Comments
Description
Transcript
関連性理論からみた自閉症児の発話解釈
Kurume University Psychological Research 2010, No. 9, 48-56 原著 関連性理論からみた自閉症児の発話解釈 矢 岩 野 元 宏 澄 要 約 之 子 本研究の目的は,関連性理論からみた自閉症児の発話解釈の特徴を調査することであった。 対象は,自閉症児 20 名(実験群)と LD/ADHD 児 13 名(対照群)であった。方法として,まず関 連性理論に基づいた課題を独自に作成した。課題は,表意(一義化,飽和,自由拡充,アドホック概 念形成)と,前提推意と帰結推意を含む推意の各 2 題,ほぼ同じ形式の 2 コマイラストで構成される 計 10 題である。対象児に,イラストの発話をどのように解釈したか,その言語的理由付についても質 問した。 その結果,発話解釈の正答児数は,全ての課題において,自閉症児群と LD/ADHD 児群に差は見ら れなかった。言語的理由付けの正答児数は,自由拡充の 1 題,前提推意,帰結推意において,自閉症 児群が LD/ADHD 児群に比べて少なかった。言語的理由付けに失敗した回答の方略の分類から,ほ とんどの自閉症児が自分の体験や経験,一般的な知識によって発話を解釈することで言語的理由付に 失敗していたことが分かった。 キーワード:自閉症,関連性理論,発話解釈 れる表意と前提推意,帰結推意に分類される推意と 問 題 と 目 的 いった語用論的発話解釈過程(原口ら,2003)を研究 自閉症におけるコミュニケーション障害の中核は, 対象とする。そこで,この立場よりの研究においては, 言語における文脈, 社会的認知や理解の障害である(杉 各々関連性理論に基づく発話解釈の課題を作成し,自 山,2007) 。これについて,Baron-Cohen(1985)に始 閉症児の発話解釈の特徴を調べることで,コミュニ まる心の理論障害説では,メタ表象能力,すなわち目 ケーションの特徴の解明しようとしてきた。 の前の人の考えている内容を推測し,その人の心の状 態を理解する能力の障害によると仮定する。そして, しかし,関連性理論の代表的な研究である Happe (1993)で用いた課題は,直喩,隠喩,皮肉に関するも これを検証するために,メタ表象能力を持つか否かを のであり,Loukusa(2007)は,飽和,自由拡充,推意 調べられるとされる心の理論課題が作成され,これを を含む独自の分類による課題である。さらに Dennis 用 い た 研 究 が 多 く 報 告 さ れ て い る(Baron-Cohen, (2001),Pijnacker(2008)も含めて,Sperber & Wil- 1989 ; Happe, 1994 ; 内藤,2007)。しかし,心の理論 son(1986)の提唱した全ての発話の解釈過程を網羅し 課題では,自閉症者のコミュニケーションの特徴を明 た課題で自閉症児のコミュニケーション上の特徴を明 らかにすることはできない。 らかにするには至っていない。 これに対して,Happe(1993)や Loukusa(2007)は そこで本研究では,関連性理論に基づいた表意と推 関連性理論を援用した研究を行っている。関連性理論 意を網羅した課題を用い,関連性理論からみた自閉症 とは,Sperber & Wilson(1986)によって提唱された 児の発話解釈の特徴を,発話解釈の能力に障害がない 語用論であり,コミュニケーション場面において発話 と考えられる学習障害および注意欠陥多動性障害(以 の一義化,飽和,自由拡充,アドホック概念に分類さ 下 LD/ADHD とする)児との比較を通し調査するこ ― 48 ― 久留米大学心理学研究 第9号 2010 マ目の台詞から,たろうくんの考えている「はし」が とを目的とする。 方 推測されなければならない。 法 対象 2. 1. 対象は,A市通級指導教室に通級する小学 1 年生か さとしくんは, あしがはやいよね クラスで,いちばんはやいよ ら 6 年生の自閉症児 20 名,LD/ADHD 児 13 名であ る。診断名は,実験前に対象者の両親に医療機関にて 受 け た 診 断 名 を 尋 ね る こ と で 得 た。知 的 水 準 は たろうくん WISC-Ⅲの全検査 IQ において,自閉症児群が平均 はなこ さん たろうくん はなこ さん 2. 1. 101.1 ± 16.1,LD/ADHD 児群が平均 99.7 ± 12.8 で テストで100てんだったよ おなじだね! あり,両群間に差はなかった。 課題 たろうくん 原口ら(2003)の例文を参考に,自閉症臨床の経験 けんたくん たろうくん けんたくん 図 2.飽和における課題 3(上段)と課題 4(下段)の刺激 図 を有する臨床心理士 1 名と心理学専攻の大学院生 6 名 で内容の検討を行い,課題を作成した。それは,関連 性理論における表意 4 種(一義化,飽和,自由拡充, 2.飽和 アドホック概念形成) ,前提推意と帰結推意を含む推 飽和とは,発話に使用された代名詞や指示詞につい 意 1 種の各 2 題,ほぼ同じ形式の 2 コマイラストで構 て,その値を決定することである。飽和には,発話に 成される計 10 題である。課題と刺激図を以下に示す。 代名詞や指示詞が省略された場合も含む。課題 3 で は,刺激図における,2 コマ目の「いちばんはやい」は 誰のことを指しているのかを質問する。この質問に正 1. 2. あ,「あめ」だ! 答するためには,1 コマ目の台詞より,はなこさんの ぬれちゃうね 考えている内容が推測されなければならない。課題 4 では,刺激図における,2 コマ目の「おなじだね」は, たろうくん はなこ さん 1. たろうくん 何のことを指しているのかを質問する。この質問に正 はなこ さん 答するためには,1 コマ目の台詞より,けんたくんの 考えている内容が推測されなければならない。 2. 「はし」があるよ! わたってみようよ! 1. 2. あした,おまつりにいくんだ. たろうくん はなこ さん たろうくん ゆうきくんにあえるよ はなこ さん 図 1.一義化における課題 1(上段)と課題 2(下段)の刺 激図 たろうくん 1.一義化 けんたくん 1. たろうくん 2. じょうろをもってきて, どうしたの? 一義化とは,2 つ以上の意味を持つ語が,どの意味 けんたくん はなにみずをあげるんだ で使われたのかを推測することである。課題 1 では, 刺激図の 1 コマ目における「あめ」という語が「雨」 たろうくん 及び「飴」のどちらの意味であるかを質問する。この 質問に正答するためには,2 コマ目の台詞から,たろ けんたくん たろうくん けんたくん 図 3.自由拡充における課題 5(上段)と課題 6(下段)の 刺激図 うくんの考えている「あめ」が推測されなければなら ない。課題 2 では,刺激図の 1 コマ目における「はし」 という語が「橋」, 「端」および「箸」のどの意味であ 3.自由拡充 るかを質問する。この質問に正答するためには,2 コ ― 49 ― 自由拡充とは, 発話において省略されたもののうち, 関連性理論からみた自閉症児の発話解釈 飽和に該当しないものを指す。課題 5 では,刺激図に 1. おける 2 コマ目の「ゆうきくんにあえる」という発話 2. このチームのなまえは,ドラ ゴンボールにしようよ もう,はやってないよ. に「もし,おまつりに行ったら」という条件節を補っ ているかを質問する。この質問に正答するためには, 1 コマ目における台詞から,けんたくんの考えている たろうくん 内容が推測されなければならない。課題 6 では,刺激 けん たくん 1. 図における 2 コマ目の「はなにみずをあげる」という たろうくん けん たくん 2. いまから,ならいごとが あるんだ.ごめん. いまから,プールにいこうよ 発話に「じょうろをつかって」という付帯状況を補っ ているかを質問する。この質問に正答するためには, 1 コマ目における台詞から,けんたくんの考えている たろうくん 内容が推測されなければならない。 1. けん たくん たろうくん けん たくん 図 5.前提推意及び帰結推意における課題 9(上段)と課 題 10(下段)の刺激図言 2. すなばで,やまをつくろうよ うん!ぼく,ふじさんつくるね ればならない。課題 9-2 においては,チームの名前を ドラゴンボールにすることに対して,けんたくんがど けんたくん たろうくん う考えているかを質問する。この質問に正答するため けんたくん たろうくん には,2 コマ目の台詞から,けんたくんがチームの名 1. 前をドラゴンボールにすることに対して,どう考えて 2. さとしくん,あしがはやいね チーターだね いるかが推測されなければならない。課題 10-1 にお いては,刺激図の 2 コマ目において,けんたくんが, プールに行くことと習い事に行くことを両立できるか たろうくん けんたくん たろうくん けんたくん どうかを質問する。この質問に正答するためには,2 図 4.アドホック概念形成における課題 7(上段)と課題 8(下段)の刺激図 コマ目のけんたくんの台詞から,けんたくんがプール に行くことと習い事に行くことの両立についてどう考 えているかが推測されなければならない。課題 10-2 4.アドホック概念形成 においては,刺激図の 2 コマ目において,けんたくん アドホック概念形成とは,本来その語が持つ語彙概 が,プールに行くことを最終的にどう考えたかを質問 念の特性を変化させ,その場限りのアドホック概念を する。この質問に正答するためには,2 コマ目のけん 形成することである。課題 7 では,刺激図の 2 コマ目 たくんの台詞から,けんたくんがプールに行くという の「ふじさん」がアドホック概念として解釈されてい 提案についてどう考えているかが推測されなければな るかを質問する。課題 8 では,刺激図の 2 コマ目の らない。 「チーター」がアドホック概念として解釈されている かを質問する。 手続き 5.推意 程度であった。実験者は,対象児に刺激図を提示し, 実験は,個別に面接で行なった。所要時間は 20 分 推意とは,発話を解釈する課程において,どの表意 台詞を読んだ後,刺激図の左側の人物が右側の人物の にも該当せずに推測された,発話者の考えている内容 発話をどのように解釈したかについて質問を行った。 を指す。帰結推意とは,推測された発話者の考えてい 例えば課題 1 では,「たろうくんが言った,『あめ』と る内容に関する結論であり,前提推意とはその前提で いう言葉は,どんな意味ですか」,「どうして,そう思 ある。課題 9-1 においては,刺激図の 2 コマ目におい いましたか」と尋ねた。その際,言語的理由付けが刺 て,けんたくんが「ドラゴンボール」のことをどう思っ 激図内の反応に言及されない反応であった場合は,対 ているかを質問する。この質問に正答するためには, 象者が他にはないと答えるまで,他の理由を挙げるよ 2 コマ目のけんたくんの台詞から,けんたくんがドラ うに求めた。表 1 に正答例を示す。 ゴンボールに対してどう考えているかが推測されなけ ― 50 ― 久留米大学心理学研究 第9号 2010 表 1.各問題における正答の例 言語反応 課題 1 回答 理由付け 課題 2 回答 理由付け 課題 3 回答 理由付け 課題 4 回答 理由付け 課題 5 回答 理由付け 課題 6 回答 理由付け 言語反応 課題 7 回答 理由付け 課題 8 回答 理由付け 課題 9-1 回答 理由付け 課題 9-2 回答 理由付け 課題 10-1 回答 理由付け 課題 10-2 回答 理由付け 空から降ってくる雨 「ぬれちゃうね」から 渡る橋 「渡ってみようよ」から さとし君 たろう君の「さとし君は速いよね」から テストで 100 点 「テスト 100 点だったよ」から伀 お祭りに行ったら 「お祭りに行ったら,ゆうき君にあえるよ」から じょうろを使って 「じょうろを持ってきて,どうしたの?」から 結 砂で作った山。富士山みたいなもの 砂場で,大きな富士山は作れないから さとしくんが,チーターみたいに足が速い 足が速いって言いたいって思ったから はやってないって思っている 「はやってないよ」から 違う名前にしたい 「はやっていない」から 行けない。 「習い事があるんだ。ごめん」から 今日は行けない 「習い事がある」から 自閉症児群,LD/ADHD 児群の全学年における言語 果 的理由付けの正答児の人数に関する結果を表 3 に示 す。言語的理由付けの正答率について,フィッシャー 1.正答率の比較 自閉症児群,LD/ADHD 児群の全学年における正答 の直接確立法を用いて比較をした結果,表意において 児の人数に関する結果を表 2 に示す。正答率につい は,自閉症児群,LD/ADHD 群に有意な差は見られな て,フィッシャーの直接確立法を用いて比較をした結 かった。推意においては,課題 10-2 において自閉症 果,い ず れ の 課 題 に お い て も,自 閉 症 児 群,LD/ 児群,LD/ADHD 群に有意な差が見られた。 ADHD 児群に有意な差は認められなかった。 3.発話解釈に用いた方略について 2.回答に対する言語的理由付けの正答率の比較 問題に誤答した児の言語的理由付け及び,問題には 問題に正答した回答のうち,言語的理由付けが刺激 正答したが刺激図内の言語教示に言及しない言語的理 図内の言語教示に言及した理由付けを行なったものを 由付けを,別府ら(2005)の誤信念課題に対する言語 理由付けの正答とし,言及されていないものを理由付 的理由付けのカテゴリーを参考に,以下のA〜Fに分 けの失敗と分類した。ただし,アドホック概念形成に 類した。ただし,アドホック概念形成は分析の対象か おいては,刺激図内の言語教示に言及しなくても,解 ら除外した。 A:刺激図の登場人物が,刺激図に含まれない体験 釈を行なった理由が説明できれば正答とした。 表 2.各課題に対する正答児数およびフィッシャーの直接確率法(P 値) 表意 課題 課題番号 自閉症(N=20) 正答児 LD/ADHD(N=13) 正答児 P値 自由拡充 5 6 7 8 19 (95%) 19 (95%) 18 (90%) 16 (80%) 20 18 (100%) (90%) 20 18 (100%) (90%) 12 13 13 12 (92%) (100%) (100%) (92%) 1.00 1.00 1.00 1.00 11 (85%) 1.00 10 (77%) 1.00 12 (92%) 0.39 13 12 (100%) (92%) 1.00 1.00 一義化 飽和 1 2 18 (90%) 19 (95%) 13 13 (100%) (100%) 0.51 1.00 推意 アドホック 概念形成 3 4 17 20 (85%) (100%) ― 51 ― 前提推意 9-1 10-1 11 (85%) 1.00 帰結推意 9-2 10-2 関連性理論からみた自閉症児の発話解釈 表 3.各課題に対する言語的理由付けの正答児数およびフィッシャーの直接確率法(P 値) 表意 課題 一義化 課題番号 自閉症(N=20) 正答 理由付の失敗 LD/ADHD(N=13) 正答 理由付の失敗 P値 1 推意 飽和 2 自由拡充 アドホック 概念形成 前提推意 9-1 帰結推意 3 4 5 6 7 8 10-1 9-2 16 16 (80%) (80%) 2 3 (10%) (15%) 17 (85%) 0 (0%) 18 (90%) 2 (10%) 19 (95%) 0 (0%) 11 (55%) 8 (40%) 18 (90%) 0 (0%) 16 (80%) 0 (0%) 9 8 (45%) (40%) 11 12 (55%) (60%) 11 8 (55%) (40%) 7 10 (35%) (50%) 13 13 (100%) (100%) 0 0 (0%) (0%) 0.396 0.366 12 (92%) 0 (0%) 1.000 11 (85%) 2 (15%) 1.000 12 11 (92%) (85%) 1 1 (8%) (8%) 0.640 0.098† 11 (85%) 0 (0%) 1.000 9 (69%) 1 (8%) 0.637 9 9 (69%) (69%) 3 4 (23%) (31%) 0.103 0.157 10 (77%) 1 (8%) 0.193 † 10-2 11 (85%) 1 (8%) 0.020* p <.10,*p <.05 で,それ以外の原因に言及しない反応。 や経験をしていると仮定する反応(例:雨に濡 D:非理論的・了解不可能な反応 れたから,そう思ったと思う)。 E:その他の方略 B:自分の体験や経験から考えたことを理由にした 反応(例:いつも,自分がしているからそう思っ F:わからないという反応。 た。 )。一般的な知識による答え(例:水がこぼ 結果を表 4 に示す。 れるから) 。 C:刺激図の登場人物の心的状態をくり返すのみ 表 4.各課題に対する言語的理由付方略の使用児数 表意 課題 一義化 課題番号 飽和 1 2 自由拡充 3 4 5 6 対象児 自閉症 L/A 自閉症 L/A 自閉症 L/A 自閉症 L/A 自閉症 L/A 自閉症 L/A 方略A 方略B 方略C 方略D 方略E 方略F 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 2 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1 0 1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1 0 0 0 7 0 2 0 0 0 1 0 1 0 0 推意 課題 前提推意 課題番号 帰結推意 9-1 10-1 9-2 10-2 対象児 自閉症 L/A 自閉症 L/A 自閉症 L/A 自閉症 L/A 方略A 方略B 方略C 方略D 方略E 方略F 1 9 0 0 0 1 0 2 0 2 0 0 0 11 0 1 0 0 4 0 0 0 0 2 1 2 0 0 0 1 0 0 0 8 0 1 0 0 1 0 0 0 0 0 4 2 3 1 注)対象児欄の L/A は,LD/ADHD を指す 自閉症児(N=20) LD/ADHD 児(N=13) ― 52 ― 久留米大学心理学研究 (1)一義化 第9号 2010 ムの名前がいいと思っているから」といったもので 自閉症児群における,方略Aに分類された反応は, 「どこかに水が当たったから」,「橋が見えたから」と いったものであった。方略Eに分類された反応は, 「漢 あった。方略Dに分類された反応は, 「カブトムシは 力持ち No1 とか,そういうのを決めたかった」といっ たものであった。 字ではないから」 ,「周りに雨(橋)が描かれていない から」といったものであった。 LD/ADHD 児群における,方略Bに分類された反応 は, 「習い事に電話をしていないから」といったもので あった。方略Cに分類された反応は, 「違う名前にし (2)飽和 たいって思ったから」といったものであった。 自閉症児群における,方略Aに分類された反応は, 考 「なにかのリレーをした」といったものであった。方 略Dに分類された反応は, 「点数が 100 点(それ以上の 説明はできなかった。 )」といったものであった。 察 本研究では,自閉症児の関連性理論に基づく発話解 釈の特徴を調べるために,表意と推意を網羅した刺激 LD/ADHD 児群における,方略Aに分類された反応 図を提示する 10 課題を独自に作成した。これらの課 は, 「算数でテストをしたから」といったものであった。 題を用いた発話解釈の正答率は,発話解釈能力の障害 また,方略Bに分類された反応は, 「ときどきテストが がないと考えられる LD/ADHD 児群において,全て あり,お姉ちゃんが同じと言っているから」といった の課題で 80%を越えた。これにより,今回作成した課 ものであった。 題の難易度は適切であったと考える。以下,関連性理 論における発話の解釈過程ごとに考察する。 まず,一義化については,発話解釈の正答児数,言 (3)自由拡充 自閉症児群における,方略Bに分類された反応は, 「いつも自分がしているから」,「植物の花に水をあげ 語的理由付けの正答児数のいずれにおいても,自閉症 児と LD/ADHD 児に違いはみられなかった。これは, るから」といったものであった。方略Dに分類された Dennis(2001)が自閉症児と定型発達児で,一義化の 反応は, 「花が成長するから」といったものであった。 能力に差がないことを示した実験結果と一致する。一 LD/ADHD 児群における,方略Bに分類された反応 義化は,多義語の内容を一義に決定するのみで,発話 は, 「保育園のころから当番で見ていたから」といった を解釈するために想定される仮説は明確である。その ものであった。方略Dに分類された反応は,「花が枯 ため,解釈は容易であったと考える。 れるから」といったものであった。 飽和についても,一義化と同様に,発話解釈の正答 児数,言語的理由付けの正答児数のいずれにも,自閉 症児と LD/ADHD 児に違いはみられなかった。自閉 (4)前提推意 自閉症児群における,方略Aに分類された反応は, 「けんたくんは最後まで見ていないから」といったも 症児と定型発達児で飽和の解釈を比較した Loukusa (2007)の結果と同様に,自閉症児において飽和の解釈 のであった。方略Bに分類された反応は,「自分も好 が障害されていないことが示唆された。しかし,大井 きじゃなくなったから」,「テレビで放送されていない (2006)や Villiers(2007)は,指示詞コ・ソ・アを使い から」といったものであった。方略Dに分類された反 分けた指示の理解に混乱が見られることや,参照内容 応は, 「習い事かプールのどちらかと思ったから」と が不明な指示詞を使用することを報告している。した いったものであった。 がって,田中ら(2007)が指摘するように,自閉症児 LD/ADHD 児群における,方略Bに分類された反応 における指示詞・代名詞の特異性は,統語規則の習得 は, 「昔のテレビ番組だから」といったものであった。 に障害があるのか,語用論の問題であるのか,更なる 方略Dに分類された反応は,「ピアノに行くから」と 検討が必要である。 自由拡充については,発話解釈の正答児数は自閉症 いったものであった。 児と LD/ADHD 児に違いはみられなかった。しかし, 課題 6 の「はなにみずをあげる」という発話で「じょ (5)帰結推意 自閉症児群における,自閉症児群における,方略B うろをつかって」という付帯状況を補うことが求めら に分類された反応は, 「はやってないから」といったも れるものでは,自閉症児が言語的理由付けに失敗する のであった。方略Cに分類された反応は,「いいチー 傾向が見られ,自閉症児において自由拡充の一部に障 ― 53 ― 関連性理論からみた自閉症児の発話解釈 害 が あ る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た。し か し な が ら, りも,発話者が発話によって何を伝えたいかを解釈す Loukusa(2007)や,some と or を用いた文章における る推意の方が重要なことは明らかである。Sperber 自由拡充の解釈を求めた Pijnacker ら(2008)では,自 (1994)は,関連性理論では,コミュニケーション場面 閉症児と定型発達児に差は見られない。これについて における発話を解釈する際に,メタ表象能力を用い, も,今後の検討課題である。 発話者の考えている内容を推測していると主張する。 また,アドホック概念形成については,発話解釈の 推意に障害がある可能性を示唆した本研究は,この主 正答児数,言語的理由付けの正答児数のいずれにおい 張も含め,自閉症者のコミュニケーション特徴を解明 ても,自閉症児と LD/ADHD 児に違いはみられなかっ していく上で,意義あるものであったと考える。これ た。今回作成した課題は,Happe(1993)同様,アド をふまえて,さらに自閉症児のコミュニケーション障 ホック概念の一つである隠喩を用いたものであった。 害の全貌が見えてくると,大井(2006)や高橋(2005) そして得られた結果は,安立ら(2006)の自閉症児と などに紹介される自閉症児の語用論障害説に基づく自 ADHD 児と隠喩文の理解に差がないことを示した研 閉症児のソーシャル・スキルス・トレーニングなどの 究や,杉山(2004)による自閉症者の手記に隠喩を用 発展に貢献できると考える。 いた記述が見られることを示した報告と同様に,自閉 引 症児も発話から発話者の考えている内容を推測し,ア ドホック概念を形成できることを示唆するものであっ 用 文 献 安立多惠子,平林伸一,汐田まどか,鈴木周平,若宮 た。 英司, 北山真次,河野政樹, 前岡幸憲,小枝達也 (2006) 推意については,前提推意も帰結推意も,発話解釈 比喩・皮肉文テスト(MSST)を用いた注意欠陥/ の正答児数では,自閉症児と LD/ADHD 児に違いは 多動性障害(AD/HD),Asperger 障害,高機能自閉 みられなかった。しかし,帰結推意においては,課題 症の状況認知に関する研究 脳と発達 38, 177-181 10-2 の「いまから,ならいごとがあるんだ。ごめん。」 という発話から, 「今日は行けない」という内容を解釈 Baron-Cohen, S., Leslie, A. M., & Frith, U. (1985) Does する問題で,自閉症児が LD/ADHD 児に比べ,言語的 autistic child have a "theory of mind"? Cognition, 21, 理由付けに失敗するという結果が得られた。また,課 37-46 題 9-1,課題 9-2,課題 10-1 の他の推意の問題におい Baron-Cohen, S. (1989) The autistic child's theory of て も,有 意 な 数 で は な か っ た も の の 自 閉 症 児 は mind : A case of specific developmental delay LD/ADHD 児に比べ,言語的理由付けに失敗する児の Journal of Child Psychology and Psychiatry. 30, 割合が高かった。このことから,自閉症児は推意の解 285-297 釈に障害がある可能性が示唆された。関連性理論に基 別府哲,野村香代(2005)高機能自閉症児は健常児と づくいずれの先行研究において,推意については検討 異なる「心の理論」をもつのか: 「誤った信念」課題 されてはいないが,本研究の推意で示された結果は, とその言語的理由付けにおける健常児との比較 自閉症児のコミュニケーション障害を反映するものと 達心理学研究 発 16,257-264 考える。このことについて,別府ら(2005)を参考に Dennis, M. Lazenby, A. L. and Lockyer1, L. (2001) 分類した言語的理由付に用いた方略の結果から,自閉 Inferential Language in High-Function Children 症児は,推意において特に,自分の体験,経験,一般 with Autism. Journal of Autism and Developmental 的な知識によって理由付する方略Bに分類される方略 Disorders vol. 31, 47-54 を多く用いることが示された。このことが,自閉症児 Happe, F. (1994) An advanced test of theory of mind : のコミュニケーションの特徴に反映されているのでは understanding of story characters' thoughts and ないかと考える。 feelings by able autistic, mentally handicapped, and ま と normal children and adults", Journal of Autism and め Developmental Disorders, 24, 129-154) (ハッペ 本研究によって,自閉症児には,発話解釈において 神尾陽子(訳) (1997)心の理論の高次テスト F. 能力 自由拡充と推意に障害があることが示唆された。コ の高い自閉症,精神遅滞そして正常な児童と成人を ミュニケーションを成立させる上では,発話者が発話 対象とした登場人物の考えや感情の理解についての について何を言っているのかについて解釈する表意よ 研究 ― 54 ― 自閉症と発達障害研究の進歩 1,105-124 久留米大学心理学研究 第9号 Happe, F. (1993) Communicative competence and 障害:特徴,背景,支援 theory of mind in autism : A test of Relevance theory. Cognition, 48,101-119.(ハッペ 2010 学 コミュニケーション障害 23,87-104 F.岡田俊 Pijnacker, J., Hagoort, P., Buitelaar, J., Teunisse, J., (訳)(2004)自閉症におけるコミュニケーション能 Geurts, B. (2008) Pragmatic Inferences in High- 力と心の理論:関連性理論の課題 害研究の進歩 自閉症と発達障 Functioning Adults with Autism and Asperger 8,46-59) Syndrome. Journal of Autism and Developmental 原口庄輔,中島平三,中村捷,河上誓作(2003)英語 学モノグラフシリーズ 21〈全 21 巻〉 関連性理論の 新展開 Disorders. 39, 607-618 Sperber, D (1994) Understanding verbal understanding. (In Jean Khalfa (ed.) What is Intelligence? 研究社 Cambridge University Press 179-198 林創(2006)二次の心的状態の理解に関する問題とそ の展望 心理学評論 Sperber, D., & Wilson, D. (1986) Relevance : Comumu- 49,233-250 心 nication and cognition. Oxford : Blackwell(内田聖 発達心理学の新しい 二,宋南先,中逵俊明,田中圭子(訳) (1993)関連 Loukusa., S. (2007) Use of Context in Pragmatic 杉山登志郎(2004)コミュニケーション障害としての 木下孝司(2005)“心の理解”研究の新しいかたち 理学の新しいかたち 第6巻 かたち 161-185 性理論―伝達と認知 Language Comprehension by Children with Asperger Syndrome or High-Functioning Autism. Journal of Autism and Developmental Disorders 自閉症 自閉症と発達障害研究の進歩 8,3-23 高橋和子(2005)高機能広汎性発達障害児集団でのコ ミュニケーション・ソーシャルスキル支援の試み− 37, 語用論的視点からのアプローチ−.教育心理学年報 1049-1059 第 松井智子(2003)関連性理論−認知語用論の射程.人 工知能学会誌 18,592-602. 44,147-155 田中優子,神尾陽子(2007)自閉症における語用論研 内藤美加(1997)心の理論仮説から見た自閉症の神経 心理学的研究,心理学評論,40,123-144. 究 心理学評論 50,54-63 Villiers, D. J., Stainton, R. J., Szatmari, P. (2007) 内藤美加(2007)心の理論研究の現状と今後の展望 児童心理学の進歩 研究社出版) 46,2-37 Pragmatic Abilities in Autism Spectrum Disorder : A Case Study in Philosophy and the Empirical. 大井学(2006)高機能広汎性発達障害にともなう語用 ― 55 ― Midwest Studies in Philosophy, 31, 292-317 関連性理論からみた自閉症児の発話解釈 Interpreting Utterance by Children with Autism Spectrum Disorders in Relevance Theory. HIROYUKI YANO SUMIKO IWAMOTO Abstract The purpose of this study was to investigate how children with autism spectrum disorders (ASD) interpret utterance from the view of the relevance theory. The subjects were divided into two groups : 20 elementary School children with ASD, 13 elementary School children with Learning Disorder and Attention deficit Hyperactivity Disorder (LD/ADHD). The tasks was developed uniquely according to the relevance theory. The 10 tasks consist of explicative subordinate pictures (disambiguation type, saturation type, free enrichment type and ad hoc concept construction type) and implicative subordinate ones (implicated premise type and implicated conclusion type). Being shown those tasks, participants explained how they interpret dialogs with their verbal reason. The results showed that there was no significant difference of all questions in two groups. However, children with ASD had failed to answer more than the LD/ADHD group in one of the free enrichment type, implicated premise type, and implicated conclusion type. Considered how the ASD group reasoned the answers, they interpreted dialogs through their experiences and knowledge without the standpoint of the others. Key words : autism spectrum disorders, relevance theory, interpreting utterance ― 56 ―