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第1章 東南アジアの熱帯林

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第1章 東南アジアの熱帯林
第1章
東南アジアの熱帯雨林
キナバル山の低地山地林(マレーシア)
17
東南アジアの熱帯雨林の中心、ボルネオ(カリマンタン)島
東南アジアの熱帯雨林は、アマゾンやア
フリカと異なって、大小の島々と、半島部
から成り立っている。温帯の森では氷河時
代に多くの種が絶滅してしまったが、海に
囲まれた森は氷河期の気候変動の影響が少
なく、1億年ほどの間、中断することなく
進化が続いている。
およそ1500万年前に海底が隆起を始め、
アジア大陸続きの陸地ができた。1万2000
年ほど前になると、地球の温暖化によって
氷河が溶けて海水面が上昇し、陸地は大陸
から分断されて島となった。この島が現在
のボルネオ島である。島は熱帯雨林におお
われているが、約1000万年前、現在の森の
原型ができあがったといわれている。
ボルネオ島は、日本のおよそ2倍の73万
6,600km2。グリーンランド、ニューギニア
島に次いで世界で3番目に大きな島である。
赤道近くにあり、周辺の多くの島々の中心
的存在となっている。島の東北部には標高
4,095mのキナバル山がある。東南アジアで
最も高い山で、地下で固まったマグマが地
表に現れたものだといわれている。頂上付
近では、氷河に浸食されてできた氷河地形
を見ることができる。
ボルネオ島は高地をのぞくと高温多湿の
熱帯雨林気候となっている。平均気温は1
年を通して25∼30度、年間の温度差はほ
とんどない。熱帯では年間の温度差の変化
よりも、昼と夜の温度差が大きくなる。年
間降水量は平野部で2,000mm、山間部では
5,000mmほどに達する。
気候は雨季と乾季に分けられるが、アフ
リカのサバンナに見られるように降水量が
大きく変化することはない。4∼9月が乾季
で、10∼翌年3月までが雨季となっている。
乾季でもスコールがあり、雨季でも日本の
梅雨のように、1日中雨が降り続けるわけ
ではない。
地域によっては乾季と雨季の違いがはっ
きりしなかったり、年によっては極端に雨
が少なかったりするなど、ばらつきがみら
れる。
森には、フタバガキ科の大木を多く見る
ことができる。樹高が70mを超えるものも
あり、日本ではラワンと呼ばれ、南洋材と
して輸入されている。この樹木は、南米や
アフリカにも分布するがその数は少なく、
東南アジアの熱帯雨林の特徴ある景観をつ
くり上げている。
ハノイ
Hanoi
ラオス
Laos
チェンマイ
Ciang Mai
ビエンチャン
ビエンチャン
Vientiane
0
ドイ
ドイ
・イン
ンタ
タノ
ノン国立公園
ン国立公園
Doi
Inthanon
National Park
Doi
Inthanon
National
Park
ドイ
・インタノン国立公園
タイ
Thailand
バンコク
Bangkok
ベトナム
Vietnum
カンボジア
Cambodia
プノンペン
Phnom Penh
タイランド湾
マレー半島
Pen.Malay
300km
南シナ 海
カッ・ティエン
国立公園
Cat Tien
National Park
ホーチミン
Ho Chi Minh
パラワン島
Parawan
(FRIM/フリム)
マレーシア森林研究所
Forest Research Institute Malaysia
タマン・ヌガラ国立公園
Taman Negara National Park
パソー森林保護区
Pasoh Forest Reserve
マレーシア
Malaysia
エンダウ・ロンピン国立公園
Endau Rompin National Park
クアラ・ルンプール
Kuala Lumpur
スマトラ島
Pulau Sumatera
ジョホール・バル
Johor Bahru
ボルネオ島
Borneo
シンガポール
Singapore
バコ国立公園
Bako National Park
キナバル山
G. Kinabalu
コタ・ブルー
Kota Belud
バンダル・
スリ
・ブガワン
Bandal Seri
Begawan
ブルネイ
Burunei
ボルネオ島
Borneo
スールー海
クロッカー山脈自然公園
Crocker Range
National Park
ミリ
Miri
ランビル・ヒルズ国立公園
Lambir Hills National Park
キナバル公園
Kinabalu Park
サンダカン
Sandakan
ラナウ ダヌム・バレー
Ranau 自然保護区
テノム サバ州
Danum Valley
Tenom Sabah
Conservation
Area プラダヤン・
タワウ
レクリエーション・フォレスト Tawau
Peradayan Recreation
Forest
コタ・キナバル
Kota Kinabalu
グヌン・ムル国立公園
Gunung Mulu National Park セレベス海
マレーシア
Malaysia
東カリマンタン州
E. Kalimantan
サラワク州
Sarawak
クチン
Kuchin
グヌン・ガティエン国立公園
Gunung Gading National Park
マ
西カリマンタン州
W. Kalimantan
ポンティアナッ
Pontianak
ハ
カ
ム
ロングイラム 川
Longiram
インドネシア
Indonesia
テンガロン
Tenggarong
バリッパパン
Balikpapan
サマリンダ
Samarinda
中央カリマンタン州
C. Kalimantan
パンカランブン
ジ ャ ワ 海
18
低地混合フタバガキ林(ブライト州/ブルネイ)
スラウェシ島
Sulawesi
南カリマンタン州
S. Kalimantan
バンジャルマシン
Banjarmasin
赤道
世界遺産
0
300km
19
巨木の茂る熱帯の森
ダヌム・バレー自然保護区(サバ州/マレーシア)
Danum Valley Conservation Area / Sabah / Malaysia ダヌム・バレー自然保護区の面積は438km2、東
京都23区のおよそ7割の広さがある。低地混合フ
タバガキ林と呼ばれる熱帯雨林が広がり、その中
をスガマ川の支流、ダヌム川が流れる。
熱帯の森の朝は、1日で最も気持ちのいい時間帯
である。前日の暑さも、樹木から蒸発される気化
熱や放射熱のおかげで、朝はすっかり涼しくなる。
しばしば森には霧がかかり、鳥たちは一斉にさ
えずりを始める。1年中気候の変化がない熱帯の森
の朝は、秋であり、冬である。
薄暗く、たっぷりと湿気を帯びた熱帯の森は、
多様で複雑で、多くの未知を持つ。霧がそれらを
密かにおおい隠すように立ちこめている。
長い間の気候変動の中を生き残ったダヌム・バ
レーの森が、まるで生命あふれる世界へ誘うかの
ように、霧の中で、生き生きと枝を広げている。
霧の中に浮かぶ熱帯の森。樹高は 70m ほどにもなる
20
21
巨木の森
森で特に目立つのは、板根を持つ巨木の
フタバガキ科の樹木だ。フタバガキ科は、
アジアに分布するフタバガキ亜科と、アフ
リカに分布するモノテス亜科、南米に分布
するパカライマエア亜科に大別される。
アジアのフタバガキ亜科は550種が知ら
れ、386種がマレーシアの森で見ることが
できる。ボルネオには267種あり、その中
の60%は固有種だという。
アジアに分布するフタバガキ亜科は、巨
木が多く、真っ直ぐで長い幹は有用材とし
て積極的に利用されてきた。そのためフタ
バガキの森は激減している。幸いにもダヌ
ム・バレーでは、まだ数多くのフタバガキ
科の樹木を見ることができる。
ダヌム・バレーの森を歩く
ダヌム・バレーには、ボルネオ・レイン
フォレスト・ロッジという宿泊施設がある。
周りを熱帯雨林に囲まれ、ロッジのすぐ前
にも熱帯雨林が迫っている。
森の中へはロッジ専属のガイドが案内し
てくれる。この日の朝の気温は27度、森に
入るとひんやりと感じる。ガイドは、木や
花の種類、昆虫や鳥の声などについて、丁
寧に説明をしながらゆっくりと案内する。
森の中は薄暗く、たっぷりと湿気を含ん
でいる。上を見るとうっそうとした樹木が
枝を張り、空はほとんど見えない。太い樹
森を案内するガイド。
薄暗い森の中、巨木の
幹には空洞が見える
22
木が現れると、幹にはたくさんのツル植物
が絡まっている。
しばらく森を観察しながら、ダヌム川の
上流に沿って歩くと岸辺に出る。川は穏や
かに流れているが、川辺の淀みに目をやる
と巨大な流木が重なり合っている。普段は
穏やかそうに見える川も、一旦激しい雨が
降ると激流に一変するのだろう。
森を抜けて川原に出ると、まぶしいばか
りの空が川の上に広がっている。対岸の森
は急斜面となり、樹木がびっしりと埋め尽
くしている。太陽をいっぱいに受けた樹木
には、いくつものツル植物が垂れている。
今度はロッジの東にある吊り橋からダヌ
ム川に沿って下って行く。湿気が強く、た
ちまち汗が噴き出してくる。
ダヌム・バレーにはヒル(リーチ)が多い
が、この辺りは特に多い。足元の葉を見る
と、ヒルは蛇が獲物をねらうように鎌首を
持ち上げ、今にも飛びかからんばかりだ。
油断するとあっという間に血を吸われる。
熱帯の森を歩くとき、不快なものの一つ
がヒルである。蚊のように病気を感染させ
ることはないというが、血を吸われないに
こしたことはない。
そこで、織りの目が細かく、膝まで収ま
る「ヒルよけソックス」(p.250参照)を着用
した。3つの鋭い歯で這い上がってくるヒ
ルにはきわめて有効だ。このソックスは、
ロッジの売店でも売っている。
以前は吸われ放題で、まるまるとふくれ
あがったヒルが、自分で落ちるまで気づか
タマヤスデ。地面をはい回っていた
タマヤスデは、手に取るとあめ玉の
ようにまん丸に姿を変えた
サルノコシカケの一種。
湿気の多い森では多くの
キノコが育つ
ダヌム・バレー自然保護区
ロッジ周辺のトレイル地図
トレッキング・ルート
イル
トレ l
ズ・ Trai
ル
s
ンビ bill’
ホーHorn
キャノピー・ウォーク
Canopy Walk
吊り橋
サパ・ババンディル・トレイル
Sapa Babandil Trail
ル
レイ il
ム・ト Tra
ダヌ num
Da
川
ダヌムRiver
m
Danu
事務局
Staff Quarters
吊り橋
Nature
Trail
川
ダヌムRiver
m
Danu
吊り橋
テカ
ラ
Tek ・トレ
ala イル
Tra
il
イル
・トレ il
セガマ ma Tra
Sega
吊り橋
テント・キャンプ
Tented Camp
イースト・
トレイル
East Trail
吊り橋
エレ
フ
El ァン
ep ト
ha ・ト
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Tr イル
ail
ロッジ
ジャグジー・プール
Jaguzzi Pool
バリアル・グランド
Burial Ground
ビュー・ポイント
View Point
ル
トレイ
リフ・Trail
ン・ク
コフィ offin Cliff
C
フェアリイ滝
Fairy Falls
サーペント滝
Serpent Falls
なかった。痛くも痒くもなく、ベルトの辺
りから血が流れているのを見て驚いた。吸
血の途中ではぎ取ると、出血が止まらな
かったり、かゆみが残ったりする。タバコ
などの火を近づけると自然に落ちてくる。
おもしろいことに、アマゾンでもアフリ
カでもヒルに出会ったことはなかった。あ
ちらは蚊とアリとブユが多いのだ。
途中の橋が壊れていて、川を歩いて渡る
ことになった。靴を脱いで裸足になると、
水は意外に冷たく、柔らかく感じる。
立ち止まると、森の中から様々な声が
いっそう聞こえてくる。鳥だろうかセミだ
ろうか、それともカエルの鳴き声だろうか。
ダヌム・バレーにはいくつかのトレイル
が用意されている。その一つサパ・ババン
ディル・トレイルを歩いてみる。
ところどころに巨木があり、大きな板根
をつけている。この巨木がフタバガキ科の
仲間である。森の中で直径1mを超える巨
ロッジからの距離
コフィン・クリフ・トレイル 3km
セガマ/イースト・トレイル 2.7km
テカラ/セガマ・トレイル 2.5km
サパ・ババンディル・トレイル 1.8km
ダヌム・トレイル 2.2km
エレファント・トレイル 1.6km
ネイチャー・トレイル 0.6km
ホーンビルズ・トレイル 1km
コフィン・クリフ・トレイル 3km
コフィン・クリフ・トレイル 3km
テント・キャンプ 7.5km
木は0. 01km2 あたり6本ほどが限度だとい
われている。
「森の音」
は絶えず続いているが、どこか
ら聞こえてくるのか、姿はなかなか見えな
い。地面に目を凝らすと、土を掘り返した
跡が見える。おそらくヒゲイノシシだろう。
ヒゲイノシシは、昨夜ロッジで見たばか
りだ。午後8時頃、玄関のすぐ近くにある
野生バナナが茂る中で、ヒゲイノシシが夢
中で餌をあさっていた。フラッシュをたい
ても少しも物怖じしない。後から背中に縞
がある子犬ほどの「ウリボウ」
も出てきた。
ダヌム・バレーには 125 種の哺乳類と
275種の鳥類が生息しているという。特に
オランウータンやテナガザル、ウンピョウ、
マレーグマ、アジアゾウ、スマトラサイな
どは貴重な種となっている。
やがて太い樹木の根元に出た。ここは樹
木と樹木の間に張られた吊り橋があるキャ
ノピー・ウォークと呼ばれる場所だ。
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