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ノルトライン ・ ヴェス トファーレン州 (ドイツ) に
早稲田大学大学院教育学研究科紀要 別冊15号-1 2007年9月 35 ノルトライン・ヴェストファーレン州(ドイツ)に おける教育相談担当教師(Beratungslehrer)の 養成(1977-1997) 一遠隔(通信)教育教材を利用して- 平 揮 由紀子 はじめに 本稿では,ノルトライン・ヴェストファーレン州(ドイツ,以下NRW州)において, 1977年に 始まり(Wichterich, 1990), 1997年にNRW州文部省(日本で言うところの文部省。以下同じ)より の通達が出されるまで有効であった,学校で「教育相談担当教師(Beratungslehrer)」として活動す ることを希望する教師のための,遠隔(通信)教育教材を利用した養成コース(1)について,その制 度的概要,及びカリキュラムを報告する。当養成コースは,教育相談担当教師として必要な理論・技 法を,定められたカリキュラム・教材に従い,一定の期間をかけて学ぶという,体系化されたもので あった。また,決められたカリキュラム・教材を原則としつつも,参加教師の希望・あらかじめ持つ 知識を考慮するという柔軟性も兼ね備えていた。本稿の目的は,当養成コースを,教育相談担当教師 養成制度の体系化を目指す日本に対する,一つのモデルとして提示することである。 NRW州では,学校における教育相談の担い手は,日本と同じく, 「教師」, 「教育相談担当教 柿(2)」, 「(学校の外,または内で働く)学校に関わる心理士(Schulpsychologe)(3)」である(4) 「教 育相談担当教師」は, 「一般の教師が担う相談活動を補い,また強化する教師」と定義されている (Kultusminister, 1985)t 「どう」補い,強化するべきかという,教育相談担当教師の果たすべき具体 的な「役割」については,時代とともに変化しており,それに伴い NRW州における養成コースも, 内容的な変化があった。 Monthofer (1990)とWichterich (1990)は養成コースの内容的変化(つまり, 教育相談担当教師に期待される役割の変化)に関して, 3つの段階を挙げ,それぞれについて次のよ うに解説している。 第1の段階では,生徒の進路決定のための知能検査の理論,実施について学ぶことが目的とされた。 しかし,多くの教育相談担当教師が,その仕事のほとんどの時間を,学習上・行動上の問題を持つ生 徒の個別相談に割いていたことから,養成コースの重点は,個別相談に必要な面接技法に移った(第 2段階)。とはいえ,個別相談遂行は,教育相談担当教師にとって,過大な要求であった。というのは, 個別相談で対応する生徒の問題が内容的に難しく,また, (教育相談担当教師としての)仕事に割く ことのできる時間は限られていたからである。さらに,何か事が起こってから対応するだけでよいの かという疑問,そして,現在問題を抱える一人の生徒のみに対応し,近い将来に危機状況に陥ること 36ノルトライン・ヴェストファーレン州(ドイツ)における教育相談担当教師(Beratungslehrer)の養成(1977-蝣1997) (平揮) が予想される他の大勢の生徒たちに関わっていないという気づきが出てきた。これが第3の段階に至 るきっかけであった。この段階では,予防的な対応が,また, (個人をとりまく)全体の状況を視野 に入れた対応が重視されるようになった。これにあわせて,相談業務は,個人だけではなく,学校に 関わる人々全体を対象とするようになる。この状況は「学校心理学におけるパラダイムの変換」と呼 ばれ, NRW州では「学校の組織全体としての成長」が目指されるようになる。 上の,第1 ・ 2段階にて述べられた状況にあった教育相談担当教師を, Zingeler (1990)は「MiniPsychologen (ミニ心理学者)」と呼び,それを育成するような養成コースの在り方を批判した。し かし彼は,批判したその同じ論文において,最近(論文が書かれた当時)は,第3段階を目指すよう な教育相談担当教師養成コースの在り方が実現しつつあることに触れ,これからの学校教育相談,そ して,教育相談担当教師及び「学校に関わる心理士」の役割についてさまざまな提案をしている。そ れによると,教育相談担当教師が「Mini-Psychologen (ミニ心理学者)」である状態を脱し, 「schulgerechte padagogische Beratung (学校で行われるべき教育相談)」を実行することが推奨されている。 そして,教育相談担当教師の,相談の「Initiatoren (主導者)」や「Koordinatoren (コーディネーター)」 としての在り方を奨励している。 以上解説したとおり,本稿で取り上げる「NRW州の教育相談担当教師養成コース(1977-1997)」 の内容(重点)は, 20年間の養成コース施行中に変化している。しかし,養成コースのカリキュラ ム(ゼミナールやグループ勉強会などの養成コースを構成する要素,枠組み)は一定しており,その 枠組みを把握することが,養成コースを分析するための基礎となる。そこで本箱ではまず,養成コー スのカリキュラム(枠組み)について述べる。また,併せて,養成コースの前史,制度的枠組みにも 触れる。 1.養成コースの歴史と制度的枠組み ドイツ16州の1つである, NRW州では, 1974年から学校教師(5)のための「教育相談担当教師養 成コース」が存在している(Schwarzer,1990)。まず, 1974年から1977年まで, 2つの「実験的クラ ス(全体の総称としての「養成コース(課程)」との混同を避けるため,本稿においては,各年に行 われた個別のコースを「クラス」と呼ぶ)」がライニッシューベルギッシャ-郡において,国の文部 省並びにNRW州文部省の協力のもとに実施され,教育相談担当教師養成のためのカリキュラム作成 に貢献し,また, 「実験的クラス」に参加した教師を教育相談担当教師としての活動に従事できるよ う,養成した(Martin, 1993; Stobberg, 1975;Wichterich, 1990)。 その後,本稿で取り上げる「DIFF (Deutsches Institiitfur Fernstudien an der UniversitatTubingen) という,全国的な遠隔(通信)教育機関が作成した教材(以下, DIFF教材)」を使用しての教育相 談担当教師養成コース(現職研修, 2年制)が1977年から開始され(Wichterich, 1990), 1997年に NRW州文部省よりの通達が出されるまで実施された。 DIFF教材を使用しての教育相談担当教師養 成コースは, NRW州以外でも提供されていたが,共通しているのは「DIFF教材の使用」という点 ノルトライン・ヴェストファーレン州(ドイツ)における教育相談担当教師(Beratungslehrer)の養成(1977-1997) (平揮) 37 のみであり, 「直接勉強段階(Direktstudienphasen :指導者や他の参加教師と直接(Direkt)顔を令 わせ,学ぶ(studien)養成コース期間中の段階(phasen)cつまり,ゼミナールなど)」のカリキュ ラムや修了試験は,連邦各州の裁量に任されていた(Grewe, 1990; Deutsches Institut氏ir Fernstudien an derUniversitatTubingen, 1977-81)。したがって, 「養成コースのカリキュラム」 (本稿2.)を構成 する要素である, 「自主勉強」 (同4.1)は, 「DIFF教材の使用」という理由により他の州と共通であっ たが,それに対して「直接勉強段階」 (同4.2),また, 「修了試験」 (同5.)は, NRW州独自のカリキュ ラム・内容であった。 Kultusminister (1985)は, NRW州における,養成コース修了後の「教育相談担当教師」としての 配置,また,それに伴う授業時間削減を次のように定めていた。 「DIFF教材使用の養成コース」を 修了することが,学校における「教育相談担当教師」としての配置の前提条件だったが, 「修了」が すぐに配置に結びつくというわけではなく,配置の決定権は,学校長にあった(6) 「教育相談担当教 師」として働く場合,義務的授業時間数のうち週5時間まで,教育相談担当教師としての活動に充て ることができた(7) なお,同州では1989年以降,養成コース期間中にも授業時間が削減される(週当たり1日,つま り約5時間)という措置がとられるようになり,それにより養成コース期間中における,月に一度 の「事例検討」を目的とした義務的な勉強会が可能になった(Wichterich, 1990)。また,同じく月に 一度の「学んだ理論の更なる理解」のための勉強会(8)を実施することが容易になった(Wichterich, 1990)。養成コース参加に係る参加教師側の費用負担に関しては,特に記述がないことや, DIFF教 材やその他資料が無償提供されていた(Wichterich, 1990)ことにより,一切なかったといえる。そ れに加えて,交通費などの支給も受けられた(Landesinstitutfur Schule und Weiterbildung, 1989) 。 さらに, 1987年からは,通常の2年制コースに加え,あらかじめ経験と知識を有している参加教 師のための「1年制コース」も導入された(Schwarzerl1990)。 「1年制コース」は, 「通常(2年制)コー ス」のカリキュラムに含まれる一つひとつの要素(表1を参照)の実施期間を短縮したもので,構成 要素自体に変化はない。したがって,本稿では,両者をまとめて, 「養成コース」として扱う。 2.養成コースのカリキュラム コース構成については, 「準備段階」, 「本コース」に大別することができる。 「準備段階」に関して は, 20年という養成コースの歴史の中で,初期には「本コース」参加の条件として義務付けられて いたが,後のクラスではこの「義務付け」がなくなった。 「本コース」は「自主勉強」と「直接勉強 段階」という2要素から成り立っており,最後に, 「修了論文」の提出が求められ,また「口述試験」 が実施された(Heller & Wichterich, 1982b)。その他詳細については下記表1に記載したとおりであ る。合格した参加教師には, 「学校と継続教育のための州立機関(9)」より修了証書が交付され,それ は,学校で教育相談担当教師として任命され,活動のための負担軽減措置(授業時間削減)を受ける ための前提条件であった(Landesinstitut fur Schule und Weiterbildung, 1988-92) 。 38ノルトライン・ヴェストファーレン州(ドイツ)における教育相談担当教師(Berat皿gslehrer)の養成(1977- 1997) (平揮) 表1養成コースを構成する要素(下線にて示した要素は,参加教師への義務付けの有無 が各クラスで異なっていた。二重下線は,実施の有無が各クラスで異なっていた要 素を示す。虐埠は,養成コーズ画面房)変化が,実施に大きく影響した要素である。) 秦 成 コ ー ス ●準 備段 階 1 巨 本 コー ス 主勉強 直接 勉 強 段 階 ■導 入 講 座 修 了試 験 ●修 了論 文 ●口述 試 験 ■週単 位 集 中 ゼ ミナ ー ル ■短期 特 別 講座 ●地域 グ ル ー プ勉 強 会 ●地域 学 校 相 談所 な どで の 見 学 , 実 習 3.準備段階 「準備段階」では,本コース参加の前提条件である予備知識が教授されるが,これは,養成コース 実施にあたって,参加教師間に知識のばらつきが生じないようにするためであり, 「教育心理学」, 「教 育における相談とは」 (ともにラジオ講座), DIFFによって組織された準備コース(以下,準備コー ス),もしくはそれに代替する手段を通して習得される(Deutsches Institut fiir Fernstudien an der Universitat Tubingen, 1977-81 ) 。 準備コースは,後述の本コースとは別に,半年間実施された(Heller&Wichterich, 1982b)c 主に, 上記ラジオ講座にて教育・心理学的な知識を得る機会を持たなかった,養成コース参加教師のために 用意されたもので, 「調査の手法,統計,発達心理学的な問題提起・手法・結果」の基礎を習得する ことを目的とする(Deutsches Institut fiir Fernstudien an der Universit就Tubingen, 1977-81) 。コース 実施の際には,参加教師が基礎習得のためのテキスト(『調査の計画と評価 教育学,心理学,社会 学を学ぶ者への入門』(10)『現代発達心理学』(ll)1を各自で学ぶ際の助けとなるような, 「ガイドブック」 が教材として使用された(Deutsches Institut fur Fernstudien an der Universitat Tubingen, 1977-81) 。 4.本コース 本コースは「自主勉強」と「直接勉強段階」という2要素により構成されている。 Landesinstitut fur Schule und Weiterbildung (1988-S ,そしてLandesinstitut fur Schule und Weiterbildung (198892)は, 2要素の内容について詳細に記しており,それを以下にまとめる(12)。 4.1 自主勉強 参加教師には,養成コース期間中,自ら学ぶことが要求され,主たる教材としてDIFF教材「教育 相談担当教師になるための教育」が,その他にも「学校と継続教育のための州立機関」作成の(麻薬 などの)中毒防止を目的とした教材,さらに,最新のそして補助的な文献が用意された。 DIFF教材「教育相談担当教師になるための教育」は,当初は全16巻(13)であったが,後に全10巻 に縮小された改訂版(ユ4)が出版された。教材各巻のタイトル,すなわち,養成コースで扱われた具体 ノルトライン.ヴェストファーレン州(ドイツ)における教育相談担当教師(Beratungslehrer)の養成(1977-1997) (平揮) 39 的テーマは,以下の通りである。 1.導入/2.相談機関としての学校/3.情報提供の手段としての相談/4.学校における成績の分 析'5&6.生徒の評価と進路相談/7.学校における成績不振/8.学校における成績不振の克服/ 9.行動障害10.学校で起こる争いごとの分析11. 「学校」という機関(組織)の分析 12.麻 薬問題に関する相談 13.性に関する相談14.健康問題に関する相談,外国人生徒に関する相談 15.教育相談担当教師としての活動に必要な理論 16.学校における「相談」の構成,教育相談 担当教師のための職務法(Deutsches Institut 氏ir Fernstudien an der Universitat Tubingen, 1977-81) なお, (教材各巻の多岐にわたるテーマのうち)必ず扱うべきテーマについての取り決め,選んだ テーマの遂行に関しては,指導者と参加教師との間で話合いがもたれた。教材や文献の量はかなりの ものであったが,それは全てをこなさなくてほならないということではなく,個人の学習計画・遂行 のために,枠組みとして利用されることが目的であった。 4.2 直接勉強段階 直接勉強段階(Direktstudienphasen :指導者や他の参加教師と直接(Direkt)顔を合わせ,学ぶ (studiienj段階(phasen))には, 「導入講座」 「週単位集中ゼミナール」 「短期特別講座」 「地域グルー プ勉強会」 「地域学校相談所などでの見学・実習」という要素が含まれていた(15)。 4.2.1導入講座 「直接勉強段階」が開始されるにあたり,まず,導入講座(1 日間)が実施された。導入講 座の目的は,参加教師と他の参加教師の,また参加教師とクラスを指導するメンバー(クラス指導 者(16)クラス尊属の学術面での専門家(17)その他の指導者(18)Nの顔合わせ,クラスの概要説明, 「地 域グループ勉強会」のための参加教師のグループ分け,参加教師があらかじめ持っている知識・コー スに望むこと(内容,方法)の確認,である。クラスの概要説明により,教師はコース参加にあたり 要求されること,コースの提供する様々な機会についての情報を与えられ,自分に合ったコース計画 を考えることができた。 4.2.2 週単位集中ゼミナール 週単位集中ゼミナールとは,一週間,集中的に学ぶゼミナールのことである。原則的に は, 1年間で1週間(5日間)を2臥 それを2年間行い,計4回(20日間)実施された (Wichterich, 1990; Heller & Wichterich, 1982b; Bund - Lander - Kommission fur Bildungsplanung und Forschungsforderung,1981)。 1年制コースについては,その半分,つまり2回(5日間×2-10日間) である。しかし,これらはあくまで原則であり,例外(19)もあった。原則として,クラスのすべての 参加教師が定められた場所(ホテル, 「学校と継続教育のための州立機関」の宿泊施設など)に集まり, 寝食を共にしながら学んだ。 週単位集中ゼミナールの目的は,参加教師が,相談を受ける者としての能力を,実践を通して習得 することであった。また,理論の習得にも時間が割かれた。 「自主勉強」 (本稿4.1)用のDIFF教材 にて取り上げられているテーマが,ゼミナールでは学ばれている。実施形態については,講義,デイ 40ノルトライン・ヴェストファーレン州(ドイツ)における教育相談担当教師(Beratungslehrer)の養成(1977-1997)(平揮) スカッション,グループ作業,ロールプレイ,トレーニング(例えば,観察のためのトレーニング, 面接時の態度向上のためのトレーニング)などであった。なお,週単位集中ゼミナール-の参加は, 参加教師に負担を課すものでもあったが,それは,参加教師が,教師としての仕事を継続しながら履 修するという,養成コースの性質に起因する(Hettwer&Stobberg, 1985)。 4.2.3 短期特別講座 短期特別講座が実施される回数は,養成コース期間中に1回(1-3日間)というクラスが多いが, 中には3回行っているクラスもあった。短期特別講座の行われる時期,内容は各クラスによって異 なっており,次の4つに分類できる。 ①修了試験前に,その準備を目的として行われる。 /② 「導入講座」と最初の「週単位集中ゼミナー ル」の間に実施され, 「導入講座の続き」的な役割を担っている。 /③ 「週単位集中ゼミナール」に 類似している。つまり,特定のテーマの学習。 /④修了後に,クラス全体の評価を質問紙で測定する ことを目的に実施される(20) また,以上4つのタイプの組み合わせ(例えば(Dと(参というケース)もあった. 4.2.4 地域グループ勉強会 養成コース期間中,地域毎に(養成コース参加教師の)グループが結成され,定期的に勉強会が行 われていた。その目的は,自主勉強を補助すること, (定期的に実施することによって)養成コース 全体にわたる学習の継続・連続性を保つこと,経験をとおして学ぶこと,である。勉強会は,コース 指導者,コース専属の学術面での専門家, 「学校に関わる心理士」などの指導のもと,学校心理相談所, 地域学校相談所,麻薬相談所などで実施された。 勉強会は, 1989年における制度上の変化(「週当たり1日の授業時間削減」という措置)を境に大 きく変わった(Wichterich, 1990)。 1989年以前に実施された,いくつかのクラスの概要書には,す べての養成コース参加教師が,可能な限り定期的に地域グループ勉強会に参加することへの勧めが記 されている。同時に,勉強会のための業務免除(授業時間削減),交通費支給は行われないことも明 示されている。 それに対し, 1989年以降は, 「週当たり1日の授業時間削減」という措置を利用し(Wichterich, 1990),その「1日」を月曜日にするよう,参加教師に指示がなされ,その月曜日に勉強会が行われ ることとなった。しかし,勉強会の頻度に関しては,毎週ではなく, 2過に一度であった(Wichterich, 1990)。すなわち,目的を異にした2種類の勉強会が,それぞれ毎月1回のペースで行なわれた. 2 種類の勉強会の一つは「事例検討のための勉強会」,もう一つは「学んだ理論の更なる理解のための 勉強会」である。前者については,参加は義務であり, 「学校と継続教育のための州立機関」より交 通費の支給も受けることができた。それに対して後者は,任意による参加で,交通費の支給もない。 このような,実施に関する詳細な指示,勉強会の分類,また,次に述べる各勉強会の内容の具体的な 提示は, 1989年以降のクラスの概要書に特有のもので, 1989年以前のクラスの概要書には見られな SB ノ)i,トライン・ヴェストファーレン州(ドイツ)における教育相談担当教師(Beratungslehrer)の養成(1977-1997) (平揮) 41 「事例検討のためのグループ」では,相談業務において実践で使える能力・手法の獲得,教育相談 担当教師としての態度・対応(観察,面接技法など)の習得がなされた。また,各自の学校での経験, 「地域学校相談所などでの見学・実習」における経験を互いに話し合うこともできた。そして,学校 側の相談業務の受け入れ,学校における相談業務の開始について,また,修了(修了論文,口述試 験)に向けて,参加教師同士互いに相談することも可能であった。さらに,参加教師による事例報告 に対する,指導者によるスーパービジョンも行なわれていた(21)。 「学んだ理論の更なる理解のための グループ」は,グループ名が示すように,理論面での理解度向上を目的としており, (養成コースを 構成する一要素である) 「自主勉強」を補う役割を果たしていた。 4.2.5 地域学校相談所などでの見学・実習 見学・実習の実施期間は,クラスによってさまざまであり, 2年制コースでは10-20日間 となっている(Heller & Wichterich, 1982b; Bund - L宜nder - Kommission fur Bildungsplanung und Forschungsforderung, 1981)。 1年制コースでは, 「8日間」という(クラスの「修了報告書」における) 記載が多かった。 見学・実習の目的は,参加教師が,地域に存在する相談所を知り,継続した協力関係を築くことに あった。また,相談内容が自分では抱えきれないものになっていないか,相談所に委託した方がよい 相談内容ではないか,あるいは「学校に関わる心理士」と連携すべき相談内容ではないか,というこ とについて参加教師が「勘」を身につけることも目指された。さらに, 「学校に関わる心理士」の仕 事を,自分の(つまり教育相談担当教師の)仕事のための手本とするのではなく, 「学校に関わる心 理士」,教育相談担当教師それぞれの能力,役乱 活動の場を明確にし,その上で連携・協力するこ とが重要であると,参加教師が認識することも目標のひとつとされた。 見学・実習は,地域学校相談所,学校心理相談所,総合制学校(Gesamtschule)(22)などにおいて, 「学校に関わる心理士」のもと行われた。もし,近隣の学校に教育相談担当教師として経験のある教 師がいる場合,彼らのもとで行うことも可能であった。また,学校と関係の深い相談所(例えば,敬 育相談所,麻薬相談所,職業相談所,児童福祉局など)も,特にそこで心理士が働いている場合,見 学・実習の行われる場所として認められていた。さらに,将来の教育相談担当教師(養成コース参加 教師)の働く学校で, 「学校に関わる心理士」,現在活動中の教育相談担当教師の協力を得て,具体的 な事例とともに相談業務を学ぶことも奨励された。 5.修了試験 Landesinstitut fur Schule und Weiterbildung (1988-89) ,そしてLandesinstitut fur Schule und Weiterbildung (1988-92)は,養成コース修了の際に必須である,修了論文と口述試験についても詳 述しており,それをまとめたものが以下である。 5.1修了論文 修了論文は, 「教育相談担当教師」として必要な実践的能力を身につけたことの証明として,参加 42ノルトライン・ヴェストファーレン州(ドイツ)における教育相談担当教師(Beratungslehrer)の養成(1977-1997) (平淳) 教師に提出が求められた。内容は,事例報告,予防的プロジェクトの報告,あるいはグループを対象 とした措置の報告である。 5.2 口述試験 原則として45分間の口述試験はまず,修了論文についての内容説明,協議から始まり,それに続 いて, (修了論文の内容である)事例報告やプロジェクトの報告に関して,より専門的な内容が問わ れた。その後,口述試験は,参加教師の理論面における知識を確認するためのそれ(23)に移行するこ とになる。試験で問われる具体的なテーマに関しては,事前に取り決めがなされた。 6.まとめと考察 本稿は, NRW州(ドイツ)における,遠隔(通信)教育教材(DIFF教材)を利用した「教育相 談担当教師養成コース」 (1977-1997 について,制度とカリキュラムの枠組みを解説した。その目的 は,体系化された教育相談担当教師養成制度の確立を指向する日本に,一つのモデルを提示すること であった。今後は,現在の日本の学校教育相談が目指す方向性に即したモデルとして提示できるよう, 当養成コースをさらに分析してゆくつもりである。特に,地域にある相談所について知る機会を与え る「地域学校相談所などでの見学・実習」,地域の,教育相談担当教師を志す教師が定期的に集まり 共に学ぶ「地域グループ勉強会」の在り方とその効果を分析することは,日本における「教育相談担 当教師対象の研修」を考える上でも参考になる。前者は連携・協力関係を構築し,後者は共通の立場 にいる者同士による学びを可能にする。現在(1997- の「教育相談担当教師養成コース」は, 「地域 グループ勉強会」を原型としており,現状調査を行う予定である。 謝辞 本稿のための情報.資料収集に際して, Dipl.-Psych. Christa Hubrig (Institut fur systemische Losungen in der Schule (Koln) ) , Prof. Dr. Lothar R. Martin (Universitat Bonn) , Dr. Heiner Wichterich (Landesinstitut fur Schule / Qualitatsagentur (Nordrhein-Westfalen) )の各氏から多大なるご協力を頂 いた。また,本稿執筆にあたり,仲村禎夫教授(早稲田大学)のご指導を賜った。ここに深く感謝し たい。 注(1) 1997年12月8日のNRW州文部省通達以後,養成コースのカリキュラム・内容に大幅な変更があった。本 稿では,この1997年の通達が出される以前の養成コースを報告する。 (2)教育相談担当教師:多くの場合,日本のように校務分掌の一つとして割り当てられるというわけではなく, 現職研修などを通して「教育相談担当教師」に相応しい能力・力量を身につけた教師が,その任に当たるこ とができる。 (3) Schulpsychologe :学校に関わる心理士。資格要件は各州で異なるが,大きく分けて2つのタイプがある。 ひとつは大学で心理学を修め, Diplomの学位をとり, Diplompsychologe (Diplomの学位を持つ心理士)に なるというものである。もう一つは,それに加えて教職免許をも取得しなくてはならないタイプである。 NRW州は前者に属すが,それに加えて4年の専門実務経験を有していることが条件となっており,通常,也 ノルトライン・ヴェストファーレン州(ドイツ)における教育相談担当教師(Beratungslehrer)の養成(1977-1997) (平揮) 43 域学校相談所,学校心理相談所といった,学外の相談所で働いているが,学校内で勤務しているケースもあ る(Der Kultusminister des Iandes NordrheirtJWes也Ien, 1980) 。脚注22も参照。 (4)ドイツは連邦制を採用しており,州ごとに文部省が置かれている。そして「教育」は,それぞれの州が独 自に権限を持っている。したがって, 「学校における教育相談」についても各州が独自に定めており,州間で 類似点もあれば相異点もある。具体的には, 「教師,教育相談担当教師, 『(学校の外,または内で働く)学校 に関わる心理士(Schulpsychologe)』という構造」,そして「教育相談担当教師を目指す教師のための州によ る公的な現職研修」は, NRW州以外の州においても見られる。しかし,具体的な研修内容は各州で異なって いる(Grewe,1990)。この現状は,日本にも共通するものである。つまり,日本においても, 「学校における 教育相談の構造(担い手)」, 「(担い手の一人である) 『教育相談担当教師』対象の公的な現職研修の存在」は 同じだが,その現職研修の内容は各都道府県で異なっている。 (5)小学校,中学校,高校における教師を意味する。ただし,特別学校(Sonderschule : "特別な教育的促進を 必要とする児童や青少年のための学校(Avenarius, 2001結城監訳2004)")の教師を除く。 (6) Landesinstitut 氏ir Schule und Weiterbildung - Fernstudienreferat- (1989)によれば,養成コース修了者全員 が実際に教育相談担当教師として配置されたわけではなかった。 (7)実際に何時間充てることができたかは,各教師(つまり各学校の状況)により異なっていた(Landesinstitut fur Schule und Weiterbildung - Fernstudienreferat-, 1989) c (8)両勉強会が,本稿4.2.4にて扱う「地域グループ勉強会」の内容である。 (9) Landesinstitutfur Schule undWeiterbildung 現在は,他の機関に統合されている。 Heller, K. & Rosemann, B. (1974). planung und Auswertung empirischer Untersuchungen. Erne Einfiihrungfur Padagogen, Psychologen und Soziologen. Stuttgart:氾ett Verlag. (ll) Oerter, R. (1974, 1975). Moderne Entwicklungspsychologie. Donauworth: Verlag Ludwig Auer. (12)つまり,入手可能であった「クラス概要書(Inhaltliches KonzeptあるいはInhaltskonzeption)」,並びに 「修了報告書(AbschluBbericht)」を基にしているO具体的には, BL-657-666の「クラス概要書」,また, BL652-654, 656, 658-666の「修了報告書」を意味する。なお, 「BLクラス番号」のことである。つまり, 養成コースの各クラスについての「クラス概要書」, 「修了報告書」が全て揃っているわけではないのである。 なお,これら以外に引用した文献についてはその都度文中に記載する。脚注についても同様とする。 (13)巻によっては,第1部,第2部などに分かれていること,また,副教材があることを考慮に入れた場合, 全23巻。全4390頁。 (14)改訂版は全2197頁。第9巻(1984),第8巻(1986)以外は,すべて1985年の出版である。改定の原因は, 分量が多すぎるとの批判,減らすべきだとの助言・提案(Heller & Wichterich, 1982a; Hettwer & Stobberg, 1985)による。 (15)ここでは,直接勉強段階を構成する-つひとつの要素について詳しく述べるが,構成要素は同じでも,実 際の実施規定・期間,カリキュラム,取り上げられるテーマに関しては,各クラスで全く同一というわけで はなかった。それは,養成コースの制度的変化(Wichterich, 1990),養成コースの目指すもの(重点)の変 化(Mon血ofer, 1990),取り上げられるテーマに関してはある程嵐 各クラスの指導者の裁量に任されていた こと(Zingeler, 1990),各クラスにおける参加教師の状態(あらかじめ持つ知軌 養成コースに望むこと)の 差異,に起因する。 Diplompsychologe (Diplomの学位を持つ心理士)がその任にあたったo (17)たいていは,大学の教授である. (18)主に, Diplompsychologe (脚注16を参照)や,経験を積んだ教育相談担当教師である. (19)通常コース(2年制コース)では,例えば, 1週間(4日間)を2臥 それを2年間行い,計16日という クラスもあった。 1年制コースでは,例えば, 1週間(4日間)を2回で計8日間のクラスもあれば, 1週間(3 日間)を4回で計12日間のクラスもあった。 w クラスの評価などについては,各クラスで調査が実施されていた。 ④のケースは,それを「短期特別講座」 44ノルトライン・ヴェストファーレン州(ドイツ)における教育相談担当教師(Beratungslehrer)の養成(1977-1997) (蝣平揮) を利用して実施したということである。 (2B このことについて,クラス初期においては理論・手法に関する問題提起が主であったのに対し,参加教師 の学校での教育相談の経験が蓄積されるに伴って,後期においては,スーパービジョンとしての色合いが濃 くなったとの報告も見られる。 臣2)全てではないが,総合制学校では,学校内に相談室があり,尊属の「学校に関わる心理士」 (脚注3を参照) が働いている(Der Kultusminister des Landes Nordrhein-Westfalen, 1980) c m 一例として,あるクラスにおける試験内容を以下に示す。養成コースにて教授された,相談業務に関わる テーマ(例えば,面接技法,行動修正,補習的・個人に合わせた授業など)が19個用意され,参加教師はそ の中から3つほどテーマを選択し,試験に臨んだ。また,クラスによっては, (選択したテ-マだけでなく)「相 談」の基本事項(基礎)についても問われた。 引用文献 Avenarius, H. (2001 ). Einfiihrung in das Schulrecht. Darmstadt: Wissenschaftliche Buchgesellschaft. (アベナリウスH.拓城忠(監訳) (2004).ドイツの学校と教育法制 教育開発研究所) Bund - Lander - Kommission fur Bildungsplanung und Forschungsforderung (1981). 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