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インドの対アフリカ政策 - 防衛省防衛研究所

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インドの対アフリカ政策 - 防衛省防衛研究所
防衛研究所ニュース
2008年8・9月合併号(通算124号)
ブリーフィング・メモ
インドの対アフリカ政策
研究部第6研究室長 伊豆山真理
2008年4月、ニューデリーで「インド=アフリカ・フォーラム・サミット」が開催
され、14カ国の首脳とアフリカ連合(AU)の代表が参加した。サミットでは「デリー
宣言」及び「アフリカ=インド協力の枠組み」と題する文書が採択された。インドが近年
アフリカ諸国との関係強化を進めているのは、単なる中国の後追いではなく、またエネル
ギー資源の獲得のみがその動機でもない。
アフリカ諸国とインドは独自の歴史的つながりを有する。
イギリス植民地時代末期より、
英領アフリカはインド系移民の活躍の場であったが、独立後インドは、アフリカの反植民
地運動の支持や非同盟運動を通して、とりわけ旧英領アフリカ諸国と密接な関係を維持し
てきた。またアフリカ全体で200万人を超えるインド系住民がおり、一部の国では政治
的・経済的関係のパイプとなっている。
インドはアフリカ地域にどのような利益を有しているのか。そしてどのような戦略的目
標を描いているのか。明示された統一的な戦略があるわけではないが、現在のインドのア
フリカにおける行動を観察すれば、およそ3つの利益が追求されているように見える。第
1に大国としての役割と責任を果たす機会、第2にインド洋の安全保障、第3にエネルギ
ー安全保障である。
政治分野の関係
2国間関係について見ると、インドが対等な戦略的パートナーシップ関係を築いている
のが南アフリカ共和国とナイジェリアである。90年代初頭、冷戦終結と経済開放政策へ
の転換の中で新たな外交政策を模索していたインドにとって、その後民主化を達成した南
アフリカとナイジェリアという両地域大国は、インドがアフリカ諸国との関係を築く上で
の格好の窓口となった。
94年に南アフリカで初めて選挙による黒人政権が成立すると、インドは直ちに南アフ
リカとの関係強化に着手した。インドは翌年1月の共和国記念日の主賓としてマンデラ大
統領を招待し、97年には戦略的パートナーシップ関係に合意した。南アフリカとの戦略
的パートナーシップは、アフリカ大陸に限定されない広がりを持っており、2国間関係を
超えて、南南協力、国連改革、環インド洋協力、非同盟強化等が盛り込まれていた。2国
間を超えた協力が具現化した例として、南アフリカとインドが牽引し、オーストラリアも
賛同した環インド洋7カ国会議(95年)が、97年にモーリシャスにおいて環インド洋
地域協力連合(IOR−ARC)の設立につながった。IOR−ARCには、6つのアフ
リカ諸国が参加している。また、インドと南アフリカは、ブラジルを加えた3国フォーラ
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ム(IBSA)を2003年に立ち上げ、外相間、国防相間の協議を行っている。インド
と南アフリカの間では、途上国のリーダーとして国際機構・制度を改革していくという志
向が共有されているといえる。
ナイジェリアとの間でも、99年の民主化を契機として関係強化が進み、2007年に
戦略的パートナーシップが宣言された。ナイジェリアは、インドの第3位の原油輸入先で
あり、原油輸入の12.3%を占める重要な供給国である。戦略的パートナーシップ宣言
では、民主的多元主義、寛容、経済発展、社会的正義といった共通の価値とともに、エネ
ルギー分野での協力を掲げている。
インドはまた、アフリカの地域統合にコミットしている。南部アフリカ開発共同体(S
ADC)との間では、97年に協力に関するMOUを締結し、2006年から定期フォー
ラムを設置している。アフリカ連合(AU)との間でも、2006年の総会に参加するな
ど関係を深めつつある。
軍事分野の関係
インドはアフリカにおいて、積極的なPKO活動とキャパシティ・ビルディング支援を
展開している。
冷戦後、国連PKOの増加に伴って、インドはアフリカ地域のミッションに積極的に参
加してきた。90年代以降ソマリア、ルワンダ、モザンビーク、アンゴラ、シェラレオネ
の国連PKOに部隊を派遣し、現在もコンゴ、エチオピア=エリトリア、スーダン、コー
トジボワールに合わせて7,241人の部隊と軍事監視要員を派遣している。
教育訓練については、もともと英連邦に属するアフリカ諸国からインドの国防大学等軍
の教育機関に留学生を受け入れていたが、2003年ごろからキャパシティ・ビルディン
グ支援としての明確な位置づけがなされるようになる。2003年、タンザニア、セーシ
ェルとの間で防衛協力に関する MOU が締結された。また2003年後半から2004年前
半の間にスーダン、モザンビークの国防大臣が訪印し、防衛協力の端緒となった。キャパ
シティ・ビルディング支援の例として、2003年7月、アフリカ連合サミットの主催国
であるモザンビークの要請により、サミット開催期間の沿岸警備のためにインド艦艇を派
遣するとともに、モザンビーク海軍に洋上訓練を行った。また、モーリシャスに対しては、
沿岸警備艇とヘリコプターの修理等技術支援の他、ヘリの操縦訓練も提供している。これ
ら東アフリカ諸国はインド洋を隔てた「拡大近隣国」と位置づけられており、海軍を中心
としたキャパシティ・ビルディングの対象国である。陸軍の訓練チームも派遣されている
例としては、セーシェル、ボツワナ、ザンビア、レソトがある。
南アフリカは、インドの装備供給国としても重要であり、2000年に防衛協力協定、2
003年には装備供給に関する協定が締結されている。インドは、南アフリカの地上ナビ
ゲーションシステム、ライフル、空対空ミサイル等に関心を示してきた。
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経済分野の関係
エネルギー戦略は、インドをアフリカに向かわせる新しい動機である。インドは過去5
年間の平均経済率が7%であるが、今後5%の成長を維持していくと、2030年までに
一次エネルギー需要が倍増し、石油の輸入依存度は90%に高まると予測されている。
石油輸入の7割を中東に依存しているインドが、石油の安定供給確保の観点からアフリ
カに注目するのは2003年ごろからである。2003年夏、初のスーダンからの輸入原
油を積んだタンカーがインドに到着すると、アドヴァーニ副首相が自ら港に出迎えた。こ
の年カーラム大統領は公式訪問先としてスーダンを選んでいる。
インドはアフリカにおける探鉱・開発事業への出資、自主開発に乗り出したが、アンゴ
ラでは中国に、ナイジェリアでは韓国との競争に敗れるなど失敗が続いた。インドの石油
天然ガス公社(Oil and Natural Gas Cooperation:ONGC、政府が74%の株式保有) が
2004年にアンゴラでの利権確保に失敗した理由は、インドのインフラ投資2億ドルに
対して、中国が合計20億ドルの開発援助を約束していたことにある。
この教訓を生かして2005年、ONGCは鉄鋼のミッタルと合弁で、ONGC-ミッタ
ル・エネルギー社を設立した。ONGC-ミッタルは、ナイジェリアで60億ドルのインフ
ラ整備事業を提示して、油田開発権を獲得した。
2006年にはONGCの海外部門(OVL)がスーダンの「グレーター・ナイル・プ
ロジェクト」のシェア(25%)をカナダのコンソーシアムから譲り受けることに成功し
た。このプロジェクトは、探鉱及び生産物分与契約とパイプライン協定とが一体となった
ものであり、現在日量30万バレルの原油が産出されている。中国とマレーシアもシェア
を持っており、中国がインドのシェア獲得に反対したとの報道もある。インドは7億2千
万ドルの初期投資を行っている。
インドの対アフリカ貿易は、2000年度の34億ドルから2007年度の261億ド
ルへと拡大し、アフリカが全輸出入に占める比率も3.6%から6.6%へと上昇してい
る。貿易、投資振興の取り組みは、インド政府、輸出入銀行、インド産業連盟が一体とな
って進められている。
インドのグローバルな役割の試金石としてのアフリカ
エネルギー資源の獲得、あるいはインド洋の安全保障という利益は、インドの国益から
一方的に導かれるものであり、かつ中国との競合的側面をもつものである。一方、インド
のグローバルな役割の追求という利益は、インドとアフリカ諸国との双方向的な関係から
導かれるものである。インドは国連安全保障理事会の常任理事国の資格を得るために、ア
フリカ諸国からの支持を必要としている。しかし、そのためにはアフリカ諸国の意思が反
映するように国連その他の国際機構を「民主化」するという課題を、インドは負っている
のである。WTOのドーハ・ラウンドにおいて、インドが途上国農業の保護という立場を
貫いて、先進国と鋭く対立したのはこのためである。PKOやキャパシティ・ビルディン
グの分野で、インドがアフリカ諸国の平和と安定に役割を果たしていることは既に見てき
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たが、より広く社会経済全般においても「発展のパートナー」たることを目指して、得意
分野を活用したいくつかの有力な協力を打ち出している。例えば、インドの製薬産業は、
HIV/AIDS治療に有効とされるジェネリック製薬を輸出している。IT分野では、
カーラム元大統領が先導してきた「パン・アフリカ・e-ネットワーク」に1億ドルの拠出
を約束した。インド=アフリカ・フォーラム・サミットが採択した「デリー宣言」では、
多元的民主主義の価値が改めて強調されているが、そこに含まれている「ジェンダー間平
等」を象徴するように、インドは女性だけから編成された即応部隊をリベリアのPKOに
派遣している。アフリカは、インドがグローバルな役割を果たして行く上での試金石なの
である。
本欄は、安全保障問題に関する読者の関心に応えると同時に、
防衛研究所に対する理解を深めていただくために設けたものです。
御承知のように『ブリーフィング』とは背景説明という意味を持ちますが、
複雑な安全保障問題を見ていただく上で本欄が参考となれば幸いです。
なお、本欄における見解は防衛研究所を代表するものではありません。
ブリーフィング・メモに関する御意見、御質問等は下記へお寄せ下さい。
ただし記事の無断引用はお断りします。
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