...

購買時点における躊躇・ 不安の発生要因と発生頻度

by user

on
Category: Documents
14

views

Report

Comments

Transcript

購買時点における躊躇・ 不安の発生要因と発生頻度
Japan Marketing Academy
★
論文
購買時点における躊躇・
不安の発生要因と発生頻度
笊 ――― はじめに
笆 ――― 関連する既存研究
笳 ――― 調査設計
笘 ――― 分析結果
笙 ――― 考察
笞 ――― まとめ
守口 剛
購買の促進を図る方法である。
● 早稲田大学 商学学術院 教授
上記の手法はいずれも,当該製品に関する
消費者の購買意思決定を促し,その結果とし
笊――― はじめに
て販売の促進を目指すものである。例えば,
「ベタ付け」や「総付け」と呼ばれるインセン
プロモーション手法にはさまざまなものが
ティブ提供型の手法は,すべての製品に景品
あるが,訴求方法という視点でみると,価格
を添付することにより,景品の魅力で消費者
訴求型と非価格訴求型とに大別することがで
の購入決定を促進することをねらっている。
きる。非価格訴求の手法はさらに,「情報提供
また,値引きによるプロモーションは,その
型」,「体験型」,「インセンティブ提供型」の
製品の通常の販売価格よりも安い価格を提示
ように分類することができる(上田・守口,
することで,価格の魅力によって購入決定を
2004)
。
促そうとするものである。
価格訴求型プロモーションは,値引きやク
このように,プロモーション手法はいずれ
ーポンなどによって消費者に割安感を訴える
も消費者の購入促進をねらいとするものであ
もので,店舗で実施されるプロモーションの
るが,それを実現するための訴求の方向には,
中では最も一般的にみられる手法である。情
プラス面の強調とマイナス面の払拭という二
報提供型プロモーションは,POP などの何ら
つがある。例えば,サンプリングという手法
かの告知物を利用して製品そのものの特徴や
は,実際に製品を使ってもらうことによって,
価値,使い方や使用場面の提案などの情報を
「その製品の良さを理解してもらう」という機
提供する。また,体験型プロモーションは,
能を持つとともに,「製品の品質が分からない
製品の使用体験を提供することを目的として
という不安感を除去する」という役割も果た
おり,サンプリングやデモンストレーション
している。同様に,情報提供型プロモーショ
などが含まれる。インセンティブ提供型プロ
ンのなかでも,製品や機能のプラス面の特徴
モーションは,景品やおまけなどの製品以外
を強調するものもあれば,不安感などのマイ
のインセンティブを提供することによって,
ナス面の払拭にフォーカスするものもある。
45
http://www.j-mac.or.jp
JAPAN MARKETING JOURNAL 115 ●
マーケティングジャーナル Vol.29 No.3(2010)
Japan Marketing Academy
★
論文
購入時の不安感の除去に直接的に焦点を当
先述したサンプリングのようにプラス面の強
てた施策として,「返品保証」という制度があ
調とマイナス面の除去という双方の機能を持
る。これは,製品を購入して使用した結果,
つものもあれば,返品保証や返金保証のよう
期待した品質ではなかった場合に返品を受け
に,マイナス面の払拭を企図した仕組みも存
ることを予め保証した上で販売するという方
在する。さらには,価格プロモーションのよ
法である。このように,消費者の購入決定を
うに,ある時点でのプラスの強調が別のとき
促進する手法には,プラス面を強調すること
のマイナス面の知覚につながる可能性がある
によって意思決定の背中を押す方法と,マイ
手法も存在する。また,消費者行動の視点で
ナス面を払拭することによって意思決定の障
みても,多くの消費者が購入決定時点におい
害を除去する方法とがある。
て何らかの不安や躊躇を感じており,その大
一方では,ある購入機会におけるプラス面
きさが実際の購入結果を大きく左右している
の強調が,別の機会でのマイナス面に発生に
のではないかと考えられる。
つながってしまう場合もある。例えば,特定
上記のような問題意識に基づき,本論では
のブランドを対象として頻繁に値引きを実施
消費者の日常的な買物場面において,どのよ
することは,通常時にそのブランドを買おう
うなマイナス面の知覚がどの程度発生してい
とする消費者に,「もう少し待てばまた安くな
るのかを明らかにすることを目的とする。そ
るのではないか」,「他店ではもっと安く買え
の上で,それらのマイナス面を削減するため
るのではないか」といった懸念を抱かせてし
の方策について考察を行う 2)。
まう可能性がある。このようなケースでは,
笆――― 関連する既存研究
ある時点では購入決定の促進に効果があった
手法が,別のときには購入決定の障害になっ
1.買物客の購入中止率に関する研究
てしまうことになる。こうしたことが想定さ
れる場合には,実施するプロモーションが他
消費者が店舗での購入決定場面で何らかの
の時点における障害にはつながらないような
リスクや不安を感じた場合には,検討の結果
工夫をすることが重要になるだろう。
購入に至らないというケースも多く存在する
このように,プロモーションには本来,プ
と考えられる。ここでは,流通経済研究所
ラス面の強調による購入促進とともに,マイ
(1997)による,購入中止率に関する調査を見
ナス面の払拭による購入促進という双方の側
てみよう。この調査は,スーパーマーケット
面が存在する。ところが,プロモーションに
に来店した買物客の計画・非計画購入に焦点
関する既存研究においては,プラス面の強調
を当てたものであるが,事前に計画された商
による購入促進手法とその効果測定に焦点が
品の購入中止率についても調べている。
当てられてきた傾向があり,マイナス面の除
表− 1 は,調査対象となったスーパーマー
去というプロモーションの持つもう一つの側
ケット来店者が来店前に購入を計画していた
面に対応した視点は乏しかったと思われる 。
商品のうち,何らかの理由によって購入が中
1)
実際に行われているプロモーションには,
● JAPAN MARKETING JOURNAL 115
マーケティングジャーナル Vol.29 No.3(2010)
止されたものの比率を示している。このよう
46
http://www.j-mac.or.jp
Japan Marketing Academy
購買時点における躊躇・不安の発生要因と発生頻度
■表―― 1
Jacoby and Kaplan(1972)は,経済的リ
スーパーマーケットにおける購入中止率
商品部門
スク,時間的リスク,機能的リスク,心理的
購入中止
リスク,社会的リスク,身体的リスクの 6 つ
率(%)
に知覚リスクを分類しるした。さらに,Shiff-
加工食品
19.0
man and Kanuk(1991)は,上記に加え,機
菓子
7.1
飲料
11.0
会損失リスク,帰結リスクという概念を追加
日用雑貨
24.6
生鮮食品
計
した。
9.6
近年では,インターネット店舗における知
12.8
覚リスクとリスク削減制度に関する研究が活
発に行われている 3)。ネット上の店舗での買
出所:流通経済研究所(1997)
物においては,製品を直接見て触ることがで
に,全体でみると事前に購入が計画された商
きないために,製品に関連するリスクを消費
品のうちの 12.8 %が中止されている。製品の
者が感じやすい。また,ネット店舗での買物
ジャンル別にみると,日用雑貨,調味料にお
では,商品代金の支払いに関連した取引上の
ける購入中止率の値が特に高くなっている。
リスクも感じやすい。これらの知覚リスクの
この調査では,中止の理由についても質問し
発生要因やリスク削減するための仕組みにつ
ているが,そこで回答されている購入中止理
いては過去の多くの研究が行われており,実
由にはさまざまなものがあげられている。い
務においてもさまざまな工夫が行われている。
ずれにしても,購入を躊躇する何らかの要因
このように,ネット店舗における買物時に
が働いた結果, 表− 1 のような購入中止につ
は知覚リスクが発生しやすいと考えられ,ま
ながっている分けであり,実店舗における日
た,実店舗においても高額で関与度の高い製
常的な買物においても,ある程度の躊躇・不
品の購買時には知覚リスクが発生しやすいと
安が発生していることが示唆される。
考えられる。このため,知覚リスクに関する
既存研究の多くがこうした店舗・製品の購買
2.知覚リスクに関する研究
行動に焦点を当ててきた。これに対し,実店
消費者が購入場面で感じる知覚リスクに関
舗における日常的な買物においては,それほ
する研究は,過去に多く行われてきた。知覚
ど大きな知覚リスクは発生しないと考えられ
リスクは,Bauer(1969)によって提唱され
るためか,これらの買物場面における知覚リ
た概念であり,購買に伴って生じるロスに関
スクやリスク削減の仕組みに関する研究はほ
する知覚を意味している(Peter & Ryan,
とんど行われてこなかった 4)。しかし,日常
1976)。製品やサービスの購入意思決定を行う
的な買物場面においても,リスクというほど
際に,消費者は何らかのリスクを感じること
強い感覚ではないとしても,何らかの躊躇や
が多いと考えられ,多くの研究者によって知
不安を消費者が感じることは多いのではない
覚リスクのタイプや種類に関する研究が行わ
かと考えられる。
れてきた。
47
http://www.j-mac.or.jp
JAPAN MARKETING JOURNAL 115 ●
マーケティングジャーナル Vol.29 No.3(2010)
Japan Marketing Academy
★
論文
3.制御焦点理論に関連した研究
に機能することが示唆される。
制御焦点理論は,Higgins(1997)によって
笳――― 調査設計
提唱されたものであり,目標に対する焦点の
当て方の相違が,人の行動制御に影響すると
1.躊躇・不安要因の項目
いう理論である 5)。焦点の当て方には,促進
焦点(promotion focus)と予防焦点(pre-
先述したように,実店舗における日常的な
vention focus)の二つがあり,前者の場合に
買物場面では,消費者はリスクと呼べるよう
はポジティブな結果の有無が考慮され,後者
な強い懸念は抱きにくいと思われるが,何ら
の場合にはネガティブな結果の有無が注目さ
かの躊躇や不安を感じている可能性は高いと
れるという。例えば,同じように消費者の買
考えられる。一方では,日常的な買物場面で
得感に訴える方法でも,「得をする」という表
は,消費者はそれほど強い確信をもって購入
現は促進焦点を意識したものであり,「損はし
意思決定を行うわけではないと考えられるた
ない」という表現は予防焦点を考慮したもの
め,ちょっとした躊躇や不安が購入意思決定
だと言うことができる。
の障害になることも多いと思われる。そこで,
既存研究によると,促進焦点と予防焦点の
今回の調査では,日常的な買物場面において
どちらをターゲットとする方が効果的なのか
どのような種類の躊躇や不安が,どの程度の
は人によって異なるとされる一方で,購入意
強さで,またどれ位の割合で発生しているの
思決定のタイミングによっても効果的なアプ
かを明らかにすることを目的とする。
ローチ方法が異なることが示されている。例
躊躇,不安の種類を考える際には,類似の
えば,Mogiliner et al.(2008)は,購入が切
概念である知覚リスクに関する既存研究が参
迫している場合には予防焦点に基づいた訴求
考になるだろう。上述したように,知覚リス
が効果的であり,購入までに間がある場合に
クにはさまざまな種類があるが,ここでは,
は促進焦点に基づいた訴求が効果的であるこ
Shiffman and Kanuk(1991)の整理による 8
とを,3 つの実験結果から明らかにしている。
つのリスクを参考とし,日常的な買物場面で
彼らはこの結果について,購入が迫ると消費
消費者が感じると思われる躊躇・不安の種類
者は購買目的を達成できない可能性を考慮す
を検討する。
るようになり,否定的な結果を回避するよう
日常的な買物場面においては,上述の 8 つ
な訴求が効果的になると考察している。購入
のリスクのうち「時間的リスク」に関連した
時点においては,「good」よりも「not bad」
躊躇や不安はほとんど発生しないと考えられ
という製品や訴求方法がアピールするという
る。時間的リスクは,購入や組み立て,修理
ことだ。
などによって時間を失うことに関連するリス
Mogiliner らの研究結果から,購入決定の場
クだが,普段利用している店舗で日用消費財
である店頭においては,消費者は購入のマイ
を購入する場合には,時間を失うというリス
ナス面をより強く意識するようになり,その
クを知覚することはほとんどないと考えられ
マイナス面を払拭するための訴求方法が有効
る。また,心理的リスクについては,社会的
● JAPAN MARKETING JOURNAL 115
マーケティングジャーナル Vol.29 No.3(2010)
48
http://www.j-mac.or.jp
Japan Marketing Academy
購買時点における躊躇・不安の発生要因と発生頻度
リスクとともに象徴的意味と関係しており,
や品質等を信じ込み,企業情報の過信で
両者を明確に分離することが難しいと考えら
はないかという躊躇や不安
れること(堀,1997),日用消費財の購買にお
【安全面での躊躇・不安】
いては,他の要因では測定できないような心
・この商品には有害成分が含まれていそう,
理的な側面に基づく躊躇や不安が発生するこ
危なそう等,安全性という面での躊躇や
とは少ないと考えられることなどから,考慮
不安
の対象外とした。
【社会面での躊躇・不安】
帰結リスクは,対象製品を購入することに
・贅沢過ぎと見られないか,逆に貧相に思
よって新たな負荷が求められる(例えば別の
われないか,年齢不相応と感じられない
製品の購入が必要になる)という懸念に関連
か等,他人の評価という面での躊躇や不
するものだが,日用消費財の場合にはそうし
安
た懸念はごく小さいと考えられる。
【経済面での躊躇・不安】
上記のような検討を踏まえ,日常的な買物
・他ではもっと安く買えるのではないか,
場面における躊躇・不安の種類として,機能
後でもっと安くなるのではないか,同等
面,安全面(身体面),社会面,経済面,機会
品でもっと安いものがあるのではないか
損失面という 5 つを考慮することとし,さら
等,経済性という面からの躊躇や不安
に,これらの側面では捉えきれない要因を考
【機会損失面での躊躇・不安】
慮するために,その他という項目も用意した。
・他商品をもっとよく調べるべきではない
具体的な質問項目の設定に際しては,被験
かという,情報欠如という面での躊躇や
者となる一般消費者にとってできるだけ分か
不安
りやすく実感がわくようなワーディングとな
・後で買った方がよいのではないかという,
ることを重視し,結果として下記のような 9
早とちり買いという面での躊躇や不安
つの質問項目を設定した。なお,機能と機会
【その他の躊躇・不安】
損失に関連する躊躇・不安要因については,1
・その他の躊躇や不安 つの質問で捉えることが難しいと考えられた
2.調査概要
ため複数の項目を設定している。
調査対象商品としては,洗濯洗剤,スナッ
ク,ビール類,化粧品の 4 カテゴリーを選択
【機能的側面の躊躇・不安】
・品質や機能が期待通りではないかもしれ
した。今回の調査では,スーパー・マーケッ
ない等の,商品の物理的特徴という面で
トやコンビニエンス・ストアなどの業態にお
の躊躇や不安
ける日常的な買物を対象としている。このた
・使用のチャンスが少なそう,量が多くて
め,これらの業態で購入される代表的な商品
余りそう等の,実際の役立ち度という面
の中から,関与度の高低,食品と非食品,パ
での躊躇や不安
ーソナル・ユースとファミリー・ユース,自
分用の購買と代理購買などの観点からバラン
・広告や,パッケージに書かれている機能
49
http://www.j-mac.or.jp
JAPAN MARKETING JOURNAL 115 ●
マーケティングジャーナル Vol.29 No.3(2010)
Japan Marketing Academy
★
論文
スよく選択することを考慮し,上記の 4 カテ
安の程度を表している。数値は,5 段階評定
ゴリーを選択した。
値の平均 7)であり,値が大きいほど躊躇・不
調査はインターネットを利用し,調査会社
安の程度が高いことを表している。さらに,5
の保有するモニターを対象として行った。モ
段階のうち 4 以上をつけた回答者を「躊躇・
ニターの中から,予め性別×年代別(20 代,
不安あり」と定義した上で,その比率を製品
30 代,40 代,50 代)の 8 区分から 50 名ずつ
別,要因別にみたのが表― 2b である。
を抽出したうえで,1 週間以内に対象 4 商品
このように,全体的にみると躊躇・不安の
のいずれかを店舗(GMS,SM,ドラッグス
感じ方は低い水準になっている。これは,今
トア,コンビニエンスストア,ディスカウン
回の調査では,最終的に対象製品を購入した
トストアなど)で購入した経験がある人を対
人だけが調査対象者になっているためだと考
象とした。同じ人が複数の製品カテゴリーの
えられる。躊躇・不安を強く感じた購入検討
購入している場合には,それぞれに回答して
者のうちの多くは,その結果購入をしなかっ
もらっている。調査の概要は下記の通りであ
たと考えられるため,全購入検討者全体にお
る。
ける躊躇・不安の感じ方は,表 2a ,表 2b で示
した数値よりも高い水準になるはずである 8)。
要因別にみると,経済面での躊躇・不安の
・調査日時: 2009 年 3 月 16 日∼ 19 日
値が最も高く,次いで機能面,機会損失面が
・調査対象製品カテゴリー:洗濯洗剤,ス
ほぼ同程度になっている。また,製品別にみ
ナック,ビール類,化粧品
・調査対象者数:洗濯用洗剤= 180 名,ス
■表―― 2a
ナック= 329 名,ビール類= 273 名,化
製品別・要因別にみた躊躇・不安の程度(5 段階評定値の平均)
粧品= 177 名。計= 959 名(延べ回答者
製品
数)
。
人数
1.85
1.66
1.45
1.82
1.67
社会
1.47
1.43
1.53
1.77
1.53
経済 機会損失 その他
2.44
2.14
2.29
2.36
2.28
2.28
1.79
1.77
2.36
1.98
1.75
1.55
1.45
1.77
1.60
計
製品の有無,要因別にみた躊躇・不安の
*5段階評定のための回答選択肢は、
「かなりあった」
「ややあった」
「どちらともいえない」
「あまりなかった」
「まったくなかった」の5つ(以下同様)
の購入経験の有無,購入店舗業態,購入
2.12
1.91
1.75
2.36
1.99
安全
の計画性,購入製品の使用者,比較した
・質問項目:購入銘柄名,その銘柄の過去
180
329
273
177
959
機能
洗剤
スナック
ビール類
化粧品
4商品計
1.99
1.75
1.71
2.07
1.84
程度(質問項目は上述),購入したい気持
ちが増したプロモーションの種類 6)(サン
■表―― 2b
プル,クーポン,大量陳列など),その他
製品別・要因別にみた躊躇・不安を感じた回答者の比率(%)
(フェイス項目など)
。
製品
洗剤
スナック
ビール類
化粧品
4商品計
笘――― 分析結果
1.躊躇・不安の程度
人数
機能
安全
社会
経済 機会損失 その他
計
180
329
273
177
959
13.3
11.6
9.5
25.4
13.9
7.8
3.0
1.5
9.0
4.6
2.2
2.1
5.1
10.2
4.5
31.7
21.3
24.2
28.8
25.4
43.3
29.8
30.8
46.9
35.8
18.9
7.9
9.5
25.4
13.7
4.4
2.4
2.6
5.6
3.4
*数値は%(人数は除く)
表− 2a は,製品別,要因別にみた躊躇・不
● JAPAN MARKETING JOURNAL 115
マーケティングジャーナル Vol.29 No.3(2010)
50
http://www.j-mac.or.jp
Japan Marketing Academy
購買時点における躊躇・不安の発生要因と発生頻度
ると,どの要因をみても化粧品の数値が総じ
比較商品がある場合の数値が最も高く,この
て高いが,経済面では洗剤の数値が最も高く
セルに該当する回答者の 71.4 %が,購入時に
なっている。全製品の結果でみると,何らか
何らかの躊躇・不安を感じていたことが分か
の躊躇・不安を感じた回答者の比率は 35.8 %
■表―― 3a
となっている。
購入経験の有無と躊躇・不安発生率との関係
過去にそのブランドを購入した経験がある
か否か,購入時点で比較した商品がある否か,
購入経験
あり
なし
計画購入か非計画購入かという 3 つの質問の
回答結果によって,「躊躇・不安あり」の比率
を算出したのが 表− 3a ∼ 表− 3c である。そ
人数
818
141
躊躇・不安
あり
(%)
32.4
55.3
■表―― 3b
れぞれについて比率の差の検定を行うと,購
比較商品の有無と躊躇・不安発生率との関係
入経験の有無と比較商品の有無による比率の
差は認められ(それぞれ,P < 0.01),計画性
比較商品
の有無による差は認められなかった(P =
あり
なし
0.144)
。
人数
364
595
躊躇・不安
あり
(%)
47.0
28.9
このように,過去に購入経験のない銘柄を
初めて買う場合および購入意思決定の場で複
数の商品を比較した場合には,そうでないと
■表―― 3c
きに比して何らかの躊躇・不安を感じやすい
購入の計画性の有無と躊躇・不安発生率との関係
ことが分かる。なお,比較商品の有無に関し
購入計画性
ては,何らかの躊躇・不安を感じたから比較
人数
あり
なし
を行うという因果の方向と,比較をすること
444
515
躊躇・不安
あり(%)
34.0
37.3
によって躊躇・不安が高まるという方向の両
面があると考えられる。比較商品の有無と躊
躇・不安発生との関係には,このような相互
■表―― 4
作用的なプロセスが影響していると思われる
購入経験・比較商品の有無と躊躇・不安発生率との関係
ため,分析結果を解釈する際に注意が必要で
比較商品あり 比較商品なし
ある。
購
入
経
験
な
し
購
入
経
験
あ
り
購入経験および比較商品の有無の両者を考
慮し,2 × 2 の 4 通りの状況における躊躇・不
安の発生率をみたのが表− 4 である。表− 4 の
数値は,それぞれのセルに当てはまる回答者
が何らかの躊躇・不安を感じた比率を表して
いる。なお,カッコ内の数値は該当する回答
44.7%
(85人)
42.5%
(308人)
26.3%
(510人)
*数値は何らかの躊躇・不安を感じた人の比率。
カッコ内は該当回答者の人数。
者数である。このように,購入経験がなく,
51
http://www.j-mac.or.jp
71.4%
(56人)
JAPAN MARKETING JOURNAL 115 ●
マーケティングジャーナル Vol.29 No.3(2010)
Japan Marketing Academy
★
論文
る。
いる。同じ製品でも店舗や時期によって価格
購入経験の有無および比較商品の有無によ
が変動する可能性があるため,購入経験があ
って,要因別にみた躊躇・不安の発生率がどの
る場合でも経済面での躊躇・不安がかなりの
ように異なるのかをみたものが図− 1,図− 2
程度発生しているのだと考えられる。
である。図のように,購入経験がない場合に
これに対し,比較商品があった場合には,
は,ある場合に比して躊躇・不安発生率が総
なかったときに比してどの要因の躊躇・不安
じて高くなっており,機能面,次いで機会損
発生率も高くなっており,特に経済面での躊
失面で大きな差がみられる。過去にその製品
躇・不安の値が両者で大きく異なっている。
の購入経験がないトライアル購入の場合には,
先述したように,比較商品の有無と躊躇・不
製品の内容に関する躊躇・不安が発生しやす
安発生に間には相互作用的なプロセスが働い
いことが確認できる。
ていると考えられるが,いずれにしても,比
ただし,経済面の躊躇・不安発生率だけは,
較商品がある場合に経済面での躊躇・不安発
購入経験がある方がわずかながら高くなって
生率が非常に高くなっていることは,留意す
■図―― 1
べきポイントだと思われる。
購入経験の有無と躊躇・不安発生率との関係
2.回答者のグループ化
45
(%)
40
ここでは,要因別にみた躊躇・不安の有無
35
によって,回答者 959 人をいくつかのグルー
30
25
プに分割する。分析手法には潜在クラス分析
20
を用い,機能面,安全面,社会面,経済面,
15
機会損失面,その他というそれぞれの要因の
10
躊躇・不安の有無を,クラス分けのための変
5
0
機能
安全
数として利用した。潜在クラス分析は,各ク
社会
経済 機会損失 その他
■ 購入経験有り、 購入経験なし、
ラス内では変数間が互いに独立であるという
局所独立の仮定をおき,各変数の生起確率が
■図―― 2
異なる複数のグループを抽出する分析手法で
比較商品の有無と躊躇・不安発生率との関係
ある 9)。ここでは,潜在クラス分析によって,
40
(%)
6 つの躊躇・不安要因それぞれの発生確率が
35
30
異なる,複数の回答者グループを抽出するこ
25
とになる。
20
分析に際しては,共変量として購入経験の
15
10
有無,比較商品の有無および両者の交互作用
5
を利用した。共変量のクラス分けへの影響を
0
機能
安全
みることによって,どのような属性を持った
社会
経済 機会損失 その他
比較商品有り、
■
比較商品なし、
● JAPAN MARKETING JOURNAL 115
マーケティングジャーナル Vol.29 No.3(2010)
回答者はどのクラスに所属しやすいのか,と
52
http://www.j-mac.or.jp
Japan Marketing Academy
購買時点における躊躇・不安の発生要因と発生頻度
いう傾向を把握することが可能となる。
比較商品の有無は 5%水準で有意であり,交互
クラス数を変えて行った複数の分析結果を
作用項は有意とはならなかった。購入経験と
比較し,潜在クラス数が 4 のモデルを採用し
比較商品の有無がどのようにクラス分類に影
た。AIC(Akaike ユ s Information Criterion),
響しているかをみると次のように整理できる。
BIC( Bayesian Information Criterion),
購入経験があり,比較商品がない場合にはク
CAIC(Consistent Akaike ユ s Information
ラス 1(すべて低)に所属しやすく,経験と
Criterion)などの情報量基準を比較すると,4
比較の双方がある場合にはクラス 2(経済高)
よりも多くのクラス数を想定したモデルの方
に属する可能性が高い。また,経験と比較の
が適合度が良かったが,クラス分類のエラー
双方がない場合にはクラス 3(機能低)に所
率の比較および分類されたクラスの特徴の解
属しやすく,購入経験がなく,比較商品があ
釈のしやすさを勘案した結果,クラス数 4 の
る場合にはクラス 4(すべて高)に属する可
モデルが適切だと判断した 。
能性が高い。もちろん,全体で見た構成比は
10)
分析結果から得られた各クラスの特徴は,
■表―― 5
表− 5 に整理されている。クラス 1 は構成比
各クラスの躊躇・不安発生率(%)
が 68.2%と最も大きな規模のグループであり,
どの種類の躊躇・不安もほとんど発生してい
クラス 特徴 構成比 機能 安全 社会 経済 機会損失 その他 全要因
1
2
3
4
計
ない。クラス 1 の中で,何らかの種類の躊
躇・不安を感じている人は 7.8%にとどまって
いる。クラス 2 は,構成比が 17.2%と 2 番目に
すべて低 68.2
経済面高 17.2
機能面高 8.8
すべて高 5.8
− 100.0
0.2 0.1 0.0 5.4
16.0 2.6 6.8 96.8
75.4 20.4 9.9 9.9
74.2 39.3 42.1 73.6
13.9 4.6 4.5 25.4
1.7 0.5 7.8
31.3 3.3 98.4
17.3 8.7 88.2
96.6 30.2 100.0
13.7 3.4 35.8
大きなグループであり,経済面での躊躇・不
安の発生率が高い。クラス 2 に属する人のほ
■表―― 6
とんどが経済面での躊躇・不安を感じており,
共変量の影響
次いで機会損失面での躊躇・不安を感じてい
る。
クラス1 クラス2 クラス3 クラス4 Wald
P値
(すべて低)(経済面高)(機能面高)(すべて高)統計量
共変量
クラス 3 は,構成比が 8.8%と 3 番目に大き
購入経験の有無 0.704 1.919 -1.611 -1.012 39.991 0.000
比較商品の有無 -1.087 0.956 -0.260 0.391 7.958 0.047
交互作用
0.509 -0.434 0.463 -0.538 2.224 0.530
なグループであり,機能面での躊躇・不安発
生率が高い。最後に,クラス 4 は構成比が
5.8%と最も小さな規模のグループであり,ど
の種類の躊躇・不安も高確率で発生している。
■表―― 7
全体でみた躊躇・不安発生率は 100%であり,
製品別にみたクラス構成比(%)
このクラスに所属する人は,購買時に何らか
製品
のタイプの躊躇・不安を感じていることにな
洗剤
スナック
ビール類
化粧品
計
る。
共変量の影響を表すパラメータは 表− 6 の
ように推定された。購入経験の有無は 1%水準,
53
http://www.j-mac.or.jp
クラス1 クラス2 クラス3 クラス4
計
(すべて低)
(経済面高)
(機能面高)
(すべて高)
59.4
72.3
70.7
55.4
68.2
29.4
18.2
21.2
16.9
17.2
6.7
6.4
4.8
14.1
8.8
4.4
3.0
3.3
13.6
5.8
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
JAPAN MARKETING JOURNAL 115 ●
マーケティングジャーナル Vol.29 No.3(2010)
Japan Marketing Academy
★
論文
クラス 1 が圧倒的に高いため,例えば購入経
また, 表− 7 で示した製品別の躊躇・不安発
験がなく,比較商品がある場合でもクラス 1
生率をみても,経済面の値が最も高い洗剤で
に所属する回答者は多くいる。したがって,
は,機能面の数値はそれほど高くないが,機
上述した傾向は,あくまで相対的にみた所属
会損失面の数値は相対的に高い値になってい
のしやすさに関するものである。
る。また,機能面の数値が最も高い化粧品を
製品別にみたクラス構成比は 表− 7 に示さ
みると,経済面の数値はそれほど高くないが,
れる。このように,製品によってクラス構成
機会損失面の値は他の製品に比してかなり高
比が異なる傾向がみられる。洗剤は,クラス
くなっている。
2(経済高)の所属確率が相対的に高い。洗剤
機会損失面の躊躇・不安には,より機能の
は特売が頻繁に行われる代表的な製品カテゴ
高い他製品を買う機会を損失するという側面
リーであるため,洗剤購入者は経済面での躊
と,より安く買う機会を喪失するという双方
躇御・不安を感じやすいためだと考えられる。
の側面があると考えられる。機会損失面の躊
化粧品は,クラス 3(機能高)およびクラス 4
躇・不安が,機能面,経済面のそれぞれに連
(すべて高)への所属確率が高く,クラス 1
動しているのは,こうした性質が働いた結果
(すべて低)の値は相対的に低くなっている。
だと解釈できる。
購入経験および比較商品の有無と躊躇・不
笙――― 考察
安のタイプとの関連については,次のように
整理することができるだろう。 図− 1 および
今回の調査の対象となった 4 つの製品につ
図− 2 で示したとおり,比較商品がある場合
いて,全体的にみた躊躇・不安の発生率はそ
には,経済面での躊躇・不安発生率が高く,
れほど高くはなかった。躊躇・不安の要因別
購入経験がない場合には,機能面での躊躇・
にみると,最も高い値を示したのが経済面で
不安発生率が高くなっている。さらに,表− 5
の躊躇・不安であり,次いで機能面,機会損
でみたように,比較商品がなく,購入経験が
失面の値が高かった。この 3 つの要因のうち,
ある場合にはクラス 1(すべて低)に所属し
機能面と経済面の躊躇・不安の両者では,発
やすく,逆の場合にはクラス 4(すべて高)
生の仕方が異っている。例えば,クラス分類
への所属確率が相対的に高くなる。
をみると,クラス 2(経済面高)では経済面
これらのことを勘案すると,購入経験およ
の躊躇・不安発生率が高いのに比して,機能
び比較商品の有無と躊躇・不安の発生パター
面の値は低くなっている。逆にクラス 3(機
ンとの関係を 図− 3 のように整理することが
能面高)では,機能面の値が高く,経済面の
できる。 図− 3 の円の大きさは,それぞれの
値が低くなっている。
パターンの発生のしやすさを表している。購
一方で,機会損失面の値は経済面,機能面
入者の場合には,どの種類の躊躇・不安も発
の双方に連動しており,クラス 2(経済面高)
生しない「すべて低」というパターンが最も
においても,クラス 3(機能面高)において
一般的であり,購入経験あり・比較商品なし
も,機会損失面の躊躇・不安発生率が高い。
のセルを中心として,他の 3 つのセルにも広
● JAPAN MARKETING JOURNAL 115
マーケティングジャーナル Vol.29 No.3(2010)
54
http://www.j-mac.or.jp
Japan Marketing Academy
購買時点における躊躇・不安の発生要因と発生頻度
■図―― 3
減するためには,価格訴求型のプロモーショ
購入経験・比較商品の有無と躊躇・不安発生パターンとの関係
ンが効果的に働くことが多いと考えられるが,
このことが別の機会における躊躇・不安につ
比較商品あり 比較商品なし
購
入
経
験
な
し
購
入
経
験
あ
り
すべて高
ながる危険性があることは,先述した通りで
ある。
機能面高
したがって,特定のブランドのリピート購
入促進のために価格訴求型のプロモーション
を実施する際には,値引きの理由や期間を明
すべて低
示するなどの方法によって,別の期間にマイ
経済面高
ナスの影響が及ぶことを抑えるような工夫を
することが重要になるだろう。あるいは,そ
うしたマイナスの影響を低減するためには,
くみられる。「経済面高」の躊躇・不安パター
EDLP(everyday low price)型の価格政策の
ンは,購入経験あり・比較商品なしのセルで
方が望ましいということができるかもしれな
相対的に発生しやすく,「機能面高」のパター
い。
ンは,購入経験なし・比較商品なしのセルで
笞――― まとめ
比較的発生しやすい。また,「すべて高」の躊
躇・不安パターンは,購入経験なし・比較商
本稿では,日常的な買物場面において消費
品ありのセルで相対的に発生しやすい。
このように,どのような種類の躊躇・不安
者が感じる躊躇・不安の発生要因と発生頻度
を感じやすいのかは,買物の性質によって異
に焦点をあて,調査結果に基づき議論を行っ
なってくる。例えばトライアル購入の場合に
た。洗濯洗剤,スナック,ビール類,化粧品
は,機能面を中心とする躊躇・不安が発生し
の 4 製品を対象とした調査から,購入者の
やすく,さらに比較のプロセスが入ることに
35.8 %が購入時に何らかの躊躇・不安を感じ
よって,多くの種類の躊躇・不安が発生しや
ていることが明らかになった。また,躊躇・
すくなる。これらの点を勘案すると,新製品
不安の発生率は,消費者の購入状況によって
のプロモーションを購買時点である店頭で行
大きく異なり,特に,過去にその製品の購入
う際には,機能面での優れた点を訴求するだ
経験がないトライアル購入時に他商品との比
けではなく,機能面でマイナスと捉えられる
較が行われた場合には,購入者の 71.4%が何
可能性のあるポイントに焦点を当て,その懸
らかの躊躇・不安を感じていることが分かっ
念を払拭することを考える必要がある。
た。
また,リピート購入の場合には,機能面で
躊躇・不安の発生要因として,本研究では
の躊躇・不安は発生しにくいが,比較のプロ
「その他」も含み 6 つの種類を考慮した。それ
セスが入ることによって経済面での躊躇・不
らのうち最も発生率が高かったものは経済面
安が発生しやすい。経済面の躊躇・不安を削
の躊躇・不安であり,次いで機能面,機会損
55
http://www.j-mac.or.jp
JAPAN MARKETING JOURNAL 115 ●
マーケティングジャーナル Vol.29 No.3(2010)
Japan Marketing Academy
★
論文
失面となった。また,経済面と機能面という
った調査・研究のアプローチが必要になると
2 つの種類の躊躇・不安は発生状況が異なる
考えられる。躊躇・不安要因とそれを解消す
性質がみられた。
るためのプロモーション手法との関係を把握
消費者の日常的な買物における躊躇・不安
することは,実務的にも非常に有用な示唆に
の発生状況やその解消策に焦点を当てた既存
つながる可能性がある。
研究はほとんど存在しない。その意味で,本
プロモーションには本来,対象となる製品
稿で提示した調査結果とそれに基づく議論は
のプラス面を強調することによって購買を動
学術的および実務的観点からみた一定の貢献
機付けるという機能とともに,購入決定に際
を果たしうるものだと考えられる。しかし一
して消費者が抱く懸念や不安を払拭すること
方で,本研究には多くの限界が存在している
で購買動機を実際の購買に結びつけるという
ことにも言及しておく必要があるだろう。
役割が存在する。しかしながら,その後者の
第一の限界は,本稿で提示した調査結果が
役割を果たすためのプロモーション計画を立
購入者のみを対象としていることだ。前述し
案し,実行するためには,購入時点における
たように,今回の調査では購入者だけではな
消費者の躊躇・不安の発生状況を的確に把握
く非購入者も対象としたが,非購入者に関し
することが不可欠である。本論を契機として,
ては十分な数の回答を得ることができなかっ
こうした観点からの研究が今後活性化するこ
たため,購入者と非購入者の比較分析は実施
とを期待したい。
しなかった。しかし,購入決定時に強い躊
躇・不安を感じた買物客のうちの多くは,購
謝辞:本研究は,社団法人 日本プロモー
入検討の結果商品を買っていないと考えられ
ショナル・マーケティング協会のプロジェク
るため,非購入者も含めた調査・研究を行う
トとして実施された。質問項目の決定などの
ことが重要な課題となることは間違いない。
細部に至るまでの調査設計について,プロジ
このためには,購入者だけではなく買物客全
ェクトのメンバーによる議論によってすすめ
体を対象とし,そのうちのどの程度の割合が,
られた。また,調査結果の分析視点に関して
どのような種類の躊躇・不安を知覚し,その
もメンバーから多くのヒントや示唆をいただ
結果として購入が発生したのか否かという観
いた。本プロジェクト調査研究委員会の竹田
点で,調査設計と分析を行うことが必要にな
真也氏(システムコミュニケーションズ),倉
る。
谷昇氏(電通テック),近野慎一氏(電通リテ
本研究の 2 つ目の限界は,消費者が知覚す
ールマーケティング),齋藤疆一氏(スピン),
る躊躇・不安とそれを払拭するためのプロモ
坂井田稲之氏(日本プロモーショナル・マー
ーション手法との関連を明らかにできていな
ケティング協会),北島光義氏(同),中村譲
いことだ。この点を確認するためには,特定
氏(同),木村長年氏(同)に感謝の意を表す
のプロモーション手法を用いる場合と用いな
る次第である。
い場合を比較し,その両者における躊躇・不
安の発生率の相違を要因別に検討する,とい
● JAPAN MARKETING JOURNAL 115
マーケティングジャーナル Vol.29 No.3(2010)
56
http://www.j-mac.or.jp
Japan Marketing Academy
購買時点における躊躇・不安の発生要因と発生頻度
注
1)この点に関連した研究として,インターネット店
舗における知覚リスクとその削減方法に関する研
究は活発に行われてきた。これについては後述す
る。
2)本研究は,社団法人 日本プロモーショナル・マー
ケティング協会の「40 周年記念事業」の 1 つとし
て計画されている「購買行動調査」の予備的な調
査・研究として実施されたものを基礎としている。
今回実施した調査の結果を踏まえ,躊躇・不安を
払拭するための効果的なプロモーション手法を探
るための調査・研究を,2010 年度に実施する予定
である。
3)例えば,Mayer et al.(1995),野島ら(2002),野
島(2003),Sandra and Shi(2003)などの研究が
ある。
4)製品カテゴリーを特定せずに消費者の知覚リスク
削減手法について検討した研究には,Roselius
(1971)などがある。また,消費者の日常的な買物
における購買リスクや迷い(コンフリクト)に焦
点が当てられた数少ない研究として,竹村ら
(1990),牧野ら(1994a),牧野ら(1994b),竹村
(1996)があげられる。
5)マーケティング研究と消費者行動研究における制
御焦点理論に関する研究については,石井(2009a)
および石井(2009b)が詳細に整理している。
6)今回の調査では,購入時点で接触したプロモーシ
ョンの中で購入したい気持ちが増した手段につい
ての回答も求めている。ただし,躊躇・不安要因
とそれを低減させたプロモーション手段との対応
関係を明確に捕捉することが困難であったため,
上記質問はここでの分析対象からは外している。
7)「機能面での躊躇・不安」など,質問項目が複数あ
る要因については,複数の質問のなかで各回答者
の 5 段階評定値の最も高い値を,その要因に関す
る当該回答者の値とした。これはこの調査が,少
しでも躊躇・不安を感じている場合には,それを
捕捉することを企図していることによる。
8)今回の調査では,4 つの製品カテゴリーについて,
購入を検討したが結局買わなかったという経験が 1
週間以内にある人に対しても,躊躇・不安の程度
を回答してもらっている。ところが,この条件で
抽出された回答者が 66 名だけだったため,ここで
の分析では対象外とした。なお,この非購入者 66
名における,なんらかの躊躇・不安を感じた人の
比率は 52.2 %であった。なお,購入を検討したが
結局買わなかった製品を 4 製品以外に広げると,
回答者が 169 名となり,躊躇・不安を感じた比率
は 78.7 %であった。
9)潜在クラス分析については,渡辺(2001),守口
(2008)などでマーケティング領域での応用例も含
めて説明されている。
10)クラス分類のエラー率は,一般にクラス数が増加
するほど上昇する。分析結果のエラー率を比較す
ると,クラス数 2 のモデルが 0.054 であり,以下,
クラス数 3 = 0.089,クラス数 4 = 0.085,クラス数
5 = 0.162,クラス数 6 = 0.295 となっており,クラ
ス数 4 のモデルの値が相対的に良好であった。な
お,クラス数 4 のモデルの対数尤度の値は,−
1490.2 であり,AIC = 3052.5,BIC = 3227.7,
CAIC = 3263.7 である。
参考文献
Bauer, R. A.(1960), “Consumer Behavior as Risk Taking, ” Proceedings of the 43rd National Conference of
the American Marketing Association, pp.389-398.
Higgins, E.T.(1997), “Beyond Pleasure and Pain,”
American Psychologist, 52, 12, pp.1280-1300.
Jacoby, J. and L.Kaplan(1972), “The Components of
Perceived Risk, ”Proceedings of the 3rd Annual Conference of the Association of the Consumer Research,
pp.382-393.
Mayer, R.C. ,J.H.Davis and F.D.Shoorman(1995),“An
Integrative Model of Organizational Trust, ” Academy
of Management Review, 20, 3, pp.709-734.
Mogiliner, C., J.L.Aaker and G.L.Pennington(2008),
“Time Will Tell: The Distant Appeal of Promotion and
Imminent Appeal of Prevention, ” Journal of Consumer Research, 34, 5, pp.607-681.
Peter,J.P., and M.J. Ryan (1976), “An Investigation of
Perceived Risk at the Brand Level,” Journal of Marketing Research, 13, 2, pp.184-188.
Roselius, T(1971),“Consumer Rankings of Risk
Reducion Methods,”Journal of Marketing, 35,1,
pp.56-61.
Sandra M. F. and B. Shi(2003),“Consumer Patronage
and Risk Perceptions in Internet Shopping, ” Journal
of Business Research, 56, 11, pp.867-875.
Shiffman & Kanuk(1991), Consumer Behavior, Prentice
Hall.
石井裕明(2009a)「消費者行動研究における制御焦点
理論研究の展開」『商学研究科紀要』68,147-162
頁。
石井裕明(2009b)「消費者行動研究と制御焦点理論」
『流通情報』481,20-28 頁。
上田隆穂・守口剛(2004)『価格・プロモーション戦
57
http://www.j-mac.or.jp
JAPAN MARKETING JOURNAL 115 ●
マーケティングジャーナル Vol.29 No.3(2010)
Japan Marketing Academy
★
論文
略』有斐閣アルマ。
竹村和久・高木修・林英夫・永野光雄(1990)「店舗
内消費者行動の分析(Ⅱ)―意思決定過程におけ
るコンフリクトの分析」『日本社会心理学会第 31
回大会発表論文集』182-183 頁。
竹村和久(1996)「意思決定過程および意思決定後の
心理状態」竹村和久著『意思決定の心理―その過
程の探求―』福村出版,231-284 頁。
野島美保・新宅純二郎・竹田陽子・国領二郎(2002)
「電子商店のリスク削減制度:消費者調査をもと
に」Computer Today, No.199, 51-56 頁。
野島美保(2003),「オンライン・ショップの情報提供
と戦略マネジメント」『オペレーションズ・リサ
ーチ,41,917-923 頁。
堀(1997)「消費者の関与」杉本徹男編著『消費者理
解のための心理学』福村出版,164-177 頁。
牧野圭子・高木修・林英夫(1994a)「量販店における
POP 広告が売り場内情報処理に及ぼす効果:イメ
ージ訴求型と価格訴求型との比較」『広告科学』
29,81-86 頁。
牧野圭子・高木修・林英夫(1994b)「購買計画の有無
と POP 広告の掲出状況が売り場内消費者行動に及
ぼす効果:イメージ訴求型 POP と価格訴求型 POP
を用いた現場実験」『社会心理学研究』10,1,1123 頁。
守口剛(2008)「潜在クラス分析を用いたマーケッ
● JAPAN MARKETING JOURNAL 115
マーケティングジャーナル Vol.29 No.3(2010)
ト・セグメンテーション」『商学研究科紀要』65,
1-13 頁。
流通経済研究所(2007)「計画・非計画購入に関する
調査結果」
『流通情報開発共同研究機構報告書』
。
渡辺美智子「因果関係と構造を把握するための統計手
法―潜在クラス分析法―」岡太彬訓・木島正明・
守口剛編著『マーケティングの数理モデル』朝倉
書店,73-115 頁。
守口 剛(もりぐち たけし)
1979 年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後,筑
波大学大学院経営・政策科学研究科経営システム科
学専攻,東京工業大学大学院理工学研究科経営工学
専攻博士課程,修了。博士(工学)。財団法人流通
経済研究所,立教大学社会学部教授を経て,現在,
早稲田大学商学学術院教授。
著書に,『プロモーション効果分析』,『マーケティ
ング・サイエンス入門』(共著),『価格プロモーシ
ョン戦略』
(共編著)ほか。
58
http://www.j-mac.or.jp
Fly UP