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熱伝導率の最も低いI 型クラスレートBa8Ga16Sn30
日本熱電学会誌 Vol.7 No.3 (March 2011) 研究室紹介 広島大学 大学院先端物質科学研究科 量子物質科学専攻 磁性物理学研究室の紹介 高畠 敏郎 「三代目は身上を潰す」と言われています。私たちの研究室のルーツは広島大学理学部物性学 科の「磁性体講座」です。初代は結晶磁気異方性の研究で有名な辰本英二教授,二代目は高圧 下での磁性研究の先駆者である藤原浩教授です。平成3年に理学部は広島市から40km東方の 緑豊かな東広島市に移転しました。平成7年に私が三代目を引き継いだ後,平成10年の大学院 重点化に伴い,物性学科が廃止となりました。当研究室の所属は,理学部物理・物性の半分と工 学部の電気・電子,発酵工学の学科を母体として新しく出来た「先端物質科学研究科」となりました。 その結果,従来の小講座は消失したので「三代目が身上を潰した」ことになります。実際は,「磁性 物理学研究室」として教育と研究を行っています。当研究室から巣立った14名の博士のうちで2名 が熱電変換物質を主題としました。熱電以外のテーマは,希土類化合物と遷移金属酸化物の磁 性と軌道秩序,圧力下における磁性の消失と量子臨界現象,スピンフラストレーションによる特異 な磁性発現などです。詳しくはホームページをご覧ください[1]。 私が広島大学着任後に精力を注いできたセリウム近藤半導体は, 4f電子と伝導電子との混成 によって擬ギャップが形成されるために,100 µV/K という大きな熱電能を 100 K 以下で示します [2]。そのために電力因子が低温で極めて大きくなることを,熱電変換研究会の「熱電変換シンポジ ュウム’99」で発表し,TECJ ニュースレターにも投稿しました[3]。価数の不安定な希土類化合物の 熱電物質としての可能性を探るために,NEDO 国際共同研究プロジェクト「価数の不安定な希土類 化合物の新しい熱電変換機能発現」を平成12年から3年間実施しました。近藤半導体,充填スク ッテルダイト,金属間クラスレートの熱電物性の開拓に,カリフォルニア大学サンディエゴ校の B.M. メイプル教授,ウィーン工科大学の E. バウアー教授,ウィーン大学の P. ログル教授と私が協力しま した。一つの成果として,価数揺動が格子熱伝導率を抑制することを報告した北京での国際熱電 学会(ITC2001)での評判はまずまずでした。しかし,NEDO の最終評価は「学術的に優れた成果 もあるが,実用的に優れた熱電材料となり得るかは検討が必要」というものでした。この厳しい評価 は,社会が望んでいるのは 100 K 以下で高い熱電性能をもった物質ではなく,室温以上で高い 性能を持った Bi-Te に代わる材料であるということを私に教えてくれました。 次に取り組んだ熱電物質はアルカリ土類を充填した Fe 系スクッテルダイトです。平成 14-17 年 度に推進した文科省中核的研究拠点プログラム「複合自由度をもつ電子系の創製と新機能開拓」 ではナノスケールのすきまと電子系の複合自由度を活かした新機能開拓を目指しました。ナノスケ ールのカゴにゲストが入った充填スクッテルダイトは,このテーマにぴったりの物質でした。Ca, Sr, Ba, La がカゴに入った AT4Sb12 (T=Fe, Ru, Os)の磁性と熱電能の比較研究から、強磁性スピン揺ら ぎが熱電能を増強することを初めて指摘しました[4]。また格子熱伝導率を抑制するには,カゴを出 来るだけ大きくして,小さくて重いイオンを充填するのが有効であることも指摘しました[5]。その具 体例として,価数とイオンサイズの異なる二種類のゲストを充填した Ca0.3La0.6Fe3CoSb12 の無次元 性能指数 ZT が 800 K で 0.8 に達することを ITC2007(韓国済州島)で報告しました。室温以上での 性能評価は,私たちにとって初めてでした。COE 形成プログラムの事後評価は「カゴ状物質中にお ける熱伝導の抑制に関する研究など,すきまの科学という独自の観点を生かした研究成果を得て いる。一方,応用の視点からは更なる努力が必要」というものでした。 カゴ状熱電変換物質としてクラスレート化合物にも取り組みました[6,7]。そのきっかけは,当研究 室の博士研究員であった HUO Dexuan 氏(現 中国杭州電子科技大教授)が Ba8Cu16P30 と Ba8Ga16Sn30 の結晶を作ったことです。Ba8Ga16Sn30 には I 型と VIII 型の二つの異型がありますが, これらの結晶を作り分けることに博士研究員の M. A. Avila 氏(現 ブラジル ABC 大学准教授)と大 学院生の末國晃一郎君(現 JAIST 助教)が成功しました。その結果,格子熱伝導の抑制にはゲスト の非中心運動が有効であることを明らかにするなど,基礎研究が大きく進みました[8]。 応用に向けて舵を切ることになったのは,平成21年度に NEDO ナノテク・先端部実用化研究開 発「カゴ状物質を利用したナノ構造制御高性能熱電変換材料の研究開発」が採択されたからです。 このプロジェクトは,広島大学,山口大学(小柳教授,赤井准教授),産業技術研究所エネルギー 技術研究部門の熱電変換グループ,株式会社 KELK,株式会社デンソーの5者が共同で進めて います。この中で広島大学が担当しているのは,単結晶材において 200-300℃での ZT を 1.3 まで 上げることです。博士研究員の才賀裕太氏が中心となって VIII 型 Ba8Ga16Sn30 の単結晶のキャリ ア密度を精密に制御し, ZT を p 型で 1.0,n型で 0.9 まで上げました[9]。さらに,博士研究員の DENG Shukang 氏は Ga の一部を安価な Al で置換することによってn型の ZT を 1.2 まで上げまし た[10]。これらの成果を平成22年6月に上海で開催された ITC2010 の基調講演で発表する機会を 頂きました。残りの1年間で ZT=1.3 を超える大型結晶を作り,それを熱電発電モジュールの作製 に供給できるよう,毎日知恵を絞りながら学生達と楽しく研究を続けています。 最近の成果の熱電学会での発表に対して,若手研究者講演奨励賞を3件も頂いたことは,本人 はもちろん研究室全員への励ましになっています。 H19 末國晃一郎:ゲストの可動長に依存するタイプ I クラスレートの格子熱伝導率 H21 田中智雄:アルカリ金属内包クラスレート K8Ga8Sn38 単結晶の熱電物性 H22 才賀裕太:VIII 型クラスレート Ba8Ga16Sn30 のキャリア制御と Al 置換による熱電性能の向上 次の目標は,キャンパスにそびえる広大タワーの「広島大学」の文字を照らす電源を熱電に変え ることです。このタワーは煙突なので,200-300℃の排熱は十分あります。さらに,西条の酒造通り の煉瓦造りの煙突にも熱電発電による照明を点けます。熱電発電の実物を見た学生と市民は,熱 電変換がサステナブル社会の実現に役立つことを理解してくれるでしょう。平成22年に広島大学 にサステナブル・ディべロップメント実践研究センターが設立され,私はセンター長を務めています。 任務は重大ですが,三代目は身上を潰すのではなく,飛躍させたと言われるように頑張ります。 [1] http://home.hiroshima-u.ac.jp/adsmmag/ [2] 高畠敏郎,伊賀文俊:まてりあ,39,38 (2000). [3] 高畠敏郎: 熱電変換研究会 Newsletter, 6, 4 (2002). [4] E. Matsuoka et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 74, 1382 (2005). [5] 高畠敏郎: 熱電変換システムの高効率化・高信頼性化技術(技術情報協会)第1章 第4節 62 (2006). [6] 高畠敏郎:金属,79,211 (2009). [7] 末國晃一郎,高畠敏郎:固体物理,45,403 (2010). [8] M. A. Avila et al. : Appl. Phys. Lett, 92, 041901 (2008). [9] Y. Saiga et al. : J. Alloys and Compd., 507, 1 (2010). [10] S. Deng et al. : J. Appl. Phys., 108, 073705 (2010). ***********研究室情報************* 〒739-8530 東広島市鏡山 1-3-1 広島大学大学院先端物質科学研究科 量子物質科学専攻 TEL: 082-424-7025, FAX: 082-424-7029 e-mail: [email protected] http://home.hiroshima-u.ac.jp/adsmmag/