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モバイル・テレメディシン
ソ モバイル ソリュ ー ション サ ービスを極め る 映 像 救急医療 救急車と病院をリアルタイムにつなぎ,救命率の向上を実現 ―― モバイル・テレメディシン・システム NTTコムウェアのモバイル・テレメディシン・システムは,救急車内の 患者の状態を,病院へリアルタイムに伝える医療情報共有システムです. 搬送中の患者の容態を病院側の医師が正確に把握することで,医師の指示 に基づいた救急車内での適切な対応と治療事前準備を支援し,救命率の向 上を実現することを目指しています. た な か こ う め い むらかみ えつろう まつもと ひ ろ し くりやま た く や 田中 耕明 /村上 悦郎 /松本 博志 /栗山 拓也 NTTコムウェア また,近年特に社会問題として顕在 救急搬送における現状 救急搬送における必須条件とは 化している,いわゆる「たらい回し」の 増加も忘れてはなりません.患者のた 救急搬送業務には,受入先病院の医 救急車の現場到着から病院での患者 らい回しによる不幸な事故に共通して 師と正確な情報共有を行い,1秒でも 受入までの全国平均搬送時間は1997年 いるのが,「救急隊は患者の危険な容態 早く患者を病院に送り届ける救急車側 に19.9分だったものが2007年には26.4 を訴えたにもかかわらず,病院側では事 の迅速さと,患者到着前までにICUの 分と長時間化がみられています. 態の緊急性を認識していなかった」と 確保・医療機器の準備やスタッフ招集 加えて,急性心筋梗塞の例では,患 いう現状認識の違いです.現状の一般 など,病院側の適切な事前準備が求め 者が病院到着後に亡くなる病院内死亡 的な救急搬送のフロー(図1)におい られます. 率は過去25年間で約20%から約5%ま ては,救急隊から受入要請先の病院へ 一刻を争う救急搬送の現場で,治療 で減少した一方,病院到着前の搬送中 の情報共有は,ほぼ電話連絡に依存し までの時間を少しでも短縮し,かつ病 に亡くなる病院外死亡率は,依然30% ており,患者の詳細な容態を視覚的か 院側でもすぐに適切な治療に着手でき 台のままで推移し続けている現状であ つ客観的に確認する手段が与えられて るよう支援できないか――このような問 り,医療技術の進歩だけでは解決でき いません.搬送中も刻々と変化する患 題意識から開発されたのが,「モバイ ない壁があることを物語っています(総 者の容態をリアルタイムでどのように伝 ル・テレメディシン・システム」です. 務省消防庁 平成20年度版消防白書 えるかは,救急隊側の主観のみに依存 より抜粋). しているのが実情なのです. 搬送中も容態は刻々と変化. リアルタイムの把握が追いつかない ①状況把握・応急処置 発症 出動 搬送中 ③受入先決定 ②受入要請 救急車 OK 電話連絡 可否回答 病院 A NG 病院 B NG ④患者受入 病院 電話での容態等伝達 ○○病院 ⑤容態把握 電話音声のみ, 容態誤認識のおそれ ⑥治療準備 ○○病院 受入病院決定まで 繰り返す 病院 X 医師が正確に患者の容態を 把握できるのは到着後 ⑦治療実施 図1 一般的な救急搬送業務フロー NTT技術ジャーナル 2009.12 53 リ ュ ー シ ョ ン サ ー ビ ス を 極 め る モバイル・テレメディシン・システム ラを設置します. 上からバイタルサイン・映像を確認する は,搬送中の患者の心電図やバイタル コントローラでは,小型サーバとの無 ことができます.病院側ビューアは遠隔 サイン(脈拍,血圧等初期診断に有用 線LAN通信によりシステムの起動,お でのカメラ操作機能を有しており,医師 なデータ) ,および救急車内に積載され よび登録された病院リストから受入先 の意図に応じてアングルや明るさ,解像 た小型カメラからの映像を,第三世代 となる病院を選択して接続します. 度などの遠隔コントロールが可能です. 携帯電話回線(FOMA回線)とイン 小型サーバでは接続された心電計で 病院側ではこれら心電図・バイタル ターネットを用いて,受入先病院にリ 計測されている心電図や脈拍・血圧な サイン・映像といった情報を総合的に アルタイムで共有するシステムです. どのバイタルサイン,およびネットワー 判断することにより,救命士に対して 2002年に国立循環器病センター(大 クカメラからの救急車内患者映像を集約 到着までに必要な処置の指示を的確に 阪府吹田市)主催のもと,産学官共同 し,携帯電話回線を介してインターネッ 与えながら,病院側においても適切な 連携により開催された「循環器救急に ト経由で病院側にリアルタイム送信し 分野の医療スタッフの事前招集,症状 おけるモバイルテレメディシン研究会」 ます.このとき,病院側に送信されて に応じた医療機器類の準備など,患者 においてプロトタイプの開発・実証実験 いる映像はコントローラ画面上にも表示 受入れ後すぐに治療にかかれるような体 に取り組み,現在は大日本住友製薬株 され,救急隊側でも同時にモニタリン 制づくりを整えることが可能になります. 式会社製心電計「レーダーサーク」と グすることができます. さらに,現在病院側では集中治療 また,山間部やトンネル通行中など 室・診察室など院内の3カ所で救急車 に携帯電話回線の通信圏外となり,通 からの送信データ・映像を共有するこ 信が途切れてしまった場合でも通信状 とが可能であり,この機能を応用して 態が回復次第,送信先の病院に向け自 やがては地域内の複数の病院で情報共 動的に再接続を実施することが可能で 有が可能な仕組みを構築できるよう, モバイル・テレメディシン・システム あり,救急隊側に再接続の手間を取ら 技術検討を進めています. の基本的な機器構成については,図2 せることなく,バイタルサイン・映像の のとおりです.救急車側機器として, 送信を再開することができます. 連携したシステムとして,各地域への 導入が進められています. システム基本構成について ①心電計,②コントローラ(PDA), ③小型サーバ, ④ネットワークカメ 類似システムとの相違点 一方,データを受信した病院側では, 専用ビューアをインストールしたPC画面 搬送中の救急車から心電図などの患 ◆救急車側 ◆病院側 ①心電計 (心電図・バイタル情報) ②コントローラ 患者映像 心電図データ バイタルデータ (血圧・脈拍等) FOMA 回線 PC ビューア スタッフの招集 受入・治療準備 ④ネットワークカメラ (救急車内映像) ③小型サーバ インターネット 救命士へ処置指示 指示に基づく処置 図2 モバイル・テレメディシン・システムの基本構成 54 NTT技術ジャーナル 2009.12 ソ 者情報を伝送する取り組み自体は,現 度より運用が開始された吹田市消防本 在に始まったことではありません.しか 部(大阪府)と国立循環器病センター し,既存の心電図伝送装置は搬送中の の事例を紹介します. (2) 映像を用いた診断による,適切 な症状判断と治療の実現 別の事例においては,当初伝送され あるタイミングでの心電図波形のみを送 本事例では,導入後約1年間,約 信し,病院側ではFAXデータとして受 100件の救急搬送における利用実態の 病院側では心筋梗塞であるとの診断を 信するという形態であり,リアルタイム 取りまとめを実施しました. 下していました.ところが,救急車内 での情報共有とは程遠いものでした. また,救急車側のみならず受信側の 病院にも高額な専用端末の導入が必須 た心電図および救急隊の報告内容から, (1) 急性心筋梗塞患者における,治 のカメラにおける患者の映像には,起 療開始までの所要時間の大幅な短縮 座呼吸(横になると肺活量が低下する 「救急蘇生国際ガイドライン2005」 ため,上半身を起こした状態でしか呼 であり,病院側にも多大な導入コスト (G2005)では,急性心筋梗塞の症例 吸できない呼吸困難)の症状が映って を強いることが課題となってきました. において,患者が救急車で病院に到着 おり,医師はこの映像を根拠として, モバイル・テレメディシン・システムに してから,カテーテル治療(合成樹脂 心筋梗塞ではなく重度心不全であると おいては,病院側における専用受信端 製の細長い管を心臓の血管に通し,心 の判断を下し,治療に要する特殊医療 末の設置は必要なく,汎用的なPCへの 筋梗塞の原因である血管の詰まり・閉 機器の準備に取りかかることができたと 専用ビューアソフトインストールによっ 塞を解消する治療方法)による血流の 報告されています.心電図伝送だけで て患者情報の受信が可能となります. 再開まで,90分以内が目標とされてい は正確な判断が難しい症例に,映像が 初期コストを最低限にとどめ,導入に ます.この所要時間は「Door-to-Bal- 加わることで適切な治療の実施を可能 おけるハードルを下げたことも本システ loon Time」と呼ばれ,循環器治療の にした好例といえるでしょう. ムの画期的な特徴といえます. 迅速性を判断する1つの指標となって 図3のとおり,搬送中の患者映像の 今後の機能拡張 います. 伝送は,救急医療の現場に大きなメ 本事例では,モバイル・テレメディ リットを与えています.特に循環器医 シン・ システムを使 用 した症 例 群 の 救急医療を取り巻く状況,および現 療の分野では,類似した心電図波形の Door-to-Balloon Timeが,使用しな 場ユーザである救急隊や医師の要望は 症例において患者の動き・表情などの かった症例群に比べ約30分程度短縮さ 日々変化しています.そして,その要 特徴を読み取ることが症状判断の決め れたというケースが報告されています. 望にこたえて本システムのあり方を見直 また個別の事例では,救急搬送中に していくことは,本システムのさらなる また,導入ユーザからは救急車と病 患者の心電図が激変して急性心筋梗塞 普及の促進,ひいては冒頭で述べた救 院間での映像によるコミュニケーション の症状を呈し,急遽カテーテル治療の 急医療が抱える諸問題の解決を加速し, がもたらす心理的な効果も報告されて 準備が求められたにもかかわらず,心電 現在よりも1人でも多くの人命を救っ います.「映像での状況把握に基づき, 図の変化が病院側にリアルタイムで伝 ていくことにつながるのです. 医師からより的確な指示を受けられ, 達されていたため,治療に要するスタッ 現在ユーザからの強い要望に基づき 救急隊の心理的ストレスが軽減された」 フを迅速に招集できたと報告されてい 実現検討を進めている機能の例として ます. は,心電計の製造メーカを問わず伝送 手となるケースが見受けられます. 「救急車に同乗している患者家族に対 し,すでに病院側で医師が映像を見て いることを伝えることで安心感を与えら れた」「医師側からも患者家族に対し, 音声だけの報告よりも,映像によって患者の状態を的確に判断できる 映像での確認に基づいて,病院到着前 の段階から容態説明・到着後の治療方 搬送中の 10 ∼ 20 分の間に「治療の準備」 「スタッフの招集」ができる 針説明ができた」といったケースはその 搬送中にのみ発生していた心電図波形から,病状を判断することができた 好例といえるでしょう. 救急車内の患者家族に早期の容態説明・治療方針説明が行えた 導入事例と効果 患者の発症からカテーテル治療実施までの所要時間が,平均して約30分程度短縮された 図3 導入後ユーザからのコメントおよび導入効果(一例) 本システムの効果に関して,2008年 NTT技術ジャーナル 2009.12 55 リ ュ ー シ ョ ン サ ー ビ ス を 極 め る ◆救急車側 指令センタ ◆病院側 患者観察カード電子化 複数メーカ心電計への対応 PC ビューア 心電図・バイタル情報 FOMA 高速回線 インター ネット 救急車内映像 病院間 情報共有 双方向通信 (映像・音声) PC ビューア 気管挿管カメラ映像 図4 モバイル・テレメディシン・システムの今後の展開例 私たちは,本システム単体の普及の が可能な接続インタフェースの開発,気 管挿管カメラ映像の伝送があります. 救急医療の理想実現に向けて みならず,その先にある救急医療の理 想像をどのように実現できるかを常に意 気管挿管とは,呼吸停止状態の患者に 対し,気管内チューブと呼ばれる機器 救急搬送にまつわる昨今の諸問題を 識しつつ,本システムの機能検討と展 を気管に挿入して気道確保を行う方法 重くみて,総務省では救急隊と医療機 開に引き続き取り組んでいきたいと考え です.救命士による気管挿管は医師の 関間での画像伝送システム活用に関す ています. 監視下で行われるべき医療行為ですが, る実証実験を2008年,2009年の両年 現状,救急搬送中には医師側から状況 で実施するなど,省庁としての動きも 確認ができないため,器具に付属する 活発化しています. カメラの映像を病院側で遠隔確認しつ 救急搬送におけるさまざまな課題に つ,指示を与えることが望まれています. は,医療特有の法制度や地域ごとに異 ほかにも,病院と救急車間双方向の なる業務フローなど,単純にシステムの 映像・音声通信の実現により,患者や 導入だけでは解決できないものがあるの 家族と治療方針の早期合意が可能にな も事実です.しかし,システムの導入・ ると考えられます(図4). 普及を契機として,問題解決の壁となっ また,患者情報の複数病院への一斉 送信や,地域内病院間での受信データ ている既存のルールを見直していくこと は可能です. 共有などを実現することで,各地域全 例えば,救急車と病院の双方向コ 体の病院・診療所および指令センタな ミュニケーションの実現により,救急救 どと連携した,地域医療ネットワーク 命士に車内で許可される医療行為の範 構想の中での活用も期待できます.1 囲が広がれば,現状より早い段階から 台の救急車から周辺の医療機関すべて 病院内と同様の治療着手が可能となり にワンアクションで情報共有ができれ ますし,自治体の壁を超えた患者情報 ば,患者の受入れまでの時間がカット の同時共有が可能になれば,受入病院 できるばかりか,病院間のたらい回し問 確定までの時間も大幅に短縮できるで 題も打開できるに違いありません. しょう. 56 NTT技術ジャーナル 2009.12 (左から)田中 耕明/ 村上 悦郎/ 松本 博志/ 栗山 拓也 本システムの今後の取り組みには,一刻 を争う救急現場で本当に何が必要とされて いるのか,常に情報収集することが求めら れます.今後も救急医療に携わる方々に役 立つ提案ができるか,その力が試される場 だと感じています. ◆問い合わせ先 NTTコムウェア CRM&ビリングソリューション事業本部 営業企画部 TEL 03-6713-3706 FAX 03-6716-1031 E-mail MobileTelemedicine nttcom.co.jp