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ROSEリポジトリいばらき (茨城大学学術情報リポジトリ) Title Author(s) Citation Issue Date URL メタファーとしての妖精--W.B.イェイツ及びキーツの妖 精詩について 笹倉. 貞夫 茨城大学教養部紀要(30): 109-113 1996-03 http://hdl.handle.net/10109/9675 Rights このリポジトリに収録されているコンテンツの著作権は、それぞれの著作権者に帰属 します。引用、転載、複製等される場合は、著作権法を遵守してください。 お問合せ先 茨城大学学術企画部学術情報課(図書館) 情報支援係 http://www.lib.ibaraki.ac.jp/toiawase/toiawase.html メタファーとしての妖精 W.B.イェイツ及びキーツの妖精詩について AFairy as a Metaphor On English Fairy Poems 笹 倉 貞 夫 (Sadao SASAKURA) アイルランドの妖精伝説を題材にしたイェイッの初期の作品に「拐かされていく子供」(The Stolen Child,1886(1))という詩篇がある。この作品には,作者が幼少期を過ごしたスライゴーの 自然を背景にうたわれた妖精の世界が窺われる。確かに,これは,祖国アイルランドの古きよき文 化伝統の再生を願うこの詩人の初期のロマン派的な異境志向の傾向が濃厚に漂う作品ではある。 (後には,イェイッはロマン派的な夢幻の世界から離れて苛酷な現実を凝視する,いわゆる現代詩 人へと変貌を遂げていくが,それはともかくとして,)そうした異境志向の成就がその代償として 死を要求するという点では,これは恐ろしい詩篇である。この作品の内容は,簡単に言えば,ひと りの男の子が妖精の甘い誘いに証かされて,っいには両親に保護された平穏無事なこの人闇世界か ら超現実的な妖精の世界へと拐かされていくということに尽きる。 実際に,この作品に即して考えてみると,四っの連から成るこの詩篇の最初の連から第三連に窺 われる妖精の世界は,まさに楽しい夢幻のメルヘンの世界そのものである。 Where dips the rocky highland Of Sleuth Wood in the lake, There lies a leafy island Where flapping herons wake The drowsy water−rats; There we’ve hid our faery vats, Full of berries And of reddest stolen cherries. σo雁αωαツ,O humαn child! To theωα孟θr8α加「theω‘Zd「 Withαノ加η, hand in hand, For伽ωorld’S加orθμZ Oゾweeping than yOU Cαπunders伽d. 茨城大学教養部紀要(第30号) 110 Where the wave of moonlight glosses The dim grey sands with light, Far off by furthest Rosses We foot it all the night, Weaving olden dances, Mingling hands and mingling glances Till the moon has taken flight; To and fro we leap And chase the frothy bubbles, While the world is full of troubles And is anxious in its sleep. Comθαωの㌧Ohumαn child! 70 ‘んε ωα‘θr8 αnd「‘んθ ωild w勧αノ碕y,hand in hand, For伽ωorld’8 morεμZ(ゾωeeping‘han yOU can understand. Where the wandering water gushes From the hills above Glen−Car, In pools among the rushes That scarce could bathe a star, We seek for slumbering trout And whispering in their ears Give them unquiet dreams; L・eaning softly out From ferns that drop their tears Over the young streams. σomθαωρ)ノ, O humαn child! 1b the ωαters and the ωilcl W勧αノごθ1ツ,hand inゐand, F・rtheω・rld’s m・rθμZ q〆ω卿‘η8伽り・U Cαn understand.(2) (スルースの森の岩山が/湖に浸る辺りに,/木の葉の生い茂る小島があり,/羽撃く鷺の群 れが/微睡む水鼠たちを目覚めさせる;/わたしたちはそこに,/いちごと盗んできた真っ赤に 熟れたさくらんぼが/いっぱいはいった妖精の樽を隠した。/おいでよ,おお,坊や!/湖水と 原野へ,/妖精とともに手に手を取って,/というのも人の世は思いもよらぬほど多くの悲しみ でいっぱいだから。//遠く離れた,はるか彼方のロセスの岬の/薄暗い灰色の砂浜を/月の光 の波が照らしだす辺りで,/わたしたちは,昔の踊りの輪をっくり,/腕を組み,眼と眼を交わ し合いながら,/月が退却してしまうまで/一晩中踊り明かし;/あちこちへと跳びはねながら, 笹倉:メタファーとしての妖精 111 /泡立っあぶくを追いかける。/他方,人の世はわざわいでいっぱい,/眠っているときにも不 安は絶えない。/おいでよ,おお,坊や!/湖水と原野へ,/妖精とともに手に手を取って,/ というのも人の世は思いもよらぬほど多くの悲しみでいっぱいだから。//グレンーカー狭谷の 上の丘から/流れてくる水が,/ひとつの星がかろうじて水浴できるほどの/葦間の淀みに湧き 出る辺りで,/わたしたちは,微睡む鱒を探し,/その耳にそっと囁き,/心躍る夢を与える; /新しい流れに/露の涙を落とす羊歯の上から/そっと身を乗り出しながら。/おいでよ,おお, 坊や!/湖水と原野へ,/妖精とともに手に手を取って,/というのも人の世は思いもよらぬほ ど多くの悲しみでいっぱいだから。) 各節尾のイタリック体部分は,〈おいでよ,おお,坊や!/湖水と原野へ,/妖精とともに手に手 を取って,/というのも人の世は思いもよらぬほど多くの悲しみでいっぱいだから。〉というリフ レインになっており,反復されるリフレインは,子供の心を謳かし,あらぬ世界へと男の子を駆り 立ててゆく音楽的・呪術的効果をすら伴うように思われる。そして最終の第四連では,男の子は怪 誘そうな顔をしながらも,っいには妖精の誘いに呪縛されるようにして,この人間世界を離れて夢 見心地で妖精の世界へと出かけてゆく。ところで,そうした妖精の夢幻の世界へ出かけてゆくとい うことが究極的に何を意味するかは後に考えるとして,今しばらくこの妖精詩の詩行を辿ると,こ うである。 Away with us he’s going, The solemn−eyed: He’U hear no more the lowing Of the calves on the warm hillside Or the kettle on the hob Sing Peace into his breast, Or see the brown mice bob Round and round the oatmeal−chest. Forんθcomθs,‘ゐθゐω7παηchild, To‘んθωα亡αrSαnd the wild w勧a fαery, h侃d in hand, Fr・mαω・rld m・rθμZ・ヅωeeρing‘1め肋θC侃understand.(3) (あの子がわたしたちとともに出かけて行く,/しかっめらしい眼差しのあの子が:/あの子 は,もう聞くこともない,/暖かい山腹の小牛の鳴声も,/炉だなの上の薬罐が/あの子の心に のどかさを歌うのも。/また,褐色の鼠が麦びつのまわりを/くるくる走り回るのを,もう見る こともない。/というのもあの子,あの坊やがやって来るから,/湖水と原野へ,/妖精ととも に手に手を取って,/思いもよらぬほど多くの悲しみでいっぱいの人の世から。) 最終連では,第一連から第三連まで繰り返されていたリフレイン部分は,〈というのもあの子,あ 112 茨城大学教養部紀要(第30号) の坊やがやって来るから,/妖精とともに手に手を取って,/思いもよらぬほど多くの悲しみでいっ ぱいの人の世から。〉というふうに,内容も変化してこの作品は完結する。 かくして,この男の子は閑かな牧歌的な世界,っまりは平穏無事な屍護された人間世界から超現 実的・超自然的な異界へと連れ去られてゆく。その結果,この子供はもはや聞き慣れた小牛の鳴声 を聞くこともなくなり,また煮え立つ薬罐が立てる閑かなやはり聞き慣れた音を聞くこともなくな り,さらには鼠が麦びつのまわりをくるくる走り回る見慣れた田舎の日常的な光景ももはや永久に 見ることがなくなる。っまり保護された安全な日常的人間世界から,魅惑的な,しかし反面極めて 危険な非日常世界へ足を踏み入れることになる。人間的現実からのかかる離脱,っまり,こんなふ うにして住み慣れた人間世界に別れを告げることは,ある意味では此岸から彼岸への旅立ちともパ ラレルであり,この世からあの世へ旅立つことにも似て恐ろしいことである。その点では死そのも のを意味する極めて危険な旅立ちとさえ考えることもできるかもしれない。 ところで,こんなふうに子供を拐かす妖精の背後には,人間の子供を奪うという例の女の悪鬼の 気配が漂いはしないだろうか。人の子を捜う女の鬼とは,他でもないリリス(Lilith)のことであ る。彼女は,ユダヤ教の法典タルムードのなかでは,イヴのっくられる前のアダムの最初の妻であっ たが,イヴがっくられてからは(っまりキリスト教神話あるいは西洋キリスト教社会が確立してか らは),この世界に存在してはいけない女とされ,闇の世界へ追放されることになった日陰の女, 従って,恨み骨髄の鬼と化し,アダムとイヴを祖先として生まれてくる人間の子供を撲うことで恨 みを晴らそうとすることになった復讐の女のことであり,また,バビロニア神話のなかでも子供を 捜う悪鬼と決めっけられている魔女の母である。イェイッの妖精の背後にもこの日陰の女の〈陰〉 が感じられないであろうか。 イェイッの詩及び劇作品に窺われる妖精たちは,一見いかにメルヘンの世界にみられる妖精たち のようにみえようとも,その背後にそこはかとなく異教的リリス的気配を漂わせていて,凄みすら 感じられることがある。日本の能の強い影響のもとにつくられた詩劇のひとっ『鷹の井戸』(At the Hawh’s VVell,1917(4))にも窺い知られるように,山間の魔性の女王(妖精の女王)イーファ (Aoife)に果敢にも命がけで闘いを挑むアイルランド上代の血気に逸る伝説の英雄クフーリン (Cuchulain)にも,結局は妖精の女王に拐かされてゆく悲劇的な英雄の姿を如実に窺い知ること ができるが,魔性の女の〈影〉及びその〈影〉のメタフィジクスについては別の機会に検討すると して,今ここでは深入りするつもりはない。ただ,証かされ,拐かされ,魂を奪われて蜆の殻にさ れるのは,単純素朴で素直な子供だけではなくて,れっきとした大人,それも歴戦の勇士でもある ということに注目しながら,妖折の天才詩人ジョン・キーッの「っれなきたおやめ」(LαBelle 1)ame sans.Merci,1819(5))という詩篇に言及してみたい。 この詩は,荒涼とした山腹を独り蒼ざめてさ迷う騎士が,なぜかくも悲しみに打ち沈み情然とさ 迷うかを打ち明ける内容のバラッド形式の作品である。その騎士の告白によれば,彼は,草原で髪 は長く,足取りも軽ろやかで,眼が野性的なこの上なく美しい妖精の子供であるひとりの乙女に会 い,この世のものとも思えないその乙女の美しさに魅了され,たちまち彼女の虜になってしまう。 彼女に花の冠と腕輪と香しい花輪の帯をっくってやると,彼女は彼を心から愛しているかのように 見っめ,甘い溜息をもらす。馬に乗せてやると,後を振り向いて彼の顔を見上げて妖精の歌を歌い, 妖精の食物・飲物である草の根,野の蜂蜜,マナのような甘露を彼のために見っけてくれて,彼を 笹倉:メタファーとしての妖精 113 妖精の住処である洞穴へ案内し,なんともやるせなげに溜息をもらして嘆き悲しむ。そこで四度の 接吻で彼女の眼を閉じてやると,彼女は騎士の胸を焼く熱い恋の心を和らげて眠らせてくれる。そ の眠りのなかで騎士はなんとも恐ろしい夢を見る。 Isaw pale kings and princes too, Pale warriors, death−pale were they all; They cried−‘La Belle Dame sans Merci Hath thee in thral1!’ Isaw their starved lips in the gloam, With horrid warning gaped wide,(6) わたしは蒼ざめた王候・戦士たちを見たが, 彼らはすべて死入のように蒼ざめていた; 彼らは叫んだ一 「っれなきたおやめ汝を虜にす!」 わたしは薄明りのなかで彼らのやっれた唇が, 恐ろしい警告を発するために大きく開かれているのを見た。 騎士は,夢のなかで彼らの恐ろしい警告の叫びを聞いてはっとして目覚めるが,気がっくと寒々 とした山の中腹に独り置き去りにされていたという。これが,この騎士が蒼ざめて独り情然と山腹 をさ迷う理由だという。こんなふうにこの世のものとも思えぬ魔性の美に魅了され,呪縛・愚弄さ れて王候・戦士たちだれもが,魂を奪われ,蜆の殻となって煉獄の亡者のようにこの世をさ迷って いるというのがこの詩の内容である。そして今,この騎士も超自然的な美の塁惑にとらえられ,そ の魅惑的な陥穽に陥れられてしまったのだ。かかる美は騎士に情け容赦なくその代償として一種の 死を要求することになる。 イェイッ及びキーッの妖精には,子供を拐かし,大人を冷酷に美の陥穽に陥れる魔性のもののリ リス的母性のおどろおどうしさを感じさせられることがある。 注 (1)Yeats, W. B. The Collected Poems Of W.B. Yeαts(London:Macmillan,1978) (2) Ibid.,PP.20−21, The S‘oZθπ Child,11.1−44. (3) Ibid.,P.21, The Stolen Child,11.45−7. (4)Yeats, W.B. The Collected Plays oゾW.B. Yeats(London:Macmillan,1969) (5)Allott, Miriam(ed.), The Poems oゾJoゐηKeats(London:Longman,1970) (6) Ibid.,pp.505−6,11.3742.