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ウェブ・サイトの企業財務予測モデルと シミュレーション1

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ウェブ・サイトの企業財務予測モデルと シミュレーション1
大阪経大論集・第53巻第4号・2002年11月
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ウェブ・サイトの企業財務予測モデルと
シミュレーション1)
伊
藤
幸
雄
1. 序
2. 会計データによるモデル構築
3. 企業財務予測モデルの構成
3.1. プロトタイプ企業財務モデル
3.2. 財務予測モデルの性格
3.3. 個別企業モデリングの注意事項
3.4. 方程式モデル
3.5. Excel による財務モデリングの実際例(「ソニー(株)」の場合)
4. ウェブ・サイト上でのモデル構築
4.1.「ソニー(株)」財務モデルの簡易評価
5. ウェブ・サイトでのシミュレーション
6. 問題点と課題
引用文献
Abstract
The purpose of this paper is to consider modeling and simulation of corporate finance predicting models on web site. The first is to make data base from account data and how to organize the data base for estimating the parameters of the econometric models from account data
by downloading from data storage through LAN and WAN on web site. The second is to show
the proto-type corporate finance models for the general use from manufacturing to service industry with theoretical and statistical implication. The actual integrated account annual data of
Sony inc. from 1990 to 1999 is used as an illustrative example for typical wide-range
1) 本研究は1999年∼2000年度大阪経済大学共同研究費(研究課題:「マルチメディア通
信技術を利用した経営情報戦略モデル生成支援システムの研究」)の交付を受けて行
ったものである。
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大阪経大論集
第53巻第4号
corporation selling the various products and services. PowerPoint software is used for the
dynamic presentation of simulating econometric models. Finally, it is to point out and assign
the difficulty of the unified treatment from data organization to the various simulation exist, and
the future extension to nonlinear and complex modeling is desired.
Keywords : Web site, econometric models, B/S, P/L, corporate finance, Excel , PowerPoint
1. 序
21世紀になって以来,先進諸国の経済動向は,日本を含め,世界的不安定な政治・
経済状況の下デフレ的に進行している。このような状況下での各企業の経営戦略も世
界的視野と明白な展望を持たなければ立ち行かなくなっている。このような観点から,
まず企業の厳密な業績評価分析ならびに企業業績予測が必要となる。このような企業
の要 請 か ら,1970 年 代におけるコンピュータ の 急 速な発 展の下に,企 業 経 営の中
にMIS (経営情報) システムの概念が確立された。それ以来,様々な多くの企業ある
いは企業モデルが,内外において大型コンピュータで作成されてきた。しかし,その
内容は,ほとんど,モデル開発能力をもつ大企業のモデルが提示されてきたにすぎな
い。今日のコンピュータ機器の低廉化により,個人単位での PC 保有が普及し,ま
たそれに伴うソフトウェアが開発され,個人でも各個別企業の財務分析が容易となっ
てきている。もちろん,最近では,グローバル化による国際会計基準の採用により,
日本の企業情報の開示が盛んに行われるようになったとは言え,経営の重大な意思決
定ならびに企業秘密に属する情報に関しては,データが入手できないので,ほとんど
の企業の真の姿は把握しにくい状況にある。そこで,ここでは,特にデータ入手が容
易であり,すでにデータベースが市販されていて財務省から年一回の報告を義務付け
られている企業会計報告の財務諸表の中から,貸借対照表 (B/S) および損益計算表
(P/L) を使用するモデル作成 (モデリング) およびシミュレーションの構成とさらに
マルチメディア環境のウェブ上でのモデリングとシミュレーションの方法について述
べ,実際例として,様々な産業形態に分類される各個別企業からの例示によるプロト
タイプを提案し,その使用可能性および予測可能性について述べる。
ウェブ・サイトの企業財務予測モデルとシミュレーション
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貸 借 対 照 表
資
産
の
部
流
動
資
産
有 形 固 定 資 産
固定資産
無 形 固 定 資 産
負 債 及 び 資 本 の 部
流 動 負 債
負
債
固 定 負 債
投資その他の資産
資本金
繰 延 資 産
資
本
資 本 準 備 金
利 益 準 備 金
その他の剰余金
2. 会計データによるモデル構築
マクロ計量モデルを構成する際のデータ・ソースとして国民経済計算から直接,あ
るいは加工してデータベースを作成して,モデルのパラメータ推定やシミュレーショ
ンを行う。
企業の計量モデル構築の場合は,マクロ計量モデルのような確立した経済理論を背
景に持っているわけではない。また,一般に会計データは,国民所得勘定表と同じよ
うに複式簿記の形式をとってはいるが,企業会計の項目名は,総需要と総供給均衡の
観点から生産,分配,支出勘定として,同じ国民総生産(あるいは国内総生産)を三
面から見ている形となっている国民経済計算の項目名と違い,企業財務状態を表す
B/S や P/L 内の項目データをデータ・ソースとして使用する。もともとマクロ計量
モデルは,計量モデル開発の伝統のある国民経済計算の表式は,企業会計表式に似せ
て作成してあるが,ストックの状態を表す B/S とフローをあらわす P/L と明瞭に
分かれていないため,ほとんどの方程式がフローの関係式となっている。しかし,企
業モデリングの場合,これらの二つのデータ表が明瞭に分けられているので,この二
つの表の関連性と整合性および各表の勘定項目間の因果性を考えながらモデリングし
ていく必要がある。まず,標準的な貸借対照表と損益計算書の大項目別に見てみよう。
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大阪経大論集
第53巻第4号
損 益 計 算 書
営業利益計算
営業利益=売上高−売上原価−売上高販売及び一般管理費
経常利益計算
経常利益=営業利益+営業外収益−営業外費用
純損益計算
(税引後)当期純利益=経常利益+特別利益−特別損失
−法人税及び住民税等
税引前当期純利益=経常利益+特別利益−特別損失
当期未処分利益計算
当期未処分利益金=前期繰越利益金−中間配当
+中間配当積立取崩額−利益準備金積立額
当期未処分利益が B/S のその他の剰余金の一部として組み込まれる。
少なくともここに掲げられている項目は,企業会計基準に従うすべての企業に存在
するので,この段階でのモデリングは最低可能である。したがって,この段階での各
個別企業はすべて比較可能となる。しかし,それはとりも直せば,各産業の特徴はこ
れらの変数では表せず,金額だけの比較となる。各産業の特徴を表したいのならば,
さらに詳細な勘定項目に分ける必要がある。まず B/S は次のよう項目に細分化され
る。
資産=流動資産+固定資産+繰延資産
流動資産=現金及び預金+(受取手形−貸倒引当金)+(売掛金−貸倒引当金)+製品商
品+原材料+前払費用+未収収益
固定資産=有形固定資産+無形固定資産+投資その他の資産
有形固定資産=(建物−減価償却累計額)+(機械及び装置−減価償却累計額)+土地+
建設仮勘定+その他の有形資産
無形固定資産=営業権+借地権+その他の無形固定資産
投資その他の資産=投資有価証券+長期貸付金+長期前払費用+その他の投資資産
繰延資産=創立費+社債発行差金+試験研究費(研究開発費)+その他の繰延資産
負債=流動負債+固定負債
流動負債=支払手形+買掛金+短期借入金+未払金+未払費用+前受金+預り金+引
当金(修繕引当金など)+その他の流動負債
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固定負債=社債+長期借入金+長期未払金+引当金(退職給与引当金など)+その他の
固定負債
資本=資本金+資本準備金+利益準備金+その他の剰余金
その他の剰余金=その他の資本剰余金(保険差益積立金など)+任意積立金(中間配当
積立金など)+当期未処分利益金
負債+資本=資産
一方,損益計算書の詳細項目は次のような関係式となる。
営業利益=売上高−売上原価−販売及び一般管理費
売上原価=商品(製品)期首棚卸高+当期商品仕入高(当期製品製造原価)
売上総利益=売上原価−商品(製品)期末棚卸残高
販売費及び一般管理費=販売員給料手当+販売手数料+広告宣伝費+その他の一般管
理費
経常利益=営業利益+営業外収入−営業外費用
営業外収入=受取利息及び割引料+有価証券利息受取配当金+その他の営業外収入
営業外費用=支払利息及び割引料+社債発行差金償却+社債発行費償却+その他の営
業外費用
当期純利益=経常利益+特別利益−特別損失−法人税及び住民税等
特別利益=前期損益修正益+固定資産売却益+その他の特別利益
特別損失=前期損益修正損+固定資産売却損+災害による損失+その他の特別損失
税引前当期純利益=経常利益+特別利益−特別損失
当期未処分利益金=前期繰越利益金−中間配当+中間配当積立取崩額−利益準備金積
立額
以上の恒等関係の中で,他の項目定義式によって説明されている項目,あるいは前
期の B/S や P/L から所与として与えられる項目は,元来,企業内部で決定され,
計算されたり,また,過去の値なので既知の現実値として獲得されているので,企業
の未知の行動式,制度式,あるいは技術式として推定される項目ではない。したがっ
て,これらの項目を変数として因果関係式の要因とは見なされない。したがって,こ
れら以外の項目が未知数として推定すべき変数の項目となりうる。ゆえに,先ほどあ
げた基本的変数項目とまだ,ほかの変数で説明されていない変数が内生変数と外生変
数,あるいは成果変数と決定あるいは戦略変数となりうる。まとめると,推定される
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べき変数の候補 (内生変数) は次のとおりである。
[ストック変数]
資産変数
現金及び預金,受取手形−貸倒引当金,売掛金−貸倒引当金,製品商品,原材料,前
払,費用,未収収益,建物−減価償却累計額,機会及び装置−減価償却累計額,土地,
建設仮勘定,その他の有形資産,営業権,借地権,その他の無形固定資産,投資有価
証券,長期貸付金,長期前払費用,その他の投資資産,創立費,社債発行差金,試験
研究費 (研究開発費),その他の繰延資産
負債変数
支払手形,買掛金,短期借入金,未払金,未払費用,前受金,預り金,
引当金 (修繕引当金など),その他の流動負債,社債,長期借入金,長期未払金,
引当金 (退職給与引当金など) ,その他の固定負債
資本変数
資本金,資本準備金,利益準備金,その他の剰余金
[フロー変数]
利益変数
売上高,商品 (製品) 期末棚卸残高,販売員給料手当,広告宣伝費,その他の一般管
理費,受取利息及び割引料,有価証券利息受取配当金,その他の営業外収入
損失変数
支払利息及び割引料,社債発行差金償却,社債発行費償却,その他の営業外費用,前
期損益修正益,固定資産売却益,その他の特別利益,前期損益修正損,固定資産売却
損,災害による損失,その他の特別損失
これらの変数は,産業によって存在しない場合や因果関係が明瞭でない場合がある
ので,ある程度集計することにより,ほぼ,どの個別企業にも存在しそうな変数とし
て集計してみる。
3. 企業財務予測モデルの構成
ある一定の経営環境を前提として,企業経営がどのようになるかを整合的に予測す
ウェブ・サイトの企業財務予測モデルとシミュレーション
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るエコノメトリック・モデルとして,財務データ(貸借対照表,損益計算書,その他)
を材料にして作成したモデルを構築する。
このモデルのプロトタイプは,矢野氏による『経営予測入門』[18] に大いに負っ
ているが,この著作は,1974年に,企業計量モデルの先駆けとしてダイヤモンド社か
ら出版された書籍で,それ以降,ほぼ30年もたっているが,企業経営の財政面を中心
に計量モデル構築を説明したものとしていまだに,基本的な部分は,現在でも企業計
量モデルの貴重な資料である。また,外国文献では,[9] も,これと似たタイプの
やや上級の教科書である。しかし,これらはあくまでも,当時のコンピュータ技術の
初期の段階でかかれたもので,今日の情報技術の発展を取り入れた形になっていない。
したがって,ここでは,それらを今日のインターネットをベースとした企業予測モデ
リング,特に,インターネット上での,すなわち,Web 上でのモデリング手法とそ
のシミュレーションの提示について拡張してみよう。また,[18] のなかでは特に製
造業用のモデリングだけが示されているが,今日は,サービス業や民間金融機関の第
三次産業の発達が大きく,当時の製造業中心のモデルとは構造かなり違うものになっ
ているので,第三次産業の特徴を捉えたモデリングを行う必要がある。したがって,
論文の中では,過去の製造業とはちがった構造を持つエレクトロニック総合企業の
「ソニー」を代表例として財務データを利用し [13],従来の製造業用モデルとの違
いを述べながら検討することにしょう。
3.1 プロトタイプ企業財務モデル
このモデルは,マクロ経済環境が与えられたもとでの生産(各産業生産指数),製
品価格(各産業卸売物価指数),賃金(一人当り平均名目賃金),利子率(国内銀行貸
出平均金利)の4項目(外生変数)が,他の予測方法により条件として与えられた場
合に,企業の経営がどうなるかということを検討するためにつくられたものであるが,
場合によっては。企業内変数も経営政策,あるいは戦略変数の形として外生的に与え
られる場合もある。たとえば,変数の動きを見たときに,明らかに政策的な動きをし
た場合とか,回帰分析を行っても,回帰が非常に悪く,実績値と予測値との差が大き
い場合には,それらを内生変数として扱うよりは外生変数として扱ったほうが,結果
的には予測式が1本減ることになり,連立方程式全体の予測は改善される。また,こ
れらを連立方程式モデルとして構造推定を行う場合に,各方程式が認定可能となるよ
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うに外生変数は多いほうが予測力が向上する可能性が高く,さまざまな経営政策のシ
ナリオを見るうえでシミュレーションの範囲が広くなる。
内生変数としては貸借対照表および損益計算書の勘定項目など28種類を使っている。
したがって, 方程式数は28本, うち構造方程式19本,定義式9本である。データ期間
は,は 「ソニー」 の場合,1990∼1999年である。
回帰式の形は次のとおりである。←印の下に書いてある説明要因(式の右辺)が原
因となって,←印の上にある予測結果(式の左辺)の大きさが決まるわけである。変
数にマイナス記号がついているものは変化の方向が逆(例えば(1)式で右側の棚卸
資産がふえれば左辺の現金預金は減る)であることを意味する。(−1)という小文字
の記号がついているものは前期(たとえば(1)式では,ある期の現金預金等の額は
前期の現金預金と回帰する)を表わす。また,Δで表されているのは増分である。
(1) 現金預金等←総借入金,(−)棚卸資産,現金預金等(−1)
(2) 棚卸資産←売上高,棚卸資産(−1),(−)国内銀行貸出平均金利
(3) Δ買入債務←Δ売上債権,Δ棚卸資産
(4) 売上総利益←(−)労務費用等,売上高
(5) 金融費用等←(−)買入債務,投資等,内部留保金
(6) 減価償却費←資本金,売上総利益,固定資産(−1)
(7) 配当金←資本金,税引前純利益,配当金(−1)
(8) Δ法人税←Δ税引前純利益
(9) 従業員数←売上高÷卸売物価指数,従業員数(−1),(−)一人当り名目賃金
(商品の売上高,前期の従業員数および名目賃金で予測している。名目賃金
が増えれば従業員数は減るという逆回帰という理論背景を考えるが,現在,
日本経済はデフレ下にあるので賃金が上がらず,雇用が増えない情勢が続い
ている。したがって,企業の業績が悪化し,リストラなどを通じて生産コス
トを削減することによる影響が出るものと想定している。)
(10) 労務費用等←従業員数,一人当り名目賃金
(11) 投資等←売上高(−1),(−)固定資産(−1),投資等(−1)
(前期の売上高,固定資産,投資額によって,その期の投資等を説明してい
る。すなわち,製造業では①加速度原理−売上の増加に伴い設備投資増加に
加速がつく,②ストック調整原理−前期の固定資産が過大で設備過剰傾向が
ウェブ・サイトの企業財務予測モデルとシミュレーション
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生じるとその期の設備投資は減る,③継続投資−長期投資計画にもとづく設
備投資については前期の投資に継続して一定量の投資が必要である,という
三つの投資行動がこの式の中にとりいれられているが,サービス業では,必
ずしも機械設備・建物だけでなく人的投資なども考えられるので。ほかに,
金利,賃金なども説明変数に加えていくつかの式が考えられる。)
(12) その他の負債←棚卸資産,固定資産,その他の負債(−1)
(13) Δ売上債権←Δ買入債務,Δ金融費用,Δ減価償却費
(14) その他の資産←(−)売上総利益,資本負債総額,売上高
(15) 売上高←従業員数,売上高(−1),各産業生産指数×各産業卸売物価指数
(この式も非常に重要である。製造業売上額を各産業生産指数×各産業卸売
物価指数と,従業員数および前期の売上高で説明している。)
(16) 短期借入金←総負債,総借入金,(−)棚卸資産
(17) 資本金←固定資産,資本金(−1)
(18) 長期借入金←固定資産,長期借入金(−1),(−)国内銀行貸出平均金利
(19) 役員賞与金←税引前純利益
3.2
財務予測モデルの性格
ここで紹介した企業財務予測モデルは,本来,このモデルは個々の企業の特色に応
じて,企業内データによる「企業財務予測」目的として作成されたものである。しか
し, このような企業モデルを集計することによって,業種別の産業レベルの予測が可
能なものである。
このモデルを構成する財務構造方程式を作成するにあたって,最も重要な検討事項
は,企業行動である。個別企業の常識的な企業行動に反する回帰式はどんなに過去の
相関度が高くても,不当な式として排除しなければならない。また,今日さまざまな
モデリング方法や統計的検証法が開発され,また企業システムを複雑システムとして
捉え,様々な最近のモデリング・アルゴリズム2) による開発によるコンピュータでの
計算が高速化,パソーナル化とともに,容易にかつ迅速に,しかも正確に行えるよう
になっている。したがって,現代の企業財務モデルの構築には,よりはっきりとした
2) 例えば,ニューラル・ネットワークや遺伝的アルゴリズムによるモデリング
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企業目標達成のためのモデリングの目的,因果関係の整合性を厳しく判定する必要に
迫られている。
例えば,買入債務の予測式では,売上債務がふえ,在庫が増えるにつれて買入債務
を増加させるという企業行動が常識的にいって妥当であるから, この式の因果関係は
妥当であり,個々の企業の財務予測力があると認定できるわけである。
このように企業内データによる財務をふくめた財務予測を行った経営予測モデルの
過去の例は,数多くあったが,そのほとんどは製造業であったが,今回はサービス,
金融業も含めた一般的企業財務モデル構築を目指している。[18]
3.2 個別企業モデリングの注意事項
上述の企業財務予測モデルは,同系統の業種の場合でも,「因果関係」については,
「データそのものの性質」についてもかなりの相違がある。以下,このモデルを個々
の企業財務モデル場合の注意事項を箇条書きで示すことにする。原モデルの回帰式に
直接関連するものを先に,原モデルでは取り扱われていないが,個々の企業のモデル
では取り上げたほうがいい問題を後のほうに記述することにする。
(1) 差分方程式の問題
このモデルでは,差分式の形で回帰式を組んだものがある。一般に,差分式は原因
(右辺の変数) に対して結果 (左辺の変数) が極めて敏感に反応するという長所があ
る。そのかわり,統計誤差や不規則変動によって大きく影響を受けるから,どうして
も回帰係数が悪くなる。企業内統計は,誤差率は小さいが,不規則変動が大きいのが
普通だから,差分式で予測しようとすると,回帰関係が悪くなって使いものにならな
くなる場合が少なくない。したがって,どちらかというと,差分式を敬遠するほうが
賢明であろう。
差分方程式においては時間の遅れによって表現されるので,グレンジャー因果性テ
ストをして変数の選択を決定する方法も採用される。
(2) 売上額の予測
この式は,個々の企業の財務予測モデルを作成する場合に最重点として検討する必
要がある。各産業別卸売物価指数をとっている。しかしながら,サービス産業や銀行
業などにおける卸売物価指数は,日本銀行統計局から与えられる統計表にはないので,
産業全体の卸売物価指数を採用することにしたが,統計的に有意でない場合は,この
ウェブ・サイトの企業財務予測モデルとシミュレーション
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ような産業は物品生産ではないので,変数そのものを排除するか,人的サービスに関
連する常用雇用指数をとることにしたほうが良い場合がある。
この式は,個々の企業の財務予測において,その最大の前提となる需要・販売予測
式にあたるものである。企業の業種業態に応じて,理論的に因果関係もよく,過去に
おける相関係数の高い式を選ばなければならない。一般的な原則は次のとおりである。
①生産財については,鉱工業生産指数あるいはその製品を需要する産業の生産指数
および製品価格指数などと回帰して予測する。
②投資財については,設備投資あるいはその製品を需要する業界の生産指数および
製品価格指数などと回帰して予測する。
③消費財については,個人消費支出または国民総生産,人口または世帯数,消費者
物価指数などと回帰させて予測する。
④生産量に対し輸出がかなり大きなウエイト(例えば20%以上)を占める場合には,
輸出需要の動きを回帰式の中に組み込む必要がある。輸出と内需とでは需要変化
の原因も変化の態様も大きく異なるからである。
⑤別途,国全体としての需要を回帰式と積上げ計算を併用して綿密に検討したうえ,
企業の売上額を国全体としての需要量と価格を原因とする重回帰式で予測すると
いう方法は,需要予測→販売量予測→販売額予測という,予測作業の手続きに適
っており,実務的に,最も有力な手法といえる。
⑥金融業の現金・預金収入については,預金者の所得や消費者物価指数などと関連
させて回帰して予測する。
(3) 投資の予測式
製造業財務予測モデルの設備投資予測式は,製造業全体の予測のためには妥当でも,
個々の企業にはフィットしない可能性が大きいと考えられる。むしろ前期の設備投資,
前期の剰余金および(景気代表指標としての)金利と回帰させるか,あるいは売上額
と直接回帰させて予測するほうがいいであろう。
なお設備投資計画が別途策定されている場合に,毎期の設備投資額をこの式に対す
る外生変数として与える考え方もある。企業の設備投資については,大企業の場合,
回帰のいい予測式を求めることが可能なケースもあるが,一般の企業の場合,ある時
期には大きな設備投資をし,そのあとしばらく休止というような乱高下変動があり,
相関係数のいい回帰式が求められないケースが多い。この場合には,設備投資を先決
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第53巻第4号
変数として取り扱うほかない。また,サービス業・銀行業など第3次産業においては,
設備投資は店舗数や従業員増加などになる傾向が強いので,パソコンなどの情報機器
投資以外の説明要因と考えられる。ここでは,[18] で示されているような設備投資
に限らないということで変数名を「投資等」とした。
(4) 資本金の問題
製造業を取り扱うモデルでは,資本金についても,時系列が指数回帰に近い形で伸
びる(どの期にも,どこかの企業が増資をしている)はずである。しかし,個々の企
業の場合には,ある時期に増資が行われたあとは,資本金は次の増資まで横ばいとい
う,階段状に伸びる時系列になる。したがって,資本金について,たとえば固定資産
残と前期の資本金を原因変数として回帰式をつくっても,回帰係数がかなり低くなる
ことが考えられる。しかし,この式の場合には,回帰係数があまりよくなくとも,増
資の傾向線は,この式(またはこれに準ずる式)によって表わされると考えて,予測
作業を行うほうが有利である。この式によって予測値を出すと,資本金の時系列は,
実績値は階段状であるのに,資本金の予測値は回帰点上のドットをたどって,毎期増
えていくような形で予測される。この予測値は実情に合わないが,増資を行わずどう
しても増資を必要とするような乖離幅が出た場合に,はじめて増資を行う形で調整す
る。この方式により,将来,いつ増資が必要になるかという予測が可能になる。
(5) 貸借対照表の整合条件
上記の方程式には,元の標準的な B/S と P/L にある勘定科目名とは違う変数名
が導入されているが,ある程度集計してあるので,実際にはもとの勘定科目の実数か
ら計算しなければならないものもある。しかし,計算の手間をできるだけ省略するこ
とと元の勘定項目名を生かしたいので,このモデルに貸借対照表の整合条件 (総資産
=総負債+総資本,) を生かすことにした。この方法によれば
[18] で注意されているような B/S の不整合はなくなり,この形で予測を行うと,
貸方と借方が等しくなる。ただし, と の間の差は出ても,その差が僅少で
あれば,「その他の資産」または「その他の負債」の項として微調整して貸方と借方
をあわせておくことができる。定義式として の式を追加してあるので,そ
の代わり または の変数を定義することによって貸方・借方の説明不可能な
資産と負債を,その他の資産や負債とすることができる。例えば の予測式 (11)
からアンダーライ
を削除すれば, は(20)式,
ウェブ・サイトの企業財務予測モデルとシミュレーション
189
ンを引いた項目 (これについては他の式から予測値がでる) の残差として計算でき,
の予測式をはずせば は(20)式の残差として求められる。
(6) 原材料ならびに販売費及び一般管理費
この式では,売上高が予測のベースとして採用されている。したがって,原材料関
係は予測体系のなかにとりあげられていない。
製造業全体として考える場合には,最終製品に対し原材料が二重計算されてしまう。
したがって,このモデルで行ったように,売上高(粗付加価値ベース)で計算するか,
あるいは売上総利益のほかに輸入原材料および一次産品・鉱産品だけを式の中に組み
込むほうが実情に合っているであろう。しかし,個々の企業の財務予測を行う場合に
は,原材料費(原材料使用量,原材料価格)がきわめて重要な予測要因である。した
がって,①売上総利益のかわりに売上高を用い,売上高予測式の右辺に原材料関係に
指標を外生変数として組み込むとか,②原材料関係の予測式を一本増やし,売上総利
益のかわりに売上高を用いることが考えられる。以上のようなさまざまな検討から次
の方程式群が得られる。
3.4
方程式モデル
まず,最初に個別企業を取り上げる前に,今まで取り上げた会計項目を少し修正し
た変数名ならびに構造方程式ならびに定義式 (会計恒等式) を述べよう。
記号一覧表
現金預金
固定資産
総借入金
投資等
棚卸資産
その他の負債
売上高
資本金
各産業生産指数
売上総利益
* 卸売物価指数
労務費用等
配当金
金融費用
税引前純利益
減価償却費
法人税等
国内銀行貸出平均金利
従業員数
その他の資産
* 1人当平均名目賃金
総資産
総負債
買入債務
剰余金
短期借入金
内部留保金
長期借入金
資本負債総額
自己資本
役員賞与金等
*
売上債権
*
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第53巻第4号
方程式
1. *
18. *
2. 19. 3. 20. 4. 21. 5. 22. 6. 23. 7. 24. 8. 25. 9. 26. *
10. 27. 11. 28. 12. *
29. 国内銀行貸出平均金利
13. 30. * 産業生産指数
14. 31. * 産業国内卸売物価指数
**
15. 32. * 1人当り平均名目賃金
16. *は外生変数を表す。
*
*
17. 上記の変数名は,前節で述べた一般勘定科目の若干を集計したものである。したが
って変数名と先の勘定科目との間には次の関係がある。
記号=変数名=勘定名
=現金預金=現金及び預金
=総棚卸資産=棚卸資産合計(製品商品+原材料+前払費用+未収収益)
=買入債務=支払手形+買掛金+未払金+未払費用+前受金+預り金
+社債+長期未払金
=その他の負債=その他の流動負債+その他の固定負債
+引当金(退職給与引当金など)+引当金(修繕引当金など)
=売上債権=(受取手形−貸倒引当金)+(売掛金−貸倒引当金)
=売上総利益=売上高−売上原価
ウェブ・サイトの企業財務予測モデルとシミュレーション
191
=配当金=任意積立金(中間配当)
=資本金=自己資金=資本準備金+利益準備金
=法人税=法人税及び住民税等
=税引前純利益=税引前当期純利益=経常利益+特別利益−特別損失
=労務費用等=販売費及び一般管理費
=その他の資産=投資・その他の資産
=金融費用=支払利息及び割引料+社債発行差金償却+社債発行費償却
+その他の営業外費用
=減価償却費=建物減価償却累計+機械及び装置減価償却累計
=固定資産
=役員賞与給等=流動負債の(引当金など)
=総借入金=短期借入金+長期借入金
=前期固定資産
=投資等=投資及びその他の資産
=剰余金=その他の剰余金
=内部留保金=当期未処分利益金
=役員賞与等=利益準備積立金額
=その他の負債=その他の流動負債+その他の固定負債
この個別企業の企業財務モデルの全体像は図1のフローチャートで示される。
3.5
Excel による財務モデリングの実際例 (「ソニー(株)」の場合)
第2次の製品製造から販売・サービスを含む総合エレクトロニクス総合会社として
の代表例「ソニー」を検討する際に,日経 NEEDS からのデータバンク (実際には,
大学の LAN 上にある CD−ROM からのダウンロードで得られたデータ) とその他
の紙面ベースの「日経経営指標」と「わが国企業の経営分析」等を補完的に用いなが
ら,回帰分析に必要な財務データ(貸借対照表,損益計算書)1990 年から1999 年の
10年間分を使用し,マイクロソフト社の表計算用ソフト Excel を利用して回帰分析
をする。
192
大阪経大論集
第53巻第4号
図1. 企業財務予測モデルのフローチャート(矢野 [18] 一部修正して引用)
注)=1期ラグ,=差分,−=減算,*=乗算,/=除算
成果変数=内生変数
外部環境変数=外生変数
ウェブ・サイトの企業財務予測モデルとシミュレーション
4.
193
ウェブ・サイト上でのモデル構築
第3節で述べたモデリング作業を,ウェブ上で展開するには,通常の Excel 上の
モデリングよりははるかに自由度が少ない。なぜなら,ウェブ上で Excel を自動操
作化するためには,HTML 言語や,あるいはウェブ用の言語 JavaScriptなど表計算
のプログラミングを作成しなければならない。これはなかなか困難である。というの
は,現在では,効率のよいモデリングソフトが市販され,それによってモデリングの
ウェブに載せる前に簡単に,しかも繰り返し行うことができる。しかし,今後,有料
化,無料化は別にして,ウェブ・サイトで企業の財務データが開示されるにつれて,
ウェブ上にあるデータをそのまま使用して,ウェブ上のソフトでモデリングでき,し
かもダウンロードして,それぞれの端末に取り込んでもそのまま Excel のような汎
用的なソフトでモデリングを,即座に継続できることが必要になってくる。現在のと
ころ,ウェブ上に Excel を置くことはできるが,その操作に関しては,スタンド・
アローンでの操作に比べてきわめて伸縮性が低い。その場合,もはやこれからの時代
においては、ウェブ上であろうと,ウェブ外であろうと自由に同じ Excel を用いてモ
デリングができることが理想である。また,通信ネットワークを通じて,細分された
モデリングにより,各端末から統合した大規模モデルの構築が,同期的に互いのモデ
リング・プロセスを見ながら可能になる。現在は,そのような状態に備えて,アップ
ロードされたモデルが自由に変更できるモデリング・ソフトが必要となる。一部では,
これは,データ購入の際,データ操作用専用のソフトが添付されている場合があるが,
これらは,それぞれのデータ・バンクは特有データに添付された操作ソフトで,一般
性はないので,他のさまざまなデータ・ソースを結合して用いるには役には立たない
ものであった。したがって,Excel のような普及度の高いソフトを使ってできるよう
な仕組みが切望される。とりあえず,今は,LAN や WAN を使用して,各 PC に
データを取込んでモデリングするしかないが,これでもデータ入出力が以前3) に比べ
て負担が非常に軽くなったといえる。ここでは,上述のような将来の展望を見据えな
がら LAN,あるいは WAN 上のデータを取込んでモデリングする最も単純な仕組み
を示すのみに留めよう。ここでは,データが整備されている LAN 上の日経 NEEDS
3) LAN や WAN のようなインターネットが発達していなく,データが市販の汎用ソ
フトで操作が困難なコンピュータが使用できなかった1990年代のことを指す。
194
大阪経大論集
第53巻第4号
データからのダウンロードして行うモデリングの過程を見る。まず,LAN を通じて
データ・バンクにログ・オンして,常にいつでもデータを引き出せるようにすること
が最初の作業である。それは,次のようなプロセスを追って作業をする。最初の画面
はこのデータファイルのタイトル画面であり,図2のように現れる。
データ抽出プロセス
1. データあるいはサーバー管理者にデータが置かれているアドレスの情報を
得る。パスワードが必要な場合は事前にそれも得ておく。
2. マイコンピュータの中にそのドライブを作成し,データ・バンクとして割
当てておく。
3. 次 に パ ソ コ ン 画 面 の「 ス タ ー ト」か ら「 プ ロ グ ラ ム」を 選 択 し て,
「NEEDS CD−ROM 日経財務データ」「T」と「R」に分けられている
が,「T」は,「単独決算」,「R」は「連結決算」を意味するので,どちら
か一方選択する。そうすると次の画面が現れる。
図2.
LAN を通じた日経 NEEDS 財務データ(CD−ROM 版)抽出タイトル画面
ウェブ・サイトの企業財務予測モデルとシミュレーション
195
この後,図3の会社選択画面が現れる。
図3. 会社選択画面
この画面において,もし会社名が分かっているなら会社名を入力欄に書き,また株
式コード,日経会社コードなど分かれば書いておく。また,特定の会社名が分からな
いとか,産業レベルで調査したい場合は,業種集計値コードが分かればそのコード番
号を,また番号が分からない場合には,業種名さえ分かればデータ系列を検索できる
ようになっている。また,その他の検索条件があれば,もっと検索範囲を絞ることも
できる。特定の会社を絞るときに注意しなければならないのは,このデータベースの
検索は可能な会社は,一部上場の会社のみに限られるということと,銀行を中心とし
た金融関係の会社はこのデータベースには存在しないことを銘記しなければならない。
もし,金融関係のデータが知りたければ,日経 NEEDS の金融・保険会社のデータ
ベース (銀行・証券・保険財務データ) を購入しなければならない。また,会社名に
よる検索は,同系統や同名の子会社などが検索されてくるので,その中で分析対象の
特定の会社名に絞り込む必要がある。さて,ここでは,一番容易な会社名で検索する
ことを例にとって,さらに次の作業に進めることにする。次は,どれだけの標本期間
をとるということであるが,それを設定するのが「期間設定」というボタンである。
196
大阪経大論集
第53巻第4号
図4. 期間設定画面
図5.
Excel 上にダウンロードされた「ソニ」財務データ
この画面は次に示される。この画面では,年データで与えられるので,全期間とすれ
ば,その会社のデータ開示年から極最近のデータまで取込むこともできる。われわれ
は,社会の変化にしたがって,会社の財務構造も変化すると考え,長期の傾向を調べ
るのでなければ,標本期間の「範囲指定」は,10年間ぐらいが,会社自身の構造変化
ウェブ・サイトの企業財務予測モデルとシミュレーション
197
が少ないと考え,適当と考えるが,方程式が多い場合には,推定すべきパラメータも
多いので,自由度が少なく,推定係数の有意性に問題が出てくる場合があるので,標
本の大きさには注意しなければならない。ここでは,図4の上の欄には「ソニー(株)」
の場合だったら,上の欄には「1990」と下の欄には「1999」と記入する。「決算期表
示」は,過去から現在と時系列的にデータを配置したいので「古い期順」にチェック
マークを入れる。すべてデータを入れ終わったら「OK」キーを押すか,キーボード
の 「Enter」 キーを打つ。そうすれば,本の初期画面 (図3) に戻るので,右下の
「出力」を押せば,LAN 上のデータストリッジにある CD−ROM からデータがダ
ウンロードされ,Excel 上に各セルに挿入される。元のデータの種類は CSV ファイ
ルであるが,一旦 Excel に挿入された後,再び Excel ファイル形式で保存しておけ
ば,その後の Excel での回帰分析等の操作がスムーズとなる。さて,取込まれたデ
ータは図5ようになっている。この場合,さまざまなコード番号と会社名などの企業
基本と連結決算による貸借対照表の数値の一部が見える。このデータを基本データと
して第3節で説明された変数定義にしたがって,データの集計や加工をして,回帰分
析が行えるデータ・ベース作成される。加工されたデータ・ベース表が次に示される。
このデータ・ベースから次のように,前節で変数定義にしたがって,次の表が得ら
れる。
ソニーの場合,「(旧)少数株主持分」 が負債の一部として総負債金額に含まれてい
ることに注意しなければならない。
このデータ・ベースにより前述した方程式のうち定義式を除いた構造方程式に対し
て,各方程式ずつ推定を行うために,Excel の Sheet 別に,方程式別のデータを再
編成したデータ・ベースによって推定を行う。その結果の一例が,現金・預金 (ソニ
ー(株)) の例で図7で示される。このように一枚のシートごとに,基本的回帰分析に
おける基本統計 (重相関R,重決定R2,補正R2(自由度調整済み決定係数)標準
誤差(残差の標準誤差)観測数,およびダービン・ワトソン統計量 DW) と定数項
を含む推定係数,各係数の標準誤差,t値,全体テストで計算された過去の予測値,
実績値,残差,および実績値と予測値のグラフが示されている。このような推定作業
が一方程式ごとに作成される。すべての推定結果は次の方程式群で示される。
198
大阪経大論集
第53巻第4号
図6. 作成された財務データ・ベース(ソニー(株))の例
現金・預金
−0.08998 +0.910502 1. =−27627+0.13985 (−0.11357)
(1.27233)
=0.381444
(−1.55647)
=33500.8
(2.7253)
=1.44096
棚卸資産
*
2. =516632+0.13808 −0.2654 +228144 (1.91257)
(3.01308)
=0.6375
(−0.76585)
=81545.5
(1.21243)
=2.078641
買入債務
3. =31761.7+1.72643 −0.979051 (0.64995)
(3.62367)
=0.6721505
(−0.979051)
=135251.69
=2.275535
ウェブ・サイトの企業財務予測モデルとシミュレーション
売上総利益
4. =−183370+0.374366 −0.13985 (−1.36115)
(3.80389)
=0.941049
(−0.38091)
=112682
=0.857595
金融費用
5. =80615.1+0.017965 −0.007053 +0.007688 (1.67042)
(0.623846)
=0.397991
(−1.48106)
=14004.8
(0.046861)
=1.05325
原価償却費
6. =45074.1−0.182409 +0.037883 +0.118153 (1.12919)
(−0.747445)
=0.839213
(1.00747)
(3.14364)
=13388.6
=2.26703
配当金
7. =9188.07+0.069944 −0.003441 −0.652369 (2.18316)
(2.27797)
(−0.7284)
(−1.16733)
=0.575725
=1420.99
=1.10902
=43604.0
=2.01504
法人税等
9. =103684+0.212903 (6.68900)
(2.08313)
=0.270631
従業員
9. =27520.1+0.445549 *+0.702881 (2.53351)
(1.48264)
=0.969109
(4.0856)
=4161.08
=1.18058
労務費用
10. =−152309+9.100429 +16992.8 *
(−2.06409)
(3.005959)
=0.887735
(1.31687)
=120243
=2.0052
199
200
大阪経大論集
第53巻第4号
図7. 方程式モデルのデータ・ベース編成とその推定結果
投資等
11. =671099+0.040188 −0.350898 +1.45981 (2.81118)
(0.19675)
=0.972240
(−2.04008)
=49759.7
(5.87217)
=2.00758
その他の負債
−0.51709 −0.08103 12. =722351+1.16455 (2.18864)
(1.98064)
=0.273511
(−2.34771)
=97993.1
(−0.23557)
=2.50836
ウェブ・サイトの企業財務予測モデルとシミュレーション
201
売上債権
13. =16248.5+0.525698 +1.51948 −0.999099 (0.369548)
(3.59093)
=0.582277
(0.532614)
=92631.7
(−0.66441)
=3.03639
その他の資産
14. =310432+0.484019 −0.3051964 +0.22831 (0.505178)
(0.92608)
(−1.33909)
=0.861435
=113202
(1.74649)
=1.30402
売上高
15. =−876169+27.405 +0.718445 +643.503 **
(−2.5901)
(2.64509)
=0.940147
(3.01315)
(2.17382)
=312618
=2.42356
短期借入金
16. =−240890−0.061341 +0.988395 +0.178956 (−0.42612)
(−0.17872)
=0.85399
(2.48932)
=105721
(0.157349)
=1.42902
資本金
17. =−30459.5+0.080656 +0.527235 (−0.591812)
(3.02896)
=0.871035
(2.06536)
=17575.2
=2.53782
総借入金
*
18. =−417083−0.111207 +2.02150 +188924 (−0.28482)
(−0.259828)
=0.70513
(0.95613)
=139267
(1.41754)
=2.12294
各係数下の括弧の数値は 値, は自由度調整済み決定係数,
は残差標準誤差,
はダービン・ワトソン統計量である。
各方程式の推定係数ここで,注意しなければならないことは,プロトタイプ・モデ
ルは19本であるが,19本目の役員賞与金等に関してはソニーの場合,連結決算表には
202
大阪経大論集
第53巻第4号
データがないので省略され,構造方程式は18本となっている。また,第20番目以降の
定義式は,3.4節で述べたので,ここでは省略したが,連立方程式を考えるときに
は考慮しなければならないことは言うまでもない。また,第8番の法人税等の方程式
は,オリジナル・モデルは差分方程式で表されているが,ソニーの場合, が負と
なり非常に相関が低く,代わりに差分変数でなく,絶対水準のままの変数同士の回帰
方程式となっている。これら「成果変数」(performance variables) の中には,企業に
よって会 社の方 針や意 思決 定によって決 定される「決 定 変 数」(decision variables)
と業績の評価を見る「評価変数」(evaluation variables) とに分類される。
したがって,第3.4節で描かれたフローチャートの一部の変数が一部企業自身が
コントロールできる決定変数となり,推定する必要がない「環境変数」と同じ外生変
数としての扱いとなる。たとえば,借入金などは,会社の方針として「無借金経営」
を標榜している会社の場合,借入変数は外生的に実数値が与えられ,借入方程式は推
定から除外される。ここでの「外部環境変数」は企業を取り巻く「マクロ経済環境変
数」のことを指す。したがって,基本的に,このモデルは,マクロ経済環境,すなわ
ち景気等に制約を受けた企業財務モデルと言えよう。また,定義式の中の変数も元の
変数データが存在しない場合には,その変数は定義式から除外して計算する。
さて,方程式モデル全体の評価であるが,この論文の目的はソニー (株) 財務状態
ならびに経営意思決定に関する分析する4) のではないので,事例として用いているの
で簡単に述べることにする。統計的観点から,1.の現金・預金方程式と8.の法人税
等式および12.のその他の負債方程式は,極端に相関が低く,決定係数がも小さく実
績値とのフィットが悪いが,その他は比較的良好である。ただし,若干,係数の 値
が低いものがあり,係数の信頼性を疑うものがあったり,貸出金利係数の符号が正と
なり,前述した仮定と矛盾していることもあるので,最終的には厳しい変数選択によ
り,一部の変数を除外したり,フィットの良い変数を導入する必要がある。また,ダ
ービン・ワトソン統計量は4.の売上総利益が正の系列相関が,また,13.の売上債権
が負の系列相関を持つ傾向にあるが,その他は概ね系列相関がないと見なすことがで
きる。すべての方程式は認定可能であるので2段階最小2乗法で構造パラメータが推
定可能である。ここでは,論文の主目的ではないので,各方程式の最小2推定結果を
4) これについての詳しい研究は将来の課題として検討したい。
ウェブ・サイトの企業財務予測モデルとシミュレーション
示すに留める。そのすべての結果は以下のグラフに描かれる。
図8. 現金・預金
図9. 棚卸資産
203
204
大阪経大論集
第53巻第4号
図10. 買入債権
図11. 売上総利益
図12. 金融費用
ウェブ・サイトの企業財務予測モデルとシミュレーション
図13. 原価償却費
図14. 配当金
図15. 法人税等
205
206
大阪経大論集
第53巻第4号
図16. 従業員
図17. 労務費用
図18. 投資等
ウェブ・サイトの企業財務予測モデルとシミュレーション
図19. その他の負債
図20. 売上債権
図21. その他の資産
207
208
大阪経大論集
第53巻第4号
図22. 売上高
図23. 短期借入金
図24. 資本金
ウェブ・サイトの企業財務予測モデルとシミュレーション
209
図25. 総借入金
図26. 内部留保金
4.1
ソニー財務モデルによる簡易評価
簡単に,このモデルによるソニー (株) の財務状態を述べることにしょう。図から
明らかなように売上高,デフレ下の経済状況においても,売上高は年々上昇し,投資
もそれにしたがって増加している。逆に借入金などの負債は徐々に減少傾向にあり,
資本金は増加し,資産が増え,財務状態は1995年以降,著しく良くなっている。その
結果従業員も増加傾向にあり,デフレ下の経済でありながら益々「世界のソニー」の
体質は強く,成長性のあるものとなっている。これは,定義式25から計算された内部
留保金の様子 (図26) を見ることによって明白となっている。このモデルにおいてこ
210
大阪経大論集
第53巻第4号
の状況をうまく追随していると言える。
ウェブ上では,モデリングする場合,LAN や WAN 上にあるデータのダウンロー
ドに関する知識があれば,そのデータを端末の PC のディスクに取込むことができ,
モデル変数選択や推定はウェブとは独立して Excel で計算をするだけで,ウェブ特
有な事項は発生しない。このように,モデル構築に関しては,通常のモデリングとほ
とんど変わることはない。しかし,複数のモデル作成者が互いに,遠隔地で同時に,
同じデータ・ベースを使用し,統一的な大規模モデルを作成するときは,ウェブ上に
相手の作成状況を見ながらモデリングする場合には,迅速で,通信許容能力がある,
かつ視覚的に訴えやすいマルチ・メディアに基づく,共通のデータ・モデリング・プ
ラットフォームが将来的に必要になるだろう。しかし,その状態が実現するには,通
信速度が速い光ファーバー通信が完全に普及するまで待たねばならないだろう。その
準備的研究として,Excel と少なくともネット・ワーク上の企業財務データ・ベース
や公的機関のデータ・ベースに,Excel のような汎用的な表計算ソフトで簡単にアク
セスでき,ダウンロード並び加工して発信し,作成されたデータ・ベースとモデルの
セキュリティのために民間,または公的なデータバンクに貯蔵でき,しかも遠隔地で
簡単に作業途中のモデリングと共同モデル作成者のモデリング過程が PC 画面で簡
単に理解できるような装置を開発しなければならない。
5.
ウェブ・サイトでのシミュレーション
前節では,ウェブでの作業は実際上あまりないが,ホームページのような不特定多
数を相手にしたウェブ・メディアは,コンテンツの発信が中心なので,公共向けの論
文内容提示のような方面に効果がある。とくに,モデリングでは,シミュレーション
の段階でさまざま実験やバーチャル・リアリティを発生させたり,モデル作成者以外
の第三者が,モリングの評価ならびに実験するのに使用される可能性が多い。なぜな
ら,作成されたモデルは,時間とともにその内容を変更する必要が出たり,また,企
業財務モデルの場合,幾万も存在する個別企業構造は,それこそ千差万別で,著者が
作成したモデルを各企業用に適合させて再構築する必要がある。そのためどのように
モデルが動き,そのモデルによって,企業意思決定者に,企業の将来像を判断させる
材料を提供する視覚的に訴えるようなシミュレーションの仕組みを開発する必要があ
る。今までは,このようなシミュレーションのウェブ (ホームページ) 上でのソフト
ウェブ・サイトの企業財務予測モデルとシミュレーション
211
ウェアは,通信ゲーム以外は見当たらない。ここでは,したがって,Excel,Word,
PowerPoint で作成された財務モデルを LAN,あるいは WAN に簡単に載せ,シミ
ュレーション可能な形に提示することである。その場合に,ホームページ用の静態的
提示なら HTML 言語で,また動態的提示なら JavaScript のようなブラウザ提示用
言語のシミュレーション用のプログラミング作成となり,かなり専門的な話となるが,
今回はこのような言語を学ばなくても,ある程度,動的シミュレーションが視覚的に
見える PowerPoint による簡単なモデル提示を示そう。
PowerPoint を立ち上げ,新しいプレゼンテーションを選択する。様々なプレゼン
テーションのテンプレートの中で,タイトルとグラフの追加のテンプレートを選択す
る。そうすると例題のグラフと Excel 仕様の表が明示されるので,第3節で作成さ
れた暦年,予測値および実績値をこの順序でその表にコピーする。メニューバーの
「グラフ」で「グラフの種類」で目的のグラフ (この場合は「折線グラフ」) を選択,
また,データ配列が逆の場合「系列の行方向に定義 (R)」は,「データ」で,データ
の配列を「系列の列方向に定義 (C)」に変更すれば,目的のグラフが現れる。なお,
この表は,ほぼ Excel の機能と同じであるので,グラフの中のタイトルや目盛等の
設定については,右クリックによってダイアローグが出てくるので,それにしたがっ
ていけば Excel と同じグラフが描ける。この作業は,OHP やアニメーションを作る
作業とまったく同じである。グラフに関する作業が終了して元のスライド作成画面に
戻ったとき,メニューの「スライドショ−」を選択し,「既定のアニメーション (P)」
の中の「ワイプ (右へ) (W)」を選択すると,スライドショーを実行したとき,タイ
トルやグラフの枠などが最初から提示されており,グラフだけが,最初に実績値,次
に (過去の) 予測値左から右へと動いていく。
このようにして,最初に Excel でシミュレーションの結果を計算しておけば,そ
の結果を PowerPoint にコピーするだけで,動的シミュレーションのアニメーション
が実現できる。したがって,このファイルをホームページのソースに組み込んでおけ
ば,ウェブ上でこのファイルを開いたときにスライドショーが開始され,グラフが動
的に展開するようになる。
このソースファイルの一例が図27で示される。5)
5) 実際のシミュレーションのアニメーションについては,大学の私個人のホームページ
で掲載の予定である。
212
大阪経大論集
図27.
第53巻第4号
PowerPoint によるシミュレーションのアニメ化のソース・ファイル
6.
問題点と課題
この論文では,企業財務モデルを中心に,そのモデリングを Excel を使用して,
ウェブ上での LAN や WAN を通じて,データ・ベースからダウンロードしたデー
タによるモデル構築,推定,グラフ表示およびシミュレーションの動的表示を
PowerPoint で,Excel 上での同様な作業で示すことができる仕組みを示した。ウェ
ブでのホームページでは,元々の目的が不特定多数の人々を対象にして発信する媒体
であるので,モデル構築には,ウェブ上で同時に共同作業するときやデータ検索・入
力以外は,ウェブの深い知識は必要ではない。したがって,一旦専門家以外で視聴す
る人々に提示するばあいには,PowerPoint によって動的シミュレーションが簡単に,
しかも印象的に表示することができる。このことは,企業の動態的な業績が一般に理
解しやすくなる上で重要なことである。また,バックグランドでの表の数値を変更す
ることによって様々な条件下での財務シナリオを視覚的に見ることができる利点があ
る。しかし,元の方程式が線形であるため,非線形モデルの構築は,変数の選択,モ
デルの構造を含めて,複雑な過程となる。その場合には,最近では,ファジィ,ニュ
ウェブ・サイトの企業財務予測モデルとシミュレーション
213
ーラル・ネットワーク,および遺伝的アルゴリズムや遺伝プログラミングの手法が開
発されてきており,それらを応用しておこなうことができるであろう6)。 これからの
発展が見込まれる。また,統計的手法では,現代時系列・計量モデルのなかで新しい
テストや手法が開発されており,それを取込む必要もある。また,これらの手法を組
み込んだ計量モデリング用ソフトウェアも Excel等の汎用的ソフトに簡単に連結でき
るようになってきているので,ここで展開して動的シミュレーションの提示のアニメ
ーション化が容易になるであろう。しかし,ここで展開したシミュレーションは過去
実績の追跡予測であるので,計量モデルの部分テスト,全体テスト,および最終テス
トの結果はアニメーション化できるであろう。ただし,パラメータ変動の感度分析,
リスク分析あるいは乗数分析などは,PowerPointでアニメ・シミュレーションが可能
か今後の検討課題であろう。また,ウェブ上での様々な企業情報のモデルや非モデル
的提示も含めた総合的動的提示も JavaScript やPerl 等のホームページ製作用言語に
よるプログラミングとモデリング作業との結合で可能かどうか今後の検討課題であろ
う。
引用文献
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Business Forecasting Revolution : NationIndustry
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6) これらの萌芽的研究については [6] を参照せよ。
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大阪経大論集
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[14] 日本経済新聞社編『財務諸表の見方』日経文庫 日本経済新聞社 1986年
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82
95 1975年
[18] 矢野誠也『経営予測入門』ダイヤモンド社 1974年
[19] 唯是康彦『Excel で学ぶ計量経済学入門』東洋経済新報社 2000年
pp.
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