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庭先採卵養鶏場における給餌後数時間の全羽急死事例
庭先採卵養鶏場における給餌後数時間の全羽急死事例 京都府中丹家畜保健衛生所 〇西井 義博 石森 裕 村上 司※ ※京都府丹後家畜保健衛生所 1 . はじめに 平成16年1月に高病原性鳥インフルエンザ( 以下HPAI )が発生して以降 、 小規模の庭先養鶏も含めた養鶏農家での発生予防対策に取り組んでいる最中、当 所管内の庭先養鶏場で全羽急死事例があり、その発生概要及び防疫対応について 報告する。 2 . 庭先採卵養鶏の 庭先採卵養鶏 の 概要 平成17年5月に管内の山間部の民家で飼養している鶏10羽が、朝全羽死亡 するといった事例が発生した。飼養採卵鶏の導入先は管内の農協、飼養形態は開 放鶏舎の平飼いで、平成16年5月導入の8羽を1号鶏舎、12~ 1 3年導入の 2羽は、2号鶏舎で飼養していた。 飼料は、市販配合飼料と野菜くず等を混ぜ合せたものを、水は未消毒の山水を 給与していた。また、鶏舎内への野生鳥獣に対する侵入防止対策は実施されてい た(表1 )。 3 . 鶏舎の 鶏舎 の 見取り 見取 り 図 発生鶏舎は、山間部の府道から 30 m程降りた住居の裏にあり、周辺は田畑や 雑木林に囲まれていた。鶏舎は、大きな小屋を4部屋に区切り、奥に8羽飼養す る1号鶏舎、物置を挟んで2羽飼養する2号鶏舎の2カ所で飼育され、両鶏舎間 での鶏の接触はなかった。また鶏の飲用水は、生活用水に利用している山水を溜 水から給与していた 。(図1) -1- 4 . 発生経過 飼養者が、午前6時30分に市販配合飼料と自家栽培の野菜くずやくず米を自 家配合した餌を全羽に給与し、10羽とも元気に摂取した。しかし、8時に観察 したところ、2号鶏舎では異常はなかったが、1号鶏舎で8羽中7羽の死亡を確 認し、その数分後再度2号鶏舎を観察すると1羽が死亡、1羽が痙攣していた。 このような異常な突然死の連絡が当家保にあり、京都府高病原性鳥インフルエ ンザ防疫対策要領に基づき、現地への立入りを行った(表2 )。 5 . 死亡鶏の 死亡鶏 の 状況 1号鶏舎では、入り口付近に7羽、奥に1羽が全身を硬直させ死亡していた。 入り口にえさ箱とやかんに入れた水が設置されていた。2号鶏舎でも1号鶏舎と 同様の格好で2羽が死亡していた。また鶏舎内に野生動物が入った様子もなく、 羽の散乱も認められなかった(写真1 )。 6 . 現地防疫対策 立入検査では明らかな死因は判明せず、ま た伝染性疾病の疑いを否定出来ないことか ら、病性鑑定の採材を行うとともに、現地の 防疫対応に着手した。まず、鶏舎内外と鶏舎 物品について逆性石けんで消毒を実施、また 病原体の散逸防止対策として、急性伝染病が 否定出来るまでの間、鶏舎関連物品の移動自 粛や自営業をされている機械工場の製造部品 の他県への配送の自粛を依頼した。 同時に、異常鶏に関する情報収集、飼養管理状況や人の出入り、周辺環境の変 化、野生鳥獣の死体の有無等の調査を実施した(表3 )。 -2- 7 . 病性鑑定の 病性鑑定 の 流 れ 異常鶏の通報後、現地に立入り、死亡鶏10 羽の検査材料を用いて病性鑑定を中丹家保、病 性鑑定課のある中央家保の2公所で実施した。 まず両家保ともHPAI及びNDの関与を否定 するための検査を実施するとともに 、病理解剖 、 細菌検査を実施した。その後、当所では明確な 原因が分からず、中毒の疑いもあることから飼 料、給与水の再現給与試験を実施した。また、中央家保では継続的に、ウイルス 学的検査、病理組織学的検査、生化学的検査を実施した(表4 )。 8 . 病性鑑定結果 (1)ウイルス学的検査結果 HPAI検査(LAMP法、ウイルス分離等)により、全て陰性を確認し、H PAIの関与を否定した。またND -HI試験、ウイルス分離によりニューカッ スル病も陰性を確認した(表5 )。 (2)外貌所見 全ての死亡鶏に外傷や野生獣による咬傷は認められず、下痢・呼吸器症状、貧 血等は認められなかった。全ての死亡鶏の口腔内から嘴周囲にかけて粘稠性の高 い粘液が付着していた(表6 )。 (3)解剖所見 口腔から気管に多量の粘液が貯留、そ嚢内はニンニク臭の強い内容物が充満、 十二指腸粘膜に充出血(写真2 )、肺の充うっ血水腫と肝臓実質の脆弱化が死亡 鶏に共通して認められた(写真3 )。 -3- (4)細菌検査結果 肝臓・脾臓から菌は分離できなかった が 、十二指腸内容物 、水 、飼料 、敷料を 50 %卵黄加CW寒天培地に 37 ℃、一夜嫌 気培養したところ、乳光反応を示す菌を 分離、また一部の十二指腸内容物からは 10 6 /g以上の菌を分離し、レシチナ ーゼ中和試験は陽性で、API 20 Aよ り、 Clostridium perfringens を同定した。 しかし、解剖所見や数時間でほぼ同時に 全羽が急死していることから、本菌が直接の死亡原因である可能性は低いと判断 した(表7 )。 9 . 再現給与試験 今回の事例の死因が、ウイルス・細菌に よる可能性が低いと考えられ、何らかの中 毒による突然死の可能性も考えられたた め、再現給与試験を試みた。試験材料は、 給与されていた残余飼料、ニンニク及び給 与水を用い、 640 日齢の成鶏2羽、5~6 週齢の中雛6羽を供試鶏とし、4回の試験 を実施した(表8 )。ニンニクは、自家栽 培で、死亡前日から給与されていた。 試験1では、給与されていた残余飼料の給与試験で成鶏2羽を用いた。前日か ら絶食後午前9時に成鶏2羽に30 g ずつ給与、餌をよく食べた成鶏Aは、10 時20分に元気消失、流涙、下痢、口腔から粘液を排出し、次第に粘液が増量、 -4- 呼吸困難による奇声を発し、起立困難となり痙攣後、給与後2時間以内に死亡し た(写真4 )。成鶏Bは摂取量が極少量のため、沈鬱の状態が続いたが、翌日に は正常に回復した 。(表9) 成鶏Aの病変は、そ嚢内の粘液貯留、肺の充うっ血水腫、肝臓の脆弱化、十二 指腸粘膜の充出血と急死事例とほぼ同様の病変であった(写真5 )。 他の再現給与試験は、表10のとおりで、残余飼料と市販飼料を同量混合し給 与した場合でも、2時間以内に成鶏が死亡した。しかし、ニンニク、給与水のそ れぞれ単独の給与試験では供試鶏に異常は認められなかったことから、死亡原因 として残余飼料が関与している事が判明した。 10. 10 . 生化学検査結果 表11のとおり中毒を起こす物質について、胃やそ嚢内容物を用いて検査を実 施した結果、DTNB法で陽性を示したため、コリンエステラーゼ阻害物質が確 認され、またNBP法で陽性を示したことから、有機リンを検出した。写真6の とおりNBP法は有機リン系農薬の検出方法の1つで、呈色反応により、陽性で は薄ピンク~赤紫色を呈し、今回そ嚢内容物で有機リンを検出したことから、有 -5- 機リン中毒が強く疑われた。 11. 11 . 病理組織検査結果 死亡鶏には肺の高度なうっ血水腫、腺 胃粘膜上皮の脱落及び腺構造の消失が共 通して認められた。肺の高度なうっ血水 腫は有機リン中毒では必ず見られる所見 であり、また腺胃粘膜上皮の脱落及び腺 構造の消失は 、自己融解と考える一方で 、 有機リン中毒でみられるアセチルコリン の過剰により、過剰な胃酸分泌があった ためと考えられ、有機リン中毒があった ことが示唆された(写真7 )。 12. 12 . 疫学的調査 有機リン中毒を起こすような物質、出 来事の有無について、現地に立入り疫学 的調査を実施した。特に薬剤について、 家族からの聞き取りや薬品購入伝票を調 べたところ、水稲の育苗に用いる殺菌や 病害虫防除の農薬が約3週間前に使用さ れていた。しかし、有機リン系の農薬で はなく、他の薬剤の使用や保管は認めら れなかった。また、鶏舎付近の田畑や木 々に、最近農薬は散布されておらず、周囲の環境汚染や飼養管理についても全く 変化がなかった(表12 )。 -6- 13. 13 . まとめ (1)再現給与試験から、給与していた飼料の残余を摂取することにより、供 試鶏が急死したことから、食餌性の中毒の疑いが認められた。 ( 2 )生化学的検査からNBP法により 、そ嚢内容物から有機リンを検出した 。 (3)病理組織学的検査から、肺の高度なうっ血水腫、腺胃粘膜上皮の脱落及 び腺構造の消失は、有機リン中毒を裏付ける所見であり、本事例は有機リ ン中毒による急死によるものと強く疑われた。 (4)疫学的調査から、有機リンが混入した原因を究明するに至らず、急死の 原因を特定することは出来なかった。 今後、HPAIの再発防止対策に取り組む中、集団死亡例があった場合には、 本事例も参考に対応していきたいと考えている。 -7-