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米国の対アフリカ戦略 - 防衛省防衛研究所

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米国の対アフリカ戦略 - 防衛省防衛研究所
米国の対アフリカ戦略
――グローバルな安全保障の視点から――
片原
防衛研究所紀要
栄一
第 12 巻第 2・3 合併号
(2010 年 3 月)
米国の対アフリカ戦略
――グローバルな安全保障の視点から――
片原 栄一
<要
旨>
近年、アフリカの戦略的重要性の高まりを受けて、米国はアフリカへの関与を強める姿
勢を明らかにしている。ブッシュ政権(当時)は 2008 年 10 月 1 日、新たな地域統合軍と
してアフリカ大陸全体を統合的に管轄する「米国アフリカ軍」を創設した。米国は、民軍
を一体化させて包括的にアフリカに関与し、アフリカ諸国が自前で安全保障上の問題に対
処できる能力構築を図るという、新たな対アフリカ戦略を打ち出したのである。2009 年 1
月に発足したオバマ新政権は、ブッシュ前政権による対アフリカ戦略を基盤として、アフ
リカへの関与を戦略的かつ包括的に深めていくと予想される。
はじめに
ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)大統領(当時)は 2003 年 6 月、大統領と
して初めてのアフリカ歴訪前の講演で、アフリカの平和と安全の確立、エイズとの闘い、
援助と貿易による経済発展という 3 つのテーマを掲げ、さらにアフリカにおけるテロとの
闘いやジンバブエやスーダンなどの人権問題にも言及した1。同大統領は 2005 年 7 月の G
8 サミットにおいて、2010 年までにサブサハラ・アフリカ向け援助を倍増することを提唱、
5 年間で 6 億 6,000 万ドルのグローバルな平和活動イニシアティブ(GPOI: Global Peace
Operations Initiative)2や 150 億ドルのエイズ救済のための緊急計画(PEPFAR: President’s
Emergency Plan for AIDS Relief)3などのイニシアティブを表明し、アフリカに対する積
極的な取組みを鮮明にした4。さらにブッシュ大統領は 2008 年 2 月、アフリカを再度歴訪
1
2
3
4
White House, “President Bush Outlines His Agenda for U.S.-African Relations,” Remarks to the
Corporate Council on Africa’s U.S.-Africa Business Summit, June 26, 2003, <http://www
.whitehouse.gov/news/releases/2003/06/20030626-2.html> (accessed on August 1, 2008).
GPOI は、ブッシュ大統領が 2004 年 G8 サミットで提唱したイニシアティブである。詳細につい
ては、Nina M. Serafino, “The Global Peace Operations Initiative: Background and Issues for Congress,” Congressional Research Service Report for Congress, February 16, 2005, <http://www
.globalsecurity.org/military/library/report/crs/rl32773.pdf> (accessed on August 1, 2008).
ブッシュ大統領は 2003 年 1 月 29 日、年頭教書で PEPFER を立ち上げた。<http://www.whitehouse
.gov/news/releases/2003/01/print/20030129-1.html> (accessed on August 1, 2008).
外務省のウェブサイトを参照、<http://www.mofa.go.jp/Mofaj/gaiko/summit/gleneagles05/s_01.html>
(accessed on August 1, 2008).
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防衛研究所紀要第 12 巻第 2・3 合併号(2010 年 3 月)
し、エイズ対策支援の倍増やマラリア対策、対外債務救済策などアフリカに対する包括的
な関与を強める姿勢を強調した。
米国は安全保障分野においてもアフリカへの関与を強める姿勢を明らかにしている。
ブッシュ政権が積極的に関与した事例としては、スーダンの南北間の包括和平合意の調停、
リベリアでの紛争終結に向けたアフリカ連合(AU: African Union)との共同軍事介入など
がある。また、同政権は 2007 年 2 月 6 日、新たな地域統合軍としてアフリカ大陸全体を
統合的に管轄する「米国アフリカ軍」
(U.S. AFRICOM: United States Africa Command、以下、
米アフリカ軍)を創設すると発表した。これを受けて 2008 年 10 月 1 日創設された米アフ
リカ軍を通じて、米国の民軍を一体化させて包括的にアフリカに関与し、アフリカ諸国が
自前で安全保障上の問題に対処できる能力構築を図るという、新たな対アフリカ戦略を打
ち出したのである。2009 年 1 月に発足したバラック・オバマ(Barack Hussein Obama Jr.)
新政権は、ブッシュ前政権による対アフリカ政策を基盤として、アフリカへの関与を戦略
的かつ包括的に深めていくと予想される。
近年におけるこうした米国の対アフリカ政策の積極的な展開の背景には、米国にとって
のアフリカの戦略的重要性の高まりがある。以下では、第1に、米国の対アフリカ情勢認
識について戦略的な視点から論点を整理し、第 2 に、ブッシュ政権の対アフリカ戦略およ
び政策について概説し、最後に、オバマ新政権の対アフリカ戦略における課題について論
じる。
1
高まるアフリカの戦略的重要性
第 2 次世界大戦後、米国の歴代政権にとってアフリカは対外政策上の優先順位の最も低
い地域であった。冷戦期を通じて、米国の対外政策上の最優先課題は、ソ連および共産主
義勢力を封じ込めることであり、この文脈において対アフリカ政策が策定・実施されてき
た。従って、1970 年代半ばにおけるソ連とキューバによるアンゴラ内戦への軍事介入、
それに続くエチオピアへの介入を受けて、米国はアフリカへの関与を強め、政治経済体制
の如何を問わず、親米と目される国々に対して経済・軍事援助を強化したのである5。
冷戦の終結後、ジョージ・H・W・ブッシュ(シニア)
(George H. W. Bush)政権は、ア
フリカに対する援助条件として、従来の反共主義を重視してきた立場を変更し、民主化の
推進、人権擁護、経済改革などを掲げたため、米国のアフリカに対する軍事援助額は、1985
5
青木一能「アメリカとアフリカ」五味俊樹、滝田賢治『現代アメリカ外交の転換過程』(南窓社、
1999 年)。
80
米国の対アフリカ戦略
年の 2 億 7,900 万ドルから 1990 年には 3,900 万ドルに激減した6。同政権は冷戦後の新た
な世界秩序の構築を図りつつ、アフリカの紛争解決にも取り組む姿勢を示した。その事例
としてソマリア内戦に対する「希望回復作戦」
(約 3 万人の米兵を派遣)の実施が挙げら
れる。ソマリアの米軍は、1993 年 5 月、国連の「第 2 次国連ソマリア活動」
(United Nations
Operations In Somalia II)
(うち、米兵は約 4,000 人)に吸収され、現地の武装勢力とのあい
だで戦闘にエスカレートしていった7。
その後、ビル・クリントン(William Jefferson “Bill” Clinton)政権期に、ソマリアにおい
て米兵約 10 数名が殺害され、その死体が鞭打たれる事件が発生した。同政権は、約 5,800
人の重装備部隊の増派を決定していたが、議会や世論の反発を受けて、1994 年 3 月、米
兵のソマリアからの撤退を決定した。クリントン政権にとってのアフリカは、経済的には
魅力が乏しく、直接的な介入に危険が伴う地域ではあったが、クリントン大統領は 1998
年 3 月にアフリカの 6 カ国を訪問し、その後、「アフリカの成長と機会」(AGOA: Africa
Growth and Opportunity Act)の採択および「アフリカ危機対応イニシアティブ」(ACRI:
African Crisis Response Initiative)を創設した8。ACRI は 2002 年に「アフリカ緊急作戦訓練
支援計画」(ACOTA: The African Contingency Operations Training and Assistance Program)に
取って代わり、AGOA とともに現在も継続している9。
このように冷戦終結後、米国は、人道的分野のみならず、安全保障面においてもアフリ
カへの関与を強化する姿勢を打ち出し、以下でみるように包括的なアフリカ戦略を策定・
展開している。その背景要因としての、米国にとってのアフリカの戦略的重要性の高まり
に関しては、米国の議会調査局や有力なシンクタンクにおいて優れた研究成果が発表され
ている10。これらの成果を踏まえて、ここでは以下の 6 点を指摘したい。
第1の要因は、アフリカのエネルギー資源確保である。現在、米国の原油輸入に占める
アフリカの割合は 15%で、中東の割合とほぼ同程度であるが、アフリカからの原油輸入の
6
U.S. Bureau of the Census, Statistical Abstract of the United States: 1995 (111th edition) Washington, D.C.,
1995 <http://www.census.gov/prod/1/gen/95statab/inttrade.pdf>, p. 813.
7
青木「アメリカとアフリカ」、275~276 ページ。
8
AGOA は、アフリカにおける貿易対象国からの免税輸入品目を拡大し、数量制限も大幅に緩和する
というものである。詳細については、以下のウェブサイトを参照、<http://www.agoa.gov/> (accessed
on August 1, 2008).
9
青木一能、加茂省三、六辻彰二「主要国の対アフリカ・アプローチの比較」
『国際問題』第 533 号
(2004 年 8 月)、35~36 ページ。
10
Lauren Ploch, "Africa Command: U.S. Strategic Interests and the Role of the U.S. Military in Africa,” CRS
Report for Congress, updated March 10, 2008 <http://www.fas.org/sgp/crs/natsec/RL34003.pdf>
(accessed on June 27, 2008); Anthony Lake, Christine Todd Whitman, Princeton N. Lyman and J. Stephen
Morrison, More than Humanitarianism: A Strategic U.S. Approach Toward Africa: Report of an
Independent Task Force (Washington, D.C., Council on Foreign Relations, 2006); Africa Policy Advisory
Panel, Walter H. Kansteiner and J. Stephen Morrison, Rising U.S. Stakes in Africa: Seven Proposals to
Strengthen U.S.-Africa Policy (Washington, D.C., CSIS, 2004).
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割合は今後も増え続け、2025 年には 25%にまで高まると予測されている11。中国、インド
など諸外国もアフリカ資源の獲得を目指しており、今後もこの傾向は一層強まるであろう。
しかしながら、米国のアフリカ諸国との貿易・投資関係については、AGOA に基づく特
恵関税の適用などがあるにもかかわらず、米国の対外貿易・投資の総額に占めるアフリカ
の割合は1~2%にとどまり、拡大には至っていない。また、米国の対アフリカ貿易の相
手国は少数の国々に限られている。たとえば、2006 年における米国の対アフリカ輸入総
額の 85%は、ナイジェリア(47%)、アンゴラ(20%)、南アフリカ(13%)、コンゴ民主共
和国(5%)の 4 カ国が占めており、対アフリカの輸出総額においては、その 68%を、南
アフリカ(37%)、ナイジェリア(18%)、アンゴラ(13%)の 3 カ国が占めている12。
第 2 に、近年、積極的な対アフリカ資源外交により、アフリカへの影響力の拡大しつつ
ある中国に対して米国が戦略的な対応を迫られていることも、アフリカの戦略的価値を高
める要因となっている。中国が、人道上問題を抱えるスーダンなどに対して積極的な石油
資源の確保に動いていることや、中国の影響力の拡大がアフリカ諸国の民主化や法の支配
の強化にとって支障となり得ることなどに対して、米国の懸念は増幅しつつある13。
しかし米政権としては、中国が 2008 年において、アフリカにおける国連平和維持活動
(PKO)ミッションに対して 1,452 人の軍人、警察官などを参加させていることを評価し、
米中対話および協力の更なる進展を期待している14。
第 3 に、テロとの闘いにおけるアフリカの戦略的重要性がある。アフリカ北東部の「ア
フリカの角」と呼ばれる地域や内陸部のトランス・サハラ地域にはイスラムテロ集団が浸
11
12
13
14
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Princeton N. Lyman and Patricia Dorff, “In Africa, Beyond Humanitarianism,” Washington Post, August 9,
2008.
Danielle Langton, “U.S. Trade and Investment Relationship with Sub-Saharan Africa: The AfricanGrowth
and Opportunity Act and Beyond,” Congressional Research Service Report for Congress, updated
September 12, 2007, pp. 6-10.
Harry G. Broadman, “China and India Go to Africa,” Foreign Affairs, Vol. 87, No. 2 (March/April,2008),
pp. 95-109.
たとえば、米国が主導したリベリアの軍隊の再建に対して、中国は車両やコンピュータなどの提
供を行って貢献した。また、中国は、2006 年以降、ダルフール問題への対応を巡って国際社会と
の協調を模索し始め、ダルフールにおける国連ミッションに対して 300 人の軍事技術者の派遣を
表明した。Statement of Thomas J. Christensen, Deputy Assistant Secretary for East Asian and Pacific
Affairs, James Swan, Deputy Assistant Secretary for African Affairs, before the Subcommittee on African
Affairs of the Senate Foreign Relations Committee, June 5, 2008, <http://hongkong.usconsulate.gov/
uscn_state_2008060401.html> (accessed on August 1, 2008). CISI のスチーブン・モリソン(Stephen
Morrison)アフリカ研究部長は、中国政府が中国国有企業にアフリカにおける投資活動を地政学
的に指図しているという見方は誤解であるとし、中国の企業も経済利益を追求して投資を行って
いると証言している。Statement of J. Stephen Morrison, Director, Africa Program, Center for Strategic
and International Studies (CISI), “China in Africa: Implications for U.S. Policy,” Testi-mony before the
U.S. Senate Committeeon Foreign Relations, Subcommittee on African Affairs, UnitedStates Senate, June
4, 2008, <http://www.senate.gov/~foreign/testimony/2008/MorrisonTestimony080604a.pdf> (accessed
onAugust 1, 2008),p. 7.
米国の対アフリカ戦略
透していると見られている。1998 年、ケニアとタンザニアで米大使館がテロ攻撃を受け
た。また、2005 年 7 月のロンドンの地下鉄爆破事件にはアフリカのテロ組織が関与した
と見られている。さらに近年、アルカイダは北アフリカのテロリスト集団との関わりを深
めており、イラクでの戦闘にも取り込まれていると見られている15。
第 4 の要因は、紛争、海賊などの犯罪をはじめ、無政府状態、破綻国家などアフリカ諸
国が抱える安全保障問題への対応の必要性である。紛争については、AU および国連 PKO
のミッションが展開しているものの、スーダンのダルフール16、ソマリア、コンゴ民主共
和国など多くの国々では、紛争の解決・防止が重要な課題となっている。米国はとくに、
アフリカ諸国の無政府状態や破綻国家がテロリストの聖域となることを懸念している。ま
た、ソマリア沖やギニア湾周辺地域では海賊が多発し、ニジェール・デルタ地帯では石油
の盗難が発生しており、資源輸送ルートの安全保障の観点からも、アフリカ地域およびそ
の周辺海域の安全保障を確保することが重要である。さらに、麻薬・武器の密売、人身売
買など、犯罪も多発している地域も多い。
第 5 に、アフリカ諸国の民主化や人道・開発支援が国際社会の大きな課題となっており、
米国としても積極的な対応が期待されていることがある。近年、ガーナ、リベリア、マリ、
ケニア、モザンビークなどでは民主化の進展が顕著に見られるほか、アンゴラ、スーダン、
赤道ギニアなど、豊富な天然資源の輸出に支えられて経済成長を遂げている国も見られる。
しかしその一方で、多くのアフリカ諸国では低開発や貧困、HIV/エイズ、マラリアなど
感染症が深刻な問題となっている。コンドリーザ・ライス(Condoleezza Rice)国務長官(当
時)は『フォーリン・アフェアーズ』誌に掲載した「アメリカの国益を再考する」と題す
る論文で、
「民主主義の制度と実践が、広範な基盤と持続性のある経済開発を支え、一方
で、市場型の経済開発が民主主義の基盤を固めていくことは、いまやますますはっきりし
てきている」として、こうした相互作用を一体化した「民主的開発モデル」(A democratic
model of development)を世界で促進していくことを「最優先課題に据える必要がある」と
指摘している17。すなわち、アフリカにおける民主化支援、並びに人道・開発支援は、米
国の長期的な国益に合致するとの認識のもと、米国はアフリカ支援を推進している。
最後に、G8 サミット、国連、世界貿易機関(WTO)などの多国間外交の場においてもア
15
16
17
Statement of General William E. Ward, USA, Commander, United States Africa Command, before
the House Armed Services Committee, March 13, 2008, <http://armedservices.house.gov/pdfs/
FC031308/Ward_Testimony031308.pd>, p. 5.
外務省「スーダン概況」<http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/sudan/kankei.html> (accessed on December
14, 2009).
Condoleezza Rice, “Rethinking the National Interest: American Realism for a New World,” Foreign Affairs, Vol. 87, No. 4 (July/August 2008), pp. 8-12.
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フリカ諸国の重要性は高まりつつあり、米国としてもリーダーシップが問われている。
2000 年 9 月の国連ミレニアム・サミットで採択された「国連ミレニアム宣言」(United
Nations Millennium Declaration)には、平和と安全、開発と貧困、環境、人権とグッドガバ
ナンス(良い統治)などに加えて、アフリカの特別なニーズが課題として掲げられ、同宣
言および 1990 年代に開催された主要な国際会議やサミットで採択された国際開発目標に
基づいて、2015 年までに達成すべきミレニアム開発目標(Millennium Development Goals)
が打ち出された18。米国はこうした動きを受けて 2002 年 3 月、ミレニアム・チャレンジ・
アカウント(Millennium Challenge Account: MCA)の創設を表明し、開発途上国の健全な
経済および政治政策を採用することを途上国に奨励するために、公正な統治、自国の人々
への投資、経済的自由を推進する国々に無償援助を提供している19。また、多国間貿易交
渉においてもアフリカの重要性は高まっている。WTO 加盟国 185 カ国のうち 40 カ国を占
めているアフリカは、米国とヨーロッパの農業補助金と関税の大幅な削減を要求しており、
2008 年 7 月末のドーハ・ラウンド(Doha Round)において、インドやブラジルに同調し、中
国の反対と相俟って、協議の決裂をもたらすほどの影響力を持つに至っている20。
2.米国の対アフリカ戦略と政策
(1) 米国の戦略目標
米国は 2006 年 3 月に公表した「米国の国家安全保障戦略」(The National Security Strategy
of the United States of America)においてアフリカを優先度の高い地域として位置づけ、脆弱
な国家や破綻国家を建て直し効果的な民主体制を確立することは米国の安全保障上の利
益に繋がるという認識を示した21。さらに国防省が同年 2 月に議会に提出した「4 年毎の
国防計画の見直し」においては、アフリカ諸国がテロリストの聖域となるような破綻国家
や無政府状態となる可能性を減少させるため、東アフリカ諸国の対テロにおける能力構築
の支援やサハラ横断地域における対テロ構想などを指摘した22。
18
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外務省のウェブサイトを参照、<http://www.mofa.go.jp/Mofaj/gaiko/oda/doukou/mdgs.html> (accessed
on August 1, 2008).
ホ ワ イ ト ハ ウ ス の ウ ェ ブ サ イ ト を 参 照 、 <http://georgewbush-whitehouse.archives.gov/infocus/
developingnations/millennium.html> (accessed on August 1, 2008).
Princeton N. Lyman and Patricia Dorff, “In Africa, Beyond Humanitarianism,” Washington Post, August 9,
2008.
ホワイトハウスのウェブサイト、「米国の国家安全保障戦略」<http://www.whitehouse.gov/nsc/nss/
2006/> (accessed on June 27, 2008).
Secretary of Defense, Quadrennial Defense Review Report, February 2006, <http://www.defenselink
.mil/qdr/report/Report20060203.pdf>, p. 12.
米国の対アフリカ戦略
米国の対アフリカ戦略を具体的に定めているのは、2006 年 9 月 28 日の国家安全保障大
統領指令第 50 号(NSPD-50)
「サブサハラ・アフリカに対する米国の戦略」
(U.S. Strategy
for Sub-Saharan Africa)である。同指令によれば、米国の対アフリカ政策の目標には、①
アフリカにおける能力構築(Build Capacity in Africa)、②民主主義的体制への移行の促進
(Consolidate Democratic Transitions)、③脆弱な国家への支援(Bolster Fragile States)、④地
域的および準地域的機構の強化(Strengthen Regional and Sub-Regional Organizations)、⑤地
域安全保障の強化(Strengthen Regional Security)、⑥アフリカの経済発展と成長の促進
(Stimulate Africa’s Economic Development and Growth)
、⑦人道支援および開発援助の実施
(Provide Humanitarian and Developmental Assistance)の7つが含まれているとしている23。
こうした対アフリカ戦略策定の背景には、冷戦後、特に 9.11 事件後の安全保障環境の変
化を受けて、脆弱で不安定な国家がテロ、大量破壊兵器の拡散、麻薬などの組織的犯罪を
助長し、米国の安全保障を脅かしかねないという認識がある。加えて、海上輸送路の安全
確保およびアフリカ市場へのアクセスの確保は、米国にとって重要な安全保障上の利益で
ある。さらに、整備された海軍力を有しない多くのアフリカ諸国は支援を必要としている
という現実もある。米国は、2005 年に公表した「国家海洋戦略」(National Strategy for
Maritime Security)において、海洋の自由と通商の促進および防衛を国家の最優先課題と
して位置づけ、国境および沿岸の安全保障強化を図るため、アフリカ諸国を支援するとし
ている24。例えば、米中央軍第 5 艦隊のもとに、テロリストによる資材、兵器、人員の運
搬阻止や抑止、海賊対処などのために、多国籍海軍部隊である「連合任務部隊 150」
(CTF-150)が置かれ、アデン湾、オマーン湾、アラビア海、紅海、インド洋で展開して
いる25。
米国防省は、対アフリカ戦略の具体的目標として、①人道支援および平和維持活動に参
23
24
25
Remarks by Theresa Whelan, Assistant Secretary of Defense for African Affairs, Office of the Secretary of Defense at Royal United Services Institute, London, February 18, 2008, <http://www.africom
.mil/getArticle.asp?art=1663> (accessed on August 15, 2008), p. 2.
The White House, The National Strategy for Maritime Security, September 20, 2005, <http://www
.whitehouse.gov/homeland/4844-nsms.pdf> (accessed on August 1, 2008).
CTF150 は創設以来、フランス、オランダ、イギリス、パキスタン、カナダなどが参加している。
また、米中央軍第 5 艦隊のもとには、CTF152、CTF158 といった合同任務部隊が置かれている。
CTF152 は、中央・南アラビア湾で「不朽の自由作戦」(OEF: Operation Enduring Freedom)および「イ
ラクの自由作戦」(OIF: Operation Iraqi Freedom)への支援活動のほか、海洋安全保障活動に従事し
ている。CTF158 は、米英豪の海軍によって組織され、北アラビア湾において OIF への支援活動
などを行っている。
詳細については、以下のウェブサイトを参照。<http://www.cusnc.navy.mil/mission/rhumblines
.html>;
<http://www.cusnc.navy.mil/command/ctf150.html>;
<http://www.cusnc.navy.mil/command/
ctf152.html>; <http://www.royalnavy.mod.uk/server/show/nav.00h00400100500700e002> (accessed on
August15, 2008).
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防衛研究所紀要第 12 巻第 2・3 合併号(2010 年 3 月)
加できるようなアフリカのそれぞれの国々、あるいは地域の能力構築(capacity building)、
②米国とアフリカ諸国との対テロ能力の向上および協力の促進、③アフリカの国防改革、
④アフリカの軍隊がシビリアンコントロールの原則を遵守し、人権および戦争に関する法
律を遵守すること、④HIV/エイズに対する意識を高め、その蔓延の防止、⑤ヨーロッパ
諸国とのアフリカにおける協力の強化、の 5 つを挙げている26。これらの戦略目標におい
て、特に重視しているのは、シビリアンコントロールと国防改革、軍隊の専門化(military
professionalism)、能力構築の3つである。
(2) 米アフリカ軍の創設による戦略的・包括的アプローチ
ブッシュ大統領(当時)は 2007 年 2 月 6 日、新たな地域統合軍としてエジプトを除く
アフリカ大陸を管轄する米アフリカ軍を創設すると発表した。これを受けて翌年 10 月 1
日、米アフリカ軍が発足した。米軍はそれまで、全世界を地域ごとに5つの統合軍を編成
し、北方軍が米本土を含む北米、南方軍が中南米、太平洋軍がアジア、太平洋、インド洋、
アフリカの一部、欧州軍が欧州、ロシア、アフリカの大半、中央軍が中東、中央アジア、
アフリカの一部を担当してきた。アフリカは、その大半を欧州軍が担当し、エジプトやス
ーダンおよび「アフリカの角」と呼ばれる東岸地域は中央軍が、マダガスカルやアフリカ
沖のインド洋地域は太平洋軍がそれぞれ担当してきたが、米アフリカ軍の創設によって、
エジプトおよび周辺の島を除くアフリカ大陸全体を統合的に管轄する態勢が確立するこ
とになった。暫定司令部は欧州軍のあるドイツ・シュツットガルトに置かれ、将来にはア
フリカに設置すべく、アフリカ諸国と交渉を行っている。現在、米欧州軍がエチオピアの
AU 本 部 お よ び ナ イ ジ ェ リ ア の 西 ア フ リ カ 諸 国 経 済 共 同 体 ( ECOWAS: Economic
Community of West Africa States)事務所に米軍連絡将校を配置している。将来は、米アフ
リカ軍の司令部に加えて、5 つの地域事務所が設置される見込みである27。2008 年 5 月現
在、暫定司令部には 500~600 人のスタッフが配置され、2009 年には約 1,300 人体制へと
移行する。その人員の約半数は他省庁からの出向者を含む文民官僚で構成されることにな
っている28。
初代米アフリカ軍司令官に任命されたウィリアム・E・ウォード(William E. Ward)大
将は 2008 年 3 月の議会証言で、米アフリカ軍の任務として、①国境を越える安全保障上
26
27
28
86
Remarks by Theresa Whelan, p. 5.
ブッシュ大統領は、2008 年 2 月 20 日、ガーナを訪れた際、
「アフリカに新たな軍事基地を建設す
る こ と は な い」 と 言 明 し た。 <http://www.whitehouse.gov/news/releases/2008/02/20080220-2.html>
(accessed on August 15, 2008).
U.S. Africa Command Public Affairs Office, Fact Sheet: United States Africa Command, <http://
www.africom.mil/getArticle.asp?art=1644> (accessed on August 15, 2008).
米国の対アフリカ戦略
の脅威への対処、②大量破壊兵器、非合法兵器および麻薬の脅威への対処、③紛争の緩和、
④安定、安全保障および復興努力の推進、⑤HIV/エイズ、マラリアの蔓延の阻止、⑥法
の支配および軍隊のシビリアンコントロールの確立、予算の透明性を通じた民主主義の基
本原理の徹底、⑦平和で安定し経済的にも強いアフリカの実現に繋がるような状況の醸成、
の 7 つを挙げ、米アフリカ軍の「能動的な安全保障戦略」(AFRICOM’s “Strategy of Active
Security”)として、アフリカ諸国の能力構築と軍隊の専門化を通じた、軍隊のシビリアン
コントロールの促進の重要性を強調した29。
米アフリカ軍の特徴として、以下の4つが指摘できよう。第 1 に、米アフリカ軍では、
他の地域統合軍とは異なり、アフリカの安全保障および危機対処能力の構築に主眼が置か
れている。すなわち、2 国間の軍事的関係の強化を通じて、アフリカ諸国自身の能力を高
めることである。第 2 の特徴は、米アフリカ軍には、他省庁、特に国務省と米国国際開発
庁(USAID)の文民官僚が加わっていることである。文民官僚が専門知識を提供し、省庁
間協力を通じて、より効果的な安全保障協力を実施できる体制づくりを目指すとともに、
国務省と米国国家開発庁の取り組みに対する、米アフリカ軍の支援のあり方についても検
討することが期待されている。第 3 の特徴は、米アフリカ軍司令官が軍事と文民の両方の
副官(deputy)を持つことである。民軍関係業務を担当する副官には、国務省から出向し
た高官が任命されることになっている。第 4 に、米アフリカ軍では、戦闘行動ではなく危
機および紛争の発生を未然に防ぐことに主眼が置かれているため、組織上においても、安
全保障協力活動や危機管理に対して対応しやすいように再編されている30。すなわち、米
アフリカ軍の主たる任務は、国務省や USAID の計画を支援することを通じて、アフリカ
諸国の軍隊の育成を推進し、アフリカ諸国の軍隊の専門性を高め、平和維持活動、海洋の
安全保障、国境の警備、テロ対処などにおける能力を構築することである。人権や法の支
配の尊重、民主国家において文民によって統制された軍隊の適切な役割にも意が用いられ
ている。
米国のアフリカへの積極的な関与に対しては、概ね議会からは超党派の支持があり、一
般の米国民も支持しているといえよう。しかしながら、米アフリカ軍の創設については、
内外において活発な議論の対象となっている。第1に、米アフリカ軍の創設は、米国とア
29
30
Statement of General William E. Ward, pp. 7-9; Statement of Ms. Theresa M. Whelan, Deputy Assistant
Secretary of Defense for Africa, Office of the Secretary of Defense, U.S. Department of Defense, Hearing
before the Subcommittee on Africa and Global Health of the Committee on Foreign Affairs, House of
Representatives, August 2, 2007, <http://www.internationalrelations.house.gov/110/37068.pdf> (accessed
on August 14, 2008), pp. 16-17.
Statement of Ms. Theresa M. Whelan, Hearing before the Subcommittee on Africa and Global Health of
the Committee on Foreign Affairs, House of Representatives, August 2, 2007, pp. 16-17, p. 20.
87
防衛研究所紀要第 12 巻第 2・3 合併号(2010 年 3 月)
フリカとの対外関係の「軍事化」に繋がるという批判がある31。また、国務省や USAID、
NGO 関係者の中には、米アフリカ軍がアフリカにおける安全保障上の問題に対処する上
で、主導権を握るのではないか、人道援助や開発計画が国防省主導で実施されていくので
はないかという懸念もある。
他方、アフリカ諸国からは米国の軍事的プレゼンスの拡大に対する警戒感も表明されて
いる32。ブッシュ大統領(当時)は 2008 年 2 月にガーナを訪れた際、米アフリカ軍の創設
によってアフリカに新たな軍事基地が設置されることはないと言明した。しかし、基地の
建設を伴うような恒常的な軍事プレゼンスを回避しながらも、アフリカに対する米軍の関
与が強化される可能性がある。米中央軍は現在、ジブチに「アフリカの角」地域における
作戦支援基地としてキャンプ・ルモニエ(Camp Lemonier)を設置し、約 2,000 の部隊を
配置している。ここには、「枢要区画格納情報施設」(SCIF: Sensitive Compartmentalized
Information Facility)も置かれ、軍と文官の情報分析官が現地情報の収集に従事している33。
将来は、米アフリカ軍の管轄のもとで、前方作戦基地(FOS: Forward Operating Site)とし
て重要な役割を果たすことになろう34。さらに米軍は、地域の安全保障協力活動や有事に
おける作戦を支援するため、
「協同安全保障施設」
(CSL: Cooperative Security Locations)を
アフリカ各地に設置している。米軍を恒常的に外国に配置するためには受入国に対して地
位協定(SOFA: Status-of-Forces Agreement)を締結する必要があるが、CSL を活用するこ
とによって、米軍の恒常的なプレゼンスを回避しつつ、受け入れ政府との了解および民間
企業との契約に基づいて、飛行場などの施設にアクセスすることができるのである35。
31
32
33
34
35
88
Mark Mazzetti, “Military Role in U.S. Embassies Creates Strains, Report Says,” The New York Times,
December 20, 2006, reprinted in <http://www.commondreams.org/headlines06/1220-06.htm> (accessed on
August 15, 2008). 米国は現在、アフリカの開発、保健医療、貿易促進、グッドガバナンスなどの
分野における事業に対しては年間約 90 億ドルをあてているが、アフリカ諸国における平和維持
軍訓練計画、平和維持活動を支援するための輸送、アフリカ諸国の軍隊との共同訓練などの安全
保障分野の支援事業に対しては、年間約 2 億 5,000 万ドルしかあてられていない。Statement of Ms.
Theresa M. Whelan, Hearing before the Subcommittee on Africa and Global Health of the Committee on
Foreign Affairs, House of Representatives, August 2, 2007, pp. 16-17.
Dulue Mbachu, “Skepticism Over US Africa Command,” International Relations and Security
Network,February 19, 2007, <http://www.globalpolicy.org/empire/intervention/2007/0219afrcommand
.htm> (accessedon August 22, 2008).
Kent E. Calder, Embattled Garrisons: Comparative Base Politics and American Globalism (Princeton:
Princeton University Press, 2007), p. 216.
Statement of General William E. Ward, p.19. FOS は、最小限度の施設を持ち、必要に応じて拡張可能。
要員は 3 カ月から6カ月の期間で交代する。Calder, Embattled Garrisons, p. 53.
米国が CSL を維持しているアフリカ諸国は、アルジェリア、ボツワナ、ガボン、ガーナ、ケニア、
マリ、ナミビア、サントメ・プリンシペ、シエラレオネ、チュニジア、ウガンダ、ザンビアの 12
カ国である。Brett D. Schaefer and Mackenzie M. Eaglen, “U.S. Africa Command: Challenges and
Opportunities,” The Heritage Foundation Backgrounder, No. 2118, March 21, 2008, p. 10; Statement of
General William E. Ward, p. 19; Ploch, “Africa Command,” p. 10; Calder, Embattled Garrisons,p. 53.
米国の対アフリカ戦略
(3) アフリカ地域におけるテロとの闘い
米国は 9.11 テロ事件以降、国家安全保障上、最大の課題として地球規模でテロとの闘
いを推し進めている。その主戦場はアフガニスタンおよびパキスタンであるが、すでにふ
れたように「アフリカの角」地域やトランス・サハラ地域にはテロリスト集団が浸透して
おり、また、アフリカにおける脆弱国家、あるいは破綻国家がテロリスト集団の温床とな
り得ることから、米国はアフリカにおいてテロ掃討作戦を展開している。以下は、その主
要な事例であり、2008 年 10 月 1 日以降は、米アフリカ軍が管轄することになった。
○「不朽の自由作戦:トランス・サハラ/トランス・サハラ対テロパートナーシップ」
(OEF-TS: Operation Enduring Freedom: Trans Sahara/ TSCTP: Trans Sahara Counter-Terrorism
Partnership)
国防省は、2005 年にブッシュ政権が打ち出した「トランス・サハラ対テロパートナー
シップ」(TSCTP)の一環として、「不朽の自由作戦:トランス・サハラ」(OEF-TS)を展開
している。これは、この地域におけるテロリスト集団を掃討するため、9 カ国のアフリカ
諸国(アルジェリア、チャド、マリ、モーリタニア、モロッコ、ニジェール、ナイジェリ
ア、セネガル、テュニジア)の対テロ作戦(情報、指揮・統制、兵站、国境警備など)を
支援するものである36。
○「東部アフリカ統合任務部隊」
(CJTF-HOA: Combined Joint Task Force-Horn of Africa)
米中央軍が 2002 年 10 月に創設した統合任務部隊で、約 1,500 人の米国の民軍要員で構
成され、地域の軍隊の専門化を図りつつ、ケニア、ソマリア、スーダン、セーシェル、エ
チオピア、エリトリア、ジブチ、イエメンの領域および紅海、アデン湾、インド洋の沿岸
水域において、テロ掃討作戦を展開している。さらに海上輸送ルートの維持、人道支援、
自然災害救援活動などにも取り組んでいる37。
○サヘル地域横断対テロイニシアティブ(TSCI: Trans-Sahel Counterterrorism Initiative)
地域の安全保障協力を促進し、民主的なガバナンスを推進するため、サヘル地域に位置
する、チャド、マリ、ニジェール、モーリタリア、アルジェリア、モロッコ、ナイジェリ
ア、セネガル、チュニジアに対する軍事的、あるいはその他の支援活動を行うものである38。
36
37
38
Ploch, “Africa Command,” p. 21.
Ibid., pp. 18-19.
ホワイトハウスのウェブサイトを参照、 <http://www.whitehouse.gov/nsc/waronterror/2006/sectionVI
.html> (accessed on August 20, 2008).
89
防衛研究所紀要第 12 巻第 2・3 合併号(2010 年 3 月)
○西アフリカ対テロイニシアティブ(East African Counterterrorism Initiative)
エチオピアとケニアの治安部隊の対テロ能力強化を図りつつ、当該地域における安全保
障協力を推進するため、2003 年 6 月に立ち上げられたものである。具体的な活動には、
国境や沿岸警備のための軍事訓練、国境を越える人や物資の動きの管理、警察訓練、テロ
リストへの資金調達を絶つための地域協力などが含まれる39。
(4) 「戦域安全保障協力」(TSC: Theater Security Cooperation)活動
「戦域安全保障協力」(TSC)とは、アフリカ諸国自身が市民の安全を守り、災害救援
や人道支援を実施できるような能力の構築を図るために、米アフリカ軍がアフリカの友好
国を支援する活動のことで、先に述べた米アフリカ軍の「能動的な安全保障戦略」の中核
をなすものである。米国は TSC を通じてアフリカ諸国に訓練や装備を提供し、米軍が直
接に武力介入しないですむような、アフリカ諸国の自前の能力構築を図っている40。アフ
リカ諸国は現在、世界で展開する国連 PKO 部隊要員の約 30%を提供している41。
○外国軍人教育訓練計画(IMET: International Military Education and Training)・拡大 IMET
(Expanded IMET)および外国軍事資金調達(FMF: Foreign Military Financing)
外国軍に訓練を与えるプログラムとして 1949 年に始まった、米国の軍事援助計画
(MAP: Military Assistance Training Program)は、1976 年に外国軍人教育訓練計画(IMET)
として引き継がれた。IMET は国務省の予算で賄われ、外国の軍人および文官に対して米
国の士官学校などにおける教育などを提供している。拡大 IMET では、国防の管理、民軍
関係、法の執行における協力などの教育コースが提供されている。外国軍事資金調達(FMF)
も国務省の予算で賄われ、資金不足に苦しむ途上国に対して米国の装備および訓練が提供
されている。 2007 年会計年度においては、アフリカ諸国の軍人 1,400 人に対して IMET
による訓練が提供されると見込まれている。また、2008 年会計年度の大統領予算案には、
アフリカ諸国に対して 1,830 万ドルの IMET 予算と 1,450 万ドルの FMF が計上された42。
○「アフリカ緊急作戦訓練支援計画」
(ACOTA: The African Contingency Operations Training
and Assistance Program)/「グローバル平和活動イニシアティブ」(GPOI: Global Peace
Operations Initiative)
39
<http://www.defenselink.mil/news/newsarticle.aspx?id=26256> (accessed on August 20, 2008).
Statement of General William E. Ward, pp. 10-11.
41
Statement of General William E. Ward, p. 4.
42
Ibid., pp. 11-12.; Ploch, “Africa Command,” p. 21.
40
90
米国の対アフリカ戦略
先述したように、クリントン政権が創設した ACRI は、2002 年に ACOTA に取って代わ
り、引き続きアフリカの軍隊の平和維持活動分野における能力の向上が図られている。
ACOTA は 2004 年、平和維持活動分野における能力構築を推進するための様々な計画、行
事、活動を実施するという
「グローバル平和活動イニシアティブ」
(GPOI)に組み込まれた。
ブッシュ大統領は 2005 年の G8 サミットで、ACOTA のもと、今後 5 年間で4万人以上の
アフリカの平和維持軍の育成を支援すると誓った43。ACOTA と GPOI のどちらも執行機関
は国務省であり、国防省は小規模の軍事チームを提供してこれらを支援している。国務省
によれば、本計画が開始されてから今日まで、ベナン、ボツワナ、ブルキナファソ、コー
トジボワール、エチオピア、ガボン、ガーナ、ケニア、マラウイ、マリ、モザンビーク、
ナミビア、ニジェール、ナイジェリア、ルワンダ、セネガル、南アフリカ、タンザニア、
ウガンダ、ザンビアといった国々が ACOTA の訓練計画に参加している。2008 年会計年度
の大統領予算案においては、9,520 万ドルが GPOI の予算として計上された44。
○「州兵・国家パートナーシップ計画」
(SPP: The National Guard State Partnership Program)
「戦域安全保障協力」(TSC)の一環としてアフリカ 7 カ国を対象として実施されてい
るものである。米国の州兵とアフリカの友好国との関係の強化を図るもので、軍事能力や
相互運用性(interoperability)を向上させ、民軍関係の円滑化に寄与しており、今後も強化
されることが期待されている45。
○アフリカ戦略研究センター(ACSS: The African Center for Strategic Studies)
国防省が管轄する 5 つの地域研究センターのうちの1つで、アフリカ諸国の軍人および
文民の指導者などに対して専門的な教育を提供することを通じて、テロとの闘いへの支援
を拡大し、アフリカ諸国の軍隊の専門化および民主的な民軍関係を促進し、さらにヨーロ
ッパの同盟国や NGO とのネットワークおよび信頼関係の構築を図ることなどを目的とし
ている。本部はワシントン D.C.に置かれ、エチオピアのアディス・アベバに地方事務所、
アフリカ 19 カ国に地方支部(Community Chapter)が置かれている46。
43
44
45
46
Fact Sheet: United States and G8 Renew Strong Commitment to Africa, White House webpage,
<http://www.whitehouse.gov/news/releases/2005/07/20050708-3.html> (accessed on August 22, 2008).
Ploch, “Africa Command,” p. 22.
Statement of General William E. Ward, p. 13.
詳細については以下の ACSS のウェブサイトなどを参照。<http://www.africacenter.org/Dev2Go.web?
Anchor=ACSS_home&rnd=32525>;
<http://www.africacenter.org/iDuneDownload.dll?GetFile?AppId
=100&FileID=433519&Anchor=&ext=.pdf> (accessed on August 20, 2008).
91
防衛研究所紀要第 12 巻第 2・3 合併号(2010 年 3 月)
○アフリカ・パートナーシップ・ステーション(APS: Africa Partnership Station)
米海軍艦艇が特定の地域に数カ月滞在し、様々な訓練および支援の提供を通じて、当該
地域の海洋安全保障の強化を図るという、グローバル・フリート・ステーション(GFS:
Global Fleet Stations)構想の一環として実施されているもので47、アフリカにおいては、
ギニア湾周辺国の海洋安全保障分野における能力構築を図るため、米海軍揚陸艦フォー
ト・マクヘンリーが、2007 年 10 月から翌年 4 月までの 7 カ月間に 10 カ国 19 の港に寄港、
1,500 人を超える海洋関係者に対する訓練を提供した。訓練には、港湾施設の管理、捜索
救助、人道支援、災害救援、法の執行など広範な内容を含み、この APS には米海軍、米
海兵隊、沿岸警備隊、USAID、海洋大気庁(NOAA: National Oceanographic and Atmospheric Administration)からの要員のほか、フランスなど 6 カ国のヨーロッパ諸国の海軍や
プロジェクト・ホープ(Project Hope)など NGO からの要員も参加した48。
APS の利点としては、海上における艦船という最小限のフットプリント(footprint)を
活用することよって当該地域(ここでは海賊多発地域であるギニア湾周辺地域)における
米国の軍事的プレゼンスを維持・拡大できること、他省庁のみならずヨーロッパの友好国
や NGO との連携を通じた、より効果的な支援活動が可能になることなどが挙げられよう。
(5) アフリカにおける国連 PKO 活動
米国は 2009 年 9 月現在、世界で展開している国連 PKO ミッションのうち、国連ハイチ
安定化ミッションなど 6 つのミッションに参加し、その総数は 84 名である。アフリカに
おける国連 PKO ミッションへの参加状況は表の通りである。
表 米国のアフリカにおける国連ミッション
国連ミッション名
国連リベリアミッション(UNMIL)
国連スーダンミッション(UNMIS)
要員名
派遣規模
部隊
5
文民警察
12
軍事監視
4
文民警察
21
7
出所:国連ウェブサイトより作成 <http://www.un.org/en/peacekeeping/contributors/2009/
sept09_3.pdf> (accessed on December 3, 2009).
47
48
92
注 46 に同じ。
Ploch, “Africa Command,” p.20; Vince Crawley, “U.S. Navy Plans Six-Month West African Training
Mission,” U.S. Department of State, June 7, 2007, <http://www.america.gov/st/washfile-english/2007/
June/20070607132518MVyelwarC0.8047602.html> (accessed on August 23, 2008).
米国の対アフリカ戦略
米国は、アフリカ諸国の平和維持軍の育成にも積極的に関与している。実際、米国は
2005 年以降、アフリカ 20 カ国で 3 万 9,000 人の平和維持軍を育成した。これは、現在ア
フリカあるいは他の地域で AU あるいは国連の平和維持活動に参加しているアフリカ諸
国からの平和維持軍の 8 割以上に相当する49。また、米国は、AU が 2010 年までに創設を
目指している、1 万 5,000~2 万人規模のアフリカ待機軍(ASF: African Standby Force)50を
支援している。
3.オバマ新政権への課題――結びに代えて
以上見てきたように、米国は、新たな安全保障環境のもと、アフリカへの関与を積極化
させてきた。2009 年 1 月に発足したオバマ新政権下においても、アフリカの戦略的重要
性の高まりに鑑みて、戦略的・包括的な対アフリカ戦略を継続していくであろう。
以下では、オバマ政権がアフリカ政策を推し進める上で直面する課題について検討する。
オバマ大統領は、大統領選挙へ出馬表明した 2007 年、
『フォーリン・アフェアーズ』誌
に掲載した論文で、米軍の再活性化に取り組むべきであるとして、米陸軍兵士を 6 万 5,000
人、海兵隊員を 2 万 7,000 人それぞれ増員し、「友好国を助け、安定化と再建任務に参加
し、大量虐殺を阻止すること」などの地球規模の安定を支える「共通の安全保障」
(Common
Security)のために、自衛を超えて、軍事力の行使を検討しなければならないと訴えた。
また、
「アルカイダを打倒するために、冷戦を勝利に導いた反共同盟と同じくらい堅固な
21 世紀型軍隊と 21 世紀型のパートナーシップを形成し、ジブチからカンダハルに至るす
べての地域で攻勢に打って出る」と述べ、グローバルなテロとの闘いへの姿勢を鮮明にし
た。加えて、貧困な社会や脆弱な国家が、疾病、テロ、紛争の温床になっているという認
識のもと、米国によるグローバルな関与を主張するとともに、アフリカにおける貧困、飢
餓、紛争、HIV/エイズなどの問題に対して総力を結集して取り組むこと、国連やアフリ
カの地域機構と協力しながら、紛争を解決・予防し、脆弱国家や破綻国家の能力を構築し
ていくこと、民主的制度を拡大し経済発展を促すこと、スーダンのダルフールにおける虐
殺のような人道的な危機に対して対応することなども指摘されている51。
49
50
51
White House, Office of the Press Secretary, Fact Sheet: U.S. Africa Policy: An Unparalleled Partnership Strengthening Democracy, Overcoming Poverty, and Saving Lives, February 14, 2008, <http://
www.whitehouse.gov/news/releases/2008/02/print/20080214-11.html> (accessed on August 1, 2008), p. 4.
Lauren Ploth, “Africa Command,” p. 20; Theo Neethling, “Realizing the African Standby Force as a
Pan-African Ideal: Progress, Prospects and Challenges,” Journal of Military and Strategic Studies, Vol. 8,
Iss. 1 (Fall 2005).
Barrack Obama, “Renewing American leadership,” Foreign Affairs, Vol. 86, No. 4 (July/August 2007),
pp. 2-16. Report of the Platform Committee, Renewing America’s Promise, Presented to the 2008
93
防衛研究所紀要第 12 巻第 2・3 合併号(2010 年 3 月)
オバマ政権が安全保障分野における対アフリカ戦略を推し進める上で、以下の 5 点を重
要な課題として指摘できよう52。
第1に、2008 年 10 月 1 日には正式に発足した米アフリカ軍の諸活動をうまく軌道に乗
せることにより、アフリカ諸国の能力構築を図り、地域安全保障に寄与するとともに危機
に対して実効的に対応できるようにすることである。必要な予算の確保、国務省や USAID
をはじめ、他省庁からの優秀なスタッフの配置、省庁間協力体制の確立、軍司令部の設置
国の決定、アフリカ諸国に見られる米国の軍事プレゼンスに対する懸念の払拭など、多く
の課題が残されている。米アフリカ軍の展開が米国の対外関係の「軍事化」に繋がらない
ような配慮も必要であろう。
第 2 に、国連、AU などの国際機構との協力を深め、諸外国の軍隊との連携を強化する
ことである。例えば、ソマリア沖などの海賊対処、あるいはテロ対策、麻薬や武器弾薬な
どの拡散阻止、抑止のために展開している、連合任務部隊 150(CTF-150)などを継続・
強化することが期待される。特にソマリア沖の海賊対処については、国連安保理が 2008
年 6 月 2 日、外国艦艇に「必要なあらゆる措置」を授権する、安保理決議 1816 を採択し
た。これは、米仏両国が中心となって取りまとめたもので、海賊の制圧のために、加盟国
に対してソマリア領海内における対処を認めるものである53。近年では、ソマリア沖に加
え、ナイジェリア近海でも海賊事案が増加しており、海洋の安全保障のための多国間協力
が重要な課題となってきている。
第 3 に、アフリカにおいて中国に「責任あるステークホルダー」
(responsible stakeholder)
としての役割を果たすように働きかけ、平和維持活動、人道援助・災害救助活動、医療活
動、教育や農業支援など広範な分野において、米中協力の進展が期待される54。さらに米
中協力に加えて、欧州連合(EU)を含めた多国間協力を追求することも検討に値すると
言えよう55。
52
53
54
55
94
Democratic National Convention by the Platform Standing Committee, August 13, 2008, <http://
www.thewashingtonnote.com/2008%20Democratic%20Platform%20by%20Cmte%2008-13-08.pdf>
(accessedon August 20, 2008); Phil Carter, Acting Assistant Secretary of State for African Affairs, “Policy
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Europe, NorthAmerica, and China on the Continent,” Policy Dialogue Brief, May 4-6, 2007, Berlin,
Germany, <http://www.stanleyfoundation.org/publications/pdb/Africa_at_Risk_PDB_707.pdf> (accessed
on August 1, 2008).
米国の対アフリカ戦略
第4に、援助関係団体やNGO、民間企業への支援を拡充し、人道支援や開発援助が実効
的に実施できるような環境を創出することが重要である。先述したミレニアム・チャレン
ジ・アカウントやAGOAなどを通じて、米国のアフリカに対する経済的な関与の強化が期
待される。
第 5 に、米国はアフリカに関する情報収集・分析能力を一層強化し、アフリカ支援に関
わる国々や国際機関、アフリカの友好国との情報共有を拡充する必要があろう。
(かたはらえいいち 研究部上席研究官)
95
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