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NUTRITION CASE REPORT 経腸栄養剤エンシュア

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NUTRITION CASE REPORT 経腸栄養剤エンシュア
2005年 第6巻第1号(通巻15号) ISSN 1345-7497
Medical Magazine 2005 Vol.6 No.1
監修
大阪府立母子保健総合医療センター 総長
大阪大学名誉教授
岡田 正
巻頭言
経腸栄養剤の問題点
大阪府立母子保健総合医療センター 総長
大阪大学名誉教授 岡田 正
ROUND TABLE DISCUSSION
経腸栄養剤の経口摂取
司会:岡田 正 足立医院 副院長 足立 聡 福井大学医学部医学科器官制御医学外科学1 助教授 片山 寛次
兵庫医科大学総合内科学下部消化管科 助教授 福田 能啓
NST/ASSESSMENT NETWORK
念願の栄養マネジメント部がついに発足・稼働
大規模流動的組織の中でいかに発展させるかが課題
大阪大学医学部附属病院小児外科学 教授/栄養マネジメント部 部長
福澤 正洋 ほか
NS PHARMACIST
兵庫県病院薬剤師会における専門薬剤師育成への取り組み
―電子メールによる専門薬剤師育成教育―
赤穂市民病院薬剤部 主任薬剤師 室井 延之 ほか
REVIEW DISEASE-SPECIFIC
経皮経食道胃管挿入術(PTEG)
東京女子医科大学第二外科 大石 英人 ほか
ビオチン欠乏症
独立行政法人国立病院機構岡山医療センター皮膚科 西原 修美
中心静脈栄養施行中に生じる肝障害とコリン欠乏の関連性
医療法人社団大成会長汐病院 院長 長谷部 正晴
NUTRITION CASE REPORT
経腸栄養剤エンシュア ®・Hを併用し
短期で治癒を得た褥瘡症例
京浜会京浜病院 副院長 志越 顕 ほか
脂肪・炭水化物調整栄養食品グルセルナ®の投与により
インスリン療法から離脱できた
経腸栄養中の2型糖尿病の1症例
東国東広域国保総合病院内科 医長 嵜野 浩
MEETING REPORT
理論を実践に ―ポストTNTで質の高い栄養管理をめざす―
出水市立病院 院長 大熊 利忠
Medical Magazine 2005 Vol.6 No.1
巻頭言
経腸栄養剤の問題点
岡田
p.3
正
ROUND TABLE DISCUSSION
経腸栄養剤の経口摂取
p.4−7
聡/片山
岡田
正(司会)/足立
寛次/福田
能啓
NST/ASSESSMENT NETWORK
念願の栄養マネジメント部がついに発足・稼働
大規模流動的組織の中でいかに発展させるかが課題
福澤
p.8−11
正洋ほか
NS PHARMACIST
兵庫県病院薬剤師会における専門薬剤師育成への取り組み
―電子メールによる専門薬剤師育成教育―
室井
p.12−13
延之ほか
REVIEW DISEASE-SPECIFIC
経皮経食道胃管挿入術(PTEG)
大石
英人ほか
ビオチン欠乏症
西原
p.14−17
p.18−20
修美
中心静脈栄養施行中に生じる肝障害とコリン欠乏の関連性
p.21−23
長谷部正晴
NUTRITION CASE REPORT
経腸栄養剤エンシュア!・Hを併用し短期で治癒を得た褥瘡症例
志越
脂肪・炭水化物調整栄養食品グルセルナ!の投与により
インスリン療法から離脱できた経腸栄養中の2型糖尿病の1症例
嵜野
浩
MEETING REPORT
理論を実践に―ポストTNTで質の高い栄養管理をめざす―
大熊
p.24−25
顕ほか
利忠
p.28−29
p.26−27
巻
頭
言
経腸栄養剤の問題点
大阪府立母子保健総合医療センター総長
大阪大学名誉教授
岡田
正
今日,経腸栄養法はわが国において著しい発展を遂げ,さまざまな臨床の場
で必要に応じて用いられ効果を発揮している。その実施頻度も静脈栄養法と並
び「栄養治療(nutrition support)
」の大きな部分を占めている。しかしながら,
これら栄養治療法の長足の進歩・普及にかかわらず臨床の場においては解決す
べき問題点が少なからず見られ,またあまりにも多くの製剤・製品が市場に出
回っており,これらが必ずしも適切に選択され正しく投与されているとは言え
ない現状にある。
これに加えて,経腸栄養剤のあるものは食品として,またあるものは薬品と
して登録されており,片や食事箋によってオーダーされ片や薬剤処方箋によっ
て処方されるという事が起こり,この事が適応決定あるいは保険請求の上から
見ても好ましくない事態を引き起こしている。また,同じ経腸栄養剤でも投与
経路によっては保険請求ができない事があり,例えば,薬品として登録されて
いる半消化態栄養剤を経管ではなく経口摂取せしめた場合,請求額が減点され
るといった事が起こっている。このような診療報酬上の実態は都道府県によっ
てかなり異なるようで,保険審査官が一定の見解を持ち合わせていないという
のが実態であり,現場はかなりの混乱状態に陥っているのも無理からぬところ
である。
今回,ROUND TABLE DISCUSSIONとして「経腸栄養剤の経口摂取」と題
する座談会が持たれ,3人の演者がそれぞれの立場から経腸栄養の適応疾患・
病態についての現状及び直面した問題点を紹介している。これらの事も考え合
わせ,現行の栄養剤を全て一本化し,薬品・食品と区別せず,投与ルートの差
のみを別途加算するようなシステムにする事を提案したい。
3
Nutrition Support Journal
15
ROUND TABLE
DISCUSSION
経腸栄養剤の経口摂取
大阪府立母子保健総合医療センター総長
大阪大学名誉教授
岡田
正(司会)
足立医院 副院長
足立
聡
福井大学医学部医学科器官制御医学
外科学1 助教授
片山
寛次
兵庫医科大学総合内科学下部消化管科 助教授
福田
能啓
(発言順)
岡田
(司会) 本日は,さまざまな領域の栄養管理で
が原因となり摂食障害を起こしている患者さんで
ご活躍中の先生方にお集まりいただき,経腸栄養剤
す。
の用い方,特に“半消化態栄養剤の経口摂取”を中
片山
私は大学病院のNST(Nutrition Support Team)
心にお話ししていただこうと考えております。まず,
先生方それぞれの専門領域における経腸栄養法の適
応疾患についてご説明ください。
経腸栄養療法の適応疾患
足立 私は消化器内科を専門とする開業医で,在宅
での栄養管理,特に経鼻胃管やPEG
(経皮内視鏡的
胃瘻造設術)
などを用いた経腸栄養法をサポートし
ています。その多くは高齢者で,たとえば脳血管障
害やパーキンソン病,上顎,喉頭,食道などの手術
による嚥下障害,あるいは痴呆による食欲低下など
4
おか だ
岡田
あきら
正
’63年大阪大学医学部卒業,
’68
年同大学大学院医学系研究科
(外 科 学 第 一)
修 了(医 学 博
士)
,
’69∼’71年 ミ ネ ソ タ 大 学
外科留学,
’80年大阪大学医学
部第一外科講師,
’82年小児外
科教授,
’98∼’00年同大学医学
部附属病院長,
’02年 退 官,同
年より現職。
のchairmanとして,そして消化器外科医として栄
養管理に携わっております。前者の立場としては,
診療科を問わず,栄養障害のある患者さんを対象に
栄養管理を行っています。
あ だち
さとる
足立
聡
’86年奈良県立医科大学卒業,
奈良県立医科大学産婦人科に
入局。産婦人科学教室助手,済
生会中和病院産婦人科医長を
経て’97年奈良県立医科大学消
化器内科に入 局。
’98年4月 よ
り県立五条病院内科勤務。
’03
年7月より足立医院で診療開
始。
一方,後者の立場としては,術前術後の栄養管理
を積極的に行っています。具体的には,術前に栄養
アセスメントを実施し,低栄養状態や上部消化管に
通過障害がある患者さんに対して術前経腸栄養法を
積極的に導入しています。また,最近では,たとえ
ば食道切除術,胃全摘術,膵島・十二指腸切除術な
どの大きな手術後でも,TPN
(total parenteral nutrition)は使わないか,またはできるだけ早い時期に経
腸栄養法に移行するように心がけています
(図1)
。
私が栄養管理をしている患者さんでは,半消化態栄
その他,炎症性腸疾患,術後の短腸症候群,不幸に
養剤のほうが消化態栄養剤より腸管免疫や排便など
して縫合不全など術後合併症が出現した場合,ある
の点からメリットがあると考えられるからです。
いは化学療法施行中などにおいても経腸栄養法を行
片山
うことが多いですね。
分けています。たとえば,短腸症候群や炎症性腸疾
福田
私は消化器内科を専門としており,栄養管理
患の急性期,急性膵炎などは,原則,消化態栄養剤
を行っている患者さんの90%がクローン病です。残
を用いています。ただし,短腸症候群も炎症性腸疾
り10%は,胃切除後の吸収不良,たん白漏出性胃腸
患も,急性期が過ぎれば半消化態栄養剤に変更しま
症,短腸症候群,神経性食思不振症などで,稀に慢
す。
性膵炎の患者さんもいらっしゃいます。
私は両剤を消化吸収障害の程度によって使い
また,縫合不全のような術後合併症が生じた場合,
便ができないことが重要になるため,食物繊維が含
まれていない消化態栄養剤を用います。
消化態,半消化態の使い分け
岡田
福田
私は,患者さん個々の病態と栄養剤の配合成
では,経腸栄養剤は大きく消化態栄養剤と半
分を考慮して,消化態栄養剤と半消化態栄養剤を使
消化態栄養剤に分けられ,それぞれ多くの種類が市
い分けています。たとえば,クローン病はたん白抗
販されていますが,その使い分けはどのようになさ
原の問題性が指摘されているため,急性期には消化
っていますか。
態になったアミノ酸を含有している成分栄養剤で栄
足立
養管理せざるをえません。しかし,長期にわたり成
ほぼ全例に半消化態栄養剤を用いています。
手術
(kcal/日)
2,000
再入院
退院
経口栄養
1,000
経管栄養
TPN
0
T
P
N
再入院
T
P
N
再入院
T
P
N
R
消化剤+アヘンチンキ○
インスリン
0
図1
2
4 6
8 10 3ヵ月
週 週 週 週 週
4ヵ月
5ヵ月
6ヵ月
1年
2年 術後経過
拡大郭清PD術後栄養管理法
(例)
(臨牀消化器内科 10:1194-1204,1995 より引用,一部改変)
5
いらっしゃいます。ここで問題となるのは,内科系
の疾患の場合,術前術後の患者さんのように短期間
かたやま
かん じ
片山
寛次
関西医科大学,金沢大学院卒。高
岡市民病院外科医長を経て,福井
大学第1外科へ。’03年より現職,
NSTチェアマン,外来指導相談室
長兼任,北陸TNTインストラクタ
ー,福井NST研究会代表幹事,専
門は消化器外科,臨床栄養学,緩
和医療,膵癌や癌腹膜転移に温熱
療法中心の集学的治療を実施。
ではなく,長期間にわたり半消化態栄養剤を経口摂
取しなければならないことです。患者さんの中には,
「味が濃いので,もう飲みたくない」とおっしゃる
方も少なからずいらっしゃいます。
半消化態栄養剤を
経口摂取してもらうための工夫
岡田
半消化態栄養剤を経口摂取する場合の問題,
特に味について福田先生からご指摘がありました
分栄養剤のみで栄養管理していると,必須脂肪酸や
が,フレーバーを用いることを含めて,それに対し
セレンなどの,微量元素の欠乏といった問題が生じ
てどのような工夫をなさっていますか。
てくるため,適宜何割かの比率で半消化態栄養剤を
足立
加える方法を試みています。
取されている患者さんが多く,やはり「後味が悪
私のところも長期に半消化態栄養剤を経口摂
また,消化態栄養剤では浸透圧性の下痢が起こり
い」,
「匂いが悪い」,
「甘い」,
「味が濃い」などの訴
やすいため,それが腸管の病変に悪影響を及ぼすと
えがあります。患者さんの好みにお任せして,フレ
考えられる場合には半消化態栄養剤を用います。特
ーバーを使用してもらっています。
に,胃切除後の吸収不良や短腸症候群の場合は栄養
片山
剤を一気に飲まれることが多く,消化態栄養剤では
じても,患者さんが全く飲めないといったこともあ
必ずといってよいほど下痢が起こるので,基本的に
ります。そこで当院では,管理栄養士さんが患者さ
半消化態栄養剤を使っています。
んにいろいろな種類の半消化態栄養剤やフレーバー
味覚は人それぞれ違います。私が飲めると感
などを試みて,患者さんの口に合うものを提供する
半消化態栄養剤の経口摂取が
有用な疾患
方法をとっています。
福田
消化態栄養剤は味も匂いも決して良いとは言
えないので,それを経口摂取するためにはオレンジ,
岡田 半消化態栄養剤の中には経口摂取の可能なも
コーヒー,アップル,パイナップル,ヨーグルトな
のがあります。どのような疾患・病態にそのような
どのフレーバーは必需品です。また,消化態栄養剤
方法をとられていますか。
のアミノ酸の匂いを消すには酸が有効なので,患者
足立 私の場合は,たとえばCOPD
(chronic obstruc-
さんには黒酢,生のパイナップルやリンゴの果汁を
tive pulmonary disease)
のような慢性呼吸不全の患
添加するようにアドバイスしています。
者さんや末期癌のターミナル期で在宅療法を希望さ
れる患者さんなど,栄養不良をきたしやすい患者さ
んです。また,これまでに少数例ですが,重症の
MRSA腸炎やclostridium difficile関連の腸炎などの
回復期にも,半消化態栄養剤を経口投与したことが
あります。
片山
私たちは,食道癌,大腸癌,胃癌などの術前
の栄養療法として,あるいは化学療法による食思不
振に対して,食事にプラスするかたちで半消化態栄
養剤の経口投与を積極的に勧めています。
福田
私のところでは,在宅経腸栄養法の患者さん
の一部に半消化態栄養剤を経口摂取されている方が
6
ふく だ
よしひろ
福田
能啓
’75年弘前大学医学部卒業,兵
庫医科大学研修医。
’78年東京
都立駒込病院内科勤務。
’81年
兵庫医科 大 学 第 四 内 科 助 手,
’93年講師を経て,
’02年より現
職。
ROUND TABLE
DISCUSSION
一方,半消化態栄養剤はすでに飲みやすくするた
めの工夫がなされています。だからこそかえって,
飽きずにずっと続けていくことが問題になるのでは
ないかと考えています。患者さんから,
「ラーメン
の汁をいれて飲むとおいしかった」と聞いたことが
なります。保険適応の範囲を広げていただけるとよ
あります。したがって,気分次第でいろいろな味付
いのですが。
けができるような,もっと味の薄い,甘みの少ない
岡田
半消化態栄養剤があればいいのではないかな,と感
本日のお話からわかるように経口からの半消化態栄
じています。近々,甘さを抑え,さらっとした感触
養剤のニーズは高いわけですから,全国統一でその
のエンシュア・リキッド!が発売されるそうで期待
保険適応が認められるようにしていただきたいです
しているところです。
ね。
半消化態栄養剤経口摂取の
確かな保険適応を
岡田
では,半消化態栄養剤を経口摂取した場合の
都道府県によってかなり違うみたいですが,
半消化態栄養剤の種類を増やす
岡田
さて,最後に,経腸栄養剤,経腸栄養法に対
する要望をお聞かせください。
保険適応の実情についてお聞かせください。
足立
足立
いです。高齢者であることが低栄養のリスクになっ
奈良県では特別問題になることはありませ
ているので,それを改善できる栄養剤が欲しいです
ん。
片山
高齢者用の経腸栄養剤を開発していただきた
福井県では半消化態栄養剤を経管で投与する
ね。
場合はすべて保険適応されますが,経口で投与する
片山
場合は1日1本が保険適応の限度とされています。
最近は食品として市販される傾向にあります。しか
そこで,食品の半消化態栄養剤を使わざるをえない
し,病態別経腸栄養剤を用いることは純然たる医療
状況にあります。経口投与は適応として認められて
だと思うので,これらの栄養剤であれば医薬品とし
いるにもかかわらず,保険請求が認められないこと
て臨床応用してもらいたいと思っています。
は理解できかねます。
福田
福田
かい栄養管理を行うためには,特徴がわかりやすい
兵庫県では,半消化態栄養剤は経口,消化態
腎障害,呼吸器障害など病態別の栄養剤が,
私も片山先生に同感です。それから,きめ細
栄養剤は経管だと考えているらしく,半消化態栄養
栄養剤を開発してもらいたいですね。
剤は成分栄養剤を経管から投与している患者さんで
岡田
はすべてカットされ,半消化態栄養剤の経口だけで
した。
栄養管理をしている患者さんではすべて保険適応と
なるほど。本日はどうもありがとうございま
(2004年11月12日,大阪)
7
Nutrition Support Journal
15
NST/ASSESSMENT
NETWORK
念願の栄養マネジメント部がついに発足・稼働
大規模流動的組織の中で
いかに発展させるかが課題
大阪大学医学部附属病院小児外科学 教授/栄養マネジメント部 部長
福澤
正洋 先生
同小児外科学 助教授/栄養マネジメント部 副部長
和佐
勝史 先生
大阪大学医学部附属病院(写真1)では,1972年から第一外科学教室,その後小児外科学教室が,他診療科
からの依頼を受けて,静脈栄養を中心とした栄養管理を病院横断的に実践し,多くの実績をあげてきた。しか
し,静脈栄養にはさまざまな合併症が存在するため,単独診療科が病院横断的に栄養管理を行うには限界が生
じつつあった。一方,他診療科では,リスクマネジメントの観点から,専門チームによる栄養管理を望む声が
多くなってきていた。
このようななか,2004年4月,病院長直属の中央組織として医師およびコメディカルを含めた専門医療ス
タッフにより構成される“栄養マネジメント部”が設立され,栄養管理が行われるようになった。今回は,栄
養マネジメント部に関して,その設立の経緯と概要および今後の展望についてレポートする。
中心静脈栄養などの栄養管理を
小児外科が病院横断的にサポート
大阪大学医学部附属病院では,1972年より,当初
は第一外科学教室が,その後は小児外科学教室が,
後の患者,骨髄・末梢血幹細胞移植前後の患者など,
主として中心静脈栄養(total parenteral nutrition;
TPN)の管理が必要なケースを対象に,栄養の管理
および指導が行われていた。
具体的な方法(図1)
としては,NSTが管理対象と
教室運営費で教室所属の管理栄養士を2∼3名雇用
なる患者に対して,管理栄養士による栄養アセスメ
し,院内の看護師,薬剤師などの協力を得て,栄養
ントをもとに管理方針を決定,小児外科の医師がカ
管理チーム(いわゆる NST ; Nutrition
Support
テーテルを挿入しTPNを開始したのち,チーム回診
Team)
を独自に構成していた。そのような小児外科
を介入初期には週2回,安定してきたら週1回のペ
主導のNSTにより,小児外科はもちろん,依頼があ
ースで行い,経過観察するというもの。もし,問題
れば,小児科,内科などをはじめとした他診療科に
が生じれば,チームカンファレンスで,主治医を交
おいて共観のうえ,術前後の患者,化学療法施行前
えて管理方針などを検討・変更するという。
そのため,1980年以後は,同院のTPNの年間症例
400∼450例の う ち,200∼250例 が 小 児 外 科 主 導 の
NSTに よ りTPNを 受 け て い る(図2)
。ま た,1979
年から2002年まで,75例(小児26例,成人49例)
が在
宅静脈栄養法
(home parenteral nutrition;HPN)を
受けている。
さらに,小児外科主導のNSTは,数多くの臨床研
究を行い,静脈栄養法管理下における亜鉛欠乏症や
マンガン蓄積の発見,日本人身体計測基準値の提唱,
輸液製剤(小児用アミノ酸製剤,微量元素製剤など)
や輸液システム(Double Bag,Ⅰ-systemなど)
の開
写真1
8
大阪大学医学部附属病院
発という実績もあげてきた。
図1
ラウンド
カンファレンス
アセスメント
(間接的熱量測定)
カテーテル挿入
小児外科主導のNST活動
小児例(2110例)
計4944症例
成人例(2834例)
300
200
症
例
数
100
0
1971
図2
’
75
’
80
’
85
’
90
’
95
2000
(年)
小児外科における総管理症例数(静脈栄養,1971∼2001年)
リスクマネジメントの観点から
専門家による栄養管理望む声高まる
小児外科学教室教授の福澤正洋先生(写真2)は,
「外科系入院患者を除けば,TPNを実施する段階で,
すぐに小児外科の外来窓口へ,小児外科主導のNST
による栄養管理の依頼がきます。特に骨髄・末梢血
幹細胞移植や化学療法を受ける場合は,それがルー
写真2
福澤正洋先生
’75年大阪大学医学部卒業,医学博士。
同 大 学 第 一 外 科,小 児 外 科 な ど を 経
て,
’86年米国NIH留学,David Sachs
のもとで移植免疫の研究を行う。’88
年大阪府立母子保健総合医療センター
小児外科医長,
’98年日本大学第一外科
教授,’03年より現職。小児外科学,消
化器外科学,小児腫瘍学,腫瘍免疫学,
移植免疫学が専門。
チンになっている状況でした」と話す。
しかし,小児外科主導のNSTが院内横断的に栄養
現をめざしたが,ことはすぐには運ばなかった。と
管理を行うには,マンパワー的に限界があった。実
ころが,後述するような諸事情が追い風となり,2004
際,福澤先生の前任教授である岡田正先生の時代か
年4月に,病院長直属の中央組織として栄養マネジ
ら,病院側に,
「病院長直属の中央組織としてNST
メント部が設立されるに至った。
を作りたい」と要望していたという。2000年には,
さまざまな事情の1つとして,内科系の病棟スタ
岡田先生が中心となり,輸液・栄養部門発足に向け
ッフらは,リスクマネジメントの観点から,専門家
た院内ワーキンググループの活動を開始し,その実
チームによる栄養管理の実施をますます希望するよ
9
うになっていたことが挙げられる。なにしろ,静脈
栄養学的分析,それらに基づく栄養管理・指導が積
栄養にはさまざまな合併症が存在し,中心静脈カテ
極的に実施され,病院全体からみて有効に機能して
ーテルの挿入に関するトラブルも少なくないから
いるとは言えないこともあったからである。またも
だ。こうした内科系の病棟スタッフらの後ろ盾に加
う1つの理由としては,給食管理は管理栄養士に任
えて,包括医療制度の導入,独立法人化により,
「収
せっきりで,専門医の関与が全くなされていない現
益は求めないまでも,損益は出さない」という意味
状が挙げられる。
から,病院全体がリスクマネジメントをより一層重
つまり,栄養マネジメント部の設立のねらいは,
要視するようになったことも,栄養マネジメント部
大阪大学医学部附属病院における入院および外来通
を設立することになった1つの事情である。
院患者の誰もが,必要に応じ,適切な栄養評価に基
づく治療・指導を効果的に受けられ,治療効果の向
上,合併症の進展の防止や生命予後,QOLの改善を
栄養不足だけでなく,栄養過剰にも介入
疾病治療効果の向上に期待高まる
得られるようにすることにある。
現在,栄養マネジメント部には,栄養管理に詳し
栄養マネジメント部の設立にあたっては,栄養不
い医師,管理栄養士,看護師および薬剤師の合計16
足患者に対する小児外科主導のNSTの活動を担う部
名が兼任で配属され,福澤先生が部長を務めている。
署(栄養サポート部門)に加えて,内科系診療科で栄
福澤先生は「栄養マネジメント部がうまく機能しは
養過剰患者に対して実施している,管理栄養士によ
じめれば,院内感染症の発症・蔓延を抑制でき,疾
る糖尿病教室などでの食事指導といった活動を担う
病の予防も期待できます。中央組織で行うことによ
部署
(栄養代謝制御部門)や,管理栄養士がこれまで
り,個々の患者の栄養状態の把握が一元化され,統
主たる業務としてきた院内患者の給食管理を担う部
一的な栄養管理が実施できるため,病院全体のリス
署(給食管理部門)を設けることになった(図3)
。
クマネジメント,医療効率の改善,さらには合理化
なぜなら,これまで管理栄養士は,糖尿病や慢性
に基づく医療事務の簡素化も望めます。その他,栄
腎不全などの患者に対して,主治医からの依頼を受
養指導管理料や在宅療養指導管理料の加算症例を増
けて個別または集団で栄養管理指導を実施していた
加させることで,病院経営にも貢献すると思われま
が,これでは個々の患者の栄養状態の科学的な把握,
す」と抱負を語る。
病院長
栄養マネジメント部(Department of Nutrition Management)
栄養サポート(Nutrition Support Team)
●栄養欠乏(障害)の患者が対象
・栄養評価
・栄養療法(静脈栄養,経腸栄養)
・在宅栄養管理
●リスクマネジメントおよび教育
栄養代謝制御
●栄養過剰(糖尿病・肥満・痛風・高脂血症などの生活習慣病など)
および特殊病態(肝不全,腎不全など)の患者が対象
・栄養評価
・疾患栄養治療
●教育
患者給食管理
●給食管理
●教育および患者会へのサポート
図3
10
栄養マネジメント部(Department of Nutrition Management)組織図
NST
ASSESSMENT
NETWORK
栄養マネジメント部を機能させるために
乗り越えなければならない壁は多い
こう聞けば,良いことだらけの栄養マネジメント
部設立だが,小児外科学教室助教授で栄養マネジメ
していますから,利用してください』と,一度だけ
ント部副部長を務める和佐勝史先生は,「2004年4
紙で配布したところで,誰からも利用されない。そ
月に栄養マネジメント部が設立されたからといっ
のうち,そのようなものがあることさえ知らないス
て,すぐに掲げた業務を開始できるかといえば,そ
タッフが多くなることもある。とにかく,何かする
うではありません。管理栄養士による栄養アセスメ
ならば,オーダーシステムに組み込まなければなら
ント
(図4)
が行えるようになったのは8月からで
ない」と和佐先生。結局,栄養アセスメントの依頼
す」と,苦しい胸のうちを明かす。
をオーダーシステム化するために4ヵ月ほどかかっ
大阪大学医学部附属病院に所属している医師はス
たのだ。
タッフだけで1,000名を超え,研修医も200名ほどい
また,1,100床クラスの病院全体の栄養管理をわず
る。研修医は臨床研修の義務化に伴い,同じ診療科
か16名の兼任スタッフが行うことは不可能である。
に3ヵ月間しかおらず,場合によっては院外施設へ
明らかにマンパワー不足。和佐先生は「実績を出さ
異動することもある。もちろん,スタッフも同じ状
なければ,栄養マネジメント部のスタッフを増やし
況だ。医師だけでこうだから,ここに看護師や薬剤
て欲しいとはなかなか言えないので,今が試練のと
師が加われば,状況はもっと複雑になるだろう。こ
きだとがんばっています」と笑うが,栄養マネジメ
のように人数が多いうえに,人の出入りの激しい組
ント部の運営は簡単ではなさそうだ。
織において,全体で何かをしようとすれば,あちこ
ちで問題が出てくることは容易に想像できる。
「大学病院のような大きな組織では,
『栄養マネ
ジメント部が設立されて,ここではこういうことを
リスクマネジメントの観点から
静脈栄養の基本マニュアルを作成
ただし,もちろん,このようななかでも,栄養マ
ネジメント部は活動範囲を少しずつ着実に広げてい
栄養アセスメント評価表
氏名
年齢 歳 性別
評価日
病棟 病名
身長 cm 体重 kg BMI* kg/m2(標準 20-24、肥満 26.5以上)
身長体重比 %
(正常90%以上)身長年齢比(小児) %
(正常95%以上)
る。その1つが,リスクマネジメントを目的にした
静脈栄養に関するマニュアル作りだ。TPNに関する
トラブルは決して少なくないが,カテーテルを破損
した場合や発熱した場合の対応方法は,実は各診療
最近6ヶ月の体重減少 kg(減少率 %)
(10%以上:有意の減少)
上腕周囲長AC cm
(%AC %)
上腕三頭筋部皮下脂肪厚TSF mm(%TSF %)
上腕筋周囲長AMC cm
(%AMC %)
科で若干異なっていた。そのようなことに関して,
マニュアル化することで,静脈栄養に関する医療レ
(90%以上は正常 80-90%軽度 60-80%中等度 60%以下は高度栄養障害)
ベルをボトムアップしようというのがマニュアル作
Hb g/dl Ht % 総リンパ球数 /mm3
りのねらいだ。
「院内全体を統一し,リスクマネジ
血清総蛋白 g/dl 血清アルブミン g/dl
血清トランスフェリン
(Tf) mg/dl 血清プレアルブミン
(PA) mg/dl
血清レチノール結合蛋白
(RBP) mg/dl
Resting Energy Expenditure
(REE 安静時基礎代謝量) kcal/day
メントに貢献することは,これまでの小児外科主導
のNSTではできないことです」と,和佐先生は話す。
また,研修医に対しては,栄養管理の教育として,
TPNを開始する場合,必ず栄養アセスメントのオー
栄養評価
栄養障害なし 軽度栄養障害 中等度栄養障害 高度栄養障害
ダーを出すように徹底しているという。そのほかに,
栄養管理方針
食事指導 経腸栄養 静脈栄養
骨髄・末梢血幹細胞移植後患者に対する経腸栄養法
の有用性など,同大学のNSTでなければできないよ
コメント
うな研究も行っていく予定もあるそうだ。和佐先生
*BMI
(Body
図4
Mass Index)=体重kg/(身長m)2:体脂肪量を表す指標の一つ
管理栄養士による栄養アセスメント
オーダーシステムにより主治医より依頼あれば実施する。
は「とにかく,今は『栄養管理は中央で行う』とい
う病院の姿勢が打ち出されたばかり。今後を見てい
て欲しい」と述べた。今後の発展を見守りたい。
11
Nutrition Support Journal
15
NS PHARMACIST
兵庫県病院薬剤師会における
専門薬剤師育成への取り組み
―電子メールによる専門薬剤師育成教育―
赤穂市民病院薬剤部 主任薬剤師1),同 薬剤部長2),石川島播磨重工業健康保険組合播磨病院 薬剤科長3)
室井
はじめに
延之1),細井さち子2),西田
英之3)
としての能力が要求されるため,プログラム内容は,疾
患の病態,薬物療法の基礎から臨床データの収集・評価
医療を取り巻く環境は,医療内容の高度化・専門分化
法,EBM
(evidence based medicine)
に基づいた適切な
へと大きく進展しており,薬剤師の業務も医薬品を中心
薬物療法の設定,などの継続的な教育トレーニングでな
とした業務から,
臨床業務を主体とする患者中心のファー
ければならない。
マシューティカルケアへの転換,すなわち患者のQOL
米国では,1976年に米国薬剤師会により専門薬剤師認
(quality of life)
の向上という明確な成果を示していかな
定委員会が設立され,教育から認定まで一貫した専門薬
ければならない。
剤師の育成が行われている。現在では,放射性医薬品専
すでに,癌化学療法,緩和ケア,院内感染対策,輸液・
門薬剤業務(nuclear pharmacy)
,栄養管理専門薬剤業
栄養療法などの医療チームにおける薬剤師の専門職化が
務(nutrition support pharmacy),薬物治療専門薬剤業
要求されており,薬剤業務における各分野の専門知識お
務(pharmacotherapy)
,腫 瘍 専 門 薬 剤 業 務(oncology
よび技能の取得が最も重要な課題である。
pharmacy)
,精神・神経疾患専門薬剤業務(psychiatric
兵庫県病院薬剤師会では,より専門性の高い病棟業務
を行い,薬物治療の適正化そして患者ケアの向上を発展
pharmacy)
の5つの分野での専門薬剤師が臨床の場で
活躍している1)。
させるために,県下3薬科大学との連携のもと電子メー
そこで,兵庫県病院薬剤師会の専門薬剤師育成プログ
ルによる専門薬剤師育成プログラムを導入している。本
ラムは,米国専門薬剤師認定制度を参考に,癌化学療法,
稿ではそのプロジェクトの概要について紹介したい。
糖尿病治療,栄養管理,精神・神経疾患治療の4分野と
した。プログラム毎に,薬科大学と病院薬剤師会の担当
兵庫県病院薬剤師会
専門薬剤師育成プログラム
者が,それぞれ基礎と臨床の場から内容について検討し,
大学病院医療情報ネットワーク(UMIN)
のオンライン学
会情報サービス(OASIS)
を利用し配信している(図1)
。
薬剤師には,診療科全般に対応できる薬物療法のゼネ
癌化学療法,糖尿病治療,栄養管理,精神・神経疾患治
ラリストであることを基本とし,さらに特定の診療科あ
療の4分野すべてについて,月1回,年12回のシリーズ
るいは疾患に対する知識,技術を深めたスペシャリスト
である。
図1
12
専門薬剤師育成プログラム運
用システム
URL http://specialties-pharm.net/
利 用 者IDと パ ス ワ
ードを入力すれば,
各会員個人用の回
答入力画面にアク
セスできる
図2
さらに,教育研修においては見て聞くだけではなく,
表1
専門薬剤師育成プログラムホームページ
栄養管理専門薬剤師育成プログラム
自分で調べ参加することが非常に重要となるため,各プ
ログラムには,自己研修評価としてファーマシューティ
・栄養管理の必要性,栄養管理における薬剤師の役割
・栄養の基礎;3大栄養素,ビタミン,微量元素,水分,
電解質,浸透圧
・輸液の基礎;末梢静脈栄養法,中心静脈栄養法
・栄養アセスメント;アセスメントの目標と実際
・各栄養素の投与量
(熱量,たん白質,脂肪,電解質など)
・栄養投与経路の選択
・高カロリー輸液,経腸栄養剤の調製,投与管理
・栄養管理に関連した合併症の管理
など
カルトレーニング(マークシート形式の演習問題)
を掲載
し,兵庫県病院薬剤師会専門薬剤師育成プログラムホー
ムページ(http://specialties-pharm.net/)
にアクセスし問
題回答することができるシステムとしている(図2)
。
栄養管理専門薬剤師
育成プログラムの内容
輸液・栄養法における薬剤師の役割は,患者の病態を
考慮し,EBMの概念に基づいた経腸・静脈栄養法の適
正使用の推進である。栄養法の重要性が認識されるなか,
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆◆ 栄養管理専門薬剤師育成プログラム
提供:兵庫県病院薬剤師会
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2002年7月24日
栄養アセスメント
急速な勢いで各医療機関においてもNST(Nutrition Sup-
この研修内容を把握した上で、添付したマークシート問題に回答してください。
提出された方は、生涯研修単位0.25点を取得できます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
目次
1.はじめに
2.栄養アセスメントの目標
3.栄養アセスメントの実際
1)
主観的包括評価
2)
身体測定
3)
生化学的評価
4.ファーマシューティカルトレーニング
(演習問題)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
連絡先赤穂市民病院薬剤部室井延之
port Team)が動きはじめており,薬剤師はNSTの一員
としてTPN
(total parenteral nutrition)
調製だけにとど
まらず,医師の治療方針に沿った合理的なTPN・EN
(enteral nutrition)
処方支援に取り組まねばならない。さら
には,栄養法のモニタリングならびにTPN・ENルート
1.はじめに
栄養療法を実施し、栄養/代謝を改善することにより、治癒に必要な代謝基質の供給と合併症の防
止が可能となる。すなわち患者の症状に適した栄養療法は患者の予後を改善し、医療関連資源の節約、
医療費の削減に大きく貢献する。患者の栄養必要量はライフサイクルや各病期段階により変化するこ
とから、患者の栄養状態のアセスメント
(分析・評価)
を行い、栄養状態の変化に合わせて栄養摂取量
を調節しなければならない。また、徹底的なアセスメントを行うことにより、栄養不良に至る前段階
の状態を察知することが可能となる。
管理における安全性の確保を担う必要がある。
栄養管理プログラムでは,適切な栄養法を実践するた
めに,基礎と臨床の系統化された教育研修ツールとして
2.栄養アセスメントの目標
栄養管理を実施する際には、栄養療法プラン
(栄養療法の処方)
の作成・実施、経過のモニタリング、
アセスメント等の一連の工程が重要となる。栄養アセスメントの目標は下記の3点である。
・栄養療法を実施することによって、栄養状態の回復あるいは維持が可能な患者を判定すること
・適切な栄養法を実施するための指針とすること。
・患者の栄養状態を定期的にモニターし、栄養療法の有効性について評価すること。
患者の栄養状態に関する情報は、患者の病歴、生活環境、食物摂取状況を調査し、身体計測、内臓
蛋白質、窒素バランス、細胞免疫機能等の生化学分析を行って入手する。
以下の内容などについて配信してきた(表1,図3)
。
おわりに
図3
栄養管理専門薬剤師育成プログラム配信画面
平成16年度より,日本静脈経腸栄養学会では「栄養サ
ポートチーム(NST)
専門薬剤師」の認定資格制度を開
試みであり,系統化された教育研修として意義あるプロ
始した。薬剤師に求められているところは,患者の利益
ジェクトである。今後,IT情報の活用ならびに育成プ
となる,そして他の医療従事者の評価に十分応えられる
ログラムに関する研修会の開催など,会員に対する普及
確実な薬剤業務の提供であり,チーム医療への参画を積
活動を行い,本育成プログラムを発展させていきたい。
極的に進め,専門薬剤師の職能を確立していかなければ
ならない。
今回の兵庫県病院薬剤師会における,電子媒体による
専門薬剤師育成プログラムの導入は国内でははじめての
資
料
1)Board of pharmaceutical specialties home page
(http://www.
bpsweb.org/)
13
Nutrition Support Journal
15
REVIEW
DISEASE-SPECIFIC
経皮経食道胃管挿入術(PTEG)
東京女子医科大学第二外科1),同 助教授2),同 主任教授3)
大石
Key Words
英人1),城谷
典保2),亀岡
信悟3)
Profile
おおいし
ひでと
’87年東京女子医科大学第二外科入
局,’02年 日 本PTEG研 究 会 設 立,’03
年米国クリーブランド・クリニック
のDr.Ponskyの 下 に 留 学 し 同 院 へ
PTEGを導入,本年帰国後もPTEG
の世界的な普及を目指し活動中であ
る。
........
........
.........................................................................................................................................................................
経皮経食道胃管挿入術
経皮内視鏡的胃瘻造設術
.......................................................................................................................................
非破裂型穿刺用バルーンカテーテル
インターベンション
食道瘻
...........................................
経皮経食道胃管挿入術は,非破裂型穿刺用バルーンカテーテルと超音波を用
いた簡便かつ安全で低侵襲な頸部食道瘻造設術である。本法は経管経腸栄養法
や腸管減圧法に用いられるが,特に経皮内視鏡的胃瘻造設術が造設不能か困難
な症例にも増設可能であることを特徴としている。本稿ではPTEGの適応症お
よびチューブ管理を中心に述べる。
...................................
...................................
Summary
.......................................................................................................................................
........................................................................................................................................
はじめに
他法との比較とPTEGの必要性
経皮経食道胃管挿入術(percutaneous trans-esophageal
最 も 簡 便 な 胃 管 挿 入 術 は,経 鼻 胃 管 挿 入 術(nasal
gastro-tubing;PTEG/ピーテグ)
は,非破裂型穿刺用バ
gastric-tubing;NGT/エヌジーティー)
である。NGTは
ルーンカテーテル(rupture-free balloon;RFB)
と超音波
鼻孔から挿入し咽頭や食道を介して胃内にチューブ先端
を用いて簡便かつ安全で低侵襲なインターベンション
を留置するために,常にチューブが鼻腔や咽頭を刺激し
(interventional radiology;IVR)にて造設する頸部食道
持続する違和感を与える。特に唾液を嚥下するたびにチ
瘻造設術である(図1)
。
ューブが擦れることにより,接触部にびらんや潰瘍を形
PTEGを開発するきっかけは,1994年に大腸癌再発に
成し疼痛が発生することもあり,長期間の留置は患者の
よる癌性腹膜炎で腸閉塞状態となった患者に対し在宅で
精神的および肉体的負担が多く,継続不可能となる場合
腸管減圧法を行うため,経皮内視鏡的胃瘻造設術(percu-
が多い。さらに喀痰がチューブに絡まり排出しにくいた
taneous endoscopic gastrostomy;PEG/ペグ)
を試した
めに,高齢者などでは重篤な肺炎を併発する場合がある。
が,穿刺ポイントが得られず頸部食道瘻造設 を 考 え
また間欠的留置による経管経腸栄養を計画する際には,
PTEGを開発した。その後,これをより簡便で安全に行
患者に自己挿入の練習をさせる必要がある。
うための器具としてRFBを開発,1997年ごろより症例
PEGは1980年にGaudererとPonskyによって発明され
を積み重ね,2000年に住友ベークライト社よりPTEGセ
た内視鏡を用いた経皮的な胃瘻造設術である1)2)。PEGで
ットを発売した。
は咽頭を経由しないため,NGTの際の違和感や疼痛が
その簡便性および有用性から,腸管減圧法のみでなく
なく長期留置が可能で,現在世界的に一般化されている。
経管経腸栄養法としても使用されるようになり,現在ま
PEG開発当初の重篤な合併症も技術の進歩とともに解消
でに本邦では5000例を超える症例に施行されている。本
されつつあるが,現在でも造設不能もしくは困難例が存
稿ではPTEGの適応症およびチューブ管理を中心に述べ
在する。また腹壁と胃壁を通してチューブを留置するた
る。
め,瘻孔を形成するためには,腹壁と胃壁がしっかりと
癒着し腹腔内に漏れないことが必要であり,腹壁と胃壁
を密着させるための特別な器具が必要となる。その際の
圧迫が強いと皮膚が虚血になり圧迫壊死が発生する場合
14
C
A
B
図1
RFBと超音波およびX線透視を用いた造設手技
A:超音波像,B: X線透視像,C:胸部単純X線像(PTEGボタン留置像)
Tra.
:気管,Thy.:甲状腺,RFB:非破裂型穿刺用バルーンカテーテル,
CS:カテーテルシャフト,PL:穿刺予定線,CA:頸動脈,PN:穿刺針,E:食道
や,胃内腔のバンパーが粘膜内に埋没してしまう場合も
るか,もしくは内視鏡治療に精通しているかにより判断
ある。そのため造設後はスキンケアを含めた定時的なチ
し,簡便かつ安全で低侵襲な方法を実行すべきである。
ューブ管理が必要となり,チューブからの栄養剤注入に
肝硬変や特発性問脈圧亢進症などで食道静脈瘤などの
は造設後数日を必要とするのが一般的である。また胃内
食道病変が存在する症例や,血液抗凝固剤投与中や特発
圧の上昇により瘻孔からの漏れが生じやすく,消化液に
性血小板減少性紫斑病などの血液凝固能に異常を認める
よるびらんなどを起こすこともある。さらには腹水があ
症例や,甲状腺機能亢進症や多発性頸部リンパ節腫脹な
る症例などでは,腹壁と胃壁の癒着が起こりにくいばか
どで超音波下の穿刺経路が得られない症例,および右半
りか,瘻孔からの腹水漏出を生じる場合もある。
回神経麻痺がもともと認められている症例では,重篤な
PTEGは前述のごとくRFBを用いたIVR手技であり,
合併症併発の可能性があるため禁忌とした。
PEGが造設不能もしくは困難な症例やPEGの管理に難渋
している症例にも簡便に増設可能な方法である3)。実際
には経皮的に頸部食道を穿刺し,同部よりチューブを挿
チューブ管理のこつ
入し食道を介して胃内にチューブ先端を留置する。つま
PTEGのチューブ管理は非常に簡便である。PEGのよ
りPTEGで造設される瘻孔は頸部食道に位置し,胃内容
うな特別な固定器具を必要とせず,PTEG造設直後の1
が頸部食道まで逆流しないかぎり食道内圧が上昇するこ
週間は留置チューブを縫合固定とするが,以後はテープ
とがなく,瘻孔から消化液が漏れることは少ない。また
もしくはバンドによる固定のみで管理可能であり,さら
唾液などの嚥下に対しても,瘻孔が食道入口部よりも肛
にその間の穿刺部の創処置は,通常の消毒処置のみで十
門側に位置しているので,咽頭内圧が直接瘻孔に影響す
分である。またPTEGでは,造設直後から経管経腸栄養
ることもなく,唾液が瘻孔から漏れることは少ない。そ
法に使用可能であることも特徴の1つである(図2)
。
の結果,経腸栄養症例では瘻孔の感染も少なく,非常に
簡便な管理が実現している。
PTEGでは重篤な合併症は発生しにくい,しかし軽微
な不具合は発生しうる。最も頻度の多いものはチューブ
の閉塞である。PTEGは留置チューブの長さが他の方法
適応症
よりも長いため,チューブの閉塞を生じる場合がある。
経腸栄養法における閉塞機転は大別して2つ考えられ
PTEGは,PEGが造設不能もしくは困難な症例に開発
る。1つは内服薬の経管投与の際に薬剤塊が詰まり,突
されたが,われわれは胃管を必要とする症例すべてに
然閉塞する事例である。これはチューブの使用を開始し
PTEGの適応があると考えている(表1)
。ただし,PTEG
て間もない時期でも起こる可能性があり,予防としては
でもPEGでも造設が可能な場合にPTEGを選ぶかPEGを
投与薬を十分溶媒に溶かしてから注入することや,腸溶
選ぶかは,造設する術者が超音波下の穿刺に精通してい
剤や脂溶剤などでは十分な量の微温湯(約100mL)にて塊
15
表1
PTEGの適応
腸管減圧症例(n=82) 経管経腸栄養(n=81)
PEGの造設が不能もしくは困難と考えられた症例
33
27
12
4
4
3
腹水多量
胃切除後
高度進行胃癌
胃と腹壁の間に他臓器が介在
腹腔内腫瘍による圧排
術後合併症
開腹術後
PEG造設後
VPシャント留置中
横隔神経麻痺
食道裂孔滑脱型ヘルニア
腹膜透析
開口症例
多発性胃ポリープ
23
3
6
3
3
3
5
3
2
1
1
1
PEGの造設よりもPTEGのほうが有利と考えられた症例
2
high risk group
超高齢者
肺炎,低肺機能
循環器疾患
35
20
12
3
2
PEGの造設と同様の効果を期待してPTEGを造設した症例
嚥下障害
42
N=163重複理由あり/1994-2004
A
B
C
D
E
F
図2
PTEGの固定法とチューブ管理
A:チューブタイプの縫合固定,B:ボタンタイプの縫合固定,C:ボタンタイプのバンド固定,D:チ
ューブタイプのテープ固定,E:ボタンタイプの被覆固定,F:ボタンタイプの接続チューブ連結時
16
にならないように撹拌しながら注入することなどの注意
ッシュではなく十分な量の微温湯(約100mL)の滴下を実
が求められる。もう1つは連日の内服薬や栄養剤などの
施している。微温湯のフラッシュは管腔内の最も圧力の
投与によりチューブ内腔が汚れやすく,ついにはチュー
低い中心部分を通過するのみで管壁の汚れを洗浄する効
ブが閉塞をきたす場合がある。これに対してはチューブ
果は低いと思われ,十分な量の微温湯の滴下により管壁
内腔の洗浄を日頃から施行する工夫が求められるが,基
の汚れを溶かしながら通過し効果が高いと考えている。
本的には閉塞しかかったチューブは早期に交換すべきで
さらに,食用の酢を10倍希釈した溶液をチューブ内に満
ある。われわれはチューブの洗浄の際に,微温湯のフラ
たして,チューブの蓋を閉めるようにしている。われわ
REVIEW
DISEASE-SPECIFIC
れの施設では,これらの注意事項により,造設後1ヵ月
以内にチューブの閉塞をきたす症例は認めなくなった。
まとめ
PTEGは簡便かつ安全で低侵襲な頸部食道瘻であり,
NGTやPEGに勝るとも劣らない胃管挿入術である。長
期間の経管経腸栄養法や腸管減圧法での選択肢として,
在宅医療も含めた患者管理にPTEGがより有効に利用さ
れることを筆者は切望する。
文
献
1)Gauderer MWL, Ponsky JL, Izant RJ Jr.:Gastrostomy without laparotomy;a Percutaneous endoscopic technique. J Pediatr Surg 15:872-875, 1980
2)Ponsky JL, Gauderer MWL:Percutaneous endoscopic gastrostomy;a Nonoperative technique for feeding gastrostomy.
Gastrointest Endosc 27:9-11, 1981
3)Oishi H, Shindo H, Shirotani N, et al:A non-surgical technique to create an esophagostomy for difficult cases of percutaneous endoscopic gastrostomy. Surgical Endoscopy 17:
1224-1227, 2003
17
REVIEW
DISEASE-SPECIFIC
ビオチン欠乏症
Profile
独立行政法人国立病院機構岡山医療センター皮膚科 西原
Key Words
修美
にしはら
おさみ
’69年山口大学医学部卒業,
’70年岡山
大学医学部皮膚科学教室入局。
’71年
より岡山国立病院皮膚科勤務。
’72年
高知国立病院出向,
’74年岡山国立病
院に異動,現在に至る。
........
........
.........................................................................................................................................................................
ビオチン
ビタミンH
.......................................................................................................................................
食物アレルギー
経管栄養剤
アトピー性皮膚炎
...........................................
アトピー性皮膚炎として加療中の乳幼児にビオチン欠乏症による皮膚炎の症
例がみられる。その原因に,普通のミルクや牛乳アレルギー治療用のミルクに
ビオチンが無添加であること,卵黄など食物除去の指導の際にビオチンの内服
が処方されないことが考えられる。また,経管栄養患者にもビオチン欠乏によ
る皮膚炎発症の可能性がある。
...................................
...................................
Summary
.......................................................................................................................................
........................................................................................................................................
はじめに
症例1
ビオチンはビタミンB群に属し,ビタミンH
(ドイツ語
11ヵ月の女児で,母乳と自主的卵白除去の離乳食で養
の皮膚 HautのH)
ともいわれるように,皮膚に欠くこと
育中。母親にアトピー性皮膚炎あり。1ヵ月検診のころ
のできないビタミンである。1927年Boasにより幼若ラ
から全身に皮疹がみられ,アトピー性皮膚炎としてステ
ットの実験でビオチンが欠乏すると皮膚炎を生じ,脱毛,
ロイドの外用で治療を受けたが改善しないので,父親が
1)
痙攣を起こすことが報告 されて以後,ヒトにおいても
外用を拒否し竹炭酢を入れて入浴をさせていたところ,
重要なビタミンであることが報告されているにもかかわ
さらに悪化し当科を受診した。初診時(図1,2)
には頭
らず,医療の現場でのビオチンに対する関心が薄いのが
全体が厚い痂皮で被われ,両!は赤くただれ頭と同様の
現状である。ビオチンが欠乏すると,アトピー性皮膚炎
痂皮を付着しており,体全体は赤くかさかさした皮膚で
様や亜鉛欠乏性肢端皮膚炎に類似した皮膚炎を生じ
あった。血液検査の結果は白血球数26400/µL
(正常値
2)
18
る 。ビオチンは種々の食品中に含まれているがその量
3000∼9000/µL)
,好酸球29%(0∼8%)
,特異的IgE抗
は少なく,最も豊富に含まれている卵黄や肝でも,他の
体は牛乳,卵白,チーズはクラス6(100UA/mL以上)
(正
水溶性ビタミンの量に比べるとはるかに少ないので,そ
常値0.34UA/mL以下)
, 大豆はクラス5(86.6UA/mL)
,
れらの食品の摂取が制限されるとビオチン欠乏症になり
小麦,米,ゴマ,卵黄はクラス4(44.6UA/mL)
,(43.0
やすい。特にアトピー性皮膚炎と食物アレルギーとの関
UA/mL)
,(28.8UA/mL)
,(25.2UA/mL)
,ソ バ,鶏 肉
連に医療従事者も患者側も関心が高い昨今,卵除去の指
はクラス3(17.3UA/mL)
,(10.2UA/mL)
,フリービオ
導や親の自主的な除去の結果,患児がビオチン欠乏症に
チン0.3ng/mL
(0.4∼1.1ng/mL)
であった。
なる可能性があり,注意を要する。また日本の普通の乳
治療は,食物アレルギーに対しては母乳を牛乳アレル
児用ミルクや牛乳アレルギー治療用として市販されてい
ギー用ミルクに切り替え,アレルギー食品の完全除去食
るミルクにはビオチンが添加されてないので,ビオチン
を指導した。また,血清フリービオチン値が低いために
欠乏症が生じる可能性もある。アトピー性皮膚炎として
ビオチン散3mg/日を開始した。皮疹については竹炭酢
加療中の乳幼児のビオチン欠乏症にビオチンを投与し,
などは皮膚にとって刺激になることなど,ケアの重要性
皮疹の改善をみた症例を供覧し,ビオチンへの関心を促
とステロイド外用薬の必要性を両親に説明し,ステロイ
したい。
ド軟膏塗布と亜鉛化軟膏貼付との併用方法を実行しても
図1
図3
図5
症例1:初診時
(顔)
図2
症例1:初診時(脚)
図4
症例1:治療開始3ヵ月(脚)
図6
症例1:治療開始1年3ヵ月(脚)
症例1:治療開始3ヵ月(顔)
症例1:治療開始1年3ヵ月(顔)
らった。次第に皮疹は軽快し,1年後の現在はほぼ略治
3,4は治療3ヵ月後,図5,6は2歳2ヵ月の皮疹で
している。ビオチン内服と除去食は継続中である。図
ある。
19
REVIEW
DISEASE-SPECIFIC
が続く(図7)
。ビオチン測定の結果,フリービオチン値
0.3ng/mLと低値であったので,従来の除去食治療に加
えビオチン散4mg/日の内服を開始した。2週後には著
しく改善し,1ヵ月後には皮疹は完治した。1年4ヵ月
後の現在,なお米,卵,大豆の除去とビオチンを内服し
ているが皮疹を全く認めず(図8)
,喘息も単純疱疹も出
ない状態が続いている。
図7
症例2:初診時
おわりに
医師が乳幼児の皮膚炎を即アトピー性皮膚炎と診断す
る傾向,皮膚炎のある乳幼児の家族がすぐにアトピー性
皮膚炎と自分たちで考えるのが現代の風潮のようである
が,実際には接触皮膚炎,さらにはビオチン欠乏症の関
与がむしろ大きいという可能性もぜひ認識し,アトピー
性皮膚炎の診断,治療を行って欲しいものである。また,
経管栄養剤のなかにはビオチンを含有していないか微量
なものもあるので,その欠乏を発症させる可能性がある
ことも付け加えたい。ビオチン欠乏症は血清中のビオチ
ンを測定して確認することが,今のエビデンスを問われ
る医療の時代にふさわしく思われるが,現実には,検査
を実施している施設は国内では1ヵ所(病体生理研究所,
東京)
しかなく,また現在の医療保険ではビオチン測定
が認められていないことも,さらにビオチン欠乏症の診
図8
症例2:治療開始1年4ヵ月
断を難しくさせている。ぜひ行政も医師もビオチンに関
心をもって頂きたいと願っている。
文
症例2
2歳6ヵ月の男児で,兄にアトピー性皮膚炎がある。
生後10ヵ月よりアトピー性皮膚炎として医師の指導のも
とに全卵,牛乳,大豆,ごまの除去をしているが,とき
おり単純疱疹,喘息発作がみられ,全身に重症の皮膚炎
20
献
1)Boas MA:The effect of desiccation upon the nutritive properties of egg-white. Biochem J 21: 712-724, 1927
2)西原修美:牛乳アレルギー治療用ミルク(Infant care foods)
に
よる養育中に生じたビオチン欠乏症の2例.日小皮会誌 20:
85-87, 2001
REVIEW
DISEASE-SPECIFIC
中心静脈栄養施行中に生じる
肝障害とコリン欠乏の関連性
医療法人社団大成会長汐病院 院長 長谷部
Key Words
Profile
正晴
はせべ
まさはる
’73年千葉大学医学部卒業。同年帝
京大学第一外科勤務。消化器・一般
外科学,外科代謝・栄養学を専攻,
’94年帝京大学救命救急センター助
教授。’04年より現職。
........
........
.........................................................................................................................................................................
中心静脈栄養
肝障害
栄養投与経路
.......................................................................................................................................
アミノ酸の投与量
栄養素の過不足
コリン欠乏
...........................................
中心静脈栄養施行中にしばしば認められる肝障害について,低栄養ラットを
用い,栄養投与経路,アミノ酸の投与量,栄養素の過不足のうち何が肝障害の
原因となりうるかを検討した。その結果,コリン欠乏が関与している可能性が
考えられた。
..........................
..........................
Summary
.......................................................................................................................................
........................................................................................................................................
はじめに
中心静脈栄養(total parenteral nutrition;TPN)
の合
併症として,しばしば肝障害が認められる。
今のところ,肝障害に関与する栄養関連因子は十分に
解明されていないが,これまでに,乳児ではアミノ酸過
および肝TGは,対照(3日間市販飼料経口摂取)
に比べ
それぞれ約6倍,5倍,10倍高く,明らかな脂肪肝が認
められた。一方,経腸栄養剤を用いた経腸栄養(enteral
nutrition;EN)を3日間施行しても,このような肝障害
は認められず,対照と同等であった(図2)
。
②2週間無たん白食で飼育したラット(SD系,雄)
に,
剰投与で早期に肝内胆汁うっ帯をきたすことが報告され
kcal/Nがそれぞれ640,320,160,あるいは80と異なる
ているほか,グルコースの過負荷やrefeeding syndrome
TPN
(1日目:非た ん 白 カ ロ リ ー135kcal/kg/日,2∼
が肝障害の原因ではないかという報告もあり,そのため
3日目:270kcal/kg/日)
を3日間投与し,肝障害の指標
の対策が提唱されている。また,古くより,動物実験に
を測定したところ,AST,ALT,および肝TGは,kcal/
おいて,コリンの欠乏が血漿リポたん白質の産生に障害
Nが低いほど,すなわちアミノ酸投与量が増加するほど
をひき起こし,その結果,脂肪肝を惹起すること(図1)
増悪した。
が明らかにされている。
③2週間無たん白食で飼育したラット(SD系,雄)
に,
そこで,われわれは,2週間無たん白食で飼育した低
TPN液を3日間経腸投与し,肝障害の指標を測定した
栄養ラットにさまざまな方法の栄養管理を行い,栄養管
ところ,TPN施行時と同様にAST,ALT,および肝TG
理法―すなわち栄養投与経路,アミノ酸の投与量,栄養
は著しく上昇した(図3)
。
素の過不足―のうち何が肝障害の原因となりうるのかを
検討することにした。
2.まとめ
検討①より,肝障害はTPNのみに認められ,固形食
中心静脈栄養・経腸栄養と肝障害
1.検討内容
の経口摂取および経腸栄養剤の経腸投与では認められな
かったことより,肝障害の原因はrefeeding syndromeで
はないと考えられた。また,グルコースの過負荷も肝障
①2週間無たん白食で飼育したラット(SD系,雄)
に
害の原因としては否定的であった。検討②より,アミノ
3日間TPN
(1日目:非たん白カロリー130kcal/kg/日,
酸は用量依存的に肝障害を増悪することが確認され,検
kcal/N=77,2∼3日目:270kcal/kg/日,kcal/N=160)
討③より,TPNで生じる肝障害は投与ルートとは無関
を施行し,肝障害の指標を測定したところ,AST,ALT,
係であることが示された。
21
VLDL
Apo-C
Apo-E
nascent
VLDL
BLOOD
LIVER
HEPATOCYTE
HDL
orotic
acid
nascent
VLDL
Apo-A
Apo-C
Apo-E
glycosyl
residues
golgi
complex
smooth
andoplasmic
reticulum
carbon tetracyloride
amino
puromycin
acids
ethionine
carbon
tetrachloride
cholesterol
cholesteryl
ester
protein
synthesis
Apo-B-100
Apo-C
Apo-E
polyribosomes
rough endoplasmic
reticulum
membrane
synthesis
phospholipid
TRIACYLGLYCEROL
cholesterol feeding
EFA deficiency
choline
deficiency
EFA
1,2-diacylglycerol
nascent
polypeptide
chains
CDP-choline
choline
phosphocholine
ethanol
Acyl-CoA
FFA
図1
oxidation
lipogenesis from
carbohydrate
脂質の輸送と貯蔵
(Harper's Biochemistry:Ed by Langan C. East Nor walk Appleton & Lange, 1990)
TPN
(IU/L)
EN
(mg/g tissue)
600
Chow
*p<0.05
(g/dL)
10
80
8
60
400
6
40
20
*
2
*
*
**
0
図2
4
*
200
AST
ALT
0 Liver TG
0
TP
Alb
投与経路の検討:TPN vs. EN vs. p.o.
D-tube
CV
(IU/L)
(mg/g tissue)
400
100
*p<0.05
(g/dL)
10
*
8
300
6
200
50
4
100
0
図3
22
2
AST
ALT
0
Liver TG
0
TP
投与経路の検討:TPN fluid via CV vs. D-tube
Alb
0(6)
(IU/L)
(mg/g tissue)
100
2000
1.0(7)
*p<0.05
(g/dL)
10
8
1500
*
6
1000
50
*
4
*
500
2
*
0
図4
AST
*
ALT
0
0
Liver TG
TP
Alb
コリン添加-TPN(高アミノ酸)が肝機能に及ぼす影響
これらの結果から,われわれは,2週間無たん白食で
2.まとめ
飼育したラットに対してTPNを実施した際に生じる肝
検討①∼③の結果から,われわれは,2週間無たん白
障害の原因は,投与経路の如何ではなく,TPN液の組
食で飼育したラットに対してTPNを実施した際に生じ
成そのものにあると推測した。その1つとして,これま
る肝障害には,コリンの不足や欠乏が関与していると考
での報告と同様に,kcal/Nが低い,すなわちアミノ酸
えた。
投与量が多いTPN液の組成が肝障害の原因と考えられ
た。また,前述したように,脂肪肝の原因の1つとして
コリンの不足や欠乏が明らかにされていること(図1)
考察
と,TPN液中にコリンが含まれていないことから,わ
われわれの2週間無たん白食で飼育したラット実験
れわれはコリン欠乏が肝障害の原因ではないかと仮定
系,すなわち,たん白質代謝がcatabolic phaseからana-
し,以下の検討を重ねることにした。
bolic phaseへ移行する過程においてTPNを実施した際
に生じる肝障害は,TPN開始7日目ごろ,すなわちた
TPN施行中の肝障害とコリン欠乏
1.検討内容
ん白異化が改善しはじめたころより自然治癒することよ
り,一時的なものであって,臨床上問題とならない可能
性も否定できない。しかし,このような肝障害は,アミ
①2週間無たん白食で飼育したラット(SD系,雄)
を
ノ酸の過剰投与下においても,TPN液にコリンを添加
5群に分け,コリン含有量が1.0g/L,0.5 g/L,0.25 g/L,
することで抑制された。したがって,コリンの不足や欠
0.125 g/L,0g/Lと異なるTPN液
(1日目:非たん白カロ
乏は,TPNなどによる栄養管理下において,肝障害を
リ ー135kcal/kg/日,2∼3日 目:270kcal/kg/日,kcal
惹起する大きな原因ではないかと考えられた。
/N=160)
を3日間投与し,肝障害の指標を測定したと
成人のTPNにおいて,アミノ酸投与量は,かつて1g/
ころ,TPN液のコリン含有量が少ないほどAST,ALT
kg/日が推奨されていたが,現在では肝障害予防の観点
および肝TGの上昇がみられ,肝障害の増悪が認められ
より0.8g/kg/日以下とし,必要に応じて投与量を調節す
た。
るよう勧められている。これに加えて,肝障害予防の観
②2週間無たん白食で飼育したラット(SD系,雄)
を
コリン(1.0g/L)投与群およびコリン非投与群に分け,肝
点から,コリンの不足や欠乏に留意したTPN処方を行
うべきであると考えられた。
障害がより高度となるアミノ酸の多いTPN液(1日目:
なお,TPNに関連する肝障害は,長期TPN患者にし
非たん白カロリー135kcal/kg/日,2∼3日目:270kcal
ばしばみられる。長期TPN患者は,たん白異化状態で
/kg/日,kcal/N=80)
を3日間投与し,肝障害の指標を
はなく,また,脂肪乳剤(リン脂質としてコリンは吸収
測定したところ,コリン投与群のAST,ALTおよび肝
される)
が定期投与されていることから,一般的にコリ
TGはコリン非投与群のそれに比べて,有意に低かった
ンの不足や欠乏は考えられにくいが,今後は,長期TPN
(図4)
。
③2週間無たん白食で飼育したラット(SD系,雄)
に,
患者での肝障害に対するコリンの関与を検討していく必
要があると思われる。
コリン(1.0g/L)添加TPN液を3日間経腸投与したとこ
ろ,実験3でみられたような肝障害が抑制された。
本稿は,第39回および第40回日本外科代謝栄養学会で発表
した内容を短報としてまとめたものである。
23
Nutrition Support Journal
15
NUTRITION
CASE REPORT
経腸栄養剤エンシュア!・Hを併用し
短期で治癒を得た褥瘡症例
京浜会京浜病院 副院長1),同 栄養部長2),同 院長3)
志越
頼佳3)
り,仙骨部に褥瘡(DESIGN分類12点),要介護5度,寝
はじめに
たきり度 C2,Braden scale 10点。入院時検査所見は表
褥瘡治療には栄養への配慮が必要で,栄養素として策
1に示したが,喀痰より緑膿菌およびMRSAの分離を認
定された微量元素も注目されている。特に創傷治癒と関
めた。
連が深い亜鉛が重要視され,経管栄養例でも亜鉛が添加
臨床経過(図1)
:局所の減圧やスキンケアの徹底のほ
された経腸栄養剤や濃厚流動食が使用され治療に寄与し
か,栄養に関しては胃食道逆流が疑われ注入量を増すこ
ているが,経過が遷延する症例も経験される。
とが困難のため,1.5kcal/mLの富エネルギータイプの
今回,仙骨部褥瘡を有する経管栄養例に対し濃厚流動
!
濃厚流動食を朝に,単位量あたりのエネルギーと亜鉛が
食にエンシュア ・Hと微量ミネラル補給飲料を併用し,
多いエンシュア!・Hを昼および夕に1缶ずつ投与。ま
短期間で褥瘡を治癒させることができたので報告する。
た,さらに亜鉛を含め微量元素量を増す目的で微量元素
補給飲料を併用し,亜鉛摂取量を約20mg/日にまで増加。
症例
25日間で治癒を得た。耐糖能の悪化も生じなかった。
80歳,男性
既往歴:平成11年脳梗塞を発症し入院。その際糖尿病を
考察
指摘。
有褥瘡者の基礎疾患としては脳血管疾患の頻度が高
現病歴:脳梗塞発症後に片麻痺が残るも経口摂取可能で
く,経管栄養に至る症例が少なくない。このため経腸栄
あり在宅対応。平成15年10月末ごろより食事摂取が困難
養剤や濃厚流動食に関する知識,特に褥瘡治療に不可欠
となり,脳幹部梗塞と診断され入院加療も,パーキンソ
である亜鉛量への配慮が必要である。
ニズムが強く経口摂取は難しいため胃瘻造設され経管栄
経腸栄養剤には,亜鉛は従来から無機化合物として添
養となる。在宅困難のため平成16年1月介護療養型医療
加されていたが,食品に分類されるため非添加であった
施設である当院に転院。なお,前医では経腸栄養時に嘔
濃厚流動食にも酵母由来の微量元素が亜鉛を含め添加可
気様症状が出現し流涎も多いため,投与を1日4回に分
能になった。医療費包括化や食事加算などから当院を含
けて対応。エネルギーは1000kcal/日,亜鉛量は15mg/
め濃厚流動食を中心に使用する施設の褥瘡対策に寄与し
日であった。
ているが,問題点も浮上している。
入院時現症:身長161cm,体重43.3kg
(BMI 16.7)
,Glas-
褥瘡例に第六次改定日本人の栄養所要量(以下;第六
gow coma scale E4V2M2,四肢麻痺および関節拘縮あ
次改定)
に準じ微量元素が添加された濃厚流動食(以下;
表1
入院時検査所見
血
RBC
Hb
Hct
PLT
WBC
Eosino
Stab
Seg
Lymph
Mono
24
顕1),上野ゆん子2),熊谷
算
485万/μL
15.3!/dL
47.7%
22.0万/μL
6900/μL
4%
4%
70%
17%
5%
生化学
Na
K
Cl
Ca
T-P
Alb
BUN
Crn
T-Cho
CRP
141mEq/L
4.5mEq/L
100mEq/L
4.3mEq/L
6.6!/dL
3.7!/dL
15.0m!/dL
0.58m!/dL
169m!/dL
0.3m!/dL
糖尿病
HbA1C
7.0%
喀痰培養
緑膿菌
MRSA
(3+)
(+)
微量元素関連
Fe
148μ!/dL
トランスフェリン 163m!/mL
Cu
120μ!/dL
Zn
68μ!/dL
微量元素補助飲料 2パック/日
R
エンシュア・H
750kcal/日
銅
2.00m 亜鉛 19.71m 微量元素非添加 300kcal/日
HbA1C
6.4%
褥瘡
15.3
5
Alb
4
( /dL)
3.7
3
12.8
Hb
4.4
Alb
125
100
微量
元素値 75
(μ /dL)
50
3.5
Hb
13 ( /dL)
137
78
68
Zn
48
52
Fe
69
40
0
表2
14
12
11
127
Cu
120
図1
15
14.8
14
25(日)
本症例の経過
経腸栄養製品単位あたりの亜鉛量
流動投与量を増し結果として亜鉛量も増やす対応は,高
要介護度者の場合では筋緊張亢進や脊椎の変形から腹圧
100kcalあたりの
亜鉛量(m")
100mLあたりの
亜鉛量(m")
微量元素非添加製品A
0.15
0.225
非添加製品B
0.4
0.4
微量元素添加製品(第一世代)
1.0
1.0
添加製品
(第二世代・A)
1.0
1.0
エンシュア!・Hは100mLあたりの亜鉛量が2.25mgと
添加製品
(第二世代・B)
0.7
1.4
第一,第二世代に比し多く,エンシュア・リキッド!に
が上昇し胃食道逆流が起こりやすいため,嚥下性肺炎を
惹起する危険性がある。また,本症例は糖尿病がありエ
ネルギー量を増やせない状況もあり,同じ量やエネルギ
ーで比較して亜鉛量が多い製品を選択する必要があった。
エンシュア・リキッド!
1.5
1.5
比しても1.5倍の量となる。また,100kcalあたりの亜鉛
エンシュア!・H
1.5
2.25
量もエンシュア・リキッド!とならび多く,流動投与量
やエネルギーを増やせない症例での亜鉛補給目的にも有
用である。エンシュア!・Hは経腸栄養剤であるが,濃
第一世代)
の使用で血清銅高値を呈し,亜鉛値は増加せ
1)
厚流動食との併用であれば当院のような施設でも少負担
ず経過が遷延する症例が経験される 。第六次改定の銅
で済み,何より早期に治癒に導くことによるスタッフの
所要量が経管栄養患者では過剰とされており,銅と亜鉛
省力には代え難い。
は吸収拮抗作用があるため銅過剰状態が亜鉛の褥瘡部位
経腸栄養患者の個々の条件はさまざまであり,有褥瘡
への供給を妨げ,かつ血清値も増加しないものと推測さ
例への栄養対策も必ずしも一律でない。単一の流動食で
れる。最近は第六次改定に準じずに銅添加量を若干減じ,
の対応になりがちであるが,本症例のように微量ミネラ
相対的に銅に対する亜鉛の割合を増した添加流動(以
ル補給飲料の使用も含め特徴のあるさまざまな製品を併
2)
褥瘡例にも応用されている。
下;第二世代)
も製品化され ,
用することは意義があると思われる。
しかし,第一,第二世代とも所要量をある程度満たす
ことを目的としての微量元素添加であり,1200kcal/日
での亜鉛量は第一世代では10∼12mg/日程度。第二世代
では10mg以下に留まる製品もある(表2)
。有褥瘡時の
亜鉛摂取目標量として20mg/日以上が望まれるが,単一
製品の使用ではこの亜鉛量を満たすことは困難である。
文
献
1)志越 顕,上野ゆん子,熊谷頼佳:褥瘡と栄養検査―微量元
素の重要性も含めて―.臨病理レビュー 127:92-97,2003
2)湧上 聖:経腸栄養における微量元素の重要性.Nutrition
Support Journal 4:9-11,2003
25
NUTRITION
CASE REPORT
脂肪・炭水化物調整栄養食品グルセルナ!の
投与によりインスリン療法から離脱できた
経腸栄養中の2型糖尿病の1症例
東国東広域国保総合病院内科 医長 嵜野
浩
入院時現症,検査所見:身長,体重は測定できず(過去
症例
の測定時,身長136cm,体重40kg)。意識障害(JCSⅠ-3)
,
82歳,女性。
構語障害を認める。胸腹部に特記所見なし。左上肢麻痺,
現病歴:昭和57年糖尿病と診断され内服加療開始。平成
両下肢不全麻痺を認める。WBC6500/µL,
CRP2.5mg/dL,
5年インスリン療法開始。平成7年糖尿病性網膜症出現
随時血糖値273mg/dL,HbA1c9.8%,肝腎機能,電解質,
(両眼福田分類AⅡ)
。平成12年7月右尾状核の脳梗塞で
脂質に異常なし。
入院,以後左不全片麻痺を認める。平成14年5月左橋梗
入院後経過:意識状態,神経学的所見に著変なく,頭部
塞で入院,構語障害を認めた。自宅でのインスリン療法
MRIで急性期梗塞巣の所見を認めなかった。血液検査上
は困難と考え,内服療法に変更した。同年6月21日退院
軽度の炎症所見を認めたが感染巣は明らかではなく,抗
後はグリベンクラミド2.5mg/日内服でHbA1c7%前後で
生剤は使用せず輸液による経過観察を行いCRPは正常化
あった。
9月20日受診後しばらく来院せず。
12月27日「食
した。入院時より血糖値は高く(表1)
,当初スライディ
事の飲み込みが悪い」との理由で当科受診。意識障害,
ングスケールで対応したが経口摂取不能の状態が続くこ
構語障害の進行を認めたが,麻痺レベルや頭部CTに著
とから経腸栄養へ移行,1日4回のインスリン注射を開
変なし。経過観察目的で同日入院となった。
始した。K-2S1200mL/日(=1200kcal/日)
投与時,1日20
既往歴:平成14年5月 狭心症。
単位のインスリンで各食前血糖130∼160mg/dLと比較
表1
経過表
年
平成14
月/日
平成15
12/28 12/30
1/6
1/17
1/27
2/6
2/13
意識レベル
2/17
2/19
2/24
3/24
4/21
5/5
5/12
5/19
12/10
JCSⅠ-3∼Ⅱ-10
経腸栄養
食事・栄養
朝
昼
血
糖
値
(m"/dL) 夕
眠
前
治療
絶食
K-2S
400mL
K-2S
1200mL
245
404
R10
396
R8
168
R4
164
R4
327
R6
385
R8
392
R8
208
R4
160
R4
129
105
182
88
R4
137
R4
182
192
287
197
N10
175
N8
209
!
グルセルナ!
750mL
グルセルナ
1000mL
K-2S
1000mL
413
374
343
163
87
88
69
99
118
116
452
449
340
200
127
112
69
67
110
86
279
534
446
349
212
158
96
69
110
131
340
523
403
385
190
151
123
93
124
133
グリベンクラミド5m"
インスリン
(スライデ インスリン グリベ
ィングスケール) (定時4回注射)ンクラ
ミド
2.5m"
グリベ グリベ グリベンクラミド中止
ンクラ ンクラ
ミド ミド
3.75m" 2.5m"
メトホルミン500m"
!
!
血糖値の下段にインスリン投与量
(単位)を示す。R:ヒューマリン R,N:ヒューマリン N
26
126
的良好であった。介護型病棟へ転棟後,インスリン中止,
表2
グルセルナ!とK-2Sの250mL中の成分比較
グリベンクラミド2.5mg/日の投与を開始したが,その
後血糖値は食前200∼500mg/dLと悪化した。インスリ
グルセルナ!
K-2S
ン療法が必要と思われたが,インスリンでは申請中の介
栄養素
1缶(250mL)中
250mL中
護施設での受け入れが悪く,家族もインスリン療法を希
エネルギー
255kcal
250kcal
望しないことから薬物療法の増量,追加,栄養方法の見
たん白質
10.4"
(16.4%)
8.75"
(14.0%)
直しで対応することとなった。2月13日にK-2Sをグル
脂質
13.9"
(49.2%)
8.25"
(29.7%)
に変更しグリベンク
セルナ!1000mL/日(=1020kcal/日)
糖質
20.0"
(34.4%)
35.25"
(56.3%)
食物繊維
3.5"
−
ラミドも5mg/日に増量,また高齢ではあるが心肺機能
や肝腎機能に問題がないことからメトホルミン500mg/
日も追加したが,食前血糖300mg/dL前後と依然高値で
あった。身体活動度が低く短期間のカロリー減量も可能
と考え2月19日よりグルセルナ!を750mL/日(=765kcal
が少ない(表2)
。本症例のグルセルナ!200mL投与後60
/日)
に減量した。その後徐々に血糖値は改善しグリベン
分,120分の血糖上昇はそれぞれ39mg/dL,12mg/dLと
クラミドを漸減,5月12日には中止となった。5月20日
K-2S200mL投与時の89mg/dL,35mg/dLに比べ低値で
!
にはグルセルナ 中止,K-2S1000mL/日に戻したが,そ
あり,これはグルセルナ!の糖質の比率が少ないことに
の後良好な血糖値で推移している。
よるものと思われた。また脂質の組成では一価不飽和脂
肪酸(mono-unsaturated fatty acid;MUFA)
であるオレ
考察
経腸栄養剤は液体という形状のため吸収効率がよく,
耐糖能が低下した症例に投与した場合しばしば高血糖と
イン酸が多く配合されている。オレイン酸にはLDLや
VLDLの低下,HDL上昇作用があり,糖尿病患者におい
て高MUFA食では高炭水化物食に比べ血糖値や中性脂
肪,VLDL値が有意に低値であったとの報告がある1)。
なる。実際には経腸栄養の症例で厳密な血糖コントロー
本症例においても,グルセルナ!の特殊な組成が糖代
ルが要求されることは少ないが,経口糖尿病薬で食前血
謝の改善に関与したものと考えられた。経過中カロリー
糖値200∼250mg/dLを超える場合には高血糖による合
の減量による栄養状態の悪化などは認めなかった。本症
併症(脱水,ケトーシス,易感染性など)
の予防のためイ
例の年齢,身長,身体活動度から求められる栄養所要量
ンスリン療法が必要となる。
は約1160kcalで2)当院でも通常は1200kcalを下限として
本症例では当初,経腸栄養剤にK-2Sを使用し,イン
いる。身体活動度の低下した経腸栄養中の患者では1200
スリン投与中は比較的良好な血糖値であったが,インス
kcalでも体重増加や糖・脂質代謝の悪化を認めることが
リン中止,グリベンクラミド開始後から著明な高血糖を
多く,そのような症例での適切なカロリーについては今
認めた。インスリン再開を考慮する必要があったが,
諸々
後さらなる検討が必要である。
の理由によりグリベンクラミド増量,メトホルミン追加
での対応となり血糖値は改善しなかった。そこで経腸栄
養剤を糖尿病や耐糖能異常を有する患者の栄養管理に有
用であるとされているグルセルナ!に変更,さらに投与
カロリーを765kcal/日に減量した。これにより血糖値は
改善し最終的にグリベンクラミドは中止できた。
グルセルナ!の組成はたん白質16.4%,脂質49.2%,糖
文
献
1)Garg A, Bantle JP, Henry RR, et al:Effects of varying carbohydrate content of diet in patients with non-insulin-dependent
diabetes mellitus.JAMA 271:1421-1428, 1994
2)健康・栄養情報研究会 編:第六次改定 日本人の栄養所要量
食事摂取基準.東京,第一出版,252,1999
質34.4%で他の経腸栄養剤に比べ脂質の割合が多く糖質
27
Nutrition Support Journal
15
MEETING REPORT
理論を実践に
―ポストTNTで質の高い栄養管理をめざす―
出水市立病院 院長
大熊
利忠
Profile おおくま としただ
’66年熊本大学医学部卒業。’80年熊
本大学医学部第一外科文部教官講
師。’95年出水市立病院院長。第17
回日本静脈経腸栄養学会
(’02.1.31∼
2.1)
会長。専門分野:消化 器 外 科,
食道外科,外科代謝・栄養。
世界各国の医師を対象に臨床栄養法のglobal standardを普及させる教育プログラムであるTNT(Total Nutrition Therapy )は, 1996年にシカゴから始まり, 2000年にわが国に導入された。出水市立病院院長の
大熊利忠先生が代表世話人を務める九州地区では, TNTが導入当初より積極的に開催され, 2003年度には隔
月に, 2004年度には毎月行われている。これまでのTNT実施回数は,他地区に比べると圧倒的に多い 。
このようななか, TNTを受講した医師らからの強い要望で,ポストTNTが立ち上がった。今回は大熊先生に
その経緯・背景と今後の展望についてお伺いした 。
TNTは,医師のための臨床栄養に関する生涯教育プ
確かにTNTは,医師が,患者さんの栄養状態を評価
ログラムで,スライド講義,ワークショップ,症例検討
する技能および栄養療法の適応となる患者さんに最適な
の3つで構成されています。スライド講義は参加者全員
栄養療法を選択する技能を修得するための最初のプログ
を対象に行われますが,ワークショップと症例検討は8
ラムとしてはすばらしいと思います。
∼10名のグループで行われ,デバイスやポンプを用いた
ただ,TNTの内容は,基本的に,臨床栄養療法に関
実践的な演習を取り入れるなど,講義の習熟度を高める
してこれまでに有効性が証明された情報に基づいて構成
工夫がなされています。
されているため,非常にベーシックなものです。したが
って,TNTを受けただけでは,
「栄養管理の理論はわか
毎月,九州のどこかでTNTを開催
九州地区でのTNTは,私が代表世話人となり,日本
ではじめて開催された2000年から,現在,まる4年が経
っているけれども,実際に患者さんを目の前にしたとき
にどうすればいいのかわからない」という問題が少なか
らず生じるようです。そこで,前述したような要望が
TNTを受講した医師らから出されました。
ちました(取 材 時2004年10月)。当 初,参 加 者 は14∼15
名程度でしたが,最近は,TNT受講生の口コミなどに
より,毎回40名を超えるようになっています。
そこで,増え続ける参加希望者のために,2003年度は
隔月で,2004年度は毎月,九州のどこかでTNTを開催
するようになりました。大学や病院など,公共の施設を
学んだ理論をいかに実践するか,
その支援が必要
私はこのような医師らの気持ちがよくわかりました。
その理由はこうです。
会場にすれば,コストも抑えられるというわけです。す
当院では,私が主導となり1997年より臨床栄養管理に
ると近頃は,「TNTを今すぐ受講したいけれども居住地
関する教育・研修,あわせて可能なかぎり早期の経腸栄
区での開催がかなり先なので,九州で受けさせて欲しい」
養をめざした回診を開始し,
5年の準備期間を経て,
2002
と,千葉県や徳島県といった他地区からの参加者も増え
年7月に全科型NST
(Nutrition Support Team)を稼働さ
ています。
せました。このなかで,管理栄養士,看護師,薬剤師な
どのコメディカルは病院間の異動がないため,5年とい
TNT受講生から
ステップアップを望む声高まる
28
う歳月のなかで着実に臨床栄養管理の実力をつけていき
ました。しかし,医師は他病院への異動があるために,
臨床栄養管理に関しては常に新人が赴任してくる状態
実は,こうしてTNTが九州地区に広く普及すると同
で,教育・研修を繰り返していました。このとき,どん
時に,TNTを受講した医師らから,「次の段階のTNT
なに優秀な医師であっても,教育・研修を受けただけで
を開催して欲しい」という要望も相次ぎました。
は,臨床栄養管理を理解できても,それをすぐに実践す
ることはできないな,とよく感じていました。
表1
九州地区ポストTNT研修会スケジュール
つまり,学んだ理論を実践するために,たった2日間
のTNTだけではやはり無理があるということです。そ
こで,講師の方を交えて相談した結果,TNT受講者を
日時:平成16年4月24日(土)
場所:九州大学医学部百年講堂
第1・2ホール
対象にした「ポストTNT」を立ち上げることにしまし
た。
最新の情報で経腸栄養法の有用性
を示し,
栄養管理困難例の症例検討
を行い,実践力を養う
そして,2004年4月24日,九州大学医学部百年講堂で,
第1回目のポストTNTを開催しました。内容について
は,これまで述べたことをふまえて,最新の情報を盛り
込みつつ,臨床で遭遇しそうな栄養管理に難渋する症例
について検討することにしました。なぜなら,経腸栄養
法による腸管免疫,生体防御機能の向上といった最新の
話題を提供し,経腸栄養法の良さを実感してもらいたか
ったからです。
また,もう1つの理由としては,栄養管理に難渋する
症例を具体的に取り上げることで,問題解決能力を身に
つけてもらうことがあります。経腸栄養法の実施を戸惑
う多くの理由は下痢です。私にすれば,経腸栄養法で下
痢を起こすことは管理が悪いからなのですが,そうはい
ってもTNTで学んだだけでなかなかうまくいかないこ
ともあります。ポンプを用いて,経腸栄養剤を24時間持
続注入することで,下痢をはじめとした副作用がほとん
ど皆無になることなど,具体例で示すことが大切ですか
らね。
以上のような観点からプログラム(表1)
を組んだので
すが,福岡県,熊本県を中心に九州全域からTNTをす
でに受講した医師ら120∼130名が参加し,すでに「次回
はいつ開催されますか」という問い合わせがあるほど好
15:00∼ 【特別講演Ⅰ】
(30分)
座長:済生会熊本病院救急センター
前原 潤一先生
「Critical Careにおける栄養管理」
講師:新日鐵八幡記念病院集中治療部
海塚 安郎先生
15:30∼ 【特別講演Ⅱ】
(30分)
座長:久留米大学医療センター外科
貝原
淳先生
「腸管免疫と防御機能」
講師:出水市立病院院長 大熊 利忠先生
16:10∼ 【パネルディスカッション】
(発表10分,質疑10分/DR)
「栄養管理の困難例」
司会:鹿児島大学医学部小児外科
高松 英夫先生
熊本第一病院内科 野上 哲史先生
パネラー:TNT九州地区研修会世話人の先生方
(アイウエオ順)
「蛋白漏出性胃腸症の治療により
高度栄養不良が改善した1例」
福岡大学医学部第3内科 青柳 邦彦先生
「後続病院の管理レベルにあわせた管理を」
新日鉄八幡病院集中治療部 大栗由香子先生
「肝切除後の肝機能再生の為の栄養管理は?」
鹿児島大学病院手術部 大脇 哲洋先生
「セレン欠乏症について」
産業医科大学第2内科 原山 信也先生
「下痢のコントロールに難渋した1症例」
麻生飯塚病院救急部 中塚 昭男先生
「Feeding tube挿入による合併症
−tube malposition−」
済生会熊本病院救命センター
前原 潤一先生
18:10
終了予定
18:15∼
情報交換会 第3ホール
19:15
情報交換会終了
評でした。
参加したい,参加しやすいTNTを
開催することが大切
今後の予定として,少なくとも年1回はポストTNT
い」と思われるTNTを開催することが適切な栄養管理
を普及させる始まりです。
を開催しようと考えています。ポストTNTを通じて,コ
そのために,九州地区では,各県に5∼6名(全体で35
メディカルと一丸となり,実際に栄養管理を行う際に中
∼36名)
の講師を養成し,いずれの県でもTNTを開催で
心的役割を果たし,指導できる医師を輩出し,より質の
きるようにしています。また,講師はみなそれぞれに勉
高い栄養管理が広く実践されるようにしていきたいと思
強熱心で,大所帯なうえに,専門は消化器内科,消化器
っています。
外科に限らず,皮膚科,整形外科などさまざまな診療科
ただ,最後に強調しておきたいことは,「ポストTNT
であるにもかかわらず,みなとても仲が良く,チームワ
の前にTNTありきだ」ということです。TNTが魅力あ
ークが抜群です。こうしたことから,栄養管理について
るものでなければ,ポストTNTには繋がりません。ま
非常に幅広い話題を提供できるため,それが九州地区の
た,いくら魅力あるTNTであっても,なかなか開催さ
TNTの1つの魅力になっているのではないかと思いま
れず,受講者が増えなければポストTNTという話はで
す。今後も,九州地区では,これまでどおりTNTを積
きないと思います。まず,「参加したい」
,「参加しやす
極的に開催していきたいと思っています。
29
Medical Magazine 2005 Vol.6 No.1
2005年1月発行(非売品)
発行 株式会社メディカルレビュー社
〒541-0046 大阪市中央区平野町1-7-3吉田ビル
電話 06-6223-1468(代表)
*本誌の内容を無断で複製または転載すると,出版権・著作権の侵害になることがありますのでご注意ください。
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