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大学生・大学院生のための犯罪心理学研究: 大学生等

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大学生・大学院生のための犯罪心理学研究: 大学生等
Nara Women's University Digital Information Repository
Title
大学生・大学院生のための犯罪心理学研究: 大学生等対象の質問紙
調査で犯罪原因研究ができる理論的背景について
Author(s)
岡本, 英生
Citation
岡本英生: 奈良女子大学心理臨床研究, 第1号, pp. 43-47
Issue Date
2014-03-31
Description
URL
http://hdl.handle.net/10935/3875
Textversion
publisher
This document is downloaded at: 2017-03-29T12:05:40Z
http://nwudir.lib.nara-w.ac.jp/dspace
大学生@大学院生のための犯罪心理学研究
一大学生等対象の質問紙調査で犯罪原因研究ができる理論的背景について一
岡本英生
(奈良女子大学研究院生活環境科学系)
要約:犯罪についての実証的な研究は,警察・刑務所・少年院等でデータをとらなくても可能である。
本論文では,特に,大学生等を調査協力者とする質問紙調査での犯罪原因研究に焦点をあて,どの
ように「犯罪」と「原因 Jを設定すれば研究が可能になるかを平易に解説している。「犯罪j につい
ては,広義の犯罪概念を用いること,「原因」については原則として「犯罪Jよりも以前の要因で,
かっ理論的に因果関係が説明できるものを用いることを述べた。
キーワード:犯罪心理学,犯罪の原因,質問紙調査,研究法
1 はじめに
大学生・大学院生でもできる。多くの大学生は,
(1)問題の背景
一般的な犯罪者のイメージとは大きくかけ離
警察に捕まっている人や,刑務所・少年院
れているし,大学生の中で警察に捕まったこ
に入っている人を対象にデータをとらなけれ
とのある者はかなり少ないだ、ろう。しかし広
ば,実証的な犯罪心理学の研究ではない,と
義の犯罪という概念を用いることで,大学生
考えている大学生や大学院生は多いのではな
等を対象とした犯罪に関する研究が可能とな
いだろうか。確かに,警察・刑務所・少年院
0
1
3)では,その
る 。 た だ し 河 野 ・ 岡 本 (2
でデータをとった犯罪心理学の研究というの
理論的な説明については,必ずしも十分にで
はある。ただしそれらの多くは,警察・刑
きていなかった。
務所・少年院に所属する専門職員により行わ
そこで,本論文では,大学生等を対象にデー
れているものである。以前は,そういった内
タをとっても,犯罪心理学の実証的な研究が
部の職員ではない大学の研究者などが,警察・
可能であるということについて,特にその理
刑務所・少年院に調査を依頼して行うという
論的背景の説明を行うことにする。
ことが比較的見られた時期もあった。しかし
最近では,個人情報の管理が厳しくなったこ
(2)本論文の自的
とや,公務員の業務量が増加して外部からの
本論文の目的は,大学生や大学院生が,犯
調査依頼に十分対応できないといった事情な
罪に関する実証的な研究で卒業論文や修士論
どから,そういった研究はかなり減ってきて
文を書くことができるよう,大学生等に調査
いる。したがって,大学生や大学院生が警察・
などを行う方法について,わかりやすく説明
刑務所・少年院などでデータをとるというこ
することである。
とは,現状ではほとんど不可能に近いといっ
ていいだろう。
なるべく具体的であるために,ここで取り
上げる研究テーマは
しかしだからといって,大学生や大学院
幅広い犯罪心理学の研
究領域の中でも 1つの領域に絞ることにする。
生が犯罪心理学に関する実証研究ができない
とりわけ大学生・大学院生の関心が高いと思
というわけではない。このことについては,河
われる,なぜ人は犯罪をするのかを明らかに
0
1
3)でも実例を挙げて説明して
野・岡本(2
する研究,つまり犯罪の原因に関する研究に
いるように,大学生などを対象にしてデータ
ついて説明する。そして,研究の方法は,大
をとることで,実証的な犯罪心理学の研究が,
学生・大学院生にとってもっとも実施が容易
-43-
な,大学生等を調査協力者とする質問紙調査
定、学,口喧嘩や程度の軽いいじめなどは狭義
に限定する。
の犯罪ではないが広義の犯罪に含まれるも
大学生等を調査協力者とした研究を成功さ
のである。狭義の犯罪と広義の犯罪の関係に
せるためには,「犯罪Jの概念をどのように考
ついては,図 1の通りとなる。なお,本論文
え,「原因」となるものをどのように設定する
では,狭義の犯罪ではないが広義の犯罪であ
かということが重要となる。この論文の中心と
るものを「逸脱行為Jと呼ぶことにする。
なる内容は,「犯罪Jと「原因」のそれぞれの
変数についての説明となる。なお,本論文では,
広義の犯罪
研究の実際例までは示さない。また,結果の
分析方法等についても解説しない。それらに
ついては,実際の論文を見てもらうことと,
|逸脱行為 |
統計分析等についての解説書を参考にしてほ
i
虚をつく
しい。ここでは,大学生等を対象とした質問
家出
口i
喧I
J
華など
紙調査で,なぜ犯罪の原因を明らかにするこ
とができるのかという理論的な背景について,
平易に解説する。
図1 広義の犯罪概念
2 「犯罪」について
(1
) 広義の犯罪概念
厳密な意味での犯罪(法律的に犯罪とされ
るもの O ここでは「狭義の犯罪Jとする)と
(2)広義の犯罪概念を用いる理由
犯罪研究において広義の犯罪概念を用い
いうのは,①構成要件該当性(刑罰法令に規
るのは,いくつか理由がある。ここでは 2つの
定された行為であること:たとえば,人を殺
理由を述べる。 1つめは,狭義の犯罪概念の
すのは,刑法の殺人罪の規程に該当する),②
みを用いて研究をすると,犯罪の本質を見失っ
違法性(その行為に正当性がないこと:たと
てしまうということである。そもそも,われわ
えば,死刑執行を業務として行った場合は殺
れの社会には有害な行為はたくさん存在する
人罪に問われないが,そういった正当な業務
が,それらすべてを犯罪として刑罰を適用す
でない場合は罪に間われるということ),③有
ると,大変窮屈な社会になってしまう(福田・
責性(その行為を行った者に責任を問うこと
都築, 1
9
8
4)。狭義の犯罪において, 3つの要
ができること:たとえば,心神喪失者が殺人
件(①構成要件該当性,②違法性,③有責性)
を行っても,殺人罪とされない)の 3つの条
を厳格に満たす必要があるのは,そうしない
件を満たすものである(裁判所職員総合研修
と有罪となる者が際限なく増えるからである。
所
, 2
0
0
7)。しかし犯罪学,犯罪心理学,犯
つまり,本当は社会的な害悪行為は数多くあ
罪社会学などの犯罪に関する学問では,通常,
るが,狭義の犯罪とされているのはごく一部だ
この狭義の犯罪に限定されないで,いわゆる
けなのである。したがって,狭義の犯罪のみ
広義の犯罪概念を用いる。
を研究対象として扱うと,社会的な害悪行為
広義の犯罪とは,狭義の犯罪も含み,さら
の全体像が捉えられないことになってしまう。
に狭義の犯罪ではないものの反社会的・規範
もう 1つの理由は,犯罪の変数を,理論上,
逸脱的行為や,他者への迷惑行為,そしてそ
正規分布に近づけることができるということ
れらの行為の前段階となる行為までを含める。
である。狭義の犯罪を行っている者の数はか
たとえば,親の金を盗む,未成年者による喫
なり少ないが,広義の犯罪となるとその経験
煙や飲酒,不良仲間と付き合うこと,嘘をつ
者数は随分と多くなる。これまでの調査によ
くこと,親に口答えすること,深夜俳個,家出,
ると,広義の犯罪は,ほとんどの者が 1度以
-44-
上は経験していることが明らかになっている
度はずっと少なくなると思われる。多くの者
(
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,1
9
9
6
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2
0
1
0)。大学生を対象
が行う行為と,まれな行為とでは,間じ広義
とした場合,狭義の犯罪については経験者が
の犯罪であっても,重みづけが変わってくる
少なくても,広義の犯罪となると経験している
ことになる。もしまれな行為を,何度もくり
該当者が多くなる。このような広義の犯罪概
返している者がいるとしたら,その者はきわ
念を用いることで,大学生等を対象とした犯
めて犯罪性が進んでいることになる。
罪原因についての調査が可能になるのである。
3 「原因Jについて
(1)犯罪原因は犯罪よりも前という原則
(3)狭義の犯罪と逸脱行為の関係
広義の犯罪は,狭義の犯罪と逸脱行為から
成るわけであるが
何が原因となってその結果が生じているか,
この狭義の犯罪と逸脱行
ということを調べるもっともすぐれた方法は
為は,連続したものとして取り扱うことがで
実験法である。しかし犯罪の原因について
きる。このことを明確に示したのが,セルフ
の研究は,実験法の使用が困難な場合が多い。
コントロール理論( G
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,
たとえば,親の愛情が不足すると,子どもが
1
9
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0
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1
9
9
6)である。この理論では,犯罪の原
将来犯罪をする,つまり親の愛情不足が犯罪
因を,幼少期の不適切なしつけに起因するセ
の原因であるという仮説を立てて,それを実
ルフコントロールの低さにあるとした。このセ
0
0組の
験法で検証する場合子どものいる 1
ルフコントロールの低さは生涯普遍であり,先
0組の夫婦は
夫婦に協力してもらい,半分の 5
の見通しの乏しい行動や,短絡的な行動も行
0組の夫婦は
子どもを愛情深く育て,残りの 5
いやすいため,狭義の犯罪に限らず,それに
子どもに愛情を与えずに育てるよう指示する。
類似の行為,すなわち逸脱行為を行いやすい。
0年後に子どもが犯罪者となった家庭
そして 1
つまり,窃盗,放火や傷害を行いやすい人は,
が多かったのはどちらかを調べる……このよ
嘘をつくこと,家出,口喧嘩なども行いやすい。
うな実験が許されないことは言うまでもない
逆に言えば,嘘をつくこと,家出,口喧嘩な
だろう。
どをどれだけ行いやすいかを明らかにするこ
そこで,質問紙調査を使った研究というの
とで,その人がどれくらい窃盗,放火や傷害
がしばしば用いられる。上の仮説を検証する
を行いやすいかも予測できることになる口
ためであれば,調査協力者に対し親からの
この理論にしたがえば,広義の犯罪に含ま
愛情を受けていたかどうかということと,広義
れるすべてのものは,連続線上にあるという
の犯罪歴について尋ねて,その関係を検討す
ことになる。嘘をつくこと
家出そして口喧嘩
れば良い。親からの愛情が少なかったと答え
などの延長上に,窃盗,放火や傷害などがあ
た者が,広義の犯罪を多く行っていれば,親
ることになる。そうなると
からの愛情の少なさが犯罪の原因と言えるだ
どれだけ多くの種
類の広義の犯罪を行っているか,あるいはど
ろう。
れだけ多くの回数広義の犯罪をくり返してい
た だ し こ こ で 1つ注意しなければいけな
るかで,その人の犯罪の程度が進んでいるか,
いことがある。それは,犯罪の原因は,犯罪
そうでないかがが分かることになる。
よりも前に存在していなければならないとい
ただし広義の犯罪の中には,頻繁に行わ
うことである。上記の例であれば,現在の親
れやすいものと,なかなか行われにくいもの
の愛情の強さと現在の広義の犯罪の多さを調
とが存在する。嘘をついたり,口喧嘩をした
べて負の相関関係が確認できたとしても,親
りするのは多くの者が頻繁に行うとしても,
の愛情が不足すると犯罪を行うとは言えない。
殺人はそう何度もくり返されるものではない。
なぜならば,犯罪をくり返すことで親から呆
殺人ほどではないにしても,放火や傷害など
れられ,愛情が弱くなってしまったかもしれな
の狭義の犯罪は,嘘をついたりするよりも頻
いからである。親の愛情が犯罪の原因である
-45-
かどうかを調べるためであれば,以前の親か
も同じ原因から発生した結果ということになる
ら受けていた愛情と現在の広義の犯罪行為と
から,当然関連が見られる。しかし関連はあっ
を調べる必要がある。原因となるものは,結
)
ても,因果関係はないことになる(図 2。
果となるもの(つまり犯罪)よりも前に存在
するということが一応の原則になる。ただし
以前のことについて質問する場合,昔になれ
ばなるほど人の記憶が不正確になる,という
L
戸
、
図
ことに注意する必要がある。
また,時間的な変化がない,あるいは変化
原
があってもごく小さいと考えることができる
ものであれば,現時点での要因を原因として
測定しでも問題ない。たとえば, IQは通常変
化しないものとされている。また,上述した
セルフコントロールは,理論上生涯不変であ
関連はするが
因果関係はない
るとされている。現在における IQやセルフ
コントロールと広義の犯罪との関係を調べて,
IQやセルフコントロールが犯罪に影響を与え
図2 関連があっても因果関係がない例(架空例)
ているかどうかを検討することは可能である。
このように,なぜそれが犯罪の原因となる
(2)因果関係が理論的に説明できること
犯罪と,犯罪よりも以前に存在するものと
のか,ということが理論的に説明できる必要
の聞に関連が見られればそれで因果関係があ
がある。たとえ,原因となる要因と犯罪との
るとは必ずしも言えない。なぜなら,それは
間に統計学的に有意な関係が見いだされ,か
偶然であるかもしれないし見かけ上の関係
っ原因となるものが時間的に以前に存在する
であるかもしれないからである。
ものであったとしても,理論的に因果関係が
たとえば,子どものときに火傷の経験があ
説明できなければ無意味である。実験法と異
ると犯罪をしやすいという架空の調査結果を
なり,質問紙調査を用いる方法では,特にそ
想定してみよう。そうなると,火傷は犯罪の
のことを肝に銘じておく必要がある D
原因なのであろうか?そうではないだろう。
なぜ火傷をすると犯罪をしやすくなるのか,
理論的に説明できなければ,たとえ火傷が以
前のもの,犯罪は現在のもの,そして,両者
に統計学的に有意な関係があったとしても,
そこに因果関係があると言うことはできない。
たとえば,火傷の経験がある者の中に虐待で
親からタバコの火を押し付けられた者が含ま
れているとすれば,火傷よりも虐待のほうを
原因として考えるほうがよいだろう。つまり,
4 最後に
質問紙調査で犯罪の原因を調べることは可
能であるが,万能ではない。本論文でも説明
したように,制約もある。さまざまな工夫を
行うことで,少しでも説得力の高い研究を進
めていくしかない。
なお,最後になるが,本論文でいくつか使
用した犯罪の原因についての例は,あくまで
も説明の使宜で、作ったものであり,そのとお
虐待が火傷を経験させるとともに,犯罪行為
りであるかどうかは確認されていないものが
にも影響を与えていると考えたほうがいいと
あることを断っておく。
いうことである。この場合,犯罪の原因と思
われた火傷は,犯罪の原因ではなく,虐待の
結果生じたものということになる。火傷も犯罪
-46-
引用文献
福 田 平 ・ 都 築 虞 巳 (1
9
8
4).犯罪と刑罰奥
平康弘・福田平・水本浩(編)
講義
法学.青林書院, 1
9
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1990).
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.(ゴツ
トフレッドソン M
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.松
本忠久(訳) (
1
9
9
6) . 犯 罪 の 基 礎 理 論 文
憲堂)
河野荘子・岡本英生(編) (
2
0
1
3).コンパクト
犯罪心理学一初歩から卒論・修論作成の
ヒントまで−.北大路書房
2
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0
7).刑法概
裁判所職員総合研修所(監修) (
説(七訂版).司法協会
S
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A
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.(シルノ\ P
ンW
.
R
.酒井厚(訳) (
2
0
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0).ダニーデイ
ン子どもの健康と発達に関する長期追跡
研究ーニュージーランドの 1
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0年
にわたる調査から.明石書店)
-47-
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