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見る/開く - 宇都宮大学 学術情報リポジトリ(UU-AIR)

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見る/開く - 宇都宮大学 学術情報リポジトリ(UU-AIR)
宇都宮大学教育学部教育実践紀要 第2号 2016年8月1日
超重症児の学校教育における変化・成長の過程
―個別の指導計画からみた9年間のFくんの経過― †
髙久 幸子 *・岡澤 慎一 **
栃木県立足利特別支援学校 *
宇都宮大学教育学部 **
継続的で濃厚な医療的ケアを必要とし,常時人工呼吸器を使用する超重症児の小学部および中学部の9年
間にわたる学校教育における変化・成長の過程について,個別の指導計画の記述に基づきながら,整理する
ことを試みた。その結果,対象児の行動や活動の拡がりとそれに先立つ教師側の対象児の行動のとらえ方や
方針の変遷の過程が明らかになった。こうした経過についての省察を重ねるとともに,超重症児への教育的
かかわり合いのあり方について,若干の検討を行なった。
キーワード:超重症児,学校教育,個別の指導計画,やりとり,コミュニケーション
Ⅰ はじめに
自発呼吸が全くないため,気管切開をし,人工呼
本稿では,第一筆者(髙久)が勤務する病弱特別
吸器を使用している。口の中に唾液が溜まったり鼻
支援学校において,そして,本校が所在する県にお
が詰まったりすることが誘因で発作になると考えら
いても初めて受け入れた,常時人工呼吸器を使って
れていたため,1時間に2 ∼ 3回の吸引が必要であっ
いるFくん(以下,Fと略記する)について,人と
た。ネブライザーを,学校にいる時間も含めて,一
のかかわり,コミュニケーション面を中心に,学校
日に4回行なっていた。食事形態は胃ろうからの注
に保存されている個別の指導計画のなかにみられる
入である。
キーワードから,学校教育における9年間の指導内
容や方法および教師のかかわりの変化とFの変化・
(2)個別指導計画の自立活動実態把握表に見られる
様子
成長の過程について整理を試みる。
・体温調節がうまくいかないため,気温の変化に影
Ⅱ 事例紹介
響されやすい。長期間毛布などの掛け物をしている
1 対象児小学部1年時(2007年)の実態
ため身体の動きを確認することが難しい。
・自発呼吸がないため,人工呼吸器を使用している。
(1)超重症児判定基準
運動機能は寝たきりである。下肢に触れられる刺
気管からの吸引は在校時間中1 ∼ 2回,口・鼻から
激で膝を持ち上げる動きや指先をピクピク動かす様
の吸引は頻回に必要である。
子は見られるが,随意的な動きかどうか明確でない。
・突然の音や身体に触れられること,表情の変化な
どをきっかけに発作が起きやすい(脳波がフラット
Sachiko TAKAKU*, Shin-ichi OKAZAWA**
Education for A Boy with Profound and
Mulptiple Learning Disabilities and Intensive
Medical Care for Nine Years.
Keywords: PMLD, intensive medical care,
interaction, communication, IEP
* Ashikaga Special School for Children with
Health Impairments
** Faculty of Education, Utsunomiya University
(連絡先:[email protected])
になることがありその影響も考えられる)
。発作は,
特にきっかけを把握できないものを含め,1時間に3
∼ 5回程度の頻度である。
・視覚:物を近づけると瞳を動かすことがある。保
護者は出生時,医師より「見ることは難しい」と言
われている。
・聴覚:言葉掛けに目を大きく開いたりする。突然
の大きな音に発作になることがある。
− 17 −
・コミュニケーション:声かけに対して,時間差は
回/週,10:00 ∼ 15:00の時間帯で通園していた。入
あるが目を大きく開いたり,笑ったり,身体に力を
学前の引き継ぎ時の情報では大きく体調を崩すこ
入れることがあるが,発作につながってしまうこと
となく,大きな発作もなく過ごせているとのことで
もある。
「ウー」という発声がまれにある。
あった。4月の入学当初は,医療的ケアの安全な実
施のためにもゆっくりと学校に慣れることを優先
し,1時間/日(9:30 ∼ 10:30)から登校を開始,5
(3)第二筆者(岡澤)の訪問の経緯
2008年3月より,Fの通学する学校へ第二筆者(岡
月になり学習時間を11:30まで延長,10月からは注
澤)が訪問するようになる。以降,数カ月に1回あ
入後の下校(13:00)とし,11月からは週2回,14:00
るいは月に1回程度の頻度でFが在籍する学級(重
下校とするなど,徐々に在校時間を長くしていった。
複障害学級)を定期的に訪問し,現在(2016年3月)
しかし,入学後の1学期の間は声を出すような大き
まで継続している。
な発作が頻発した。主治医からの「環境の変化を敏
第二筆者は,午前中から訪問し,授業およびかか
感に感じている証拠である」との言葉もあり,音刺
わり合いの様子を撮影するとともに,ときに直接に
激の大きさの調整などをしながら本生徒が環境の変
Fとのかかわり合いをもつ。放課後に映像資料を担
化を受け入れるのを待った。薬の調整も行なわれ,
任教師および学級教師と共同視聴し,教育的かかわ
日が経つに連れて発作の回数は徐々に減少した。
り合いのあり方について検討を重ねてきた。
2年に進級時には9:30 ∼ 14:30の時間帯で学習でき
Fとのかかわり合いの検討においては,以下の点
るようになった。
が基本的方針として重ねて確認されてきた。すなわ
ち,①Fの表出をつぶさに捉えるよう努める,②表
(2)学習内容
出は,特定部位にのみではなく,身体全体を捉える,
保護者からは「様々な経験をさせたい」という強
③表出確認(表出確認,解釈,活動の提案,解釈の
い希望が出されていた。発作が多い状態ではあった
適否についての判断,など)
(土谷,2006)を重ねる,
が,Fが何を楽しめるかを探っていった。特に前庭
④「解釈」と「過剰な解釈」
(Skjørten,
1989)の峻別,
覚を刺激する学習にも人工呼吸器の機械を一緒に動
⑤表出の意味を活動の文脈に重ねながら検討する。
かすなどの工夫をして安全に配慮しながら,他の児
童と同じように取り組んだ(Table2)
。
Ⅲ 経過
毎日の学習の他,遠足でバスに乗る,校外学習で
個別の指導計画の評価を年度ごとに追っていく
電車に乗る,学校の大きなプールに入るなど積極的
と,キーワードを手掛かりとすれば,以下の3期に
に活動した。
大きく分けられると考える(Table1)
。
(3)教師のかかわりとFの様子
① 1年時
1 第Ⅰ期 教師提案(小学部1年∼ 3年)
1年時は,体調への配慮・発作への配慮が優先さ
(1)学校に慣れる
Fは,就学前,隣接する病院の通園センターに3
れ,
「ゆっくり刺激を入れていく」ようにした。医
Table1 時期区分ごとのキーワードと教師の主なかかわり方
− 18 −
療的ケアのために保護者が同室にいる環境であった
・笑顔
ので,全ての活動で保護者に確認し同意を得て,方
・しかめっ面をする
法を相談した。
・脚を動かす
「Fは抱っこが好き」
:後ろから抱いて静かに揺ら
・指先を動かす
すとトロンと眠っているような表情になる。匂いに
とても敏感で,色々な匂いに目を大きくするなどが
この時期のかかわり合いの様子として,映像資料
観察された。しかし,Fのかかわりへの反応は不安
としても残されている2008年3月18日の記録を以下
定であり,しばらくしてから急に力が入って発作に
に提示する。状況に対応したFの表情変化を手掛か
なることがあるなど,かかわり方に難しさがあった。
りに活動が展開される様子である。
2008年3月18日:体育館におけるスクーターボー
② 2,3年時
ドの活動。Fは,布団をひいたスクーターボード上
Fが2年時に,本校が「重度重複障害児教育担当
に乗っている。教師が,出発の予告として声を掛け
者研究会」の開催校になりFを含む通学している重
つつFの頭頂部に数回触れる。すると,Fの口角が
度・重複障害児の児童生徒が学習するグループ(そ
ニヤッとあがる。また,スクーターボードが止まる
の後の「あすなろグループ」)も研究発表をするこ
と不快様の表情になったり,自分は動かずに他の子
とになった。小学部・中学部・高等部合同の学習を
どもが動いている状況( 順番待ち 状況)において,
対象に研究を行なった。第二筆者の助言を受け,以
険しい表情になったりするなど,周囲の状況に対応
下の4点を大切にして指導を行なった。
した表情の変化が見出される。
2 第2期 気付き(小学部4年∼ 6年)
・周囲の友だちの様子を言葉で丁寧に伝える。
・学習の中で繰り返し行う活動は「もっと」と思わ
(1)関東甲信越地区病弱教育研究協議会(関病連)
れる表出を確認し行う。「嫌」と思われる表出も受
における発表に向けて…気付き
け入れ,無理強いはしない。
Fが関病連の事例の対象になり,目標などの再検
・児童生徒の反応をゆっくり待つ。
討がなされた。
・活動の「始め・終わり」を明確にする。
それまで,刺激されて緊張したり不随意的に動い
たりしているのではないかと考えられていた動きに
その結果,Fが見せる以下のような身体の動きや
注目した。創作活動のときなど,どうしても教師が
表情変化を活動の結果として確認できるようになっ
支援し,
「一緒に」行なってきていたが,ともする
た。働きかけに対して確認された身体の動きや表情
と教師の動きにFが合わせるような状態になりがち
としては以下のものがある。
であった。それはFの手の動きが小さく不随意的に
見えていたからである。しかし,動くことに注目す
・目を大きく開く
れば,Fは一人で手を動かせていた。そこで,自分
・口を動かす
の動きを感じ,自分の動きが周囲を変えることに気
・瞳を左右に動かす
付くことで,これまでの受け身の状態から主体的に
動きたいと思い動くことが可能
Table2 遊び種類と具体的内容および教材
になるのではないかと考え,そ
れまで目標の中心であった,刺
激に「気付く」
,
「気付いて表出
する」
,刺激を「受け入れる」
について,「自分から動かす」
を加えることになった。
この,
「自分から動かす」と
いうことを期待し,Fにかかわ
ることで,Fは自分が他者に働
− 19 −
きかけることで周囲が変わることに気付き,積極的
手の下にペットボトルを置くと,「目を大きく開い
に動くようになっていったと思われる。また,教師
て瞳を動かし意識を集中する様子を見せたあとに右
はFが持っている力に気付くことにつながった。
手の指や腕を動かす」様子も見られるようになった。
また,ジグを利用してすだれスイッチで音楽を鳴ら
すことは,右手にジグを付け,少しの動きでスイッ
(2)教師のかかわりとFの様子
① 小学部4年∼ 5年時
チが入るように設定しておくと,「手を自分の身体
Fが自分で自分の動きを感じ,その結果を理解で
に引きつけるように」動かすことがみられるように
きるような教材を使うことを全ての学習場面で心掛
なった。
けた。主体的な動きが見られたときはその動きを確
認するように手などに触れて賞賛し,意識づけた。
・スイッチの導入(小学部5年∼)
また,新たに以下の環境整備と内容,方法を取り入
小学部5年の学習発表会ではビッグマックを取り
れた。
入れ,台詞を発表したり合奏に加わったりした。こ
の時はビッグマックを使用したためFが一人で押す
・環境を分かりやすく(小学部4年∼)
ことは難しかったが「目を大きく見開いて中指に力
教室の前の天井に赤の模造紙を貼るとともに木琴
を入れる」様子が見られた。
の一部を使って音の出る教室表示を作り,教室を意
識づけるようにした。また,主に担当する教員の上
② 小学部6年時
着の色を一定にし,毎日かかわる教員が分かりやす
Fは1年時に比べれば体調も安定し,発作も減少
いようにした。
したが,6年になっても全身に力を入れて声を出す
活動開始時には必ず言葉と身振り,動かす場所が
発作が一日に数回ある状態は継続していた。そのた
あるときにはその部位に触れ予告を行なうように
め,6年時の担任は再度体調の安定,身体に常にあ
し,活動に身構えをもって取り組めるようにした。
る緊張を軽減し,音などの刺激が一気に発作につな
天井の印については1年を経過しても意識してい
がるような状態を改善することを目指した。そのな
るかの確認は難しかったが,教室に入る前の木琴の
かでも,表面上は明確でないFの課題への集中の状
音には瞳を動かすことが見られるようになった。
態を確認することを含め,主体的な動きを大切にす
開始と終了の合図に対しては,開始の合図に「目を
る学習を設定していった。
大きく開いたり指先をピクピクと動かしたりする」
様子がみられるようになってきた。また,トランポ
・心拍の変動で課題への集中状態を確認する
リンのような活動の動きの前に「3,2,1」のよう
活動時にパルスオキシメーターを常時着用するよ
に言葉掛けをしてから動かすことを繰り返すと,言
うにし,心拍の変動を学習活動への応答の一つとし
葉掛けの時から目を大きくし「身構えているように」
て確認するようになった。パルスオキシメーターを
していると思えるようになってきた。
常時着用するようになったことで,目の動きや表情
変化のない時でも周囲の状況変化に心拍が変化し,
・自ら動かせる教材(小学部4年∼)
新奇な物に集中したり楽しいことに興奮したりする
手の動きを直に音と圧で感じられるように,空の
ことが確認された。一方,注意の持続時間は短く途
ペットボトルに音が出る物を入れ,そのキャップ部
切れがちなため,継続している学習が細切れに感じ
分を手で支え揺らして倒す教材と,創作活動を行う
られている可能性があり,学習への注意の持続のた
ときなどに自分の動きを感じられるように,手に持
めに適宜教材への集中を促すことが必要であること
たせるジグで紙をちぎったりすだれスイッチで音楽
が確認された。
を鳴らしたりするようにした。
時間がかかることはあり,日によって時刻によっ
・VOCAの活用
て動きがすぐに見られるとき,手に触れ促してもな
小学部6年の11月からは,ビッグマックを操作し
かなか動かせないときはあるが,一人で手を動かす
て「もしもーし」と呼びかける学習を開始した。
様子が見られるようになった。ペットボトル倒しは,
初めは足先でビッグマックを操作することから始
− 20 −
めた。
「もしもーし」の呼びかけは,Fに人とのつ
(2)新たな取り組み
ながりに気付かせる大きなきっかけを作った。「も
コミュニケーション評価に基づいて,次の取組み
しもーし」と言うたびに周囲にいる教師だけでなく
を行うことにした。
看護師からも「何?」「どうした?」「上手だね」と
言葉をかけられ,Fは目を大きく見開いた。
① 常時空気圧で動くスイッチ(エアバックセンサー
翌日になるとまた同じように力を入れ続けること
スイッチ)でVOCAを鳴らせるようにし,いつでも
になるが,一度力を抜いてスイッチを元に戻してか
他者に呼びかけられるようにしたり,パソコンのソ
ら再度押して音は出すというビッグマックの操作方
フトを動かしたりするようにする。
法を1日の学習中に可能になった。また,
「いろいろ
な場面で周囲の人のかかわりに対して,タイミング
② 自立活動の時間を中心に,Fが楽しめそうな活動
良く目元口元を動かすようになり,キャッチボールの
(joyful shared event(土谷,2004)
)を複数用意し
ようなやりとり」の芽生えが見られるようになった。
そこから選択して学習する。VOCAの活用について
は初め表情の変化だけではつかみにくい「YES /
NO」の表出手段として学習の一場面で使用するこ
3 第Ⅲ期 生徒主導(中学部1年∼ 3年)
とを考えたが,第二筆者からの,「楽しむための手
(1)コミュニケーション評価
あすなろグループの学校課題研究として,「重度
段として活用していくことで『使いたい』と思える
重複障害児への初期コミュニケーション支援の方法
ようになる」,また,「できるだけいつも使うことで
について」を取り上げることになった。
有用感を感じてもらうことが大切である」という助
それまでFについての客観的な指標による評価
言から家庭でも利用してもらうこととした。
は「遠城寺式乳幼児分析的発達検査」で,移動運動
(0:0),手の運動(0:0)
,基本的習慣(0:0)
,対人関
③ 今までも実施してきたが,更に丁寧に,使用す
係(0:0),発語(0:0 ∼ 0:1),言語理解(0:0 ∼ 0:1)
る教材は全て見せてから手に触れさせ,触感や形状,
というもので,Fの実際を表しきれていないと思わ
名称,用途を言葉で伝え,言葉の意味を確認する。
れた。そこで,
Fを含めグーループ全員に対して「重
加えてiPadなどの機器を活用して見えにくい手元を
度障害児のコミュニケーション発達評価」(坂口,
見ながら活動できるようにする。
2006)を行なうことにした。この発達評価は,単に
児童生徒の発達を評価するだけでなく,かかわる人
(3)教師のかかわりとFの様子
がどのように子どもたちにかかわっていくことが必
① joyful shared event /コミュニケーションにつ
要かを考えることに役立つものである。ただし,こ
いて
の検査には(どの発達検査にも共通しているが)
「∼
Fの楽しめそうな活動は,それまでの生活単元学
見る」
「身振り・発声で応答する」というような,
はっ
習の教材のなかからボウリングや段ボールドミノな
きりした目の動きや身体の動きのみられないFに対
どの友達と競う活動や身体を揺らす活動などが考え
して評価が難しい項目があり,表情や目の動きなど
られたが,教師がFにその時々のニュースに沿った
を判断材料に「∼ではないか」ということで評価を
話題などを話し,そのときに目を大きく動かした
した。
内容に関連する活動を取り入れるようにした。活動
その結果,
2013年7月の段階では「人への志向」
「表
はできるだけ複数用意し,毎回選択をして活動に取
出」は2 ∼ 4 ヶ月レベルにあり,
「物への志向」
「理解」
り組んだ。話題にしていることや選択への応答は少
は4 ∼ 6 ヶ月レベルにあるのではないかと推測され
し遅くなったり,質問を繰り返すと反応が揺れたり
た。そこから,Fは「身近な大人へ働きかけると何
することもあったが,比較的はっきりした応答,す
らかの方法で応えてくれることに気付きはじめてい
ぐに応答がみられたことを取り上げ(過剰な解釈
る。活動を大人と一緒に行い楽しむなかで丁寧なや
(Skjørten,1989)
)
,やりとりを行うようにした。
りとりをすることで,更にコミュニケーション能力
2013年の冬季オリンピックの時期は「スノーボー
が高められる段階にあると考えられる。」という判
ド」という言葉に何度も目を動かしたため「スノー
断をした。
ボード」競技の画像を見る学習を取り入れるなど,
− 21 −
その時期に応じた内容を共に楽しんだ。単語の意味
② 身体の動きについて
がどれだけ理解されているかは明確ではないが,学
随意か不随意が不明確と考えられていた足先や
校で話題にした内容を家庭で話題にすると同じよう
腕,指の動きが,ジグや教材を工夫することで少し
に目の動きが多くなることがあり(逆もある),単
ずつ明確になり,随意と判断できることが増えた。
語の記憶ができ,興味が持続していると推察された。
また,背伸びをするように自分から身体を大きく動
その時々の話題の中に保護者の好む音楽なども入
かしたり,教師からの「目を大きく開いて」の言葉
れ,その表情変化から音楽鑑賞,アイドルグループ
かけにまぶたを動かしたり,選択学習の中での表情
の音楽や画像を聴いたり見たりする活動へと拡がっ
変化が大きくはっきりし,うなずくように頭を後ろ
た。選択する活動は数日間連続したあとで,他の活
に反らせたり口を盛んに動かしたり(2014年∼)
,
動を選ぶようになるなど飽きる様子も見られた。
瞬きをしたり(2015年∼)と,動かす部位も増えて
一方,生活単元学習の制作活動では興味が持てな
きた。このような動きや表情変化の後で起こること
い内容であったり,苦手と考えていると思われたり
が多かった発作は大きく減り,体調に大きく左右さ
する内容には無表情を通し,拒否の態度がはっきり
れるが,在校時間中に1回,時には全くない日も見
してきた。
られるようにもなってきている。しかし,手を使う
また,パソコンの画面を見ながら1クリックで動
活動では,教材を手に持たせてから動かすまでに,
かせる教材で選択する学習を行ない,日頃は頻回に
表情の変化→肩に力が入る→顔を赤らめる→全身に
押すことがないスイッチを連続して押したり,周囲
力を入れながら動く,というように時間がかかるこ
からの言葉掛けが無い時間が続くと「もしもーし」
とも多く,1回動いてから次に動けるようになるま
と教師を呼ぶようにスイッチを押したりする(2013
でに数分,ときに十数分かかることもある状態は継
年∼)ことも見られるようになった。
続している。
やりとりの相手も担任教師からグループ内の教
この時期のかかわり合いの様子として,映像資料
師,2015年には学校看護師へと拡がりを見せてい
としても残されている2013年7月16日の記録を以下
る。学校看護師とは口腔内吸引を行なうかどうかを
に提示する。活動の文脈に即したかたちでFの自発
問われて口の開閉でそれに応える様子が見られ,
「F
的な身体の動きや表出が見出される様子である。
と話せます」(2015年∼)と言われるようにもなっ
2013年7月16日:教室から体育館への移動場面。
てきている。ただし,やりとりの始まりのスムーズ
教師(第一筆者)は,移動しながら周囲の状況を逐
さや長さはかかわる人によって違いがあり,Fのコ
次Fに向けて叙述する。途中で前年度,Fの学級に
ミュニケーションはまだまだ「聞き手効果段階」
(坂
所属していた教師に出会う。この教師とのやりとり
口,2006)にあることが推察される。
のなかで,声掛けに対応するかたちで,眼を見開い
この時期のかかわり合いの様子として,映像資料
たり,左手の動きでVOCAが入力されて事前に録音
としても残されている2013年1月24日の記録を以下
しておいた音声が流れたりする。再び体育館に向け
に提示する。Fとかかわり手が掌を重ね合いながら
て移動し,今度は保健室の前に差し掛かる。養護教
活動に共同的に取り組むなかでFの身体の動きや表
諭とのやりとり。ここでも,やりとりの文脈に適合
出が見出される様子である。
するかたちで,眼が見開かれる表出がある。
2013年1月24日:ボーリングゲームの活動。教師は,
ボールをFの眼前に提示しながら予告し,Fの右手
Ⅳ まとめと今後の課題
のそばにボールを転がす傾斜板を配置する。教師
(第
1 経過を振り返って
一筆者)がFの右手に触れ,傾斜板の一番上にボー
Fに対しては,小学部2年の時に第一筆者の勤務
ルをおく。教師はFの右手をガイドしながらボール
する学校が「重度重複障害児教育担当者研究会」の
に近づける,するとFの右掌の指が開く。その動き
会場となってから,2 ∼ 3年おきに指導内容・方法
に対応してボールが転がりピンが数本倒れる。教師
を検討する機会が持てた。このことで,Fの担任は
がFの右手に触れて表出確認をする。このタイミン
9年間で5人であり,決して少なくないが,基本的な
グでFの口角があがる。
かかわり方は引き継がれ,積み重ねることができた。
その結果,通常の発達で言えばわずかなものでは
− 22 −
あるかもしれないが,Fは着実に変化・成長してき
に思われる。また,こうしたなかで見出された動
ている。特に,
簡単に自分の力だけで動かせるスイッ
きの一つ一つについて,Fは必ずしもすべてについ
チとVOCAを手に入れたことで,Fの世界は大きく
て,自覚的であったり,明確な意図をもって表出し
拡がり,自分から人に働きかけることもできるよう
たりしているわけではないと思われるが,かかわり
になってきている。
手が丁寧に表出確認を進めるなかで意図性を帯びる
中学部2年後半から3年前半にかけて呼吸関係で体
ようになってきたものもある。こうした点からみる
調が不安定になり入院し手術をしたが,それでもF
と,子どもが自発した動きについてかかわり手との
は人に働きかけ「やりとり」する力を持ち続けるこ
共同的活動のなかで意味を創りあげていくという視
とができた。楽しい活動
(joyful shared event)
を「自
点(Janssen and Rødbroe,2007)が重要であった
ら」の力で行なえたことがFを積極的にし,他者と
と思われる。すなわち,活動の流れや文脈のなかで
の関係を築く意欲を育てたと考えている。今後は,
Fの状態変化について捉えることで,かかわり手は
少しずつ負担のないように配慮しながらFの理解で
行動の意味について解釈あるいは過剰な解釈(岡
きる言葉を探り,確実なコミュニケーションの土台
澤,2012;Wold,1999)を重ね,それに基づいた
を作っていくことが必要と考える。
働きかけを行ない,そして働きかけに対するFの表
また,身体の動きについては思いがあってもうま
出の在り様からかかわり手の解釈の妥当性を検討す
く動かせない状態が継続しており,Fにとって意図
る。また,こうしたやりとりのなかでは,過剰な解
的に身体のある部分を動かすことの難しさ,動くこ
釈に留まらないように留意しながらも,Fの表出を
との負荷の大きさは,我々の想像以上のものである
つぶさに読みとり,相互性のあるやりとりを展開す
と考えられる。一度目の動きは比較的スムーズで二
るため,かかわり手は ものわかりのよい,よき受
度目になるとなかなか動かせなくなることが多いこ
信者 として対応することが欠かせないように思わ
とから,動きの後,通常の状態に緊張を抜くことが
れる。このことは,コミュニケーションにおいて,
難しいことが予想される。スイッチを押す操作以外
imperative(指示・命令・要求)なやりとり以上に,
の指先の動きには全身の力を使う状態もあり,今後
declarative(宣言的,叙述的)なやりとりが重視さ
は身体の動きの分化と適切な力の抜き方を学べるよ
れること(Janssen and Rødbroe,2007)とも大き
うな指導が必要と考える。
く重なり合うと思われる。
超重症児とのコミュニケーションは,過剰な解釈
2 かかわり手のあり方をめぐって
から始まるものが多いといえる。そこでは,その妥
Fのように継続的で濃厚な医療的ケアを必要と
当性について常に問われなければならないし,それ
する超重症児と言われる子どもの教育においては,
を裏付ける行動的事実の蓄積・分析も欠かせないで
種々の刺激を繰り返し与えて反応を引き出すという
あろう。しかしながら,超重症児とのかかわり合い
方略がとられたり,あるいは,あらかじめ設定され
のなかで,見出された事実が否定的解釈によって検
た状況に子どもをいかにのせるかといった対応に留
討されなくなることがあってはならない。例えば,
まったりしがちである。しかしながら,子どもに
再現性のないことが,見出された事実を否定するこ
とって過度な働きかけは,子どもを受け身の状態に
とにはならない。例え一度きりであっても,見出さ
してしまい,周囲の環境に対して閉じる方向への調
れた事実をどのように考えるかを検討しなければな
整を進行させてしまうことが指摘されている(松
らないのではないか。とりわけ,覚醒状態が変動し
田,2003)。このことは,超重症児の教育実践にお
やすかったり,発作様の行動が頻発したりする超重
いて,睡眠-覚醒状態の把握が難しい子どもや覚醒
症児においてはなおのことであろう。
状態の維持が難しい子ども,学習の途中で寝入って
行動の意味は,かかわり合い(やりとり,コミュ
しまうことが頻繁にある子どもが重ねて報告されて
ニケーション)の蓄積のなかでこそ,子どもにとっ
いることからも伺うことができる(岡澤,2012)。
てもかかわり手にとっても明瞭になっていくと思わ
Fとの経過においては,Fの自発を待ち,表出を確
れる。そして,人は,自らの行動の意味が理解され
認し,Fがイニシアチブを持つような状況設定を重
ることを重ねるなかで他者の行動の意味を理解でき
ねるなかでFの行動の拡がりが見出されてきたよう
るようになるのではないか。子どもの意味とかかわ
− 23 −
り手の意味とがより多く重なり合い,共有されるよ
うな対処を追求していくことが今後の超重症児への
教育上の大きな課題の一つであろう。
文献
Janssen, M., and Rødbroe, I.(2007)Communication
and congenital deafblindness
Ⅱ : Contact
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平成28年 3月31日 受理
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