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ニューヨークのヒスパニック・カリビアン……塩川 春彦
ニューヨークのヒスパニック・カリビアン ―ブロードウェイ・ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』 Promise me you’ll stay beyond the sunrise. 帝京科学大学教授 塩川 春彦 数々の賞を受賞し評価高いブロードウェイ・ミ し,両親や近隣住民の希望の星である.しかし,両 ュージカル『イン・ザ・ハイツ』 (2008 年初演)の 親が必死で学費を工面してもアルバイトをしなくて 日本公演(8月 20 日∼9月5日,東京国際フォー はならず,学業の継続が困難になっている. ラム)を観た. いくつかの印象に残るフレーズを紹介する.ウ 『イン・ザ・ハイツ』の舞台のワシントン・ハイ スナヴィが故国のドミニカ共和国に憧憬を抱いてい ツ(以下,ハイツ)は,ニューヨーク市,マンハッ る,と先に書いた.ニューヨーク市には,ヒスパニ タン島の北端にある.ヒスパニック・カリビアン(注) ック・カリビアンの大規模かつ継続的な流入が続い と呼ばれるドミニカンとプエルトリカンが多く住 ている.そのことは,移民 3 世にとっては,故国の む. スターバックスのようなチェーン店は少ないが, 文化と絶えず接触していることを意味し,ハイツを ドミニカンの家族が経営する小規模商店が並び,ス 故郷と思うことと故国への帰還を夢見ることにあま ーパーマーケットではスペイン語しか聞こえてこな り矛盾がないのである.ウスナヴィはドミニカ共和 い.開けっ放しの窓からは大音響のメレンゲやサル このミュージカルは,夢と希望を持って海を渡 国の国旗を自分の店に掲げ, “I hang my flag up on my display. It reminds me that I came from miles away.”と歌っている. ってきた祖父母や親の世代とハイツで生まれ育った 一方,大学生活を断念せざるを得ないニーナ.彼 サが聞こえてくる.そんな街であるようだ. 若者たちの 3 世代にわたるマイノリティ住民(誰も 女が小学生のころを思い出す. 毎日学校から帰ると, 裕福でなく懸命にたくましく日々を生きている)の 読み書きが満足にできない近所のおばあちゃん─近 悲喜こもごも,夢,自分たちのルーツへの憧憬や郷 隣住民みんなのおばあちゃん的存在である─に話し 愁,今住んでいる地域社会への愛着を描いている. かけられた. “What did you learn today? Tell me 物語を彩る音楽は,情熱的なラテン・リズム,ラ everything you learned today.” 学校で習ったこ テンに融合したヒップ・ホップ,サルサ,メレンゲ, とを話すことがうれしくて,ニーナの向学心は育ま おばあちゃん世代のラティーノが懐かしく思う往年 れたのだった.ニーナの恋人(やはりハイツに住む のラテン・メロディー,そこに伝統的ミュージカル ll stay beyond マイノリティ)は, “Promise me you’ のスタイルのバラードが加わる.これらの多様な音 the sunrise.”とニーナを励ます. 楽スタイルは,登場人物の世代やキャラクターを表 この物語がどう展開されるかは,本稿には書か 現するのに効果的に振り分けられて使われている. ない(映画化が進んでおり,日本でも公開されるだ 音楽がこうであれば,ダンス・シーンが聴衆を興奮 ろう) . 『イン・ザ・ハイツ』で聴衆は, 親の愛情, 人々 させることは言うまでもない. の思いやりや連帯,地域社会への愛着に心動かされ 物語の中心となる登場人物は 2 人の若者,ウス る,とだけ書いておこう. ナヴィとニーナである.ウスナヴィは小さな食料雑 貨店を経営しながら,いつか故国のドミニカで悠々 自適に暮らすことを夢見ている.ハイツは少しずつ (注)ヒスパニック・カリビアン ジェントリフィケーション(都市富裕化)が進み, スペイン語を公用語とするラテンアメリカ地域の出身者 家賃が高くなり,店の隣の美容院が家賃の安い地域 およびその子孫で,米国に居住する者はヒスパニックと呼 への引っ越しを余儀なくされる.ウスナヴィも居場 ばれる.その多くはメキシコ系だが,ニューヨークで身近 所を変えようと決断する.ニーナは,日々の暮らし なヒスパニックは, 「ヒスパニック・カリビアン」と呼ば に追われる住民ばかりのコミュニティで生まれ育ち れるドミニカンやプエルトリカンである.実際,ドミニカ ながらも,名門スタンフォード大学への進学を果た ンはニューヨーク市における最大の移民集団である.