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情報科学研究 2009
ISSN 0286-6048 情報科学研究 論 文 株式売買における統計的裁定の パフォーマンス ………………………石 2009 No.30 英 也 e-Learning における知的財産法上の諸問題 …………………………………………梅 本 吉 彦 小 島 喜一郎 アルゴリズム構造の理解を促す プログラミング教育の提案 ………… 永 賢 次 研究ノート コンピュータの歴 探訪 ……………………大曽根 匡 内部監査を中心としたシステム監査人の キャリアデザインに関する事例研究 システム監査人における 内的キャリアの視点から ………花 田 経 子 専修大学 情報科学研究所 目 次 論 文 株式売買における統計的裁定のパフォーマンス …………………石 英 也 1 e Le a r ni ngにおける知的財産法上の諸問題 ………………………梅 本 吉 彦 小 島 喜一郎 3 5 アルゴリズム構造の理解を促すプログラミング教育の提案 …… 5 9 永 賢 次 研究ノート コンピュータの歴 探訪……………………………………………大曽根 内部監査を中心としたシステム監査人の キャリアデザインに関する事例研究 システム監査人における内的キャリアの視点から 匡 7 9 ……花 田 経 子 1 0 1 Co nt e nt s Hi de y aI SHI ZUCHI …………………………… How Pa i r sTr a di ngWor ksi nt heJ a pa ne s eSt oc kMa r ke t 1 Yos hi hi koUMEMOTO a ndKi i c hi r oKOJ I MA t yI s s ue sone l e a r ni ng …………………………………………… I nt e l l e c t ua lPr ope r 3 5 Ke nj iMATSUNAGA A Pr opos a lofPr og r a mmi ngEduc a t i onf orUnde r s t a ndi ngAl g or i t hm St r uc t ur e… 5 9 s hiOSONE Ta da A Touroft heHi s t or yofComput e r s………………………………………………… 7 9 Ky okoHANADA A Ca s eSt udyofI nf or ma t i onSy s t e msI nt e r na lAudi t orsCa r e e rDe s i g n e wpoi ntofI nt e r na lCa r e e ronI nf or ma t i onSy s t e msAudi t or A Vi ……… 1 0 1 株式売買における統計的裁定のパフォーマンス웋 웗 石 英 専修大学ネットワーク情報学部) 也 ( How Pa i r sTr a di ngWor ksi nt heJ a pa ne s eSt oc kMa r ke t Sc hoolofNe t wor ka ndI nf or ma t i on,Se ns huUni v e r s i t y ) SHI ZUCHI( Hi de y aI I ti swi de l y known t ha tv a r i ousa noma l i e sa nd s t y l i z e df a c t sg o wi t hs t oc k pr i c e s . Vol a t i l i t yc l us t e r i nga ndc a l e nda re f f e c t si npr i c et i mes e r i e sa r ewe l l knowne x a mpl e s . Some t r a de r st a kea dv a nt a g eofs uc hma r ke tdi s t or t i onst oi nc r e a s et he i rpr of i t sorr e duc et her i s ksof t r a di ng . Pa i r st r a di ngi soneoft he i rpr a c t i c a la ndt y pi c a lwa y s .I nt hi spa pe r , t i me s e r i e sda t a ofs t oc kpr i c e si nt hef i r s ts e c t i onoft heToky oSt oc kEx c ha ng ea r ei nv e s t i g a t e d, a ndr i s ksi na nd r e wa r dsf orpa i r st r a di ngi se v a l ua t e dt hr oug hc omput e rs i mul a t i on. キーワード :統計的裁定,ペア・トレード,シミュレーション,共和 Ke ywo r d s:St a t i s t i c a lAr bi t r a g e ,Pa i r sTr a di ng ,Si mul a t i on,Coi nt e g r a t i on 1 .は じ め に 伝統的なファイナンス理論は効率的市場仮説 ( [1 ] Fa ma 9 7 0 , 1 9 9 1 )を前提とするが,この仮説につい ては,学者や市場関係者の間で長年論争が繰り広げられてきた ( 例えば伊藤[2 ] 。実務的な株式投 0 0 7 ) 資の 野でも同様である。例えば,株価時系列はランダム・ウォークであり,広く 散投資されたイン デックス・ファンドにバイ・アンド・ホールド ( 買い持ち)戦略で臨むのがよいという立場 ( マルキール [2 ] 仮説の受容) ,グレアムやバフェット流の財務諸表 析を中心とするファンダメンタル 析웍 0 0 7 ) 워 웗( 웗 を推奨する立場 ( 井手[2 ] セミ・ストロング型仮説の否定) ,ランダム・ウォーク以外で株価やボ 0 0 8 )( ラティリティの動きを説明しようとする立場) ウィーク型仮説の否定)など様々である。 웎 웗( 株価時系列には各種のアノマリーあるいは s があることが知られている。例えば,株価の t y l i z e df a c t s 웏 웗 大きな ( 小さな)変動が継続するとされるボラティリティ・クラスタリングや 1月や週末における収益 率は他に比べて高いとされるカレンダー効果などは有名である。他にも様々な効果 ( 歪み)が指摘され ている ( 収益あるいは,その絶対値,2乗値の自己相関,ファット・テールな収益 布の形状,収益 散などの不均一性,時系列モデルの非線形性,価格や時間の特徴的なスケールがないこと,取引量の時 間的な偏り,長期記憶など) 。従って,株価時系列が厳密な意味でランダム・ウォークに従うとは考えに くい。つまり,ウィーク型であっても効率的市場仮説は厳密な意味では成立しないであろう。しかしな がら,その場合でも,売買には様々なコスト ( 例えば,手数料などのトランザクションコストや売買ス プレッド,スリッページなど)が伴うことから,それを上回る非効率性がなければ,市場は実質的に効率 的だと考えられる。アクティブ・ファンドやヘッジ・ファンドは,市場を上回る ( あるいは市場に左右 されない)収益の確保を志向するが,市場の効率性が高まるほど,それは難しくなっていくはずである。 受付 :2 0 0 9年 9月 3 0日 受理 :2 0 0 9年 1 1月 1 7日 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 本論文では,東証 1部銘柄の株価時系列を対象とし,ヘッジ・ファンドの戦略の 1つであるペア・ト レード ( さや取り)による統計的裁定について,統計的なデータ解析とシミュレーションによりその基 本的なパフォーマンスを調べることを目的とする。統計的裁定によって,市場を上回る収益 ( α)を得る ことはどの程度可能なのか,そのパフォーマンスはどの程度か,あるいは,大きな変化やトレンドはな いだろうかといったことが主な関心事である。シミュレーションや 析方法についてもやや詳細に例示 する。 現在,さまざまな投資ファンドが台頭してきており,良くも悪くも実体経済や私たちの生活にも影響 を及ぼしている ( 北村[2 ] 。ファンドの運用成績が 開されても,とりわけ,オープンに取引され 0 0 6 ) ない私募ファンドについては,トレードの具体的な戦略やパフォーマンスの詳細は外部からは かりに くい。日本の株式市場を対象としたペア・トレードについても最新の詳細な資料は見当たらないが,海 外の研究や文献によって要素技術の概要を知ることができる ( 例えば,ビディヤマーヒー [2 ],He 0 0 6 r ] 。それを基にしたトレードのシミュレーションにより, ブラックボックス化 されたト l e mon[ t2 0 0 4 ) レードの実態に多少とも触れることができると思われる。 2章では,ペア・トレードによる統計的裁定の基本的な考え方を述べる。3章では,市場の概観と取り 扱うデータの概要について述べる。4章では,トレード・シミュレーションについて例示し,5章で 析 結果を述べる。6章でまとめと今後の課題に触れる。 2 . 統計的裁定 ヘッジ・ファンドの主な投資戦略は,アービトラージ ( 裁定)型,ディレクショナル型,イベントド リブン型,マルチ・ストラテジーに 類されることがある ( 河本他[2 ] 。このうち,アービトラー 0 0 8 ) ジ型の戦略は,「個別資産の相対的な割高・割安度の解消から収益を獲得」することを意図し, 「売りと 買いを組み合わせ,市場動向に拠らない収益を追求」 원 웗しようとするもので,具体的には,債券アービト ラージ웑 ,CBアービトラージ,株式マーケットニュートラルなどがある ( 河本他[2 ]) 。本論文で考 웗 0 0 8 察するペア・トレードによる統計的裁定は,アービトラージ型の戦略の 1つである。 純粋な 裁定は価格に歪みのある資産からリスクを負うことなく利益を得ようとする戦略 ( リビン グスレイ [2 ] 0 0 7 )を意味する。例えば,ある商品の現物価格と先物価格に差があるとき,安い方を買い 高い方を売れば,清算日において,その時点の現物価格と先物価格の如何にかかわらず,その差額を利 益として ( 無リスクで)得ることができる。また,一定期間利益を確定させておくために用いられる つ なぎ売り웒 웗も広義の裁定取引とみなすことができるであろう。以下で考察するペア・トレードによる統 計的裁定は,マーケットニュートラル戦略に基づく 擬似的な 裁定取引の 1つで,市場リターンと無相 関なリターンを生むポートフォリオによってトレードするものである ( CAPM の文脈で言うと,β=0 ということである) 。勿論,純粋な裁定と異なり,これはリスクを伴う取引である。 웓 웗 ペア・トレードによる統計的裁定の基本的な考え方は単純である。ある銘柄の株価時系列が仮に ( 少 なくとも平均に関して)定常だとすると,株価の平均値は意味を持つ。そして,株価が平均値を下回る 時点で買い,平均値を上回る時点で売れば正のリターンを得られる웋 。株価が平均値を上回る時点で空 월 웗 売りし,平均値を下回る時点で買い戻しても同じことであるし,それらを ドテン で繰り返しても良 い웋 。しかし,単一銘柄の株価時系列は非定常なので,複数 ( ペア・トレードでは 2つ)の銘柄を利用し 웋 웗 て,一方はロングし他方をショートするポジションを考える。例えば,2つの銘柄 ( A, B)の株価が時刻 でそれぞれ 욧 ,욧だとし,時刻 +1で 욧 용 욼 ,욧 용 욼だとする。時刻 で Aをロング,Bをショートし 株式売買における統計的裁定のパフォーマンス たポジションを時刻 +1で解消すると, 욧 용 욼 −욧 + 욧 −욧 용 욼 =Δ욧 용 욼 −Δ욧が利益となる ( ただし,Δ욧 =욧 −욧 .Δ욧 용 욼も同様) 。Δ욧を ( での)スプレッド웋 と呼ぶと,ペア・トレードでの利益は,スプレッ 워 웗 ドの差から生じることになる。そして,욧 ,욧が非定常でも,もしスプレッドの時系列が定常ならば, 上と同様のトレードは ( スプレッド差がコスト以上ならば)安定した利益を生む ( エッジを持つ)可能 性がある。すなわち,スプレッドが平均より下ならペアをロング ( Aを買い,Bを売り)し,スプレッ ドが平均より上ならペアをショート ( Aを売り,Bを買い)すればよいことになる。より一般的には,比 <0 で Aと Bのポートフォリオを構成し,スプレッド Δ욧 =욧 + 욧を ったトレードを行 率 1: う。このような統計的裁定の理論的な根拠は共和 [ ] 。2変量の共和 解 ( Eng l e1 9 8 7 )の概念である웋 웍 웗 析を えば,욧 ,욧の 1次結合 욧 +욧を定常にするパラメータ , ( 一般性を失わず =1と仮定 できる)の存在を検定したり求めたりすることが可能となる。 3 . 市場の概要と対象データ ここでは,株式市場全体の動向を概観し,対象とするデータについて述べる웋 。まず,東証株価指標 웎 웗 ( TOPI X)の 1 9 6 1年 1月から 2 0 0 9年 7月までの月次終値,月次収益率,年次ボラティリティを Fi g ur e1 に示す웋 サンプルサイズは 5 。TOPI 웏 웗( 8 3 ) Xは,1 9 8 9年 1 2月に最高値 2 , 8 8 1 . 3 7を記録している。収益率 グラフの破線は,標本平均 ( 約0 平均から標準偏差 ( 約5 . 5 )と±3 σ( . 1 )の 3倍上下した値)を示す。3 σ Fi g ur e1 Cl os i ngPr i c e s ,Re t ur ns ,a ndVol a t i l i t i e sofTOPI X 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) を超える上昇率は,1 約1 ,1 約1 ,1 約1 9 9 0年 1 0月 ( 8 . 2 %) 9 6 2年 1 1月 ( 6 . 6 %) 9 8 6年 3月 ( 6 . 1 %)の 3回生 じている。逆に,3 バブル崩壊)と 2 σを超える下落率も 3回あり,そのうち,1 9 9 0年 9月 ( 0 0 8年 1 0月 。 世界金融危機)には 2 それぞれ約 2 원 웗 ( 0 %を超える下落率 ( 0 . 4 %と 2 0 . 1 %)となっている웋 この期間の月次収益率に関する要約統計量を Ta 上)に示す웋 。LB( [1 ]に bl e1( 웑 웗 2 0 )は Di e bol d 9 8 8 よる 散不均一性を調整した Lj 渡部 [2 ],pp. 。尖度は 3を上 ung Box統計量である ( 0 0 0 1 7 1 8を参照) 回っており,株式収益率についてよく知られているように,正規 布より裾の厚い ( ファット・テール な) 布である웋 。実際,収益率が標本平均から 3 割合は 0 ,3 웒 웗 σより上回るケースが 1件 ( . 0 0 3 3 ) σより 割合は 0 下回るケースが 2件 ( . 0 0 6 6 )あり,正規 布の場合の割合 ( いずれも 0 . 0 0 1 3 5 )より頻度が高 い。歪度の絶対値は標準誤差に比してそれほど大きくないが,値が負であることから,左の裾が若干厚 く,価格が下がるときに極端な値が生じる可能性 ( 下方リスク)がやや高いことが かる。また,LB ( 2 0 )の数値から,収益率の 1階から 2 0階までの自己相関が全て 0であるという帰無仮説は有意水準 。 1 0 %以上 ( p値は 0 . 3 6 1 )で採択され,系列相関は見受けられない웋 웓 웗 Ta bl e1 Summa r ySt a t i s t i c sofMont hl yRe t ur n( %) /1 -2 /1 Pe r i od:1 9 6 1 0 0 8 2 s i z e me a n S. D. ma x mi n 5 8 3 0 . 5 0 3 ( 0 . 2 1 2 ) 5 . 1 1 1 8 . 1 5 −2 0 . 4 2 s ke wne s s kur t os i s LB( 2 0 ) −0 . 1 8 9 ( 0 . 1 0 1 ) 4 . 3 0 ( 0 . 2 0 3 ) 2 1 . 6 3 −0 . 1 2 3 ( 0 . 1 4 1 ) 3 . 9 8 ( 0 . 2 8 3 ) 1 8 . 4 2 /1 -2 /1 Pe r i od:1 9 8 4 0 0 8 2 3 0 0 シミュレーションや 0 . 2 1 8 ( 0 . 3 3 0 ) 5 . 7 1 1 8 . 1 5 −2 0 . 4 2 析に用いたデータは,東証 1部銘柄 ( 2 0 0 9年 7月 1日現在)の 1 9 8 3年 1月 4 日から 2 調整後워 銘柄数は 1 。従って,期 0 0 8年 1 2月 3 0日まで 2 6年間の日次の ( 월 웗 )終値である워 웋 웗( , 7 0 2 ) 中上場廃止銘柄は含まれていない。また,シミュレーションでの投資候補は,シミュレーション開始時 点から 1年以上前に上場した銘柄 ( すなわち,少なくとも 1年 の履歴データが利用できる銘柄)とし ている。東証 1部への上場の時期が異なることと,売買が成立しない等の理由で欠損値が含まれるため, 銘柄ごとに標本数は異なるが,全日数は 6 。各銘柄の終値の ( 上場後の)欠損値について , 6 1 2である워 워 웗 は,単純な線形補間による値で代用した。ベンチマークとしては,1 9 8 4年 1月から 2 0 0 8年 1 2月までの あるいは月次収益率)と収益率の年次ボラティリティを用いる워 。Fi TOPI Xの月次終値 ( 웍 웗 g ur e1のグラ フにおける垂直な破線がこの期間に対応している。 4 . シミュレーションの概要 ここでは, 本論文で行ったシミュレーションの概要を述べ, いくつかのデータ解析結果について例示す る。検証期間は,1 / /0 / / とし,1 年単位でトレードのパフォーマンス計算を繰り返した워 。 9 8 4 0 1 4 2 0 0 8 1 2 3 1 웎 웗 基本的な手順は,各年 19 8 4 2 00 8 について以下の手順を実行することである : ペア・トレードする銘柄のペアの集合)を前年 −1の株価データか 1 .【ペア集合の選択】ペア集合 ( ら決定する。 トレード)シ 2 .【トレード・ログの作成】ペア集合の各ペアについて,年 の株価データに基づき ( グナルの発生日次を特定し,売買をシミュレートしてログを保存する。 株式売買における統計的裁定のパフォーマンス 3 .【パフォーマンス計算】ログのデータからパフォーマンスの指標を計算する。 それぞれの詳細を以下に例示する。 4 1 . ペア集合の選択 年 욼 욽 にトレードするポートフォリオは,前年 −1 のデータに基づいて選択した銘柄の ペア集合から構成されている워 。適切なペアを選択するために共和 解析워 を行ったが,対象銘柄のペ 웏 웗 원 웗 アの 数は 1 5 0万組弱と膨大なため,全てのペアについて行うのは計算上の負荷が大きい。そのため,先 ずスクリーニングによって候補ペアを り,それらについて共和 解析を行うこととした。スクリーニ ングでは,日次収益率 ( 終値の対数差 )の 2銘柄間の相関を求め,強いものから 1 0 0個のペアを選ん だ워 。紙面の都合上,この章では,TOPI 웑 웗 Xが最高値を付けた 1 9 8 9年と翌年 1 9 9 0年,翌々年 1 9 9 1年の 析について,銘柄ペアの数を 2 0とした例で説明する。 スクリーニング それぞれの年の前年のデータにより抽出した日次収益率の相関の高い銘柄のペアを以下の 3つの表 をそ に示す。表の見出しは,c ndが業種워 웒 웗 orが相関係数,c odeが株式コード,na meが銘柄の名称,ki れぞれ示している。 2 0組のペアにおいて,1 9 8 8年と 1 9 8 9年では 0 . 7から 0 . 8程度の相関を示しており,1 9 9 0年では 0 . 8以 上の相関を示すペアが多くなっている。ペアは,概ね同じ業種の銘柄から構成されており,それぞれの 年で 7 ,3 ,8業種である。また, 銘柄数は 2 ,1 ,2 。1 2 7 8と少なく,重複が多いことが かる워 웓 웗 9 8 8年 では,電気と鉄鋼に属する銘柄が多い ( 同一銘柄を重複してカウントすると,それぞれ 2 。1 2と 7 ) 9 8 9年 では,電力に属する銘柄が非常に多く, 築がそれに次いでいる ( それぞれ 2 。1 4と 1 0 ) 9 9 0年では, それぞれ 6 築 ( ,電力,機械,電気 ( )と 散化している。 8 ) Ta bl e2 Cor r e l a t e dSt oc ks( 1 9 8 8 ) No. c or c ode1 c ode2 na me1 na me2 ki nd1 ki nd2 1 2 3 4 5 6 7 8 9 1 0 1 1 1 2 1 3 1 4 1 5 1 6 1 7 1 8 1 9 2 0 0 . 7 9 9 0 . 7 9 4 0 . 7 9 1 0 . 7 9 0 0 . 7 8 7 0 . 7 8 1 0 . 7 6 9 0 . 7 6 2 0 . 7 6 1 0 . 7 4 8 0 . 7 4 1 0 . 7 4 0 0 . 7 2 7 0 . 7 2 4 0 . 7 2 3 0 . 7 2 3 0 . 7 2 1 0 . 7 1 8 0 . 7 1 2 1 0 0 . 7 5 4 0 1 6 5 0 2 6 5 0 1 6 5 0 1 6 7 0 1 8 6 0 1 1 8 0 1 6 7 0 1 6 5 0 1 6 7 5 8 5 4 0 1 0 2 6 7 5 4 0 5 6 5 0 1 6 7 5 2 6 7 5 2 5 4 0 1 9 5 0 2 7 2 0 3 9 5 0 4 5 4 0 5 6 5 0 3 6 7 0 2 6 7 5 2 6 7 5 2 8 6 0 4 1 8 0 2 6 7 0 2 6 7 0 1 6 7 7 3 7 0 1 1 6 7 5 2 5 4 0 6 6 5 0 2 6 7 5 8 6 7 7 3 5 4 0 6 9 5 0 3 7 2 6 7 9 5 0 7 新日鉄 東芝 日立 日立 住金 三菱電 富士通 パナソニック パナソニック 野村 大林組 富士通 鉄 電 電 電 電 融 鉄 電 電 電 電 融 電 電 電 鉄 電 鉄 電 電 電 鉄 エ 輸 エ 電 電 電 機 電 鉄 電 電 電 鉄 エ 輸 エ NEC 大和 大成 NEC 日立 ソニー 新日鉄 富士通 住金 日立 パナソニック パナソニック 新日鉄 中部電 トヨタ 中国電 NEC パイオニア 三菱重 パナソニック 神戸鋼 東芝 ソニー パイオニア 神戸鋼 関西電 ホンダ 四国電 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) Ta bl e3 Cor r e l a t e dSt oc ks( 1 9 8 9 ) No. c or c ode1 c ode2 na me1 na me2 ki nd1 ki nd2 1 0 . 7 8 3 9 5 0 1 9 5 0 3 東電 関西電 エ エ 2 0 . 7 7 6 9 5 0 2 9 5 0 3 中部電 関西電 エ エ 3 0 . 7 7 1 1 8 0 1 1 8 0 2 大成 大林組 4 0 . 7 5 9 5 4 0 1 5 4 0 5 新日鉄 住金 鉄 鉄 5 0 . 7 5 1 1 8 0 2 1 8 6 1 大林組 熊谷組 6 0 . 7 3 7 1 8 0 1 1 8 0 3 大成 清水 7 0 . 7 3 6 9 5 0 6 9 5 0 7 東北電 四国電 エ エ 8 0 . 7 3 5 9 5 0 1 9 5 0 2 東電 中部電 エ エ 9 0 . 7 3 2 9 5 0 5 9 5 0 7 北陸電 四国電 エ エ 1 0 0 . 7 2 9 9 5 0 4 9 5 0 7 中国電 四国電 エ エ 1 1 0 . 7 2 6 9 5 0 7 9 5 0 8 四国電 九州電 エ エ 1 2 0 . 7 2 6 9 5 0 3 9 5 0 6 関西電 東北電 エ エ 1 3 0 . 7 2 1 5 4 0 5 5 4 0 6 住金 神戸鋼 鉄 鉄 1 4 0 . 7 1 8 1 8 0 2 1 8 0 3 大林組 清水 1 5 0 . 7 1 7 9 5 0 6 9 5 0 8 東北電 九州電 エ エ 1 6 0 . 7 1 1 5 4 0 1 5 4 0 6 新日鉄 神戸鋼 鉄 鉄 1 7 0 . 7 0 4 9 5 0 3 9 5 0 9 関西電 北海電 エ エ 1 8 0 . 7 0 3 9 5 0 7 9 5 0 9 四国電 北海電 エ エ 1 9 0 . 7 0 3 1 8 3 3 1 8 6 1 奥村組 熊谷組 2 0 0 . 7 0 2 9 5 0 1 9 5 0 5 東電 北陸電 エ エ ki nd1 ki nd2 Ta bl e4 Cor r e l a t e dSt oc ks( 1 9 9 0 ) No. c or c ode1 c ode2 na me1 na me2 1 0 . 8 4 7 9 5 0 1 9 5 0 3 東電 関西電 エ エ 2 0 . 8 2 8 8 0 0 1 8 0 0 2 伊藤忠 丸紅 商 商 3 0 . 8 2 0 1 8 0 2 1 8 1 2 大林組 4 0 . 8 1 3 1 8 0 1 1 8 0 2 大成 鹿島 5 0 . 8 1 1 8 0 0 1 8 0 3 1 伊藤忠 三井物 商 商 6 0 . 8 0 9 6 5 0 2 6 5 0 3 東芝 三菱電 電 電 7 0 . 8 0 7 7 0 1 3 7 0 1 2 機 輸 0 . 8 0 6 1 8 0 1 1 8 1 2 I HI 大成 川重 8 大林組 鹿島 9 0 . 8 0 4 6 5 0 1 6 7 5 2 日立 パナソニック 電 電 1 0 0 . 8 0 3 7 0 1 1 7 0 1 3 三菱重 機 機 1 1 0 . 8 0 3 5 6 3 1 9 1 0 7 日製鋼 I HI 川崎汽 機 海 1 2 0 . 8 0 1 9 1 0 4 9 1 0 7 商 三井 川崎汽 海 海 1 3 0 . 7 9 7 7 0 0 4 7 0 0 3 日立造 三井造 機 輸 1 4 0 . 7 9 7 6 5 0 1 6 5 0 3 日立 三菱電 電 電 1 5 0 . 7 9 6 9 5 0 4 9 5 0 7 中国電 四国電 エ エ 1 6 0 . 7 9 3 9 5 0 7 9 5 0 9 四国電 北海電 エ エ 1 7 0 . 7 9 3 7 0 0 3 7 0 1 2 三井造 川重 輸 輸 1 8 0 . 7 9 2 1 8 9 0 1 8 9 3 1 9 0 . 7 9 0 4 0 4 3 4 0 9 1 トクヤマ 大陽日酸 化 化 2 0 0 . 7 8 9 6 3 0 2 9 1 0 7 住友重 川崎汽 機 海 東洋 五洋 株式売買における統計的裁定のパフォーマンス 単位根検定 共和 検定の前段階として,各銘柄の終値を用いて単位根検定を行った。結果を以下の 3つの表に示 す。ここでは,Di -Ri c ke y Ful l e r検定をベースとする Dol a do,J e nki ns on,a ndSos v i l l a v e r oによる段階 的な手順を用いた웍 。4 ∼8列は終値の原系列についての結果で,9 ∼1 월 웗 3列は差 系列についての結果で ある ( 有意水準は 0 。 . 0 5 ) 定常)であることを示 ur列の値は,T ( t r ue )であれば単位根あり,F ( f a l s e )であれば単位根なし ( す。c rは検定のどの段階で結論が得られたかを示し,modはその段階でのモデルの種別を示している。 この検定手順で仮定されるモデルは下記 ( ∼( 。表の t 1 ) 3 )の 3タイプである웍 웋 웗 r e ndはトレンドとドリフ トを含む ( 1 )のモデル,dr i f tはドリフトのみを含む ( 2 )のモデル,noneはトレンドもドリフトも含ま ない ( 。ま 3 )のモデルをそれぞれ示している。表の の列は,モデルにおける差 の最大ラグを示す웍 워 웗 워はモデルの自由度調整済み決定係数を示している。 た, 욣 =+ 욧 욪 욼 ++∑ 욡 욪 욡 +ε욧 ( t r e nd) Δ욧 Δ욧 우 웕 웋 욣 =욧 욪 욼 ++∑ 욡 욪 욡 +ε욧 ( dr i f t ) Δ욧 Δ욧 우 웕 웋 욣 =욧 욪 욼 +∑ 욡 욪 욡 +ε욧 ( none ) Δ욧 Δ욧 우 웕 웋 …( 1 ) …( 2 ) …( 3 ) 終値の原系列の多くは,検定の最終段階 ( t 5 )で単位根ありと判定されているが,1 9 8 9年のデータで は,3つの 設関連銘柄がドリフト付き定常と判定されている。差 系列については,いずれも検定の 最初の段階 ( t 1 )で定常と判定されている。また,選択されたラグについては,1 9 8 8年と 1 9 8 9年では比 較的短いが 1 9 9 0年には相対的に長くなっているようである。自由度調整済み決定係数は,原系列では ∼0 0 . 1を超えるものは稀だが,差 系列では 0 . 3 8 . 5 5あたりに 布している。 検定結果や得られるモデルは想定する最大ラグやラグの選択基準に依存するため,下記の結果を鵜呑 みにはできないが,銘柄の多くは,原系列で単位根があり差 系列では定常である ( すなわち,1次の和 過程 1 に従う)とみなしても問題ないと考えられる。 Ta bl e5 Uni tRootTe s t( 1 9 8 8 ) 差 系列 原系列 No. c ode na me ur c r mod 워 ur c r mod 워 1 5 4 0 1 新日鉄 F t 5 none 2 0 . 0 3 5 F t 1 t r e nd 1 0 . 5 0 3 2 6 5 0 2 東芝 T t 5 none 6 F t 1 t r e nd 1 0 . 5 3 9 3 6 5 0 1 日立 T t 5 none 1 0 . 0 3 4 −0 . 0 0 6 F t 1 t r e nd 1 0 . 5 0 9 4 6 7 0 1 T t 5 none 3 0 . 0 1 6 F t 1 t r e nd 2 0 . 5 2 2 5 8 6 0 1 NEC 大和 T t 5 none 1 0 . 0 1 3 F t 1 t r e nd 1 0 . 4 2 1 6 1 8 0 1 大成 T t 5 none 1 0 . 0 0 2 F t 1 t r e nd 1 0 . 5 0 9 7 6 7 5 8 ソニー T t 5 none 1 . 0 2 8 0 F t 1 t r e nd 1 0 . 4 1 1 8 6 7 0 2 富士通 T t 5 none 1 0 . 0 0 0 F t 1 t r e nd 3 0 . 5 4 8 9 5 4 0 5 住金 T t 5 none 2 F t 1 t r e nd 1 0 . 4 8 4 1 0 6 7 5 2 パナソニック T t 5 none 1 0 . 0 2 2 −0 . 0 0 6 F t 1 t r e nd 1 0 . 4 8 1 1 1 9 5 0 2 中部電 T t 5 none 3 1 0 7 0 . F t 1 t r e nd 2 0 . 3 5 9 1 2 7 2 0 3 トヨタ T t 5 none 6 0 . 0 3 0 F t 1 t r e nd 5 0 . 4 5 0 1 3 9 5 0 4 中国電 T t 5 none 1 0 . 0 3 7 F t 1 t r e nd 1 0 . 4 0 9 1 4 6 5 0 3 三菱電 T t 5 none 2 0 . 0 1 6 F t 1 t r e nd 1 0 . 5 4 2 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 1 5 8 6 0 4 野村 T t 5 none 1 t 1 t r e nd 1 0 . 4 2 7 1 8 0 2 大林組 T t 5 none 1 0 . 0 1 3 −0 . 0 0 4 F 1 6 F t 1 t r e nd 1 0 . 4 8 9 1 7 6 7 7 3 パイオニア T t 5 none 1 0 . 0 0 0 F t 1 t r e nd 1 0 . 4 5 4 1 8 7 0 1 1 三菱重 T t 5 none 4 1 0 . 0 3 F t 1 t r e nd 3 0 . 5 5 2 1 9 5 4 0 6 神戸鋼 T t 5 none 3 0 . 0 3 7 F t 1 t r e nd 2 0 . 5 4 6 2 0 9 5 0 3 関西電 T t 5 none 1 0 . 0 3 8 F t 1 t r e nd 1 0 . 4 0 9 2 1 7 2 6 7 ホンダ T t 5 none 1 0 . 0 0 0 F t 1 t r e nd 1 0 . 4 6 0 2 2 9 5 0 7 四国電 F t 5 none 1 0 . 0 6 7 F 1 t t r e nd 1 0 . 3 8 5 Ta bl e6 Uni tRootTe s t( 1 9 8 9 ) 原系列 No. c ode na me 差 系列 ur c r mod 워 ur c r mod 워 1 9 5 0 1 東電 T t 5 none 1 t 1 t r e nd 1 0 . 4 9 9 9 5 0 2 中部電 T t 5 none 1 −0 . 0 0 5 −0 . 0 0 7 F 2 F t 1 t r e nd 1 0 . 5 1 5 3 1 8 0 1 大成 T t 5 none 4 0 . 0 1 4 F t 1 t r e nd 3 0 . 5 3 5 4 5 4 0 1 新日鉄 T t 5 none 1 −0 . 0 0 5 F t 1 t r e nd 1 0 . 4 7 3 5 1 8 0 2 大林組 F t 3 dr i f t 4 0 . 0 5 6 F t 1 t r e nd 5 0 . 4 9 5 6 9 5 0 6 東北電 T t 5 none 2 −0 . 0 0 4 F t 1 nd t r e 1 0 . 4 9 2 7 9 5 0 5 北陸電 T t 5 none 1 t 1 t r e nd 1 0 . 5 5 8 9 5 0 4 中国電 T t 5 none 1 0 . 0 0 5 −0 . 0 0 1 F 8 F t 1 t r e nd 1 0 . 5 4 4 9 9 5 0 7 四国電 T t 5 none 1 0 . 0 0 1 F t 1 t r e nd 1 0 . 5 4 9 1 0 9 5 0 3 関西電 T t 5 none 1 F t 1 nd t r e 1 0 . 4 9 9 1 1 5 4 0 5 住金 T t 5 none 1 −0 . 0 0 7 −0 . 0 0 5 F t 1 t r e nd 1 0 . 4 6 9 1 2 1 8 3 3 奥村組 F t 3 dr i f t 2 0 . 0 3 4 F t 1 t r e nd 2 0 . 4 8 8 1 3 1 8 6 1 熊谷組 T t 5 none 4 0 . 0 1 1 F t 1 t r e nd 3 0 . 5 2 2 1 4 1 8 0 3 清水 F t 3 dr i f t 4 0 . 0 9 1 F 1 t t r e nd 3 0 . 4 4 9 1 5 9 5 0 8 九州電 T t 5 none 1 −0 . 0 0 8 F t 1 t r e nd 1 0 . 5 0 1 1 6 5 4 0 6 神戸鋼 T t 5 none 1 0 . 0 0 3 F t 1 t r e nd 1 0 . 4 4 4 1 7 9 5 0 9 北海電 T t 5 none 1 −0 . 0 0 8 F t 1 t r e nd 2 0 . 5 1 9 s t( 1 9 9 0 ) Ta bl e7 Uni tRootTe No. c ode na me 1 2 3 4 5 6 7 8 9 1 0 1 1 1 2 1 3 1 4 1 5 9 5 0 1 8 0 0 1 1 8 0 2 1 8 0 1 6 5 0 2 7 0 1 3 6 5 0 1 7 0 1 1 5 6 3 1 9 1 0 4 7 0 0 4 9 5 0 4 9 5 0 7 7 0 0 3 1 8 9 0 東電 伊藤忠 大林組 大成 東芝 I HI 日立 三菱重 日製鋼 商 三井 日立造 中国電 四国電 三井造 東洋 原系列 差 系列 워 ur c r mod T T T T F T T T T T T T T T T t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 none none none none none none none none none none none none none none none 1 0 . 0 0 3 2 0 . 0 3 3 1 −0 . 0 0 4 2 0 . 0 0 6 6 0 . 0 4 1 1 0 . 0 3 0 1 −0 . 0 0 4 9 0 . 0 5 4 2 0 . 0 4 1 1 3 0 . 0 8 7 9 0 . 0 5 5 9 0 . 0 4 7 9 0 . 0 5 5 1 0 . 0 3 8 1 0 . 0 1 5 ur c r mod 워 F F F F F F F F F F F F F F F t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t r e nd t r e nd nd t r e t r e nd t r e nd t r e nd t r e nd t r e nd t r e nd t r e nd t r e nd t r e nd t r e nd t r e nd t r e nd 1 1 1 1 5 8 4 8 4 1 2 8 8 8 1 1 0 . 4 9 1 0 . 4 3 9 0 . 4 7 5 0 . 4 7 8 0 . 5 2 3 0 . 4 4 2 1 6 0 . 5 0 . 5 2 9 0 . 4 2 7 0 . 4 9 0 2 0 . 4 8 0 . 5 3 4 0 . 5 1 0 0 . 3 9 5 0 . 4 2 6 株式売買における統計的裁定のパフォーマンス 1 6 1 7 1 8 1 9 2 0 2 1 2 2 2 3 2 4 2 5 2 6 2 7 2 8 4 0 4 3 6 3 0 2 9 5 0 3 8 0 0 2 1 8 1 2 8 0 3 1 6 5 0 3 7 0 1 2 6 7 5 2 9 1 0 7 9 5 0 9 1 8 9 3 4 0 9 1 トクヤマ 住友重 関西電 丸紅 鹿島 三井物 三菱電 川重 パナソニック 川崎汽 北海電 五洋 大陽日酸 T T T T T T T T T T T T T t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 t 5 none none none none none none none none none none none none none 2 0 . 0 6 6 1 0 . 0 2 7 1 0 . 0 0 1 1 0 . 0 0 5 1 −0 . 0 0 2 2 0 . 0 2 8 1 0 . 0 1 2 1 0 . 0 3 3 1 −0 . 0 0 1 9 0 . 1 0 2 1 0 . 0 0 2 4 0 . 0 3 3 1 0 . 0 4 6 F F F F F F F F F F F F F t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t 1 t r e nd t r e nd t r e nd t r e nd t r e nd t r e nd t r e nd t r e nd t r e nd t r e nd t r e nd t r e nd t r e nd 1 1 1 1 1 8 1 1 1 8 1 3 1 0 . 4 3 1 0 . 4 1 2 0 . 4 9 3 0 . 4 5 7 0 . 4 6 7 0 . 4 4 4 0 . 5 5 1 0 . 4 0 9 0 . 4 8 1 0 . 4 4 8 0 . 4 8 3 9 0 . 4 4 0 . 3 8 9 共和 検定 各ペア銘柄の終値を用いて共和 解析を行った結果を以下の 3つの表に示す。共和 検定について は,J 。表の行はスクリーニングにおける行に oha ns e nによるトレース検定と最大固有値検定を用いた웍 웍 웗 対応している。例えば,Ta bl e8の 1行目は,Ta bl e2の 1行目 ( 1 9 8 8年の新日鉄と住金)に対応してい る。表の t ,e r a c e i g e n列は,それぞれトレース検定と最大固有値検定の結果を示す。値 1は共和 ベク トルが存在するとは言えないことを示し,0 ,0 ,0 . 0 1 . 0 5 . 1はそれぞれの値の有意水準で有意である ( 1個 の共和 ベクトルが存在する)ことを示している。J oha ns e nの検定では,誤差修正モデル ECM ( e r r or r e c t i onmode l )としてトレンド項を持つモデルなどいくつかのモデルが想定されることがある。しか c or し,終値が 1次の和 過程 1 であると考えられることと,誤差修正項の定常性がペア・トレードの基 本的な前提であることから,本論文では,誤差修正項に定数 を含む下記のような ECM を想定して検 定を行った웍 。 웎 웗 욣 = 욧 욪 욼 + +∑ 욡 욪 욡 +욧 ( ECM) Δ욧 Δ욧 우 웕 웋 …( 4 ) 表の は ECM の差 ベクトルの階数である웍 。は,共和 ベクトル の第 2要素,욼 ,욽は,調整 웏 웗 ,nor 係数ベクトル の各要素,は誤差修正項の定数を示している。また,a r c h,s e r i mの 3列は,ECM を原系列の VAR表現に変換し,その残差について診断テストを行った結果である웍 。a 원 웗 r c hは不均一 散を調べる ARCH検定 ( ラグ 5 ,s ラグ 1 ,nor ) e r iは系列相関を調べる Por t ma nt e a u検定 ( 6 ) mは正規 性を調べる多変量 J a r que Be r a検定をそれぞれ意味する。表の数値はそれぞれの検定における p値を示 している。それぞれ,均一 散,無相関性,正規性を帰無仮説としているので,いずれも大きい値が好 ましい。 Ta bl e8 Coi nt e g r a t i onAna l y s i s( 1 9 8 8 ) No. t r a c e e i g e n 욼 욽 1 0 . 1 1 3 2 1 1 2 −1 . 1 1 6 −0 . 5 3 2 −0 . 0 6 1 −0 . 0 3 2 −0 . 0 2 6 −0 . 0 2 4 0 . 0 2 8 −0 . 0 0 4 −0 . 0 2 5 3 1 1 1 −2 . 2 7 0 4 1 1 1 5 1 1 1 3 . 8 1 4 −0 . 6 0 8 6 0 . 1 1 2 7 0 . 1 0 . 0 5 2 −0 . 6 0 5 −1 . 4 3 8 −8 5 −5 5 2 a r c h s e r i nor m 0 . 0 0 0 0 . 0 9 9 0 . 0 0 0 0 . 0 0 1 0 . 2 2 9 0 . 0 0 0 0 . 0 3 4 2 , 1 4 1 −0 0 0 6 −1 0 , 7 9 4 . −5 0 . 0 3 6 6 9 0 . 0 0 0 0 . 0 0 0 0 . 0 0 0 0 . 0 0 0 0 . 0 1 2 0 . 0 0 0 0 . 0 0 8 0 . 0 7 8 0 . 0 0 0 −0 . 0 8 5 0 . 0 2 9 −1 3 3 0 . 6 7 1 0 . 8 6 3 0 . 0 0 0 0 . 0 6 4 0 . 1 3 6 4 2 5 0 . 2 5 0 0 . 5 0 6 0 . 0 0 0 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 8 1 1 5 0 . 2 8 3 −0 . 0 2 7 9 1 1 2 0 . 0 0 0 1 0 1 1 2 3 1 . 7 1 5 −5 . 4 0 3 1 1 1 1 3 −1 . 1 6 8 0 . 2 9 8 −1 . 2 8 4 −1 . 6 9 0 1 2 1 1 1 1 3 1 1 1 1 4 1 1 3 −0 . 0 0 1 −2 , 4 5 1 −0 . 0 0 1 −6 4 , 4 6 5 0 . 0 0 1 −0 . 0 3 7 −0 . 0 2 2 0 . 0 0 5 −0 . 0 1 7 −0 . 0 3 7 0 . 0 1 6 2 0 0 . 0 0 . 0 1 9 −0 . 0 0 3 1 5 1 1 2 0 . 3 5 6 0 . 0 0 0 −0 . 0 2 0 1 6 1 1 1 1 7 0 . 0 5 0 . 0 5 3 0 . 3 0 8 −1 . 1 8 8 −0 . 0 2 1 −0 . 0 8 1 −0 2 4 . 0 −0 . 0 3 6 −0 . 0 8 3 −0 . 0 4 4 0 . 0 5 9 −0 . 0 6 0 0 . 0 7 4 1 8 1 1 4 9 1 0 . 0 5 0 . 0 5 1 −0 . 9 4 4 −1 . 5 9 7 2 0 0 . 0 5 0 . 0 1 2 −0 . 9 8 9 0 . 1 2 8 0 . 1 2 4 0 . 2 8 3 0 . 0 0 0 0 . 0 0 0 0 . 0 2 8 0 . 0 0 0 5 8 1 2 , 7 0 . 0 0 0 0 . 2 8 4 0 . 0 0 0 2 9 3 0 . 0 0 0 0 . 5 4 0 0 . 0 0 0 −2 , 3 1 6 0 . 0 0 0 0 . 1 3 0 0 . 0 0 0 1 8 7 0 . 0 0 0 0 . 3 2 8 0 . 0 0 0 1 9 4 0 . 0 0 0 0 . 0 2 6 0 . 0 0 0 −3 , 2 4 4 −3 , 3 5 6 0 . 0 0 0 0 . 2 3 7 0 . 0 0 0 0 . 0 0 3 0 . 0 6 8 0 . 0 0 0 −8 5 −1 8 7 0 . 0 0 0 0 . 0 6 2 0 . 0 0 0 0 . 0 5 8 0 . 8 7 2 0 . 0 0 0 0 . 0 0 0 0 . 8 6 2 0 . 0 0 0 0 . 0 0 0 0 . 7 3 5 0 . 0 0 0 a r c h s e r i nor m 0 . 0 0 0 0 . 5 7 7 0 . 0 0 0 0 . 0 0 0 0 . 5 6 2 0 . 0 0 0 −3 2 4 −8 3 s i s( 1 9 8 9 ) Ta bl e9 Coi nt e g r a t i onAna l y No. t r a c e e i g e n 욼 −1 . 6 8 4 −0 . 8 6 8 −0 . 0 1 1 0 . 0 2 3 0 . 1 3 1 −0 . 0 1 5 1 , 8 2 8 −3 4 3 −4 , 6 0 3 1 1 1 1 2 0 . 1 1 2 욽 3 1 1 2 1 . 7 0 0 0 . 0 0 8 −0 . 0 1 6 4 1 1 2 5 1 1 1 0 . 9 2 0 −0 . 0 1 6 −0 . 0 1 0 −0 . 0 3 7 −0 . 0 0 2 −0 . 2 1 8 −1 , 4 8 1 −1 , 5 8 5 6 1 1 2 0 . 7 8 8 −0 . 9 9 6 −0 . 0 1 9 −0 . 1 8 7 −0 . 0 2 7 0 . 1 1 8 −3 , 3 8 0 −1 5 7 −4 . 5 5 0 −1 . 0 3 1 0 . 0 0 2 −0 . 3 0 9 0 . 0 0 9 , 0 9 7 1 4 0 . 2 0 3 −0 . 9 2 7 −0 . 9 9 6 −0 . 3 4 3 −0 . 0 3 7 −1 . 6 6 6 −1 . 7 6 3 7 0 . 0 1 0 . 0 1 2 8 1 1 2 9 0 . 0 1 0 . 0 1 1 1 0 0 . 0 1 0 . 0 1 1 1 1 0 . 0 1 0 1 0 . 2 1 2 0 . 1 0 . 1 2 1 3 1 1 1 1 4 1 1 1 1 5 0 . 0 1 0 . 0 1 1 1 6 1 1 2 1 7 1 1 4 1 8 0 . 0 1 0 . 0 1 2 1 9 1 1 5 2 0 1 1 2 0 . 2 5 5 −0 . 9 9 3 −1 . 2 9 2 −0 . 8 6 9 −0 . 8 8 0 −0 . 0 9 3 −2 0 . 7 1 9 0 . 1 3 7 0 . 2 9 3 0 . 0 0 0 0 . 2 9 2 0 . 7 7 8 0 . 0 5 1 0 . 0 8 2 . 1 9 5 0 0 . 0 0 0 0 . 0 0 0 0 . 0 9 1 0 . 0 0 0 0 . 2 2 0 0 . 7 0 0 0 . 0 0 0 0 . 1 5 2 0 . 2 7 5 0 . 0 0 0 5 5 0 . 0 3 5 0 . 9 4 1 0 . 0 0 0 0 . 0 2 4 −3 3 7 0 . 0 0 0 0 . 6 5 2 0 . 0 0 0 0 . 3 8 7 7 1 0 . 0 0 2 0 . 8 7 8 0 . 0 0 0 −0 . 0 8 1 0 . 0 3 4 1 , 6 0 6 0 . 4 5 5 0 . 8 5 7 0 . 0 0 0 0 . 0 0 5 −0 . 0 2 5 −0 . 0 5 2 0 . 0 3 3 −0 . 0 2 9 0 . 5 7 9 0 . 7 1 8 0 . 0 0 0 0 . 0 0 3 0 . 1 6 2 0 . 0 0 0 0 . 2 2 1 6 2 0 −2 , 3 2 7 −8 2 0 . 1 0 3 0 . 7 5 5 0 . 0 0 0 0 . 0 1 0 −0 . 0 7 9 −0 . 2 3 2 0 . 0 3 4 −0 . 0 5 2 −0 . 0 0 2 2 2 4 −1 , 4 5 3 −4 1 2 0 . 8 0 2 5 7 7 0 . 0 . 0 0 0 0 . 3 9 0 0 . 9 3 0 0 . 0 0 0 0 . 5 2 1 0 . 5 8 9 0 . 0 0 0 −0 0 4 8 . −0 . 1 6 0 −8 2 8 0 . 0 0 0 0 . 2 4 3 0 . 0 0 0 0 . 0 0 2 0 . 0 0 2 6 9 , 8 3 2 0 . 8 6 3 0 . 3 5 8 0 . 0 0 0 a r c h s e r i nor m Ta bl e1 0 Coi nt e g r a t i onAna l y s i s( 1 9 9 0 ) No. t r a c e e i g e n 욼 욽 −1 . 2 4 7 −1 . 3 8 6 −0 . 2 0 8 −0 . 0 0 4 4 7 0 . 0 1 5 0 . 9 3 9 0 . 0 0 0 0 . 0 8 2 −0 . 0 0 1 0 . 1 0 3 2 1 2 −0 . 0 0 2 −2 2 , 7 7 7 −0 −1 . 0 1 9 9 6 0 . 0 0 0 0 . 5 1 0 0 . 0 0 0 1 0 . 0 1 0 . 0 1 1 2 0 . 1 1 2 3 1 1 2 4 1 1 1 5 0 . 1 1 2 6 0 . 1 0 . 1 2 7 1 1 8 1 1 1 2 . 9 3 5 −0 . 6 7 8 −1 . 1 3 0 −0 . 0 4 4 0 . 0 9 7 0 . 0 0 4 0 . 4 3 6 0 . 0 0 0 0 . 0 0 0 0 . 4 4 9 0 . 0 0 0 0 . 0 0 0 1 7 2 −8 5 −5 4 0 . 6 9 2 0 . 0 2 5 −0 . 0 3 0 0 . 0 0 0 0 . 8 8 5 0 . 0 0 0 2 0 . 0 5 9 −0 . 1 4 5 −0 . 0 7 0 0 . 8 7 4 −1 0 1 5 . −1 . 1 5 6 0 . 0 0 0 0 . 1 8 4 0 . 0 0 0 3 1 0 . 7 0 5 −0 . 0 0 1 −0 . 0 0 2 −1 7 , 8 1 0 0 . 1 3 3 0 . 9 3 6 0 . 0 2 0 株式売買における統計的裁定のパフォーマンス 9 1 1 1 1 0 1 1 5 1 1 1 1 3 1 2 1 1 6 1 3 1 1 4 1 4 1 1 5 1 5 1 1 1 0 1 6 0 . 0 1 0 . 0 1 3 1 7 1 1 2 1 8 0 . 1 0 . 0 5 1 1 9 0 . 1 0 . 1 3 2 0 1 1 2 −0 . 7 5 6 −0 . 8 6 6 −0 . 9 6 9 −0 . 0 1 0 0 . 0 5 7 0 . 0 2 4 0 . 0 3 9 0 . 0 0 5 −1 . 0 5 3 −2 . 0 6 0 0 . 0 9 6 −0 . 0 0 9 −1 . 1 1 3 −0 5 . 4 4 −0 . 9 5 5 0 . 0 4 0 −0 . 0 3 0 −0 . 5 5 3 0 . 0 5 3 −0 . 0 1 8 −0 . 3 0 5 −1 . 0 3 8 −0 . 4 1 0 0 . 0 1 0 −0 . 1 2 1 0 . 0 3 6 −1 . 0 9 5 −0 . 9 1 4 0 . 0 2 3 0 . 1 2 5 0 . 0 0 7 0 . 0 7 1 0 . 0 0 0 0 . 7 1 7 0 . 0 0 0 0 . 0 0 0 0 . 1 9 0 0 . 0 0 0 0 . 0 3 4 1 0 1 −1 3 8 −8 5 0 . 3 4 3 0 . 1 9 3 0 . 0 0 0 0 . 1 1 1 3 5 0 . 0 0 0 0 . 5 0 1 0 . 0 0 0 0 . 0 2 1 1 3 1 −4 5 4 0 . 0 0 1 0 . 0 8 5 0 . 0 0 0 0 . 0 0 2 0 . 6 4 7 0 . 0 0 0 0 . 0 0 1 0 . 3 3 6 0 . 0 2 6 0 . 0 0 1 0 . 1 8 0 0 . 0 0 0 6 −3 4 0 . 0 0 0 0 . 4 0 9 0 0 0 . 0 0 . 0 0 0 0 . 1 8 2 0 . 0 0 0 1 3 9 −1 3 2 0 . 0 0 0 0 . 6 0 2 0 . 0 0 0 0 . 0 0 0 . 0 0 7 0 0 . 0 0 0 −1 , 2 6 7 −1 1 4 0 . 0 1 5 トレース検定と最大固有値検定のいずれかで有意水準 0 . 1以下で共和 関係にあると判定されたペア の数は,それぞれ 6 ,8 ,7( 全体の 3 ∼4 0 0 %)と比較的大きな割合を占めている。特に,1 9 8 9年は,両検 定で共に 0 . 0 1の有意水準で有意と判定されたペアは 6件と多い。 モデルのラグについては,単位根検定の場合と同じく,1 9 8 8年と 1 9 8 9年では比較的短いが 1 9 9 0年に は相対的に長くなっている。共和 ベクトル の第 1要素は 1に基準化されているため,第 2要素が非 負のものは,統計的裁定のペアとしては好ましくない웍 。第 2要素が非負のものは,それぞれ 6 ,4 ,2件 웑 웗 存在しているが,共和 関係にあると判定されたペアについては,いずれも負の値となっている。調整 係数ベクトル については,トレードの観点からは,値 ( の絶対値)が大きいほど調整速度が速く,短 いホールド期間でリターンが期待されるため好ましいと考えられるが,株価の絶対額や誤差修正項の値 + 욽 で のノ がペアごとに異なるため単純な比較はできない。の要素 욼 ,욽について, = 욼 ルムを定義したとき,誤差修正項の値の平均値に占める の割合を調整速度の指標とみなすことが できる웍 。この指標の各年の平均値は,それぞれ 0 ,0 ,0 웒 웗 . 0 1 6 . 5 0 7 . 0 2 4である。 診断テスト ( ,1 ,3と,年によって差があり 1 a r c h)については,p値が 0 . 1を超えるのは 3 1 9 8 9年が 最も良い。s ,1 ,1 e r iについては,p値が 0 . 1を超えるのは 1 2 9 8と,いずれの年も概ね良好な結果であ る。nor mについては,どの年もほとんどのペアで正規性が棄却されている。正規性の問題は依然として それぞれ 2 ,4 ,1件) ,スクリー 残っているが,a e r iの p値が 0 . 1を超える共和 ペアも残っており ( r c h,s ニング段階で 1 0 0ペアをとれば,理論的な根拠のあるトレードが可能だと考えられる。 4 2 . トレード・ログの作成とパフォーマンス計算 ここでは,シミュレーションにおけるトレード・ログの作成とパフォーマンスの計算について,上記 と同じ 3年 2 0ペアの場合を例示する。 前述のように,シミュレーションでの各年のトレードは,その前年のデータより得られたモデルに基 づいている。例えば,1 9 8 9年のトレードでは,1 9 8 8年のデータからスクリーニングされた銘柄ペアを対 象とし,ペアごとに,誤差修正項の 1 )と標準偏差 ( )から閾値 ( 上限と下限)を設 9 8 8年の平均値 ( 定する。本研究では,±のタイプの閾値を用いた ( はパラメータで,閾値係数と呼ぶことにす る웍 。そして,それぞれのペアの 1 웓 웗 ) 9 8 8年のデータから得られた共和 ベクトルと調整係数ベクトルから 1 9 8 9年の各営業日における誤差修正項の値を計算し,閾値を下回っていればロングのポジションで,閾 値を上回っていればショートのポジションでエントリする。すなわち,銘柄ペア ( A,B)について,共 和 ベクトルを = 1とすると,<0ならば,ロングポジションでは 1単位の Aを買い 単位 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) の Bを空売りし,ショートポジションでは 単位の Bを買い 1単位の Aを空売りする웎 。>0なら 월 웗 ば,ロングポジションでは 1単位の Aと 単位の Bを買い,ショートポジションでは 1単位の Aと 単位の Bを空売りする웎 。なお,エントリ時点で,すでに当該ペアのポジションがあれば,反対売買に 웋 웗 より解消し利益を確定させる。また,各年の最後の営業日 ( 大納会)には強制的にポジションを解消す るものとする웎 。 워 웗 各トレードの主要なパフォーマンスは以下のような資産倍率 (の近似値) ,あるいは,それから 1を差 し引いた収益率やその標準偏差などで評価する。ただし,添え字 0は投資時点,添え字 1は決済時点を 意味する ( 以下の数式においても同様) 。 Ta bl e1 1 Pe r f or ma nc eI nde x ロング ショート <0 욼 + 웅 웅 + 욼 웅 + 욼 욼 + 웅 >0 욼 +욼 웅 +웅 웅 +웅 욼 +욼 新日鉄と住金)を例にとって,1 1 9 8 8年のスクリーニングで得られた最初のペア ( 9 8 8年と 1 9 8 9年の トレードの様子を以下の表に示す웎 。見出しの posはペアのポジションを示し,1はロング, −1は 웍 웗 ,e ,2はエントリ時 ショートである。s t e da t eはそれぞれエントリとエグジットの日付である。pr i c e1 da のそれぞれの銘柄の株価,pr ,4はエグジット時のそれぞれの銘柄の株価を示している。また,r i c e3 e t は各トレードのパフォーマンス ( 資産倍率)である。ただし,1 9 8 8年はモデル作成期間であり,1 9 8 9年 はそのモデルに基づいたトレードの検証期間である ( 作成期間のパフォーマンスは比較のために計算 している) 。 例えば,最初のトレードは,1 9 8 8年 1月 4日から 3月 1 7日の期間に行われている。1 9 8 8年の ECM に おける は−1 ,は−8 . 1 1 6 5( Ta bl e8参照)であり,1月 4日の両銘柄の株価から,誤差修正項の値は −1 ×2 −8 =−0 約−2 3 5 9 . 1 1 6 4 6 5 . 5 3 6と計算される。これは,1 9 8 8年の誤差修正項の値の平均値 ( 5 . 1 3 ) 웎 웎 웗 を上回っているため,ショートポジションでエントリすることになる。そして,3月 7日には,誤差修 正項の値が 4 −1 ×3 −8 −2 6 5 . 1 1 6 6 6 5 8 . 5と平均値を下回るため,ポジションを解消する。そして,この 웅 + 욼 3 +1 ×3 5 9 . 1 1 6 6 6 トレードのパフォーマンスが, = 1 . 0 3 8と計算される。資金をすべて再投 욼 + 웅 4 +1 ×2 6 5 . 1 1 6 4 6 資したとすれば,1 。 9 8 8年のパフォーマンスは約 1 . 1 5に,1 9 8 9年では約 0 . 9 1になる ( r e t列の値の積) Ta bl e1 2 Ex a mpl eofaTr a di ngLog pos s da t e pr i c e 1 pr i c e 2 e da t e pr i c e 3 pr i c e 4 r e t 1 9 8 8年 −1 1 9 8 8 0 1 0 4 3 5 9 2 4 6 1 9 8 8 0 3 1 7 4 6 5 3 6 6 1 . 0 3 7 8 1 −1 1 9 8 8 0 3 1 7 4 6 5 3 6 6 1 9 8 8 0 7 2 0 6 9 5 5 5 3 1 . 0 1 9 6 1 9 8 8 0 7 2 0 6 9 5 5 5 3 1 9 8 8 0 7 2 2 7 2 2 5 9 4 1 . 0 1 4 0 1 −1 1 9 8 8 0 7 2 2 7 2 2 5 9 4 1 9 8 8 0 7 2 3 7 2 0 5 7 1 1 . 0 1 7 4 1 9 8 8 0 7 2 3 7 2 0 5 7 1 1 9 8 8 0 8 3 0 6 7 1 5 4 9 1 8 7 1 . 0 1 1 9 8 8 0 8 3 0 6 7 1 5 4 9 1 9 8 8 0 9 0 5 6 5 8 5 3 5 1 . 0 0 2 1 株式売買における統計的裁定のパフォーマンス −1 1 9 8 8 0 9 0 5 6 5 8 5 3 5 1 9 8 8 0 9 1 9 7 8 5 6 5 6 1 . 0 0 5 8 1 −1 1 9 8 8 0 9 1 9 7 8 5 6 5 6 1 9 8 8 0 9 2 2 7 8 0 6 4 5 1 . 0 0 4 8 1 9 8 8 0 9 2 2 7 8 0 6 4 5 1 9 8 8 0 9 2 8 8 1 1 6 8 1 1 . 0 0 6 0 1 −1 1 9 8 8 0 9 2 8 8 1 1 6 8 1 1 9 8 8 1 1 0 1 8 7 5 7 2 4 1 . 0 0 9 9 1 9 8 8 1 1 0 1 8 7 5 7 2 4 1 9 8 8 1 1 0 4 8 9 9 7 5 4 1 . 0 0 5 6 1 9 8 8 1 1 0 4 8 9 9 7 5 4 1 9 8 8 1 1 1 5 9 0 9 7 5 0 1 . 0 0 8 3 1 9 8 8 1 1 1 5 9 0 9 7 5 0 1 9 8 8 1 2 2 8 8 7 0 7 0 2 0 . 9 9 1 5 1 −1 1 9 8 9年 −1 1 9 8 9 0 1 0 4 8 6 0 6 8 6 1 9 8 9 0 2 1 6 9 4 0 7 9 3 1 . 0 2 3 1 1 1 9 8 9 0 2 1 6 9 4 0 7 9 3 1 9 8 9 1 2 2 9 7 9 3 8 5 7 0 . 8 8 4 8 2 0ペア全体のシミュレーション結果をモデル作成期間と検証期間とで対比してみる。比較項目は,株 価の対数差 の相関,トレードの頻度, ( 1トレードあたりの)収益率の平均値とその標準偏差,年次の シャープ・レシオ웎 ,年次の収益率であり,それぞれの 布の様子を以下の 6つの図(Fi ∼Fi 웏 웗 g ur e2 g ur e ) に示す。各図の上半 の上下 6つのグラフ ( 箱ひげ図)は,モデル作成期間のペア全体 ( 上の 3つ)と 7 共和 ペア웎 下の 3つ)のグラフであり,下半 の上下 6つは検証期間のグラフ ( 上がペア全体,下が 원 웗( 共和 ペア)である。グラフの下にある数値は,年,平均値 ( ,標準偏差 ( ,変動係数 ( m) s d) c v )を示 している ( 上の数値がペア全体,下の数値が共和 ペア) 。なお,グラフ間の比較の容易さを考慮して, いずれの図でも横軸の目盛を統一しているが,収益率については差異が見づらいため,横軸目盛の下限 を−1 0 %で切った図も付録 2に示している。 株価の対数差 の相関については,モデル作成期間で相関の強いもの順にペアを選択していることか 。1 ら,検証期間での相関は下がることが予想される웎 웑 웗 9 8 8 8 9( 1 9 8 8年のモデル作成期間と 1 9 8 9年の検 証期間対比)と 1 -9 9 9 0 1については下がっており,ばらつきも大きいが,1 9 8 9 9 0については平均値がや や増加している。 トレードの頻度については,検証期間の方が少なく概ね半減しているが,かなり頻度の高いペアも存 在しており,いずれの期間でもばらつきが大きい。 付録 2の図も参照) 。モ 1トレードあたりの収益率についても検証期間の方が概ね少ない傾向にある ( デル作成期間ではすべてのペアが正のリターンを得ているが,検証期間では 2 0ペア全体の平均値は,い ずれも負になっている。1 0 %を超える損失を出しているペアも存在し,ばらつきも大きくなっている。た だし,1 9 9 0 9 1年の共和 ペアについては,正のリターンを得ている。 1トレードあたり収益率の標準偏差については,1 9 8 9 9 0年の検証期間では,それぞれの前年のモデル 作成期間の標準偏差の 2倍弱と大きくなっている。共和 ペアについては,1 9 8 9年の検証期間では標準 共和 ペアの)モデル作成期間の標準偏差の 2倍程度 偏差が大きく,1 1年についても対応する ( 9 9 0 9 と悪化しているが,2 0ペア全体と対比すれば,件数が少ないこともあって値は小さい。 収益率と標準偏差の変化から,シャープ・レシオについても検証期間の値はモデル作成期間の値より 概ね半減した結果となっている。モデル作成期間で共和 ペアがペア全体を上回る ( 下回る)場合は検 証期間でも同じ関係がみられる ( 1 9 9 0年の検証期間における共和 ペアについては,平均値でみると同 年のペア全体を下回っている) 。 年間のリターンについても検証期間では非常に悪化しているが,1 9 9 0年の検証期間における共和 ペ アについては,平均値でみると前年のモデル作成期間のペア全体を上回っている。また,1 9 9 0 9 1年で は,共和 ペアのすべてが正のリターンを得ていることが かる。 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) Fi g ur e2 Cor r e l a t i ons Fi g ur e3 Fr e que nc i e s 5 . 析結果 前章で見たとおり,どの比較項目についてもモデル作成期間より検証期間の方が悪化しているが,こ れは当然であり予想されたことである。ここでは,スクリーニングのペア数を 1 0 0として 析した結果 を示す。ここでは,ペアの集合を Ta bl e1 3のように 4通りに 類して,それぞれのポートフォリオによ るトレードのパフォーマンスを比較した。以下では,特別な資金管理は考えず,各月の資産はすべて翌 株式売買における統計的裁定のパフォーマンス Fi g ur e4 Av e r a g eRe t ur ns( %) Fi g ur e5 St a nda r dDe v i a t i ons( %) 月に再投資웎 するものとし,( 웒 웗 1より大きい)レバレッジは掛けないものとする。 5 1 . 基本的な結果 先ず,各年の各ポートフォリオを構成するペアの数を Fi g ur e8に示す。ここでは,全ペアを互いに素 な 3グループに 類して示している。色の最も濃い部 が n,最も薄い部 が c 1で中間が c 0( c 1に属さ ない c )である。グラフの下の数値は,それぞれのポートフォリオに対するペア数の平均値 ( ()内は標 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) Fi g ur e6 Sha r peRa t i os( Annua l ) Fi g ur e7 Annua lRe t ur ns( %) 準偏差)を示している。年により各ポートフォリオの割合はかなり変動するが,顕著な傾向は見られな い。平均値としては,n,c ,c 0 1がそれぞれ 7 0 %,1 1 %,1 9 %程度となっている。有意水準が 0 . 1である ことを割り引いても,共和 関係にあると判定されるペアは意外に多いようである。 ここでは,各ペアへの投資比率は同じとし,それぞれの年初に各ペアに均等に資金を割り当て,ペア 単位で独立に運用する場合を想定する。 Fi g ur e9の上のグラフは,各ポートフォリオ ( Ta bl e1 3の 4 類)のトレード頻度を年次別に示した 株式売買における統計的裁定のパフォーマンス Ta bl e1 3 Cl a s s i f i c a t i onofPa i r s 略号 意味 a スクリーニングで得られたすべての 1 0 0ペア n 共和 検定 ( 有意水準 0 . 1 )で共和 関係にあるとはいえないと判定されたペア c 共和 検定 ( 有意水準 0 . 1 )で共和 関係にあると判定されたペア c 1 cのうち共和 ベクトルの第 2要素が負であり,ペアを構成する各銘柄の終値が単位根検定で 1次の和 過程と判定されたペア Fi g ur e8 Numbe rofPa i r si nEa c hGr oup Fi g ur e9 Fr e que nc i e s( Annua l ) 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) ものである。トレードはペア単位で行われるため,売買されたペアの数で示している。また,下のグラ フは,1ペアあたりの年間トレード頻度の平均値である웎 。予想されるように,共和 関係にあるペアに 웓 웗 ついてはトレード回数が多い。 また,Fi g ur e1 0の上のグラフは,各ポートフォリオのトレード頻度を月次別に示したものである。こ ちらも,売買されたペアの数で件数を示している。また,下のグラフは,1ペア 1年あたりの月間トレー ド頻度の平均値である。各年の 1 2月には強制的にポジションを解消しているため頻度が多くなってい る。逆に,各年の 1月からポートフォリオの銘柄を変えて新たなトレードを開始するが,1月の頻度も 高い。月が進むにつれてトレード機会が減少している傾向にある。これは,さらに 析を加えなければ 結論は出せないが,月別の特性というよりも,前年データで作られた共和 モデルの有効性が時間とと もに減じるためではないかと推測される。 年次)を示している。共和 があると判定 Fi g ur e1 1は,1トレードあたりのホールド期間の平均値 ( されたペアについては,トレード頻度が高いため,そうでないペアより平均的に短いホールド期間と なっているが,差のばらつきは大きい。 月別)を示している。上のグラフが平均値, Fi g ur e1 2は,ホールド期間の 1トレードあたりの平均値 ( 下のグラフが標準偏差である。各年の 1 2月には強制的にポジションを解消しているため,期間が非常に 長くなっている。また,月が進むにつれて期間が長くなる傾向にある。頻度の場合と同じように,これ は,前年データで作られた共和 モデルの有効性が時間とともに減じるためではないかと推測される。 最後にトレードによるパフォーマンスを示す。Fi g ur e1 3は,検証期間の開始月 ( 1 9 8 4年 1月)の資産 Fi g ur e1 0 Fr e que nc i e s( Mont hl y ) 株式売買における統計的裁定のパフォーマンス Fi g ur e1 1 Hol di ngPe r i ods( Annua l ) Fi g ur e1 2 Hol di ngPe r i ods( Mont hl y ) を 1とし,各ポートフォリオによるトレードを繰り返した時の資産の月次変化を示している ( ただし, 縦軸は自然対数目盛である) 。また,比較のため TOPI 。前述のように,ここ Xのデータも含めている웏 월 웗 では各ペアへの投資比率は同じとし,それぞれの年初に各ペアに均等に資金を割り当て,ペア単位で独 立に運用している。月ごとに各ペアに均等に資金を再割り当て ( リバランス)する方式も考えられる が,独立に運用する方が概ね結果は良いようである。例えば,ペア単位で独立に運用した場合の最終的 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) Fi g ur e1 3 As s e t s な資産 ( 対数)は,それぞれ,( ,( ,( ,( a )2 . 5 6 n)1 . 9 4 c )3 . 9 1 c 1 )4 . 2 5であるのに対して,月ごとに再割 り当てした場合は,それぞれ,( ,( ,( ,( a )2 . 2 0 n)1 . 6 3 c )3 . 4 6 c 1 )3 . 8 1と,いずれのポートフォリオでも 資産が小さくなっている。 前述のように,シミュレーションでは 1 2月には強制的にポジションを解消している。グラフに周期的 に表れている不連続性はその影響によるものである。終了時点でみると,高い方から c ,c ,a ,nとい 1 う順序になっている。バブル景気の時期は TOPI Xに及ばないが,バブル崩壊後も,増加を続けている ことが かる。対数値が 4というのは,原系列で 5 4を超える計算になる。仮に,TOPI Xインデックス を1 9 8 4年 1月末に購入して,最高値を記録した 1 9 8 9年 1 2月に売り,同時に全て空売りして,バブル崩 壊後の最安値を記録した 2 対数で 2 0 0 2年 1 2月で手仕舞いしたとしても 1 2 . 7( . 5 4 )程度である。勿論,現 実と乖離した仮定웏 の下でシミュレーションを行っているため,結果を鵜呑みにはできない。しかし, 特 웋 웗 にc 1では,直線に近い安定した増加を示しており,統計的な裁定は東証 1部銘柄に対してうまく機能す る可能性が高いと考えられる。また,統計的な裁定は市場の非効率性を利用しようとするものであるこ とから,裁定機会が続いているということは,この 2 0年間で市場の効率性にはそれほど大きな変化がな い웏 ようにも思われる。 워 웗 Fi g ur e1 4 Sha r peRa t i os 株式売買における統計的裁定のパフォーマンス 次に,トレードによるシャープ・レシオの年次変化を Fi g ur e1 4に示す。大きな変動があり,2 0 0 5年 はすべてのポートフォリオで損失が出ているため,負の値となっている。シャープ・レシオは大きいほ ど良い웏 ので,概ね c ,c ,a ,nの順に成績は良いと言える。また,2 웍 웗 1 0 0 0年以降は c 1でも 3を超えて おらず,nについてはほぼ横ばいの状況である。この点からすると,裁定機会は下がっているのかも知 れない。 5 2 . その他の結果 ここでは,取引におけるロス,閾値の影響,ペアの投資比率に関して若干の考察を行う。 -1 5 2 . 取引におけるロス 取引における主要なロスは 2種類考えられる。1つは売買手数料等のトランザクションコスト,もう スリッページ)である。トランザクションコストはトレードの 1つは株価変動による売買スプレッド ( 頻度と売買の金額に比例 ( 例えば,売買金額の 0 . 1 %)すると考えられる。スリッページについては か らないことが多いが,Ta bl e1 1のような株価の比率でパフォーマンスが与えられる場合には,1株価あた りのスリッページの割合を δ >0 とすれば,1トレードあたりのパフォーマンスは,スリッページが 2 1 −δ 。 ない場合の =−1倍になると見積もることができるであろう웏 웎 웗 +δ 1 +δ 1 ∼0 Fi g ur e1 5は,c 1クラスに対するスリッページの割合 δを 5 0ベーシスポイント ( 0 . 5 %)まで 0 . 1 % 刻みで変 したときのパフォーマンスの変化を示している。上のグラフは資産の月次の変化 ( 縦軸は対 Fi g ur e1 5 I mpa c tofSl i ppa g eonPe r f or ma nc e 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) Fi g ur e1 6 Fe e s ,Sl i ppa g e sa ndTot a lAs s e t s 数値) ,下のグラフはシャープ・レシオの年次の変化である ( これらは上の式に基づく概算値である) 。 なお,売買手数料率を売買金額の 0 ∼0 . 5 %まで 0 . 1 %刻みで変 したときのパフォーマンスの変化も スリッページの変化とほとんど同じである。これは,1トレードあたり 2回 ( エントリ時,エグジット時) 2 の手数料がかかることと,δが 0に近い値のとき, 1 −δ 워 1 −2 δ −1であることによる。 1 +δ ∼0 Fi g ur e1 6は各ポートフォリオのクラスに対し,手数料率とスリッページの割合を共に 0 . 0 0 2まで 0 . 0 0 0 1刻みで変えて最終的な資産倍率を求めたものであるが,例えば,c 1クラスについて,売買手数料 −8 であり,ス 率 0 0 . 0 02 に関する資産 の回帰式 ( δは 0 og=4 . 2 4 6 9 6 . 0 0 7 )を求めると l リッページの割合 δ 0 δ0 . 00 2 に関する資産の回帰式 ( は 0 og = 4 −8 )は l . 2 4 6 9 5 . 1 2 7δであ り,両者はほぼ等しい。この例では,手数料率とスリッページの割合が 1 0ベーシスポイントあたり,最 終的な資産は 4割程度 욹월 웧 웓 0 . 4 0 7にも減少することが かる。 -2 5 2 . 閾値の影響 次に,c 手数料率 f 1クラスを例にとり,閾値の影響を ( e eとスリッページの割合 s l i pを変えた)3通り のケースについて調べる。 =0 ,s f e e . 0 0 1 l i p=0 . 0 0 1のケース まず,f =0 ,s e e . 0 0 1 l i p=0 . 0 0 1のケースを想定する。閾値係数を =0としたデフォルトでは,2 5年間 の 資産 ( 対数)は約 2 年間の利益率で約 1 . 4 6であり,2 5年前の約 1 1 . 7倍 ( 0 . 3 %)である。Fi g ur e1 7は 株式売買における統計的裁定のパフォーマンス Fi g ur e1 7 Thr e s hol dsa ndAs s e t s( 1 ) を 0から 1まで 0 対数)のグラフ ( 上)と,を 0から 0 . 1刻みで変えた場合の 資産 ( . 9まで 0 . 3刻 みで変えた場合の資産変化のグラフ ( 下)である。このケースでは,=0 . 1の場合にパフォーマンスは 最大となり, 資産 ( 対数)は約 2 . 4 9であるが,=0の場合と比較して改善の程度は非常に小さい。 が0 . 3以上になると,徐々にパフォーマンスが悪化している。 =0 f e e . 0 0 1;s l i p=0 . 0 0 3のケース 年間の =0としたデフォルトでは,2 対数)は約 0 5年間の 資産 ( . 7 4であり,2 5年前の 2倍程度 ( 利益率で約 3 対数) %)にしかならない。Fi g ur e1 8は を 0から 1まで 0 . 1刻みで変えた場合の 資産 ( のグラフ ( 上)と,を 0から 0 下)である。この . 9まで 0 . 3刻みで変えた場合の資産変化のグラフ ( ケースでは,=0 . 3 の場合にパフォーマンスは最大となり, 資産 ( 対数)は約 1 . 5 4と当初の約 4 . 6 7倍 年間の利益率で約 6 逆に, が 0 ( . 4 %)と =0のときの 2倍以上にパフォーマンスが改善されている。 . 3 より下がるとパフォーマンスは急激に悪化する。 =0 l i p=0 . 0 0 3のケース f e e . 0 0 2;s 対数)は約 3つの中では最も厳しいケースである。=0としたデフォルトでは,2 5年間の 資産 ( −0 . 0 9 8で,2 5年前の水準の約 0 . 9倍と低下している。Fi g ur e1 9は を 0から 1まで 0 . 1刻みで変えた場 合の 資産 ( 対数)のグラフ ( 上)と,を 0から 0 . 9まで 0 . 3刻みで変えた場合の資産変化のグラフ 下)である。このケースでは,=0 . 6の場合にパフォーマンスは最大となり, 資産 ( 対数)は約 1 ( . 1 5 であり,改善の程度は非常に大きい。0 . 3以上の については,パフォーマンスの変化は少ない。 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) Fi g ur e1 8 Thr e s hol dsa ndAs s e t s( 2 ) 以上の考察では,取引における売買手数料やスリッページのロスはトレードの頻度に依存すると想定 しているため,当然ながら,ロスが大きいほど,最適な閾値も大きくなるはずである ( 大きい閾値の下 では頻度は少ない) 。なお,ロスが全くない場合 ( =0;s f e e l i p=0 )だと,最適な閾値係数は 0である。 -3 5 2 . 投資比率 最後に,ポートフォリオ選択の平均・ 散モデルにより,ペアへの投資比率を決定する場合について 述べる。例えば,1 9 8 4年のモデリングにおける 1 0 0ペアの月次の平均収益率と標準偏差は Fi g ur e2 0の ようになる。図の破線は,無危険資産を含まず空売りを認めない場合の効率的フロンティアを示してい る웏 。プログラムではシャープ・レシオが最大となるポートフォリオ ( すなわち接点ポートフォリオ)を 웏 웗 求めているが,この例では, 散最小ポートフォリオの位置 ( ▲の印)と同じである웏 。 원 웗 この例では,ポートフォリオの重みが 0 ,0 , . 1を超えるものは 4ペアしかなく,それぞれ約 0 . 3 6 2 . 4 0 5 ,0 1 1 5で,合計するとほぼ 1である。つまり 1 0 0ペア中の数ペアだけでシャープ・レシオを最大化 0 . 1 1 8 . するポートフォリオを構成できる可能性がある。ちなみに,ポートフォリオを構成するペアの月次収益 率は,( 上記の順で)約 8 ,8 ,7 ,6 ,2 ,4 ,5位である。また,各ペ . 4 6 . 1 1 . 3 1 . 9 2であり,1 0 0ペア中で 1 アは,いずれも他の 3ペアの 1つと正の相関,2つと負の相関を持っている。 教科書的な図とは形状が異なり,リスクが 0に近い部 で効率的フロンティアが垂直線のようになっ ているが,リスクの数値は微妙に異なっている ( ただし数値的には不安定である) 。上記のように高い収 益率でバランスの良い相関関係を持つペアがいくつか存在すれば,期待収益率の広い範囲でリスクの小 株式売買における統計的裁定のパフォーマンス Fi g ur e1 9 Thr e s hol dsa ndAs s e t s( 3 ) さいポートフォリオが構成できるのではないかと推察される。 ヵ月あたりの 1ペアあたりのトレード数はそれほど多くない ( 1 Fi g ur e1 0 )ことや 1 2月にポジショ ンを解消することによる偏りなどの問題があるが,検証期間でのパフォーマンス向上が期待できる。以 下では,c 1クラスについて,モデル作成期間においてシャープ・レシオを最大にするポートフォリオの 重みを求め,それを次年度の検証期間に適用した場合のパフォーマンスを 4つのケースについて調べて みる。 =0;s f e e l i p=0;d=0のケース 資産の月次変化とシャープ・レシオの年次変化は Fi g ur e2 1のとおりである。グラフの破線は ( i )すべ てのペアの投資比率が等しい場合を示し,実線は ( モデル作成期間で)決 i i )平均・ 散モデルにより ( 定される投資比率を採用した場合を示している。ほとんどの期間で資産は ( i i )が ( i )を上回っており, シャープ・レシオも概ね ( i i )の方が高い。ただし,業績が悪化している期間については,若干ながら順 位が逆転するようである。 =0 0 1;s l i p=0 . 0 0 1;d=0 . 1のケース f e e . 0 資産の月次変化とシャープ・レシオの年次変化は Fi g ur e2 2のとおりである。資産については,検証期 間中の 1 -9 0年間 ( 1 9 8 9 8年)には,( i )すべてのペアの投資比率が等しい場合が ( i i )平均・ 散モデル により決定される投資比率を採用した場合を上回っているが,9 8年以降は ( i i )が優位となり,差が拡大 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) Fi g ur e2 0 Ri s ksa ndRe t ur ns( 1 9 8 4 ) Fi g ur e2 1 I nv e s t me ntRa t i osa ndPe r f or ma nc e s( 1 ) している。シャープ・レシオについては,( i i )の方が ( i )よりも変動が大きいようである。 資産変化はストック量の変化なので注意が必要である。年次の収益率で見ると,実は,1 9 8 5年から それ以降では,9 ,9 ,0 ,0 1 9 9 0年までの期間で ( i )が ( i i )を上回っている ( 4 6 3 6年)のだが,1 9 8 4年 に ( i i )の収益率が高かったため,資産の逆転現象には時間遅れが伴っている。( i i )は,モデリング期間 株式売買における統計的裁定のパフォーマンス Fi g ur e2 2 I nv e s t me ntRa t i osa ndPe r f or ma nc e s( 2 ) におけるシャープ・レシオを最大化するポートフォリオなので,必ずしも ( i )より収益性が高いとは限 らない。また,( i )の場合について最適化された閾値係数を ( i i )で用いていること,( i i )で選択された ペアの数は,最小が 2( ,9 ,0 ,最大が 9( ,9 ,9 ,メジアンが 5とかなり少ないため, 8 4 5 6年) 9 1 3 9年) 意図したほどの 散化が図られていないこともあり,シャープ・レシオについても ( i )が ( i i )を上回る 期間が生じている。以下のケースでも同様である。なお,1 9 8 5年からの連続した逆転現象については, バブル期に当たることでもあり,上記以外の原因があるようにも思われるが,現段階では良く かって いない。 =0 f e e . 0 0 1;s l i p=0 . 0 0 3;d=0 . 3のケース 資産の月次変化とシャープ・レシオの年次変化は Fi e2 3のとおりである。資産については,2 0 0 0年 g ur あたりまでは ( i )と ( i i )のパフォーマンスに大きな違いはないが,それ以降は ( i i )が上回っている。 シャープ・レシオについては,( i i )の方が ( i )よりも変動が大きいようである。 =0 f e e . 0 0 2;s l i p=0 . 0 0 3;d=0 . 6のケース 資産の月次変化とシャープ・レシオの年次変化は Fi g ur e2 4のとおりである。資産については,2 0 0 0年 あたりまでは ( i )が ( i i )のパフォーマンスを上回っており,それ以降は優位性が逆転するが,これまで のケースと比べるとその差は小さい。シャープ・レシオについても,2 i )が ( i i )を 0 0 0年あたりまでは ( 上回っているが,それ以降の優位性は定かではない。 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) Fi g ur e2 3 I nv e s t me ntRa t i osa ndPe r f or ma nc e s( 3 ) 6 . まとめと今後の課題 本論文では,東証 1部銘柄を対象として,ペア・トレードによる統計的裁定の基本的なパフォーマン スを,トレード・シミュレーションにより 析した。機関投資家にとっては常識的な 析だと思われる が,いくつかの点を指摘することができる。 ・ポートフォリオを構成するペアは,やはり同業種のものが多いが,時期により変動し,特定の業種 に偏ることもあれば,幅広く 布する場合もある。 ・収益率の相関による単純なペア構成によるトレードよりも,共和 関係が認められるペア構成によ るトレードの方が概ねパフォーマンスがよい。しかし,シャープ・レシオの変動は大きく,単純な ペア構成によるトレードで業績の悪化していく期間では,共和 関係が認められるペアのパフォー マンスもやはり悪い。 ・資産変化のグラフと TOPI Xとの対比から明らかなように,この統計的裁定のパフォーマンスは, 意図したように,市場の株価変化とは相関が少ない。 ・手数料,スリッページがパフォーマンスに与える影響は非常に大きい。一般投資家がこのようなト レードをする場合だと,手数料については仕方ないが,スリッページをどこまで制御できるかが大 きなポイントと考えられる。 ・手数料やスリッページ等ロスの程度に応じて最適な閾値はかなり変動するため,その設計の善し悪 株式売買における統計的裁定のパフォーマンス Fi g ur e2 4 I nv e s t me ntRa t i osa ndPe r f or ma nc e s( 4 ) しはパフォーマンスに大きな影響を与える。 ・平均・ 散モデルによりペアへの投資比率を決定する方法は,ロスが少ないときほどよく機能する。 今後の課題は多いが, 用するデータや 析方法に関連したいくつかの点を挙げる。 ・ 析のタイム・スパンは結果に大きく影響する可能性がある。日中データを利用すればよりきめ細 かい 析が可能であろう。例えば,裁定機会の変化については,この 析結果からははっきりしな いが,微妙な変化を読み取ることが可能かもしれない。なお,市場の効率性や裁定機会の変化をよ り詳細に議論するには,構造変化を取り入れた 析も必要であろう。 ・本研究では検定結果の情報が必ずしも十 に活用されていない。例えば,パフォーマンスと検定結 果の数値から要因 析を行えば,ポートフォリオを構成するペアの善し悪しを判定する何らかの基 準が得られるかも知れない。 ・モデル作成期間と検証期間を各年の 1年間に限定して解析したが,各年の途中からでもランダムな リサンプリングを繰り返す方が良い。そうすれば,例えば,トレード頻度やホールド期間の月次効 果の有無が確かめられるであろう。 ・よりきめ細かいシミュレータの開発も今後の課題である。 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 謝辞 2名の差読者から頂いたコメントに感謝します。査読者 A氏からは,本文の記述の誤りと図表のレイ アウトなどについて指摘して頂きました。査読者 B氏からは,本文と図のキャプションの誤り,より かりやすい説明のためのアドバイス,そして 2種類のポートフォリオのパフォーマンスの逆転現象に関 する疑問点のご指摘など,非常に丁寧なコメントを頂戴しました。 参 考 文 献 [ 1] Di e bol d,F. X. ,Emp i r i c alMo de l i ngo f Exc hang eRat eDy nami c s ,Spr i ng e r Ve r l a g ,1 9 8 8 . [ 2] Dol -Ri da do,J . ,J e nki ns on,T. ,a nd Sos v i l l a v e r o,S. , Coi nt e g r a t i on a nd Uni tRoot s,J o ur nalo f Ec o no mi c Sur v e y s ,4 ,1 9 9 0 ,pp. 2 4 9 2 7 3 . [ 3] Ende d Ec o no mi cTi meSe r i e s ,Wi l e y ,2 0 0 4 . r s ,W. ,Ap p l i e [ 4] Eng t i ma t i on,a nd l e ,R. F. ,a nd Gr a ng e r ,C. W. J . ,Coi nt e g r a t i on a nd Er r orCor r e c t i on:Re pr e s e nt a t i on,Es Te s t i ng,Ec o no me t r i c a,Vol . 5 5 ,No. 2 ,1 9 8 7 ,pp. 2 5 1 2 7 6 . [ 5] Eng l e ,R. F. , Aut or e g r e s s i v eCondi t i ona lHe t e r os c e da s t i c i t y wi t h Es t i ma t e sofVa r i a nc eofUni t e d Ki ng dom I nf l a t i on,Ec o no me t r i c a,5 0 ,1 9 8 2 ,pp. 9 8 71 0 0 8 . [ 6] Fa F. , Ef f i c i e ntc a pi t a lma r ke t s:A r e v i e w oft he or ya nde mpi r i c a lwor k,J o ur nalo fFi nanc e,1 9 7 0 ,pp. ma ,E. -4 3 8 3 1 7 . [ 7] Fa ma ,E. 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[1 ] 河本雄,泉川直毅, 井雄 ,宮崎由佳, 『国内外で存在感を高めるヘッジ・ファンドの実態調査報告書』,経 8 済 産 業 省 経 済 産 業 政 策 局 調 査 課,2 // /s /0 / 0 0 8年. ( URL)ht t p: www. me t i . g o. j p/c ommi t t e e umma r y 0 0 4 4 6 4 g 8 0 4 2 2 a 0 2 j . pdf [1 ] 北村慶, 『投資ファンドとは何か』 ,PHP,2 9 0 0 6年. [2 ] 月本洋, 『実践データマイニング』 ,オーム社,1 0 9 9 9年. [2 ] ハミルトン,『時系列解析 ( 下)』 ,シーエーピー出版,2 1 0 0 6年. [2 ] ビディヤマーヒー,『実践的ペアトレーディングの理論』,パンローリング,2 2 0 0 6年. [2 ] 枇々木規雄,『金融工学と最適化』 ,朝倉書店,2 3 0 0 1年. [2 ] ビンス, 『投資家のためのマネーマネジメント』,パンローリング,2 4 0 0 7年. [2 ] マルキール,『ウォール街のランダム・ウォーカー ( 原著第 9版)』,日本経済新聞社,2 5 0 0 7年. [2 ] マンテーニャ,スタンレー,『経済物理学入門』 ,エコノミスト社,2 6 0 0 0年. [2 ] マンデルブロ,ハドソン,『禁断の市場』,東洋経済新報社,2 7 0 0 8年. ] 森田佳佑, 『自動売買ロボット作成マニュアル』,パンローリング,2 [2 0 0 6年. 8 株式売買における統計的裁定のパフォーマンス [2 ] リビングスレイ,『アービトラージ入門』,日経 BP社,2 9 0 0 7年. [3 ] ローウェンスタイン,『最強ヘッジファンド LTCM の興亡』,日経,2 0 0 0 5年. [3 ] 渡部敏明, 『ボラティリティ変動モデル』,朝倉書店,2 1 0 0 0年. 付録 1:銘柄の 類 Ta bl e1 4 銘柄 類 略号 類 数 略号 類 数 略号 類 数 水 水産・農林 5 非 非鉄金属 2 5 倉 倉庫・運輸 1 9 鉱 鉱業 6 金 金属 3 7 情 情報・通信 9 9 設 1 0 0 機 機械 1 2 4 商 食 食品 6 8 電 電気機器 1 5 8 融 商業웏 웑 웗 金融웏 웒 웗 繊 繊維 4 5 輸 輸送用機器 6 2 不 不動産 4 7 パ パルプ・紙 1 2 精 精密機器 2 4 サ サービス 9 6 2 7 8 1 3 7 化 化学・医薬品 5 3 1 製 その他製品 4 7 優 優先出資証券웏 웓 웗 1 石 石油・石炭 1 1 エ 電力・ガス 1 7 監 監理銘柄 4 整 整理銘柄 2 ゴ ゴム 1 1 陸 陸運 3 5 窯 窯業 3 0 海 海運 1 0 鉄 鉄鋼 3 5 空 空運 4 付録 2:2 0ペアのトレード・シミュレーションにおける収益率 これは本文の Fi gur e4の横軸の下限を−1 0 % とした部 図である。 Fi g ur e2 5 Av e r a g eRe t ur ns( %) 注 1 ) 本論文は,2 0 0 8年度専修大学長期国内研究での成果 開の 1つである. ウォール街のランダム・ウォーカー」の第 9版 ( 2 )쓕 7章)では,マルキールは,「ランダム・ウォーク主義者」と 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) プロの投資家 ( 「ファンダメンタル主義者」)の中間的な立場をとりたいという記述があるが,一連の版での 基調は「ランダム・ウォーク主義者」のそれに近いと考えられる. 個々の証券の投資価値を算定し,それに基づいて割安株,割高株を選別することで大きな利益があげられる」 3 )쓕 井手[2 ,9章])とする. ( 0 0 8 4 ) 伝統的なテクニカル 析が典型的だが,理論的なモデルとしては,例えば,ボラティリティ変動モデル ( Eng l e [1 ]) ,行動ファイナンス ( ]) ,経済物理学のモデル ( ] ,フラクタル 9 8 2 Ka hne ma n他[1 9 9 2 Ma nt e g na[2 0 0 0 ) やカオスによるモデル ( マンデルブロ他[2 ],ニューラルネットやデータマイニング手法によるもの ( 月 0 0 8 本[1 ])など多様なモデルが存在する. 9 9 9 . 5 ) 非常に一貫性があり,真実として受け入れられる経験的な知見 ( Se we l l ) 市場中立)戦略と呼ばれる. 6 ) マーケットニュートラル ( ローウェンスタイン[2 ] 7 ) 破綻した LTCM ( 0 0 5 )は債券アービトラージを駆 したといわれる. 8 ) 現物株を持ちながら,同じ銘柄を空売りする. 9 ) 用語は必ずしも統一されていないようで,ペア・トレードによる統計的裁定はコンバージェンス戦略と呼ばれ ることもある. 上下限)を想定して,株価が平均値を閾値 ( 下限)より下回る時点で買い,平均値を閾値 ( 上限) 1 0 ) ある閾値 ( より上回る時点で売るといった手法もあり得る. ゼロ・クロス率)は多くなる.自己相関がそ 1 1 ) 時系列の自己相関が小さければ,平均値を中心に上下する頻度 ( れほど小さくなくても,定常である限りは平均値からの乖離はいずれ是正される ( 平均への回帰)と期待で きる. 1 2 ) 約定における売買スプレッドやスリッページとは異なる. 1 3 ) 要素が単位根を持つ非定常過程であるベクトル時系列について,要素の線形結合が定常となるとき,要素は共 ,6章] 和 関係にあると言われる.例えば,( ハミルトン[2 ,1 [2 )を参照. 0 0 6 9章]や Ende r s 0 0 4 1 4 ) 主にウェブ上 ( Ya hoo!ファイナンス J APANの時系列データなど)から収集した. 連続複利収益率)を用いることもあるが,ここでは誤差が 1 5 ) 収益率を計算する簡 法として株価の対数差 ( 大きいため月次収益率は終値の原系列により計算している.また,年次ボラティリティは,単純に月次収益率 から計算している.なお,終値と収益率の開始月を合わせるため,1 9 6 0年 1 2月の終値データは除いている. ブラックマンデー)における下落率は 1 6 )2 0 0 8年 9月期も約 1 3 %の下落を示している.ちなみに,1 9 8 7年 1 0月 ( 約1 2 . 6 %であり,当該データ期間ではワースト 8位である. 1 7 ) ()内は,正規性を仮定した標準誤差であり,標本平均の標準誤差については,自己相関がないと仮定した場 合である ( いずれも参考値) . 1 8 ) 期間を長く取るとか日次の収益率や海外の指標 ( S&P5 0 0など)での収益率を用いた場合だと,尖度は 3より ずっと大きくなるケースが多い. 1 9 ) 期間を長く取るとか日次の収益率や海外の指標 ( S&P5 0 0など)での収益率を用いた場合だと,系列相関が観 測されることがある. 2 0 ) 株式 割の影響を排除するため権利落ち日以前の終値を 割比率で除した値. 株式コード 2 株式コード 2 2 1 ) テンプスタッフ ( 4 7 6 )は,2 0 0 8年 9月 2 5日にテンプホールディングス ( 1 8 1 )に完 全子会社化されたため除いている.逆に,2 0 0 9年 7月 1日以降に監理・整理ポストに指定された銘柄は含ま れているが,2 0 0 9年のデータは 用していない. 2 2 )1 9 8 9年 1月 2 8日までは,取引所は土曜日にも営業されていたが,その日数も含まれている. 2 3 ) 東証 1部銘柄の 1 9 8 3年のデータは,翌年の銘柄選定やモデルの作成だけに っており,トレードのシミュ レーション期間は 1 9 8 4年以降なので,ベンチマークのデータは 1 9 8 4年から 2 0 0 8年の 2 5年間とした. 2 4 ) 計算には R ( v e r s i on2 . 9 . 0 )を 用した. 2 5 ) 本文で述べたとおり,−1年初の時点で上場していない銘柄は候補から外している. [2 ]を参照. 2 6 ) Rによる共和 解析については,Pf a f f 0 0 8 行列)を求めるのにも銘柄数の 2乗に比例した計算を要するが,全ペアの共和 解析 2 7 ) 当然ながら,相関係数 ( に要する時間と比べれば負荷は少ない. 詳しくは付録 1を参照) .表での略号の意味は以下の通りである :鉄=鉄鋼,電=電 2 8 )3 1業種の 類を用いた ( 気,融=金融, = 設,機=機械,エ=エネルギー ( 電力・ガス) ,輸=輸送用機器. ペア 数の 2倍)である. 2 9 ) 当然ながら,もし重複がなければ,銘柄数は 4 0( ],Ende [2 ,4章]を参照. 9 9 0 r s 0 0 4 3 0 ) Dol da do他[1 株式売買における統計的裁定のパフォーマンス 3 1 ) は時刻,욧は終値の原系列,Δ욧は 욧の差 系列,ε욧はホワイトノイズ,は差 の最大ラグ,,,, 욡は他のパラメータである. 3 2 ) ラグの選択は,1 5までのラグを想定した AI C基準による. ],Ende [2 ,6章]を参照.計算は,Rのパッケージ ur 3 3 )J oha ns e n他[1 9 9 0 r s 0 0 4 c a( v e r s i on1 . 2 2 )による.な お,銘柄に重複が多いことから,3つ以上の銘柄について共和 関係を調べることも考えられるが,簡単化の ため以下では 2銘柄の検定のみを行った. ペア・トレードなのでベクトルはすべて 2次元である) .は 3 4 ) Δ욧はペアの終値の差 を示すベクトルである ( 調整係数ベクトル,は共和 ベクトル ( 第 1要素を 1に基準化)であり, は の転置を示す.욧はホワ イトノイズベクトル ( 要素間の相関は許容される) ,は差 の最大次数,욡は差 にかかる 2行 2列の係数 行列である. 3 5 ) 原系列のベクトル自己回帰モデル ( VAR mode l )において,最高次数を 1 5として AI C基準により選択され た次数を用いた. [2 ,2 ,4章]を参照.計算は,Rのパッケージ v 5 )による. 3 6 ) Pf a f f 0 0 8 a r s( v e r s i on1 . 4 3 7 ) ただし,第 2要素が正であっても,誤差修正項が定常でないとは必ずしも言えない. 3 8 ) 誤差修正項の値は表に示していない. 3 9 ) 析では =0のケースをデフォルトとし,特に言及しない場合は,これを仮定する.なお,収益率の 布が 非対称なことから,平均に対して閾値の上下限を非対象に設定する方がよりパフォーマンスが高まる可能性 がある. という比率を意味している.現実には単 4 0 ) ここでの 単位 は,1単位が 1株という意味ではなく,単に 1 元株単位の取引となるため,この比率を正確に維持できないことがあり得る. 4 1 ) 比較のため,共和 関係にないものや >0であるものも含め,スクリーニングで得られたすべてのペアにつ いてシミュレーションを行う. 4 2 ) これらから,最初のエントリまでの期間と最後のエグジット以外は,いわゆるドテンの売買となる. 4 3 ) 説明の都合上,トレード頻度の少ないものを選んだ. 4 4 ) ここまでの表には掲載していない.また,ここでは閾値係数は =0なので,平均値がそのまま閾値の上下限 である. 資産倍率から 1引いた値)を年次のボラティリティで除した値を指す.通常は,ポー 4 5 ) ここでは,年次収益率 ( トフォリオの超過リターン ( 収益率から無リスク証券の収益率を差し引いた値)を 子に用いるが,ここで は無リスク証券の収益率は無視している.また,年次のボラティリティは,1トレードあたりの収益率の標準 偏差とトレード頻度の正の平方根との積でラフに見積もっている. 4 6 ) トレース検定と最大固有値検定のいずれかで有意水準 0 . 1以下で共和 関係にあると判定されたペアをここ では共和 ペアと呼んでいる. 左下)と検証期間の 1 4 7 ) ペアは年ごとに変わるため,例えば,モデル作成期間の 1 9 8 9年のグラフ ( 9 8 9年のグラ フ ( 中央上)では,ポートフォリオを構成する銘柄が異なる. 4 8 ) 仮に利益の期待値が正であっても,トレードを繰り返す場合,全額投資するのが最良とは限らない.例えば, [1 ],ビンス[2 ]を参照. Ke l l y 9 5 6 0 0 7 4 9 ) 全くトレードしないペアの可能性を排除していない. 名目の)資 5 0 ) 例えば,TOPI Xに連動したインデックス・ファンドを 1 9 8 4年 1月末に購入し,持ち続けた時の ( 産価値に相当する. 配当収入等) ・手数料・売買スプレッド ( スリッページ)等を考慮していないこと, 5 1 ) 例えば,インカムゲイン ( すべての銘柄で空売りが可能であると仮定していること,プライステーカーを仮定し,マーケット・インパク ト ( 売買による株価の変化)は無い,信用リスクなどは考慮せず,流動性は十 高いとみなしていることなど である. 5 2 ) もし,8 0年代に市場が十 に効率的でなかったとすれば,現在も同じ状況にある. 北 ) 値が 1以下は不適,2を超えれば良,3以上であれば優良なパフォーマンスであると言われることもある ( 5 3 村[2 ]) . 0 0 6 流動性が悪いとそれ以上)不利になるともいわれる.実際のトレー 5 4 ) 成行き発注すると,1ティック 程度 ( ド・システムでは,スリッページをティックによって定義することが多いようである ( 例えば森田[2 ]) . 0 0 6 ,3 ,4章]を参照.計算は,Rのパッケージ ke 5 5 ) 枇々木[2 0 0 1 r nl a b( v e r s i on0 . 9 8 )による. 5 6 ) 無危険資産を含まない場合は,最小 散ポートフォリオと接点ポートフォリオがほぼ一致すると通常考えら 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) れるが,2次計画問題を解く際の数値誤差や収益率の刻み幅などの影響で,計算上異なる場合がある. 5 7 ) 卸・小売. 5 8 ) 銀行・証券・保険・その他金融. 5 9 ) 信金中央金庫の 1銘柄. e Le ar ni ngにおける知的財産法上の諸問題 専修大学 法学部) 梅 本 吉 彦 ( 専修大学 ネットワーク情報学部) 小 島 喜一郎 ( I nt e l l e c t ua lPr ope r t yI s s ue sone l e a r ni ng Fa c ul t yofLa w,Se ns huUni v e r s i t y ) Yos hi hi koUMEMOTO ( Sc hoolofNe t wor ka ndI nf or ma t i on,Se ns huUni v e r s i t y ) MA ( Ki i c hi r oKOJI Thede v e l opme ntofI nf or ma t i on t e c hnol og i e sma ke se Le a r ni ngpos s i bl e . El e a r ni ng br i ng susnotonl yma nye duc a t i ona lpr of i t sbuta l s oma nl yki ndsofi s s ue s .I nor de rt os ol v e t hos ei s s ue s ,wer e c og ni z et hei mpor t a nc eofi nf or ma t i one t hi c ss uppor t e dbyunde r s t a ndi ngof l e g a lknowl e dg e . Thi spa pe rs upe r v i s e st heI nt e l l e c t ua lpr ope r t yl a ws ,a na l y z e swha tki ndof i nt e l l e c t ua lpr ope r t yi s s ue si nt hee l e a r ni ngs y s t e m,a nddi s c us show t ot he s ei s s ue s . キーワード :e ,情報倫理,知的財産,人格権,プライバシ Le a r ni ng Ke ywo r d s:e Le a r ni ng ,I nf or ma t i one t hi c s ,I nt e l l e c t ua lpr ope r t y ,Mor a lr i g ht s ,Pr i v a c y はじめに 一般に,人々の生活は情報の活用を重要な要素の一つとして成立しているといえる。そのため,情報 処理・通信技術の発達とそれに伴う情報活用をとりまく環境の変化は,社会に少なくない影響を与えて きた。とりわけ,2 0世紀後半以降には,マスメディアの発達に見られるように,情報処理・通信機器が 普及し,情報の流通量が飛躍的に増大すると共に,積極的に情報を活用することが可能となる社会基盤 が確立されたことにより,社会全体が情報の有する財産的価値を明確に認識し,活用する, 「情報化社会」 と称される社会形態が形成されている。 さらに,近年では,コンピュータ関連技術が飛躍的に発達し,コンピュータの利用が広く一般に拡大 したことにより,インターネットの普及が世界規模で実現し웋 ,以前から存在する様々な制約から解き放 웗 たれた自由な情報活用が可能となる等,情報の活用のあり方そのものが大きな変容を遂げている。その 一つの表れとして,いわゆる「ユビキタス社会」の実現が現実的なものとなっており워 ,誰しもが膨大な 웗 資源等を費やすことなく自己の行動に有益な情報を取得できると共に,社会全体へ向けて情報を発信す ることができる土壌が醸成されてきた。 このように現代社会が情報化社会として形成・深化していく流れは教育にも影響を与えており,そこ では,当該時代における最先端の情報処理・通信技術の活用が常に図られてきた。教育の目的がいかな るものであれ,その方法が,教育を行う者と受ける者との相互の情報 換を軸として成り立つことに変 わりない。したがって,教育効果の向上を図るために,情報処理・通信技術を活用した教育が目指され ることは自然な流れといえる。そして,この 長線上にあるものとして,コンピュータネットワークを 受付 :2 0 0 9年 1 0月 1 9日 受理 :2 0 0 9年 1 1月 2 5日 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 利用した教育システムである e l e a r ni ngの構築が現代社会において目指されている。 もっとも,e -l e a r ni ngの構築は教育に利益のみをもたらすものではなく,情報処理・通信技術の活用 に伴う様々な問題を引き起こすことにも繋がる。このことは,情報処理・通信技術の飛躍的な発達を基 礎とする情報化社会の形成・深化が,従来の社会では想定され得なかった情報の活用を前提とすること から,情報の活用をめぐる問題を新たに発生させる,もしくは,情報化社会が形成される以前には看過 されてきた問題を顕在化させるに至り,そのことが社会問題化していることからも明らかである。 これ等の問題の一つが情報の利用をめぐる利害対立に端を発する 争の増大である。もとより,これ 等の 争は,情報化社会の形成以前より存在していたものの,情報化社会の形成・深化により,既存の 規範では充 に対応できないものや,それ等を規律する拠り所となる明確な規範が存在しないものも生 じてきており,その解決・予防することが困難なものとなっている。 これ等の 争を未解決のまま放置することは,安全・確実な情報の利用を妨げ,情報化社会の成立基 盤を損なう虞がある。そのため,これ等の 争を如何に解決すべきかが課題されるべき最重要課題の一 つとして認識される。また,現代社会が情報化社会として継続的に発展するためには,これ等の 争の 解決へ向けた枠組を整備するのみならず,これ等の 争を予防する意識を社会全体で共有することが不 可欠となることから,いわゆる情報倫理の必要性が説かれることとなる。そして,これ等の事柄は,e l e a r ni ngの性質上,その導入ならびに運用にも当て嵌まるものである。こうした視点から,別稿では,e l e a r ni ngにおける情報倫理の必要性および重要性について,e l e a r ni ngの機能と役割を 析しつつ検討 した웍 。 웗 そうすると,次に,情報倫理がいかなる内容の規範として理解すべきかが,明らかにされるべき課題 として浮上してくる。そこで,本稿では,はじめに,教育における e l e a r ni ngの機能と役割を確認した 上で,e l e a r ni ngの利用において発生が予想される知的財産法上の問題に関する 析をいかなる視点か らこれを行うべきかを検討し,それ等の問題に対して,どのような対応を採るべきか考察する웎 。 웗 1 .e l e ar ni ngの機能と知的財産法上の問題 析の視角 情報処理・通信技術の飛躍的な発達に伴い,情報活用のあり方が大きく変容し,現代社会は情報化社 会としての色彩を一層強めつつある。こうした状況の下,情報が最も積極的に活用される場面の一つで ある教育においては,情報処理・通信技術を利用した教育システムである e l e a r ni ngの導入が目指され ている。もっとも,e l e a r ni ngを利用した教育が従来存在しなかったものであることを考慮すると,こ れにより様々な教育効果を期待できる反面,これまで想定され得なかった問題を発生するであろうこと も想像に難くない。とりわけ,e l e a r ni ngが情報処理・通信技術を利用した教育システムであることに照 らすと,それ等一つとして,e -l e a r ni ngをめぐる知的財産法上の問題が発生することが予想される。そ こで,この問題の検討に先立ち,e l e a r ni ngが有する教育上の機能と役割について概観し,どのような 視点から 析を行うことが適正か確認していくこととする。 一般に,教育とは,教育を行う者と受ける者との対話を通じて,前者が後者に対し一定の知識もしく は技能を伝え,理解・習得させることを基調とするものである。それ故に,実際の教育活動の内容は,目 的とする知識・技能に関する情報や,教育の受け手の理解度に関する情報の 換等の行為が主たる要素 となる。そして,これを効果的に行うべく,教育の具体的方法として,教育を行う者とその受け手の対 面方式による講義や演習等が伝統的に採用されてきたところである。 こうした伝統的な教育活動と比較して,情報処理・通信技術を利用した教育システムである e l e a r ni ng eLear ni ngにおける知的財産法上の諸問題 がいかなる機能を有するかを 析すると,次の二つの点を特に強調することができる웏 。 웗 第一は学習支援機能である。対面方式の講義や演習を成立させるためには,教育を行う者と受け手が 一定の時間に同一の場所に会することを要するのに対して,e こうした l e a r ni ngを利用することにより, 時間的・地理的制約を免れ得る。 第二は授業支援機能である。伝統的な教育方法においては,教育教材やレポートの管理等は個々の当 事者の創意工夫に少なからず依存するものであり,これ等の事柄に時間と労力を割く必要があるのに対 して,e -l e a r ni ngを利用することにより,教育において必要となる情報が全て電子化されることから,こ うした事柄は全てコンピュータによる処理に委ねることが可能となる。 これ等の特徴から,e -l e a r ni ngを利用した教育は,講義や演習等による伝統的な教育にない様々な長 所を有するといえる。したがって,e l e a r ni ngの導入は否定されるものではなく,むしろ積極的にこれ を導入し,教育に活用すべきと考える원 。 웗 しかし,このことが,講義や演習等による伝統的な教育の全てを e l e a r ni ngで代替できることを意味 するわけではない。前述のように,e l e a r ni ngは伝統的教育にない様々な長所を有する一方で,少なか らず短所も内包しているからである。例えば,e -l e a r ni ngシステムを利用する場合,情報を意識的に電 子化する必要があるものの,教育に必要となる情報を全て電子化することが困難であることを指摘でき る웑 。また,前述のように,e 웗 l e a r ni ngの利用により時間的制約を免れ得るものの,そのことは集中した 教育活動の実現を困難とする。これ等の点に鑑みると,e -l e a r ni ngシステムのみに依存する場合,場所 と時間を共有する講義や演習等により得られたはずの情報を取り逃がすことや,教育の効率を低下させ ることに繋がるのではないかとの懸念を生じさせる。さらに,教育の目的が,教育を行う者からそれを 受ける者へ知識・技能に関する情報を伝達するというところにあるのではなく,それ等の情報を理解し, 習得させるところにあることも考慮に入れると,e -l 伝統的な講義や演習等 e a r ni ngを導入したとしても, による対面方式による教育の重要性は何ら後退するものではなく,むしろ,それ等を教育活動の基軸と せざるを得ないことに気が付く。 ここから,e -l e a r ni ngシステムの導入により,教育を行う者と受ける者との対話を基調とする教育活 動のあり方が大きく変容するわけではないといえる。そして,教育において e l e a r ni ngに求められる役 割は,講義や演習等による伝統的教育を一層効果的あるものとするために,情報伝達および情報処理の 側面から,これを補完するところにあるとの結論が導かれる。具体的には,e l e a r ni ngは,教育活動に 不可欠である当事者間の情報伝達を円滑なものとする様々な手段の中で,情報処理・通信技術の発達に よりもたらされた新たな選択肢の一つであり,また,教育上利用される情報を管理・運営するための道 具として位置付けられることになる。 したがって,教育活動において e -l e a r ni ngシステムを利用するのは,教育を行う者,もしくは,受け -l これ等の利用者の視点から 析することが る者のいずれかであり,e e a r ni ngの利用に伴う法的問題は, ふさわしいと考える。そこで,以下では,こうした視点から,本研究で主に注目している大学教育にお ける e l e a r ni ngの導入により発生が予想される知的財産法上の問題について 析を進めていくことと する。 2 .e l e ar ni ngにおける知的財産の利用をめぐる法的問題 日常生活や企業活動等において有用性が認められる情報には必然的に財産的価値が生じるところ,そ れ等は一般に「知的財産」と 称される。知的財産は,その有用性故に,社会に様々な利益をもたらす 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 一方,利害対立の温床ともなる。とりわけ,現在は,社会全体が情報の活用に対して高い関心を寄せて おり,社会が情報化社会としての性質を深化させていることから,知的財産をめぐる利害対立が先鋭化 し,それに端を発する 争が社会問題化してきている。e -l e a r ni ngの導入においても同様の問題が生じる ことが予想され,その利用に際しては,知的財産に関わる問題に対する配慮が必要となる。以下では,わ が国における知的財産法制度を概観した上で,e l e a r ni ngにおける知的財産をめぐる問題について 析 していく。 2 . 1 知的財産の類型化の必然性と法的枠組の相違 時代や地域を問わず,知的財産は社会生活において重要な役割を果たしてきている。そこで,知的財 産を安定的かつ確実に利用できる環境を整備することが求められる。この要請に応えるための法制度が 各国で設けられており,わが国においても,特許法や商標法,著作権法等の「知的財産法」と 称され る諸法令が知的財産の類型毎に定められ웒 ,これ等にもとづいて知的財産の利用が規律されている。 웗 もっとも,財産的価値を有するという性質において共通することから「知的財産」と 称される情報 を,何故に類型毎に異なる法制度をもって規律するのかとの疑問が生じてくる。財産的価値のある情報 を「知的財産」として捉える見解が近年培われてきたものであり,それまでに「知的財産法」を構成す る法制度がそれぞれ独立して形成されてきたという歴 的背景によるとしても,知的財産の利 性を高 めるためには,これ等の法制度を整理統合すべきではないかとの思考に傾斜するからである。 しかし,知的財産の各類型の性質が相違していることを考慮に入れると,このような考え方は適切と はいい難い。例えば,知的財産法の代表例として特許法,商標法,著作権法がしばしば挙げられるとこ ろ,それ等の規律対象である発明,商標,著作物を比較するだけでも,そのことを顕著に見て取ること ができる。 まず,発明について見ると,それは知的創作活動の成果物としての知的財産という類型に位置付けら れる웓 。その特徴は,それ自体に価値が内在しており,その利用を通じて何者でも経済的利益をはじめと 웗 する様々な利益を取得できるところにある。そのため,その創作者である発明者をはじめとして,これ 等の情報を保有する者はその独占的利用を欲する傾向が生じ웋 ,これ等の者の間で必然的に利害対立が 월 웗 発生する。さらに,社会全体の利益を視野に入れると,社会の構成員の誰しもがそれを自由に利用でき ることが望ましく,その利用を何者にも独占させるべきでないとの社会的要請も存在する。そのため,こ うした発明の利用をめぐる利害をどのように調整するかが,発明の利用を規律する法制度である特許法 の課題の一つとなる。 この解決へ向けて,特許法は, 「産業の発達」 を目的として掲げ,これを基軸として発明の利用を規律 することを明らかにする ( 特許法 1条) 。その理由は,発明が技術的情報であり웋 ,社会の産業,とりわ 웋 웗 け,その国際的産業競争力に大きな影響を与えるものであることから,伝統的に,発明の利用を規律す るに際しても,社会全体の利益を視野に入れ,当該社会の産業の発達を目指す必要性を認識し,これを 特許法制定の政策目標と定めてきたことによると解される웋 。このことは次のような特許制度の特徴と 워 웗 して表れている。 第一に,産業の発達を実現するに際しては,新たな技術開発が不可欠であるから,発明の創作を促進 することが求められる。そこで,特許法は,発明者主義を定め웋 ,発明の創作者 ( 発明者)のみが特許 웍 웗 権という利益を享受できることとしている ( 特許法 2 。このことは,現代社会において,同 9条 1項柱書) 一もしくは類似の発明を,複数の企業が別個独立して研究・開発していることが少なくなく,各々が競 争上優位に立つために,他者に先んじてそれを完成しようとする企業努力が払われているところ,こう eLear ni ngにおける知的財産法上の諸問題 した企業間の技術開発競争を適切に保ち,これを積極的に促進することにも繋がる。 第二に,発明は実際に用いられてはじめて産業の発達を促すものであり,それにより新たな発明を生 み出す契機となることから,発明を積極的に実施する環境を整備することが求められる。これを実現す るための方策として,特許法は,発明者に対して直接的な利益を付与するのではなく웋 ,特許権という 웎 웗 業として発明を実施することに関する独占・排他的権利を付与することとし,発明者が発明を実施して はじめて経済的利益等を得られることとしている。 第三に,産業の発達をするには社会全体の技術水準を向上させる必要があるところ,発明は,その性 質上,少なからず秘匿される傾向にあることから웋 ,これを積極的に 開させる枠組を設けることが求 웏 웗 められる。これに対して,特許法は,発明の 開の代償に特許権を付与することとし ( 特許法 6 6条 3 項) ,出願制度の採用 ( 特許法 3 6条以下)により,これを確実なものとしている。さらに,先願主義を 採用しつつ ( 特許法 3 ,特許権を「絶対的」な独占・排他的権利として定め ( 特許法 6 ,発 9条 1項) 8条) 明の 開に対する積極的姿勢を有する企業を優先的に保護する一方,出願制度を通じて自ら創作した発 明を 開することに消極的な者に対しては,一定の不利益が及ぶものとし,これを一層加速させている。 第四に,特許権による独占を永続的に許容した場合,新たな創作に対する意欲が損なわれると共に,創 作された発明の自由な利用を妨げることとに繋がるため,継続的に社会全体の技術水準を向上させ,産 業の発達を促すことは困難となる。そこで,特許法は,特許権に存続期間を設け ( 特許法 6 ,その 7条) 期間内は特許権者による特許発明の独占を許容する一方で,期間経過後は,社会における当該発明の自 由な利用を法的に保障している웋 。 원 웗 次に,著作物について見ると,著作物も知的創作活動の成果としての知的財産である。それ故に,発 明の場合と同様,著作物の利用をめぐる様々な利害対立が発生することとなり,それ等の調整が著作物 の利用を規律する著作権法に求められる機能の一つとなる。 著作権法は,著作権法が「文化の発展」を目的とし,これを基軸として著作物の利用を規律すること を明らかにする ( 著作権法 1条) 。そして,著作物の利用に係る独占・排他的権利として著作権を定め ( 著 著作権法 2条 1項 2号)が取得すること 作権法 2 ,それを著作物の創作者たる著作者 ( 1条乃至 2 7条) 웋 웑 웗 とし ( 著作権法 1 ,もって著作物の創作を奨励しつつ,その利用を促すと共に,著作権に存続期 7条条) 間を定め ( 著作権法 5 ,その期間経過後は,当該著作物自由な利用を法的に保障している웋 。これを 1条) 웒 웗 特許法と比較すると,著作権法は,特許法に関する上記の第一,第二,第四の特徴に相当する枠組を設 けていることが かる。したがって,特許法の規律対象である発明が技術的情報であるのに対して,著 作権法の規律対象である著作物が文化的情報 ( 文化財)であることから웋 ,両者は制定目的の違いこそ 웓 웗 あるものの,両者の枠組の基本的方向性は軌を一にしているように見受けられる。 しかし,特許法の特徴の第三点として指摘した点に関わる事柄においては,著作権法は特許法と大き く異なる。例えば,著作権と特許権とを比較すると,後者が「絶対的」な独占・排他的権利として定め られている ( 特許法 6 著 8条)のに対し,前者は「相対的」な独占・排他的権利として定められており ( 作権法 2 ,他者の創作に係る著作物の利用のみに著作権の効力が及び,自身の創作に係る 1条乃至 2 7条) 著作物の利用については何ら著作権法の制約を受けないものとされている。また,後者を取得するには, 特許出願 ( 特許法 3 特許法 6 6条)から設定登録 ( 6条 1項)へ至る一連の法的手続を経る必要があるの に対して,前者の取得は著作物の創作という社会的事実のみによるとされる ( 著作権法 1 。 7条) ,著作物がその創作者である著 この相違は,著作物の創作・利用が日常生活そのものであることや워 월 웗 作者の思想・感情の発露であり,その人格と深い結びつきを有するものであることも考慮に入れると워 , 웋 웗 特許法と同様の制度を採用し,著作権を「絶対的」独占・排他的権利とすることや,著作物を半ば強制 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 的に 開させた場合,かえって社会に不利益をもたらす虞があることによると解される。 したがって,著作権法は,創作者の利益と社会の利益との調和を軸とする点で,特許法と同様の法制 度を採用しつつも,制度の軸となる著作権を「相対的」な独占・排他的権利とし ( 著作権法 2 , 1条以下) 特許法と比較して,その規制を緩やかなものとし,日常生活の中で必然的に行われる著作物の創作に対 して影響を及ぼさないように配慮している워 。他方で,無断複製などの著作者の経済的利益を不当に害 워 웗 する行為については,それが「業として」行われるものであるか否かを問わず,規制の対象とする。ま た,著作物の 開や利用については,それが著作者の人格的利益に多大な影響を及ぼすことを考慮に入 れ,著作者人格権を設けることにより ( 著作権法 1 ,その保護を図る途を用意している워 。 8条乃至 2 0条) 웍 웗 さいごに,商標について見ると,それは標識としての知的財産と位置付けられる워 。商標に内在する 웎 웗 本来の機能は,需要者をして商標の 用者とその他の者とを識別させること ( 自他識別機能) ,および, 同機能を通じて,商標の付された商品・役務の出所を明らかにすること ( 出所表示機能)にある。した がって,いずれの商標を選択して 用するかは,他者が 用していない限り,日常生活や企業活動に影 響を与える事柄ではなく워 ,それ自体が価値を内在するものではない워 。この点が,上記の発明や著作 웏 웗 원 웗 物といった知的創作活動の成果物としての知的財産と異なるところである。 もっとも,このような性質に照らすと,商標を知的財産の一類型と位置付けることに疑問の余地が存 在することは否定できない。しかし,商標の継続的 用を通じて,商標に 用者の信用を化体すること があり,その場合,当該商標が付された商品・役務の品質を保証する機能 ( 品質保証機能)を取得する。 そして,こうした商標を付された商品・役務は,それを欠いた他の商品・役務よりも競争力を発揮する ため,ここにおいてはじめて商標が知的財産として認識されることとなる。 こうした違いから,商標を規律する商標法は,特許法や著作権法等の知的創作活動の成果物としての 知的財産のそれとは全く異なる法制度とならざるを得ないことは明らかである。前述のように,商標の 有する本来的機能は,自他識別機能および出所表示機能にあることから,これを充 に発揮させるため に,商標 用者が自己の 用する商標の独占を求めることは確実視されるものの,そもそも,一つの商 標をその 用者に独占させることは,商標を通じて取引相手等を識別し,特定することを可能とする環 境を整備することに繋がるため,社会的全体にとっても望ましい事柄である。したがって,発明や著作 物の場合と異なり, 用者と社会との間で商標の 用をめぐる利害対立が生じる余地はない。商標の 用を法的に規律する趣旨は,商標が財産的価値を取得しているか否かに関わらず,商標とその 用者の 関係を整理し,両者の関係をめぐる混乱を回避しつつ,一つの商標を一人の 用者が独占する環境を整 備することにある。商標法がそうした姿勢にあることは,同法が,知的財産として価値を有する信用の 化体した商標のみならず,何ら信用の化体していない商標の 用の独占も法的に保障していること ( 商 標法 3条)からも明らかである。商標法が知的財産法として位置付けられるのは,商標制度を通じて,他 者の信用が仮体した商標を 用し,当該信用へのただ乗りを企図する者を排除することにより,当該商 標の財産的価値の原点にある品質保証機能を維持することが可能となるためである워 。 웑 웗 以上のように,知的財産法は,必然的に,複数の異なる法制度から構成することとなり,そのような 現在のわが国における知的財産法制度のあり方には一定の合理性があるといえる。もとより,このよう な知的財産法制度の下では,自己が利用を求める知的財産がいずれの法律による規律を受けるかが不透 明となる虞があることから,法的安定性を確保するためには,その解決が必要となる。この点につき,知 的財産法を構成する各法令は,規律対象とする知的財産を明らかにするために,それ等に関する定義規 定を設けることで対応している。したがって,基本的にはこの定義規定と照らし合わせつつ,自己の利 用する知的財産がいずれの法令の適用を受けるかを判断することができる。そこで,以下では,これ等 eLear ni ngにおける知的財産法上の諸問題 の定義規定を手がかりとして,e l e a r ni ngの利用に際していかなる知的財産法上の問題が発生するかに ついて 析を進めていくこととする。 2 . 2 e l e ar ni ngにおける知的財産をめぐる問題 e l e a r ni ngの導入目的は,教育に不可欠である積極的な情報伝達を可能とする環境を整備し,その利 性を高めること,および,教育上利用される情報を管理・運営することにある。こうした e l e a r ni ng の性質上,そのシステム上で様々な情報が取り わされこととなり,それ等の情報の中には当然に知的 財産が含まれてくることから,知的財産法を遵守した利用が求められる。 しかし,前述のように,知的財産法は,規律対象となる知的財産を異にする複数の法令から構成され, それ等は方向性の大きく異なる法的枠組を有している。法令遵守を現実的なものとするには,e l e a r ni ng で利用する情報が知的財産であることを認識するだけでは不足といわざるを得ない。自己の利用する情 報が,知的財産法を構成する法令のうち,いずれの規律を受ける知的財産かを適切に判断できることが 求められる。 こうした要請は社会生活一般に生じる事柄であるため,一般に知的財産法と位置付けられる法令は, 各々が規律対象とする知的財産に関する以下のような定義規定を設けることにより,対応している워 。 웒 웗 したがって,e これを手がかりをとす l e a r ni ngの利用における知的財産法上の問題の 析を行う際にも, ることとなる。 特許法 2条 1項) ( 1 ) 発明 ( 自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの 実用新案法 2条 1項) ( 2 ) 考案 ( 自然法則を利用した技術的思想の創作 意匠法 2条 1項) ( 3 ) 意匠 ( 物品 ( 物品の部 を含む。…)の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合であつて,視覚を通 じて美感を起こさせるもの」 商標法 2条 1項) ( 4 ) 商標 ( 文字,図形,記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合 ( 以下 「標 章」という。 )であつて,次に掲げるものをいう。 一 業として商品を生産し,証明し,又は譲渡する者がその商品について 用をするもの 二 業として役務を提供し,又は証明する者がその役務について 用をするもの ( 前号に掲げる ものを除く。 種苗法 2条 2項) ( 5 ) 植物品種 ( 重要な形質に係る特性 ( 以下単に「特性」という。 )の全部又は一部によって他の植物体の集合と 区別することができ,かつ,その特性の全部を保持しつつ繁殖させることができる一の植物体の 集合 半導体集積回路の回路配置に関する法律 2条 2項) ( 6 ) 半導体集積回路配置 ( 半導体集積回路における回路素子及びこれらを接続する導線の配置 著作権法 2条 1項 1号) ( 7 ) 著作物 ( 思想又は感情を創作的に表現したものであつて,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの をいう。 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) これ等の定義規定を見る限り,いずれの知的財産も研究・教育の対象とされていることに気が付く。そ れ故に,e -l e a r ni ngの利用に際しては常に全ての法令に留意する必要があるように見受けられなくもな い。しかし,発明をはじめとする技術的情報である知的財産法については,農業 野の技術情報である 植物品種も含め,それ等が規定する知的財産権の性質に照らして,その影響は限定的なものになると見 込まれる。 具体例として,発明に関わる教育のために e -l e a r ni ngシステムを利用して講義資料を配信することを 想定すると,多くの場合,当該講義資料として提供されるのは発明それ自体ではなく,発明の内容に関 する情報に止まることに気が付く。そうすると,この講義資料の提供は,特許権の効力が及ぶ行為であ る発明の「実施」 ( 特許法 2条 3項,6 8条)に該当せず,特許法の規律を受けることなく自由に行うこ とができるとの結論が導かれる。むしろ,特許法は,特許 報の発行を通じて,特許権者が明細書に記 した発明の内容を社会に向けて積極的に伝え広めようとしていること ( 特許法 6 6条 3項 4号)に鑑み ると,特許法は,上記のような講義資料の配付を推進していると解される워 。このことは,実用新案法, 웓 웗 意匠法,種苗法,半導体集積回路の回路配置に関する法律についても当て嵌まる웍 。 월 웗 もっとも,次の 2つの点については注意を要する。 第一は,これ等の情報が営業秘密 ( 不正競争防止法 2条 6項)として管理される対象であることが少 なくないことである。営業秘密として技術情報が管理されている場合,上記の知的財産法にもとづく独 占・排他的権利は発生しないものの,それを他者に開示する行為は不正競争防止法による規制の対象と なる ( 不正競争防止法 2条 1項 7号・8号) 。もとより,e -l r ni ngシステムの利用者自身が営業秘密とし e a て管理している場合には,特に問題は生じないと予想される웍 。しかし,研究・教育機関においては,そ 웋 웗 の性質上,他者が営業秘密として管理されている技術情報を,その者の好意により入手する場合も少な くない。この場合に,当該営業秘密を e -l e a r ni ngシステム等を通じて配信することについて情報提供主 体の許諾を得ない限り,その者と秘密として保持する契約を特別に締結していなくとも,不法行為にも とづく損害賠償 ( 民法 7 さらに, その差止 ( 不正競争防止法 3条)や損害賠償 ( 同法 4条) 0 9条)の問題, といった不正競争防止法上の問題に発展する可能性がある。 第二は,特許法との関係においては,発明の類型の一つに「プログラム」を掲げ,その譲渡を特許権 の効力の対象としていること ( 特許法 2条 3項 1号,6 8条)である。これ等の規定から,他者の特許権 に係るプログラムを講義資料の一部として用い,それを e l e a r ni ngシステムを通じて受講生に配布した 場合,当該行為は,少なくとも文言上は,特許権侵害を構成することとなるからである。 もとより,プログラムの譲渡を特許権の効力の対象とした趣旨は,インターネット等の普及に伴い,特 許権者に無断でネットワークを通じてプログラムを提供し,その対価を得る商取引が行われることによ り,特許権者が独占できるはずの経済的利益を損なう虞があることから,これを予防するところにある とされる웍 。この点に着目すると,学 教育の目的の範囲内で e -l 워 웗 e a r ni ngシステムを通じて他者の特許 権に係るプログラムを配布する行為は,その技術的機能を利用して経済的利益を取得することを目的と する行為ではなく,特許権者の利益を損なうものではないとして, 「実施」 に該当しないと解する余地は あると考える웍 。しかし,教育機関における教育も学費という対価を得て行われるものであることに鑑 웍 웗 みると,このように理解することが可能どうかは,議論が かれることが予想される。 また,特許法は「特許権の効力は,試験又は研究のためにする特許発明の実施には,及ばない」( 特許 法6 9条 1項)とし,その趣旨は,特許発明を土台として,技術を次の段階に進歩することを促進すると ころにあるとされていることから웍 ,e -l 웎 웗 e a r ni ngシステムを導入する目的に則り,研究教育活動の一環と して用いている限り,特許権の効力は及ばないと解する余地もないではない웍 。しかし,教育という目 웏 웗 eLear ni ngにおける知的財産法上の諸問題 的が上記規定の「試験又は研究のため」に該当すると解することができるかは,上記規定の文言に照ら し不透明であるといわざるを得ない。 法的リスクを回避し,安全に e -l e a r ni ngシステムを利用しようとする場合には,他者の特許権に係る 虞のあるプログラムを e l e a r ni ngシステムを通じて配布する行為を回避することが適切と思われる。 残された二つの法令のうち,まず,商標法との関係について見ると,同法は,商標を商品・役務等に 付す行為を規律対象としている ( 商標法 2条 3項,2 。したがって,企業戦略における商標デザイン 5条) に関する講義といった,商標の性質等に関する事柄を教育の内容としている限りは웍 ,e 원 웗 l e a r ni ngの利用 において問題が生じることはないと考える。しかし,e l e a r ni ngの利用者が標章をその本来的機能に則し て利用した場合に웍 ,他者の商標権を侵害する可能性が存在することは否定できない。 웑 웗 次に,著作権法との関係について見ると,e l e a r ni ngの性質上,そのシステム上を流通する情報は,教 育教材をはじめとする講義・演習の目的なる知識・技能に関する情報や,レポート等の教育の受け手の 理解度に関する情報が中心となる。これ等は,教育とは教育する側とされる側との相互の情報 換を目 的としたものであり,送り手と受け手の存在を前提とした情報であるから,そこには自ずと情報を作成 した送り手が受け手に伝えようとしている自らの思想・感情が表現されることとなる。したがって,上 記の定義規定に照らすと,それ等は「著作物」に該当する可能性が高いものであり,著作権法の問題を 発生させることが予想される。そして,そうした著作物の利用は教育活動の基軸となるものであること から,以下ではこの点に焦点を当てて 析していくこととする。 -l e ar ni ngにおける著作権上の問題 2 . 3 e e l e a r ni ngの利用者は教育を行う者と受ける者となるという性質上,そのシステム上を流通する情報 は教育教材やレポート等の情報が中心となる。それ等の情報は教育当事者間相互の情報 換を目的とす るものであるから,その内容は作成者が名宛人に対して伝えようとしている思想・感情が表現されたも のとなる。したがって,それ等は,著作権法が規律対象とする著作物 ( 著作権法 2条 1項)に該当する 蓋然性が高く,著作権法の問題が発生することを予想させる。とりわけ,著作権法上の問題が発生した 場合,差止請求 ( 著作権法 1 民法 7 1 2条)や損害賠償請求 ( 0 9条)へと発展していく可能性が存在する。 そのため,e l e a r ni ngシステムの安全かつ安定的な利用を実現するために,e l e a r ni ngの利用に際して, どのような場合に著作権法上の問題が発生するか,また,それを如何に回避すべきかの検討が必要とな る。 著作権法の機能の一つは,前述のように,著作物の利用を通じて得られる経済的利益をはじめとする 様々な利益をめぐる 争を調整するところにある。その軸となるのが著作権であり,これにもとづいて, 著作物の創作者である著作者は,自己の創作に係る著作物を独占的かつ排他的に利用することが法的に 保障される ( 著作権法 1 。したがって,いかなる場合に著作権の侵害が認められることになる 7条 1項) のかが問題である。 そこで,著作権の具体的内容について見ると,著作権法は著作支 権と称される複数の権利の集まり 著作権法 2 としてそれを定めており,著作支 権として,複製権 ( 著作権法 2 ,上演権及び演奏権 ( 2 1条) 条) ,上映権 ( 著作権法 2 , 衆送信権 ( 著作権法 2 ,口述権 ( 著作権法 2 ,展示権 ( 著 2条の 2 ) 3条) 4条) 作権法 2 , 布権 ( 著作権法 2 ,譲渡権 ( 著作権法 2 ,貸与権 ( 著作権法 2 ,翻 5条) 6条) 6条の 2 ) 6条の 3 ) 案権 ( 著作権法 2 7条)を規定している。教育活動全般を念頭に置いた場合,これ等全ての支 権に配慮 する必要があるものの,e l e a r ni ngにおける問題に限定すると,e l e a r ni ngを通じて配布する講義資料・ 著作権法 2 レポート等の情報作成に関わるものとして複製権 ( 著作権法 2 7条)に,ま 1条)と翻案権 ( 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) た,それ等を作成した後に,e -l e a r ni ngシステムの一部として設けられている配信用サーバに講義資料・ レポート等の電子ファイルをアップロードする行為等,e l e a r ni ngシステムというコンピュータネット ワーク上での配信に関わるものとして 衆送信権 ( 著作権法 2 3条)に特に注意することが求められる。 これ等の権利の性質は次の通りである。 複製権は,「著作者は,その著作物を複製する権利を専有する」との規定 ( 著作権法 2 1条)にもとづ くものであり,そこで述べられている「複製」は「印刷,写真,複写,録音,録画その他の方法により 有形的に再製すること」と定義される。これ等の規定から,複製権侵害の成否を判断する要素は,著作 権に係る著作物 ( 表現)と著作権侵害の疑いのある表現とが同一であるか否か ( 表現の同一性) ,著作権 侵害の疑いのある表現が著作権に係る著作物に依拠して作成されたか否か ( 依拠性)の二つとなり,双 方の事項の成立が認められた場合に複製権侵害が成立すると解されることとなる웍 。 웒 웗 翻案権は,「著作者は,その著作物を翻訳し,編曲し,若しくは変形し,又は脚色し,映画化し,そ の他翻案する権利を専有する」 との規定 ( 著作権法 2 7条)にもとづくものである。翻案権の特徴は,複 製権の場合と異なり,表現の同一性が無くとも一定程度の類似性がある場合でもその成立が認められる ところにある。したがって,翻案権侵害の判断要素は,表現の類似性と依拠性の二つとなる。もとより, どの程度の類似性が認められる場合に,翻案権侵害が成立するかは一つの問題である。この点につき,最 高裁は, 「著作物の本質的特徴」 を直接感得できることが翻案権成立の基準となるとしているものの,そ の具体的判断方法は必ずしも明確とはいえず,現在議論がなされているところである웍 。 웓 웗 衆送信権は, 「著作者は,その著作物について, 衆送信 ( 自動 衆送信の場合にあつては,送信可 著作権法 2 能化を含む。 との規定 ( 3条)にもとづく。この規定は,もともと, )を行う権利を専有する」 放送を通じて著作物を に伝達する行為を規律するものとして設けられたものである웎 。しかし,イン 월 웗 ターネットに代表されるコンピュータネットワークが社会基盤を形成し,そこにおいて著作物が に対 する伝達されるようになってきたことから,これ等の行為についても規律対象とするため 衆送信権と して再構成された웎 。この権利により,他者の創作に係る著作物もしくはその複製物・翻案物を웎 ,We 웋 웗 워 웗 b サーバ上にアップロードする行為等が規制されることとなる。 著作権に共通する特徴は,いずれの支 権も,その効力が及ぶ範囲は,他者の創作に係る著作物を利 用する行為に止まり,他者の創作活動とは切り離された行為については何ら効力を及ぼさない点にあ る。このことが著作権をして「相対的な」独占・排他的権利と称される所以である。この点に着目する と,e 他者の創作に係る著作物を利用し l e a r ni ngの利用において著作権侵害の発生を予防するためには, ないことが有効といえる。 もっとも,e -l e a r ni ngシステム上を流れる情報は,教育・学習を目的として作成される学術的研究成 果の一つであり,その作成に際して,他者の創作に係る論文等の著作物を利用しないことは非現実的で ある。このことは相互参照により発展してきた学問の歴 からも明らかである。 もとより,著作権法は,著作権に存続期間を設け,同期間満了後は著作権が消滅することとなる ( 著 作権法 5 。したがって,著作権の存続期間を満了した著作物については,著作権法上,その 1条以下) 웎 웍 웗 自由な利用が法的に保障されている웎 。しかし,最先端の情報を提示することが教育機関の役割である 웎 웗 ことに鑑みれば,これ等の著作物の利用が可能となるだけでは不充 といわざるを得ない。 著作権法も同様の問題意識を有していることが窺われ,この問題に対する配慮がなされている。それ 故に,これに って著作物を利用することにより,著作権に関わる問題を回避しつつ,著作物の利用を 行うことができる。 第一は,ライセンス ( 利用許諾)契約もしくは著作権の譲渡契約の締結等の,いわゆる「著作権の権 eLear ni ngにおける知的財産法上の諸問題 利処理」を前提とした利用である。著作権法は著作権にもとづいて著作者が自己の創作に係る著作物の 利用を独占することを法的に保障し,他者の創作に係る著作物の利用を規制している。しかし,このこ とは他者の創作に係る著作物の利用を完全に排除することを意味しているわけではなく,例えば,出版 契約に見られるように,他者の創作に係る著作物であっても,いわゆるライセンス契約と称される,当 該著作物の著作権者との間でその利用に関する契約を締結することにより,利用することが可能となる 著作権法 6 。また,より直接的に,著作者から著作権を譲り受け,利用者自身が著作権者と ( 3条,7 9条) なる途も用意されている ( 著作権法 6 。 1条) もっとも,これ等の利用は,著作者 ( 著作権者)と利用者との間の契約を柱とするため,その締結に 少なくない時間を要するといった問題や,著作権制度の性質上,許諾を求めるべき相手方が真実に著作 権者であるかが不明確となるため,契約の締結が直ちに利用者の法的安定性の確保に繋がるわけではな いという問題が内在している。 第二は,著作権の効力の及ばない利用である。著作権法はいわゆる著作権制限規定を設け,その範囲 において著作権に拘束されることなく他者の創作に係る著作物を利用することを認めている ( 著作権 法3 。この規定にもとづく利用は,上記の契約にもとづくものと比較して,利用態様の自由度 0条以下) が狭まるという問題を有する。しかし,著作権者の許諾を必要とせず,利用者の必要に応じて適法な利 用を実現できるという利点を有している。 e l e a r ni ngシステムがコンピュータネットワークを用いた学 教育機関内部の情報 換手段であるこ とに照らすと,e -l 「引用」 に関する e a r ni ngの利用に影響を与えることが予想される著作権制限規定は, 規定 ( 著作権法 3 著作権法 3 2条)と「学 その他の教育機関における複製等」に関する規定 ( 5条)であ る。 前述したように,e l e a r ni ngの性質上,そのシステム上を流通する情報は,講義・演習において 用 する教育教材やレポート,もしくは,講義用資料・補助教材等が中心となる。e -l a r ni ngが教育・研究 e 目的のシステムであることを考慮に入れると,前者の教育教材やレポートについては,これ等の情報の 中で第三者の著作物が利用されていた場合,前者の「 正な慣行に合致」した「引用」 ( 著作権法 3 2条) であると期待できる。また,後者として他者の創作に係る著作物のみを e -l e a r ni ngシステムを通じて配 信した場合,当該行為は「引用」 ( 著作権法 3 2条)に該当しないものの,後者の「学 その他の教育機 関における複製等」 により生じた複製物の配布 ( 著作権法 3 5条 2項)として把握することができる。し たがって,e 著作権に関わる問題は生じないで l e a r ni ngがその目的に則して適切に利用されている限り, あろうとの期待を生じさせる웎 。 웏 웗 もっとも,「引用」と「学 その他の教育機関における複製等」のいずれにおいても, 「 表された著 作物」が利用対象であり,教育研究活動の過程で入手した未 表の著作物はこれ等の利用の対象とする ことは許されない点には留意する必要がある웎 。仮に, 「 表された著作物」 であっても,資料の所有権 원 웗 等の,当該著作物の提供者との法的関係から生じる問題は残されている点にも注意を要する웎 。 웑 웗 また,後者に固有の事柄として,講義資料等の配布手段として e l e a r ni ngシステムを利用する場合に その適用が認められるのは, 「学 その他の教育機関」 において行われる授業であることを前提に,他者 , 「教育を担 の創作に係る 表された著作物が, 「著作権者の利益を不当に害すること」がない範囲で웎 웒 웗 任する者及び授業を受ける者」 により複製される場合 ( 著作権法 3 5条 1項)と,上記著作物もしくはそ の複製物が, 「当該授業を直接受ける者」もしくは「当該授業が行われる場所以外の場所において当該授 業を同時に受ける者」に対して提供される場合における複製に限定されている ( 著作権法 3 。 2条 2項) 웎 웓 웗 それ故に,e l e a r ni ngの利用においては,利用者がこの規定の適用を可能とする人的・物的範囲に対して 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 配慮することが求められると共に,こうした配慮を実際に反映できる e l e a r ni ngシステムの構築が必要 となる。 さいごに,著作権法が規律対象とするのは,著作物の利用に止まることに鑑みると,著作物に該当し ない情報の利用は,著作権法上の問題を生じることはない点を指摘できる。著作権法は著作物を「思想 又は感情を創作的に表現したものであつて,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義し ており ( 著作権法 2条 1項) ,ある特定の情報が著作物に該当するか否かは,この著作物の定義規定にも とづいて判断される웏 。一般にこれは ( 思想・感情の表現」 ,( 表現の創作性」 ,( 文芸,学術, 월 웗 1 )쓕 2 )쓕 3 )쓕 美術又は音楽の範囲」の 3つの要件に 解されて理解されている웏 。したがって,これ等の要件のいず 웋 웗 れかを充足しない情報は,著作権法上,自由な利用が許容されることとなる。 例えば,「思想・感情の表現」を充足しない情報として,統計データや実験データ等が挙げられる웏 。 워 웗 また, 「表現の創作性」 は,一般に,表現を作成した者の個性が何らかの形で表れていれば足り,芸術的 に高い評価を得るといった水準にあることは必要とされないと解されているものの웏 , 「ありふれた表 웍 웗 現」等は本要件を充足しないとされている웏 。 웎 웗 しかし,これ等の情報を自由に利用することが著作権法上は差し支えないとしても,それが他者の創 作に由来するものである場合に,無断で利用することが適切といえるかは検討の余地がある。ここで,一 般に, 全な学問の発展は,それに携わる者相互の尊重を基礎とした,適切な学問的評価の上に成り立 つことに鑑みると,著作権法上,自由な利用が許容される場合であっても,そこには一定の配慮が不可 欠となる。そうすると,著作物でなくとも,それが他者の創作に由来する情報である場合には,著作物 に準じた利用が求められるものと考える。 ところで,このことは,知的財産とりわけ著作物の利用において,その財産的価値とは別に,当該知 的財産の創作者に対する人格的利益についても考慮する必要性あることを認識させる。そこで,次に,e ni ngの利用における人格的利益をめぐる問題について 析を進めていくこととする。 l e a r 3 .e l e ar ni ngの利用における人格的利益に関わる問題 쓕 知的財産」 という名称からも窺えるように,知的財産に関する議論は,専ら,知的財産自体に内在す る利用価値を原点とする財産的価値に注目し,経済活動に関わる事柄についてなされてきた。こうした 傾向は,知的財産法に 類される諸法令にも見て取ることができる웏 。しかし,知的財産が人の知的精 웏 웗 神活動の成果物であることに着目すると,財産的価値を有することとは別に,創作者の人格とも深い結 びつきを有しており,その人格的利益に少なからず影響を与えるものであることにも気が付く。とりわ け,知的財産は,その性質上,社会において広く利用されるものであることに鑑みると웏 ,人格的利益 원 웗 の一類型である社会的評価に影響は少なくなく,それ故に,知的財産の利用において,こうした人格的 利益に対する影響に注意を払う必要があるとの認識を生じさせることとなる。そこで,以下では,社会 的評価をめぐる問題に関する一般的な議論を概観した上で,e l e a r ni ng上での知的財産の利用における 問題について検討していくこととする。 3 . 1 情報化社会における人格的利益の保護の枠組 一般に,日常の生活や企業活動は社会構成員の関係に大きく依存するものであり,それらを安定的な ものとするためには構成員の相互信頼が不可欠となる。したがって,個々の構成員は,他者の信頼を得 るために,良好な社会的評価を獲得し,維持することに努めつつ,他方で,自己の社会的評価の低下を eLear ni ngにおける知的財産法上の諸問題 招くような情報が社会に伝搬することを予防したいと希求する。とりわけ,情報化社会への進展に伴い, ひとたび社会へ向けて発信された情報は瞬く間に広く全体に伝搬し,それにより生じた社会的評価の低 下を回復することが困難な傾向にあることから,こうした要請がより一層高まっている。そのため,社 会的評価が低下した者と,その原因となる情報を発信した者との間で 争が生じることとなる。 この 争は古来より存在したことが窺われ,名誉や信用に関わる 争として位置付けられた上で,そ の法的解決が図られて来た웏 。わが国においても解決へ向けた法制度が整備されており,その中心的な 웑 웗 役割を果たしているのが次の規定である。 まず,名誉について見ると,民法は, 「他人の身体,自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産 権を侵害した場合のいずれであるかを問わず,前条の規定により損害賠償の責任を負う者は,財産以外 の損害に対しても,その賠償をしなければならない」( 民法 7 「 然と事実を 1 0条)と定める。刑法も, 摘示し,人の名誉を毀損した者は,その事実の有無にかかわらず,3年以下の懲役若しくは禁錮又は 5 0 万円以下の罰金に処する」( 刑法 2 3 0条 1項)とする。 また,信用については,刑法が, 「虚偽の風説を流布し,又は偽計を用いて,人の信用を毀損し,又 はその業務を妨害した者は,3年以下の懲役又は 5 刑法 2 0万円以下の罰金に処する」 ( 3 3条)としてい る。民法は特に規定を置いていないものの,同様の立場にあるものと解される웏 。そのことは,民法の 웒 웗 特別法である不正競争防止法において「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知 し,又は流布する行為」を,同法にもとづいて規制されるべき「不正競争」の一類型として定めている ところ ( 不正競争防止法 2条 1項 1 4号)からも窺うことができる。 もっとも,刑法は明治 4 4年に制定された法律であり,上記の規定も,昭和 2 2年の一部改正以来,そ の内容に変 は加えられておらず웏 ,情報化社会と称される現代社会において,これ等の規定をもって 웓 웗 適切な対応を採ることが困難な場合が生じてきている。そのため,個別具体的な 争の解決を求められ る裁判等において,これ等の規定を離れ,その趣旨を発展させた新たな規範の導入が行われてきている。 その象徴が,プライバシや個人情報の保護といった規範の導入といえる。 社会生活で不可欠となる情報の伝達において,新聞社や放送事業者をはじめとするマスメディアが歴 的に大きな役割を果たしてきたところ,社会が情報化社会としての色彩を強める中で,マスコミュニ ケーションが発達し,その社会的影響力が拡大した。この過程において,個人の私的な情報がマスコミュ ニケーションを通じて伝達されることにより,当該個人の私生活が無用な社会的関心の対象となり,そ の結果,平穏な生活を営むことが困難となるという問題が生じてきた。そこで,こうした不利益からの 救済を受けるための法的根拠として, 「ひとりにしておいてもらうための権利」 を軸としたプライバシの 概念が導入が図られてきた。 わが国でも,同様の問題意識からプライバシの保護の必要性が認識され,幸福追求権 ( 憲法 1 3条)の 一類型として位置付けられ,その法的保護を図ることが下級審裁判例において明らかにされた원 。そこ 월 웗 では, 開された個人に関する情報の内容が,( 1 )私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取 られるおそれのある事柄であること,( 2 )一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合 開を欲しないであろうと認められる事柄であること,換言すれば一般人の感覚を基準として 開される ことによって心理的な負担,不安を覚えるであろうと認められる事柄であること,( 3 )一般の人々に未 だ知られていない事柄であることの 3つの要件を充足する場合に,当該情報の 開がプライバシの侵害 になるとされた원 。 웋 웗 その後,これを軸にプライバシの保護が図られてきているものの,プライバシの概念は少なからず変 容していることが窺われる。例えば,前述のように,プライバシの侵害は私生活に関わる情報の 開と 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) して位置付けられていたものの,それ等の情報が 開されなくとも,調査されることがプライバシの侵 害として位置付けられる場合も認められる원 。さらに,具体的な調査がなされていなくとも,そうした 워 웗 調査が行われる虞があることがプライバシの侵害とされる場合も存在している원 。また,これと併せて, 웍 웗 プライバシ侵害の判断基準の軸となる私生活に関わる情報の内容も変容し,氏名・住所といった個人情 報もプライバシにもとづく規律対象となり,現在では,個人情報保護という形で一つの議論を形成する に至っている。 もとより,こうしたプライバシの保護や個人情報保護の形成過程から明らかなように,それ等は名誉 や信用等の個人の社会的評価の保護とは異なる次元のものとして意識されてきた事柄である원 。しか 웎 웗 し,プライバシや個人情報等の個人に関する情報が当該個人の社会的評価を決定づける要素であり,両 者の間には深い繋がりが存することは否定できない。この点に着目すると,プライバシや個人情報の保 護という規範を通じて,個人の社会的評価に影響を与える情報の伝搬を規制し,もって,名誉や信用の 毀損といった社会駅評価の低下が実際に発生することを予防するという機能を発揮することが可能と なることに気が付く。 とりわけ,情報処理・通信技術の発達により現代社会が情報化社会としての色彩を強め,社会で流通 する情報量が飛躍的に拡大したことに伴い,社会的評価が低下し易くなると共に,一度低下した社会的 評価は,それが正当に形成されたものでなくとも,修正され難い傾向にあることに鑑みると,社会的評 価の低下により回復困難な損害を被る蓋然性が高い状況にあるといえる。そうすると,こうした個人の 社会的評価の低下に対する予防的効果について肯定的に捉えるべきと考える。 ここで,人の知的精神活動の成果物であるという知的財産の性質上,その利用態様によっては,創作 者の社会的評価に少なからず影響を及ぼすことを考慮に入れると,e -l e a r ni ngにおける知的財産の利用 に際しても,この問題に注意を払うべきとの結論が導かれる。こうした問題意識は,知的財産法にも存 在することが認められ,一定の法的対応が採られている。そこで,次に,社会的評価に関わる知的財産 法規定について概観することとする。 3 . 2 著作権法にもとづく著作者の人格的利益の保護 知的財産は,一般に,財産的価値を有する情報を 称するものであるから,専らその財産的価値をめ ぐる問題に関心が集まることとなる。しかし,知的財産が人の知的精神活動の成果物であることに鑑み れば,創作者の人格と深い結びつきを有するものであり,その利用態様如何では,創作者の人格的利益 を害し,ひいては,創作者に対する社会的評価を不当なものとする虞があることを指摘できる。もとよ り, 全な社会を実現するためには,適切な社会的評価を導き出せる環境を整備することが必要不可欠 である。そのため,この問題に対する法的対応が求められる。 この問題を明確に意識し,積極的な対応を示していると解されるのが著作権法である。同法は,著作 者人格権と 称する一連の権利を定めている ( 著作権法 1 。 8条乃至 2 0条) 著作者人格権の内容を具体的に見ていくと,その第一は, 表権であり, 「著作者は,その著作物でま だ 表されていないもの ( その同意を得ないで 表された著作物を含む。以下この条において同じ。) を 衆に提供し,又は提示する権利を有する」と規定されている ( 著作権法 1 。この規定によ 8条 1項) り,著作者は,自己の創作に係る著作物が意に反して 表され,もしくは,意に反する方法により 表 され원 ,精神的損害を被る等の事態が発生することを予防することが可能となる원 。それにより,著作 웏 웗 원 웗 者は,著作物として表現された自己の思想・感情を適切に社会に伝えるために,当該著作物を 表する か否か,また,いかなる時期・場所において 表するか等を自ら決定するという人格的利益が法的に保 eLear ni ngにおける知的財産法上の諸問題 障されることとなる。そして, 表権を,著作者の社会的評価との関係から捉えるならば,自身に対す る社会的評価の基礎となる著作物を選択して, 表することができる権利と見ることができる。 著作者人格権の第二は,氏名表示権であり, 「著作者は,その著作物の原作品に,又はその著作物の 衆への提供若しくは提示に際し,その実名若しくは変名を著作者名として表示し,又は著作者名を表示 しないこととする権利を有する」 ( 著作権法 1 9条 1項前段)と規定されている。著作物の感得により, 著作物に対する評価と共に,著作者に対する評価も生じるものの,著作物と著作者とは別個独立した存 在であることから,後者の評価は「感得した著作物の著作者」という抽象的人物像に対するものに止ま り,直ちに著作者へ向けられるものではない。両者を結びつけるには,著作物と著作者との接点を提示 することが必要となり,その手段の一つとして,通常,著作物の利用に際して著作者の氏名を表示する ことが行われている。したがって,氏名表示権は著作物を通じて形成される 「感得した著作物の著作者」 に対する評価を自身に対する評価に反映させるか否かを決定する権利と解するのが素直である원 。そし 웑 웗 て,こうした評価の積み重ねを経た後に,社会的評価が形成されることを併せて考慮すると,氏名表示 権は, 「感得した著作物の著作者」 に対する社会的評価を,著作者が自身に対する社会的評価として受け 入れるか否か選択する権利として理解することができる。 著作者人格権の第三は,同一性保持権であり, 「著作者は,その著作物及びその題号の同一性を保持す る権利を有し,その意に反してこれらの変 ,切除その他の改変を受けないものとする」と規定されて いる。著作物は,著作者の思想・感情を表現したものであるから,その改変は,一面において,著作者 の人格を損なうことに繋がるであろうことは想像に難くない。そこで,著作者をして,こうした事態が 発生した場合にそれを回復する,もしくは,発生前に予防することを可能とするところに,同一性保持 権を定める趣旨があると解される원 。また,前述のように,著作物の利用を通じて著作者に対する社会 웒 웗 的評価が形成されるところ,その評価が適切なものとなるには,著作物がありのままに社会に伝達され ることが不可欠である。したがって,同一性保持権は,著作者に対する社会的評価が適切に形成される 機会を確保するための権利としても把握できる。 さらに,著作者に対する社会的評価が適正に形成される途を確保することについて,特に強い関心を 抱いていることが窺われ,著作者人格権侵害を構成する行為でなくとも, 「著作者の名誉又は声望を害す る方法によりその著作物を利用する行為は,その著作者人格権を侵害する行為とみなす」と定める ( 著 作権法 1 。 1 3条 5項) これ等の規定に鑑みると,著作権法は,規律対象である著作物を, 「思想又は感情を創作的に表現した ものであつて,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」( 著作権法 2条 1項 1号)と定義し,著 作物が創作者の人格の発露としての側面を色濃く有することを認識した上で,著作者人格権と 称する 一連の権利を定め ( 著作権法 1 ,著作者に対する社会的評価をはじめとする人格的利益を 8条乃至 2 0条) 不当に損なう蓋然性の高い一定の行為類型を規制すると共に,直接の利害関係人である著作者をして, そうした事態の発生の予防を可能とする途を用意しようとする姿勢にあるといえる。こうした方向性 は,プライバシや個人情報の保護へ向けた法的枠組と同様に,情報化社会において求められている,社 会的評価が不当に低下することを事前に予防する手段として有効なものであり,一定の妥当性を有する と考える。 もとより,こうした法的枠組は情報の利用を制限するという性質を有することから,e -l e a r ni ngの利 用に際しても様々な問題も生じることが予想され,時として,教育・研究活動を阻害することが懸念さ れる。とりわけ,著作者人格権の一つである同一性保持権は,深刻な影響を及ぼす虞があることを指摘 することができる。そこで,以下では,これらの問題について 析を進めることとする。 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 3 . 3 著作物の利用と人格的利益の保護との相克 e l e a r ni ngシステムの性質上,教育教材やレポート等の著作物をはじめとする知的財産が取り わさ れることとなる。そうした知的財産の利用に際しては,知的財産が財産的価値を有することと共に,知 的財産の利用により他者の人格的利益に影響を及ぼすことにも配慮することが求められる。とりわけ, 人格的利益の侵害の一類型とされる社会的評価の低下について見ると,名誉・信用に関する刑法の規定 を中心とする法的枠組の整備が図られており,e l e a r ni ngを通じて教材を配布する場合やそこで議論を 取り わす場合には,こうした規定に従い,他者の社会的評価を低下させる表現は用いるべきではない との結論が導かれる。 しかし,教育・研究活動を遂行する上で不可欠な事柄として,他者の行動を 析し,その社会的影響 等を検証することや,他者の見解に対して批評・論評を加えることが行われているところ,その結果と して,他者の社会的評価を低下させることも少なくない。このことは,研究活動を基礎として行われる 教育活動にも当て嵌まる。そうすると,e l e a r ni ngを利用した教育活動において,他者の社会的評価を 低下させる情報を流通させるべきではないとの上記結論は,研究・教育活動を否定することに繋がるの ではないかとの懸念を生じさせる。 これと同様の問題は,社会的活動一般においても生じる。社会の構成員相互の信頼関係が適切に構築 されるためには,構成員に対する社会的評価が真実に即して形成されることが望ましいことから,構成 員に対する社会的評価を基礎づける情報,特に,その社会的評価を低下させるものは,社会全体に伝え 広めるべきとの社会的要請が存在する。そこで,社会的評価に影響を与える情報の取扱いをめぐり,こ うした社会的要請と個人の社会的評価に対する利益のいずれを優先的に保護すべきかが問題となる。 これは,法的には,幸福追求権 ( 憲法 1 憲法 2 3条)を基礎とする人格権と表現の自由 ( 1条)という憲 法上の利益が対立する問題として位置付けられており,この問題の解決の方向性は既に刑法において示 されている。 そこで,刑法を見ると,同法は,名誉の毀損については,それが「 共の利害に関する事実に係り, かつ,その目的が専ら 益を図ることにあったと認める場合には,事実の真否を判断し,真実であるこ との証明があったときは,これを罰しない」 ( 刑法 2 3 0条の 2第 1項)としている。それに対して,信 用の毀損については,処罰対象となる行為を, 「虚偽の風説を流布し,又は偽計を用い」 た場合に限定し ている。 両者を比較すると,名誉もしくは信用を毀損する行為が規制対象とならない場合があること,その要 件の一つとして,真実の情報を提示することが挙げられている点において共通するものの,前者は, 共の利害に関する事実に係ること,ならびに,その目的が専ら 益を図ることにあることを要件とする のに対して,後者はこれ等を要件としておらず,必ずしも一貫性があるとはいい難いように見受けられ る。 しかし,後者は,信用を毀損した者と並列的に, 「業務を妨害した者」 を処罰対象としていることに鑑 みると,同規定が念頭に置いているのは,営業活動に関わる情報であることが窺われる。そして,一般 に,個々の営業活動に対する信頼が現代社会全体を支える重要な要素であることに鑑みると,他者の信 用に関わる情報の摘示は, 共の利害に関する事実であり,かつ,専ら 益を図る目的であることと解 するのが素直である。 そうすると,これ等の規定からは,名誉や信用等を維持するという人格的利益と 共の利害に関わる 真実の情報を提示する利益のどちらか一方を選択的に保護するのではなく,それぞれを法的に保護する 趣旨を考慮し,利益衡量を通じて双方の利益を調和しようとする姿勢にあるといえる。そして,具体的 eLear ni ngにおける知的財産法上の諸問題 対応として,個人の社会的評価を低下させる情報伝達を規制による,その人格的利益の保護を軸としつ つ,( 1 )情報の内容が真実であること,( 2 )情報の摘示が 共の利益に叶うものであること,( 3 )情報 の摘示の目的が専ら 益を図るところにあることの 3つの要件を充足する場合には,前者の利益保護を 制限し,後者の利益の保護を図ることとしていると見ることができる。 さらに,現代社会においては,真実であることを証明するために,高度に専門化された知識を求めら れる場合もあることに鑑みると,常に真実の情報の提示を求めることが現実的といい難い원 。そのため, 웓 웗 最高裁判例において,( 「事実が真実であることの証明がない場合でも,行為者がその事実 1 )の要件は, を真実であると誤信し,その誤信したことについて,確実な資料,根拠に照らし相当の理由があるとき は,犯罪の故意がなく,名誉毀損の罪は成立しないものと解するのが相当である」 と修正されている웑 。 월 웗 こうした姿勢は,刑事法のみならず,民事法にも当て嵌まるものと解されており웑 ,現在も,この基 웋 웗 準に従って,人格権と表現の自由との対立に根ざした問題の解決が図られている。そして,プライバシ や個人情報の保護との関係においても,概ね,妥当性ある解決を導く指針となると考える。 本稿における議論の対象である e l e a r ni ngにおける知的財産の利用について見ると,この問題は,法 的に捉えるならば,人格権と学問の自由に内在する表現の自由との対立に関わる問題として理解するこ とができることから,上記の議論は,この問題解決にも直接当て嵌まり,e -l e a r ni ngの利用に際して,自 己の情報発信が上記の 3つの要件を充足しているかに留意すれば良いこととなる。そして,適切な研究 活動にもとづいた情報発信は自ずとこれ等の要件を充足することになることに鑑みると,e l e a r ni ngを 導入する趣旨に則して適切に利用する限り,名誉・信用の毀損という問題に特別の注意を払い必要はな いとの見方もできる。 もっとも,社会的評価と関わりのある著作者人格権について見ると,人格権と学問の自由に内在する 表現の自由との利益衡量によるのみでは解決困難な著作権法上の問題を内包している。 ,その目的達成 前述のように,著作権法は文化の発展を目的として掲げているところ ( 著作権法 1条) へ向けて,著作物の創作を奨励するため,著作物を創作した著作者が著作権を取得することとし,著作 物を通じて得られる経済的利益をはじめとする様々な利益を著作者が独占することを法的に保障する。 その上で,著作物の創作と同様に文化の発展において不可欠となる教育・研究活動を円滑なものとする ため,著作権を制限することとし,その一環として, 「 表された著作物は,引用して利用することがで きる」 と定めている ( 著作権法 3 。そして,同法は,引用の方法について, 「引用は, 正な慣行に 2条) 合致するものであり,かつ,報道,批評,研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるもので なければならない」としていることから,一般に, 「引用の目的上正当な範囲内」に止めるため,引用対 象となる著作物の一部抜粋や翻案引用等の方法が採用されている웑 。しかし,こうした引用方法は引用 워 웗 対象となる著作物の切除もしくは変 であることから,引用一般が同一性保持権と抵触することとな る。とりわけ,著作権法が,引用をはじめとする著作権の制限規定 ( 著作権法 3 0条乃至 4 9条)が,著 作者人格権に形容を及ぼすものと解釈してはならない旨を定めていることから,これをどのように調整 すべきかが問題となる。 この点につき,著作権法は,同一性保持権に関する規定において, 「著作物の性質並びにその利用の目 的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」については,同一性保持権の侵害とならない旨を 規定する ( 著作権法 2 。そこで,引用における著作物の一部抜粋や翻案引用も,この規定 0条 2項 4号) の適用を受けると解することが可能である웑 。しかし,引用におけるこれ等の改変は,引用の規定 ( 著 웍 웗 作権法 3 「著作物の性質並びにその 2条)との抵触を避けることを目的とするものと解する余地があり, 利用の目的及び態様に照らしやむを得ない」場合に該当すると直ちにいえるかは少なからず疑問の余地 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) が残されることとなる。 また,著作者の社会的評価に不当に影響を与えない適切な引用は,そもそも同一性保持権の侵害に該 当しないとの理解が成り立ち得る。著作者人格権を定めた趣旨に照らして素直な解釈であり,こうした 理解により適切・妥当な結論を導くことが可能となると考える。しかし,著作権法は,実演家の権利の 一つとして定める同一性保持権については, 「実演家は,その実演の同一性を保持する権利を有し,自己 の名誉又は声望を害するその実演の変 ,切除その他の改変を受けないものとする」として,社会的評 価を低下させることを権利侵害の要件の一つとして掲げている。この点に着目すると,同法は,著作者 人格権のとしての同一性保持権においては,あえて社会的評価の低下を権利侵害の要件としていないと 解するのが素直であり,こうした理解を著作権法規定の文言から導くことは困難と考える。 こうした点に鑑みると,一般に適切な著作物の利用において,著作権法自体が問題の原因となる場合 もあることを念頭に置きつつ,e l e a r ni ngシステムを利用する必要性が認識される。 おわりに e l e ar ni ngの利用におけるその他の法的問題 e l e a r ni ngシステムを活用した教育・研究活動において知的財産の利用は不可避的に発生する。そのた め,知的財産の利用に際しては,知的財産法と 称される知的財産を規律する各種法令を遵守すること を通じて,知的財産に関する他者の正当な利益を尊重し,知的財産をめぐる 争を予防することが求め られる。こうした視点から,本稿では,e l e a r ni ngの利用に際して,いかなる知的財産法の問題を生じ る可能性があるかについて,e 本稿「1 l e a r ni ng利用者の視点から 析する必要があることを指摘し ( . ,その視点から,知的財産の有する財産的価 e l e a r ni ngの機能と知的財産法上の問題 析の視角」参照) 値をめぐる利害対立と ( 本稿「2 ,知的 .e l e a r ni ngにおける知的財産の利用をめぐる法的問題」参照) 財産の利用に伴う人格的利益への影響 ( 本稿「3 .e l e a r ni ngの利用における人格的利益に関わる問題」 参照)の二つの問題について検討を行った。 もっとも,知的財産法の理解のみでは,知的財産をめぐる 争の予防には不充 である。例えば,近 年では,知的財産法が定義する各種の知的財産に関する定義規定の解釈にゆらぎが生じている等웑 ,こ 웎 웗 れ等の法令が必ずしも明確な行動規範となり得ない状況にあることも否定できないからである。とりわ け,不正競争防止法による規律される知的財産の範囲が拡大傾向にあることが,この状況に拍車をかけ ている。さらに,情報化社会の進展に伴い,新たに知的財産が発生した場合,その利用に際して従うべ き行動規範を,現在ある知的財産法から導き出すことが必要となる。そうすると,今後,上記のような 法令の趣旨を理解し,それ等の法令との整合性配慮しつつ,情報化社会に適合した新たな行動規範を構 築し,法制度に依存せずとも問題の解決・予防を可能とする社会を形成していくことが, 「情報倫理」の 一つとしてが求められているものと解される。 また,e l e a r ni ngに係る知的財産法上の問題に止まらず,法的問題一般について見ると,個人情報を はじめとする e l e a r ni ngシステムの保守・管理といった運営における問題,e l e a r ni ngの利用主体と管理 主体が異なることに起因する e l e a r ni ngシステム管理者としての責任に関する問題等も検討を要する ことに気が付く。そこで,これ等については今後の課題とし,本稿を締めくくることとする。 注 インターネット ( 」 の用語は,通常,コンピュータネットワークを相互接続したもの一般を意味する 1 )쓕 i nt e r ne t ) ものとして 用される一方,近年,わが国では,世界的規模で普及しているインターネット ( TheI nt e r ne t )を eLear ni ngにおける知的財産法上の諸問題 指すものとして用いられる傾向も認められるところ,本稿では,専ら,後者の意味で用いることとする. 「ユビキタス社会」 の実現へ向けた各種の政策が提唱されてきた.例えば,2 2 ) わが国でも, 0 0 0年開催の第 6回 I T戦略会議・情報通信技術 ( I T)戦略本部合同会議において「I T基本戦略」が決定され ( I T 戦略会議『I T基 本戦略』( 平成 1 ,高度情報通信ネットワーク社会形成基本法 ( 平成 1 2年)参照) 2年法律 1 4 4号)にもとづい て設置された後者の情報通信技術 ( 高度情 I T)戦略本部は,これを「e J a pa n戦略」として 2 0 0 1年に採用し ( 報通信ネットワーク社会推進戦略本部『e ,2 J a pa n戦略』( 2 0 0 1年)参照) 0 0 5年まで,一連の改定を繰り返し つつ推進してきた.さらに,2 -J 0 0 6年に, 務省は,「e a pa n戦略」の目標が達成されたとの認識の下,その 後継戦略として,ユビキタス社会を 2 0 1 0年までに実現することを目指した「uJ a pa n政策」を提唱し ( 務 省『u-J 』( ,現在に至っている. a pa n推進計画 2 0 0 6 2 0 0 6年)参照) -l 3 ) 梅本吉彦=小島喜一郎「e e a r ni ngにおける情報倫理 『情報教育序説』 」専修大学情報科学研究所『情報 科学研究』2 9号 ( 2 0 0 8年)1ページ・2ページ以下参照. この問題の一部については,既に,梅本=小島 ・前掲注 3 4 ) )1 4ページ以下で検討したところであるものの,本 稿では,これ点についてあらためて網羅的に検討を行うこととする. 5 )e l e a r ni ngの機能と役割に関する詳細な 析については,梅本=小島・前掲注 3 )3ページ以下参照. -l 6 ) このことは,e e a r ni ngの母体ともいえるインターネットが,教育・研究の 野で,世界規模での研究成果の 共有や論文検索を可能とする等の大きな役割を果たしてきたことからも明らかと考える. 7 ) 例えば,梅本=小島・前掲注 3 )4ページで指摘した「授業の場の 囲気や様子」は,電子化することが困難 な情報の典型といえる. 8 ) 一般に,その中心的役割を果たす法律は,特許法,実用新案法,意匠法,商標法,半導体集積回路の回路配 置に関する法律,種苗法,著作権法から構成されると解されるところ,それぞれ,発明 ( 特許法 2条 1項) ,考 案 ( 実用新案法 2条 1項) ,意匠 ( 意匠法 2条 1項) ,商標 ( 商標法 2条 1項) ,商号 ( 商法 1 ,半導体 1条以下) 集積回路配置 ( 半導体集積回路の回路配置に関する法律 2条 2項) ,植物品種 ( 種苗法 2条 2項) ,著作物 ( 著 作権法 2条 1項 1号)を I .この他,不正競争防止法も「不正競争」( 不正競争防止法 2条 1項)に該当 nt e r ne t する情報の利用行為を規制し,これを通じて各種の知的財産の利用を規律することとなるため,この点に着目 して,同法も知的財産法の一つとして位置付けることが少なくない. 著作権法 2条 1項 1号)の他に,考案 ( 実 9 ) 知的創作活動の成果物としての知的財産として,後述する著作物 ( 用新案法 2条 1項) ,意匠 ( 意匠法 2条 1項) ,半導体集積回路配置 ( 半導体集積回路の回路配置に関する法律 ,植物品種 ( 種苗法 2条 2項)を含めることができる. 2条 2項) 製造方法等の発明に関しては, 営業秘密として管理しやすいことから,秘匿される傾向にあることが認められ 1 0 ) る.とりわけ,現在では,不正競争防止法を通じて営業秘密の保護が強化されており ( 不正競争防止法 2条 1 項 3号乃至 9号) ,こうした傾向に拍車をかけている. 「自然法則を利用した技術的思想の創作のう 1 1 ) 特許法もこうした意識を有することを明らかにしており,発明を ち高度のもの」( 特許法 2条 1項)と定義している. 学術選 1 2 ) 特許法のこうした姿勢を法的視点から 析するものとして,清瀬一郎『發明特許制度ノ起源及發達』( 書・平成 9年=初出・大正 4年)1 6ページ以下参照.また,経営 研究の立場から 析を行うものとして,例 えば,大河内暁男, 『発明行為と技術構想 技術と特許の経営 的位相 』,東京大学出版会,1 初出・ 9 9 2年 ( ,1 1 9 8 9年) 2 9ページ以下がある. 1 3 ) ここで用いている「発明者主義」は,発明者のみが特許権を取得できることを意味するのであり,発明者で あれば特許権を取得できることを意味するのではないことには注意を要する. 1 4 ) 発明の奨励という立場からは,発明者に対して補助金や報奨金といった直接的な利益を付与する制度の導入 も考えられる.しかし,これ等の制度には,創作された発明を実際に実施させることに結びつけ難いという問 題が内在している.また,個々の発明の価値を如何に評価し,補助金や報奨金の対象・金額を定めるかという 問題もあり,特定の発明ではなく,発明一般の奨励を目指す特許法としては採用し難い側面も有する. 1 5 ) 前注 1 0 )参照. 1 6 ) 特許法は特許権の存続期間を定めるのみであり,当該期間満了後の特許発明の自由な利用について明確な定 めは置いていないものの,一般にこのように理解されている ( 中山信弘編著, 『注解特許法〔第 3版〕 (上)』, ,6 青林書院,2 初版・1 3 1ページ〔後藤晴男=平山孝二=守屋敏道〕,紋谷暢男編著,『注解特 0 0 0年 ( 9 8 3年) 許法』 ,有 閣,1 . 9 8 6年,1 8 9ページ〔仙元隆一郎〕参照) 著作権法 2 ,著作権法は 1 7 ) 著作権の効力の対象となる行為は一定の類型に限定されてるところ ( 1条乃至 2 7条) それ等を「利用」と定義付けている訳ではない.しかし,一般に,著作権の効力の対象となる行為を「利用」 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) と 称されることから,本稿でもこの用語を用いることとする. 前注 1 ,著作権法は著作権の存続期間を定めるのみであるものの,一般に,著作権 1 8 ) 特許法と同様に ( 6 )参照) の存続期間満了後は,当該著作権に係る著作物の自由な利用が認められると解されている ( 加戸守行, 『著作 権法逐条講義〔5訂新版〕 』,著作権情報センター,2 初版・1 ,3 . 0 0 6年 ( 9 7 4年) 3 1ページ参照) 「思想又は感情を創作的に表現したものであつて,文芸, 1 9 ) 著作権法のこうした理解については,同法が著作物を 学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義していることから窺うことができる. 2 0 ) 例えば,日常会話を行うだけであっても,著作権法の視点から見ると,それは言語の著作物を創作していると 把握されることとなる. 著作権法 1 ,創作された著作物を 表するか否かの判断を 2 1 ) 後述するように,著作権法は, 表権を定め ( 8条) 著作者の裁量に委ねており,仮に, 表しない場合であっても,特に不利益を生じることは無い. 著作権法 2 ,その 体として著作権を構成 2 2 ) 著作権法は,複製権をはじめとする支 権を定め ( 1条乃至 2 7条) し ( 著作権法 1 ,これに対して,特許法は,特許権を,特許発明の実施に係る権利としてのみ規定し 7条 1項) 特許法 6 ,両者は,著作権と特許権の規定の仕方において相違する.しかし,この違いは,行為類型毎 ( 8条) に独占・排他的権利を定めるか,あらかじめ「実施」の概念を定義し ( 特許法 2条 3項) ,これを出発点に権 利を定めるかの違いであり,権利の効力に違いを生じさせるものではない.もっとも,ライセンス契約の解釈 等においては,この相違が少なからず影響することは否定できない. 2 3 ) 詳細については,本稿「3 . 2 .著作権法にもとづく著作者の人格的利益の保護」参照. 商法 1 2 4 ) 商標以外に標識としての知的財産に位置付けられるものとして,商号 ( 1条以下)がある. 2 5 ) 実際には,後述するように,商標が財産的価値を取得し,知的財産となる場合があることから,様々な問題 を生じることとなる. 2 6 ) このことは,商標を変 することが,その 用主体の能力等を変 するものではないことからも明らかであ る. 2 7 ) このような性質上,商標法は,登録制度を採用し,登録された商標にのみ商標権を発生させ,商標法にもと づく保護を図るという制度を採用している.しかし,こうした制度は,未登録の商標が何かしらの事情で既に 信用の化体した場合に,当該商標の保護を図ることが困難となるという問題を内在している.こうした商標法 制度の限界を補うため,信用の化体し,知的財産となっている商標を,商標法とは別に,不正競争防止法に もとづいて保護することとしている.この点に着目すると,商標に関していえば,不正競争防止法が知的財産 法としての性質を色濃く有するといえる. 2 8 ) 商号は商法において定義されていないものの,その性質に照らして,商標の一類型として捉えるのが素直であ る. 特 2 9 ) 特許法が企業活動等において常に特許 報が調査されることを前提にしていることは,過失の推定規定 ( 許法 1 0 3条)を定め,特許 報の調査を怠る者に対して一定の不利益を課しているところから窺うことがで きる.特許庁編, 『工業所有権法 ( 産業財産権法)逐条解説〔第 1 』,発明協会,2 初版・1 , 7版〕 0 0 8年 ( 9 5 9年) 2 8 2ページも同様の立場にあると解される. 実用新案法 1条 3項,意匠 3 0 ) これ等の法律には,特許法と同様に, 報の発行に関する規定が設けられている ( 法2 . 0条 3項,種苗法 1 8条 3項,半導体集積回路の回路配置に関する法律 7条 3項) 3 1 ) もっとも,営業秘密は,技術情報のみならず,顧客情報等も含むものである.例えば顧客情報の場合,個人 情報等の顧客の利益に配慮する必要があることから,営業秘密であるからといって必ずしも e l e a r ni ngでの 利用において問題を生じないわけではないことには留意する必要がある. 『平成 1 3 2 ) こうした理解については,特許庁 務部 務課制度改正審議室編, 4年改正産業財産権法の解説』,発 明協会,2 0 0 2年,8ページ参照. 3 3 ) 著作権法が教育目的の複製を許容するのと同じ考え方といえる.なお,同規定は,複製物の譲渡を許容するか 否かについて明らかにしていないものの,著作権の制限規定にもとづいて作成された複製物の譲渡を制限す る規定 ( 特許法 4 9条)において,受講生に対して配布する行為は規制されていないことから,譲渡権の侵害 とならず,これを許容する立場にあるものと解される. 3 4 ) 特許庁編・前掲注 2 9 )2 2 0ページ参照. 3 5 ) 研究の成果物としての電子商取引で利用可能なビジネスモデルの有効性を検証するために,実際に学内から 市場向けにこれを用いた場合には,当該ビジネスモデルが他者の保有に係る特許権の対象であれば,その特許 権を侵害することになる.しかし,学内のネットワーク設備を利用しているとはいえ,これを e -l e a r ni ngシス テム上の問題と捉えることには疑問を覚える.また,e -l e a r ni ngシステムを構成するプログラムに関しては明 eLear ni ngにおける知的財産法上の諸問題 らかにプログラムの発明の「実施」にあたる.もとより,これは,e l e a r ni ngシステムの運用に関わる問題で あり,同システム上での教育活動の問題ではない. 3 6 ) 例えば,市場に企業イメージを適切に伝える商標デザインのあり方について等に関する講義が考えられる. 3 7 ) 例えば,教員が教材に自身の作成に係ることを示すために,他者の商標権に係る商標を用いる場合等が想定さ れる. 3 8 ) 最高裁判所,昭和 5 3年 ( 1 9 7 8年)9月 7日第一小法 判決,最高裁判所民事判例集 3 2巻 6号 1 1 4 5ページ. 3 9 ) この点に関する 析の詳細については,小島喜一郎「著作物の保護範囲の確定について」専修法学論集 1 0 3号 3ページ ( 2 0 0 8年)参照. 『著作権法改正の諸問題 4 0 ) 国立国会図書館調査立法考査局, 著作権法案を中心として 』,1 9 7 0年,9 4ペー ジ参照. 4 1 ) この経緯については,加戸・前掲注 1 8 )1 8 6ページ参照. 4 2 ) デジタルデータの場合,創作された著作物とその複製物とを区別することに困難が伴うという問題があるも のの,著作権法は両者を区別することなく 衆送信権に関する定めを設けていることから,特に混乱は生じな いと考える. 著作権法 5 著 4 3 ) 著作権が消滅する事由として,存続期間満了 ( 1条以下)の他,相続人が存在しない場合もある ( 作権法 6 . 2条) 「プログラム」が著作権法と共に,特許法の規律対象とされている ( 特許法 2条 3項 1号)ところ 4 4 ) 実際には, に見られるように,著作権法以外の知的財産法による規律を受ける場合があり,法的に保障しているといえる かは議論の余地がある.例えば,近年では,絵画の著作物を商標として登録する傾向が認められ,この場合, 当該絵画の利用が商標法による影響を受ける虞がある. 4 5 ) 梅本=小島・前掲注 3 )1 7ページ.近年では,インターネット上に 開されている著作物の複製物・翻案物を レポートとして提出するという問題が表面化しており,こうした問題の解決が今後の課題となる. 「引用」 ・ 「学 その他の教育機関に 4 6 ) 営業秘密のように秘密として管理されていなくとも,未 表である場合, おける複製等」のいずれにも該当しなくなる点に注意を要する. 4 7 ) 表された著作物であっても,それが特定の所有者の手にあり,当該所有者の協力を得てはじめて複製等の利 用が可能となる場合,その利用許諾契約に際して所有者から所有権を基礎とした規制を受ける可能性がある ことは否定できない. 4 8 ) 規模の大きい教育機関において,教育を受ける者の人数が多い場合,教育を受ける者に対する複製物の 布が 「著作権者の利益を不当に害する」と評価される虞がある. 『詳解著作権法 〔第 3版〕』 ,ぎょうせい,2 初版・1 ,3 4 9 ) 作花文雄, 0 0 4年 ( 9 9 9年) 4 7ページは,遠隔授業として, 少数の特定者へ向けて配信する場合は,そもそも 衆送信に該当せず,非営利・無料の上演等 ( 著作権法 3 8 条)の問題として処理すれば足りるとする.しかし,教育機関においては,学費等の徴収をしているのが一般 的であり,果たして同規定の適用を受けることができるのか疑問である. 著作権法 2条 1項 1号)とは別に,著作物の例示規定 ( 著作権法 1 5 0 ) 著作権法は,著作物の定義規定 ( 0条)を設 けているものの,後者はあくまでも例示規定であるに止まり,例示された著作物に該当しない著作物も当然に 存在し得る. 5 1 ) 著作権侵害の成否を判断する場合等,ある特定の情報が著作物であるか否かを判断する際には,著作物の要件 を 4つに 類することが一般的であるものの,ここでは,著作物の定義規定の意味内容を理解するという目的 から, 宜上,3つの要件からなるものとして把握することとする. 「表 5 2 ) もとより,これ等の情報が配布される場合,表やグラフ等という形で表現されるのが一般的であり,その やグラフ等に加工する」 という過程において,名宛人に対して統計データや実験データをどのような形で伝え るのが適切かという作成者の「思想・感情」が入り込み,表現されることとなる. 5 3 ) 東京地方裁判所,平成 1 0年 ( 1 9 9 8年)1 0月 2 9日判決,判例時報 1 6 5 8号,1 1 9ページ. 8年 ( 1 9 6 3年)3月 2 9日判決,下級裁判所民事裁判例集 1 4巻 3号,5 0 9ページ. 5 4 ) 大阪高等裁判所,昭和 3 知的財産法が定める,権利侵害にもとづく損害額に関する規定 ( 特許法 1 5 5 ) こうした姿勢は, 0 2条,著作権法 1 1 4 条等)に顕著に表れている.もっとも,発明や著作物等の財産的価値が認められる情報を 「知的財産」と称し, これ等の知的財産の利用を規律する諸法令を「知的財産法」と 称している以上,こうした傾向が生じること はやむを得ないといえる. 5 6 ) 特許法や著作権法は,特許権,著作権を発明の実施,著作物の利用に関する独占・排他的権利として定め,そ れを通じて発明・著作物の創作者が経済的利益を独占する機会を法的に保障しているに止めていること等に 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 鑑みると,知的財産法は,創作された知的財産を積極的に利用させようとする姿勢にあると解するのが相当で ある. 『注釈民法 ( ・債権 ( ・不法行為』 ,有 閣,1 5 7 ) 加藤一郎編, 1 9 ) 1 0 ) 9 6 5年,1 8 4ページ〔五十嵐清〕. 5 8 ) もっとも,刑法と異なり,民法が名誉と信用とを区別しているかは定かではなく,また,区別する実益もな いと考える. 5 9 ) 刑法 2 3 0条の 2は昭和 2 2年に一部改正され,さらに,平成 7年に口語化がなされているに止まる. 6 0 ) 東京地方裁判所,昭和 3 9年 ( 1 9 6 4年)9月 2 8日判決,判例時報,3 8 5号,1 2ページ. 6 1 ) プライバシ侵害の成立要件としては,これ等 3つの要件に,「情報の 開」という要件を併せて,4つの要件 として捉えることとなる. 6 2 ) 東京高等裁判所,昭和 6 3年(1 9 8 8年)4月 2 6日判決,判例時報 1 2 7 0号,3 8ページ. 6 3 ) 大阪高等裁判所,昭和 5 2年(1 9 7 7年)9月 1 2日決定,判例時報 8 6 8号,8ページ. 6 4 ) 前掲注 6 0 )東京地方裁判所,昭和 3 9年 ( 1 9 6 4年)9月 2 8日判決は,名誉とプライバシとを,保護法益を異に する存在として捉えることを明らかにする. 6 5 ) 表するか否かだけではなく, 表の時期・場所を決定する権利としても理解するのが一般的である.こうし た理解については,例えば,加戸・前掲注 1 『著作権法〔第 3版〕 』,有 閣,2 8 )1 6 0ページ,斉藤博, 0 0 7年 初版・2 ,1 ( 0 0 0年) 4 9ページ,作花・前掲注 4 9 )1 0 0ページ参照. 『著作権法概説〔第 2版〕』,有 閣,2 初版・1 ,4 6 6 ) 田村善之, 0 0 1年 ( 9 9 8年) 1 3ページ. 「著作者人格権」 ,民商法雑誌 1 ・5号,1 6 7 ) 小泉直樹, 1 6巻 4 9 9 7年,5 8 4ページ・5 9 8ページ.これに対して,氏 名表示権は社会的評価のみに関わる権利として捉えることには疑問が呈されている ( 田村・前掲注 6 6 )4 2 6 ページ参照) .しかし,一般的に保護が求められる自己の名称決定の利益を,氏名表示権に内包させることに ついては疑問を覚える. 6 8 ) 田村・前掲注 6 6 )4 3 3ページ. 6 9 ) 例えば,食品の安全性に関する情報等を挙げることができる. 7 0 ) 最高裁判所,昭和 4 4年 ( 1 9 6 9年)6月 2 5日大法 判決,最高裁判所刑事判例集,2 3巻,7号,9 7 5ページは, 判例変 によりこれを認める.その他,最高裁判所,昭和 4 7年 ( 1 9 7 2年)1 1月 1 6日第一小法 判決,最高 裁判所民事判例集,2 6巻,9号,1 6 3 3ページ,最高裁判所,昭和 5 8年 ( 1 9 8 3年)1 0月 2 0日第一小法 判決, 判例時報,1 1 1 2号,4 4ページ参照. 7 1 ) 最高裁判所,昭和 4 1年 ( 1 9 6 6年)6月 2 3日第一小法 判決,最高裁判所刑事判例集 2 0巻 5号,1 1 1 8ページ. もっとも,単純に当て嵌めて良いかについては疑問が呈されている ( 三島宗彦「真実の証明と人格権侵害」伊 藤正己編『現代損害賠償法講座 2名誉・プライバシー』( 日本評論社・昭和 4 3 9ページ・1 4 0ページ参 7年)1 照) . 7 2 ) こうした引用方法に対する一般的な理解については,作花・前掲注 4 9 )3 3 7ページ. 7 3 ) 東京地方裁判所,平成 1 0年 ( 1 9 9 8年)1 0月 3 0日判決,判例時報,1 6 7 4号,1 3 2ページ. 7 4 ) 例えば,著作権法が規律対象とする著作物については,以前から,応用美術や印刷用書体などの 野で,裁 判所による著作物の認定基準と著作物の定義規定との乖離が指摘されている.この問題を簡潔にまとめたも のとして,例えば,中山信弘『著作権法』( 有 閣・2 0 0 7年)1 3 8ページがある.また,プログラムは,特許 法と著作権法のいずれもが規律対象とすることを明らかにしており,知的財産法それ自体がこうした問題を 内在するようになっている傾向が認められる. 参 考 文 献 [ 1] I ,2 T 戦略会議,『I T基本戦略』 0 0 0年. [ 2] 梅本吉彦=小島喜一郎, 「e l e a r ni ngにおける情報倫理 『情報教育序説』 」,専修大学情報科学研究所『情 報科学研究』 ,2 9号,2 0 0 8年. [ 3] 大河内暁男, 『発明行為と技術構想 技術と特許の経営 的位相 』,東京大学出版会,1 初出・1 9 9 2年 ( 9 8 9 年) . [ 4] 大阪高等裁判所, 「昭和 3 , 『下級裁判所民事裁判例集』,1 8年 ( 1 9 6 3年)3月 2 9日判決」 4巻,3号,5 0 9ペー ジ. [ 5] 大阪高等裁判所,昭和 5 1 9 7 7年)9月 1 2日決定,判例時報 8 6 8号,8ページ. 2年 ( [ 6] 清瀬一郎,『發明特許制度ノ起源及發達』,学術選書,1 初出・1 . 9 9 7年 ( 9 1 5年) eLear ni ngにおける知的財産法上の諸問題 [ 7] 加藤一郎編, 『注釈民法 ( ・債権 ( ・不法行為』 ,有 閣,1 1 9 ) 1 0 ) 9 6 5年. [ 8] 加戸守行,『著作権法逐条講義〔5訂新版〕 』,著作権情報センター,2 初版・1 . 0 0 6年 ( 9 7 4年) [ 9] 小泉直樹, 「著作者人格権」 ,『民商法雑誌』 ,1 ・5号,1 1 6巻,4 9 9 7年,5 8 4ページ. [1 ] 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部,『e -J 0 a pa n戦略』,2 0 0 1年. [1 ] 国立国会図書館調査立法考査局,『著作権法改正の諸問題 著作権法案を中心として 』,1 1 9 7 0年. ,1 [1 ] 小島喜一郎,「著作物の保護範囲の確定について」,『専修法学論集』 0 3号,2 0 0 8年,3ページ. 2 [1 ] 最高裁判所,「昭和 4 3 1年 ( 1 9 6 6年)6月 2 3日第一小法 判決」,『最高裁判所刑事判例集』,2 0巻 5号,1 1 1 8 ページ. [1 ] 最高裁判所, 「昭和 4 『最高裁判所刑事判例集』,2 4 4年 ( 1 9 6 9年)6月 2 5日大法 判決」, 3巻,7号,9 7 5ペー ジ. [1 ] 最高裁判所, 「昭和 4 『最高裁判所民事判例集』 ,2 6巻,9号,1 6 3 3 5 7年 ( 1 9 7 2年)1 1月 1 6日第一小法 判決」, ページ. [1 ] 最高裁判所, 「昭和 5 『最高裁判所民事判例集』 ,3 6 3年 ( 1 9 7 8年)9月 7日第一小法 判決」, 2巻,6号,1 1 4 5 ページ. [1 ] 最高裁判所,「昭和 5 『判例時報』,1 7 8年 ( 1 9 8 3年)1 0月 2 0日第一小法 判決」, 1 1 2号,4 4ページ. [1 ] 斉藤博, 『著作権法〔第 3版〕 』,有 閣,2 初版・2 . 8 0 0 7年 ( 0 0 0年) ,ぎょうせい,2 初版・1 . [1 ] 作花文雄, 『詳解著作権法〔第 3版〕』 0 0 4年 ( 9 9 9年) 9 [2 ] 務省, 『u-J 』 ,2 0 a pa n推進計画 2 0 0 6 0 0 6年. [2 ] 東京高等裁判所,昭和 6 1 3年 ( 1 9 8 8年)4月 2 6日判決,判例時報 1 2 7 0号,3 8ページ. [2 ] 東京地方裁判所,「昭和 3 ,『判例時報』,3 2 9年 ( 1 9 6 4年)9月 2 8日判決」 8 5号,1 2ページ. [2 ] 東京地方裁判所,「平成 1 0年 ( 1 9 9 8年)1 0月 2 9日判決」,『判例時報』,1 6 5 8号,1 1 9ページ. 3 [2 ] 東京地方裁判所,「平成 1 4 0年 ( 1 9 9 8年)1 0月 3 0日判決」,『判例時報』,1 6 7 4号,1 3 2ページ. [2 ] 田村善之, 『著作権法概説〔第 2版〕』 ,有 閣,2 初版・1 . 5 0 0 1年 ( 9 9 8年) [2 ] 特許庁編, 『工業所有権法 ( 産業財産権法)逐条解説〔第 1 』,発明協会,2 初版・1 6 7版〕 0 0 8年 ( 9 5 9年) . [2 ] 特許庁 務部 務課制度改正審議室編,『平成 1 年. 7 4年改正産業財産権法の解説』,発明協会,2 0 0 2 [2 ] 中山信弘編著,『注解特許法〔第 3版〕(上)』 ,青林書院,2 初版・1 8 0 0 0年 ( 9 8 3年) . [2 ] 中山信弘, 『著作権法』,有 閣,2 年. 9 0 0 7 [3 ] 三島宗彦, 「真実の証明と人格権侵害」,伊藤正己編『現代損害賠償法講座 2名誉・プライバシー』 ,日本評論 0 社,1 9 7 2年,1 3 9ページ. [3 ] 紋谷暢男編著,『注解特許法』 ,有 閣,1 年. 1 9 8 6 *本稿は,専修大学情報科学研究所における平成 2 「e ラーニングによる遠隔授業に 0年度研究助成 おける『著作権侵害をはじめとする知的財産権に関する諸問題』の検討」の研究成果として,そ の一端を 表するものである。 アルゴリズム構造の理解を促す プログラミング教育の提案 永 賢 専修大学ネットワーク情報学部) 次 ( A Pr opos a lofPr og r a mmi ngEduc a t i onf orUnde r s t a ndi ngAl g or i t hm St r uc t ur e Sc hoolofNe t wor ka ndI nf or ma t i on,Se ns huUni v e r s i t y ) Ke nj iMATSUNAGA ( I nt hi spa pe r , wea na l y z edi f f i c ul t i e si nde v e l opi ngpr og r a msdur i ngI nt e r na t i ona lCol l e g i a t e Pr og r a mmi ngCont e s t . Forr e c e ntt hr e ey e a r s8 8 %ofc ont e s t a nt sa t t e ndi ngJ a pa npr e l i mi na r y pr og r a mmi ngc ont e s t sc oul dnots ol v epr obl e msba s e dont hes hor t e s tpa t ha l g or i t hm t he yha d a l r e a dys t udi e d. Byobs e r v i ngbe ha v i orofc ont e s t a nt sf r om Se ns huUni v e r s i t y ,wef oundt he y c oul dnotc or r e c t l yma pf r om t hos epr obl e mst ot hea l g or i t hm s i nc et he ydonotunde r s t a ndt he me a ni ng soft hea l g or i t hm. St ude nt sne e dt ol e a r n bot h ba s i cs t r uc t ur ea nd s e ma nt i c sof a l g or i t hmsi nba s i cpr og r a mmi ngc our s e . Wepr opos eapr og r a mmi nge duc a t i onme t hodf or unde r s t a ndt hes t r uc t ur eofa l g or i t hms . キーワード :アルゴリズム,プログラミングコンテスト,プログラミング教育,最短経路問 題,ダイクストラ法 Ke ywo r d s:a l g or i t hm,pr og r a mmi ngc ont e s t ,pr og r a mmi nge duc a t i on,s hor t e s tpa t hpr obl e m, Di j ks t r asa l g or i t hm 1 .は じ め に 筆者は,ACM ( As s oc i a t i onf orComput i ngMa c hi ne r y )が主催する国際大学対抗プログラミングコン テスト ( ,略して I [1 ]に出場する学生たちのコー I nt e r na t i ona lCol l e g i a t ePr og r a mmi ngCont e s t CPC) , 2 チとして,1 ]。コンテストに出場しようという学生たちは,学年の 0年近く指導をしてきた[3 , 4 , 5 , 6 , 7 中でトップ数 %のレベルでありながら,実際にコンテストの問題を解くと,日頃の教室での成果からは とても考えられない様々な誤りをしたり,学習したはずのアルゴリズムをうまく適用できないという状 況が見られる。筆者は,これまでで彼らが陥っている問題点について考察し,改善すべき点を指摘して きた [3 ]。コンテストの準備のための勉強会では,その知見を利用した指導を行い,2 , 4 0 0 5年にはアジ ア地区予選台北大会で大学別順位 7位という好成績をあげることができた[5 ] 。その後,毎年 I CPCに 継続して参加しているが,残念ながら他大学の能力が上がる中,専修大学の学生のレベルがなかなか上 がらず,順位が年々下がる傾向にある。その間,プログラミングコンテストで頻出するアルゴリズムを 紹介し[6 ],勉強会で繰り返し練習させているが,実際のコンテストではそのアルゴリズムを適切に , 7 適用できていない状況である。 筆者は,一方,プログラミング入門科目の再履修クラスも約 1 0年担当してきた。教師がサンプルプロ グラムを見せて解説した後出題する練習問題として,サンプルプログラムが持つ基本構造をそのままに 受付 :2 0 0 9年 1 0月 1 0日 受理 :2 0 0 9年 1 2月 2 6日 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) して,一部 を修正することによって,目的とするプログラムを作成できるといったものを多く出題す る。例えば,配列要素の最大を求めるプログラムを示した後に,最小を求める応用問題をさせた場合,比 較の大小を代えることを期待する。実際に学生が作成するプログラムを見てみると,きちんと理解して いる学生は教師の想定する振る舞いをする一方,再履修クラスにいる学生たちは,肝心の基本構造を壊 してしまうことが多い。 扱う問題の難易度は大きく異なるものの,再履修者が抱えている困難と,プログラミングコンテスト に出場している優秀な学生が抱えている困難は,本質的には同じであることに気がついた。アルゴリズ ムの基本構造を意識し,どの部 がどのような意味を持っていて,どのような修正が可能なのか意識さ せる教育を徹底させることで,プログラミング教育の初期の段階から必要であり,その教育が,レベル の高い学生にも,再履修をするようなレベルの学生に対しても有効ではないかと考えるようになった。 2節では,専修大学の学生が I CPCの問題の中で,3年続けて解けていない,最短経路問題に関する応 用問題を紹介し,彼らが解けない原因について考察する。3節では 2節の考察に基づき,プログラミン グの入門科目のレベルで,基本的なアルゴリズムとその構造をどのように理解させ,発展したプログラ ムを記述できるように導いていくか示す。最後に 4節でまとめと考察を行う。 2 . 国際大学対抗プログラミングコンテストの参加学生たちのプログラムから見る困難 2 . 1 国際大学対抗プログラミングコンテスト ( I CPC)とは I CPCは,同じ大学からなる学生 3名によるチームが参加し,出題された問題セットからできるだけ 多く,かつできるだけ早く適切なプログラムを作り上げることを競う大会である。一定の時間 ( 大会に よって 3時間だったり 5時間だったりする)内に,与えられた問題セット ( 大会によって 5問∼1 0問) に対するプログラムを,一つのパソコンを利用して作成し,より多くの問題を正解することを競うもの である。 問題は,状況,入力形式とその意味,出力形式とその意味によって構成されている。入力データに対 して,状況などで説明されている条件を満たすように処理を行い,結果を指定された形式で出力するプ ログラムを作成しなければならない。正解したかどうかは,審判団が用意した入力データセットを提出 されたプログラムに与え,プログラムが計算した結果と審判団が用意した正解出力とが一致したかに よって判定される。この正解判定処理を行うサーバが用意されており,参加チームはそのサーバにプロ グラムなどを送り判定してもらう。計算時間の上限が設定されており,それを超えると不正解と判定さ れる。そのためコンテスト参加者は,問題の大きさにあわせて,適切なアルゴリズム及びデータ構造を 選択する必要がある。 コンテストは毎年 1回行われる世界大会を頂点に,そこに出場するための各大陸予選から構成されて いる。日本でも,1 9 9 8年からアジア地区予選が毎年開催されるようになっているが,会場の容量の制限 から,そこに出場するチームを選ぶための国内予選が,各大学を会場にしてインターネットを利用して 行われている。学生にとっては,国内予選を通過してアジア地区予選に出場することが大きな目標と なっている。専修大学は,1 9 9 8年から 2 0 0 7年の 1 0年間においては,8回の大会で,のべ 1 0チームが国 内予選を通過してきた。最近,他大学からの参加チームのレベルが上がっており,2 0 0 8年,2 0 0 9年と連 続してアジア地区予選の出場権を逃してきている。 アルゴリズム構造の理解を促すプログラミング教育の提案 2 . 2 国際大学対抗プログラミングコンテストで活躍するために必要な能力とは 筆者は,プログラミングコンテストに出場しようとする学生に対して 1 9 9 8年以来 1 0年余り指導を 行ってきた。彼らのプログラミング能力の問題点及びそれを解決するための提案を,2 ] ,2 0 0 0年[3 0 0 2 年[4 ]と発表してきた。 [3 ]では,コンテストにこれから出場したいと考えている学生 ( 専修大学の中では優秀な 2年生レベ ルの学生だが,コンテストの問題では一番易しい問題でも不正解になることがよくある学生)を対象 に,彼らがどのようなミスをするのか調べた。正解を得る学生たちと,不正解になってしまう学生たち のプログラムを比較し,ミスの原因として下記のことを見いだした。 ・不正解の学生たちのプログラムの方が,正解を得る学生たちのプログラムより長い。 ・その一つの原因として場合 け処理が,不正解の学生たちの方が複雑になっており,計算がなされ ない条件が起こったり,想定したのと別の条件に合致してしまうなどの誤りが入り込みやすい。 ・変数の初期値設定に関連するミスが多い。 以上の問題の対策として,次の二つが必要であることを述べた。 ・場合 けの条件を少なくするような,条件記述の順番と内容の指導。 ・初期値設定,及びプログラムを短くする方法として,適切に関数や手続きを作れるようにすること。 [4 ]では,国内予選を通過してアジア地区予選に出場する,あるいはアジア地区予選で入賞しようと する学生に対して, ・適切なアルゴリズムを選択するための判断方法 ・問題文から計算量を見積もる方法 ・3人のメンバーが協力して正しいプログラムを作っていくための方法 図1 I CPCにおけるアルゴリズム選択の指針 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) について述べた。 2 0 0 7年まで,専修大学のチームが好成績をあげてきたのは,この二つの論文で発表した研究の成果 を,学生の指導にうまく活用できたことによると考えている。2 0 0 5年に,アジア地区予選台湾大会で 7 位入賞したのを最高に,専修大学のトップチームのレベルは頭打ちになっている。最近では,他大学の レベルが上がってきており,再び,アジア地区予選で好成績をあげるためには,これまでわかっていな かった知見を得なければならないと考えている。 2 0 0 8年,2 0 0 9年の両年,国内予選を通過できなかった直接の原因は,グラフの最短経路問題の応用問 題ができないことにある。2 0 0 7年には既に最短経路問題が出題されていたが,そのときにはその問題を 正解しなくても,国内予選を通過することができた。2 0 0 8年,2 0 0 9年となっても最短経路問題を解く チーム数は増えていないが,これを解けたチームは確実に国内予選を通過している。専修大学の場合, 2 0 0 7年から続けて出場している学生がいるのにも関わらず,該当する問題で適用するアルゴリズムがグ ラフの最短経路であるということがわからなかったと,出場している学生たちは述べている。 [4 ]では,適切なアルゴリズムを選択するための方法として,入力条件と出力条件からフローチャー トで判断するものを示している。現在,それをさらに改良したもの ( 図1 )を学生たちに持たせており, それを目の前に置いているのにも関わらず,適切にアルゴリズムを選択できない。図 1を用いれば,入 力条件及び出力条件といった形式だけで判断できるはずだが,より深い構造の対応関係が理解できない と実際には適切にアルゴリズムを選択できないと考えるのが妥当であろう。 2 . 3 グラフの最短経路問題 まずアルゴリズムの教科書において,最短経路問題がどのように説明されているか述べる。 最短経路問題は,グラフアルゴリズムの一種として紹介されている。グラフという構造は,ノードの 集合 V とエッジの集合 E からなる。エッジとは,二つのノードを結ぶものである。最短経路問題にお けるグラフには,エッジにコストが与えられている。そして,二つのノード間を コスト最小で結ぶ経 路を見つけるのが最短経路問題である。経路とは,エッジの連続であり,連続するエッジは,同じノー ドを共有していなければならない。 最短経路を解くアルゴリズムとしては, 1 . 出発ノードを一つに固定し,他のすべてのノードへの最短経路を求めるダイクストラ法 2 . すべてのノード間の最短経路を求めるフロイド法 が知られている。 2 . 4 国内予選に出題された最短経路アルゴリズムを応用する問題 1 / / ht t p: www. l og os . i c . i . ut oky o. a c . j p/ 2 0 0 7年の国内予選 D問題で出題された「崖登り」を紹介し ( / / / i c pc 2 0 0 7 j p/ dome s t i c pr obl e ms Dj a . ht mlより問題文を引用しているが,図番号は,本論文にあうよう に変えている) ,どのように問題を解いていくべきか示す。 問題記述 ,特別捜査官 J 1 7: 0 0 a c kが敵のキャンプから脱出を開始した。最寄りの安全地帯に逃れるに は,途中にある崖を登る必要がある。その急な崖はブロックで覆われており,J a c kはブロック に足を置きながら崖を登ることになる。表面が滑りやすいブロックに進むには時間をかける必 要があり,もろいブロックは体重で崩れてしまうので避ける必要がある。あなたの 命は,崖 アルゴリズム構造の理解を促すプログラミング教育の提案 を登りきるために必要な最短の時間を求めるプログラムを作成することである。 図 2は, あなたが受け取るであろう崖に関する地形データの例を図示したものである。 崖は, 正方形のブロックで覆われており,J a c kの崖登りは,崖下の地面から,一番下の段の Sとマー クされたブロックに片足を置くことで開始される。最初のステップは,左右のどちらの足で あっても良い。ブロックにマークされた数字は,そのブロックの「滑りやすさ」を意味する。 t 9 t( 1 )とマークされたブロックに足を安全に置くには,t単位時間が必要となる。 X で マークされたブロックには J a c kは足を置くことはできない。どちらかの足が,最上段の T と マークされたブロックに到着した時点で崖登り完了である。 J a c kは,崖登りにおいて以下の制約をうける。左足を動かした次は右足を,右足を動かした 次は左足を動かすこと。左足の座標 ( l x, l y)と右足の座標 ( r x, r y)に関し,l x<r x及び + 3が成り立つこと。つまり,左足が図 3 l x−r x l y−r y ( a )の位置にある場合は,青色で 示された 9つの位置にしか右足を置くことができない。同様に,右足が図 3( b)の位置にある 場合も,青色で示された 9つの位置にしか左足を置くことができない。( 筆者注 :問題文では青 色と記述されているが,印刷の都合上,塗りつぶされている所になっている) 図 2 崖に関するデータの例 図 3 可能な足の配置 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 問題を解くための考え方 この問題では「あなたの 命は,崖を登りきるために必要な最短の時間を求めるプログラムを作成す ることである。」と明示されているので, 「最短」を求めるための何らかのアルゴリズムを利用しなけれ ばならないことはすぐにわかる。グラフの最短経路アルゴリズムを利用するためには, 1 . 何をノードにすべきか 2 . 何をエッジにすべきか 3 . 何をエッジのコストにすべきか という副問題を解決しなければならない。これらの副問題が解決できれば,良く知られている最短経路 アルゴリズムを利用し,最短となるコスト及びその経路を求めることができる。 単純に,それぞれの「ブロック」だけをノードにするという考えは正しくない。左足を置いているか, 右足を置いているかで,図 3に示されているように次に行ける場所が異なるからである。ブロックの位 置は x座標と y座標で表現できるので,結局, <ブロックの x座標,ブロックの y座標,置いている足> と 3つ組でノードを表現しなければならない。 ノードの表現方法がわかれば,図 3 ( a ) ( b)に基づいてエッジを決めることができる。現在いるブ ロックと置いている足に対して,足が届く先のブロックと,現在置いている足と反対側の足をペアにし たものをエッジとしてつなぎ,そのコストは,届く先のブロックに記述されている数字となる。届く先 のブロックが Xであれば,エッジとしてはつながず,またゴールである Tであれば,コストゼロでつな ぐ。図 2の二つのスタート地点から 1ステップで行ける範囲までを表現したグラフが,図 4となる。 この問題を実際に解く場合には,時間計算量と領域計算量の考察も必要である。I CPCで出題される 問題では,すべての変数の値範囲が問題文に記述されている。崖の地形データの幅は 2以上 3 0以下,高 さは 5以上 6 ×6 ×2 0以下となっている。上で述べたノードの考え方では,最大 3 , 6 0 0( 3 0 0 )個あること になる。 図 4 図 2の二つのスタート地点から 1ステップで行ける範囲までのグラフ表現 アルゴリズム構造の理解を促すプログラミング教育の提案 最短経路アルゴリズムの中のフロイド法は,ノード数を nとしたときに,時間計算量が O( n웍 )であ ることが知られている[8 ] 。審判団は,ジャッジ入力データとして,変数の最大の大きさのものを用意 し,作成されたプログラムが最悪の条件でも,所定の制限時間内で計算が完了するかどうか判定してい る。経験的には,1 , 0 0 0万回を超える繰り返しがあると,制限時間オーバーとなってしまうと考えてよい。 したがって,O( n웍 )のアルゴリズムを適用するときには,nの最大が 2 0 0程度と考えなければならない。 一方,ダイクストラ法の場合には,ノード数を n,エッジ数を m とすると,時間計算量は O( ( m+n) ] 。この問題では,エッジ数が最大 9と,nと比べて無視できるく l ogn)であることが知られている[8 らい小さいので,O( nl ogn)と考えることができる。nが 3 , 6 0 0だとしても,最大で数万の繰り返しで 済むということになる。 ダイクストラ法の基本的なアルゴリズムは,単一出発点であることに注意しなければならない。もし スタート地点の個数回,ダイクストラ法を適用しなければならないとすると,最悪の場合には,O( n워l og n)となってしまう。ここで,ダイクストラ法について次の知識を持っていれば,1回の適用でこの問題 は解けることがわかる。 コスト)を求めるものである。ダイク 1 . この問題は,あらゆるゴールの中から最短で到達する時間 ( ストラ法の考えにしたがって,順番にノードを調べていくと,最初にゴールに到達すれば,それ が最短であることがこの問題では保証できる。これはコストがゼロ以上であることと,ゴールに 達する直前のコストがゼロであることから導ける。もし,ゴールに達する直前のコストがゼロで はなく,正の値をとるのであれば,展開しようとするノードの中で,初めてゴールが見つかった ときに最短となる。 2 . ダイクストラ法における,これから展開するノードリストに,すべてのスタート地点を入れてお けば,それらのスタート地点の中から最も短いコストが,調べていくノードに確定していくこと になる。 このように,この問題を解くためには, ・グラフの最短経路アルゴリズムを うことに気がつく ・何をノードに,何をエッジに,何をエッジのコストにすべきなのか考える ・問題の大きさから,時間計算量を考察して,ダイクストラ法でなければならないことに気がつく ・単一始点でなくても,この問題であれば,ダイクストラ法を 1回適用すれば済むことに気がつく ということが必要である。実際のコンテストの場面で,初見で,与えられた時間内に以上の考察をする ことは容易ではない。 2 . 5 国内予選に出題された最短経路アルゴリズムを応用する問題 2 次に 2 / / 0 0 8年の国内予選 D問題で出題された「ちょろちょろロボット」( ht t p: s pa r t h. ua i z u. a c . j p/ を紹介し,その解き方について述べる。 / =j i c pc 2 0 0 8 dpr obl e m. php? l a ng p#s e c t i onD) 問題記述 ロボットを ったゲームをしよう。ロボットが 1台,マス目状に区切られた長方形の盤面上 に置かれている ( 図5 。ロボットは,最初北西隅にあるスタート地点のマスに東方向を向いて ) 配置されている。ゲームの目的は,ロボットを南東隅にあるゴールのマスまで誘導することで ある。 ロボットは,次の 5種類の命令を実行することができる。 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 図 5 盤面の例 쓕 直進 ( 」:現在の進行方向のまま,次のマスに前進する。 St r a i g ht ) 쓕 右折 ( 」:進行方向を 9 Ri g ht ) 0度右に変えて,次のマスに前進する。 쓕 反転 ( 」:進行方向を 1 Ba c k) 8 0度変えて,次のマスに前進する。 쓕 左折 ( 」:進行方向を 9 Le f t ) 0度左に変えて,次のマスに前進する。 쓕 停止 ( 」:現在のマスで止まって,ゲームを終了する。 Ha l t ) 各マスには,上述の命令のいずれかが割り当てられている ( 例 :図 6 )。代わりに実行すべ き別の命令をプレイヤーが与えない限り,ロボットは,現在いるマスの命令を実行する。プレ イヤーが明示的に命令を与える際は,その都度,命令の種類に応じたコストを支払う必要があ る。 ロボットは,同じ場所を何度も訪れることが許されている。一方で,ロボットが盤面外に前 進するような命令を実行した場合や,ゴールに着く前に停止命令を実行した場合は,失格とな る。 あなたの仕事は,ロボットをスタート地点からゴール地点に誘導するために必要な最小コス 図 6 各マスに割り当てられた命令の例 アルゴリズム構造の理解を促すプログラミング教育の提案 トを求めるプログラムを書くことである。 入力は,複数のデータセットからなり,入力の終わりはスペースで区切られたゼロ 2つから なる行である。各データセットは,次の形式をしている。 wh s ( 1 , 1 ). . .s ( 1 , w) s ( 2 , 1 ). . .s ( 2 , w) . . . s ( h, 1 ). . .s ( h, w) c 웅c 욼c 욽c 욾 h3 ,2 w3 hと wは,それぞれ盤面の行および列の数を示す整数であり,2 0 0と仮定 してよい。続く h行はそれぞれ,スペースで区切られた w個の文字から構成されており,文 字s ( i , j )は,i行 j列目に位置するマスに割り当てられた命令を示す。その意味は,以下の通 り。 * 0:쓕 直進」命令 * 1:쓕 右折」命令 * 2:쓕 反転」命令 * 3:쓕 左折」命令 * 4:쓕 停止」命令 ゴールのマス目には, 「停止」命令が割り当てられているが,他のマス目にも「停止」命令 が割り当てられていることがあるので,注意せよ。 データセットの最後の行は,スペースで区切られた c ,c ,c ,c 웅 욼 욽 욾の 4つの整数値を含んで おり,それぞれ, 「直進」, 「右折」 ,「反転」 , 「左折」命令を与える際に,プレイヤーが支払う べきコストを示している。プレイヤーが 「停止」 命令を与えることはできない。また,c ,c , 0 1 ,c c 2 3の値は,1以上 9以下と仮定してよい。 問題を解くための考え方 この問題も「あなたの仕事は,ロボットをスタート地点からゴール地点に誘導するために必要な最小 コストを求めるプログラムを書くことである。」 と記述されていることから,最短を求めるアルゴリズム を適用することは自明である。 1 . 何をノードにすべきか。基本的には「マスであるが,あるマスから別のマスに移動する際,マス にいるロボットの向きが異なると,コストが変わってしまう。したがって, 「マス目と」 と 「ロボッ トの向きを組にしたものをノードにしなければならない。 2 . 何をエッジにすべきか。隣接しているマスの移動をエッジとしてとらえなければならない。 3 . 何をエッジのコストにすべきか。移動する際に,ロボットに与えた命令によってコストが決まる。 ただし,ロボットに与えた命令と,マスに書かれた命令が一致した場合は,コストゼロで移動で きる。 以上の考察から,ノード数の最大は,マスの幅と高さの最大 ( 3 0 )をかけたものに,ロボットの向き ( 4 )をかけた 3 , 6 0 0であることがわかる。エッジ数の最大は 4であることがわかる。したがって,ダイク 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) ストラ法を適用するべきという結論になる。 また,スタート地点とゴール地点がそれぞれ 1箇所と決まっており,かつスタート地点でのロボット の向きも決まっているので,単一始点のダイクストラ法をそのまま適用できる。 2 0 0 7年の「崖登り」と 2 0 0 8年の「ちょろちょろロボット」は,問題構造がほとんど同じであること がわかる。2 0 0 7年の「崖登り」を十 理解して,2 0 0 8年大会に臨めば,「ちょろちょろロボット」を解 くことができないことは考えにくい。 2 . 6 国内予選に出題された最短経路アルゴリズムを応用する問題 3 次に 2 // -i / 0 0 9年の国内予選 D問題で出題された「離散的速度」( ht t p: www. wa s e da . j p/ a s s oc c pc 2 0 0 9 /c / a . ht ml#s e c t i onD)を紹介し,その解き方について述べる。 pr e l i mi na r y ont e s t a l lj 問題記述 摩擦のない国での自動車旅行を考える。この国の自動車にはエンジンがない。ある速さで動 き出したら,その速さをずっと維持する ( 摩擦がないから) 。道路上の固定設備として加減速装 置が設置してあって, ここを通る時に速さを 1だけ増やしたり,減らしたりすることができる。 速さを変えないことも可能である。このような世界で,出発地から目的地まで最短の時間で移 動するルートを決定するプログラムを書くことがあなたの仕事である。 この国には複数の都市があり,それらの間を結ぶ道路網が整備されている。加減速装置はそ れぞれの都市に設置してある。上に述べたとおり,ある都市に速さ vで到着した場合,その都 市から次の都市に移動する時の速さは v −1 ,v ,v +1のいずれかである。出発地を出た直後の 道路を走る速さは 1に限られる。同様に目的地に到着する直前の道路を走る速さも 1でなけれ ばならない。 出発地と目的地 ( それぞれ都市である)が与えられる。いくつかの都市を経由しながら目的 地に到達する最善のルートを求めることが問題である。ある都市に到着した直後に,今来たば かりの道路を引き返すことはできない ( 。この制限を除けば,経路の選び方は自 Uターン禁止) 由である。同じ都市や同じ道路を何度も通ってよいし,出発地や目的地を途中で通過してもか まわない。 都市と都市を結ぶ道路のそれぞれに対して,その距離と制限速度が与えられる。その道路を 走る時の速さは制限速度以下でなければならない。道路を通り抜ける所要時間は,距離÷速さ である。都市の通過や加減速に要する時間は無視する。 入力は複数のデータセットから構成される。各データセットの形式は次に示すとおりであ る。 nm sg 욼 x욼y 욼d욼c . . . 욇욇욇욇 データセットの中の入力項目は,すべて非負の整数である。行中の入力項目の区切りは空白 1個である。 アルゴリズム構造の理解を促すプログラミング教育の提案 最初の行は,道路網の大きさを規定する。nは,都市の数である。2以上 3 0以下と仮定して よい。m は,都市間道路の本数である。道路の本数が 0のこともある。 2行目は,実現したい旅行の記述である。sは,出発地の都市番号である。gは,目的地の 都市番号である。sは gと等しくない。この二つを含めて,データセット中に現れる都市番号 は 1以上 n以下と仮定してよい。 これに続く m 行が都市間道路の記述である。욡と 욡が両端の都市番号,욡がその道路に った距離である ( i m) 。距離は 1以上 1 1 0 0以下と仮定してよい。욡は道路の制限速度で ある。制限速度は 1以上 3 0以下と仮定してよい。 ある二つの都市を直接結ぶ道路が 2本以上存在することはない。1本の道路の両端が同じ都 市であることはない。それぞれの道路は,どちら向きの移動にも うことができる。 最後のデータセットの直後に,空白で区切られた二つのゼロからなる行がある。 入力の各データセットに対して,以下に規定する結果を一つの行として出力しなさい。出力 行の中に,結果を表す文字以外のもの ( たとえば空白)が含まれていてはならない。 目的地に到達できる場合は,最も所要時間の短いルートを選んだ時の所要時間を出力するこ と。答には,0 . 0 0 1を越える誤差があってはいけない。この条件を守る限り,小数点以下に何個 の数字を出力してもよい。 目的地に到達できない場合は,unr bl eと出力すること。 unr e a c ha bl eの文字はすべて小 e a c ha 文字であることに注意。 問題を解くための考え方 この問題も「このような世界で,出発地から目的地まで最短の時間で移動するルートを決定するプロ グラムを書くことがあなたの仕事である。」 と記述されていることから,最短を求めるアルゴリズムを適 用することは自明である。 1 . 何をノードにすべきか。基本的には「都市である。同じ都市にいたとしても,状態が違えば別の ノードとして区別されなければならない。Uターン禁止である以上,どの都市から来たかが重要 である。またその都市に入ってくる速度が違えば,区別されなければならない。したがって, <現 在の都市,一つ前の都市,現在の都市に入ってくる速度>の組みでノードを区別する。 2 . 何をエッジにすべきか。都市間道路がある場合,エッジがある可能性がある。ただし,都市を通 過するときに速度は 3種類選ぶことができるが,都市間道路に制限速度があるため,実際にはそ の速度では都市間道路を走れない可能性がある。また速度ゼロでも走れない。速度が 1以上かつ 制限速度以下であるものだけが,エッジとして作成できる。 3 . 何をエッジのコストにすべきか。所要時間をコストとしなければならない。都市間道路の距離が 与えられているので,それを実際に走行する速度で割った結果がコストとなる。 以上の考察から,ノード数の最大は,都市の数 ( 3 0 )の二乗に,最大制限速度 ( 3 0 )をかけた 2 , 7 0 0 0で あることがわかる。エッジ数の最大は 3であることがわかる。したがって,ダイクストラ法を適用する べきという結論になる。 unr e a c ha bl eの可能性があるという記述が気になるが,調べるノードがなくなれば,到達しないという ことが判断できる。出発地と目的地に経路が存在する場合,速度 1のまま運転すれば必ず目的地に到達 する。したがって,unr ha bl eということは経路が存在しないことを意味する。経路の有無を調べるだ e a c けであれば,都市だけをノードとして考えればよいので,最初に経路の有無だけ調べて,ある場合だけ 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 最短経路を計算するということも考えられる。 このように 2 ,2 0 0 9年の「離散的速度」も,2 . 5 . 6節で示した過去 2年間の問題と問題構造がほとんど 同じであることがわかる。 2 . 7 最短経路アルゴリズムの応用問題ができない理由の考察 , 「ちょろちょろロボッ 2 0 0 9年の国内予選では,専修大学のチームは,過去 2年間の問題 「崖登り」 ( ト」)を十 復習して臨んでいたのにもかかわらず, 「離散的速度」の問題に対して,上記に示したよう な考察さえ行うことができなかった。最近の国内予選には,日本のおよそ 5 0大学及び高専から,約 2 5 0 チームが参加している。[2 ]によると 2 0 0 7年の「崖登り」に正解したチームは,参加 2 5 6チームの内 3 0 チーム ( 1 2 %)であり,2 0 0 8年の「ちょろちょろロボット」は参加 2 6 1チームの内 3 2チーム ( 1 2 %)とほ ぼ同じ正解率である。専修大学のみならず,このコンテストに参加している他の大学においても,同じ ように困難をかかえている学生が多いことが予想できる。この大会に参加するような学生は,各大学の 情報学科の優秀な学生であるが,それでもその中の 8 0 0 9年 8 %は最短経路問題を解くことができない。2 の問題の正解率は現段階では 表されていないが,これまで国内予選突破の常連大学が,今年は国内予 選を通過できなかったケースが多く見られ,多くのチームが「離散的速度」を解けなかったことが推測 される。続けて出題されてもできないということは,アルゴリズムをしっかり勉強すれば何とかなる,と か理系の学生であればわかる,という話ではないということである。過去問を単に知っている,あるい は解き方を天下り的に与えられてプログラムを組んだことがある,という準備のレベルでは,新たな問 題に対して対応できないということであろう。その理由について考察してみる。 これら三つの問題を見て,問題を解く側が深く考えなければならないことは, 「何をノードにするの か」 にある。ノードとするものがわかれば,何をエッジにするのかはノード間の遷移に注目すればよく, エッジのコストは遷移にかかるコストになるので比較的容易に判断できる。 アルゴリズムの教科書[8 ]のグラフに関連するアルゴリズムでは,ノードとエッジが与えられた上で 解説されている。ノードは 1から nまでの連続する整数で識別されるように抽象化されている。対象と する問題の何をノードにすべきなのか,という話題は触れられていない。アルゴリズムがわかっていれ ばプログラムが書ける,というわけではなく,さらにアルゴリズムとして抽象化された構造に,いかに 対象問題を変換していくかという問題も解決しなければならない。 쓕 何をノードにするのか」 ということは, 「何を状態として区別するべきなのか」 という問題である。そ れぞれの問題における「ブロック」 , 「マス」, 「都市」は,問題文に明確に記述されており,場所として 物理的に認識できるため,ノードの有力な候補と考えられる。同じ場所にいたとしても,状態が異なる かどうか,問題文から判断しなければならない。 「置いている足」 ,「ロボットの向き」 ,「都市に入って くるときのスピード」 ,「都市に入ってくる前の都市」が異なると,同じ場所であっても状態が異なるこ とを認識できなければならない。 コンテストの参加者は,次のようなプロセスで問題を解いていかなければならない ( 図7 。 ) 1 . 問題文の入出力の条件などから, 用するアルゴリズムの予想を立てる。 2 . 1で見いだしたアルゴリズムにおいて抽象化されている可変部 と,実際の問題文にある具体的 な部 との対応関係を見つけ出し,問題にあわせたカスタマイズ方法を考える。 3 . 2で考案したカスタマイズ方法が,問題を正確にモデル化しているのか,またアルゴリズムの計算 量として妥当かを検証する。 ここまで述べてきたことは,特にプロセス 2での困難を指摘してきた。プログラミングコンテストの問 アルゴリズム構造の理解を促すプログラミング教育の提案 図 7 問題に対するアルゴリズムの適用プロセス 題に特化した解説[1 ]では,プロセス 2に焦点をあわせた記述がなされている。このような解説を読 , 2 んでいる学生でも,新たな問題に対応できないことを考えると,実際には,これらのプロセスを実行す る以前に,学習したアルゴリズムをこのプロセスへ適用できるように理解しているかということが重要 であると考えられる。 プログラミングコンテストに参加するようなレベルの学生は,プログラミング入門科目で扱うような アルゴリズムに対しては,図 7のプロセスを,意図的に教えなくても本能的に実行することができる。例 えば,最大値を見つけるアルゴリズムを知っていれば,最長文字列を見つけるプログラムは難なく解く ことができる。一方,筆者はこの 1 0年余り,1年次の必修科目であるプログラミング入門科目の単位を 修得できなかった学生が集まる再履修クラスを担当してきた。彼らに,ある例題を示し理解させ,その 後,それを改良する応用演習問題を出題すると,教師の期待に反して,彼らは元の例題を勝手に破壊し てしまう行動をとる。どこが基本的な構造で,どの部 が問題に応じて変 可能な部 なのかを理解し ていないため,そのような誤りを平気で行うと考えられる。 プログラミングコンテストに出場している学生も,最短経路問題のようなより高度なアルゴリズムを 扱うと,再履修クラスの学生と同じ種類の誤りをしてしまう。問題文の様々な装飾に引っ張られて,最 短経路アルゴリズムの幹の部 を破壊して,自 たちの独自のアルゴリズムを作ろうとしてしまう行動 が観察される。彼らが,入門レベルの科目で図 7のプロセスができているように見える行動が無意識的 なものであり,本人たちが自覚して制御できるようにしていかなければ,より高度なアルゴリズムを応 用する問題をできるようにならない。そのためには,プログラミング教育の初期の段階,すなわち単純 なアルゴリズムのレベルから,アルゴリズムには,幹となる部 と,問題によってカスタマイズする部 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) があることを意識させ,図 7のプロセスを意図的に実行できるようにする教育が必要であると考え る。3節では,そのような教育内容を提示する。 3 . プログラミング入門レベルの学生へのアルゴリズム構造理解を深める方法 3 . 1 プログラミング入門書の記述スタイル まず,プログラミングの入門書の記述を振り返ってみたい。プログラミングの入門書の多くは, ・プログラム言語の文法が示され ・示された文法を利用した例題プログラムをいくつか紹介する ・演習問題を示す というスタイルをとっている。私が現在用いている教授法,あるいはかつて学生時代に受けた授業方法 もこのようなスタイルであった。 文法だけを示せばプログラム言語を教えることはできるかもしれないが,プログラミングという何ら かの意味ある処理を記述することを教えることはできない。複数の式を連ねて初めて意味ある処理がで きるのであり,それを具体的な事例をいくつか示すことで教えようとしている。示した後,学習者がそ れをどのように利用して知識を深めていくのかは,何か特定の強制があるわけではない。演習問題をす ることが,知識を深めるときの方向性を示唆しているが,お手本としての例題プログラムのどの部 が お手本なのか学習者が理解しなければ,学習者はお手本を勝手に直してしまう。 和のアルゴリズムの事例と考察 3 . 2 具体例として 和のプログラムを考え,典型的な演習問題への展開とその狙いを示してみる。 正の整数 nが与えられたとき,1から nまでの整数の 和 ( +2 +. +( +n)を求めるプログ 1 . . n−1 ) ラムを次のように例題として与えたとする。 / *整数の 和を求めるプログラム 1*/ { i ntmai n( v o i d ) i nti ,n,s um; s c anf( ″ %d ″ ,&n); s um=0; <=n;i++) { =1;i f o r( i s um=s um+i; } p r i nt f( ″ %d ¥n″,s um); r e t ur n0; } これに対して理解をさらに深めるための,典型的な演習問題としては次のものが考えられる。 1 . 正の整数 nが与えられたとき,1から nまでの整数の積 ( 1 웬 2 웬. . . 웬 ( n−1 ) 웬 n)を求めるプログラム +. + . . 2 . 二つの整数 m,n ( mn)が与えられたとき,m から nまでの整数の 和 ( m+( m+1 ) +n)を求めるプログラム ( n−1 ) 和から積へプログラムを修正する場合には,加算から乗算に変わっていることに対する変 を行え アルゴリズム構造の理解を促すプログラミング教育の提案 ばよい。 s um=s un+i; を s um=s un* i; とすることが考えられる。しかし,これだけでは s umの初期値が 0なので,最終的な計算結果は 0に なってしまう。 s um=1; と初期化しなければならないことに気がつくことが狙いとなっている。このことを理解するためには, 加算の単位元が 0なのに対し,乗算の単位元が 1であることの知識が必要になる。 第 1項を初期値として入れておき,第 2項以降から繰り返しで加算していくようなサンプルプログラ ムを提示すれば,単位元の知識を必要とせずに積の応用問題に発展させることができる。 / *整数の 和を求めるプログラム 2*/ { i ntmai n( v o i d ) i nti ,n,s um; s c anf( ″ %d ″ ,&n); s um=1; =2;i <=n;i++) { r( i f o s um=s um+i; } p r i nt f( ″ %d ¥n″ ,s um); r e t ur n0; } このように例題を変えてしまうと,2番目の演習問題に対しては, s um=m; で初期化し,繰り返しの制御変数 iの初期値を =m+1;i <=n;i++) { f o r( i のように m+1とやや複雑なものとしなければならない。 二つのサンプルプログラムは,字面からするとわずかな違いであるが, ・最初のプログラムは,s umの初期値は単位元,iの初期値は第 1項であること ・第二のプログラムは,s umの初期値は第 1項,iの初期値は第 2項であること を理解していなければならない。 3 . 3 配列要素の 和への発展 二つのサンプルプログラムの意味を理解することの効用は, 「整数配列 da [ ]の n個の要素の値の t a 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 合計を求める」ことを演習でさせることを考えればわかりやすい。C言語の配列の添字は 0から始まる ので,da [ ] +da [ ] +. +da [ ] +da [ ] を計算することを意味する。最初のサンプルプ t a0 t a1 . . t an−2 t an−1 ログラムを応用する場合は, [ ] { i ntf( i ntd at a ,i ntn) i nti ,s um; s um=0; =0;i <=n−1;i++) { f o r( i [i ]; um=s um+d at a s } r e t ur ns um; } となるし,第二のサンプルプログラムを応用する場合は, [ ] { i ntf( i ntd at a ,i ntn) i nti ,s um; [0 ]; s um=d at a =1;i <=n−1;i++) { f o r( i [i ]; s um=s um+d at a } r e t ur ns um; } となる。( 配列の入力を書くのが大変なので,関数として該当部 の計算を取り出した) ここで,繰り返し条件のところが,最終項である n−1と比較するということも利用されている。( 通 常,計算効率のため i <nと書かれることが多い。これは,整数の場合には,i <=n−1は i <nと変換し た方がよい,というルールを別途教える必要があるであろう) このように,一見簡単に見える例題においても,値や演算の意味をきちんと理解しておかないと,そ の例題を応用する問題を正確に解けないことがわかる。 3 . 4 計算式で求めた値の 和への発展 前節で述べた演習問題をさらに発展させたものとしては,複数の長方形の幅と高さがそれぞれ配列 [ ],he [ wi dt h i g h t ]に n個入っているとき,すべての長方形の面積の合計を求めなさい,というもの が考えられる。 第一のサンプルプログラムを応用すると次のように記述することができる。 [ ] [ { i ntf( i ntwi d t h ,i nthe i g h t] ,i ntn) um; i nti ,s s um=0; =0;i <n;i++) { f o r( i [i ]* he [ ]; s um=s um+wi d t h i g h ti アルゴリズム構造の理解を促すプログラミング教育の提案 } r e t ur ns um; } サンプルプログラムで da [ ]と書かれていたところが,加算したい値を意味しているということを t ai 理解する必要がある。その理解により,ここに加算したい値を得る計算式 ( ここでは wi [i ] dt h 웬he i g ht [i ])が記述されなければならないことが導きだせる。 さらに ・整数配列に格納されている値の絶対値の 和を求める ・1から nまでの二乗和 ( +2 +. +( +n워 1 워 워 . . n−1 ) 워 )を求める ・文字列配列に格納されている文字列の長さの 和を求める といった問題を通じて,計算式を関数として記述できることを示していけばよいであろう。 3 . 5 最大値アルゴリズムへの発展 和アルゴリズムの発展したアルゴリズムとして最大値を求めるアルゴリズムが考えられる。 [ ] { i ntf( i ntd at a ,i ntn) ,ans we r; i nti =0; ans we r =0;i <=n−1;i++) { f o r( i [i ] >ans i f( d at a we r ) =d [i ]; ans we r at a } r e t ur nans we r; } 繰り返しの中の記述が変わっただけである。その内容は,二つの引数の大きい方の値を返す ma xとい う関数があれば, [i ]); =max( ans we r ,d at a ans we r と繰り返し内に,一文のみを記述できることも理解させるとよい。そうすると,二つの引数の小さい方 の値を返す mi nという関数があれば, =mi [i ]); ans we r n( ans we r ,d at a とその部 を変えるだけで配列要素の最小値を求められることが期待できる。 実際には,a ns we rの初期化に問題があり期待した結果にならない。最大値アルゴリズムの a ns we rを 0 に初期化したところも,配列要素がすべて負の場合に問題を起こしてしまう。最大 ( 小)値アルゴリズ ムでは,a 大)値を用いなければならない。別の方法 ns we rの初期値として対象ドメインの可能な最小 ( として,a 小)値は,配 ns we rの初期値を配列の第一要素の値にすることも多い。配列要素全体の最大 ( 列のいずれかの要素以上 ( 以下)であることが自明だからである。この考えに基づいてプログラムを書 くと,次のように 和の第二のプログラムの変形となる。 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) [ ],i { i ntf( i ntd at a ntn) i nti ,ans we r; =d [0 ]; ans we r at a =1;i <=n−1;i++) { f o r( i [i ] >ans i f( d at a we r ) =d [i ]; ans we r at a } t ur nans we r ; r e } さらにこのプログラムを発展させたものとして,最大値を持つ配列要素の添字を求めることが考えら れる。添字がわかっていれば,それから最大値を得ることができるのに対して,最大値がわかっても,そ の値が格納されていた配列要素の添字を調べるには,再度探索しなければならないからである。これま で述べてきたように,基本アルゴリズムの構造を維持しながら,変 する意味がある所を変えるという 方針であれば,次のように記述するであろう。 [ ],i { i ntf( i ntd at a ntn) i nti ,ans we r; =0; ans we r =1;i <=n−1;i++) { f o r( i ] [i ] >d [ans r ) i f( d at a at a we =i; ans we r } r e t ur nans we r; } 最大値が複数存在する際に,このプログラムは最も小さい添字を返すことになる。比較の関係演算子 を>から>=に変えることにより,最も大きい添字を返すことになることも理解させるとよい。 一方,元々のプログラムの計算過程で,求めたい添字を記録することを追加するという考え方もあり うる。その方針であれば,次のように記述するであろう。 [ ] { i ntf( i ntd at a ,i ntn) i nti ,ans we r ,i nd e x; =d [0 ]; ans we r at a i nd e x=0; { =1;i <=n−1;i++) f o r( i [i ] >ans { i f( d at a we r ) =d [i ]; ans we r at a i nd e x=i; } } r e t ur nans we r; アルゴリズム構造の理解を促すプログラミング教育の提案 } プログラミングの試験や演習として,どちらの考え方で記述しても正解となる。学生は,このような プログラムを記述する機会を通常,一度しか授業内で持たないので,自 が記述しなかった方の考え方 が身に付いていない可能性がある。 3 . 6 和のプログラムからの発展のまとめ ∼3 適切な例題や演習問題を通 3 . 2 . 5までに述べたことをまとめると, 和アルゴリズムを事例として, じて,このアルゴリズムの骨格,及び変 可能な部 を理解させる講義ストーリーが展開できるという ことである。 変 可能な部 としては, ・第 1項 ・最終項 ・すべての項をどの二項演算で演算していくのか ・各項を得る計算式 ・( 第一のサンプルプログラムの場合)二項演算の単位元 ・( 第二のサンプルプログラムの場合)第 2項 がある。これらを正確に理解することにより,3 . 4節で示したような,計算式を複雑にした応用問題を自 在に記述できるようになることが期待できる。 4 . まとめと考察 本論文では,プログラミングコンテストに出場する学生の困難の要因を探ることで,彼らのアルゴリ ズム理解が,アルゴリズムを活用したプログラムを記述する上で十 ではないことを示した。アルゴリ ズム理解で重要なことは,アルゴリズムのどの部 がどのような意味をもっているのか把握しているこ とである。プログラミングの入門教育の段階で,そのような把握を促進する講義が重要であり,事例と して 和を求めるプログラムの理解からの発展方法を示した。 このようなアルゴリズム理解とプログラミング方法は, [9 ]に示されるデータ抽象や関数抽象である と考えられる。[9 ] はマサチューセッツ工科大学のプログラミング入門書であり,Li s pという関数型言 語を用いて記述されている。Li s pは 1 9 5 0年代に開発されたプログラミング言語で,古くからデータ抽象 や関数抽象の考え方が取り入れられていたことがわかる。Li s pは実用的なプログラムはほとんど われ ておらず,理論的な興味を持つ研究者によって 用されてきた。理論の世界で知られているプログラミ ングの考え方は,C言語や J a v a言語のような実用的なプログラミング教育において導入されてこな かった。2節で 析したように,より高度なプログラミングをしようとする中で,理論の理解が欠如し たプログラマは大きな困難を抱えることになる。本論文の 3節で記述したことは,理論を直接的に導入 しなくとも,実用的な教授法の中でそのエッセンスを教えようという試みである。 このような教育が入門段階から必要と考える理由は,2 . 2節で述べてきたコンテストに関連する過去 の指導において,学生たちが入門教育段階で身につけた行動を,後で修正させることに時間と労力がよ り必要となることを経験してきたからである。2 . 2節で示した, 岐の適切な構成や,関数に けるプロ グラミングは,入門教育段階の方が修得の速度が早く,かつ習慣として身に付き,いつでも実行できる 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) ようになる。2 . 7節で検討した,プログラミングコンテストの参加者たちが抱えている困難も同様に,困 難にあたってから修正できるようにすることよりも,入門段階から意識させた方が,より効果が高いこ とが期待できる。また,本稿で示した教育内容は,アルゴリズムの基本構造を平気で破壊してしまう,再 履修クラスのレベルの学生にも有効であり,特に,優秀な学生向けの内容というわけではない。 参 考 文 献 [ 1] Ski i na ,S. S.a ndRe v i l l a ,A. M. ,Pr o g r ammi ngChal l e ng e s ,Spr i ng e r ,2 0 0 3 . [ 2] 筧捷彦 編著, 『目指せ엊プログラミング世界一―大学対抗プログラミングコンテスト I ,近 CPCへの挑戦―』 代科学社,2 0 0 9年. [ 3] 永賢次, 「ACM/I CPCの回答から見る学生のプログラミング能力についての考察」,『情報科学研究所所 報』 ,No. ,2 5 1 0 0 0年 3月,1 1 0ページ. [ 4] 永賢次, 「ACM 国際プログラミングコンテストのためのプログラミング教育について」, 『専修ネットワー ク&インフォメーション』,No. ,2 1 0 0 2年 3月,7 3 7 6ページ. [ 5] 荒木博志, 永賢次, 「ACM 国際大学対抗プログラミングコンテスト 2 0 0 5年アジア地区予選台北大会参加報 告」 ,『専修ネットワーク&インフォメーション』,No. ,2 -7 9 0 0 6年 3月,5 1 6ページ. [ 6] 永賢次, 「国際大学対抗プログラミングコンテストの問題から学ぶアルゴリズム ( ―動的計画法―」, 『専 1 ) 修ネットワーク&インフォメーション』,No. ,2 5 0ページ. 1 1 0 0 7年 3月,4 1 [ 7] 永賢次, 「国際大学対抗プログラミングコンテストの問題から学ぶアルゴリズム ( ―探索 ( 基本編) ―」, 2 ) 『専修ネットワーク&インフォメーション』,No. ,2 -9ページ. 1 4 0 0 9年 1月,1 [ 8] 石畑清, 『アルゴリズムとデータ構造』,岩波書店,1 9 8 9年. 욒Edi [ 9] Abe at i o no fCo mp ut e rPr o g r ams2욗 t i o n,The l s on,H. ,Sus s ma n,J . G.a ndSus s ma n,J . ,St r uc t ur eandI nt e r p r e t MI T Pr e s s ,1 9 9 6 . コンピュータの歴 探訪 大曽根 専修大学経営学部) 匡 ( A Touroft heHi s t or yofComput e r s Sc hoolofBus i ne s sAdmi ni s t r a t i on,Se ns huUni v e r s i t y ) Ta da s hiOSONE ( Appr ox i ma t e l yt e ny e a r sa g oi n1 9 9 7 ,Iha dt heoppor t uni t yt ol ooka tc omput e r sa ti t s da wn. Thi sc ons i s t e dofv i s i t st ot heComput e rMus e um a ndMI Ti nBos t on,a ndt heSmi t hs oni a n Mus e um a nd Na t i ona lMus e um ofAme r i c a n Hi s t or y ,bot h ofwhi c hi sl oc a t e di n Wa s hi ng t onDC. The s ec omput e r swe r ec e nt e r e dont hema i nf r a me . Si nc et he nt e ny e a r sha s pa s s e da nd f or t una t e l y ,Iha da not he rc ha nc et ov i s i tUSA a g a i na sami dt e r m ov e r s e a s r e s e a r c he r . The r e f or e ,Iha v ede c i de dt ol ookba c ka tt hehi s t or yofc omput e r sonc ea g a i n. t uni t yt onotonl ys t udyt he Thi st i me ,It r a v e l e dt ot heWe s tc oa s ta ndIwa sg i v e nt heoppor ma i nf r a mec omput e r s ,butot he rone sa swe l ls uc ha spe r s ona lc omput e r sa ndwor ks t a t i ons .I ha v ee s pe c i a l l yf oc us e dt hi si ns pe c t i on t r i p on a c t ua l l ye x a mi ni ng t hede mons t r a t i on of Ba bba g esDi f f e r e nc eEng i nei nt heComput e rHi s t or yMus e um. キーワード :コンピュータ,歴 ,博物館,バベッジの階差機関,パソコン,ワークステー ション,メインフレーム Ke ywo r d s:Comput e r ,Hi s t or y ,Mus e um,Ba bba g esDi f f e r e nc eEng i ne ,PC,WS,Ma i nf r a me 1 .は じ め に 約1 0年前の 1 9 9 7年に長期在外研究期間中に,ボストンのコンピュータ博物館や MI T,あるいは,ワ シントンのスミソニアン博物館やアメリカ歴 博物館などを訪問し,黎明期のコンピュータを実際にみ てきた。これらのコンピュータは東海岸の汎用大型計算機が中心であった。それから 1 0年が経過し,運 よく中期在外研究の機会を得たので,コンピュータ歴 探訪を再開しようと考えた。今回は西海岸を訪 れ,パソコンやワークステーションなど,汎用大型計算機以外の計算機の歴 探訪を中心に計画した。そ こには機械式の計算機も含まれる。なかでも,コンピュータの元祖といわれるバベッジの階差機関が新 たに製作され,そのデモンストレーションを見ることができるというので,バベッジの階差機関の動き を実際に確かめることを今回の歴 探訪の最大の目的とした。訪問地は,サンフランシスコ近郊にある コンピュータ歴 博物館とスタンフォード大学のコンピュータ歴 展示場,そして,インテル社本部に あるマイクロプロセッサの博物館である。これらの博物館にある展示物を紹介しながら,コンピュータ の歴 について筆者の観点から振り返りたい。 2 . コンピュータ歴 博物館 コンピュータ歴 博物館に入ると,一番目立つところにお目当てのピカピカのバベッジの階差機関の 受付 :2 0 0 9年 1 1月 1 2日 受理 :2 0 0 9年 1 1月 1 2日 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 復元品が展示されていた。この復元され たバベッジの階差機関のデモンスト レーションを見ることが,ここを訪問す る最大の目的である。その他の展示物も 垂涎のものばかりであり,ワクワクす る。展示物は,大きく 3つの区画に け て展示されていた :① 古代から 1 9 4 0 年代まで,② 1 9 4 0年代から 1 9 6 0年代 ま で,③ 1 9 6 0年 代 か ら 1 9 8 0年 代 ま で。この順番で展示物を見ていきたい。 2 . 1 古代から 1 9 4 0年代の展示物 2 . 1 . 1 古代の計算のための道具 図2 . 1 コンピュータ歴 博物館の外観 ( 1 ) 算盤 もっとも古い計算道具は算盤 ( Aba c us )であろう。紀元前 2 6 0 0年ごろからメソポタミア地方で 用 されているといわれ,中国でも古代から 用されていたようである。中国の文献に「珠算」という言葉 が登場するのは 2世紀であるという。日本に伝来したのは 1 「陣中そろば 6世紀後半頃であり,前田藩の ん」 が現存する日本最古の算盤といわれている。コンピュータ歴 博物館には,中国の Sua n-pa n,日本 の Sor oba n,ロシアの Sc hot yの 3種の算盤が並んで展示されていた。図 2 . 2の中国の算盤は五玉が 2個 と一玉が 5個で構成されており,図 2 図 . 4の日本の算盤は五玉が 1個と一玉が 4個の構成となっている。 2 . 3のロシアのショテイと呼ばれる算盤は横型であり,1列に 4個−2個−4個の計 1 0個の玉で構成され ている。その他,変わり種の算盤として日本製の電卓付き算盤 ( 図2 . 5 )が展示されており,思わず笑っ てしまう。 図2 . 2 中国の算盤 図2 . 3 ロシアの算盤ショテイ 図2 . 4 日本の算盤 図2 . 5 日本製の電卓付き算盤 コンピュータの歴 探訪 ( 2 ) ネピアの骨 ( Na pi e rsBone s ) 1 6 1 7年に発表されたネピアの骨は,基本的には掛け算のた めの計算道具である。スコットランド人のネピア ( J ohn Na pi e r ,1 5 5 0 1 6 1 7 )が発明した。材質は,動物の骨や角,あ るいは象牙が用いられた。この道具を用いると,いわゆる九 九を知らなくても複数桁同士の掛け算が容易に計算できるよ うになる。その原理は以下の通りである。ネピアの骨には,図 2 . 6のように各段の掛け算の九九が書き込まれている。それを 用いて, 掛け算を縦書きの筆算で行うように計算すればよい。 例えば,1 ×7の掛け算を考える。この場合,図 2 3 , 9 3 2 . 6のよ うに 1 ,3 ,9 ,3 ,2の 5本のネピアの骨を左からその順に並 べる。そして,7行目の骨の部 を参照すると, ,( ,( ,( ,( 6 ,3 ) 2 ,1 ) 1 ,4 ) ( 0 ,7 ) 2 ,1 ) となっている。これは,それぞれの桁の掛け算の答えである。 これを,括弧の場所を付け替えて,図 2 . 7のように平行四辺形 図2 . 6 ネピアの骨 のブロックで 2つの数字を各々足すと ( 桁上がりの数を足し ているのに相当する) , ,( +2 ,( +6 ,( +2 ,( +1 ,4 =0 ,9 ,7 ,5 ,2 ,4 0 7 ) 1 ) 3 ) 1 ) となり,これが掛け算の答え 9 7 , 5 2 4である。すなわち,掛け算を足し算だけで簡単に計算できるのであ る。これを応用すると,複数桁同士の掛け算や割り算,平方根などの計算も容易にできるという。 「うま い棒」というお菓子があるが,これこそ元祖「うまい棒」という気がした。 ( 3 ) 計算尺 ( Sl i deRul e ) ネピアは 1 」の概念も考案している。この対数を利用して,イギリスのガ 6 1 2年に「対数 ( l og a r i t hm) ンター ( ガンター尺)を発明した。さらにそれ EdmundGunt e r , 1 5 8 1 1 6 2 6 )が 1 6 2 0年に比例コンパス ( を改良し,イギリスのオートレッド ( Wi l l i a m Oug ht r e d, 1 5 7 4 1 6 6 0 )が 1 6 2 2年にスライド式の計算尺を 図2 . 7 ネピアの骨の計算法 図2 . 8 1 8 0 0年頃の計算尺 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 図2 . 1 0 パスカルの加算機 図2 . 9 シッカードの計算機 発明した。その後,円筒形の計算尺や時計型の計算尺も登場した。図 2 . 8は,1 8 0 0年頃に製作された計 算尺である。筆者の年代以前の人は,中学時代に計算尺を って計算するというのを体験しているので, 懐かしく思われるのではないか。 2 . 1 . 2 歯車式計算機と電気機械式計算機 ( 1 ) シッカードの計算機 ネピアの骨の原理を利用してドイツのシッカード ( -1 Wi l he l m Sc hi c ka r d, 1 5 9 2 6 3 5 )は,1 6 2 3年に最初 の歯車式計算機 ( 図2 . 9 )を発明した。上部がネピアの骨の部 にあたり,下部がそれらの合計を求める 部 となっている。6桁の加減算や乗算ができるという。 ( 2 ) パスカルの加算機 数学者や哲学者としても著名なフランスのパスカル ( -1 6 4 2年に製作した Bl a i s ePa s c a l ,1 6 2 3 6 6 2 )が 1 のが図 2 . 1 0のパスカルの加算機 ( Pa s c a l i ne )である。計算には 1 0進数を用いており,9の補数を加算す ることにより減算も可能にしている。 ( 3 ) ライプニッツの計算機 ライプニッツの計算機は,乗算の計算を可能にした 歯車式計算機 ( St e ppe dDr um)である。ドイツの数学 者であり哲学者であるライプニッツ ( Got t f r i e d Wi l he l m Le i bni z ,1 6 4 6 1 7 1 6 )が 1 6 7 4年に製作した。これ も い方の工夫により,除算や平方根の計算も可能で ある。一方,彼は 2進数も発明するなど,コンピュー タの発展に大きな影響を与えた。博物館には,ライプ ニッツの計算機の複製品が展示されていた。 ( 4 ) 電気機械式加算機 電気機械式加算機としては,アメリカ人のフェルト e neFe l t ,1 8 6 2 1 9 3 0 )が 1 8 8 7年に製作した ( Dor rEug 機 械 式 の 加 算 機 で あ る コ ン プ ト メータ ( Compt ome t e r )などが展示されていた。 2 . 1 . 3 ジャカールの自動織機 ジャカールの自動織機は,紙に をあけたパンチ 図2 . 1 1 コンプトメータ コンピュータの歴 図2 . 1 2 ジャガールの自動織機 探訪 図2 . 1 3 パンチカードにあたる部 カードを用いて織機の糸の上げ降ろしを制御し,自動的に複雑な模様の布を織る機械である。フランス のジャカール ( -1 J os e ph-Ma r i eJ a c qua r d, 1 7 5 2 8 3 4 )が 1 8 0 4年に発明した。図 2 . 1 2の展示品は 1 8 0 5年に 製作されたものである。この織機はもちろん計算機ではないが,図 2 . 1 3のパンチカードのデータが機械 を制御しているところから,パンチカードによるプログラムの元祖といわれている。そのような理由で, このコンピュータ歴 博物館に織物の機械が展示されているのである。 2 . 1 . 4 バベッジの階差機関 バベッジの階差機関 ( Ba bba g esDi f f e r e nc eEng i ne )は,多項式の階差の特徴を利用して,多項式の数 表を求めることを目的とした歯車式の計算機である。イギリスの数学者のバベッジ ( e s Ba bba g e , Cha r l -1 1 7 9 1 8 7 1 )が 1 8 2 2年に論文で発表し,その試作機も製作した。そして,イギリス政府から資金提供を 受けて,彼が言うところの「どんな方程式も解ける」という完全版の解析機関 ( Ana l y t i c a lEng i ne )の 製作に乗り出すが,ついに完成できなかった。 しかし,その原理は,世界最初のプログラム可能な歯車式計算機として,コンピュータの歴 上,深 く刻み込まれている。図 2 . 1 4がコンピュータ歴 博物館が復元したバベッジの階差機関である。 階差機関の原理は,n次多項式 p( x)の n階階差は定数になることを利用している。例えば,多項式 =x웍 −2 +3 p( x) x워 x−5 を考える。この多項式では,xの増 が 1の場合,任意の xに対し 3階階差は 6 になる。そして,最初に図 2 . 1 5のような ,1 手順で,x=1 , 2 , 3 , 4に対して,p( x) 階階差 d욼 ,2階階差 d욽 ,3階階差 ( x) ( x) d욾 ( x)を求めておく。ここで,1階階差 d욼 ( x)と m 階階差 d욇( x)は, =p( −p( d욼 ( x) x+1 ) x) =d욇욪 욼 −d욇욪욼 d욇( x) ( x+1 ) ( x) , ( m=2 ,3 ) を用いて計算する。 次に,定数となる n階階差から前方 に向かって計算していく。例として, 図2 . 1 4 バベッジの階差機関 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 図2 . 1 5 3階階差 d욾 ( x)の計算方法 図2 . 1 6 p( 5 )の計算方法 コンピュータの歴 図2 . 1 7 階差機関のデモの様子 探訪 図2 . 1 8 階差機関の歯車とアーム p( 5 )を求めてみよう。このとき,図 2 . 1 6のように, =d욽 +d욾 =1 +6 =2 d욽 ( 3 ) ( 2 ) ( 2 ) 4 0 =d욼 +d욽 =2 +2 =4 d욼 ( 4 ) ( 3 ) ( 3 ) 6 0 6 =p( +d욼 =3 +4 =8 p( 5 ) 4 ) ( 4 ) 9 6 5 のような手順で求める。これを繰り返すことより,多項式 p( x)の数表を求めることができる。 1 9 8 9年からロンドンのサイエンス・ミュージアムで 階差機関の復刻機の製作が始められ,1 9 1年に完成 9 し,バベッジの狙い通りの機能が実現できた。このコ ンピュータ歴 博物館でも,バベッジの階差機関の忠 実な製作に取り組み,2 0 0 8年に完成させた。そのデモ ンストレーションの様子が図 2 . 1 7の写真である。図 2 . 1 8は,その製作に用いられた歯車とアームである。そ の完成したばかりのピカピカの階差機関のデモンス トレーションは毎日行われている。 2 . 1 . 5 ホレリスの国勢調査用集計機 ( Ho l l e r i t h Ce ns usMac hi ne ) 図2 . 1 9は, 1 8 9 0年度のアメリカの国勢調査の集計を 行うためにホレリス ( -1 He r ma n Hol l e r i t h,1 8 6 0 9 2 9 ) 図2 . 1 9 ホレリスの集計機 図2 . 2 0 ソーティング・ボックス 図2 . 2 1 実際のパンチカード 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) が1 8 8 9年に開発した国勢調査用の集計機である。この機械の特徴は,パンチカードに があいているか どうかを電気的に検知し,自動集計するようにしたところにある。パンチカードを図 2 . 2 0のソーティン グ・ボックスに入れて,それを 4 0個のカウンターのついた集計機で自動的に集計する。ホレリスは,パ ンチカードに をあけるための最初のキーパンチ機も開発した。これらの機械により,集計を終えるま でにそれまで 7年間を要していた統計処理を 3年以内で完了することができたという。その後,彼はこ れらの機械を商品として 1 8 9 6年に Ta bul a t i ngMa c hi neという会社を興し,それが I BM 社の前身と なった。実際に I BM ( I nt e r na t i ona lBus i ne s sMa c hi ne )と社名を変えたのは 1 9 2 4年である。 9 6 0年代のコンピュータ 2 . 2 1 9 4 0年代から 1 2 . 2 . 1 コンピュータの黎明期 ( 1 ) Eni g ma Eni g maは第 2次世界大戦中にドイツ軍が 用していた電気機械式の暗号機である。1 9 2 3年にドイツ のシェルビウス ( -1 Ar t hurSc he r bi us , 1 8 7 8 9 2 9 )が商用として生産した。暗号化の原理は,文字を別の文 字に置き換える換字式であるが,1文字入力する毎に 3つのローターが少しずつ回転して換字するの で,換字の組み合わせは膨大な数になる。展示品は 1 9 3 5年に製作されたものである。 ( 2 ) Col os s us ドイツ軍の暗号機 Lor / e nzSZ4 0 4 2は,Eni g maを改良した暗号機で,その当時ほとんど解読不可能と されていた。その Lor / e nzSZ4 0 4 2によって生成された暗号文を解読する目的で,イギリス軍によって 開発された解読機が Col os s usである。1 9 4 3年に開発された。イギリスの郵 研究所の技術者であるフラ ワーズ ( Thoma sFl owe r s , 1 9 0 5 1 9 9 8 )が設計した。1 , 5 0 0本の真空管の他に紙テープなどが 用されてお り,スイッチとプラグ盤を ってプログラム可能であった。暗号解読の専用機ではあるが,世界初のプ ログラム方式の電子デジタル機と呼ばれている。ただし,開発そのものが軍事機密であり,終戦後, チャーチル首相の命令により手のひらサイズより小さく 々に破壊されたため,その存在は長い間知ら れることがなかったという。Col os s usの遺物として現存するのは,この博物館に展示されている高速に 紙テープを回すために 用された滑車だけである。ドイツ軍の暗号機 Eni g maとイギリス軍の解読機 Col os s usの遺物が,図 2 . 2 2のように,ひとつの陳列ケースに仲良く並んで展示されているのは味のある 図2 左)と Col 右) . 2 2 Eni g ma( os s usの滑車 ( コンピュータの歴 探訪 演出である。 ( 3 ) ENI AC 世界最初のコンピュータと長い間認識されていた 計算機が ENI AC ( El e c t r oni c Nume r i c a lI nt e g r a t or a ndComput e r )である。これは,第 2次世界大戦中に, 大砲の弾道計算を行う目的で開発が始められた。基本 設計は,ペンシルバニア大 学 の モーク リー ( J ohn Ma uc hl y ,1 9 0 7 1 9 8 0 )と エッカート ( J ohn Pr e s pe r -1 9 9 9 5 )が行った。しかし,完成するのは戦 Ec ke r t , 1 9 1 図2 . 2 3 ENI ACの一部 争終結後の 1 9 4 6年であった。 ENI ACには,1 8 , 0 0 0本の真空管,1 , 5 0 0個のリレー, 7 0 , 0 0 0個の抵抗器,1 0 , 0 0 0個のコンデンサなどが 用されており,その消費電力は 1 4 0kW であり,5 0軒 の家 の消費量に相当したという。重さは 3 0トンである。1 0進演算方式を採用し,1秒間に 5 , 0 0 0回 の1 0進数の加算演算が実行できる速度であったという。開発費用は 4 8 7 , 0 0 0ドルであると展示パネルに 書かれてあった。このコンピュータは水爆などの計算に利用された。 一方,現在,世界最初のコンピュータとされているのが ABC ( r yComput e r )マシンで At a na s of f Be r ある。アイオワ州立大学の物理学者であるアタナソフ ( J ohnVi nc e ntAt a na s of f , 1 9 0 3 1 9 9 5 )とその大学 院学生のベリー ( -1 Cl i f f or dE. Be r r y , 1 9 1 8 9 6 3 )が 1 9 3 9年に試作機を開発した。開発目的は,ヘリウムの 電子構造に関する計算のためであり,2 9変数の連立 1次方程式を解くように設計されていた。しかしな がら,コンピュータ歴 博物館では ABCマシンについては一言も触れられていなかった。これは納得 がいかない気がした。 2 . 2 . 2 商用コンピュータ ( 1 ) 真空管式コンピュータ ENI ACの開発者のモークリーとエッカートは最初の商用機である UNI VAC ( Uni v e r s a lAut oma t i c Comput e r )の設計にも携わった。そして,1 9 5 1年に UNI VACIがレミントン・ランド ( Re mi ng t on Ra nd)社から発売された。博物館には図 2 . 2 4のように,UNI VACIで 用された巨大な水銀遅 線メモ リが展示されている。UNI VACIは,政府や企業に 4 6台販売されたという。このレミントン・ランド 社は,現在のユニシス ( UNI SYS)社の母体である。 /CDC) ,LGP博物館にはその他に,SAGE ( ,G1 5( 1 9 5 6年,Be ndi x 3 0( 1 9 5 6 1 9 5 4年,USAF/ I BM) 年, Li , E-205 ( br as c ope I nc . ) 1954年, El e c t r oda t a )などの商用コンピュータを並べて 展示していた。SAGEはアメリカ空軍と I BM 社との共同制作のコンピュータで,爆撃機に レーダーチャートを用いてターゲットとする 戦闘機の位置情報を伝えることを目的として いた。G-1 5は Be ndi x社の商用のエンジニアリ ング・コンピュータで,比較的安価なため 4 0 0 台以上も販売できたらしい。図 2 0 . 2 5の LPG-3 は最初のデスクサイズの小型コンピュータで あり,オフィスコンピュータの元祖ともいえよ 図2 . 2 4 UNI VAC Iの水銀遅 メモリ 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 図2 . 2 5 LPG-3 0 図2 . 2 6 E2 0 5 う。科学技術計算や教育用として 用された。特別な電力や空調施設を必要としなかったうえ信頼性も 良かったため,1 0年以上にわたって売れ続けたという。図 2 . 2 6の E-2 0 5は Bur r oug hs社の商用コン ピュータであり,科学技術 野ばかりでなくビジネス 野も顧客のターゲットとした。 ( 2 ) トランジスタ式コンピュータ アメリカの 3人の物理学者ブラッテン ( ,ショックレー ( Wa l t e rBr a t t a i n,1 9 0 2 1 9 8 7 ) Wi l l i a m Shoc kl e y , 1 9 1 0 1 9 8 9 )とバーディーン ( J ohnBa r de e n, 1 9 0 8 1 9 9 1 )がトランジスタを発明したのは 1 9 4 7年のこ とであった。しかし,発明当初はその信頼性や価格の理由で,トランジスタは 1 0年間もコンピュータに は利用されなかった。しかし,トランジスタの小型化が進み,真空管よりも消費電力が低く抑えられる ようになったことにより,1 9 6 0年までにはほとんどのコンピュータがトランジスタを用いるようになっ た。これにより,コンピュータの性能や信頼性が格段に進歩した。そのトランジスタを用いた大型コン ピュータが歴 博物館にボンボンボンと陳列されていて,その威圧感に圧倒される。トランジスタ式コ ンピュータについて説明ボードに詳細に書いてあったが,まとめると表 2 . 1のようになる。 Mode l1 4 1 0は,I BM が 1 9 5 9年に最初に開発した商用マシンである。プログラムはアセンブリや COBOLなどが用いられた。NEAC2 2 0 3は日本電気が 1 9 6 0年に開発したコンピュータである。日本最 初のコンピュータである FUJ -1 ,後に専修大学教授になる)もこの時 I Cを開発した岡崎文次 ( 1 9 1 4 9 9 8 期に NECに移籍しているので,このコンピュータの開発に関わっていたかもしれないが,いずれにせ よ,日本の技術レベルの高さが世界に認められているようで嬉しい限りである。Mode 0 3 0はロスアラ l7 モス ( LosAl a mos )国立研究所で原子爆弾の設計のために 用されたコンピュータであり,その計算能 力の高さから世界最初のスーパーコンピュータと呼ぶ人もいる。図 2 . 2 7の Phi l c o2 1 2は,ラジオメー 表2 . 1 展示されているトランジスタ式コンピュータの比較 マシン 開発年 開発社 メモリ サイズ 1 6Kc ha r Mode l1 4 1 0 1 9 5 9 I BM NEAC 2 2 0 3 1 9 6 0 NEC Mode l7 0 3 0 1 9 6 1 I BM Phi l c o2 1 2 1 9 6 2 Phi l c o 6 4KB Mode l7 0 9 4 DDP-1 1 6 1 9 6 3 I BM 3 2KB 1 9 6 5 CCC 4KB 2KB 2 5 6KB メモリ 幅 文字 1 2進数 -bi 6 4 t スピード ( Add/s ) 開発価格 コメント 3 , 3 0 0 $ 1 2 5 , 0 0 0 商用マシン 3 , 3 0 0 2 7 , 6 4 3 , 0 0 0円 日本製マシン 7 1 4 , 0 0 0 $ 7 , 7 8 0 , 0 0 0 スパコン -bi 4 8 t 2 , 5 0 0 , 0 0 0 -bi 3 6 t 2 5 0 , 0 0 0 -bi 1 6 t 9 4 , 0 0 0 $ 1 , 8 0 0 , 0 0 0 高性能 $ 3 , 1 3 4 , 0 0 0 アポロ計画 $ 2 8 , 5 0 0 小型計算機 コンピュータの歴 探訪 カーでトランジスタ開発技術に優れていたフィル コ ( Phi l c o)社の開発した計算機であり,性能に優 れており,北米航空防衛司令部や GM 社などで 用 されたという。Mode l7 0 9 4のコンソールは NASA でアポロ計画のために 用されたと説明されてい る。DDP-1 1 6は,世界最初の小型計算機という位置 づけで展示されている。すなわち,メインフレーム と比べると小型で安価なコンピュータであり,この 後継機 DDP-5 1 6はインターネットの元祖ともいう べき ARPANETのルーターとして用いられた。 2 . 3 1 9 6 0年代から 1 9 8 0年代のコンピュータ 1 9 6 0年から 1 9 8 0年の展示場は,メインフレーム の他に,ビジネス 野や生産 野などで急速にニー 図2 . 2 7 Phi l c o2 1 2 ズの高まった比較的安価なミニコンピュータと,逆 に高価であるが複雑な問題を高速に計算できる スーパーコンピュータが中心に展示されていた。一方,パーソナルコンピュータが登場してきたのもこ の時代の後半であり,その展示品も豊富である。 2 . 3 . 1 半導体チップ I C技術が発達して,トランジスタが 1つのチップの中に集積できるようになり,コンピュータの小型 化が劇的に進んだ時代である。その集積技術を利用して最初のマイクロプロセッサとして 1 9 7 1年に登 場したのが I e l4 0 0 4で あ る。こ の I nt e l4 0 0 4は,日 本 計 算 機 が 製 作 し た 卓 上 計 算 機 ビ ジ コ ン nt , ( BUSI COM)に 用され,脚光を浴びた。この他に,Mot or ol a6 8 0 0 0や Te x a sI ns t r ume nt sTMX9 9 0 0 Zi l ogZ8 0などがこの時代のマイクロプロセッサとして展示されている。一方,半導体メモリとしては, NECや Hi t a c hiなどの日本製 DRAM が展示されており,思わずにんまりしてしまう。 2 . 3 . 2 メインフレーム ,Apol ,I メインフレームとしては,Z2 ,I ,Si g ma 5 l oGui da nc eComput e r MP,キッチンコ 3 BM 3 6 0 ンピュータなどが展示されている。これらのマシンの概要を表 2 . 2に示す。 ( 1 ) Z2 3 Z2 3は,ドイツの科学者ツーゼ ( Konr a d Zus e ,1 9 1 0 1 9 9 5 )が 1 9 5 8年から開発を始めた汎用コン 表2 . 2 1 9 6 0年から 1 9 8 0年までのメインフレームの比較 マシン名 開発年 開発社 ( 者) メモリ サイズ メモリ 幅 スピード ( FLOPS) -bi 4 0 t -bi 8 t 2 0FLOPS 1 , 3 0 0Add/s 価格 2 0 0 , 0 0 0マルク Z2 3 1 9 6 1 Zus e 1 6KB Sy s t e m/3 6 0 Mode l3 0 -5 Si g ma 1 9 6 5 I BM 6 4KB 1 9 6 7 Sc i e nt f i cDa t aSy s t e ms 1 6KB 1 9 6 5 Bol t ,Be r a ne ka ndNe wma n,I nc . 1 2KB -bi 3 2 t -bi 6 t 1 5 0 0 , 0 0 0Add/s 5 2 0 , 8 3 3Add/s $ 3 0 0 , 0 0 0 I MP Ki t c he n Comput e r 1 9 6 9 Ne i ma nMa r c us 1 6KB -bi 1 6 t 0 . 6MHz $ 1 0 , 6 0 0 $ 1 3 3 , 0 0 0 $ 8 2 , 2 0 0 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) ピュータであり,1 9 6 1年に完成した。ツーゼは,1 9 4 1年にプログラム制御可能な計算機 Z3を発明して おり,これを世界初のコンピュータという人もいる。この Z3を発展させたのが図 2 . 2 8の Z2 3である。 ( 2 )I BM Sy s t e m/ 3 6 0シリーズ 1 9 6 4年に発表された I BM 社の Sy s t e m/3 6 0シリーズは,画期的なコンピュータとしてよく知られてお り,メインフレームにおいて I BM 社の牙城を築いた。図 2 . 2 9にその外観を示す。特に,そのコンピュー タに搭載されたオペレーティング・システム OS/3 6 0は,タスクの概念を用いてマルチプログラミング を実現し,オペレーティング・システムの世界標準として認識された優れものである。 ( 3 )I MP e r f a c eMe s s a g ePr oc e s s or )は,ARPANETのための最初のパケット・ 1 9 6 5年に開発された I MP( I nt ルーターであり,今日のインターネットの元祖である。内部は Hone y we l l5 1 6( DDP5 1 6 )のミニコン ピュータが 用されており,6 , 0 0 0語のソフトウェアしか搭載されていなかったという。最初の 「LOGI と送 ARPANET上の通信は,UCLAとスタンフォード研究所の間で 1 9 6 9年に行われたが, N」 図2 . 2 8 Z2 3 図2 . 2 9 I BM Sy s t e m/3 6 0 コンピュータの歴 探訪 図2 . 3 0 キッチンコンピュータ 信されたメッセージのうちの「LO」だけしか受信できなかったようである。筆者は,大学院博士課程時 代に ARPANETのパケット 換の性能評価を,拡散近似法を用いて解析したことがあるので, ARPANETという言葉には思い出深いものがある。 ( 4 ) キッチンコンピュータ 変わり種のコンピュータはキッチンコンピュータである。その説明ボードには,料理のレシピを検索 するためのコンピュータと書かれてあった。と ころが,ユーザインターフェースが 2進ライト だけだったため,売れたかどうかは不明である そうだ。内部は,Hone y we l l3 1 6のミニコン ピュータを 用している。コンピュータの形状 は,図 2 . 3 0のように,その上で料理ができそう な形になっており,斬新なデザインである。こ ういう遊び心のあるコンピュータも展示され ており,博物館の懐の広さを感じた。 2 . 3 . 3 ミニコンピュータ ミニコンピュータは 1 9 6 0年ごろに登場した が,小型で安価かつユーザインターフェースが よいため,多くの人がこのコンピュータのファ 図2 . 3 1 PDP-1 ンになった。最初のミニコンピュータは,DEC が1 9 6 0年に開発した PDP1である。このマシ ンでは,それまで機械側の都合により決めてい たインターフェースを,人間の立場から設計し ようとした。そのひとつの試みとして,グラ フィカル・ディスプレイを採用し,PDP1で ゲームのプログラムを走らせた。 DECは 1 9 6 5年 に デ ス ク トップ 型 の コ ン ピュータ PDP8を発売し,これが安価で性能 や操作性がよかったため,1 9 7 3年までに世界で 最もよく売れたコンピュータとなった。対話型 図2 . 3 2 PDP-8 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 表2 . 3 スーパーコンピュータの概要 マシン名 完成年 メモリ容量 CDC 1 6 0 A 1 9 6 2 3 2KB CDC 6 6 0 0 1 9 6 4 6 4KB CDC 7 6 0 0 1 9 7 1 5 1 2KB I LLI AC I V Cr a y 1 A 1 9 7 5 1 6MB Cr a y 2 YMP 1 9 7 6 4MB 1 9 8 5 5 1 2MB 1 9 8 8 1 2 8MB Cr a y 3 CM1 1 9 9 3 2GB 1 9 8 5 ETA-1 0 1 9 8 6 4KB/CPU 4MB/CPU メモリ幅 -bi 1 2 t -bi 6 0 t -bi 6 0 t -bi 4 t 6 -bi 6 4 t -bi 6 4 t -bi 6 4 t 速度 7 8 , 1 2 5Add/ S 1 0MFLOPS 3 6MFLOPS 7 5MFLOPS 1 6 0MFLOPS 4 8 8MFLOPS 3 3 0MFLOPS -bi 6 4 t -bi 1 t 1 5GFLOPS 6 0MFLOPS 1 . 6GFLOPS 3 0GFLOPS Gi g a Boos t e r 1 9 9 2 1GB -bi 6 4 t -bi 6 4 t Touc hs t oneDe l t a 1 9 9 0 8 . 2GB -bi t 3 2 1 0GFLOPS CADシステムなどに利用された。その後継機である PDP-1 0や PDP1 1なども展示されている。さら に,3 2ビットアーキテクチャの仮想アドレス方式を用いた VAXシリーズも展示されている。 2 . 3 . 4 スーパーコンピュータ 一方,スーパーコンピュータもかなりの場所を って展示している。展示されているスーパーコン ピュータの概要を表 2 スーパーコンピュータの定義は難しいが, 処理を 散して高速化を図っ . 3に示す。 たアーキテクチャをもつコンピュータというのもひとつの定義かもしれない。速さという点からいう と,展示されているコンピュータは現在のデスクトップのコンピュータより遅い。 ( 1 ) CDCのスーパーコンピュータ CDC ( Cont r olDa t aCor por a t i on)のスーパーコンピュータとして,CDC6 6 0 0と CDC7 6 0 0が展示さ れている。CDCは,イリノイ大学で開発が進められていたコンピュータ I LLI ACの開発者たちが設立 -2 した会社で,ウィリアム・ノリス ( r l e sNor r i s , 1 9 1 1 0 0 6 )が初代社長に就任した。そして, Wi l l i a m Cha 図2 CDC1 6 0 Aなどいくつかのコンピュータを開発後,1 9 6 4年に CDC6 6 0 0( . 3 3 )を発表した。このコ 図2 . 3 3 CDC 6 6 0 0 図2 -1 . 3 4 Cr a y A コンピュータの歴 探訪 表2 . 4 パソコンの概要 マシン名 発売年 発売会社 メモリ Al t a i r8 8 0 0 1 9 7 5 MI TS 2 5 6B Not e t a ke r 1 9 7 6 Xe r ox 1 2 8KB Appl eI I TRS8 0 1 9 7 7 Appl eComput e r 1 9 7 7 Ta ndyRa di oSha c k I BM PC 1 9 8 1 I BM Os bor ne1 1 9 8 1 Os bor ne 4 8KB 4KB 1 6KB 6 4K メモリ幅 8 bi t 8 bi t 8 bi t 8 bi t 8 bi t 8 bi t 周波数 販売価格 1MHz $ 3 9 7 1MHz $ 5 0 , 0 0 0 1MHz $ 1 , 2 9 8 1 . 7 7MHz $ 6 0 0 4 . 7 7MHz $ 1 , 5 6 5 4MHz $ 1 , 7 9 5 ンピュータは,シーモア・クレイ ( -)が設計し,その当時の最も高速なコン Se y mourRog e rCr a y , 1 9 2 5 ピュータとなった。さらに,パイプライン処理などの並列処理を進め,1 9 7 1年には CDC7 6 0 0を発表し た。これが世界最初のスーパーコンピュータといわれている。 ( 2 ) Cr a yRe s e a r c h社のスーパーコンピュータ -1 図2 1 9 7 2年にクレイは CDCを離れ,Cr a yRe s e a r c h社を創設した。そして,1 9 7 6年に Cr a y A( . 3 4 ) をリリースした。これはベクトル演算のプロセッサを搭載しており,世界最初の商用スーパーコン ピュータと呼ばれた。外見的にもこれまでの大型汎用計算機とは異なり斬新なデザインをしている。性 能も格段に優れており,予想を上回る 8 9 8 5年に Cr a y 2をリ 0台以上売れたといわれている。さらに,1 リースし,2 7台が販売された。 2 . 3 . 5 パーソナルコンピュータ スーパーコンピュータが発展した同じ時代に,パソコンも新たに登場し,スーパーコンピュータ以上 に急速に発展を遂げ,世の中に浸透したことは面白い。パソコンは我々にとって身近な存在だけに,そ の発展過程も記憶に残っており,そのパソコンの展示物に期待をもって歴 博物館にやってきた。とこ ろが,この歴 博物館では,パソコンに関しては,メインフレームに比べて扱いがよくない。収集して あるパソコン等をただ棚に雑然に並べているだけのような印象を受けた。棚の高い所に置かれているパ ソコンはよく見えない。説明ボードもほとんどないので,展示されているパソコンが歴 的にどういう 役割を果たしたのかがわからない。パソコンの展示方法についてはもう少し考えてもらいたいものだ。 しかし,パソコンそのものは良く収集している。展示されていたパソコンについていくつか取り上げて 解説したい。 ( 1 ) Al t a i r8 8 0 0 1 9 7 5年に MI TS( Mi c r oI ns t r ume nt a t i ona ndTe l e me t r ySy s t e ms )社から発売された世界最初のパーソ ナルコンピュータが Al 図2 )である。Al t a i r8 8 0 0は,I nt e l8 0 8 0のマイクロプロセッサを t a i r8 8 0 0( . 3 5 用いたパソコンであり,3 9 7ドルで発売された。エド・ロバーツ ( EdRobe r t s , 1 9 4 1 )が開発した。キー ボードやディスプレイなどはなく,トグルス イッチを ON/ OFFさせてメモリを操作し,計 算結果を LEDに表示するだけである。トグル スイッチは,筆者が日立製作所に勤務していた 時代に,ファームウェアを入力するためにいや というほど 用した経験があるので懐かしい 思いがした。その当時,LEDの光の点滅を凝視 し,プログラムの動きを追いかけていたことも 図2 . 3 5 Al t a i r8 8 0 0 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 思い出される。このようなユーザインターフェースの悪さを解決すべく,当時ハーバード大学の学生で あったビル・ゲイツ ( -)が Al Bi l lGa t e s , 1 9 5 5 )とポール・アレン ( Pa ulAl l e n, 1 9 5 3 t a i r8 8 0 0用の BASI C を開発し,プログラムを用いてマシンを操作できるようにした。その後,この BASI Cがパソコンを急速 に世の中に普及させた。そういう意味で,ハードウェアとしてばかりでなくソフトウェアにも大きな影 響を与えた歴 的なパソコンである。 ( 2 ) Not e t a ke r Xe r ox社の Not e t a ke rは,携帯用の学習機器として開発されたパソコンで,ノートパソコンの元祖と もいうべきものである。その重さは 4 約2 8ポンド ( 2kg )ということなので,とてもポータブルとは言 い難い気もする。しかし,キーボードや小型ディスプレイ,フロッピーディスクドライブも付随してお り,ユーザインターフェースとしては基本的なものが装備されている。 ( 3 ) Appl eI スティーブ・ジョブス ( St e v eJ obs , 1 9 5 5 )とスティーブ・ウォズニアック ( St e v eWoz ni a k, 1 9 5 0 )に よって 1 9 7 6年に発売された Appl eIは,プリント基板と部品と組み立てマニュアルだけを $ 6 6 6 . 6 6で売 り出したため,購入者は電源やキーボード,ディスプレイなどを別途購入し,自 で組み立てなければ ならなかった。したがって,現在残っている Appl eIの外観は様々なものがある。この歴 博物館の Appl eIは,図 2 . 3 6のように,木製の 木箱の中に電子基板が据え置かれているもの であった。生産台数は 2 0 0台しかなく,現存し ているのは稀である。 ( 4 ) Appl eI I Appl eIを改良し商業的に製品化したものが Appl eI Iである。1 9 7 7年に発売され,5 0 0万台 図2 . 3 6 Appl eI を生産したといわれている。1つの箱の中に キーボードや電源,CPUやメモリなどの電子 部品をコンパクトに押し込み,BASI Cも最初 から 用できるようにそのインタプリタをメ モリに書込み済みとなっていた。ディスプレイ としては,普通の家 用テレビが 用できるよ うに設計されていた。これらが,現在の Ma c系 PCの元祖である。 図2 . 3 7 Appl eI I ( 5 )I BM PC それまで Appl e社が優位であったパソコン 市場に,コンピュータ業界の巨人 I BM が参入 してきた。1 9 8 1年のことである。他社が I BM PC市場に参入できるようにアーキテクチャを 開したため,I BM PC互換機が登場するなど して,すぐに世界標準のパソコンとしての地位 を獲得するようになった。OSとして Mi c r os of t 社の MS-DOS( PCDOS)を採用したため,ビ 図2 . 3 8 I BM PC コンピュータの歴 探訪 ル・ゲイツが創設した Mi c r os of t社も急速に世界企業 として成長するに至った。 ( 6 ) Os bor ne 1 Os bor ne 1は最初の携帯用パソコンとして 1 9 8 1年に 売り出された。小型ディスプレイの両脇には FDDが あり,キーボードも前面についている。なかなかコン 図2 . 3 9 Os bor ne1 パクトにまとまっている。CPUとしては Zi l ogZ8 0が 用され,OSは CP/ M が用いられた。重さは 2 4ポン ド ( 約1 1kg )である。 2 . 3 . 6 ワークステーション ワーク ス テーション の ア イ デ ア は,Xe r ox社 の s e a r c h Ce nt e r )で温められてき PARC ( Pa l o Al t o Re た。ワークステーションの定義は,パソコンより高性 能であり,特にグラフィックスに優れ,LANなどの ネットワークを通じてグループ作業ができるような 環境にあるコンピュータをさす。 最初のワークステーションとして 1 9 7 4年に登場し たのが,Xe r ox社の Al t oI Iwor ks t a t i onである。これ は,マウスを用いた GUI利用の縦型グラフィカル ビットマップディスプレイを備えており,アイコン, フォルダー,ポップアップメニューなども実現してい る。現在のグラフィカル・ユーザインターフェースの 原型となっている。 GUIに関しては,世界最初のマウスも展示されてい た。 これは 1 9 6 2年にダグラス・エンゲルバート ( Da ug l a sEng e l ba r t ,1 9 2 5 )が発表したもので,木製の箱の 中に 2つのローラーが入っており,それらの垂直方向 と水平方向の回転量によって,ポインタを動作させる 仕組みになっている。一方,左上のマウスは,1 9 8 2年 に発表された世界最初の光学式マウスである。 図2 . 4 0 Al t oI Iwor ks t a t i on 以上で,コンピュータ歴 博物館の主な展示品の解 説を終えるが,展示品があまりにも多く,ゆっくり見 ていると時間がいくらあっても足りないくらいであ る。少なくとも 3日間位通わないと,きちんとは見る ことができないであろう。チャンスがあれば,もう一 度じっくりと見学したいと思っている。 図2 . 4 1 世界最初のマウス 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 3 . スタンフォード大学コンピュータ歴 展示場 スタンフォード大学内にあるゲイツ・コン ピュータ科学ビルディング ( Ga t e s Comput e r Sc i e nc eBui l di ng )は,コンピュータ科学学科と コンピュータ・システム研究所のために 1 9 9 6 年に てられた 物である。Mi c r os of t社を創 立した Bi l lGa t e s( Wi l l i a m Ga t e s )が 6 0 0万ド ル寄付し,その他に,コンピュータ関連企業か らの寄付により てられた。日本企業では,富 士通,NEC,三菱電機なども寄付しているよう である。なぜなら,ビルディング入口の案内プ 図3 . 1 ゲイツ・ビルディング レートにそれらの日本企業のクラスルームが 掲載されていたからである。 目的のコンピュータ展示場は,このビルディ ングの 1階から 5階までの階段近くの限られ たスペースにある。1階には,スタンフォード 大学に関連が深いものを展示している。2階に は,1 9 5 0年代以前の計算機に関するものが展示 されている。例えば,1 9 3 0年に発売されたモン ローの 1 0進計算機などの機械式計算機がいく つか展示されている。また,I BM の電動式キー パンチなどが展示されていた。3階には,1 9 6 0 年代の計算機が展示されている。I BM の Sy s t e m/3 6 0シリーズや DECの PDP6などの他 図3 . 2 モンローの 1 0進計算機 に紙テープ穿孔機や,ソフト ウェア と し て ,TRS-8 , FORTRANのパッケージが展示されていた。4階は 1 9 7 0年代以降の計算機として,Appl eI I 0 Commodor ePET,SUNなどのコンピュータを展示していた。ひとつひとつの展示品は保存状態が良い。 しかし,コンピュータ歴 博物館と比較すると,その展示品の量は雲泥の差があり,特段見学するほど のことはなかったという印象をもってしまった。 スタンフォード大学内には,ゲイツ・ビルディングの他にも,He -Pa ka r d社の創業者である wl e t t c ヒューレット ( -2 Wi l l i a m He wl e t t , 1 9 1 3 0 0 1 )とパッカード ( Da v i dPa c ka r d, 1 9 1 2 1 9 9 6 )のそれぞれのビ ルディングがある。彼らは共にスタンフォード大学の卒業生である。 4 . インテル博物館 インテル博物館 ( 図4 I nt e lMus e um)はインテル本部 ( . 1 )のビルの中にある。ビルの中に入ると,図 4 . 2のように,ロビーにマイクロプロセッサのチップがたくさん入ったソファーが置かれてあった。面白 いので,ついカメラのシャッターを押してしまった。 博物館は左手の一角にある。チケットを購入し,博物館の中に入ると,図 4 . 3のように,インテルの コンピュータの歴 探訪 創設者のゴードン・ムーア ( Gor don Moor e , -)と ロ バート・ノ イ ス ( 1 9 2 9 Robe r t Noy c e , -1 1 9 2 7 9 9 0 )の大きなパネルの写真が出迎えて くれる。ムーアは「ムーアの法則」の提唱者と しても有名である。少し進むと Pe nt i um 4の チップの拡大図が展示されている。次のパネル は Pe nt i umのロゴの変遷である。 インテル博物館の訪問の最大目的は,ビジコ ン ( BUSI COM)を見ることであった。ビジコ ンは,日本計算機 ( ビジコン社)という日本の 会社の開発した電子卓上計算機であり,1 9 6 6年 図4 . 1 インテル博物館 から発売が開始された。最初の電子卓上計算機 Bus i c om 1 6 1は,トランジスタ・ダイオード式 の計算機で 1 9 8 , 0 0 0円 6桁の演算機能を持ち,2 で発売された。ビジコン社の設計技師である嶋 正利 ( 1 9 4 3 )は,新機種を出すたびに LSIの 設計をやり直すのは効率的ではないと考え, LSIはそのままとし,ソフトウェアを変 する だけで機能追加や設計変 に対応できるよう にならないかと考えた。このアイデアをインテ ル の 設 計 者 で あった テッド・ホ フ ( Ma r c i a n Edwa r dHof fJ r . , 1 9 3 7 )に話し,そういうもの を共同で開発することになった。これが世界最 初のマイクロプロセッサチップの 図4 . 2 マイクロプロッセサのソファー 生につな がった。そして,1 9 7 1年に I nt e l4 0 0 4が完成し た。そして翌年の 1 9 7 2年に,その I nt e l4 0 0 4を 搭載したビジコン Bus i c om 1 4 1 PFが完成し, 1 5 9 , 8 0 0円で発売された。これはプリンタ付き の電子卓上計算機であり,I nt e l4 0 0 4を最初に 用した製品となった。図 4 . 6が Bus i c om 1 4 1 PFであり,図 4 . 7が I nt e l4 0 0 4の拡大図であ る。嶋はその後インテルに移籍し,8ビットの マイクロプロセッサ I nt e l8 0 8 0の開発にも携 わった。その I nt e l8 0 8 0を搭載した世界最初の パソコンが,1 9 7 5年に 4 3 9ドルで発売された 図4 . 3 ムーアとノイスの写真パネル Al t a i r8 8 0 0である。続いてインテル社は,1 9 7 8 年に 1 6ビットのマイクロプロセッサ I nt e l8 0 8 6を開発した。これは,NECの PC-9 8 0 1などに採用され, 対応する OSとして MSDOSなどが開発された。また,1 9 8 1年に開発された I nt e l8 0 8 8は初代 I BM PC に採用された。さらに,1 9 8 5年に 3 2ビットの I nt e l8 0 3 8 6を,1 9 8 9年の I nt e l4 8 6を発売したが,この 博物館には,それらのプロセッサを搭載したパソコンも並べて陳列している。1 umを発 9 9 3年には Pe nt i 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 図4 . 4 Pe nt i um4の拡大図 図4 . 5 Pe nt i umのロゴ一覧 図4 . 7 I nt e l4 0 0 4の拡大図 図4 . 6 ビジコン 売し,以後,Pe ,Pe ,Pe nt i um Pr o,Pe nt i um I I nt i um I I I nt i um 4と進化を続けており,それらを搭載し たマザーボードが多数展示されている。 5 .お わ り に 今回の歴 探訪のきっかけは,情報処理学会から 1 9 8 6年に授与された学術奨励賞の記念メダルであ る。このメダルの表にバベッジの階差機関が刻まれていた。これがどうしてコンピュータに関する日本 最大の学会のメダルに刻まれているのか,それが長年心に引っ掛かっていた。その後,バベッジの階差 機関が世界最初のプログラム可能な歯車式機械であることを知り,コンピュータの元祖といわれる所以 も少しわかった。そして,2 0 0 8年 5月に,そのバベッジの階差機関がコンピュータ歴 博物館で復元さ れ,そのデモが行われることを知った。これを是非自 の目で確認したいと思ったのが,今回の歴 探 訪につながった。実際,コンピュータ歴 博物館を訪問してみると,大きさもさることながら,展示品 コンピュータの歴 探訪 も想像以上に充実しており,そのほかの貴重な 歴 的なコンピュータを多数見ることができ た。そして,新しい技術革新は突然出現するの ではなく,多くの技術者の連続的な改善の連鎖 とそれらの融合により出現することを改めて 再認識した次第である。また,そのコンピュー タの技術革新の過程で,多くの日本人や日本の メーカーが多大な貢献をしていることもわか り,日本人として誇らしく思った。 謝辞 この拙稿を執筆するにあたり,平成 2 0年度 専修大学中期在外研究を利用し,アメリカ西海 岸にあるコンピュータ歴 博物館等の施設の 図5 . 1 学術奨励賞の記念メダル 調査研究を行った。あらためて感謝したい。ま た,ルイビル大学で研究の助言をしていただいた,El ma g hr a by教授と Cha ng教授にも感謝の意を表し たい。 参 考 文 献 [ 1] ht / /www. /,コンピュータ歴 博物館の We t p: c omput e r hi s t or y . or g bサイト. [ 2] ht / / / , 社 情報処理学会コンピュータ博物館の t p: mus e um. i ps j . or . j p () We bサイト. [ 3] ht / /www. bサイト. t p: i nt e l . c om/mus e um/,インテル博物館の We [ 4] 綿貫理明ほか, 『コンピュータ概論―情報システム入門 第 4版』 ,共立出版,2 -9 0 0 6年,7 0 0ページ. [ 5] RonWhi t e , How Comput e r sWor ks,QUE,1 9 9 9 . 内部監査を中心としたシステム監査人の キャリアデザインに関する事例研究 システム監査人における内的キャリアの視点から 花 田 経 新島学園短期大学キャリアデザイン学科) 子 ( A Ca s eSt udyofI nf or ma t i onSy s t e msI nt e r na lAudi t orsCa r e e rDe s i g n A Vi e wpoi ntofI nt e r na lCa r e e ronI nf or ma t i onSy s t e msAudi t or De pa r t me ntofCa r e e rDe s i g n,Ni i j i maGa kue nJ uni orCol l e g e ) Ky okoHANADA ( I n Ent e r pr i s eMa na g e me nt ,i nf or ma t i on s y s t e ma udi ti sv e r yi mpor t a nt . Howe v e r ,t he numbe rofi nf or ma t i ons y s t e ma udi t ori si ns uf f i c i e nti nal otofe nt e r pr i s e s . Be c a us et he r ei sa pr obl e mi nt hei nf or ma t i ons y s t e ma udi t orsc a r e e rde s i g n,i ti sv e r ydi f f i c ul tt obr i ngupt he a udi t or . The n,Idi dhe a r i ngoft he i rc a r e e rde s i g nst ot hr e ea udi t or s .I nt hi spa pe r ,Ide s c r i be t he i rc a r e e rde s i g ns . キーワード :システム監査人,キャリアデザイン,キャリアパス,コア・コンピタンス,意 思決定過程 Ke ywo r d s:Sy s t e msAudi t or ,Ca r e e rDe s i g n,Ca r e e rPa s s ,Cor ec ompe t e nc y ,De c i s i onPr oc e s s 1 . はじめに ∼システム監査人を取り巻く諸問題とキャリアの関係∼ 組織に属しそこで働く現在の人々に共通する課題として,キャリア ( Ca r e e r )の問題が取り上げられ るようになって久しい。I Tを中心とした情報システム ( I nf or ma t i onSy s t e ms )に対し,企画・開発・運 用・保守というそれぞれのライフサイクルの中でユーザではない立場として主体的かつ直接的に関与す る人々を,広義で I もしくは,I T技術者 ( Tエンジニア)とよんでおり,この I T技術者においてキャリ アの問題はほかの職種と比しても多く論議されている課題の一つといえよう。そのような中で,筆者 [2 ]も 2 ,その中で,I 0 0 8 0 0 8年に I T技術者のキャリアデザインについて執筆し웋 T技術者の養成におけ る過去と現状の育成モデルを示したうえで,現状の問題点と高等教育機関における養成手法の試みにつ いて示した。この中で,筆者が専門研究領域とするシステム監査 野については,I T技術者の一つのく くりとしてそのような職種が存在し,知識と経験を必要とする職種としてキャリアパスの上部に示した ものの,あまり詳細には説明していない。I T技術者の中にシステム監査人は含まれてはいるものの,シ ステム監査人のキャリアデザインは他の I T技術者とひとくくりにすることが難しい諸要因があるため でもある。 情報システムを信頼性・安全性・効率性の観点から第三者的立場において客観的に監査することを職 受付 :2 0 1 0年 1月 1 4日 受理 :2 0 1 0年 1月 1 4日 -1 웋詳しくは,山口憲二編著,『キャリアデザインの多元的探究』,現代図書,2 0 0 8年,1 1 1 3 7頁を参照されたい。 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 務とするシステム監査人 ( Sy s t e msAudi t or )は,ここ数年において急激に注目を集めるようになった I T 技術者の一つである。システム監査 ( 情報システム監査,Sy s t e msAudi t )は,おおよそ企業に情報シス テムが利用されるようになった 1 9 7 0年代前半ぐらいより,会計監査やその他の必然性から,システムに おけるブラックボックスを解消し,システムの信頼性・安全性・効率性を確保するために実施されるよ うになった。業務の I T化が進み,情報システムに依存する要素がより強くなった現在においてその必要 性はさらに高まっている。特に,金融商品取引法に基づく内部統制報告制度 ( 以下,J SOX)が国内に おいて実施され,I 以下,I Tに係る内部統制 ( T統制)についてもその中で規定されるようになってから は,システム監査人というプロフェッショナル職は今まで以上に認知されるようになった。システム監 査に関連する資格の取得者も増加する傾向にある。しかし,それでも上場企業におけるシステム監査人 の平均人数は 4 ∼5人で,かつ他の業務監査や関連企業のシステム監査などを兼務するなど,I Tの業務 範囲の拡大に比して充足しているとはいえず,監査人の量の不足は顕著である。 システム監査人は I T技術者の中でも情報システムのライフサイクルの内部に関与するのではなく, 独立した立場で外側から関与することの多い職種であり,かつ,I T技術や業務プロセスに関する知識以 外に,監査手法に関する独自の知見を求められる。必要とされるスキルや考え方が多様であることもあ り,養成は難しい。近年,いわゆる J SOX対応のために監査人を大量採用しようと言う動きもあるもの の,逆に監査の質に悪影響が出ているのではないかという指摘もある。加えて日本企業において 監査 若い世 業務 そのものがそれぞれのキャリアパスの中での 最終地点 としてとらえられることが多く, 代のシステム監査人を企業側から積極的に育てるという他の I T技術者では当たり前のように実施され ていることができていない。システム監査がこれまで以上に求められている一方で,それを担うべき人 材が質量ともに不足しているという問題を解決しなければ,適切な情報システムによる企業経営ができ なくなる恐れもある。経営における情報システムの有効性を高めていくためにも,システム監査人を適 切に養成していくことは喫緊の課題である。 そこで,本稿を含めた今回の一連の研究では,I T技術者の一般的なキャリアデザインとシステム監査 人の外的ワークキャリアの経路について考察した上で,実際にシステム監査人として活躍する 6名の キャリアの事例をとりあげ,意思決定プロセスを中心とした内的ワークキャリア (以下,内的キャリア) の側面から調査することにした。システム監査人のキャリアパスについては,システム監査の研究領域 では議論されているものの,職務経歴などのいわゆる外的ワークキャリアにおける経路の議論や,どん なスキルが必要かと言う議論が中心であり,なぜその職業選択に至り,そこでどの様なスキルや経験を 得たのかという意思決定プロセスを中心とした内的キャリアの研究はこれまで行われていない。そこで 今回はまずシステム監査人の内的キャリアに注目し,それを明らかにすることを試みている。システム 監査人のキャリアパスには,なるまでのキャリアパスと,なってからのキャリアパスの二つの点を検討 する必要があるが,今回は前者のためのキャリアパスに焦点をしぼっている。6名の対象者は退職者で はなく 3 ∼5 情報システムコント 0 0代の現在その 野で活躍する方で,著者も関与している I SACA ( ロール協会)の会員を中心にしている。調査の中では,彼らがシステム監査とどのように出会い,スキ ルをどのように習得し業務を遂行したか,システム監査人としての過去・現在・未来におけるキャリア を自身でどのように意味付けしているのかという点をヒアリングで調査している。したがって,対象者 らにはできる限り具体的な経歴と,様々なキャリアの変遷における意思決定過程を中心に確認してい る。 本稿では,この一連の研究の第一段として,システム監査人のうちの内部監査を主とした監査人 3名 の事例を中心にし,その上でこれらの人材養成のためにどのような要素が必要かを明示化することが主 内部監査を中心としたシステム監査人のキャリアデザインに関する事例研究 な目的である。 2 .I T技術者のキャリアデザイン ∼一般的な I T技術者のキャリアモデル∼ システム監査人のキャリアにおける研究を進めるにあたって,まずは,システム監査人をとりまく 所々の環境についてキャリアの側面から整理することにする。本章ではこのうち,一般的な I T技術者に 関するキャリアデザインについて論ずる。 2 1 .I T技術者と求められるスキル 一般的に,I T技術者とは I Tを中心とした情報システムに対し,企画・開発・運用・保守というそれ ぞれのライフサイクルの中で,エンドユーザではない立場として主体的かつ直接的に関与する人々と表 現される。これらを,もう少し職種別に区 したものが,図表 1の 類である。狭義の I T技術者は,( A) および ( B)であるが,I Tが広く業務プロセスにおいて用いられるようになり,企業経営にも多大な影 響力を及ぼすようになったことから,それらを適切に企画し・アドミニストレーションできる人材も必 要となった。また,監査の視点から,システムに関与する必要性のあるものも存在してきた。このよう な図表 1における ( C)および ( D)に該当する職種も,I T技術者として求められる I Tと情報システム に関する知識を多く求められるため,これらも広義で I T技術者と呼ぶようになって久しい。職種として は,経済産業省などが進めている I Tスキル標準 ( I TSS,I TSki l lSt a nda r d)や情報処理技術者試験など により,職種名称と役割がある程度共通認識として理解されるようにはなっているものの,企業ごとに かなり差異があり,システムエンジニア ( SE)などの用語でほぼ代用されることも多々あるといえる。 図表 1で示される I T技術者のキャリアを論じる際に必ず問題となるのは,I T技術者をどのように養 成するかという点である。I T技術者には ① I T技術に関する専門的知識╱能力,② 業務に関する知 識,③ 一般的なビジネススキルの三つが求められるが,そのうち ① については,学 教育の現場にお いて十 な教育が行われているとはいえず,加えて I T技術自体が進歩の激しい業界であるため継続的 な教育が必要である。そこで,多くの企業では I T技術者を社内で養成することに注力し,それに応じた キャリアモデルが形成されてきた。1 9 7 0年代初頭から用いられ,現在でも根強く われている I T技術 者の人材育成伝統的モデルを図表 2に示す。これは,一般的な開発形態として用いられるウォータ フォールモデルに基づき,まずは採用した新入社員を下流工程のプログラミングに投入して,基本的な I T技術と開発手法をみにつけさせ,スキルや業務内容の周知とともに,中流工程から上流工程へといっ た 上位の職務 へと変遷して行くやり方である。日本企業の場合,海外企業とは異なり最初から専門職 図表 1:I T技術者の区 主な内容 筆者[2 ]より) ( 0 0 8 職種名 ( 主要なもの) ( A)情報システムの開発に主に従事 プロジェクトマネージャ,システムエンジニア,アプリケーションエンジニア, するもの ネットワーク技術者,データベース技術者,We b関連エンジニア,プログラマ, テスト担当者 ( B)情報システムの運用・保守に主に システム管理者,保守担当者,セキュリティ関連担当者 従事するもの 最高情報統括役員) ,I ( C)情報システムの企画等に主に関 CI O( Tマネージャ,システムアドミニストレータ,シス 与するもの テムアナリスト,I Tコンサルタント ( D)その他 システム監査人,セキュリティ監査人 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 図表 2:I 筆者[2 ]より) T技術者の人材育成伝統的モデル ( 0 0 8 としての採用は少ないため,このような方法をつかい,OJ Tとジョブローテーションを組み合わせた人 材育成が一般的であった。したがって,I T技術者のキャリアデザインは,下流工程から上流工程へと キャリアアップ していくというのが一般的なものであり, 企業側はこれを適切に提供することが求め られていた。 2 2 .I T技術者のキャリアデザインにおける現代的モデルとシステム監査人 ところで,1 9 9 0年代後半以降,新しい I T技術の導入や I Tが用いられる業務内容の領域の拡大などに より,I T技術者が保有すべきスキルの幅が従来以上に広がり,今まで以上に I T技術者が質・量ともに 不足するようになった。加えて,従来的な雇用慣行から流動性の高い雇用関係が多く用いられるように なった結果,図表 2の伝統的モデルの完全適用が難しい状況にある。 このような状況の中で,経済産業省を中心として I Tスキル標準 ( I TSS)などが整備され,適用される に至った。I 経験を含めたスキ TSSは,I T技術者の職種を詳細に 類し,その職種に求められるスキル ( ル)を 7段階に設定して,技術者の人材育成から転職市場,現場調達などにおいて,標準として利用さ れることを想定している。情報処理技術者試験においても,平成 2 1年春試験よりこの I TSSのスキルレ ベルに基づいた新試験制度が用いられている。 しかし,I TSSは,I T技術者の職種やあるべきスキルを示したという意味においては大変合理的な考 え方ではあるものの,実際に I TSSで明記されるような詳細な職種 T技術者として働く要員の多くは,I に特化した専門家として従事していない。例えば, システムエンジニア ( SE) という職種一つを取り 上げても,企業によってずいぶん相違워がある。それ故,I TSSによる人材育成や I TSS技術者のキャリ 워システムエンジニア ( SE)という職種は,本来は情報システムのライフサイクルにおいて,企画・開発業務にお ける設計を中心とする職種として位置づけられるのが一般的であるが,プログラマとしての職種を SEと同義で 用いたり,システムの保守を行うものや,顧客に対する営業活動を主としているものまで,多種多様である。一 般的な解釈として,I T技術者がシステムエンジニア ( SE)と同義語でイメージ化されているところもあり,I TSS が実態とかけ離れている側面もある。 内部監査を中心としたシステム監査人のキャリアデザインに関する事例研究 アモデルを形成することは,事実上困難であると言わざるをえない。現状においては,I T技術者の多く は,下流工程から上流工程に向かっていく従来のキャリアモデルと,I TSSが呈示している専門職種やス キルレベルとが共存する形で自身のキャリアを形成している。そこで,これらの状況から形成されたの が図表 3の I T技術者におけるキャリアデザインの現代的モデルである。この現代的モデルにおいては, 業務や I T技術に対する知識レベルが低く経験が少ない I T技術者の多くは,プログラマやシステム管理 者,保守,あるいはシステムエンジニアの見習い的な立場としてキャリアをスタートし,そこから,企 業側・要員自身の双方が求めるキャリアに充当するスキルを身につけて,各職種へと移行している。こ のモデルの中で示されているキャリアパスは,図表 2で示した一方向的なものではなく,多方向に向く ものであり,そのキャリアパスをどう選択していくかが,I T技術者自身と,それを養成する企業・学 教育機関に求められているといえよう。 なお,本稿で問題としているシステム監査人については,図表 3の現代的モデルにおいて CI 最高 O( 情報統括責任者)と同じ位置づけに設定している。CI Oは,トップマネジメントの一員として企業経営 における I Tの全てにおける責任を担う役職として,ここ 1 0年ほど定着してきた役職である。経営学上 では,経営 ( Ma na g e me nt )の対象として監査 ( Audi t )が存在していることからも,少なくとも I Tに対 するマネジメントを行う CI 同等のスキルレベルや経 Oと,I Tに対する監査を行うシステム監査人には, 験が求められるため,この位置づけを設定しているが課題も多い。その課題については次で述べる。 3 . 内部監査を中心としたシステム監査人の養成とキャリア キャリアデザインの研究領域においてはシステム監査人の研究は存在しないものの,システム監査研 究の 野においては,システム監査人の養成などの観点からいくつかの先行研究が行われている。この 中でも,特に吉田[2 ]による『I 0 0 9 T監査プロフェッションの育成』に関する研究が,この 野の中で は最近の実態を反映しているといえよう。本稿では,吉田[2 ]を元に,後述するヒアリングの結果 0 0 9 などを考慮し,内部監査を中心としたシステム監査人の養成とキャリアに関して述べる。 図表 3:I 筆者[2 ]より) T技術者におけるキャリアデザインの現代的モデル ( 0 0 8 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 3 1 . システム監査人に求められるスキルと関連資格 図表 3における I T技術者の現代的モデルにおいて,システム監査人をキャリアパスにおける上位に 位置づけしていることから,I T技術者としての知識と経験を積むことでシステム監査人になれると考 えられがちである。しかしながら,システム監査人は I T技術者の知識と経験だけでは養成することが非 常に難しい。システム監査人が,一般のほかの I T技術者と異なる職種として位置づけられるのもその点 にあるといえよう。 一般的に,システム監査人に求められるスキルには,( a )I T技術者に必要なスキル,( b)監査に必要 なスキルの二種類ある。( a )I T技術者に必要なスキルとは,前節において述べた ① I T技術に関する 専門的知識/ 能力,② 業務に関する知識,③ 一般的なビジネススキルを指している。システム監査人 は,情報システムのライフサイクルを主体的に動かして行く立場ではないため,I T技術に関する専門的 な知識を必ずしも必要とされるわけではないが,業務プロセスにかかる I Tについての知見は当然保有 していなければ,監査業務を遂行することができない。加えて,( b)の監査業務は I T技術者に求められ るスキルには含まれておらず,これがシステム監査人に必要な独自のスキルである。ただ,システム監 査人も他の I T技術者と同様に,これらのスキルについては,技術に関する知識を習得するという方法 と,実務において現場経験を元に習得すると言う方法の両者を組み合わせることによって習得するのが 一般的である。したがって,システム監査人についても,医者や弁護士などのような業務遂行において 必須の資格は存在しておらず웍 ,能力認定を中心とした資格が中心である。 現在,システム監査人に関する資格制度は,下記の四つ웎が一般的に認知されている。 ① システム監査技術者[経済産業省 :情報処理技術者試験] ② CI [I 情報システムコントロール協会) ] SA ( 認情報システム監査人) SACA ( 社)日本内部監査協会] ③ 情報システム監査専門内部監査士[( ④ 専門監査人資格認定制度[システム監査学会] 上記 ①∼④ の資格制度の中で,特にシステム監査人の多くが所有している資格が ① のシステム監査 技術者と ② の CI SAである。① のシステム監査技術者は,一般的な I T技術者の多くが受験する情報処 理技術者試験の中に加えられている資格であり,国内では 1 9 8 6年から実施されてきた経緯を持つ。2 0 0 9 年の 4月から新試験制度の中でいくつかの改訂が行われたが,システム監査技術者は I TSSの中でも高 いスキルレベルが必要とされ,試験制度全体の中では一番レベルの高いレベル 4とされている。 一方,② の CI , 認情報システム監査人)は,国際的に SA ( Ce r t i f i e dI nf or ma t i onSy s t e msAudi t or 広く認知されたシステム監査人の資格として,グローバルに活躍するシステム監査人の多くが所有する 資格である。CI 情報システムコントロール協会)が運営および認定を行っているが,当 SAは,I SACA ( 該団体は,全世界でシステム監査 野や I 9年 Tガバナンスに関与する人材の多くが所属している。2 0 0 末の時点において,世界中の CI SA資格の保有者は約 7 0 , 0 0 0人,国内の保有者が約 2 , 3 0 0人にのぼって おり,特に日本国内ではここ二∼三年のいわゆる J SOX対応ということなどから,CI SA資格に対する 人気が高まっている。 これらの資格制度は,先に述べたようにシステム監査に関する知識を保有しているということをみる 能力認定資格であり,資格がないとシステム監査が実施できないというわけではない。知識の保有に関 する担保であるともいえる。しかしながら,システム監査に関しては実務経験が重要であり,その経験 웍一般的なシステム監査は,監査業務において資格の保有を必須としていない。しかし,一部例外もある。 웎これらの資格の詳細については,堀江正之編著,『I Tのリスク・統制・監査』,同文 出版,2 0 0 9年,1 6 3 1 8 7頁 に詳しいのでそちらを参照されたい。 内部監査を中心としたシステム監査人のキャリアデザインに関する事例研究 があるかどうかを通常の資格試験では判定することは難しい。そこで,システム監査人に関係する上記 の資格試験については,次の二つの方法が主に用いられている。 システム監査技術者では,他の I T技術者のうち高度区 とされる試験と同様に,当該業務の経験がな いと合格できないような試験の実施が行われている。業務経歴書の記載や論文試験の実施などにおい て,実際のシステム監査業務の経験を暗に求めている点웏などが主な特徴である。したがって,合格者の 大半はシステムに関する業務経験や監査の経験を 1 0年近く保有している方が多い。ただ,システム監査 技術者の場合は監査の経験以上に,システムに関する業務経験を強く求められる傾向があるため,一般 的な監査業務からスタートする若い受験者が合格しづらい。 一方,CI SA資格は,資格自体は多岐選択式であり,システム監査に関する知識を身につければ,上 述のシステム監査技術者よりは合格しやすい。しかし,資格保有後のアフターケアは必要であるため, CI SA資格では専門継続教育制度が設けられている。これは,資格の維持に対し,当該監査における実 務経験とそれに伴うスキルの定着を図るための教育を受けることを求める制度である。CI SA試験の合 格と,CI SAとしての認定自体は別であり,I SACA本部に対して年間の継続教育の申立を申請しない限 り資格の維持ができないという仕組みを設けているため,CI SA資格の保有者は常に継続教育のための 活動をしなければならない。その活動を通じて,システム監査人に求められる知識の向上や,経験の増 加などが図られている。近年,この制度は他の資格にも波及しており,上記の ① システム監査技術者試 験の合格者であるシステム監査技術者が多く加入している SAAJ( 特定非営利活動法人システム監査人 協会)なども,システム監査人補 や 認システム監査人 などの制度を設けるようになった。情報セ キュリティ関係の資格や I Tコーディネーターなどでも同様の制度が多数設けられている。 いずれの資格試験においても,資格の合格者の平均年齢は,3 5歳∼4 0歳원であり,一般的な I T技術者 と比較すると 5歳以上高い。システム監査人が対象とする I Tにかかる業務プロセ Tの技術の定着と,I ス全体を理解でき,その上で監査に関する知識を持つことが可能な年齢が,おおよそ 3 0代後半から 4 0 代前半であるといえる。実際のシステム監査人の多くは,4 0代∼5 0代前半が多い。 -2 3 . 内部監査としてのシステム監査人の養成と主なキャリアパス システム監査人に求められるスキルと能力認定・継続教育を求める各種資格試験については,前述の とおりだが,では実際に企業におけるシステム監査人の養成はどのように進められているのか。システ ム監査人の養成は,内部監査としてシステム監査を実施するシステム監査人と,外部監査としてシステ ム監査を実施するシステム監査人で異なる。本稿では,主に内部監査としてのシステム監査人の養成と キャリアパスについて述べる。 内部監査としてシステム監査を実施する場合のシステム監査人の主な業務内容は,いわゆる 助言 を行うことに主な主眼がおかれている。この場合のシステム監査人は,内部監査の一貫として位置づけ られるため,監査対象企業に所属する形でシステム監査を実施している。部署としては,内部監査部門 웏システム監査技術者試験が開始されてから 2 0年ぐらいの間は,上記の試験に対し受験者の年齢制限 ( 2 7歳以上) が設けられていた。これは国内企業におけるキャリアパスに基づいた考え方であったものの,受験者層の拡大を 狙った情報処理技術者試験制度の改訂に伴い受験者の年齢制限は撤廃された。しかし,今でもある程度の実務経 験がないと合格しづらいという状況にはかわりない。 원システム監査技術者試験の合格者は H2 1年春試験の平均年齢で約 3 8歳であり,おおよそ 4 0歳前後で推移して いる。一方,CI SA試験の合格者については統計データがあまり存在していないが,2 0 0 9年の 6月試験後の合格 者説明会に参加した方の平均年齢がおおよそ 3 5歳であった。若干,CI SA資格試験の受験者の方が平均年齢は低 い。その理由は,後述の専門教育制度にあるといえる。 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 図表 4:内部監査としてのシステム監査人の主なキャリアパス の中にシステム監査人として存在する場合と,システム監査部門として存在する場合があり,システム 監査人の平均人数は上場企業で 4 ∼5人である。実務としては,自社内のシステム監査のみを専門と行う 場合と,他の業務監査の一環としてシステム監査を実施する場合があり,また自社以外の関連子会社 国内・海外含む)に対するシステム監査を実施する場合もある。 ( 図表 4で示される通り,内部監査としてのシステム監査人になるまでの主なキャリアパスは,( ア) の情報システム部門などから内部監査部門・システム監査部門などに配属されて,システム監査人にな るという形が一般的である。宇佐美 [2 ] によれば,システム監査が普及し始めた 1 0 0 1 9 8 0年代後半には, 会計監査の一環としてスタートしたと言う経緯もあったため,( イ)の経理部門から内部監査部門に配 属され,システム監査人になるというキャリアパスも存在していたが,現在ではあまりこのキャリアパ スは実施されていない。日本企業の多くは,I T技術者も含めて人材採用の際に専門職としての採用をす るケースは稀であり,ジョブローテーションを基本とした労務管理を行うため,特に内部監査を中心と したシステム監査人は内部の人材のローテーションで形成されている。そのため,キャリアパスも,そ れを前提としたものになる。ただし,他の I T技術者同様に転職も多い。ある程度実務経験を有したシス テム監査人の多くは別の企業に システム監査人 として転職している。内部監査としてのシステム監 査人は,最終的には自社や子会社などの内部監査部門や情報システム部門などでリーダになるか,業務 部門などのリーダになるなどのキャリアパスを進むものが多い。また,実務経験などを買われて大学な どでの研究職や,コンサルタント業などに転職するケースも見受けられる。 このような内部監査としてのシステム監査人の養成については,吉田[2 ]でもその養成手法が取 0 0 9 り上げられている。主な特徴としては,知識獲得のために前述のシステム監査技術者や CI SAなどの資 格試験を受験させることが多く,その後,実際の監査実務を経験しながらシステム監査人として必要な スキルと経験を習得させている。I T技術者の人材養成では一般的なやり方である教育研修制度として の OJ 制度として導入している企業は大変少ない。I Tを, T技術者としてのスキルと実績をもつ人材が, システム監査人になるケースが多いことに加え,システム監査人自体の人数が少ないことで企業側とし ても OJ Tを制度として設けることは費用対効果の側面からそぐわない。それ故,多くのシステム監査人 は監査実務を適切に実施するためにも自己研鑽として I ,日本内部監査協会などに代表 SACAや SAAJ されるような職業団体が実施している教育制度を独自に受講し,またシステム監査学会などの学会に所 属し知見を磨く努力をしている。組織内での教育制度が充実していない代わりに,他の I T技術者に比べ ると外部団体における活動が活発であり,それにより組織に依存しないコミュニティの形成が行われて 内部監査を中心としたシステム監査人のキャリアデザインに関する事例研究 いるのが当該キャリアにおける特徴である。しかし,一方で,このようなシステム監査人の養成が制度 的に行われていない結果,システム監査人の養成には時間を要す上に,質の担保も難しく,被監査部門 や経営者側と監査人の側で監査に対する満足度が異なるなどの多くの問題点が発生しているといえよ う。 4 . 内部監査としてのシステム監査人の事例 内部監査人としてのシステム監査人の事例として,3名 ( A氏,B氏,C氏)の方にご協力いただいて ヒアリング等を中心とした各自のキャリアのトレースを実施した웑 。キャリアデザインの 野では,いわ ゆる職務経歴などをさす 外的キャリア と言う表現と,なぜその職務を選択しているかという内面の 部 を中心としたキャリアを追求する 内的キャリア という表現がある。上述の図表 4では,そのうち の 外的キャリア におけるキャリアパスを示しているが,A氏と B氏は図表 4の ( ア)のケース,C氏 は ( イ)のケースにおおよそ該当する。以下,その事例を述べる。 4 1 . A氏 ( 4 0代男性)の事例 システム監査実務を担当している人物であり, 外 A氏は,現在国内の 合金融サービス企業において, 的キャリアにおけるキャリアパスにおいては,図表 4の ( ア)の典型的な経路をたどっている。A氏の キャリアに関する基本的な情報を図表 5にて示す。A氏の場合,システム監査人としてのキャリアパス のポイントは,第 1に I T技術者として働いた時期,第 2に親会社への転籍から内部監査部門への異動に 至る時期,第 3に CI SAを取得しシステム監査人として働く段階の三つである。 第 1のポイントは I T技術者になった理由と,そこでどのようなスキルを身につけたかである。元から I T技術者になろうとしていたわけではなく,安定を求めて銀行系の情報システム子会社に入社したこ とがきっかけである。企業側のニーズによりシステムエンジニアとして採用されたことで,I T技術者と してのキャリアを歩むことになる。I T技術者としてのスキルは,図表 2で示される伝統的モデルによっ て習得している。しかし A氏の場合は一般的な伝統的モデルよりは一つの職種に滞在する期間が図表 2 より短く,下流工程の実務を経験しつつ,上流の研修・実務をやるなどの工夫が取り入れられていた。そ の主な理由は,当該企業が親会社 ( 銀行本体)から出てきた要件をシステムベンダーにつなぐ,いわば 銀行員とベンダーとの仲介役として位置づけられていたことによる。結果として A氏のシステム監査 人のキャリアにおいて,比較的若い段階から I Tにかかる業務プロセス全体を俯瞰できる能力を身につ けることが可能となった。 第 2のポイントが,なぜシステム監査人になる意思決定を行ったのかである。A氏がシステム監査人 になった直接的なきっかけは,転籍後の親会社において内部監査部門の社内 募があったことであり, キャリアデザインの概念でいうチャンスフォークにのった形での意思決定である。しかし,その意思決 定に至るプロセスの中には,I T技術者としての自身のキャリアをどのように確立していけばよいかと いう A氏自身の葛藤がある。前述の通り,仲介役としての A氏の当時のスタンスは,システム監査人 に必要な潜在能力を身につけるのにはよいが,I T技術者としてシステムの現場で活躍することは将来 的には難しくなる。加えて,親会社웒が外資系に買収された点も影響し,A氏は転職を視野に入れた様々 外的キャリ 웑調査は,おおよそ 2 0 0 9年 1 0月∼1 2月に実施。職務経歴書などを予め提出していただくか職務経歴 ( アに該当するキャリア)を予備調査した上で,2 ∼3時間程度のインタビュー形式で行った。 웒その後,A氏自身がその親会社に転籍している。 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 図表 5:A氏 ( 4 0代男性)のキャリアに関する基本情報 性別╱年齢 男性╱ 4 0代後半 ( 4 6歳) 出身地╱現在地 東京╱東京 最終学歴の区 国立大学 現在の肩書 国内 合金融サービス企業 :監査部 現在の主な職務 監査部所属 :システム監査人 転職経験の有無 自己都合 :1回,親会社への転籍 :1回 関連保有資格 I SACAへの加入時期 情報学部 ( 文化系所属) CI A,CI SA,CI SM,CCSA,第一種情報処理技術者,特別会員内部管理責任者,特別会 員証券外務員一種 2 0 0 3年入会 [1 5年間]<就職>国内大手銀行系情報システム子会社 ( I T技術者) 勤務年数と職務の変遷 [ 2年間]<転籍>国内大手銀行 :システム企画部 ( I T技術者) [ 2年間]<異動>国内大手銀行 :監査部 ( システム監査) [ 4年∼]<転職>国内 合金融サービス企業 :監査部 ( システム監査) な活動をするようになった。その中で,自身の同僚が監査法人へ転職したことも影響してシステム監査 に興味を持ち始め,システム監査技術者試験を受験するなどしている。その頃,偶然にもシステム監査 部門の人員を増やすための社内 募が実施され,その条件が システム部門での経験者 であったこと から応募し,内部監査部門へと異動した。A氏にとってシステム監査人になった意思決定は,偶発的な 機会の提供と,彼自身のキャリア転換に対する潜在的欲求が合致した結果であるといえる。 第 3のポイントは,システム監査人となってからどのようなキャリアパスを経て,現在に至っている かと言う点である。上述の社内 募により内部監査部門に配属されてから,A氏は上司の指示もあり 部門長)による指導と,I CI SAを取得している。上司 ( SACAなどにおける外部での活動を通じた自身 の研鑽と,監査実務 ( システム監査・業務監査の手伝い웓 )を経験しながら自身のスキルを向上させてい る。しかし,上述の通り所属企業が外資系になってしまったことから,トップマネジメント等とのコミュ ニケーションに疲労感を感じることが,その後の自己都合による転職を考える背景になっている。加え て,エグゼクティブやプロフェッショナルの転職市場で活躍しているいわゆるエージェントと呼ばれる 存在の仲介者からのアクセスが,自身のシステム監査人としてのキャリアに対し,客観的な視点をもた らす結果になった。今回の一連の研究では,このエージェントと接触しているケースが多数みうけられ るが,システム監査人の転職では,内部監査としてのシステム監査人の求人はあまり多くはなく,監査 法人のような外部監査としてのシステム監査人の求人が中心になりがちである웋 。A氏は,自身のこれ 월 までのキャリアから内部監査としてのシステム監査人であることを転職の際の意思決定において重要 視した。現職の選択理由は,上司の人間性と業態の広さと言う点に加え,内部監査としてのシステム監 査であることも含まれる。 A氏自身は,システム監査人としてのコア・コンピタンスを「うまくことが運ぶように導く存在であ 웓A氏自身がシステム部門に在籍していたことから,元の部署を監査人として監査する立場になった。当時の所属 先では,システム監査の場合はシステム監査の専門家でチームを形成し,業務監査の場合は業務監査チームにシ ステム監査の専門家として加わったという。 웋 월 また,これらのシステム監査人の求人のうち内部監査としてのシステム監査人の求人の大多数は 開されない。 内部監査を中心としたシステム監査人のキャリアデザインに関する事例研究 ること」と表現し,被監査部門が結果として一番良い方向に導くことができる存在であることにやりが いを感じている。しかし同時に,内部監査としてのシステム監査人における今後のキャリアパスについ ては,現在の職場にその専門性を評価出来る仕組みがないことを問題点としてあげている。A氏のよう に,システム監査人として活躍することが,次のキャリアパスにどのように影響を与えるかと言う点を 内的キャリアにおいて強く意識している場合は,監査部門から先の専門スキルを生かせるキャリアパス をどのように形成するかが課題である。現在 A氏は,内部監査におけるシステム監査人としてのキャリ ア形成に限界を感じ,監査法人などへの転職活動中である。 4 2 . B氏 ( 5 0代男性)の事例 次に,国内の通信系企業子会社にて部長職をしている B氏をとりあげる ( 図表 6 。B氏も A氏同様に ) 図表 4の ( ア)のキャリアパスに該当するが,多くのシステム監査人に共通する自己都合による転職を 経験していない。B氏も I T技術者からシステム監査人になるというキャリアパスを選択しているが,自 身の内的キャリアにおける各種の葛藤を転職ではなく,システム監査人となり外部での活動や研究を遂 行することで解消しようとしている点が A氏や C氏と異なる。B氏のポイントは,I T技術者から出向 までの経緯と,復帰後から病気療養を経た現在までの過程の二つである。 第 1のポイントは,通信系企業において I T技術者としてのキャリアを積みながらシステム監査に出 会う過程である。B氏は,工学修士をもち通信系企業の技術系専門職として就職している。I T技術者と して,金融機関を中心としたシステム開発をするいわばベンダー企業であり,この点も A氏や後述の C 氏と異なる。加えて,B氏のキャリアで非常に特徴的なのは,B氏自身のキャリアにおけるコア・コン ピタンスは「自 自身がわからないことに対するプロフェッショナルになること」であるが,彼が就職 した企業の事業部門では社員のキャリアについて専門職としてはなく,いわゆるジェネラリストとして のキャリアを積ませているところから,コンフリクトが生じている点である。したがって,B氏のキャ リアは外的キャリアとしてはシステム監査人へのキャリアパスを順調に歩んできたように見えるが,実 際には内的キャリアにおけるコンフリクトの中で,システム監査人になりその 野を極めることで安定 性を図ろうとする傾向が強い。I 7年間のうち 1 5年間が開発部門 T技術者としてのキャリアとしては,1 に所属し上述の金融機関系システムの開発 ( 主に端末の開発)に携わり,残りの 2年間を営業職として 自 たちの開発したシステムを顧客に提案するという商品営業の職務についている。I T技術者として のキャリアの中では,図表 2の伝統的キャリアモデルにそって,プログラマからスタートし,上流工程 へと経過して行く中でスキルと実務経験を身につけていった。システム監査については,情報処理技術 者試験のシステム監査試験のブームや,文献など웋 웋から用語や概念について知り興味をもったという。 しかし,B氏所属企業自体では業務監査はあってもシステム監査が実施される状況ではなかった。B氏 は,その後自身の本質的な希望に反し異動によってジェネラリスト職としての I SO業務等に従事する。 ここでは主に Y2 Kなどの対応を中心とし,品質管理・生産性管理・システム監査などを実施することに なるが,自身がやるわけではなく部下の報告を聞く側であった。ただ,セキュリティという新しい 野웋 워 に携われるという点でコンフリクトはなく,プロフェッショナルではないスタッフ職としてやってきた 専門性を高めたいという欲求が生じるようになった。その後の出向も本人自ら希望し,金融系企業が加 웋 웋 おおよそ 1 9 8 5年前後に国内でもシステム監査基準が制定され,I SACA東京支部などの関連団体が 生し,シス テム監査に対する必要性が叫ばれるようになった。B氏がシステム監査を知るようになったのもこの時期であ る。 웋 워 本人は,大学院時代に現在のバイオメトリクス 野の研究に従事しており,自らのかつての専門 野に携われる という意味においてコンフリクトは,なかったとの事である。 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 図表 6:B氏 ( 5 0代男性)のキャリアに関する基本情報 性別╱年齢 男性╱ 5 0代前半 ( 5 3歳) 出身地╱現在地 大阪・北海道╱東京 最終学歴の区 国立大学大学院 ( 修士) 現在の肩書 情報工学専攻 国内情報通信系企業 :部長職 現在の主な職務 品質管理,セキュリティ管理,社内システム管理等 転職経験の有無 自己都合 :0回,関連団体出向 :1回 関連保有資格 I SACAへの加入時期 CI SA,PMP,I SMS審査員補 2 0 0 4年入会 [1 7年間]<就職>国内通信系企業 :金融機関向け商品開発 ( I T技術者・営業職) [ 2年間]<異動>国内通信系企業 :I SO関連業務 [ 3年間]<出向>金融系業界団体 :監査関係部門部長職 勤務年数と職務の変遷 [ 4年間]<復帰>国内通信系企業 :基幹系システム開発業務等 [ 3年間]<異動>国内通信系企業 :システム監査・セキュリティ監査関連業務等 ( シス テム監査人) [ 1年∼]<転籍>国内通信系企業関連会社 :品質管理・I SO関連・システム監査関係業 務等 ( システム監査人) 盟する業界団体の中で監査関係の部長職を経験することになる。通常であれば,システム監査人のキャ リアパスとして大変最適な経路であると考えられがちだが,B氏がついたこの職種は行政職に近く専門 性を高めたいという彼のコア・コンピタンスには合致しない職種であったことから,コンフリクトが生 じている。復帰後のキャリアが見えないという点も内的キャリアにおけるコンフリクトの一因になって いた。 第 2のポイントは,出向から復帰し現職に至る過程でどのようにシステム監査人のキャリアパスを歩 んできたかであるが,ここでは病気療養が彼のキャリアデザインに対し多大な影響をもたらす結果と なった。病気を患うことになった背景には,所属企業の組織変 や復帰後の部長職兼任などの業務負荷 の増大によるストレスが挙げられ,彼は企業の病気療養制度を活用しながら約 3年かけて復帰してい る。彼の持つキャリアに対するコア・コンピタンスと実際の職務とのコンフリクトの中で,それまでは うまく両者に対して折り合いを付ける形で対応してきたが,この病気療養をきっかけに,自身の意思決 定の判断基準において,内的キャリアを重視したコア・コンピタンスに準拠し,それを周りに認めさせ ようと変化している。ここで彼がスタッフ職になってから最もやりたいと考えていたシステム監査につ いての自己研鑽を進め,CI SAの取得やその後の I SACAや学会における研究会活動,業界団体の開催す る勉強会活動などを通じて,知識の習得と組織外部の人脈を獲得するに至った。その後,B氏は所属企 業や関連企業に対するシステム監査や I SO関連の監査業務を実施する立場になった。そこでは,それま でのキャリアにおける I T技術者としての実務経験と,その後の外部を中心とした活動によって培われ たスキルが役立っている。 B氏は,現在,大学の客員研究員として学術的な研究活動も行っているが,システム監査人のキャリ アパスとして日本におけるシステム監査を導入してきた初期の世代の監査人が最終的に選択した研究 職としてのキャリアパスを歩みながら,自身の内的キャリアに基づくキャリアデザインを行っていきた 内部監査を中心としたシステム監査人のキャリアデザインに関する事例研究 いと考えている。A氏同様に,B氏のキャリアパスからも,やはりシステム監査人のキャリアパスとし ての専門性を高める場合において,次のステップをどう形成して行くかが課題となろう。 4 3 . C氏 ( 4 0代男性)の事例 最後に,現在外資系金融機関でシステム監査業務以外の I プロジェクトマネージャー,以下 T技術者 ( 図表 7 。C氏は,A氏や B氏とは異なりシステム監査人とし PM)として活躍する C氏を取り上げる ( ) て必要なスキルを持ちつつ,両者とは違うキャリアパスを歩み,図表 4の ( イ)の経路を っている点 が特徴的である。C氏の場合,システム監査人としてのキャリアパスのポイントは,第 1に外資系証券 会社で経理部門に在籍しながら実質的には I T技術者としてのスキルと実績を積み上げる事になった時 期,第 2にシステム監査に出会い実務を経験した時期,第 3に現職への転職に至る過程の三つである。 第 1のポイントで特徴的なのは,外資系証券会社の経理部門に所属しながらなぜ C氏が I T技術者と してのスキルと経験を積むことができたのかである。第二新卒として入社した外資系証券会社で 5 ∼6 年ほど一般的な経理業務を行う一方で,入社 1年目からシステムのプロジェクトに加えられたことが きっかけである。外資系で若い組織であったため,内部の様々な DBなどが整備されておらずそれへの 対応としてスタートしたものであり,特に OJ Tなどの方法ではなく実際のプロジェクトの経験と独学 で習得した。実質的には,EUDのようなことをしていたといえる。その後,経理部門に所属したまま, 財務の基幹システム作成のプロジェクトに加わることになる。経理部門所属であり業務プロセスを熟知 していることから,当該プロジェクトの PM にとっては貴重な戦力であったと推察される。業務とシス テムのどちらも理解していることは,システム監査人としても,PM としても必須のスキルであるが,C 氏は経理部門でシステムをあつかうという経歴を持ったことによって,その潜在的な基盤が形成され た。当該プロジェクトの終了後は,会計システムのメンテナンスを行うチームの管理者になるが,これ も業務部門とシステム部門の双方のスキルが必要とされる。C氏は,所属する部門の中で与えられた職 務を遂行していくという比較的受動的なキャリアパスを歩む中でこれらのスキルを習得する機会を得 たといえる。 第 2のポイントとして C氏がシステム監査に出会うことになるのは,所属企業が買収されて組織変 が発生したことによる。C氏は,自身のキャリアにおけるコア・コンピタンスについて I Tであると答 えているが,彼にとっては経理部門にいることで蓄積される当該業務の経験よりも,偶発的にかかわる ことになった I T技術者としてのスキルと経験に高い意味付けを見出している。その中で買収元の組織 の提示するポリシーから,業務部門と開発部門の間にたって位置づけられた C氏のキャリアは意味を なさなくなった。その組織変 の前から,被監査部門としてシステム監査を受ける立場にあり,特にシ ステム監査人が行う EUC監査の内容を受けながら,自 自身でもこれなら遂行できるのではないかと 考えるようになったという。組織改変の中で,I T部門に行くかどうかを考えた結果,システム監査人の キャリアに興味を持ち,CI SAの勉強を始め CI SA資格を取得している。ただし,CI SA資格をとってシ ステム監査人になりたいと内部での異動を希望したが,監査部では業務監査になるということもあり, 彼自身は I Tの監査をやりたいと言う希望があったため断念することになった。その間も,I SACAで CI SAや CI SM 関連の外部活動を通じて自己研鑽に励んでいる。その後,C氏は新たに立ち上がったオ ペレーショナルリスク管理部門での業務を 2年ほど行っている。この部門における業務範囲にはセキュ リティや I Tのリスクへの対応などが含まれており,CI SAと CI SM の両方を持つ C氏のスキルに非常 に合致した業務であった。C氏は,ここでシステム監査人と一緒に仕事をしているが,結果的にシステ ム監査の実務に近い業務を遂行することになった。 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 図表 7:C氏 ( 4 0代男性)のキャリアに関する基本情報 性別╱年齢 男性╱ 4 0代後半 ( 4 8歳) 出身地╱現在地 東京╱東京 最終学歴の区 私立大学 現在の肩書 商学部 外資系金融機関 :アジア太平洋地区 PM 現在の主な職務 アジア太平洋地区における経理システムのプロジェクトマネジメント 転職経験の有無 自己都合 :2回 関連保有資格 I SACAへの加入時期 CI SA,CI SM,CGEI T 2 0 0 2年入会 [ 2年間]<就職>国内都市銀行 :支店営業 ( 営業職) 勤務年数と職務の変遷 [2 経理業務,I 2年間]<転職>外資系証券会社 :経理部門 ( T技術者,I Tリスク・セキュ リティ関連業務) [ 1年∼]<転職>外資系金融機関 :経理部門 ( I T技術者) 第 3のポイントは,現職の PM というキャリアを選択した主たる理由である。上述の通り,C氏はシ ステム監査人として必要なスキルと実務をみにつけているにも関わらず,それを選択していない。オペ レーショナルリスク管理部門での 2年間の業務後の異動で,再び経理部門に戻り,経理部門でのシステ ム導入プロジェクトのサブ PM をしていたが,上司の異動などで経理部門の本来業務である経理業務に 特化することが求められるようになり,I T技術者として働くことができなくなった。これが,現職に転 職する主な要因だが,この転職の際に利用したエージェント웋 웍から経理部門にいた人間が I T部門にい くことの難しさを指摘されている。転職市場では,転職希望者の職務経歴のうち企業の業種と所属部署 の名称がまずは重要であり,そのフィルタにかかったケースのみ実際にどのような職務を遂行したのか という内容を判断されるためである。C氏の場合は,経理部門で実質的な I T技術者としての職務経歴を もつため,エージェントのアドバイスにそって経理部門での職務を探し,現職に至る。現在は,図表 7 に示す通り経理システムの PM として,業務の変 の都度発生するプロジェクトを管理する立場にあ る。 C氏のキャリアパスは,上述の A氏や B氏のような内部監査としてのシステム監査人のキャリアパ スの中では大変異例なケースであるといえよう。現状では PM であり,被監査部門に所属するわけだが, 自 自身が前職でのキャリアや I SACAでの活動を通じてシステム監査人に必要なスキルを保有して いるため,現在の業務にもたいへん役立っているとのことである。結果的にではあるが,内部監査とし てのシステム監査人のキャリアパスの中で,C氏のケースは PM やその上位職のキャリアに繋がり,I T 技術者としてのシステム監査人の位置づけに一石を投じる事例である。 5 . 結びに変えて ∼内部監査としてのシステム監査人のキャリアデザインとは∼ 本稿では,内部監査としてのシステム監査人について,キャリアデザインという視点から,内部監査 を中心としたシステム監査人に求められるスキルとその人材育成方法について整理し,図表 4に示され 웋 웍 なお,C氏はこの転職でエージェントを利用しているが,それはたまたまエージェントからたまたま同業他社で の業務はどうかという誘いがあったことから,相談したとのことである。 内部監査を中心としたシステム監査人のキャリアデザインに関する事例研究 るキャリアパスとしてまとめた。また,内部監査を中心としたシステム監査人の中から,現在実務 野 において活躍している 3名の方へのヒアリングを行い,彼らのキャリアについてシステム監査人となる までの過程と,なってからの過程について意思決定プロセスを中心とした内的キャリアのトレースを実 施した。これらの事例研究を通じ,内部監査を中心としたシステム監査人のキャリアデザインについて, 下記の点を結論づけることができよう。 はじめに,内部監査を中心としたシステム監査人の多くは, 結果としてのシステム監査人 であると いう点である。今回のヒアリング対象者を含め,内部監査を中心としたシステム監査人の多くは,自身 の外的ワークキャリアの経路の初期段階でシステム監査人になることをキャリアパスの到達先として いない。むしろ,I T技術者としての職務を遂行する中でそれぞれの内面的なワークキャリアにおける問 題を解決するために った職務経路の先に,システム監査 という 野が存在していたと考えた方が適 切である。A・B・Cの三氏それぞれが,I T技術者として活躍する一環として被監査部門の立場から内 部監査を中心としたシステム監査に触れている。これは,おそらく大企業のシステム部門に所属する I T 技術者に共通する現象であろう。しかし,システム監査に触れる機会が与えられていてもそこからシス テム監査人へのキャリアパスを自らが目標に掲げて能動的にキャリアデザインを行うという I T技術者 は少ない。それは,そもそも内部監査を中心としたシステム監査人として働くことの出来る機会そのも のが限られているためである。三氏のうち,A氏と B氏は偶発的にシステム監査人になったものの,C 氏は関与する職務には就いたもののシステム監査人にはなっていない。システム監査人になるための キャリアパスそのものが非常に狭い選択肢であるため,結果としてシステム監査人 になったと考える 方が妥当である。 次に,内部監査を中心としたシステム監査人は スペシャリストとジェネラリストの双方を い け られる人材 でなければ務まらないという点である。システム監査人に結果としてなった I T技術者の 多くは,専門性に特化することに内的キャリアにおける充足感を持つ傾向が強い。システム監査人は,そ の職務内容のみを考慮すれば I T技術者としての能力に,監査の専門家としての能力を求められるため, スペシャリストとしての活躍を期待されている。実際に多くのシステム監査人は,自身の持つスペシャ リストとしての能力を活かして業務を遂行している。今回のヒアリング対象者のうち,A氏・B氏はそ のスペシャリストとして当該職業に従事できることが,彼ら自身の内的キャリアにおける充足感を高め ていた。それ故,本来システム監査人を育成するためには絶対に必要な教育研修制度等が未発達であっ たとしても,自 自身の私的な時間や財産を費やしてスキルを身につけるという行為を実施することが できるといえよう。しかしながら,内部監査を中心としたシステム監査人の多くは,企業内部のジョブ ローテーションの一環としてシステム監査人に従事しているため,企業側としては他部署への異動など にも充 対応できるジェネラリスト的な人材の方が望ましい。したがって,スペシャリスト的な職務を 求められるシステム監査人は,ジェネラリストとして当該企業内で別のキャリアデザインを指向する か,スペシャリストとして他へ転職するキャリアデザインを指向するかの選択をいずれ求められる。A 氏・B氏はスペシャリストとしてのキャリアデザインを全うする選択を選んでいる。いずれにしても,内 部監査を中心としたシステム監査人のキャリアデザインの多様化が実現されないことには,システム監 査人が内的キャリアを充足させた上で自身の適切なキャリアを設計して行くことが難しくなるといえ よう。 内部監査を中心としたシステム監査人は,現状では I T技術者を中心に,限られた機会の中でほぼ自己 努力のようなスタイルでの人材養成が行われてきている。なるまでの機会が限られ,人材育成が制度的 に実施されず,なってからのキャリアパスが未整備という状況では,優秀なシステム監査人を育て,経 情報科学研究 No.3 0( 2 00 9) 営に適切に寄与できるシステム監査を実施することは困難である。今後は,システム監査人の人材育成 のためにも,内的キャリアを考慮した上での適切なキャリアデザインの構築を図っていくことが,重要 である。 ■情報科学研究所活動日誌 ( 平成 2 1年 1月∼1 2月) 平成 2 1年 1月 2 3日 第 6回定例研究会 ●伊東洋一準所員 ( 実践的ソフトウェア教育コンソ−シアム) 「情報リテラシ基礎演習の授業運営―PBL手法の活用―」 ●清水將吾準所員 ( 産業技術大学院大学) 「ロジカルシンキングをベースとした情報リテラシ基礎演習」 ●花田経子準所員 ( 新島学園短期大学) 「KJ法の活用に基づいたディベート準備の試みと結果」 ●植竹朋文所員 ( 経営学部) 「セメスター制の導入による経営学部一年次の情報教育の変化について」 ●山縣修準所員 ( 情報処理相互運用技術協会) 「グループ編成による情報リテラシ教育」 ●渥美幸雄所員 ( 経営学部) 「個人演習中心の情報リテラシ授業の試み」 ●廣澤敏夫準所員 ( 先端力学シミュレーション研究所) 「( 再) 「情報処理入門」の実施報告―事前アンケートによる演習実施―」 ●大曽根匡所員 ( 経営学部) 「情報処理入門のテキスト改訂の課題」 ●石井徹也氏 ( 共立出版) 「情報系テキスト出版の現状と報告」 ●魚田勝臣所員 ( 経営学部) 「情報リテラシ教育を振り返って」 平成 2 魚田教授の退官記念研究会) 1年 3月 5日 第 7回定例研究会 ( ●魚田勝臣所員 ( 経営学部) 「情報科学研究所と私」 ●渥美幸雄所員 ( 経営学部) 「大学院と情報科学研究所との連携」 ●大曽根匡所員 ( 経営学部) 「経営学部と情報科学研究所との連携」 ●綿貫理明所員 ( ネットワーク情報学部) 「ネットワーク情報学部と情報科学研究所との連携」 平成 2 1年 3月 5日 第 8回定例研究会 ●小林隆所員 ( ネットワーク情報学部) 「認知科学的アプローチによるビジネスプロセスモデリング ―La / ng ua g e Ac t i onPe r s pe c t i v eを適用した BPR―」 平成 2 1年 5月 2 6日 第 1回定期 会・運営委員会 平成 2 経営研究所共催) 1年 6月 2 4日 第 1回定例研究会 ( ●橋田洋一郎所員 ( 経営学部) 「製品戦略におけるデザインの意義と役割」 平成 2 1年 6月 3 0日 第 2回定例研究会 ●森本祥一所員 ( 経営学部) 「要求定義から要求戦略へ―本当に「 える」システムを目指して―」 平成 2 1年 7月 1 4日 第 3回定例研究会 ●飯田周作所員 ( ネットワーク情報学部) 「形式手法とその応用―ビジネスプロセスのリスク 析を例として―」 平成 2 1年 7月 1 7日 第 4回定例研究会 ●清水將吾準所員 ( 産業技術大学院大学) 「情報リテラシ教育の成績評価について」 ●植竹朋文所員 ( 経営学部) 「来年度以降の対応について」 ●伊東洋一準所員 ( NTTソフトサービス) 「情報処理入門の授業運営」 ●花田経子準所員 ( 新島学園短期大学) 「情報リテラシ教育における機器操作と内容理解の定着に対する検討」 ●山縣修準所員 ( 情報処理相互運用技術協会) 「演習課題の解答時間 布について」 ●森本祥一所員 ( 経営学部) 「経営学部における情報システム導入教育と情報リテラシ教育の実践」 ●廣澤敏夫準所員 ( 先端力学シミュレーション研究所) 「( 再) 「情報システム入門」の成果と課題 ―RENANDIを主,電子メールを従とした講義―」 ●大曽根匡所員 ( 経営学部) 「教科書の改訂に向けての課題」 ●渥美幸雄所員 ( 経営学部) 「情報系基礎科目の学生への動機付け」 ●魚田勝臣所員 ( 経営学部) 「情報教育について―学外にて想うこと」 平成 2 大学院学生大会) 1年 9月 1 2日 第 5回定例研究会 ( ●土屋絵梨研究員,佐藤創所員 ( 経営学研究科) 「フーリエ変換とウェーブレット変換―楽器の識別から―」 ●池田大輔研究員,大曽根匡所員 ( 経営学研究科) 「ペトリネットに対するビジュアル・シミュレータの開発」 ●一條貴彰研究員,大曽根匡所員 ( 経営学研究科) 「コンピュータゲームにおける NPC制御の研究」 ●永井美帆研究員,大曽根匡所員 ( 経営学研究科) 「鉄道路線の変遷と経済効果の研究」 平成 2 1年 1 1月 1 0日 第 6回定例研究会 ●岩尾詠一郎所員 ( 商学部) 「都心部での環境に優しい 通機関のあり方」 平成 2 1年 1 1月 1 0日 第 2回定期 会・運営委員会 平成 2 1年 1 1月 2 4日 第 7回定例研究会 ●綿貫理明所員, 永賢次所員,山下清美所員, 戸口裕人氏,小菅拓真氏,堀越永幸氏 ( ネットワーク情報学部) 「マッシュアップ技術を用いた入試支援システムの開発 ―Goog l e地図上への高 ネットワーク作成と集合知の形成―」 平成 2 ネットワーク情報学部共催) 1年 1 1月 2 7日 特別講演会 ( ●まつもとゆきひろ氏 「UNI 」 X+OSS+Ruby ■共同研究助成 ( 平成 2 1年度) ① 쓕 フレームワークを利用したエンタープライズ・アーキテクチャにおける成果物の検証法の提案」 森本祥一所員,渥美幸雄所員 ② 쓕 文理融合学部における情報リテラシー教育の方法についての研究」 吉田享子所員,飯塚佳代所員 ③ 쓕 専修大学情報科学研究所の起源と発展の研究」 綿貫理明所員,大曽根匡所員 ④ 쓕 シミュレーション・システムの教育現場への適用可能性に関する研究 ∼社会シミュレーションのシミュレーション技法の評価を通じて∼」 岩尾詠一郎所員,生田目崇所員 ⑤ 쓕 顧客接点における文字と画像の関わり」 橋田洋一郎所員,植竹朋文所員 ⑥ 쓕 教員免許 新講習のための教材開発―メディアコミュニケーションに関する講習に関して―」 望月俊男所員,砂原由和所員 ■刊行物 ( 平成 2 1年 1月∼1 2月) ◆年報「情報科学研究 第 2 平成 2 9号」( 1年 3月発行) ① 쓕 情報教育」序説―」( 論文) e Le a r ni ngにおける情報倫理―쓕 梅本吉彦 ( 法学部) ,小島喜一郎 ( ネットワーク情報学部) ② 쓕 経営学部における情報系科目の変遷」( 論文) 大曽根匡 ( 経営学部) ③ 쓕 論文) e Le a r ni ngコンテンツにおける定性的 析法の提案」( 永田奈央美,岡本敏雄 ( 電気通信大学) ④ 쓕 コミュニケーション能力の改善を目的とした情報リテラシー教育に関する考察」( 研究ノート) 花田経子 ( 新島学園短期大学) ◆所報「専修大学情報科学研究所所報 第 7 平成 2 0号」( 1年 2月発行) ① 쓕 シミュレーション 析結果とデータの 開に関する研究―倉庫内作業の効率化シミュレーショ ンを利用して」 岩尾詠一郎,小島崇弘,内野 明 ( 商学部) ② 쓕 睡眠導入装置および心理生理効果授与システムに関する研究報告」 魚田勝臣,等々力理恵,高橋英夫,渡辺博志 ( 経営学部) ◆所報「専修大学情報科学研究所所報 第 7 平成 2 1号」( 1年 3月発行) ① 쓕 複数の演習を組み合わせた Pr oj e c tBa s e dLe a r ni ngの実践―情報戦略 合演習の複数のクラスに よる横連携と川崎市の外部連携の事例より―」 飯塚佳代,吉田亨子 ( ネットワーク情報学部) ② 쓕 一般住宅内ブロードバンド通信技術の評価」 渥美幸雄 ( 経営学部) ◆欧文誌「I 」( 平成 2 nf or ma t i onSc i e nc ea ndAppl i e dMa t he ma t i c s ,Vol . 1 6 1年 3月発行) ① 쓕 」 Ont heg e ne r a l i z a t i onofv onMi s e sdi s t r i but i onsont hec i r c l e Mi nor uTANAKA 『情報科学研究』投稿規程 目的) ( 第 1条 『情報科学研究』( 以下,本誌と称する)は,情報科学に関連する諸問題の研究及び応用を促進するた めに,独 的な研究成果を 表することを主な目的とする。 投稿資格) ( 第 2条 本誌への投稿原稿の著者は,情報科学研究所の所員または準所員であることを要する。 2 . 共著の場合には,共著者の内少なくとも 1名が本条第 1項に定める投稿資格を有していれば,他の著 者の資格は問わない。 投稿原稿) ( 第 3条 投稿原稿は第 1条に掲げた目的に合致し,かつ他の刊行物には未発表な ( あるいは投稿中ではない) オリジナルなものでなければならない。 2 . 投稿原稿の種類は,論文または研究ノート,資料,書評等とする。 『情報科学研究 3 . 投稿原稿は原則としてワードプロセッサ原稿で 3部提出する。論文の投稿においては 論文執筆要項』( 以下,執筆要項と称する)を遵守すること。論文以外の原稿を投稿する場合にも,そ の様式は原則として執筆要項に準ずること。投稿原稿は返却しない。 4 . 投稿原稿が,執筆要項から逸脱している場合,本誌編集委員会は著者に原稿の修正を要求すること, または本誌編集委員会の判断で原稿を修正することができる。 投稿論文の審査) ( 第 4条 投稿論文は,複数の査読者によって審査される。審査は論文受付後,2週間以内に行うものとする。 2 . 審査の結果,論文の訂正を要すると判断された場合,原則として 1ケ月以内に再提出しなければなら ない。1ケ月を越えたときには,本誌次号への新規投稿として扱うこととする。 投稿原稿の採否および掲載) ( 第 5条 投稿論文の採否および掲載は,審査結果を基に本誌編集委員会が決定する。 2 . 論文以外の投稿原稿の採否および掲載は,本誌編集委員会が決定する。 3 . 投稿原稿の受付日は,本誌編集委員会が原稿を受け取った日とする。また,受理日は論文の掲載を本 誌編集委員会が決定した日とする。 採用された原稿の 正) ( 第 6条 採用された原稿の著者による 正は初 のみとし,訂正範囲は原稿と異なる字句の訂正に限る。 著作権) ( 第 7条 掲載された原稿の著作権は,原則として情報科学研究所に帰属する。特別の事情により情報科学研 究所に帰属することが困難な場合には,申し出により著者と情報科学研究所との間で協議の上措置す る。 2 . 著作権に関して問題が発生した場合には,著者の責任において処理する。 3 . 著作人格権は著者に帰属する。著者が掲載された論文等を複製や転載する等の形で利用することは 自由である。ただし,掲載先には出典を明記しなければならない。 『情報科学研究』論文執筆要項 原稿の様式) ( 第 1条 原稿は日本語の横書きで記述する。 行×4 2 . 原稿は,B5版用紙 1枚に 4 4字/ 1行(字数は全角文字数)を目安とする。 3 . 論文原稿は 2 0枚程度,研究ノートの場合は 1 5枚程度,書評の場合は 1 0枚程度を目安とする。 ただし,いずれの場合も特に厳密な制限とはしない。 4 . 投稿にあたってはワードプロセッサ原稿と共に, 3 . 5インチ 2 HD または 2 DD のフロッピーディスク に格納した Wor dのファイルを添付すること。Wor dファイルは,数式や表等をそのまま印刷できるよ うに書体や書式を設定する。 原稿の体裁) ( 第 2条 原稿の 1枚目には,投稿した内容を表す題名と著者名,所属を日本語と英語で併記し,著者の連絡 先住所と電話番号を記述する。 2 . 原稿の 2枚目には題名と英文の要旨,キーワードを記述する。英文要旨は 1 5 0ワード程度とし,キー ワードは 5つ程度とする。なお,キーワードは英語も併記する。 3 . 原稿の本文は 3枚目から始め,ここを 1ページとして以下通し番号を付ける。 必要があれば)謝辞,注,参 文献,( 必要があれば)付録の順で構成する。 4 . 原稿は本文,( 5 . 本文は章,節,項の区別を明確にし,それぞれに通し番号を付ける。 原稿の表記法) ( 第 3条 図表には,それぞれ通し番号と表題を付ける。また,数式にも通し番号を付ける。 を付け,本文の後にまとめて番号順に記述する。 2 . 注は当該文末に肩付き注웋 웗 3 . 人名は原則として原語で表記する。ただし,広く知られているもの,また印刷が困難なものに関して はこの限りではない。 4 . 文献を本文中で引用する場合は 著者名[発行年] または 著者名[発行年,参照ページ] のよう に記す。同姓の著者の文献を引用する場合は 姓名 と記し,同姓同名の著者の文献を引用する場合は 著者名 ( 所属機関) と記す。また,同じ著者の同一年の文献を複数引用するときは,発行年にアル ファベットを付ける。 ( 例) 山田[1 ]によれば…… 9 9 7 ,p. 1 2 8 鈴木[1 ]はこの 野における…… 9 9 0 小山一郎[1 ]と小山五郎[1 ]は,この点にかんして…… 9 8 9 9 9 3 大山太郎 ( 専修大学) [1 ]と大山太郎 ( [1 ]の相違は…… 9 9 4 J CN 研究所) 9 9 2 小山[1 a ,1 9 9 5 b]によれば,オブジェクト指向…… 9 9 5 5 . 参 文献は,本文中に引用したもののみを最後に一括して記述する。日本語文献は著者名の 5 0音順 に,欧文文献は著者名のアルファベット順に配列する。 6 . 参 文献は以下の書式に従って記述する。 ① 和雑誌 :著者名, 「論文名」 , 『雑誌名』 ,巻数,号数,発行年月日,掲載ページ. 例)山田太郎, 「DSSの現状」 , 『情報科学研究』 ,第 3巻,第 2号,1 ( 9 9 2年 4月,1 0 2 0ページ. ② 和著書 :著者名, 『書籍名』 ,出版社,発行年. 例) 山田太郎, 『DSSの現状と展望』 ,J ( CN 出版,1 9 9 3年. ③ 和編著 :著者名,「論文名」 ,編著者名『書籍名』 ,出版者,発行年,掲載ページ. 例) 山田太郎, 「DSS」 ,鈴木一郎編『情報システムの変遷』 ,J ( CN 出版,1 9 9 5年,1 2 3 1 4 7ペー ジ. ④ 洋雑誌 :著者名, 論文名 ,雑誌名,巻数,号数,発行年月日,掲載ページ. 例) Smi ( t h,J . , AnI nt r oduc t i ont oDSS,DSS J o ur nal ,Vol . 3 ,No. 2 ,Apr i l1 9 9 2 ,pp. 1 0 8 1 2 6 . ⑤ 洋著書 :著書名,書籍名,出版社,発行年. 例) Smi v e l o p me nto f DSS,DSSPr e s s ,1 9 9 3 . ( t h,J . ,TheDe ⑥ 洋編著 :著者名, 論文名 ,編著者名,書籍名,出版社,発行年,掲載ページ. 例) Smi ( t h,J , ThePr i nc i pl eofDSS,J one s ,D.( e d. ) ,Hi s t o r yo fDSS,DSSPr e s s ,1 9 9 7 ,pp. 3 2 3 3 5 9 . 7 . その他,疑義がある場合は,一般に広く認められている書式を一貫して 用すること。 専修大学情報科学研究所規程 目 的) ( 第 1条 専修大学情報科学研究所 ( 以下 쓕 研究所」という。 情報科学の研究及び教育並びに学内でのコ )は, ンピュータ利用の促進及び普及に資することを目的とする。 事 業) ( 第 2条 研究所は前条の目的を達成するため,次に掲げる事業を行う。 ( 1 ) 研究及び調査 ( 2 ) 研究及び調査の成果の刊行 ( 3 ) 研究資料の募集及び保管 ( 4 ) 研究会,講演会,講習会等の開催 ( 5 ) 研究及び調査の受託又は指導 ( 6 ) コンピュータ利用研究者の 流及び情報 換の促進 ( 7 ) その他前条の目的を達成するために必要な事項 所員・準所員・研究員) ( 第 3条 研究所の事業を実施するために所員,準所員及び研究員を置く。 2 . 本学の専任教員であって情報科学の研究またはコンピュータを利用する研究に従事する者は所定の 手続きを経て研究所の所員となることができる。 3 . 兼任講師及び学外研究者で本研究所への所属を希望する場合は,運営委員会の審議を経て,所長が承 認することにより準所員となることができる。 特修プログラム履習者等を含む)及び博士後期課 4 . 本学大学院研究科修士課程に在籍する大学院生 ( 程に在籍する大学院生で本所究所への所属を希望する場合は,運営委員会の議を経て,所長が承認する ことにより研究員となることができる。 所 長) ( 第 4条 研究所に所長を置く 2 . 所長は研究所を代表し,所務を統括する。 3 . 所長は研究所 会の推薦に基づき学長が任命する。 4 . 所長の任期は 2年とする。ただし,再任を妨げない。 5 . 所長が任期中に辞任したとき,後任者の任期は前任者の残任期間とする。 研究所 会) ( 第 5条 研究所 会は所長及び所員をもって構成する。委任状を含めて構成員の 2 の 1を超える数の出席 によって成立し,次の事項を協議する。 ( 1 ) 研究所の予算,事業計画及び研究所の運営に関する重要事項 ( 2 ) 研究,調査等に関する事項 ( 3 ) 研究及び調査等の受託に関する事項 ( 4 ) 所長から付議された事項 ( 5 ) その他第 2条にかかわる事項 2 . 研究所 会の議事についてはこれを記録する 第 6条 研究所 会は,所長が毎年 5月及び 1 1月にこれを招集する。 2 . 所長が必要あると認めたとき前項の規定にかかわらず,臨時に研究所 会を招集することができる。 3 . 所長は,所員の 4 の 1以上の要求があるとき,前項の規程にかかわらず,すみやかにこれを招集し なければならない。 第 7条 研究所 会の議決は,出席した所員数の過半数の賛成を必要とする。 運営委員会) ( 第 8条 研究所の事業運営に資するため,研究所に運営委員会を置く。 2 . 運営委員会は次に掲げる事業を行う。 ( 1 ) 予算案及び決算報告書の作成 ( 2 ) 事業計画及びその運営にかかわる企画 ( 3 ) その他研究所の運営に必要な事項 3 . 運営委員会は運営委員若干名をもって構成する。 4 . 運営委員は研究所 会の議を経て,所員のうちから所長が委嘱する。 5 . 運営委員の任期は 2年とする。ただし再任を妨げない。 6 . 運営委員が任期中に辞任したとき,後任者の任期は前任者の残任期間とする。 事務局) ( 第 9条 研究所の事務を処理するために事務局を置く 2 . 事務局に事務局長及び事務局員若干名を置く。 3 . 事務局長は所長が委嘱する。 4 . 事務局員は専任教員である所員より運営委員会の議を経て所長が委嘱する。 事務職員) ( 第1 0条 所究所に事務職員を若干名置くことができる。 経 理) ( 第1 1条 研究所の経費は大学経常費及び研究所への指定寄付金ならびにその他の収入をもって支弁する。 第1 2条 この規程の改廃は研究所 会の発議に基づき学長が行う。 付 則 1 . この規程は平成 1 0年 6月 1 2日から施行する。 2 . この規程の施行と同時に,昭和 6 0年 4月 1日制定の「専修大学情報科学センター情報科学研究所運営細 則」は,廃止する。 3 . この規程施行当初の所長は,現情報科学研究所長がこれに当たるものとし,その任期は第 4条第 4項の規 程にかかわらず,平成 1 1年 3月 3 1日までとする。 平成 2 五十音順) 1年度情報科学研究所所員名簿 ( 所長 本学専任教員 ( 6 8名) 氏 名 当 青木 憲二 事務局長 新井 範子 飯田 周作 会計 飯塚 佳代 企画・年報 氏 名 担 当 氏 名 奥村 輝夫 内藤 豊昭 小沢 一郎 永瀬 治郎 神白 哲 中村 友保 加藤 茂夫 生田目 崇 鐘ヶ江晴彦 上平 崇仁 広報 橋田洋一郎 英也 栗芝 正臣 所報 林 石原 秀男 小島 崇弘 運営委員 福島 義和 板坂 則子 小林 企画 福冨 忠和 伊藤不二洋 小藤 康夫 石 隆 本田 厚子 運営委員 齋藤 雄志 永 賢次 岩尾詠一郎 研究会 坂口 幸雄 望月 俊男 植竹 朋文 研究会 佐藤 植 日子太郎 宇佐美嘉弘 英文誌 望月 宏 佐藤 弘明 本江 渉 三邊ユリ子 森本 祥一 運営委員 梅本 吉彦 高萩栄一郎 内野 明 髙橋 江原 淳 田口 冬樹 山下 清美 竹村 憲郎 山田 耕嗣 大西 勝明 田中 貞夫 吉田 享子 大林 田中 大曽根 匡 所長 守 裕 稔 荻原 幸子 蔡 イン錫 奥村 経世 津久井康之 当 義雄 伊東 洋三 創 担 根間 弘海 徹 石崎 匡 2 0 0 9年 1 1月 1 0日現在 担 渥美 幸雄 大曽根 SC室長 所報 矢澤 清明 山上 精次 年報 英文誌 渉外 渡辺 展男 綿貫 理明 渉外 参与 ( 3名) 藏下 勝行 坂本 實 魚田 勝臣 朝野 熙彦 伊藤不二洋 伊東 洋一 大場 國彦 岡田 和秀 香山 瑞恵 串田 高幸 小島喜一郎 小西 範幸 崎野 滋樹 清水 將吾 関 亜紀子 高橋 正憲 高柳 美香 田窪 昭夫 出牛 正芳 永田奈央美 野田 紘熹 花田 経子 廣澤 敏夫 増井 久之 溝口 徹夫 森 山縣 一條 貴彰 土屋 絵梨 永井 美帆 準所員 ( 2 5名) 克美 修 渡辺 俊幸 研究員 ( 4名) 池田 大輔 数 1 0 0名 平成 2 1年度 情報科学研究所 事務局員・運営委員名簿 事務局員 所 長 大曽根 匡 事務局長 渥美 幸雄 会 計 飯田 周作 SC 室 長 永 賢次 年 報 高橋 裕 飯塚 佳代 所 報 栗芝 正臣 森本 祥一 英 文 誌 宇佐美嘉弘 田中 研 究 会 植竹 朋文 岩尾詠一郎 企 画 小林 飯塚 佳代 広 報 上平 崇仁 渉 外 綿貫 理明 事 務 肥後 智子 隆 稔 吉田 享子 運営委員 瓶子 長幸 ( 経営学部長) 中村 友保 ( ネットワーク情報学部長 ( ∼8月) ) 伊東 洋三 ( ネットワーク情報学部長 ( 9月∼) ) 齋藤 憲 ( 大学院経営研究科長) 佐藤 創 ( 情報科学センター長) 小島 崇弘 ( 研究所員代表) 綿貫 理明 ( 前所長) 大曽根 匡 ( 所長) 渥美 幸雄 ( 事務局長) 執筆者 石 英 也 ネットワーク情報学部) ( 梅 本 吉 彦 法学部) ( 小 島 喜一郎 ネットワーク情報学部) ( 永 賢 次 ネットワーク情報学部) ( 大曽根 匡 花 田 経 子 経営学部) ( 新島学園短期大学キャリアデザイン学科) ( 平成 2 2年 2月 2 6日 印 刷 平成 2 2年 3月 1日 発 行 編集人 大曽根 匡 髙 橋 裕 飯 塚 佳 代 発行所 専 修 大 学 情 報 科 学 研 究 所 発行人 情 報 科 学 研 究 Bul l e t i noft heI ns t i t ut eofI nf or ma t i onSc i e nc e Se ns huUni v e r s i t y No. 3 0 〒2 -8 -1 -1 1 4 5 8 0川 崎 市 多 摩 区 東 三 田 2 電話 0 -1 4 4 9 1 1 2 3 8 印刷所 笹 氣 出 版 印 刷 株 式 会 社 東 京 営 業 所 〒1 0 8 0 0 2 3東 京 都 港 区 芝 浦 -1 -3 2 4-1 3MCKビル 2階 電話 0 3 4 5 5-4 4 1 5