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報告書本文4 - 内閣府経済社会総合研究所

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報告書本文4 - 内閣府経済社会総合研究所
第2章
地域のインフラ産業の再生と地域ファンド
本章は、病院、公共交通における再生の取組みと地域産業の再生をサポートするファン
ドの役割等について、研究会における報告を取りまとめたものである。
1.公的病院の再生
-試練の時代の自治体病院経営-
城西大学 経営学部 准教授
伊関 友伸
【公的病院の財政】
公的病院、特に自治体病院の経営は、どこも非常に厳しい状況に置かれている。ちなみ
に、病院と診療所の違いは、20床以上のベッドがあれば病院、19床以下は診療所となる。
全国に、病院は大体9,000ヶ所、診療所は約97,000ヶ所ある。9,000の病院うち、自治体病
院は大体1,000ヵ所、全体の10パーセントぐらいを占めている。
病院の多くは医療法人であるが、個人経営で100床未満のオーナー病院は結構多い。それ
が300床以上の地域の拠点病院は、全国で1,300ぐらいになり、そのうち自治体病院の割合
は大体25パーセントぐらいになる。国立病院が大体200、日赤、済生会、厚生連などの公的
病院が162と、拠点病院の大体半分は公的な色彩の強い病院が運営しているというのが、今
の日本の病院の状況である。
もう一つ、規模的に見て象徴的なのが、いわゆる町村立病院である。へき地の病院の大
体68パーセントは100床未満の小さな町村立病院である。そして、その病院の63パーセント
は民間病院が進出してこないような不採算地区に立地している。
つまり、地域の拠点的な病院の相当数を支えているのが自治体立、また地方の小さい病
院を支えているのもほぼ自治体立という状況にある。そして、それら自治体立の病院は、
非常に経営的には厳しい状況に置かれている。
自治体病院の経常利益と経常損失の状況をみると、象徴的なのは2005年と2006年である。
2005年の郵政選挙で小泉内閣が大勝して、その後に、診療報酬が3パーセントを超えるマ
イナス改定が行われた。それが自治体病院を直撃した。
経常利益のある病院は、2005年の339病院から2006年は247病院に減少し、経常利益は107
億円しかない。反対に、経常損失病院は643病院から721病院に増えて、経常損失が2,230
億円もある。これは、多額の費用をかけて病院を建築し、その減価償却分の内部留保を確
保できないという面もある。国の医療費の縮減政策は、病院の中で一番体力がなく、経営
センスのない自治体病院にダメージになった。
24
民間病院も力をつけてきて競争はどんどん激化している。自治体病院は、そのあおりも
受けている。
何よりも病院経営の素人である地方自治体が病院経営を行う不合理がある。私も埼玉県
の職員であったが、埼玉県立病院の事務は埼玉県職員が行う。誰一人として、県立病院に
勤務したくて公務員試験を受けるわけではない。これに対して、例えば、済生会なり赤十
字の事務職員というのは、病院を運営するために職員になる。民間病院も同じである。自
治体病院の多くの職員は二、三年で異動し、すぐ異動したいと希望する。「前は土木事務所
にいました」とか、「教育委員会にいました」とか、病院経営の素人が二、三年で変わって
事務を行っている。
図表2-1
診療報酬改定の推移
診療報酬改定の推移
%
6
診療報酬本体
薬価など
実質改定額
4
2
0
-2
-4
-6
-8
-10
-12
1992
1994
1996
1997
1998
2000
2002
2004
2006
2008
地方公営企業年鑑第8表のデータを使用し作成
上の図表2-1は、先ほど述べた診療報酬改定の推移である。2年置きに大体、診療報
酬が変わるが、上が診療報酬本体、技術料、下は薬価である。昔は技術料が伸びていた。
しかし、2002年以降、同じ医療を行うのではマイナスになってしまうようになった。2008
年、医療崩壊が問題となり、診療報酬本体が0.38パーセントだけプラスに引き上げられた。
しかし、薬価も含めればマイナス、微々たる改善でしかなかった。今度の2010年の改定は
かなりプラスになるのではないかという話もあるが、財源の問題もありどのようになるか。
実際、自治体立病院の経営は、非効率な部分も多い。図表2-2は、医業収入、いわゆ
る収入を100としたときの支出の構造である。今、国立病院は100円収入があって、99.7円
25
使っているので、本当にかろうじて黒字である。自治体立病院は117.4円使っており、完全
な赤字である。済生会や赤十字など公的経営の病院は105.5円で、これも赤字である。これ
に対して、民間の医療法人は94.5円で、こちらは黒字である。
よく自治体病院を批判する人に、医療法人に比べて自治体立は赤字でけしからんという
人も多いが、医療法人の場合は、収益が見込めないものからは撤退してしまう。しかし、
公的の同じようなことをやっている赤十字や済生会と比べても、自治体病院の経営は甘い
部分はある。
図表2-2
医療収入を100とした医療費用の構造
医業収入を100とした医業費用の構造
140
117.4
120
100
80
60
99.7
1 2 .9
5 .4
4 .3
1 0 .2
1 3 .9
40
20
1 1 .8
7 .5
9 .1
1 2 .9
1 6 .3
他の経営主体に比べ、給与費、医療
材料費、委託費、減価償却費が高い
105.5
94.5
1 0 .7
5 .6
62
1 0 .5
1 9 .0
1 4 .5
4 .4
56
8 .9
1 1 .0
5 2 .9
5 9 .7
5 3 .5
5 3 .1
国立
自治体立
公的
医療法人
0
給与費
委託費
医薬品費
減価償却費
医療材料費
経費、その他の費用
2007年厚生労働省医療経済実態調査データにより作成
赤十字や社会保険病院などの公的病院でも結構、医師が退職し、医療崩壊を起こしてい
るが、そもそもこれらの公的病院が赤字の状態というのは、診療報酬を下げ過ぎではない
かと考えている。赤十字などが黒字になるレベル、自治体病院はもっと努力しなければな
らないが、この辺の診療報酬の水準が適切な水準ではないかと、私は整理している。
ほかのデータで比較すると、自治体立では人件費がやはり高い。他の病院は給与費の割
合が50%そこそこであるが、自治体立は6割に近い。いわゆる役所の給与表を使っている
ので、働いても働かなくても、一定の期間がたつと高くなる。
また医療材料費を高めで仕入れている。業者に高い水準で買わされてしまう。委託費も
やや高く、減価償却費も高い。自治体病院は高いコストで豪華な建物を建てて、医療機器
も高額なものを買いやすい傾向がある。そうしたつけが赤字になって、その何割かが税金
26
で補填されるのである。
職員給料を1人当たりの給与月額をみると、自治体立の医師の給料は、その他公的に比
べて高いが、私的経営に比べると低い。しかし、そのほかの給与水準は、完全に自治体立
が高い状況にある。
図表2-3
常勤職員1人当たりの平均給与月額
常勤職員1人当たり平均給与月額
千円
1,200
1,000
990 1,020
946
800
600
437395
404360
400
378335
350
344
327
292
291 305270
242
400
200
0
医 師
看 護 師
准 看護 師
自治体立
薬 剤師
その他公的
事 務職 員
技能 労 務員
私的
全国公私病院連盟「病院概況調査報告書(2007年6月)」より作成
その中で、自治体病院について言えば、夕張の財政破綻を契機に地方財政健全化法が2007
年6月に成立して、自治体病院などに厳しい財政状況のチェックをするようになっている。
今までは一般会計だけを見ていたが、健全化判断比率という指標を設けて、企業会計など
の分野の赤字も見ていくことになっている。病院、交通、水道などの公営企業会計では、
資金不足も別にチェックすることになっている。
病院については、2007年12月に公立病院の改革ガイドラインが出されている。すべての
自治体病院に経営効率化を求め、地域における医療施設再編、効率的な経営形態への移行
を求めている。3年間で経営効率化を実現しなさい、経営形態を含めた病院の再編は、5
年間でほぼ黒字化しなさいという方針である。経常収支比率、職員給与比率、病床利用率
については、必ず数値目標を設定して、例えば病床利用率が7割切っている状態が3年間
続いた場合は、病床を見直しなさいということも示されている。
このガイドライン自体については、財務面にちょっと偏り過ぎていると感じている。経
常収支比率で言えば、一般会計の繰り入れは押さえろと言っているので、現場の医師にも
27
っと働けという考えである。そうすると、ただでも不足している医師は疲れて辞めていく
という可能性が高くなる。病院財政健全化をまじめにやり過ぎて医療崩壊を起こすという
結果を招きかねない。
【医師不足】
財政的な危機以上に、今、地域医療の存続そのものを脅かすのが、医師不足問題である。
医師不足問題さえクリアできれば、病院の経営というのは何とかなると思う。
4、5年前は小児科医、産科医の不足が問題になったが、最近では、医師全員が退職し
て、医療が継続できないような病院も出てきている。
有名なのは、京都の舞鶴市民病院である。ここは研修が非常に有名な病院であったが、
医師が全員いなくなってしまった。私が出向いたのは平成18年7月のことであるが、その
とき常勤の医師がゼロになっていた。この病院には、どうしても入院を継続しなければな
らない患者さんが2人いて、スタッフは91人いる。月に8,000万円の人件費が出ていて、1
年で10億円、それを2年間続けていた。今も、医師が少なくて苦労をしている。医師がゼ
ロで、診療所化したような病院もある。
医師不足の原因にはいろいろあるが、平成16年に導入された新しい臨床研修制度が一番
の原因と言われている。それまでは、医師の派遣は大学医局が医師を派遣していた。しか
し、この研修制度の導入により、免許取り立ての若い医師の研修先が、今までは大学医局
に属して大学関連の病院に行っていたものが、個人で自由に選べるようになった。その結
果、特に地方の大学の医学部に残る医師が少なくなった。地方の大学医学部から医師の派
遣を受けていた地方の自治体病院は、若い医師が派遣されてこなくなった。
そもそも、医療は高度・専門化していて、病院の二極化も進んでいる。医療の高度・専
門化の中で、医師の仕事が増え、非常に忙しくなってきている。書類が多い、説明責任も
非常に多い。
患者は患者で、軽症で休日夜間の受診をするなど、いわゆるコンビニ医療指向が強まっ
ている。こういうことが原因で、医者は疲れて辞めていく。
医師不足時代の病院経営では、どのように病院の魅力を高めるかが求められているが、
単純に大学医局の派遣に頼っていた自治体病院ほど、医師不足に苦しんでいる。都会の病
院の魅力に負けないぐらいの魅力、例えば中堅の医師には待遇の改善、また、若い医師に
は研究、研修体制、これを確保しなければ医師を招聘できない。
どんなに豪華な病院の建物でも、優秀な看護師や医療スタッフがいても、医師がいなけ
れば医療はできない。医療ができなければ、収益が上がらず、病院に巨額の赤字をもたら
して、巨額の赤字は、病院に突然の死をもたらす。
有名なのは、銚子市総合病院の例である。この件で自治体の判断は、完全に誤っている
と思っている。この病院には、一般会計から9億円の振り出し金を続けていたが、ここに
きて医師の不足が激しくなり、それを超える億単位の支出が必要となった。ちょうど昨年
28
の7月に、突然、銚子市長が「9月30日をもって病院を休止する」と宣言した。職員は、
地方公務員法による分限免職の規定が適用され、全員解雇になる。急に病院を閉めるとい
う話で住民が納得せず、デモ行進が起きたが、1票差で病院の休止が決まった。その後、
市長のリコール運動が起こされて、この前、新しい市長になった。
医師不足問題を考えるキーワードに「医療の高度・専門化」がある。医療は日々、高度・
専門化しているが、高度・専門化した病院は、最新の医療機器、手厚い医療スタッフを必
要とする。最新の医療機器と医療スタッフを用意できる病院というのは限られている。
昔は医療技術がそれほど高度ではないし、知識もそれほどでもなかったから、地方の病
院でも、都市の病院でもそれほど差はなかった。しかし、今は高度・専門化ができる病院
というのは都市部の大病院に限られてくる。高度・専門化した病院では、医療資源を効率
的に使うために、平均在院日数を短縮している。昔、平均在院日数はふつう20日とか30日
だったが、今は、10日を切っている病院が数多くある。
例えば、平均在院日数が20日で600床の病院と、10日で300床の病院の延べ入院患者数は、
同じである。ポイントは手術にある。手術分の収入が大きいため、平均在院日数の少ない
方が収益は上がる。厚労省の診療報酬体系も基本的には高度・専門化する医療を前提とし
て決定される。これは、日本が世界の医療に追いついていくためには必要なことである。
医療の必要性の薄い入院は診療報酬も抑えざるを得ない。
医療の高度・専門化、例えば糖尿病で心臓病を併発した患者を例にとると、昔は内科医
1人で対応していたが、今は糖尿病の専門である内分泌代謝の専門の医師、心臓の関係で
循環器専門の医師、場合によっては放射線の診断の読影ができる放射線医、3人の医師が
必要になる。1つの症状で、複数の医者が必要になる。
医療の高度・専門化に対応できない病院は、医師、看護師、専門スタッフが少なく、た
まには高度医療機器も入れるが、採算割れになることも多い。
こういう病院になると、患者が、もう地元の病院を使わなくなってしまう。県庁所在地
の中央病院か、あるいは東京の病院に行ってしまう。その結果、地元の病院は、医療の必
要性が薄い社会的入院の患者が病床を埋めるようになり、平均在院数はますます長くなる。
1人あたりの診療報酬は低くなるから、収入は上がらず最後は破綻する。
実際、急性期の医療を指向する医師、特に免許取り立ての若い医師は技術を磨きたいが、
専門職として、医師数の多い病院に集まりたい。医師数の多い病院で切磋琢磨し、新しい
知識と技術を身につけたい。複数の医師がかかわることで、緊急時の対応に余裕が生まれ
る、宿直にも余裕のある病院で働きたいと思うのは当然の流れである。
極端な事例であるが、2人の医師で365日の入院を管理すると、月に15日は病院に拘束さ
れる。しかし、8人医師がいれば週1回の拘束で済む。医師数が少なければ少ないほど医
師の負担は大きくなり、数が多ければ、余裕が生まれる。この余裕が一番大事で、医師の
集まる病院にさらに医師が集まるという構造ができあがっている。
29
これまでは、医師にとって、大学院に残って医学博士を取ることが一つのステータスだ
った。今は専門医の資格がステータスである。専門医になるには、症例数の多い病院が一
番である。技術向上が期待できる病院には若い医師が集まって、そうでない病院には若い
医師が集まらない。二極化が明確に起きているのが、病院の世界である。
若い医師が勤務したい病院は、とにかく症例数が多く、よい指導者がいて、余裕を持っ
て指導を受けることができるところである。先輩や同僚の医師が多数いて、孤立しない、
1人で責任を負わせられない、バックアップ体制がある。孤立せず、技術を磨くことがで
きるという目的に明確に応えられる病院に若い医師が集まるという構造ができている。
患者の側も、マスコミの報道する病院名ランキングや口コミなどで、高度・専門医療を
提供する病院に集まる。ガンならば、高度・専門医療を提供する病院を調べて一番いいと
ころに行こうとする。地方では県庁所在地の中央病院にほとんどは行ってしまう。20年前
であれば、地元の病院でもガンの手術をしたが、今は、地元の病院には行かない。地元の
病院は、夜中のコンビニ医療、または介護施設の不足による社会的入院ぐらいしか利用し
なくなる。
【高齢者医療】
では、高齢者の医療をどう考えるのか。対応はまだミスマッチの状況にある。安心した
老後を送るためには、急性期の医療、専門医療、救急医療、慢性期の医療、終末期の医療、
施設、在宅、終末期の介護、健康づくり、いろいろな健康知識の普及、適度の運動、正し
い食生活など様々な要素が整っていることが必要である。しかし、急性期病院は医療分野
だけしかカバーできない。福祉や健康づくりをきちんとカバーしなければならない。
図表2-4
安心した老後を送るためには
急性期病院は、この部分し
かカバーできない
医療
急性期医療
(例:専門医療、救急
医療)
慢性期医療
(例:リハビリ医療、生
活管理)
終末期医療
(例:緩和ケア)
これらの要素を満たして、安心し
た老後を送ることができる
福祉
(介護)
健康づくり
施設介護
健康知識の普及
在宅介護
適度の運動
終末期介護
正しい食生活
30
夕張の事例が典型であるが、自治体病院で受け入れている高齢者の相当数が、医療が必
要というより介護施設の不足で入院している。本来、これは特別養護老人ホームだとか、
老人保健施設とか、在宅支援の療養支援制度の充実、福祉で対応するわけだが、福祉の貧
困から病院に対応させているところが結構みられる。
地域包括ケアと呼ばれているが、病院だけ高齢者問題に対応するのではなく、地域の様々
な福祉施設との連携ができて、地域の高齢者を支えることができる。成功している事例と
して、岩手県の国保藤沢町民病院の例を以下に紹介する。
図表2-5
地域包括ケアの例
地域包括ケアの例
岩手県藤沢町福祉医療センター
国保
藤沢町民病院
老健
ふじさわ
デイサービスセンター
7事業で地方公営企業法
の全部適用
一体的な運営と統一した
サービスの提供を行う
訪問看護
ステーション
特別養護老人
ホーム光栄荘
グループ
ホーム
町指定居宅介護
支援事業所
保健
センター
藤沢町民病院は、岩手県の南東部の交通の便の悪い地域に立地しているが、病院に併設
して特別養護老人ホーム、グループホーム、老人保健施設、デイサービス介護支援事業所、
訪問看護ステーション、保健センターがあり、これらを一体的に運営している。医師の佐
藤元美先生が事業責任者をしている。他職種で地域の高齢者を支えることにより、数少な
い医師や看護師で病院を運営できる。
本当にお年寄りのことを考えれば、目的に応じたこれだけの施設が必要である。けれど
も、まだ多くの地域では、これを全部1つの病院に対応させようとしている。その結果、
医師、看護師のモチベーションを下げたり、疲弊を招いて、退職をするという構造がある。
31
【夕張市立総合病院の事例】
危機に直面している自治体病院経営の典型が、私が関わった夕張市立総合病院である。
冬は雪に閉ざされる地域に立地する病床数171床の病院である。経営破綻前の平成17年度の
決算の状況は、医業収益(収入)は15億円、費用は18億円で、医業収支比率は82.9である。
100円使って、82円90銭しか稼げない状況である。経常損失は3億円、このほとんどが資金
不足で、借金で運営していた。
次の図表2-6は、夕張市立総合病院における医業収支比率の推移である。100が収支均
衡である。一時期は利益が出ていたときがあったが、ずっとマイナスが続いている。資金
の不足を一時借入金に頼っていて、私が病院経営アドバイザーで出向いた時には39億円の
借り入れがあった(図表2-7)。
経営破綻を分析すると次のような感じになる。人口が減ったのがやはり最も大きい要因
としてある。炭鉱が最盛期のとき、人口は10万人いたが、炭鉱が全部閉山して1万3,000人
と10分の1に減少している(図表2-8)。
病院は、地図でみると市の北側にある(図表2-9)。昔、病院の近くに炭鉱があって、
市役所、病院があり、歓楽地もあった。しかし、今の夕張の主力産業であるメロン農業を
支える人口の中心は、市の南側にある。病院のある地域は、炭鉱が全部なくなってしまっ
たので、人が少ない地域である。
収益減少を大きくした原因は医師不足である。かつては10人ほどいた医者が相次いで退
職して5名になり、最後は2名になってしまう状況であった。
医師給与の面で比べてみると、北海道は医師給与の高い地域である(図表2-10)。その
中で、夕張市立総合病院は、北海道の相場から見ると300万から600万ぐらい低い。
図表2-6
医業収支比率の推移
医業収支比率の推移
110.0
106.0
104.9
105.0
100.0
病院開設以来、何回
かの盛り返しはあっ
たものの収益は低迷
102.3
98.8
95.6
95.0
94.8
94.4
92.4
91.2
90.0
94.0
91.0
90.5
87.3
86.3
90.1
89.7 89.4
89.0
87.6 88.0
86.8
85.0
87.9
82.982.9
80.0
s57 s58 s59 s60 s61 s62 s63 H1
H2
H3
H4
H5 H6
H7
H8
H9 H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17
公営企業年鑑より作成
32
図表2-7
一時借入金及び一般会計からの借入金等の推移
一時借入金及び
一般会計からの借入金等の推移
50
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
病院本体の一時借り入れを
少なくするために一般会計か
ら借入
→北海道庁から違法と指摘
s57 s58 s59 s60 s61 s62 s63
H1
H2
H3
H4
H5
H6
H7
H8
H9 H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17
公営企業年鑑より
図表2-8
夕張市の人口推移(国勢調査)
夕張市の人口推移(国勢調査)
12
万人
10.710.8
10.0
10
8.5
8.2
8
7.0
6.5
6 5.1
4.9 5.2
5.0
4.3
4.2
4
3.2
2.1 1.7
1.5 1.3
2
0
T9
T14
S5
S10
S15
S22
S25
S30
S35
S40
S45
S50
S55 S60
H2
H7 H12 H17
夕張市統計資料より作成
33
図表2-9
夕張市の位置
夕張市のはずれ
に病院が立地
図表2-10 医師給料の低さ
医師給料の低さ
経験
年数
夕張市立病院
北海道平均
全国平均
単位(円)
北海道平均比較
3
12,464,952
10,606,783
8,238,418
1,858,169
10
14,091,911
14,162,967
11,947,511
-71,056
15
17,239,210
20,530,719
14,266,793
-3,291,509
20
16,778,656
23,075,922
15,327,822
-6,297,266
30
22,647,726
29,657,862
18,811,308
-7,010,136
夕張市資料と㈱産労総合研究所「2006年版病院賃金実態資料」により作成
34
さらに、夕張市立病院における入院患者の9割近くは70歳以上の高齢者である。その多
くは社会的入院で、医療的処置よりも介護業務が多い。医師が医療を行うという場面は少
なくて、技術向上は余り期待できない。すると若い医師は、こういう病院には集まりにく
い。
平成18年8月に、私がアドバイザーで病院に入ったとき、70歳以上が86パーセント、65
歳以上が9パーセント、高齢者が圧倒的に多い状況にあった。
図表2-11 平成18年7月31日の入院状況
平成18年7月31日の入院状況
年齢層
人数
(人)
構成比
(%)
合計
0~1 15~ 65~ 70歳
4歳
64歳 69歳 以上
67
100
0
3
6
58
0 4.48 8.96 86.57
夕張市資料により作成
患者も、すべてが被害者というわけではなかった。治療費を滞納してそのままという人
も多く、滞納額は2億円を超えていた。治療費を1回も払ったことがないという人もいた
そうである。救急車をタクシーがわりに使う人も非常に多く、大体1年間に救急車の出台
数は、人口1万人で通常350台ぐらいのものが、夕張市では900台使っていた。1人1年間
で100回使った人もいたという。「介護に疲れたから」といって、救急車を使って入院する
人も多数いた。また、無診察投薬も当たり前のように横行していた。
一方、病院事務は市長部局からの人事のローテーションで、病院経営、医療知識が不足
していた。市役所の事務仕事ばかりをしていて、残業時間の多さを指摘する声もあった。
要は、夕張市から予算要求調書とか、人事の要求調書とか、照会回答の仕事ばかりが多く、
病院の仕事には余り関係ない仕事ばかりを、いそいそとやっていた。
病院職員には病院の目指すべき方向も示されなかった。自治体病院は、存在しているこ
と自体が最後は意義になってしまう。
35
命令系統が確立していない、職員への指示も場当たり的、何よりも幹部職員層の仲が悪
かった。職場は、勤務年数の長い人が強くて自由に物が言えない雰囲気が存在していた。
現場の風通しが悪く、若い職員がすぐ辞める。医師もストレスがたまって人の言うことを
聞かなくなる。
一人一人の職員は、決して悪い人ではない。会って話しをしても、いい人たちであるが、
お役所文化の中で問題を先送りして、問題が顕在化した時に、患者や職員にとって悲劇が
起きた。
実際、財政再建団体の申請をして、平成19年3月31日には必ず方向性をつけて、4月1
日には新しい経営形態にしないと、夕張の医療は途切れる可能性があった。できるだけ早
くということで、私も入ってから2週間ぐらいで集中して調べて、平成18年8月30日に報
告書(『経営改革に関する意見書』)を出した。夕張市の財源投入はほとんど見込めないの
で、病院自体が自立できる経営体制の確立が必要であると報告した。100人ぐらいを前に、
「親方夕張市」の意識を持つ夕張市職員が病院を経営することは困難であると指摘した。
また、夕張市が病院を開設するものの、運営は民間の事業者が行う「公設民営方式」で
病院を運営する。さらに、医療スタッフは全員退職する以外はないとした。実際、100人を
前に、皆さん退職してくださいと言うと涙が出てきた。私自身が公務員出身であり、ウエ
ットな人間で、断腸の思いがあった。ここはもう、公設公営では無理というのが結論であ
り、仕方がなかった。
医師の不足の現状から、招聘できる最小限の医師で可能な範囲の医療を行わざるを得な
い。内科と整形外科を維持し、救急、その他の医療機能については、全部できないので、
診療所、市外病院と連携を図る方向を示した。
入院患者の大多数を占める高齢者は福祉との連携で対応して、入院病床を減らして、老
人保健施設をきちんと整備する。老人福祉施設に転換すれば、医師数、看護師数は少なく
ても対応できる。
現在、北海道出身の医師の村上智彦氏に「医療法人財団
夕張希望の杜」を設立してい
ただき、指定管理者として夕張の医療を継続している。177床の病院を19床の有床診療所と
40床の老人保健施設に転換して、今はなんとか医療を継続できている。
【住民の意識】
何よりも住民の意識が変わらないと、自治体病院はだめになる。地方だから、へき地だ
から、住民は心優しいとは限らない。医師に対する、わがまま、勝手な要求は、都市部も
地方も変わらない。
例えば、東北地方のある県の市民団体の医師アンケートをみると以下のようである。
「救急外来で、発熱の経過観察でよいと思われるところを、
『小児科医を呼べ』とか、 「手
術後、数カ月経過しての再来で、丁寧に診察したつもりだったが、後刻、電話でその患者
の夫から『今回十分診てもらわなかったといって帰宅したからきちんと診察しろ』と、30
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分以上も長電話でクレームがあり、その間、外来患者は待ちぼうけという身勝手な患者家
族がいた」。
「よくならないのはお前のせいだ」。「
『あなたで本当に大丈夫なんですか』等々いっぱい
言われたが、思い出したくないと思ったら、本当に忘れてしまいました。たしか『やぶ医
者』とか『金返せ』とか、汚い言葉だったような・・・」
。
医師不足で困っている県の住民が、このような状況である。医師と患者の間でこちらと
あちらの溝が存在する。
図表2-12 医師と患者(住民)との「こちら」と「あちら」の溝
医師と患者(住民)との「こちら」と「あちら」の溝
病院
いつでも24時間診てほ
しい
最高水準の技術で診て
ほしい
絶対に死なない
待ち時間は短く
医療費は安く
納得できる仕事
技術向上
知的関心
患者の尊敬・感謝
すばらしい仲間
自分の時間
眠りたい
お金
出世
医師
患者(住民)
医者は、プロフェッショナルとして納得できる仕事がしたいし、技術を向上したい。知
的関心を高めたいし、患者から尊敬・感謝も欲しい。すばらしい仲間も欲しいし、自分の
時間も欲しい。何よりも眠りたいし、お金もそこそこ欲しい。
患者は、いつでも24時間診てほしいし、最高水準の技術で診てほしい。絶対に死にたく
はない。医療には不確実性があって、同じ人が診ても場合によっては不幸な事案はあるが、
理解できない。待ち時間は短くて、医療費は安い方が良い。
確かに昔はお医者さんが強かった。これが逆転して、医師をやっていられないという形
で、激務の病院から医師がどんどん辞めていく構図になっている。
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【医師を大切にする運動】
私も関わった県立柏原病院という兵庫県の病院の事例を紹介する。この病院は、医師不
足がやはり深刻で、小児科医が2人まで減っていた。もともと3人しかいなかったのであ
るが、そのうちの1人が和久医師という私の友人で、この人が激務でもう辞めるというと
ころまで追い込まれた。ここは、3人の産科医が分娩を300件対応しているが、小児科医が
いなくなると、その新生児の管理ができなくなり、お産もできなくなる。1人の小児科医
がいなくなることで、丹波市のお産が全部なくなってしまうところまできてしまった。
その中で、お母さん方が県立柏原病院の小児科の継続を訴えて署名活動に取り組んだが、
それが医師を大事にする運動であったことに特徴がある。当時の署名活動では要求型の署
名が多かった。
言葉でよく使われるのが、“確保”という言葉である。この言葉を、一部の医師は非常に
嫌う、医師が“物”に扱われている。日本で“確保”というと、犯罪者ないしは物である。
おもしろいのは、ある新聞では「医師確保」と書いて、反対側の紙面で、上野のパンダが
死んだので中国から来るときに“招致”という言葉を使っていた。日本ではパンダは“招
致”で、医師は“確保”する国である。無意識にそういう言葉を使っている。
県立柏原病院の小児科を守る会では、「お医者さんを大事にしよう、それが子どもを守る
ことにつながる」と訴えた。「本当に必要な人が必要なときに受診できるように、コンビニ
感覚での病院受診を控えるようにしませんか」と。
署名用紙の表側に、「小児科医が1人もいなくなってしまうかもしれません。皆さんご存
じでしょうか。柏原病院の小児科のお医者さんの勤務実態を。午前中は外来患者の診察で、
いろいろ大変、48時間連続勤務も当たり前」。
「柏原病院のお医者さんが減った原因は、私たち、市民の側にあったのかもしれません。
これ以上お医者さんを減らさないように、軽症のときは柏原病院を受診するのではなくて、
かかりつけの医院を持ち、まずそこで受診するようにしませんか」ということを示した。
それで署名してくださいということで、ここでは、医師“招聘”という言葉を使っている。
「私たちも、コンビニ感覚での受診を厳に謹んで、柏原病院に勤務してみようと言われ
るような、医師を大切にする地域づくり、住民合意の形成に努めます。上記の理由を踏ま
えて署名します」ということで、実際、人口7万人で5万5,000筆集めた。医に気持ちが届
いた。
「住民が医師の立場にたって物事を考えていく。医師の過剰労働を意識して、自分達の
行動を律することを明確にして署名を行う」と書かれている。署名は、兵庫県知事には伝
わらなかったが、お医者さんにはものすごく伝わった。ここは、今5人の小児科医がいる。
お母さん方はその後も「ありがとうのメッセージを書く」とか、「子どもが病気のときの
チャート図」をつくったりして、啓発活動をしている。
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図表2-13
「県立柏原病院の小児科を守る会」の
署名活動
実際、休日夜間の時間外受診は、大きく減っている。昔は時間外の受診件数が300件を超
えていた2月、夜中の2時、3時ぐらいまで何時間待ちみたいな状況だったが、今は34件
まで減った。
図表2-14 県立柏原病院の時間外診療件数
県立柏原病院の時間外診療件数
400
350
300
250
200
150
100
50
0
4月
5月
6月
07年度
7月
8月
9月 10月 11月 12月 1月
06年度
05年度
04年度
2月
3月
03年度
県立柏原病院和久祥三医師提供資料
また、入院率は普通の病院だとだいたい1割を切る。要は、軽症の患者が多いからであ
るが、柏原病院は3~4割である。本当に重症の子どもしか受診しないようになっている。
そうなると、お医者さんは結構、頑張るようになる。地元、丹波新聞の記者が、頑張った
ことも大きかった。
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【病院のあるべき姿】
これは、まだ世の中で医師たたきが激しかったころの記事である。「先日ある病院の時間
外救急外来に患者の付き添いで行った人が、ひどく怒っているのを聞いた。『あんなにひど
いと思わなかった』、
『ろくな医者がいない』と言うので、
『ろくな医者がいないことはない。
今いる医者は、この地域の医事を守る使命感がある人、特別義理堅い人でしょう』と反論
した。」
「今、医師の世界は超売り手市場だ」。「公立、公的病院で常勤で働くよりも、非常勤で
幾つかの病院をかけ持ちした方が実入りは増えるし、しんどい当直からも外れられ、自分
の時間も持てる」、「昨年の3月から1年間、病院の医師不足問題を追ってきた。報道する
たびに『私たちは、どうしたらいいの』と言われる。2つ提案したい。1つは近隣市も含
め、どこにどんな医者がいるか知ること。病院の体力低下を認め、以前は丹波地域で完結
できたことが、できなくなっている事実を受け入れること。2つ目は頑張っている医師の
気持ちを絶たないこと。診察の後は、不平でなく感謝の言葉をかけよう。一言、
『先生、あ
りがとう』。そういう地域にならないと、勤務医は定着せず、今いる医師にも愛想を尽かさ
れる」。
これからの病院のあるべき姿を考えると、今までは何でもやってきたが、これからは限
定せざるを得ない。他の機関と連携していく必要がある。
図表2-15 これからの病院のあるべき姿
これからの病院のあるべき姿
病院
医師・看護師に余裕、退職の
防止
高度・専門化した医療に対応
専門
外来
入院
救急
真に医療の必
要な人が入院
真に専門医療
の必要な人が
受診
真に救急医療
の必要な人が
受診
社会的入院
大病院指向
コンビニ救急
(医療の必要がな
いのに入院)
(軽い症状でも専
門医の受診を)
(緊急に医療が必
要でない救急)
→福祉を充実
医療・福祉の連携
→病院と診療所
の連携
住民意識の変革が必要
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→健康に気をつける
医療知識を持つ
病院は真に医療の必要な人が入院する場所で、高齢者の医療は医療・福祉の連携で福祉
が対応するべきである。専門外来も専門医療が必要な人が受診し、基本的にはかかりつけ
医の開業医を持って、病院外来を減らす。救急は、真に救急医療が必要な人のために活用
され、コンビニ医療をなくしていく。それで、医者や看護師に余裕が出て、離職を防止す
る。高度・専門化した医療に対応することもできる。
これには、住民意識の変革が必要である。この構造を理解して、住民の意識が変わらな
いうちは、自治体病院の医療崩壊は止まらないと考える。
私は行政学者であるので、自治体病院、医師不足問題というのは、民主主義と絡めて議
論をしている。すべて人任せだと、地域医療は崩壊する。医師不足だと、市長が悪い、県
が悪い、国が悪い、大学が悪いと言う人たちはたくさんいる。しかし、自分も悪いところ
も、絶対にあるはずである。
だから、医師不足について言えば、住民を含めたすべての関係者がいる。地域の医療、
医師の立場に立って地域の医療を考えて行動していかなければならない。相手の立場のこ
とを考えて発言・行動するというのは民主主義の基本である。きちんとした情報の提供と
住民の間で議論があると、節度のある行動をする可能性がある。そうすると、医者も勤務
してくれる。それは、地域の民主主義の再生にもつながるのではないかと考えている。そ
ういうモデル事例が、あちらこちらに少しずつではあるけど、出始めているのかなという
のが今の動きである。
これからの自治体病院、今までのやり方では破綻していく病院が次々と出てくると考え
る。大事なのは、地域にとって必要な医療を継続して提供することで、そのために何でも
やるべきことはやる。そのとき、やはり現場が大事である。国の言うとおりとか、都道府
県庁の役人に任せると、だめになる。現場がやっぱり主導で進めていかないと、うまくい
かないのである。現場にいる人たちが、自ら変革していく必要があると思う。
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