Comments
Transcript
本邦債券市場の電子取引動向 - Nomura Research Institute
Financial Information Technology Focus July 2005 3 ホールセールビジネス 本邦債券市場の電子取引動向 本邦の債券市場において、電子取引は欧米のような拡大を見せていない。 その理由は、流動性の低さと透明性の高さにあり、 欧米ほどの効率化が期待できないためである。 相対取引が中心であった債券市場におい て、欧米では着実に電子化が進んでおり、現 1) 電子化のメリット では、欧米の債券市場を電子化へ向かわせた 在電子取引プラットフォームは74 にも上る。 原動力は何であろうか。そのひとつとして、ま 一方日本では徐々に電子化の方向には進んで ずはコストの削減が挙げられる。バイサイドの きているものの、取引システムを提供する業 投資家にとって、セルサイドとの情報格差は非 者は数社程度であり、依然として電話を使っ 常に不利な点であった。電子化による効率化が た取引が大勢を占めると言われている。株式 進めば、市場の透明度が高まり、ビッド・アス 市場では電子化が進み、そのメリットが享受 ク・スプレッドは縮小する。これが取引コスト されてきている昨今、なぜ本邦の債券市場で の削減につながる。またSTP化が進むことによ は拡大しないのだろうか。 る取引ミスや事務コストの削減も重要なニーズ である。例えば米国では、90年代後半に決済の 欧米の債券電子取引動向 T+1化対応へのシステム投資が進み、これが 2) 電子取引 の先進国である米国では、電子取 引市場のシェアが確実に伸びてきている。セレ 3) きっかけとなって、電子化が促進された。 もう一つ重要なメリットは、引き合いの効 ントのレポート によると、2003年時点で債券 率化である。投資信託業のように他人勘定で の全取引の約30%を電子取引が占めており、そ 運用を行っている機関投資家は、取引の際に れは2007年までに60%に到達する見込みであ 複数の業者と引き合う必要がある。従来はこ る。米国市場ではリアルタイム取引は既に必須 れを電話のみで行っていたが、電子取引を導 条件となっており、システムを提供する各ベン 入すればそれらをPCの画面上から同時に行う ダーは事前事後の分析サービスなど、付加価値 ことが出来る。これは引き合い時の手間を省 を加えることによって競争優位を保とうとして くことになるため、電子取引導入の大きなイ Writer's Profile 中村 智光 4) Tomomitsu Nakamura いる。例えばTradeWeb は約定照会や口座配分 金融ITイノベーション研究部 等のポストトレードサービスの提供により、対 研究員 専門は債券・デリバティブ 分析 [email protected] 顧客市場での存在感を堅固なものにしている。 日本の債券電子取引動向 一方、欧州では全取引の約2/3が流動性の高 日本でも債券取引の電子化は徐々にではあ い国債で占められていることもあり、ソブリン るが進んでいる。例えば対顧客間取引であれ 関連の市場では約75%が電子化されている。た ばエンサイドットコム証券のyensai.com、業 だし、ノンソブリンの市場では流動性の低さや、 者間取引であれば日本相互証券のBB Super 各国間で決済機関や制度がまちまちであること Tradeが有名である。これらの端末は大手の 5) もあり、電子化はほとんど進んでいない 。 6 ンセンティブとなったのである。 証券会社であればどこでも備えており、対顧 野村総合研究所 金融 IT イノベーション研究部 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2006 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. NOTE 客市場では欧米のような複数引き合いを同時 本と米国債のビッド・アスク・スプレッドの に行えるメリットが享受されている。 比較を行ったものである。確かに1997年の統 しかし実際には、端末の価格を見ながら電 計では両国の間には大きな差がある。しかし 話で引き合いを行うといったように、電話と その後、本邦市場でも価格の透明性が高まっ 電子取引が混在している両者折衷の状態であ た結果、2002年4月から2003年9月の統計に り、取引の全面的なSTP化という意味での電 おいてはスプレッドが非常に小さくなってい 子化は進んでいない。さらに欧州の雄、 る。これは電子化が進んだ1997年から2000年 6) MTS の日本法人が2003年に撤退したことな の米国市場の値と比較しても遜色ないもので どもあり、日本の債券市場においては電子取 ある。つまり日本の国債市場は完全に電子化 引についてのあまりよいニュースが聞かれな せずとも、既に効率的な価格形成が行われて い。この原因として二つ、「流動性」と「透 いることを示唆している。 明性」が挙げられる。 図表2 国債ビッド・アスク・スプレッド(bps) 1997年* 日本 米国 日本市場の流動性 一般に、電子取引システムは、まず流動性 が高く同質的な商品に導入されやすい傾向が ある。図表1に日本と米国の国債の発行残高 と一年あたりの取引量、それらを除して求め 2年債 5年債 10年債 5.0 9.0 7.0 1.6 1.6 3.1 0.7 1.2 2.4 *データは1997年平均 **日本は2002年4月から2003年9月の平均、 米国は1996年12月から2000年3月の平均 (出所)日本銀行「国債市場の流動性に関する考察」 た売買回転率をまとめている。これをみると 先ほど見た通り、日本では部分的な電子化 売買回転率は米国の31.8に対して日本は8.7と が進んでおり、投資家は価格の水準を端末か 非常に小さい。 らチェックすることができる。それが投資家 の目をより厳しくさせ、スプレッドの縮小に 図表1 国債流動性比較* ** 日本(兆円) 発行残高 年間取引量 売買回転率 730 6,332 8.7 “E-Bond Trading 2004: going Beyond Trade Execution ”, CELENT, March 2004. 4) TradeWebは米国の対顧 客市場でマルチディーラーシ ステムを提供するベンダーで ある。 5) Axel Pierron,“Electronic Trading in European Fixed Income Markets”, CELENT, September 2004. 6) MTSは全欧州を対象に した業者間システムを提供す るベンダーである。 2002年** 日本 米国 0.8 0.9 1.1 1) “ The 2004 Review of Electronic Transaction Systems”, The Bond Market Association, December 2004. 2) ここでの電子取引とは、 大きく業者間取引と業者対顧 客間取引の2つに分けられる。 3) Sang Lee, Jodi Bums, つながったものと考えられる。既に市場が効 米国($bn) 3,944 125,471 31.8 *日本は2004年5月から2005年5月、 米国は2004年のデータをもとに推計している。 **ここでの日本国債の定義は普通国債+FBである。 (出所)日本証券業協会「公社債市場の動向」、日本銀行「時系列データ」、 The Bond Market Association “Research-Statistical Data”、よりNRI試算 率的で、取引コストの削減が見込めないなら ば、今以上の電子化へのインセンティブは働 かないものと思われる。 電子取引拡大への展望 米国では流動性の低い銘柄の買戻しや発行 セルサイド・バイサイド双方が特に問題を感 の集約を行うことで、オン・ザ・ランの流動 じていない現状に鑑みると、日本の債券市場は 性を保つという工夫がされているが、日本の 電子化がすぐに拡大するとは言いがたい状況で 国債市場では発行額の小さい債券が毎月のよ ある。しかし、例えば今後バイサイドにコンプ うに発行され、一つ一つの銘柄の流動性が低 ライアンスチェックやリスク管理等の強化が求 くなりやすい傾向にある。流動性が低く取引 められ、電子データの活用が必須になったとき、 量や頻度が人手で処理可能な水準であるなら 米国のようなセルサイドの電子化付加価値サー ば、電子化へのニーズは生まれない。 ビスの提供がうまくかみ合えば、電子取引市場 の拡大につながる可能性もある。証券・ベンダ 日本市場の透明性 バイサイドにとってのメリットの一つ、取 引コスト削減についてはどうか。図表2は日 ー各社はそのような状況の変化に柔軟に対応す るために、今後も投資家のニーズを把握してい く姿勢が必要である。 N 野村総合研究所 金融 IT イノベーション研究部 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 Copyright © 2006 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 7