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環境負担の少ない都市交通体系への転換 ・・・ 山村 英隆

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環境負担の少ない都市交通体系への転換 ・・・ 山村 英隆
環境負担の少ない都市交通体系への転換
環境負担の少ない都市交通体系への転換
山村英隆
<目次>
第1章
都市交通の現状
第1節
増えつづける自動車
第2節
モータリゼーションによる影響
第3節
行政と自動車業界の苦悩
第2章
代替交通手段としての Light Rail Transit(LRT)の可能性
第1節
交通需要マネジメント(Transportation Demand Management/TDM)
第2節
LRT構想の歴史的背景
第3節
LRTのメリット
第4節
街づくりとの連携−トランジット・モール−
第3章
これからの都市交通システムの課題
第1節
パッケージ・アプローチ
第2節
自転車活用政策にみるコスト補助の必要性
第3節
市民参加の都市交通システムの構築−京都市におけるLRT設置の例−
第4節
まとめ
環境と貿易に関する報告書
―student initiative による報告―
環境負担の少ない都市交通体系への転換
第1章
都市交通の現状
第 1 節増えつづける自動車
モータリゼーションという言葉が使われ始めてから、すでに 30 年以上の年月が経過した。
今や世界の各都市において、自動車は人々の欠かせぬ移動手段として定着し、その必要性
は誰もが認めるところとなった。『環境白書』によると、日本においても昭和 40 年には自
動車の保有台数が 813 万台であったのに対し、平成 9 年度には 7,286 万台1と、わずか 30
年あまりで 9 倍近くの増加を見せている。そして、近年でもそれは着実に増加しており、
この傾向は今後も続くことが推察できる。
また、多くの途上国の大都市では、近い将来、日本の高度成長期のような急速なモータ
リゼーションを経験するであろうことがほぼ確実とみられている。自動車は途上国におい
てステータス・シンボルでもあり、ある一定以上の収入を得る市民にとって、単なる移動
手段を超えた存在と化している現状がある。この途上国における自動車普及の現状は、道
路整備の観点からも伺うことができる。南アフリカやインドネシアではほんの 10 年ほどで
国土の道路延長キロが 1.5 倍以上に増加2している。
このようなモータリゼーションは、単に『自動車の普及』という意味だけにとどまらな
い。自動車が一般に使用されるようになり、街のあり方が自動車に合わせたものとなって
きたのである。自動車の存在は街づくりにおいて欠かせないものとなり、結果として自動
車を中心とした都市思想さえ生まれてきたのである。しかし、近年、その自動車に合わせ
た都市思想は、大きな綻びをみせている。街が自動車に合わせたがために、そこに住む人
間を排除してしまったからである。そこに住む人々と自動車の立場逆転ともいえるこの現
象は、今や多くの都市で問題が顕在化し、深刻なものとなっている。このレポートは、こ
のような自動車によるさまざまな影響を推察し、他の交通機関への転換を中心として新た
な都市交通体系について考察したものである。
第2節
モータリゼーションによる影響
では、モータリゼーションは私たちに何をもたらしたのであろうか。まず、自動車の負
の影響について論じてみることとする。よく言われているように、自動車は地球環境への
負荷が極めて大きい。例えば、自動車の排気ガスに含まれる物質のうち、硫黄酸化物(S
Ox)や窒素酸化物(NOx)は光化学スモッグや酸性雨の原因として知られるだけでな
く、人体の呼吸器系にも著しい影響を与える関連性が指摘されている。さらに、近年注目
を浴びているディーゼル車からの浮遊粒子状物質(SPM)については、発ガン性物質で
あることも報告されている。また、一酸化炭素(CO)、二酸化炭素(CO2)は、地球温
暖化の主原因である温室効果ガスとしても問題視されている。
このような化学的な物質汚染による被害だけにとどまらず、自動車はエネルギー効率が
極めて悪いことも指摘されている。人間 1 人を1km 運ぶのにかかるエネルギー3は、鉄道
環境と貿易に関する報告書
―student initiative による報告―
環境負担の少ない都市交通体系への転換
の約 6 倍(都市部では約 7 倍)にもおよび、この値はジャンボジェット(ボーイング 747
−SR)のエネルギー消費効率をも悪い値であるという。
また、自動車は都市空間の浪費だという意見もある。確かに、乗用車に 1 人だけで乗っ
た時を考えると、自転車やオートバイに比べ、限られた都市空間を著しく無駄に使うこと
は明白であろう。さらに、個々の自動車の問題に加え、道路の占有面積の問題も挙げられ
る。『環境と運輸・交通
環境にやさしい交通体系を目指して』のデータによると、平成 2
年度末における運輸・交通手段の土地占有面積4は、鉄道関係が 606 平方キロメートル、海
運が 103 平方キロメートル、航空が 101 平方キロメートルであるのに対し、自動車関係は
9,153 平方キロメートルと群を抜いて高い値となっている。これを旅客輸送の効率(輸送人
キロ、輸送トンキロ当たり)でみると、実に自動車は鉄道の約 8 倍効率が悪いのである。
このような都市空間の浪費は、しばしば交通渋滞という形となって露見する。渋滞は時
間的浪費だけでなく、その影響として経済的損失をももたらす。日本における渋滞による
経済損失額は年間 12 兆円5であり、また一つの都市だけを取り上げてみても、大阪市におけ
る経済損失額は年間 2,500 億円6にも及んでいる。このような交通渋滞の慢性化は、最終的
には都市のアメニティを破壊し、その場に暮らす住民の生活環境さえ脅かすことにも繋が
っている。さらに、渋滞になると自動車は低速走行を強いられ、より燃焼効率が悪くなり
環境への負担も増大する。このように、自動車交通の増加は交通容量の限界点を超えると、
極めて深刻な悪循環を生み出すのである。
では、慢性的な渋滞を緩和するためには、どのような方法があるのだろうか。一見する
と道路の拡張や新規増設による整備が、これらの問題への解決策に見えるかもしれない。
事実、今までは世界中の多くの都市で、そのような問題解決へのアプローチが行われてき
た。しかしながら、このアプローチは一時的には効果を発揮するものの、最終的には失敗
に終わるケースが多かった。道路整備が新たな自動車利用を誘発し、さらに深刻な渋滞を
引き起こすことが明らかとなった7のである。つまり、道路整備は渋滞緩和には逆効果だと
さえ言っても過言ではないのである。近年では、自動車の利用を減少させるために、故意
に不便な道路整備を行っている都市も存在するほどである。
さらに、自動車の増加は必然的に交通事故の増加をもたらす。年間 9,000 人近くの交通
事故死者8の数字が物語るように、現在では『交通戦争』とも言える状況を生み出している9。
鉄道や航空、海運などの公共輸送では、一度事故が発生すると大規模ではあるものの、そ
の確率は自動車交通に比べ極めて低い。
また、自動車交通は、平等性が極めて低いことも注目できるであろう。1996 年にカナダ
のバンクーバーで開催されたOECD国際会議で検討された項目のうち、
『持続可能な交通
の 9 つの基本原則』10でも、交通機関への公平なアクセスする権利について言及している。
これは公共交通を福祉的観点から見たものであるが、この点についても自動車は不平等な
乗り物であると言わざるを得ない。免許を持たない人々や、子どもなど法律的に自動車を
環境と貿易に関する報告書
―student initiative による報告―
環境負担の少ない都市交通体系への転換
持ちたくても持てない人々、それに高齢者や身体障害者などの人々は、自動車の運転がで
きないことによって社会的不平等を強いられているのである。
以上の点を踏まえて考えてみると、自動車はその環境負荷性、エネルギー消費量、空間
占有性、騒音や渋滞によるアメニティ破壊と経済損失、交通事故のリスク、そして交通機
関の公平性などにおいて、極めて深刻な負の要素を持ち合わせた交通システムだと言える
のである。しかしながら、冒頭に述べたように、このような状況下であっても日本におけ
る自動車の保有台数は増加傾向にあるのが現状である。
それは、自動車によるメリットがあまりにも大きく、このようなデメリットを超越した
存在として認識されているからであると推測できる。そのメリットとは、他の交通機関に
は不可能な Door to Door での輸送ができるという点に凝縮されている。内閣総理大臣官房
広報室による『都市交通に関する世論調査(平成 11 年 8 月)』11によると、通勤通学に鉄道
やバスを利用しない理由として、実に 44.1 パーセント(選択式複数回答可)もの人々がこ
の Door to Door の利便性を挙げていることからも見て取ることができる。レジャー・買い
物等の用事に至っては、この理由は 50 パーセントにも及んでいるのである。この要因は回
答の中でも最も大きな割合を占めており、いかにこの個別間輸送の利便性が重視されてい
るかということがわかるであろう。
また、深夜帯などでも時間を問わず移動できるという利便性も挙げられる。確かに公共
輸送は、基本的には運賃などの収入によって運行されており、採算性が重視される。その
ことを考慮すると、乗客数の少ない深夜や、過疎地帯における輸送などは自動車に軍配が
上がると言えるであろう。同時に、公共交通機関はそのメンテナンス面から常時運行でき
ないという事情もある。他にも、快適性・プライベート性・機動性・全方向性など自動車
のメリットは限りなく大きい。そして、その利便性は多くの人に受け入れられているのも
また事実である。しかしながら、このようなメリットが存在し、それを多くの人が支持し
ていたとしても、自動車の環境負荷などのデメリットを正当化するものでは到底ありえな
いのである。
第3節
行政と自動車業界の苦悩
近年、環境負荷性を軽減するために、自動車業界は効率の良い直噴式内燃機関の開発や、
ハイブリッドカーなどの新機構の開発に本腰を入れている。これは、業界が社会的に責任
を全うしたものとして大いに評価できるが、これは先に述べたような問題を根本から解決
するにはあたらない。例えば、トヨタ自動車が開発したハイブリッドカー『プリウス』12は、
環境に負荷の少ないことが注目されているが、そのプリウスでさえも CO2 の排出量はガソ
リン車の半分程度13にしか削減できていない。たしかに、現在の技術においては、プリウス
はもっとも環境負荷の少ない、優れた自動車であると言うことができる。だが、それをも
ってしても、さまざまな自動車が抱える問題をすべて解決することにはなり得ないのであ
環境と貿易に関する報告書
―student initiative による報告―
環境負担の少ない都市交通体系への転換
る。
日本の今の環境政策は、このハイブリッドカーに見られるように、車両への単体規制や
技術革新への補助によって環境負荷を減らそうというものである。しかしながら、この方
法では極めて迅速な対応が必要とされる環境対策としては、根本的な解決につながるどこ
ろか、大気汚染などの環境の悪化を手をこまねいて見ているだけになりかねない。つまり、
技術開発に成功したとしても、少数生産のため高価にならざるを得ない。結果として普及
への障害となり、最終的には一般車が増加することとなる。
また、単体への規制は、新車の生産時に規制が課せられるため、実際に効力が発揮する
までにタイムラグが生じる。例えば、今年実施された規制対応車が市場に出回り販売され
るまでに数ヶ月かかり、そして都市部で旧型車への置き換えが完了するまでには数年の月
日を要するのである。さらに、皮肉なことに、排ガス規制対応車は旧型車よりも価格が高
くなるために、その規制実行前に消費者が『駆け込み購入』する傾向がある。例えば、財
団法人横浜・神奈川総合情報センター(IRIS)研究調査部のヒアリング調査14によると、98
年8月に横浜市において普通トラックの販売が増加したのは、排ガス規制に対する駆け込
み購入の効果によるものだと分析している。つまり、単体規制は迅速な対応が求められる
環境対策としては、一時的にではあるが逆効果さえももたらすと言えるのである。
このような普及に時間がかかるサイクルの中では、環境対策としては不十分だと言わざ
るを得ないのである。その結果が、西淀川や国道 43 号線の事例となって現れていることは
言うまでもないだろう。また、自動車業界も責任があるとする指摘15もある。環境に負荷の
少ない自動車を販売数は少ないものの看板商品として宣伝し、実際には大衆受けするディ
ーゼルエンジンの RV 車を大量に売ってきたのは紛れもない事実なのである。これはまた、
その買い手である市民にも責任があることを意味している。需要があるからメーカーは供
給を続けるのである。市民がディーゼル車による環境負荷を知ってさえいれば、このよう
な状況には陥らなかったのではないだろうか。
自動車業界は、今、大きな選択を迫られているといっても過言ではない。環境への負荷
をもっとも軽減させる方法は、自動車中心主義から脱却し、『モーダルシフト』16を推進す
ることであることが判ってきたからである。しかし、それは同時に自らの首を締めること
になり兼ねない。だが、環境破壊はこうしている間にも進行し、交通事故は発生しつづけ
ているのが現実なのである。日本の今までの交通政策は、わが国の重要産業でもある自動
車産業に対し、踏み込んだ規制や不利益になる政策を取ることは避けてきた。ロードプラ
イシングやナンバー制による規制も、近年やっと日本でも進み出した程度である。しかし
ながら、同じく自動車大国であるドイツやフランス、アメリカでは、このような葛藤に悩
みつつも、最終的には自動車よりも公共の利益を優先させた自治体が多数存在する。彼ら
は、結果として環境問題はコストには替えられないものであることを悟ったのである。で
は、これらの点を踏まえて、次章では特に、欧米における都市交通の新たな試みについて
環境と貿易に関する報告書
―student initiative による報告―
環境負担の少ない都市交通体系への転換
言及していきたいと思う。
第2章
第1節
代替交通手段としての Light Rail Transit(LRT)の可能性
交通需要マネジメント(Transportation Demand Management/TDM)
第 1 章では自動車のもたらす負の性質について述べてきたが、自動車自体を否定するべ
きではないであろう。その理由は、20 世紀が紛れもなく自動車の恩恵によって成長してき
たという事実に加え、先に述べたような自動車の持つメリットは、現在でも揺るぎ無く存
在しているためである。つまり、これらのメリットを持つ自動車自体を全否定するのでは
なく、さまざまな交通機関を的確に、そして最も環境負荷の少ないように使用するための
試みが必要とされているのである。
都市部における一般の自動車は先に述べた理由から極めて非効率的な状況となっている。
しかしながら、郊外部や農村部ならともかく、人口の集中した地域での輸送を考えるので
あれば、自動車以外にも交通機関は多数存在するのである。そのような状況を踏まえ、今
では都市部でいかに自動車から他の交通機関にシフトさせるかが課題となっている。これ
は、先に述べたとおり、渋滞緩和には道路拡張などの対症療法の効果がないことが判明さ
れてきたためでもある。つまり、現在までの政策では『需要追随型』17であり、一時的な対
症療法でしかなり得なかった。しかしながら、今注目されているのは、このような需要を
根本から変えていこうとしている『需要管理型』政策であり、これはTDM(交通需要マ
ネジメント)と呼ばれている。つまり、TDMは病気を手術によって直すのではなく、体
質改善などの方策により病気の根源を元から緩和させていく健康管理にも似ている政策な
のである。
TDMの代表例としては、時差出勤や自動車の使用規制によって自動車の需要を管理す
ることが挙げられる。しかし、単に法規制やロードプライシングによって自動車を使わな
くさせるだけでは、住民の不満が募り、問題の最終的な解決には至らない。不利益を伴う
規制を打ち出す以上は、その不利益を受け止めるだけの代替策を供給すべきなのである。
つまり、TDMは需要サイドを管理するという観点ではあるが、これを成し遂げるには、
その代替策としての供給サイドの政策が不可欠とされているのである。
しかしながら、この代替策、つまり他の交通機関の整備はそう簡単なことではない。な
ぜなら、その代替交通手段には、自動車を利用してきた人たちが納得するだけの利便性を
兼ね備えてなければならないからである。ここではそのような代替交通手段として、パフ
ォーマンスの良さから近年注目を集めている新しい乗り物、LRTに着目していきたい。
第2節
LRT構想の歴史的背景
現在、自動車の代替交通手段として、欧米の多くの都市で注目を集めている交通手段が
ある。それが Light Rail Transit(LRT)である。LRTは、一見すると一世代前の『路
環境と貿易に関する報告書
―student initiative による報告―
環境負担の少ない都市交通体系への転換
面電車』である。しかしながら、LRTと路面電車は似てはいるが、その延長線上にはあ
るものの、さまざまなソフト・ハード面の改善により、全く異なる交通機関として捉えら
れることの方が多いようである。
欧州においては、このLRTを街づくりの中心に据え、今では街の『顔』として定着し
た都市さえも存在する。フランスのストラスブールやドイツのフライブルグなどは世界的
に有名なLRT先進都市であるが、これらの都市の事例を検証することは、今後、世界各
地の街づくりや都市環境問題を論じる上で、欠かせないものとなろう。
まず、LRTの生まれた歴史的背景について目を向けてみることとする。第 2 次大戦後、
世界各地で起こったモータリゼーションの波は、路面電車(トラム)を潤滑な交通の敵と
みなす風潮を生み出した。1970 年代には自動車がそれらを駆逐するかのようにして、次々
と各都市からその姿を消していった。廃止直前にはトラムはもはや完全に自動車に都市交
通の主役を奪われ、さらに邪魔者扱いさえされていたようである。京都市電の例を取って
みると、1978 年までにモータリゼーションの進行と反比例するように、次々と路線が廃止
に向かっていった18。この状況は欧米でも同じであり、フランスではその波をくぐり抜けた
のはわずか 3 都市であったという19。これと対照的なのがドイツである。ドイツは自動車大
国である一面、鉄道大国でもある。これに加え、環境意識の高い風土が反映されたのか、
ドイツでは戦前に 80 数都市に路面電車があり、そのうち 57 都市が今まで使われ続けてき
たのである20。
このように、都市交通を取り巻く環境は国によってさまざまであるが、現在のヨーロッ
パの多くの都市では路面電車がLRTと姿を変え、再び脚光を浴びるようになってきたの
である。これらは既存の施設をLRT化、または新規に導入するなど形態の差こそあれ、
共通しているのはその利便性が『一般市民に広く受け入れられていること』であろう。こ
れは、日本における路面電車の市民の反応と大きな異なりを見せる。残念ながら日本では、
まだまだLRTという言葉が浸透していないことからもわかるように、市民からの反応は
薄い。言い換えると、日本は従来の大量消費型都市交通という枠組みから抜け出せず、し
かも市民がそれを容認している状況なのである。しかしながら、このままでは都市機能の
低下を招くことは目に見えている。日本でもこれからは市民団体や経済団体だけでなく、
市民一人一人が都市交通機関を選択し、自らの街に総合的にもっともふさわしい乗り物を
選ぶ時代がやってくるであろう。
第3節
LRTのメリット
このようなLRT導入の背景にはさまざまなメリット21がある。まず、その優れた低環境
負荷性が挙げられる。第1章で述べたように、鉄道はもともと自動車に比べエネルギー効
率の良いことで知られているが、LRTにもこの点は同様に当てはまる。また、自動車と
違い走行中に排出ガスが出ないために、大気汚染が進む都市部での導入が極めて効果的で
環境と貿易に関する報告書
―student initiative による報告―
環境負担の少ない都市交通体系への転換
ある。発電時の環境負荷を考慮したとしても、LRTの二酸化炭素排出量は自動車に比べ
約 5 分の1程度であるという。また、懸念される騒音も、従来の車両に比べ車体が軽いた
めそれほど不快感を与えるほどではない。
そして、路面電車特有のメリットを強く引き継いでいることは注目すべき点である。一
般の鉄道(Heavy Rail)よりも、短編成であるため増解結がしやすく、車両数を比較的容
易に増減できる。つまり、時間帯や路線の需要に合わせたフレキシブルな運行が可能とな
るのである。これにより、スペース占有やエネルギー消費の無駄を最大限押さえることが
実現される。
建設コストの安さもLRTの持つ大きなメリットの一つである。一般的に、LRTの建
設コストは地下鉄よりも 10 分の1程度で押さえられ、しかも輸送力はバスの 2 倍以上を維
持すること22ができる。地下鉄や高架軌道の多い新交通システムと違い、地上を走行するた
めに極めて安価に建設でき、また敷設は比較的手軽にできる。また、一部だけ高架にする
など柔軟な対応ができることも注目すべき点である。
さらに、LRTの大きなメリットとして『人にやさしい』乗り物であることが挙げられ
るであろう。LRTにはユニバーサルデザインの思想が取り入れられており、高齢者の多
い都市部の公共交通機関としては重要な点である。従来の路面電車が 72∼85cm 程度の床
面の高さであったのに対し、LRT車両は 30cm 程度23にまで低く抑えており、ホーム面か
らはほぼバリアフリーで乗降・車内移動ができる。中には床面を低くするために両輪を繋
ぐ車軸さえも取り払い、各車輪をモーターで直接駆動させるという新技術を利用した車両
もあるという。ホーム自体も先述のように地上にあるため、エスカレーターやエレベータ
ーを設置する必要24がなく、高齢者やハンディキャップのある人々もアクセスしやすい。
このような『人にやさしい』思想は、車内の快適性の創造にも活かされており、乗り心
地もバスに比べると格段に改善されている。バスに顕著な特徴でもある『揺れ』が苦手と
いう人は多くいるが、LRTではこのような問題を技術的に改善し、乗客の車内での快適
性を重視したものとなっているという。
さらに街の『顔』としても機能するよう、デザインも洗練されたものとなっており、伝
統のある都市でも景観に溶け込むような配慮がなされている。このように洗練されたガラ
ス部の多いデザインは、都市の景観に配慮するだけでなく、車内の開放感や視界の確保に
も配慮したものとなっている。バリアフリー構造や車内の居住性・快適性の例に顕著なよ
うに、LRTは人間工学的に徹底的に研究された『人にやさしい』乗り物であると言えよ
う。
また、車両の性能面も従来の路面電車と比べ大幅に向上されている。最高速度が 60∼
100km 前後25という高速走行が可能であることに加え、加速性能やブレーキ性能も路面電
車に比べ格段に改善されているのが一般的である。日本の路面電車は車齢の高い車両が多
く、性能的に遅れがあることは否めない。この点に加え、時速 40km という軌道上の最高
環境と貿易に関する報告書
―student initiative による報告―
環境負担の少ない都市交通体系への転換
速度規制もあり、表定速度26は 15km 前後にならざるを得ない。一方でLRTならばこのよ
うな法律の改正は必要とされるものの、車両の性能を存分に活かせる環境、つまり自動車
との分離運行などを行うため 25km 程度の表定速度が維持できる27と想定されている。技術
面ではさらに、入庫時や障害物を避けるためにレールから離れて自走できるシステムを持
つ車両や、景観配慮のための地中埋め込み型架線、鉄道の弱点を克服した傾斜に強い車両
などが実現されており、私たちの想像を超えた、まさに未来の乗り物といった趣を備えて
いる。
さらに、一般の鉄道並みの高密度運行も可能である。従来の路面電車は定時性が確保し
づらく、そのために密度の低いダイヤ設定にならざるを得ないという点が大きな弱点であ
った。この点は、乗客の『路面電車離れ』を引き起こした一つの重大な要因でもある。例
えば、名鉄の岐阜市内線(軌道線)では、道路混雑時に列車が前触れもなく途中折り返し
となり、乗客には不便を強いている28のが現状である。しかしながら、LRTは『中間軌道』
と呼ばれる道路中央部の分離帯を走行することや、自動車の一部区間への進入禁止などの
方策を講じることにより、高速・高密度運行が可能となっている。実際、優れた運行管理
システムと分離軌道により、ストラスブールではダイヤが 2 分間隔に設定されている区間
もある29という。定時性は鉄道の最大の武器であり、LRTはこの武器を最大限に活用して
いると言えるであろう。システム科学研究所の塩士圭介氏30によると、この『定時性』は利
用者の心理的にも極めて大きな効果があるのでは、と推測する。バスであれば『いつ来る
かわからない』という思い込みのために利用を避ける人もいると推測できるが、レールの
上を走行するLRTならば、比較的定時運行への信頼は大きいものとなろう。
このように、LRT導入のメリット面は実に多彩なものとなっている。これらのメリッ
トは単に『都市交通』という観点だけでなく、
『環境』や『福祉』、『街づくり』というよう
なさまざまな観点からも評価できることが特筆すべき点であろう。つまり、LRTはもは
や単に移動する乗り物としてではなく都市全体の政策、ひいてはその都市に暮らす『人』
にも関わってくる総合的な行政政策の一部として捉えることが可能なのである。
第4節
街づくりとの連携−トランジット・モール−
今までは、日本の多くの都市で無秩序な開発が行われてきた。中途半端な規制や信念に
よって街づくりが行われており、出来上がった街は見るも無残でもある。日本の街は、ア
ジアの混沌としたパワーを秘めてもおらず、欧米の都市ような美しさもないところが多い
のが現実である。日本が誇る伝統さえも、日本の各都市では見る機会がまれでさえある。
日本の大都市の名物は、皮肉なことに交通渋滞とラッシュの人混みとなっているのである。
その原因の一つに、交通機関と街づくりがまったく別のものとして考えられてきたこと
があるだろう。その一方で、LRTは街づくりと表裏一体であることが特徴的である。そ
して、この特徴を活かした例として『トランジット・モール』が挙げられる。トランジッ
環境と貿易に関する報告書
―student initiative による報告―
環境負担の少ない都市交通体系への転換
ト・モールとは、自動車を排除し、人とLRTなどの公共交通機関だけを通行可能にした
商店街(モール)である。このモールを構築することで、人が安全かつ快適に買い物を楽
しむことができ、都市全体の活性化にもつながる。フライブルグやカールスエーエなど欧
州のLRT先進都市では、このトランジット・モールが中心街を形成しており、人が溢れ
て活気があるという。これはLRTが新たな都市の可能性を生み出した典型的な事例であ
ろう。
また、最近では人々は都市にも『安らぎ』を求めている。これは従来では考えられなか
った発想であろう。安らぎを求めるのなら郊外や自然のある田舎に行くという発想が主流
であったが、都市の内部にさえも安らぎを求め出したのである。そのような住民のニーズ
にも、LRTは新たな可能性をもたらしたと言えよう。LRTの敷設により『人にやさし
い』街へと変化し、安らぎが都市にも生まれてきたのである。自動車は確かに目的地まで
の移動手段としては優れてはいるが、その密閉性が裏目に出て外との関わりを排除してし
まった。これにより、通過交通はその地元にとって単なる邪魔者に過ぎなくなってしまっ
たのである。しかし、LRTは気軽に乗降ができることで、そのような通過交通の取り込
みにも成功したのである。
日本では過去に『歩行者天国』のような自動車排除の例もあったものの、現在では再び
自動車が街の中心となっており、不法駐車や交通阻害などの悪影響を残している。このよ
うな状況の中、トランジット・モールができることは、都市の再生の切り札として期待さ
れていると言っても過言ではない。しかしながら、トランジット・モールに反対する意見
も根強く残っている。それは、そのようなモールの中にある商店が、自動車を排除するこ
とで来客が減少するなどの悪影響を懸念しているためである。しかし、欧州の各都市でも
事前からこのような反対意見はあったものの、実際に実現すると来客者が増加し、高い満
足度を導き出したという。今後は日本でもこのような合意形成のために、市民レベルでの
啓発活動がより必要とされるのではないだろうか。
第3章
第1節
これからの都市交通システムの課題
パッケージ・アプローチ
LRTの持つ潜在的なメリットは、先にも述べたように極めて大きなものとなっている
が、LRTだけでは都市交通の現状を急速に改善するには至らないであろう。既存の交通
インフラを十二分に活用し、そしてそれにLRTなどの新しい交通システムを加えて都市
交通の枠組みを再構築する必要があると考えられるのではなかろうか。それぞれの適性を
活かした適材適所型の交通システムの構築が、今後の課題なのである。この点は現在の日
本ではまだまだ不充分であり、そしてその状況は現在の道路行政の愚行を見る限り改善さ
れようとはしていない。
このような状況から発想を新たにし、環境負担の少ない交通体系へシフトしていくなら
環境と貿易に関する報告書
―student initiative による報告―
環境負担の少ない都市交通体系への転換
ば、LRTを始めとする新たな交通機関への見直しは不可欠である。そして、その周辺を
固める支援的政策も見逃してはならない。例えば、都市部におけるLRTのメリットを活
かしきるには、郊外にある駅周辺部にパークアンドライドの駐車場を用意したり、都心部
への自動車流入規制をしたりする必要がある。これにより、都市部における環境負荷が低
減され、より総合的な効果が増幅することが予想される。また、ある政策に弱点があるな
らば、それを相互に補うための政策をパッケージングして提供することが不可欠であろう。
このような相互補完型の総合的政策プラン『パッケージ・アプローチ』31を、今後の交通行
政の軸としていくべきであろう。
また、さまざまな交通機関同士の組み合わせも重視されるべきである。LRTは駅を結
ぶという特性上、戸口間輸送には大きな弱点を持つ。しかし、このような弱点を補強する
には、駅の真横にバスプールやタクシー乗り場を設置し、乗客・市民の立場からのサービ
スを追及すべきなのである。従来の業者別・交通機関別の乗り場は不便であり、これらの
改善をすることが早急に求められている。これには、行政や事業者の縦割りシステムから
脱却し、横の連携が必要となるだろう。ドイツはLRT設置時にこのような問題点とも向
き合い、市民の満足を高く得てきたという。日本でも、その実現には困難はあろうが、決
して不可能ではないだろう。
第2節
自転車活用政策にみるコスト補助の必要性
LRT以外にも、さまざまな交通機関が環境負荷の小さい移動手段として注目されてい
る。原動機を必要とせず、もっともクリーンな乗り物。それは自転車である。そして、今
まで日本の交通行政は、この自転車を『敵』としてしか見ていなかった。それは、あまり
に多い不法駐輪のためである。たしかに不法駐輪は、都市にとって解決すべき問題である。
しかしながら、行政はこのような一部のデメリットの為に、そのメリットをも黙殺し、自
転車を有効利用してこようとはしなかった。例えば、路面が濡れていると自転車にとって
極めて危険であるにも関わらず、日本中で増えつづけてきた銀色の排水溝の網蓋を一つと
って見ても、自転車に対する配慮がまったく取られていないことが分かるであろう。京都
の河原町四条周辺部においては、自動車を排除する前に自転車を排除させようという姿勢
さえ見られる。
そのような状況の中、琵琶湖を持ち、比較的環境意識の高い滋賀県が行ってきた『自転
車を活かした街づくり』は注目に値する。自転車専用道の設置や、今まで曖昧であった自
転車の法的側面の整備など、枚挙に暇がない32。また、民間の企業である近江鉄道が行って
いるサイクルトレイン事業にも、滋賀県が3分の1の費用を補助するなど、滋賀県の取り
組みは大いに評価できる。欧米では自転車の列車への搭載は当然の如く行われているが、
日本ではこのような自転車と鉄道を組み合わせた試みは、四万十川など一部の観光地や地
方の第3セクター線などの鉄道で行われている少数の例を除き、ほとんど行われていない。
環境と貿易に関する報告書
―student initiative による報告―
環境負担の少ない都市交通体系への転換
これは、日本のラッシュが、欧米とはまったく異質であることが原因であろうが、日本で
も発想を応用することは可能であろう。例えば、最近JR西日本が近郊駅で行っている月
極レンタサイクル事業『駅リンくん』33は、今までなかったタイプの自転車を利用した事業
であるが、好調な業績を残しているという。つまり、今までもニーズはあったにも関わら
ず、それを上手く活かしきれていなかったと言わざるを得ないのである。このようなタイ
プの事業は、日本特有の自転車有効活用方策として、今後より進んでいくのではないだろ
うか。
また、先に述べた近江鉄道のサイクルトレイン『ガチャコン号』も、最近はマスメディ
アに取り上げられることも多くなり、市民の関心が高まっていることが伺える。しかしな
がら、運行情報の広報不足という点も災いし、自転車積み込みの乗客数は極めて少なく、
実験時には一日数名程度34であったという。同じような試みをしている近鉄養老線のサイク
ルトレインも同様の状況35のようである。近江鉄道の松本忠雄氏によると、このような状況
の背景には、日本人は鉄道と自転車を組み合わせるという発想がまだまだ定着していない
ことがあるのではないか、と分析している。一方で、実際に利用した乗客や市民へのアン
ケートでは好評を博しているため、今後の展開が期待36される事例でもある。
また、このような事業には、コストが極めて多くかかるというネックもある。『ガチャコ
ン号』の場合、自転車用に簡易式スロープを全ての駅に設置するのに 88 万円37かかってお
り、また乗務員のほかに車内の補助員も必要となるため、さらにコストがかさむという。
しかし、日本の場合、現在論争の的となっている『特定道路財源』制度のため、自動車・
道路関連で得た収入は道路以外の目的に回すことは許されない。環境先進国ドイツなどで
は、有料道路や新車購入時の税金として得た収入は、公共交通機関に回されるのが当然と
なっている。公共交通機関は積極的に民営化や委託運行とし、徹底した経営努力をさせた
上で、LRT・サイクルトレインのような環境意識の高い交通機関や過疎地のローカル線38
の赤字補填に補助を出していく形態に変わるべきであろう。新規の道路建設よりも、LR
Tやサイクルトレイン事業への補助の方が、市民にとっても、地球環境にとっても、総合
的な有益性ははるかに高いことは明らかであろう。
自転車を上手に活かした取り組みは、自治体や国からの補助が欠かせない。滋賀県のよ
うな積極的なコスト補助や政策面のアプローチが、今、全国的にも求められている。また、
駐輪場などLRTと同じく街づくりと密接に関わっている部分も大きい。今後は、このよ
うに、自転車利用を法的側面からも議論し、より有効に自転車を使える街の創造が期待さ
れている。もし、日本型の自転車有効利用策が成功すれば、今後のアジアの過密都市でも、
大いに参考となるはずである。
第3節
市民参加の都市交通システムの構築−京都市におけるLRT設置の例−
市民の成熟度の低さと行政の意識の甘さ。これらが今の日本の都市を駄目にし、不便な
環境と貿易に関する報告書
―student initiative による報告―
環境負担の少ない都市交通体系への転換
都市交通を生み出してきた。市民は行政を『お上』とし、行政の行う都市交通政策に異を
唱えてこなかった。また、行政も税金の浪費とも思える都市交通の計画を打ち上げ、それ
を実現に移してきたのである。京都市における地下鉄東西線の甘い見通し39による債務増加
などは、その典型的な例である。
しかしながら、この状況は少しずつであるが、変わろうとしている。市民が自分たちの
使う都市交通について、積極的に意見を述べるようになってきたのである。これは、LR
Tなどの設置を求める市民団体も多いことから、欧米流の成熟した市民活動のあり方の移
入という点で、LRTのもたらした副次的な効果とも言えよう。自分たちの利用する交通
機関を自分たちで選択する権利があるのは、いわば当然のことである。しかし、今までは
ゼネコンや建設関連団体への利益誘導が優先されたために道路整備が優先され、公共交通
は省みられることが少なかった。
枚方LRT研究会によると、LRTの敷設には自動車の放棄という側面も市民に強要す
るため、市民の同意が欠かせないが、その市民自身にも『精神革命』が必要である40という。
自分たちが一度手に入れた『クルマ』という快適な乗り物から脱却する覚悟が、市民にも
必要とされているのである。また、政策面でもLRTへの誘導政策が欠かせないという。
さらに、強いリーダーシップも必要とされるという。これは、ストラスブールの例で顕著
であるが、ある女性市長が強力なリーダーシップのもとLRTを開業させ、結果的に反対
派の満足を得て大成功を収めたことからも分かる。換言すると、強力なリーダーシップが
最終的には市民のコンセンサスを生み出すと言ってもいいだろう。
市民のコンセンサスは新たな交通システムを構築する上では、第一に考えられるべきで
ある。LRTを京都に敷設する運動をしている京都市商工会議所では、コンセンサスを生
み出すためにはやはりその快適性を体験してもらうのが一番だとして、都市交通実験を行
うことを主張している。つまり、実験線として市内に数キロLRTを実際に設置し、市民
に使ってもらうべきだということである。この計画は、京都市街では道路幅員の広い堀川
通りが実験線としては最適であり、数年のうちには実現させたいということである。
前述のシステム科学研究所塩士氏41によると、京都市はLRTなどの新しい交通体系の導
入に適した都市だということである。地下鉄建設は埋蔵文化財の発掘という、京都ならで
はの理由によってしばしば工事が遅れがちであり、早急な対応がしにくい。また、観光地
や大学が多いため観光客・学生の需要も安定して期待できる。さらに、ターミナルがJR
京都駅・京阪三条駅・阪急河原町駅と離れているため、これらの連絡手段としてのネット
ワーク形成をする必要がある。都市自体がコンパクトであり、すでに民間ながら京福電鉄・
叡山電鉄の路面電車があることもLRT設置への有利な条件であろう。四条河原町周辺は
トランジット・モールとする構想42もある。街づくりが停滞している京都においては、都市
交通の再構築ひいては都市自体の再興の切り札として、LRTは期待されているのである。
そして、最終的なネックとしてはやはり行政があるという。LRTなどの新交通システ
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環境負担の少ない都市交通体系への転換
ム導入には、市民・経済界・行政の三者の協力が不可欠である。京都市の場合、経済団体
である京都商工会議所がLRT構想の中心となり、市民がそれを推し進めていく形となっ
ているため、あとは行政がこの計画をどう扱うかで実現性が大きく変わってくる。また、
警察の許可も実現への大きなハードルであろう。70 年代にモータリゼーションの波の中で、
路面電車を廃止に追いやったのは警察の道路秩序の方針でもあったからである。しかし、
京 都 の 場 合 、 現 在 西 大 路 通 り に お い て 、 バ ス 優 先 信 号 制 御 な ど の P T P S ( Public
Transportation Priority Systems)43で警察との連携があるため、LRT導入にとっても有利
なのではないかと思われる。
第4節
まとめ
今まで、LRTや自転車活用など新しい都市交通システムのあり方を見てきたが、自動
車からの転換は今後、日本だけでなくアジアなどの途上国にも当てはまる深刻な課題であ
る。そして、この課題は緊急性が極めて高い。自動車から排出された有毒ガスは今も人々
の健康を脅かし、CO2などの温室効果ガスは地球温暖化を推し進め、そして交通事故は
絶えることなく発生している。
特にアジアでの交通問題は、モータリゼーションの初期から中期段階にありながら、す
でに成熟した先進工業国と同じような対策が必要とされている44。このまま放置すれば、地
球規模でより深刻な状況に陥ることはほぼ間違いない。このような現状を打破するために、
洋の東西を問わず、市民・行政・経済界挙げてこの問題を真摯に捉えなおす必要性がある。
もはや、利益誘導型の交通機関整備をする時代は限界を迎えていると言ってもよい。今
後は真の意味での利用者本位の観点や、地球環境への影響などのより広い視点から見つめ
直し、交通機関を選択するべきなのである。日本では、各地で着実にこのような市民運動
が根付きつつある。このような運動をさらに広げ、市民一人一人が自らの問題として捉え
なくてはならないだろう。都市交通の未来は自分たちで作り出す。このような状況がより
今後は加速するのではないだろうか。LRTや自転車が、街の顔として活躍する都市が実
現することを心から願いつつ、このレポートの結びとしたい。
環境と貿易に関する報告書
―student initiative による報告―
環境負担の少ない都市交通体系への転換
注釈・参考資料
環境庁『環境白書』平成 11 年度版(図1参照)
レスター・ブラウン 編著『地球白書 2001‐02』2001 年 家の光協会
3 交通権学会 編 『交通権憲章
21世紀の豊かな交通への提言』 日本経済評論社 1999 年(図2参照)
4 中村四郎編『環境と運輸・交通
環境にやさしい交通体系を目指して』運輸経済研究センター 1994 年(図3参照)
5 文部科学省 www サイト http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/11/06/990620.htm
6 大阪商工会議所 www サイト
http://www.osaka.cci.or.jp/Jigyou/Sonota/traffic/traffic
7 山中英生・小谷通泰・新田保次著『まちづくりのための交通戦略 パッケージアプローチのすすめ』学芸出版社 2000 年
8 2001 年の日本の交通事故死者数は 8,747 人であり、これは前年よりも減少したとはいえ、ほぼ1時間に1人が死亡し
ている計算である。
(数次の出所・朝日新聞 2002 年 1 月 3 日より)
9 交通事故死亡者は、事故発生時から 24 時間以内の死亡と限定されているため、実際の交通事故被害による死亡者はこ
の数値よりも多い。
10 交通権学会 編 『交通権憲章
21 世紀の豊かな交通への提言』 日本経済評論社 1999 年
11 内閣総理大臣官房広報室『都市交通に関する世論調査
表2・図2・表4・図 4』1999 年
12 トヨタ自動車
『プリウス』www 公式サイト http://www.toyota.co.jp/Showroom/All_toyota_lineup/Prius/index.html
13 経済産業省 www サイト
総合エネルギー調査会 第 2 回省エネルギー部会資料『将来の自動車用パワーソースにつ
いて(トヨタ自動車株式会社)
』2000 年 9 月 11 日 http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g00911gj.pdf (リン
クが飛ばないときは http://www.meti.go.jp/report/committee/index.html から省庁再編前の省エネルギー部会を参照)
14 財団法人横浜・神奈川総合情報センター(IRIS)研究調査部 www サイト http://zaidan.iris.or.jp/research/9909/11.html
15 白石忠夫 編著 『世界は脱クルマ社会へ』緑風出版
2000 年
16 山中英生・小谷通泰・新田保次著『まちづくりのための交通戦略 パッケージアプローチのすすめ』学芸出版社 2000 年
17 平本一雄編著
『環境共生の都市づくり』ぎょうせい 1999 年
18 沖中忠順・福田静二著『京都市電が走った街 今昔−古都の路面電車定点観測−』日本交通公社出版事業局 2000 年
19 望月真一著『路面電車が街をつくる−21 世紀フランスの都市づくり』鹿島出版会
2001 年
20 西村幸格・服部重敬著 『都市と路面公共交通−欧米にみる交通政策と施設』学芸出版社 2000 年
21 京都商工会議所 地域開発・都市整備委員会編 『次世代型路面電車(LRT)導入検討報告書』2001 年(図4参照)
22 新谷洋二『まちづくりとLRT』
(
『都市地下空間活用研究』No,38 1998 年 4 月より)
(図5参照)
23 21世紀都市交通国民会議編
『路面電車の大逆襲』水曜社 1999 年
24 文部科学省科学技術政策研究所によると、鉄道駅の 1999 年度におけるエレベーター設置率はJR線で 3%、私鉄で
11%、地下鉄でさえも 38%と極めて低い値となっている。http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/11/06/990620.htm
25 京都商工会議所 地域開発・都市整備委員会編
『次世代型路面電車(LRT)導入検討報告書』2001 年
26 表定速度とは、到達所要距離を所要時間で割った値である
27 京都商工会議所 地域開発・都市整備委員会編
『次世代型路面電車(LRT)導入検討報告書』2001 年
28 名鉄岐阜市内線岐阜駅前駅の時刻表には、
『岐阜駅前・新岐阜駅前間は道路事情により運転を取りやめる場合があり
ます。 (両駅間 徒歩約 5 分)』という記述があるが、これは現在の都市部における路面電車の現状を如実に示してい
る。 名古屋鉄道の www サイト http://www.meitetsu.co.jp/ekibetsu/timetable/tt440111.html
29 枚方・LRT研究会編 『ヨーロッパ視察旅行報告書』2000 年
30 2001 年 11 月 30 日
システム科学研究所 調査研究部 塩士圭介氏へのインタビュー(同研究所は京都市における
LRT導入に関する調査を、京都商工会議所より受託して行っているシンクタンクである。
)
31 山中英生・小谷通泰・新田保次著『まちづくりのための交通戦略 パッケージアプローチのすすめ』学芸出版社 2000 年
(図 6 参照)
32 第7次滋賀県交通安全計画では、自転車を『歩行者、自動車と並ぶ交通手段の一つ』として位置付けており、県を挙
げて自転車利用の推進を図っている。http://www.pref.shiga.jp/public/kotsu/kotsuanzen/main/main09.htm
33 JR西日本『駅リンくん』に関する www サイト http://www.westjr.co.jp/news/011112a.html
34 近江鉄道株式会社へのインタビュー
2001 年 11 月 20 日
35 近畿日本鉄道大垣駅駅員の談話 2001 年 10 月 25 日
36 近江鉄道の松本氏によると、サイクルトレインの定期運行は採算の面から厳しいため、イベント用に特化する可能性
が高いという。
37 近江鉄道株式会社へのインタビュー
2001 年 11 月 20 日
38 2001 年春、ジェイアール西日本バスが過疎地の路線バスを 68%(約 590 キロ)削減することを予定である(2001
年 1 月 4 日朝日新聞)
。
『地方のため』という謳い文句の特定道路財源は、実際には地方の切捨てになっており、一刻
も早く改善されるべきである。
39 京都新聞によると、京都市営地下鉄二条駅・二条城前駅では開業前の予想の 3∼5 割程度しか乗客がいないという。
http://www.kyoto-np.co.jp/kp/select/0010/subway.html
40 枚方LRT研究会へのインタビュー
2001 年 11 月 17 日
41 2001 年 11 月 30 日
システム科学研究所 調査研究部 塩士圭介氏へのインタビュー
42 京都商工会議所 地域開発・都市整備委員会編
『次世代型路面電車(LRT)導入検討報告書』2001 年
43 京都市交通局 www サイト
http://www.city.kyoto.jp/kotsu/news/2001/2001037.htm
44 日本環境会議「アジア環境白書」編集委員会
『アジア環境白書 1997/98』 東洋経済新報社 1997 年
1
2
環境と貿易に関する報告書
―student initiative による報告―
環境負担の少ない都市交通体系への転換
参考図表
図 1.自動車保有台数の推移
出典・『環境白書』平成 11 年度版
図2.各交通機関のエネルギー効率
出典・交通権学会『交通権憲章』1999 年
図 3.旅客部門におけるスペース占有の比較
出典・中村四郎編『環境と運輸・交通
環境にやさしい交
通体系を目指して』運輸経済研究センター 1994 年
環境と貿易に関する報告書
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環境負担の少ない都市交通体系への転換
図4.各交通機関の特性比較
出典・京都商工会議所編『次世代型路面電車(LRT)導入検討報告書』2001 年
図5.アクセス性・輸送力・建設費に見るLRT
出典・新谷洋二著『都市地下空間活用研究
No.38』1998 年
図6.パッケージ・アプローチの例
出典・山中英生・小谷通泰・新田保次著『まちづくりのための交通戦略
パッケージアプローチのすすめ』学芸出版社 2000 年
環境と貿易に関する報告書
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