...

“予測を裏切る動き”に対応する運動制御の形成過程に関する行動生理学

by user

on
Category: Documents
12

views

Report

Comments

Transcript

“予測を裏切る動き”に対応する運動制御の形成過程に関する行動生理学
“予測を裏切る動き”に対応する運動制御の形成過程に関する行動生理学的研究
研究代表者:和田 佳郎
目次
ページ
要約
1
はじめに
2
実験システムの構築
2
実験
3
実験Ⅰ
3
目的
3
対象
3
方法
3
結果
4
実験Ⅱ
8
目的
8
対象
9
方法
9
結果
10
考察
16
参考資料
17
“予測を裏切る動き”に対応する運動制御の形成過程に関する行動生理学的研究
和田 佳郎1)、長谷川 達央2)
要約
独自に開発したスノーボード運動制御トレーニングシステムを用いて、予測的運動制御の形成、予測が
裏切られる条件、予測的運動制御の修正過程などについて行動生理学的に解析した。被験者にはボード
を回転させながら左右に規則正しく現れる旗門を滑らかな軌跡を描いて通過するように指示し、その際の
ボードや頭部の動きをモニターした。景色(出力)はボードの動き(入力)に応じて変化し、PC ソフト上で
Delay(入力→出力の時間差)や Gain(出力/入力)を任意の値に設定することができる。実験は実験Ⅰ
と実験Ⅱの2つに分けておこなった。実験Ⅰでは初めて実験を経験する 19 名の被験者を対象とし、9 名に
対しては 0.1、0.2、0.4、0.8 秒の Delay 条件、10 名に対しては 2、0.8、1.5、-1 の Gain 変化の中で実験
をおこなった。結果から、Gain 変化よりも Delay の方が予測的運動制御を乱す傾向が認められ、特に 0.4
秒以上の Delay があると 30 秒以内では運動制御の修正が不可能であった。実験Ⅱでは初めて実験を経
験する 12 名の被験者を対象とし、8 名に対しては Delay 0.8 秒条件を外乱とする実験、4 名に対しては
Delay 0.8 秒条件を基準とする実験を実施した。結果から、Delay 0.8 秒条件のみを繰り返すよりも Delay
0.8 秒条件と Delay 0 秒条件を組み合わせてトレーニングした方が Delay 0.8 秒条件の運動制御が上達
する傾向が認められた。今回の結果をスポーツ競技に応用すると、相手の予測的運動制御を乱すために
は 0.4 秒~0.8 秒程度の時間遅れが有効で、そのような状況での運動制御の修正能力を鍛えるためには
複数の時間遅れの条件を組み合わせたトレーニングが効果的であることが示唆された。
1)奈良県立医科大学第一生理
2)京都府立医科大学大学院(耳鼻咽喉科)
-1-
はじめに
すべてのスポーツにおいて、洗練された素早い動きを生み出すためには“予測的な運動制御”が必要と
なる。しかし予測的運動制御に頼りすぎると、予測が裏切られた場合には非常に不利な状況に陥る可能性
がある。逆に相手のいる競技では、敵の予測を外すことが重要な戦略なのであろう。いずれにしても、スポ
ーツ競技者にとって、予測的運動制御の問題点を知りその対応策を立てておくことは必要不可欠である。
そこで本研究では、独自に開発したスノーボードを模した運動制御トレーニングシステムを用いて、予測的
運動制御の形成、予測が裏切られる条件、予測が裏切られた場合の運動制御の修正についての行動生
理学的検討をおこなった。
本研究は、全国中学校柔道大会で優勝経験のある大学生の「柔道の打ち込みのような練習は予測的運
動制御に頼りすぎることになり、必ずしも実戦に有利とならないのではないか」という疑問をヒントに構想した。
そのため、当初は柔道の打ち込みをモデルに実験を計画したが、その大学生が本研究に参加できなくな
ったため、運動のモデルをスノーボードに変更することとなった。
実験システムの構築
スノーボードを模したスポーツ機器(V シリーズ、VR スポーツ)を基にして、運動制御トレーニングを目的
図1 実験システムの概要
-2-
とした実験システムを開発した(図1)。実験システムは、水平回転するボード、大型スクリーン(100 インチ)、
液晶プロジェクター、動画提示用 PC、データ収集用 PC、ボードの回転位置検出用赤外線カメラ
(sampling rate 30 Hz)、ボードおよび被験者頭部の回転速度検出用ジャイロセンサー(1 kHz)から成る。
被験者には規則正しい間隔で左右に現れる旗門を滑らかな軌跡を描いて通過するように指示し、赤外線
カメラによって検出したボードの動き(入力)に応じて景色(出力)が変化する。PC ソフト上で Delay(入力
→出力の時間差)や Gain(出力/入力)を任意の値に設定することが出来る。
実験
今回、以下の実験Ⅰと実験Ⅱを実施した。
実験Ⅰ
目的:予測的運動制御を形成した後、Delay と Gain 変化による運動制御の乱れと修復過程を解析す
る。
対象:初めて実験を経験する 19 名の被験者を対象とし、9 名に対しては Delay 実験、10 名に対しては
Gain 変化実験を実施した。
方法:実験は、前方のスクリーンに旗門が左右交互(5.7 秒周期)に現れる動画を投影し、被験者には両
足で出来るだけ滑らかにボードを回転させながら旗門を通過するよう指示した(1 トライアルは 20 旗門、
約 60 秒間)。また、被験者頭部とボードの動きはジャイロセンサーにてモニターした。図2は実際の実
図2 実験風景
-3-
験風景である。Delay 実験では、通常のトライアル(Delay 0 秒)を 2 回繰り返した後、約 20 秒後から
0.1、0.2、0.4、0.8 秒の時間遅れが出現するトライアルを順に実施し、最後に再び時間遅れがないトラ
イアルを 1 回実施した。Gain 変化実験では、通常のトライアル(Gain=1)を 2 回繰り返した後、約 20
秒後から Gain が 2、0.8、1.5、-1 となるトライアルを順に実施し、最後に再び時間遅れがないトライア
ルを 1 回実施した。いずれの実験も被験者には条件を知らせないようにして合計 7 トライアルを実施し
た。
結果:図3は Delay 実験におけるボードと頭部のジャイロによる水平回転速度波形の記録例である。
Delay 0 秒条件 2 回目ではボード運動の軌跡は規則正しい正弦波となり、頭部はほとんど動いてい
ない。ボード波形は運動制御、頭部波形は姿勢制御をあらわすと考えると、この被験者は 2 回目のト
ライアルですでに予測的運動制御がスムーズにおこなえるようになり、その結果姿勢制御も安定した
とみなされる。Delay 0.4 秒条件の前半約 20 秒間は Delay 0 秒であるので予測的運動制御がスム
ーズにおこなわれているが、ピンク色で示したタイミングで Delay が 0.4 秒となり、ボード軌跡の波形
はぎこちなく振幅は大きく周期は不規則になった。同時に頭部運動も乱れ、その傾向は最後まで続
図3 実験Ⅰ:ジャイロ測定例
-4-
いた。この際の被験者の感想は、「自分の動きが鈍くなったと感じたが、最後までそれを修正すること
は出来なかった」というものであった。この結果は、Delay 0.4 秒という条件ではこれまでの経験に基
づいた予測が裏切られることによって運動制御や姿勢制御が乱れ、最後まで新しい予測的運動制御
を形成することができなかったことをあらわしている。
トライアルの時間を 10 秒毎に区切り、順に pre1、2、stim1、2、3 の区間と名付けた。図3のデータ
におけるボードと頭部の stim3 の区間での波形を周波数分析した結果が図4である。旗門は 5.7 秒周
期(0.18 Hz)で現れるので、予測的運動制御が形成されている Delay 0 秒 2 回目の stim3 の区間で
は、ボード、頭部運動ともにその周波数分析の結果は 0.18 Hz をピークとする鋭い山型波形となって
いる。しかし、運動制御や姿勢制御が乱れた Delay 0.4 秒の stim3 の区間では、両者ともにピークは
依然として 0.18 Hz であるが緑線で示したようにそれより高周波側のパワー値が高くなり、裾野が大き
く広がった。高周波成分の増加は小刻みな運動修正とその間の姿勢制御のぎこちなさをあらわしてい
ると考えられる。そこで“ぎこちなさ指数”を 0.29-0.68 Hz のパワー値の総和と定義すると、この例では
ボード運動すなわち運動制御のぎこちなさは Delay 0 秒 2 回目では 0.56 であったのが Delay 0.4
秒では 3.63 となり 6 倍以上大きくなった。また、頭部運動すなわち姿勢制御のぎこちなさは Delay 0
秒 2 回目では 0.08 であったのが Delay0. 4 秒では 0.34 となり 4 倍以上大きくなった。
被験者全員の Delay 実験におけるぎこちなさ指数の平均をまとめたのが図5である。Delay 0 秒 1
回目を Control 1、Delay 0 秒 2 回目を Control 2、最後の Delay 0 秒を Control 3 と名付けた。被
験者にとってスノーボード運動の初体験となる Control 1 のトライアルではボード運動、頭部運動とも
図4 実験Ⅰ:周波数分析の例
-5-
にぎこちなさ指数は高い値を示し、特に頭部運動の pre1 では非常に高い値であった。しかし Control
2 の後半になるとボード運動、頭部運動ともに低い値に落ち着いた。今回のスノーボードを模した運動
では比較的短時間で予測的運動制御が形成できることがわかる。次におこなった Delay 0.1 秒条件
では、ぎこちなさ指数は stim1 では pre2 とほとんど変わらず、stim2 以降もわずかに高くなる程度で
あった。Delay 0.2 条件では、ぎこちなさ指数が刺激直後の stim1 ではボード運動で 2 以上、頭部運
動で約 0.3 と非常に大きくなったが、stim2 以降は次第に小さくなり、stim3 では Delay 0.1 秒条件と
ほぼ同じ値となった。一方、Delay 0.4 秒条件では、stim1 のぎこちなさ指数はボード運動、頭部運動
ともに Delay 0.2 秒条件と同程度であったが、時間とともに次第に大きくなる傾向が続いた。Delay
0.8 秒条件に関しても stim1 以降はボード運動、頭部運動ともにぎこちなさ指数は Delay 0.4 秒条件
と同じ傾向でやや高い値を示した。その後、Control3 として Delay 0 秒条件をおこなったところ、ボー
ド運動、頭部運動ともにぎこちなさ指数は全区間にわたって control2 よりも低値を示した。以上より、
運動制御や姿勢制御は 0.1 秒の Delay ではほとんど影響なく、0.2 秒の Delay ではいずれも直後に
ぎこちなくなるがそれ以降に修復可能であった。しかし、0.4 秒以上の Delay では運動制御、姿勢制
御ともにぎこちなさは大きくなり、少なくとも 30 秒以内には修復不可能であることが明らかとなった。
図5 実験Ⅰ:Delay 実験の結果
-6-
被験者全員の Gain 変化実験におけるぎこちなさ指数の平均をまとめたのが図6である。Delay 実験
と同様、Control2 の後半にはぎこちなさ指数はボード運動で 1 以下、頭部運動で 0.1 以下と非常に
小さくなり、予測的運動制御の形成ができていることがわかる。Gainx0.8 条件ではぎこちなさ指数が
pre2 と比べて stim2 以降やや大きくなる程度で大きな差は認めなかったが、Gainx1.5 条件になると
stim1 でボード運動、頭部運動のぎこちなさ指数が pre2 の約 2 倍となり、stim2 で元の値に戻った。
Gainx2 条件では stim1 のボード運動のぎこちなさ指数は Gainx1.5 条件と同程度、頭部運動のぎこ
ちなさ指数は 0.4 以上と大きな値となったが、いずれも stim2 では元の値に戻った。しかし Gainx-1
条件すなわち出力の左右が反転する条件になるとボード運動のぎこちなさ指数は 3 前後と大きくなっ
たまま最後まで戻らず、頭部運動に関しては測定限度を越える非常に大きな値となった。その後、
Control3 として再び Gain x1 条件をおこなったところ、ボード運動、頭部運動ともにぎこちなさ指数は
全区間にわたって control2 よりも低値を示した。以上の結果より、Gain が 1 より小さい場合は運動制
御や姿勢制御に大きな影響はなく、Gain が x1~2 と大きくなっても直後は運動制御や姿勢制御にぎ
こちなさが生じるものの 10 秒程度で修復可能であった。しかし、Gain が x-1 と反転すると運動制御、
姿勢制御ともに非常にぎこちなくなり、修復不可能となった。
図6 実験Ⅰ:Gain 変化実験の結果
-7-
Delay 実験、Gain 変化実験ともに、運動制御(ボード運動)がぎこちなくなると姿勢制御(頭部運動)
もぎこちなくなる。両者の相関をまとめたのが図7である。Delay 実験ではもっとも難しい Delay 0.8 秒
条件では両者の相関はやや値が低いが、その他の条件では相関係数が 0.4~0.5 程度の相関が認
められた。Gain 変化実験では最も難しい条件である Gainx-1 条件、比較的易しい条件である
Gainx0.8 条件での相関は低く、その他の条件では 0.5 以上の高い相関が認められた。
図7 実験Ⅰ:ボード運動と頭部運動のぎこちなさ指数の相関
全条件の中で Gain 変化実験の Gainx-1 条件が最も難しかったが、これは映像出力が左右反転す
るというあまりにも人工的な刺激条件であり、われわれの日常生活ではほとんど起こりえない状況であ
る。それ以外の条件を比較すると、全体的に Gain 変化よりも Delay に対する運動制御や姿勢制御の
乱れが大きいという結果であった。特に Delay が 0.4 秒、0.8 秒になると少なくとも 30 秒という時間内
では修復不可能であった。そこで短時間では修復困難である Delay 0.8 秒条件に注目し、その条件
下における運動制御の修復過程の特徴を検討する目的で、実験Ⅱを実施した。
実験Ⅱ
目的:実験Ⅰでは Delay が 0.8 秒になると予測が裏切られるため、その後の運動制御や姿勢制御がぎ
こちなくなり、少なくとも 30 秒という短時間の中では修復することが困難であった。そこで、実験Ⅱでは
トライアルの回数を多く時間を長くし、Delay 0.8 秒における運動制御や姿勢制御の修復過程とその
特徴を詳細に検討する。
-8-
対象:初めて実験を経験する 12 名の被験者を対象とし、8 名に対しては Delay 0.8 秒外乱実験、4 名に
対しては Delay 0.8 秒定常実験を実施した。
方法:実験は、前方のスクリーンに旗門が左右交互(5.7 秒周期)に現れる動画を投影し、被験者には両
足で出来るだけ滑らかにボードを回転させながら旗門を通過するよう指示した(1 トライアルは 20 旗門、
約 60 秒間)。また、被験者頭部とボードの動きはジャイロセンサーにてモニターした。Delay 0.8 秒外
乱実験では、通常のトライアル(Delay 0 秒)を 2 回繰り返した後、約 20 秒後から 0.8 秒の時間遅れが
出現するトライアルを 4 回、次に Delay 0 秒のトライアルを 1 回、さらに約 20 秒後から 0.8 秒の時間
遅れが出現するトライアルを 1 回実施した。Delay 0.8 秒定常実験では、最初から最後まで 0.8 秒の
時間遅れがあるトライアルを 4 回、次に約 20 秒後までは Delay 0.8 秒それ以降は Delay 0 秒となる
トライアルを 3 回、最後に Delay 0.8 秒のみのトライアルを 1 回実施した。いずれの実験も被験者には
条件を知らせないようにして合計 8 トライアルを実施した。Delay 0.8 秒条件は Delay 0.8 秒外乱実験
では外乱となり、Delay 0.8 秒定常実験では基準となる。2つの実験の条件を下記にまとめた。
Delay 0.8 秒外乱実験
時間差 0 秒のトライアルx2 回
↓
時間差 0 秒(約 20 秒間)→その後時間差 0.8 秒のトライアルx4 回
↓
時間差 0 秒のトライアルx1 回
↓
時間差 0 秒(約 20 秒間)→その後時間差 0.8 秒のトライアルx1 回
Delay 0.8 秒定常実験
時間差 0.8 秒のトライアルx4 回
↓
時間差 0.8 秒((約 20 秒間)→時間差 0 秒のトライアルx3 回
↓
時間差 0.8 秒のトライアルx1 回
-9-
結果:ボードの回転位置検出用赤外線カメラの情報から計算によって求めた Delay 0.8 秒外乱実験に
おけるボード軌跡の例を図8に示す。横軸は時間(秒)、縦軸は中央からの距離(cm、右がプラス)、ボ
ード軌跡は青線、旗門の位置はピンクの点、Delay 条件が変化するタイミングを黄線で示した。実験
Ⅱでは、図8右に示すようにボード運動のターンに注目をして解析をおこなった。すなわち、ボードが
ちょうど旗門の位置でターンした場合を基準(0 秒)としてボードのターンのタイミングを評価した。ボー
ドが旗門の手前でターンしたらプラス秒、遅れてターンしたらマイナス秒となる。また画面上、左右の旗
門はそれぞれ中央から 2m 離れた位置にあり、それを基準(100%)としてボードのターンの振幅をあら
わした。ボードが旗門より外を回った場合は 100%より大きく、内を回った場合は 100%より小さくなる。
この例では 1 回目のトライアル前半ではボード運動はぎこちなく、ボードのターンのタイミングは旗門よ
りやや遅れ、振幅は旗門よりやや大きかった。トライアル 2 回目では最初からかなり滑らかなボード運
動がみられ、ボードのターンのタイミングや振幅は旗門とほぼ一致していた。トライアル 3 回目では約
20 秒後から Delay が 0.8 秒となりその直後にボード運動は大きく乱れ、ボードのターンのタイミングは
遅れ振幅は大きくなる傾向が認められた。しかし、同じトライアルを続けると 4 回目(通算 6 回目)の後
半にはボード運動はかなり滑らかとなり、ボード運動のターンのタイミング遅れや振幅の大きさも小さく
なった。再び Delay 0 秒条件のみのトライアルを実施すると、ボード運動は滑らかとなり、最後に約 20
秒後から Delay 0.8 秒となるトライアルを実施すると、通算 6 回目と同様のボード運動の乱れが認めら
れた。
8 名のデータをまとめたのが図9である。個人差はあるものの図8の例と同様の傾向であった。約 20
秒後から Delay 0.8 秒条件となるトライアルを 4 回繰り返すと、1 回目の Delay 0.8 秒条件直後にはタ
ーンのタイミングは遅く(-0.17 秒→-0.63 秒)、振幅は大きく(113%→201%)なったが、徐々に運動制
御の修正が進み、最終的にはそれぞれ-0.32 秒、161%となった。Delay 0.8 秒条件は非常に難しい
条件ではあるが、回数や時間を重ねることによって運動制御の修正が進むことが示された。また、同じ
Delay 0 秒条件である 2 回目と 7 回目のトライアルの比較から、Delay 0 秒条件と Delay 0.8 秒条件
を混じたトライアルを重ねることによって、Delay 0.8 秒条件における運動制御の修復とともに Delay 0
秒条件における運動制御も格段に上達することが示された。
- 10 -
図8 実験Ⅱ:Delay0.8 秒外乱実験の測定例
- 11 -
図9 実験Ⅱ:Delay0.8 秒外乱実験の結果
- 12 -
Delay 0.8 秒定常実験における実際のボード軌跡の測定例を図10に示す。Delay 0.8 秒条件のみ
のトライアルを 4 回続けて実施したが、1回目のトライアルでは終始ボード運動はぎこちなく、ボードの
ターンのタイミングは旗門より大きく遅れ、振幅は旗門よりかなり大きかった(縦軸スケールに注意)。し
かし、トライアル 2 回目以降、次第にボード運動は滑らかとなり、3~4 回目ではボードの振幅はやや大
きいもののタイミング遅れはかなり小さくなった。その後、約 20 秒後に Delay 0.8 秒が Delay 0 秒とな
るトライアルを 3 回続けると、Delay 0.8 秒、0 秒ともにボード運動は非常に滑らかになった。最後の
Delay 0.8 秒のみのトライアルでも滑らかなボード運動が認められた。
4 名のデータをまとめたのが図11である。個人差はあるものの最初から Delay 0.8 秒のみのトライア
ルを 4 回繰り返すと、1 回目はターンのタイミングが大きく遅れ(-2.10 秒) 、振幅も大きく(199%)なっ
たが、4 回目には遅れが-0.75 秒、振幅が 192%といずれも小さくなる傾向が見られた。続いて Delay
0.8 秒が 0 秒となるトライアルを 3 回繰り返すと、ターンのタイミングは-0.25 秒、振幅は 155%と大きく
修正された。
Delay 0.8 秒定常実験では最初から Delay 0.8 秒条件であり、初めてこの実験を体験する被験者
にとっては Delay 0.8 秒条件が基本条件である。したがって、5 回目のトライアル途中で突然 Delay 0
秒になると、それまでより映像の反応が早くなるため何らかの運動制御の乱れが生じるのではないかと
予想した。しかし、Delay 0 秒となってもボード運動は非常に滑らかにおこなわれた。同じ予想を裏切
る状況でも、時間遅れなし→時間遅れありと、時間遅れあり→時間遅れなしでは運動制御の乱れに対
する影響は全く異なることが示された。
また、同じ Delay 0.8 秒のみ条件である 4 回目と 8 回目のトライアルを比べると、8 回目のトライアル
におけるボード運動のほうがはるかに安定した運動制御であった。これは、その間に挟んだ約 20 秒後
に Delay 0.8 秒が Delay 0 秒となるトライアルの効果であると推測される。すなわち、同一条件を繰り
返すよりも、異なる条件を組み合わせたトライアルの方が運動制御の上達にとっては有効であることを
示唆している。被験者の感想も同様で、「単調な繰り返しよりも、異なる条件が混じている方が運動制
御の習得には効果的であった」という意見が多かった。
- 13 -
図10 実験Ⅱ:Delay0.8 秒外乱実験の測定例
- 14 -
図 11 実験Ⅱ:Delay0.8 秒定常実験の結果
- 15 -
考察
予測的運動制御における予測とは、対象物体の動きや位置の時間的空間的な予測である。すなわち、
柔道やボクシングなどの格闘技では相手の時空間的な動き、野球やサッカーなどの球技ではボールの時
空間的な動き、そして今回のようなスノーボードの回転競技などでは通過すべき旗門の時空間的な位置の
予測である。本研究ではその中でスノーボードを模した運動をモデルとして、時間的な要素を(ボードの動
き)→(景色の変化)の時間的な遅れである Delay、空間的な要素を(景色の変化)/(ボードの動き)の比
である Gain とみなし、PC ソフト上で Delay と Gain を様々な値に設定した場合の予測的運動制御の乱れ
と修正過程を観察した。
上記の目的のため、まずはスノーボード実験システムの開発をおこなった。自作の部分が多く、細かい
パーツや工作材料の購入に今回の助成金が非常に役立った。そして、被験者の姿勢、スクリーンの大きさ、
実験室の明るさ、ボードや被験者の動きのモニター、トライアルの時間や回数など、数多くの被験者を用い
て予備実験を繰り返すことによって、独自の予測的運動制御をターゲットとした実験システムを完成するこ
とが出来た。
その中でも、何を予測的運動制御の指標とするかという問題に関しては試行錯誤であった。実験Ⅰでは
ボードと被験者頭部に取り付けたジャイロセンサーを用いて回転速度を測定し、それぞれの周波数分析に
おける 0.29-0.68 Hz のパワー値の総和を“ぎこちなさ指数”として評価した。すなわち、ボード運動のぎこち
なさ指数が大きくなれば運動制御の乱れ、頭部運動のぎこちなさ指数が大きくなれば姿勢制御の乱れとな
る。運動制御が乱れた結果が姿勢制御の乱れとなることから両者の間には相関が認められたが、条件が難
しくなるほど両者の相関が小さくなるという傾向は意外であった。運動制御の修復過程で高い相関が認め
られ、修復困難でパニックに陥っている状況では相関は低くなるのかもしれない。この点に関しては今後、
より詳細な検討が必要である。実験Ⅱではボードのターンの軌跡から、ターンのタイミングと振幅を運動制
御の指標とした。予測が外れるとターンのタイミングは遅く、振幅は大きくなる傾向が認められ、予測的運動
制御の指標として適していると考えられる。今後、このような指標を用いてさらに研究を進めていく計画であ
る。
実験Ⅰにおける Delay と Gain 変化に対する運動制御、姿勢制御の乱れを比較すると、Gain 変化より
も Delay の方が予測的運動制御は乱れ、それを修復するのが難しい傾向が認められた。特に Delay が
0.4 秒以上となるとその傾向は顕著であった。これを言い換えると、運動制御にとって空間的な予測よりも時
間的な予測がより重要であり、予測を裏切るにはタイミングを外すことが効果的であることが推察される。
「柔道や相撲で技をかける時にはタイミングを外す」、「野球では打者を空振りにしとめるにはチェンジアッ
- 16 -
プが有効である」という経験的事実にも通じる。おそらくは Delay が大きすぎると予測は裏切られるが、相手
には次の動作を準備する余裕が生まれてしまう。どの程度の時間差が最も効果的であるかは今後の研究
課題である。
実験Ⅱでは、Delay 0.8 秒条件を続けることによって新たな予測的運動制御が形成されることが観察さ
れた。しかし、その間に Delay 0 秒条件を組み入れるとより一層 Delay 0.8 秒における運動制御が上達す
るという結果が得られた。これは、本研究構想のヒントとなった「柔道の打ち込みのような練習は予測的運動
制御に頼りすぎることになり、必ずしも実戦に有利とならないのではないか」という疑問に対する一つの答と
なろう。同一条件のみを繰り返す練習は初心者~中級者レベルでは有効であるが、上級者~トップレベル
になるとあらゆる条件を想定した実戦練習の方が、予測的運動制御が裏切られた場合の対策として効果的
であると思われる。
これまでにも予測的運動制御の研究は数多く報告されてはいるが1-3)、本研究のようなスポーツ競技へ
の積極的な応用という観点から発想された研究は少ない。おそらくはトップアスリートになればなるほど予測
的運動制御の比重は高くなり、またそれだからこそ予測的運動制御が乱れた場合の修正、あるいは相手の
予測的運動制御を乱す戦略というものが重要になってくる。予測的運動制御の長所、短所をよく理解して
おく必要がある。その本質はトップアスリートしか体感できないのかもしれないが、今回の研究が科学的、客
観的、そしてトップアスリート以外にも理解できる“スポーツ競技における予測的運動制御の研究”の足がか
りになることを願っている。
参考資料
1)Laessoe U, Voigt M.
Anticipatory postural control strategies related to predictive perturbations.
Gait & Posture, (in press, 2007).
.
2)McIlroy WE, Maki BE.
Age-related changes in compensatory stepping in response to unpredictable perturbations.
J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 51:M289-96, 1996.
3)Jacobs JV, Horak FB.
- 17 -
External postural perturbations induce multiple anticipatory postural adjustments when
subjects cannot pre-select their stepping foot.
Exp Brain Res 179:29-42, 2007.
- 18 -
Fly UP