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参考文献 - 三菱総合研究所

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参考文献 - 三菱総合研究所
JOURNAL OF MITSUBISHI RESEARCH INSTITUTE
所報
53
2010 No.
所報53号.indb 1
10.5.18 1:43:02 PM
三菱総合研究所/所報
研究論文 Research Paper Page 4
MARKAL-JAPAN-MRI による
2050 年エネルギー環境ビジョンの策定
Development of the 2050 Energy Environment Vision by MARKAL-JAPAN-MRI
提言論文 Suggestion Paper Page 30
地方自治体における行政評価 12 年の歩みと今後の展望
Progress of Public Sector Evaluation in Local Government in 12 Years and Future
Prospects
調査レポート Survey Report Page 54
「35 歳 1 万人アンケート」からみえてきた課題
Challenges Found through“the Questionnaire Directed at 10,000 People Aged 35”
技術レポート Technical Report Page 66
移動軌跡データを用いた鉄道利用者の行動把握
Grasping Railway Users’Behavior Using Trajectory Data
技術レポート Technical Report Page 78
見える化による効果的な人材育成
〜科学的な OJT の実施〜
Effective Personnel Development through Visualization
– Scientific Implementation of OJT –
研究ノート Research Note Page 92
事業リスク管理への動的モデルの適用
Application of Dynamic Model to Business Risk Management
研究ノート Research Note Page 102
情報システムにおけるシステム外因子対策による
可用性向上に関する考察
Study on Improvement of Usability of Information Systems through Measures on External
Factors of Systems
研究ノート Research Note Page 110
基幹情報システム投資のマネジメントと効果創出
How to Manage to Invest in Enterprise Information Systems and Emergence of Return
研究ノート Research Note Page 122
e デモクラシーの動向と展望
〜再び注目が集まる e デモクラシー〜
Trend and Prospects of E-Democracy – E-Democracy Gaining Attention Again –
筆者紹介 Page 142
所報53号.indb 2
10.5.18 1:43:02 PM
No.53
鈴木 敦士
Atsushi Suzuki
園山 実
Minoru Sonoyama
川崎 祐史
Yuji Kawasaki
船曳 淳
Jun Funabiki
馬場 史朗
Shiro Baba
渡邊 裕美子
Yumiko Watanabe
展望
2010
田渕 雪子
Yukiko Tabuchi
吉池 基泰
Motoyasu Yoshiike
〜
白石 浩介
Kousuke Shiraishi
本田 えり子
Eriko Honda
加藤 勲
Isao Kato
鯉渕 正裕
Masahiro Koibuchi
魚住 剛一郎
池ノ内 智浩
Koichiro Uozumi Tomohiro Ikenouchi
佐々木 伸
Shin Sasaki
丸貴 徹庸
Tetsu Maruki
牛島 由美子
Yumiko Ushijima
古屋 俊輔
Shunsuke Furuya
佐藤 誠
Makoto Sato
rnal
小橋 渉
Wataru Kohashi
中西 祥介
Shosuke Nakanishi
米山 知宏
Tomohiro Yoneyama
所報53号.indb 3
10.5.18 1:43:02 PM
4
研究論文 Research Paper
研究論文
MARKAL-JAPAN-MRI による
2050 年エネルギー環境ビジョンの策定
鈴木 敦士 園山 実 川崎 祐史 船曳 淳 馬場 史朗
渡邊 裕美子
要 約
アジアを中心とする新興国の経済発展とエネルギー消費増加により上昇が見込
まれる資源価格、そして温室効果ガスの削減という環境制約の下で、日本経済を
2050 年に向けて持続的に発展させるためには、民生部門のライフスタイルの大き
な変化、運輸部門のグリーン化、それに呼応したエネルギー供給構造の脱化石燃料
化等のエネルギーの消費・供給基盤の変革が必要である。
三菱総合研究所では、今から進めなければならないエネルギーの消費・供給基盤
の変革を実現する方策と実現のために負うべき経済負担等について、線形計画法に
よるエネルギーモデルを用い、あわせて市民アンケート等も実施しながら多面的、
具体的な検討を行った。
その結果、現状技術及び開発見通しがある技術を産業・民生・運輸・発電の各部
門で適切に導入することによって、日本経済を持続的に発展させつつ、2050 年に
二酸化炭素排出量を 2005 年比で 60% 削減することが可能であることが示された。
目 次
1.はじめに
2.MARKAL-JAPAN-MRI の開発
2.1 MARKEL-JAPAN-MRI の概要
2.2 需要・技術の入力フレーム
3.我が国将来の経済社会シナリオ
3.1 労働力
3.2 民間資本ストック
3.3 我が国 GDP 想定
4.我が国将来のエネルギーサービス需要
4.1 産業部門需要想定
4.2 民生部門のエネルギーサービス需要
4.3 運輸部門のエネルギーサービス需要
5.将来のエネルギー技術想定
6.2050 年に至るエネルギー環境ビジョン
6.1 最終エネルギー消費の姿
6.2 エネルギー供給構造の変化
6.3 ビジョン実現にかかるコスト
6.4 経済成長シナリオに対する感度分析
7.まとめ
所報53号.indb 4
10.5.18 1:43:02 PM
MARKAL-JAPAN-MRI による 2050 年エネルギー環境ビジョンの策定
5
Research Paper
Development of the 2050 Energy Environment
Vision by MARKAL-JAPAN-MRI
Atsushi Suzuki, Minoru Sonoyama, Yuji Kawasaki, Jun Funabiki, Shiro Baba,
Yumiko Watanabe
所報53号.indb 5
Summary
With a projected rise in resource prices due to economic development and an
increase in energy consumption in emerging countries mainly in Asia and under
the environmental constraint of reducing greenhouse gases, innovative changes
in energy consumption/supply foundations such as large lifestyle changes in
the Civilian sector, greening in the transportation sector, and abolishment of
fossil fuel use in the energy supply structure are required for the sustainable
development of the Japanese economy toward 2050.
Using a linear programming model for energy and conducting public
questionnaire surveys, Mitsubishi Research Institute, Inc. conducted a
multifaceted, specific study on measures for realizing innovations in energy
consumption/supply foundations, which we have to promote from now on, and
on the economic burden to be borne for the realization of such innovations.
The results of the study show that if current technologies and technologies
expected to be developed are appropriately introduced in each industry and in
the Civilian, transportation, and power generation sectors, CO2 emissions can be
reduced by 60% by 2050 compared to 2005 along with sustainable development
of the Japanese economy.
Contents
1.Introduction
2.Development by MARKAL-JAPAN-MRI
2.1 Outline of MARKEL-JAPAN-MRI
2.2 Input Frame for Demand/Technology
3.Japan’
s Future Socioeconomic Scenario
3.1 Labor Force
3.2 Private Capital Stock
3.3 Assumption of Japan’
s GDP
4.Japan’
s Future Energy Demand
4.1 Assumption of Demand in the Industrial Sector
4.2 Energy Service Demand in the Public Sector
4.3 Energy Service Demand in the Transportation Sector
5.Future Energy Technology Assumption
6.2050 Energy Environment Vision
6.1 Projection of Final Energy Consumption
6.2 Change in Energy Supply Structure
6.3 Cost to Realize the Vision
6.4 Sensitivity Analysis of Economic Growth Scenario
7.Conclusion
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6
研究論文 Research Paper
1.はじめに
2050 年という長期スパンでみた時、世界の人口は 90 億人に増加し、経済規模は BRICs
を中心に急拡大するものと考えられる。国際エネルギー機関(IEA)によれば、経済規模の
拡大に伴い、世界のエネルギー消費は大幅に増加すると予測される[1]。また、地球に残さ
れた石油資源は減少し、石油生産量は 2030 年をピークに減少するとの説がある[2][3]。
さらに、残された鉱区での探鉱・開発コストは今後増加すると考えられ、需要増・供給減・
生産コスト増から、将来の原油価格上昇を予測する国際機関もある[1]。
エネルギー資源のほとんどを輸入に依存する我が国にとって、将来の石油枯渇によるエネ
ルギー資源の調達コスト高あるいは供給支障のリスク回避と二酸化炭素の大幅な削減は、重
要な国家の命題である。中でも地球温暖化問題については、国家として新たな経済コストの
負担が生じる可能性もあり、国民の痛みを伴う問題として正面から議論すべき時である。本
研究は、こうした問題意識にもとづき、今から進めなければならないエネルギー消費・供給
基盤の変革を実現する方策と、そのために負うべき経済負担やリスクについて、科学的手法
を駆使した検討枠組みを構築し、分析を実施した。具体的には、「我が国が一定の経済成長
を維持しながら、2050 年にエネルギー起源二酸化炭素の国内排出量を 2005 年比 60%削減す
ることが可能かどうか、そのための道筋はいかなるものか」に関する仮説を設定し、定量的
に検証した。
本研究の成果は、三菱総合研究所が主催した「未来社会提言シンポジウム(2009 年 5 月
25 日)
」にて発表しており、本稿は同発表内容を研究論文として再構築したものである。そ
のため、定量化の基準年を 2005 年とするなど、検討の枠組みを旧麻生内閣による温室効果
ガス削減中期目標の検討に合わせている。したがって、現鳩山内閣が掲げている温室効果ガ
ス削減長期目標「2050 年に 1990 年レベルから 80%削減(平成 22[2010]年 3 月 12 日閣議
決定)
」とは必ずしも枠組みを正確に合致させていない* 1。しかしながら、長期目標達成に
向けたエネルギー分野での実現可能性の検証という観点から、さらに、現政権が掲げている
長期目標(1990 年比▲ 80%)のうち、海外との排出量取引などによらない国内対策での温
室効果ガス削減量(いわゆる“真水”と呼ばれる削減量)レベルに関する今後の議論に資す
る観点からも、検討結果を発表することには一定の意義があるものと考え、研究論文として
取りまとめ、ここに発表するものである。
2.MARKAL-JAPAN-MRI の開発
2.1 MARKAL-JAPAN-MRI の概要
MARKAL-JAPAN-MRI とは、各種政策や技術戦略がもたらす効用を評価・検証しながら
中長期のエネルギー需給を展望することを目的に、三菱総合研究所が継続的に開発・改良を
進めているエネルギーモデルである。同モデルは、1970 年代後半〜 80 年代前半に IEA「エ
* 1
所報53号.indb 6
本稿は、2010 年 3 月時点での状況を踏まえて執筆したものである。
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MARKAL-JAPAN-MRI による 2050 年エネルギー環境ビジョンの策定
7
ネルギー技術システム解析プログラム」
(ETSAP)で開発された線形計画モデル「MARKAL
(MARKet ALlocation)」(例えば[4])の上に、日本原子力研究所(現:独立行政法人日本
原子力研究開発機構)が整備してきた「MARKAL-JAPAN」[5][6]等を参考にしながら、
三菱総合研究所が実施してきた調査研究にて得られた知見を盛り込むことにより構築した、
日本全体を対象としたエネルギー需給モデルである。
MARKAL-JAPAN-MRI における入出力構成の概略を図 1 に示した。入力として、
・ 需要
:各シナリオにもとづき推計されたエネルギーサービス需要
・ エネルギー利用技術:基本エネルギーシステムの構造
・ 各種制約条件
:二酸化炭素(CO2)排出量、インセンティブなど
を与え、出力として部門別の最終エネルギー消費、それに応じた一次エネルギー供給構成や
電源構成など、我が国におけるエネルギー需給構造の最適解が得られる。最適解は、
「トー
タルエネルギーコストの最小化」を目的関数とする線形計画問題の解である。また、エネル
ギー需給構造の最適解と同時に、その技術構成や輸入エネルギー量、CO2 排出量、エネル
ギーコストなども明らかになることから、① CO2 排出量を最小化するシナリオ、②各シナリ
オにおける輸入エネルギー量の低減幅、③必要となるエネルギーコストの現実性など、それ
ぞれのシナリオが持つ効用を確認し、その実現可能性を確認・検証することも可能となる。
なお、最小化の対象である「エネルギーシステムのトータルコスト」には、エネルギー資
源の輸入にかかる費用や、発電などエネルギー転換にかかる費用のほか、需要家側でエネ
ルギーを消費する機器にかかる費用(初期投資費用、O & M 費用)をすべて含んでいる* 2。
MARKAL-JAPAN-MRI では、計算対象期間全体にわたって発生する費用* 3 の合計* 4 が最
小となるものを、最適解として出力する。
2.2 需要・技術の入力フレーム
上述のように、MARKAL-JAPAN-MRI において重要な入力項目として、「需要」と「エ
ネルギー利用技術」がある。
「需要」の入力は、エネルギーサービス需要、すなわち、エネルギーにより提供され得る
機能の種類・量を与えることにより行う。具体的には、産業部門では鉄鋼やセメントなどの
素材生産量、民生部門では冷暖房や給湯需要、運輸部門では旅客運送需要(人・km)や貨
物運送需要(トン・km)などである。本研究におけるエネルギーサービス需要の区分を図
2 に示した。ここで、素材生産量や運送需要は固有の物理量単位(「トン」「人・km」など)
でエネルギーサービス需要を表記しているのに対し、産業部門の動力需要や加熱需要等、ま
た、民生部門の各種需要についてはエネルギー単位(J)で表記している。その際、2005 年
時点のエネルギーサービス需要を同年の最終エネルギー消費で表現しており、その後の入力
値は需要区分ごとの活動量に比例させて設定している。
所報53号.indb 7
* 2
発電設備、ボイラー、各種動力機器、給湯器、空調機器、家電製品、自動車等を含む。
*3 期間中に導入した設備の投資額、各年で発生する燃料費と O & M 費のすべてを含む。
*4 本研究では、割引率を 3%と設定した。
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8
研究論文 Research Paper
また、エネルギー利用技術の記述においては、発電設備や電気利用設備(エアコンなど)、
ガス供給設備やガス利用設備(ボイラーや給湯器など)といった個々の技術設備について、
何を入力してどのようなエネルギーサービス需要を満たすのかを記述する。すなわち、当該
設備に入力されるエネルギーや物質を明示し、当該設備から出力されるエネルギーや物質、
さらに、CO2 等の排出や供給されるエネルギーサービスを明示する。その他、当該設備の
効率、初期投資額、導入開始年など、最適化計算に必要となる入力項目を設定する。
図 1.MARKAL-JAPAN-MRI の入出力構成の概略
構築シナリオ
構築シナリオ
輸送
旅客
民生
産業
想定される需要
想定される需要
【入力】用途別・産業別
エネルギー・サービス需要
鉄道
(10億人km)
乗用車
(10億人km)
動力
(PJ)
バス
(10億人km)
暖房
(PJ)
素材生産 航空
粗鋼
(百万トン)
(10
億人km)
給湯
(PJ)
セメン
ト
(百万トン)
船舶
(10
億人km)
冷房
(PJ)
パルプ
(百万トン)
貨物
鉄道
(10
億トンkm)
家庭
〃
紙
・億
板紙
(百万トン)
トラック
(
10
トンkm)
ガラス他 航空
動力
(PJ)
(10
億トンkm)
加熱
(PJ)
船舶
(10
億トンkm)
化学
動力
(PJ)
国際旅客
航空
(10
億人km)
ボイラー
(PJ)
国際貨物
航空
(10
億トンkm)
加熱
(PJ)
船舶
(10
億トンkm)
原料
(PJ)
その他産業
動力
(PJ)
ボイラー(PJ)
加熱
(PJ)
業務
【出力】最適化された
エネルギーシステムの姿
●
想定されるエネルギー利用技術
想定されるエネルギー利用技術
MARKAL
【入力】基本エネルギーシステムの構造
技術の構成
●技術の構成
・一次エネルギー種別
・一次エネルギー種別
・電源構成
・電源構成
・自動車技術の構成
・自動車技術の構成
● 輸入エネルギー量
●輸入エネルギー量
●CO2排出量
● CO2排出量
●エネルギーコス
ト
● エネルギーコスト
<目的関数>
<目的関数>
エネルギーシステムコス
ト最小化
エネルギーシステムコス
ト最小化
CO
削減目標、インセンティブ等
CO2
2削減目標、
インセンティブ等
【入力】制約条件、技術パラメータ
作成:三菱総合研究所
図 2.MARKAL-JAPAN-MRI のエネルギーサービス需要区分
産業
素材生産
粗鋼(百万トン)
セメント
(百万トン)
民生
業務
パルプ
(百万トン)
紙・板紙(百万トン)
ガラス他
化学
動力(PJ)
動力(PJ)
暖房(PJ)
家庭
輸送
旅客
乗用車(10億人km)
給湯(PJ)
バス
(10億人km)
冷房(PJ)
航空(10億人km)
動力(PJ)
加熱
(PJ)
暖房(PJ)
動力(PJ)
給湯(PJ)
ボイラー(PJ)
冷房(PJ)
船舶(10億人km)
貨物
原料(PJ)
動力(PJ)
ボイラー(PJ)
鉄道(10億トンkm)
トラック
(10億トンkm)
航空(10億トンkm)
加熱
(PJ)
その他産業
鉄道(10億人km)
船舶(10億トンkm)
国際旅客
国際貨物
航空(10億人km)
航空(10億トンkm)
船舶(10億トンkm)
加熱
(PJ)
作成:三菱総合研究所
3.我が国将来の経済社会シナリオ
MARKAL-JAPAN-MRI を用いたシミュレーションの実施に先立って、我が国の将来にお
けるエネルギーサービス需要を見通す必要がある。ここでは、エネルギーサービス需要見通
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MARKAL-JAPAN-MRI による 2050 年エネルギー環境ビジョンの策定
9
しの基礎となる、経済社会シナリオの想定について記述する。
3.1 労働力
将来の労働力を想定するにあたり、その基礎となる将来の人口として、国立社会保障・人
口問題研究所の中位推計を用いた(図 3)
。労働力は、将来人口のうち労働力人口としての割
合(労働力率)と平均的な 1 人当たり労働時間を想定することにより求まる。近年の労働力
率に関する各種資料によれば* 5、男性の労働力率が減少傾向にある一方で、女性の社会進出
が進んでいる様子が示されている。2050 年までの経済成長率想定にあたっての労働力につい
ては、今後の労働力構造が大きく変わらないと考えるものの、以下を考慮して想定した。
・ 非労働力化した男性の中には、バブル崩壊後の長期的な景気低迷の中で職探しを諦めた
人もカウントされる。長期的には、こうした人々が労働力として回復するものと想定し、
30 代、40 代男性の労働力率は、それぞれ 2030 年、2020 年までに 1995 年水準になる。
・ 30 代女性の社会進出傾向は今後も緩やかに継続すると考え、2045 年までに 2005 年の
40 代女性水準に近いレベルに労働力率が上昇する。
・ 失業率は、3%程度で一定とする。
以上の想定の下に算出した就労者数の推移は、図 3 の通りである。2050 年における就労
者数は、2005 年と比較して約 35%減少すると見通している。
1 人当たり労働時間については、現状から大きな変化はないとするものの、残業等で“労
働時間の平均を上げる”と考えられる世代(20 〜 40 歳程度)については、団塊ジュニアが
退く 2020 年代後半に平均労働時間がやや減少すると考えた。平均労働時間の過去実績にお
いては、週休二日制の導入が進んだ 1990 年前後で労働時間が大幅に減少しているが* 6、本
研究においては将来推計でこうしたドラスティックな変化は想定していない。
図 3.将来の人口及び労働力推計
(万人)
14,000
12,000
10,000
8,000
人口
6,000
労働力人口
4,000
就労者数
2,000
(年)
2050
2045
2040
2035
2030
2025
2020
2015
2010
2005
2000
1995
1990
1985
1980
1975
1970
0
作成:人口は国立社会保障・人口問題研究所の中位推計、これをもとに労働力及び就労者数は三菱総合研究所推計
所報53号.indb 9
* 5
総務省「平成 17 年 国勢調査」など
* 6
1985 年と 2000 年を比較すると、平均労働時間は月平均で約 20 時間減少している。
10.5.18 1:43:04 PM
10
研究論文 Research Paper
3.2 民間資本ストック
民間資本ストック(Kt)は、前期のストック(Kt−1)の資本減耗* 7 を考慮した上で、民間投
資支出 Ip が追加されて蓄積される。
民間資本ストック
Kt = Kt − 1 ・(1 − D)+ Ip
D : 資本減耗率
Ip:民間投資支出
本研究では、民間投資支出 Ip の将来動向を下図のように想定し、民間資本ストック Kt を
推計した。
図 4.実質民間企業設備投資推計
(10億円)
120,000
100,000
80,000
60,000
40,000
20,000
(年)
2050
2045
2040
2035
2030
2025
2020
2015
2010
2005
2000
1995
1990
1985
1980
1975
1970
0
作成:各種資料をもとに三菱総合研究所推計
なお、実質民間企業設備投資推計を実施するにあたって、GDP に関する以下の恒等式に
おける各項目を個別に想定し、下式がバランスすることを考慮した。以下に、将来想定の考
え方を項目ごとに記述する。
GDP = C + G +(Ip + Ig + Ih)+ NX
C :民間最終消費支出
G:政府最終消費支出
Ip、Ig、Ih:民間、政府、住宅投資
* 7
NX:純輸出
民間固定資本減耗率は、生産設備の高度化や技術革新速度の増加などを想定し、1980 年代からのトレ
ンドで漸増すると設定した。
所報53号.indb 10
10.5.18 1:43:04 PM
MARKAL-JAPAN-MRI による 2050 年エネルギー環境ビジョンの策定
11
( 1 )民間最終消費支出 C
民間最終消費支出 C は、下式に分解される。ここでは、家計可処分所得と貯蓄率につい
て、GDP との関連を想定する。
C = YD(1 − S)
YD:家計可処分所得
s:貯蓄率
①家計可処分所得
家計可処分所得を費目分類すると、以下のようになる。
家計可処分所得=個人所得−直接税−家計社会保障負担−その他支払い
ここでは、費目ごとに近年の傾向をみた上で、将来推計を実施した。具体的には、個人所
得については、財産所得を近年の平均的な水準で一定とした上で、雇用者報酬を GDP との
相関式で推計した。直接税は近年と同水準で推移すると仮定し、社会保障負担は厚生労働省
による医療費将来見通し[7]を参考に負担を想定した。
②家計貯蓄率
家計貯蓄率は、世帯主の年齢層によって値が異なる。総務省の「家計調査」によれば、年
齢階級別の貯蓄率(家計調査で黒字率と表記)は、30 〜 40 代で比較的大きくなっており、
60 代以降になると大幅に低下している。本研究では、こうした年齢層別の貯蓄率の差を、
第 2 次ベビーブーマーを中心とした就労者年齢構造の推移と合成した。その結果、第 2 次ベ
ビーブーマー世代が 60 代を迎える 2030 年以降に、貯蓄率の値が減少する想定となった。
( 2 )政府最終消費支出 G
政府最終消費支出の内訳は、下記 1 〜 10 の項目で構成されている。本研究では、これら
を(a)GDP と相関する項目、(b)人口と相関する項目に分類して、それぞれ将来推計を実
施した。「7. 保健」については、前述の厚生労働省による医療費将来見通し[7]を参考に想
定した。
1.一般公共サービス(a)
2.防衛(a)
3.公共の秩序・安全(a)
4.経済業務(a)
5.環境保護(a)
6.住宅・地域アメニティ(b)
7.保健
8.娯楽・文化・宗教(a)
9.教育(b)
10.社会保護(b)
( 3 )政府投資(公的資本形成)Ig
1970 年以降の公的資本形成の推移は、景気後退局面であった 1990 年代に増加しており、
その後減少傾向にある。本研究では、以下の考え方にもとづいて、公的資本形成の推計を
行った。
所報53号.indb 11
10.5.18 1:43:04 PM
12
研究論文 Research Paper
・ 通常、景気後退局面において、政策発動等により寄与を高める傾向がある。本研究での
長期的な推計では、短期的な景気後退等は想定の対象としないことから、1990 年代に
みられたような公的資本形成の急増は想定しない。
・『国土交通白書』
(国土交通省)の社会資本維持管理・更新費にみられたように、これま
でに蓄積した社会資本ストックの維持管理費が漸増することから、新規着工は縮小せざ
るを得ないと考えられる。
・ 一方で、老朽化した社会資本の改良費及び更新費は、増大すると見込まれる。更新のサ
イクルは、平均 35 年程度と考える。
このような考え方から、1990 年代に整備したストックの改良費・更新費が嵩む 2030 年頃
にやや増加するものの、将来にわたって概ね一定で推移すると想定した。
( 4 )住宅投資 Ih
本研究においては、長期シナリオとして「さらなる大都市圏への集中」あるいは「地方中
堅都市への分散」といった大きな変化は想定せず、現状の延長上で住宅投資の推計を実施し
た。住宅着工数は、短期的には土地価格・金利・景気などに大きく影響されるが、長期的に
は世帯数の増減に呼応した住宅需要戸数の増減ならびに建て替え率によって遷移する。ま
た、過去の傾向では、住宅戸数は世帯数に比例しつつも核家族化などの要因によって、その
増加率は世帯数増加率よりも若干高めで推移している。長期的にはこうした傾向は抑制され
るものとし、世帯数の増減を住宅戸数の増減とみなして着工数を推計した。
なお、1 戸当たり床面積は、「住宅着工統計」(国土交通省)による 2006 年実績値を出発
点とし、将来にわたって世帯当たり GDP に相関して微増すると考えた* 8。
( 5 )純輸出 NX
輸出については、2030 年頃まで中国・インド等が適度な成長を続けるとして、日本の輸
出競争力は低下していくと考えた。その後 2030 年以降については、そうした新興国の成長
率が落ち着くと同時に人口構造の高齢化なども要因となって、相対的に日本の競争力が回復
すると考えた。輸出の伸び率は、2030 年までは我が国 GDP 成長率× 0.5、2030 年以降は我
が国 GDP 成長率× 0.6 とした。
輸入については、国内経済活動規模の増減に伴って変化すると考え、我が国 GDP 成長率
と同水準で推移すると想定した。
3.3 我が国 GDP 想定
以上に述べた労働力及び設備投資の将来想定にしたがって、我が国の GDP を図 5、図 6
の通りに想定した。前述した項目ごとの将来想定においては、マクロ変数の過去トレンドを
延長することを基本としており、産業構造の変化などの具体的な想定は実施していない。い
わゆるエネルギー多消費業種については、次章で将来の生産量見通しを記述する。
* 8
所報53号.indb 12
微増の根拠として、三菱総合研究所が実施したアンケート結果を参考にした。
10.5.18 1:43:04 PM
MARKAL-JAPAN-MRI による 2050 年エネルギー環境ビジョンの策定
13
図 5.本研究における我が国 GDP 想定(ベースケース)
(10億円)
800,000
700,000
600,000
500,000
400,000
300,000
200,000
100,000
(年)
2050
2045
2040
2035
2030
2025
2020
2015
2010
2005
2000
1995
1990
1985
1980
1975
1970
0
作成:各種資料をもとに三菱総合研究所推計
図 6.本研究における我が国の1人当たり GDP 想定(ベースケース)
(百万円)
8
7
6
5
4
3
2
2050
2045
2040
2035
2030
2025
2020
2015
2005
0
2010
1
(年)
作成:各種資料をもとに三菱総合研究所推計
4.我が国将来のエネルギーサービス需要
4.1 産業部門需要想定
産業用のエネルギーサービス需要は、鉄鋼、セメント、化学、紙・パルプ、ガラス、その
他製造業の枠組みで想定した。また、鉄鋼の生産量に与える影響が大きい国内自動車生産台
数については、別途想定している。
( 1 )鉄鋼
国内における大口の鉄鋼消費分野は、建築・自動車・土木・産業機械・造船・電気機械で
ある。本研究では、これら大口消費分野ごと(自動車、住宅建築、業務用ビル建築、土木、
その他製造業)及び輸出について、以下に示す説明変数により各消費分野の鉄鋼需要を回帰
所報53号.indb 13
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14
研究論文 Research Paper
分析して定式化した。
<説明変数>
自動車:国内自動車生産量
土木:公的資本形成
住宅建築:住宅着工床面積
その他製造業:日本 GDP
業務用ビル建築:業務用建物着工床面積
輸出:世界 GDP
( 2 )セメント
セメント需要は、1990 年代後半に 9 千万トン程度であったが、建築需要の減少ならび
に公共事業の縮小による土木需要の減少により、2003 年以降 7 千万トンを割る水準で推
移している([23][24]など)。将来のセメント需要は、建築需要については住宅着工床面
積・業務用建築着工床面積に、土木需要は公的資本形成にもとづいて推計した。
( 3 )化学
化学工業については、今後のエネルギーサービス需要推計をプラスチック製造業の動向で
代表させて実施した。プラスチック製品の用途分野は、土木建築用途、自動車用途、一般消
費財用途、その他(産業利用)に分類される。用途別の生産量は、それぞれ住宅着工床面
積、国内自動車生産台数、人口、GDP との相関が大きいと考え、生産量がそれら変数に比
例するとして、化学工業全体の生産指数を推計した。
( 4 )紙・パルプ
紙・パルプの生産量は、近年ほぼ一定となっている([25]など)。これは、オフィス業務
の増加とオフィスでの紙使用量削減意識の浸透が相殺したものと、解釈することができる。
今後の想定としても、オフィスビル延べ床面積と就労人口に相関すると考えて推計式を作成
した。
( 5 )ガラス
ガラスの生産量は、建築着工床面積と高い相関があることからもわかる通り、建築需要が
主要需要となっている。今後の需要は、前述の住宅着工床面積ならびに業務用建築着工床面
積の推移にしたがうものと想定して、需要推計を行った。
( 6 )その他製造業
その他製造業は、産業部門のうち上記(1)〜(5)のエネルギー多消費 5 業種(鉄鋼、セメ
ント、化学、紙・パルプ、ガラス)以外のすべてを含む。本研究での GDP 推計においては、
設備投資が“効率的に成長産業分野で実施される”として、資本ストックを推計している。
今後、成長が見込まれる産業分野として、例えば電子機器・デバイス、輸送用機器などがあ
げられることがある。しかしながら、2050 年までの長期エネルギー需給を見通す上で、エ
ネルギー多消費産業以外の産業構造を具体的に予測することは大きな意味を持たない。そこ
で、本研究では、その他製造業のエネルギーサービス需要は、GDP 弾性値 1 で伸びると想
定した。
所報53号.indb 14
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MARKAL-JAPAN-MRI による 2050 年エネルギー環境ビジョンの策定
15
4.2 民生部門のエネルギーサービス需要
( 1 )家庭部門
家庭部門でのエネルギー消費は、世帯数の増加ならびに世帯の可処分所得の増加による、
生活水準の向上・ライフスタイルの変化を反映して、過去数十年で大幅に増加してきた。
「消費動向調査年報」
(内閣府)によれば、家電の普及率も生活水準の向上とともに上昇し、
冷蔵庫・掃除機・洗濯機・電子レンジの普及率は 100%近くに達し、エアコン・テレビ・パ
ソコンの保有率は 100 世帯当たり 260 台・240 台・110 台である。こうした状況が、特に動
力用需要が大きく伸びる要因となっている。
三菱総合研究所が実施したアンケート結果によれば、世帯におけるエアコン・テレビ・
パソコン保有台数は今後も「増加する」とした回答者が、「減少する」とした回答者よりも
多くなっており、パソコンの使用時間についても「増加する」とした回答が多くなってい
た[8]。一方で、家電製品購入時の省エネ志向もアンケート結果に表れていた。以上の結果
を参考にしながら、本研究では、消費者の省エネ・環境意識は高いものの、世帯当たりの
GDP が増加した場合には従来と同様に、家電製品の増加、使用時間の増加など家庭でのエ
ネルギーサービス需要増につながるものと考えた。
なお、MARKAL-JAPAN-MRI において家庭用エネルギーサービス需要は、動力・冷房・
暖房・給湯厨房の 4 種別で入力する。世帯当たりエネルギーサービス需要推計では、動力・
冷房・暖房については世帯当たり GDP による過去トレンドより推計式を作成し、給湯厨房
については世帯当たり人員数で推計式を作成した。
( 2 )業務部門
近年の業務部門のエネルギー消費は、経済成長によるオフィス等の業務用建物床面積の増
加に伴って増加している。単位床面積当たりのエネルギー消費については、暖房・給湯の消
費量は減少、冷房と動力消費量は増加し、合計消費量は 1980 年以降 250 〜 300 千 kcal/m2
の間で増減し、1995 年以降は若干の減少傾向となっている([9]など)。
業務用建物床面積当たりエネルギーサービス需要の将来想定は、家庭用と同様に動力・冷
房・暖房・給湯(厨房含む)の別に実施した。動力用エネルギー消費は、本格的にオフィス
の IT 化が進んだ 1991 年以降は、就労人口当たりの GDP の増加に沿って増加しており、今
後もこの傾向は継続するものとして推計した。床面積当たりの冷暖房・給湯のエネルギー
サービス需要(=動力以外のエネルギーサービス需要)は、平均労働時間と正の相関がある
ことから、GDP 想定の前提として設定した労働時間に沿って推計を行うこととした。ただ
し、業務用床面積のうち、学校については GDP ではなくむしろ就学人口に相関すると考え、
今後は就学人口の減少にしたがって着工床面積も減少すると想定した。病院の延床面積は、
高齢人口の増加に伴って増加すると考えた。
4.3 運輸部門のエネルギーサービス需要
旅客輸送量の過去推移は、1970 年代以降モータリゼーションの浸透により乗用車による
旅客量が急増するとともに、鉄道旅客量は通勤需要の増加に伴い堅調に推移している。バ
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16
研究論文 Research Paper
ス・船舶による旅客量は、地方の路線廃止などにより減少傾向となっている。航空による旅
客量は、1970 年以降 GDP 伸び率の数倍のスピードで急増したが、近年は伸び率が鈍化して
いる([26]〜[29]など)。貨物輸送量については、宅配便の普及などによって、自動車貨
物輸送量が大幅に増加している。その一方で、鉄道輸送は 1990 年まで減少を続けたが、以
降はほぼ一定の輸送量で推移している。航空貨物は、我が国 GDP が 200 兆円に達した 1970
年からスタートし、量的には少ないものの、現在までに当初の 10 倍以上の規模まで増加し
ている。
今後の輸送需要については、過去の輸送需要に関する各種データの分析結果より、分類ご
とに下表に記した考え方で推計した。
表 1.輸送需要推計の考え方
分類
輸送需要推計の考え方
自動車
旅客
鉄道
1 人当たりの旅客距離は、GDP によらず長期的に一定となると考え、今後は人口に比例するとして推計
バス
1 人当たりの旅客距離は、減少傾向にあったが 2000 年以降下げ止まっており、今後は人口に比例するとして推計
船舶
1 人当たりの旅客距離は、定期航路の利用者減少が老後に船旅を楽しむ層などの増加と相殺され下げ止まると考え、人口に比例
するとして推計
航空
相関のある GDP にしたがって推移するとして推計
自動車
貨物
GDP よりもむしろ自動車保有台数と相関があることから、自動車保有台数にもとづいて推計
単位 GDP 当たりの貨物量は過去長期的に一定となっており、今後も GDP に比例するとして推計
鉄道
自動車物流の増加に伴い 1970 年から 1985 年にかけて減少したが、それ以降は若干の減少率で推移している。単位 GDP 当
たりの貨物量は、近年ほぼ一定となっていることから、今後も GDP に比例するとして推計
海運
1970 年代から単調減少を続けており、下げ止まる気配はない。過去のトレンドを定式化し、今後も減少するとした
航空
航空貨物量は、GDP と明確な相関がある。商品の軽量・高機能化が今後も進むにつれ、航空貨物量は増加するものと考えられ
る
作成:三菱総合研究所
5.将来のエネルギー技術想定
( 1 )対象とするエネルギー技術
MARKAL-JAPAN-MRI では、約 500 のエネルギー技術が入力として設定されている。そ
の中には、現在のエネルギーシステムですでに利用されているものから、現在、研究開発中
であり、将来にその実用化が見込まれるものまでを含んでいる。表 2 に、設定されているエ
ネルギー技術の例を部門別に示した。
表 2.エネルギー技術の例
部門
エネルギー技術の例
産業
工業用モータ、工業用ボイラー(燃料別)
、一般工業炉(燃料別)
、工場空調用ヒートポンプ、ガラス業用炉、高炉、転炉、等
民生
暖房機器(燃料別)、空調用ヒートポンプ、給湯器(燃料別)
、動力機器
運輸
ガソリン自動車、ディーゼル自動車、ハイブリッド自動車、電気自動車、燃料電池自動車、CNG 自動車、等
発電
石炭火力(従来型)、LNG 火力(従来型)
、軽水炉、高速増殖炉、石炭ガス化複合サイクル(IGCC)
、LNG 複合サイクル、太陽光発
電(蓄電池併設型を含む)、風力発電(蓄電池併設型を含む)
、等
作成:三菱総合研究所
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MARKAL-JAPAN-MRI による 2050 年エネルギー環境ビジョンの策定
17
線形計画モデルである MARKAL-JAPAN-MRI では、エネルギー技術の入力において、
コスト面・効率面ですぐれた性能を持つ技術がコスト最小化問題の解に大きなシェアを持っ
て現れる傾向がある。よって、競合技術の入力パラメータは同一の枠組みで評価されたもの
を用いることが望ましい、という考え方の下で入力値設定を行った。具体的には、将来に実
用化が見込まれる技術として、経済産業省が取りまとめた『Cool Earth – エネルギー革新
技術計画』[10]に示された技術を主たる対象とした。同技術計画では、対象とするエネル
ギー技術の技術開発ロードマップを横並びで評価検討しており[11]、そこに示された各種
パラメータを参考にしながら、本研究における入力値設定を行った。本研究で用いた代表的
な技術のコスト低減と性能向上の想定は、それぞれ図 7、表 3 の通りである。
図 7. 代表的な技術のコスト低減想定
<初期コスト>
太陽光発電
75万円/kW
電気乗用車
298万円/台
プラグインハイブリッド乗用車
燃料電池乗用車
1.20
1.00
284万円/台
10,000万円/台
石炭火力A-USC
25万円/kW
石炭ガス化複合サイクル(IGCC) 25万円/kW
LNG複合サイクル 1700℃
25万円/kW
LNG複合サイクル 1500℃
23万円/kW
SOFC(水素)家庭用
100万円/台(=1kW)
PEFC(水素)家庭用
310万円/台(=1kW)
0.80
0.60
0.40
0.20
0.00
2005 2010 2015 2020 2025 2030 2035 2040 2045 2050(年)
作成:参考文献[11]等をもとに三菱総合研究所
表 3.代表的な技術の性能向上想定
技術項目
想定する性能向上(達成時期)
石炭ガス化複合サイクル(IGCC)
発電効率 48%(2020 年) 57%(2040 年)
先進的超々臨界圧石炭火力発電(A-USC)
発電効率 48%(2020 年)
固体高分子形燃料電池(PEFC)
発電効率 36%,耐久性 9 万時間(2025 年)
固体酸化物形燃料電池(SOFC)
発電効率 40%,耐久性 4 万時間(2030 年)
LNG 複合サイクル 1500℃
発電効率 52%(2010 年)
LNG 複合サイクル 1700℃
発電効率 55%(2020 年)
燃料電池自動車
航続距離 800km,耐久性 5,000 時間(2020 年)
電気自動車、プラグインハイブリッド自動車
1 充電当たり走行距離 200km(2020 年) 500km(2030 年)
作成:参考文献[11]等をもとに三菱総合研究所
( 2 )導入量の上限想定
エネルギー技術のうち、例えば太陽光発電や風力発電など、国内の設置量に物理的な制限
があるものについては、その上限を想定する必要がある。原子力発電についても立地には制
約があるものと考えて、上限を設定した。
所報53号.indb 17
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18
研究論文 Research Paper
①太陽光発電:
2050 年時点で 80GW を上限とし、2050 年に至るまではほぼ線形で上限値が推移すると想
定した。
「80GW」は、仮にすべてが家庭用として設置されたとすると、概ね半数の住宅に
太陽光発電設備が設置されている量に相当する。独立行政法人新エネルギー・産業技術総
合開発機構(NEDO)によれば、我が国の太陽光発電の物理的導入限界量は 173GW である
[13]
。また、NEDO が取りまとめた『2030 年に向けた太陽光発電ロードマップ(PV2030)』
[12]では、2030 年までに太陽光発電の累積導入量を 100GW と想定して、経済性などの
ロードマップ策定を実施している。
②風力発電:
風力発電事業者懇話会による風力発電導入目標値[15]を参考に、2050 年時点で 25GW
とし、2050 年に至るまではほぼ線形で上限値が推移すると想定した。「25GW」は、同懇話
会による 3 ケースの導入目標値のうち、中庸ケース(オルタナティブケース)に相当する量
である。
③原子力発電:
2009 年 3 月時点で建設中・建設計画中であった原子力発電所 13 基がすべて遅滞なく運開
し、さらに、運転期間 50 年が経過した原子炉を 150 万 kW の最新型炉にリプレースすると
考え、2050 年時点で 91GW を上限値として設定した。
6.2050 年に至るエネルギー環境ビジョン
第 3 章、第 4 章に述べた我が国将来の経済社会シナリオとエネルギーサービス需要の下で
二酸化炭素排出量の制限を課し、第 5 章に記したエネルギー技術を用いて 2050 年までのエ
ネルギー需給構造を試算した。二酸化炭素排出量の制限は、2020 年時点:2005 年比▲ 10%、
2050 年時点:2005 年比▲ 60%として、その間の期間の制限値は線形補間により設定した。
試算結果の主要部分を、図 8 にまとめた。現状技術及び開発見通しがある技術を、産業・
民生・運輸・発電の各部門で、以下に示すような対策を適切に導入することによって、日本
経済を持続的に発展させつつ、2050 年に二酸化炭素排出量を 2005 年比で 60%削減すること
が可能であることが示されている。
なお、ここで提示する「ビジョン」は、前章までに述べたマクロフレームや技術開発の前
提条件の下で導かれる 1 つの姿であり、他のマクロフレーム・シナリオや本研究で対象とし
なかった低炭素化技術の可能性を否定するものではない。
– 民生部門:太陽光発電の導入(80GW)、電化促進
– 産業部門:ボイラーの天然ガス化
– 運輸部門:ハイブリッド車の普及(2030 年に 90%)電気自動車の普及(2050 年に 80%)
– 発電部門:原子力の現建設計画の実現+旧型炉のリプレース、太陽光発電 80GW、風力
発電 25GW
以下、エネルギー消費、供給構造、対策コストについて、詳細を述べる。
所報53号.indb 18
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MARKAL-JAPAN-MRI による 2050 年エネルギー環境ビジョンの策定
19
図 8. 2050 年エネルギー環境ビジョンの概略
想定GDPとCO 2 削減
(兆円)
800
(億トンCO2)
14
700
600
GDP
500
厳しい環境制約でも
一定の経済成長が必要
中期目標(真水の削減)
の設定には、経済負担
400
や実現性から十分な
300
4
2005年比60%削減
100
長期的にぶれない施策の
実行により達成可能
1990
2005
民生・産業
8
6
議論が必要
200
0
10
2020
二酸化炭素排出量
12
実質GDP
(GW )
120
風力発電
洋上も含め大規模導入
100
80
60
太陽光発電
全家庭の2分の1に設置
40
20
2
0
0
2050
(年)
2035
発電:低炭素電源の着実な導入
2005
(GW )
100
運輸:次世代自動車への転換(乗用車ストック)
80
2050
(年)
原子力発電
計画中15基の建設
+ リプレース
を着実に実施
3,000
2,000
20
電気自動車
4,000
40
ハイブリッド
5,000
ガソリン・軽油
・高断熱住宅・ビル
・省エネ家電
・家庭用ヒートポンブ
60
(万台)
6,000
0
夜間電力需要
1,000
0
2010
2030
2050
2005
安価な電力供給
2050
(年)
(年)
作成:参考文献[8]をもとに三菱総合研究所
6.1 最終エネルギー消費の姿
最終エネルギー消費の推移を、部門別、エネルギーキャリア別にそれぞれ図 9、図 10 に
示した。民生部門(家庭用、業務用)のエネルギーサービス需要は、今後 2030 年頃までは
増加するものと想定したが[16][17]、断熱化住宅・ビルの普及やヒートポンプなど高効率
機器の導入が進むことにより、最終エネルギー消費はほぼ横ばいか減少傾向に抑えられてい
る。2030 年以降は人口減少に伴うエネルギーサービス需要の減少を見込んでおり、2050 年
にかけて民生部門の最終エネルギー消費は大幅に減少する傾向となっている。同様に、運輸
部門についても、今後しばらくは運輸サービス需要自体は増加すると見込んでいるものの、
ハイブリッド車などの導入によって最終エネルギー消費は抑えられることが示されている。
さらに長期的には、人口減少の効果も顕著になり、最終エネルギー消費に大幅な減少がみら
れている。その一方で、産業用エネルギー消費は、2020 年頃をピークに減少傾向となるも
のの、ほぼ一定で推移する結果となっている。産業部門のエネルギーサービス需要設定にお
いて大幅な産業構造変化を想定しておらず、主要産業のエネルギーサービス需要は今後も増
加すると見込んでいる。これに加え、産業部門における低炭素化技術として開発されている
もののうち、仕様・コストに関するデータが十分に得られないものを試算対象外としている
所報53号.indb 19
10.5.18 1:43:05 PM
20
研究論文 Research Paper
ことも* 9、その要因としてあげられる。以上の総和(民生・運輸・産業部門の総和)とし
ては、2050 年にかけて現状(2007 年)と比較し、最終エネルギー消費は 2 割程度減少する
結果となった。
エネルギーキャリア別に最終エネルギー消費をみると、石油・石油製品の消費量が大幅に
減少している一方で、電気と天然ガスが増加している。これは、主に民生部門での電化進展
と、産業部門での天然ガス化進展に起因している。例えば家庭部門では、最終エネルギー
消費に占める電気の割合は 2007 年時点で 49%であった([9]など)が、2050 年時点では
68%まで増加する[8]
。
また、産業部門では、天然ガスの消費割合が 2007 年時点では 4%程度を占めるに過ぎな
いが、2050 年には 23%まで利用が拡大する。産業部門における石油・石油製品の利用割合
は、2007 年時点で約 38%であり([9]など)、2050 年時点においても約 19%の消費がある。
熱源としての重油の利用は減少するものの、原料としてのナフサの消費量は 2050 年時点で
も残存することによる。石炭・石炭製品が 2050 年にわたって一定割合で残存するのも同様
の理由であり、鉄鋼業の原料として消費されるコークスが、そのほとんどを占めている。
運輸部門では、現在の主流であるガソリンと軽油が 2050 年時点ではほとんど姿を消すこ
とになる。乗用車台数(ストックベース)の推移は、2030 年時点ではハイブリッド車が約 9
割となり、2050 年時点では電気自動車が約 8 割まで普及するという結果が示されている[8]
。
図 9.最終エネルギー消費の姿(部門別)
(PJ)
18,000
16,000
14,000
運輸
12,000
10,000
家庭
8,000
業務
6,000
4,000
産業
2,000
0
2010
2015
2020
2025
2030
2035
2040
2045
2050 (年)
出所:参考文献[8]
* 9
第 5 章で述べたように、競合技術の入力パラメータは同一の枠組みで評価されたものを用いることが望ま
しいという考え方から、本研究では十分な仕様データが得られない技術を試算の対象とはせずとも低炭
素社会を描く可能性があるかどうか、を試算している。
所報53号.indb 20
10.5.18 1:43:05 PM
MARKAL-JAPAN-MRI による 2050 年エネルギー環境ビジョンの策定
21
図 10.最終エネルギー消費の姿(エネルギーキャリア別)
(PJ)
18,000
16,000
14,000
12,000
その他
10,000
石炭・石炭製品
8,000
石油・石油製品
6,000
天然ガス
4,000
電気
2,000
0
2010
2015
2020
2025
2030
2035
2040
2045
2050 (年)
出所:参考文献[8]
6.2 エネルギー供給構造の変化
( 1 )電源構成
上記にみたように、エネルギーキャリア別の最終エネルギー消費では、2050 年に向けて
電力の割合が大幅に増大する結果となっている。その結果、電力需要は 2010 年時点の 1,
200TWh から 2050 年時点では 1,500TWh まで増加する。その内訳は、2010 年時点で火力が
6 割程度を占め、原子力が 3 割弱を占める。2050 年では、火力発電による電力の割合は全体
の 3 割程度まで低下し、うち、石炭火力による電力はほとんどゼロとなっている。一方で、
原子力の発電電力量は、全体の 4 割を占めるようになる。また、再生可能エネルギーをみる
と、風力と太陽光で合計 1 割程度の寄与があり、現在と比較してそれらの導入が大幅に増加
していることがわかる。
設備容量の推移をみると、火力発電の設備容量は漸減し、一方で原子力発電、太陽光発
電、風力発電の設備容量が大幅に増大する。ここで、2025 年に設備容量のピークがみられ
る一方で、発電電力量は同年にピークを持たない。これは、本試算における二酸化炭素排出
量制限(2025 年時点では 2005 年比▲ 18%)が、想定したエネルギー技術でエネルギーサー
ビス需要を満たすにあたってやや厳しいものとなっており、「従来型 LNG 火力発電所の運
転を停止して、最新鋭の高効率 LNG 火力発電所を導入する」といった現象が計算結果に含
まれていることに起因するものである。この結果は、技術の成熟度に見合わない早期の段階
で厳しい二酸化炭素排出量制限を課したことにより、経済合理性を欠く投資をもたらした状
況が表現されていると解釈することができる。
所報53号.indb 21
10.5.18 1:43:05 PM
22
研究論文 Research Paper
図 11.発電電力量構成の推移
(TWh)
1,600
その他
1,400
廃棄物発電
1,200
地熱
水力
1,000
風力
800
太陽光
原子力
600
LNG火力
400
石炭火力
200
石油火力
0
2010
2015
2020
2025
2030
2035
2040
2045
2050 (年)
出所:参考文献[8]
図 12.設備容量(発電容量構成)の推移
(GW)
450
400
その他
350
廃棄物発電
300
地熱
水力
250
風力
200
太陽光
150
原子力
100
LNG火力
石炭火力
50
0
石油火力
2010
2015
2020
2025
2030
2035
2040 2045
2050 (年)
出所:参考文献[8]
( 2 )一次エネルギー供給
供給構造を一次エネルギーベースでみると、これまでにみた結果を反映して、石油・石炭
消費量の減少、原子力エネルギー利用の増加、再生可能エネルギーの増加が認められる。原
子力と再生可能エネルギーの比率が高まることにより、一次エネルギー消費量に占める化石
燃料の比率は徐々に低下する。
所報53号.indb 22
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MARKAL-JAPAN-MRI による 2050 年エネルギー環境ビジョンの策定
23
図 13. 一次エネルギー供給の推移
(PJ)
25,000
非化石燃料
その他
20,000
原子力
15,000
再生可能
10,000
天然ガス
化石燃料
石油・石油製品
5,000
石炭・石炭製品
0
2010
2015
2020
2025
2030
2035
2040
2045
2050 (年)
出所:参考文献[8]
6.3 ビジョン実現にかかるコスト
( 1 )本研究におけるコストの取り扱い
MARKAL-JAPAN-MRI において考慮されるコストは、モデルが対象とするエネルギーシ
ステムの境界(図 14)より外に支出されるコストであり、設備・機器への「投資費用」、人
件費等の「運転費」、他国からの「資源輸入費」、その他(税金等)に分類される。これらの
和を「エネルギーシステムコスト」として、これを最小化するというのが MARKAL のフ
レームワークである。
本稿で示す試算結果として示すビジョンは、第 6 章の冒頭に述べた二酸化炭素排出量制限
が課された下でのコスト最適解(環境制約下での最適解)である。このビジョンを実現する
ためにかかるコストを、本研究では以下のように定義して算出した。
ビジョン実現にかかるコスト= 環境制約下の「エネルギーシステム投資コスト」
−環境制約なしでの「エネルギーシステム投資コスト」
ここで「環境制約なし」とは、本研究で示す試算の前提条件のうち、第 6 章の冒頭に述べ
た二酸化炭素排出量制限のみを取り除いた条件下で試算することをいう。なお、エネルギー
システムコストの差は、原油価格想定に大きく依存することから、ここでは投資コストのみ
を対象として分析を実施した。
所報53号.indb 23
10.5.18 1:43:06 PM
24
研究論文 Research Paper
図 14.「エネルギーシステム」とコスト
:エネルギーシステムコストの定義に含まれるコスト
:エネルギーシステムコストの定義に含まれないコスト
:コスト以外
人件費
資源事業者
他国
資源輸入費
資源
資源費
資源
労働者
労働
設備費
機器費 等
設備・機器 等
一般事業者
エネ事業者
税金
エネルギー料金
エネルギー
消費者
注
(プラントメーカー、
エネルギー消費機
器メーカー、自動車
メーカー、等)
政府
エネルギーシステムの境界
注:エネルギーを消費する主体のすべてを含む。
「他国」以外の境界外部の主体(政府、労働者、一般事業者)
も、
エネルギーを消費する立場においては「消費者」に含まれる。
作成:三菱総合研究所
( 2 )ビジョン実現にかかる追加投資コスト
本研究で試算した追加投資コストは、2010 〜 2050 年の累積で 109 兆円となった。この中
には、電気自動車、高効率発電設備、産業用天然ガスボイラー、省エネ家電製品、高効率
ヒートポンプ等への投資が含まれている。ただし、この金額はそれらの購入金額の総額では
なく、代替技術(電気自動車であればガソリン車など)の購入金額との差額として算出され
るものである点に留意されたい。
追加投資コストを単純に 1 年当たりで平均すると、2.7 兆円/年となる。これを部門別に
分類した上で投資先の内訳を分析し、「主として事業者が負担すると考えられるもの」と
「主として一般世帯で負担すると考えられるもの」に分類した* 10。その結果、世帯負担と
しての追加投資コストには家庭用太陽光発電(PV)導入、高効率ヒートポンプ導入、次世
代自動車(主として電気自動車)の費用が大きく占めており、事業者負担としての追加コス
トについても、産業部門での LNG ボイラー導入を除くと、高効率ヒートポンプや鉄道の電
化など、電化進展に関わる費用が大きく占めていることが示された。それらの費用を含め、
世帯/事業者別に分類した年間追加投資コストを図 15 に示した。2.7 兆円のうち、世帯負担
は約 1 兆円、事業者負担は約 1.7 兆円と試算された。
* 10
分類は、
「当該機器を購入する主体が誰か」という観点から、三菱総合研究所の担当者による判断で実
施した。したがって、補助金等による負担の移動については考慮していない。
所報53号.indb 24
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MARKAL-JAPAN-MRI による 2050 年エネルギー環境ビジョンの策定
25
図 15. ビジョン実現にかかる追加投資コスト(部門別)
(10億円)
1,000
900
次世代自動車
(従来車との差額分)
高効率HP
太陽熱利用機器
省エネ家電への
買い替え
800
700
600
500
400
家庭用PV
両ケースの差分:
12GW
世帯負担
事業者負担
300
200
100
風力
事業用PV
高効率火力
0
発電
LNGボイラー
導入等
高効率HP
太陽熱利用機器
産業
民生
次世代自動車
鉄道の電化
運輸
注:PV–太陽光発電、HP–ヒートポンプ
出所:参考文献[8]
6.4 経済成長シナリオに対する感度分析
これまでにみたように、緩やかな経済成長の下で想定されるエネルギーサービス需要に
対しては、本研究で想定したエネルギー技術を用いて、2050 年までに二酸化炭素排出量を
60%削減する目標が達成されることが示された。しかしながら、将来のシナリオは一通りに
決まるものではなく、特に経済成長については、雇用や生活水準向上のために少しでも高い
方がよいとの考え方もある。三菱総合研究所が実施したアンケート結果の分析からも、回
答者の約 20%が、今後の経済成長を強く志向する可能性があるグループとして抽出された。
一方で、回答者の約 15%は、経済成長を抑制して自然回帰することを志向する可能性があ
るグループとして抽出された[8]。
本研究では、これまでに示した将来シナリオ(「ベースシナリオ」とする)とは別のシナ
リオとして、以下の 2 つを想定し、2050 年時点での二酸化炭素排出量を 2005 年比▲ 60%達
成の可能性を検証した。シナリオと試算結果の概要は、以下の通りである。
<大量生産/消費シナリオ[18]>
2050 年まで平均 1 〜 2%の水準で経済成長を想定し、我が国 GDP は 2050 年で 980 兆円
になるとした。その源泉となる生産活動の中心が製造業であるとして、エネルギー需要区分
ごとにエネルギーサービス需要を設定した。
この時、最終エネルギー消費は、2050 年でベースシナリオの約 1.4 倍となった。それに対
するエネルギー技術をベースシナリオと同様に想定すると、二酸化炭素排出量は 2050 年時点
で 2005 年比 35%の削減にとどまり、▲ 60%の長期目標は達成できないという結果となった。
所報53号.indb 25
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26
研究論文 Research Paper
<経済縮小/自然回帰シナリオ[19]>
我が国 GDP は 2020 年以降マイナス成長に転じ、1 人当たり GDP は今後も微増〜横ば
いとなるとした。この場合、社会保障費の負担を考慮すると、世帯当たりの可処分所得は
2020 年以降減少する。2050 年時点の素材など主要産業の生産量は、2005 年と比較して概ね
2 割減少、労働時間の短縮によってオフィスの照明や冷暖房も少なめに推移するとした。国
内生産の減少に伴って、貨物を中心とした運輸需要も、2050 年までに現状から 2 割以上減
少すると考えた。
こうしたシナリオにおいて、ベースシナリオと同様の制約条件を課してコスト最適解を求
めると、2050 年時点のエネルギー消費はベースシナリオと比較して約 15%低い水準に抑え
られることがわかった。二酸化炭素排出量についても、2050 年に 2005 年比▲ 60%という
水準が達成されている。エネルギー需要が大幅に減少するため、その要因だけでも 2050 年
時点の二酸化炭素排出量は 2005 年比▲ 30%以上となる。このように、環境面での目標達成
は比較的容易になると考えられるものの、試算結果を分析すると、経済縮小による需要減
少が排出量削減の最大要因であり、技術開発の効果は必ずしも顕著に現れていない。例え
ば、2050 年時点の乗用車ストックは、ガソリン車が主流であり、約 8 割が電気自動車に置
き換わるベースシナリオとは対照的な状況となっている。また、高効率ヒートポンプなど省
エネ機器の普及も限定的で、家庭やオフィスでの給湯・暖房のうち、化石燃料の直接燃焼が
2050 年でも依然として半分以上を占めている。
なお、こうした経済縮小/自然回帰シナリオにおいても、試算結果における電源構成をみ
ると、2050 年時点で原子力発電が約 33%占めていることがわかった(発電電力量ベース)。
7.まとめ
本研究での定量的検討の結果、現状技術及び開発見通しがある技術を、産業・民生・運
輸・発電の各部門で適切に導入することによって、日本経済を持続的に発展させつつ 2050
年に二酸化炭素排出量を 2005 年比で 60%削減することが可能であることが示された。その
実現にかかる追加投資費用は、総額で 109 兆円と算出された(40 年間の累計)。また、複数
の経済社会シナリオの下でも試算を実施した。その結果、経済縮小/自然回帰社会でも原子
力・火力が一定割合必要であること、大量生産/消費社会では二酸化炭素排出量▲ 60%実
現は困難であり、さらなる原子力の大幅な増設か、超革新技術の出現を待たねばならないこ
とが示された。
本稿で示した 2050 年エネルギー環境ビジョンの内容をあるべき姿として提示することが
本研究の目的ではなく、経済成長と環境制約を両立するエネルギー需給構造を検討する枠組
みを構築することに本研究の意義を置いた。よって、本稿で示したビジョンは、三菱総合研
究所の予測や価値判断を含むものではなく、2050 年に二酸化炭素排出量を 2005 年比▲ 60%
とすることが可能かどうかを定量的な数値を用いて検証し、その 1 つの解として提示したも
のである。
また、解の導出にあたっては、環境とコストのみに着目し、例えばエネルギーセキュリ
ティーなど他の視点からの制約条件などを考慮してはいない。また、対象範囲も国内に限っ
ており、海外諸国との相互関係については取り扱っていないといった課題も残っている。
所報53号.indb 26
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MARKAL-JAPAN-MRI による 2050 年エネルギー環境ビジョンの策定
27
三菱総合研究所では、これらの課題を認識して関連する研究開発にも鋭意取り組んでお
り、MARKAL-JAPAN-MRI の改良を続けている。本稿では、我が国エネルギーシステム全
体のあり方につき仮説を想定し、経済と環境の面から定量的に検証する枠組み構築について
報告した。それとともに、導いた解についても、今から進めなければならないエネルギー消
費・供給基盤の変革を実現する方策と、そのために負うべき経済負担やリスクについて議論
するに足る示唆が得られたと考え、ビジョンとして取りまとめ、ここに報告した。
参考文献
[1]
International Energy Agency:World Energy Outlook 2008 (2009).
[2]
Steve Connor:“Warning: Oil supplies are running out fast,
”The Independent(2009).
[3]
UK Energy Research Centre(UKERC):The Global Oil Depletion Report(2009).
[4]
Richard Loulou,et. al.:“Documentation for the MARKAL Family of Models,”Energy
Technology Systems Analysis Programme (2004).
[5]
佐藤治:「我が国の長期エネルギー需給シナリオに関する検討」『JAERI-Research』2005-012,
独立法人日本原子力研究開発機構(2005).
[6]
後藤純孝,佐藤治,
田所啓弘:
「我が国の長期エネルギーシステムのモデル化」
『JAERI-Research』
99-046,独立行政法人日本原子力研究開発機構(1999).
[7]
厚生労働省:「厚生労働省が提示している医療費の将来見通しとその手法」(第 1 回医療費の将
来見通しに関する検討会[平成 18 年 12 月 27 日]資料 2-1)(2006).
[8]
三菱総合研究所:
『2050 年エネルギー環境ビジョン』(2009).
[9]
日本エネルギー経済研究所計量分析ユニット:
『EDMC /エネルギー・経済統計要覧 2009 年版』
(2009).
[10] 経済産業省:
『Cool Earth – エネルギー革新技術計画』(2008).
[11] 経済産業省:
「Cool Earth – エネルギー革新技術 技術開発ロードマップ」(『Cool Earth – エ
ネルギー革新技術計画』別添資料)(2008).
[12] 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構:『2030年に向けた太陽光発電ロードマッ
プ(PV2030)』(2004).
[13] 藤野純一:
「低炭素社会に向けたエネルギー選択に関する考察」『地球環境』Vol.12,No.2,
171-8(2007).
[14] 経済産業省総合資源エネルギー調査会需給部会:『長期エネルギー需給見通し』(2008).
[15] 風力発電事業者懇話会他:
『風力発電長期導入目標値と目標値達成に向けた提言 Ver.3』
(2008).
[16] 三菱総合研究所:「ゼミナール CO215%減社会⑩」,日本経済新聞(2009 年 8 月 27 日朝刊)
(2009).
[17] 三菱総合研究所:「ゼミナール CO215%減社会⑪」,日本経済新聞(2009 年 8 月 28 日朝刊)
(2009).
[18] 三菱総合研究所:「ゼミナール CO215%減社会」,日本経済新聞(2009 年 9 月 17 日朝刊)
(2009).
[19] 三菱総合研究所:「ゼミナール CO215%減社会」,日本経済新聞(2009 年 9 月 18 日朝刊)
(2009).
所報53号.indb 27
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28
研究論文 Research Paper
[20]
日本鉄鋼連盟:「鉄鋼統計要覧」
[21]
経済産業省:「鉄鋼・非鉄金属・金属製品統計月報」
[22]
経済産業省:「化学工業統計年報」
[23]
経済産業省:「生コンクリート統計年報」
[24]
経済産業省:「窯業・建材統計年報」
[25]
経済産業省:「紙・印刷・プラスチック・ゴム製品統計年報」
[26]
国土交通省:「自動車輸送統計年報」
[27]
国土交通省:「鉄道輸送統計年報」
[28]
国土交通省:「航空輸送統計年報」
[29]
国土交通省:「交通経済統計要覧」
[30]
電気事業連合会 WEB サイト : 電力統計情報
[31]
国立社会保障・人口問題研究所 WEB サイト:将来推計人口
[32]
三菱電機 WEB サイト
[33]
パナソニック WEB サイト
[34]
シャープ WEB サイト
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MARKAL-JAPAN-MRI による 2050 年エネルギー環境ビジョンの策定
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提言論文 Suggestion Paper
提言論文
地方自治体における行政評価 12 年の歩み
と今後の展望
田渕 雪子
要 約
1997 年頃から動き始めた地方自治体の行政評価は、この 12 年の間に、飛躍的な
広がりをみせ、全国でさまざまな取り組みが行われてきた。
三菱総合研究所では、国内の行政評価の活用実態やその実践方法について調査研
究することを目的に、1998 年から自主研究として「地方自治体における行政評価
への取り組みに関する実態調査」を継続して実施してきた。本稿では、その調査結
果を踏まえて、地方自治体における行政評価の歩みと現状について概観するととも
に、筆者の自治体への関与の経験をもとに、地方自治体における行政評価の課題と
今後の展望について論述する。
新政権下では、地域主権が唱えられ、これまで以上に地方自治体に自立が求めら
れている。自治体内に目を向けても、いかに最少のコストで最大の効果を上げるこ
とができるか、地方自治体の力が試されている。行政評価についても、これまでの
行政だけの閉じたシステムでは、現状以上の導入効果は望めない。今後は、行政評
価を、行政外の力を活かせるシステムに進化させることが必要である。
行政評価の、次の扉を開くカギは「住民」にある。
目 次
はじめに
1.地方自治体における行政評価の「これまで」
–4 つのステージにみる行政評価 12 年の歩み
2.データにもとづく行政評価の「これまで」– 実態調査結果より
2.1 行政評価導入の推移
2.2 これまでの行政評価への取り組み状況とその動向
2.3 行政評価の導入目的に対する成果の変遷
2.4 実態調査に掲げた‘提言’にみる行政評価の「これまで」
3.地方自治体における行政評価の「今」– 現状と課題
4.行政評価の「これから」– 今後の展望
所報53号.indb 30
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地方自治体における行政評価 12 年の歩みと今後の展望
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Suggestion Paper
Progress of Public Sector Evaluation in Local
Government in 12 Years and Future Prospects
Yukiko Tabuchi
所報53号.indb 31
Summary
Public sector evaluation of local governments started around 1997. For these
12 years,it has been dramatically expanding and various efforts have been
made throughout the country.
Since 1998,Mitsubishi Research Institute,Inc. has continuously conducted
the“Actual state survey concerning efforts towards public sector evaluation
in local government”as an independent study for the purpose of investigating
the actual conditions of utilization of public sector evaluation in Japan and
its implementation methods. Based on the survey results,a general view of
the progress of public sector evaluation in local government and the present
state is taken,and based on the author’
s experience of involvement in local
government,problems in public sector evaluation in local government and
future prospects are discussed.
Under the new government,local sovereignty has been advocated and
independence of local government is being more than ever called for. Looking
to the inside of local government,the ability of local government regarding
how maximum effect can be achieved at minimum cost has been tested. In
the conventional closed system only for administration,it is not expected that
introduction of public sector evaluation will bring about greater effects than in
the present state. In the future,public sector evaluation needs to evolve into a
system in which abilities other than administration can be used.
The key to opening the next door of public sector evaluation is“the citizen.”
Contents
Introduction
1.Progress So Far of Public Sector Evaluation in Local Government
–Four Stages in 12 Years of Progress of Public Sector Evaluation
2.Progress So Far of Public Sector Evaluation Based on Data
–Based on the Actual State Survey
2.1 Movement of Introducing Public Sector Evaluation
2.2 Efforts towards Public Sector Evaluation So Far and their Progress
2.3 Changes in Outcomes against the Purposes of Introducing Public Sector
Evaluation
2.4 Progress So Far of Public Sector Evaluation in View of the Suggestions
Made in the Actual State Survey
3.Current Public Sector Evaluation in Local Government –Present State and
Problems
4.Future Public Sector Evaluation –Future Prospects
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32
提言論文 Suggestion Paper
はじめに
2009 年 9 月の政権交代以降、国においても「評価」への機運が急速に高まってきた。
国に先駆けて取り組みが進む地方自治体の行政評価は、三重県の事務事業評価に端を発し
ているといえる。1996 年度に三重県が取り組みを開始、その後 1997 年 11 月 14 日付自治事
務次官通知で各都道府県知事及び各政令指定都市長に宛てた「地方自治・新時代に対応した
地方公共団体の行政改革推進のための指針」の中でも、地方自治体に対して行政評価導入が
要請され、行政評価への取り組みは全国に展開されていった。
そうした動きを受けて、三菱総合研究所では、国内の行政評価の活用実態やその実践方法
について調査研究することを目的に、自主研究として、1998 年に都道府県・政令市を対象
に「地方自治体における行政評価への取り組みに関する実態調査」を実施、その後調査対象
を順次拡大し、これまで継続して実施してきた。
本稿では、約 10 年にわたるこれまでの調査結果を踏まえて、筆者の自治体への関与の経
験をもとに、地方自治体における行政評価の歩みと現状について概観するとともに、課題と
今後の展望について論述したい。
「地方自治体における行政評価への取り組みに関する実態調査」の概要
調査実施年 :1998 〜 2009 年
調査対象
:47 都道府県、政令市(1998 年〜)
47 都道府県、政令市を含む全市・東京 23 区(1999 年〜)
47 都道府県、全市・東京 23 区、全町(2000 年〜)
47 都道府県、全市・東京 23 区、全町、全村(2001 年〜)
● 調査方法
:行政評価担当部署宛てに調査票を発送、FAX または E-メールで回収
● 回収状況
:すべての自治体を対象に調査を実施した 2001 年からの回収状況は、
参考データ 表①の通り
●
●
1.地方自治体における行政評価の「これまで」
– 4 つのステージにみる行政評価 12 年の歩み
三菱総合研究所が地方自治体における行政評価の実態調査を開始してから、12 年が経過
した。その間、行政評価は、さまざまな地方自治体で検討が重ねられ、進化を続けてきた。
これまでの 12 年を振り返ると、おおよそ 3 年周期でその取り組みに変化がみられる。本
章では、筆者の地方自治体への関与の経験をもとに、行政評価の「これまで」を 4 つのス
テージに分けて概観する* 1。
第Ⅰステージ(1997 〜 1999 年頃)は、行政評価=事務事業評価の時代である。旧自治省
(現:総務省自治行政局)から 1997 年 11 月 14 日付「行政改革推進のための指針」の中で打
ち出された要請が事務事業の見直しであったこともあり、この時期に行政評価に取り組んだ
* 1
所報53号.indb 32
参考文献[12]をもとに、第Ⅳステージを加筆するとともに、各ステージを改編した。
10.5.18 1:43:07 PM
地方自治体における行政評価 12 年の歩みと今後の展望
33
多くの自治体では、行政評価と事務事業評価を同義と捉えていた。その導入の主目的として
職員の意識改革が掲げられた。行政が評価主体となり、評価シートを活用し行政が自らの活
動を評価する方法が採られた。
第Ⅱステージ(1999 〜 2002 年頃)に入ると、総合計画の進行管理に行政評価を活用しよ
うとする自治体が急増した。評価対象レベルは事務事業から施策、政策へと拡大され、行政
評価の、3 階層への展開が始まった。この時期は、行政活動の‘成果’とあわせて、‘効率’
にも徐々に目が向けられるようになった時期でもある。また、この頃から、住民や学識経験
者など行政外部の評価への関与が重要視され始め、評価の客観性や妥当性の確保を外部評価
機関に求める自治体も出始めた。
第Ⅲステージ(2002 〜 2005 年頃)は、行政管理から行政経営への転換期である。この頃
から NPM(New Public Management)に関心が向けられ、
‘進行管理型’の評価手法に加え
て、ミッション実現のための資源の最適配分を主眼とする‘戦略重視型’の手法を採る自治
体も出てきた。行政評価を所管する部署に「経営」という名称が使われ出したのも、この頃
である(図 4)
。
第Ⅳステージ(2005 〜 2008 年頃)では、NPM の流れを受けて、住民を顧客と捉えるな
ど、行政評価の取り組みに経営的視点が取り入れられるようになった。また、評価の活用を
主目的に、他システムとの連動を視野に行政評価制度を見直す動きも出始めた。予算や人事
など行政評価制度を取り巻く行政システムの改善に着手した自治体と、硬直したシステムの
ままで行政評価制度を運用する自治体とで、行政評価の導入成果に差が出てきた。
現在日本で実施されている行政評価は、都道府県や規模の大きい基礎自治体がステージの
先陣を切り、町や村ではこれから第Ⅰステージに上がろうという自治体も少なくない。また、
すべての自治体が第Ⅰステージから取り組むわけではなく、第Ⅱステージから取り組む自治
体もあれば第Ⅰステージの次に第Ⅲステージに移行する自治体もある。それぞれのステージ
でさまざまな取り組みが行われているのが現状である(図 1)
。
図 1.行政評価の導入時期別取り組み状況
現状
1999年頃
2002年頃
行政評価=事務事業評価の時代
総合計画とのリンク
3階層への展開
第Ⅰステージ
2005年頃
2008年頃
行政管理から行政経営への転換
経営的視点の導入
他システムとの連動
第Ⅱステージ
第Ⅲステージ
第Ⅳステージ
行政評価=事務事業評価の時代
総合計画とのリンク
3階層への展開
外部評価の導入
行政管理から行政経営
への転換
第Ⅰステージ
第Ⅱステージ
第Ⅲステージ
行政評価=事務事業評価の時代
総合計画とのリンク
3階層への展開
外部評価の導入
第Ⅰステージ
第Ⅱステージ
外部評価の導入
行政評価=事務事業評価の時代
4つのステージ上に、評価制度導入自治体が混在
1997年頃
第Ⅰステージ
作成:三菱総合研究所
所報53号.indb 33
10.5.18 1:43:07 PM
34
提言論文 Suggestion Paper
2.データにもとづく行政評価の「これまで」– 実態調査結果より
前章では、筆者の経験をもとに、行政評価のこれまでの取り組みを概観した。本章では、
三菱総合研究所が約 10 年にわたり継続して実施してきた「地方自治体における行政評価へ
の取り組みに関する実態調査」(以下、「実態調査」)の結果をもとに、データにもとづいて
行政評価の「これまで」を分析する。
2.1 行政評価導入の推移
( 1 )導入状況の推移
都道府県では、政策・施策・事務事業のいずれかのレベルで行政評価を「導入済み」とす
る自治体が、2000 年から 2002 年にかけて急増している(2000 年:47.8%→ 2001 年:78.7%
→ 2002 年:91.5%)
。ちょうどこの頃は、総合計画とのリンクを図る動きが活発化した時期
であり、政策・施策レベルの評価を実施する自治体の多くは、総合計画の進行管理に評価を
活用しようとするものであった。その後、「導入済み」の自治体は横ばいの状態にあったが、
2008 年頃から評価制度を見直す自治体が顕在化し、2009 年調査では、政策・施策・事務事
業のすべてのレベルで「導入済み」の自治体が減少している。
市・区では、調査を開始した 1999 年には「導入済み」としていた自治体が、2000 年調査
では半減した。これは、その後の追跡調査によると、客観的データをもとにした成果重視の
行政評価の考え方が定着していなかったために、従前の、定性評価中心の進行管理を評価と
捉えて「導入済み」としていた自治体が、2000 年調査では「試行段階」や「検討中」に回
答を修正したことによるものであった。2008 年調査からの市・区の状況は、「導入済み」「試
行段階」を合わせた割合が 82.4%で変わらず、「現状では検討していない」とする自治体が
微増するも、大きな動きはみられていない。レベル別にみると、施策レベルでは導入の動き
が加速しているものの、政策レベルの導入の伸びは鈍い。事務事業レベルでは「導入済み」
と「現状では検討していない」がともに増加しており、二極化の動きがみられる。
町、村では、ともに 2004 年に取り組みがいったん後退している。これは市町村合併の影
響によるもので、その動きが鈍化した 2006 年頃から、再び行政評価導入の動きが出始めた。
その後、行政評価に取り組む自治体と「現状では検討していない」とする自治体の二極化が
進んでいたが、2009 年では町、村とも「導入済み」が 10 ポイント強の伸びをみせ、「現状
では検討していない」とする自治体も減少、導入の動きが再び加速している。レベル別に
は、政策・施策レベルの評価に取り組む自治体も出始めたが、現状では事務事業レベルの評
価が主流となっている。
所報53号.indb 34
10.5.18 1:43:07 PM
地方自治体における行政評価 12 年の歩みと今後の展望
35
図 2.導入状況の推移【1999 〜 2009 年】
【都道府県】
導入済み
試行段階
43.2%(19)
2000年(46)
47.8%(22)
2001年(47)
78.7%(37)
12.8%(6)
2002年(47)
91.5%(43)
6.4%(3)
2003年(47)
97.9%(46)
2004年(47)
95.7%(45)
2005年(47)
97.9%(46)
2006年(46)
93.5%(43)
4.3%(2)
2007年(47)
95.7%(45)
2.1%(1)
2008年(47)
97.9%(46)
2009年(47)
91.5%(43)
0
20.5%(9)
17.0%(59)
43.8%(152)
14.1%(49)
55.6%(271)
15.4%(75) 19.7%(96)
69.8%(321)
2009年(490)
72.4%(355)
29.5%(117)
14.8%(77)
試行段階
40
60
5.4%(28)
2004年
(650)
2005年
(387)
64.2%(281)
66.3%(431)
27.7%(80)
2008年
(302)
29.1%(88)
10.8%(38)
32.0%(113)
14.2%(41)
28.4%(82)
10.9%(28) 18.0%(46)
30.9%(79)
40
79.6%(86)
4.0%(19)
0.2%(1)
0.6%(4)
1.2%(8)
100 (%)
無回答
3.7%(4)
0.9%(1)
71.6%(78)
1.7%(3)
14.5%(25)
5.0%(8)
79.1%(136)
1.9%(3)
10.6%(17)
9.2%(9)
80.1%(129)
5.1%(5)
19.4%(19)
12.3%(7)12.3%(7)
2007年
(59)
80
現状では検討していない
25.7%(28)
4.7%(8)
2005年
(98)
無回答
4.6%(20)
1.9%(2)
1.8%(2)
2004年
(161)
2006年
(57)
60
13.9%(15)
2003年
(172)
100 (%)
29.8%(86)
33.4%(101)
準備・検討中
2002年
(109)
3.3%(16)
33.7%(119)
25.2%(76)
12.3%(37)
20
試行段階
2.4%(11)
48.3%(187)
27.1%(105)
40.2%(103)
0
2001年
(108)
50.1%(259)
8.9%(58)
8.6%(56)
14.9%(97)
23.5%(83)
0.9%(1)
59.7%(281)
9.3%(48)
35.0%(181)
63.7%(424)
2007年
(289)
導入済み
80
10.4%(69)
19.2%(128)
2006年
(353)
5.2%(26)
0.2%(1)
14.3%(70)
現状では検討していない
13.4%(52)11.1%(43)
2009年
(256)
23.3%(121)
2.1%(9)
4.0%(19)
3.2%(15)
29.1%(137)
6.2%(41)
8.6%(42)
0.6%(3)
8.1%(42)
12.6%(58) 15.2%(70)
26.5%(116)
2003年
(666)
11.0%(49)
14.5%(72) 16.3%(81)
準備・検討中
2000年
(438)
7.6%(32)
21.8%(92)
10.0%(49)
3.2%(11)
8.1%(32)
36.5%(145)
25.8%(109)
20
無回答
1.2%(4)
21.5%(70)
2005年(487)
2002年
(517)
65.3%(64)
28.1%(16)
18.6%(11) 10.2%(6)
2.5%(4)
1.0%(1)
47.4%(27)
23.7%(14)
47.5%(28)
5.2%(3)
2008年
(58)
19.0%(11)
58.6%(34)
17.2%(10)
7.7%(4)
2009年
(52)
30.8%(16)
0
所報53号.indb 35
24.2%(84)
50.0%(163)
20.0%(89) 16.0%(71)
2001年
(471)
作成:三菱総合研究所
51.9%(180)
53.0%(236)
2008年(460)
2.1%(1)
現状では
検討していない
2004年(445)
導入済み 2.7%(12)
【村】
6.1%(21)
44.8%(189)
63.9%(318)
2.1%(1)
100 (%)
25.9%(103)
53.8%(279)
2.2%(1)
80
2003年(422)
0
【町】
60
2002年(397)
2007年(498)
2.1%(1)
6.4%(3)
21.9%(76)
2006年(519)
2.1%(1)
2.1%(1)
準備・検討中
2001年(347)
6.4%(3)
2.1%(1)
40
17.9%(62)
10.1%(33)
17.2%(56)
2.1%(1)
2.1%(1)
20
2000年(326)
4.5%(2)
30.4%(14)
2.1%(1)
導入済み
1999年(347)
現状では
検討していない
31.8%(14)
21.7%(10)
試行段階
【市・区】
準備・検討中
1999年(44)
20
48.1%(25)
13.5%(7)
40
60
80
100 (%)
注:母数は、回答した自治体の件数(y 軸( )内の数値)
。
政策・施策・事務事業レベルのうち、最も進んだ状況を当該自治体の導入状況として捉えている。
10.5.18 1:43:07 PM
36
提言論文 Suggestion Paper
図 3.レベル別導入状況の推移【2000 〜 2009 年】
︻政策レベル︼
【都道府県】
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
導入済み
︻施策レベル︼
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
試行段階
準備・検討中
︻事務事業レベル︼
導入済み
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
0
20
その他
試行段階
40
60
準備・検討中
その他
準備・検討中
80
その他
100(%)
【市・区】
︻政策レベル︼
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
導入済み
︻施策レベル︼
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
試行段階
︻事務事業レベル︼
導入済み
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
0
20
試行段階
準備・検討中
40
60
その他
80
100(%)
注:母数は、回答した自治体の件数。
「その他」の内訳は、「現状では検討していない」と回答した、あるいは無回答の自治体の合計件数。
データは、図②を参照。
作成:三菱総合研究所
所報53号.indb 36
10.5.18 1:43:07 PM
地方自治体における行政評価 12 年の歩みと今後の展望
37
( 2 )行政評価制度見直しの動向
先行自治体が行政評価を導入して約 10 年が経過したことから、2008 年調査から、導入・
試行経験のある自治体における評価制度の見直し・検討状況を確認している。以下に、前年
に「導入済み」と回答した自治体の、当該年度の導入状況を示す。
都道府県においては、2008 年調査では、政策レベルでの見直し等の動きはなく、施策・
事務事業の各レベルでも「準備・検討中(見直し中)」「現状では検討していない」とする自
治体は、それぞれ 1 件ずつであった。2009 年調査では、「準備・検討中(見直し中)」と「現
状では検討していない」とする自治体を合わせると、政策レベルで 3 件(12.5%)、施策レ
ベルで 4 件(10.3%)、事務事業レベルで 5 件(12.8%)となっており、ここ 2 〜 3 年の間に、
評価制度の見直しや休止・廃止の動きが顕在化してきた。
市・区でも、2008 年から 2009 年にかけて、政策レベルで 6 件(14.0%)、施策レベルで 8
件(6.1%)
、事務事業レベルで 11 件(3.5%)、制度の見直しまたは休止・廃止の動きがみら
れた。筆者の経験から、実態調査において「導入済み」と回答している自治体でも、現行制
度を継続する中で抜本的な制度の見直しに取り組んでいる自治体もあることから、市・区に
おける評価制度見直しの動きは増加傾向にあると推察される。また、政策レベル、施策レベ
ルでは、「準備・検討中(見直し中)」と「現状では検討していない」とする件数は半々で
あったが、事務事業レベルでは「準備・検討中(見直し中)」が 9 割(11 件中 10 件)を占
めており、市・区では、今後も事務事業レベルの評価が主流となることが見込まれる。
評価制度を見直し中とする自治体の担当者からは、「行政評価に対する理解や意識が低い
ため、職員に‘やらされ感’がある」「作業の負担感が大きい」「評価基準があいまい」「評価
結果が活用されていない」などの意見が寄せられており、こうした見直しの動きの背景に
は、作業負担の軽減や評価結果の反映方法等を模索する自治体の現状があるといえよう。
2009 年調査では、評価結果の活用に係る意見は職員の意識に係る意見に次いで多かった
が、
「評価結果が予算に反映されていない」とする自治体がある一方で、2008 年調査では、
枠配分予算を実施している都道府県の 75%で評価結果を資源配分の改善に活用できたとし
ており、これは、評価制度を有機的に機能させるには、予算編成システムなど既存の行政シ
ステムを、評価を活用できる形に改善することが有効であることを示唆している。
表 1.レベル別評価制度の見直し・検討状況
政策レベル
単位
都道
府県
市・区
準備・検討中 現状では検討
(見直し中) していない
2008 年 件数
調査
%
2009 年 件数
調査
%
2009 年 件数
調査
%
施策レベル
合計
準備・検討中 現状では検討
(見直し中) していない
事務事業レベル
合計
準備・検討中 現状では検討
(見直し中) していない
合計
0
0
0
1
1
2
1
1
2
0.0
0.0
0.0
2.5
2.5
5.0
2.4
2.4
4.8
2
1
3
2
2
4
3
2
5
8.3
4.2
12.5
5.1
5.1
10.3
7.7
5.1
12.8
3
3
6
4
4
8
10
1
11
7.0
7.0
14.0
3.0
3.0
6.1
3.2
0.3
3.5
注:母 数は、各レベルにおいて前年調査で「導入済み」と回答した自治体の件数。
無回答の自治体は除く。各レベルごとの集計のため、表中では重複する自治体が存在する。
作成:三菱総合研究所
所報53号.indb 37
10.5.18 1:43:08 PM
38
提言論文 Suggestion Paper
都道府県における行政評価主管部署(実態調査の回答部署)からも、評価制度見直しの状
況が垣間見える。財政・予算関連部署で評価を所管する自治体が、2008 年・2009 年にはこ
れまでの減少傾向から増加に転じており、評価結果の予算への反映という見直しの方向が窺
える。
図 4. 都道府県における行政評価主管部署の推移
財政・予算
1999年 6.7%
行革関連
企画・政策
33.3%
42.2%
27.7%
66.0%
23.4%
59.6%
人事
17.8%
2.1%
2002年
4.3%
2.1%
2005年
14.9%
行政経営
2008年
8.5%
17.0%
53.2%
2009年
8.5%
21.3%
57.4%
0
20
40
60
14.9%
8.5%
80
6.4%
4.3%
100 (%)
注:母数は、回答した自治体の件数。
実態調査の回答部署をもとに作成。
作成:三菱総合研究所
2.2 これまでの行政評価への取り組み状況とその動向
本節では、行政評価に取り組む自治体が直面している課題を明らかにするため、実態調査
で「導入済み」または「試行段階」と回答した市・区にスポットを当て、これまでの実態調
査の結果をもとに、評価の実施主体、住民の声の反映状況、評価結果の公表・照会状況につ
いてその動向を追った* 2。
( 1 )評価主体の動向
図 3 の通り、ここ数年、市・区における行政評価制度の導入は、いずれのレベルにおい
ても堅調な伸びをみせている。しかしながら、事務事業レベルの評価主体の推移をみると、
「担当者(評価責任者)による自己評価のみ」とする自治体は、最初に評価主体に係る調査
を実施した 2001 年には 24.8%、その後 2003 年には 20.8%と減少に転じたものの、2009 年で
は 26.4%とこれまでで最も高い数値となっており、二次評価導入の動きに進展はみられない。
また、施策レベルの評価主体では、「行政以外の主体による評価」が 2006 年に比べて減少
しており、「行政のみの評価」から脱却しようとする意欲は低下傾向にある。
* 2 「(1)評価主体の動向」
「
(2)住民の声の反映状況」については、参考文献[11]では「準備・検討中」
とする自治体も含んでいるため、本稿のデータとは一致しない。
所報53号.indb 38
10.5.18 1:43:08 PM
地方自治体における行政評価 12 年の歩みと今後の展望
39
表 2.市・区における評価主体 – 事務事業レベル
調査実施年
事務事業レベルで「導入済み」
「試行段階」と回答した自治体数
2001 年
担当者(評価責任者)による自己評価のみ
件数
%
125
31
24.8
2003 年
293
61
20.8
2006 年
347
84
24.2
2007 年
383
87
22.7
2009 年
387
102
26.4
作成:三菱総合研究所
図5.市・区における評価主体 – 施策レベル【2003 年・2006 年・2009 年比較】
75.6%(68)
担当者
(評価責任者)
による自己評価
75.9%(110)
82.5%(165)
61.1%(55)
行政内部での
二次評価
パブリック・
コメント制を活用
57.5%(115)
28.9%(26)
34.5%(50)
NPO等他団体
に評価を委託
0.0%(0)
2.0%(1)
1.8%(1)
議会で実施
0.0%(0)
2.0%(1)
0.0%(0)
28.5%(57)
2003年
3.3%(3)
無回答
2009年
2.5%(5)
0
20
30.8%(8)
36.0%(18)
28.1%(16)
その他
2006年
0.7%(1)
40
60
80
100(%)
注:母数は、施策レベルで「導入済み」
「試行段階」と回答した自治体の合計件数
19.2%(5)
4.0%(2)
12.3%(7)
7.7%(2)
8.0%(4)
3.5%(2)
住民と行政との直接
対話の場を設置
54.5%(79)
行政以外の
主体による評価
61.5%(16)
62.0%(31)
66.7%(38)
委員会等首長の
諮問機関を設置
2003年
2006年
0.0%(0)
0.0%(0)
0.0%(0)
無回答
0
2009年
20
40
60
80
100(%)
注:母数は、施策レベルで「行政以外の主体による評価」と回答した自治体の件数
作成:三菱総合研究所
( 2 )住民の声の反映状況 – 住民アンケート調査の結果活用の動向
実態調査において、住民の声の反映状況で「評価方法、評価結果等を公表することによ
り、住民の声を求めている」に次いで回答の多い「住民アンケート調査の結果を指標化」の
状況(図③)について、レベルごとに 2003 年からの推移を追った。
事務事業レベルでは、2 割前後でほほ横ばい、施策レベルでは、2007 年まで 55% 前後で
推移していた指標化が 2008 年調査で 6 ポイント弱増加し、2009 年も引き続き約 6 割の自治
体が住民アンケート調査の結果を指標化(あるいは指標化予定と)している状況にある。政
策レベルでは、2005 年の 58.1% から 2006 年には 44.9% に減少、その後増加に転ずるも実数
での増減はなく、指標化の状況については、ここ数年ほとんど変化がみられていない。
「住民アンケート調査の結果を指標化」の状況は、政策レベルで実施が伸び悩む中、施策
レベルではその意識は徐々に高まっていることがみてとれる。
所報53号.indb 39
10.5.18 1:43:08 PM
40
提言論文 Suggestion Paper
図 6. 市
・区における住民の声の反映状況の推移
– 住民アンケート調査の結果を指標化【2003 〜 2009 年比較】
(%)
100
80
60
40
20
0
55.6%
(15)
48.2%
(40)
53.8%
(21)
51.9%
(55)
58.1%
(25)
56.6%
(69)
54.0%
(74)
56.8%
(25)
61.2%
(101)
59.0%
(105)
施策レベル
55.4%
(92)
53.2%
(25)
18.5%
(54)
20.6%
(66)
22.1%
(67)
23.9%
(75)
2006
2007
2008
2009 (年)
44.9%
(22)
48.1%
(25)
政策レベル
事務事業レベル
24.4%
(58)
23.0%
(63)
22.6%
(67)
2003
2004
2005
注:母数は、各レベルで「導入済み」「試行段階」と回答した自治体のうち、住民の声の反映状況で「反映させている」「今後反映させる予定である」と回答した自治体の合計件数
作成:三菱総合研究所
( 3 )評価結果の公表・照会の動向
事務事業レベルで評価結果を公表している市・区は、2009 年 73.9% で、2005 年と比較し
て 10.4 ポイント増加しており、公表意欲は高まっているが、公表された評価結果への照会
は、逆に減少傾向にある。これは、評価結果の公表に係る広報方法や、公表方法として「評
価シートをそのまま公開」が主流となっているなどの公表方法にも、その一因があると考え
られる(図 7)
。
2.3 行政評価の導入目的に対する成果の変遷
本節では、実態調査の中で 2002 年から測定を開始した、行政評価の導入目的に対する成
果についてその変遷を分析する。データは、当該年の調査結果(参考文献[4]〜[11])を
参照されたい。
行政評価導入において最も重要とする目的に対する導入の成果としては、第 1 章で示した
4 つのステージのうち、最も導入が進む第Ⅳステージに位置する自治体で、2003 年頃から
徐々に実感され始めてきた。
都道府県においては、2005 年調査では施策・事務事業レベルでほとんどの自治体が「成
果が上がっている」とし、2009 年調査ではすべてのレベルで大半の自治体が「成果が上がっ
ている」と回答している。市・区においても、2005 年調査に比べて 2009 年調査では、政
策・施策レベルの「行政活動の成果向上」で導入の成果を実感する自治体が増加している
が、政策・施策レベルよりも導入時期の早い事務事業レベルで、「執行の効率化」「行政活動
の成果向上」で「まだわからない」とする自治体が 4 分の 1 程度あり、事務事業レベルでの
評価制度の形骸化が懸念される。
成果を実感した要因としては、都道府県、市・区、町のいずれにおいても「職員の意識の
向上」が最も多くなっている一方で、行政評価担当者からは、職員の「やらされ感」「作業
所報53号.indb 40
10.5.18 1:43:08 PM
地方自治体における行政評価 12 年の歩みと今後の展望
41
図 7.市・区における評価結果の公表・照会状況 – 事務事業レベル
1- ① 公表の有無の推移
(%)
100
73.9%
(286)
80
58.9%
(186)
54.0%
(116)
60
63.5%
(217)
40
45.7%
(134)
20
0
2002
2003
2004
2009 (年)
2005
1- ② 評価結果の公表方法の推移
23.3%(50)
評価シートを
そのまま公開
45.0%(154)
47.0%(182)
19.5%(42)
33.0%(113)
36.7%(142)
調査結果をとりまとめた
概要版やレポートを公表
評価結果について
住民に説明する場を
自主的に設置
11.6%(25)
2.0%(7)
0.8%(3)
24.2%(52)
7.0%(24)
10.6%(41)
上記以外の公表方法
2002年
2005年
2009年
41.9%(90)
35.7%(122)
24.8%(96)
公表していない
4.2%(9)
0.9%(3)
1.3%(5)
無回答
0
20
40
60
80
100(%)
2 評価結果への照会状況の推移
ときどき照会がある 照会はほとんどない
照会はない
無回答
住民・ 2002
在勤者・ 2005
在学者 2009
2002
NPO・ 2005
市民団体
2009
2002
議員 2005
2009
頻繁に照会がある
2002
他の自治体
2005
関係者
2009
0
20
40
60
80
100(%)
注:母数は、いずれも、事務事業レベルで「導入済み」
「試行段階」と回答した自治体の合計件数
作成:三菱総合研究所
所報53号.indb 41
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42
提言論文 Suggestion Paper
負担の増大」といった点が数多く指摘されている。この背景には、行政評価制度の導入が、
一定程度は「職員の意識の向上」に寄与したものの、‘評価実施の意義が職員の間に浸透し
ていない ’
‘ 評価制度が理解されていない’など、職員の意識に係る課題が自治体内に存在
すると推察される。
2.4 実態調査に掲げた‘提言’にみる行政評価の「これまで」
実態調査では、毎年、当該年の現状と課題を踏まえた‘提言’を掲げてきた。この、実態
調査に掲げた‘提言’から、行政評価の「これまで」を追ってみたい。
2000 年から 2009 年までの実態調査に掲げた‘提言’を 5 つの項目で分類すると、その内
容は 2002 年以前と 2003 年以降とに大別される。多くの自治体で行政評価が白紙の状態で
あった 2002 年頃までは、評価制度の構築や職員のスキルアップに焦点を当て、徐々に評価
制度が定着し始めた 2003 年にはシステムを活かす仕組みに対する提言を行った。その後、
2004 年には議論の重要性、2005 年にはトップの意識、2006 年は「選択と集中」をキーワー
ドとして戦略性に、2007 年は首長マニフェストへの対応、2008 年は民と官の役割分担に、
2009 年は行政外部の視点にスポットを当てて、提言してきた。
表 3.各年の実態調査に掲げた‘提言’の項目別推移
2000 年
2001 年
2002 年
目的
仕組み
評価
制度
・住民も職員も
意識が変わる
評価システム
の導入を
・評価システム
の体系化を
・自治体の実状
に即した行政
評価の導入を
2004 年
2005 年
2006 年
・常に評価実施
の目的を明確
にしておくこ
と
・評価を活かす
仕組みの改革
を
・議論を生み出
す仕組みづく
りに、
行政評
価の活用を-
庁内
・自治体ごとに
住民との関わ
り方の工夫を
・議論を生み出
す仕組みづく
りに、
行政評
価の活用を-
対住民
・経営層と一般
職員が一体と
なって評価に
取り組むこと
2007 年
2008 年
・
‘評価’
の必要
性、
目的を明
確化した上
で、
評価制度
の
(再)
構築を
・行政マネジメ
ント・ツール
の中での
‘評
価’
の役割を
明確に
・
「選択と集中」
の実践ツール
として、
戦略
を取り入れた
行政評価の実
施を
2009 年
・戦略にもとづ
いた評価の実
施を
・
「行政のみの
評価」
から脱
却し、
外部評
価を活かした
評価の実施を
・まず既存の行
政評価制度に
おける実効性
の確保を
・職員の一層の
理解とスキル
アップを
職員
・住民の声の具
体的な反映を
対住民
2003 年
・行政評価の導
入目的の明確
化を
・住民とのコ
ミュニケー
ションツール
としての行政
評価の活用を
・住民が行政評
価に注目する
ための工夫を
・住民の視点を
取り込んだ行
政評価の実施
を
・住民のための
‘評価’
の実施
を
・行政だけに閉
じたシステム
から、
住民が
主体的に関与
できる取組へ
の脱却を
・住民主役、
住
民起点の評価
の実施を
作成:三菱総合研究所
その間、一貫して提言し続けてきたのが、「行政評価導入目的の明確化」と「住民との関
わり」の重要性である。
「行政評価導入目的の明確化」は、導入済みの自治体にあっても、評価を推進していく上
できわめて重要である。しかしながら、取り組みを進めていくに伴い、当初の目的と実際の
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地方自治体における行政評価 12 年の歩みと今後の展望
43
取り組みが乖離してしまい、目的を見失いがちになる自治体も多いことから、「行政評価導
入目的の明確化」をほぼ隔年で‘提言’にあげた。
また、
「住民との関わり」については、2005 年を除く各年で‘提言’と し て 掲 げ た 。調査
時に寄せられた担当者コメントの割合で住民に対する関心度をみると、「住民」に関するコ
メントは 2003 年調査で 3.4%、2009 年調査でも 4.3% に過ぎない(表④)。納税者への説明責
任、住民ニーズの把握など、行政評価を実施するにあたっては「住民」の視点は欠かせない
にも関わらず、評価実施にあたって「住民」に目を向ける自治体は少なく、依然として「住
民」に対する行政の関心は低い。そこに問題意識を持ち、「住民」を軸に、これまで提言を
発信してきた。実態調査に掲げた‘提言’からも、これまでの行政評価が、行政の内部を向
いた評価であったことがみてとれる。
各年の‘提言’の基となるデータ、課題等は、当該年の調査結果(参考文献[1]〜[11])
を参照されたい。
3.地方自治体における行政評価の「今」– 現状と課題
本章では、これまでの実態調査の結果を踏まえて、筆者が現在、業務や外部評価委員とし
て関与している自治体での経験から、行政評価の現状と課題を分析したい。
以下にあげる現状と課題は、先進的な自治体においてすでに 10 年近く前から課題として
顕在化していたものであるが、これらは、先進的な自治体にも、事務事業評価制度導入間も
ない自治体にも、また、自治体の規模の違いもなく、取り組みの状況に見合った形で「今」
も存在している。
現在の自治体がかかえる課題として 3 点あげ、その解決方策を以下に示す。
【3つの課題】
①職員の‘やらされ感’
‘作業の負担感’の払拭
②評価結果の活用
③行政のみの評価からの脱却
① 職員の‘やらされ感’
‘作業の負担感’の払拭
職員の‘やらされ感’
‘作業の負担感’を払拭するには、評価の必要性を再確認するととも
に、使える評価とすることが必要である。
作業負荷を軽減する方策として、多くの自治体で評価シートの簡素化が図られているが、
作業負荷の軽減は、依然として大きな課題として存在している。実際の作業量を軽減するに
は IT の活用も有効であるが、実は‘作業負担’は個々の職員の意識に起因している。役に立
つものはいくら負荷が大きくても負担を感じることはなく、逆にどんなに些細なことでもム
ダなことは負担と感じる。また、評価の必要性を認識できない職員にはその取り組みは強制
となり、そこに‘やらされ感’が生まれる。
職員の‘やらされ感’
‘作業の負担感’を払拭するためには、説明会や研修、ヘルプデスク等
を通して、意識の共有、評価スキルの向上を図り、活用できる評価とすることが必要である。
所報53号.indb 43
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44
提言論文 Suggestion Paper
② 評価結果の活用
評価結果の活用に関しては、これまで予算編成システム等の行政システムを改善せずに評
価結果を活用しようとした結果、活用方策として予算への反映を掲げながらも、予算編成時
の参考資料にとどまることも少なくなかった。評価結果を活用するためには、まず評価導入
の目的を再確認し、評価結果の活用を含めて再検討することが必要である。また、同時に既
存の行政システムの改善にも着手する必要がある。
ただし、評価結果の活用は、評価を取り巻く仕組みを改善しなければ達成できないわけで
はない。職員の、日々の業務への改善には、今すぐにでも活用できるのである。評価を改善
につなげるサイクルの要と捉えることができるか、その意識が職員一人ひとりの評価結果の
活用を左右する。
③ 行政のみの評価からの脱却
行政のみの評価から脱却するためには、行政内部で評価を完結させるのではなく、住民や
第三者の視点を取り入れた評価とすることが必要である。
現在は、職員によって記入された評価シートを、評価を主管する部署が取りまとめるとい
う形が主流で、評価自体は行政内部の自己評価にとどまっている自治体も少なくない。自ら
のパフォーマンスを自分で評価するだけでは説明責任は果たせない。客観性の確保と評価精
度の向上の観点から、住民や第三者の視点を取り入れた評価を検討すべきである。サービス
提供主体(自治体)による評価はもちろん必要であるが、サービスを受ける側(住民)の実
施によって、より評価の客観性が担保され、かつその精度は高められるのである。
また、ここ数年評価結果を公表する自治体は増加しているが、現在でも市・区の約 4 分の
1 の自治体では評価結果を公表していない。評価結果を公表することは、行政のみの評価か
ら脱却するための第一歩である。
評価結果の公表と、それぞれの自治体にあった形での住民や第三者を取り込んだ外部評価*3
を有効に活用することが、行政のみの評価からの脱却につながる。
地方自治体には、国のように、評価実施に係る法律上のしばりはない。自治体の評価は、
その必要性に迫られて始めた取り組みである。必要性が認識できなければ、評価を続ける義
務はない。いくつかの自治体で見直しが行われているように、評価制度導入の成果が実感で
きない時はいったん足を止めて、今かかえている行政課題を解決するために行政評価は最適
か、再確認するとよい。自治体がかかえる課題を明確にした上で、その解決策を探ることが
その先に進む最善の策である。そこで評価以外の有効な道がみつかれば、その道を進めばよい。
今、地方自治体で取り組まれている評価は、強制されない取り組みだからこそ、さまざま
な自治体で改善を繰り返し、進化し続けることができたのである。
* 3
行政が設置する外部評価委員会は、厳密には行政外部の評価機関とはいえないが、少なくとも筆者が
委員として関与経験のある評価委員会等(岩手県、神奈川県、さいたま市、杉並区、逗子市、二宮町、他)
では、行政主導ではなく、住民視点での議論が行われている。
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地方自治体における行政評価 12 年の歩みと今後の展望
45
4.行政評価の「これから」– 今後の展望
前章で示した現状と課題をもとに、行政評価の「これから」に向けた提言として以下の 2
点をあげる。
■ 戦略にもとづいた評価の実施を
一般職員の意識改革は進んでいても、トップ層の意識が旧態依然であれば、評価の取り組
みは進まない。反対に、トップの意識は高く取り組みに意欲的であっても、一般職員の意識
が醸成されていなければ、全庁的な取り組みとは成り得ない。行政評価導入の成果を上げる
には、経営層と一般職員が同じ方向を向いて、一体となって評価に取り組むことが不可欠で
ある。そのためには、トップは明確にビジョンを打ち出し、そのための戦略を立て、それを
職員に伝える必要がある。職員も、戦略における自分の役割を認識し、日々の業務の中で応
えていくことが求められる。どちらか一方が違う方向を向いていたのでは、前には進めない。
マニフェストを掲げて当選したトップに対しては、有権者は次期の選挙時にその達成状況
を評価することが求められる。有権者である住民がトップを評価するための材料を提供する
ことは行政の責務である。行政は、納税者に対して、税金(予算)の使途を明確にし、その
効果を示す必要があるが、事務事業レベルの評価だけでは行政活動に対する事業の効果を明
らかにすることはできない。行政活動の費用対効果を明らかにするためには、戦略性を取り
入れた政策・施策レベルの評価が不可欠である。
総合計画のあり方が見直される中、限られた資源を有効に活用するためにも、事業ありき
ではなく、ロジック・モデルなどの手法やニーズ分析、SWOT 分析などを活用した、戦略
にもとづいた評価の実施が望まれる。
■ 住民主役、住民起点の評価の実施を
行政活動の目的は住民福祉、住民満足の向上にあり、評価はそのための有効なツールであ
る。評価を住民満足の向上に活かすには、その対象である住民に目を向けることが不可欠で
ある。限られた資源の中で住民ニーズに応えるためには、住民の声に積極的に耳を傾け、住
民の声を反映した評価とすることが必要である。先の課題でも述べた通り、評価を住民満足
の向上に活かすには、行政だけに閉じた評価ではなく、行政以外の主体による評価の有用性
を認識し、外部評価など、住民や第三者等の行政以外の視点を積極的に評価に活かしていく
ことが有効である。
また、成果重視が叫ばれて久しいが、未だ住民に対する成果を重視した評価が実施されて
いるとはいえず、行政は住民を起点とした成果重視の評価にさらに前向きに取り組むべきで
ある。
住民の声を住民志向の行政運営のための貴重な判断材料として捉え、これを客観的に分析
するとともに、公平性の観点等行政の視点も加味して、住民満足向上のための意思決定に反
映させることが重要である。住民を主役とした、住民起点の評価の確実な実施が望まれる。
所報53号.indb 45
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46
提言論文 Suggestion Paper
この 12 年で行政評価に取り組む自治体は、飛躍的に増加した。
新政権下では、地域のことは地域に住む住民が決める「地域主権」が唱えられ、これまで
以上に地方自治体に自立が求められている。また、政権交代を機に、国では、‘予算執行を
国民の目でチェックできるようにする、国民に対する成果重視を予算編成の柱とする’など、
あらためて「国民」に関心が向けられている。
自治体内に目を向けても、いかに最少のコストで最大の効果を上げることができるか、今
まさに地方自治体の力が試されている。
そうした状況下において、評価の必要性はますます高まっていくであろう。
今後は、評価を導入済みの自治体においても、行政評価を行政外の力を活かせるシステム
に進化させていく必要がある。これまでの行政だけの閉じたシステムでは、現状以上の導入
効果は望めない。住民を主役とした住民起点の評価の実施に期待したい。
行政評価の、次の扉を開くカギは「住民」にある。
謝辞
最後に、1998 年から 12 年の長きにわたり、「地方自治体における行政評価への取り組み
に関する実態調査」にご協力いただいた地方自治体の関係者各位に深く感謝申し上げたい。
あわせて、筆者がこれまで関与させていただいたすべての地方自治体の皆様にも、この場を
借りて感謝の意を表したい。また、調査実施にあたって、三田富貴子氏には多大なる協力を
いただいた。ここに記して、謝意を表する。
本稿が、地方自治体における行政評価の進化に、多少なりとも寄与すれば幸いである。
参考文献
[1] 三菱総合研究所:「地方自治体における行政評価への取り組みに関する実態調査」(1999).
[2]
三菱総合研究所:
「地方自治体における行政評価への取り組みに関する実態調査(2000 年版)」
(2000).
[3]
三菱総合研究所:
「地方自治体における行政評価への取り組みに関する実態調査(2001 年版)」
(2001).
[4]
三菱総合研究所:
「地方自治体における行政評価への取り組みに関する実態調査 2002 年調査
結果(概要版/データ版)」(2002).
[5]
三菱総合研究所:
「地方自治体における行政評価への取り組みに関する実態調査 2003 年調査
結果(概要版/データ版)」(2003).
[6]
三菱総合研究所:
「地方自治体における行政評価への取り組みに関する実態調査 2004 年調査
結果(概要版/データ版)」(2004).
[7]
三菱総合研究所:
「地方自治体における行政評価への取り組みに関する実態調査 2005 年調査
結果(概要版/データ版)」(2005).
[8]
三菱総合研究所:
「地方自治体における行政評価への取り組みに関する実態調査 2006 年調査
結果(概要版/データ版)」(2006).
[9]
所報53号.indb 46
三菱総合研究所:
「地方自治体における行政評価への取り組みに関する実態調査 2007 年調査
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地方自治体における行政評価 12 年の歩みと今後の展望
47
結果(概要版/データ版)」(2007).
[10]
三菱総合研究所:
「地方自治体における行政評価等への取り組みに関する実態調査 2008 年調
査結果(概要版/データ版)」(2008).
[11]
三菱総合研究所:
「地方自治体における行政評価等への取り組みに関する実態調査 2009 年調
査結果(概要版/データ版)」(2009).
[12] 田渕雪子:「地方自治体における行政評価の現状と今後の展望」『NIRA 政策研究』Vol.18 No.7
(2005).
[13] 小野達也,田渕雪子:『行政評価ハンドブック』,東洋経済新報社(2001).
[14] 島田晴雄,三菱総合研究所政策研究部:『行政評価 - スマート・ローカル・ガバメント』
,東洋
経済新報社(1999).
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48
提言論文 Suggestion Paper
参考データ
表① 回収状況の推移【2001 〜 2009 年】
区分
総数
2009年
2008年
2007年
2006年
2005年
2004年
2003年
2002年
2001年
都道府県
47
47
47
47
47
47
47
47
47
全市・区
806
806
805
802
764
718
700
698
693
政令市
18
17
17
15
14
13
13
12
12
市・区
788
789
788
787
750
705
687
686
681
801
811
827
844
1,273
1,863
1,955
1,981
1,988
(内訳)
全町
全村
191
193
195
196
323
529
552
562
566
計
1,845
1,857
1,874
1,889
2,407
3,157
3,254
3,288
3,294
2009年
2008年
2007年
2006年
2005年
2004年
2003年
2002年
2001年
都道府県
47
47
47
46
47
47
47
47
47
全市・区
490
460
498
519
487
445
422
397
347
区分
回答数
(内訳)
政令市
16
16
16
15
13
12
13
12
12
市・区
474
444
482
504
474
433
409
385
335
全町
256
302
289
353
387
650
666
517
471
全村
52
58
59
57
98
161
172
109
108
計
845
867
893
975
1,019
1,303
1,307
1,070
973
2009年
2008年
2007年
2006年
2005年
2004年
2003年
2002年
2001年
都道府県
100.0%
100.0%
100.0%
97.9%
100.0%
100.0%
100.0%
100.0%
100.0%
全市・区
60.8%
57.1%
61.9%
64.7%
63.7%
62.0%
60.3%
56.9%
50.1%
政令市
88.9%
94.1%
94.1%
100.0%
92.9%
92.3%
100.0%
100.0%
100.0%
市・区
区分
回収率
(内訳)
60.2%
56.3%
61.2%
64.0%
63.2%
61.4%
59.5%
56.1%
49.2%
全町
32.0%
37.2%
34.9%
41.8%
30.4%
34.9%
34.1%
26.1%
23.7%
全村
27.2%
30.1%
30.3%
29.1%
30.3%
30.4%
31.2%
19.4%
19.1%
計
45.8%
46.7%
47.7%
51.6%
42.3%
41.3%
40.2%
32.5%
29.5%
注:自治体の数は、2001 年・2002 年・2008 年は 7 月 1 日現在、それ以外は 8 月 1 日現在のもの。
(内訳)の市 ・ 区は、政令市を除く市と東京 23 区の合計件数。
作成:三菱総合研究所
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地方自治体における行政評価 12 年の歩みと今後の展望
49
図① 都道府県別 回収・導入状況【2009 年】– 市・区
導入済み
北海道
40.0% (14)
青森県
40.0% (4)
岩手県
53.8% (7)
宮城県
46.2% (6)
秋田県
30.8% (4)
山形県
30.8% (4)
福島県
61.5% (8)
茨城県
40.6% (13)
栃木県
57.1% (8)
群馬県
58.3% (7)
埼玉県
67.5% (27)
千葉県
36.1% (13)
東京都
55.1% (27)
神奈川県
94.7% (18)
新潟県
50.0% (10)
富山県
30.0% (3)
石川県
10.0%(1)
10.0%(1)
福井県
44.4% (4)
山梨県
46.2% (6)
長野県
52.6% (10)
岐阜県
33.3% (7)
静岡県
52.2% (12)
愛知県
40.0% (14)
三重県
50.0% (7)
滋賀県
38.5% (5)
京都府
53.3% (8)
大阪府
54.5% (18)
兵庫県
55.2% (16)
奈良県
試行段階 準備・検討中 現状では検討していない
17.1% (6)
2.9%(1)
7.7%(1)
15.4%(2)
11.1%(1)
7.7%(1)
23.1%(3)
7.7%(1)
15.4%(2)
9.4%(3)
3.1%(1)
25.0%(3)
5.0%(2)
5.6%(2)
5.0%(1)
10.0%(1)
11.1%(1)
5.3%(1)5.3%(1)
9.5%
(2)
4.8%(1)
13.0%(3)
5.7%(2)
8.6%(3)
14.3%(2)
7.7%(1)
3.4%(1)
3.4%(1) 3.4%(1)
22.2% (2)
46.7% (7)
広島県
28.6% (4)
14.3%(2)
山口県
30.8% (4)
7.7%(1)
徳島県
37.5% (3)
12.5%(1)
25.0%(2)
6.7%(1)
14.3%(2)
7.7%(1)
25.0%(2)
12.5%(1)
12.5%(1)
27.3%(3)
45.5%(5)
9.1%(1)
9.1%(1)
福岡県
32.1%(9)
10.0%(1)
69.2% (9)
熊本県
35.7% (5)
大分県
35.7% (5)
宮崎県
22.2% (2)
鹿児島県
30.0% (3)
15.4%(2)
10
0
10
全国
14.3%(2)
11.1%(1)
(1)
5.6%(1)5.6%
18.2%(2)
20
9.1%(1)
30
40
30
40
44.0%(355)
20
21.4% (3)
14.3% (2)
38.9% (7)
18.2%(2)
0
10.7% (3)
7.1%(2)
20.0%(2)
長崎県
沖縄県
6.1%(2)
3.0%(1)
3.0%(1)
25.0% (2)
佐賀県
7.1%(1)
7.7%(1)
13.3%(2)
岡山県
9.1%(1)
10.0%(2)
30.0%(3)
7.7%(1)
島根県
高知県
2.5%
(1)
10.0%(1)
25.0% (1)
愛媛県
2.5%(1)
5.6%
(2)
11.1%
(4)
14.3%(7)
鳥取県
香川県
7.7%(1)
30.8%(4)
50.0% (6)
和歌山県
5.7%(2)
10.0% (1)
50
60
6.1%
(49) 8.7%(70)
50
70
80
90
100(%)
80
90
100(%)
2.0%(16)
60
70
注:母数は、発送した自治体の件数
作成:三菱総合研究所
所報53号.indb 49
10.5.18 1:43:10 PM
50
提言論文 Suggestion Paper
表② レベル別評価制度の導入・見直し状況【2009 年】
取り組み状況
単位
都道府県
市・区
町
村
政策
レベル
施策
レベル
事務事業
レベル
政策
レベル
施策
レベル
事務事業
レベル
政策
レベル
施策
レベル
事務事業
レベル
政策
レベル
施策
レベル
事務事業
レベル
件数
21
35
34
45
165
344
4
23
98
3
5
15
%
44.7
74.5
72.3
9.2
33.7
70.2
1.6
9.0
38.3
5.8
9.6
28.8
件数
0
0
0
13
35
43
5
15
30
1
2
4
%
0.0
0.0
0.0
2.7
7.1
8.8
2.0
5.9
11.7
1.9
3.8
7.7
2
3
4
19
37
41
11
14
12
2
2
0
4.3
6.4
8.5
3.9
7.6
8.4
4.3
5.5
4.7
3.8
3.8
0.0
1 導入
1 導入 ・試行経験あり
2 試行段階
件数
3準
備・検討
中
(見直し中) %
2 経験なし
4現
状では検
討していな
い
件数
3
3
4
34
16
13
14
7
4
2
2
0
%
6.4
6.4
8.5
6.9
3.3
2.7
5.5
2.7
1.6
3.8
3.8
0.0
3(新規に)
準備・検討
中
件数
1
0
0
67
103
31
34
40
34
3
5
7
%
2.1
0.0
0.0
13.7
21.0
6.3
13.3
15.6
13.3
5.8
9.6
13.5
4現
状では検
討していな
い
件数
17
4
1
246
97
15
155
128
76
35
31
26
%
36.2
8.5
2.1
50.2
19.8
3.1
60.5
50.0
29.7
67.3
59.6
50.0
件数
3
2
4
66
37
3
33
29
2
6
5
0
%
6.4
4.3
8.5
13.5
7.6
0.6
12.9
11.3
0.8
11.5
9.6
0.0
件数
47
47
47
490
490
490
256
256
256
52
52
52
%
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
無回答
合 計
注:母数は、回答した自治体の件数。
各レベルごとの集計のため、表中では重複する自治体が存在する。
作成:三菱総合研究所
所報53号.indb 50
10.5.18 1:43:10 PM
地方自治体における行政評価 12 年の歩みと今後の展望
51
図② レベル別導入状況の推移(データ)– 都道府県、市・区【2000 〜 2009 年】
【都道府県】
︻政策レベル︼
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
導入済み
8.7%(4)
17.4%
(8)
準備・検討中
12.8%(6)
23.4%(11)
27.7%(13)
8.5%(4)
34.0%(16)
17.0%(8)
46.8%(22)
17.0%(8)
46.8%(22)
6.4%(3) 4.3%(2)
38.3%(18)
55.3%(26)
53.2%(25)
4.3%(2) 4.3%(2)
2.2%(1)
41.3%(19)
50.0%(23)
6.5%(3)
2.1%(1)
44.7%(21)
46.9%(22)
6.4%(3)
2.1%(1)
51.1%(24)
44.7%(21)
46.8%(22)
6.4%(3)
15.2%(7)
23.9%(11)
49.0%(23)
15.2%(7)
45.7%(21)
8.5%(4)
53.2%(25)
︻施策レベル︼
51.1%(24)
23.4%(11)
14.9%(7)
25.5%(12)
12.8%(6)
66.0%(31)
8.5%(4)
70.2%(33)
8.5%(4)
78.7%(37)
2.1%(1)
10.7%(5)
12.8%(6)
12.7%(6)
6.4%(3)
14.9%(7)
2.1%(1) 17.1%(8)
80.4%(37)
6.5%(3)
85.1%(40)
2.1%(1)
83.0%(39)
︻事務事業レベル︼
21.7%(10)
10.9%(5)
2.1%(1)
10.6%(5)
19.2%(9)
6.4%(3)
47.8%(22)
2.2%(1)
12.7%(6)
4.3%(2)
74.5%(35)
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
その他
44.7%(21)
27.7%(13)
27.7%(13)
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
試行段階
69.6%(32)
4.3%(2)
19.6%(9)
10.9%(5)
10.6%(5)
76.6%(36)
6.4%(3)
89.4%(42)
93.6%(44)
4.3%(2)
4.3%(2)
6.4%(3)
93.6%(44)
10.9%(5)
2.2%(1)
87.0%(40)
89.4%(42)
10.6%(5)
83.0%(39)
2.1%(1)
72.3%(34)
20
4.3%(2)
6.4%(3)
91.5%(43)
0
6.4%(3)
6.4%(3)
14.9%(7)
8.5%(4)
40
60
19.1%(9)
(%)
100
80
【市・区】
3.6%(15)
1.3%(5)
1.4%(5)
1.5%(5)
3.7%(12)
︻政策レベル︼
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
︻施策レベル︼
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
導入済み
試行段階
準備・検討中
3.7%(13)
2.5%(10)
3.1%(13)
34.0%(118)
60.8%(211)
36.8%(146)
59.4%(236)
31.0%(131)
62.3%(263)
6.5%(29)
2.2%(10)
29.0%(129)
62.2%(277)
6.8%(33)
2.5%(12)
33.1%(161)
57.7%(281)
30.1%(156)
59.9%(311)
6.7%(35)
7.0%(35)
その他
90.2%(294)
4.6%(15)
3.3%(17)
27.9%(139)
2.0%(10)
9.3%(43)
2.8%(13)
9.2%(45)
2.7%(13)
63.1%(314)
17.0%(78)
70.9%(326)
17.6%(86)
70.6%(346)
2.8%(9)
6.1%(20)
80.1%(261)
11.0%(36)
3.7%(13) 9.2%(32)
6.0%(24) 7.8%(31)
16.4%(73)
9.0%(40)
16.8%(82)
9.4%(46)
19.1%(99)
38.2%(161)
35.3%(157)
39.4%(175)
42.0%(218)
33.7%(165)
30.1%(156)
28.7%(143)
35.1%(175)
33.9%(156)
27.2%(125)
10.2%(47)
7.1%(35)
30.7%(150)
28.6%(140)
︻事務事業レベル︼
52.8%(172)
23.0%(75)
15.0%(49)
21.6%(75)
16.1%(56)
33.1%(161)
40.7%(198)
10.6%(53)
28.7%(132)
9.2%(30)
40.5%(171)
8.9%(46)
25.5%(127)
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
41.6%(165)
44.6%(177)
9.7%(41)
11.6%(49)
45.5%(158)
41.5%(144)
25.2%(100)
36.3%(144)
25.6%(108)
43.8%(185)
19.3%(86)
51.7%(230)
15.8%(77)
54.4%(265)
52.6%(273)
20
9.6%(38)
21.6%(91)
9.0%(38)
15.7%(70)
13.3%(59)
19.7%(96)
10.0%(49)
10.6%(55)
22.5%(117)
14.3%(74)
62.7%(312)
0
19.6%(68)
42.7%(148)
29.0%(115)
15.1%(75)
14.3%(71)
67.8%(312)
12.2%(56)
15.7%(72)
70.2%(344)
8.8%(43)
14.7%(72)
40
60
80
8.0%(40)
4.4%(20)
6.3%(31)
100
(%)
注:母数は、回答した自治体の件数。
「その他」の内訳は、「現状では検討していない」と回答した、あるいは無回答の自治体の合計件数。
作成:三菱総合研究所
所報53号.indb 51
10.5.18 1:43:10 PM
52
提言論文 Suggestion Paper
表③ 行政評価導入において最も重要とする目的の成果【2009 年】
都道府県
資源配分の改善
住民との
コミュニケーション
執行の効率化
事務事業レベル
行政活動の成果向上
企画立案過程の改善
資源配分の改善
住民との
コミュニケーション
合計
企画立案過程の改善
無回答
施策レベル
行政活動の成果向上
まだわからない
執行の効率化
成果がほとんど
上がっていない
住民との
コミュニケーション
成果が上がって
いる
資源配分の改善
合計
企画立案過程の改善
無回答
政策レベル
行政活動の成果向上
まだわからない
執行の効率化
成果がほとんど
上がっていない
成果が上がって
いる
最も重要な導入目的
市・区
件数
1
0
0
0
1
1
0
0
0
1
%
100.0
0.0
0.0
0.0
100.0
100.0
0.0
0.0
0.0
100.0
件数
12
0
1
0
13
18
2
13
0
33
%
92.3
0.0
7.7
0.0
100.0
54.5
6.1
39.4
0.0
100.0
件数
2
1
0
0
3
3
0
6
0
9
%
66.7
33.3
0.0
0.0
100.0
33.3
0.0
66.7
0.0
100.0
件数
0
0
0
1
1
7
0
2
1
10
%
0.0
0.0
0.0
100.0
100.0
70.0
0.0
20.0
10.0
100.0
件数
2
0
1
0
3
2
0
5
0
7
%
66.7
0.0
33.3
0.0
100.0
28.6
0.0
71.4
0.0
100.0
件数
2
0
0
0
2
1
1
8
0
10
%
100.0
0.0
0.0
0.0
100.0
10.0
10.0
80.0
0.0
100.0
件数
21
0
2
0
23
64
14
32
1
111
%
91.3
0.0
8.7
0.0
100.0
57.7
12.6
28.8
0.9
100.0
件数
4
0
2
0
6
12
2
9
0
23
%
66.7
0.0
33.3
0.0
100.0
52.2
8.7
39.1
0.0
100.0
件数
3
0
0
1
4
20
10
19
1
50
%
75.0
0.0
0.0
25.0
100.0
40.0
20.0
38.0
2.0
100.0
件数
0
0
0
0
0
2
0
2
0
4
%
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
50.0
0.0
50.0
0.0
100.0
件数
7
0
2
0
9
68
24
32
1
125
%
77.8
0.0
22.2
0.0
100.0
54.4
19.2
25.6
0.8
100.0
件数
20
0
0
0
20
104
27
44
2
177
%
100.0
0.0
0.0
0.0
100.0
58.8
15.3
24.9
1.1
100.0
件数
2
0
0
0
2
17
5
10
0
32
%
100.0
0.0
0.0
0.0
100.0
53.1
15.6
31.3
0.0
100.0
件数
3
0
1
1
5
29
8
11
0
48
%
60.0
0.0
20.0
20.0
100.0
60.4
16.7
22.9
0.0
100.0
件数
0
0
0
0
0
4
3
0
0
7
%
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
57.1
42.9
0.0
0.0
100.0
注:母数は、
『1. 導入・試行経験あり』と回答した自治体のうち、導入目的を回答(複数回答)した自治体の件数。
太枠部分は、それぞれの項目について、最も回答の多かった成果のレベルを示している。
「成果が上がっている」の内訳は、
「期待通り成果が上がっている」
「ある程度成果が上がっている」と回答した自治体の合計件数。
作成:三菱総合研究所
所報53号.indb 52
10.5.18 1:43:11 PM
地方自治体における行政評価 12 年の歩みと今後の展望
53
図③ 住民の声の反映状況 – 政策・施策レベル【2009 年】
構築段階
政策レベル
0.0%(0)
5.8%(3)
12.5%(1)
9.6%(5)
0.0%(0)
市・区
町
30.0%(6)
48.1%(25)
37.5%(3)
住民アンケート調査の
結果を指標化
20.0%(4)
30.8%(16)
50.0%(4)
住民・住民代表(第三
者評価機関における公
募市民等)が評価
95.0%(19)
73.1%(38)
(%)
100
評価指標の選択など、
住民の声を反映させて
構築
15.0%(3)
都道府県
80
40
施策レベル
3.2%(1)
10.7%(19)
8.8%(3)
都道府県
市・区
20
評価段階
0
町
29.0%(9)
59.0%(105)
38.2%(13)
25.8%(8)
38.2%(68)
29.4%(10)
評価方法、評価結果等
を公表することにより、
住民の声を求めている
37.5%(3)
60
0.0%(0)
2.8%(5)
5.9%(2)
評価制度・システムの
構築に住民が直接参画
93.5%(29)
50.0%(17)
0
20
40
71.3%(127)
60
100(%)
80
注:母数は、政策・施策レベルで「導入済み」
「試行段階」と回答した自治体のうち、住民の声の反映状況で「反映させている」
「今後反映させる予定である」と回答し
た自治体の合計件数
作成:三菱総合研究所
表④ 自由記述「導入の障害、悩み、実務上の苦労」の類型化の推移【2007 〜 2009 年】
キーワード
分類
都道府県
市・区
職員の意識改革・意識付け
意識
2
4
7
制度に対する理解
意識
0
0
4
指標、目標値の設定、数値化
能力
1
4
2
評価能力・レベルの平準化
能力
人に関するコメント(小計)
町
村
2009年 2008年 2007年 2009年 2008年 2007年 2009年 2008年 2007年 2009年 2008年 2007年
55
45
54
53
60
26
32
29
70
22
18
0
0
1
16
18
27
1
3
2
9
8
16
0
0
0
21
1
1
0
26
24
26
5
11
8
0
0
2
4
9
13
176
164
160
51
59
69
1
3
5
評価基準、評価対象、評価手法等
システム
2
1
3
26
37
29
9
8
10
1
1
0
評価体系の確立
システム
0
1
4
11
12
35
2
4
2
0
0
0
作業負荷
運用
5
3
1
40
36
42
9
8
14
1
2
1
実施体制
運用
0
0
0
10
16
10
6
5
7
1
0
0
評価結果の活用方法
運用
2
1
4
48
33
47
12
6
6
1
0
1
他の行政システムとの連動
運用
2
1
5
25
37
31
6
6
6
1
1
0
11
7
17
160
171
194
44
37
45
5
4
2
市町村合併
0
0
0
0
0
4
0
1
3
0
0
0
導入目的に対する成果
0
0
0
45
11
17
7
7
7
2
0
0
マネジメント
2
0
1
14
34
11
9
7
1
0
0
0
その他
0
1
1
18
11
14
9
7
2
1
0
2
17
17
32
413
391
400
120
118
127
9
7
9
2
3
0
19
21
27
4
1
6
0
2
0
仕組みに関するコメント(小計)
その他
行政内部に関するコメント
(合計)
住民に対するコメント
住民
注:2007 年は 16 都道府県、203 市・区、73 町、8 村、2008 年は 12 都道府県、196 市・区、75 町、7 村、2009 年は 11 都道府県、206 市・区、64 町、
4 村から、それぞれ寄せられたコメント中のキーワードの件数
作成:三菱総合研究所
所報53号.indb 53
10.5.18 1:43:11 PM
54
調査レポート Survey Report
調査レポート
「35 歳 1 万人アンケート」からみえてきた
課題
吉池 基泰 白石 浩介 本田 えり子
要 約
団塊ジュニア世代(1971 〜 74 年生まれ、約 816 万人)が企業・経済・産業・社
会の担い手の中核になりつつあるが、その世代を代表する層として、本稿では 35
歳に注目した。国立社会保障・人口問題研究所『人口問題研究』によると、35 歳ま
でに産む子どもの数は、右肩下がりで減少しており、日本の少子化が急速に進行し
ていることがわかる。その背景として、仕事が不安定で、経済的な理由から結婚で
きない、子どもを持てない若者が増えていることが考えられる。このまま少子化が
進めば、日本は明らかに衰退していくであろう。
では、彼等が安心して働き、子どもを産み育て、将来の日本を背負っていくに
は、何が必要なのだろうか。そのヒントを得るため、NHK と三菱総合研究所は共
同で全国の 35 歳約 1 万人にアンケート調査を行い、仕事や家族形成に関する実態
と問題点を浮き彫りにすることとした。
アンケートの結果からは、多くの 35 歳が解雇や所得の伸び悩みに不安を抱き、
将来への失望と下流意識が拡大している実態が浮き彫りになった。また、想定した
仮説通り、経済的な理由から結婚や子どもを諦めざるを得ない現実があり、少子化
が加速する可能性があることもわかった。やはり、このままでは日本は衰退を免れ
ない。
こうした状況を解決し、35 歳世代が安心して家族を持てるようにするためには、
医療や教育などにかかる経済的負担の軽減と、仕事の安定と所得の増加を創出する
ことが不可欠であり、その実現を通じて、将来の夢や希望を創出することが、国や
企業に求められているのではないだろうか。
目 次
1.なぜ 35 歳に注目したか
1.1 団塊ジュニア世代を象徴する年齢層として注目
1.2 進む少子化と考えられる原因
2.1 万人アンケートからみた 35 歳世代の実態と課題
2.1 調査方法・内容
2.2 未婚化の実態
2.3 少子化の実態
2.4 低所得化の実態
2.5 進む非正規雇用化
2.6 将来に対する展望
2.7 行政や企業に求めること
3.結語
所報53号.indb 54
10.5.18 1:43:11 PM
「35 歳 1 万人アンケート」からみえてきた課題
55
Survey Report
Challenges Found through“the Questionnaire
Directed at 10,000 People Aged 35”
Motoyasu Yoshiike, Kousuke Shiraishi, Eriko Honda
Summary
Second-generation baby boomers (about 8,160,000 people born between 1971
and 1974) are becoming the core leading figures in business, the economy,
industry, and society. As an age group that represents the generation, we looked
at those aged 35. According to statistics, the number of children to whom a
woman gives birth before the age of 35 is ever decreasing, which indicates
that the Japanese birthrate is rapidly declining. This is attributed to the fact
that an increasing number of young people cannot marry and have children for
economic reasons because their jobs are insecure. If the birthrate continues to
decline, Japan will become obviously weakened.
So, what is necessary so that they can work without anxiety, give birth to, and
rear children to safeguard the future of Japan? For clues, NHK and Mitsubishi
Research Institute, Inc. jointly surveyed by questionnaire about 10,000 people
aged 35 nationwide to highlight the reality of work and family formation, and
problems associated with them.
The result of the questionnaire highlighted the fact that many 35-year-old
people have concerns about being laid off and little growth in income, and that
their frustration over the future and feelings of discouragement are expanding.
As we proposed a hypothesis, it was also found that the declining birthrate
may accelerate because of the reality that people have to give up marrying and
having children for economic reasons. After all, Japan will inevitably go into a
decline in this situation.
To change the situation to one where the 35-year-old generation can start
a family without anxiety, it is absolutely necessary to alleviate the economic
burden due to medical care, education, etc. and to create secure jobs and
increase incomes. The government and companies will be required to create
their dreams and hopes for the future by realizing the above goals.
Contents
1.Why Did We Look at Those Aged 35 ?
1.1 As an Age Group that Symbolizes Second-Generation Baby Boomers
1.2 Declining Birthrate and Possible Causes
2.Reality of the 35-Year-Old Generation and Challenges Based on the Questionnaire
Directed at 10,000 People
2.1 Research Method and Contents
2.2 Reality of the Increase in the Unmarried Population
2.3 Reality of the Declining Birthrate
2.4 Reality of the Increase in Low-Income People
2.5 Increase in Contingent Workers
2.6 Vision for the Future
2.7 What the Government and Companies are Required to
3.Conclusion
所報53号.indb 55
10.5.18 1:43:11 PM
56
調査レポート Survey Report
三菱総合研究所では、「あすの日本」を大きく左右する団塊ジュニア(特に 35 歳に焦点)
の実態と問題点をアンケートやシミュレーション分析により科学的に解明し、社会の次世代
の再生産のためのプログラム(処方箋)を提言することを目的に、NHK と共同研究を行っ
た。本稿は、これらの研究成果の中から、アンケート結果に絞って紹介するものである。
1.なぜ 35 歳に注目したか
1.1 団塊ジュニア世代を象徴する年齢層として注目
図1の人口ピラミッドから日本を俯瞰すると、最も人口ボリュームがある団塊世代(1947
〜 49 年生まれ、約 806 万人)のほとんどが 60 歳を超え、引退しつつある。一方で、この世
代と同様に人口ボリュームがある団塊ジュニア世代(1971 〜 74 年生まれ、約 816 万人)は
35 歳前後となり、年代的に企業・経済・産業・社会の担い手の中核になりつつある。
図 1.日本の人口ピラミッド(2009 年 4 月 1 日現在)
100 歳以上
男
女
90
80
70
60
50 歳
35歳
40
団 塊 ジ ュニ ア 世 代
30
20
10
0歳
120
100
80
60
40
20
0
20
40
60
80
100
120 (万人)
作成:総務省「平成 20 年 10 月 1 日現在推定人口」
(2009 年)をもとに三菱総合研究所推計
所報53号.indb 56
10.5.18 1:43:11 PM
「35 歳 1 万人アンケート」からみえてきた課題
57
今回特に注目をした 35 歳は約 200 万人(2009 年 4 月 1 日現在)と、団塊ジュニア世代の
中でも最多の人口集団であり、団塊ジュニア世代を象徴する年齢層と考えた。
1.2 進む少子化と考えられる原因
図 2 は、女性が 35 歳までに産んだ子どもの数の変化を、誕生年ごとに表したものである。
図 2.女性が 35 歳までに産んだ子どもの数
(人)
2.5
人口の再生産が可能な水準
2.07
2
1.5
1.94
1.92
2.05
1.96
1.89
1.73
1.46
1
1.28
0.5
0
1935
1940
1945
1950
1955
1960
1965
1970 (年生まれ)
出所:国立社会保障・人口問題研究所
1935 年生まれの女性をみると、35 歳までに平均で 1.94 人の子どもを産んでいることがわ
かる。一方で、1970 年生まれの女性は、35 歳までに平均で 1.28 人しか産んでいない。
ここで注目すべきなのが、人口の再生産が可能な 2.07 人という水準である。子どもは男
女のカップル、つまり 2 人の大人から生まれるため、1 人の女性から 2 人の子どもが生まれ
れば、人口は変わらない。しかし、実際には子どもが事故や病気で死亡してしまうことがあ
るため、同じ数の人口を維持していくためには、プラス 0.07 人分多くの子どもが生まれな
くてはならないという計算になる。つまり、平均 1.28 人であると、人口がどんどん減少し
ていくということになる。
図 2 で示すように、35 歳までに産む子どもの数は右肩下がりで減少しており、日本の少
子化が急速に進行していることがわかる。まさに団塊ジュニアの子ども世代は少子化のただ
中におり、このまま少子化が進めば、日本は明らかに衰退していくであろう。特に懸念され
るのは、経済的な理由から結婚したくてもできない、子どもが欲しくても持てない若者が増
えてきているといわれていることである。
以前に比べ、団塊ジュニア世代において、フリーターや派遣社員などの非正規雇用者が増
えている。特にリーマンショック以来、彼等はいつリストラにあってもおかしくない不安定
な状況下で生活をしている。さらに、正規雇用者との所得格差も広がり、働いても暮らしが
楽にならない「ワーキングプア」と呼ばれる人々が増えているといった現実もある。しかし、
雇用問題は何も非正規雇用者だけの問題ではない。正規雇用者であっても、所得の伸び悩み
に不安を抱え、いつやってくるかもしれない解雇通知に怯えているという話もよく聞かれる。
以上の状況を考えると、今のままではこの世代の所得は伸びず、家族を持てない、子ども
を持てない人が増え、少子化がさらに加速することが懸念される。
所報53号.indb 57
10.5.18 1:43:12 PM
58
調査レポート Survey Report
2.1 万人アンケートからみた 35 歳世代の実態と課題
では、彼等が安心して働き、子どもを産み育て、将来の日本を背負っていくには何が必
要なのだろうか。そのヒントを得るため、NHK と三菱総合研究所は共同で全国の 35 歳約 1
万人にアンケート調査を行い、仕事や家族形成に関する実態と問題点を浮き彫りにすること
とした。以下に、アンケート結果の詳細を示す。
2.1 調査方法・内容
全国の 35 歳約 1 万人に、インターネットでアンケート調査を行った。回答者は、調査会
社のモニターから男女ほぼ同数となるよう集め、計 10,244 人(男性 5,015 人、女性 5,229 人)
の有効回答を得た。アンケート調査の実施時期は 2009 年 3 月 18 日〜 24 日、回答した 35 歳
は 1973 年 3 月〜 1974 年 2 月生まれであった。
アンケート調査の主な内容は、家族の状況、仕事の状況、収入・貯蓄状況、親からの援助
状況、将来に対する展望であった。家族と仕事については、現状のみならず理想の状態と、
理想と現状のギャップを解消するために 35 歳自身が必要と考える施策についても尋ねた。
2.2 未婚化の実態
調査でまず明らかになったのは、結婚したくてもできない 35 歳の実態である。回答者の
うち男性の 42%、女性の 32%は配偶者がいなかった。35 歳の 3 人に 1 人は独身ということ
であり、過去と比べてかなり多い。35 歳に限定した統計はないため、総務省「国勢調査」
における年齢階級別の「30 〜 34 歳」に関するデータをみると、配偶者がいない割合は 1995
年から 2005 年にかけて、男性で 9 ポイント、女性で 13 ポイント増加している(図 3)。
図 3.配偶者の有無(30 〜 34 歳)
〈1995年〉
〈2005年〉
配偶者
なし
40%
配偶者
あり
60%
男性
配偶者
なし
24%
配偶者
あり
76%
出所:総務省「国勢調査」
所報53号.indb 58
女性
配偶者
なし
配偶者
あり
49%
51%
男性
配偶者
なし
37%
配偶者
あり
63%
女性
10.5.18 1:43:12 PM
「35 歳 1 万人アンケート」からみえてきた課題
59
独身 35 歳の 8 割は結婚意向があり、望んで独身でいるわけではない。結婚していない理
由は「出会いがない」が男女ともに最も多く、男性の 49%、女性の 41%がそれを理由にあ
げた。そして、男性では 42%が「収入が少ない」ことを理由にあげた(図 4)。「収入が少な
い」を理由にあげる割合は年収が低いほど高く、
「年収 399 万円未満」の層では 55%になる。
女性が外で働く機会が増え、結婚に対する考え方が多様化しているといわれるが、「家計の
中心を担うのは男性」という考え方がまだ根強く残っていると考えられ、男性の収入状況の
悪化が未婚化に強く影響していると考えられる。
図 4.結婚しない理由(35 歳)
(%)
60
50
男性 (N=2,084)
女性 (N=1,683)
49%
41%
40
42%
34%
30
27%
28%
23%
23%
17%
20
13%
10
特に理由はない・
なんとなく
自分に自信が持てない
作成:三菱総合研究所
自由きままな生活を
失いたくない
収入が少ない
出会いがない
0
2.3 少子化の実態
総務省「国勢調査」によると、1995 年から 2005 年にかけて「30 〜 34 歳」
(既婚者と未婚者
の両方を含む)の子どもを持たない割合は 45%から 53%と、8 ポイント増加している(図 5)
。
図 5.子どもを持つ割合(30 〜 34 歳)
〈1995年〉
〈2005年〉
子どもあり
子どもなし
45%
55%
子どもあり
子どもなし
47%
53%
出所:総務省「国勢調査」
所報53号.indb 59
10.5.18 1:43:12 PM
60
調査レポート Survey Report
しかし、アンケート結果によると、子どもを持つつもりがない人が増えているわけではな
いことがわかる。35 歳の約 9 割は、理想の子どもの数を「2 人以上」と答えた。一方、実際
に持てると思う子どもの数を「2 人以上」と答えたのは 53%である。予想される子どもの数
が理想より少ない割合は、57%に上る。
理想の数の子どもを持たない理由には、「経済的な負担の大きさ」を 65%があげた(図
6)
。子どもが生まれてから成人するまでに、平均でも 1,300 万円程度[1]の費用がかかる
といわれているが、育児や子どもの教育にかかる経済的負担の重さが、35 歳の出産・子育
てのハードルとなっている様子があらためて浮き彫りになった。
図 6.理想の数の子どもを持たない理由(35 歳)(N=5,841)
(%)
80
65%
60
46%
40
28%
20
12%
9%
3%
キャリ アアップの
障害になるから
特 に 理 由 は な い・
なんとなく
家が狭いから
健康上の問題
子 育ての 時 間 が
十 分に確 保でき
ないから
結 婚 時・出 産 時 の
年齢を考えると
限界だから
経済的な負担が
大きいから
0
13%
作成:三菱総合研究所
2.4 低所得化の実態
35 歳の家族形成に関する実態からは、男性の収入の少なさや、子育てに関する経済的負
担の大きさが未婚化と少子化の背景にあることがわかったが、実際の収入状態はどうなの
だろうか。アンケートで最も多かった世帯所得帯は、「400 〜 499 万円」であった。総務省
「就業構造基本調査」で 10 年前と比較をすると、1997 年の「30 〜 34 歳」の世帯所得は平
均 526 万円であるのに対し、2007 年は平均 478 万円であった。つまり、10 年前の同世代と
比べると、所得水準は 50 万円程度低下している。さらに男性に限定すると、最多所得帯は
「500 〜 699 万円」から「300 〜 399 万円」に低下した(図 7)。
また、アンケート結果によると、1 年前と比較して収入が減った割合は 38%、貯蓄にい
たっては 53%が取り崩している実態が明らかになった。将来の教育費負担を不安視する、
35 歳の低所得化の実態が浮き彫りになった。
所報53号.indb 60
10.5.18 1:43:12 PM
「35 歳 1 万人アンケート」からみえてきた課題
61
図 7.30 〜 34 歳男性の所得分布
最多所得帯が
「500∼699万円」から
「300∼399万円」に低下
(%)
30
1997年
2007年
25
20
15
10
5
1500万円 以上
出所:総務省「就業構造基本調査」
1000 ∼ 1499万円
700 ∼ 999万円
500 ∼ 699万円
400 ∼ 499万円
300 ∼ 399万円
250 ∼ 299万円
200 ∼ 249万円
150 ∼ 199万円
100 ∼ 149万円
50 ∼ 99万円
50万円 未満
0
2.5 進む非正規雇用化
低所得化の背景には、雇用の非正規化があると考えられる。今回のアンケートでは、正規
雇用者は男性で 69%、女性で 22%、非正規雇用者は男性で 7%、女性で 28%であった。
非正規雇用者は圧倒的に女性に多いが、過去の統計をみると、男性の非正規雇用者も増え
る傾向にあることがわかる。総務省「就業構造基本調査」によると、男性の非正規雇用者は
1997 年は 4%であったが、2007 年は 10%まで増えている(図 8)。
所報53号.indb 61
10.5.18 1:43:12 PM
62
調査レポート Survey Report
図 8.男性・女性の職業(30 〜 34 歳)
〈1997年〉
〈2007年〉
失業中・その他
失業中・その他
4%
学生
6%
学生
0%
0%
自営業、
非正規の 会社など
雇用者 の役員
専業主婦・主夫
0%
1%
非正規の
雇用者
11%
4%
自営業、
会社など
の役員
専業主婦・主夫
8%
10%
会社員
(正規の雇用者)
会社員
(正規の雇用者)
82%
75%
男性
男性
失業中・その他
自営業、
会社など
の役員
2%
学生
8%
0%
会社員
専業主婦・主夫 (正規の雇用者)
43%
29%
非正規の
雇用者
18%
女性
失業中・その他
自営業、
会社など
の役員
3%
学生
4%
0%
会社員
専業主婦・主夫(正規の雇用者)
33%
31%
非正規の
雇用者
28%
女性
出所:総務省「就業構造基本調査」
2.6 将来に対する展望
低所得化が進む中、35 歳の今後の生活に対する将来展望は暗い。このまま働いても「生活
は良くならない」と考える割合は 50%に達するが、
「生活は良くなる」と考える割合は 16%
にとどまっている(図 9)
。将来を悲観する割合が、楽観する割合を大きく上回っている。
働く 35 歳の約 7 割が不安に感じているのは、「収入の伸び悩み」である。高度成長期に
35 歳を過ごした彼等の親世代においては、給料は右肩上がりに増えていくのが当たり前で
あり、それを拠り所に住宅ローンを組んだり、子どもの教育費を支払ったりすることができ
た。しかし、その子ども世代である現在の 35 歳は、同様の状態は実現しないと感じている。
その他、正規雇用者は 42%が「会社の倒産」、35%が「賃金カット」、そして非正規雇用者
は 46%が「解雇」を不安に感じていた。経済状況に影響され、自らの頑張りとは関係なく
不安定な働き方を余儀なくされてることに対する不安が、非正規雇用者のみならず正規雇用
者にも広がっている(図 10)。
所報53号.indb 62
10.5.18 1:43:12 PM
「35 歳 1 万人アンケート」からみえてきた課題
63
図 9.「今のまま働いていけば、今後生活が良くなっていくと思うか」(35 歳)(N=10,244)
そう思う
4%
そう思わない
ややそう思う
あまりそう
思わない
どちらとも
いえない
12%
18%
生活は良くならない
50%
32%
生活は良くなる
16%
36%
作成:三菱総合研究所
図 10. 働く上での不安(35 歳)
(%)
80
69%
会社員(正規の雇用者)
(N=4,617)
非正規の雇用者
(N=1,802)
60
56%
46%
42%
40
35%
28%
28%
31%
20%
20
解雇
労働時間の増加
賃金カット
会社の倒産
収入の伸び悩み
0
30%
作成:三菱総合研究所
働くことに対する悲観的な展望は、少子化の一因となっていると考えられる。同じ所得階
層でも、今後の生活について楽観的な方が、悲観的な場合よりも「実際に持てる子どもの
数」が多い傾向がある。例えば、世帯年収 500 万円未満の場合、実際に持てると思う子ども
の数が「2 人以上」の割合は楽観的な場合は 58%、悲観的な場合は 44%となっている。「昔
はお金がなくても子どもを持ったものだ」という意見を耳にすることが多いが、お金がない
状態が同じでも将来の収入に対する期待感が大きく違うため、今の 35 歳は子どもが持てな
い可能性が強いと考えられる。また、一時的に所得が上がっても子どもが増えるわけではな
い。データをみると、悲観的な年収 500 万円以上よりも、楽観的な年収 500 万円未満の方
が、実際に持てると思う子どもの数が「2 人以上」の割合が高い。少子化解消に向けてより
大事なのは、将来に対する安心感の醸成と考えられる。
所報53号.indb 63
10.5.18 1:43:13 PM
64
調査レポート Survey Report
2.7 行政や企業に求めること
最後に、安心して家族を持てるようになるために、35 歳自身が実施してもらいたいと考
える施策をみる。求められていたのは、経済的負担の軽減と仕事・所得の安定の 2 点であっ
た。負担軽減を希望する費目として多かったのは、「医療費」と「子どもの教育費」であ
あった(図 11)。
図 11 .政策などにより今後費用負担が軽減されたらよいと思う費用(35 歳)(N=10,244)
(%)
80
60
53%
43%
36%
40
34%
31%
20
出産・育児に
伴う費用
親の介護に
伴う費用
住居費
子どもの教育費
医療費
0
作成:三菱総合研究所
また、国や自治体に期待する施策は、「児童手当の拡充」「出産費用の無料化」「乳幼児医
療費の助成の拡充」「幼稚園、高等学校の教育費の無料化」「託児施設などの充実」でニーズ
は 6 〜 7 割に上った(図 12)。
以上のことから、日本における子育て期の医療費負担と子どもの教育費負担の軽減は、優
先的に取り組むべき課題といえる。
一方、仕事・所得の安定に対する期待も大きかった。安心して働くために国や自治体に実
施してもらいたい施策は、「収入の伸び悩みを緩和するための助成」が 39%だった。また、
新たな雇用を創出する可能性の高い分野(介護、医療、農業、環境)への期待も大きく、回
答者の 56%が「働いてみたい」と回答した。その約半分にあたる 25%は、今より収入が下
がってもこれらの分野で「働いてみたい」と回答しており、目先の収入増加より中長期的な
安定や成長を求めていることが窺える(図 13)。
所報53号.indb 64
10.5.18 1:43:13 PM
「35 歳 1 万人アンケート」からみえてきた課題
65
図 12.も っと子どもを育てやすくするために、国や自治体に実施してもらいたい施策(35 歳)
(N=10,244)
(%)
80
70%
67%
62%
60
61%
59%
40
20
作成:三菱総合研究所
託児施設、学童保育、
延長・
一時保育の充実
幼稚園、高等学校の
教育費の無料化
乳幼児医療費の
助成の拡充
出産費用の無料化
児童手当の拡充
0
図 13. 介護、医療、農業、環境分野での就業意思(35 歳)(N=10,244)
現在働いている
収入などの条件に関わらず
働くつもりはない
9%
34%
収入などの条件が
合えば働いてみたい
56%
作成:三菱総合研究所
3. 結語
「35 歳 1 万人アンケート」からは、低所得化と仕事の不安定化が、将来に対する不安や
社会に対する不信感を生み、それが未婚化と少子化を促進しているという構造が浮き彫りに
なった。
35 歳世代が安心して家族を持てるようにすることは、日本の活力を維持する上で不可欠
であるが、その実現には仕事・所得の安定に向けた施策の実行と、子育てにかかる経済的負
担の軽減が求められるだろう。特に求められているのは、将来に向けた安心感の醸成であ
る。たとえ一時的に失業したとしても、年齢に関わらず必要な教育訓練が受けられ、また新
たな仕事に挑戦できるような環境を実現していくことや、たとえ親の収入が伸び悩んだとし
ても、変わらず子どもの教育は続けることができるという安心感を醸成することが望まれて
いるのではないだろうか。
参考文献
[1]
所報53号.indb 65
内閣府:『平成 17 年版 国民生活白書』(2005).
10.5.18 1:43:13 PM
66
技術レポート Technical Report
技術レポート
移動軌跡データを用いた
鉄道利用者の行動把握
加藤 勲 鯉渕 正裕
要 約
鉄道の運行計画や施設整備計画、駅周辺や沿線における関連事業の展開等におい
て、個々の駅の利用者数や OD(乗車駅と下車駅)、移動経路、駅アクセスの方法
等を把握することは大変重要である。本研究では、携帯電話型のプローブデータ収
集機器である PhoneGPS を用いて鉄道利用者を対象にプローブパーソン調査を実
施し、鉄道利用者の交通行動把握における移動軌跡データの活用可能性について検
証した。プローブパーソン調査で得られるデータを鉄道に用いることができれば、
鉄道利用者の行動を省力・安価・短時間で把握したり、従来把握困難であった利用
経路の変化や駅周辺での行動等を把握することが可能になる。
本研究によって、輸送障害発生時の迂回行動、駅へのアクセス・駅からのイグレ
ス経路の選択行動、途中の立ち寄り・買い物行動等について、移動軌跡データより
把握可能であることを検証した。
目 次
1.背景と目的
2.プローブパーソン調査の概要
2.1 調査の実施概要
2.2 取得データ
3.交通行動分析結果
3.1 輸送障害発生時の迂回行動の把握
3.2 駅アクセス・イグレス経路選択行動の把握
3.3 立ち寄り・買い物行動の把握
3.4 休日行動の把握
4.まとめと今後の課題
所報53号.indb 66
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移動軌跡データを用いた鉄道利用者の行動把握
67
Technical Report
Grasping Railway Users’Behavior Using
Trajectory Data
Isao Kato, Masahiro Koibuchi
所報53号.indb 67
Summary
In railway operation planning and facilities improvement planning or the
development of related businesses around stations or along railways, it is very
important to grasp the number of users at each station and OD (stations where
they get on and off trains), moving route, how to access the station, etc. In this
study, using a mobile phone type probe data collecting device, PhoneGPS, a
probe-person survey was conducted for railway users to verify the potentiality
of use of the trajectory data in grasping the traffic behaviors of railway users. If
data obtained by the probe-person survey can be used for railways, it becomes
possible to grasp the behaviors of railway users with reduced labor, at low
cost and in a short period of time or to grasp their change of path and their
behaviors around stations that have conventionally been difficult to know. In this
study, it was verified that behaviors for bypassing in the event of transportation
problems, selecting the access path to the station/egress path from station, and
stopover /shopping on the way can be grasped from the trajectory data.
Contents
1.Background and Purpose
2.Outline of Probe-Person Survey
2.1 Outline of Survey Implemented
2.2 Obtained Data
3.Traffic Behavior Analysis Result
3.1 Grasping of Behavior for Bypassing in the Event of Transportation
Problems
3.2 Grasping of Behavior for Selecting Access Path to Station/Egress Path
from Station
3.3 Grasping of Behavior for Stopover/Shopping
3.4 Grasping of Behavior during Holidays
4.Conclusion and Future Challenges
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68
技術レポート Technical Report
1.背景と目的
交通施設の整備計画や輸送機関における輸送計画の立案、施策の評価等を行う際、旅客の
旅行実態に関する情報が必要となる。鉄道においても、個々の駅の利用者数や OD(乗車駅
と下車駅)、移動経路、出発地から駅への移動(アクセス)の方法や駅から目的地までの移
動(イグレス)の方法等を把握することは、運行計画や施設整備計画、駅周辺や沿線開発の
立案、サービス改善策の評価、見直し等を行う上で、大変重要である。
従来、鉄道旅客の旅行実態を把握するための調査は、各種行政機関や鉄道事業者によって
行われており、代表的な調査としては、パーソントリップ調査や大都市交通センサス等のア
ンケート形式の調査、駅別乗降人員や列車別乗降人員等の調査員による実測調査があげられ
る。また、近年、IC カード型の乗車券と自動改札が急速に普及し、駅別乗降人員等のデー
タは、従来よりも比較的容易に取得できるようになった。
しかし、アンケート形式の調査や実測調査では、調査員の労力、調査コスト、調査実施か
ら結果を得るまでのタイムラグの発生といった問題があるほか、自動改札データでは、乗車
駅から降車駅までの利用経路、出発地から駅あるいは駅から目的地といった列車利用以外の
交通行動の把握が困難である。
一方、人々の移動履歴を把握する手法として、GPS 技術を用いたプローブパーソン調査
が近年注目されている。プローブパーソン調査とは、数秒から数分間隔で緯度経度情報等
(プローブデータ)を連続して取得することで、人や自動車の移動軌跡を把握できるもので
あり、道路行政分野においては、渋滞発生状況の分析や旅行時間の算出等に用いられてい
る。また、プローブデータ収集機器については、GPS 機能搭載の携帯電話が普及し収集ツー
ルとして活用できる状況になっている。
プローブパーソン調査によるデータを鉄道に用いることができれば、鉄道利用者の行動を
省力・安価・短時間で把握したり、従来把握することが困難であった利用経路の変化や駅周
辺での行動等を把握できる可能性がある。
本研究では、鉄道での移動軌跡データの利用に向けて、三菱総合研究所が開発した携帯電
話型のプローブデータ収集機器 PhoneGPS を用いて鉄道利用者を対象にプローブパーソン調査
を実施し、移動軌跡データによる鉄道利用者の行動把握の可能性を検討、検証した。
表 1.各種調査手法の特徴比較
調査手法
一般的な
調査頻度
1 回当たりの
調査期間
データ
集計期間
調査負荷
調査費用
取得可能
データ例
データの性格
アンケート調査
(紙媒体)
数年に1回~
年に数回
1 日~数日
数か月
大
高い
OD
経路
実際の行動との乖離は把
握不可能
アンケート調査
(インターネット)
数年に1回~
年に数回
1 日~数日
数週間
小
安い
OD
経路
実際の行動との乖離は把
握不可能
調査員による
実測調査
年に数回
基本的に 1 日
数週間~
数か月
大
高い
駅別・列車別
乗降者数
ほぼ全数把握
列車利用以外の交通行動
の把握が困難
プローブパーソン
調査
通年実施が可能
数日~
数か月
数日~
数週間
小
安い
OD
経路
実際の行動をほぼ把握
作成:三菱総合研究所
所報53号.indb 68
10.5.18 1:43:13 PM
移動軌跡データを用いた鉄道利用者の行動把握
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2.プローブパーソン調査の概要
2.1 調査の実施概要
プローブパーソン調査は、東京急行電鉄の協力を得て 2007 年と 2008 年に実施した。この
うち 2007 年調査では、試行的に東京急行電鉄と三菱総合研究所の関係者を調査モニターと
して 2007 年 11 月の約 1 か月間においてデータ収集を行い、混雑回避に向けた列車または経
路変更の有無、駅構内の移動経路、駅周辺での買い物行動、アクセス・イグレス経路、休日
の交通行動の把握を試み、鉄道における移動軌跡データの活用可能性を検討した。
2008 年調査では、前年調査の成果を受けて、調査モニターを一般の鉄道利用者に広げ、
収集したデータの集計、行動分析過程での精度向上、効率化を図るとともに、調査モニター
によるデータの修正・削除、補足や質問等のコメント入力ができるシステム(WEB ダイア
リー)を用いて、収集データの精度向上や調査実施の円滑化を図った。
以降、本稿では、2008 年調査の結果を中心に報告する。
( 1 )2008 年調査の実施概要
①データ収集期間
データ収集期間は、2008 年 10 月 19 日(日)〜 11 月 21 日(金)の約 1 か月間である。
②調査モニター
調査モニターは、鉄道旅客の移動軌跡データの活用可能性を探るねらいから、一般の鉄道
利用者を対象とし、東京急行電鉄の電車モニターから募集した。
募集にあたっては、調査モニター数の制約上ある程度まとまった地域を対象にすることと
し、路線の新規開業によるサービス変化の生じた港北ニュータウン及び周辺地域の居住者を
対象として、32 人の調査モニターを募った。
③検証項目
鉄道利用者の交通行動のうち、輸送障害発生時の迂回行動、駅へのアクセス・駅から目的
地までのイグレス経路の選択、帰宅途中における立ち寄り・買い物行動、休日の交通行動に
ついて、実態把握の可能性を検証した。
( 2 )データ収集方法
プローブパーソン調査の実施にあたっては、モニターに GPS 機能を搭載した携帯電話型
のプローブデータ収集機器 PhoneGPS を携行してもらい、移動軌跡データを収集するとと
もに、インターネット上で移動軌跡データが閲覧可能な WEB ダイアリーを用いて、補足
データを入力してもらうようにした。
① PhoneGPS による移動軌跡データの収集
PhoneGPS は、GPS 機能を搭載した携帯電話にデータ収集のための専用アプリケーショ
ンをインストールしたプローブデータ収集機器である。PhoneGPS では、一定の時間間隔で
所報53号.indb 69
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70
技術レポート Technical Report
の緯度経度情報の取得機能に加え、ダイヤルキーの操作を通してあらかじめ設定した移動目
的や利用交通機関の選択が可能である(例:1 番キーは出社、2 番キーは帰宅等)。取得した
緯度経度情報は、携帯電話の内蔵メモリに一時的に蓄積され、移動が終了したタイミング、
すなわちデータ取得終了時に全データがサーバに送信される。
本研究では、出社、買い物、帰宅等の目的を持った移動で、かつ、出発地から目的地まで
5 分以上かけて移動した単位を 1 トリップと定義し、このトリップの単位でデータを取得し
た。データ取得の具体的な操作は、出発、交通手段(徒歩、電車、バス、自動車、自転車等)
の変更、到着のそれぞれのタイミングにおいて、調査モニターが携帯電話端末上で行うように
した。
・出発時
:アプリケーションの出発ボタンを押し、移動目的と利用交通機関をあ
らかじめ設定されている選択肢から番号キーにより選択
・交通手段変更時:利用交通機関を選択肢から番号キーにより再選択
・到着時
:到着ボタンを押す(到着ボタンを押した際には、取得した移動軌跡
データが自動的にサーバに送信される)
なお、緯度経度情報は、1 秒間隔で取得した。
② WEB ダイアリーによる移動軌跡データの修正や補足データの入力
WEB ダイアリーは、WEB 上で GPS 携帯電話により収集した移動軌跡データを閲覧でき、
かつ携帯電話端末では取得していない出発地や目的地の名称の入力、誤って取得・入力した
データの修正・削除を行うことができるシステムである。移動軌跡データについては、地図
上で実際の移動軌跡を確認することが可能であり、出発地や目的地の名称を入力する際に、
地図上に示された移動軌跡により行動を振り返ることができる。さらに、1 回のトリップ
データごとにコメントを入力することができ、移動時の状況や経路選択理由の補足等を自由
に記入できる。
図 1.データ取得に関する一連の流れ
1 日ごとに繰り返し
移動中
移動ごとに繰り返し
出発時
当日夜
到着時
作成:三菱総合研究所
所報53号.indb 70
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移動軌跡データを用いた鉄道利用者の行動把握
71
図 2.WEB ダイアリー画面
移動軌跡を地図上で見る
ことが可能
トリップごとにコメント
が記入可能
取得したデータ(移動
履歴)が確認可能
作成:三菱総合研究所
2.2 取得データ
( 1 )トリップデータの概要
取得データにおけるトリップ数は延べ 1,013 人日で 2,138 トリップである。1 人 1 日当た
りのトリップ数は 2.1 トリップで、平日は 2.5 トリップ、休日は 1.5 トリップとなっている。
また、移動目的別では、帰宅が 39%、出社・登校が 29%、業務が 11%で上位を占める。
図 3.1 人 1 日当たり平均トリップ数
3.0
平均2.1
2.5
2.0
1.5
1.0
作成:三菱総合研究所
11/21
11/19
11/20
11/17
11/18
11/15
11/16
11/13
11/14
11/11
11/12
11/9
11/10
11/8
11/6
11/7
11/4
11/5
11/3
11/1
11/2
10/31
10/29
10/30
10/27
10/28
10/26
10/24
10/25
10/23
10/21
10/22
0.0
10/19
0.5
10/20
1人1日当たり平均トリップ数
3.5
調査日(2008 年)
図 4.移動目的(N=2,257)注
その他
観光・レジャー
買い物
4%
10%
7%
帰宅
業務
39%
11%
出社・登校
29%
注:補完データを含む
作成:三菱総合研究所
所報53号.indb 71
10.5.18 1:43:14 PM
72
技術レポート Technical Report
( 2 )移動軌跡データ取得状況
移動軌跡データ(GPS データ)は、建物内や地下等、GPS 衛星からの電波を受信できない
位置では測位不可能である。列車乗車時は、乗車位置によっては車両の屋根の影響で GPS
衛星からの電波を受信し難い環境となるが、概ね列車乗車時においても連続的に移動軌跡
データを取得できていることが確認された。ただし、地下区間においては、GPS 衛星から
の電波が受信できないため、移動軌跡データを取得できない。
図 5.取得した移動軌跡データ例
鉄道路線上の移動軌跡と
時間間隔の把握が可能
作成:三菱総合研究所
3.交通行動分析結果
移動軌跡データを用いて、輸送障害発生時の迂回行動、駅へのアクセス・駅から目的地ま
でのイグレス経路の選択行動、帰宅途中における立ち寄り・買い物行動、休日の交通行動に
ついて分析を行った。
3.1 輸送障害発生時の迂回行動の把握
列車の運転見合わせ、大幅なダイヤ乱れ等輸送障害が発生した際に、利用者は迂回や滞留
等の行動をとるが、これらの実態を把握することで適切な案内や輸送計画に役立てられる可
能性がある。迂回や滞留等の行動は、輸送障害に巻き込まれた地点や輸送障害発生からの経
過時間、運転再開見通し等によりさまざまであり、これらの行動を正確に把握することは容
易ではない。しかし、本研究では移動中に連続的な移動軌跡データを取得することで、迂回
行動をとったタイミングや、利用した経路を把握できた。ここでは、2 つの行動把握例を示す。
( 1 )行動把握例 1:他路線を利用した迂回
この例では、東急東横線が不通になった際に、東急田園都市線の鷺沼方面から東急大井町
線・東横線・多摩川線を利用する通勤経路に代えて、JR 南武線経由で通常とは異なる駅で下
車する迂回ルートが選択されている(図 6)
。この迂回行動については、出社トリップを開始
する前の段階で障害が発生しており、あらかじめ迂回経路を決めて行動していたことが考え
られ、通常の所要時間と比較しても大幅な遅れを生じることなく通勤していることが確認で
きた。
所報53号.indb 72
10.5.18 1:43:14 PM
移動軌跡データを用いた鉄道利用者の行動把握
73
図 6.輸送障害発生時の迂回行動(他路線を利用して迂回したケース)
二子玉川
大井町線
自由が丘
溝の口
田園都市線
田園都市線から大井町線・東
東横線
多摩川
多摩川線
下丸子
横線・多摩川線を経由する通
南武線
常のルートを、南武線経由に
変更した例
南武線を利用
平間
作成:三菱総合研究所
( 2 )行動把握例 2:徒歩による迂回
この例では、東急東横線が不通になった際に、東横線都立大学駅から自由が丘経由二子玉
川方面へ移動する経路を変更し、別路線である東急大井町線緑が丘駅まで徒歩で移動する迂
回ルートが選択されている(図 7)。この迂回行動の結果、通常の経路よりは所要時間を要
したものの、東横線の運転再開まで待った場合と比べて大幅に早く目的地にたどり着くこと
ができている。
図 7.輸送障害発生時の迂回行動(徒歩で迂回したケース)
都立大学
東横線
都立大学駅から自由が丘駅乗
都立大学
り換えで大井町線に向かう
ルートを、緑が丘駅まで徒歩
東横線
自由が丘
大井町線
自由が丘
大井町線
目黒線
緑が丘
で移動し、大井町線を利用す
るルートに変更した例
緑が丘まで徒歩で移動し
大井町線を利用
作成:三菱総合研究所
3.2 駅アクセス・イグレス経路選択行動の把握
駅へのアクセス経路及び駅から目的地までのイグレス経路や利用している交通機関につい
て把握することは、鉄道にとっての端末交通サービスのあり方を検討したり、端末交通機関
の利用行動をモデル化する場合等に重要である。本研究では、移動経路や移動速度を分析す
ることで、アクセス・イグレス経路、交通機関の選択実態を把握できた。ここでは、2 つの
行動把握例を示す。
( 1 )行動把握例 1:出社時の交通機関選択
この例では、駅へのアクセスの際に移動経路は同じであるものの、バスと徒歩で交通機関
所報53号.indb 73
10.5.18 1:43:15 PM
74
技術レポート Technical Report
を使い分けている。バス利用と徒歩の違いについては、移動軌跡データのプロット間隔から
確認できる(図 8)。
図 8.出社経路における利用交通機関選択行動
移動軌跡データのプロット間隔から、
移動軌跡の間隔の
違いから移動速度
(交通手段)の違い
を確認
バスのケース
バスと徒歩の判別が可能
徒歩のケース
作成:三菱総合研究所
移動軌跡データを用いてバスの旅行速度を推計すると、駅近傍において速度が大きく低下
しており(図 9)、道路混雑状況によりバスと徒歩を使い分けていることが窺える。
図 9.移動軌跡データより算出した路線バスの区間旅行速度
駅
駅前交差点
260m
平均所要時間3分50秒
(4.1km/h)
600m
平均所要時間1分40秒
(21.4km/h)
位置と時刻の情報から、区間ごと
のバスの旅行速度の推計が可能
バス停
作成:三菱総合研究所
( 2 )行動把握例 2:帰宅時の経路選択
この例では、帰宅時に自宅の最寄り駅から自宅まで帰宅する経路について、2 つの経路を
日によって使い分けている。出社時は自動車での送迎により毎日同じ経路を利用しており、
帰宅時はバスの出発時刻によって 2 通りのバスルートを使い分けている(図 10)。
図 10.帰宅時における経路選択行動
駅
出社時は車(送迎)
で駅へアクセス
バス
車(送迎)
バス停
徒歩
端末交通において、複数のバス
路線、自家用車を使い分けてい
帰宅時はバスを利用
(2ルートあり)
バス
る例
徒歩
バス停
作成:三菱総合研究所
所報53号.indb 74
10.5.18 1:43:16 PM
移動軌跡データを用いた鉄道利用者の行動把握
75
3.3 立ち寄り・買い物行動の把握
乗降駅や経由地での立ち寄りや買い物行動を把握することは、乗車券類の企画や商業施設
の販促等の検討に有効と考えられる。本研究では、移動軌跡データを分析することで、通勤
先、途中駅、自宅最寄り駅での立ち寄り、駅周辺での立ち寄り範囲等が把握できた。
( 1 )行動把握例 1:途中駅での立ち寄り
帰宅経路途中の乗り換え駅における立ち寄り、乗り換え駅でない途中駅での立ち寄り等、
従来容易には把握できなかった途中下車の実態と立ち寄り地域が把握できる(図 11、図 12)
。
図 11.乗り換え駅での立ち寄り行動
乗り換え駅(自由が丘)で
自由が丘
下車して駅周辺に立ち寄っ
乗り換え駅である自由が丘
にて飲食の立ち寄りあり
大井町線
ている例
東横線
作成:三菱総合研究所
図 12.非乗り換え駅での立ち寄り行動
駒沢大学
帰宅経路
立ち寄り・買い物
利用経路上の途中駅(駒沢大学)
で下車して駅周辺に立ち寄って
二子玉川
いる例
田園都市線
作成:三菱総合研究所
( 2 )行動把握例 2:主要駅周辺での立ち寄り範囲
主要駅においては、多くの調査モニターが立ち寄り行動をとっており、立ち寄り行動の
移動軌跡を重ねて地図上に示すことで、立ち寄り行動圏を把握できる。具体例として、恵
比寿、渋谷、銀座の 3 例を示す。本研究で収集したデータからは、恵比寿、渋谷では半径
250m 圏内のエリアでの立ち寄り行動が主であり、銀座では半径 150m 圏内のエリアでの立
ち寄り行動が主であることがわかる(図 13)。
所報53号.indb 75
10.5.18 1:43:17 PM
76
技術レポート Technical Report
図 13.主要ターミナルにおける立ち寄り範囲
銀座
恵比寿
横(長辺)のスケール
渋谷
上左:恵比寿(1km)
上右:銀座(500m)
中央:渋谷(1km)
駅周辺地域の移動範囲の把握例
作成:三菱総合研究所
3.4 休日行動の把握
休日の行動に関する情報は、通勤・通学以外での鉄道利用の促進や商業施設の販促等を進
める上で重要である。本研究では、移動軌跡データから休日の行動実態を把握した。一例と
して、自宅から最寄り駅までの距離と利用交通機関との関係をみると、自宅から最寄り駅ま
での距離が 1km 強までの範囲においては、自宅から最寄り駅までの距離が短い場合は徒歩、
距離が長くなるにしたがって自動車の利用が増える傾向がつかめる(図 14)。
図 14.自宅から最寄り駅までの距離と交通機関利用割合
(%)
駅周辺の商業施設への
買い物トリップの可能性
100
交通機関利用割合
90
80
60
自転車
50
駅へのアクセスが
不便な分、車利用が多い
バス
40
電車
30
20
車
10
0
近隣の商業施設への買い物
トリップの可能性
徒歩
70
400m以下
800m以下
1,200m以下
1,200m超
最寄り駅までの距離
近い
該当モニター数(人)
平均トリップ数
遠い
7
5
7
9
4.6
5.8
2.0
1.6
作成:三菱総合研究所
所報53号.indb 76
10.5.18 1:43:18 PM
移動軌跡データを用いた鉄道利用者の行動把握
77
4.まとめと今後の課題
本研究では、道路交通分野で活用が進んでいる移動軌跡データ(プローブデータ)につい
て、鉄道利用者の交通行動実態把握への活用可能性を検証した。また、移動軌跡データの
取得にあたっては、GPS 機能を搭載した携帯電話型プローブデータ収集機器と WEB ダイア
リーを用いた。
本研究にて取得した移動軌跡データの分析の結果、鉄道利用時においても十分な精度で
データ取得が可能であることがわかるとともに、輸送障害発生時の迂回行動、駅へのアクセ
ス・駅からのイグレス経路及び利用交通機関の選択行動、途中の立ち寄り・買い物行動、休
日の行動等について詳細に把握できることが検証され、鉄道利用者の交通行動実態把握を行
う上で、移動軌跡データの有用性が示唆された。
移動軌跡データを収集、分析することで、パーソントリップ調査などの大規模調査に頼ら
ざるを得なかった個々の路線や沿線の行動実態を短期、安価で捉えられる可能性がある。ま
た、GPS 機能付きの携帯電話の普及により、大量のデータを収集することも可能になって
きており、多様な交通行動の収集、分析も可能になる。
今回の研究成果を踏まえ、今後はダイヤ改正等の輸送サービスに関する施策、イベント・
キャンペーン実施時における鉄道利用行動の変化、駅や駅周辺の整備、商業施設立地時の行
動変化の分析等における移動軌跡データの活用が考えられる。なお、移動軌跡データの活用
においては、個人行動の特定につながらないよう、データの匿名化への十分な配慮を要す
る。
謝辞 本研究の実施にあたっては、東京急行電鉄の太田雅文氏をはじめ、関係者の皆様に多
大なご協力をいただいた。また、調査モニターとして東急電車モニターの皆様にもご協力い
ただいた。そして、東京工業大学 屋井鉄雄教授には多くのご助言をいただいた。この場を
借りて、ご協力いただいた皆様に、謹んで感謝の意を表する。
参考文献
[1] 「PhoneGPS」(http://www.its-club.net/).
[2]
目黒浩一郎,佐藤賢:
「行動分析調査ツールとしての GPS 携帯電話の可能性」『土木計画学研究・
講演集』Vol.34(2006).
[3]
目黒浩一郎,佐藤賢:
「GPS 携帯電話を用いた行動分析のトータルソリューション」『土木計
画学研究・講演集』Vol.35(2007).
[4]
目黒浩一郎:
「GPS 携帯電話を活用した交通行動データ収集処理手法の開発」『情報処理学会
第 33 回高度交通システム研究発表会』(2008).
[5] 「JSTE プローブ研究会」(http://www.probe-data.jp/rental/sys2_index.html).
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技術レポート Technical Report
技術レポート
見える化による効果的な人材育成
〜科学的な OJT の実施〜
魚住 剛一郎 池ノ内 智浩 佐々木 伸
要 約
近年、企業を取り巻く環境が様変わりをみせている中で、企業が人材育成に求め
るものは「より高付加価値な人材を育成したい」「より早く・効率的に育成したい」
という点が強まっている。一方、育成の現場では「人材育成方針が不明確である」
「現状を把握できない」「業務遂行が忙しい中で育成の優先順位が下がる」
「成長へ
の意欲を喚起できない」など、多くの課題をかかえている。
これらの現状課題に対して、育成主体・育成手法を切り分けること及び教育(特
に OJT)の見える化を行うことが、効果的な打ち手の方向性であると考える。
育成主体の切り分けは、人事部門、事業部企画部門、現場(監督者)が育成す
る範囲を明確に区分し、役割分担をする。育成手法については、方法を OJT /
OffJT、社内/社外に切り分けるとともに、OJT については人材の高付加価値化に
最も寄与する育成方法として、その取り組み内容を明確化し、効率的に実施するこ
とが重要である。
また、OJT の取り組み内容を明確化し、効率的な実施を支援、促進するものとし
て、
「見える化手法」が存在する。具体的には、
「人材像」
「現状(対象者)
」
「育成
手法」
「進捗」の見える化を行う。今回、それぞれの実施内容の概要を整理した。
目 次
1.はじめに
1.1 企業内人材育成のニーズと課題
1.2 求められる取り組みの方向性
2.OJT と OffJT の特徴について
3.効果的な人材育成のための見える化手法
3.1 人材育成における見える化の効果
3.2 人材像の見える化
3.3 現状(対象者)の見える化
3.4 育成手法の見える化
3.5 進捗の見える化
4.育成の企画・実施主体について
5.おわりに
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見える化による効果的な人材育成 〜科学的な OJT の実施〜
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Technical Report
Effective Personnel Development through
Visualization
– Scientific Implementation of OJT –
Koichiro Uozumi, Tomohiro Ikenouchi, Shin Sasaki
Summary
Contents
In the recent unstable corporate environment, companies are increasingly
demanding development of“higher value-added personnel”and personnel
development that is“faster and more efficient.”However, there are many
problems with actual workplace personnel development, such as“unclear
personnel development policy,”
“inability to understand the current state of
affairs,”
“low priority of personnel development due to busy work schedule,”
and“inability to stimulate motivation for personal growth,”etc.
To tackle these issues, one effective direction will be to separate the
development planning entity and the development methods, and to make
education (OJT in particular) more visible.
For the development planning entity, the range of responsibility for personnel
development should be defined for personnel divisions, business planning
divisions, and workplaces (supervisors), respectively, to clarify their roles.
Development methods should be divided into OJT/OffJT and internal/external.
It is also important to clearly define the contents of OJT and implement OJT
effectively so that it serves as the development method that makes the greatest
contribution to realizing high value-added personnel.
“Visualization methods”are techniques that define the contents of OJT
activities and are also utilized to support and promote effective implementation.
Specifically, “personnel image,”“current status (of target individuals),”
“educational methods”and“progress”are areas to be visualized. In this paper,
we will outline details for practical implementation of each area of visualization.
1.Introduction
1.1 Needs and Challenges of Corporate In-House Personnel Development
1.2 Direction of Required Actions
2.Characteristics of OJT and OffJT
3.Visualization Methods for Effective Personnel Development
3.1 Effect of Visualization in Personnel Development
3.2 Visualization of Personnel Image
3.3 Visualization of Current Status (of Target Individuals)
3.4 Visualization of Methods
3.5 Visualization of Progress
4.The personnel Development Planner and Implementer
5.Conclusion
所報53号.indb 79
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80
技術レポート Technical Report
1.はじめに
1.1 企業内人材育成のニーズと課題
近年、企業を取り巻く環境が様変わりをみせている中で、企業内人材育成に求めるものも変
化・高度化をみせている。私達は、技術者など高い専門性を持った人材を育成する仕組みの構
築支援を行っているが、その中でよく聞かれる声を整理すると次の 2 点になる。
1 点目は、
「高付加価値型の人材を育成したい」という声である。事業環境の変化を受け、
「定
型業務」が減少し、状況対応や判断が求められる高付加価値な「対応型業務」が相対的に増加
している。こういった業務に対応できる人材を育成したいということである。従来中心であった定
型業務は、マニュアル整備・体系化が比較的容易で、研修・育成でカバーできる範囲が広く、ま
た同一の業務内容の反復が多いことから、育成の設計が比較的容易であった。一方、近年増加
している「対応型業務」は、マニュアル化・体系化が難しい領域であり、幅広い経験にもとづく
蓄積が主たる能力向上の手段となるため、育成の設計が難しいということである。
2 点目は、
「人を早く、効率的に育てたい」という声である。外部からの人材の調達が十分にう
まく機能しなかった経験などを踏まえ、近年あらためて自社内での人材育成が重要であるという
認識が増えてきている。しかし、従来のように手間と時間をかけることは難しい。そのため、何
とか自社内で早く、そして日常業務への負担を少なく、人材育成を行いたいということである。
このように人材育成に求めるものが高度化する一方、育成の現場でも多くの課題をかかえてい
る。典型的なものが下表に示すものである。
表 1.育成現場での典型的な課題
育成方針関連
育成機会関連
育成対象者/育成実施者関連
育成ノウハウ関連
めざすべき人材像が不明確である
個人の能力を正しく把握できていない
多くの業務の中で、人材育成の優先順位が後回しになりやすい
日常業務におけるリスクへの許容度が下がっており、若手にチャレンジの機会を十分に与え切れない
能力を高めること、新しいことにチャレンジすることへのモチベーションが高まらない
同一業務に従事する者の数の減少により、「多対多」から「個対個」へと変化した
現場の教育においても求められる育成ノウハウの水準が高くなっていると同時に、自社内の優良な
手法が散逸して消えていってしまう
作成:三菱総合研究所
1.2 求められる取り組みの方向性
前述のような環境下において、人材育成(特に技術者など専門性の高い人材の育成)に
ついて取り組むべき方向性は、「育成主体・育成手法を切り分けること」及び「教育(特に
OJT)の見える化を行うこと(教育の課題、めざす方向、現状、育成方法について、情報を
生成、整理し、目に見えるようにすること)」であると考える。
従来より我が国では一定以上の規模の企業の人材育成は、全社の教育部門を中心とした階
層別教育と現場の OJT の組み合わせで行われてきている。全社の教育部門を中心とした教
育では、事業戦略を的確に反映することや現場の細かな技術的なニーズを汲み取ることは難
所報53号.indb 80
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見える化による効果的な人材育成 〜科学的な OJT の実施〜
81
しい。この全社教育では埋められない面は、現場が主体となって行ってきた。しかし昨今、
業務効率の追求など目前の業務への意識が強くなる傾向があり、喫緊の課題とならない人材
育成はどうしても後回しになり、結果として現場教育がおざなりになってしまう状況にあ
る。明確に育成主体を切り分け、各主体がそれぞれに適したミッションを負うことで、教育
をおざなりにせず、ねらいが的確な育成が可能となる。また、育成手法についても、方法を
OJT / OffJT、社内/社外にと明確に切り分けによることにより、適切な手法が適用され
育成効果の向上が期待できる。
また、見える化手法は、OJT の効果・効率向上につながる。OJT は、定型化されにくい
内容の教育に適した手法であり、人材の高付加価値化が求められる中で重要性が増している
育成手法であるが、現実には十分に機能していないことが多い。これらを機能させる一助と
なるものが、見える化手法である。見える化により、現場教育に科学的なメスを入れること
で、効果・効率の向上につなげる。
今回、
「育成主体・育成手法を切り分けること」及び「教育(特に OJT)の見える化を行
うこと」について、取り組む上で示唆を与える具体的な内容を整理する。
2.OJT と OffJT の特徴について
OJT 及び OffJT は、以下に述べるような育成方法としての一般的な特徴をそれぞれ持
つが、育成方法の選択にあたっては、各育成内容が持つ「制限条件」と「適性条件」から
OJT / OffJT の手法を検討する必要がある。ここでは、先に育成内容による「制限条件」
について述べる。
社内での教育・育成が困難な内容については、OJT での教育を行うことはできない。一
般的な「社内教育が困難な内容」及び「社外教育の利用が困難な内容」には、以下に示すよ
うなものがある。
●
社内教育が困難な内容
・ 社内にない(新しい)知識・技術の付与
・ 資格取得等の条件として、認定教育機関による研修が要求されているもの
●
社外教育の利用が困難な内容
・ 自社独自の知識・技術の付与
・ 自社特有の制度・システムに対応した事柄
この「制限条件」は、OJT / OffJT の手法の違いによるものではなく、社内での教育が
可能かどうかの観点である。
上記の「制限条件」の検討の後に、各育成内容が「OJT に向いている」のか「OffJT に
向いている」のかという「適性条件」について検討を行う。それぞれについての向き/不向
きに影響する、一般的な要素を以下に示す。
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技術レポート Technical Report
図 1.OJT / OffJT の特徴及び適性内容
OJTに向いている教育内容
OJTに向いている教育内容
現場での 例示・実演が可能
現場での例示・実演が可能
フィードバックによる指導が可能
フィードバックによる指導が可能
指導回数を多くできる
指導回数を多くできる
指導可能な人数が少ない
指導可能な人数が少ない
育成方法の特徴
育成方法の特徴
習熟の必要性
OffJTに向いている教育内容
OffJTに向いている教育内容
多人数を対象とした指導が可能
多人数を対象とした指導が可能
業務との切り替えのための時間的コストがかかる
習熟・経験を必要とする能力
習熟・経験を必要とする能力
経験をあまり必要としないもの
経験をあまり必要としないもの
(知識習得など)
(知識習得など)
状況が多様
状況が多様
複雑な判断を要するもの
複雑な判断を要するもの
状況が固定的
状況が固定的
機械的な判断が可能なもの
機械的な判断が可能なもの
スキル発揮の状況
形式知化
ドキュメント化・プロセス化が
難しいもの
マニュアル化・知識体系化が
マニュアル化・知識体系化が
可能なもの
可能なもの
作成:三菱総合研究所
OJT の持つ特性としては「形式知化しにくいもの」「習熟を要するもの」を教育すること
に適している。形式知化が困難なものとしては、対応すべき状況が多様なものと、
「勘」や
「経験」による技能といったものがあるが、いずれの性質のものに対しても、OJT による教
育が有効である。
一方、社内にはない新規スキルの習得のための社外での OffJT を除けば、OffJT によって
教育できる内容は、本質的には OJT によって行うことが可能であるが、必要となるコスト
の点で効率性が異なる。一般的には、OJT は教育を行う側も受ける側も時間的なコストが
高く、OffJT で行うことが可能なものは OffJT で実施する方が効率がよいと考えられるが、
OffJT に向かない内容の場合、有効な教育とならないので十分な検討と選択が必要である。
OffJT に適している内容としては、「知識習得など経験・習熟を要しない」「判断基準と行動
が明確化され、体系化されている」という性質がある。OffJT と OJT は必ずしも排他的な
ものではなく、習熟を要する技能についても、基礎的段階の知識は OffJT により教育を行
い、以降 OJT によるフォロー教育を行って技能の習得・高度化を図る、といった連動的な
教育体制がより効率的である。
業務内容の高度化・高付加価値化は、人件費の低い海外の産業に対して日本が伍していく
ための重要なポイントであり、その傾向の中で必要とされる技能・スキルはより高度化・複
雑化していく。そのような日本の事業環境下においては、従来以上に OJT による育成の果
たす役割が大きくなってきており、次章では特に OJT に対して効果の上がる見える化の手
法について論じる。
3.効果的な人材育成のための見える化手法
3.1 人材育成における見える化の効果
前述の通り効果的な育成・OJT の重要性が増してきているが、その実現に寄与する手法
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見える化による効果的な人材育成 〜科学的な OJT の実施〜
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として「見える化」が存在する。人材育成の見える化を行うことで、具体的なデータにも
とづいて、一定の論理を組み立て、判断することができるようになる。いわば、育成・OJT
に、科学的なマネジメントの要素を入れ込むことにつながる。
人材育成の見える化とは、具体的には図 2 に示す 4 つの要素から構成される。
図 2.人材育成のための見える化手法
①人材像の見える化
②現状
(対象者)
の見える化
③育成手法の見える化
④進捗の見える化
作成:三菱総合研究所
「①人材像の見える化」により、育成の方向性を具体化できるとともに、社内でのめざす
方向の共有に寄与する。
「②現状(対象者)の見える化」では、各人材の能力を把握することが可能となる。
「③育成手法の見える化」は、育成手法の高度化とともに、消失可能性のあるノウハウを
文書化することでノウハウ消失を防ぐことにつながる。
「④進捗の見える化」は、育成機会を適切に与えるように各関係者に対する意識付けが可
能になり、また本人への長期的な視点で能力を伸ばしていこうという意欲を与える。
第 1 章にて近年の育成現場での典型的な課題を示したが、その課題解決に寄与する手法で
あるといえる。
以降では、人材育成の見える化の内容を詳述する。
3.2 人材像の見える化
科学的な OJT の実践に向けた第一段階として、育成すべき人材像の見える化を行う。こ
の作業で明確化した人材像は、人材育成方針に関する社内関係者間(経営、育成の企画主
体、実施主体、育成対象者など)での意識共有を促進する。また、人材像に対応して構築さ
れるスキル・知識体系は、後述の「現状(対象者)の見える化」「進捗の見える化」の両プ
ロセスにおいて利用され、OJT への科学的アプローチの礎となる。
次に、具体的な手順に触れる前に、企業内の人材育成とは「企業が求める能力の開発」を
進めることである、という大前提にあえて立ち戻りたい。つまり、企業内の教育は、OJT
/ OffJT に関わらず、学校教育とは異なり経営のニーズを受けて組み立てられることが基
本となる。したがって、育成すべき人材像は、それぞれの企業の経営環境(市場、技術な
ど)を踏まえて立案される経営戦略と整合させることが重要である。
所報53号.indb 83
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技術レポート Technical Report
それでは、人材像の整理手順について具体的に述べていく。まず最初に行うのは、業務上
の重要なタスク(キーアクティビティ)の棚卸しである。例えば、「企画提案」「故障修理」
などの内容・粒度である。仮に現状の業務には存在しないタスクであっても、経営戦略上、
今後必要となるものは加えておく。
続いて、それぞれのキーアクティビティに対して、それを遂行するために必要な能力(○
○が××できる、等)、さらにその能力の土台となるスキルや知識(■■書類作成スキル、
自社製品に関する知識など)を整理していく。さらに、これらに加え、タスクの遂行上に必
要なコンピテンシーを整理するケースもある。コンピテンシーとは、保有している能力を発
揮するために備えているべき行動特性(▲▲している、等)のことである。また、タスクの
遂行上、必要または取得が望ましい資格もあわせて整理し、人材像に盛り込んでもよい。
図 3.人材像の見える化プロセス
キーアクティビティ
の整理
A. 電話 応対
スキル・知識等
の整理
必要な能力
の整理
問い合わせの要点を理解し、
メモが取れる
スキル: 「電話機操作スキル」
知識 : 「応対話法に関する知識」
取り扱い製品の説明ができる
知識 : 「自社製品に関する知識」
資格 : 「電話応対技能検定」
B. ・・・・・
コンピテンシー:
「わかりやすい話し方を意識している」
整合を意識
経営戦略
作成:三菱総合研究所
ここでのポイントの 1 つ目は、必要な能力やスキル、知識を洩れなく整理し、さらにそれ
らをできるだけ具体的に表現することである。つまり、最終的に整理されるスキル・知識
は、それぞれの教育方法(内容・手法)がある程度明確にイメージできるレベルまで、落と
し込む必要がある。
2 つ目のポイントは、上記のキーアクティビティや能力、スキル・知識等に、習得時期の
ガイドラインを設定するということである。例えば、それぞれの能力とそれに対応するスキ
ル等に「入社○年目レベル」といったガイドラインを設定するケースもある。これにより、
後に解説する「進捗の見える化」において、個々人の技術取得の状況を効果的に評価するこ
とが可能となる。
所報53号.indb 84
10.5.18 1:43:19 PM
見える化による効果的な人材育成 〜科学的な OJT の実施〜
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図 4.人材像の表現の一例(イメージ)
1年目
1年目
キーアクティビティ
・能力
2年目
2年目
3年目
3年目
5年目
5年目
一人前
一人前
電話応対
電話応対
・・・・
・
・・・
問い合わせの
問い合わせの
・・・
・
・・
・・・
・・
要点を理解し、 ・
要点を理解し、
・・・
・
・・
メモが取れる
メモが取れる
・・・
・・
取り扱い製品の ・
取り扱い製品の
説明ができる
説明ができる
・・・・
・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・・
・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・・
・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
高度人材
・・・・
・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・・
・
・・・
必要なスキル
・知識
電話機操作スキル ・
電話機操作スキル
・・
・・・
自社製品知識
自社製品知識
・
・・
・・・
・・・
・
・・
・
・・
・・・
・
・・
・・・
・
・・
・・・
・・・
・
・・
・・・
・
・・
・・・
・
・・
パソコン操作スキル
パソコン操作スキル
資格
コンピテンシー
社内資格「○○認定」
社内資格「○○認定」
・・・
・
・・
・・・
・
・・
公的資格
公的資格
「電話応対技能検定」
「電話応対技能検定」
・・・
・
・・
わかりやすい話し方を
わかりやすい話し方を
・・・
・
・・
意識している
意識している
・・・
・
・・
・・・
・
・・
・・・
・
・・
・・・
・
・・
・・・
・
・・
・・・
・
・・
・・・
・
・・
・・・
・
・・
出所:三菱総合研究所
なお、これらの人材像の設定作業は、育成の各企画主体(人事部門、事業部門、上司・ラ
イン長)それぞれの意見を踏まえて進めていくことが重要である。一般的には、社内の人材
育成のキーマンを集めた WG による議論、また各現場のマネージャーに対するインタビュー、
アンケート等による意見収集を通して、めざす人材像を設定していくことが多い。
3.3 現状(対象者)の見える化
個々の育成対象者について、人材像に対する到達状況を把握する。具体的には、人材像の
見える化により整理した個々のキーアクティビティや能力、スキル・知識について、現状の
習得レベルを評価する。これにより、育成対象者の強み・弱みが明確化され、その状況に応
じた育成計画を検討することが可能となる。具体的には、以下のような手順を踏んでいく。
① スキル・知識体系の構築
まず、人材像の設定において整理したキーアクティビティや必要な能力、スキル・知識等
をもとにスキル・知識体系を構築する。人材像は、対象者の成長プロセスや最終的な姿を表
現するものである。一方で、スキル・知識体系は、必要な要素を業務プロセスや技術分類等
の軸で整理し直したものに相当する。このスキル・知識体系が、対象者の現状を見える化す
る際の「評価シート」となる。
② 測定方法の決定、測定の実施
次に、具体的な評価方法を検討する。評価方法は、人が判定を行う「主観的評価」と事実
ベースで判定する「客観的評価」がある。
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技術レポート Technical Report
表 2.一般的な評価方法
評価方法
概要
A. 主観的評価
上長評価
直接の上長が育成対象者の評価を実施
本人評価
育成対象者自身が評価を実施
360 度評価
上長に加え、同僚・部下が評価を実施
第三者評価
エキスパートや他部署の第三者が評価を実施
B. 客観的評価
業務成果
業務実施回数等から判定を実施
試験結果
試験結果による判定を実施
作成:三菱総合研究所
主観的評価に関して、このような取り組みを実施している企業では、上長評価のみ、また
は本人評価と上長評価の組み合わせで実施しているケースが多い。後者のケースでは、本人
と上長の認識の差を確認し、埋めることができるというメリットがある。また、より評価の
精度を高めるために、360 度評価や第三者評価を実施する場合もある。特に、評価の結果を
人事処遇等に結び付けている企業は、評価精度の担保を重視する。また、評価データを適正
配置や事業計画の検討など戦略的に活用している企業も、同様の傾向がある。一方で、より
厳密な評価方法になるほど、運用面での負荷(コスト)が高くなるのは事実であるが、評価
プロセスが育成対象者と上長とのコミュニケーション機会となる点や、評価結果の活用を考
慮すると、一定の負荷は許容した上で適切な方法を選択する必要がある。あわせて、以下の
ような評価の運用負荷を抑えていくための取り組みも、取り入れていくことが望ましい。
●
申告・承認の対象項目を前回評価時からの変化部分に限定することによる評価負荷低減
●
サブマネージャーに承認権限の一部を付与することによるマネージャーの評価負荷低減
●
随時評価可能な評価システムで習得状況を逐次申告・承認することによる評価確定期間へ
の負荷集中解消 など
なお、主観的評価で留意すべき点は、評価主体間での評価基準の「ブレ」である。例え
ば、評価項目に対する評価は、「Yes / No」での判定や、「1(研修を受講)、2(指導の下で
実施可能)、3(一人で実施可能)、4(指導できる)、5(社内トップクラス)」といったレベ
ルで判定を行う。例えば、マネージャーごとの判定傾向が厳しめ、甘めといった差が発生す
る可能性がある。この課題に対しては、まず評価基準をできるだけ具体的かつ明確に設定す
ることが有効である。例としては、クレームの 8 割には対応できる等、量や頻度の目安を基
準に含めてもよい(業務経験回数からの自動判定とするものが客観的評価に相当する)。ま
た、評価主体に対し判定基準の概念や仕組みについて周知教育する、また、他組織での評価
現場に立ち会ったり意見交換するといった取り組みによっても、評価主体間での評価のブレ
は低減できる。
③ 分析、課題の整理、育成対象者の選定
評価結果の情報をもとに、組織ならびに個人としての強み・弱みを分析する。分析の視点
所報53号.indb 86
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見える化による効果的な人材育成 〜科学的な OJT の実施〜
87
としては、以下のようなものがあげられる。
●
組織力に関する分析の視点(一例)
・ 現状または計画上の業務量に対して、対応可能な人員数が確保できているか
・ 今後の人材の退職に対して対応できるか
・「教え手」となる高い能力を持った人材が存在するか
など
●
個人の能力に関する分析の視点(一例)
・ 経験年数に応じて習得すべきスキル等が習得できているか
・ 担当している業務内容に対応したスキル・知識が習得できているか など
これらの分析を実施することにより、組織としての課題・個人の課題を整理し、“誰に”
“何を”教育すべきかが明確となる。
なお、個人の分析結果は、「3.5 進捗の見える化」で紹介しているレポート(図 5)のよう
な形で表現する。
3.4 育成手法の見える化
「現状(対象者)の見える化」の次の段階では、現場における OJT の「手法の見える化」
が求められる。
企業の競争環境が厳しくなり、現場の OJT においても求められるノウハウの水準が高く
なっているので、OJT の質を高めるために手法を共有できるようにする。また、1990 年代
から導入が進む成果主義により、長期的な視点での人材育成への注力が減る傾向と日常業務
の繁忙が加わって、自社内の優良な手法が散逸して消えていってしまう傾向があり、この点
に歯止めを掛けることもねらいの 1 つである。
具体的には、以下を作成する。
●
ベストプラクティス集
●
育成支援ツール(例:育成チェックシート、OJT 実施手順、OJT で利用する問題集)
ベストプラクティス集は、自社内の優良事例とコラムにより構成する。
優良事例は、自社内をインタビューして作成する。理想的には自社内の組織診断を実施
し、結果が優良であった組織のマネージャーに対して、特に診断結果がよかった部分につい
て日常どのような行動を行っているかインタビューを行う。この際、優良事例が「マネー
ジャーは当たり前と思って実施していること」である場合があり、表面的なインタビューで
は要点が抽出できない可能性があって、行動を丁寧に抽出する調査が求められる。なお、三
菱総合研究所が顧客のベストプラクティス集を作成する場合には、社内の事例に加え、世の
中の優良な事例から各社にあったものを追加する。ベストプラクティス集は、マネージャー
の日常の行動のきっかけ及びヒントとして提供するものであり、各優良事例は 100 文字程度
に要約し、日々の業務の中でも参照しやすいものとする(表 3)。一方、コラム部分は、人
材育成に関連する簡単な読み物や理論的背景となる内容を整理する。
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88
技術レポート Technical Report
表 3.優良事例の一例
タイトル
抜き打ちで同行し、現場の動きを見る
内容
マネージャーが担当者と一緒に現場まで同行して、実際の作業の様子を見てスキ
ルの状況を把握している。その際には、上司やマネージャーであることは顧客に
は言わず、1 メンバーという立ち位置で行き、一緒に作業しながら部下を見る。
作成:三菱総合研究所
このように整理したベストプラクティス集はただ配布するだけではなく、ワークショップ
形式で共有、深めていくことが望ましい。マネージャーを半日程度業務から切り離し、最初
の 1 時間程度はベストプラクティス集の概要を解説するとともに、残りの時間は各現場での
人材育成課題についてマネージャー間で悩みを共有し、解決の方向について議論を行う。
また、育成支援ツールは、OJT 実施をサポートするためのツールを作成する。各企業・
各現場の状況により求められるものは異なるが、必要度・影響範囲の大きさから優先度を
つけて実施する。典型的なツールとしては、「育成チェックシート」がある。例えば、プロ
ジェクトマネージャーを育成するということが重要な課題である場合、プロジェクトマネ
ジメントに求められるポイントを業務プロセスごとに整理し、本人もしくは指導者が日々
チェックできるツールを作成する。各内容が実施できたかどうか、考慮したかどうかについ
てチェック()をつけ、すべて網羅できたタイミングで完了証を発行するものである。い
わば、自社内の暗黙知の形式知化と位置付けられる。その他、OJT の実施手順をマニュア
ル化したもの、OJT の場面で利用する問題集などが存在する。
育成手法の見える化の注意点は、見える化された優良事例などの各内容は至極当たり前、
一般的なものが多いということである。そのことにより、受け取り手に役に立たないという意
識を持たせてしまうことがあるが、育成手法については内容を知っていることだけではなく、
実践すること、それも心をこめて継続して実施することで効果が現れてくるということを認識
することである。このことは、社内で共有する時点で強調して伝達することが求められる。
3.5 進捗の見える化
最終的には、「進捗の見える化」を行う。各 OJT 対象者の能力の変化状況を見えるように
することである。
職場において人材育成は、日常業務が忙しくなると、優先順位が後回しになる傾向があ
る。このことは人材育成の成果が見えにくいことにも起因しており、能力の変化を見える化
することにより、能力開発も意識した日常業務を可能とする。また、各人が目前の業務遂行
は一生懸命実施する一方で、長期的な視点で新しいことにチャレンジする、能力を高めると
いうことについて意欲的でないという声も聞かれる。各人の能力の現状と目標、そしてその
変化を見える化することにより、各人が長期的な視点で意欲的に能力開発しやすい環境を構
築する。
具体的には、以下の点が見えるレポートを作成し、各人に配布する。
●
所報53号.indb 88
能力の現状
10.5.18 1:43:19 PM
見える化による効果的な人材育成 〜科学的な OJT の実施〜
●
個人の目標(その目標を設定するための目途値や他者の情報)
●
目標と現状とのギャップ
●
能力の変化
89
「能力の現状」は、
「3.3 現状(対象者)の見える化」で作成した内容そのものとなる。そ
の上で、「個人の目標」を同じスキル・知識体系で設定する。目標設定を支援するために、
各人ごとの目途値(到達して欲しい能力水準)や他者の情報をレポートに表示する。目途値
は、「3.2 人材像の見える化」で設定した内容を、スキル・知識体系上で具体的に表現したも
のである。年次ごとや業務領域ごとに人事部もしくは各事業部が到達して欲しい水準を設定
し、その内容をレポートに表示する。目途値の設定が困難な場合には、同年代平均といった
他者の情報を表示する。
図 5.個人別レポート(イメージ)
技術力 フィードバックレポート 個人用
5年目目安
・以下は○ ○年度の分析結果です。右上のボックスで比較対象 (折れ線グラフで示す内 容)を変更できます。
マンナンバー
氏名
年齢
xxxxxx
○○ ○○
xx
歳
所属部署名
従業員区分
1.総合評価の傾向
○○ ○
正社 員
2.総合評価の詳細
あなた
5年 目目安
4.0
あなた
5年目目安
3.5
技術A
4.0
技 術L
3.0
技術B
2.5
技術C
得点
技術K
2.0
0.0
技術J
技術D
1.5
1.0
技術I
技術E
0.5
技術H
技術F
0.0
技術G
領域1
領域2
・あなたの事業分野の総 合評価の傾向を表示しています。
・各レベルは、該当 する事業分野内 の総合判定評価の最大
値を表示しています。
領域3
領域4 領域5 領域6
領域7
領域8
領域9
領域10
営 総務
業
・個別の総合判 定評価の結果を表示しています。
・得点はA:4、B:3、C:2、D:1として換算しています。
3.項目別評価の状況
5年目目安
各項目の点数
あなた
5年目平 均
4.0
3.0
2.0
1.0
小分類1
小分類2
小分類3
分野d
作成:三菱総合研究所
小分類1
小分類2
項目25
項目24
項目21
項目22
項目23
項目20
項目19
項目18
項目17
項目16
項目15
項目14
項目11
項目12
小分類5
項目13
項目9
小分類4
項目10
項目8
項目7
項目6
項目5
項目4
項目3
項目2
項目1
0.0
小分類3
分野e
・項目別の技術力を確認したい事業分野をプルダウンから選択してください。グラフが表示されます。
・あなたの技術力(A~D)と比較対象の差から、あなたの技術力の強み・弱みを確認してください。
・また、ガイドラインを選択すると、支社にて設定された項目毎のガイドラインが表示されますので、今後のス キルアップの参考にしてください。
このレポートを年に 1 回(もしくは半期 1 回)作成し、提供する。継続的に提供すること
で、自身の能力の変化が確認でき各人の動機付けになるとともに、必要に応じて方向修正を
行うことを可能とする。本ツールが特に有効に機能するのは、目途値との比較である。自分
に対して会社が求めている水準と自身の能力を比較することで、その差分が明確になる。レ
ポートからわかる差分の情報をもとに、各人が能力開発目標を立てやすくなり、またレポー
トを継続的に配布することでその進捗の確認も容易になる。
「進捗の見える化」の注意点は、内容は簡単なものでよいが、継続するということであ
る。継続するためには各人の能力調査を継続的に行う必要があり、大きな労力を必要とする
所報53号.indb 89
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技術レポート Technical Report
が、継続により効果が得られるものであることを十分認識し、当初の制度設計及び運用体制
の整備を行う必要がある。
4.育成の企画・実施主体について
ここまで述べてきたような企業内における人材育成体系の策定・実施にあたっては、どの
「育成主体」がどのような層や育成内容を策定実施範囲とするか、という切り分けを適切に
行うことが重要である。「育成主体」の各層には、それぞれが有している従業員についての
情報や研修タイプごとの得手/不得手の差があり、それぞれの層に適した切り分けを行うこ
とで、人材育成の有効性及び効率性を高めることができる。
「育成主体」としては、育成体系や内容の策定を行う「企画主体」と、実際の育成を実施
する「実施主体」がある(表 4、表 5)。「企画主体」については、表 4 にあるような階層的
な区分により分けることができるが、企業の規模・体制によっては全社を統括する人事部門
と事業部企画部門の区分がない場合や、事業部企画部門と現場(監督者)の区分が明確でな
い場合がある。「企画主体」は、いずれかの階層区分が人材育成のすべてを管轄するという
ことがよいのではない。経営戦略・事業計画の方向性や育成対象者の状況についてなど、そ
れぞれが保有している情報及びその深度や、育成についてのソフト/ハード両面のリソース
に適した管轄範囲を区分ごとに設定し、分業管轄体制をとることが、有効性及び効率性の観
点から望ましい。一方で、人材育成の根幹となる育成戦略やそれぞれが行う育成内容・結果
については、各「企画主体」が相互に情報共有を図っていかなければならない。「実施主体」
については表 5 にあるような分類ができ、「企画主体」と一致しなければいけないものでは
ない(全社の人事部門が企画し、現場の監督者によって実施される場合など)。「実施主体」
については、第 2 章での育成方法についての検討とあわせて、どの主体による育成が効率的
かを検討の上、選択すべきである。
表 4.企画主体の分類
企画主体
対象者の規模
現在の事業・業務への反映度
育成計画スパン
人事部門(全社)
多い
低い
長期的(各階層の核人材の育成、社会環境変化への対応)
事業部企画部門
中間
中間
中期的(事業戦略を実現するための人材・人員計画)
監督者(上司・ライン長)
少ない
高い
短期的(直近の課題・ニーズに対応した能力育成)
作成:三菱総合研究所
所報53号.indb 90
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見える化による効果的な人材育成 〜科学的な OJT の実施〜
91
表 5.実施主体による企業内教育行為の分類
実施主体
社内
対象
管理者
部下
熟練者
未熟練者
先輩
後輩
分類
OJT
育成に必ずしも慣れ
ていない/すぐれて
いない者が教育を実施
従業員
OffJT
育成に特化/すぐれた
者が教育を実施
自分
自己啓発
スタッフ
(育成担当スタッフ)
(社内 有技能者)
社外
(社外講師)
本人
自分
作成:三菱総合研究所
5.おわりに
以上、「OJT / OffJT の特徴」「教育(特に OJT)の見える化を行うこと」「育成主体・育
成手法を切り分けること」について、取り組む上で示唆を与える具体的な内容を整理した。
OJT で行うべきことを明確に切り分けし、見える化により OJT(を中心とした教育)の
質と効率を高める。このことが、求められる高付加価値の人材を早期に効率的に生み出すと
考えている。
人材の高付加価値化は、我が国産業が世界と伍していくために重要なポイントであり、日
本の強みの維持・伸長につながる。しかし、人材の高付加価値化に大きく寄与する OJT が、
日常業務の多忙などの理由により弱くなっている現実がある。今回整理した内容が、各社の
人材の高付加価値化、さらには長期的な競争力の一助となれば幸いである。
参考文献
[1]
遠藤功:『見える化 強い企業をつくる「見える」仕組み』,東洋経済新聞社(2005).
[2]
桐村晋次:『人材育成の進め方<第 3 版>』,日本経済新聞出版社(2005).
[3]
柴田励司:『組織を伸ばす人、潰す人』,PHP 研究所(2007).
[4]
新巻基文:『「教え方」教えます』,産業能率大学出版部(2008).
[5]
関根雅康:『教え上手は、学ばせ上手』,クロスメディア・パブリッシング(2009).
[6]
寺澤弘忠:『OJT の実際<第 2 版>』,日本経済新聞出版社(2005).
[7]
畠山芳雄:『人を育てる 100 の鉄則』,日本能率協会マネジメントセンター(2006).
[8]
前間孝久、魚住剛一郎:「技術経営における技術資源管理に関する一考察」『三菱総合研究所所
報』No.42,102-13(2003).
[9]
宮崎洋、佐々木康浩、前間孝久、木村孝、魚住剛一郎:「『見える化』実践のポイント」『三菱
総合研究所所報』No.47,134-55(2006).
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92
研究ノート Research Note
研究ノート
事業リスク管理への動的モデルの適用
丸貴 徹庸 牛島 由美子 古屋 俊輔
要 約
企業が持続的成長を実現するためには、事業モデルを創出し、新事業の実行と定
着を図り、最終的に事業を安定化させ、効率化をめざすことが必要である。これら
の各段階で、事業リスク管理に求められる内容は異なる。事業リスク管理を組織で
円滑かつ効率的に行う上では、事業モデルの共有、マネジメント対象の特定とマネ
ジメント移行の判断、マネジメントの引き継ぎといった課題が存在する。
そこで、筆者らは事業モデルを可視化し、事業関係者、業務機能、経営資源の連関
を表現するバリューチェーンアプローチにより、これらの課題を解決することを提案する。
本アプローチでは、バリューチェーンの構造化技法にシステムダイナミクスを活
用し、リスクの定量評価が可能な動的モデルを構築する。
動的モデルの構築により事業構造を集合知化し、事業環境の変動をシミュレート
することで、その影響波及を定量的に把握できる。ロジスティクス、事業管理に必
要な情報の伝達、資金等の流れを動的に表現し、事業計画にもとづくシミュレー
ションや、実績にもとづく計画の修正・運用管理を実現することで、事業リスク管
理を支援する。
本稿では、これらを具体的に、価格決定戦略の評価、事業収益の評価、事業継続
計画の策定での事業影響評価へ適用した概要を紹介する。
目 次
1.事業リスク管理の戦略的なフレームワーク
2.バリューチェーンアプローチ
3.システムダイナミクスの活用
4.事業戦略検討への適用
4.1 モデルの活用
4.2 モデル適用事例の概要
5.まとめ
所報53号.indb 92
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事業リスク管理への動的モデルの適用
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Research Note
Application of Dynamic Model to Business
Risk Management
Tetsu Maruki, Yumiko Ushijima, Shunsuke Furuya
Summary
In order to promote sustainable growth, companies need to create new
business models, implement them, and finally obtain the stability and efficiency
of the businesses. In each stage, different scheme is required as the business
risk management. In smoothly and efficiently implementing the business risk
management system in an organization, there are issues to be addressed, such
as sharing of the business model, identification of management targets, its shift
point, and takeover to successor.
At this point, we propose a value chain approach that visualize the business
models and depict the relations among parties concerned, operational functions
and business resources.
In this approach, the system dynamics is used as a structured technique
for the value chain to establish a dynamic model by which risk can be
quantitatively evaluated.
The impact of the changes in the business environment can be quantitatively
evaluated by the simulation with the dynamic model, in which collective
intelligence of the business structure is implemented, and logistics and flow
of information and funds are dynamically presented. In this way, business risk
management is supported by the simulation performed based on a business plan,
and revision and operation of the plan based on the actual results.
This paper presents an outline of the specific application of the above model
to the business impact analysis in the evaluation of pricing strategy, evaluation
of operating revenue, and establishment of a business continuity plan.
Contents
1.Strategic Framework of Business Risk Management
2.Value Chain Approach
3.Utilization of System Dynamics
4.Application to Business Strategy Study
4.1 Utilization of Model
4.2 Outline of Model Application Example
5.Conclusion
所報53号.indb 93
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94
研究ノート Research Note
1.事業リスク管理の戦略的なフレームワーク
企業は、事業のプロセスや環境に内在するリスクを適切にコントロールしながら事業効率
を高めるとともに、イノベーション力を発揮することで事業の拡大や展開の機会を発見し、
これに適応することによって持続的な成長を実現する。企業の新陳代謝を繰り返す過程で
は、事業モデルの創出、新事業の実行と定着、事業の安定化と効率化をめざすサイクルが、
同時並行的に実行されている。動的モデルは、これらの事業戦略をマネジメントしていくた
めに、事業を構造化し、計画をシミュレートし、遂行を管理できるプラットフォームとなる
ことをめざしている。
図 1 に示すように、ブレークスルーから持続的成長へと移行していく過程で、事業リスク
管理の目的は異なる。成長の中長期目標を実現するために事業モデルを創出する段階では、
事業創出のために一定の資源を投入しながら、不確実性に富む偶発的な戦略リスクを見極め
ることで有望シナリオを導出する。新事業の実行と定着段階では、事業計画の前提に誤りが
ある可能性を認識した上で、計画の修正管理の中で組織学習を実践し、戦略リスクからオペ
レーショナルリスク管理へと体制を移行する。事業の安定化と効率化をめざす段階に至り、
軸足を事業計画の目標管理に移行させ、リスクファクターを特定し、モニタリングを行いな
がら対応を図り、同時に事業継続性を高めていくことが求められる。
図 1.事業リスク管理の段階的移行
持続的成長
ブレークスルー
事業モデルの創出
新事業の実行と定着
事業の安定化と効率化
偶発性の発見
偶発性の管理
予見的な管理
① 柔 軟 な事 業 計 画 修 正 オプションを
保 有 す る。
② 新 し い 価 値 基 準 を浸 透 させ る。
③ 既 存 事 業 資 源 を効 果 的 に 連 携 さ
せ る。
① ター ゲ ットとする市場を 明 確に
規 定 す る。
② 事 業 収 益 の 予 測 精 度 を 向上
させ る。
③ 事 業 の 収 益 性 を 向 上 させ る。
① 顧客、価値、実現方法を 創 造
する。
② 不 確 実 性 を、許容する。
③ 候補を抽出し、効果を 比 較
する。
作成:三菱総合研究所
これら異なるマネジメントの着眼点を区分し、組織的な活動を円滑かつ効率的に実現させ
る上で、筆者らは大きく次の 3 点の課題へ対応していくことが必要と考える。
( 1 )事業モデルの共有
製品・サービスの提供方法、リスクの所在を共有するとともに、リスク把握の十分性を確
保する。組織内の一部の専門家に偏在する暗黙知を集合知化し、関係者間で理解共有するこ
とで、組織力を最大限に発揮する。
所報53号.indb 94
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事業リスク管理への動的モデルの適用
95
( 2 )マネジメント対象の特定とマネジメント移行の判断
修正可能性のある組織学習の機会はどこにあり、誰が取り組むべきかを明らかにする。一
定の知見を蓄積し、リスクの予測精度を高めている部分を特定し、適時にマネジメントを切
り替える。
( 3 )マネジメントの引き継ぎ
事業計画の修正管理から目標管理へと着眼点を切り替えても、継続的なマネジメントのフ
レームワークを維持する。事業担当部門・部署、担当者、キーパーソンが異動した場合に備
え、これまでの知見を確実に伝承する。
本稿では、これらの課題への解の 1 つとして、事業関係者と業務機能の連関を表現するこ
とで事業モデルを可視化し、事業リスクを動的に捉える手法を紹介する。
2.バリューチェーンアプローチ
バリューチェーンアプローチは、事業を構造化することを目的とする。図 2 に示す事業環
境モデルのように、事業関係者を特定し、相互の依存性について、各関係者の行動選択肢と
波及効果を結線された線上に定義していく。その上で、事業を成立させるための業務機能と
機能維持に必要となる経営資源、外部に依存する機能や資源を関連付けた事業モデルを作成
することで、「事業関係者」「事業関係者が担う役割」「役割の実現と維持に必要な経営資源」
へと、階層的に規定した業務連関を明らかにする。図 3 は、製造業の生産拠点における業務
の連関を構造化した例である。
図 2.事業環境モデル
金融機関
代替企業
当社
市場
調達先
関連会社
取引先
金融市場
顧客
提携・
協力・
委託企業
非顧客
株主
潜在的顧客
最終(影響)顧客
関連市場
代替企業
周辺立地企業
潜在的市場
市民
エネルギー・
通信インフラ
有識者
行政/
規制当局
社会
競合
直接競合
関連他社
潜在的競合
マスメディア
作成:三菱総合研究所
所報53号.indb 95
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研究ノート Research Note
ここから、事業リスクを把握するためには、バリューチェーンを途絶させる因子を、一つ
ひとつ洗い出していけばよい。そして、事業のどこに偶発的なリスクを保有し、どの部分は
予見的に管理可能であるかを特定することができる。
このような整理によって、キーパーソンが暗黙的に保有していた業務知識を、体系的な形
式知として具体化することが可能となる。
図 3.業務の構造化(製造業の生産拠点例)
集中購買
生産計画
生産移管
計画
生産管理
ライン増設
配送事業者
手配・管理
輸出入・管理
拠点調達
サプライヤー
原材料
受入・保管
生産
中間品
在庫保管
品質保証
梱包・出荷
配送事業者
廃棄物管理
外部事業者
凡例
: 機能連関
設備・動力
管理
拠点システム
管理
外部事業者
事業所管理
安全・環境管理
: 業務機能
: 外部依存
: 拠点機能
集約単位
: 在庫
作成:三菱総合研究所
3.システムダイナミクスの活用
システムダイナミクス(SD)はシミュレーション技法の 1 つであり、対象とするシステ
ムの経時的な挙動を記述するモデリング機能を有し、ソフトウェア上でシミュレーションを
実行することができる。モデルを記述する際には、入力(原因)と出力(結果)を連鎖とし
て、事業における実際の物の移動(物量)、情報、資金等の流れをそのまま、図 4 に例示す
るように、直感的で視認性のあるフローダイアグラムと呼ばれる図形式に可視化する。
第 2 章で述べたバリューチェーンアプローチでは、事業モデルをある特定の時点、もしく
は定常状態で形式化させた静的モデルにより、集合知を形成した。事業の全体構造を把握す
る上では有用であるが、事業モデルを構成するプロセスや事業環境の変化を取り込んだ結果
を動的に提示することはできない。実業においては不連続な事象の発生、季節要因等の周期
的な変動性が存在する。この変動を予測値(計画値)や観測値(実績値)として与えて具体
的にプロセスを動かしながら、事業上の影響範囲やその程度を知るためには、時間の概念を
持つ、動的モデルを用いたシミュレーションを適用することが有効といえる。
システムダイナミクスを用いることで、リスクを具体的に事業モデルに適用することが可
所報53号.indb 96
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事業リスク管理への動的モデルの適用
97
能となり、ビジネスインパクトを経過時間とともに定量的に把握することができる。
事業を具体的に実行し管理していくためには、現物の流れ、要員の稼働や設備の性能など
の経営資源を、定量的に把握することが必要となる。システムダイナミクスは実際の物量を
その所在とともに把握し、実績のトレースからシミュレーションによる予測までを、同一の
プラットフォーム上に構築することを可能とするものであり、事業を管理する上で強力な
ツールになる。
図 4.生産拠点機能のシステムダイナミクスモデル化例
生産リスク
生産計画
販売計画
生産計画システム
物流システム
生産計画値
完成品
生産能力
在庫
出荷
出荷機能レベル
調達先稼働率 原材料
生産機能レベル
配送事業者稼働率
中間品在庫
労働力の確保
中間品入荷
作成:三菱総合研究所
4.事業戦略検討への適用
4.1 モデルの活用
これまでに述べた、バリューチェーンアプローチから動的モデル構築に至る一連のツール
の獲得は、偶発性の発見と管理を対象にした戦略リスク管理、予見的な管理を対象にしたオ
ペレーショナルリスク管理、リスクの顕在化後を対象とした危機管理のすべてに活用でき
る。すなわち、事業のさまざまな段階で異なる着眼点が必要となる事業リスク管理に対し、
一貫して適用可能なプラットフォームとなることが期待される。
戦略リスクを管理する上では、まず、事業モデルを構造化し、事業シナリオを構成する経
営資源を業務機能の連関にもとづいて体系的に記述するフレームワークが有効となる。この
上で、経営資源の置換や組み替えを行うことにより、バリューチェーンの根幹的な改革を
シミュレートし、この可能性を共有する。また、業務機能を損なう事業リスクをバリュー
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研究ノート Research Note
チェーンにもとづいて網羅的に把握、確認できる。偶発性に大きく依存する事業のリスク
ファクターの所在は、目に見える形で事業モデル上に具体的に特定することができ、実績値
を蓄積し計画値と比較する組織学習を実践しながら、事業計画の修正管理が実現される。
オペレーショナルリスク管理への適用では、構造化された事業設計図を保有することによ
り、事業キャッシュフローへのリスクファクターの寄与が明確となり、収益変動の定量的な
予測の定式化に役立つ。また、予見的な管理対象としてキーとなるリスクファクターの所在
を事業モデル上に特定し、モニタリング活動からリスクプロファイルを蓄積管理して事業計
画の予測精度を向上させていくことにより、事業計画の合理的な目標管理を実現する。実際
の物量や経営資源の活用状況から業務機能連携の効率を評価することにより、投入資源の配
置最適化機会を発見し、事業効率を高めることも期待できる。
危機管理の視点からは、リスクが顕在化した場合に事業を継続する上でのボトルネックを
容易に特定できる。外部に依存する資源、ステークホルダーの関係性が把握されていること
から、対応予測を反映することで事業の影響波及シナリオを評価し、事業影響(被害)の最
小化策の検討に役立つ。危機対応の有効性を検証課題として事業モデル上に設定すること
で、事業への影響・対応策・対応結果を机上でシミュレートする際にも活用できる。
4.2 モデル適用事例の概要
動的モデルを、戦略リスク管理、オペレーショナルリスク管理、危機管理へ適用した事例
を紹介する。
図 5.価格決定戦略評価のシステムダイナミクスモデル例
サプライヤーモデル
原材料供給量
自社
生産モデル
原材料在庫
原材料調達
原材料基準在庫量
生産量バランス
製品在庫
生産
在庫最大量
競合モデル
生産要望レベル
生産機能レベル
減産指示
基本生産量
原材料消費
市場供給
必売量入力値
自社品シェア
市場供給バランス
市場側希望購買量
需要家モデル
作成:三菱総合研究所
所報53号.indb 98
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事業リスク管理への動的モデルの適用
99
( 1 )価格決定戦略の評価
石油化学製品の市場における需給バランスを図 5 に示すようにモデル化し、生産量、在庫
量、供給量等を算出した。サプライヤー、競合、需要家の行動を予測し、複数のケースを適
用することで、自社の市場ポジションを評価した。リスク管理ノウハウとして、過去の在庫
データ分析、現場担当者へのヒアリング内容を反映させ、在庫過剰/不足による生産調整な
ども再現した。
製品流通量のデータから、他社や市場における在庫量や過剰/不足といった流通状態を推
定し、少数のプライスリーダーによる戦略的判断が、多数のフォロワーへ影響を与えること
で市場が形成される過程を再現した。
( 2 )事業収益の評価
複数の海外生産拠点を展開する企業を対象に、中長期の事業収益予測を行った。事業モデ
ルを、決済、設備増設の追加投資、調達、生産、供給過程に分解し、200 近いリスクファク
ターテンプレートから、約 80 のリスクプロファイルを適用し、最終的にキーとなるリスク
ファクターを確定させ、収益への影響度を評価した。
キャッシュフローにキーとなるリスクファクターを組み込み、財務諸表を中長期にわたっ
てシミュレートすることで、収益予測の幅を評価した。また、新規拠点進出を加えた多拠点
生産体制による事業ポートフォリオを評価し、事業性の検討を行った。
( 3 )事業継続計画の策定
日本、中国、東南アジア等にグローバルに製造拠点を展開する企業を対象に、事業影響分
析を行った。首都直下地震の発生、海外工場での設備事故、東南アジアから全世界へと拡大
する新型インフルエンザの蔓延を具体的な脅威として設定し、経営資源の毀損度合いから、
事業継続上のボトルネックを特定した。
製品の市場性を、競合他社製品へのスイッチングまでの許容期間で評価し、流通在庫を含
めた在庫戦略の適正を検討するとともに、物流拠点の要員確保、製造拠点の復旧手順の見直
し、情報システムの頑健性確保などの対策が進められた。また、需給バランスに応じた最低
限の人員配置計画、供給優先順位策定に資する知見を得た。
5.まとめ
企業には、事業の進展状況に応じてマネジメントの着眼点が異なる事業リスク管理が求め
られる。本稿では、バリューチェーンアプローチにもとづき、システムダイナミクスの活用
で得られる動的モデルが、マネジメントのフレームワークとして一貫した事業リスク管理の
プラットフォームとなる可能性を、適用事例とともに示した。
筆者らは、今後、動的モデルを発展させ、経営資源の配分や業務プロセスを変更した場合
の経営効率と品質のトレードオフの定量評価を実現し、品質戦略に応じた原価低減策をシ
ミュレーションにより発見する手法の開発をめざしている。
所報53号.indb 99
10.5.18 1:43:21 PM
100
研究ノート Research Note
参考文献
[1]
ビジャイ・ゴビンダラジャン他著,酒井泰介訳:『戦略的イノベーション 新事業成功への条件
(ハーバード・ビジネススクール・プレス)』,ランダムハウス講談社(2006).
[2]
マイケル・E・レイナー著,櫻井祐子訳:『戦略のパラドックス』,翔泳社(2008).
[3]
古屋俊輔,丸貴徹庸,牛島由美子:「事業リスクのダイナミクス」『経営システム』Vol.19,
No.6,244-9(2010).
[4]
島田俊郎編:『システムダイナミックス入門』,日科技連出版社(1994).
[5]
Y.Ushijima,M.Terabe:“The Market's Pricing Mechanism Simulation Based on System
Dynamics and an Agent Model”,Proc. of APCOM’07-EPMESC XI (2007).
所報53号.indb 100
10.5.18 1:43:21 PM
事業リスク管理への動的モデルの適用
所報53号.indb 101
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102
研究ノート Research Note
研究ノート
情報システムにおけるシステム外因子
対策による可用性向上に関する考察
佐藤 誠
要 約
一般に情報システムは、コンピューターや通信機器等のハードウエアとそのソフト
ウエア、及び運用・統制に従事する人間により構成されている。これらの要素の中
で、前二者、ハードウエア及びソフトウエアについては、品質工学や情報工学にもと
づく信頼性向上の取り組みがなされており、かつ成果を上げている。しかし、後者、
つまりヒューマンファクター(人的要因)に関する対策は、原子力産業や航空・鉄道
産業など基幹インフラ以外では、対策が十分に行われていないのが実情である。
人的要因にもとづく障害への対策が行われない原因は、大きく 2 つあると思慮さ
れる。一つは、一般的な情報システムにおいては、システム停止に対する影響が過
小評価されている結果、システム停止の影響が意識されている社会基幹インフラと
比較して投入できるリソースが少ないこと、もう一つは、担当者が情報システムつ
まりハード、ソフトの専門家に偏っており、ヒューマンファクターの専門家が存在
しない、または存在していてもシステムを所掌する部門からアクセスができないこ
と等があげられる。
本稿においては、先進的取り組みが行われているインフラ産業の事例を概観し、
一般的な情報システムにおける上記 2 つの制約を考慮した上で、良好事例の取り込
みの可能性を検討する。
目 次
1.緒言
2.ヒューマンエラーとヒューマンファクター
3.情報システム運用業務の概要
3.1 ヒューマンファクターの適用状況
3.2 ヒューマンファクターの適用の限界
4.一般的な情報システムへの応用検討
4.1 ヒューマンファクターの考慮のあり方の検討
4.2 ヒューマンファクターツールの開発
5.結び
所報53号.indb 102
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情報システムにおけるシステム外因子対策による可用性向上に関する考察
103
Research Note
Study on Improvement of Usability of Information
Systems through Measures on External Factors
of Systems
Makoto Sato
Summary
Information systems generally consist of three elements: hardware, software,
and humans, which collectively operate and control information systems.
Of these elements, hardware and software factors have been largely improved
thanks to quality-management technology and information science, but the
human element, or so-called human factor, is not fully taken care of except in
infrastructure-related fields such as nuclear, aerospace and railway industries.
This article shows there are two major reasons why not enough countermeasures
are being taken for problems caused by human factors. First, the amount of
investable resources for a regular information system is less than that for an
infrastructure system because the impact of system halt for a regular system
is underestimated compared to that of an infrastructure system. Second, staff
in the information system department usually consists of experts in hardware
and software, but not in human factors. Even if such experts exist in a firm, it is
sometimes possible that the information system department cannot access such
human resources because of sectionalism, etc.
In this article, after introducing business cases of the progressive approach
conducted in infrastructure industries, we discuss whether it is possible to apply
this approach to other firms whilst the two major constraints described above exist.
Contents
1.Introduction
2.Human Errors and Human Factors
3.Outline of Information System Operations
3.1 State of Applying Human Factors
3.2 Limit of Applying Human Factors
4.Discussion on Application to General Information Systems
4.1 Approaches to Discussing Human Factors
4.2 Development of Human Factor Tools
5.Conclusion
所報53号.indb 103
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104
研究ノート Research Note
1.緒言
情報システムの構成要素を、システム停止の機序及びプロセスから分類すると、大きく
ハードウエアとソフトウエア、そして電力空調などのインフラストラクチャー、人員の 4 つ
に区分することができる。表 1 に概要を示す。
表 1.システム障害の態様とその対応策
分類
定義
障害態様
対応策
機器故障
多重化・冗長化
高品質化
ハードウエア
情報処理を行う物理的実体
ソフトウエア
ハードウエアの制御を行うプログ
ラム、ファーム、設定ファイル
バグ、設定ミス
ソフトウエア品質管理
プロジェクト管理
インフラストラクチャー
ハードウエアを動作させるために
必要な基盤サービス、役務など
機能停止
多重化・冗長化
人員
システムを動作させるために必要
な操作を行う人間
操作誤り
手順忘れ
人の能力の限界
ヒューマンファクターの考慮
作成:三菱総合研究所
これらの構成要素のうち、ハードウエア及びソフトウエアについては、それぞれシステム
障害を防止するための対策がシステム構築時点で、主にメーカー・ベンダーによって行われ
ている。近年においてはオープンシステム系のシステムにおいても、システム障害を未然に
防止するための対策が取り組まれている。
しかし、後二者については、メーカーやベンダーにおいても専門とする要員が少ないこ
と、それらに対する対策を講じるには応分の費用負担が必要なことから、対策が広範に実施
されているとはいえないのが現状である。中でもインフラストラクチャーについては、一般
の企業においても、営繕や工務などの名称で総務部門の中に施設管理のエキスパートを抱え
ているケースも多く、一定の対策が行われている。これに対してヒューマンファクターに関
しては、一般の企業には、対策をとろうにも有効な対策をとり得る経験・教育を積んだ人材
がいないのが通例である。
本稿では、これら 4 つの区分のうち人員、すなわち人的要素におけるシステム停止要因へ
の対策を概観の上、一般的企業におけるそれらの応用について検討する。
2.ヒューマンエラーとヒューマンファクター
人間が原因となってシステムの停止などを惹起することを「ヒューマンエラー」と呼ぶ
が、厳密には、怠慢や手抜きなどの「すべきことをしない」状態や、誤認などにより「すべ
きでないことをする」という事態を指す。
また、これらのヒューマンエラーがなぜ起きるかについて原因を考える際に、人間の能力
の限界や端末などとのインターフェイス、職場風土、同僚との連携などさまざまな要素を考
慮する必要があるが、これら人間を中心とする要素をヒューマンファクターと呼ぶ。
所報53号.indb 104
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情報システムにおけるシステム外因子対策による可用性向上に関する考察
105
ヒューマンファクターの要素は、SHEL モデル[1]によって表現することが可能である。
図 1.SHEL モデル
出所:参考文献[1]
このモデルの中心の L は人間(Liveware)を指しており、中心に作業者本人、そして下
に同僚などその他の業務に関連する人が描かれている。また、H は機械(Hardware)であ
り、S はソフトウエア、そして E は環境(Environment)を示している。
それぞれの枠が波打っているが、これは、相互関係が常に変動していることを表す。中心
の作業者本人からみて、すべての要素について結合がうまくいかない場合、そこにエラーが
発生し得ることを示している。
このモデルは原子力から航空業界などまで広く使われており、今回はこのモデルをベース
に、システム運用過程における H-L、S-L、E-L、L-L 間におけるエラーを惹起する要素への
検討を進めることとする。
3.情報システム運用業務の概要
情報システムの運用は、大きくエンドユーザーがすべての管理を行うエンドユーザコン
ピューティングとそうでないもの、つまり情報システム部門などにより集中的に管理される
ものに分けられる。本稿では、後者をその対象とし、とりわけ運用に携わる人員をその対象
とする。
システムの運用は、大きく故障・性能監視、オペレーション、作業代行などに分類するこ
とができる。概要を表 2 に示す。
所報53号.indb 105
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106
研究ノート Research Note
表 2.システム運用業務の種別とその概要
業務名
概要
監視業務
死活監視、性能監視、温度監視などサーバの状態監視及びアラート業務
オペレーション
ログ管理、アカウント管理、ファイル更新などのオペレーション業務
リモートハンド
故障対応、バックアップ作業、テープ交換、パッチ適用などの作業業務
作成:三菱総合研究所
これらの業務は、主にコンソールを用いる業務とその他の機械、ツール、媒体に関する業
務に大別することができる。具体的には、監視業務・オペレーションはコンソール及びディ
スクなどの媒体、リモートハンドには、それらの他、ハードウエア、テープ、印刷紙、リボ
ンなどが加わる。
運用は、24 時間体制で行われる大規模な運用の場合、輪番制で常時数名が管制席に着座
し、業務に従事することとなる。
3.1 ヒューマンファクターの適用状況
原子力や航空関連のシステムなど一部の特殊なシステムを除いて、ヒューマンファクター
に関する検討や対応は、あまり活発に行われていないのが現状である。運用については、
ITIL * 1 や ISO20000 等システム運用に関するライブラリや規格が制定されているが、これ
らは運用の計画や実行全般に記述の重きが置かれており、個別の業務におけるヒューマン
ファクター的観点からの取り組みを広範に行うものではない。
3.2 ヒューマンファクターの適用の限界
ヒューマンファクターの視点による一般のシステム運用業務の分析においては、現実のシ
ステム運用が最低限の人員で運行され、かつ資金面においても限界があることを念頭に置く
必要がある。
原子力分野においては、事故発生時に根本原因分析が義務付けられており* 2、ヒューマ
ンエラーが原因だった場合にはヒューマンファクターによる原因分析が行われ、かつ対策が
水平展開されるが、これらの膨大な人的・資金的負担は現実のシステム運用においては一般
的ではない。
* 1
* 2
所報53号.indb 106
「Information Technology Infrastructure Library」の略
JEAC4111 等
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情報システムにおけるシステム外因子対策による可用性向上に関する考察
107
4.一般的な情報システムへの応用検討
4.1 ヒューマンファクターの考慮のあり方の検討
これまでの検討を踏まえた上で、一般的な情報システムにおけるヒューマンファクターの
考慮のあり方を検討する。
ヒューマンファクターの考慮が進んでいる既存の業界と比較して、一般的な情報システム
は以下のような特徴を有している。表 3 に概要を示す。
表 3.一般的な情報システム運用におけるヒューマンファクター的観点からの特徴
観点
差異
リソース
原子力、航空業界と比較して、人的・資金的余力に乏しい。少なくとも、事故発生時に根本原因分析を行い、
水平展開することは不可能である。
H-L 接点
主にコンソール(ディスプレイと標準的 qwerty キーボード、マウス)と外部 I/O のみであり、原子力、航
空業界と比較してシンプルな構成となっている。
SHEL の各接点
S-L 接点
クライアントからの業務仕様書に拘束されるが、これも大まかな手順や判断基準、情報のエスカレート先に
関する記述がなされるのみであり、詳細な手順が決定されているわけではない。
E-L 接点
業務におけるルールはあまり存在せず、ITIL や ISO20000 を導入しているケースでも、ルールベースでの
拘束があまり存在しない。
L-L 接点
各個人が担当する業務間に、技術的差異はあまり存在しない。
作成:三菱総合研究所
これらの特徴を総括すると、一般的な情報システムに対するヒューマンファクターの適用
に際しては、第一に、マンパワーが限られ外部への委託もままならない状態で利用可能な簡
易なツールとして整備する必要があり、第二に、重要な接点を絞り込んだ上でオペレーショ
ンミスが発生しやすいポイントに対する原因分析と対策を一度に検討できるものである必要
があることがわかる。
4.2 ヒューマンファクターツールの開発
以上の検討を踏まえ、一般的な情報システムにおいて実務で使用可能なヒューマンファク
ターツールの開発を行った。表 4 に、テープバックアップ媒体交換作業を例に、その概要を
示す。
ツールは、「分析部」と「対策部」、「管理部」の 3 つの構成要素から成り立っている。
まず、分析部においては、作業者を中心として SHEL のそれぞれの接点が具体的にどの
ようなものか、そして発生し得る問題はどのようなものかをまとめることを意図している。
実際には、H-L 接点がかなり絞り込まれるため、これらの分析をもとにインターフェースご
とのマニュアルなどへまとめることが可能になる。
次の対策部、管理部では、問題点をベースに考えられた対策案、そしてその実施の有無、
有効性の評価が行えるようにしている。実施しない対策案を記述する理由としては、アイデ
所報53号.indb 107
10.5.18 1:43:22 PM
108
研究ノート Research Note
アベースで想起された対策を散逸することなく、実際の対策が有効でなかった際の代替案や
別の対策へのアイデアとして記録するためである。また、管理部については、定期的な有効
性の評価と、その結果、対策の修正が必要な場合はその修正の履歴を残すことにより、分析
から対策までを一通りに可視化することを目的にこのような構成としている。
表 4. 簡易ヒューマンファクターツール(SHFT)– テープバックアップ媒体交換作業の例(抄)
分析部
No
プロセス
観点
接点
(物、ルール、
人など)
管理端末、テープ
管理端末
問題点
1
H-L
入力デバイス
1
バック
アップ
ジョブ
終了確認
2
マウス、ENTER キー先行入力によるジョ
ブ自動開始
C
C
実施の
有無
確認頻度
評価日時
有効性
評価
対策の
修正
メッセージナン
バー確認
実施
その都度
2005.2.26
有効
なし
先行メッセージ
の常時削除
実施
ジョブ開始前
2007.5.6
有効
なし
対策案
B
C
・
・
・
・
・
・
・
3
背面印刷劣化による読み取りミス
C
C
・
・
・
・
・
同一番号テープの別ジョブラックへの挿入
B
B
・
・
・
・
・
・
ジョブ確認ルール
1
ジョブ確認ルールが不明確で、先行ジョ
ブ終了確認が担当者により異なる
C
C
・
・
・
・
・
・
テープ確認ルール
2
同一番号を持つテープラックが存在して
いる(1-H-3 の背景原因)
・
・
・
・
・
・
・
・
1
照度不足で読みまちがいの発生
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
S-L
2
メッセージ重複時の確認漏れの虞
管理部
4
テープラック
テープ
交換作業
対策部
リスク
リスク
発生
評価
頻度
E-L
作業環境照度
L-L
夜間帯作業の確認
者不存在
2
・
・
・
1
・
・
・
H-L
・
・
・
・
・
S-L
・
・
・
・
・
E-L
・
・
・
L-L
H-L
3
バック
ヤード
作業
S-L
E-L
L-L
H-L
4
送付手配 /
警送会社
手交
S-L
E-L
L-L
作成:三菱総合研究所
5.結び
本ツールは、ヒューマンファクター的分析を最低限の労力と事前の知識で作成できるよう
に工夫されている。一般的な情報システムは、運用に関わる人員が少人数であり、かつ使わ
れるツールが PC ベースのコンソールなど汎用ツールを用いられているために、本ツールで
抽出された問題点や対策がかなり収斂されることが想定される。
しかしながら、本ツールの使用により、既存の業務計画書や作業指示書などで記載が不完
全な箇所や、媒体のナンバリングや管理ツールのボタン配置などで使いにくい、つまりエ
ラーが発生しがちなポイントを包括的に拾い上げることが可能になると考える。
参考文献
[1]
F.H. Hawkins:Human Factors in Flight, 2nd ed ., Avebury Technica(1993).
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情報システムにおけるシステム外因子対策による可用性向上に関する考察
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110
研究ノート Research Note
研究ノート
基幹情報システム投資のマネジメントと
効果創出
小橋 渉 中西 祥介
要 約
企業の組織能力と IT 投資レベルの組み合わせが企業業績に影響し、組織能力が
高ければ IT 投資を行って成果を引き出す、すなわち効果を創出することができる、
とされてきた。また、組織能力が低い場合には、先に組織能力を高める投資(組織
投資)を行ってから、IT 投資に取り組むことが望ましいとされている。
これまで、IT 投資の効果は、情報システムによる支援を直接提供する業務の改善
や、在庫削減等の事業上の効果といった「狙う結果」によって測定されてきた。一
方で、現実に情報システム整備を行うと、情報システムのユーザである人材/組織
が情報システムから提供されるデータを読み解くことで学習し、組織能力が向上し
たことにより「意図せざる結果」としての事業上の効果が生まれることが多い。
本稿では、情報システム投資にあたって、組織能力の継続的な向上と、能力が向
上した組織により「意図せざる結果」としての効果を持続的に生み出すための仕掛
け作りについて論考する。
目 次
1.背景と目的 – 情報システム投資と「意図せざる結果」
2.業務機能の括りとしての組織とその能力
2.1 組織能力とは
2.2 分業と調整としての組織
2.3 情報からの価値創造と行為を通じた学習
3.メーカー A 社における SCM(サプライチェーンマネジメント)プロジェクト
3.1 メーカー A 社における SCM プロジェクトのプロフィール
3.2 A 社における SCM プロジェクト活動の成果
3.3 SCM への取り組みを通じた組織の変遷
3.4 考察
4.結論
所報53号.indb 110
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基幹情報システム投資のマネジメントと効果創出
111
Research Note
How to Manage to Invest in Enterprise
Information Systems and Emergence of
Return
Wataru Kohashi, Shosuke Nakanishi
Summary
Performance of a company is related to both the organizational ability
and the amount of information technology investment. If a company has a
high organizational ability, it has been considered that the company is able
to invest in IT successfully and obtain sufficient returns. On the other hand,
if the organizational ability of a company is low, it is recommended that the
company makes investment to improve its organizational ability (organizational
investment) before they invest in IT.
Outcomes of IT investment have been measured by the achievement of
“intended consequences,”for instance, improvement of operations for which
support through the information system is directly provided or improvement
of business performance such as inventory reduction In the meantime, the
information system is actually implemented and deployed, the individual and
groups who operate the system for its intended purposes learn through analysis
of data provided by the information system. As a result, the organizational ability
is improved and positive business outcomes are often obtained as“unintended
consequences.”
In this paper, for investment in information systems, the implementation of
a mechanism in which organizational ability can improve continuously and
an organization with improved ability can sustainably produce outcomes as
“unintended consequences”will be discussed.
Contents
1.Background and Purpose−Investment in Information Systems and“Unintended
Consequences”
2.The Organization as its Integrated Operation Functions and its Ability
2.1 What is Organizational Ability?
2.2 The Organization as Division of Labor and Coordination
2.3 Creation of Value from Information and Learning through Action
3.SCM (Supply Chain Management) Project of Manufacturer“A”
3.1 Profile of SCM Project at Manufacturer“A”
3.2 Result of SCM Project Activities at Manufacturer“A”
3.3 Changes of the Organization through Efforts on SCM
3.4 Consideration
4.Conclusion
所報53号.indb 111
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112
研究ノート Research Note
1.背景と目的 – 情報システム投資と「意図せざる結果」
基幹情報システム投資による経営施策の効果創出は、企業の組織能力と関係があることが
知られている。平野[1]をはじめとするこれまでの研究で、「組織能力が高い」企業が情報
システム投資を行うことで情報システムを使いこなして、狙った効果=「意図した結果」を
創出することができるとされてきた。一方で、「組織能力が低い」企業は、組織能力を高め
てから情報システム投資を行うことが推奨されている。では、「組織能力が低い」とされる
企業における情報システム投資は無駄であろうか? また、組織能力を高めるために情報シ
ステム投資を行うという考え方はないのであろうか?
筆者らの経験では、情報システムの導入から数年が経過すると、情報システム投資のタイ
ミングでは企図していなかった効果が現れ、持続的な成長を実現しているケースが少なくな
い。これは、情報システムのユーザである人材/組織が、導入した情報システムから提供さ
れるデータを読み解くことで学習して、組織能力が向上し、「意図せざる結果」として事業
上・業務上の効果が生まれていることを示唆している。
本稿では、情報システムを継続的に活用しながら、「意図せざる結果」を含めた効果を持
続的に生み出してきた事例を対象に、組織能力の向上過程の検証を行う。次いでこの検証を
踏まえ、情報システムを活用しながら組織能力を向上し、「意図せざる結果」を創発する仕
組み作りの手法を論考する。この手法は、「データ」とその「読み手」を識別し、データの
構造化・可視化と組織における「調整機能」を定義して、その整備を情報システムの企画・
整備時に計画に織り込むというものである。そうすることにより、情報システム導入後に、
ユーザは情報を読み解く能力を向上し、意図せざる結果の創発につながる。
なお、本稿で論じる手法は、オペレーションで集積された情報を収集・加工して意味を見
出すデータマイニングや BI ツールの概念とは異なる。オペレーションと管理の現場にいる
実務者にとって意味のある情報を提供するために、オペレーションの中で収集する情報その
ものを再定義して基幹情報システムを構成すること、また、その情報の意味を実務者が理解
し、「意図せざる結果」を創発することを狙うものである。
2.業務機能の括りとしての組織とその能力
2.1 組織能力とは
組織能力については、さまざまな定義がなされている。一般には、その獲得は容易ではな
いが、いったん獲得すると「競合他社がまねしにくい」(模倣困難性が高い)という特徴が
知られている[2]。
本稿では、情報システムを使いこなすという観点から、組織の情報活用能力・意思決定能
力を表す指標として提唱されてきた、「組織 IQ」において示される以下の 5 つの組織特性に
着目したい[1][3]。
所報53号.indb 112
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基幹情報システム投資のマネジメントと効果創出
113
組織 IQ における組織特性
①外 部情報感度(EIA:external information awareness):企業の環境変化をもたら
す主要な要因である、顧客ニーズ、技術動向、競合の動きなどの情報を、迅速かつ
正しく把握している
②内部知識流通(IKD:internal knowledge dissemination):水平的流通・垂直的流
通・学習による知識流通がなされ、組織内各所が必要な情報や知識を適切なタイミ
ングで得ている
③効果的な意思決定機構(EDA:effective decision architecture):十分な情報と見通
しを立てられる人物によって有効な意思決定が行われるように、効率的に権限配分
された仕組みが作られている
④組織フォーカス(OF:organizational focus):組織の複雑化を避け、また、情報処
理の負荷を抑えるため、事業ドメイン・市場やそれに対応する業務のバリエーショ
ンがコントロールされている
⑤継続的革新(CI:continuous innovation)* 1:組織や階層の壁を越えて、事業遂行
能力を継続的に革新・改善する仕組みができている
筆者らは改革・改善による事業上・業務上の効果を享受しつつ、組織能力の育成を念頭に
置いた活動をお客様とともに推進してきた。その中では、上記の各組織特性の現状水準を踏
まえた上で、各組織特性が向上する順序や関係性を推定し、実施の前提や制約・関係性を考
慮した施策群を立案している。
2.2 分業と調整としての組織
企業活動は、構成要素である組織によって各種のリソースを使って実行される。すなわ
ち、ビジネス成果を上げるための各業務機能を、各組織が連携(「調整」)しながら分担して
(「分業」)企業活動は実行される。このため、これまでの研究(沼上[4])により、一般的
に組織と呼ばれるものの特徴は、基本的に「分業」と「調整」の 2 つであるとされている。
さらに、分業は、「考える」ことと「実行する」ことを分離する「垂直分業」と、経済原
理を追求するための「水平分業」があり、いずれも近代以降の企業経営における組織設計の
基本となっている。「水平分業」においては、特に機能別の分業を行うことで、能力に応じ
て経済的なスタッフィング、専門性の向上と習熟による効率化、自動化や機械化を進めるこ
とが可能となる。
分業を行うと、「調整」の機能設計が必要となるが、その中で最も基本的なものが事前の
*1 発 表 当初、 参 考文 献[3] の 組 織 IQ の第 5 項目は、
「 ⑤ 情 報 時 代のビジネスネットワーク(IBN:
information-age business network):パートナー企業との協業の中で①〜④の原則を共有している」で
あったが、現在ではパートナー企業との協業によりサプライチェーンやバリューチェーンを構成することが
一般化したため、
「継続的革新(CI)
」が採用されている。
所報53号.indb 113
10.5.18 1:43:22 PM
114
研究ノート Research Note
調整手段である「標準化」と、事後的な調整手段である「ヒエラルキー(階層制)」である。
業務を「インプット→処理プロセス→アウトプット」の連続とみなした場合、「標準化」は
処理プロセスの標準化からスタートして学習が進み、次第に、不確実性への対処にすぐれて
いて管理負担の小さいアウトプットコントロールに移行していくことが多い。「調整」を効
果的に機能させるためには、図 1 に示すように「ヒエラルキー」における情報処理負荷の削
減と、情報処理能力の拡充が重要となる。
図 1.組織の分業と調整の形態
(a)垂直分業
(b)水平分業
分業
考える
実行する
製造 販売
調整の基本モデル
組織
①標準化
(1)
プロセス
(2)
アウトプット側面
(3)
インプット
調整
②ヒエラルキー
(1)管理の幅の増減
(2)例外処理能力向上
・自律的職場集団
・管理者開発
・スタッフの設置
(3)
グルーピング
・戦略的に必要な相互
依存関係の優先
・準分解可能システム
(事業部制)
⑥情報技術への投資
③環境マネジメント
情報処理負荷削減
(環境への能動的働きかけに
よる調整の必要性削減)
④スラック資源活用による
組織内相互依存関係の緩和
⑥情報技術への投資
情報処理能力拡充
⑤水平関係の設定
作成:参考文献[4]をもとに三菱総合研究所
情報システムによる業務組織の支援が有効な領域の 1 つは、標準化を強制し自動化を実現
する手段としての情報システムである。もう 1 つは、例外的な事態が発生した場合にヒエラ
ルキー組織が対応を決断したり* 2、調整機能を担う組織が判断を行ったりする際の情報処
理能力の拡充のために導入する、情報提供手段としての情報システムである。
2.3 情報からの価値創造と行為を通じた学習
加護野[5]も指摘しているように、企業で扱う情報のほとんどは、直接価値のある(直
接的な充足価値を持つ)情報ではなく、その情報を使った行為を行うことではじめて価値を
生むことのできる潜在価値しかない情報である。また、情報システムに蓄積されたデータ
は、その意味が引き出されて(意味が発見されて)情報となり、その情報をもとにアクショ
* 2
スタッフ機能が担っていてもよいが、情報システムはこの情報流通機能を自動化し垂直方向の情報流通
を強化する働きがあるとされている。
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基幹情報システム投資のマネジメントと効果創出
ン(行為)をとることではじめて価値につながる(図 2)。
ここで、データから意味を発見するためには、組織またはその構成要素である業務機能/
個人がその能力を有することが必要である。また、アクションをとるためには、判断能力と
調整・統合能力を有することが必要である。これらの能力は、行為による学習を通じて伸長
する。すなわち、収集されたデータは、解釈を繰り返すことではじめて意味が定義され、潜
在価値のある情報となる。また、次の価値創造段階では、アクションをとるためのオペレー
ション基盤や意思決定権限が整備されることにより、はじめて情報にもとづいた実行がなさ
れ、それを通じて価値創造が実現される。
図 2.情報からの価値創造のステップ
行為を通じた学習(独自情報の蓄積、能力の向上、経営成果の創発)
情報収集ステップ
意味発見ステップ
潜在的な価値を持つデータ
を取捨選択・整理・蓄積し、い
つでも検索し伝達できるよ
うにする
収集したデータから意味を
引き出す
※情報の連結によって意味が
発見されるので、人間(個
人)・組織が重要な役割を
果たす
アクション
(情報からの価値創造)
情報の持つ意味をもとにア
クションをとる
※実行の観点から、人と人、組
織と組織、企業と企業の関
係性が重要な役割を果たす
オペレーション基盤
実行力
意思決定権限
(組織の分権化)
判断能力
能力
(個人・組織)
意味発見能力
情報
システム
データ
調整・統合能力
情報
情報
意味
意味
データ
データ
作成:参考文献[5]をもとに三菱総合研究所
図 2 に示した一連の構造から、情報システムは、組織が業務を遂行するために必要な支援
(自動化/標準化の強制/データの提示)を提供するイネーブラとしての存在だけでなく、
意味解釈の主体である人間との相互作用を生じさせ、組織能力(情報を使いこなす能力)を
向上させていくという駆動力のある存在であることが示唆される。
3.メーカーA社におけるSCM
(サプライチェーンマネジメント)
プロジェクト
3.1 メーカー A 社における SCM プロジェクトのプロフィール
情報システムを有効活用しながら、「意図せざる結果」を含めた効果を持続的に生み出し
てきた事例として、メーカー A 社における SCM(サプライチェーンマネジメント)プロ
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研究ノート Research Note
ジェクトを取り上げ、情報システム投資による組織能力向上の過程を検証する。
プロジェクトの背景、目的、達成目標と取り組み施策を、表 1 に示す。
表 1.メーカー A 社における SCM プロジェクトのプロフィール
背景
・市場全体が成熟する中、経営効率向上と収益力強化が必要とされた
・物流・生産等の基幹業務システムが老朽化し、情報システムの再構築が必要とされた
目的
SCM の導入により、過剰在庫・欠品を抑止するとともに、業務効率化を図る
達成目標
「在庫の削減(棚卸資産回転率の向上)
」と「品切れの削減」の両方を同時に実現する
BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)
下記をはじめとしたサプライチェーン全体を調整・統合する機能のオペレーションの設計
・需給管理(販売計画・在庫計画・生産計画の立案・調整等)
・在庫管理(物流センターごとの在庫管理、在庫逼迫時の供給コントロール等)
・物流管理(配車・配送計画の立案、出荷指示、納期管理等)
・生産管理(工場の負荷調整、生産実行計画立案・指示、MRP、原材料調達・管理等)
情報システム整備
(プロジェクト開始 3 年目に稼働)
取り組み
・生産システムの再構築
施策
・SCP(サプライチェーン・プランニング)パッケージの導入
・過去発売品の需要実績データを可視化し、SCP パッケージでの予測が困難な、新製品発売直後における需要予測を支援す
るツールの整備(注)
(プロジェクト開始 4 年目に稼働)
・販売管理(販売・物流)システムの再構築
(受注データ、出荷データ、在庫データの一元化を実現)
注:
「需要予測支援ツール」は、プロジェクト開始時に作成した情報システム整備計画に含まれていなかったが、需給管理機能の BPR 活動(過去
発売品の需要分析・考察にもとづくオペレーション設計)の成果をツール化したいという要望に応え、システム開発を行った。
作成:三菱総合研究所
3.2 A 社における SCM プロジェクト活動の成果
このプロジェクトでは、システムが稼働(3 〜 4 年目にかけて順次稼働)した後、1 〜 2
年間の習熟期間を経て、5 年目に投資時に意図した目標を達成している。特に品切れ水準に
ついては、大きな改善がみられ、目標水準を大きく上回った(表 2)。
表 2.プロジェクト活動の成果
在庫の削減(棚卸資産回転率の向上)
品切れの削減
計画達成率(注 1)
品切れ水準(注 2)
(品切れ件数の相対指標)
1 年目
100%
2 年目
105%(計画達成)
3 年目
84%(計画未達)
-
4 年目
84%(計画未達)
3.68
5 年目
99%(ほぼ計画達成)
0.19
-
1.00
注 1:SCM プロジェクト開始当初に計画した目標水準と実績値の比較
注 2:過去最低水準の品切れ水準と比較
作成:三菱総合研究所
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基幹情報システム投資のマネジメントと効果創出
3.3 SCM への取り組みを通じた組織の変遷
表 3 に SCM への取り組みを通じた、業務機能を括る単位としての組織とその組織の能力
変化を示す。
表 3.SCM への取り組みを通じた組織の変遷
組織の能力
業務機能を括る単位
需給管理
1 年目
在庫管理
2 年目
3 年目
生産管理
物流管理
生産
物流
< SCP パッケージ導入と生産システムの再構築完了>
需給管理
・需給管理機能を独立組織として分離
<続けて、販売管理システムの再構築も完了>
4 年目
・需要予測支援ツール(過去発売品の需要実績の可視化)によって、営業・
マーケティング・生産・需給管理の部署間における予測ノウハウの可視化・
共有化が図られ、組織の需給調整能力は着実に向上
在庫管理
生産管理
物流管理
生産
物流
・販売管理システムの再構築による、受注・出荷・在庫データの一元化と、
需給管理
需給管理機能における業務運用(特に、全社レベルの在庫水準管理)レ
5 年目
・需給管理機能と在庫管理機能を同一組織に統合
・全社レベル・物流センターレベル両方の在庫水準最適化を考慮した需給
管理業務のノウハウが蓄積され、組織の需給調整能力がさらに向上
6 年目
在庫管理
ベルが向上
生産管理
物流管理
生産
物流
・サプライチェーン全体での需給調整能力が着実に向上
需給管理
・新業務の運用定着に伴い、物流管理能力向上と物流機能における業務効
在庫管理
率化が進展
7 年目
・上記のように、需給管理・在庫管理・物流管理・物流の各機能における
能力向上及び業務標準化の進展を受け、各機能を同一組織に統合し、サ
プライチェーン全体のロジスティクス管理を行う
生産管理
物流管理
生産
物流
需給管理
・新業務の運用定着に伴い、サプライチェーン全体でのロジスティクスコ
ントロール能力向上と物流機能の業務効率化が進展
8 年目
・さらなる業務効率化とコスト削減の実現に向け、業務の標準化が進展し
ている物流機能において、外部能力(パートナー企業の能力)を有効活
生産管理
在庫管理
生産
物流管理
用することを検討
物流
作成:三菱総合研究所
3.4 考察
組織 IQ における組織特性の視点から、A 社の組織能力の変遷を考察する。
( 1 )3 年目 –「②内部知識流通(IKD)」
「③効果的な意思決定機構(EDA)」
の向上
3 年目の「SCP パッケージの導入」「生産システムの再構築完了」を契機に、需給管理機
能が独立組織として分離された。これにより、情報を提供する仕組みと、意思決定の権限の
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研究ノート Research Note
適切かつ効率的な配分が実現された。このような明確な機能分化と組織的な独立を可能とし
た要因として、業務の標準化や役割遂行の確実性を高めることにより、業務運用能力が向上
したことがあげられる。
( 2 )4 年目 –「②内部知識流通(IKD)」の向上
4 年目の「販売管理システムの再構築完了」を契機に、受注データを含む必要かつ十分な
情報の流通が実現された。また、需給管理機能によって意味が発見されたデータの可視化
と、需要予測支援するツールの整備を通じて、予測ノウハウの組織間共有が図られた。
このような内部知識流通(IKD)の向上と、需給調整業務を通じた学習によって、組織及
び担当者の調整・判断能力が、格段に向上した。
( 3 )5 年目 –「③効果的な意思決定機構(EDA)」の向上
需給管理機能における業務運用レベルの向上を受け、需給管理機能と在庫管理機能を同一
組織に統合している。
これにより、需給判断機構の効率化を実現する。同時に、全社レベル・物流センターレベ
ル両方の在庫最適化を考慮した需給調整業務を通じた学習によって、組織・担当者の調整・
判断能力の向上を実現している。また、この段階で、情報システム投資時の「意図した結
果」である、在庫削減目標をほぼ達成した。
( 4 )6 年目、7 年目 –「③効果的な意思決定機構(EDA)」の向上
5 年目に、情報システム投資時の計画における目標を達成した。その後、サプライチェー
ン全体での需給調整能力の向上、新業務の運用定着に伴う物流管理能力の向上、物流業務の
効率化など、各機能における能力向上及び業務効率化の進展を受け、各機能が同一組織に統
合された。
これにより、サプライチェーン全体でのロジスティクス管理が実現され、需給判断機構の
効率化が進展した。
また、このことは、需給管理業務の対象領域が、ロジスティクス全般へ拡大したことを意
味し、
(3)と比較すると調整・最適意思決定・解決の対象となる問題領域が広くなっている
(問題の質が変容している)と捉えることができる。これは、データの「読み手」である需
給管理・在庫管理・物流管理・物流の各組織が、ロジスティクス全般の問題領域を発見し、
アクションをとったことを示唆している。
( 5 )8 年目 –「①外部情報感度(EIA)
」
「④組織フォーカス(OF)
」の向上
サプライチェーン全体のロジスティクス管理に関連する機能が同一組織に一元化されたこ
とで、物流領域における外部情報感度の向上が実現されるとともに、業務を通じた学習によ
る組織の調整・統合能力向上と標準化による物流業務の効率化が進展した。
また、情報システム投資時には意図していなかったことであるが、物流機能のさらなる効
率化とコスト削減の実現に向け、外部能力(パートナー企業の能力)の有効活用を検討して
おり、このことは業務機能配置と企業間境界の変更を創発する動きと捉えることができる。
所報53号.indb 118
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基幹情報システム投資のマネジメントと効果創出
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( 6 )現在 –「⑤継続的革新(CI)」
表 3 に示された間断ない在庫・品切れの削減に向けた活動と、現在検討されているパート
ナー企業との協業を視野に入れたさらなる物流コストの削減を狙った活動から、事業遂行能
力の継続的な革新・改善が企業活動の中に定着しつつあると捉えることができる。
4.結論
情報システムの企画・整備にあたって、企画立案者・承認者がユーザとしての組織能力の
現状を踏まえた上で、順序や関係性を推定しつつ、組織能力を段階的に向上させる仕組みを
計画に織り込むことの重要性と、組織能力向上によって「意図せざる結果」を創発させる仕
組みを作り込むことの有効性が認識された。このことは、「組織能力が低い」とされる企業
においても、組織能力を高めるための仕組みを織り込んだ投資であれば、必ずしも情報シス
テム投資は無駄とはならない可能性を示唆している。
また、上記は「意図した結果」の投資対効果のみを判断の基準として情報システム整備の
可否を論じていては、企業としての持続的成長の過程の中でそのイネーブラ、また、組織能
力向上の駆動力となる情報システムの整備タイミングを逸する可能性があることも示唆して
いる。
情報システム整備の計画時に、組織能力向上によって「意図せざる結果」を創発させる仕
組み作りの手法を図 3 に示す。この仕組みは、
「読み手」と「データ」を識別し、駆動力を作
り込むことで、行為を通じた学習による能力向上と「意図せざる結果」の創発を促す*3。こ
の仕組みを作る上で重要な点は、事業の観点から重要な「データ」を識別することと、「読
み手」となる調整機能と意味発見の能力を有する個人を特定することにある。意味発見の能
力を有する個人を核として、組織能力を構築する中で、組織員へのスキル・ノウハウの伝達
も行われていく。
また、潜在的な価値のある「データ」が収集され蓄積されていることが、行為を通じた学
習の前提となるため、駆動力作りの論点が「データ」構築に集中する傾向があるが、業務機
能・情報・オペレーションの関係性を体系化し、「意図せざる結果」を早期に発見し、機能
展開していくための場造り(調整機能の設計)をしておくことが重要である。
今後の課題として、実際の投資判断における「意図せざる結果」の考慮の方法や、システ
ム整備計画の中での体制作りにおいて「意味発見能力が高い個人」を体制に入れることによ
る短期的な機会損失等を踏まえた合意形成を実現する方法を確立することがあげられる。
* 3 「<STEP1>「読み手」と「データ」の識別」の段階で、
「読み手」たるユーザを識別し、オペレーションの
中で収集する情報そのものを再定義した上で、
「<STEP2> 駆動力作り」の段階において、オペレーション
と管理の現場にいる実務者にとって意味のある情報を提供する基幹情報システムと組織構造を作り込む。
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研究ノート Research Note
図 3.組織能力を向上し「意図せざる結果」を創発する仕組み作りの手法
<ST E P1>「 読 み 手 」と「データ」の 識 別
①「読み手」の識別
1)
データの読み手となる
「調整・統合機能」の識別
2)
「意味発見能力」が高い「個人」の識別
②「データ」の識別
1)組み合わせ及び意味付けによって有益な情報になるデータの識別
2)個人・組織の「判断能力」
「調整・統合能力」の向上に寄与する可能性のあるデータの識別
<ST E P2>駆 動 力 作り
① <STEP1>で識別した「データ」の構造化・可視化
② 調整機能の定義(水平関係の設置:生販調整会議等)
行 為 を 通じた 学 習
◆ 情報から価値を生むために必要な能力の向上
−
「意味発見能力」
「判断能力」
「調整・統合能力」
◆ 組織的活動を通じた「個人能力」の「組織能力化」
◆ 独自情報の蓄積
◆「意図せざる結果」の創発
−人間と情報システムの相互作用による効果
作成:三菱総合研究所
参考文献
[1]
平野雅章:『IT 投資で伸びる会社、沈む会社』,日本経済新聞出版社(2007).
[2]
藤本隆宏:「組織能力とは何か」,日本経済新聞(2002 年 1 月 28 日)(2002).
[3]
ヘイム・メンデルソン,ヨハネス・ジーグラー著,校条浩訳『スマート・カンパニー−e ビ
ジネス時代の覇者の条件』,ダイヤモンド社(2000).
[4]
沼上幹:『組織デザイン』,日本経済新聞社(2004).
[5]
加護野忠男:『<競争優位>のシステム−事業戦略の静かな革命』,PHP研究所(1999).
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基幹情報システム投資のマネジメントと効果創出
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研究ノート Research Note
研究ノート
e デモクラシーの動向と展望
〜再び注目が集まる e デモクラシー〜
米山 知宏
要 約
インターネットが一般的になってきた 1990 年代後半、政治や行政に対する不信
感も重なり、ICT を活用して住民が行政や政治に参画する e デモクラシー(電子
民主主義)の必要性が叫ばれるようになった。1990 年代後半から 2000 年代初頭に
かけて、多くの地方自治体では続々と電子会議室が開設され、一方で政治の分野で
は、選挙運動においてインターネットを活用することの是非が検討されるなど、e
デモクラシーに注目が集まっていた時期といえる。
それから約 10 年経った今、e デモクラシーという言葉はほとんど耳にすること
がなくなったが、行政における地域 SNS の活用や、政治における Twitter の活用
など、新しい動きが出てきたのも事実である。このような動きは、e デモクラシー
の実現に近づくものなのであろうか。
本稿では、民主主義に関する理論的研究を踏まえた上で、現在の e デモクラシー
の動向を整理し、あわせて e デモクラシーの今後のあり方について考察する。
目 次
1.背景と目的
1.1 ソーシャルメディアへの期待
1.2 本稿の目的
2.e デモクラシーの定義
3.民主主義の変遷
3.1 民主主義の形態の変遷
3.2 複数の民主主義形態、政治空間が混在する新しい民主主義
3.3 メディアの変遷と政治的コミュニケーションのコスト
4.e デモクラシーの新たな動き
4.1 民主主義の機能分類
4.2 e デモクラシー化に向けた動き
5.今後の e デモクラシーについての考察
所報53号.indb 122
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e デモクラシーの動向と展望 〜再び注目が集まる e デモクラシー〜
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Research Note
Trend and Prospects of E-Democracy
– E-Democracy Gaining Attention Again –
Tomohiro Yoneyama
Summary
In the latter half of the 1990s when the Internet began to spread, there was
distrust of politics and administration and an urgent need for e-democracy
(electronic democracy) where citizens’participation in administration and
politics using ICT began to arise. In the period from the latter half of the 1990s
toward the early 2000s, many local governments opened electronic forums
in succession and the rights and wrongs of use of the Internet in election
campaigns were argued in the field of politics. At that time, e-democracy gained
attention.
About 10 years later, now we hardly ever hear the word“e-democracy”
any more, but it is a fact that new trends such as the use of local SNS in
administration and use of Twitter in politics have been increasing. Are such
trends leading to the realization of e-democracy?
In this report, based on theoretical research about democracy, the current
trend of e-democracy is organized and considerations about what should
constitute future e-democracy are presented.
Contents
1.Background and Purpose
1.1 Expectation on Social Media
1.2 Purpose of This Report
2.Definition of E-Democracy
3.History of Democracy
3.1 Change of Forms of Democracy
3.2 New Democracy where Multiple Democracy Forms and Political Spaces
Co-Exist
3.3 Change of Media and Political Communication Cost
4. New trend of E-Democracy 4.1 Function Classification of Democracy
4.2 Movement toward Promotion of E-Democracy
5.Consideration of Future E-Democracy
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研究ノート Research Note
1. 背景と目的
1.1 ソーシャルメディアへの期待
2009 年 8 月末に行われた衆議院選挙は、政権交代が実現するかどうかが最大の争点とな
り、選挙前から多くの人々の注目を集めた。そのことは、投票率が 1993 年の衆議院選挙以
降最も高い約 69%だったことにも表れている。
また、今回の選挙は、2008 年のアメリカ大統領選でオバマ陣営が各種のソーシャルメディ
ア(SNS、Facebook、Twitter など)を活用して話題となったこともあり、国民のソーシャ
ルメディア(特に「Twitter」)を通じた政治への参画にも関心が集まった。
「Twitter」とは、ミニブログと呼ばれるシンプルなコミュニケーションツールである。
津田 1)によれば、
「インターネットを通じて 140 文字の『つぶやき』を不特定多数にリア
ルタイムに発信し、自分で選択した他人の『つぶやき』を受信するサービス」
(1)
,p.12)
で、日本では 2009 年から利用者が急増したコミュニケーションツールである。選挙の何か
月も前から、Twitter を活用することで政治のあり方も変えられるのではないか、と大きな
期待が集まっていた。特に、民主党の逢坂議員が 2009 年 6 月に議員勉強会や党首討論の様
子をご自身の感想を交えながら Twitter 上で情報発信したことが、大きなターニングポイン
トになったといえる。逢坂議員は、ネットと政治のあり方について以下のように語っている。
ネット上のコミュニケーションツールを万能とは思ってはいないが、生まれた時から携
帯やパソコンがある世代が育って来ている中で、政治をもっと身近に感じてもらうために
活用すべき有効な道具と捉えています。Twitter での呟きも、政治への関心の度合いが少
しでも高まってくれればという想いがある。また、いつどのようにして会議開催の日程や
内容が決まるのかなど、“国会の作法”のような表に現れにくい部分について、ネットで
どんどん答えていくことで、実際の国会を知ってもらえれば、より政治が身近に感じられ
。
自分のことになっていくのではないかと思う (2))
パンフレットなどの紙の広報物について、ネットにはない良さもあるので否定はしてい
ない。しかし、ネットと併用することによって、さらに相乗効果が高まるのではないか。
有権者にとってはチャンネルが広がることが大事で、また意見が述べやすくなるために、
政治に参加しやすくなるといったメリットもあるだろう。ネット上での炎上を心配する声
が大きいが、それはパソ通時代からも起こっていたこと。今の時代、こそこそ隠れてやる
よりも、バシッとやって「炎上したら仕方がない」という覚悟でやるしかない。マニフェ
ストも配る場所を決められているので、選挙期間中こそネット閲覧を可能にして、政策に
ついての論議がされるべきではないか。イラン大統領選挙でのネットや Twitter での動
きを見ていても感じることだが、社会運動をやる上で欠くべからざるツールとなっている
。
ネットの活用を止めるというのは、もはや非現実的だと思っている (2))
所報53号.indb 124
10.5.18 1:43:23 PM
e デモクラシーの動向と展望 〜再び注目が集まる e デモクラシー〜
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1.2 本稿の目的
インターネットのコミュニケーションツールを使って政治をよいものにしていくという動
きは、今回の Twitter に始まったことではない。今から約 10 年近くも前になるが、2000 年
前後に注目が集まっていた「e デモクラシー」は、まさに今回の Twitter と同じ期待を抱い
ていたものといえる。
「ICT(インターネットなどの情報通信技術)を使うことで政治・行
政と住民とのあり方を変えられるのではないか」「もっと質の高い民主主義が実現できるの
ではないか」と、大きな期待が集まっていた。しかし、それから 10 年が経ち、「e デモクラ
シー」という言葉はほとんど聞かなくなった。「e デモクラシー」というキーワードで本や
雑誌を検索してみても、2004 年辺りを境にほとんど出版されていない。これはどういうこ
となのだろうか。10 年前に期待していた「e デモクラシー」が実現されたということなのだ
ろうか。それとも、実現できていないままなのであろうか。
本稿では、上記の背景を踏まえ、ブームから約 10 年を経た現在の e デモクラシーの状況
を整理した上で、今後の方向性について提言を行う。
2.e デモクラシーの定義
「e デモクラシー」とは何なのか。e デモクラシーは、「e」と「デモクラシー」が組み
合わされた造語である。「e」は「electronic」の略であり「電子的な」という意味である。
「デモクラシー」は、第一義的には「民主主義」を意味している。単純に考えれば、e デ
モクラシーは「電子的な民主主義」ということになる。では、「電子的な民主主義」とは
何なのか。この言葉を漠然とした概念として捉えることは可能だが、同様の概念(サイ
バーポリティクス、e ガバメント、e ポリティクスなど)が数多く提起される中で、同様
の概念との関係性を含め、「e デモクラシー(電子的な民主主義)」という概念は必ずしも
明確な定義付けが行われてこなかった[1]。そのような状況の中で、岩崎[2]は、政治
システムにおけるインプットが e デモクラシーに、アウトプットが e ガバメントに対応す
るとして、政治システムのモデルを整理している。
図 1.政治システムの単純モデル
環境
インプット
国民や住民からの
要求・支持
意思決定
(インプットをもとに
アウトプットを生成)
環境
政策や法律の
決定、行為
アウトプット
環境
環境
作成:参考文献[2]をもとに三菱総合研究所
所報53号.indb 125
10.5.18 1:43:24 PM
126
研究ノート Research Note
本稿では、岩崎の定義を踏襲した上で、e デモクラシーとは、「ICT を活用して、立法・
行政・司法における『インプット機能(意思決定機能及び意思決定に必要な情報共有機能)』
をより民主的なものとすること」と定義する。ICT を活用することで、立法・行政・司法
の活動や情報がよりオープンになり、その情報をもとに国民が意見を言う場があり、さらに
は意思決定に積極的に関与できる機会が与えられていることが、e デモクラシーの理想的な
姿である。
定義の中で司法を対象に含めているのは、立法・行政・司法が国家の権力として規定され
ていることによる。もちろん、立法・行政・司法という 3 権力の中にも、民主主義の対象と
して馴染むものと馴染まないものとがあるのは当然だが、本稿の定義では、この 3 権を対象
としたい。
ところで、e デモクラシーのあるべき姿を考えるためには、民主主義に関する議論をしな
いわけにはいかない。e デモクラシーは、あくまでもデモクラシー(民主主義)の 1 つの実
現形態に過ぎない。民主主義が求められるのは、現在の ICT 時代が初めてではなく、過去
の歴史の中で何度もあった。本稿では、e デモクラシーを考えるにあたって、これまでの民
主主義の理論等も踏まえながら検討する。
3.民主主義の変遷
3.1 民主主義の形態の変遷
まず、これまでの民主主義の変遷について整理したい。民主主義については、長い間議論
されてきた実に多様な概念であり、画一的な整理は難しいが、本稿では、以下の岩崎[3]
の整理をもとに議論を進めたい。
表 1.民主主義の形態の変遷
時期
政体の種類
古代
現代
現在
民主主義の形態
政治空間
ポリス(都市国家)
直接民主主義
リアルスペース
メトロポリス
メガロポリス
議会制民主主義
リアルスペース
サイバーポリス
議会制民主主義
+
直接民主主義
リアルスペース
+
サイバースペース
出所:参考文献[3]
岩崎によれば、ポリスは古代の都市国家であり、メトロポリス・メガロポリスは現代の都
市国家とそれぞれ定義され、ポリスでは、「人々のフェース・トゥ・フェイスによるコミュ
ニケーションを前提とした直接民主主義」(3),p.19)が採用されていた一方で、メトロポ
リス・メガロポリスでは、
「選挙を通じて選ばれたエリートたちが国民を代表し政治的決定
を行う議会制民主主義」(3),p.19)が採用されてきた。
ここで、「直接民主主義」と「(上記の議会制民主主義を含む)間接民主主義」の定義につ
いて確認したい。本稿では「直接民主主義」を「コミュニティメンバー自身による意思決
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定」とし、「住民投票や国民投票など、政策決定を投票によって行う意思決定」だけでなく
「討議を通じた(投票によらない)意思決定」もその対象とする。一方「間接民主主義」は
「コミュニティメンバーの代表者による意思決定」とし、代表者(議員、首長など)による
政策選択の意思決定に加え、コミュニティメンバーが代表者を決定する意思決定も含めたも
のと定義する。
現在の日本では、議会制をベースとした間接民主主義が取り入れられている。国民が議員
を選出し、選出された議員が議会の中で政策を決定する。しかし、この間接民主主義が、民
主主義を実現していく上で完璧なものではないことは明白である。まず、国民がある政党・
候補者を選択する際に、その政党・候補者の主張する政策すべてに同意できるケースはきわ
めて希である。多くの場合、この政策については賛成だが別の政策については反対という中
で、妥協的な意思決定をしているというのが実情である。また、国会議員の任期も問題にな
る。衆議院は 4 年、参議院は 6 年の任期だが、この間も社会情勢は刻々と変化している。国
民の代表者である政党や議員が、当初約束していた政策とは別の政策を実現してしまうケー
スもあるし、国民側のニーズが変化しているのに、政府側が選挙時のマニフェストに固執す
ることで民意とのずれが生じるケースもあり、「適切な民意の反映」という点で問題がある。
今井 4)は、このような問題を解決するものとして、「直接民主主義」の意義を以下のよ
うに主張する。
本来、民主主義は、市民が自分たちに関わることを自分たちで決めるという自己統治を
意味する。だから、市民が自ら考え、議論をした上で、事がらの決定をする直接民主制こ
そが、民主主義の基本なのである (4),p.184)。
これまで、直接民主主義に関する議論には、賛否両論さまざまな意見があった。今井に代
表されるような直接民主主義を肯定する意見もあれば、一方でその制度的な問題を指摘する
ものもある。イアン・バッジ[4]も、直接民主主義に対する擁護論/反対論を「参加」「実
現可能性」「多数派の専制」「一般市民の能力」「一般市民と専門家とのバランス」「少数派へ
の対応」などの観点で整理しているが、どの観点においても明確に優劣をつけられてはいな
い。結局、制度とその制度が引き起こす結果との因果関係を立証することは非常に難しく、
理念的な正しさをもって戦わせることしかできないのである。
3.2 複数の民主主義形態、政治空間が混在する新しい民主主義
岩崎は、古代のポリスにおける「直接民主主義」、現代のメトロポリス/メガロポリスに
おける「間接民主主義」に続く新しい政治形態を「サイバーポリス」と名付け、リアルス
ペースとサイバースペースという 2 つの空間が存在する中で(それらはそれぞれ独立し、自
己完結的に存在しているのではない)、間接民主主義と直接民主主義とが両立した政治形態
と位置付けている。それは、直接民主主義と間接民主主義のどちらがすぐれているかという
議論を超えた、新しい政治形態の実現につながる可能性があるものである。
イアン・バッジ[4]は、以下のように、直接民主主義と間接民主主義とが両立できると
した上で、直接民主主義が実現した場合、議会が新しい役割を担うようになる可能性がある
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ことを指摘する。
直接民主政* 1 の本質的な特徴は、現存する代表民主政も含めて、多くの種類の制度配
置と両立する (5),p.47)
最も重要な決定を直接投票によって行うということが、議会が廃止されなければならな
いということを必ずしも意味しないことである。議会はさまざまな役割をなお保持するで
あろう。議会は、市民による投票に付される政策選択肢の文言を議論し、それを起草する
機関として存在することもあるであろう (5),p.46)。
つまり、直接民主主義の実現は、議会による間接民主主義を否定するものではなく、両者
が両立することでより質の高い民主主義が実現できる可能性を示している。
長い間、シュンペーターに代表される「競合」をベースとした民主主義理論と、ルソーに
代表される「参加」をベースとした民主主義理論は議論を戦わせてきた。「競合」を重視す
る民主主義論者は、選挙の機能を重視し、国民が参加できる手段は代理人たる議員を選択す
る投票のみとなる。一方で、「参加」を重視する民主主義論者は、「競合」を重視する民主主
義がエリート主義的であり、国民の政治参加の機会が限定されている点を批判してきた。し
かし、間接民主主義と直接民主主義が両立する新しい民主主義は、リアルスペースとサイ
バースペースとが混在する空間において、「競合」か「参加」かという二者択一の議論を超
越することが期待される。まさに、政治参加の多様化につながるものである。実際、既存の
民主主義の形も、必ずしも競合民主主義と参加民主主義のどちらかに二分されるものではな
く、各社会の特性に応じて、適宜、両者を融合させながら、自らの民主主義を作っている。
日本においても、議会による間接民主主義をベースとしながらも、憲法改正時における国民
投票や地方自治体における住民投票にあるように、直接民主主義の機能も盛り込んだ制度設
計となっている。もちろん、住民投票に関しては、制度としては構築されているものの、住
民投票を実現するハードルの高さなどを理由として、住民の民意を反映できる仕組みになっ
ていないという指摘もある。そのため、十分な「参加」が保証されているかといえば疑問は
残るが、国民投票・住民投票が制度としてあるという点においては、直接民主主義の要素も
ゼロではない。まさに、政治参加の手段と場所の多様化を進めるものとして、複数の政治制
度(間接民主主義と直接民主主義)、複数の政治空間(リアルスペースとサイバースペース)
が融合する新しい民主主義は期待されているのである。
3.3 メディアの変遷と政治的コミュニケーションのコスト
このように、時代によって形を変えてきた民主主義だが、民主主義制度を含む社会制度を
コミュニケーションの視点から考えれば、社会的制度はいかに社会にもたらされる便益を低
* 1
引用文献 5)の中では『民主政』と記載されているため、引用部分はそのままの記載とするが、本稿の
中では『民主主義』と記載している。
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下させることなく、またはその低下を最小限に食い止めながらも、社会において増大するコ
ミュニケーションコストを軽減するかという目的で設計されたものといえる。言語ルール、
法制度、組織、慣習など各種の社会制度が社会の中で共有されることで、ある存在がある存
在に対して意思を伝えたり、行動をしたりする際のコミュニケーションコストが軽減され
る。直接民主主義と対比される形で批判されることの多い間接民主主義も、まさに、政治の
質を維持しつつ、政治的コミュニケーションのコストを軽減させることを目的とした制度で
ある。もちろん、そのような純粋な目的だけではなく、権力者側が自分達の権力を維持した
いがために間接民主主義を構築しているという可能性も否定はできないが、コミュニケー
ションコストの軽減につながることは事実である。
現代の社会全体において、政治的コミュニケーションのコストが増大した要因としては、
メディアの発達によるところが大きい。人間が発明してきたメディアには、「情報を運ぶメ
ディア」と「ヒト・モノを運ぶメディア」の大きく 2 つがある。新聞、ラジオ、テレビ、イ
ンターネットという「情報を運ぶメディア」の発達により、人が認知する社会の範囲はます
ます広大になるとともに、情報が伝達されるスピードは早くなる一方である。また、道をは
じめ、車、電車、飛行機という「ヒト・モノを運ぶメディア」の発達は、広範囲での人と人
との交流、モノの行き来を容易にした。この結果、人が認知する社会は広大になり、人と人
とのコミュニケーションパスを増大させる。
宮本[5]が書いているように、以前の村では、村の取り決めを行う場合に、参加者が納
得いくまで数日間続けて話し合いが行われるというが、少ない関係者によって固定化された
コミュニティだったからこそ、一同が 2 〜 3 日間ずっと時間を共有し、コミュニティ内の課
題について議論することが可能であった。そこが彼等にとってのコミュニティ全体だったの
である。直接的な討議をベースにした民主主義は、まさにそのような条件においてのみ実現
し得るものであった。しかし、ヒトが認知するコミュニティが広域になるとともに、多様な
組織・コミュニティが複合的に重なり合う現代においては、もはや、そのような姿を望むの
は現実的ではない。直接的な討議をベースにした民主主義が政治的理念として正しいもので
あるとしても、社会全体としての政治的コミュニケーションのコストを軽減できない限り、
実際の政治制度としては定着し得ない。
「情報を運ぶメディア」と「ヒト・モノを運ぶメディア」は今後も発達し続け、ヒトが認
知するコミュニティは広まり続けるだろう。複数の課題はますます複雑に絡まり合い、社会
全体におけるコミュニケーションパスは増大し続ける。ICT の発達により、コミュニケー
ションコストが劇的に低下するだけでなく、個人々々が容易に情報発信を行えるようになっ
た。e デモクラシーに対する期待は、このような ICT の利点を生かすことで、政治の「質」
と「効率性」という、これまでトレードオフの関係にあると考えられてきた両者を両立でき
る可能性があるということに他ならない。
4.e デモクラシーの新たな動き
本章では、これまで整理した理論的研究をベースにして、「e デモクラシー」に注目が集
まっていた 10 年前から現在までの具体的な動向を整理する。
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4.1 民主主義の機能分類
これまでの e デモクラシーの動きを振り返るにあたって、民主主義の機能を具体化する。
富山[6]は、Astrom が提唱する民主主義の 3 要素(Quick democracy,Strong democracy,
Thin democracy)を表 2 のように整理している。
表 2.民主主義の 3 要素
モデル
Quick democracy
Strong democracy
Thin democracy
目的
人々への権力付与
コンセンサス
効率性/選択
合法性の基盤
多数決原理
公的ディベート
説明責任
市民の役割
意思決定者
意志形成者
消費者
代表者の権限
拘束的
相互作用
オープン
焦点となる ICT 使用
決定
討議
情報
作成:参考文献[6]をもとに三菱総合研究所
表 3 は、上記の 3 要素にもとづいて、民主主義における具体的機能を「立法・行政・司
法」の観点で整理したものである。なお、表 3 では、Astrom の「Quick democracy」を
「代理人の選出」と「政策の決定」に分けている。これは、同じ意思決定においても、代理
人選出の意思決定と政策決定の意思決定とでは、大きくその性質が変わってくるためであ
る。前者は間接民主主義における意思決定、後者は直接民主主義における意思決定にそれぞ
れ対応している。
表 3.民主主義の機能分類
1)情報
Thin democracy
2)討議
Strong democracy
3-1)決定(代理人の選出)
Quick democracy
立法
行政
・争点に関するメディア報道
・議員や立候補者からの情報発信
・行政活動に関するメディア報道
・行政側からの情報発信
・情報公開請求
・裁判等に関するメディア報道
・司法側からの情報発信
・政治家と国民との討議、討論
・行政と住民との討議、討論(パ
・国民同士での討議、討論
ブリックコメント、公聴会など) ・裁判員制度
・議員(立候補者)同士での討議、
・住民同士での討議、討論
討論
・国政議員選挙
・地方自治体における地方議員選
挙
・議員立法
3-2)決定(政策の決定) ・予算審議
Quick democracy
司法
・議会による施策決定
・国民投票による憲法改正
・首長選挙
・最高裁判所裁判官国民審査
・行政による施策立案
・住民投票
・裁判における判決
作成:三菱総合研究所
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4.2 e デモクラシー化に向けた動き
e デモクラシー化に向けたこれまでの動きを、上記の 3 機能ごとに整理する。
1 )情報−Thin democracy
民主主義を実現するためには、「情報」は必須のものである。間接民主主義にせよ直接民
主主義にせよ、有権者が適切な判断をするためには欠かせない。
行政においては、国民・市民への情報提供を目的として、1990 年代前半からホームペー
ジの開設を進めてきた。市区町村におけるホームページ開設率も、1998 年度には 39.9%で
あったが 2002 年度には 95.6%となり[7]、現在ではすべての市区町村自治体においてホー
ムページが開設されている[8]。
政治の世界も、同様に情報公開が進展してきている。国会議員のホームページ開設率は
2001 年 10 月時点で 78%の開設率であったが[9]、現在では、ほぼすべての国会議員がホー
ムページを開設している状況である。議員だけでなく国会における会議録もインターネット
上で公開されており、また、司法においても、判決例などが公開されており、容易に情報を
得られるようになっている。
一方で、立法機関、行政機関、司法機関からの情報提供以外にも、メディアを通じた情報
発信も民主主義実現のためには重要である。これまでマスメディアは、政府・行政などと国
民との間に位置し、双方の意思の代弁者として機能してきた。政府・行政から得た情報を国
民に伝える一方で、国民の中に醸成される世論を報道するという行為を通して、国民のニー
ズを政府・行政に届けてきた[9]。しかし、ICT の普及が、まさにメディア(仲介者)と
して機能してきたマスメディアのあり方をも変えようとしている。大臣の記者会見や事業仕
分けの様子を一市民がインターネットを介して中継した事例が示すように、ICT を活用す
ることで、これまでマスメディアが担ってきた役割を一般市民が実現できるようになったの
である。上杉 6)は、メディアの機能を「ワイヤーサービス」と「ジャーナリズム」に分け、
「ワイヤーサービスとは、(中略)速報性をその最優先業務とするメディア」(6),p.19)で
あり、一方ジャーナリズムについては「解説や批評を加える活動」(6),p.19)と定義する
が、特にメディアにおけるワイヤーサービス機能については、Twitter や Ustream などの
ICT が普及したことで、一般市民が担える状況になっている。誰もが、低コストで瞬時に
情報を配信できるのである。
間接民主主義の問題点として、特に参加民主主義論者からは、市民の政治参加の機会が投
票行為だけに限定されていることが指摘されるが、Twitter、ブログ、SNS 等による情報発
信が一般的になった今、一般市民が個人メディアとして機能することで投票時以外にも政
治・行政に参画できる機会となる。権力側からの情報発信を一方的に待つだけでなく、国
民・市民自ら権力を監視し、他の国民のために情報を発信していくことが民主主義の実現に
おいては非常に重要なポイントである。
2 )討議−Strong democracy
ICT を活用して討議の場をどのように構築するかというのは、約 10 年間の e デモクラ
シー化の動きにおける最大のテーマであった。「討議」を広義の意味で考えれば、メールに
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よる意見募集やパブリックコメントも e デモクラシーに向けた動きの 1 つと捉えることも可
能であるが、狭義の意味で考えれば、直接的で双方向のコミュニケーションを行うことを目
的として構築された「電子会議室」「地域 SNS」が、行政と住民との間の討議空間として位
置付けられてきたといえる[10]* 2。
●市民と行政をつなぐ「電子会議室」
電子会議室は、Web における掲示板機能を利用したコミュニケーションツールである。
1997 年に開始した藤沢市市民電子会議室をきっかけとして広まり、2004 年 4 月時点の調査
では全国で約 900 の電子会議室が設置されていたというが[11]、これまで閉鎖した事例も
少なくない。仮に今でも残っているとしても、ほとんどコミュニケーションが行われていな
い電子会議室も多い。電子会議室が活性化しない原因としては、匿名性/実名性の問題、議
題テーマの問題などがあげられるが、金子 7)によればソーシャルキャピタル(社会関係資
本)の有無によるという。藤沢市市民電子会議室は、市役所エリアと市民エリアの 2 種類に
分かれて電子会議室が用意されているが、市民エリアがソーシャルキャピタルを醸成する場
として機能している可能性を以下のように指摘する。
『市民エリア』の存在こそ、藤沢市市民電子会議室を巡るネットワーク・コミュニティ
のソーシャル・キャピタルを豊かなものにしている原動力であると言えるのではないだろ
うか。そして、そのことを通じて、市政への市民参加を促進する関係性の共通資源を作っ
。
ていると言えないだろうか (7),p.176)
藤沢市市民電子会議室の場合、市役所エリアは、市政への提言を目的とした場として位置
付けられており、基本的には市が提示するテーマについて実名で議論するルールになってい
る。一方で市民エリアは、その運営ルールを会議室ごとに定めることができるようになって
おり、会議室のテーマもグルメ、子育て、バリアフリー、歴史文化など、実にさまざまであ
る。ニックネームでの発言も認められており、市役所エリアに比べて、フレンドリーなコ
ミュニケーションが行われている。金子が指摘するように市民エリアがソーシャルキャピタ
ルを醸成しているのか、それとも、ソーシャルキャピタルがあるからこそ市民エリア、市役
所エリアで活発なコミュニケーションが行われているのかということはここでは検証できな
いが、いずれにしても、パットナム 8)が指摘するように信頼、規範、ネットワークといっ
たソーシャルキャピタルが「民主主義がうまくいくための鍵となる重要な要素」(8),p.231)
であることは間違いない。
ところで、前述の市役所エリアでは、市政への提言を目的とした議論が行われているが、
その議論は必ずしも電子会議室内だけに閉じているわけではなく、適宜、フェース・トゥ・
フェースで対面の議論を行う場が設けられている。e デモクラシーといっても、インター
ネット上のやり取りだけに限定する必要はない。対面でのコミュニケーションとネットでの
* 2
電子会議室や地域 SNS が討議空間として位置付けられてきた一方で、中川は匿名性の高いコミュニティ
として批判的な見方がされることが多い 2ch などでも政策形成過程への参加があったことを指摘する。
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コミュニケーションが互いのデメリットを補いながら実現される民主主義こそが、e デモク
ラシーである。この「ネットとリアルの相互補完」は、次の地域 SNS でも頻繁に見受けら
れた動きである。
●住民と地域をつなぐ「地域 SNS」
2005 年から普及した「地域 SNS」は、一定の地域をターゲットとして設置された SNS
(Social Networking Service)のことである。利用者と利用者とのつながり(友達関係)を
ベースにした上で、日記やコミュニティ(掲示板)でのコミュニケーションを行うツールで
ある。プロフィール情報、日記などの情報が公開されていることに加え、他の利用者の友人
関係もが公開されているため、電子会議室と比べてより安心感を持ってコミュニケーション
が行えるようになっている。2004 年 10 月に開始された「ごろっとやっちろ(熊本県八代市
の地域 SNS)
」をきっかけとして、全国で約 400 もの地域 SNS が存在している(2009 年 2
月時点)[12]。
地域 SNS の最大の特徴は、ソーシャルキャピタルが醸成しやすい場の設計になっている
ということである。藤田ら 9)は、以下のように述べる。
地域 SNS には、個と個をつなぎ、深め、広げる機能がある。SNS とは、そのような社
会的機能の実現を容易にし増幅することを意図して設計された、「場」としてのソフト
ウェアという意味である。いわば、ソーシャル・キャピタルを醸成し、地域のガバナンス
(共治)の基盤を強める機能がある。これが、ある触媒のようなきっかけ(問題や課題、
テーマ)が注がれた時に凝集し、コミュニティ(共同体)や組織、団体の構築、形成に繋
。
がることがある (9),p.47)
もちろん、これは地域 SNS の一側面に過ぎず、地域 SNS を構築したからといって、必ず
しも「ソーシャル・キャピタルが醸成され、地域のガバナンスの基盤が強められる」とは限
らない。活発に活用されている地域 SNS も、最初からソーシャルキャピタルが醸成されて
いたからこそ有効に活用されている、という可能性もある。しかしながら、地域 SNS が地
域のコミュニケーションプラットフォームとなり、人と人との交流、地域と地域との交流を
サポートする場として機能してきたことは紛れもない事実である[13]。
それでは、ソーシャルキャピタルを醸成し得るといわれるこの地域 SNS は、e デモクラ
シーにおける討議空間としてはどのように機能してきたのだろうか。行政が運営する地域
SNS をみると、地域 SNS を「市政への提言の場」や「地域住民と行政との討議の場」とし
て活用しているケースはあるものの、それを主目的にしているところはみられない。地域
SNS は、基本的には利用者が自由に使える場である。市政に関することを日記やコミュニ
ティに書き込んだことをきっかけに議論が発生することはあるものの、地域 SNS 全体のデ
ザインとして、住民と行政の討議の場と位置付けるケースはほとんど見受けられず、どの地
域 SNS も地域活動などを通じた住民同士のゆるやかな交流を中心的な目的としている。
実は、政府の『e-Japan 重点計画 -2003』では、
「行政への住民参画」として、自治体の施
策等について住民が意見を言える場を作ることが施策として掲げられていたのにも関わら
ず、実際の地域 SNS ではその点はあまり強調されていない。これはどのように考えればよ
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いのだろうか。実は、この「行政への住民参画」から「地域への住民参画」への変化につい
て、当時総務省で地域 SNS 事業を推進した牧 10)は、電子会議室ではインターネット上で
行政と住民が対峙関係に立ってしまいがちであった状況を踏まえ、行政と住民、地域団体、
NPO などが「同じ目線で、職員の顔が見える形で、住民の皆さんと共に地域社会をよくし
ていこうという姿勢」
(10),p.59)が必要だと指摘している。つまり、行政課題などについ
て議論するにしても、その前提として、人と人とのつながり(ソーシャルキャピタル)の必
要性を認識していたといえる。
地域 SNS は、自由なコミュニケーションが行える場である。運営をする行政側が仮に
「行政への提言をする場」と位置付けたとしても、住民側はそのように使うとは限らない。
趣味の仲間を集めるために使う住民もいれば、地域活動のために使う住民もいる。もちろん
日記で友達との会話を楽しむ住民もいる。運営者側のねらいとは違うが、このようなさまざ
まな活動やコミュニケーションを通じて地域のソーシャルキャピタルが醸成され、行政への
提言・討議をする土台となるのではないだろうか。
●国民と政治をつなぐ「Twitter」
これまでは行政を対象としてみてきたが、政治の分野における「討議」はどのような状況
なのだろうか。まず、討議を行うための場の設置状況を確認したい。
各政党の WEB サイトを見ると、電子メールでの意見募集は行われているものの、電子掲
示板などは構築されておらず、オープンな議論を行う場にはなっていない。政治家個人の
WEB サイトを見ると、メールでの意見募集だけの WEB サイトもあるが、議員によっては、
民間企業が提供するブログや SNS 等のサービスを利用しているケースもある。しかしなが
ら、ブログや SNS に関していえば、それらの多くは議員の書き込みに対してコメントがで
きない設定になっており、国民と議員とのコミュニケーションは決して生まれやすい状況で
はない。また、電子掲示板を設置し、政策課題などについての議論がオープンに行われる環
境を整備しているケースもあるが、その実態をみると、行政における電子会議室と同様、有
効に活用されている状況とはいえない* 3。その状況を大きく変えたのが、Twitter の普及で
ある。Twitter が国民と議員(政治)との距離を一気に縮めた。
政治における Twitter の活用に可能性を感じることになったのは、前述の 2009 年 6 月に
民主党の逢坂議員が、議員の勉強会や党首討論の様子を本人の感想を交えながらリアルタイ
ムに発信した時である。多くの Twitter ユーザは政治が身近なものに感じられたのではな
いだろうか。他のユーザも逢坂議員のコメントに触発されるように、逢坂議員宛てにコメン
トを発信した。国民と議員とが直接コミュニケーションをすることができる討議空間として
大いに期待が集まった。その後 Twitter を活用する議員は増え、政治家の Twitter が一覧
できる WEB サイト「ぽりったー」* 4 によると、現在(2010 年 4 月 12 日時点)、国会議員
79 名、地方議会議員・首長 359 名が「ぽりったー」に登録している。2010 年 1 月 1 日には、
* 3
例えば、
「e- 国会」
(http://www.e-kokkai.com/)などのように、市民自ら政治のための討議空間を構
築するケースもある。
* 4
所報53号.indb 134
http://politter.com/
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鳩山総理も Twitter を開始したが、政府としてもソーシャルメディアを活用していこうと
いう意図が表れているといえる。
●議論をコーディネートする議員
Twitter を場として議員と国民とのコミュニケーションが生まれる中で、議員が「コー
ディネーター」という新しい役割を担うようになったのは、今後の e デモクラシーを考える
にあたって重要な点である。
前述の通り、これまでは議員がブログや SNS などを活用する場合でも、一方向のコミュ
ニケーションになりがちであった。それが、Twitter が広まったことで双方のコミュニケー
ションが生まれやすい状況になったが、さらに、議員がある政策についての問いかけをし、
他の Twitter の意見を募集するという新しい討議の形も現れ始めている* 5。前述のように、
イアン・バッジは、仮に直接民主主義の政治体制になったとしても議会の存在意義がなくな
るわけではなく、さまざまな役割があることを示唆しているが、「討論コーディネーター」
として国民を交えた政策議論のコントロールをすることも、その 1 つになるのではないだろ
うか。国民と議員との直接的なコミュニケーションが現実味を帯びてきた今、
「コーディ
ネーター」として機能する意義は、先に記載した間接民主主義の課題を一部解決する可能性
があるという点で、国民側にとっても議員側にとっても大きいものである。
●電子会議室、SNS、Twitter の討議空間としての違い
次に、これまで e デモクラシーの討議空間として期待されてきた「電子会議室」「SNS」
「Twitter」の違いについて整理したい。下表はその概要を整理したものである。
表 4.電子会議室、SNS、Twitter の討議空間としての違い
ツールの種類
構成される空間
特徴
電子会議室
パブリック空間
・パブリック空間しか存在しないために、自分の考えを主張することで、場が荒れ
やすい。
・また、各利用者のプライベート空間がないために、利用者に関する情報が少なく、
匿名性が高くなる。
SNS
パブリック空間
+
プライベート空間
(分離型)
・コミュニティというパブリック空間だけでなく、日記というプライベート空間が
あるために、自由に持論を述べやすい。
・ただ、パブリック空間(コミュニティ)での発言とプライベート空間(日記)で
の発言は別々の場に分かれている。
・プロフィール情報をはじめ、日記の内容や友達関係の情報がオープンにされてい
るため、電子会議室より、実名性の高い空間が構築される。
Twitter
パブリック空間
+
プライベート空間
(混在型)
・SNS と同様、プライベート空間があるために、自由に持論を述べても場が荒れに
くい。
・SNS との最大の違いは、他の利用者宛ての発言やコミュニティ(ハッシュタグを
介した疑似コミュニティ)における発言が、プライベート空間における発言と混
在していること
作成:三菱総合研究所
* 5
例えば、山本一太 参 議 院 議 員(http://twitter.com/ichita_y/status/7070360334、http://twitter.com/
ichita_y/status/7083041378)
。
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研究ノート Research Note
機能的な違いはいろいろあるものの、一番の違いは、電子会議室はパブリック空間だけで
構成されるが、SNS や Twitter にはパブリック空間だけでなくプライベート空間も存在す
る点である。パブリック空間とは複数の利用者で書き込むことができるページで、電子会議
室や SNS におけるコミュニティが該当する。一方、プライベート空間は、各利用者専用の
ページで、SNS におけるプロフィールページや日記、Twitter における各利用者の発言一覧
が該当する。利用者がある主張を展開するにしても、SNS や Twitter は自分専用のプライ
ベート空間であるがために、パブリック空間しか存在しない電子会議室に比べて問題になり
にくいという特性を持っている。
ところで、電子討議においては、しばしば「実名/匿名」が問題になる。行政による電子
会議室も、匿名による議論の難しさが指摘されている[14]。しかしそれは、実名表記にす
れば解決されるというような単純な問題ではない。そもそも、実名/匿名は明確に二分でき
るものではなく、「実名(匿名)性の度合い」というような程度を持った概念である。実名
性(匿名性)の程度は、実名かどうかという名前表記だけではなく、コミュニケーションの
内容、コミュニケーションが行われている状況、コミュニケーションの相手との関係性な
ど、さまざまな要素をもとに総合的に判断されるものである。先程、電子会議室と SNS・
Twitter の大きな違いとしてプライベート空間の有無をあげたが、実名性を高める要素とし
て、プライベート空間の意義は大きい。個人々々が日々書き込む内容が実名性を高め、安心
感を生む。
森尾[15]は、匿名性の水準として、「1)視覚的匿名性」「2)アイデンティティの乖離」
「3)識別性の欠如」をあげる。現在のインターネットコミュニケーションにおいては、1)
の視覚的匿名性は解決が難しい問題であるが、一方で、3)の識別性については匿名性が排
除 さ れ る よ う な シ ス テ ム 設 計 に な っ て い る ツ ー ル も 増 え て き て い る。 ま さ に SNS や
Twitter は、各自の発言が各ユーザ ID と常に紐付いていることで匿名性が軽減される。
しかし、常に実名性の高いコミュニケーションが行われる必要はない。現実社会でのコ
ミュニケーションにおいても、実名を名乗る場合、名乗らない場合、社会的属性(例えば、
学生、社会人というレベルの属性)だけを伝える場合など、適宜、状況に応じてオープンに
する実名性の度合いをコントロールしている。現実社会で、「実名/匿名」がそれほど問題
になることがないのは、社会の共通認識として、どのような場面でどの程度の実名性が必要
とされるかという認識が共有されているからだと考えられる。インターネットにおけるコ
ミュニケーションでは、まだその認識が社会の中で共有されていないために「名前・属性を
どの程度明らかにすべきか」という議論が常に起こり得るが、徐々に共通認識も作られてい
くのではないかと考えられる。
3 )決定−Quick democracy
代理人の選出、つまり議員選挙や首長選挙における ICT 活用という点では、インターネッ
トによる選挙運動を解禁する流れがこの 10 年における一番大きな動きといえる。e デモク
ラシーの実現にとって、公職選挙法の規程により認められていないインターネットを活用し
た選挙運動の解禁は重要なテーマの 1 つである。2001 年から 2002 年にかけて行われた「IT
時代の選挙運動に関する研究会(座長:蒲島郁夫東京大学教授、事務局:総務省)」は、「イ
ンターネットを用いた選挙運動の可能性と問題点及び公職選挙法に規定する選挙運動手段に
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ついて IT 時代に即して見直すべき点についての調査研究を行う」ことを目的として設置さ
れた。約 1 年間の議論を経て、2002 年 8 月に報告書が公表された。結局、その研究会での
議論を踏まえて実際に公職選挙法が改正されることはなかったが、今、再び改正に向けた動
きが起こっている。民主党は「民主党政策集 INDEX2009」の中で、インターネット選挙運
動を解禁することを政策に掲げているが、実際に 2010 年夏に行われる予定の参議院選挙に
間に合わせる形で、公職選挙法の改正に動き出している。ネットを活用した選挙運動という
ものは、民主主義や e デモクラシーにおける一機能に過ぎず、ネット選挙が解禁されたから
といって民主主義が実現されるとはいえないが、e デモクラシーにおける大きな側面の 1 つ
であることは間違いなく、現在の社会環境に整合する形で早急に改正されることが望ましい。
一方、投票行為における ICT 活用という点では、「投票所による電子投票」の実施が唯一
の事例である。電子投票は、これまで全国の市長選、町長選、市議選など 10 の自治体で計
20 回実施されてきたが[16]、電子投票を実施した選挙での開票時間を見ると大幅に短縮さ
れており[17]、効率化という観点での成果が現れている。
電子投票は、集計作業の負担軽減や集計時間の短縮など「効率化」という視点から語られ
ることが多いが、民主主義の質を向上させる可能性があるという点も重要なポイントであ
る。電子投票システム調査検討会の報告書が指摘しているように、無効票の削減や音声案内
などによる投票などにより、投票機会の拡大につながるメリットもある[18]。
さらに、インターネットを介して有権者が所有する端末から投票できるようになれば、技
術的課題を含めさまざまな課題を解決する必要はあるが、さらに投票機会は拡大する。エス
トニアでは、2005 年の選挙をきっかけに、すでに 4 回の選挙でインターネット投票が実施
されている。2009 年に行われた選挙では、全体の投票数のうち、約 15%の投票数がイン
ターネットから行われた[19]。インターネットを介した投票の問題点として、本当に本人
の意思にもとづいて投票しているかどうか確認できないという指摘がある[20]。つまり、
本人自身が投票行為を実施していることは事実だとしても、第三者から脅迫を受けている状
況下で、第三者の意思にもとづいた投票行為が行われている可能性を排除できない、という
ものである。エストニアでは、この問題の対策として、投票期間中であれば何度も投票をす
ることができ、最後に投票した内容が投票結果として認められる仕組みを構築している。投
票内容を訂正する機会を与えることで、本人の意思による適切な投票が行われることを担保
しようとするものである。しかし、この対処は新たな問題も生み出す。後から投票内容の修
正が可能になるということは、本人識別情報と投票内容とが結び付かなければならず、非常
にリスクの高い情報となる。システムの技術面のみならず、投票所による投票とインター
ネットによる投票をどのように位置付けるのか(投票所での投票に優位性を持たせるのか)
など、運用面での課題も多い。
国民投票や住民投票などに代表される「政策の決定」に関しては、電子投票などの ICT
が活用されたことはない。「政策の決定」に関しても、「代理人の選出」と基本的なメリット
や課題は変わらない。ただ、仮に日本の民主主義が現在より直接的な形で行われることが増
え、国民投票や住民投票などの機会が増大する場合には、投票行為を電子化するメリットは
大きい。
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5.今後の e デモクラシーについての考察
以上、民主主義や e デモクラシーに関する研究等も踏まえながら、これまでの e デモクラ
シーの動向を整理した。本章では、今後の e デモクラシーの方向性について、課題等を踏ま
えながら記述したい。
●政治的コミュニケーションにおけるジレンマ
すでに述べたように、ICT を含むメディアの発達は、人が認知できるコミュニティを広
範囲化するとともに、コミュニケーションの直接性、即時性を強化してきた。以前では、相
当のコストをかけなければ知り得ない情報も今では簡単に入手できるようになり、場所や時
間を気にせずコミュニケーションをとることも非常に容易になった。まさにこの点こそが e
デモクラシーが期待されている点である。しかし、コミュニケーションの直接性、即時性が
強化されることと、直接的な討議をベースにした民主主義が実現するかどうかは、まったく
別の問題である。例えば、一国の首相、大臣などと ICT を通じて直接コミュニケーション
がとれるようになったからといって、討議をベースにした直接的な民主主義が実現しないこ
とは明白である。多くの国民が意見を投げかければ投げかけるほど、首相や大臣等は意見に
目を通すことすら難しくなり、最終的に双方向のコミュニケーションは成立しなくなる。結
局、コミュニケーションにおける両者の非対称性はどのようなメディア(手段)を活用しよ
うと存在する。もちろん、これは直接的なコミュニケーションの意義を否定するものではな
い。民主主義の本質は「討議などを通じた意思決定プロセスへの直接的な参加」であり、イ
ンターネットによって実現される直接性は積極的に活用されるべきものである。現に多くの
人が経験しているそのメリットを今さら放棄するのも現実的ではない。しかし、現実問題と
して、人が認知するコミュニティが広域化すればするほど、そして、直接的なコミュニケー
ションが行われれば行われるほどコミュニケーションが成立しなくなるというジレンマが発
生する以上、そのジレンマを解消するような新たな意思決定モデルの構築が必要となるのは
いうまでもない。
●求められる新たな意思決定モデル
表 5 は、意思決定モデルのパターンを「意思決定方法(討議/投票)」と「意思決定者
(直接/間接)」の 2 軸で整理したものである。
表 5.意思決定モデルのパターン
直接的な意思決定
間接的な意思決定
討議
【①討議をベースにした直接的な意思決定】
・ 民主主義の理想的な意思決定モデル
【③討議をベースにした間接的な意思決定】
・ パブリックコメント、議員や行政職員との会合
・ 街角で行われる「署名活動」
投票
【②投票をベースにした直接的な意思決定】
・ 日本では「住民投票」や「国民投票」として制度化
されている意思決定モデル
・ 投票によって、政策等の意思決定に直接関与する。
【④投票をベースにした間接的な意思決定】
・ 現在の民主主義における中心的な意思決定モデル
・ 投票により代表者(議員、首長)を決定し、政策等
に関する最終的な意思決定は代表者が行う。
作成:三菱総合研究所
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①の「討議をベースにした直接的な意思決定モデル」は、民主主義における理想的なモデ
ルである。コミュニティメンバーが直接討議をしながら、コミュニティとしての意思決定を
していくというものであり、コミュニケーションコストの問題が解決でき、実際に実現でき
るのであれば、このモデルをベースとした意思決定がなされるべきものと考える。その対極
にあるのが、④の「投票をベースにした間接的な意思決定モデル」である。これは、国民・
住民が選択した代表者が意思決定を行うものであり、現在の政治制度で基本となるモデルであ
る。前述で整理した通り、④のモデルに対する批判が集まる一方で、①のモデルも、理念上は
支持されるとしても、現代社会においてその実現性は非常に低いという問題をかかえている。
では、残りの②「投票をベースにした直接的な意思決定モデル」と③「討議をベースにし
た間接的な意思決定モデル」はどうなのだろうか。②のモデルは、「住民投票」や「国民投
票」のように、コミュニティメンバーが投票を介して政策への直接的な意思決定に参加する
というモデルである。一方、③のモデルは、コミュニティメンバー全員が直接的な関与はで
きず、あくまでも意思決定主体は代表者ではあるが、代表者との討議を通じて意思決定に関
与しようというモデルである。①と④のモデルに多くの問題がある以上、民主主義の質は、
これら②と③のモデルにおける意思決定の質をどれだけ向上させることができるかというこ
とにかかっている。特に、e デモクラシーの特徴を生かすことができる③のモデルが、今後
の民主主義のキーポイントになると考える。
もちろん、③のモデルは真新しいものではなく、これまでもパブリックコメント、行政・
議員との会合という形でそのモデルは実現されてきた。街角で行われる「署名活動」も、こ
のモデルに含まれる。しかし、ICT を活用することで、課題やテーマに応じて、より流動
的にコミュニティが形成でき、各コミュニティの中で討議が行われることが可能となる。先
程紹介したように、Twitter 上で議員が議論をコーディネートするのも 1 つの実現手段であ
り、パブリックコメントを提出する際に 1 企業が意見の取りまとめを行うというのも 1 つの
やり方である。実際に、ケンコーコム* 6 は、医薬品ネット販売の規制に関して厚生労働省
に対して意見を提出する際に、国民の意見を集約する役目を担った。個人がばらばらに意見
を提出するより、その後の意思決定という点では効率的だろう。コミュニケーションコスト
を考えれば、「間接的な意思決定」は真っ向から否定されるべきものではないし、批判が集
まる④のモデルに関しても、①や②や③に完全に移行するということは現実的ではなく、こ
れからも民主主義の 1 つのモデルとして生き続けるだろう。
本項のタイトルで「求められる新たな意思決定モデル」と記載したが、それは、今後の意
思決定モデルをどれか 1 つにすべきということではなく、あくまでもこれら 4 つのモデルの
バランスを再構築することに他ならない。いずれか 1 つのモデルで対応できるほど現代社会
が単純なものではないことが明白である以上、複数の意思決定モデルのバランスを再構築す
ることでしか、新たな意思決定モデルは構築できない。言い換えれば、民主主義の質を高め
るには、効率的に質の高いコミュニケーションが実現されるように、適切な場面で適切なモ
デルを適用できるかどうかということにかかっている。
そして、結局は、国民・住民がどのような意識で意思決定プロセスに参加するのかという
* 6
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研究ノート Research Note
ことが、一番大きな問題であることはいうまでもない。集団で意思決定をするということ
は、自分の意見を主張することだけではなく、時に妥協的な判断をも求めるものである。e
デモクラシーは、より広範囲でより大勢でのコミュニケーションを可能とするが、これまで
以上に個人的な要求は通りにくくなり、妥協的な判断が必要となる。国民一人ひとりがコ
ミュニケーションの限界を理解した上で、より質の高い民主主義を実現するための意思決定
モデルを構築する必要がある。新たなモデルを構築していく上で、e デモクラシーの果たす
べき役割は今まで以上に大きい。
参考文献
[1]
岩崎正洋編:『サイバーポリティクス –IT 社会の政治学』,一藝社(2001).
[2]
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バメントから e デモクラシーへ」)(2005).
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[6]
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総務省:
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[11]
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[12]
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[13]
財団法人地方自治情報センター:『地域 SNS モデルシステム 運用の手引き』(2008).
[14]
総務省:『住民参画システム利用の手引き』(2006).
[15]
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[16]
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[17]
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(http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/touhyou/
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方向』(2006).
[19]
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index.php?id=11178).
[20]
電子機器利用による選挙システム研究会:『電子機器利用による選挙システム研究会 報告書』
(2002).
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津田大介:『Twitter 社会論 – 新たなリアルタイム・ウェブの潮流』,洋泉社(2009).
2)
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「日本の政治と Twitter – 党首討論ライブ中継の逢坂誠二議員に聞く(後
編)」(http://journal.mycom.co.jp/articles/2009/06/30/pol_twitter/index.html).
3)
財団法人国際通信経済研究所:『海外における電子政府・電子自治体の動向』(「第 1 章 eガバ
メントから e デモクラシーへ」)(2005).
4)
今井一:『住民投票 – 観客民主主義を超えて』,岩波書店(2000).
5)
イアン・バッジ著,杉田敦他訳:『直接民主政への挑戦 – 電子ネットワークが政治を変える』,
新曜社(2000).
6)
上杉隆:『ジャーナリズム崩壊』,新曜社(2008).
7)
金子郁容,藤沢市市民電子会議室運営委員会:『e デモクラシーへの挑戦 – 藤沢市市民電子会
議室の歩み』,岩波書店(2004).
8)
ロバート・D・パットナム著,河田潤一訳:『哲学する民主主義 – 伝統と改革の市民的構造』,
NTT 出版(2001).
9)
藤田忍他:「地域 SNS とは – まちづくりにおける可能性を展望する」『まちづくり』24 号,
45-51(2009).
10)
所報53号.indb 141
牧慎太郎:「行政から見た地域 SNS の可能性」『まちづくり』24 号,58-61(2009).
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筆者紹介
筆者紹介
MARKAL-JAPAN-MRI による 2050 年エネルギー環境ビジョンの策定
鈴木 敦士 環境・エネルギー研究本部 エネルギー戦略研究グループ,
Atsushi Suzuki
主任研究員.
専門はエネルギー政策.
園山 実
環境・エネルギー研究本部 エネルギー戦略研究グループ,
Minoru Sonoyama
主席研究員.
専門は技術政策,エネルギー技術評価.
川崎 祐史
プロジェクトマネジメントセンター 研究基盤グループ,参事.
Yuji Kawasaki
専門は安全工学.
船曳 淳
科学・安全政策研究本部 安全科学グループ,主任研究員.
Jun Funabiki
専門は原子力社会工学.
馬場 史朗
環境・エネルギー研究本部 低炭素エネルギー研究グループ,研究員.
Shiro Baba
専門はエネルギー需給構造評価.
渡邊 裕美子
環境・エネルギー研究本部 低炭素エネルギー研究グループ,研究員.
Yumiko Watanabe
専門は地球温暖化対策評価.
地方自治体における行政評価 12 年の歩みと今後の展望
田渕 雪子
地域経営研究本部 都市・情報戦略研究グループ,主席研究員.
Yukiko Tabuchi
専門は政策評価,行政経営,地域施策.
「 35 歳 1 万人アンケート」からみえてきた課題
吉池 基泰
金融コンサルティング本部 事業開発コンサルティンググループ,
Motoyasu Yoshiike
主任研究員.
専門は産業戦略,市場戦略.
所報53号.indb 142
白石 浩介
政策・経済研究センター,主席研究員.
Kousuke Shiraishi
専門は財政,公共経済.
本田 えり子
経営コンサルティング本部 ブランド戦略グループ,主任研究員.
Eriko Honda
専門は市場戦略,ライフスタイル.
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筆者紹介
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移動軌跡データを用いた鉄道利用者の行動把握
加藤 勲
社会システム研究本部 政策科学研究グループ,主任研究員.
Isao Kato
専門は交通政策,交通システム.
鯉渕 正裕
社会システム研究本部 ITS研究グループ,研究員.
Masahiro Koibuchi
専門はIT S,プローブシステム.
見える化による効果的な人材育成 〜科学的なOJTの実施〜
魚住 剛一郎
経営コンサルティング本部 技術戦略グループ,主任研究員.
Koichiro Uozumi
専門は企業活動や技術の「見える化」,技術系人材・プロ人材のマ
ネジメント,事業戦略立案支援,技術戦略立案支援.
池ノ内 智浩
経営コンサルティング本部 技術戦略グループ,研究員.
Tomohiro Ikenouchi
専門は企業内の技術リソースの体系化,技術系人材のマネジメント,
人材育成施策の立案,技術データの有効活用支援.
佐々木 伸
経営コンサルティング本部 経営戦略グループ,研究員.
Shin Sasaki
専門は人材要件・育成体系・人材リソースの活用施策の策定,経営
戦略の立案支援.
事業リスク管理への動的モデルの適用
丸貴 徹庸
先進ビジネス推進センター 安全戦略マネジメントグループ,
Tetsu Maruki
主任研究員.
専門はリスクマネジメント・危機管理,システムデザイン.
牛島 由美子
科学・安全政策研究本部 先端科学イノベーショングループ,
Yumiko Ushijima
研究員,博士(工学).
専門はシステム工学,制御工学,データマイニング.
古屋 俊輔
先進ビジネス推進センター 安全戦略マネジメントグループ,
Shunsuke Furuya
主席研究員.
専門は事業リスクマネジメント,事業継続マネジメント.
所報53号.indb 143
10.5.18 1:43:25 PM
144
筆者紹介
情報システムにおけるシステム外因子対策による可用性向上に関する考察
佐藤 誠
先進ビジネス推進センター 総合リスクマネジメントグループ,研究員.
Makoto Sato
専門は情報通信システム,リスクマネジメント.
基幹情報システム投資のマネジメントと効果創出
小橋 渉
ビジネスソリューション本部 ビジネスソリューション第 1 グループ,
Wataru Kohashi
研究員.
専門はビジネスモデル設計,業務プロセス改革,サプライチェーン・マ
ネジメント.
中西 祥介
ビジネスソリューション本部 ビジネスソリューション第 1 グループ,
Shosuke Nakanishi
主任研究員,博士(理学).
専門は業務改革,システム化計画.
e デモクラシーの動向と展望 〜再び注目が集まる e デモクラシー〜
米山 知宏
公 共 ソ リ ュ ー シ ョ ン 本 部 電 子 行 政 ソ リ ュ ー シ ョ ン グ ル ー プ,
Tomohiro Yoneyama
研究員.
専門は電子政府,電子自治体,地域情報化.
所報53号.indb 144
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筆者紹介
所報53号.indb 145
145
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[編集担当]
[査読者]
中條 寛
野口 和彦
野口 和彦
長澤 光太郎 木村 文勝
尾花 尚弥
長澤 光太郎
平石 和昭
吉田 直樹
白井 康之
平石 和昭
小松原 聡
横山 宗明
小松原 聡
三嶋 良武
村上 文洋
五月女 政義 川口 修司
野呂 咲人
三嶋 良武
亀岡 誠
三菱総合研究所 所報 53 号 発
発
行 日:2010 年 5 月 31 日
行:株式会社三菱総合研究所
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電話(03)3270-9211 〔代表〕http://www.mri.co.jp/
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所報53号.indb 146
10.5.18 1:43:25 PM
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