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タイトル 協力と罰の生物学

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タイトル 協力と罰の生物学
タイトル
著
協力と罰の生物学
者 大槻
久(おおつき
ひさし)
出 版 社 岩波書店
発 売 日 2014 年 5 月 22 日
ページ数 119 ページ
本書の著者は、1979 年生まれの若手数理生物学者である。数理生物学とは、数学を道具
として使い、生命現象をモデル化し、実験データに合わせるようにシミュレーションを行
うのが中心で、モデルを作って予測し、検証できるようにするのを目的としている。
遺伝は、データ量が多く、難しい問題を抱えているが、コンピュータの小型化、大容量
化、高速化により、研究の将来が大きく期待できる分野である。
さて、生物は使える資源なら何でも使って子孫を残し、増え続ける。そのため結果的に、
生物は微生物からヒトに至るまで協力し合うように進化してきた。その方がより子孫を多
く残せるからである。
容赦ない生存競争の中で、生き物たちはなぜ自己犠牲的になれるのか。一方、協力関係
にただ乗りしようとする者には、容赦ない罰が与えられる。人間社会では「報酬を与える
人」は評価されるが、
「罰を与える人」は評価されにくいという。
本書は、ダーウィン以来、この謎に果敢に挑戦してきた研究者たちの軌跡と、協力の裏
に見え隠れする、ちょっと怖い「罰」の世界を活き活きと描いている。
さて、目次を見ておこう。
1
仲良きことは美しきかな ―― 自然界にあふれる協力のすがた
2
ダーウィンの困惑 ―― なぜ「ずるいやつら」ははびこらないか
3
協力の進化を説明せよ! ―― 男たちの挑戦
4
罰のチカラ ―― 自然界には罰がいっぱい
5
ヒトはけっこう罰が好き?
おわりに ―― ヒトと罰、その未来
1
1(第 1 章)では、読者の興味を惹きつけるために、自然界に溢れる協力のすがたを活き
活きと描いている。
ただ、何を持って「協力」というかの定義が問題である。本書では、
「協力」とは「ある
個体が他の個体に利益を与えること」と定義している。
『人間の場合』の利益と言えば、「お金」の他に、「老人に席を譲る」、「重い荷物を運ぶ
のを手伝う」、「道に迷った人に道案内する」など、これらは全て、形は違うけれども他者
に何らかの利益を与えているので協力と呼ぶ。
では、『生物の場合』の「利益」とは何だろう。一言でいうと生物の場合は「子孫の数」
である。子を残すという性質は、生物にとって必要不可欠の性質だから、子孫の数は生き
物にとっての根源的な利益と考えることが出来るわけである。
一番最初に出て来る協力行動は、台所の排水溝のヌメリ(バイオフィルム)汚れで、臭
い匂いを発し、なかなか落ちないので掃除も大変である。実はこのヌメリ汚れの中に、生
物の協力が潜んでいるという。
このヌメリ汚れの正体は、有機物と細菌である。排水溝には日々、細菌の食物となるタ
ンパク質などの有機物が流れ込んでいる。有機物が排水溝の表面に付くと、この食物に細
菌が付着し、有機物の分解を行う。これら多くの細菌は悪玉で、有機物を分解する時に臭
気を発生する。
しかし、排水溝には絶えず水が流れ込んでくるので、せっかく食物にありつけても細菌
はすぐ水で洗い流されてしまう。美味しい食事があるところから離れないようにするため
に、細菌たちはうまいやり方を考え出した。それは、細胞の外にベトベトヌルヌルする接
着物質を出して、その粘り気を使って排水溝の内側の表面に留まるという戦略であ
る・・・・・と続く。
その他、単細胞と多細胞の状態を行ったり来たりするキイロタマホコリカビ、働きアリ
の献身、オナガの共同繁殖、血を分けてあげるコウモリ、ミーアキャットの警戒声、警戒
声ならぬフードコール、チンパンジーの道具の貸し借りなどは同じ種に属する個体同士の
協力だ。
異なる種の間で見られる協力関係の例は、植物と根粒菌の助け合い、クマノミとイソギ
ンチャク、ホンソメワケベラなどがある。
協力は、同種内の協力もあれば、異種間の協力もあり、本書では、様々な種類の助け合
いを、すべて「協力」という単語でよんでいる。
2(第 2 章)では、1 章で述べた「うるわしい協力のすがた」は、実はダーウィンが頭を
抱えた問題でもあった。ダーウィンの自然淘汰説は、適者生存という考え方だ。1 章で子供
の数が生き物にとっての「利益」の単位であるとしたのはこういう理由による。
しかし、ダーウィンの理論には欠陥があった。前章で紹介されたアリの巣にはたくさん
のワーカー(=働きアリ♀)がいる。彼女らは子を産む能力を失っており、女王の繁殖を
2
一途に支えている。これを先ほどの子の数の言葉でいいかえれば、ワーカーは自分が残す
子を犠牲にして、女王に子を産ませ、女王に「利益」を与えていると解釈できる。
しかし、このワーカーの存在は、子を残すことの出来る性質が広まっていくと、自然淘
汰説に真っ向から矛盾する。自然淘汰説が正しいとしたら、どうやって、女王の為に子を
犠牲にするワーカーという性質がアリの中に広まっていったのか?
というのも、ワーカーに徹するという性質が次世代に残っていくためには、ワーカー自
身が子を残さねばならないからである。
協力自体を止めてしまう個体は、自らは協力せず、協力の利益を搾取する。このような
フリーライダーが出現すると、協力は崩壊してしまう。それにも関らず、自然界には様々
なところにフリーライダーが存在する。この章は、フリーライダーの話である。
ミクロの世界のフリーライダー、蛍光菌のフリーライダー、働く気のないアミメアリ、
養蜂業者の誤算に出て来るフリーライダーはしばしば「社会の癌」と呼ばれる、蜜だけ盗
むハチなどの例を取り上げている。
ここでは、協力的なシステムがあっても、そこにはその利益にただ乗りするフリーライ
ダーが侵入する危険が付きまとい、フリーライダーによってその協力関係が壊される可能
性がいくらでもあることを知る。
3(第 3 章)では、フリーライダーに打ち勝って協力を進化させるメカニズムとはどうい
うものかについて、多くの理論家たちによるが解明がなされた。
協力的なシステムには、常にフリーライダーが付け入る隙が存在するため、協力の進化
はシンプルな自然淘汰説だけでは説明が困難である。協力がなぜ進化するかを説明するこ
とに、多くの研究者が挑んできた。
協力の進化を説明する初期の理論は、
「群れの利益のため」という視点に基づくものだっ
た。自らを危険にさらしながら、天敵の接近を伝える「警戒声」をあげる個体がいる群れ
の方が、いない群れより生存率が高いはずだと考えられた。ところがこの説は発表直後か
ら激しい攻撃にさらされる。というのは、
「自然淘汰は群れ単位で働くものではなく、個体
に働く自然淘汰を見なければならない」と反論される。
「警戒声」をあげる見張りがいる群れでは、他のものは天敵から素早く逃げることが出
来るが、警戒声をあげた個体自身は天敵に見つかり易く、ひいては殺されやすくなってし
まう。
すると、「警戒声」という協力行為を行う個体は、群れの中では次第に数を減らすため、
自分の利益にならない行動は進化できないことを考えると群淘汰でない別の理論が必要と
なる。そこで考えられたのが以下の理論である。
協力の進化を説明する主な理論は
・血縁淘汰理論 ―― 同種の血縁個体に対する協力行動を見事に説明してくれる。
3
互恵性の理論は、血縁関係にない同種か、もしくは異種の個体間の協力行動を説明する
ものである。
・直接互恵性の理論 ―― もちつもたれつ
・間接互恵性の理論
――
情けは人のためならず。この理論に限って言えば、評判とい
う社会的な情報を巧みに操ることのできる人に特化した理論である。
4(第 4 章)では、ただ乗り(フリーライダー)を防ぐ方法の一つとして、「罰」の問題
が取り上げられる。
その例として、大腸菌のお仕置き、用心棒の逆襲、ユッカとユッカガの相利共生、植物
から細菌への罰、キイロタマホコリカビの村八分、磔にされるアリ、掃除魚のホンソメワ
ケベラ、ミーアキャットのイジメなど、生物の世界での罰は、相手を殺したり、追っ払っ
たり、仲間外れにしたり、と様々な形をとる。
人工的にフリーライダーを作り出し、どのような罰が起きるかを調べる面白い実験も登
場する。
5(第 5 章)では、人間の問題を取り扱う。ひとことで「罰」といっても、その機能はさ
まざまで、相手との関係を断ち切ってしまうような罰がある。これは、自分の協力相手を
選べる場合によく起る。また、罰を与えた直接の相手だけでなく、その周りの個体への影
響も狙って与えられる公共財ゲームにおける罰はそのいい例である。
非協力的な者を罰してみせることで、非協力は割に合わないということを他者に悟らせ、
また、自分の断固たる態度を評判として確立して、後に他者から協力を引き出すために行
われる場合もある。
「罰」は「協力」を促進するという点では効果的だが、罰にかかるエネルギーや時間な
どは相当なものだ。人間の場合であれば、罰のためには、監視のための警察、罰を執行す
るための刑務所が必要だし、法による罰でなくても、他者の噂や評判を集めたり知ろうと
したりすることに、我々は多くの時間を使う。・・・・・。
進化は、単純な初期状態から複雑性を生み出す驚きのプロセスだ。人間も含めた生物の
「協力」や「罰」といった性質は、あたかも「神」がいて、その「神」が前もってデザイ
ンした仕組みのようにすら見えるが、しかしこれはもともと「小さな突然変異」の積み重
ねで出来たものだ。こうやって「進化」が「協力」や「罰」という仕組みをつくり上げた。
著者は、人間が用いる「罰」が、他の生物で用いられている「罰」に似ているのは特筆
すべきことだという。
数式を一切使わない「協力」という数理生物学の問題を、簡潔に要点を解説し。119 頁と
いう短い文章で、一般読者にも判るようにうまくまとめている。
2014.8.29
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