキメラタンパク質である。2
つの人工ヌクレアーゼが近接する標的配列に結合すると DNA 切断ドメインが2量体とな
り DNA を切断する。切断された DNA は、相同組換えあるいは非相同末端連結により修復
されるが、この時に目的の遺伝子を改変することが可能となる。標的配列の選択が可能で
あることから次世代のノックアウト技術として注目され、様々な動物、植物、哺乳類培養
細胞(ES 細胞や iPS 細胞を含む)において成功例が報告されている。」ようだ。
簡単にまとめると、人工ヌクレアーゼによるゲノム編集とは、対象とする DNA を人工の
酵素(人工ヌクレアーゼ)で切断しその間に遺伝子を挿入する操作である。編集するする
配列を選択できることから、特定の遺伝子を人工的に壊し、働かないようにするための新
しい技術として注目されている。
この技術のリスクについて調べたのですが、はっきりと記されている文献を見つけるこ
とができませんでした。この技術にはどのようなリスクが予想されるのでしょうか。
・参考文献
広
島
大
学
分
子
遺
伝
学
研
究
室
HP
(http://www.mls.sci.hiroshima-u.ac.jp/smg/genome/genome1.html)
下線部、前と後の文章では内容が異なっています。人工ヌクレアーゼのリスクですが、「 off-target
effects」について調べてください。
(わ)
今日の話はとても興味深いものでした。そしてとてもデリケートな話でもありました。
私がこの場で、人間はどこからが人間なのか、ヒトの遺伝子操作は行われてもよいのかな
どの結論を述べることは出来ません。正直に言って私にも分からないからです。ただ、も
し自分が救世主兄弟として生まれていたとしたら、少なくとも今と同じ生き方は出来てい
なかったでしょう。それがたとえ今と同じ容姿、同じ遺伝子だったとしても。私がここで
言いたいことは、人間はどこからが人間なのかという問いはこの先ずっと答えが出ること
はないということです。なぜならそれはどんなに科学技術が発達しようとそれは変わらな
いものだからです。科学技術の発達がもたらした影響はそこでありません。人間が人間と
して生きるために必要なアイデンティティの形成に障害をもたらしているのではないでし
ょうか。私たちが真に目を向けるべきは、科学技術の進歩の発展に伴って生まれた新たな
可能性とそこに生じるアイデンティティ形成への影響であるのです。
下線部、
「アイデンティティ形成」とは何ですか?「障害をもたらしている」の主語が不明。(や)
私も「アイデンティティ形成」がわかりません。
(わ)
出生前診断などの遺伝子操作について今回は学びました。私は出生前診断で子供に病気
があるかないかを調べることに対して、倫理的にはよくないが、私の子供に病気があるか
どうかは不安なのでしてもよいと思っていました。しかし、羊水検査などは流産のリスク
が高いことなども知らなかったうえ、もし出生前診断をして病気の子だと判明したらおろ
すのかどうかもよく考えておらず、今までの自分が軽く考えていたことを知りました。し
かし、もし病気の子だと分かった場合、子供を育てるうえでの社会的負担、経済的負担は
大きくなります。病気の子を産まないという選択が仕方ない状況もあるでしょう。また、
着床前診断で自分の理想の形質を持った子供もつくることができることを知って驚きまし
た。着床前診断ならおろすことにはならないので倫理的に大丈夫だ、とは言い切れません。
なぜなら、命の選別にもつながりかねないからです。命を科学技術で操作できる社会にな
り、私たちへの課題が増えたと言えます。新しい科学技術を安易に受け入れすぎず、いろ
んな視点からみてどうなのか、判断する必要があります。
この授業で何度も言われているように、多面的な視点から考えてください。
(わ)
今回の授業内容は、高校の生物で習っていたことや、テレビなどのメディアで見聞きし
たことがあった内容だったので、理解はしやすかったです。興味深かったところは青いバ
ラなどの遺伝子組み換え絵のところでした。自然界では存在しないものを作ってしまう技
術力は恐ろしいが、そこが魅力的でした。
先生は授業中にアメリカ人の中にはどんな子が生まれてきたとしても育てるから出生前
診断は受けない考えの人がいるといっていたことに驚きました。
ダウン症について気になったので調べてみると、ダウン症は障害や病気ではなく一つの
個性であるととらえていることを知りました。(公益財団法人 日本ダウン症協会)
調べることで間違った認識を改めることができてよかったです。
どれが間違った認識だったのですか?(わ)
今回の授業で遺伝子操作が可能な理由が分かった。遺伝子はすべて同じ物質によってで
きているため、発行発光タンパク質をカエルの卵に入れるだけで発光するカエルを誕生さ
せることができる。このことを利用しているのが、遺伝子操作でつくられた、豚や犬など
で、人間の使い勝手の良さや見た目といった人間の勝手な考えで生物を誕生させていると
も言えます。
遺伝子組み換えの問題としてGMトウモロコシの危険性について問題となっており、マ
ウス実験による「非GMのえさを与えたメスの発がん率は30%に対して、GMトウモロ
コシを与えたメスは50~80となっている。また、オスでは肝臓や皮膚に腫瘍が発生し
た。
」(http://www.afpbb.com/article/life-culture/life2902178/9546114)といった、遺伝子
操作の有害性が指摘されている。確かに、遺伝子の操作による病気の予防や、先天性の病
気を治せるのだとしたら遺伝子操作は素晴らしいものであるが、GM食物を通じて人間に
被害をもたらす可能性があるとするなら、遺伝子操作は禁止されるべきではないでしょう
か?
下線部、間違っています。タンパク質は遺伝子ではないので、発光するカエル(遺伝子組換えカエル)
はできません。また引用の記事の内容は、今までの数多くの実験結果と異なる内容です。オリジナルの論
文に関して、この論文を掲載した雑誌に論文の内容に疑問を投げかける数多くのコメントが寄せられてい
ます(http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0278691512005637)
。また『Nature』という
科 学 雑 誌 に も こ の 論 文 に 対 す る 疑 問 の 記 事 が 載 っ て い ま す
(http://www.nature.com/news/rat-study-sparks-gm-furore-1.11471)。問題となっているのは、この論
文の方法論です。遺伝的にガンを発生しやすいラットの系統を用いている、対照実験の取り方が不適切、
実験に使われたラットの数が少なすぎる、データの統計的な解釈が適切でないなどの点が問題視されてい
ます。この授業で何度も言われていることですが、複数の情報源を調べることが(特に今までの常識を覆
すような記事のときは)大切です。
(わ)
新型出生前診断について、まず初めに思ったことは、ダウン症が発覚した胎児をどうす
るのか、ということでした。講義中に先生がおっしゃった通り、ダウン症でも育てる意思
のある人は出生前診断を受けないのでしょう。ダウン症の子どもを育てるには相当の苦労
があると容易に想像出来ますし、こういう発言は差別にあたるのかもしれませんが、両親
も、兄弟も、
「普通の生活」とは全く違う心配事が増えるでしょう。ダウン症が発覚したか
ら胎児を殺す、と言ってしまえば聞こえは悪いですが、①私たちにはダウン症の胎児を堕ろ
す人を評価する資格はありません。自分の将来を捧げて、ダウン症の子どもを産めとは言
えません。
なぜダウン症の子供を産むことが、
「自分の将来をささげる」ことになるのですか?そうなってしまうと
すると、それは社会的サポートが欠如しているからで、問題は社会の方にあるのではないですか。(や)
下線部①、なぜ「私たち」なのですか?(わ)
今回の授業は、遺伝子操作や生殖補助技術に関する内容でした。私は高校では生物を選
択していて知っている単語が出てきたので、理解はしやすかったです。
今回の授業中にクリッカーで受精卵に対する遺伝子操作の是非をアンケートしていまし
た。私はその時は病気の治療のためなら行ってもよい、の項目に投票しましたが、授業が
終わった後に考えた結果、能力向上にも使ってもよいのではないかという結論に至りまし
た。なぜかというのは大変シンプルな理由で、この方法に技術的な欠陥が見つからない限
りはただ単に人間の生活に役に立つから、というものです。
しかし私としても無責任に「やればいいじゃないか。」、と主張しているのではありませ
ん。私がこの技術を人間の能力向上のために使ってもよい、と考えるには条件があります。
それは「この手術を受けたいと思う人全員に分け隔てなく行われること」です。なぜこう
考えたのかというと、この技術が分け隔てなく実施されないとしたら、もっとも最初に考
え付く理由が「貧富の差によって受けることができる人とそうでない人が現れる」ことだ
ったからです。
たとえ話として、この技術が「高価な手術」をもって一般公開されたことを想定してみ
ましょう。もちろんこの手術を受けることができるのはお金持ちの子供だけで、お金のな
い人は自分の子供の能力をそのままで育てなければなりません。そしてその優秀な能力を
生かして各業界のトップを牛耳ったお金持ちの子供たちはまたお金持ちになり、優秀でな
い人の子供たちは貧乏になっていくということが続きます。その結果、人間は優秀なもの
と劣等なものに二分されてしまう、ということが起こるのです。
復唱になりますが、このようなことも考えられるので、私は「望む人に分け隔てなく行
われないような遺伝子操作の技術」は使われるべきではないと考えます。逆に貧富などに
かかわりなく望む人全員に実施することができるならば、私はこの技術は使われてもいい
と考えます。
ダイヤモンドや高級車やジェット機は「誰にでも買えるものではない」ですが、売られていますし、使
われています。就職活動でも、
「応募した人はだれでも就職できる」などということをやっている会社は普
通はありません。そしてその結果、
「貧富の格差」が出現してしまいます。(や)
現在の医療でもあまりに高価なため、ごく一部の人しか恩恵を受けることができない治療もあります(例
えばガンの重粒子線治療や、糖尿病に対するかつてのインシュリン療法)。「この手術を受けたいと思う人
全員に分け隔てなく行われること」には反していますが、ではこの治療は止めるべきですか?(わ)
今回の授業は遺伝子や生殖についてだった。
現代は不妊治療技術が発達しており、不妊に悩むカップルの救いの手となっていること
は事実だが、一方で多く受精しすぎていくつかの命を殺してしまったり、障害のある子ど
もが生まれると分かった途端妊娠中絶をしてしまう人もいる。私は受精した瞬間から人は
人と認められるべきだと考える。それゆえ今の発達しすぎた技術が本当に正しいのかどう
かのかが疑問である。
理由や根拠を示すように。
(や)
同上。
(わ)
今回の授業は、遺伝子操作と生殖補助技術の内容とその問題点について紹介されていた。
受精が成功し、その受精卵が無事赤ちゃんとして生まれることができるのは、統計的に見
て確率は低いこと、逆に言えば、夫婦のどちらかに体の異常があり、不妊治療や体外受精
およびドナーの卵、精子を利用して出産している人のほうが多いことを知った。
今回の授業で取り扱った、生まれてくる子供の質を選ぶことは個人の自由なのかどうか
について考えてみる。情報では、今や受精卵の遺伝子操作の結果、その治療だけでなくそ
の能力強化も可能になっているとおっしゃった。これは、マウスではすべて成功している
と述べたが、これを人体に適用したときはどうなのかを考えたい。人体に利用した場合、
リスクとして「新種の医原性疾患の危険性」や「深刻な医原性疾患」が挙げられている。
これはすなわち新たな病気を発現させる原因のなるということである。つまり、マウスに
はリスクがなくとも人体には何かしらの悪影響が及ぶ危険性があるのだ。これを加味すれ
ば遺伝子操作は行うべきでない、つまり、子どもの質を自分で選ぶべきではないと考えら
れる。
人体へのリスクについて
http://www.kz.tsukuba.ac.jp/~gshoji/japanese/slide/hashimoto.pdf
(遺伝子操作技術の利活用に伴うリスクと法・規制システムの関連
テム情報工学研究科庄司学
筑波大学大学院シス
筑波大学国際総合学類橋本一正)
「明瞭区分性」が守られていません。
(や)
下線部、そんなことはありません。
(わ)
日本での人工授精に対する法律を緩和すべきである。なぜならば日本人に子供を産みた
くても産めない体の人がたくさんいるからだ。日本国の今の法律がある限りそういったひ
とたちは、海外で代理母などを探さなければならない。しかし海外での考え方と日本の考
え方とでは少し異なっている部分もあり、お金もかかる。日本が法律を緩和した場合、考
え方も同じで、また保険が効くようになれば高い医療技術を安価でりよう利用できるよう
になる。以上より人工授精に対する法律は、緩和すべきである。
日本でも、人工授精は料金を払えば行うことができます。人工授精を何かと間違っているのではないで
すか?(わ)
おそらく、街中などで「ナチスの行ったことをどう思うか」というアンケートをしたら、
ほぼ全員が否定的な意見を述べるでしょう。しかし、出所前診断で遺伝子に異常があると
分かったら、その子供を堕胎するということは、結局はナチスの行った抑制的優生学と変
わらないのではないかと感じました。
「私の中のあなた」という映画は見たことはないけど、似たような話は都市伝説や SF 作
品で見たことがあります。中でも印象的だったのが、ホラー小説の短編集で見た話ですが、
「ある養護施設で、貴族の人間のクローン達(子供)が、その貴族の臓器移植のためだけ
に育てられている」という話です。
(話のあらすじしか覚えてない上、本のタイトル、話の
題名等全く覚えていません)
救世主兄弟も、ある意味、臓器移植のためだけに生まれた子供です。救世主兄弟が実際
に存在する話であるのであれば、
「臓器移植のためだけにクローンを生み出す」という意見
もやはりあるのでしょうか。
最後に疑問なのですが、クローン羊ドリーが 20 年ほど前に話題になりましたが、
Wikipedia
(
「
ド
リ
ー
(
羊
)
」
よ
り
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%BC_(%E7%BE%8A))
このように実際にクローン動物が成功している例があるのに、なぜ絶滅危惧種の動物を同
じような方法で繁殖させるということが提唱されないのでしょうか。
「絶滅危惧種」であれば通常の方法で繁殖させるほうが確実です。
「絶滅種」について、それをクローン
技術で復活させるということは提唱されています。
(や)
下線部、救世主兄弟は臓器移植のためだけに存在しているわけではありません。
(わ)
授業の中で、ヒト受精卵に対する遺伝子操作についての質問がありました。私は病気の
治療でも行うべきではないとしました。
理由として、まず現在ある数多くの病院が必要なくなってしまいます。遺伝子を操作す
るだけでよいので、外部(外科?)治療がいらなくなるのは必然です。そうなると、今の
日本の雇用問題がさらに深刻化します。次に、貧富の差によって人類が分割されます。出
生前診査でも保険が効かず、なかなか高額な値段でした。遺伝子治療が始まるなら全世界
でもそうなるでしょうから、医療機関がまだ整っていない地域、もしくは貧富の差が激し
い地域では治療は受けられません。さらに、先ほどの一般病院の減少もあるので、受けら
れなかった人への対応が難しくなってしまいます。
バランスがとれている今の社会に、遺伝子治療を加えたとき、対応策がしっかりしてい
ないとバランスを崩すだけです。遺伝子操作はマウスでは成功していても、人間に対する
とき、個人への配慮も重要ですが、先ほどのように社会への影響も同様に重要なのです。
以上のような理由から、私は遺伝子治療には反対です。
病気は病院経営のために存在しているのではありません。もし病気がなくなり、病院が不要になれば、
医者は転職すればよいだけのことでしょう。
(や)
論理展開が飛躍しすぎです。
(わ)
生まれてくる子供の質を保証することは悪いことではありません。たとえば、自分が遺
伝性の病気を抱えていたとして、それが子供に遺伝するのを回避するために遺伝子操作す
るのは、親心といったものだし、一族が抱える問題に終止符を打つことにもなるでしょう。
また障害を持って生まれてくる子供を減らしていくのは、費用の削減、生まれてきた本人
①
または周囲の苦痛を与えないという意味で社会的な利益にもなります。
「健常者」というス
テータスを生まれてくる子供に付与するのは、平等の観点からも正しいはずです。
ただ遺伝子操作を新たな能力(頭がいい、運動能力に優れている)の付与、つまり子供
の能力強化の面で使うのは平等ではありませんから、控えたほうがいいでしょう。
下線部、間違っています。
(や)
下線部①、この考え方は今井先生の授業で出てきた優生学そのものです。
(わ)
今回の話を聞いて、受精させる方法、奇形児やダウン症であるかなどを判断する方法や
段階、障害のある子供の出生を防ぐことはいわばナチス時代の抑制的優生学と言えるので
はないかということがわかった。
私は今回の講義で生まれてくる子供の“質”を選ぶことは、必要であると考える。奇形
児やダウン症の子のことを考えても、これからの生活で苦労するだろうし、その子供を世
話できる親や配偶者がいなくなった場合、生きていくこと自体が困難であると考えるから
である。
また救世主兄弟については、自分の生まれてきた理由がただ兄弟の病気などを治すため
とその子供が知れば、その子供は感傷的になってしまうかもしれないし、決して生まれて
きたことに意義を持てないと考えるので子供のことを考えると、救世主兄弟として子供を
産むことに賛成はできない。
障がい者が生きていくことが困難なのは、社会的サポートが欠如しているからで、問題は社会の方にあ
るのではないですか。4 万年以上前のネアンデルタール人であっても、障害のある人をサポートしていた
のではないかと言われています。もしも「現代において障がい者が生きていくことが困難」だとすると、
我々の社会はネアンデルタール人より劣るということではないですか。
(や)
今回の授業を受けて、将来関わってくるであろう出生前診断について興味を持った。
出生前診断を行うかどうかは親が決めることができるが、その出生前診断を行うにあた
ってのメリット、デメリットには以下のようなものがある。
出生前診断のメリット
・障害のある子どもが生まれたら・・・という心の負担を軽くできる
・障害を持った子どもが生まれてくるとわかった場合、ともに生きていく決心をする親で
あれば、生まれてくるまでに準備をすることができる
・治療可能な先天異常を早期に発見し、対応できる
出生前診断のデメリット
・胎児に異常があった場合、人工妊娠中絶を行うことは障害者の廃絶ではないか
・検査を受けることで、余計な心配が増える
・検査によっては、流産のリスクがある
・あらゆる胎児異常を発見できるわけではない
出
生
前
診
断
情
報
セ
ン
タ
ー
:
http://www.prenatal-diagnosis.info/pd/%e3%83%a1%e3%83%aa%e3%83%83%e3%83%8
8%e3%83%bb%e3%83%87%e3%83%a1%e3%83%aa%e3%83%83%e3%83%88.html
出生前診断をしたとして、健康な子どもが生まれてくると診断されれば親はその子ども
を産むだろう。しかし、生まれてくる子どもに異常が見つかったとすれば親はどうするだ
ろうか。上記にあるように、ともに生きていく決心ができる親もいれば、ともに生きてい
く決心ができない親もいる。産む決心ができず、人工妊娠中絶を行った場合に胎児の権利
はどうなるのかという問題が出てくる。その他多くの問題があがってくるなかで、どれが
正しいと一概に言い切ることはできない。私たちが知識を得て、それをもとに広い視野を
持って考えることが重要になってくる。今回は遺伝子操作と生殖補助技術について考える
ことができ、有意義な時間となった。
下線部、考えた結論は?(わ)
今回の授業で取り上げられた「救世主兄弟」に出てくる、それぞれの立場に立つと、A
さんとBさん夫婦からみると、Cちゃんはかけがえのない我が子で、命が少しでも長くな
る治療を探し続けた結果、Cちゃんに適合する子供を産むことが治療法として挙げられた
ならば、迷わずもう1人の子供をつくる。Bちゃんの立場ならば、家族に迷惑をかけたく
ないが、自分は死にたくない、助けてほしいと求める。しかし自分の移植手術のために、
新たな命が産まれることを知っていたなら、その命は、自分の犠牲になるために産まれて
くる。その上、自分に適合する胚かどうかを判断されて産まれてくる。いずれはどの胚も、
産まれてくる可能性があったにも関わらず、Cちゃん自身の病気が原因でその命までも犠
牲にしたと、自分を責める。最後に、Dちゃんの立場からみると、自分の兄もしくは姉を
救うことができるなら、両親が喜んでくれるなら、と初めは移植手術に疑問を持たない。
しかし自分の臓器が移植されるごとに、自分の命はCちゃんのためにあるものなのか、C
ちゃんさえ良くなれば、自分は危険を背負い、毎回の移植手術を受けているにも関わらず、
死んでも良いのかと、自分が存在する意味に自信が持てなくなる。
このように「家族」という関係であるからこそ、言うことのできない苦しみがどの立場
にもある。したがって、医学が発展した現代において、
「救世主兄弟」が果たして正しいの
かどうかを最終的に判断するのは、医療関係者ではなく当事者なのだ。
なぜ最後に突然「医療関係者」が登場するのか不明です。
(や)
文章が読みにくいです。コメントを送信する前によく読み直してください。
(わ)
今回の授業で、不妊治療について自分があまりわかっていないということがわかりまし
た。不妊治療は女性の精神的・身体的に負担が大きく必ずしも子供ができると限らないの
に一部の自治体を除いて健康保険が適用外だということに驚きました。
金銭面や身体面のサポートを充実させれば不妊で悩んでいる夫婦の負担も軽くなるので、
自治体や政府はもう少し補助制度を充実させるべきです。
遺伝子の技術をがん治療に役立たせている話を聞いて気になったので調べました。がん
の遺伝子治療とは治療用遺伝子をがんの発生ぶい部位の皮下から注入するというものです。
また、治療費は高額になりますが体への負担や副作用が少なく普通の生活が送れるという
利点があります。(
「がん遺伝子治療サポートセンター」、http://www.ca-gls.com/)がんの遺
伝子治療はメリットが多く体の負担や副作用が少なくて良いものではありますが、開発さ
れてから年数があまり経っていないのでまだ発見されていない副作用がある可能性があり
ます。よって、安易にがんの遺伝子治療を進めるべきではありません。
生殖系列への遺伝子操作と、体細胞系列への遺伝子治療とを区別しましょう。
(や)
複数の情報源にあたりましょう。
(わ)
今回の授業で出てきた凍結胚という言葉を初めて聞きました。
特に「受精卵を凍結させる」ということを聴いて驚きました。なぜなら、本当なら受精し
た後に発生していくはずの胚の成長が止まるからです。しかし Wikipedia の「人体に含ま
れる水分が冷凍されることで膨張し細胞膜等を破壊してしまう等の問題があり、単に遺体
を冷凍しただけでは、解凍したとしてもその人体を蘇生させることは困難である。
Wikipedia
(
「
人
体
冷
凍
保
存
」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E4%BD%93%E5%86%B7%E5%87%8D%E4
%BF%9D%E5%AD%98
1013.7.1)」にあるように胚は分化し、成長すると冷凍保存がで
きなくなります。授業では、どこからがヒトなのかという問に対しての答えは「明確な答
えはない」でした。私は、違いを見つければそれが境目になると思っていたので、実際に
調べてみると、胚と成体では凍結させることに関しては違いがありました。しかし、その
違いが「ここからがヒトだ!」と根拠付けることにはなりません。やはり明確な答えはな
いのですね。
胚は凍結保存させることができますが、生体はできません。コメントのポイントが良くわかりません。
(わ)
今回の授業で印象に残ったのは遺伝子操作技術の発達だった。人間に対しての遺伝子操
作には私は反対である。なぜなら、遺伝子を操作するということは人体に悪影響を及ぼさ
ない確証はないからだ。遺伝子操作の技術は進んでいるとはいえ、まだまだ解明されてい
ないことはあるはずだ。何かをいじればどこかには必ずズレは生じてくるはずである。そ
のずれが死につながることだってあるはずである。命はなくなると二度と戻ってこないも
のだ。悪影響がはっきりするまで私は遺伝子操作には反対だ。
○○のはずである、というような書き方ではなく、自分で調べて根拠を提示して書きましょう。
(わ)
今回は遺伝子操作と生殖補助技術についての講義だった。私はこれまで、このような分
野は現在日々進歩しているが、どこか自分の周りにはあまり関係のないことだと思ってい
たことを認識させられた。今、世界では生殖補助技術によって生まれてくる子どもをめぐ
る問題がたくさんある。講義の中で実際に50人に1人対外受精を経て生まれてきている
と知り、もっと少ない数を予想していたので現状を知ることから始めなければならないこ
とを考えさせられた。また、このような出産方法の多様性を受けて、不妊治療を受けてい
る夫婦やその子供のためにも、日本は規制をもう少し緩和すべきである。
規制を緩和すべき理由はなんですか?どのように緩和すればよいのですか?(や)
現状を知る努力を始めましたか?(わ)
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