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被保険者の年齢に誤りがあった場合の取扱を定めた、 保険会社の約款

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被保険者の年齢に誤りがあった場合の取扱を定めた、 保険会社の約款
被保険者の年齢に誤りがあった場合の取扱を定めた、
保険会社の約款規定の解釈について
東京簡裁平成 21 年3月 30 日判決(平成 20 年(ハ)第 29101 号 保険金等請求事件)(確定)
(判例集等未登載)
[事実の概要]
外国人登録証の同部分の訂正手続を行った。そ
本件は、契約者兼被保険者Aが保険契約締結時
の後、平成 20 年1月 25 日ころ、X1の長男で
に申込書に記載した生年月日に誤りがあったとこ
あるBは、Aの韓国国籍による生年月日が本件
ろ、被告Y生命保険会社(以下、
「Y」という)の
契約書記載のそれと異なっていることを理由に、
定める年齢の誤りの処理に関する約款規定は、記
そのような場合、どうしたらよいかをYの東京
コールセンターに照会をした。
載時に誤りがあった場合についての規定と読むの
が正当であり、事後に戸籍の生年月日が変更にな
(4) すなわち、在日韓国人であるAの韓国戸籍を
った場合は適用されないとして、Aの妻X1及び
精査したところ、本件保険契約書に記載されて
「原告ら」という)が、Yに対
Aの子X2(以下、
いた同人の生年月日の昭和 19 年6月5日と相
し、死亡保険金と精算された生年月日訂正に伴う
違し、Aの正確な生年月日は、昭和 18 年9月3
精算金及び慰謝料の支払を求めた事案である。
日であった。
(5) Yの東京コールセンターから連絡を受けたY
1.本件保険契約の締結とその後の経緯
の池袋支社のCは、X1の折衝担当として、X1
(1) 平成3年6月1日、AはYとの間で以下の生
に電話をして一応の説明をしたところ、息子
命保険契約(以下、
「本件保険契約」という)を
(X2)と話をして欲しいとの依頼を受けたこ
締結した。なお、本件保険契約は主契約の終身
とから、同人は、平成 20 年2月 15 日、原告ら
保険に入院特約(日額 7000 円)が付加されてい
の自宅を訪れ、X2に対し、Aの実年齢が相違
していたこと、年齢が1歳相違する場合には、
る。
ア 証券記号番号
イ
保険種類
(略)
(略)終身保険(重
約款上、保険契約申込書に記載された被保険者
の年齢に誤りがあった場合に該当するから、そ
点保障プラン)
の場合には訂正手続や不足保険料の支払いが必
ウ
保険契約者
A
要になり、保険料の精算手続が必要になる旨を
エ
被保険者
A
説明し、X2に対して手続関係書類を手渡した。
その際、X2は、Cに対し、そのように扱われ
オ 死亡保険金受取人
カ 主契約の死亡保険金
X1
金 500 万円
(2) Aは、Yと本件保険契約を締結する際、自己
の生年月日を明らかにする資料として、同人の
る法的根拠、併せて、年齢不足の場合の計算及
び不足額の計算式等を求めた。
(6) そこで、Cは、同年3月7日に原告ら宅を再
外国人登録証を提示した。同人の外国人登録証
度訪れ、前回、X2から要求のあった年齢不相
の生年月日は昭和 19 年6月5日と記載されて
違の場合の計算書を持参して説明を行い、併せ
て、法的根拠としては約款 37 条に基づくもので
いたことから、Yの契約締結担当者は、それを
確認の上、基礎資料として上記外国人登録証記
あることを説明したが、原告らは、
「こちらには
載の生年月日を信用して、Aとの間で本件保険
なんら責任はない、これは不可抗力である。」と
契約を締結した。
の主張を繰り返して、Cの説明に納得をしなか
(3) 現在より 15 年前ころ、Aは、パスポートを取
得するため、同人の韓国戸籍を取り寄せてみた
ところ、外国人登録証に記載されている生年月
日と異なっていることを発見したことから、同
人は、韓国戸籍の生年月日に基づいて、同人の
った。
(7) Aは、平成 20 年5月 29 日に死亡した。X1
は、Yに対し、平成 20 年6月 20 日、本件保険
契約に基づく死亡保険金の請求を行った。Yは、
平成 20 年6月 26 日ころ、X1から、給付金請
13
求書や死亡保険金請求書を受取ったことから、
同人に対し、平成 20 年8月 27 日、年齢に応じ
て不足する保険料金 23 万 8988 円と、本件死亡
上により、原告各自に対し、各金 10 万円の慰
謝料の支払いを求める。
②Yの主張
保険金 500 万円及びこれに積立配当金 12 万
Yは所定の手続に基づいて不足保険料を精
0001 円及び遅延損害金4万 2524 円を加算した
算したものであり、Yの原告らに対する対応
金額である金 516 万 2525 円とを精算し、精算後
に違法な点はないし債務不履行責任もないか
の金額である金 492 万 3537 円を支払った。
ら、原告らの慰謝料請求は理由がない。
2.争点と当事者の主張
なお、原告らは、生年月日は外国人登録法に
(1) 約款の記載内容
基づくべきとの主張もしているようであるが、
①原告らの主張
裁判所は、
「本件は、本件保険契約当時、Aの外
普通保険約款 37 条1項の規定は、記載時に
国人登録法に基づく外国人登録証記載の生年月
誤りがあった場合についての規定と読むのが
日と同人の韓国戸籍記載のそれとに相違があっ
正当であり、事後に戸籍の生年月日が変更に
なった場合を誤りということはできない。す
た事案であるが、Aの生年月日を定める基準は、
最終的には戸籍(韓国戸籍)によるものを相当
なわち、Aの生年月日の変更は、保険契約申
とすると解すべきである。」として原告の主張を
込書に記載された被保険者の年齢に誤りのあ
退けている。
った場合には該当しない。
②Yの主張
普通保険約款 37 条1項の規定は、保険業の
免許を受ける際、内閣総理大臣に提出してそ
「2
請求棄却
約款の記載内容に対する判断
(1) 普通保険約款 37 条1項に『保険契約申込書に
の審査を受けたYの事業方法書に基づくもの
記載された被保険者の年齢に誤りがあった場合、
である。本件は、Aの生年月日に誤りのある
実際の年齢が保険契約締結の当時会社の定める
ことが明らかとなったが、保険契約における
範囲外であったときは保険契約または付加して
当事者の意思として、当該保険契約を無効と
いる特約は無効とし、その他のときは会社の定
めるところにより処理します。』旨の規定がある
せず、保険料の修正等を行うことによって同
契約を継続するのが相当であるとして、実年
齢に応じて保険料の修正を行ったものである。
(2) 消費者契約法の適用
①原告らの主張
「会社の定めるところにより処理します。」
旨の被保険者に不明確な規定を拡大して解釈
することは、消費者契約法の趣旨からも不当
ことが認められるが、弁論の全趣旨から、一般
的に被保険者の実年齢に誤りのあることが明ら
かとなった場合の保険契約を締結した当事者の
意思としては、当該保険契約を無効とせず、保
険料の修正、精算を行うことによって同契約を
継続することにあると解するのが相当である。
(2) また、証拠(略)によれば、会社の定めると
である。
ころによる処理とは、
(証拠略;事業方法書―筆
②Yの主張
者付記)記載の第 51 条の3号及び4号の規定に
Yは所定の手続に基づいて不足保険料を精
基づき、『(被保険者の)実際の年齢が保険契約
算したものであり、Yの原告らに対する対応
締結の当時、会社の当該保険種類の保険料表の
範囲内であった場合は、実際の年齢に基づいて
に違法な点はないし債務不履行責任もない。
(3) 慰謝料請求権
①原告らの主張
本件保険契約に付随する義務として、Yは、
保険料を更正し、
・・・・不足分があれば領収す
る』とあることが認められる。
(3) 本件保険契約にあっても、当事者の意思とし
被保険者の家族に対し、精神的負担をかけな
ては、上記の措置に従って保険料の修正、精算
いよう誠実に対応する義務を負っている。Y
を行い、保険契約を継続することにあると認め
られるが、被保険者の年齢に誤りが明らかとな
はこの義務に違反し、原告らに多大な精神的
不安・不満を与えた。また、X1は、平成 20
14
[判旨]
ったときは、実際の年齢に応じて保険料の精算
年2月の時点で、入院保険金の請求をしたが、
等を定める普通保険約款 37 条1項の規定に、終
Yは、不当に保険金の支払いを遅滞した。以
身保険の性質上、特段の不合理性を認めること
はできない。上記の規定に従って処理した被告
保険金の支払いを遅滞したという事実を認める
の本件措置に、特段の違法性及び不当性は認め
られない。
ことはできないから、被告に債務不履行責任は
発生しない。
(4) ところで、
『年齢に誤りのあった場合』の解釈
(3) 原告らは、本件は約款 37 条が適用がなく、増
について、特段の事情のない限り、原告ら主張
額請求分はないにもかかわらずその主張を行い、
のように、①これは、契約締結時に誤りがあっ
かつ、その説明も不適切・不十分であったこと
た場合についての規定と読むのが正当であり、
を理由に精神的損害を与えた旨を主張するが、
②それゆえ、戸籍の内容(生年月日)が変更と
なった場合を誤りということはできず、③よっ
本件は、Aに年齢の誤りがあったことから約款
37 条を適用し保険金の修正、精算をしたもので
て、Aの生年月日の変更は、保険契約申込書に
あって、約款 37 条を適用し保険金の修正、精算
記載された被保険者の年齢に誤りのあった場合
をしたことに特段の違法性及び不当性を見出す
には該当しない、と解するのを相当とする合理
ことはできないことは上記に述べたとおりであ
的かつ客観的理由は見出すことはできない。」
るから、約款 37 条の適用がないことを前提とす
「3 消費者契約法の適用について
『会社の定めるところにより処理します。』旨の規
る慰謝料請求は相当ではない。」
定は、証拠上、
(証拠略)の事業方法書に則って
[研究]<結論に賛成>
処理されるものであることが認められる。弁論
1.はじめに
の全趣旨から、事業方法書は、保険業の免許を
本件は、被保険者の年齢に誤りがあった場合の
申請するに当たり、内閣総理大臣の審査を受け
取扱を定めた約款規定は、記載時に誤りがあった
場合についての規定と読むのが正当であり、事後
ることが求められるものであることが認められ
るが、その内容から判断して、この規定をもっ
に戸籍の生年月日が変更になった場合は適用され
て、消費者契約法 10 条にいう消費者の権利を制
ないとして、原告らがYに対して、死亡保険金と
限し、消費者の義務を加重する消費者(被保険
精算された生年月日訂正に伴う精算金及び慰謝料
者)に不明確な規定と認めることはできないか
の支払を求めたものである。
ら、消費者契約法の趣旨を逸脱したものという
本件では、①本件約款規定の解釈、②本件約款
規定に対する消費者契約法 10 条の適用、③慰謝料
ことはできない。」
「4 慰謝料請求について
(1) 本件の場合、Aに年齢の相違のあることが明
らかとなったのであるから、保険会社であるY
請求権の成否、および④生年月日は外国人登録証
に基づくべきかが争点となっているが、本報告に
おいては、①および②について検討を行う。
には、訂正手続、不足保険料の計算・徴収その
他所要の事務が付加され、被保険者の家族に対
する説明その他所要の時間的制約が加わったこ
とが推測できる(証拠略)
。そうであれば、不足
2.約款規定の内容および法的根拠
被保険者の年齢に誤りがあった場合の取扱を定
めた約款規定の法的根拠としては、大きくは、(1)
保険料の徴収に関する説明、訂正手続、あるい
錯誤無効説、(2)告知義務違反の特則説の2つが掲
は通常の死亡保険金の支払いに比し、保険金の
げられる(山下友信・保険法・299~300 頁、長谷
支払手続を完了するまでには所要の時間ないし
川仁彦・保険毎日新聞生保号・平成 11 年3月 29
日時を要したであろうことは容易に推認できる
日参照)。
(1) 錯誤無効説
ところである。
(2) ところで、証拠(略)及び弁論の全趣旨によ
①学説
るも、その折衝の過程で、Cらの原告らに対す
この説は、保険会社による被保険者の年齢
る対応について、同人等が原告らに誠実に対応
の誤りは、民法 95 条の「法律行為の要素」の
しなかったこと、よって、原告らは精神的損害
錯誤にあたるとして、当該約款規定の根拠を
を受けたこと、その他折衝・交渉の過程で、被
錯誤無効に求めるものである。
「告知義務規定
から切り離されて別に設けられ、規定の内容
告の職員等の行為について、違法なものと評価
でき不法行為に当たるとして損害賠償の対象と
においても、年齢錯誤規定においては当事者
なる事実を認め得る証拠はない。また、上記に
の悪意・過失を問題としていないため、約款
認定した事実及び事情によれば、被告が不当に
制定者は後説[錯誤無効説]を採用している」
15
との前提のもと、
「年齢錯誤約款は加入者側の
ルノ趣旨ハ毫モ之ヲ窺フコトヲ得ス」として、
悪意・重過失の有無に関係なく適用されるの
が妥当であること、年齢の不実告知と事故発
生命保険契約における被保険者の年齢は、保
険事故発生の確率を左右する重要な事項であ
生との間の因果関係の存否は他の重要事実の
ることから、その年齢に誤りがある場合、当
場合と異なる面があること、告知義務につい
然保険会社は約款規定がなくとも、保険契約
て不可争約款が設けられたときに、これが年
の錯誤無効を主張することができる旨判示し
齢錯誤の場合の保険料の更正などの措置を禁
ており、錯誤無効説に立っていると考えられ
止するものと解するのは不公平であること、
を考えると後説[錯誤無効説]が妥当であろ
る。
なお、被保険者の年齢の誤りが争点となっ
う。」(西島梅治・保険法〔第三版〕348 頁。
た裁判例として、後出の大阪地判平成 10 年
括弧内は筆者が付記。)とする考え方がこれら
11 月 10 日生命保険判例集第 10 巻 436~439
にあたるものと考えられる。また、
「年齢の不
頁のほか、前橋地判平成2年1月 29 日文研生
実告知があった場合の法律関係はこのような
命保険判例集第6巻 156~159 頁があるが、約
約款規定によって考えるべきであり、告知義
務に関する商法または約款の一般規定の適用
款規定の法的根拠等に関わる判断は特段なさ
れていない。
によるべきではない」
(中西正明・生命保険法
入門 119~120 頁)とし、錯誤無効を根拠とす
ア
約款規定の沿革
る約款規定の妥当性を間接的に示すものも存
被保険者の年齢に誤りがあった場合の取
在する。その他、
「真実年齢が錯誤発見当時の
扱を定めた約款規定の内容は、
「生命保険会
保険者のすべての種類の保険料表の範囲外で
あった場合のみは、契約を無効たらしむるこ
社談話会」において明治 33 年に作成された
模範約款において既に規定されている。当
とは己むを得ない」
(三宅一夫「年齢錯誤に関
該規定は、年齢の錯誤が、保険契約者又は
する約款規定と民法 95 条但書」保険判例百選
被保険者に悪意のない場合に適用されるこ
156-157 頁)として、約款規定の取扱を是認
とを前提としており(森荘三郎「生命保険
する考え方も存在する。
の模範普通保険約款の沿革」生命保険経営
②裁判例
大判昭和 13 年3月 18 日判決全集5巻 18
2巻附録・附 25 頁)、その意味では、故意
または重大な過失により事実の告知をせず、
号 22 頁(原審:昭和 12 年(オ)第 2076 号 保
あるいは不実の告知をした場合を前提とし
険金請求事件)は、
「被保険者ノ年齢ハ保険者
た告知義務違反に依拠するものではなく、
カ負担スヘキ危険ノ測定ニ重要ナル関係ヲ有
錯誤無効を拠り所としているものと考えら
スルヲ以テ其ノ錯誤ハ保険契約ノ無効ヲ来ス
れる。
ヘキハ勿論ナリ 然カレトモ斯ル錯誤ノ存ス
ル場合ニ於テモ実際ノ年齢ニ保険契約ノ締結
(模範普通保険約款(明治 33 年制定)
)
第十三条 左ノ場合ニ於テハ保険契約ハ無
ヲ可能トスル年齢ノ範囲内又ハ其ノ範囲ニ達
効トス
セサルモノナル限リ保険料ノ更正等ノ方法ヲ
三
保険申込書ニ記載シタル被保険人ノ年
以テ契約ヲ変更スルトキハ当初ヨリ錯誤ナキ
齢ニ錯誤アリタル場合ニ於テ實際ノ年齢
年齢ニヨリ契約カ締結セラレタルト同一ノ結
カ契約ノ當時会社ノ保険料表ニ掲ケタル
果トナリ保険契約者ニ何等ノ損害ヲ与フルコ
トナクシテ,保険者ハ一旦其ノ締結ニ成功シ
年齢ヲ超過シタルトキ
第十六条 保険申込書ニ記載シタル被保険
タル契約上ノ利益ヲ維持シ得ルモノナリ,所
人ノ年齢ニ錯誤アリタル場合ニ於テ第十三
論ノ約款ハ以上ノ目的ヲ達セントスルノ趣旨
条第三号ニ該當セサルモノハ左ノ方法ニ依
ニ外ナラス唯被保険者ノ実際ノ年齢カ本件ニ
リテ處分スルモノトス
於ケルカ如ク以上ノ範囲ヲ超過スル場合ニ於
一
錯誤ノ年齢カ實際ノ年齢ヨリ多カリシ
テハ右ノ方法ニ依ルモ之ヲ有効ナルモノトナ
スニ由ナキヲ以テ既ニ払込ミタル保険料ニ所
トキハ会社カ被保険人ノ身體ヲ診査シ年
齢相當ト認メタルトキニ限リ保険料ヲ減
定ノ権利ヲ附シテ返還スルモノト為シタルニ
少スヘシ
過キス民法 95 条但書ノ規定ヲ排除セントス
16
③保険会社の考え方(取扱)
二
錯誤ノ年齢カ實際ノ年齢ヨリ少カリシ
トキハ保険料ノ不足額ニ一箇年百分ノ六
イ
①学説
ノ複利ヲ附加シテ領収スヘシ保険金支払
拂ノ時期到達以前ニ此手續ヲナササリシ
この説は、被保険者の年齢が告知事項に該
当し、その告知事項に誤りがあったことから、
トキハ保険料不足額ノ割合ヲ以テ保険金
被保険者が実年齢を告げなかったことを告知
額ヲ削減シ且ツ保険金額ノ百分ノ五ヲ超
義務違反ととらえ、約款規定を告知義務違反
過セサル金額ヲ控除スヘシ
の特則とする考え方である。すなわち、告知
現行の実務取扱
事項は、危険に関する重要な事項であり、
「あ
(現行約款)
保険契約申込書(電磁的方法による
る事実を知っていれば保険者は保険を引き受
けなかったであろう場合、または、より高い
場合を含みます。以下、本条において
保険料による等、保険契約者側に不利な条件
同じ。)に記載された被保険者の年齢に
でのみ引き受けたであろう場合に、当該事実
誤りのあった場合、実際の年齢が保険
の重要性が認められる」(山下友信=米山高
契約締結の当時会社の定める範囲外で
生・保険法解説 169 頁〔山下友信〕)とされる
あったときは保険契約または付加して
いる特約は無効とし、その他のときは
が、その基準に照らして考えると、被保険者
の年齢は告知事項に該当するというものであ
会社の定める方法により実際の年齢に
る。「いはゆる重要事實は、通常、『保険契約
もとづいて保険料の差額の精算等の取
ヲ締結スルノ縁由タルニ過キ』ない。従つて、
扱を行います。
重要事項に付いての錯誤は、法律行為の動機
本件約款規定では、
「保険契約申込書に記
に存する錯誤であり、特に内容とせられない
載された被保険者の年齢に誤りがあった場
合、実際の年齢が保険契約締結の当時会社
限り、民法 95 条の適用の余地はない。」
(野津
務・保険契約法論 164 頁)とする考え方や、
の定める範囲外であったときは保険契約ま
「生命保険会社ノ約款ニ於テハ又保険申込書
たは付加している特約は無効とし、その他
ニ記載セル被保険者ノ年齢ニ錯誤アリタル場
のときは会社の定めるところにより処理し
合ニ付キ特別規定ヲ設ケ實際ノ年齢カ会社ノ
ます。」と定められていた点について、現行
保険料表ニ掲ケタル年齢ノ範囲外ナリシトキ
約款では、被保険者の年齢が会社の定める
範囲外であった場合については、本件約款
ハ契約ヲ無効トシ保険料ヲ払戻スベク(中略)
是レ即チ告知義務ニ関スル規定ノ例外ヲ定メ
規定と同様、保険契約を無効とする旨規定
タルモノニシテ」
(松本烝治・保険法 237~238
するとともに、範囲内であった場合につい
頁)などの考え方がこれにあたるものと考え
ても、その実務取扱を約款規定に明記して
られる。
いる。そして保険会社の実務においては、
②裁判例
「年齢または性別の誤りについては、(中
略)保険期間中、事実の判明時における訂
告知義務違反の特則説を明確に支持した裁
判例は見当たらないが、被保険者の死亡に伴
正を可能としている。これは申込書上に誤
い死亡保険金の請求が行われたが、被保険者
った生年月日(契約年齢)や性別が記入さ
の年齢が会社の定める範囲外であったことが
れた場合、民法上、要素の錯誤(95 条)と
判明したため、保険会社が約款規定にもとづ
して保険契約は無効となるべきところ、
(中
き保険契約の無効を主張した事案である、大
略)保険料の修正・精算による保険契約の
継続を可能とするものである。なお、引受
阪地判平成 10 年 11 月 10 日生命保険判例集第
10 巻 436~439 頁の判旨においては、
「平成9
可能な契約年齢の範囲外の場合は、引き受
年7月 28 日に真実と異なった生年月日を告
けることができないため、要素の錯誤によ
知した事実が認められ、(中略)」、「(中略)、
り無効となる。」
(日本生命保険 生命保険研
保険契約の締結に際し、保険契約者がことさ
究会・生命保険の法務と実務 改訂版 205
ら真実と異なる被保険者の年齢を告知するこ
頁)とし、被保険者の年齢に誤りがあった
場合の約款規定に基づく取扱を錯誤による
とは通常予想しがたいことであり、また、真
実の年齢を告知する限り不利益を受けること
ものと考えている。
はないのであるから、(中略)」としており、
(2) 告知義務違反の特則説
被保険者の年齢を告知事項と捉えているもの
17
と考えられる。
もある。しかし、そもそも告知は、保険医学上
は、
「保険事故発生の危険が大きい被保険者たち
の年齢に誤りがあった場合の取扱に関する特別
がこの集団[保険群団]に混入して、集団[保険群
な規定を有していないが、ドイツ・スイスの各
団]の保険事故発生率が予定率を超過するよう
保険契約法では、この取扱を告知義務違反とし
になると、
(中略)他の大多数の契約者に損害を
て規定し、被保険者の年齢を告知事項、誤りの
及ぼすことになる。」(社団法人生命保険協会・
場合は解除する旨明示している。
(ドイツ保険契約法については、「社団法人
生命保険面接士のための危険選択の知識と実際
60 頁。括弧内は筆者が付記)ことから、そのよ
日本損害保険協会=社団法人生命保険協
うな被保険者の当該群団への加入を防ぐための
会・ドイツ保険契約法(2008 年1月1日施
ものであり、その被保険者が想定された保険群
行)440 頁」、スイス保険契約法について
団の中にいるのか、外にいるのかを判別するも
は、
「社団法人日本損害保険協会=社団法人
のである。その意味で、告知義務は「個々の」
生命保険協会・ドイツ、フランス、イタリ
ア、スイス保険契約法集Ⅳ-17~18」をそ
被保険者の具体的な危険を測定する(危険選択)
ためのものである。さらに、危険の増加に関す
れぞれ参照。)
る保険法の規律の趣旨は、
「保険者が引き受けて
(4) 私見
いるリスクと保険料が釣り合わなくなる事態が
各保険契約における保険料は、生命表に基づ
発生した場合に、変更後の危険と保険料とが見
き作成される保険料表により決定されるが、こ
合うように契約内容を修正する権利を契約当事
れは被保険者の年齢(範囲)および性別のみを
決定要因としているものである。生命表は、
「あ
者に認める点にある」(萩本修・一問一答 保険
法 67 頁、86 頁)とされるが、これが告知事項
る人口集団の全員が同時に生まれたものと仮定
についての危険の増加を問題としていることに
して、その後の死亡・生存の状況を表わし」
(社
鑑みれば、保険法上も、告知事項が「危険に関
団法人生命保険協会・生命保険講座 危険選択5
する重要な事項」とされるのは、標準的な保険
頁)ており、このような統計データに基づいて、
料をベースに当該契約の被保険者がその保険群
各保険契約の標準的な保険料が客観的に定まる
こととなる。そして、
「保険契約が成立するため
団に属するか否かという意味で、「当該契約の
個々の」被保険者についての保険事故発生率
(危
には、保険契約の要素が確定していなければな
険)に関する重要事項をいうのであって、保険
らない。
(中略)人保険契約であれば、保険契約
群団全体の保険事故発生率(危険)をいうもの
者、被保険者、保険金受取人、保険事故、保険
ではないと考えられる。
金額、保険期間および保険料は少なくとも確定
18
され、実務において年齢が判断因子になる場合
(3) 諸外国の保険契約法における規定
我が国の改正前商法や保険法では、被保険者
したがって、被保険者の年齢は標準的な保険
されていなければならないと解されている。」
(山下友信・保険法 203~204 頁)とあるとおり、
料の決定要因であると考えられる一方、被保険
者の年齢は個々の被保険者の危険測定にも利用
保険料は保険契約の要素であると考えられるこ
されることから、被保険者の年齢は保険契約の
とから、生命表に基づく標準的な保険料の決定
要素および告知事項の二つの側面をあわせもつ
要因たる被保険者の年齢および性別もまた、保
ものと言うことができる。そして、標準的な保
険契約の要素と考えられる。また、氏名、生年
険料の決定要因としての年齢は、
「告知義務の射
月日、性別は個人を特定する要素でもある(氏
名、生年月日については、犯罪による収益の移
程外である、ないし告知義務とは別次元の事項
であるという解釈が有力となりつつある。すな
転防止に関する法律4条1項にて本人特定事項
わち、年齢は被保険者の基本的な属性を示す事
として規定されている。)。したがって、保険契
実であり、自動車保険における車種、火災保険
約の要素たる被保険者の年齢に誤りがあった場
における建物の構造や面積などに比肩される事
合には、錯誤により保険契約は無効となると考
実であって、保険契約の要素であるということ
えることが妥当である。
一方で、告知事項は「保険事故の発生の可能
もできるから、告知義務の規律は及ばないとす
るものである。」
(山下純司・
「年齢の誤り」山下
性(危険)に関する重要な事項のうち保険者に
友信=洲崎博史編・保険法判例百選 129 頁、山
なる者が告知を求めたもの」(保険法 37 条)と
下友信=米山高生編・前掲書 177 頁〔山下友信〕、
潘阿憲・保険法概説 198 頁)と考えることがで
きる。
(5) 本件判決の考え方
ら、本件約款規定では、保険会社の重大な過
失により錯誤が生じ、結果として被保険者の
年齢が会社の定める範囲外となった場合につ
本判決では、本件約款規定の法的根拠につい
いても、保険会社は保険契約を無効とする旨
ては明確に示されていない。しかしながら、本
規定しているように見える。したがって、本
判決では、裁判所は、本件約款規定の有効性を
件約款規定は、民法 95 条と比して、保険契約
判断するに際して、
「保険契約を締結した当事者
者の権利を制限し、または義務を加重してい
の意思」(判旨2(1))を問題としており、意思
表示の問題として捉えていると考えられること
るということになり、前段条件には該当する
ものと考えられる。
から、錯誤無効説に親和的であるものと考えら
れる。
②後段要件への該当性
後段要件への該当性については、上述のと
おり、諸般の事情を総合考量して判断される
3.本件約款規定と消費者契約法 10 条との関係
べきであるとされる。その点、本件約款規定
次に、本件約款規定が、消費者契約法 10 条に抵
触し無効と判断されるか否かにつき、上記私見(錯
では、
「その他のときは会社の定めるところに
よる処理します」と定めており、その明確性
誤無効説)に基づき検討を行う。なお、消費者契
が問題とされるが、本件において、本件当時
約法は平成 13 年4月1日以降の契約を対象とす
の事業方法書に則った取扱が、「諸般の事情」
るため、本来原告の主張は失当であると考えられ
の中で総合考量される対象となりうるかにつ
る。
いては、事業方法書記載の取扱は、被保険者
(1) 消費者契約法 10 条の判断基準
消費者契約法 10 条により契約条項が無効と
の年齢に誤りがあった場合は全ての保険契約
者に対して画一的に適用・運用されているも
なるか否かの判断は、同条の要件の定めに即し
のであることからすると、事業方法書に則っ
て、第1段階として、契約条項が法律の公の秩
た保険会社の実務取扱は後段要件への該当性
序に反しない規定、すなわち任意規定の適用に
判断において、考量されるものと考えられる。
よる場合に比して消費者の権利を制限しまたは
そして具体的にはまず、被保険者の年齢が
消費者の義務を加重しているかどうかが判定さ
れ(以下「前段要件」という。)、これが肯定さ
会社の定める範囲外の場合においては、本件
約款規定において、契約を無効にする旨規定
れると、第2段階として、信義則に反して消費
されている。この場合は、被保険者は引受可
者の利益を一方的に害するものであるかどうか
能な保険群団から外れるため、そもそも保険
が判定され(以下「後段要件」という。)、これ
契約を締結することはできない。そしてそれ
も肯定されると無効という結論となるという判
が保険契約の技術的要因から求められるもの
断手法がとられる(山本豊「消費者契約法 10
条の生成と展開-施行 10 年後の中間回顧」
であることに鑑みれば、契約継続中のある段
階において被保険者の年齢の誤りが発覚し、
NBL959 号 17-18 頁)
。また、前段要件の判断基
被保険者の年齢が会社の定める範囲外となっ
準における任意規定には、明文の規定のみなら
た場合について、保険契約を無効とする取扱
ず、一般的な法理等も含まれると解するのが相
は特段不合理とは言えない。また、実務上、
当あり、後段要件については、諸般の事情を総
被保険者の年齢が引受年齢範囲外となること
合考量して判断されるべきであるとされる(最
二小判平成 23 年7月 15 日民集 65 巻5号 2269
は極めて稀である。
一方、被保険者の年齢が会社の定める範囲
頁)。
内の場合においては、事業方法書において、
(2) 私見
保険料の精算等を行う旨規定されている。こ
①前段要件への該当性
れは、この場合も保険会社は本来は要素の錯
本件約款規定が錯誤無効を根拠にするもの
誤により保険契約の無効を主張することが可
であるとすると、被保険者の年齢が誤ってい
たことにつき、保険会社に重大な過失がある
能であるが、実際の年齢との齟齬の程度を問
わず一律に保険契約の無効という結論を貫く
と認められる場合は、保険会社は錯誤無効を
と、硬直的に過ぎ、保険契約者の保護が十分
主張できない(民法 95 条但書)。しかしなが
でなくなるおそれがある。また、保険会社及
19
び保険契約者においても、多少の保険料の修
缺の場面にあたることから、無効とされている。
正、精算で済むのであれば、無効とせず、保
険料の修正、精算を行うことによって保険契
しかしながら、原則として第三者による無効主張
は許されないとして、無効主張は錯誤者本人に限
約を継続する意思があると考えられることか
定する判例法理(大判昭和7年3月5日新聞 3387
ら、無効主張を行わず、保険契約を継続させ
号 14 頁、最判昭和 40 年9月 10 日民集 19 巻6号
る取扱としているものである。このことは、
1512 頁)が確立している今日では、錯誤の場合の
被保険者の年齢の誤りが保険事故発生時に判
無効は取消的無効であると解されている。ただし、
明、問題となることが多いことに鑑みれば、
保険契約者に有利に働くことが多い。
あくまでも効果としては無効であり、取消しとは
異なることから、その主張期間に制限はない。し
以上によれば、約款規定上、保険会社に重
たがって、錯誤者は、自身に重大なる過失がない
過失があった場合にも保険会社は保険契約の
限りはいつまでも、錯誤無効の主張が可能である。
無効を主張できることになるものの、本件約
この点、錯誤の効果を無効ではなく、取消しであ
款規定が信義則に反して消費者の権利を一方
ると考えることにより、主張期間の観点から法律
的に害するものとは言えず、後段要件に該当
するとは言えないと考えられる。
行為の法的安定性に資するものと考えられるもの
の、たとえば、本件約款規定との関係では、被保
(3) 本判決の考え方
本判決において、本件約款規定の消費者契約
険者の年齢が会社の定める範囲外となった場合は、
保険会社は契約を取消すことができることとなり、
法 10 条後段要件への該当性について具体的な
その結果、保険会社としては民法 126 条の取消権
見解は示されておらず、前段要件への該当性の
の期間の制限を受けることとなるが、この場合、
みを判断している。この点について、裁判所は、
前段要件への該当性の判断においても、後段要
保険会社が被保険者の年齢の誤りに気づいた時か
ら5年、あるいは契約締結時から 20 年経過すると、
件と同様、諸般の事情を総合考量する判断枠組
保険会社の取消権は時効により消滅することにな
みを採用しているように思われ、本件約款規定
る。生命保険契約はその性質上、長期にわたる契
のみならず、事業方法書に定められた取扱につ
約であり、また、前述のとおり、被保険者の年齢
いてもあわせて判断の対象とするとともに、デ
の誤りの多くが保険事故発生後に判明するもので
フォルトルールとして民法 95 条のみを想定し
ているわけではなく、保険契約を継続させると
あることに鑑みると、保険会社は契約を取消すこ
とができなくなり、生命保険の技術的基礎が揺る
いう契約当事者の意思をもそこに含めて考えて
がされることになりかねないことから、その影響
いると思われる。その結果、本件約款規定の前
が懸念されるところである。
段要件への該当性を否定したものと考えられる。
4.おわりに
以上のとおり、本件約款規定の法的根拠は、錯
誤無効であると考えるのが妥当である。また、本
契約法務課
氏
修
氏
弁護士
千森
秀郎
氏
(弁)三宅法律事務所
英将
竹濵
対する見解は明確ではないが、結論として本件約
富田
教授
座長:立命館大学
課長補佐
判決における裁判所の本件約款規定の法的根拠に
款規定の妥当性を認め、原告の請求を退けた点に
ついては賛成である。
最後に、今般の民法改正に関する議論において、
民法 95 条の錯誤無効について見直しが検討され
ており、効果面における検討事項として、民法 95
条の効果を無効から「取消し」に変更する点につ
いて、簡単に触れておきたい。錯誤は、民法 96
条に規定される詐欺や脅迫とは異なり、意思の欠
20
(大阪:平成 24 年 10 月5日)
報告:日本生命保険相互会社
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