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気候学からみたやませ
生活 の 中の 地図 帳 気候学からみたやませ 東北農業研究センター やませ気象変動研究チーム長 菅 野 洋 光 リング海を中心とした冷たい空気の塊(オ 1.東北地方の夏の天候 ホーツク海高気圧)が存在している。東北地 図1に、東アジア∼北太平洋にかけての夏 方は、北の冷たい気団と南の暖かい気団の境 の気温分布を示す。ユーラシア大陸は、陸地 界に位置している。このような性質の異なる であるため夏は海洋よりも高温となっている 気団がぶつかるところには、低気圧や前線が ことがわかる。反対に、海洋上は大陸よりも 形成されやすい前線帯がある。 低温で、太平洋熱帯域を中心とした暖かい空 通常の年であれば、夏になると前線帯は北 気の塊 (太平洋高気圧)とオホーツク海∼ベー 海道以北にまで北上し、東北地方は熱帯起源 の暖かい空気を持つ太平洋高気 70N 21 55N 地方なみに暑くなり、イネは豊 15 12 60N 冷たい空気の塊 (オホーツク海高気圧) 24 27 50N 12 45N 35N 24 20N 100E 気圧の支配下となり、低温のや 24 暖かい空気の塊 (太平洋高気圧) 30 110E 120E 130E 140E 150E 70N 170E 180 170W 160W に適応した農業を行い、また関 12 15 18 60N 55N 21 24 50N 27 12 9 冷たい空気の塊 (オホーツク海高気圧) 前線帯 24 35N 害以外の年は関東並みに暑くな るので、多少の冷害のリスクは 暖かい空気の塊 (太平洋高気圧)27 110E 120E 130E 140E あるものの、稲作主体の農業と 150E 160E 170E 180 170W 160W 図1 やませのときの天気図(上・2003年7月平均気温) ふつうのときの天気図(下・2004年7月平均気温)図中数値は℃ 36 低温とはならないために、全く い。ところが東北地方では、冷 24 25N 30 20N 100E 15 27 30N 東では、冷夏になっても極端に コメがとれないということはな 12 45N 40N なる。北海道では、通常の夏で も比較的低温であるので、それ 12 15 65N ませが吹き続いてイネは不作と 24 160E 気圧が弱く、前線帯が十分に北 たい空気を持つオホーツク海高 前線帯 27 30N 作となる。ところが、太平洋高 上できない夏は、東北地方は冷 15 18 21 12 15 18 21 40N 25N 圧に覆われる。その結果、関東 18 21 65N なり、その結果数年に一度の冷 夏で冷害が発生する可能性が高 くなる。このように、東北地方で 日本海側 太平洋側 は、夏季天候の年々変動が大きいこ 上空の偏西風 とにより、相対的に低温の北海道よ 相対的に暖かな空気 フ 断 ェ 熱 ー 昇 ン 温 現 象 ) りも農業的には難しい面があるとい 霧や下層雲 ( える。 2.やませの鉛直構造と 東西コントラスト 奥羽山脈 暖かく乾いた風「宝風」 図2にはやませの地形によるせき 冷たいやませ 1000∼ 1500m やませによる低温と寡照 図2 やませの山脈によるせき止め効果の模式図 止め効果を模式的に示す。やませは オホーツク海に中心を持つオホーツク海高 気圧から、日本の南岸∼本州中部に存在する 3.冷害を防ぐために 低気圧や前線に向かって吹く冷たく湿った北 1993年の大冷害を受けて、 「ひとめぼれ」 東の風が、東北地方に達して低温と寡照をも など冷害に強い品種が育成され、その結果、 たらすものである。その高さはおよそ1000∼ 2003年の冷害による収量減はそれほどでもな 1500mである。やませの冷たい空気の上には、 かった。しかしながら1993年と2003年を比較 相対的に高温の気塊が形成されることになる。 すると、1993年が8月まで低温が持続したの この結果、1500m程度の冷たいやませは奥羽 に対して、2003年は8月に入って低温が解消 山脈を越えることができずに、霧や下層雲を した。その結果、2003年では減数分裂期(花 伴っているため、太平洋側では低温と日照不 粉が形成される最も低温に弱い時期)が8月 足に見舞われる。 にずれ込んだ稲が冷害を免れた例があり、必 ところが日本海側では、奥羽山脈にせき止 ずしも一概には説明できないところもある。 められたやませの上端に存在する相対的に暖 冷害を防ぐにはどうしたらよいのだろ かな(高温位の)空気が吹きおりる。風は下 うか? 低温に強い品種を植えるとか、肥 降するにつれて断熱昇温(フェーン現象)し、 料のやり方を変えるとか、いくつか手だて 相対的に高温・乾燥の空気となる。日本海側 はあるが、深水灌漑も効果的な手法の一つ では、このような乾燥した風が吹くことによ である。これは、やませが吹いているとき り、いもち病などの病気が発生しにくい。ま に、イネの幼穂を相対的に高温な水の中に た、気温が上がりすぎないのでコメの品質も 入れることで、やませの低温による被害か 良くなる。やませが日本海側のある地域では ら守るものである。今年から東北農研セン 「宝風」と呼ばれている所以である。このよ ターでは、気象予測データにもとづいた深 うに、やませは下層に低温の気塊が存在する 水管理警報情報の発信を開始した。URLは 安定した成層構造により、地形による効果を http://tohoku.dc.affrc.go.jp/yamase.htmlで 受けやすく、それによって形成される局地的 ある。来るべき低温に備えて、早めに水田に 気象分布がコメのとれ方にも大きな影響を及 水をためることで、冷害を効果的に防げると ぼすのである。 期待している。 社会科 37