Comments
Description
Transcript
中 国 経 済 - 日本貿易振興機構
ISSN 2187-4255 No.594 ジェトロ 中 国 経 済 7 2015 <視点> 成都対武漢 ·································· 天 野 真也 1 <トピックスレポート> 日本産食品の中国市場での販路開拓における基礎知識 ············································ 岡 野 陽二 2 稔 17 幸太郎 26 陽子 39 <グラフでみる中国経済動向> ······································· 59 <現地レポート> 中国東北三省における一帯一路 ············································ 荒 畑 <現地レポート> 訪日ブームに沸く香港 -地方の観光地は香港人が狙い目- ························ メーガン・クォック、和瀬 <特集> 習近平政権下で加速する人民元の国際化と金融自由化 ············································ 萩 原 視 点 成都対武漢 天野 真也 (ジェトロ 武漢事務所長) 2015 年 2 月 16 日付の「長江日報」に「武漢 GRP1 兆元突破」の見出しがおどった。湖北省武 漢市と四川省成都市の域内総生産(GRP)が 2014 年に初めて 1 兆元規模を突破し、武漢市の GRP は、 「上海市、北京市、広東省広州市、深圳市、天津市、重慶市、江蘇省蘇州市に次ぐ全 国 8 位」になったと伝えた。記事は特に、2012 年 10 位、2013 年 9 位、2014 年 8 位と、武漢 市が急速に GRP の順位を上げていることを紹介した。 武漢市の唐良智市長は、GRP 上位にある中国西部の中核都市・成都市を意識しながら、 「GRP で成都市を超える」と常に発破をかけてきた。唐市長は 2014 年 12 月、武漢市長から成都市長 に転任した。筆者が武漢市政府幹部に面会した際、 「GRP で成都市を超えるという唐市長の長 年の夢が実現した矢先の人事異動を本人はどう思っているのだろうか」という話題になった。 唐市長は 1960 年生まれ、湖北省洪港の出身で、襄陽市市長、書記を経て、2011 年 2 月に武 漢市長に就任した。就任直後に、 「武漢市の 10 大課題の解決」という取り組みを提唱、行政部 門の風紀改善、市民の生活水準の向上等を目標に掲げた。 また、 「政府(行政)の説明責任」を意識し、 「2020 年の武漢」の姿を示した行政サービスセ ンター「武漢市民の家」を建設、 「外国人に住みやすい武漢を作るプロジェクト」等も立ち上げ た。唐市長は、常に行政のトップとして、自らが、外国人を含む武漢市民と対話する姿勢を持 つことを意識していた。日本との関係では、唐市長は 1990 年、国際協力機構(JICA)が実施 する日本研修に参加したことがあるという。2013 年 3 月にジェトロと武漢市政府が業務覚書 を締結した際、日中関係が政治的に厳しい局面にある中においても、 「日本との経済交流を進め ることは重要」と唐市長は述べ、進出日系企業の投資環境改善活動にも力を注いだ。 2014 年の日本の対中直接投資額は、前年同期比 38.8%減(中国側統計)と 4 割近く減って いるが、武漢市をはじめとする中西部地域への関心は引き続き高い。ジェトロが、2014 年 10 ~11 月に進出日系企業に対して実施したアンケート調査の結果では、 「今後 1~2 年に事業を拡 大する」と回答した企業の割合は、湖北省が 61.3%と中国の調査対象地域の中で最も高く、中 国全体平均(46.5%)と比べると、14.8 ポイント高い数値である。 2015 年 4 月 11 日付の「湖北日報」が、 「小糸効果」という見出しの社説を掲載した。自動車 用ライトを製造する小糸製作所が湖北省孝感市への進出を決めたことで、2014 年、孝感市には 8 社の日系企業が孝感市への進出を決定した。記事は、これまで武漢に一極集中していた、大 手自動車関連企業の進出先が武漢市からその周辺都市へ移っていることに注目し、小糸製作所 の要望に合わせて孝感市の投資誘致担当者がきめ細かい対応をとったことを最大の成功のポイ ントと賞賛し、この日系企業の追随進出を「小糸効果」と呼んでいる。 中国の地域経済発展戦略には、 「地域間連携・協力」が必要といわれて久しい。唐良智新成都 市長の行政手腕や武漢市、重慶市、西安市等広域的な地域間連携・協力等の推進等「新市長効 果」に期待したい。 -1- 中国経済 2015.7 トピックスレポート 日本産食品の中国市場での販路開拓における基礎知識 岡野 陽二 (ジェトロ 地方創生推進課 課長代理) 〔要 旨〕 □ 中国では近年、所得水準の向上、円安、訪日観光客の増加などにより、日本産食品に 対する需要、関心が高まっている。ニーズの高まる日本産食品を取り扱うことで売り 上げ増を狙う輸入・卸売業者や、日本産食品の品ぞろえを充実させ、他店との差別化 を図ろうとする小売店も増えている。 □ 格差が大きい中国市場には、13 億人を代表する平均的な消費者像はない。都市の市場 規模、所得水準、年齢(世代) 、性別などを軸に市場や消費者の細分化を行い、分類し た消費者の中で自社商品を受け入れてくれそうな顧客を見定めたい。日本とターゲッ トが異なる可能性にも十分留意することが必要である。 □ 実際に販路開拓に取り組む前に、①制度上の輸出の可否、②実務上の販売の可否(商 標や賞味期限等の問題) 、③販路、物流などの流通ルートの把握、④価格形成メカニズ ムの把握、⑤優良バイヤーの発掘・評価、⑥リスクの把握、といったことについて最 低限の知識を身につけておくことが望ましい。 2015 年 3 月 20 日、ジェトロ地方創生推進課の岡野陽二課長代理が、「中国における日 本産食品の市場開拓」をテーマに講演を行った。本稿では、講演録としてその内容の一部を 紹介する。 1.はじめに 中国では近年、所得水準の向上、円安(人民元高)、訪日観光客の増加などにより、日本 産食品に対する需要、関心が増している。2011 年 3 月の東日本大震災とそれに伴う原発事 故や、2012 年の尖閣諸島をめぐる日中関係の悪化は、日本産食品の対中輸出に影響を与え たものの、2014 年の農林水産物・食品の対中輸出額は 622 億円(前年比 22.4%増)と 2010 年の 555 億円を 4 年ぶりに上回った。日中関係の悪化とともに、多くの自治体や食品メー カーが輸出先としての中国への関心を低下させているが、足元の緊張緩和の動きと相まっ て、今後改めて中国市場に注目する動きも出てくることが予想される。 こうした動きを受け、本稿では食品を中国市場に輸出する際に最低限押さえておきたい ポイントについて、初めて中国市場の開拓に取り組む自治体や支援団体の関係者、企業関 係者を念頭に置きつつ、 「販売の現状」 「消費市場の特徴」 「販売に至るまでの要素」の順に、 概括的に紹介する。 中国経済 2015.7 -2- 現地レポート 中国東北三省における一帯一路 荒畑 稔 (ジェトロ 大連事務所長) 〔要 旨〕 □ 中国で本格化し始めた「一帯一路(シルクロード経済ベルトと 21 世紀海上シルクロ ード) 」戦略は、中国東北地区においても重要政策として取り上げられている。陸路の シルクロード経済ベルトは東北地区の主要各都市から内モンゴル自治区の満洲里を経 て、ロシア、欧州に至る。海路の 21 世紀海上シルクロードは大連港から南へ向かう。 □ 遼寧省では、「一帯一路」政策ルートとして、大連港、営口港から鉄道で内モンゴル自 治区満洲里市に、満洲里市からロシアを抜けて欧州に向かうルート、丹東市、錦州市 からモンゴルを抜けて欧州に向かうルート、大連港から南へ向かう海路の三つのルー トの建設が提唱されている。吉林省では、長春市~琿春市~ロシア・ザルビノのルー トに、長春市~モンゴル~ロシア・欧州をつなぐルートの建設が提唱されている。黒 龍江省ではハルビン市~綏芬河市~ロシアのルートに、ハルビン市~満洲里~ロシ ア・欧州をつなぐルートの建設が提唱されている。 □ 大連港~満洲里~ロシア・欧州のルートでは、2013 年から貨物の取り扱いが本格化し 始めた。国際港である大連港の特徴としては、日本~大連間を行き来する貨物船が週 20 便以上運航しており、コスト面、利便性で有利な点が挙げられる。営口港~満洲里 ~ロシア・欧州のルートは、既に 2008 年から運行が始まっている。韓国のサムスン 電子、LG 電子の電子製品、中国南部の日用品、機械、電気製品などが営口港で荷揚 げされ、鉄道で欧州(ポーランド等)まで運ばれている。 □ 課題は、満洲里からの貨物の配送時間である。営口港~モスクワ間が最短で 12 日間、 大連港~ハンブルグ間が 22 日間となってはいるが、コンテナの数が少ないと、満洲 里で足止めされ、時間が読めない場合がある。また、気温差でコンテナ内に結露が生 じる懸念もある。 □ 大連市などの東北地区で原材料を集め、日本から運んだキーパーツを中国で一部加工 した後に欧州まで運ぶといったことも考えられる。ある程度付加価値の高い製品(例 えば自動車部品など)であれば、海運よりも鉄道輸送の方が所要日数が短くなり、リ ードタイムの短縮で在庫を圧縮し、コスト低減に貢献できる。こういったことで、東 北地区の一帯一路を活用するメリットを見出すことができるのではないか。 1.中国東北地区でも推進される「一帯一路」戦略 新たなシルクロード戦略として提唱されている「一帯一路(シルクロード経済ベルトと 21 世紀海上シルクロード) 」戦略は、 「シルクロード」という名称のイメージから中国の華 - 17 - 中国経済 2015.7 現地レポート 訪日ブームに沸く香港 -地方の観光地は香港人が狙い目- メーガン・クォック、和瀬 幸太郎 (ジェトロ 香港事務所) 〔要 旨〕 □ 2014 年の香港からの訪日観光客数は過去最高の 92 万 5,975 人に達した。人口わずか 720 万人の香港人の実に約 13%が 1 年間に訪日するという空前の訪日旅行ブームが香 港で起きている。その背景としては、もともと香港には日本好きな訪日リピーターが 多いほか、円安の影響、香港~日本間の直行便の増発、日本非居住者向け消費税免税 制度の拡充などがあるとみられる。 □ 訪日リピーターの多い香港人は、もはや、ありきたりの首都圏観光では満足できない。 香港は総人口が 720 万人と少ないものの、日本の地方の観光地にも積極的に足を運び、 レンタカーを利用した地方のドライブ観光を楽しむ日本フリークが多く、地方の観光 地にとって香港人は有望な顧客層である。 □ こうした香港人が今後も日本観光に対して新鮮味を失うことのないように、香港のテ レビ・雑誌・インターネット等を通じ、日本の魅力を香港に積極的に伝えていく等の プロモーション戦略が重要である。それに加え、香港~日本間の直行便を開設するな ど所要時間の短縮や移動コストを減らす工夫、Wi-Fi スポットの全国レベルでの拡大や 高速道路フリーパスの利用可能範囲の拡大、地方の観光地における語学人材の育成な ど、香港人観光客を受け入れるための態勢整備も欠かせない。 □ 2011 年から 2013 年にかけて香港を訪問する日本人観光客数が減少したが、2014 年に はその減少に歯止めがかかり、2014 年には 108 万人となった。観光地としての香港の 魅力は健在だが、宿泊費の高騰に加え、円安が追い打ちをかけ、香港はこれまでのよ うに「格安で楽しめる近場のグルメ・買物天国(安・近・短)」ではなく、 「何を買う のも何をするのも高いが、エキサイティングな高級観光地」へと変貌した。 1.はじめに 2014 年の香港からの訪日観光客数は前年比 24.1%増の 92 万 5,975 人と、過去最高を記 録した(図表 1)注 1)。訪日観光客数の推移を国・地域別で比較すると、香港は 2004~2013 年の間 5 位、2014 年は米国を抜き 4 位に浮上した。人口約 720 万人の香港人の約 13%が 1 年間で一つの国を訪問したことにかんがみれば、香港で起きている空前の訪日旅行ブー ムの盛り上がりぶりが分かるであろう。かねてより香港人は、日本の文化・食品・各種工 業製品等に親しんできているため、日本は従来から香港人にとって人気の旅行先の一つで あった。それが昨今の円安等により、訪日旅行ブームが加速している。一方、日本人にと 中国経済 2015.7 - 26 - 特 集 習近平政権下で加速する人民元の国際化と金融自由化 萩原 陽子 (三菱東京 UFJ 銀行 経済調査室 調査役) 〔要 旨〕 □ リーマン・ショック以降、中国政府はドル依存からの脱却を目指し、中国およびオフ ショア人民元市場における規制緩和、二国間相互の貿易・直接投資の促進を主目的と するスワップ協定の締結、海外における人民元決済銀行の設置――など、人民元の国 際化戦略を積極展開し、人民元の決済通貨としての位置付けを過去 6 年間で急速に引 き上げてきた。 □ 人民元のプレゼンスが高まるにつれ、世界各国でオフショア人民元センターとしての 地位向上を目指す動きが顕著となり、市場間の競争が激しさを増しつつある。しかし、 人民元預金・債券市場における香港の地位は他を圧しており、2014 年 11 月からは上 海と香港の株式市場相互開放という画期的な自由化策も実現に至った。 □ 人民元の国際化は着実に進展しているものの、厳しい為替管理・資本取引規制により 他通貨と自由に交換できない点が国際通貨としてのウイークポイントとなっている。 ところが、習近平政権への移行に伴い、前政権時代には乏しかった金融改革の動きが 目立ってきた。こうした中で、8 年ぶりの金利自由化再開、預金保険制度の導入、中 国(上海)自由貿易試験区における金融自由化の先行実施――などが実現している。 □ 習近平政権は安定成長を確保するための改革を追求する上で、金融・資本移動の自由 化についても、過去の政権よりも段階を引き上げるスタンスをみせており、これに伴 い、人民元の国際的な位置付けはさらに向上するとの期待がある。同時に、金融・資 本市場を通じた中国と海外との連関性が強まることとなり、中国・海外ともに収益機 会が広がる一方、リスクの波及も規模・スピードともに従来を大きく上回るという国 際環境のニューノーマルには一段の留意が必要となろう。 1.はじめに リーマン・ショック以降、中国政府はドルに過度に依存した従来の対外取引慣行からの 脱却を目指し、人民元の国際化を急速に進めてきた。これに伴い、国際取引における人民 元使用の増加、人民元オフショアセンターの拡大など、人民元の存在感は飛躍的な向上を みせている。人民元には、資本移動規制が厳しく、他の通貨に自由に交換できないという 国際通貨としては大きなウイークポイントがあり、国際化の進展の阻害要因となっていた。 しかし、習近平政権は高成長終焉後の安定成長確保のために構造改革推進に本腰を入れて おり、その中で遅れている金融・資本移動の自由化も加速しつつある。以下では、人民元 の国際化と金融自由化の進展を踏まえ、今後を展望していく。 - 39 - 中国経済 2015.7 グラフでみる中国経済動向 中国からの訪日外客数の推移 (万人) 中国からの訪日外客数 (%) 前年同月比伸び率 45 200 40 150 35 30 100 25 50 20 15 0 10 -50 5 0 -100 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 (月) (年) 2012 2013 2014 2015 〔注〕2012~2014年は確定値、2015年1~3月は暫定値、4~5月は日本政府観光局(JNTO)が独自に算出 した推計値。 〔出所〕日本政府観光局(JNTO) 日本政府観光局(JNTO)によると、2015 年 5 月の中国からの訪日外客数は、前年同月 比 2.3 倍増の 38 万 7,200 人と引き続き旺盛な訪日需要を維持している。 訪日外客数に占める中国の構成比 中国 (%) 韓国 台湾 香港 米国 その他 100 90 27.1 29.8 26.2 25.6 26.6 27.4 26.9 24.5 8.4 9.1 8.6 7.7 6.6 5.9 5.9 5.8 7.2 6.9 5.4 7.4 14.7 16.0 17.5 21.3 21.1 26.7 24.4 80 70 9.2 60 6.6 50 16.6 10.3 6.6 15.1 19.2 40 30 28.3 23.4 12.0 14.8 16.4 16.8 17.1 12.7 2008 2009 2010 2011 2012 2013 23.7 20 10 20.8 28.5 20.5 18.0 22.8 0 2014 2015 (年) 1~5 (月) 〔注〕2014年までは確定値、2015年1~3月は暫定値、4~5月は日本政府観光局(JNTO)が独自に算出し た推計値。 〔出所〕日本政府観光局(JNTO) 2015 年 1~5 月の中国からの訪日外客数は、前年同期比 2.1 倍の 171 万 6,400 人だった。 国・地域別構成比で見ると最大の 22.8%を占める。 - 59 - 中国経済 2015.7