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Hougaku.27-2.029
占領と憲法―比較の中の政教分離原則⑵
29
占領と憲法―比較の中の政教分離原則⑵
北
原
仁
はじめに
Ⅰ 日本国憲法の成立過程と信教の自由
1 ポツダム宣言と神道指令
2 「神道指令」の成立過程
3 国家神道の歴史的観点
Ⅱ マッカーサー草案と宗教
1 宗教課と憲法草案作成
2 宗教課担当者の証言
Ⅲ 合衆国の膨張と「権利章典」
1 合衆国の膨張
2 信教の自由の比較
3 政教分離と公金支出の禁止規定(以上第26号2号)
Ⅳ 合衆国の占領地の組織法および憲法
1 組織法および憲法の宗教条項の検討
2 公務就任と宗教的宣誓
3 組織法と憲法の宗教規定の検討
4 日本国憲法の制定過程と憲法の文言
Ⅴ 1952年のプエルトリコ憲法の制定過程
1 憲法制定議会での議論
2 憲法制定議会における宗教条項に関する議論
3 州憲法と宗教条項
Ⅵ プエルトリコ憲法と司法審査
1 合衆国連邦最高裁判所とプエルトリコ(以上本号)
Ⅳ
合衆国の占領地の組織法および憲法
1 組織法および憲法の宗教条項の検討
プエルトリコの1917年の組織法の公金支出禁止条項(24条9項)は,1921年
には,合衆国連邦議会によって次のように改正されている。
「公金または公有
財産は,宗派,教会,教派,教団施設もしくは援助のためにあるいは司祭,牧
師,聖職者または宗教教育者もしくは高僧による利用,便益もしくは援助のた
めに,直接であるか間接であるかを問わず,充当し,提供し,贈与し,用いて
はならない。複婚つまり重婚契約は,今後禁止される」と1。
フィリピンの1916年の組織法の公金支出禁止条項(3節14項)は,この改正
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駿河台法学
第27巻第2号(2014)
プエルトリコ組織法の公金支出禁止条項の文言とまったく同じなのである(た
だし,プエルトリコの規定には,フィリピン組織法3節14項の最後の一文「い
かなる法律も,複婚つまり重婚が許されると解釈されてはならない」が欠けて
2
。したがって,1921年には,プエルトリコ組織法の宗教に関する規定は,
いる)
1916年のフィリピン組織法の規定と同じ水準に合わせられた。
1935年憲法は,国教樹立の禁止と信教の自由については「権利章典」の中に
,公金支出の禁止については立法部の権能の中に規定
規定し(3条1節17項)
。この規定の文言と1916年の組織法の公金支出禁止条項
する(6条23節3項)
との違いは,最後の部分にある。つまり,1935年憲法には,1916年の組織法の
重婚禁止に関する文言のかわりに,
「ただし,この司祭,牧師,聖職者または
宗教教育者もしくは高僧が軍または刑事施設,孤児院もしくはハンセン病院に
派遣される場合には,このかぎりではない」という規定が置かれているのであ
「我らフィリピン人民は,神の摂理の助力
る3。さらに,1935年憲法前文は,
(the aid of Divine Providence)を懇願し」と謳い,宗教に対する完全に中立
「選択的な宗教教育は,
的な立場を表明してはいないし4,宗教教育についても,
現在法律によって認められているように,公立学校において維持されなければ
ならない」
(13条5節)と規定している5。
1935年憲法は,フィリピンの独立を前提に制定された。そこで,1902年と
1916年の組織法の「市民的または政治的権利を行使するために,いかなる宗教
的宣誓も求めてはならない」という規定に加えて,合衆国からすれば,フィリ
ピン人には,その独立までの間,宗主国に対する忠誠を維持させる必要がある。
1 “That no public money or property shall ever be appropriated, applied, donated,
used, directly or indirectly, for the use, benefit, or support of any sect, church, denomination, sectarian institution, or association, or system of religion, or for the
use, benefit, or support of any priest, preacher, minister, or other religious teacher
of dignitary as such. Contracting of polygamous or plural marriages hereafter is
prohibited.”66th Congress, Sess. III, Ch. 34, 1921, p. 1096.
2 拙稿「占領と宗教⑴」
『駿河台法学』
(第26巻第2号,2013年)130頁。
3 同前,131頁。ARUEGO, José ,“Constitution of the Republic of the Philippines,”
Philippine Government in Action, University Publishing Company, Manila, 1953,
p. 796.
4 Ibid ., p. 787.
5 Ibid ., p. 806.
占領と憲法―比較の中の政教分離原則⑵
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そこで,憲法施行までの経過措置について条令が付され,それは,次のように
規定している。
「すべてのフィリピン市民は,合衆国に忠誠を誓わなければな
「フィリピン共和国政府とその官吏
らない」
(1節1項)と6。また,条例は,
も,その義務の遂行の開始前に,特に,合衆国の最高権威を認めて受け入れ,
また合衆国に対する本当の信頼と忠誠を維持するつもりであることを宣言して,
官職の誓いとし,同意しなければならない」
(同節2項)と規定し,ここでは
宗教的宣誓に言及していない7。
条令は,宗教についても言及しており,次のように規定する。
「宗教的意見
の完全な涵養は,これを保障し,いかなる住民または宗教組織も,宗教的信条
または礼拝方法を理由として身体または財産を害されることはない」
(同節3
8
,
「合衆国,墓地,教会および牧師館またはそれに付属する修道院が有す
項)
る財産ならびに宗教,慈善または教育目的にかぎって用いられるすべての土地,
建物および改良は,免税とされるものとする」
(同節4項)と定める9。
1917年に合衆国がデンマークから購入したヴァージン諸島の1936年の組織法
も,次のように規定する。
「国教を定めるいかなる法律も,または宗教の自由
な実行を禁ずる法律も,制定してはならず,また差別されもしくは優遇される
こともなく,宗教告白と礼拝の自由な行使と享受は,常に認められ,そして,
ヴァージン諸島政府の信任による職務または任務を遂行する条件として,
ヴァージン諸島に適用される合衆国憲法およびとその法律ならびにヴァージン
諸島の法律を擁護するという宣誓の他に政治的または宗教的要件を求めてはな
6 “All citizens of the Philippines shall owe allegiance to the United States.”Ibid .,
p. 810.
7 “Every officer of the Government of the Commonwealth of the Philippines shall,
before entering upon the discharge of his duties, take and subscribe an oath of office, declaring among other things, that he recognizes and accepts the supreme
authority of and will maintain true faith and allegiance to the Unites States.”Ibid .
8 “Absolute toleration of religious sentiments shall be secured and no inhabitant
or religious organization shall be molested in person or property on account of religious belief or mode of worship.”Ibid .
9 “Property owned by the Unites States, cemeteries, churches, and parsonages or
convents appurtenant thereto, and all lands, buildings and improvements used exclusively for religious, charitable, or educational purposes shall be exempt from
taxation.”Ibid .
32
駿河台法学
第27巻第2号(2014)
らない」
(34節18項)と10。さらに,この規定に続いて,
「複婚つまり重婚契約
は,今後禁止される」
(19項)と記されている11。これらの規定は,フィリピン
の1902年の組織法5節14項と1916年の組織法3節14項および1935年憲法3条1
節17項に似ているというだけでなく,特に1917年のプエルトリコの組織法2条
18項に酷似している。しかし,このようにヴァージン諸島の組織法は,国教樹
立の禁止と信教の自由について規定し,さらには公職就任要件として宗教的宣
誓を必要としないと規定しているが,公金支出禁止については言及していない。
2 公務就任と宗教的宣誓
これらの組織法と憲法に規定された公務就任要件と宗教の条項は,合衆国憲
法にその起源を求めることができる。合衆国憲法6条3節は,次のように規定
しているのである。
「先に規定した上院議員および下院議員,州議会議員なら
びに合衆国および各州の執行府および司法府の公務員は,宣誓または確約によ
りこの憲法を擁護する義務を負う。ただし,合衆国のいかなる官職または信任
による公職についても,その資格として宗教上の審査を課せられてはならな
い」と12。
フィリピンの1916年の組織法3節14項および1935年憲法3条1節17項には,
10 “No law shall be made respecting an establishment of religion or prohibiting
the free exercise thereof, and the free exercise and enjoyment of religious profession and worship without discrimination or preference, shall forever be allowed,
and no political or religious test other than an oath to support the Constitution
and the laws of the United States applicable to the Virgin Islands, and the laws of
the Virgin Islands, shall be required as a qualification to any office or public trust
under the Government of the Virgin Islands.”74th Congress, Sess, II, Ch, 699, June
22, 1936, p. 1815.
11 “The contracting of polygamous or plural marriage is prohibited.”Ibid. 1954年
に改正された組織法も,同じ条文を置いている(
「権利章典」の5項,8項および11
項)。Revised Organic Act(Act of Congress, July 22, 1954, Ch. 558, Stat. 497)
.
12 安部輝哉・畑 博行編『世界の憲法〔第4版〕
』
(有信堂,2009年)11頁。
“The
Senators and Representatives before mentioned, and the Members of the several
State Legislatures, and all executive and judicial Officers, both of the United
States and of the several States, shall be bound by Oath or Affirmation, to support this Constitution; but no religious Test shall ever be required as a Qualification to any Office or public Trust under the United States.”
占領と憲法―比較の中の政教分離原則⑵
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「そして,市民的または政治的権利を行使するために,いかなる宗教的宣誓も
求めてはならない」と定め,公務就任だけでなく,
「市民的または政治的権利」
について宗教的宣誓を禁じている(ただし,1902年の組織法にはこの文言は見
13
。プエルトリコの1917年の組織法は,
「そして,プエルトリコ政
当たらない)
府の信任による職務または任務を遂行する条件として,合衆国憲法およびプエ
ルトリコの法律を擁護するという宣誓の他に政治的または宗教的要件を求めら
れない」
(2条18項)と規定し14,ヴァージン諸島の1936年の組織法も,前述し
。
たとおり,宗教的宣誓を求めていない(34節18項)
日本国憲法は,公務就任要件についてそもそも宗教に言及していない。マッ
カーサー草案では,10章の「最高法規」に,次のように公務員の憲法尊重擁護
。
「天皇が皇位を継承したとき,および摂政,国
義務が規定されている(91条)
務大臣,国会議員,裁判官その他の一切の公務員が就任したときは,この憲法
を擁護し守護する義務を負う。/この憲法施行の際に正当にその地位にあるす
べての公務員も,また憲法を擁護する義務を負うものとし,かつ後任のものが
選挙されまたは任命されるまではその地位にとどまるものとする」と15。この
「天皇又は摂政及び国務大臣,国会
規定は,最終的に日本国憲法99条として,
議員,裁判官その他の公務員は,この憲法を尊重し擁護する義務を負う」と改
められた16。
13 “and no religious test shall be required for the exercise of civil or political
rights.”United States Bureau of Insular Affairs, Philippine Islands : Acts of Congress and Territories Pertaining to the Philippine Islands in Force and Effect July 1, 1919 …. United States, Nabu Press, 2010, p. 35.
^
14 “y no se exigirá como condició n para desempenar cualqier cargo o puesto de
confianza en el Gobierno de Puerto Rico.”TRÍAS MONGE, José , Historia consti-
tucional de Puerto Rico, IV, Editorral de la Universidad de Puerto Rico, 1983,
p. 342.
15 “The Emperor, upon succeeding to the throne, and the Regent, Ministers of
State, Members of the Diet, Members of the Judiciary and all other public officers
upon assuming office, shall be bound to uphold and protect this Constitution.
All public officials duly holding office when this Constitution takes effect shall
likewise be so bound and shall remain in office until their successors are elected
or appointed.”高柳賢三・大友一郎・田中英夫『日本国憲法制定の過程Ⅰ原文と翻
訳』
(有斐閣,1972年)302∼3頁。
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駿河台法学
第27巻第2号(2014)
その後,フィリピンは,1946年に独立し,1973年には新たに憲法が制定され
「国教を定めるい
た。1973年憲法4条の権利章典の中に信教の自由に関して,
かなる法律も,宗教の自由な実行を禁ずる法律も,制定してはならない。また,
差別も,優遇もされることなく,宗教的告白と礼拝の自由な行使と享受は,常
に認められなければならない。そして,市民的または政治的権利を行使するた
めに,いかなる宗教的宣誓も求めてはならない」と規定し,1902年と1916年の
組織法および1935年の憲法の規定をそのまま受け継いでいる17。また,1973年
憲法の公金支出禁止規定も,議会の権能の条文中におかれ,1935年憲法の文言
18
。これらの規定は,1986年憲法にもそのまま引
と同じである(8条18節2項)
き継がれている(信教の自由・国教設立の禁止については3条5節,公金支出
19
。
禁止については6条29節2項に規定されている)
「プエルトリコ自由連合国憲法(la Constitución
プエルトリコは,1952年,
del Estado Libre Asociado de Puerto Rico)
」が制定されたが,合衆国の連邦
領として引き続き合衆国の支配下に置かれている。政教分離原則については,
合衆国憲法のものよりも厳格であって,
「いかなる宗教も国教とする法律を可
決してはならず,宗教の自由な行使を禁じてはならない。教会と国家は,完全
に分離されなければならない」と定める20。さらに,この趣旨は,教育につい
16 “The Emperor or the Regent as well as Ministers of State, members of the Diet,
judges, and all other public officials upon assuming office have the obligation to
respect and uphold this Constitution.”
17 “No law shall be made respecting an establishment of religion, or prohibiting
the free exercise thereof. The free exercise and enjoyment of religious profession
and worship, without discrimination or preference, shall forever be allowed. No
religious test shall be required for the exercise of civil or political rights.”http://
www.gov.ph/the-philippine-constitutions/the-amended-1973-constitution-2/
18 “No public money or property shall ever be appropriated, applied, paid, or used,
directly or indirectly, for the use, benefit, or support of any sect, church, denomination, sectarian institution, or system of religion, or for the use, benefit, or support of any priest, preacher, minister, or other religious teacher or dignitary as
such, except when such priest, preacher, minister, or dignitary is assigned to the
armed forces, or to any penal institution, or government orphanage or leprosarium.”ただし,宗教団体に対する免税措置の規定も置いている(17節3項)
。
19 http://www.gov.ph/the-philippine-constitutions/the-amended-1987-constitutionof-the-republic of the philippines/
占領と憲法―比較の中の政教分離原則⑵
35
て次のように規定され,その徹底化が図られている。
「何人も,自己の完全な
人格的発展と基本的人権と自由の尊重の促進に向けた教育の権利を有する。公
教育制度を設け,これは自由で完全に無宗派によるものとする。教育は,初
等・中等学校においては無償とし,国家の施設上可能な限り,初等教育は義務
とする。国に属さない学校または教育施設の維持のために公有財産も公金も支
出してはならない。この規定の文言によって,国が児童の保護または福利のた
めに法律で定める教育にかかわらない役務を提供できることは,妨げられな
「公共目的および国家制度
い」と21。この規定の趣旨を補強する規定も置かれ,
の維持と運営のためには,どのような場合でも法律による場合にのみ,公共財
22
。
産と公金を支出しなければならない」と定めている(6条9節)
3 組織法と憲法の宗教規定の検討
アメリカ合衆国が占領した島嶼地域の組織法および憲法の宗教規定は,おも
に四つの構成要素,すなわち①国教設立の禁止,②信教の自由(宗教を理由と
する差別的取扱いの禁止を含むものもある)
,③公務就任に際しての宗教的宣
誓の否認,④教会・宗派に対する公金支出の禁止によって構成されている(表
1参照)
。
1898年,米西戦争が勃発し,合衆国が勝利した。同年のパリ条約では,スペ
20 “No se aprobará ley alguna relativa al esblecimiento de cualqier religión ni se
prohibirá el libre ejercicio del religioso. Habrá completa separación de la Iglesia y
el Estado.”TRÍAS MONGE, op. cit., p. 414.
21 “Toda persona tiene derecho a una educación que propenda al pleno desarrollo
de su personalidad y la fortalecimiento del respeto de los derechos de hombre y
de las libertades fundamentals. Habrá un sistema de instrucción pública el cual
∼
sera libre y enteramente no sectario. La ensenanza
sera gratuita en la escuela primaria y secudaria y, hasta donde las facilitades del Estado lo permitan, se hará
obligatoria para el sostenimiento de escuelas o insutituciones educativas que no
sean las del Estado. Nada de lo contenido en esta disposición impedirá que el
Estado pueda prestar a qualquier nino sevicios no educativos establecidados por
∼
ley para protección o bienestar de la ninez.”
Ibid.
22 “Sólo se dispondrá de las propietades y fondos públicas para fines púpblicos y
para el sostenimientos y funcionamientos de las instituciones del Estado, y en todo
caso por autotridad de ley.”Ibid ., p. 426.
^
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駿河台法学
第27巻第2号(2014)
表1
国
名
組織法・憲法
フィリピン
プエルトリコ
ヴァージン諸島
日
宗教規定の内容一覧
国教禁止
信教の自由
宗教的宣誓
公金支出
1902年組織法 5節14項
5節14項
―
―
1916年組織法 3節14項
3節14項
3節14項
3節14項
1935年憲法(注)1
3条1節18項 3条1節18項 3条1節18項 6条23節3項
1973年憲法
4条8節
4条8節
4条8節
8条18節2項
1917年組織法 2条18項
2条18項
2条18項
2条19項
1952年憲法
2条3節
2条3節
1936年組織法 34節17項
34節17項
34節17項
1954年組織法 2節16項
2節16項
2節22条
本 1946年憲法
20条1項後段 20条1項前段
―(注)
2 2条5節
(注)
3
―
―
―
89条
(注)1
(注)2
憲法前文で「神の摂理の助力」を規定している。
公務員の合衆国憲法ならびに「プエルトリコ自由同盟国」の憲法および法律に対
。
する忠誠義務を定めている(6条16節)
(注)3 非宗教的教育についても規定する(2条5節3項)
。
インはキューバに対する主権を放棄しただけでなく(1条)
,
「スペインは,西
インド諸島の現在スペインの主権の下にあるプエルトリコその他の島嶼および
マリアナ諸島つまりラドロネス諸島のグアムを合衆国に譲渡する」
(2条)と
規定された。そして,
「スペインが放棄または譲渡した領土の住民は,宗教の
自由な行為が保障されなければならない」
(10条)と定められ,信教の自由の
保障が明記されている23。キューバ,フィリピン,プエルトリコは,スペイン
の植民地であったから,スペイン本国と同様にカトリックが国教とされていた。
プエルトリコのカトリック教会の歴史は,スペインの新大陸発見からまだ間
もないころにさかのぼる24。新大陸の諸地域では,19世紀の初めに独立運動が
勃興し,その後,多くの独立国が誕生したが,プエルトリコは,19世紀末まで
スペインの植民地のままであった。そこで,カトリック教会の活動は,社会を
統合し,宗主国への紐帯を強め,社会的・宗教的支配制度の支え保護し,さら
には社会経済を促進する手段と考えられた。教会の任務は,宗教的・道徳的涵
養であって,スペイン本国への従属関係を転覆しようとする独立・革命思想に
23 HOLDEN, Robert H. & ZOLOV, Eric, (ed.), Latin America and United
States : A Documentary History, Oxford University Press, 2000, p. 77.
占領と憲法―比較の中の政教分離原則⑵
37
対する最善の解毒剤と見なされたのである25。
主権が放棄・移転されても信教の自由は保障されるということは,カトリッ
ク教会の現状維持を意味するものではない。プエルトリコは,合衆国の新たな
統治原理の下に植民地支配機構が再編されることになったからである。少なく
とも,インディアスの国王の聖職推挙権の効力は失われ,教会の慈善活動も一
部,停止された26。それでも,教皇庁の外交政策は,スペインがもっていた教
会制度を新たな政治的・法的状況に対応しようとするものであった。
しかし,宗教の自由と政教分離という考えは,1898年の合衆国の侵攻ととも
にやってきた。主権の転換は,国家と教会関係の根本的な変更を意味した。つ
まり,学校での宗教教育の排除,病院からの尼僧の追放,自治体による墓地管
理の回復,民事婚の確立などである27。しかし,国家と教会との関係において
後世に大きな影響をもたらしたのは,合衆国のプロテスタントの宣教師のプエ
ルトリコでの布教であった28。さらに,カトリック教会自体もアメリカ化をま
ぬがれなかった。スペイン人の教会組織と僧侶のアメリカ人への交代していっ
たからである。
20世紀のカトリック教会は,二つの戦いを挑んだ。出産をコントロールする
政府の措置に反対し,公立学校での宗教教育を促進しようとしたのである。し
24 プエルトリコにおけるカトリック教会の教区設立は,新大陸征服の初期段階に行
われている。プエルトリコ島全体がプエルトリコのサン・フアン・バウティスタ
(San Juan Bautista de Puerto Rico)教区とされ,現在のドミニカ共和国に位置す
る1511年にサントドミンゴ(Santo Domingo)教区およびコンセプシオン・デ=ラ
=ベガ(Concepción de la Vega)教区とともに,新世界で設けられた最初の三つ
の教区の一つであった。それは,最初,セビーリャの大司教の監督下にあったが,
その後,サントドミンゴの大司教の監督下にうつり,1850年以降は,キューバのサ
ンチアゴの大司教の監督下に置かれた。そして,国王の聖職推挙権(regio patronato)は,インディアス法典の一部として,スペインの統治の最終段階まで有効で
あった。ÁLVALEZ GUTI É RREZ, Luis,“Iglesia y cuestión en el Puerto Rico del
siglo XIX,”Demetrio RAMOS y Emilio de DIEGO, Cuba, Puerto Rico y Filipinas
en la perspective del 98, Editorial Compultense, 1997, p. 220.
25 Ibid., p. 228.
26 Ibid., p. 233.
27 ÁLVALEZ GONZALEZ, José Julián, Derecho constitucional de Puerto Rico
y relaciones constitucionales con los Estados Unidos, Temis, Bogotá , 2010,
p. 1191.
38
駿河台法学
第27巻第2号(2014)
かしながら,この努力は,プロテスタント諸派からの激しい抵抗に遭遇し,結
局,1952年憲法を生んだ憲法制定会議で失敗に終わることとなった29
パリ条約は,フィリピンにも適用されるから,その10条の保障する住民の信
教の自由も尊重されるはずであったが,フィリピンには,住民の少数派である
「モロ族または非キリ
ムスリムがいた。1902年の組織法は,人口調査の後に,
30
。
スト教」の住民のいない地域での総選選挙と議会の招集を規定していた
(7節)
また,合衆国は,カトリック教会の土地も,農地改革のために必要であった。
フィリピンの民政を担ったタフト委員会(the Taft’
s Commission)は,教皇
庁との土地買収の取引に成功したばかりでなく,スペイン人の司教たちが辞任
することを認め,アメリカ人司教がその空席を埋めることとなった31。タフト
は,
「僧侶の土地の購入,利益の分配,その大部分のフィリピン教会の福利の
ための充当,ここでのアメリカ人位階制度の設立およびスペイン人僧侶の漸進
的な退去は,我々が切に願っているもの―フィリピン諸島におけるローマ・カ
トリック教会のアメリカ化をもたらすことになるだろう」と報告していた32。
だからといって,タフトは,フィリピンでアメリカ人によるカトリック教会
の国教を維持しようと考えていたわけではなかった。タフトは,ローマ・カト
リックであれ,フィリピン・カトリックであれ,プロテスタントであれ,自ら
選んだ神を礼拝することを何人も妨げてはならないのであって,合衆国憲法修
正1条の信教の自由は,フィリピンにしっかり根を張っていると信じていたか
らである33。
28 「合衆国がプエルトリコ島を獲得した後,宣教の分野は,主要な九つの宗派,す
なわちルター派(Lutheran),長老派(Presbyterian),メソジスト派(Methodist)
,
バプティスト派(Baptist),ユナッティッド・ブレズレン派(United Brethren),
衆会派(Congregationalist),クリスチャン・チャーチ派(Christian Church),キ
リスト教宣教同盟(Christian Missionary Alliance)に分けられる」
。EDMONDS,
Ennis & GONZALEZ, Michelle A., Caribbean Religious History : An Introduction, New York University Press, New York, 2010, p. 159.
29 ÁLVALEZ GONZALEZ, op. cit., p. 1192.
30 United States Bureau of Insular Affairs, op. cit., pp. 4―5.
31 THOMPSON, Winfred Lee, The Introduction of American Law in the Philippines and Puerto Rico, The University of Arkansas Press, Fayetteville, 1898,
p. 210.
32 Ibid., pp. 211―2.
占領と憲法―比較の中の政教分離原則⑵
39
ヴァージン諸島の譲渡をめぐって結ばれた1917年の「合衆国とデンマークと
の間の協定」
においても,ヴァージン諸島住民の信教の自由が保障されている34。
ヴァージン諸島は,デンマーク領であったからデンマークの国教であるルター
派が国教とされていた。しかし,デンマークの植民地社会の特徴は,民族的・
宗教的多様性であると指摘されているように,ルター派以外の宗教にも寛容で
あって,国籍も多様であれば,宗教も多様であった35。それでも,ルター派教
会がヴァージン諸島で重要な位置を占めていたことは間違いない。しかし,こ
こでも,ルター派教会のアメリカ化が生じた。初めは,アメリカのルター派の
讃美歌や日曜学校の文書が,ゆっくりと慎重に信徒会に導入され,それからア
メリカのやり方にならって教会組織がつくりかえられた36。さらに,1936年の
組織法によって,ヴァージン諸島は,政治上・憲法上の発展の最前線に立つこ
とになった。家父長的な政府はすでに,責任ある政府へと変更されていたが,
この責任ある政府が善政を敷くことができるかが問題となったのである37。そ
の成果は,公衆衛生上や社会福祉のなどの分野に見られるが,教育でも顕著で
あった。学校は,政府だけでなく,慈善団体,特に州教団の双方によって運営
されていた38。
33 Ibid., p. 212.
34 「これら諸島の住民は,自らの意思でその場にととどまるか,ここから移転する
ことができ,いずれの場合でも財産もしくは売却または収益の権利を保持する。島
にとどまる場合には,別途定められるまで,現行法の保障するあらゆる私的,公的
および宗教的権利・自由を引き続き享受するものとする」
(6条)
。BOUGH. James
s Caribbean Outpost , Walter
A & MACRIDIS, Roy c., Virgin Islands ; America ’
F, Williams Publishing Company, Workfield, Mass., 1970. pp. 33-4.
35 「ルター派教会はデンマーク人に奉仕し,改革派オランダ教会はオランダ人に仕
え,またおそらくドイツ人も同じであったが,モラビア教会はアフリカ人に対する
宣教師であったし,監督派もしくは英国教会は英国人に仕えていた。さまざまな国
籍のカトリック教徒たちも,ほどなく自分たちの教会を維持するだけの数に足りる
ようになったが,ユダヤ人は,宗教上独自な立場を維持し,別途,ユダヤ教会で祈
りをささげていた」
。DOOKHAN, Isaac, A History of the Virgin Islands of the
United States, Canoe Press, Jamaica, 1994, p. 181.
36 LARSEN, Jens, Virgin Islands Story : A History of the Lutheran State
Church, Other Churches, Slavery, Education, and Culture in the Danish West
Indies, now the Virgin Islands, Muhlenberg Press, Philadelphia, pp. 237―8.
37 Ibid., p. 281.
40
駿河台法学
第27巻第2号(2014)
以上のような組織法と憲法に規定された宗教条項を比較検討すれば,次のよ
うに指摘できるであろう。
① 合衆国憲法では,国教設立禁止と信教の自由がおなじ条文に規定され
(修正1条)
,公務就任についての宗教的宣誓の禁止は,憲法本文中の条
文に定められていた(6条)
。合衆国憲法には,宗教活動に対する公金支
出の禁止規定は存在しないが,州憲法にはその規定があるものある。
② フィリピンの1902年と1916年の組織法では,国教設立の禁止,信教の自
由(宗教を理由とする差別的取扱いの禁止を含む)および公務就任要件か
らの宗教的宣誓の排除が規定されていた。ただし,プエルトリコの1917年
の組織法では,
「慈善,宗教,殖産および博愛」目的に対する公金支出の
禁止が定められていたが,1921年の改正で,これは削除され,フィリピン
の組織法と同じ文言となった。
③ フィリピンの1935年憲法は,それまでの組織法の規定を受け継いでいる
が,憲法前文に「神の摂理の助力」という語句を用い,公立学校での選択
,憲法に付された条令には宗
的な宗教教育を認めるとともに(13条5節)
教団体・活動に税の優遇措置を規定する一方で(1節3項)
,公務員と軍
人については宗教的宣誓に触れずに,
「憲法を擁護する宣誓(an oath to
。プエル
support and defend the Constitution)
」を規定する(13条2節)
トリコの1952年憲法は,1917年憲法の規定を引き継ぎながらも,宗教的宣
誓の禁止は削除され,憲法と法律に対する尊重義務のみが定められ(6条
16節)
,
「完全な教会と国との分離」を規定している(2条3節)
。さらに,
平等原則について,宗教による差別を禁止している(2条1節)
。そして,
教育の非宗教性と国家に属さない教育機関への公金支出の禁止を定めてい
る(2条5節)
。
日本国憲法は,宗教については,平等原則において宗教を差別禁止事由とし
,国教設立の禁止が宗教団体による特権の付与と政治上の
て掲げ(14条1項)
,国による宗教教育の禁止に
権力の行使の禁止として規定し(20条1項後段)
加えて(同条3項)
,宗教行為,祝典等への参加強制の禁止(同条2項)を定
めている39。公務員については宗教的宣誓に言及せず,憲法尊重擁護義務を定
38 Ibid., p. 304.
占領と憲法―比較の中の政教分離原則⑵
41
める(99条)
。公金支出については,宗教だけではなく,慈善,博愛について
。要する
も言及し,1917年のプエルトリコの組織法の文言に近い(2条19項)
に,日本国憲法の政教分離と信教の自由の保障は,国家神道を解体し,国家と
神道を分離するという目的のために日本の歴史的事情に合わせて規定される一
方で,他方では宗教行為,祝典等への参加強制の禁止は,比較的古い合衆国の
憲法規定を用いている。さらに,公金支出の禁止についても,宗教を含む広い
範囲を対象としている。したがって,日本国憲法の公金支出禁止条項の通説的
見解を考慮すれば,結果的には,プエルトリコの1952年憲法の宗教条項に近い
かたちとなっている。
4 日本国憲法の制定過程と憲法の文言
日本国憲法は,周知のように連合国総司令官のダグラス・マッカーサーの指
導の下で作成されたが,合衆国の島嶼地域の占領地のように連邦議会によって
組織法が制定されたわけではなく,その制定過程には憲法草案の作成を担当し
たGHQ民政局のスタッフの一定の裁量が認められる。その上に,GHQ案を受
け入れることにした日本政府は,日本案を作成するについて単なるGHQ案の
翻訳を行ったのではなかったと指摘されている。すなわち,
「その過程は,決
してGHQ案に忠実であったわけではなく,法制局官僚の巧みな『日本化』が
40
。たしかに,第3章の「国民ノ権利及義務」について,
みられるからである」
日本案作成の担当者も「この章には大幅な調整を加えた」し41,第7章の「会
計」についても,
「その内容について,マ案は,あまりに細かすぎると思われ
たので,その要点をつかみつつ,明治憲法のスタイルにならって簡潔な形にし
「マ草案で,府県・市
た」し42,さらには,第8章の「地方自治」についても,
町というように団体の権利を具体的に挙げている点については,憲法でそこま
で固定することは窮屈にすぎようという考えから」すべて「地方公共団体」に
統一した43,と回顧しているように,日本案はマッカーサー草案よりもより簡
39 この2項の禁止規定は,1786年のヴァージニア信教自由法にさかのぼることがで
きる。前掲注(2)
,127∼8頁。
40 古関彰一『日本国憲法の誕生』
(岩波書店,2009年)168頁。
41 佐藤達夫/佐藤 功補訂『日本国憲法成立史〔第3巻〕
』(有斐閣,1993年)77頁。
42 同前,87頁。
42
駿河台法学
第27巻第2号(2014)
潔で,明治憲法の表現に近くなっている。
この日本案の信教の自由と政教分離に関する18条と97条の規定の文言は,そ
れぞれ次の通りであった。
18条「凡テノ国民ハ信教ノ自由ヲ有シ,礼拝,祈禱其ノ他宗教上ノ行為ヲ強
制セラルルコトナシ。/宗教団体ハ政治ニ干与シ又ハ国ヨリ特権ヲ付与セラル
ルコト得ズ。/国及其ノ機関ハ宗教教育ノ実施其ノ他宗教上ノ活動ヲ為スコト
44
。
ヲ得ズ」
97条「国又ハ地方公共団体ハ宗教ニ関スル団体ニ対シ金銭其ノ他ノ財産ヲ出
捐スルコトヲ得ズ。国ノ官吏ニ属セザル慈善,教育其ノ他コレニ類スル事業ニ
45
。
対シ亦同ジ」
さらに,この3月2日の「日本案」の提出を受けて,3月5日,幣原内閣は,
日本側と司令部側との逐条審議を経てさらに審議した結果できあがった日本側
政府案を受け入れた。そして,この案は,日本語を整えて「憲法改正草案要綱」
という形で発表された。この段階では,
「英文をうごかさない枠の中で,日本
文の表現を整えることが中心であった」から,英文自体を確定しており,つま
り,その英文の起源がいかなるものであるにせよ,
「すべてが英語による交渉
の結論である以上,この段階としては,英文が基準となったことは当然であ
46
。ただし,この英文の起源は,①マッカーサー草案からそのままの形で
る」
入ったもの,②日本案(3月2日)案の英訳が入ったもの,③民政局会議の結
果,修正または新条項として加わったものに分けることができるという47。
人権の各論的規定については,合衆国植民地の組織法の「権利章典」との共
通点がみられるが,総則的な規定につついては,日本国憲法独自の規定もある。
特に,外務省訳によるマッカーサー草案の9条と10条は,それぞれ「日本国
民ノ人民ハ何ノ干渉ヲ受クルコト無クシテ一切ノ基本的人権ヲ享有スル権利ヲ
有ス」
,
「此ノ憲法ニ依リ日本国ノ人民ニ保障セラルル基本的人権ハ人類ノ自由
タラントスル積年ノ結果ナリ時ノ経験ノ坩堝ノ中ニ於テ永続性ニ対スル厳酷ナ
43 同前,89頁。
44
45
46
47
同前,95頁。
同前,103頁。
同前,175頁。
同前。
占領と憲法―比較の中の政教分離原則⑵
43
ル試練ニ克ク耐ヘタルモノニシテ永世不可侵トシテ現在及将来ノ人民ニ神聖ナ
ル委託ヲ以テ賦与セラルルモノナリ」と定める48。
ところが,日本案10条は,マッカーサー草案の9条と10条の趣旨を合せて一
箇条にまとめるさいに,この10条の文言の後半部分を削除したところ,これは
「
“chief”自らの筆に成る得意の文章」であるとの理由で,日本案の94条1項
に転記され,日本案10条もほぼそのまま残されたのである49。
いったんマッカーサー草案10条を削除した理由について,日本側担当者は,
次のように記している。
「当時,マ草案のことなど全然世間に知られていないことであるし,この草
案をできるだけ日本の法文として自然な形に仕上げたいということが,私たち
の気持であった。したがって,この会議の過程においても,私は先方のいろい
ろな注文に対し,ときどき『そういう表現をすると,いかにも法文が異国調に
なって,国民は,外部から押しつけられたのではないか,という疑問を抱くで
あろう。
』というようなことで抗弁したのであった」と50。
したがって,日本案は,少なくとも人権規定に関する限り,一方ではGHQ
民政局の法律家たちの合衆国憲法原理をもとに日本化がなされたが,他方では
マッカーサー草案の9条と10条のように独創的な規定も取り入れられ,さらに,
枢密院と帝国議会での審議を経て,つまりさらに文言が修正され,日本国憲法
となった。そこで,日本国憲法の文言とマッカーサー草案の文言との乖離は,
意図的であったと指摘できるのである。
Ⅴ 1952年のプエルトリコ憲法の制定過程
1 憲法制定議会での議論
憲法制定議会での発言で,興味深いのは,トゥリアス・モンヘ代議員の次の
発言である。
「学校または教育施設の支援または利益のために財産または公金を用いるこ
48 同前,35頁。
49 同前,117頁。
50 同前。
44
駿河台法学
第27巻第2号(2014)
とはできない(No se utilizará propiedad ni fondos públicos para sostenimiento o beneficio de escuelas o instituciones educativas…)
」という規定は,
「提案にかかる文言は基本的には,ここでもっと正確にいえば,ハワイの憲法
の言葉である」し,そして,さらに「イリノイ憲法のものにも基本的には似て」
いると発言している51。
この発言におけるハワイ憲法は,1950年の憲法を指すものと推測できる。こ
れ以前のハワイには合衆国併合後に定められた組織法があるが,ハワイは,こ
の併合の前には独立国としての憲法を有していたからである。1950年憲法は,
「権利章典」に合衆国憲法と同様の国教設立禁止と信教に自由の保障を掲げ
(1
条4節)
,
「州は,宗派的支配から自由な州全般にわたる公教育制度の設置,支
援および支配を定める……」
(9条1節)と規定する52。
1950年のハワイ憲法の制定に際して,同年,
『州憲法規定手引書』
(以下『手
引書』と略記)が発行され,これには当時の州憲法全体の傾向が抽出されてお
り,ハワイの憲法制定過程においてどのような権能知識が広まっていたかを知
る上で興味深い。
『手引書』は,諸州の権利章典のいくつかは,今日と時代背景が異なること
を指摘し,最近の権利章典としては国際連合とその機関のものを考慮すべきで
あるとした上で,48の州の権利章典の分析から,数州では,次のような一定の
基本的権利についてはすべて一致していると指摘する53。
① 人民に固有の政治的権利
② 法の適正手続き
③ 言論の自由
④ プライヴァシーの権利
⑤ 特権または免除の否定
⑥ 被告人の権利の保護
51 Ibid ., pp. 1792―3
52 “The State shall provide for the establishment, support and control of a statewide system of public schools free from sectarian control,…”
53 Legislative Reference Bureau, University of Hawaii, Manual on State Constitutional Provisions : Prepared for the Constitutional Convention, Territory of Hawaii, 1950, p. 343.
占領と憲法―比較の中の政教分離原則⑵
45
⑦ 私有財産の保護
⑧ 保釈,過剰な保釈金の禁止および残虐な刑罰の禁止
⑨ 軍の文民統制
⑩ 陪審裁判―告発方法
⑪ 法律の停止権
⑫ 事後法の禁止
⑬ 宗教の自由
⑭ 奴隷制の禁止
⑮ 規定された権利以外の権利の承認
⑯ 権利の列記が人民の保有する他の権利を否定または軽視するものではな
いこと。
さらに,
『手引書』は,全体の福利についても言及し,次のように述べてい
る。これは,
「現代の憲法では権利章典に並ぶ位置を占めているが,ますます
重要となっている原理である。州憲法のうち22は,そのほとんどが1900年以前
に作成されているが,刑務所や健康上からまたは経済上から自立できない人た
ちのための施設を設けることを立法府に認めている」と54。
プエルトリコは,合衆国の連邦領であって連邦憲法が適用される。1952年憲
法の内容は,連邦憲法の影響が明らかであるものの,国連が宣言した世界人権
宣言の影響も顕著である。それゆえ,プエルトリコの憲法は,ソ連邦憲法より
も近代的で,詳細である。1952年憲法が掲げる権利章典においては,連邦憲法
も明示していない権利,または連邦の判例が不十分ながら認めているにすぎな
い権利を明示的に認めている。たとえば,
① 性,出身または社会条件,出生,政治的もしくは宗教的意見を理由とす
る差別の禁止
② 争議権
③ 違法収集証拠の排除
④ 8時間労働
⑤ 絶対的な保釈の権利
⑥ 死刑の禁止
54 Ibid., p. 355.
46
駿河台法学
第27巻第2号(2014)
⑦ 電話通信の傍受の禁止
⑧ 教育の権利
⑨ 私人と家族の名誉または生活に対する濫用の侵害からの尊厳と法的保護
の権利
⑩ 被告人の黙秘
⑪ 予防拘禁の6箇月の上限,である55。
このように,言論の自由,宗教の自由,刑事手続き上の諸権利,奴隷制の廃
止等合衆国の憲法原則に基づく古典的な権利章典に比べて,さらには,1950年
のハワイ州憲法と比べても,平等原則の徹底化,労働条件,教育の権利等プエ
ルトリコの権利章典の内容は,社会国家的である。
2 憲法制定議会における宗教条項に関する議論
前述したように,プエルトリコの1917年の組織法における宗教に対する公金
「プエルトリコに完全に従属していない人
支出の禁止条規定(2条19項)は,
物,団体または共同体に対し慈善,殖産,教育または博愛の目的に対して」と
いう文言が削除され56,フィリピンの1902年と1916年の組織法の規定の表現に
近似した文言となった。そして,1952年憲法は,国教設立の禁止と信教の自由
57
,
に加えて,
「教会と国家との分離を設けるものとする」と規定し(2条3節)
58
。
公教育施設の非宗教性を規定している(2条5節)
それでは,このような政教分離原則は,どのようにして成立したのであろう
か。1952年憲法の2条3節および5節は,憲法制定議会議員の白熱した議論の
後採択された。信教の自由および教会と国家の分離に関するテーマは,憲法制
定会議でもっとも激しい論戦の一つであったと指摘されている59。
55 ÁLVALEZ GONZALEZ, op. cit., p. 11.
56 “o para fines caricativos, industrials, educativos o benélovos a persona alguna,
corporación o comunidad que no esté bajo la dependencia absoluta de Perto
Rico.”前掲注(1)参照。
57 “Habrá completa separación de la iglesia y el estado.”前掲注(20)参照。
58 “Habrá un sistema de instrucción pública el cual será libre y enteramente no
sectario.”前掲注(21)参照。
59 TRÍAS Monge, José , Historia constitucional de Puerto Rico, v. III, Editorral
de la Universidad de Puerto Rico, 1983, p. 176.
占領と憲法―比較の中の政教分離原則⑵
47
憲法制定会議で,自身も代議員であったトゥリアス・モンヘは,次のように
発言している。
「つまり,ここには,この節に設けられている基本原則が二つあります。一
つは,連邦憲法に示されたような国家と教会の分離原則であり,これは,合衆
国連邦最高裁判所の解釈によってその規範が展開されることでしょう。
とうぜん,現在我々が想像できるのとは異なる状況においては,たいていは
このような状況に正確に対応するのは困難です。というのは,この特定の場面
においては,我々は,北アメリカの憲法制度につながれているからです。つま
り,合衆国憲法に制度化された宗教自由に関する保障は,我々のものでもある
のです。我々は,同じようにそうした憲法制度の一部となっているのです。宗
教の自由やその他の側面についても言及されていますが,それが第一の原理で
す。他の面からも,ここでは合衆国連邦最高裁判所が展開した法理が明瞭な形
で導入されています。つまり,生徒の利益の法理でありまして,これは,国家
が学齢期の児童に提供する利益は,支援とはならず,合衆国憲修正第1条の言
葉の意味で国教設立とはならないのす」と60。
この見解は,合衆国憲法とプエルトリコ憲法の政教分離原則は,ほぼ同じよ
うに解釈できるというものである。しかし,教育に対する援助だけではなくさ
らに歩を進めて社会扶助一般の規定を置くべきだという見解も述べられている。
フェレ(Ferré )代議員は,次のように発言している。
「修正案は,
『この規定の文言のいずれも,国から社会扶助を受ける市民の権
利を制限するものではない』と規定しています。換言すれば,国は,今,市民
に対して社会扶助の義務を負いつつあり,この権利は市民の権利であって,い
かなる方法であれ子供であろうと大人であろうと制限されてはなりません。こ
の社会扶助給付は均一でなければならず,この社会扶助の権利は侵害されては
ならないのです。というのは,このことによって教会と国家の分離がなければ
ならないという憲法原則に違背して宗派のどれかを間接的に援助できると解釈
されてはならないからです」と61。
この様な見解に対して,トゥリアス・モンヘは,
「フェレ代議員の情熱的で
60 Diario de Seseciones de la Convención Constuyente de Puerto Rico, 1959,
pp. 1800―1.
61 Ibid., p. 1808.
48
駿河台法学
第27巻第2号(2014)
素晴らしい提案は理解できますが,権利章典の他の規定でもって氏の求める提
案は,十分に満たされると考えます」と応じている62。
3 州憲法と宗教条項
ハワイの『手引書』は,良心(宗教)の権利については,次のように説明し
ている。
「アメリカ人民は,幾世紀にもわたる弾圧と迫害の後,その基本法を
制定するにいたり,恩賞,刑罰またはテロによって宗教的意見を宣布するあら
ゆる試みが無益であることを悟っていた。また,人民は,イギリスにあったよ
うな教会と国家の結合は,アメリカでは全く実行できないだけでなく,我々の
制度の精神に反することも見逃さなかった。宗教問題に関して個人の考えが如
何なるものであろうとも,どんな宗教的信念の持ち主も法の前に平等であるべ
きで,国は宗教を援助も非難もしてはならないというのが,一般的な意見であ
る。それゆえ,オクラホマ州を除くすべての州の憲法だけでなく,連邦憲法の
権利章典にも,以下のような内容で類似の規定が含まれているのである」と63。
そして,
「類似の規定」の例として,次のようにカリフォルニア州憲法を挙げ
ている。
「宗教的告白と礼拝の自由な行使と享受は,差別または特別扱いもなしに,
この州において永遠に保障されなければならない。そして,何人も,その宗教
的信条についての意見ゆえに証人または陪審員の資格を失うことはない。しか
し,これによって保障される良心の自由は,放埓行為の口実と解されてはなら
ないし,あるいはこの州の平和もしくは安全に適合しない行動を正当化しても
64
。
ならない(カリフォルニア州憲法第1条第4節)
」
『手引書』は,公金支出の制限については,次のように説明している。立法
府の公金支出権限に対する制約は,表2に示すように過半数の州に見られるが,
その種類には二つある。すなわち,地方または私的な目的の公金の支出に対す
る一般的な制限および宗教的・宗派的施設の支出に対する特定化された制約で
62 Ibid., p. 1809.
63 Legislative Reference Bureau, University of Hawaii, Manual on State Constitutional Provisions: Prepared for the Constitutional Convention, Territory of Hawaii,
1950, p. 346.
64 Ibid .
占領と憲法―比較の中の政教分離原則⑵
表2
49
支出目的の憲法上の制約に関する州一覧表
アラバマ(第4条第72節)
カリフォルニア(第4条第22節)
コロラド(第5条第34節)
デラウエア(第8条第4節)
モンタナ(第5条第)35節)
ニュージャージー(第8条の3第3節)
ニューメキシコ(第3条第20節)
ニューヨーク(第4条第31節)
イリノイ(第8条第3節)
地方または私的な目的の支出に対する
アイオワ(第3条31節)
一般的な制約のある州
ルイジアナ(第4条第8節)
ミシガン(第5条第24節)
ミシシッピ(第4条第66節)
ミズーリ(第3条第38節)
ペンシルバニア(第3条第17節,18節および19節)
ロードアイランド(第4条第14節)
テキサス(第16条第6節および第3条第51節)
ヴァージニア(第4条第67条)
ワイオミング(第3条第36条)
アラバマ(第14条第263条)
アリゾナ(第2条第12節)
カリフォルニア
(第4条第30条および第9条第8節)
アイダホ(第9条第5節)
イリノイ(第8条第3節)
ルイジアナ(第4条第8節)
マサチューセッツ(第66条第2節ないし第4節)
ミシガン(第2条第3節)
ミネソタ(第1条第16節)
ミシシッピ(第4条第66節)
モンタナ(第11条第8節)
宗教施設の支出に対する特定の制約の ニューヨーク(第11条第4節)
ある州
デラウエア(第10条第3節)
フロリダ(第1条第6節)
ジョージア(第1条第14節)
ノースダコタ(第84条第152節)
オクラホマ(第2条第5条)
ペンシルバニア(第3条第18節)
サウスダコタ(第8条第16節)
テキサス(第1条第7節)
ユタ(第10条第13節および第1条第4節)
ヴァージニア(第4条第67節)
ワシントン(修正第4条)
ワイオミング(第1条第19節)
50
駿河台法学
第27巻第2号(2014)
ある(表2に掲げた州には,両方の分類に該当するものもある)65。
プエルトリコの憲法制定議会でのトゥリアス・モンヘ代議員は,プエルトリ
コの宗教と教育の関係については,前述したように「イリノイ憲法のものにも
基本的には似ており」とも発言している。当時のイリノイ州では,1870年憲法
が施行されており,これは,公金支出の禁止については,次のように規定して
いた(8条3節)
。
「また,一般議会も,またはいずれの郡,市,町,郡区,学校区または自治
体も,いかなる教会または宗派であっても,その支配する学校,学院,神学校,
大学,総合大学もしくは人文・科学研究所を維持または支援するために,公金
を流用し,または教会もしくは宗派の目的を援助する費用を支出してはならな
い。さらに,州もしくはそうしたいずれの自治体も,教会に,もしくは宗派目
66
。
的で,土地,金員その他個人の財産を譲渡し,または贈与してはならない」
このように,アメリカ合衆国の州憲法の中には,比較的厳格な宗教目的に対
する公金支出を規定しているものもあるが,プエルトリコ憲法については,宗
教団体が教育に携わる場合,国が宗教に直接かかわることなく,教育事業に対
してどこまで援助できるのかという社会国家的要素も考慮すべきであると論じ
られている。
Ⅵ
プエルトリコ憲法と司法審査
1 合衆国連邦最高裁判所とプエルトリコ
1952年のプエルトリコ憲法は,
「最高裁判所は,プエルトリコのおける終審
65 Ibid ., pp. 266―7.
66 “Neither the general assembly nor any county, city, town, township, school district, or other public corporation, shall ever make any appropriation or pay from
any public fund whatever, anything in aid of any church or sectarian purpose, to
help support or sustain any school, academy, seminary, college, university, or
other literary or scientific institution, controlled by any church or sectarian denomination whatever; nor shall any grant or donation of land, money, or other
personal property ever be made by the state, or any such public corporation, to
any church, or for any sectarian purpose.”THORPE, Francis Newton, The Federal and State Constitutions v. 2., Government Printing Office, Washington, 1909,
(Nabu Press, 2010),p. 1035
占領と憲法―比較の中の政教分離原則⑵
51
裁判所であって,一人の裁判所長官と四人の陪席裁判官によって構成される。
この裁判官の人数は,最高裁判所の要請に基づいて,法律によってのみ変更で
きる」
(5条2節)とし,
「最高裁判所は,自ら定めた規則に従い,大法廷また
は小法廷に分かれて裁判する。すべての最高裁判所判決は,裁判官の多数によ
り採択されなければならない。この憲法および法律に従って,裁判所を構成す
る裁判官の全員の多数によらなければ,いかなる法律も,違憲と宣言してはな
らない」
(同条4節)と規定し,最高裁判所に法令審査権を認めている67。しか
しながら,この法令審査権の起源は,1900年までさかのぼることができる。
1900年のプエルトリコの組織法(フォラカー法)は,
「合衆国憲法,条約ま
たは連邦法」に違反する判決に対して合衆国連邦最高裁判所に上告することを
68
。この制度は,合衆国の州および連邦領と同じであって,
認めていた(35節)
プエルトリコ最高裁判所は,大陸法の破毀裁判所ではなく上訴裁判所(un Tribunal de Apelación y no de Casación)となったのである69。その後,1917年
70
。同様の規定
のいわゆるジョーンズ法も,同様の手続きを定めていた(43条)
は,フィリピンの1902年と1916年の両組織法にも見られる(それぞれ10節と28
67 TRIAS MONGE, Historia constitucional de Puerto Rico, V. 4, cit., 1983, p. 426.
68 「プエルトリコ最高裁判所ならびに合衆国の地方裁判所の終局判決のwrit of errorまたは法律違反を理由とする申立ておよび上訴は,合衆国連邦領の最高裁判所
について手続きが取られる場合と同じ形式,準則および場合に,合衆国連邦最高裁
判所に認められ,提訴することができ,この上訴は,合衆国憲法,条約または連邦
法が争点となる場合と,合衆国憲法,条約または連邦法によって認められた権利が
否認された場合には,すべて認められなければならない。プエルトリコの最高裁判
所および地方裁判所ならびにそれぞれの裁判官は,ヘイビアス・コーパス令状が合
衆国の地方裁判所および巡回裁判所で認められた場合には,すべてこの令状を認め
ることができる。合衆国連邦最高裁判所におけるこうした手続きは,すべて英語で
行われるものとする」
。 Ibid., pp. 336―7.
69 LUQUE de SÁNCHEZ, Mar ĺ a Doleres, La ocupación norteamericana y la
∼
ley Foraker : La opnión pública puertorriquena
, Editorial Universitaria, Rio Piedres, Puerto Rico, p. 159.
70 「プエルトリコ最高裁判所の終局判決および決定に対する誤審令状(writ of error)理由とする申立てならびに上訴は,現在法律の規定するところに従って,第
一巡回区連邦巡回区控訴裁判所および合衆国連邦最高裁判所に提訴し,続けて手続
きをとることができる」TRIAS MONGE, Historia constitucional de Puerto Rico, V.
4, cit., p. 362.
52
駿河台法学
第27巻第2号(2014)
71
節)
。
しかし,1952年憲法は,プエルトリコの最高裁判所に法令審査権をみとめて
いるものの,フォラカー法およびジョーンズ法に規定された合衆国連邦最高裁
判所に対する上訴を規定していない。しかしながら,その後も,連邦最高裁判
所への上告手続きがなくなったわけではなく,1988年6月27日の連邦法は,プ
エルトリコ最高裁判所に対するサーシオレイライについて,次のように規定す
る。
「プエルトリコ共和国最高裁判所が下す終局判決または決定は,憲法,条
約または合衆国の法律に抵触するとして条約もしくは合衆国の法律の適法性が
問題にされるか,またはプエルトリコ共和国の法律の適法性が問題とされる場
合,あるいは合衆国またはその下に設置された委員会もしくは行使された権力
の権原,権利,特権または免除が特別に設けられるか,主張される場合には,
サーシオレイライ令状によって連邦最高裁判所が審査することができる」と72。
この規定は,連邦最高裁判所がプエルトリコの地方裁判所または最高裁判所
の行為を審査できる要件として,①終局判決が問題となっていること,②終局
判決が地方の手続きで適正に提起された実体的な連邦の問題を提示しているが
必要とされている73。
71 10節の原文は,次のとおりである。
“and such final judgments or decrees may
and can be reviewed, revised, reversed, modified, or affirmed by said Supreme
Court of United States on appeal or writ of error by the party aggrieved, in the
same manner, under the same regulations, and by the same procedure, as far applicable, as the final judgments and decrees of the circuit courts of the United
States.”United States Bureau of Insular Affairs, op . cit , p. 7.
72 28 USC § 1258, 102 Stat. 662, Public Law 100―352-June 27, 1988.
73 ÁLVALEZ GONZALEZ, op. cit., p. 74.
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