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総 説 大脳皮質の機能と局所回路 - Kyushu University Library
福岡医誌 101(12):247―256,2010 247 総 説 大脳皮質の機能と局所回路 九州大学医学研究院 分子生理学分野 大 木 研 一 はじめに 過去 50 年にわたり,視覚野は,大脳皮質の神経回路のモデル系として研究されてきた.近年の技術の進 歩により,神経回路の機能構築を細胞レベルで研究することが可能になった.この総説では,大脳皮質の 局所回路について,現在何が問題になっているかを説明するとともに,技術の進歩によりもたらされた最 新の研究結果について解説する. 1.方位選択性の形成と階層モデル 今からおよそ 50 年前に,哺乳類の視覚野の細胞が,特定の傾きの刺激に対して選択的に反応することが, Hubel と Wiesel らによって発見1)されてから,現在に続く大脳皮質における情報処理の研究が始まった. ネコの視覚経路においては,視床の外側膝状体の神経細胞の受容野は同心円状であり,視覚野の入力層 −第4層にある単純細胞の受容野は特定の向きに長細く伸びていて,特定の傾きに対して選択的に反応す る.このことから,単純細胞には,同心円状の受容野を持つ外側膝状体の神経細胞からの複数の入力が収 束して,その長細く伸びた受容野が形成されているのではないかと提唱された2)(図1).さらに,視覚野 の第 2/3 層にある複雑細胞の反応選択性は,単純細胞から複雑細胞への結合によって形成されるのではな いかと提案された2).これらの提案は視覚処理の階層モデルと呼ばれている. 第4層の単純細胞の方位選択性が,視床―大脳皮質間の特異的結合により形成されていることは,相互 相関解析法による外側膝状体―単純細胞間の結合様式の研究や3),大脳皮質の回路の活動を止めた後でも, 単純細胞の方位選択性が変わらない4)~6)ことなどから支持されている. 一方,大脳皮質内の局所回路の役割については,研究が困難を極め,あまりよくわかっていない.細胞 外記録同士の相互相関解析法では,シナプス前の細胞の発火(活動電位)が,シナプス後の細胞の発火と どれだけ相関しているかを調べるが,皮質内の局所回路におけるシナプス結合は微弱であるため,一般に, 単一のシナプス前細胞の発火は,シナプス後の 細胞の発火に大きな影響を及ぼさず,相互相関 解析法により詳細に解析することが困難であっ た.第4層の単純細胞が,第 2/3 層の同じ方位 選択性の複雑細胞に結合していることは示され たが7),結合様式の詳細はまだ明らかになって いない. このように,生体において,大脳皮質の局所 回路の結合様式を調べることは,現在に至るま で非常に難しく,大脳皮質の神経細胞の反応選 図1 視覚野の単純細胞の受容野が,外側膝状体の入力から形 成されるモデル.文献1より. Kenichi OHKI Department of Molecular Physiology, Graduate School of Medical Sciences, Kyushu University Function and Local Circuits of Cerebral Cortex 248 大 木 研 一 択性が,どのような局所回路によって形成されているのかについては,前述の入力層を除いて,ほとんど 不明なままとなっている.この問題を解決するためには,神経細胞の反応選択性と局所回路の関係を調べ ることのできる新しい方法論が必要と考えられる. 2.大脳皮質の神経結合の粗視的特異性と微視的特異性 大脳皮質の神経結合の特異性を考えるとき,領野レベルの粗視的特異性から,シナプスレベルの微視的 特異性まで,何段階にも区別して考える必要がある.最も粗視的なレベルは,数 mm から数 cm に及ぶス ケールで,皮質の各領野全体を占めるような大域的なマップ―視覚野における網膜部位対応マップや,体 性感覚野における体部位対応マップなどがある. 次のレベルは,数十ミクロンから数百ミクロンのスケールの特異性で,各領野内の縦方向の構造―コラ ム構造と,横方向の構造―層構造に従う特異性である.縦方向の構造は,方位選択性コラムや眼優位性コ ラムなどの機能コラム構造であり,機能構築ともよばれ,数十から数百ミクロンのスケールで,同じ特徴 に反応する神経細胞が集合している2). 皮質への入力は,この機能構築に従って,異なる区画には異なる入力が入ることが多い.例えば,視覚 野の入力層(第4層)では,外側膝状体の入力が,眼優位性コラムに従って右眼からのものと左眼からの ものに分離して入力している8).大脳皮質の異なる領野間の結合9)10),皮質内の回路11)12)についても,機 能構築に従う特異的な結合が見られることがある.また層構造については,皮質への入力,皮質からの出 力,皮質内の回路,いずれも層特異的である13)14). さらに次のレベルは, 「幾何学的」特異性15)~17)と呼ばれている.このレベルでは,0.2-2 ミクロンのス ケールで,軸索と樹状突起がどれだけ近づくかを考える(図2).最後のレベルは,0.02-0.2 ミクロンのス ケールで,実際にシナプス結合があるかどうかであり,従来の光学顕微鏡では観察することができない. 幾何学的特異性が最終的なレベルなのか,それともシナプスレベルの特異性を考える必要があるのかに ついては,Peters の法則15) を巡って議論されている.Peters の法則とは,ボストン大の神経解剖学者 Alan Peters に因んで名付けられ,軸索終末は,十分近傍(0.2-2 ミクロン)にある樹状突起に対して,非 特異的にシナプスを作っていると仮定するものである(Peters 自身は,必ずしもこの説の信者ではない). 近年,大脳皮質の局所回路について,いくつかの幾何学的レベルの解析がなされた.体性感覚野では, 300 ミクロン以内にある錐体細胞のどのペアを見ても,少なくとも一か所で軸索と樹状突起が接触してい るのが観察された16)17)(シナプスがあるかどうかは不明だが).このことは,300 ミクロン以内にある錐体 細胞については,少なくとも幾何学的レベルの接触があることを意味している. しかしながら,前述のように,幾何学的レベルの接触は必ずしもシナプス結合があることを保証してい ない.接触部にシナプス・ボタン(軸索終末)が存在すると,シナプス結合の存在がより強く示唆される が,シナプス・ボタンは幾何学的接触の一部にしか存在せず,錐体細胞のどのペアの間にも存在するもの ではなかった.また,錐体細胞のペアの間の,シナプス・ボタンの数と,生理的なシナプス結合の強さの 間には,強い相関が見られた16). Peters の法則は,幾何学的な結合と機能的結合が比例すると言い換えられるが,実際に幾何学的な結合 と機能的結合を比較することにより,Peters の法則の直接的検証が体性感覚野で試みられた18).結論と しては,幾何学的結合だけからでは,機能的結合の強さを予測することはできず,他の要因を考慮に入れ る必要があった.すなわち,神経細胞の細胞型(錐体細胞など)と,その細胞体の存在する縦方向の位置 (どの層にあるか)と横方向の位置(マップのどこに存在するか―この場合,バレルにあるか中隔にある か)を考慮する必要があった. シナプス結合の生理学的研究からも,神経細胞は近傍の細胞にランダムに結合しているわけではないこ とがわかった.スライス標本で,二つの細胞から同時に細胞内記録を行うことにより,神経細胞は隣接す る細胞のごく一部だけと結合していて,そのような結合は細胞型に特異的であることが示された19)~23). さらに,同じ細胞型(錐体細胞)間の結合についても,結合はランダムではなく,クラスター化した結合 大脳皮質の機能と局所回路 図2 軸索(青)と樹状突起(赤)が近 づいても,必ずしもシナプス結合 があるかどうかは,わからない. 2 ミクロン以下に近づいたとき, 幾何学的結合があるというが,必 ずしも機能的結合に対応していな い.文献 17 より. 図3 249 2/3 層の錐体細胞同士は,4層の細胞 から共通の入力を受け取っているとき のみ,お互いに結合を持っていて,4 層から共通入力を受けない時は,隣り 合う細胞同士の間でも,ほとんど結合 が見られない.この図では,赤い細胞 同士は4層の特定の細胞から共通入力 を受けていて,青い細胞同士は4層の 別の細胞から共通入力を受けている. 赤い細胞同士の間には結合があり,青 い細胞同士の間にも結合があるが,赤 い細胞と青い細胞の間には結合がみら れない.すなわち,赤い細胞との集団 と,青い細胞の集団は,空間的に重 なっているが独立したサブネットワー クを構成している.文献 25 より. 様式が見られることが,シナプス結合の統計的解析により示された24). このようなクラスター化した結合様式により,複数の細胞からなるサブネットワークが形成されている 可能性がある.実際,げっ歯類の視覚野には,そのような,空間的に重なっているが独立したサブネット ワークの存在が示唆されている25)26).すなわち,2/3 層の錐体細胞同士は,4層の細胞から共通の入力を 受け取っているときのみ,お互いに結合を持っていて,4層から共通入力を受けない時は,隣り合う細胞 同士の間でも,ほとんど結合が見られなかった(図3). これらの大脳皮質におけるサブネットワークの機能的役割は未だ不明であるが,最新のイメージング技 術によれば,これらのネットワークと機能との関係を明らかにすることができるかもしれない. 3.細胞レベルの機能マッピング:視覚処理の細胞レベルでの機能構築について Hubel と Wiesel 以来の電気生理学的研究によれば,隣り合う細胞は,眼優位性や方位選択性などの反応 選択性が類似していることが多い.これらの反応選択性の類似した機能的細胞集団は,皮質表面と垂直方 向にコラム状に配列している.一方,皮質表面と平行な方向には,反応選択性が連続的に変化して,2次 元の機能マップになっている2).また,このような3次元的な細胞の配列は,機能構築と呼ばれている. 光計測法の登場により,機能マップの全体的な幾何学的構造を調べることが可能になった27)28).光計測 法の空間的分解能(> 100µm)は,大脳皮質の機能マップを調べるには十分であったが,方位マップの pinwheel(風車)構造28)や,方向マップの不連続構造などの,細胞レベルの構造を調べるのには十分でな かった29). 近年,2光子カルシウムイメージングを使って,生きたままの個体の脳から,細胞の活動を直接見るこ とが可能になった30).当初は,単一の細胞に細胞内電極からカルシウム指示薬を注入していたが30),細胞 250 大 木 研 一 膜透過型(AM エステル型)のカルシウム指示薬を使って,多数の細胞に同時に導入する方法が開発31)された. この方法を使って,大脳皮質の局所回路(直径 300-600µm)にある全ての細胞の反応選択性を,単一細 胞レベルの分解能で調べることが可能になった(図4)32).この方法によれば,何百から何千もの細胞の 反応を同時に調べられるだけでなく,それらの細胞が局所回路内でどこに位置しているかを精密に調べる ことができる. 4.単一細胞レベルの精密さを持った機能的境界 機能的な境界において,細胞の反応選択性が急激に変化することは,Mountcastle らによる機能コラム の発見のときから観察されていた33).より最近の研究によれば,体性感覚野では,離散的な機能コラムが ハチの巣状の構造をしているらしい34).一方,視覚野において,方位選択性は,稀に見られる不連続点を 除けば連続的に変化する35). 2光子カルシウムイメージングを使った最近の研究により,ネコの視覚野の方位選択性と方向選択性の 機能的境界は,非常に精密であることがわかった32)36).ネコの二次視覚野(18 野)では,一つの傾き(方 位)に反応する領域が,反対の動きの方向に反応するサブ領域を含んでいることが知られていたが,細胞 レベルでの構造はわかっていなかった.2光子カルシウムイメージングにより,反対の動きの方向に反応 する細胞は,細胞体1つか2つ分の境界を隔てて,空間的に完全に分離していることがわかった(図5)32). 方位マップの pinwheel(風車)構造は,もう一つの種類の視覚野のマップの特異点である27)28).光計測 法によって,これらの pinwheel 構造が明らかになったが,空間分解能の不足のために,pinwheel の中心 近くにある細胞の反応特性や,それらがどう配列しているかについてはわからなかった.電極記録により, pinwheel の中心近くにある細胞も鋭い方位選択性を持っていることがわかったが38)39),これらの細胞が, その方位選択性に関してランダムに配列しているのか,それとも秩序立って配列しているのかはわからな かった.2光子カルシウムイメージングを使って,pinwheel の微細構造を調べたところ,pinwheel の中 心に至るまで,異なる方位選択性を持つ細胞が空間的に分離していて,どの方位に選択的かによって秩序 立って配列していることが分かった(図6)36). このように,大脳皮質のマップに鋭い不連続点・線があることが判明したが,そのことから以下のこと が問題となった.不連続点・線の鋭さは,神経細胞の樹状突起の空間的サイズよりもかなり小さく,神経 細胞が樹状突起上の入力を単に加算するとすれば,このような鋭い不連続性を実現することは難しく,何 らかの特殊なメカニズムが働いているのではないかと考えられた. 例えば,(1)機能的境界の片側にある類似した反応選択性をもつ細胞間に選択的な結合があるのかもし れないし,(2)樹状突起全体への入力が均一に重要なのではなく,その一部,例えば細胞体近傍への入力 や尖端樹状突起(apical dendrite)の束40)41)への入力が反応選択性を決めるのに重要なのかもしれないし, (3)活動電位発生の閾値などの非線形な入出力変換が,機能的境界近傍の神経細胞の反応選択性を鋭くし ているのかもしれない39). 単一細胞の解像度を持つ2光子カルシウムイメージングと,他の技術を組み合わせれば,上記の可能性 のうちどれが正しいか検証できるかもしれない.例えば,神経細胞の機能と回路の関係は,神経細胞で発 現している分子マーカーでラベルしたり,神経細胞の樹状突起や軸索などの詳細な形態を調べたり,投射 先から逆行性のラベルをしたりして,追求することができるだろう. 5.反応選択性に機能コラムは必要不可欠ではない 上述のように,高等哺乳類では,方位選択性コラムは結晶のように細胞一つのレベルに至るまで機能に よって整然と配列している.それではこのような機能コラムは何のために存在するのだろうか.Hubel と Wiesel の提案によると, 「空間的に近い細胞ほど,お互いに結合を持つ,もしくは共通の入力を受ける確立 が高いと考えたほうが合理的に思える.少なくとも,共通の入力を受ける細胞を空間的に近くに配置した ほうが経済的であるといえる. 」 大脳皮質の機能と局所回路 図4 2光子イメージングで,大脳皮質視覚野の細胞 の活動を見る実験の例.赤外の超短パルスレー ザー(中央の図,赤の線)を使うことにより, 大脳皮質の細胞の活動を見ることができる.大 脳皮質の神経細胞には,カルシウム感受性色素 が導入されているため,活動電位の発生ととも に細胞体にカルシウムが流入し,蛍光を発する (中央の図,緑の線).大脳皮質の視覚野の神経 細胞は,特定の傾きの視覚刺激に反応する.左 の図の斜めの縞模様は,動物に提示された視覚 刺激の例である.いろいろな傾きの視覚刺激を 提示することによって,各細胞がどの傾きに一 番よく反応するか調べることができる.右の図 は,視覚野の表面から約 0.3mm のところを2 光 子 イ メ ー ジ ン グ で 撮 像 し た 絵 で,0.3 × 0.3mm の範囲に約 100 個の細胞が見えている. この図では,各細胞をどの傾きに一番良く反応 したかによって色分けして表示してある.緑の 細胞が縦向き,赤の細胞が横向きに最も良く反 応したなど. 図5 ネコの視覚野に見られた方向選択性の機能的境界.(a)方向選 択性マップ.大脳皮質 2/3 層の表面から深さ 0.2mm のところ を 0.3 × 0.3mm の範囲で2光子イメージングで撮像している. 緑の細胞は右上の方向に動く刺激に選択的に反応し,赤の細胞 は左下の方向に動く刺激に選択的に反応した.反対の動きの方 向に反応する赤と緑の細胞が,細胞体1つか2つ分の境界を隔 てて,空間的に完全に分離していることがわかる.スケール: 0.1mm.(b)図 b の中の1−6番の細胞の視覚刺激に対する 反応.横軸が時間で,縦軸がカルシウムのシグナルの上昇を表 す.8つの異なる方向に動く視覚刺激(図の上)が提示されて いる.1−3は右上の方向に動く刺激に選択的に反応し,5, 6は左下の方向に動く刺激に選択的に反応している.細胞4は 境界上にあって,両方の方向に同程度反応している.文献 32 より. 251 図6 ネコの視覚野に見られた方 位選択性マップの風車 (pinwheel)構造.大脳皮 質 2/3 層を 0.3 × 0.3mm の範囲で2光子イメージン グで撮像している.9つの 異なる深さにある約 1000 個の細胞が,どの方位(傾 き)に最も良く反応したか によって色分けしてある. pinwheel の中心に至るま で,異なる方位選択性を持 つ細胞が空間的に分離して いて,どの方位に選択的か によって秩序立って配列し ていることが分かる.文献 36 より改変. 図7 ラットの視覚野に見られた 方位選択性マップ.大脳皮 質 2/3 層 の 表 面 か ら 深 さ 0.3mm のところをを 0.3 × 0.3mm の範囲で2光子 イメージングで撮像してい る.約 150 個の細胞が,ど の方位(傾き)に最も良く 反応したかによって色分け してある.異なる方位に反 応する細胞が混ざり合って 存在しているが,それらの 細 胞 は 鋭 い 方 位 選 択 性を 持っている.文献 32 より 改変. 252 大 木 研 一 しかしながら,機能コラムは必ずしも鋭い反応選択性を得るために必要ではない32)42)~44).マウ ス45)~47)やラット48)~50)の視覚野では,方位選択性コラムが存在する証拠がないが,神経細胞は鋭い方位 選択性を持っている.実際,二光子カルシウムイメージングを使って,ラット32)やマウス51)では,異なる 方位に反応する細胞が混ざり合って存在しているが,それらの細胞は鋭い方位選択性を持っていることが 示された(図7) . げっ歯類の視覚野で,最適方位の異なる細胞が混ざり合って存在している32)ことは,これらの細胞の間 に特異的な結合があることを示唆している.高等哺乳類のように方位選択性コラムが存在すると,近傍に 類似した方位選択性の細胞ばかりあるので,非選択的な結合をしても方位選択性を獲得することができる. しかしながら,げっ歯類の視覚野では,非選択的な結合によって,方位選択性を獲得することはできない. 従って,げっ歯類で見られた鋭い方位選択性は,おそらく,類似した方位選択性の細胞の間の選択的な結 合などの特異的なメカニズムによると考えられる.これらの選択的な結合がサブネットワーク24)25)を形 成しているのかもしれない. 何故げっ歯類には方位選択性コラムが存在しないのだろうか?一つの理由として考えられるのは,げっ 歯類の視覚野は機能コラムを持つには小さすぎるのかもしれない.他の可能性としては,げっ歯類は視覚 が発達していないので,コラムが必要ないのかもしれない.しかしながら,げっ歯類の一つである灰色リ スは,比較的大きな視覚野を持ち(ツパイより大きく,フェレットと同じくらい),視覚も発達しているが, 方位選択性コラムを持たないと考えられている42)52). 上記のように方位選択性コラムのない視覚野は,視覚野の大きさに関わらず,げっ歯類およびウサギ目 に限られていることから,これらの種と高等哺乳類の間には何らかの遺伝的な違いがあって,それが大脳 皮質の回路の発生に影響を及ぼし,方位選択性コラムの有無を決めている可能性も考えられる.実際, げっ歯類と高等哺乳類では,神経幹細胞から神経細胞への分化の様式に違いがある53)~56).このような発 生様式の違いが,大人の脳での神経回路の違いに関係しているのかもしれない57). 6.大脳皮質の局所回路の結合を調べる新しい方法 2光子機能イメージングを使った研究により,上記のように,いくつもの新しい問題が提起されたが, その多くは神経回路を解析するための新しい解剖学的な技術により検討することが可能かもしれない. 最近,電子顕微鏡の連続切片を自動的に取得する技術が開発され58),これによって,大脳皮質の神経回 路の大規模な配線図を調べる可能性が見えてきた.また,ウイルスを使って,結合のある細胞のサブネッ トワークを調べる技術が開発されている59)~61).その中でも有望なのは,遺伝子改変した狂犬病ウイルス を用いる方法で,ある単一の標的細胞に直接シナプス入力を送っている全ての神経細胞をラベルすること ができる62). これらの方法と,2光子イメージングによる単一細胞の分解能での機能マッピングを組み合わせれば, 大脳皮質の局所回路のより完全な機能的および解剖的な描像が得られるであろう. 大脳皮質の神経細胞は,様々な細胞型(cell type)に分類されるが,それらの細胞の情報処理における役 割はわかっていない.遺伝学的な技術の進歩により,生きた動物で神経細胞の細胞型を調べることが可能 になってきている.特定の細胞型の細胞だけが蛍光タンパクでラベルされたような遺伝子改変動物が次々 に開発されており63)~67),GENSAT68),Allen 脳科学研究所69)などでは,千を超える種類の遺伝子改変動 物が作成されている.これらと2光子カルシウムイメージングを組み合わせれば,複雑な大脳皮質の回路 の中で,細胞型に特異的な機能を調べることができる70).この方法により,抑制細胞が大脳皮質の情報処 理にどのような役割をはたしているかについての理解が進むと考えられる. 最後に,生体の脳で,神経細胞の活動を細胞レベルで変化させる技術が急速に発展しつつある71)~73). これらの技術を使って,細胞型特異的に細胞の活動を抑制すれば74),各細胞型の情報処理における機能を 理解することができるかもしれない.さらに,光で神経細胞の活動を制御することが,チャンネルロドプ シンやハロロドプシンなどの光によって開口するイオンチャンネルの遺伝子を導入することにより可能に 大脳皮質の機能と局所回路 253 なり,ミリ秒の分解能で神経活動を操作することが可能になってきている75)~77).これらの技術を2光子 カルシウムイメージングを組みあわせれば,神経細胞が感覚刺激に反応するのを観察しながら,個々の神 経細胞を興奮させたり抑制させたりすることも可能になるだろう. おわりに 大脳皮質の神経回路が特異的であるのか,それともランダムであるのかについて長い間議論されてきた. 2光子カルシウムイメージングによる細胞レベルの機能イメージングにより,大脳皮質の機能的な微小構 築が明らかにされつつある.げっ歯類の視覚野では,機能コラムが存在しないのにも関わらず,個々の神 経細胞は選択的な反応を示しており,神経細胞のサブネットワークを構成するような特異的な結合がある のではないかと示唆される.一方,スライス標本を用いた研究からは,特異的な結合やサブネットワーク の存在が明らかになりつつあるが,その機能は未だ不明である.機能イメージングと新しい解剖学的方法 を組み合わせれば,数年のうちに,機能的な微小構築と特異的な結合の関係が明らかになると思われる. 参 考 文 献 1) 2】 3) 4) 5) 6) 7) 8) 9) 10) 11) 12) 13) 14) 15) 16) 17) 18) Hubel DH and Wiesel TN : Receptive fields of single neurones in the cat's striate cortex. 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