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知的障害児を対象とした物語理解を促すための劇の活用

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知的障害児を対象とした物語理解を促すための劇の活用
発達支援研究 (2004) Vol.7.
知的障害児を対象とした物語理解を促すための劇の活用方法に関する事例的研究
今井
Ⅰ
問題
知的障害児の中には,言語的な能力に弱さがあ
Ⅲ
方法
1
対象児
友男
り,物語を繰り返し読んだり,聞いたりした場合
対象児は,知的障害養護学校中学部 1 年の女児
において,物語の内包する様々な情報を統合し物
(以下 A 児)と小学校特殊学級に在籍する 4 年生
語の一連の流れを理解することに困難を示す子供
女児(以下 B 児)の 2 名であった。
達がいる。加えて,物語理解を促すための支援を
2
臨床実施期間
2003 年 4 月から 2003 年 11 月まで,計 13 回の
導入しても,
「机上の学習」では,集中力が続かず,
学習活動に取り組む意欲を喚起しにくいという問
臨床場面を設定した。
題が生じる場合がある。
3
手続き
このため,知的な発達に遅れのある児童の物語
筆者(以下 MT)と,補助指導者(以下 ST1)の
理解を促すための支援においては,児童の動機と
計 2 名で臨床指導を行い,物語理解に関する支援
意欲を喚起し,非言語的な手段を用いて,物語に
活動の場面を分析対象とした。
実際の支援内容は,高木(1987)の物語理解の
おける表象の形成を促すための方法が必要である
評価に関する知見から,1 セッションの流れを以
と考えた。
下のように設定し,セッション終了後に,臨床活
伊勢田(1995)は,
「演劇」の持つ遊戯性や具体性
等の諸機能に注目し,物語を動作化・劇化した活
動を観察していた者全員でカンファレンスを行い,
動を行い,物語内の場面に出てくる登場人物の行
それを基に支援内容の修正を行った。
動を擬似的に体験することによって,物語に対す
1)物語の読み聞かせ
る具体的な心的表象を形成し,理解を促すことが
物語は,起承転結の4場面(約 1600 字程度)か
ら成るものを,各セッションごとに指導者が創作
できると述べている。
し,臨床活動に関わらない第三者が読み聞かせを
しかしながら,物語理解の支援という観点から,
行った。
劇を活用する方法について研究した事例は散見さ
れる程度であり,劇を活用して物語理解を促すた
2)自由再生課題
めには,課題場面の設定や,指導者の介入方法に
手がかりとなる情報を与える前の対象児の理解
ついて検討・提案する必要があると考えた。
の状態を把握するため,個別に物語の内容につい
Ⅱ
て,自由に指導者に報告してもらった。
目的
3)手がかり再生課題(劇活動前)
本研究では,物語理解に困難を示す軽度の知的
障害児 2 名を対象に,劇を活用した物語理解を促
自由再生において,欠落や誤再生があった場面
すための支援活動(以下劇活動)を行い,その効
について再度確認するために,その場面の登場人
果的な活用方法について検討・提案することを目
物の行動や中心的な出来事に関する質問を行った。
的とした。具体的には,以下 2 点について検討し
4)物語理解を促すための支援(劇活動)
た。
劇活動において,対象児に,特定の登場人物を
①劇を活用するための場面設定の方法
配役し,他者とのコミュニケーションを手掛りに
②劇活動における指導者の介入方法
して物語を再生してもらった。また,対象児同士
1
発達支援研究 (2004) Vol.7.
の関わりで,劇活動が展開しなくなった場合は,
の表象を形成することを重視した。このため,対
指導者が介入し支援を行なうこととした。
象児には,理解が不十分とされる場面のみを劇で
5)手がかり再生課題(劇活動後)
行ってもらい,その他の場面については,指導者
対象児の理解がどの様に変化したのかを評価す
が劇を行いつつ,物語の一連の展開を再現する活
るために,劇活動前と同様の質問を行った。
動を行った。また,対象児が劇活動中に滞ってし
Ⅳ
まった場合には,モデルを提示するために MT が介
結果
第 5 回のセッション以降,物語における中心的
入し,その児童の役を演じながら理解を促すこと
なエピソードについて「手掛り再生チェックリス
にした。しかしながら,この期の劇活動では,場
ト」
(質問紙)を導入し,各再生課題における対象
面ごとや滞った時点で,対象児の演じる役が変わ
児の正答数とそれに基づく正答率(%)の変化を捉
ることになるため,A 児が混乱を示す場面が見ら
えることにした。
れ,劇活動後の再生課題においても,劇活動前よ
各再生課題における A 児の再生率を図1,B 児
りも再生率が低下する様子が見られた。
の再生率を図 2 に示す。
1
3
劇活動未導入期(第 1∼3 回)の結果
劇活動活用後期(第 8∼13 回)の結果
この結果を受けて後期における劇活動では,混
今期は劇活動を導入する前の対象児 2 名の物語
乱を防ぎ,主な登場人物の行動に注目してもらう
理解の状態を把握することが主な活動であった。
ために,物語の主な登場人物を一貫して演じても
このため,対象児の時間的な順序の認識と一連の
らうことにした。
物語をどのように理解しているかを捉えるために,
さらに,具体的に物語の一連の流れの理解を促
第 3 回のセッションにおいて,WISC-Ⅲの「絵画配
すために,室内に物語に出てくる建物や場面をブ
列」課題を行い,さらに,配列したカードに基づ
ロックや画用紙等で作成し,その中を移動しなが
いてどのような内容か説明を行ってもらった。
ら,劇を展開させる活動に修正した。また,指導
その課題における発言・行動の様子から,A 児
者の介入方法は,対象児同士のコミュニケーショ
は,物語を場面ごとや部分的には理解できるが,
ンを手掛りに場面を想起することを重視し,第 9
それらの情報を一連の物語として理解することに
回のセッション以降 ST1 が対象児と同様の共同活
困難を示す場面が見受けられた。
動者の立場で介入し,対象児 2 名に対して,物語
また,B 児は,物語を理解する力はあるが,課
の展開について話し合う機会を積極的に作ってい
題に注意が向かないためにその能力を十分に発揮
くことにした。
できないという問題が明らかになった。
3
2
劇活動活用前期(第 4∼7 回)の結果
対象児 2 名の発言行動の変化
以上のように,場面の設定や,指導者の介入方
劇活動活用前期における課題場面の設定は,対
法に関する修正を行った結果,A 児は第 8 回のセ
象児の理解している部分を活用しつつ,物語全体
ッション以降混乱を示すことが無くなり,共同活
自由再生課題
手がかり再生課題
手がかり再生課題(劇活動後)
自由再生課題
100
100
80
再 60
生
率 40
20
80
再
60
生
率 40
20
0
手がかり再生課題
手がかり再生課題(劇活動後)
0
5
6
7
8
9
10
11
12
5
13
図1
6
7
8
9
10
11
セッション
セッション
A 児の各再生課題における再生率
図2
2
B 児の各再生課題における再生率
12
13
発達支援研究 (2004) Vol.7.
動者とのコミュニケーションを手掛りにして,
を与えることによって,A 児の物語理解が促され
「あ!わかった!」という発言の後,物語を展開
る様子が見受けられた。このことから,共同活動
させる場面も見られた。また,劇活動後の再生課
者たちが,互いに理解したことを動作的に表現す
題において再生率の向上も見られるようになった。 ることによって,対象児が物語の展開について考
B 児は,劇活動未導入期において,物語の読み
えるきっかけとなり,共同活動者たちのコミュニ
聞かせを行っている間,手遊び等が見られたが,
ケーションを手掛りにして,物語の展開を想起す
劇活動導入以降は,読み聞かせを行う前から「今
ることが可能になったと考える。また,B 児の劇
日は劇をする!」等の,後の劇活動を楽しみにし
活動導入後の活動に取り組む様子の変化から,物
ているよう発言が見られ,物語を集中して聞くこ
語を理解するための活動に「劇を行う」という目
とができるようになった。さらに,劇活動中 A 児
的を導入したことによって,B 児の学習に取り組
が次の展開を想起することができず滞ってしまっ
む意欲を喚起する事ができたと考える。
た場合には,自分の役割を演じながら,A 児に次
Ⅵ
結論
以上のことから,物語理解に困難を示す知的障
の展開を想起させるための手がかりを与えようと
する行動が頻繁に見られるようになった。
害児の支援において,劇を効果的に活用するため
Ⅴ
には,劇活動活用後期の対象児の変化から,課題
考察
本研究においては,A 児の劇活動活用後期から
場面の設定に関しては,室内にブロックなどで物
の再生率の向上に注目し,場面設定と指導者の介
語の場面を具体的に作成し,児童は主人公や主な
入方法に関して考察を行った。
登場人物を一貫して演じることが有効であると考
1
えられた。また,劇活用後期において,対象児同
場面設定の方法に関する検討
課題場面の設定に関しては,物語の場面をブロ
士の動作的なコミュニケーションによって理解が
ック等で作成した「空間的手掛り」を導入し主な
促されたことから,指導者は劇活動を様々な特性
登場人物を一貫して演じることが有効であった。
をもつ子供達が物語の内容について確認していく
学習の場として認識する必要がある。
対象児が,物語の主な登場人物を一貫して演じ
るという行為は,物語の登場人物の行動に注目す
また,その際に指導者は,補助指導者を子供達
ることである。このことは,由井(2002)が指摘
と同様の共同活動者の立場で,劇活動に介入させ,
するように,物語中の登場人物の意図や行動に注
子供達のコミュニケーションでは,劇活動が展開
目しながら,物語を読むことによって理解が促さ
しなくなった場合には,その原因や問題の解決方
れるという知見を支持するものであった。
法について話し合うきっかけを作る必要がある。
加えて,物語理解という時間的な順序に沿って
さらに,補助指導者も物語の登場人物の役を演じ
物語の一連の表象を形成する内的な活動を,劇と
ながら児童と関わり,児童が次の場面や出来事を
いう動作的連続性に基づく,具体的かつ外的な行
想起できるように動作的な促しを行う必要がある。
為に変換することによって,言語的な提示で理解
文献
することが困難な知的障害児に負担をかけること
なく,物語の表象を形成することが可能になった
伊勢田亮(1995)障害児の演劇教育.宣協社.
のではないかと考える。
高木和子(1987)幼児における物語の客観的理解のための認知的
2
劇活動における指導者の介入方法の検討
統制:TOPT 成績との関連による検討.山形大学紀要(教育科学)
,
劇活動が滞ってしまった際の指導者の介入方法に
9,319-331.
関しては,後期から ST1 が共同活動者の立場で介
由井久枝(2002) 幼児の物語理解に関する影響する要因:作動
入し,物語の展開について話し合う機会を作った。
記憶容量と意図情報の役割に注目して.教育心理学研究,50,
さらに,自ら役を演じ児童に動作的な手掛り
421-426.
3
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