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学術コーナー HbA1c 国際標準化と表記統一 〜現状と今後〜

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学術コーナー HbA1c 国際標準化と表記統一 〜現状と今後〜
■ 学術コーナー ■
HbA1c 国際標準化と表記統一 〜現状と今後〜
アークレイマーケティング株式会社
事業推進部 ADAMS 部門
マーケティングマネージャー 安 部 正 義
HbA1c は過去 1 〜 2 ヶ月の血糖コントロールを反映する平均血糖マーカーであり、今や糖尿病の診断や
治療に欠かすことの出来ない検査項目となっている。HbA1c の国際標準化に伴い、平成 26 年 4 月 1 日以降
は我が国において使用される HbA1c の表記はすべて NGSP 値のみとなり、日常臨床等における JDS 値の
併記は原則として同日以降行わない方針が定められた。本稿ではこの HbA1c の国際標準化の経緯と現状、
今後の方向性について概説する。
■国際標準化前の HbA1c 測定値
国際標準化を実施するまでは、HbA1c の測定値は地域ごとに独自の標準化体系を持っており、それぞ
れ異なった測定値となっていた。ここでは我が国における HbA1c の標準化と、NGSP による標準化体系、
IFCC による標準化体系の 3 つについて解説する。
日本糖尿病学会(Japan Diabetes Society : JDS)による標準化体系
我が国における HbA1c の標準化は、1993 年に日本糖尿病学会内の「グリコヘモグロビンの標準化に関す
る委員会」(委員長: 島 健二)により、HbA1c の施設間差が問題視されたことが発端となり開始された。当
時の測定法は殆どが国内の 2 社が発売していた HPLC 法によるものであり、2 社間にはメーカー間差が存在
していた。また同一メーカー内においても不安定型(レイバイル)HbA1c を含んだ測定結果と、含まない
測定結果が混在するような状況であった。そこで、国内の一次標準化においては次のとおり方針が立てられ
ることとなった。
① HPLC 法において不安定型(レイバイル)HbA1c を除いた安定型 HbA1c のみを測定するようにする。
② 2 濃度の凍結乾燥キャリブレータ(JDS Lot1)により校正する。
JDS Lot1 の値付けは、当時の HPLC 法の測定結果の平均値であり、科学的根拠を持つものでは無かった
が、これによって国内の施設間差は変動係数(C.V.)で約 10% から約 5% までに改善した。しかしながらそ
の後、免疫法など新たな測定原理を持つ試薬が開発され、これら測定法に対応した新たな標準物質が必要と
なった。免疫法は免疫反応を原理とする測定法であるため、検量線が直線性を持っていない。このため、現
状の 2 濃度の標準物質では正確性をトレースできないという問題があった。また、キャリブレータの範囲外
では測定精度を維持できないため、測定範囲を網羅するような値付けの標準物質が必要であった。そこで作
製されたのが、2000 年に認証された HbA1c 測定用実試料標準物質 JDS Lot2 である。JDS Lot2 は 5 濃度の
凍結血球からなる標準物質であり、Lot1 の値を継承したものとなっている。また、この値のトレースには
KO500 法という高性能 HPLC 法が使用され、国内の標準法として位置づけられることとなった。JDS Lot2
により、HPLC 法と免疫法を合わせた全国の施設間差は C.V.4% 以下となり、実質的に国内標準化は完了した。
JDS Lot2 の値は現在の標準物質である JCCRM411 に継承されている。
National Glycohemoglobin Standardization Program(NGSP)による標準化体系
NGSP による標準化体系は、1993 年に報告された DCCT(Diabetes Control and Complications Trial)で使
用された HbA1c 値を維持し、DCCT で得られたエビデンスを利用することを目的に開始された標準化体系である。
DCCT において HbA1c 測定は米国ミズーリ大学にて一括で行われたため、このミズーリ大学を Central Primary
Reference Laboratory(CPRL)とし、測定値を実検体によってトレースしていく方式が NGSP の標準化体系であり、
日本の標準化のような標準物質は存在しない(図 1:NGSP による標準化体系)。また、測定値は当時の HPLC 法
の値が根拠となっているため、JDS の標準化体系と同様に値付けに科学的根拠は持たない。
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SRL
certification
CPRL
PRL
SRL
blood
sample
CPRL:Central Primary Reference Laboratory
PRL:Primary Reference Laboratory
SRL:Secondary Reference Laboratory
blood
sample
SRL
PRL
certification
certification
Clinical Lab.
blood
sample
Manufacturer
calibrator
図1
International Federation of Clinical Chemistry(IFCC)による標準化体系
IFCC による標準化体系は従来までの HbA1c の標準化とは異なり、科学的根拠に基づく標準化体系となっ
ている。その方法は図 2 のとおり、ヘモグロビンからエンドプロテアーゼ Glu-C によってβ鎖 N 末端の 6 残
基を切り出し、これを質量分析や電気泳動によって糖化ペプチドと非糖化ペプチドに分離する分離定量分析
である。測定結果は従来の HbA1c% ではなく mmol/mol で得られる。
Blood
V H L T P E
E K
Fru V H L T P E
E K
Erythrocytes
Hemolysate
MonoS値
6.09%
NGSP値
糖化ヘモグロビン
Enzymatic cleavage
Quantify specific peptides
Method A
HPLC-Mass
Spectrometry
5.47%
ヘモグロビン
JDS値
NGSP値
酵素(Glu-C)
6.50%
酵素によりβ鎖N末端を処理
NGSP値
Method B
HPLC-Capillary
Electrophoresis
IFCC値:
4.64%=46.4mmol/mol
図2
図3
■ HbA1c 国際標準化の流れ
前述のとおり、HbA1c は地域ごとには標準化されているものの、その測定結果はそれぞれ異なるものと
なっており、世界的なハーモナイゼーションを求める声が高まっていった(図 3)。2007 年 6 月、アメリ
カ糖尿病学会(American Diabetes Association : ADA)、ヨーロッパ糖尿病学会(European Association
for the Study of Diabetes : EASD)、国際臨床化学連合(IFCC)、国際糖尿病連合(International Diabetes
Federation : IDF)は HbA1c の国際標準化に関するコンセンサス・ステートメントを発表した。その内容は
以下のとおりである。
① HbA1c の測定体系と報告値については、国際的に標準化されるべきである。
② HbA1c の測定は IFCC 法を基準測定法とする測定体系によって標準化する。
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③ HbA1c 測定値の報告は国際的には IFCC 値(単位:mmol/mol)および、IFCC-NGSP 関係式により得ら
れる NGSP 値(単位:%)を併記する。
④現在行われている HbA1c と平均血糖値との相関に関する研究で、両者の相関が良好ならば HbA1c 測定
値解釈のために“HbA1c 換算血糖値”(A1C derived average glucose : ADAG、単位 : mmol/L)も報告
することになるであろう。
⑤臨床ガイドラインに盛り込まれる治療目標としての HbA1c は IFCC 値(mmol/mol)、換算 NGSP 値(%)、
そして将来的には ADAG として表されるべきである。
このコンセンサス・ステートメントを受け、日本における国際標準化の対応が「糖尿病関連検査の標準化
に関する委員会」を中心として協議されることとなった。その結果、国際標準化の最終的なゴールとしては
IFCC 値への移行であるが、完全移行までにはかなりの時間を要することが予想されることから、当面は世
界的に最も多く使用されている NGSP 値への移行を実施する方針が示された。2010 年 7 月、新たな糖尿病
診断基準の施行に合わせ、日常臨床においては日本糖尿病学会が別途告知する日以降は、現行の JDS 値で表
記された HbA1c(JDS 値)に 0.4% を加えた NGSP 値に相当する HbA1c(国際標準値)を使用するという
方針が発表された。しかしながら平成 23 年 10 月 1 日付で(社)検査医学標準物質機構(ReCCS)が、JDS
値を決める指定比較法である KO500 法で NGSP の基準測定施設であるアジア地区 Secondary Reference
Laboratory(ASRL)の認証を取得し、我が国の当時の HbA1c 測定用認証標準物質(JCCRM411-2、通称
JDS Lot4)を基準とする JDS 値と NGSP 値との関係が
NGSP 値(%)= 1.02 × JDS 値(%)+ 0.25%
という換算式で表現されることが確定した。これにより、日本の標準物質を基盤として達成されてきた測定
精度を維持しつつ、JDS 値から換算式で求める HbA1c を国際標準値ではなく、正式に NGSP 値と呼称する
ことが可能となった。
■平成 25 年度以降における HbA1c 国際標準化の運用計画について
日本糖尿病学会は 2012 年 10 月 24 日付けで今後の HbA1c 国際標準化の運用計画について以下のとおり発
表を行っている。
1 .基本方針
平成 25 年 4 月 1 日をもって、日常臨床・健診等全ての分野で NGSP 値の使用がなされることから、
NGSP 値単独表記・使用を推進する。平成 26 年 4 月 1 日以降、我が国において使用される HbA1c の表記は
すべて NGSP 値のみとする。日常臨床等における JDS 値の併記は原則として同日以降行わない。
特定健診等実施計画におけるシステム改修の日程を勘案し、また平成 26 年 4 月 1 日の HbA1c 完全移行を
円滑に進めるために、平成 25 年度以降における HbA1c 国際標準化の運用計画は以下の通りとする。
2 .平成 25 年 4 月 1 日〜平成 26 年 3 月 31 日
(1)日常臨床等において、NGSP 値単独表記を推進する。現在、併記されている施設においては、単独表
記に向けて平成 26 年 4 月 1 日までに移行を完了する。
(2)特定健診については、厚生労働省「実務担当者による特定健診・特定保健指導に関するワーキンググループ」
において確認合意されたとおり、平成 25 年 4 月 1 日から保険者・受診者への結果報告のいずれも、NGSP
値のみで行う。検査機関(登録衛生検査所)が特定健診のフォーマットに結果を記載(印字)して医療機関
に返却する場合も NGSP 値のみで行う。
(3)日常臨床・健診等全ての分野で NGSP 値の使用がなされる平成 25 年 4 月 1 日以降の日常臨床等にお
ける単独表記推進、平成 26 年 4 月 1 日までの完全移行については、我が国の関係諸機関・団体に対し、
本運用計画への協力要請および、本運用計画の周知を十分に行う。
(4)受診者への結果通知は、ほとんどの場合 NGSP 値単独になるものと思われるので、受診者が自ら過去
のデータとの比較ができるように、NGSP 値から JDS 値への換算や HbA1c の意味についての啓発資料
を日本糖尿病学会が準備する。
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3 .平成 26 年 4 月 1 日以降
平成 26 年 4 月 1 日をもって、我が国において使用される HbA1c の表記をすべて NGSP 値のみとし、日
常臨床等における JDS 値の併記は行わない。
■おわりに
以上のように、日本における HbA1c の国際標準化は、世界的なデファクトスタンダードである NGSP 値
への移行によって一つの結論に至った。しかしながら HbA1c 国際標準化の最終的なゴールは IFCC 値への
移行であり、既にヨーロッパ諸国では IFCC 値への移行が始まっている地域も存在する。国際的な情勢を見
極め、糖尿病診療に混乱が生じないよう今後も対応を進める必要があると考えられる。
参考文献
・島健二ほか . グリコヘモグロビンの標準化に関する委員会報告 . 糖尿病 1994;37(11):855-64.
・梅本雅夫 . HbA1c の国際標準化を目ざす IFCC 法 . 臨床検査 2002;46(7):729-34.
・富永真琴 . ヘモグロビン A1c 標準物質 . 臨床病理 2001;49(12):1199-1204.
・富永真琴ほか . 国際標準化と関連した HbA1c に関する本邦のアンケート調査 . 糖尿病 2005;48(7):541-47.
・富永真琴ほか . ADA,EASD,IFCC,IDF によるヘモグロビン A1c 測定の国際標準化に関するコンセン
サス・ステートメントに対する糖尿病関連指標専門委員会の見解 . 臨床化学 2007;36:310-313.
・武井泉ほか .HbA1c 測定における IFCC 値併記に関する指針臨床化学 2008;37:393-409
・日本糖尿病学会ほか . 日常臨床及び特定健診・保健指導における HbA1c 国際標準化の基本方針及び
HbA1c 表記の運用指針 日本糖尿病学会ホームページ
・日本糖尿病学会. 平成 25 年度以降における HbA1c 国際標準化の運用計画 日本糖尿病学会ホームページ
・日本糖尿病学会. 平成 25 年度以降に実施の特定健診における HbA1c 検査の結果通知・報告の取り扱いにつ
いて 日本糖尿病学会ホームページ
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