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病理組織学的検査 ~適切な固定とは~
病理組織学的検査 ~適切な固定とは~ 愛知医科大学病院・病院病理部 酒井 千早 固定とはなんだろう? z 固定とは組織や細胞の自家融解による腐敗 をおさえて、生きていた状態になるべく近い状 態の組織や細胞の種々の構造をとらえるた めに行なう。そのために、組織や細胞の主要 構造成分である蛋白質を安定化させて、蛋白 質の分解作用を止めて不溶解性にすること である。 速やかに固定液に浸漬しなければならない。 自家融解が早い膵臓は・・・ 標本の良し悪しは固定によって決まってしまう!! 固定の原理について 成人の固体の化学的組成 水 70% 50%(細胞内) 20%(細胞間) 5%(血液 ) 15%(組織液) 蛋白質 15% 脂肪 10%(30%は水を含む) 電解質 5%(糖質も含む) 固定の主な目的は、細胞組織内の水の処理と蛋白質の凝固で ある。 蛋白質の固定 z 生の細胞組織の蛋白質は巨大な蛋白質分子 が水と帯電によって、流動性のゾル状態にあ るが、固定液によって蛋白分子の周囲にある 水分の除去と帯電性の変化のためにゲル状 態に変わる 蛋白質の固定 蛋白質の固定 凝固型:分子内結合を示した基が分子間相 互で結合して絡み合う場合に蛋白質に凝固 が起こる→アルコール固定 z 変性型:ルーズになった蛋白構造に分子結合 を示した基が表面に露出して、固定液の間に 化学反応が起こり、分子相互間の結合が起 こらない場合→ホルマリン固定 z 固定の目的 可能な限り、速やかに組織片の自家融解過 程を停止させる。 z 組織や細胞の主要成分である蛋白質を安定 化、不溶化することで、細胞内成分の流出を 防ぎ、形態を保持する。 z 標本作製過程における薬品、熱などの影響 による組織片の変質、変形をできるだけ少な くすること。 z 固定の要点について 固定液の選択 z 固定材料の大きさ z 固定液の量 z 固定時間 z 固定に使用する容器 z 固定の温度 z 固定材料の変形防止・固定促進法 z 固定液の選択① 目的の染色法に適した固定液を選ぶことが 大切である。 例)・乳腺のHER2-FISHを目的とした場合 →10%緩衝ホルマリン使用 ・脂肪染色を目的とした場合 →アルコールやアセトンが入っていない 固定液 z 固定液の選択② z 固定液の比較 アルコール固定 ホルマリン固定 生食固定 固定液の比較 アルコール固定 生食固定 ホルマリン固定 緩衝ホルマリンと非緩衝ホルマリンの 違い z ホルムアルデヒド(HCHO) 1、常温では気体、水溶性、弱酸性 2、還元剤としての性質が強い 3、カニツアロ反応 ホルムアルデヒド+水⇔蟻酸+メタノール PH4 程度 (20%非緩衝ホルマリン) 緩衝ホルマリンと非緩衝ホルマリンの 違い z ホルマリン色素 蟻酸を含む非緩衝ホルマリンは固定時間が 長くなると、ホルマリン色素が目立つ 脾臓、骨髄などの血液成分の 多い組織で認められやすい傾 向にある 緩衝ホルマリンと非緩衝ホルマリンの 違い 蟻酸を含む酸性ホルマリン 赤血球中のヘモグロビンからヘマチンを遊出 蟻酸 酸化ヘマチン、一部の顆粒球の酵素をコアにし た茶褐色~黒褐色の顆粒・針状物質 緩衝ホルマリンと非緩衝ホルマリンの 違い サクラ標本道場 固定より 中性緩衝ホルマリン 長所:非緩衝ホルマリンと比較して抗原性の 保持が良好 ホルマリン色素の沈着が少なく、長期 固定・保存に適する z 短所:組織への浸透は非緩衝ホルマリンより も劣る コストが高い z 非緩衝ホルマリン 長所:組織への浸透性が良い 作製が簡易である z 短所:細胞質・核が収縮気味になる ホルマリン色素が付着しやすい 保存中に蟻酸の生成による酸性化の 影響により、染色性が低下 z 固定材料の大きさ 組織片はなるべく薄く、小さくして固定液が浸 透しやすいようにする。 z 標準的には1時間当たりで1mm浸透する。 →材料の厚さは5mm以下が良い →体積に比してホルマリン液に接する表面 積を増やすと浸透がよい z 固定液の量 固定液の量は豊富に使用し、組織片の5~ 10倍あれば充分である。 z 固定液が混濁した場合は新鮮なものに取り 替える。 z 固定の時間 固定液の種類や組織片の大きさ・性質により 異なる。 z 固定が不充分な場合→組織収縮 細部構造の崩壊 z 固定が過剰な場合→組織片の脆弱化により 収縮や膨化 z 固定時間の過不足はいずれの場合も染色が阻 害される。 固定の時間 z 固定が過剰なケース(ホルマリン固定2年) ホルマリン固定2年以上 ホルマリン固定1~2日 固定の時間 z 固定時間の違いにより、染色による影響が大 きい。(特に免疫染色において) 固定時間は8時間以上24時間未満 を推奨する。(生検) 固定の時間 固定良好 固定不良 広島市医師会だよりより 固定の時間 固定良好(24時間) 過固定(6ヶ月) 広島市医師会だよりより 固定に使用する容器 z 組織の大きさによって、固定容器を変える。 固定に使用する容器 口の広いビンを使用する。 z リンパ節・肺など浮いてしまうものは十分に固 定されない可能性があるため、上にキムワイ プなどを置くもしくは、包むことで全体に液が 浸透するようにする。 z 固定の温度 通常は室温で行う。 z 高温になれば、固定時間は短くなるが、あま り高い温度では組織が硬化してしまうので、 注意が必要である。 z 固定材料の変形防止と固定促進法① 臓器別で固定方法の注意点がある。 z 脳:変形しやすく固定しにくい。固定液中に宙 吊りにする。 z 固定材料の変形防止と固定促進法② z 肺:気管支内よりホルマリンを注入し、肺胞内 まで固定促進し、肺の整形を行う。 ホルマリン注入前 ホルマリン注入後 固定材料の変形防止と固定促進法③ 胃・腸:内腔を切り開いた後、板にピンなどを 利用し、貼り付ける。 z OW(口腔側断端)、AW(肛門側断端)を分か るようにする。 z 固定材料の変形防止と固定促進法③ z 食道:食道は縮みやすいため、伸ばして板張 りをする。 固定材料の変形防止と固定促進法④ z 肝・脾臓:血液量が多く、浸透しにくいため、 厚さ1cmほどの割を入れる。 固定材料の変形防止と固定促進法⑤ z 乳腺:そのままホルマリンの浸漬では内部固 定が不充分のため、注射器に入れたホルマ リンを全体にまんべんなく、注入してからホル マリン容器で固定するのがよい。また、浮き やすいため、ガーゼなどを上からかけておく。 固定材料の変形防止と固定促進法⑥ z 子宮:子宮癌の手術摘出臓器は子宮膣部か ら頚部を広げるように板に貼り付ける。 固定材料の変形防止と固定促進法⑥ z 子宮膣部円錐切除の場合 切り離した箇所を記載する。 固定材料の変形防止と固定促進法⑦ z 板と組織の間は組織の密着により、固定不 充分になりやすいため、組織と板の間にペー パーなどを挟む。 よい組織標本を作製するための 固定条件 材料が小さいこと(表面積が大きいこと) z 材料は新鮮で自家融解がないもの z 切り出しは鋭利の刃物を使用し、組織の圧挫 を生じないもの z 材料を水などに入れて、組織に浸透圧の差 による障害が生じないもの z 材料は乾燥させない z 材料の表面より血液、粘液などを除去し、固 定液の浸透性のよいもの z