...

健康長寿のための免疫学的アプローチ

by user

on
Category: Documents
6

views

Report

Comments

Transcript

健康長寿のための免疫学的アプローチ
健康長寿のための免疫学的アプローチ
Received:Oct. 20, 2011
Accepted:Feb. 4, 2012
Published online: Feb. 29, 2012
Review Article
Immunological Approaches for Healthy Longevity
Masaaki Miyazawa 1), Kimihiro Okubo 2), Kimiyasu Shiraki 3), Mitsuo Maruyama 4,5), Jun Yamada 4,6,7), Hidekazu
Yamada 8,9)
1) Department of Immunology, Kinki University School of Medicine
2) Department of Otolaryngology, Nippon Medical School
3) Department of Virology, Graduate School of Medicine and Pharmaceutical Science, University of Toyama
4) Department of Mechanism of Aging, National Center For Geriatrics And Gerontology Research Institute
5) Department of Aging research, Nagoya University Graduate School of Medicine
6) Department of Ophthalmology, Meiji University of Integrative Medicine
7) Department of Ophthalmology, Kyoto Prefectural University of Medicine
8) Antiaging Medical Center, Kinki University
9) Department of Dermatology, Kinki University School of Medicine Nara Hospital
Anti-Aging Medicine 9 (1) : 43-50, 2012
(日本語翻訳版)
健康長寿のための免疫学的アプローチ
宮澤正顕 1)、 大久保公裕 2)、 白木公康 3)、 丸山光生 4)、 山田潤 4,6,7)、 山田秀和 8,9)
1)
2)
3)
4)
5)
6)
7)
8)
9)
近畿大学医学部免疫学
日本医科大学耳鼻咽喉科
富山大学大学院医学薬学研究部ウィルス学
国立長寿医療研究センター研究所老化機構研究部
名古屋大学大学院医学研究科老化基礎科学講座
明治国際医療大学眼科学
京都府立医科大学視覚機能再生外科学
近畿大学アンチエイジングセンター
近畿大学医学部奈良病院皮膚科
抄録
加齢に伴って種々の臓器の働きが変化し、 いわゆる 「衰え」 という感覚的表現が用いられるようになるが、 その背景には
酸化ストレスの蓄積、 循環不全にまつわる低酸素状態、 過酸化脂質の関与などが示唆されている。 加齢に伴う変化や老化
は時間の流れと直結しておらず、環境因子や個体によって変化度合いが異なる。 臓器の機能変化をマクロで捉えた 「衰え」
と対峙して抗加齢医学を実践するためには、 細胞レベルの機能変化を念頭に置いた健康療法、 すなわち免疫学的アプロー
チが必要である。 免疫学という言葉にアレルギー反応を示す事が多々見受けられるが、 感染、 炎症、 発生、 神経、 内分
泌、再生などあらゆる分野に関係していることから、既に免疫学的アプローチは身の回りに多数用いられている。 加齢に伴い、
炎症応答の変調、 自己防御の為の免疫系の変調、 増殖能の変化、 遺伝子発現の変化などが生じており、 この機序解明と
それぞれに対する特異的な療法の開発が期待されている。 近年、 自然免疫と、 獲得免疫のメカニズムが詳しくわかるように
なり、 免疫制御による疾患予防も進んできた。 そのなかでレトロウイルス感染に伴う白血病の誘導過程の制御、 アレルギー
に対するアレルゲン免疫療法、 帯状疱疹に対する予防ワクチンをとりあげるとともに、 加齢に伴って脆弱になる免疫老化機
構の遺伝子 ・ 分子 ・ 個体レベルでの評価についての最近の知見を紹介する。
KEY WORDS: ウイルス感染、 アレルギー、 免疫反応、 免疫療法、 免疫老化
Anti-Aging Medicine 9 (1) : 43-50, 2012
本論文を引用する際はこちらを引用してください。
(c) Japanese Society of Anti-Aging Medicine
( 1 )
健康長寿のための免疫学的アプローチ
とで急性に白血病を誘発する 2)。 一般に、 レトロウイルス感染
1)ウイルス感染免疫の加齢と制御
による腫瘍の誘発には新生仔への接種による免疫寛容の誘導
ヒト T 細胞白血病ウイルスや B- 型 ・ C- 型肝炎ウイルス感
とウイルス血症の持続が必要とされるが、 FV は例外的に、 成
染者の一部は、 十年以上の潜伏期間を経て白血病や肝がん
体への接種後に急激な脾腫の発症とこれに続く致死性の白血
を発症する。 これは潜伏感染したウイルスが多段階の体細胞
病発生を誘導出来る (図1)。 これは、 FV が複製能を備え
遺伝子変異を誘発し、 最終的に感染細胞を腫瘍化させるため
た通常のレトロウイルスであるフレンド白血病ヘルパーウイル
であると考えられ、 がん発生が加齢に伴って起こることを代表
ス (F-MuLV) と、 複製欠損性だが急性に赤芽球の増殖を
する現象である。 ウイルス感染細胞は宿主の免疫系によって
誘導出来る脾限局巣形成ウイルス (SFFV) との複合体である
容易に認識され、 細胞傷害性 T リンパ球 (CTL) による排除
ためと考えられ、 実際 F-MuLV 単独を成体マウスに接種して
の対象となるから 1)、 ウイルスの持続感染とこれに続く腫瘍誘
も、免疫応答によって排除されるだけで白血病は起こらない 2)。
発が起こるためには、 感染細胞が宿主免疫反応による排除を
F-MuLV 単独での白血病発症には新生仔への接種が必要で
免れるしくみが必要である。 実際、 例えば Ebstein-Barr (EB)
ある。
ウイルスは試験管内でヒト B リンパ球を不死化することが出来、
それでは、 成体マウスの体内で FV 複合体はどのようにして
芽球化した細胞を、 免疫系機能を欠くヌードマウスなどに移植
免疫反応による排除を免れ、 持続感染による遺伝子変異を誘
すれば腫瘍を形成するが、 EB ウイルス感染細胞を体内に持っ
発出来るのであろうか?成体への FV 接種後に観察される急
ていても、 健常人にリンパ腫が発生することはない。 一方、 我
性の脾腫や白血病の発症経過、 及びその致死率には、 マウ
が国のエイズ発症者には、 EB ウイルスによって誘発されたリ
スの系統間で大きな差異が認められる 2,3)。 FV 誘発白血病の
ンパ腫がしばしば観察される。 これは抗がん剤治療に伴う免
発症経過を左右する宿主因子には、 F-MuLV の複製過程を
疫抑制状態でも同様である。 このような日和見腫瘍の存在は、
直接制御する因子 (細胞表面のウイルス受容体やこれに結合
免疫系の老化による機能低下が腫瘍発症に結び付くことを如
して粒子吸着を阻害する因子の有無、 細胞内の複製制限因
実に示している。
子など)、 SFFV による赤芽球増殖誘導を制御する因子、 及
フレンド白血病レトロウイルス (FV) は、 免疫系の完成した
びウイルス抗原に対する宿主免疫応答を制御する因子が知ら
成体マウスに持続感染し、 染色体遺伝子変異を蓄積させるこ
れている 2,3)。 我々は最近、 細胞内のレトロウイルス複製制限
図 1 フレンド白血病の発症メカニズム
複製欠損性のSFFVがコードするgp55は、エリスロポエチン受容体と、造血系細胞特異的チロシンリン酸化型受容体であるStkの短躯型
(Sf-Stk)に結合し、赤芽球に増殖シグナルを入れる。こうして増加した標的細胞にF-MuLVまたはSFFVの染色体組込みが起こり、Spi-1や
Fli-1などのがん遺伝子の活性化、またはp53がん抑制遺伝子の不活化を介して、致死性の白血病発症に至る。
( 2 )
健康長寿のための免疫学的アプローチ
因子であり、 一本鎖 DNA を標的とするシチジンデアミナーゼ
め、 FV 抗原特異的な CTL は、 細胞質内にグランザイム B な
酵素である APOBEC3 の遺伝子にマウス系統間の多型があり、
ど多量のエフェクター分子を蓄えているにも関わらず、 抗原刺
この酵素の発現が低く、 N- 末端側のアミノ酸配列が低機能型
激によって再活性化することが無く、 試験管内でウイルス抗原
である BALB/c マウスや A マウスでは、 F-MuLV の複製が促
陽性細胞を殺傷する能力を欠く 13)。 一方、 FV 感染細胞はそ
進されるとともにウイルス中和抗体の産生が遅れることを明らか
の表面に PD-1 のリガンドを発現しており、 PD-1 を介して CD8
にした
4,5)。
この場合、 APOBEC3 機能が低いか欠損する条
陽性 T 細胞に抑制性のシグナルを入れ、 その早期老化を誘
件下では、 F-MuLV が B リンパ球に感染してこれを多クローン
導することで、 細胞傷害反応による排除を免れていると考えら
性に活性化し、 同時に骨髄から二次リンパ組織に移動したば
れる。 実際、 PD-1 などの抑制性受容体を介するシグナルを
かりの移行型 B リンパ球を減少させることで、 間接的にウイル
抗体によって遮断することで、 FV 感染に伴う白血病誘導過程
ス中和抗体の産生を阻害する 5)。 移行型 B リンパ球の減少に
を制御できる 13,14) (図2)。 抑制性シグナル経路の遮断によ
は、 APOBEC3 欠損下で F-MuLV に感染した B リンパ球が、
る白血病発症制御には、 FV 感染後ごく早期から PD-1 などの
DNA 損傷の結果 RAE-1 分子を高発現し、 ナチュラルキラー
機能をブロックすることが必要であり、 FV 感染後 2 週間を過ぎ
(NK) 細胞の標的となることが関係する可能性がある
6)。
こう
して、 APOBEC3 が低機能であるマウス系統では、 FV 誘発白
てしまうと、 既に誘導されてしまった CTL 機能不全を元に戻す
ことは不可能である 13)。
血病が高頻度に発症し、 致死率も高い 2-4)。
このように、 ウイルス誘発腫瘍の発生には巧妙な宿主免疫
一方、 FV 感染細胞が宿主の細胞性免疫応答を回避する
しくみも明らかになってきた。 FV 感染後の白血病発症頻度や
応答の回避機構が関わっており、 免疫系の老化を抑制するこ
とで腫瘍発生を防止出来ると考えられる。
死亡の経過は、 T リンパ球による抗原認識を制御する MHC
領域の遺伝子型により大きく変化する 2,3)。 我々は多型のある
MHC 遺伝子産物によって提示され、 CD4 陽性ヘルパー T リ
ンパ球または CD8 陽性細胞傷害性 T リンパ球が認識する FV
遺伝子産物上の抗原エピトープを明らかにし 2,7-9)、 それぞれ
のエピトープに対する T リンパ球応答が白血病発症制御に果
たす役割を解明してきた 9-12)。 その結果は、 意外にも CTL の
存在は FV 誘発白血病の制御に必須ではなく 11,12)、 FV 感染
後の極めて早期に、 ウイルス抗原特異的な CTL は機能不全
に陥っているというものであった 13)。
FV 感染マウスでは、 ウイルス接種後 2 週間後という極めて
早期から、 ウイルス抗原特異的な CTL の表面に PD-1 を含む
複数の加齢マーカー分子の発現が誘導されている 13)。 このた
図 2 FV誘発白血病発症における細胞傷害性Tリンパ球の機能
FV感染マウスからCD8陽性T細胞を排除(_-CD8)しても、脾臓の重量が僅かに増加する程度で、その白血病発症経過に大きな影響は与え
ない(depletable functionality)。即ち、FV感染マウスでは、元々CD8陽性T細胞が機能不全に陥っている。CD8陽性エフェクターT細胞の早
期老化を抑制すべく、PD-1とTim-3のシグナル経路をブロックすると(_-PD-1+-Tim-3)、脾腫の発症がほぼ完全に抑制出来る。これは、
CD8陽性T細胞の機能不全がFV感染に伴う早期老化により起こっていることを示す(FV-induced exhaustion)。
( 3 )
健康長寿のための免疫学的アプローチ
2)アレルゲン免疫療法の展望
児科領域では気管支喘息、 アレルギー性鼻炎共に有効であ
るとの高いエビデンスがある 20)。 また小児においては花粉症
アレルギー疾患のなかでもアレルギー性鼻炎は、 典型的 1
に対する SCIT が喘息の発症を抑制したデータがある 21)。 し
型アレルギー疾患なので抗原特異性が発症の条件となる。 こ
かし小児では成人よりアナフィラキシー様の過剰免疫反応の頻
のため抗原特性を持つ根治的治療と認識されているのはアレ
度が高いことが報告され、 注意も必要である。
ルゲン免疫療法 (減感作療法 : SCIT) のみで、 アレルギー
の感作にかかわる誘導相に治療効果が作用する。 SCIT は
1911 年に Noon L が lancet にイネ科花粉症で報告して以来
舌下アレルゲン免疫療法
100 年の歴史がある治療法で、 二重盲検比較試験でも
我々は欧米で既に行われている舌下免疫療法 (SLIT) をス
臨床効果が確立されている。 しかし残念ながら本邦では、 ア
ギ花粉症に対して倫理委員会に承認をうけて 1999 年より行っ
15)、
ナフィラキシーなどの副作用の面からかアレルギー性鼻炎に対
ている 22)。
し SCIT は限られた施設だけで行われているのが現状であり、
投与開始時の抗原エキスの濃度は、 2JAU/ml とし、 毎日
欧米よりも普及していない。 このため安全な新しい免疫療法が
段階的に濃度を高め、 最終的な維持量を 2000JAU/ml として
注目を集めている。 もう一方で数回の注射でアレルギー性鼻
いる。 投与は、 調製したエキスを 1( 約 50 μ l) ~ 20 滴 ( 約
炎を治癒の方向まで導く短期免疫療法が研究されている。
1ml)、 食パンの小片 (1.5cm 角程度) の上に滴下した上で、
2 分間舌下に保持し、 その後吐き出して行った。 維持は 1 週
間に 1 回、 抗原エキス 2000 JAU/ml を 20 滴舌下に投薬した。
現状のアレルゲン免疫療法
その詳しい結果は論文に譲るが、 QOL の悪化はプラセボの
耳鼻咽喉科領域では国際的にもハウスダスト (HD) ・ ダニで
半分に減少させられることが分かった (図4)
80% の主観的有効率が認められているし、 米国におけるブタク
22,23)。
免疫学研究とそのテクノロジーの進歩により、 代替ルートの
サの治療では 90% 以上の有効率を示している 16)。 日本にお
免疫療法はすでに欧州で確立し、 広く臨床にも使用されてい
けるスギ花粉症に対する効果は季節変動を考えてもおよそ 70%
る。 また仮説であった Hygiene hypothesis による治療の方法
でありの有効率であり、 以前より高まっている。 国際的には治
論が確立されつつあり、 年齢との関連性も考慮されるべきであ
療の後効果が確認されている 17)。 当科では 2002 年スギ花粉
る。 特に抗原とアジュバントの併用論は理論的にはアレルギー
症でも JRQLQ No1 を用いた検討で花粉飛散季節中に薬物療
疾患の最適な治療となりうるものである。 これらの治療法は今
法群より良好な QOL を示した (図3)。
後多くの花粉症を中心としたアレルギー疾患を年齢を問わず、
内科領域では中等症以下のアトピー型喘息に対して 8090%の有効率が報告されている 18,19)。 職業アレルギーでの有
治癒させる可能性がある。 しかし、 現在までヒトにおける臨床
はまだ少なく、 今後より多くの検討が必要になる。
効性も報告されている。 皮膚科領域では一般的には SCIT は
効果がないと考えられ、 ガイドラインでも標準的治療には取り
上げられていない。 海外では有効であるとの報告はある。 小
図 3 スギ花粉症に対する薬物療法とアレルゲン免疫療法とのQOLスコア
( 4 )
健康長寿のための免疫学的アプローチ
図 4 舌下免疫療法による QOL の変化(文献 22 より引用)
3)帯状疱疹と帯状疱疹予防ワクチン
生ワクチンを定期接種として導入することによって、 1998 年か
ら 2003 年の間に、 水痘は 16.5/1000 から 3.5/1000 と 79%減
水痘帯状疱疹ウイルスは, 小児期に水痘感染発症後に神
少したが、 帯状疱疹は 2.77/1000 から 5.25/1000 と 90%増加
経節に潜伏し, 加齢, ストレスなどを契機に帯状疱疹を起こ
している 27)。 このように、 水痘に曝露され、 水痘の免疫が賦
す。 帯状疱疹は加齢に伴い発症する疾患である。 宮崎県の
活化されると帯状疱疹を予防できることが示唆された。 逆に水
48,388 人の帯状疱疹患者 ( 図5) から、 発症頻度は年間 4.15
人 /1,000 人で、 50 歳以上で増加し、 その発症率は 5-8 人
痘の流行が無くなると、 集団として免疫賦活化の機会が減ると
帯状疱疹が増えることが分かる。
/1,000 人であり、 80 歳までに約 40% が帯状疱疹を経験する。
このことから、 水痘ワクチンは水痘の予防に使用されるが、
また、 他の報告でも帯状疱疹は増加しており、 宮崎県におい
水痘ワクチンを成人 ・ 高齢者に接種することによって、 水痘ウ
ても、 この 10 年で 20% 以上増加しており、 その増加は 60 歳
イルスに対する免疫を賦活化し、 帯状疱疹予防の試みがなさ
以上の女性で顕著である 24)。
れた。
帯状疱疹は、 三叉神経や脊髄後根神経節など感覚神経節
Oxman らは 60 歳以上の成人高齢者約 4 万人を対象とした
で、 潜伏ウイルスが再活性化し、 神経束を損傷しながら皮膚
大規模臨床試験により、 Zostavax (水痘ワクチン) が帯状疱
に下行する。 その際に、 神経損傷に伴い疼痛を伴う特徴があ
疹の発症を約半数に、 PHN を約 3 分 1 に減少させることを報
る。 帯状疱疹の皮疹出現前3~5日に 75% に前駆痛を伴い、
告した 28)。 そして、 50-59 歳の成人 22,439 人を対象として、
50 歳以上では半数以上で皮疹回復後も疼痛が残る。 帯状疱
Zostavax の接種を行い、 1 年またはそれ以上の観察期間 で、
疹後神経痛 (PHN) は帯状疱疹患者の 9–19% に生じ、 50 歳
帯状疱疹を約 70% 減少することが確認された。 以上の結果か
未満のリスクは 2% と低く、 50 歳を超えると~ 20% で、 80 歳を
ら、 米国では 50 歳以上を帯状疱疹予防用の Zostavax の適
超えると~ 35% とされる 25)。
応とした。
Hope-Simpson は住民 3500 人の 15 年にわたる帯状疱疹の
帯状疱疹予防ワクチンの効果については、 麻疹 ・ 風疹
疫学 26) から、 水痘が流行すると帯状疱疹が減るという観察を
ワクチンは接種により、 麻疹や風疹をほとんど予防できる。
している。 その後、 水痘患者と接触する職の成人では帯状疱
Zostavax では、 帯状疱疹を約半数にできるが、 逆にワクチン
疹が少ないことが報告された。 米国マサチューセツで、 水痘
接種しても半数は発症する。 帯状疱疹治療に使用される抗ヘ
( 5 )
健康長寿のための免疫学的アプローチ
図 5 宮崎県の帯状疱疹 48,338 例(97 ∼ 06 年)の年齢別頻度
ルペス薬では、 治療期間の 1 日の短縮が期待できるという効
果に比べると、 半数が発症しないことは効果の大きさを意味す
4)Zizimin2 遺伝子からみた免疫老化研究
る。 しかし、 ワクチンを接種しても、 接種していない場合に比
近年、 若年と老年層を比較する手法でリンパ球を中心とし
べ軽いが発症することがあることを説明しておくことが望ましい。
た細胞レベルからマウス、 ヒトといった個体レベルで加齢に伴
わが国で使用されている水痘ワクチンには、 水痘の免疫賦
う生体機能変化の一つとしての免疫能低下機構についての研
活効果は効能とされるが、 現在のところ、 帯状疱疹の予防に
究が注目されている。 一方で加齢 ・ 老化に伴って神経、 内分
ついては適応となっていない。
泌系と同様、 免疫機能も低下することが知られ、 リンパ球を中
最後に、 わが国で開発された水痘ワクチン岡株のワクチン
心とする獲得免疫系の変化は高齢者が抱え込む多くの疾患の
原株から、 10 代以内でわが国の水痘ワクチンも帯状疱疹予防
羅患率や経過、 予後と密接に関わっているとされてきた。 した
用の Zostavax も製造されており、 ワクチン株としての免疫原性
がって、 我々は 「免疫老化機構の解明」 というミッションで生
などの性状に差異はないと考えられる。 また、 わが国で使用さ
体内の種々の免疫系に特異的な細胞集団や遺伝子の発現変
れている水痘ワクチンは、 Zostavax 並みの力価を有している。
化やサイトカイン等の分泌タンパクの変動からそのメカニズムを
したがって、 市販の水痘ワクチンは現在適応症ではないが、
検討し、 高齢者の免疫力維持、 あるいは予防を含めた感染症
Zostavax と同様に帯状疱疹予防効果が期待できるものと考え
に対する免疫老化レベルの標準化、 さらには栄養介入を視野
ている。
に入れた腸管免疫の加齢変化と生体防御機能の改善に関す
る研究を進めている。 今回はこうした分子レベルでの免疫老化
研究の一端を紹介し、 さらに我々が現在、 免疫老化関連遺伝
子として注目している新規グアニンヌクレオチド交換因子 (GEF)
Zizimin2/Dock11 の分子レベルでの機能、 および Zizimin2 遺
伝子欠損マウスを用いた個体レベルにおける獲得免疫系の老
化や感染症に関連した機能解析等を報告した。
マウスの脾臓胚中心 B 細胞から単離同定し、 免疫老化関連
遺伝子として注目している Zizimin2(Ziz2) は CDM (CED-5、
DOCK180、 Myoblast city) フ ァ ミ リ ー の 1 つ で あ る Zizimin
ファミリーに属し 29,30,31)、 CZH2 ドメインを介して Rho family
GTPase, cdc42 に結合し、 活性化させるグアニンヌクレオチ
ド交換因子として働くことを明らかにした 32)。 その後、 マウ
ス Ziz2 の C 末リコンビナントタンパクを抗原としてラットに免疫
し、 得られたハイブリドーマ株を ELISA 法にて選別し、 Ziz2 の
( 6 )
健康長寿のための免疫学的アプローチ
CZH2 ドメインに特異的な抗体 (214) と Ziz2 と Ziz1 ドメイン
FcgR のシグナルの下流に zizimin2 が存在することを彷彿とさ
CZH2 ドメインに反応する抗体 (126) を得た。 これらの抗体
せてくれる。 今後は自然免疫系への関与や臨床研究につな
を用いて、 これまでに細胞内局在をはじめ、 抗原提示、 ケモ
げるという意味からも感染に対する加齢変化等を解明する目的
カイン依存性の遊走、 抗原の貪食などに重要な免疫担当細胞
で並行して作出していた Zizimin2 遺伝子欠損マウスを用いた
である樹状細胞における Ziz2 分子の機能解析の結果を紹介
in vivo 解析を行い、 加齢に伴う免疫応答の脆弱化の解明の
する。 まず、 Ziz2 タンパクの発現は遺伝子発現同様に免疫組
糸口となる成果を上げていこうと考えている。
織 ( 脾臓、 胸腺等 ) に特異的なものであること、 さらには加齢
変化においては C57BL6 マウスの加齢個体 (24 ヶ月齢 ) を用
いて免疫担当細胞の in vitro 機能解析をしたところ、 免疫組織
における加齢変化としてリンパ球数の変化に比べて、 Ziz2 タン
さいごに
パクの発現が顕著に低下していることが判明した。 293T 細胞
に Ziz2 の全長を強制発現させたところ、 フィロポディア ( 糸状
仮足 ) の形成が観察され、 Ziz2 が細胞内と細胞膜に局在す
ることが明らかとなった。 この突起を含め細胞膜近辺への移行
は CZH2 ドメインのみの強制発現ではみられなかったことから、
細胞膜への移行には Cdc42 との結合、 活性化ドメインを有す
る CZH2 ドメイン以外の部分が機能している結果ではないかと
考察している 33)。 (図6)
樹状細胞における抗 FcgRII/III および LPS 刺激による Ziz2
の発現についてはまず、 骨髄細胞を mGM-CSF 存在下で 8
日間培養を行い、 骨髄由来樹状細胞 (BMDC) を誘導した。 8
日目に anti-FcgRII/III (2.4G2) と anti-rat IgG Fab’ 2 あるい
は LPS あるいは anti-CD40 で細胞を刺激後の Ziz2 の発現を
ウェスタン法にて比較した。 結果、 BMDC を anti-FcgRII/III
抗体あるいは LPS で活性化すると zizimin2 の一過的な発現
の増加が認められ、 内在性 GTP 型の cdc42 の一過的な活性
化も同時に確認できた。 これら BMDC での結果は TLR4 や
70 年代に高齢化社会という考えが提唱され初め、 2008 年
には 5 人に 1 人が高齢者で 10 人に 1 人が後期高齢者という
本格的高齢社会に突入した。 50 年後には 2.5 人に 1 人が高
齢者となる試算もある。 抗加齢医学は加齢自体を抑制させるも
のでは決してない。 「「健康な 65 歳」から「活動的な 85 歳」へ」
(老人保健事業の見直しに関する検討会 ( 平成 16 年 10 月 ))
という考え方にもみられるように、 「病気を持ちながらも、 なお
活動的で生きがいに満ちた自己実現ができるような新しい高齢
者像」 の創出が必要であり、 できるものなら健康長寿を実践し
て 「働ける 85 歳」 を増やすことが必須である。 いいかえると、
高齢者における QOL の向上や加齢に伴う疾患に対する治療
(予防を含む) となるわけである。
今回、さまざまなアプローチを紹介頂いた。分子機構の解明、
免疫応答の制御、 免疫抑制、 免疫強化などのアプローチによ
り、 病態の一部分だけを特異的に制御するという療法は、 安
全かつ効果的な魅力的な治療法である。 本来、 自己と非自
図 6 Ziziminファミリー遺伝子の構造と発現の特異性
Zizimin1,2は機能ドメインを中心に全体に高い相同性を示す一方、遺伝子発現様式においては互いに相補的であり、
Zizimin2は広く免疫組織にその発現の特異性が確認されている。
( 7 )
健康長寿のための免疫学的アプローチ
己を区別して感染から身体を守るために高等生物が獲得した
も大事である。 今後のさらなる研究の発展や臨床応用の成果
機構が免疫機構であるが、 一旦、 自己を非自己として認識す
に大いに期待が持てるところである。
ると自己免疫疾患の引き金となる。 一般に、 高齢者の生体防
御能は非自己に対する監視も自己に対する寛容にも問題があ
ることが多く、 そのバランス、 すなわち恒常性を保つことがとて
References
1) Miyazawa M ,et al :Human Pathology- mechanism of disease- ;
Aozasa K.,ed. Ishiyaku Publishers Inc., 83-129:2009
2) Miyazawa M, Tsuji-Kawahara S, Kanari Y: Host genetic factors
that control immune responses to retrovirus infections. Vaccine
26; 2981-2996: 2008
3) Chesebro B, Miyazawa M, Britt WJ: Host genetic control of
spontaneous and induced immunity to Friend murine retrovirus
infection. Annu Rev Immunol 8; 477-499: 1990
4) Takeda E, Tsuji-Kawahara S, Sakamoto M, et al: Mouse
APOBEC3 restricts Friend leukemia vir us infection and
pathogenesis in vivo. J Virol 82; 10998-11008: 2008
5) Tsuji-Kawahara S, Chikaishi T, Takeda E, et al: Persistence of
viremia and production of neutralizing antibodies differentially
regulated by polymorphic APOBEC3 and BAFF-R loci in Friend
virus-infected mice. J Virol 84; 6082-6095: 2010
6) Ogawa T, Tsuji-Kawahara S, Yuasa T, et al: Natural killer cells
recognize Friend retrovirus-infected erythroid progenitor cells
through NKG2D-RAE-1 interactions in vivo. J Virol 85; 54235435: 2011
7) Iwashiro M, Kondo T, Shimizu T, et al: Multiplicity of virusencoded helper T-cell epitopes expressed on FBL-3 tumor cells.
J Virol 67; 4533-4542: 1993
8) Kondo T, Uenishi H, Shimizu T, et al: A single retroviral gag
precursor signal peptide recognized by FBL-3 tumor-specific
cytotoxic T lymphocytes. J Virol 69; 6735-6741: 1995
9) Sugahara D, Tsuji-Kawahara S, Miyazawa M: Identification of
a protective CD4+ T-cell epitope in p15gag of Friend murine
leukemia virus and role of the MA protein targeting to the
plasma membrane in immunogenicity. J Virol 78; 6322-6334:
2004
10)Miyazawa M, Fujisawa R, Ishihara C, et al: Immunization with a
single T helper cell epitope abrogates Friend virus-induced early
erythroid proliferation and prevents late leukemia development.
J Immunol 155; 748-758: 1995
11)Iwanami N, Niwa A, Yasutomi Y, Tabata N, Miyazawa M. Role
of natural killer cells in resistance against Friend retrovirusinduced leukemia. J Virol 75; 3152-3163: 2001
12)Kawabata H, Niwa A, Tsuji-Kawahara S, et al, Miyazawa M:
Peptide-induced immune protection of CD8+ T cell-deficient
mice against Friend retrovirus-induced disease. Int Immunol 18;
183-198: 2006
13)Takamura S, Tsuji-Kawahara S, Yagita H, et al: Premature
terminal exhaustion of Friend virus-specific effector CD8+
T cells by rapid induction of multiple inhibitory receptors. J
Immunol 184; 4696-4707: 2010
14)Takamura S, Miyazawa M: Response to comment on “Premature
terminal exhaustion of Friend virus-specific effector CD8+
T cells by rapid induction of multiple inhibitory receptors.” J
Immunol 185; 1349-1350: 2010
15)Noon L: Prophylactic inoculation against hay fever. Lancet 1;
1572-1573: 1911
16)Mirone C, Albert F, Tosi A, et al: Eff icacy and safety of
subcutaneous immunotherapy with a biologically standardized
extract of Ambrosia artemisiifdia pollen in double-blind placebo
controlled study. Clin Exp Allergy 34; 1408-1414: 2004
17)Durham SR, Emminger W, Kapp A, et al: Long-term clinical
efficacy of grass-pollen immunotherapy. N Engl J Med 341; 468475: 1999
18)Maestrelli P, Zanolla L, Pozzan M, Fabbri LM: Regione
Veneto Study Group on the "Effect of immunotherapy in
allergic asthma": Effect of specific immunotherapy added to
pharmacologic treatment and allergen avoidance in asthmatic
patients allergic to house dust mite. J Allergy Clin Immunol 111;
643-649: 2004
19)Ameal A, Vega-Chicote JM, Fernández S, et al: Double-blind
and placebo-controlled study to assess efficacy snd safety of
modified allergen extract of Dermatophagoides Pteronussinus in
Allergic asthma. Allergy 60; 1178-1183: 2005
20)Pif fer i M, Bald i n i G, Ma r r a z z i n i G, et al: Benef it s of
im mu notherapy with a st andardized Der matophagoides
pteronyssinus extract in asthmatic children: a three years
prospective study. Allergy 57; 785-790: 2002
21)Möller C, Dreborg S, Ferdousi HA, et al: Pollen immunotherapy
reduces the development of asthma in children with seasonal
rhinoconjunctivitis (the PAT-study). J Allegy Clin Immunol 109;
251-256: 2002
22)Gotoh M, Okubo K: Sublingual immunotherapy for Japanese
cedar pollinosis. Allergology International 54; 167-171: 2005
23)Okubo K, Gotoh M, Fujieda S, Okano M et al: A randomized
double-blind comparative study of sublingual immunotherapy
for cedar pollinosis. Allergol Int 57; 265-275: 2008
24)Toyama N, Shiraki K: Epidemiology of herpes zoster and its
relationship to varicella in Japan: A 10-year survey of 48,388
herpes zoster cases in Miyazaki prefecture. J Med Virol 81;20532058: 2009
25)Opstelten W, Mauritz JW, de Wit NJ, van Wijck AJ, Stalman
WA, van Essen GA: Herpes zoster and postherpetic neuralgia:
incidence and risk indicators using a general practice research
database. Fam Pract 19; 471-475: 2002
26)Hope-Simpson RE: The Nature of Herpes Zoster: A Long-Term
Study and a New Hypothesis. Proc R Soc Med 58; 9-20: 1965
27)Yih WK, Brooks DR, Lett SM, et al: The incidence of varicella
and her pes zoster in Massachuset ts as measu red by the
Behavioral Risk Factor Surveillance System (BRFSS) during
a period of increasing varicella vaccine coverage, 1998-2003.
BMC Public Health 5; 68: 2005
28)Oxman MN, Levin MJ, Johnson GR, et al: A vaccine to prevent
herpes zoster and postherpetic neuralgia in older adults. N Engl J
Med 352; 2271-2284: 2005
29)Tosello-Trampont AC, Macara IG, Madhani H, Fink GR and
Ravichandran KS: Unconventional Rac-GEF activity is mediated
through the Dock180 ELMO complex. Nat Cell Biol 4; 574-582:
2002
30)Cote JF, Vuori K: Identification of an evolutionarily conserved
superfamily of DOCK180 -related proteins with g uanine
nucleotide exchange activity. J Cell Sci 115; 4901-4913: 2002
31)Meller N, Irani-Tehrani M, Kiosses WB, Del Pozo MA, Schwartz
MA: Zizimin1, a novel Cdc42 activator, reveals a new GEF
domain for Rho proteins. Nat Cell Biol 4; 639-647: 2002
32)Nishikimi A, Meller N, Uekawa N, Isobe K, Schwartz MA,
Maruyama M: Zizimin1, a novel Cdc42 activator, reveals a new
GEF domain for Rho proteins. FEBS Lett 579; 1039-1046: 2005
33)Meller N, Merlot S, Guda C: CZH proteins: a new family of RhoGEFs. J Cell Sci 118; 4937-4946: 2005
( 8 )
Fly UP